山麓王国

No.1122

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ギズモさんの疑問に対して、もうすこしぼくの見解を述べてみようとおもいます。

今回も長めの投稿になります。



閭丘胤が寒山拾得に向けてていねいな挨拶をしたのは盲目の尊敬だからだろうというギズモさんの考察は、その通りだとおもいます。

ただ、閭丘胤は宗教のことがさっぱりわからないので、宗教の道に通じていそうな人であれば、盲目的に尊敬してしまうんですね。

えらい人だという前知識があったから慇懃に接したというのではなくて、その道のことがなにもわからないので、とりあえずていねいに扱っておこうというわけです。

ところが作品中にも書かれている通り、「盲目の尊敬では、たまたまそれをさし向ける対象が正鵠を得ていても、なんにもならぬ」のです。

閭丘胤は僧侶や道士となればあてずっぽうに尊敬します。

尊敬しているんだからいいじゃないか、ともおもいます。

しかし鴎外は、それでもしたまたま相手がほんとうに尊崇に値する人物であったとしても、そんなあてずっぽうな尊敬ではなんの意味もない、と言い切ってしまうのです。

閭丘胤は、相手が僧侶であるというだけで、その格好や身分を問わず、尊敬はしています。

けれど結局は俗人ですから、お輿に乗って国清寺に向かう途中では、庶民が道をあけてひざまずくのをみて、いい気分になっています。

僧なら僧で、どれくらい徳のある人間なのかということが、気になってしまう。

人を物差しで測らねば気がすまない俗人であることが、作品中で描かれています。



豊干と寒山拾得の関係性ですが、寒山拾得は「わかったうえで対等にふるまっている」のだとおもいます。

目上の人にていねいに接すると、それは同時に目下の人をゾンザイに扱うということにもなります。これはふたつでひとつのセットになっています。

接待するときに上座をつくれば、下座ができるようなものです。

人間社会に生きる以上、上下意識は切っても切り離せないのですが、寒山拾得はものの道理をわかったうえで、だれにも媚びず、だれをも蔑まず、みずからも風狂に生きています。

なので仏陀といわれる豊干にさえ媚びることなく「豊干がしゃべったな」と言ったのでしょう。



寺を訪れた閭丘胤が拾得について聞いたとき、道翹がこんなエピソードを話しましたね。

「拾得は賓頭盧尊者のありがたい像に食事を供える役目をあずかっていたにもかかわらず、お供えをした後、あろうことか尊者と向き合って食事をしたのです。尊者の像がどれだけ尊いものかわかっていなかったのでしょう。だからいまは厨房で僧どもの食器を洗わせているのです」

道翹からすれば「拾得ごときが、賓頭盧尊者の像と向き合って食事をするような真似をした」というわけです。

そして厨房のかまどの前に寒山と拾得がいるのをみて、道翹は「おい、拾得」とつっけんどんに声をかけます。

かれもじつは閭丘胤とおなじ、身分の差を意識する俗人です。

社会のありように合わせて、おもい込みで人間を上に見たり、下に見たりする。

寒山拾得はそんな道翹のことも、上にも下にも見ていないので、どう呼ばれても歯牙にもかけぬ様子です。



閭丘胤は寒山拾得にくどくどとじぶんの身分を伝えました。

「朝儀大夫、使持節、台州の主簿、上柱国、賜緋魚袋、閭丘胤と申すものでございます」

このとき、閭丘胤はそれが礼儀だとおもっているのでしょうが、じぶんの社会的地位の高さを伝えてるんですよね。

寒山と拾得は当然その卑俗さを見抜いて、笑います。

それだけでなく、閭丘胤が宗教に通じてもいないのに、盲目の尊敬をじぶんに向けているだけであることも見抜きました。

実際閭丘胤は、寺に行く道中、こんなふうに考えています。

牧民の職にいて賢者を礼するというのが、手柄のように思われて、閭に満足を与えるのである。

僧侶にていねいに接すれば、じぶんの格が上がるような気がする、という閭丘胤の心根にも寒山拾得は笑ったのです。

さらにいうと寒山拾得は、豊干がそんな閭丘胤の "驕慢を折伏" させるために、寒山拾得を紹介したのだということまで、見抜いたのでしょう。

「豊干がしゃべったな」というのは、「豊干め、よけいなことを押し付けてくれたな」くらいの意味合いがあるかもしれません。



道翹が真っ青になって立ちすくんだ理由ですが、かれは閭丘胤が主簿という、日本でいうところの都道府県知事のような立場であることを知っていました。

寺でも主簿のご参詣だというので、おろそかにはしない。

とあります。

閭丘胤が社会通念上の礼儀をもって寒山拾得に当たったこともわかっています。

道翹には、閭丘胤が「盲目の尊敬」であてずっぽうに礼を尽くしているだけである、というようなことは見抜けません。

道翹も閭丘胤とおなじく、社会的立場で人の上下をはかる俗人でした。

だから身分の低い(とみなしている)寒山拾得が、身分の高い閭丘胤に対して無礼を働いたことに恐れをなして、真っ青になって立ちすくんでいるのです。

ちなみに「僧らが、ぞろぞろと来てたかった。」のは、単に飯どきだったから厨房に集まってきたというだけでしょう。



しかし、そのように読み解いていくと、われわれがいくら寒山拾得のようになりたいと願っても……そう願えば願うほど、じぶんが俗人であることを痛感せざるを得ないのではないでしょうか。

アキレスと亀のたとえのようですが、寒山拾得のような境地を求めても、われわれは人間を生きている以上、どうしても越えられない壁があって、いくら近づいても、その境地に至ることはできず、その壁をみるたびに、じぶんは結局こちら側(俗人の側)であるとおもわざるを得ません。

しかし、だからといって閭丘胤のような俗人になるのではなく、じぶんの仏性を求めて修行をしながら、同時にじぶんは寒山拾得にはなれぬと知る、というようなところが、禅宗のやっていることなのかなあ、という気がします。

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