No.1652
投票所の立会人のお役目、お疲れ様でした。
さぞお疲れになったことと思います。
自治会の会長のお仕事は、伺っている以外にも多くの煩雑なことがあるでしょうが、大きな問題がなく、平穏無事なことが一番ですね。
お返事のお気遣いのないよう、簡単な感想と、雑談です。
司馬さんのいうところの、「場当たり的な、禅的な」、というのは、志士たちの意識がなんとなくですが理解できる気がします。
『葉隠』のわかりやすい翻訳をありがとうございます。
生きる意味より、死ぬ意味のほうに重きをおいたのは、根底に、「恥」というものの捉え方が大きく存在していたのかとも思えます。
また、常に死を思って生きることで、生きることを充実させていたようにも感じました。
命を惜しむという生き方、惜しまずに~という生き方、どちらもそれなりに深い意味がありますね。
農園主さんがお書きになった、「じぶんの生き様が恥にならないように生きて、死ぬ」、このことば、今の政治家に聞かせたいです。
政治に対する思いとは離れたところで、わざわざ恥をさらすような発言や行動をする人が多いのはなぜなんだろうと思います。
生き方、死に方は、時代によって変化するものかもしれませんが、よくも悪くも自分の納得のいく人生を送ることが大切ですね。
後悔のない人生はないと言いますが、時が経って激しい後悔の念がぼんやりとぼやけてきて、あ~~もう、あの時はしょうがなかったしぃ、みたいになんとなく納得し、「まずまずいい人生だったなぁ」と思いながら死んでいけたらなぁ、としょうもないことを考えています(笑)
前にお話したかもしれませんが、私の部屋は西日が素晴らしくよく当たります(笑)
この時期は、夜7時になっても、遮光カーテンを通してさえ明るい日差しを感じます。
そんなわけで、どう頑張っても暑さ&まぶしさで、とてもパソコンの前にいられないのですが、そうも言っていられないので、けっこうな時間を西日の前で過ごします。
クーラーはつけていますが、この時間帯は効き目があまりないため、熱が体内に蓄積されてしまうようで、それが長時間放散されず、いつも軽めの熱中症になっているみたいです。
神経をかなり遣う仕事が終わった翌日から4日ほど頭痛が続き、薬を飲んでも治らなかったのですが、ひどい肩こりもあるので少しつらかったです。
もともと頭痛持ちですが、軽度の熱中症もありそうですね。
一昨日、埼玉県行田市の「古代蓮の里」というところに、蓮の花を見に行きました。
東京の上野の不忍池の蓮とはぜんぜん違い、高さもあり葉も大きいのに驚きました。
HPには、
と書かれています。
着いたとたん、雷が鳴っていましたが、稲妻が地面まで届いた(落ちた?)のを初めて見ました。
空やビルの合間に光るのはよく見ますが、視界を遮るものがないので、空の高いところから地面に吸い込まれるところまで見えました。
知らないことがまだまだたくさんあってあたりまえなのですが、衝撃的な体験でした(笑)
もうひとつびっくりしたことが。
蓮が咲いている小さな池が点在しているのですが、そこに、それはそれは大きなオタマジャクシが!!
まだ足が出ていないのに(たぶん)、長さが17~18センチくらいありました。
数もものすごいので、これが一斉に蛙になったらどんなことにと思ったら、ゾゾっとしました(笑)
先日ネットで、神奈川県の大船フラワーセンターで「双頭蓮」が咲いた、というニュースを見ました。
50~100年に一度、1本の茎に2つ花が咲くそうで、見ると幸せがくると書かれていました。
調べてみたら、新潟県の高田城址公園や茨城県坂東市でも今年開花したそうですし、毎年どこかで咲いているようなことも書かれていたので、さほどラッキーでもないですね(笑)
古代蓮の里の蓮の葉があまりにも大きく、コロボックルが隠れているように思いました(笑)
よく見れば違いますが、フキの葉っぱとちょっと似ていますよね。
数日前に娘と娘ムコが家に来たのですが、娘ムコに「東京ではお盆はやらないんですか?」と聞かれました。
東京では7月なのですが、お盆飾り(きゅうりやナスなど)や果物をお供えしていなかったので、???と思ったのでしょう(家にお仏壇はありませんが、両親と主人の父親の写真を飾り、お線香をあげ、金剛鈴を鳴らしています)
私が子どもの頃から、家でも近所でもお盆になにかやっているのを見たことがなく、具体的に何をするか、ほとんどわかっていませんでした。
10年ほど前に父が亡くなってからは、スーパーで売っているおがらを買い、ベランダで燃やしてお迎えし、お供え物もしていたのですが、昨年母が亡くなってからやめました。
墓じまいなど、供養の形が変わってきている今、お盆の慣習はだいじなことなので、手を抜かないようにしたいとは思うのですが、あえて迎え火で呼ばなくても勝手に来るはずだし、送り火を焚いても帰ってくれないかも、と思った次第です(笑)
本当にものすごい暑さですが、体調はいかがでしょうか。
体力的にも精神的にもご無理のないよう、充分に気をつけてくださいね。
少し日にちをあけて投稿しましたが、遅くなってごめんなさい(o_ _)o))
さぞお疲れになったことと思います。
自治会の会長のお仕事は、伺っている以外にも多くの煩雑なことがあるでしょうが、大きな問題がなく、平穏無事なことが一番ですね。
お返事のお気遣いのないよう、簡単な感想と、雑談です。
司馬さんのいうところの、「場当たり的な、禅的な」、というのは、志士たちの意識がなんとなくですが理解できる気がします。
『葉隠』のわかりやすい翻訳をありがとうございます。
生きる意味より、死ぬ意味のほうに重きをおいたのは、根底に、「恥」というものの捉え方が大きく存在していたのかとも思えます。
また、常に死を思って生きることで、生きることを充実させていたようにも感じました。
命を惜しむという生き方、惜しまずに~という生き方、どちらもそれなりに深い意味がありますね。
農園主さんがお書きになった、「じぶんの生き様が恥にならないように生きて、死ぬ」、このことば、今の政治家に聞かせたいです。
政治に対する思いとは離れたところで、わざわざ恥をさらすような発言や行動をする人が多いのはなぜなんだろうと思います。
生き方、死に方は、時代によって変化するものかもしれませんが、よくも悪くも自分の納得のいく人生を送ることが大切ですね。
後悔のない人生はないと言いますが、時が経って激しい後悔の念がぼんやりとぼやけてきて、あ~~もう、あの時はしょうがなかったしぃ、みたいになんとなく納得し、「まずまずいい人生だったなぁ」と思いながら死んでいけたらなぁ、としょうもないことを考えています(笑)
前にお話したかもしれませんが、私の部屋は西日が素晴らしくよく当たります(笑)
この時期は、夜7時になっても、遮光カーテンを通してさえ明るい日差しを感じます。
そんなわけで、どう頑張っても暑さ&まぶしさで、とてもパソコンの前にいられないのですが、そうも言っていられないので、けっこうな時間を西日の前で過ごします。
クーラーはつけていますが、この時間帯は効き目があまりないため、熱が体内に蓄積されてしまうようで、それが長時間放散されず、いつも軽めの熱中症になっているみたいです。
神経をかなり遣う仕事が終わった翌日から4日ほど頭痛が続き、薬を飲んでも治らなかったのですが、ひどい肩こりもあるので少しつらかったです。
もともと頭痛持ちですが、軽度の熱中症もありそうですね。
一昨日、埼玉県行田市の「古代蓮の里」というところに、蓮の花を見に行きました。
東京の上野の不忍池の蓮とはぜんぜん違い、高さもあり葉も大きいのに驚きました。
HPには、
「行田蓮(古代蓮)」は原始的な形態を持つ1400年から3000年前の蓮であると言われています。古代蓮の里にほど近い公共施設建設の工事の際に、偶然出土した種子が自然発芽し甦り、池に開花しているのが発見されました(昭和48年)。地中深く眠っていた多くの蓮の実が出土し、自然発芽して一斉に開花した事は極めて珍しいと言われています。
と書かれています。
着いたとたん、雷が鳴っていましたが、稲妻が地面まで届いた(落ちた?)のを初めて見ました。
空やビルの合間に光るのはよく見ますが、視界を遮るものがないので、空の高いところから地面に吸い込まれるところまで見えました。
知らないことがまだまだたくさんあってあたりまえなのですが、衝撃的な体験でした(笑)
もうひとつびっくりしたことが。
蓮が咲いている小さな池が点在しているのですが、そこに、それはそれは大きなオタマジャクシが!!
まだ足が出ていないのに(たぶん)、長さが17~18センチくらいありました。
数もものすごいので、これが一斉に蛙になったらどんなことにと思ったら、ゾゾっとしました(笑)
先日ネットで、神奈川県の大船フラワーセンターで「双頭蓮」が咲いた、というニュースを見ました。
50~100年に一度、1本の茎に2つ花が咲くそうで、見ると幸せがくると書かれていました。
調べてみたら、新潟県の高田城址公園や茨城県坂東市でも今年開花したそうですし、毎年どこかで咲いているようなことも書かれていたので、さほどラッキーでもないですね(笑)
古代蓮の里の蓮の葉があまりにも大きく、コロボックルが隠れているように思いました(笑)
よく見れば違いますが、フキの葉っぱとちょっと似ていますよね。
数日前に娘と娘ムコが家に来たのですが、娘ムコに「東京ではお盆はやらないんですか?」と聞かれました。
東京では7月なのですが、お盆飾り(きゅうりやナスなど)や果物をお供えしていなかったので、???と思ったのでしょう(家にお仏壇はありませんが、両親と主人の父親の写真を飾り、お線香をあげ、金剛鈴を鳴らしています)
私が子どもの頃から、家でも近所でもお盆になにかやっているのを見たことがなく、具体的に何をするか、ほとんどわかっていませんでした。
10年ほど前に父が亡くなってからは、スーパーで売っているおがらを買い、ベランダで燃やしてお迎えし、お供え物もしていたのですが、昨年母が亡くなってからやめました。
墓じまいなど、供養の形が変わってきている今、お盆の慣習はだいじなことなので、手を抜かないようにしたいとは思うのですが、あえて迎え火で呼ばなくても勝手に来るはずだし、送り火を焚いても帰ってくれないかも、と思った次第です(笑)
本当にものすごい暑さですが、体調はいかがでしょうか。
体力的にも精神的にもご無理のないよう、充分に気をつけてくださいね。
少し日にちをあけて投稿しましたが、遅くなってごめんなさい(o_ _)o))