山麓王国

全年全月22日の投稿33件]

2025年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ギズモさんも服薬をやめると速やかに回復されたとおっしゃっていたので、薬剤惹起性うつ病と聞いてからを知ってからも、あくまで一過性のうつ症状だろうとおもっていたのですが、モノによっては自殺企図を及ぼすような強い作用のものもあるようですね。

気分の落ち込みは生活上の原因があると考えるのがふつうですから、今後ぼくも服薬とうつとの関係にはちょっと気を付けなければならないとおもいました。



以前話したかもしれませんが、抗生物質については、ぼくも一度ひどい蕁麻疹が出て、気道がふさがっていくような感覚があってあわてて病院に駆け込んだことがあります。

幸い病院内のベッドでしばらくじっとしているうちに軽快していきましたが、じんましんのかゆみよりも、喉がふさがって呼吸がしづらくなってくるおそろしさがなかなかのものでした。



いろいろ話が重なるのですが、ぼくは腹膜の後ろ側が炎症を起こして膿がたまる、後腹膜膿瘍という病気を患って、大腸を1/3切除しています。

大腸のポリープが破れて、その破れた位置が前だったら腹膜炎だったのですが、後ろ側だったので、後腹膜の膿瘍ということになりました。

最終的には入院中にひどい熱が出て、抗生物質でも下がらなくなったため、緊急手術となり、目が覚めたらおなかが20㎝ほど切られていました。

このとき腸を切ったのがいまだに後を引いて、よく腹痛を起こしますし、腸炎になって長引くこともよくあります。

その都度抗生物質を飲んでいましたが、それが祟ったんですね。

なので、抗生物質がギズモさんに悪影響を及ぼしたという話は、身をもって理解できます。



戦後、まだ出回ったばかりのペニシリンは、じゅうぶんな作用を期待するには山ほど注射を打たねばならず、副作用でひどい目にあったといいます。

いまでは抗生物質というと耐性菌が社会問題になるくらいで、あまり危険な薬というイメージがありませんが、実際にはやっぱり体内の菌をムリヤリ殺してしまうのだから、反作用も強いのは当然ですね。

そういえば手塚治虫の『火の鳥』のヤマト編は、舞台がだいたい日本の卑弥呼の時代なんですが、ある医師が、ある女性の感染症(破傷風)を助けるんです。

このとき、女性にどんぶりに山盛りのアオカビを飲ませるんですね。

これはアオカビに含まれる抗生物質の作用を期待したものなんですが、どんぶり一杯分も飲むとなると、どう考えてもアオカビに含まれる毒の作用のほうが強そうです(笑)



娘さん、腹膜炎を薬で散らすことができたんですね。

なかなか油断できない状態だとはおもいますが、、カラダを切らずにすむのならそれがいちばんだとおもいます。

ギズモさんの心労も相当なものだとおもいますが、ご無理のありませんように。

快癒をお祈りいたします。



ギズモさんのお話をうかがって、やっぱり、精神的な緊張は血圧を相当上げるのだとおもいました。

あるいは「精神の緊張」によって「肉体の血圧」が上がることで、さらに精神の緊張が高まっていくという、緊張のスパイラルを生んでいるようにもおもえます。

この緊張のスパイラルを緩和するのに深呼吸がひと役かっていると考えると、やっぱり背筋を伸ばしてゆっくりと呼吸するのは大事ですね。



脂質制限はいまのところ続けています。

けっこう体重が減っているので、いい減量食でもあるとおもいます。

鶏むね肉が大活躍で、皮を取り除いて、あらかじめ切れ目だけ入れておいてアイラップに入れてくくって冷凍。

必要な時にあらかじめ解凍して、アイラップごと熱湯に入れてサラダチキンにして食べています。

食事がワンパターンなのは仕方ないにしても、仕事柄、畑野菜の余り物を利用していると食費がかなり安く上がるので、ぼくは厳密なやり方を続けていくつもりです。

とはいえ、これまで以上にサプリメントにお金がかかるようになったので、結局は相殺されていますが(笑)



「誰かと暮らすこと自体、ストレスにつながる」というのは、とてもよくわかります。

ぼく自身が、ひとりで暮らしていてじつに気楽だからです。

他人の価値観に合わせながら生きていくのはほんとうにタイヘンで、ひとりでいれば個人ですが、ふたり以上になれば社会になります。

そこにあるそれぞれの個性や自我の自由は、社会を維持する目的のために抑圧されてしまいます。

旦那さんの病気の際に「自分の生活が犠牲になってしまう」と感じられたということですが、家庭という社会を維持するために、じぶんの本来の効率性・生産性を犠牲にしなければならないんですよね。

つくってもらった食事に対して「ありがとう」「おいしい」と言葉にするのも、家庭という社会を良好に維持するために必要なコスト……というとあまりにもドライな言い方かもしれませんが、そういったことは、ひとりで暮らしているぶんには必要がありません。

その点、ひとりは気楽です。



でも、ひとりで暮らしているからこそ強くおもうのですが、家庭はやはり必要なものだとおもいます。

なぜかというと、社会や公共というのものは、そもそもみんながなにかしらの犠牲やコストを払いながら維持しているもので、じぶんも社会の一員として常に犠牲とコストを払う必要があります。

この場合の犠牲とコストというのは、じぶんが生活をするために稼ぐ労働とはまた別の話なんです。

働いたら働いたぶん、決まったお金が入ってくる労働とは切り分けて考えなければいけません。

社会や公共に参加するというのは、言い換えれば、生活上の効率を犠牲にして、むしろ足を引っ張られるようなかたちで参加するということです。

たとえば町内会や自治会で活動するようなことも社会参加ですが、家庭をもって家族と助け合いながら生きていくということも社会を形成します。

そういった社会から逃れて、ただじぶんの利益活動、じぶんの自由だけに邁進できる個人という生き方は、じつはよほど事情がなければ許されていないんだ、ということをぼくは最近、身をもって痛感しています。



だって、いまぼくも子供がいませんが、少子化の世の中では今後、あらゆる公共サービスで人材が不足し、われわれの生活に欠かせないインフラですら、修繕が間に合わなくなってくるでしょう。

ぼくはことし自治会長をやっていますが、むかしはうちの自治会では、自治会長なんて20年に1回の仕事だったといわれていました。

それが、ぼくはどうも3年後にまた自治会長が回ってくるようです(笑)

こういったことはやはり、ぼくも含めて、ぼくたちの世代が社会や公共とかかわる面倒くささから逃げて、じぶん個人を優先して生きてきたからだろう、とおもわずにいられません。

ぼくに自治会長が回ってくるのは、ぼく自身が個人を生きてきたツケのようなものだ、という点で、「身をもって痛感している」というわけです。

そういうわけですから、ずいぶん大きな話になってしまったような気もするんですが、ギズモさんがじぶんの生産活動を犠牲にする苦痛を感じながらも、旦那さんの看病に努められたことは、じつはほんとうに大事なことなんだとおもいます。

とはいえ、もちろんそれは、ギズモさんが体調を崩されたときにも、旦那さんがおなじように看病に努める関係性でなければいけませんけどね(笑)

2025年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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そうでしたか。
ご体調が思わしくないところ、お返事をありがとうございます。

病名がつかないような病気も多々ありますし、不定愁訴をおろそかにしては絶対にいけません。
本人にしかわからないつらさがありますし、ましてそれらが積み重なれば、かなりおつらい状況だということがわかります。

お仕事でも普段のことでも、農園主さんは無理してでも、というところがあるかと思いますので、少なくともこの場は、心身ともに好調な時になさってくださいね。

ご体調のことは、ここに書いたことで、お気持ちだけでもいくらかすっきりすることがあるかもしれません。
そんな時は、どうぞ遠慮なく、なんでも書いてくださいね。

案外そんなことで、ちょっぴりでも気持ちが楽になるかもしれませんので。

このところ、新年のお札を受けるために何社かお参りしたのですが、埼玉県や神奈川県と遠く、たくさん歩いて負担がかかったせいか、ウィークポイントである気管支がかなり不調です。
咳が出たりはせず、ただ胸のあたりがもやもやして苦しいだけなので、はたから見れば元気そうに見えるでしょうが、元気ではありません(笑)

そうなってくると、もう気持ちが沈んでどうにもならなくなってくるんですね。
なので、「不安より自信を」とおみくじに書かれていても、ああ、そのとおりだなぁ、と思う反面、「そんなこと言われても・・・」となってしまいます。

極力マイナーな気持ちを打ち消して、笑ったり気持ちを明るく持つように努めているんですが、なかなか難しいですね(笑)

と、自分のことばかり書いてしまいました(笑)

気力って、ほんとうに大事です。
気力がないと身体が動かないし、かといって気力が充実しているからとバンバン動くと身体がついていかない。
心身ともに、って、大切なことですね。

今は、心身ともにゆったりと。無理は禁物です( ^^) _U~~
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16000歩はたいへんでしたね。テーマパークを一日歩き回るのとおなじくらいの歩数ですし、足がくたびれたことでしょう。

おみくじもよい結果でよかったです。

体調に「不安ではなく自信を持て」というメッセージが、心に響きました。



というのも、じつは昨年の暮れごろから段階的に体調を崩していて、書くことに対しても気分的な余裕がなくなっています。

申し訳ないのですが、今回は書いては消し、を繰り返しているうちに、書くことを見失ってしまいました。

あまり体調不良のことを具体的に申し上げることはしません(言い出すとキリがないのです)が、昨年の暮れあたりから全身のあちこちが悲鳴をあげています。

それぞれの不調は不定愁訴のようなものばかりですが、積み重なって大きな不調になっている、という感じです。

いまもこの瞬間もそうなんですが、じぶんのカラダに不調があると、じぶんのことばかり話してしまいますね(笑)

ぼちぼち本格的な節制に取り組む時期にきたのかもしれませんし、すでに遅いのかもしれませんが、当面じぶんの健康不安が解消するまで、発信をひかえて生活に集中させていただこうかとおもっています。



もちろんここでのやり取りをやめるつもりはありません。

しかし、じぶんでも気力のない状況がもどかしく、しばらくの間はご返信をいただいても、これまでの熱量・ペースでお返しすることができないかもしれません。

できるだけ早く回復させますので、なにとぞご理解いただいたうえで、当面のお返事は簡素なものでご容赦いただければとおもいます。

2024年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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遊郭の女郎さんの話を読んでいて考えさせられたのですが、平和とは、まず立場の強いものが立場の弱いものをおもんぱかり、立場の弱いものは多少の不満を飲み込んで、お互いがお互いのために努力している、双方の均衡状態なんですね。

つまり、立場が上の人間が立場の弱い人間を虐げるようなことがあってはならないし、立場が下の人間が不満を噴出させて暴れるようなことがあると、これもやはり平和とはいえません。

心の平穏に関してもおなじだとおもいます。

遊女という非常に立場の弱い、いわば男を断れない立場で、どのようにじぶんの心を納得させるかというと、相手がまずじぶんに優しくしてくれる人なのだと信じることだったというのは、とても納得がいきます。

そのうえでさらにじぶんから積極的に他者に尽くそうとしていると、相手からも善意が返ってくるようになりますよね。

人間だれしも魚心あれば水心で、じぶんに優しく接してくれたり、いつもにこやかにしている人に対しては、じぶんからもなにかを与えたいとおもうものです。

そうやって、善意の循環ができて、じぶんの居場所が生まれる。

そのような「ホスピタリティ」が主体的にできるようになるのはやはり大人になってからですね。



ギズモさんの幼少期に出会った、虐待を受けていた女の子がウソをつくクセは、親にじぶんをアピールしたかったのと、もうひとつはきっとじぶんの責任を回避したかったんだとおもいます。

虐待というのは、じぶんがどういう選択をしようが逃れようのない、八方手詰まりの地獄です。

それであたらしい育ての親にせめてよくおもわれたいから、ギズモさんにお菓子を買ってあげたんだとアピールをしたんですよね。

で、今度はギズモさんがポテトチップ食べたいって言うから来たのだといって、じぶんの責任を回避する。

ギズモさんの文章を読んで、ぼくが勝手におもったことですが、その子はじぶんがわがままなこと(つまり主体的な言動)をすることで、虐待を受けた経験があったんじゃないかなあと。

だから、じぶんから主体的に行動することが、虐待につながるとおもって恐れていたのではないでしょうか。

じぶんが連れていきたいとおもったからギズモさんを工場に連れてきた、というと、そのせいでまた虐待を受けるかもしれません。

だから、ギズモさんが来たいと言ったから連れてきたんだとウソをついて責任を回避した。

子供なりに心を防衛してたのかもしれません。

天秤にかけたときに、友達(ギズモさん)にウソをついたとおもわれることよりも、これからの親にどう接するかということがよほど喫緊の問題だったんだとおもったのですが、もちろんこれはぼくの勝手な勘ぐりです(笑)



お米ですが、ヒノヒカリは西日本でよくつくられている品種で、ぼくも以前食べましたがふつうにおいしいです。

いま市場に出回っているお米は、よほど食通でなければ食味はみな極上です。

わたくし事ですが、ぼくはことしの米の高値にあきれて、来年から陸稲のうるちともち米を主食用につくろうかとおもっています。

陸稲というのは、畑でつくれるお米なんです。収量が少ない、食味が劣るなどの問題がありますが、水田ができない地域などでむかしはよくつくられていたといいます。

陸稲はもち米の食味はふつうなのですが、うるちはパサパサしてまずいのだそうです。

どれくらいまずいのかわからないのでとりあえずつくってみようとおもうんですが、まあ市場に出回ることのないお米で、陸稲のお米はおかきなどの加工用に回るみたいです。

食味でいえば水稲がおいしいのは間違いないんですが、陸稲は収穫した籾を翌年そのまま使えますし、主食をつくるコストは下がりそうです(笑)



ほんとうにことしはヘンな天気が続きますね。

やっと寒くなったとおもったら、またきょうは生ぬるいようなおかしな気温です。

朝と日中の気温差が激しくて、最近なんだか疲れがたまっています。

お互いに体調に留意しながら乗り切っていきましょうね。

2024年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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マッサージ機で刺激してしまったのでしょうか。大変な思いをなさいましたね。
でも、ベストな解決方法が見つかってよかったです。
うっかり整形外科に行くと、リハビリ(電気とかマッサージとか)に延々と通わされ、いつまでたっても効果がないということが多いです。

今回も、とてもおもしろく、新鮮な興味を持って読ませていただきました。

前回No,1490を書いたあと、ずっと考えていたことがあります。
それは、神様が実在したかしないかは関係なく、神話と歴史はたぶん密接なつながりがあるのではないか、ということ。
そして、歴史というのは、どんな些細な情報でも信憑性がないことでも、いろいろなことをつなぎ合わせたり切り落として、想像していくものではないか、ということでした。
想像するということは正確な歴史とは違いますが、様々なことがどんどん塗りかえられていく時代に、これが正解というものはないに等しいのかもしれません。
そこで、自分なりに想像し、構築していくことが、歴史との向き合い方のように思えたのですが、それは決して確証を得ることを前提にしたり、正確な結論を導き出すものでなくてもよい、とも思いました。

そんなわけで、今回の記事を読ませていただき、想像というところでシンクロしたように感じ、ちょっとびっくりしました(笑)

ずいぶん前に高木彬光の『成吉思汗の秘密』を読んだのですが、名探偵が入院して退屈な時に謎を解くベッド・ディテクティブの形をとっているので、いわゆる推理小説なのですが、チンギスカン(チンギスハン)と源義経が同一人物だという事を検証していくお話です。

歴史もののような堅苦しさがなくおもしろかったのですが、この作家が『邪馬台国の秘密』を書いていました。
昭和47年なので、まだ教科書では邪馬台国は九州にあったと書かれていた頃かもしれませんね。
まだ読んでいませんが、やはりベッド・ディテクティブ形式で、卑弥呼、邪馬台国の謎を解いていくお話のようです。
ネットで調べると、『魏志倭人伝』の内容は正確なものだと仮定(断定?)して、書いているようでした。

それにもう一冊、『古代天皇の秘密』というものもありました。
神武天皇は存在したのか、大和朝廷の謎、隼人族、熊襲族、天孫降臨、神話の解明など、古代史の実像に迫る、と書いてありました。
こちらも興味あります。

歴史について自分なりの考えを書きたかったのを、歴史小説とはせず、入院中の探偵が謎を解き明かしていくという推理小説の形をとったことに、この作家の拘りを感じます。


邪馬台国や卑弥呼にはあまり関心がなかったのに、農園主さんの記事から大変興味を持ってしまいました(笑)

農園主さんが書いていらっしゃることは、想像、フィクションであるのかもしれませんが、歴史的な一考察なので、どこか別の場で発表なさる機会があればいいなと思います。


いつも、いろいろな刺激をありがとうございます(人''▽`)
知りたいことが広がるというのは、本当にありがたいことです。
私にとっては、ネットであれこれ調べたりいろいろな本を読むよりも、農園主さんの記事の方が、わかりやすく興味深く読めるので、うれしいです。

2024年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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土葬のお話、とても感銘を受けたのですが、お返事は後日にすることにして、先にひとことだけ。

無神経なこととはぜんぜん思っていないので、お気になさらないでくださいね(*^^*)

ここに引越してから6年ほど経ちますが、富士山は見えるし(階と部屋によって)、なかなか快適です。
以前お話したと思いますが、真上の階からあやしい黄色い水が相当量洩ってきてパニックになったこと以外は(笑)

その男性もかなりの高齢で認知症だったということですが、ここができた時に入居した方たちで、亡くなったのか奥さまと施設に入ったのかわかりませんが、最近部屋が空いて、大修繕工事がありました。

エレベーター、乗ると「お待たせしました」と女性の声で話すのですが、あれはいらない機能だと思います。
せっかく話してくれるので、ひとりの時は「いいえ、ありがとうございます」と答えてしまいますが(笑)

「ひとこと」→ずいぶん字数が増えてしまいました(◎_◎;)
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いわゆる寝ずの番のときは、落語家の場合はどんちゃん騒ぎをして、遺体を抱き起して一緒に踊るなど無茶苦茶をして、葬式が終わってからみんなで泣きじゃくるという話を聞いたことがあります。

やっぱり、お通夜麻雀くらいが限度ですね(笑)



死のありようについて、都市部では戦前から火葬でしたが、田舎では半世紀前まで土葬が行われていました。

土葬というのは、遺体の入った木の棺、それもいわゆる座棺がそのまま土に埋められるわけで、ほんとうの意味で人間が自然に還ります。

かなり深く埋めるのですが、生き物の死体ですから、獣がきて掘り起こす可能性がありました。

このあたりは以前お話した気もするんですが、獣が嫌がる植物に、シキミがあります。

いまは仏花としてつかわれますが、あれはじつは鹿ですら食べない毒性の植物で、葉っぱをちぎると特徴的な匂いがします。

このシキミの葉をたくさんもってきて、土葬を終えた場所で盛大に焼くんです。

これをしておくと、動物が土を掘り起こさないそうな。



いま80代の、ここでたびたび登場する現役大工の大先輩ですが、この葬儀を実際に体験されています。

土葬の場合、遺体は死後硬直が始まる前に座棺に収まるようにしておかねばなりません。

しかしその家では遺体を寝かせたままひと晩放置したため、集落の人が総出で遺体の骨をゴキゴキ折って、無理やり座棺に詰めたのだといいます(笑)

それで、うちの近くにあるお寺のお墓に埋めるのですが、ここは地下水がきていて、穴を掘ると水がわいてくるのでした。

それでもなんとか掘って、棺を入れると、水で棺が浮いてくる。

仕方がないので集落の人が棺の上に乗って、無理やり棺を沈めた状態で、土をかぶせていったというのです。

葬儀というより、土方仕事であり、冠婚葬祭といいますが、それこそお祭りなんですよね。

いまの葬儀は儀式を抽出したようなものになっています。

死の段取りを効率化して、地域や親類縁者との結びつきも極力簡略化し、身近であるはずの死をビジネスとくっつけて、どこかよそよそしい「速やかな儀礼」にしていった結果、その行きつくところが直葬となり、墓じまいにつながっていくというのは、当然の結果のようにおもえます。

かといって、日本でまた葬儀が土葬のころのような生々しさを取り戻すかというと、もうそれは無理だともおもいますが(笑)



ギズモさんが養老さんの話によく似た場所にお住まいだとは考えず、無神経なことを言ってしまいました。

エレベーターの奥が開く構造になっていると、棺であれば立てることもできますが、それこそ担架で運ぶときにはそういうわけにもいきませんし、一般的なエレベーターの狭さは、元気な人向けにできてますね。

高齢者施設でエレベーターが狭いと、それこそ担架で運ぶときは、2階くらいなら階段で運べるかもしれませんが、すこし高層階になるとたいへんだとおもいます。

サスティンペダルをおかしくしたオペラの講師さんにしても、ぼくにしても、エレベーターでギズモさんを振り回してしまい、申し訳ないです(笑)

2024年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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満州国が続いていたらというお話、とても興味深いです。

当時の満州では、日本と同じように、流行歌や子どもの童謡などが流行ったようですが、中でもおもしろいのが、満鉄(南満州鉄道)の社歌です。
日本人の作詞作曲ですが、聴いてみると、どうも北朝鮮の歌のような雰囲気を感じてしまいます。
大正6~7年あたりにあのような曲調の歌は珍しいと思うのですが、満州の位置を考えると、北朝鮮あたりの影響を受けていてもおかしくないのかなと。

社歌というジャンルなので、重みを感じるものにしたのかもしれませんが、満州のようなところにずっといると、音楽でも小説でも、日本にいる時に作るものとは違ってくるのかなと思いました。


満州と言えば、東京都品川区に「愛新覚羅」という姓の、女医さんの眼科クリニックがあります。
まだ若い人ですが、以前テレビで放映したのを見ました。

溥儀の親戚の人かとよく言われるそうですが、直系ではなく、徳川家みたいに枝分かれしているようですね。

話がさらに逸れてしまいますが、私の親より少し前の世代の人で、満州から引き揚げてきた人は、ずいぶんいました。
子どもの頃、満州で中国人の女中さんにおんぶされて育った話や、集団でチフスにかかったけれど生き延びた話とか、本当に小説の中のような話を聞いたこともありました。

今回、満州の音楽の事をちょっとだけ調べてみたのですが、満州なんとか、という流行歌が数多いのは知っていましたが、童謡「ペチカ」「待ちぼうけ」が、満州から逆輸入されて日本に入ってきたのは、初めて知りました(今までも調べていたはずなのになぜ覚えていなかったのか????)

北原白秋と山田耕作が、実際に満州に行って作り、「満州唱歌」に入っていたそうです。

特に「待ちぼうけ」のあの荒れ野の描写は、やっぱり日本の風景ではなかったことで、なんとなくスッキリしました(笑)

2024年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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カナタイピング、80点を越えたあたりから停滞気味です。

最高点は106点。ぼちぼち90点あたりも出てるんですが、一日10点ペースで上達していたのが、うまくいきません。

文字の位置はもう覚えました。

しかしここからは手が慣れていく時期で、これがうまくいかない。

頭の中でローマ字入力と干渉しまうので、感覚で打っていくと間違えるんですね。

でももうここからは頭で考えるよりも先に手が出てこないと点数が伸びないので、このあたりが難所になっているようです。

2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ありがとうございますm(_ _"m)

大掃除と、お帰りになる準備でお忙しくなると思いますが、ご無理のないように。
除雪しなくていいくらいの雪だといいですね。
雪かきは腰を痛めやすいので、気をつけてくださいね。
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なかなか声の調子が戻らないこと、ものごとはじぶんのおもったようにはいかないこととおもいますが、じぶんに与えられたカードの中で向上心をもって最善を尽くしておられるのは、さすがだとおもいます。

その中でも、お仕事が無事に元のように戻ったことはなによりです。

あしたのクリスマスコンサート、たいへんな中でも、納得のいくものになることをお祈りしております。

ぼくはきょうからぼちぼち農閑期になりそうで、これから数日かけて大掃除にとりかかります。

あしたは雪が降る予報で、除雪作業があるかないか微妙なところなので、すこし緊張感がありますが、結局起きる時間はいつも配達に行く時間とおなじ5時半なので、ふだん通りです(笑)

2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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確かに、始まってしまうと、文句を言ってたことも忘れてしまうんでしょうね。
私も、もしテレビなどで放送されていたら、興味のあるパビリオンは見たいと思います。

神仏は、いるかいないか明らかではないですし、無条件で信じるということは難しいかもしれませんね。
というより、無条件で信じている人をはたから見たら、危険人物と思われることもあると思います。
私も、神棚をお祀りしたのは10年ほど前からです。
信じたから必ずいいことがくるとか、そこまで思ってもいませんが、苦しい時の神頼み&仏頼みから始まったことで、それが続いているだけです。
お札も、きちんとお祀りしないとバチがあたるとか、そういうこともないと思いますし、結局は自分の気持ちですね。
ただ、不思議なことに(偶然かもしれませんが)、神棚をお祀りした頃から、不気味な金縛りにあうことが、まったくなくなりました。
これも気の持ちようと言われたらそれまでですが、本当に怖い目にあっていたので、今は安心して寝られます(笑)

自治会からお札三枚も?
天照さまと氏神様と、荒神さまでしょうか。
以前、ご実家の氏神様にお参りした時のことを、写真付きで記事にしていらっしゃいましたね。
一年に、それだけお参りしたら充分だと思います(*^^*)

去年でしたか、元伊勢籠神社の写真を拝見し、詳しい説明もお聞きしましたね。
真名井の井戸とか、とても奥が深い神社で、行ける時があればと思っています。

幼稚園のことを覚えてるんですか?
小さい時に、花まつりなどの経験ができるのはいいですね。

ずっと電動歯ブラシだったのですが、1年くらい前にクリニカアドバンテージにしてから、研磨剤が多い歯磨き粉に電動歯ブラシはよくないと聞き、普通の歯ブラシに変えました。
さっきAmazonブラックフライデーをチラッと見てきたのですが、ドラッグストアのクーポン値引き後の価格より安いですね。
必要なものがいくつかあるので探したいのですが、見ているうちにどんどん必要でないのに欲しいものの方が増えていき、アマゾンの沼にはまりそうです(笑)
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これだけケチのついた万博も、なんだかんだいって始まってしまえばそれなりに盛り上がるんだとおもうんですが、ギズモさんのおっしゃるように、来訪者が万国のパビリオンに訪れて、貴重な学びになるかどうかというのがいちばん重要なところですね。



ギズモさんは毎年いろんな行事でお参りをしておられますね。

ぼくは宗教についていろいろ調べたり考えたりはするんですが、性根の部分ではなにかを頭から信じ込むことができないユダのようなタイプなので、家には神棚も仏壇もありません。

毎年当地の氏神さんから自治会経由で三枚お札をいただくんですが、クリアファイルにとじて養生テープで北側に張る、というくらいのことしかしません。

ことしは一度当地の神社二社におまいりをしましたが、あとはたしか、年始に実家の氏神さんにお参りしたきりです。

夏越の祓に茅の輪くぐりをしたいとか、幼稚園(仏教系の幼稚園でした)で花まつりのときに甘茶をかけたのを、もう一度体験してみたいものだ、というような気持ちはあるんですが、その時期には仕事が忙しくて、行く気になれません(笑)



サトイモは泥付きでまったく問題ありません。

サトイモは地質が重粘土のほうがよくできます。

あんまり砂地でないほうがいいんですね。

うちのあたりも重粘土で、雨が降ると耕耘しても土を練るだけになってしまいます。

なので雨のときに収穫したサトイモは泥でべったりになりますし、それをゴム手袋をはめてほぐしています。



クリニカアドバンテージ、おなじものをお使いなんですね。
歯垢と歯石が取れるので、重宝しています。

ぼくは歯を磨くときの圧が強いので、歯ブラシもやわらかめの安いものをAmazonで買っています。

歯磨き関係のものはほとんどAmazonで買っていますね。
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え!!

クリニカアドバンテージ、私も使ってます!!!
Amazonブラックフライデー、あとで見ます。
ありがとうございます😊

去年のブラックフライデーでは、アイリスオーヤマの炊飯器を安く買いました。
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わざわざ書き直してくださったのですか?
ありがとうございます。

読ませていただき、農園主さんのような考え方ができる政治家はいないのだろうか、と思いました。
国民の不信感がどれだけ伝わっているのかわかりませんが、国民から信頼されるようにしようとする姿勢が見られない限り、
不信感はつのる一方のように思います。

「大会組織にお金をばらまかねば誘致できないようなものではなく、また大手企業やゼネコンと癒着してことを成すのではなく、若く将来性のある新興企業やクリエイターを全国から集めて、資金を管理する外部組織をつけたうえでやる」というのは、実に望ましい形ですね。

上海万博の時、上海市民には、1世帯に2枚無料券が配られ、交通費も支給され、さらに企業からの補助もありました。
それでも行かなかった人は多かったようです。
今回、大阪市民への無料チケットは高校生までのようですね。
勉学の一環としてとてもいいことだと思いますが、それなら大学生にも、と思ってしまいました。

明日からの出雲大社・神在祭の前夜祭で、今日は午後7時に、稲佐の浜で全国の神々をお迎えする、神迎の神事があります。
昼間、氏神様にお参りに行き、行ってらっしゃいのごあいさつをし、家の神棚に、東京の地酒とお菓子をお供えしました。
全国の神様が出雲に行く時、お土産があるとたいそうお喜びになるそうで、ここ数年、そうしています。
こういうことは、目に見えるものでなし、本当に気の持ちようなのですが。
神社に着いたらすぐ、本殿で七五三のご祈祷が始まりました。
境内には他に誰もいなかったので、神主さんの祝詞などを、5分ほど盗み聞き(笑)してきました。
行きに道に迷わなければもっと早く着いていたので、ご祈祷に遭遇しなかったはず、ちょっとしたラッキーでした。
ここは菅原道真がご祭神で、御鎮座は、  長徳元年(995年)だそうです。
それほど古く感じないので、建て直しをしていると思います。

サトイモのことですが。
農園主さんは、土付き、という書き方をしていらっしゃいました。
一般的に泥付き、と書かれて売っているので、私も泥付きと書いてしまいましたが、実際に売られている物は、泥ではなく土がついていますよね。
泥付きと書いて失礼だったかなと思ったので、書いておきますm(_ _"m)
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一週間ほど前に、パソコンの外付け無線LANの受信機と、愛用の歯磨き粉のクリニカアドバンテージの購入をしようとおもったのだけど、Amazonのブラックフライデーにもしかして安くなるんじゃないかとおもっていたら、ほんとうに安くなっててありがたい限りでした。

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日本は太平洋戦争の敗戦によって「政府はろくなことをしない」ということを学習しました。

しかし戦後の経済政策に関してはダイナミックで、世界を凌駕する成長をしました。

ところがその経済政策も、バブル時期に金が余った際に、地方政治が主導した事業(主に第三セクター)の多くが破綻したことで、われわれは行政がお金の使い方を知らないことを学習しました。

戦争の不信感、行政のお金の使い方がズレていることに対する不信感。

このふたつの不信によって、国民はもう政治から発信される情報も、政府が調子にのってやるイベントも、どちらも信用ができなくなってしまったようです。

一回目のオリンピックや万博は、豪腕政治に対する信頼がまだ国民に残っていたことと、いままさに日本中のインフラを整備していて、世界中がまだまだ発展の余地を残していたときだったからこそ、その勢いで成功に導くことができました。

しかし現代では、行政主導のハコモノに対する不信はすさまじく、実際に東京五輪は議員とゼネコンの汚職の温床であったことがあきらかになっています。

なのに行政は、「あのときをもう一度、おなじことをやれば日本が復活する」という幻想にとりつかれているわけです。



いま政治に求められていることは、これまで発展してきたインフラを、持続可能な形で維持整備するという、足もとを固める地味な仕事です。

そのうえで、もしハコモノをやるのであれば、大会組織にお金をばらまかねば誘致できないようなものではなく、また大手企業やゼネコンと癒着してことを成すのではなく、若く将来性のある新興企業やクリエイターを全国から集めて、資金を管理する外部組織をつけたうえでやるのがよいでしょう。



入館料を安く、というのはほんとうにそうですね。

たとえばいまの段階で予約してくれた人には半額でチケットを提供するなどのおもいきった超早期割引があれば、いまこの苦境の中で万博を応援してやりたい人が買ってくれるということはあるのではないかとおもうんですけどね。




考えていたんですが、サトイモに関しては、消費者は無意識のうちに、洗ってあるもののほうが衛生的に感じているのではないかとおもいます。

10月中に売れたのは、まだほかにサトイモが出回っていなかったから、セカンドベストで土付きのものを買ってくれたのではないでしょうか。

というのも、去年はサトイモが豊作で、2月の頭まで売ることができたんですが、1月になってサトイモが出回らなくなると、土付きでもよく売れたんですよね。

洗ってあるものと、洗っていないもので並んでいたら、洗っているほうを優先的に選ぶということなのでしょう。

たぶん、ぼくも買う側にまわれば、洗ってあるものを買います(笑)

2023年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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統一教会を信仰している、統一教会が好き、というのは、憲法で定める信仰の自由ですから、かまわないんです。

かまわないけど、ぼく個人としては、ダメなんです。

あの宗教が根源的なところで持っていた、わが国に対する反社会意識。

保守であり、反共であれば、一定の反社会が許されるという、愛国無罪的な卑怯さ。

統一教会に限らず、こういう卑怯な保守は一定数存在しますが、ぼくはああいう保守層を、許すことができない。

でも、統一教会は悪くないとおもっている人そのものを、ぼくは否定できません。

ぼくは、そういう場合、距離を置くほかないんです。

その人の信仰の自由の権利も守り、ぼく自身の考えも守るためには、もう黙って距離を置くほかない。

でなければ、対立するしかないのだから。
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ライディーンって、高橋幸宏さんの作曲だったんですね。

この曲、すごいキャッチ―で衒い(てらい)がなくて、あまりにもストレートな曲なのが不思議だったんですが、幸宏さんなら納得、というか、そういう直球のよさが魅力だったとおもいます。

#音楽
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池袋ウエストゲートパークのアニメ、おもしろかった。

原作に忠実なのだろうとおもうんですが、文句のつけどころがない。
ドラマ版の肉付けを削ぎ落したような仕上がりで、社会派的でもあり、かといってユーモアもある。

終盤の抗争部分はドラマ版とよく似ています。



ちなみに、あくまで個人的な独断と偏見でですが、Amazonプライムをみるようになってから何年間かアニメに親しんできて、1番おもしろかったのは『平家物語』でした。

2番目が『異世界おじさん』。

3番目がこの池袋ウエストゲートパークとなりました。

なんだ3番目かとおもうかもしれませんが、いろいろ見てきての3番目ですから、かなりの高評価です。

最終話に、宮藤官九郎さんのドラマに出てきた窪塚洋介さんが、ひと言だけ声優として参加していてビックリ。

#与太話
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きょうはいつもの収穫作業に加えて、カブをご近所さんに配って、午前中の作業は終了。

午後は昼寝をしてから、ちょっと所用で買い物をして、ほんとうはサトイモをほぐす作業をしたかったのだけど、なんだか気乗りがしなくて作業終了。

日曜だし、休んでしまいましょう(笑)

#野菜

2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』をみる。

NHKでやっていたドラマシリーズが映画化されたもので、もともと『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフとして漫画になっていたものを、映像化したものです。

累計の興行収入が12.5億円に達するそうで、よく当たっているのだとおもいます。

感想としては、アマプラでみるぶんには、とてもよかったです。

映画館でそれなりのお金を出して見るとなると、よほど登場人物のファンであるとか、原作が好きとか、そういう思い入れがないと、ちょっと物足りなさが残るんじゃないかという気がしました。

というのも、なんというか、ひと言でいうと、手堅いんですね。

手堅いというのは、誉め言葉であると同時に、安牌を狙った感じともいえます。

映画化作品であるからといって、奇をてらったことをせず、あまりドラマのときから逸脱したことをしていない。

ただ、筋書きがよいし、役者の演技がよかったから、わざわざ文句をつけるようなこともありません。

もしドラマシリーズがなくて、いきなりこの映画が実写の岸辺露伴シリーズの最初だったら、かなり強いインパクトがあったのではないか、という気がします。

#与太話
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二ノ国ですが、なんとなくどっかでみたことあるなあ、と。

あ、と気付く。
ときめきトゥナイトっぽいんだ。
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ぼちぼちインボイスが始まりますね。
零細農家であるぼくにとって問題になるのは、消費税の課税が行われるという点です。

小規模事業者のほとんどは本則課税を選ばず、簡易課税にするはずです。

簡易課税を選択した場合は、売り上げの消費税額(8% or 10%)から、インボイス制度が始まってから3年はどの業種でも20%を納税する特例期間が設けられました。

特例期間を過ぎたあとは事業区分ごとのみなし仕入れ率で支払額が決まります。

ぼくの場合、飲食料品の譲渡にかかわる農業なので、特例のあるなしにかかわらず80%のみなし仕入れ率(つまり、20%の課税)になります。

↓業種ごとのみなし仕入れ率
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実際に計算してみますが、農産物を108万円売り上げたら、消費税は8%ですから、8万円が消費税ですよね。

その8万円のうち80%がみなし仕入れ率ということになるので、のこりの20%の1万6千円が課税されます。

計算自体は、カンタンなものです。

それに、インボイスによる消費税の課税でいきなり生活が破滅する、というようなものでもありません。


ただぼくが心配なのは、それこそ直売所で野菜を売るような人のうち、ギリギリ課税対象になるくらいの販売量の人にとっては、ハードルが高いということです。

家庭菜園の延長線上で、大きめの畑を借りたとします。

たくさん収穫できるようになって、直売所で取引をしたいと話しかけたときに、担当者から「インボイスの登録はされてますか」と聞かれたら、どうなるか。

直売所で販売する手前の段階で、税務署に行ってインボイスの手続きをしなければならない……となると、面倒くさいしやっぱりやめとこうかな、という流れになりやしないだろうか、と。

農業者はなんというか……こういう言い方をするとアレですけど、税務署から収入を捕捉されるのとか嫌がる人が多そうですし(笑)

となると、直売所で販売される野菜が減ることで、全国各地の直売コーナーが閉鎖されるなんてことになったら、ぼくのような零細の農業者が、最終的にワリをくうのではなかろうか。

もっといえば、うちのような小さな段々畑が集まっているような山間地は多くありますが、野菜をつくって小規模に稼ぎたいときにハードルが上がってしまって、全国でいよいよ休耕地が増えてしまうのではないだろうか、というのが目下の心配事です。

#野菜
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ぼくは、椅子を壊すプロです。

そんなものにプロもアマもないのですが、ともかく、ぼくの座る椅子は、一般的な寿命よりはるかに早く壊れてしまう。

べつに体重がどうのこうの、というわけでなく、子供のころから椅子にグイグイ負荷をかけるクセがあって、それがいまは太ってしまったうえにクセが変わらないものだから、いよいよすぐ壊れてしまう。

いまつかっている椅子は、回転椅子なんですが、回転部分のねじがしょっちょう切れてしまいます。

木部にねじこんである金属が、切れるほどの負荷をかけているようです。

何度もそれで修理をしてるんですが、なんども切れる。

もういい加減あぶなっかしいので、あたらしい椅子を買おうかとおもってるんですが、どうせ壊してしまうことを考えると、ぼくにはビールケースあたりがちょうどいいんじゃないかという気がしてきました。

#与太話
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以下の2枚はオクラです。
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結果的に非常に疎植になって、頭の部分を獣に食われたものですが、1株がまず4本に枝がわかれ、そこからさらに枝が出て、数えてみたら12本に枝分かれしていました。
9月に入ってから収量も増え、背は低めに仕上がっています。

近年、オクラの栽培は密植で育てることが推奨されており、ぼくもそのように育ててました。

が、この生長の仕方をみていると、ひと株30cmの1本仕立てでも、問題なく育ってくれるような気がします。

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ようやくオクラも売れ残りが出るようになってきたので、いくつかを料理に。
こちらは歯ごたえが残る程度に湯がいて、テキトーに刻んで、酢と砂糖を水で薄めてあっさりめの甘酢にして、そこへだし醤油を加えて、冷蔵庫で冷やしたらできあがり。
さっぱり食べられます。

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こちらは逆にしっかりめに湯がいて、頭を落としたらフードプロセッサーでしっかり粉砕します。
それをだし醤油で伸ばしたら、オクラのとろろ風です。
ご飯にかけたり、そうめんやソバの出汁に加えたり、いろいろつぶしがききます。
酸っぱいのが大丈夫なら、あらかじめ梅干しかお酢を入れておくと、冷蔵庫ですこし日持ちします。

#野菜

2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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きょうは二度目のサトイモの土寄せと、サトイモとオクラの追肥。

オクラはことし「大奥」という品種を育てたのだけど、これは濃緑で、おなじオクラの品種の中でもよく売れる印象があります。
ズッキーニもオクラも、なぜか濃緑がよく売れます。オリーブ色のものや、白色のものは、陳列棚をにぎやかにはするのだけど、なぜか売れません。

それはともかく、大奥は大きく育てても比較的硬くなりづらいという点でも、生産者にメリットが大きい品種だとおもいます。

けれど、来年からはまたピークファイブに戻します。

ナント種苗の種は気を惹くものが多いし、決して悪くはないのだけど、家庭菜園向きというか、極端にいいところがピックアップされるぶん、営利に育ててみると反作用もそれなりにある印象です

#野菜

2023年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ビッグモーターや知床遊覧船で経営コンサルタントパートナーを務めていた男がいたそうで、この経営指導が黒幕なんじゃないのかと噂になっています。

まあ問題そのものはともかく、ぼくはというと、いつもどおり遠景を俯瞰するような話がしたいのですよ。

経営コンサルタントといいますが、経営という言葉の語源は仏教にさかのぼるようです。

経営の経と、お経の経はおなじ字で、おなじ意味なんですが、「ものごとの筋道、道理」を意味します。

では営とはなにかというと、いとなむ、おこなう、励む、というようなことですが、「実践する」ということなんです。
つまり経営とは、ものの道理の実践に励む、ということ。

そもそもの意味には、お金を稼ぐというようなニュアンスはありません。
資本主義という概念は、比較的あたらしいものなので、もともとは単に、じぶんにできる精一杯、奉仕するというような感じです。

源氏物語の夕顔のくだりに「大殿も、けいめいしたまひて、日々に渡り給ひつつ」とあるのですが、この「けいめい」が「経営」で、左大臣が光源氏のために忙しく立ち回った、というような意味合いです。

また平家物語では「多日のけいえいをむなしうして」とあり、これは多くの日数をかけた建築がムダになってしまった、というような意味合いです。

このことからみても、経営という概念からお金、つまり資本主義を取り除くと、そこには人のために心を砕くという意味が残ってきます。

もうすこし掘り下げて、経緯という言葉があります。
地図の縦の座標軸を経度、横の座標軸を緯度といいますが、経という言葉には、機織りにおける縦の糸という意味も含まれています。
緯は、横糸のことです。
この縦横の糸が、さっきの筋道・道理という意味とあいまって、ものごとのなりゆきをあらわす経緯という言葉になる。

さらにこの縦の糸(道理)を、生活をするための家の区画をつくる縄として考えて、「じぶんの規模を決めて縄張りをつくり、その範囲で力を尽くしてものごとに取り組む」というような意味合いが、経営という言葉に含まれてくるのです。

この言葉だけをみると、経営とはすばらしい理念なのだな、と感心します。

ところが経営という言葉に資本主義が絡むと、金を儲けるのが至上命題となって、道理が引っ込んでしまうんですね。
資本主義に限りませんが、道理はしばしば主義に服従して、「主義を実践するための道具」にすりかえられてしまうわけです。

たとえば「お金を儲けることに成功した経営者の言うことは絶対である」というゆがんだ価値観もまた、会社という世界の中では、やろうとおもえば道理になってしまいます。

社長を神様として、その宣旨はすなわち教義であり、道理なのだ、とまあ、そういう主義で道理がないがしろにされた結果、「経営がカルト化していく」ようなケースは後を絶ちません。

それで、社員はというと、実際には道理とはほど遠い非道徳的な仕事内容の中で酷使されながら、一方で便所の便器を手で洗うようなことで、上っ面の道理の実践を強要されて、あたかも道理的な仕事を実践しているように洗脳されてしまうというわけです。

#時事

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