全年全月27日の投稿[38件](2ページ目)
2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
電気をつかわずに演奏する「アンプラグド」というライブがアメリカで流行して、ぼくが高校時代に、エリック・クラプトンという、白人ブルースギタリストがこの企画に参加してライブをしているのだけど、ぼくはこのアルバムは伝説の一枚だとおもっていて、いまだに色あせません。
というか、ぼくがギターをはじめるようになったきっかけでもあります。
その中で長い間聴き込んで、最初に聞くとこの一曲が好きだ、やっぱりこの一曲だ、と変遷していくうちに、とうとうこの一曲となったのが、これ。
あらためて和訳のサイトを拝見したんですが、この歌詞は、ほとんどぼくの人生のようです。
http://blog.livedoor.jp/mineallmine/arch...
#音楽
きょうは集落の役員会。
「集落でむかしはお酒をよく飲んでいたし、みんな一杯やるというのを目的に集まっていたけれど、いまはお酒を飲まない人にフォーカスして自治会運営をしてるのが、よい流れになっている」
というのが今回の話の主要なところだったとおもいます。
来月親睦会があるんですが、それも昼飲みだし、ビール1ケースだけでいいんじゃないか、というような感じです。
ぼくが移住してきた10年前だと、ビールは2ケース、日本酒があと2升くらいは必要でしたから、ずいぶん酒代が減ってきたとおもいます。
自治会といえば飲まされるという雰囲気も、特に飲まない人にとって大きな負担になっていました。
飲みたい人は家に帰って存分に飲めばいいのだし、いまの雰囲気はとてもよくなってきたよね、というのが今回の役員会の主題だったなあ、とおもいます。
「集落でむかしはお酒をよく飲んでいたし、みんな一杯やるというのを目的に集まっていたけれど、いまはお酒を飲まない人にフォーカスして自治会運営をしてるのが、よい流れになっている」
というのが今回の話の主要なところだったとおもいます。
来月親睦会があるんですが、それも昼飲みだし、ビール1ケースだけでいいんじゃないか、というような感じです。
ぼくが移住してきた10年前だと、ビールは2ケース、日本酒があと2升くらいは必要でしたから、ずいぶん酒代が減ってきたとおもいます。
自治会といえば飲まされるという雰囲気も、特に飲まない人にとって大きな負担になっていました。
飲みたい人は家に帰って存分に飲めばいいのだし、いまの雰囲気はとてもよくなってきたよね、というのが今回の役員会の主題だったなあ、とおもいます。
夏の間のみ続けていたコーヒーをやめたところ、なかなかの離脱症状で、3日目の昼寝で、ようやく慢性的な眠気とだるさが抜けました。
カフェインを抜くときは毎回こんな感じ。
コーヒーは習慣で飲むんじゃなくて、頓服的に、ほんとうに必要な時だけ飲むのがよいのだろうなとおもう。
カフェインを抜くときは毎回こんな感じ。
コーヒーは習慣で飲むんじゃなくて、頓服的に、ほんとうに必要な時だけ飲むのがよいのだろうなとおもう。
いつからでしょうね。
暇つぶしをしているつもりだったのが、暇つぶしにつぶされる時代になったのは。
暇つぶしをしているつもりだったのが、暇つぶしにつぶされる時代になったのは。
2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
真昼間から台所に、ことし初の、それはもう立派なアレがいましてね。
いくら田舎で虫慣れしたとはいえ、やっぱり「うわッ」という声はあげます(笑)
ガスコンロの下にもぐったので、粛々とスプレーをかけ、そういえばだいぶガスコンロ回りもきたねえな、と掃除をして、満を持してコンロを移動させて、動きのとまったアレを火箸でつまんで勝手口から外に放り投げる。
うちは昔ながらの、壁に向かって設置されたキッチンなんですが、シンク以外の収納台というのか、これを薄いステンレス板で覆っているようなもので、もうずいぶん取り切れない錆びや汚れがきています。
掃除をしたからといってピカピカにもならないので甲斐がないんですが、年末に掃除してから、またずいぶん汚れたものだと感心しました。
4月ごろにブラックキャップも置いてて、おかげでことしの梅雨時には見かけなかったのに、もう効果が薄れたのか。
これを機に、ホウ酸を買って安上がりにじぶんで団子をつくってもいいかなともおもいつつ、やっぱりあの手のブラックキャップみたいなやつは、捨てるにしてもスマートでいいよなあ、など、あれこれ考え中。
いくら田舎で虫慣れしたとはいえ、やっぱり「うわッ」という声はあげます(笑)
ガスコンロの下にもぐったので、粛々とスプレーをかけ、そういえばだいぶガスコンロ回りもきたねえな、と掃除をして、満を持してコンロを移動させて、動きのとまったアレを火箸でつまんで勝手口から外に放り投げる。
うちは昔ながらの、壁に向かって設置されたキッチンなんですが、シンク以外の収納台というのか、これを薄いステンレス板で覆っているようなもので、もうずいぶん取り切れない錆びや汚れがきています。
掃除をしたからといってピカピカにもならないので甲斐がないんですが、年末に掃除してから、またずいぶん汚れたものだと感心しました。
4月ごろにブラックキャップも置いてて、おかげでことしの梅雨時には見かけなかったのに、もう効果が薄れたのか。
これを機に、ホウ酸を買って安上がりにじぶんで団子をつくってもいいかなともおもいつつ、やっぱりあの手のブラックキャップみたいなやつは、捨てるにしてもスマートでいいよなあ、など、あれこれ考え中。
2023年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
軽トラでスーパー行く途中に、ラジオでこの曲を聞いて、最初、「あ、変わったブルースだな」とおもって、しばらく聞いてたら、なんか聞き覚えがあるぞ、と。
途中で、あ、これレニー・クラヴィッツのアメリカンウーマンやんか、と気づいたんですが、もともとこっちが原曲で、Guess Whoというバンドの曲だったようです。
個人的にはこの原曲のほうが好きだなあ。
#音楽
途中で、あ、これレニー・クラヴィッツのアメリカンウーマンやんか、と気づいたんですが、もともとこっちが原曲で、Guess Whoというバンドの曲だったようです。
個人的にはこの原曲のほうが好きだなあ。
#音楽
ふだん何気なくつかってる言葉が、じつは省略語で、意味がわからないということがあります。
回をわけて2例あげますが、今回は「祇園」。
祇園精舎の鐘の声、と平家物語の冒頭にありますが、祇園とは「祇樹給孤独園(ぎじゅぎっこどくおん)」の略。
ですから、省略せずにいうと「祇樹給孤独園精舎の鐘の声」になります。
漢字が多くてイヤになります。
祇樹というのは、ブッダがいたころのインドの、コーサラ国の祇陀太子(ジェータ太子)が所有していた樹林です。
祇陀太子の樹林だから、祇樹。
給孤独というのは、スダッタという金持ちのニックネーム。
漢字で書くと須達長者なんですが、孤独な貧民に施しを与えるような人だったそうで、そこで給孤独というニックネームがついたそうな。
精舎というのは修行する場所ということです。
この言葉が生まれた由来として、スダッタがブッダに入れ込んだあげく、ジェータ太子に頼み込んで巨額の私財を投じて樹林を買い取り、ブッダの修行の場所にしてくれと喜捨するんですね。
だから「祇樹給孤独園」は「祇陀太子の樹園を買った給孤独が、ブッダに捧げた修行の園」ということになります。
この言葉が省略されて祇園となったわけです。
ちなみにインドの祇園精舎は場所も特定されていて、グーグルマップにも載ってます。
https://www.google.com/maps/place/%E7%A5...
#与太話
回をわけて2例あげますが、今回は「祇園」。
祇園精舎の鐘の声、と平家物語の冒頭にありますが、祇園とは「祇樹給孤独園(ぎじゅぎっこどくおん)」の略。
ですから、省略せずにいうと「祇樹給孤独園精舎の鐘の声」になります。
漢字が多くてイヤになります。
祇樹というのは、ブッダがいたころのインドの、コーサラ国の祇陀太子(ジェータ太子)が所有していた樹林です。
祇陀太子の樹林だから、祇樹。
給孤独というのは、スダッタという金持ちのニックネーム。
漢字で書くと須達長者なんですが、孤独な貧民に施しを与えるような人だったそうで、そこで給孤独というニックネームがついたそうな。
精舎というのは修行する場所ということです。
この言葉が生まれた由来として、スダッタがブッダに入れ込んだあげく、ジェータ太子に頼み込んで巨額の私財を投じて樹林を買い取り、ブッダの修行の場所にしてくれと喜捨するんですね。
だから「祇樹給孤独園」は「祇陀太子の樹園を買った給孤独が、ブッダに捧げた修行の園」ということになります。
この言葉が省略されて祇園となったわけです。
ちなみにインドの祇園精舎は場所も特定されていて、グーグルマップにも載ってます。
https://www.google.com/maps/place/%E7%A5...
#与太話
オクラ、獣害がおさまったおかげで、お盆あたりから多少収量が持ち直すかもしれないなという感じ。
例年とはまったく比べ物になりませんが、うまくいけば人件費以外は回収できるかな。
出費した分がそのまま戻ってきて終了、といった感じですが、戻ってこないよりはマシだろう、とため息まじり。
さて、梅雨まで大量の雨が降り続いたあと、いまはカンカラカンに乾く日々が続いていますが、このような無茶苦茶な天気がいい実験になっていると考えて、ことしはあえてズッキーニもオクラも葉を落とさずに育てています。
ズッキーニは葉を落とさないと、実に葉擦れを起こすものがありますし、収穫の見落としも発生するんですが、収量は例年より上々の印象。
オクラは実の2~3節ほど下からどんどん葉を切り落とすのが栽培の基本なんですが、これをすると干天続きで水をやれなかったときに、枝がすべて落ちて茎だけの棒になったことがあります。
葉っぱを残すことで、株元が日陰になって多少は変化があるか、あるいはやっぱりダメか、うちは水やりの届かない圃場が多いので、そのへん、観察してみようとおもいます。
#野菜
例年とはまったく比べ物になりませんが、うまくいけば人件費以外は回収できるかな。
出費した分がそのまま戻ってきて終了、といった感じですが、戻ってこないよりはマシだろう、とため息まじり。
さて、梅雨まで大量の雨が降り続いたあと、いまはカンカラカンに乾く日々が続いていますが、このような無茶苦茶な天気がいい実験になっていると考えて、ことしはあえてズッキーニもオクラも葉を落とさずに育てています。
ズッキーニは葉を落とさないと、実に葉擦れを起こすものがありますし、収穫の見落としも発生するんですが、収量は例年より上々の印象。
オクラは実の2~3節ほど下からどんどん葉を切り落とすのが栽培の基本なんですが、これをすると干天続きで水をやれなかったときに、枝がすべて落ちて茎だけの棒になったことがあります。
葉っぱを残すことで、株元が日陰になって多少は変化があるか、あるいはやっぱりダメか、うちは水やりの届かない圃場が多いので、そのへん、観察してみようとおもいます。
#野菜