山麓王国

2025年6月13日の投稿1件]

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お返事、ありがとうございました。

農作物は、いいも悪いも予想と違う結果になったりしがちなのでしょうが、小梅の豊作はなによりでした。

梅酒は様々な効能もあることですし、手間はかかるでしょうが、楽しみな梅仕事だったと思います。



昨年10月の不調のあと。大小合わせて5回ほどコンサートがありましたが、クリスマスコンサートは絶好調、その1週間後の年末コンサートでは少々声がかすれた時があり、ヒヤッとしました(笑)

空気清浄機がそばにあると、乾燥するので、とたんに声に支障が出ます。

今回は湿度があったので、大丈夫と思い、空気清浄機を切らなかったのですが、一曲目『サマータイム』のラストで裏声で終わらせようとしたら、声がみごとにピキっと切れてしまいました(笑)

もっと衝撃的だったのは、セッティングしておいたマイクスタンドのマイクホルダーが突然真っ二つに割れ(十戒??( ´∀` ))、開演5分前にマイクが落ちたことでした。

スタンドもホルダーも新品を持参したのに、なんということでしょうね(笑)

施設の方が、養生テープでぐるぐる巻きに固定してくれて、無事終了しましたが、アクシデントはつきものです(笑)



思いのほか、精神的にいっぱいいっぱいだったのか、終了後にホッとしてひとりで外食をしていた時(仕事の時は朝、バウムクーヘン一切れしか食べません)、不思議な感覚に陥りました。

数年前、日本酒をおちょこに1杯だけ飲んでからお風呂に入った時に、似たようなことを経験しているのですが、この時はお酒の酔いのせいだったのかもしれません。

シャンプーをしていた時と、出てから髪を乾かしていた時の2回なのですが、確かに起きているのに、数秒、あるいはもっと長かったのかもしれませんが、夢を見ていた、という表現しかできない映像を見ました。

(書き足し)シャンプーの時はわかりませんが、髪を乾かしていた時は目を開けていたはずです。

どこかの(日本なのか海外なのかもわかりません)地下鉄の構内に水が入ってきて、みんながパニックになっているのですが(私はそれを見ていました)、ふっとその場面が終わった時、それがニュースで見た記憶なのか、自分が体験したのか、とてもあやふやで、何ともわからない感覚になったのです。

一番納得がいくのは、単純に酔っていて(おちょこ一杯で酔えます(笑))、ふっと瞬間的に寝てしまって夢を見た、ということかもしれません。

予知夢とか、パラレルワールドということも、無理に考えればありえるかもしれません。


今回は違いました。

映像は見ていないし、お酒も飲んでいません(笑)

うまく説明ができないのですが。

考えごと「A」をしている最中に、いきなり他の思考「B」がふっと瞬間的に入り込んできて、その「B」についてなんだったのか思い出そうとするのですが、どうしても思い出せません。
 
確かに「A」について考えていたんだけど(そのAは思い出せます)、別の思考「B」がふっと出現し考えた、という感じです。

それが、何回か繰り返されました。

せん妄とも違うし、もうろくして思考が入り乱れてはっきりしない、ということとも違いました。

あやしい薬も飲んでいないし(笑)、なんだったんでしょう。

「思考B」というのは、単語が心に浮かんだのではなく、「なにかについて考えていた」、という感じのものでした。

今晩のおかずを考えている時に、ほぼ同時に、そういえば洗濯したっけ?と思うような、普通にありえることとは全然違いました。

無理無理こじつけるとすると、私はそこに確かにいて、食べていて、考えごとをしているんだけど、同じ意識を持った私が、ほんの数秒、ほぼ同時に、意識の表面に現れてきた、ということでしょうか。

脳波の検査が必要な病気の可能性もゼロとは言えませんね。

ブレインフォグとも言えないし、なんとも奇妙な体験でしたが、多重人格のどれかが突然現れたのかもしれません(笑)

自分で気づいていなかった緊張や疲れが、一過性の脳のバグとして出現した、というのが妥当なのでしょう←年のせいとか、病気ではなく、そう思いたいです(笑)



文学でも音楽でも絵画・彫刻などでも、過酷な状況の中で作られたものほど、繊細なように思えます。

恵まれた環境ではいいものが作れないとは言いませんが、追い込まれた環境で作られたものの方がよりいいものに仕上がる、そういった傾向があるように感じます。

演奏・歌唱もそうですね。

ある程度の苦労や人生経験がないと、演奏に味が出てこず、テクニックだけを誇示するものになりがちです。

宮沢賢治はご存じのように曲も作っていますが、あれは、都会に住んでいたのでは作り得ない、雄大な空や自然と、童話を書くような想像力と世界観、常識にとらわれない柔軟なロマンチシズムによってできたものだと思います。



農園主さんの花博の記憶、おばあちゃまの認知と現実の違い、私のこの度の摩訶不思議な話は、それぞれ異なるようでいて、やはり人間の深層心理や、意識・無意識の世界に関連するものなのかもしれません。

自分が確実に認識していることだけでこの世が構成されているわけではない、という言い方は適当ではないかもしれませんが、脳内で、小さなひずみのようなものが頻繁に起きていて、「間違いない」と固定しているものを、むざんにも切り崩していってしまうのかもしれない、と、頭がおかしくなったようなことを思ってしまいました(笑)


少し話は逸れますが、10年ほど前に亡くなった父の話です。

悪性リンパ腫で全身に転移がありましたが、それは亡くなる寸前にわかったことで、入院のきっかけは、背中の圧迫骨折で歩けなくなったからでした。

長期の入院になると思ったのか、病院から一度家に帰り、パソコンのデータを(仕事の)USBにすべて入れ、会社に届けさせ、それから入院しました。

その後の経緯は省きますが、数ヶ月後、病室の天井を指さし「あれはなに?」などと不可思議なことをたまに言い出すようになりました。

意識は明瞭で、特に問題はなかったのに、です。

悪性リンパ腫のことを伝えたのか伝えなかったのか、覚えていないのですが、恐らくもう家には帰れないという認識があったのだと思います。

入院費のことや、その後の金銭的なことを私と妹に託したり(母がとんでもない浪費家だったので・・・)、話も普通にできていました。

もしかすると急激に痴ほうに?とも思いましたが、どうも違います。

父も、自分がおかしなことを言っているという感覚がまったくありませんでしたが、どうしても天井のあたりが気になるようでした。

よく死期が近づいた人が、「亡くなった人が迎えに来た」と言う話を聞きますが、もしかすると霊ではなく、違う次元のものが見えるようになる、、、のかもしれません。

また、死期が近いなどという特定の条件に関わらず、誰でもいつでも、知らず知らずのうちに、通常なら見えないところとつながって、「お互いに」無意識のうちに行ったり来たりしているのではないか、とも思えます。

話を広げると大変なことになるので(笑)、ここで止めますが、夢もそういったことと関係するらしいですね。

夢を毎日記録している人が、突然異次元や幽界のようなところとつながってしまうという話もよく聞きます。

鎌倉時代の僧、明恵上人は、40年間夢日記を書きましたが、創作ではないのでしょうが、夢と現実が入り混じっているところが多く、明恵にとって、現実と夢との境目はとても曖昧だったということです。


現実と夢、そしてそこに違う次元の世界も加わって、曖昧、あやふやな出来事【青字部分・訂正】が起きたり、記憶があいまいになったり、置き替えられたりすることも、充分にありえる話ではないか、と思った次第です。

【書き足し】 記憶の置き替えというか、すり替えのことは、農園主さんの深層心理のお話を否定するものではありません。

今回、いろいろわかりにくいおかしなことばかりを書いてしまいましたが、オカルトやスピリチュアルに結びつけたいのではなく、人の目には見えないもの、聞こえないものを、見たり聞いたりすることは、認識していないだけで案外普通のことなのかもしれないと、なんだか素直に思えました。




コレステロールは控えすぎてもよくないことを、知りませんでした。

脂質や糖質にしても、単純に控えればいいということでもないようで、管理栄養士さんというのは大変な仕事なんだな、と気づきました。

農園主さんは、それにも勝る知識で食の改善に取り組み、実行していらっしゃるので、本当に頭が下がります。

夏場は、暑さと湿度で体力をかなり消耗するので、しっかり食べることは大事ですね。



お返事は、くれぐれもご無理のないように、ゆっくりペースでお願いします(*^▽^*)

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