2025年2月の投稿[6件]
2025年2月24日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
コレステロール値を下げるお話を、一番最初に書いてくださったんですね。
ありがとうございます。
キノコと海藻なら、他の食べ物よりも継続して食べやすいですね。
シイタケは高いですが、干しシイタケを活用してもよさそうです。
鶏むね肉とキノコ、とってもおいしそうです。
いつも頭が下がるのは、身体にいい食材をなんでもいいから食べるという姿勢ではなく、組み合わせや味付けを工夫してレシピを考えていらっしゃることです。
以前は、マイタケがインフルエンザ予防になるとか言われていたので、マイタケやキノコと海藻、ちくわを炒めたものをよく食べていましたが、最近そんなメニューは忘却の彼方でした(笑)
また復活させます!
海藻の効果は本当にびっくりするほどすごいんですね。
昔はどこの家庭でも、お味噌汁の具として、ワカメは毎日のようによく食べていたはずですよね。
最近は、大きなスーパーでも、生ワカメ(塩わかめはたまにあります)や生昆布(切り昆布)を見つけるのが難しいんです。
普段は乾燥ワカメを使いますが、おいしさが生のものとは全然違いますね。
アカモクも、乳酸菌入りの小袋パックになっているのは見たことがありますが、一般に売られていません。
お味噌汁と言えば、土井善晴という大阪の料理家をご存じですか?
「一汁一菜でいいという提案」という文庫本を読みましたが、いわゆるレシピ本や、食に関する解説本ではありません。
おかずの数が少ないと手抜きしたように思うことが多いけれど、一汁一菜とは、ご飯と具だくさんのお味噌汁、それで立派なご馳走であって手抜きとは違い、健康にもいいというようなことでした。
キノコと海藻も、忙しい時、おかずを作れない時があれば、お味噌汁に入れれば継続しやすいと思いました。
以前、花粉の時期に塩昆布を毎日食べていたらその年は花粉(訂正:花粉症)が軽かったというお話をしたように思うのですが、農園主さんの記事を読ませていただき、納得しました。
私は、お塩の効果かなと思っていましたが、海藻の効果だったんですね。
寒天は、なんといってもあんみつです(笑)
黒蜜をかけて食べたくなりました。
生クリームや油の多い洋菓子より、水羊羹など、寒天のデザートがよさそうですね。
知らないこと、すぐに役立つことばかりでした。
ありがとうございました。
次回も楽しみにしています(*^。^*)
ありがとうございます。
キノコと海藻なら、他の食べ物よりも継続して食べやすいですね。
シイタケは高いですが、干しシイタケを活用してもよさそうです。
鶏むね肉とキノコ、とってもおいしそうです。
いつも頭が下がるのは、身体にいい食材をなんでもいいから食べるという姿勢ではなく、組み合わせや味付けを工夫してレシピを考えていらっしゃることです。
以前は、マイタケがインフルエンザ予防になるとか言われていたので、マイタケやキノコと海藻、ちくわを炒めたものをよく食べていましたが、最近そんなメニューは忘却の彼方でした(笑)
また復活させます!
海藻の効果は本当にびっくりするほどすごいんですね。
昔はどこの家庭でも、お味噌汁の具として、ワカメは毎日のようによく食べていたはずですよね。
最近は、大きなスーパーでも、生ワカメ(塩わかめはたまにあります)や生昆布(切り昆布)を見つけるのが難しいんです。
普段は乾燥ワカメを使いますが、おいしさが生のものとは全然違いますね。
アカモクも、乳酸菌入りの小袋パックになっているのは見たことがありますが、一般に売られていません。
お味噌汁と言えば、土井善晴という大阪の料理家をご存じですか?
「一汁一菜でいいという提案」という文庫本を読みましたが、いわゆるレシピ本や、食に関する解説本ではありません。
おかずの数が少ないと手抜きしたように思うことが多いけれど、一汁一菜とは、ご飯と具だくさんのお味噌汁、それで立派なご馳走であって手抜きとは違い、健康にもいいというようなことでした。
キノコと海藻も、忙しい時、おかずを作れない時があれば、お味噌汁に入れれば継続しやすいと思いました。
以前、花粉の時期に塩昆布を毎日食べていたらその年は花粉(訂正:花粉症)が軽かったというお話をしたように思うのですが、農園主さんの記事を読ませていただき、納得しました。
私は、お塩の効果かなと思っていましたが、海藻の効果だったんですね。
寒天は、なんといってもあんみつです(笑)
黒蜜をかけて食べたくなりました。
生クリームや油の多い洋菓子より、水羊羹など、寒天のデザートがよさそうですね。
知らないこと、すぐに役立つことばかりでした。
ありがとうございました。
次回も楽しみにしています(*^。^*)
2025年2月20日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
今回は短文です。
前回に引き続いて健康関連の話をさせていただこうとおもいます。
話をまとめているうちに、芋づる式にいろんなことがわかってきてちょっと衝撃を受けてるんですが、これがちょっと書きまとめるのに時間がかかりそうなんです。
次回、もう少し詳しく書きまとめさせてください(笑)
それで取り急ぎ、コレステロールを下げるという話題について、箇条書きにしました。
・食用の海藻類はおおむねすべて、コレステロール値を下げる作用が強い。ただしカラギーナンだけは毒性が懸念されており、摂取しないほうがよいです。
・海藻類の中でも昆布やアカモクのぬめり成分であり、水溶性複合多糖類(食物繊維の一種)の一種であるフコイダンには、一部の抗がん剤に匹敵するがん細胞の抑制作用があります。
・水溶性複合多糖類がコレステロール排出作用と、がん抑制作用をもたらしているようです。水溶性複合多糖類には海藻以外にキノコ類も含まれます。
・水溶性複合多糖類には、アレルギーを抑制する作用もあります。
・海藻類にはヨードが多く含まれていることから、医療的な情報をみると控えたほうがいいと書かれてありますが、仮に長期間摂りすぎて甲状腺機能障害が起こっても、摂取をやめれば速やかに回復するとのことです。
・寒天にはヨードが含まれていませんので、ヨードが気になる場合は、海藻をひかえ目にして、キノコと寒天の組み合わせがいいかもしれません。
・キノコ類と海藻類にはたくさんの種類がありますが、それぞれ水溶性複合多糖類の種類と成分もちがっており、それぞれに作用のあり方がちがいます。しかしどれも効果の大小はあっても、「コレステロール値を下げる(血圧を下げる)」、「血糖値を下げる」、「がん抑制作用がある」「抗アレルギー作用がある」という点は共通しています。
・難消化性デキストリンという、水溶性食物繊維の抽出物が売られています。よく飲み物に入っていて特定健康食品みたいになっていたりしますが、これは水溶性多糖類に似ていますが、デンプンから抽出したものです。がん抑制作用はフコイダンの4分の1。これで上記のすべての健康作用を補うことはできなさそうです。
以上の点をまとめると、こうなります。
「いろんな種類の海藻、いろんな種類のキノコ、つまりいろんな種類の水溶性複合多糖類をまんべんなく、すこしずつ毎日摂取することが、将来の血液疾患予防、がん予防、免疫向上(アレルギー抑制)に非常に効果的である」
そこに加えて、脂肪の摂取をひかえ目にする(平均摂取量の半分以下といいますから、1日の脂質量を20~30gに抑える)と、血管プラークの減少も期待できるようです。
ごはんは控える必要がなく、パンもあんまり脂肪の多いものは控える程度でOK。
お肉は赤身を中心に、そのとき摂取したコレステロールは海藻ときのこで速やかに排出、というイメージです。
どこのスーパーでも手に入るような食材とはいえ、物価の高い時節柄、あんまり無理なことは言えませんが、ちょっと健康効果の高さに衝撃を受けて、取り急ぎ書いてみた次第です。
ぼくはこれを知って、キノコと鶏むね肉を甘酢と醤油でサッパリ煮にしたものに、陳皮パウダーをたっぷりかけていただきました。
(追記)今の時期生のアカモクが出回っていて、下処理して湯がいたアカモクのポン酢和えも食べています。
なんとなく健康になった気がします。←
前回、脂っこい料理に陳皮パウダーが合うと書いてしまいましたが、あれはやっぱりぼくの症状からいえば、アウトのようです(笑)
もうご存知だったら勇み足でほんとうに申し訳ないんですが、次回、参考資料なども含めて、どうしてそうなのか、という点をできるだけわかりやすくまとめたいとおもいます。
前回に引き続いて健康関連の話をさせていただこうとおもいます。
話をまとめているうちに、芋づる式にいろんなことがわかってきてちょっと衝撃を受けてるんですが、これがちょっと書きまとめるのに時間がかかりそうなんです。
次回、もう少し詳しく書きまとめさせてください(笑)
それで取り急ぎ、コレステロールを下げるという話題について、箇条書きにしました。
・食用の海藻類はおおむねすべて、コレステロール値を下げる作用が強い。ただしカラギーナンだけは毒性が懸念されており、摂取しないほうがよいです。
・海藻類の中でも昆布やアカモクのぬめり成分であり、水溶性複合多糖類(食物繊維の一種)の一種であるフコイダンには、一部の抗がん剤に匹敵するがん細胞の抑制作用があります。
・水溶性複合多糖類がコレステロール排出作用と、がん抑制作用をもたらしているようです。水溶性複合多糖類には海藻以外にキノコ類も含まれます。
・水溶性複合多糖類には、アレルギーを抑制する作用もあります。
・海藻類にはヨードが多く含まれていることから、医療的な情報をみると控えたほうがいいと書かれてありますが、仮に長期間摂りすぎて甲状腺機能障害が起こっても、摂取をやめれば速やかに回復するとのことです。
・寒天にはヨードが含まれていませんので、ヨードが気になる場合は、海藻をひかえ目にして、キノコと寒天の組み合わせがいいかもしれません。
・キノコ類と海藻類にはたくさんの種類がありますが、それぞれ水溶性複合多糖類の種類と成分もちがっており、それぞれに作用のあり方がちがいます。しかしどれも効果の大小はあっても、「コレステロール値を下げる(血圧を下げる)」、「血糖値を下げる」、「がん抑制作用がある」「抗アレルギー作用がある」という点は共通しています。
・難消化性デキストリンという、水溶性食物繊維の抽出物が売られています。よく飲み物に入っていて特定健康食品みたいになっていたりしますが、これは水溶性多糖類に似ていますが、デンプンから抽出したものです。がん抑制作用はフコイダンの4分の1。これで上記のすべての健康作用を補うことはできなさそうです。
以上の点をまとめると、こうなります。
「いろんな種類の海藻、いろんな種類のキノコ、つまりいろんな種類の水溶性複合多糖類をまんべんなく、すこしずつ毎日摂取することが、将来の血液疾患予防、がん予防、免疫向上(アレルギー抑制)に非常に効果的である」
そこに加えて、脂肪の摂取をひかえ目にする(平均摂取量の半分以下といいますから、1日の脂質量を20~30gに抑える)と、血管プラークの減少も期待できるようです。
ごはんは控える必要がなく、パンもあんまり脂肪の多いものは控える程度でOK。
お肉は赤身を中心に、そのとき摂取したコレステロールは海藻ときのこで速やかに排出、というイメージです。
どこのスーパーでも手に入るような食材とはいえ、物価の高い時節柄、あんまり無理なことは言えませんが、ちょっと健康効果の高さに衝撃を受けて、取り急ぎ書いてみた次第です。
ぼくはこれを知って、キノコと鶏むね肉を甘酢と醤油でサッパリ煮にしたものに、陳皮パウダーをたっぷりかけていただきました。
(追記)今の時期生のアカモクが出回っていて、下処理して湯がいたアカモクのポン酢和えも食べています。
なんとなく健康になった気がします。←
前回、脂っこい料理に陳皮パウダーが合うと書いてしまいましたが、あれはやっぱりぼくの症状からいえば、アウトのようです(笑)
もうご存知だったら勇み足でほんとうに申し訳ないんですが、次回、参考資料なども含めて、どうしてそうなのか、という点をできるだけわかりやすくまとめたいとおもいます。
2025年2月17日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
とっさに思い出したみかんの皮の粉ですが、お役に立って何よりです。
釈迦に説法どころか、知っていた以上のことを詳しく教えていただき、本当にありがとうございます。
人間の肉体は酵素のカタマリということは、まったく知りませんでしたし、代謝の良し悪しに関係していたということも知りませんでした。
あれ以来、私も週一度でなく、毎日摂るようになりました←ちょっとえらいかも(笑)
先日、アレルギーの薬をもらいに内科に行きましたが、「前回の検査から1年経つので、次回はコレステロール値の検査をしましょうね」と言われてしまいました。
「悪玉コレステロール値を低下させる」と書いてくださっていたので、1~2ヶ月、毎日みかんの粉を摂っていれば、絶対コレステロール値は下がっているはずと信じ、続けるつもりでいます。
みかんの皮パウダーの使い方ですが、いろいろ活用イメージを膨らませていらして、すごいなぁと感心します。
私もぜひ参考にさせていただきたいと思います。
食生活に取り入れておいしく摂取できたらそれが一番ですので、お試しになったことがありましたら、また教えてください。
私も、毎日小さじ1杯摂ることで、コレステロール値だけでなく、花粉症や皮膚のかゆみなどのアレルギー症状、免疫アップにも効果があればいいなと思います。
『豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたもの』は、とってもおいしそうですね~。
常備菜として、作ってみたくなりました。
伊勢のアマテラスのお話、ありがとうございます。
おかげまいりの流行は、本当にすごかったようですね。
確か、『東海道中膝栗毛』も伊勢に行くお話だったと思いますが、その他、時代物の小説にたまに出てきます。
伊勢神宮が、仏教の影響を受けなかったというお話、とても興味深く読ませていただきました。
伊勢神道・神本仏迹という言葉、出雲大社の境内に仏堂や経典が並んでいたということも、初めて知りました。
江戸から明治の過渡期に過激な廃仏毀釈が行われ、徳川打倒とともに天皇を神とした時代が始まるわけですね。
「伊勢神宮のアマテラスが絶対神」という考え方が今も継続しているために、神棚は、「天照皇大神宮=神宮大麻」のお札を真ん中に祀り、氏神さまのお札は右、左に崇敬神社のお札という決まりになっているんですね。
ここで、ちょっと気になって調べてみたのですが、伊勢神宮のホームページに、
ということは、伊勢にお参りに行った人は、その「御祓大麻」なるものを受けていたかもしれませんが、家庭で天照大神のお札に手を合わせたり、神棚にお祀りするようになったのは、明治の時代からということになりますね。
ウィキペディアの「伊勢神宮」には、このように書かれていました。
天皇の思召が関係したのもわかりますが、伊勢神宮のお札を売りたいための陰謀、策略ともいえるかもしれません(笑)
数年前、出雲大社の東京分祀に初めてお参りに行きました。
繁華な六本木の裏道の、ビルの中にあります。
たまたま誕生日だったので、記念にご祈祷を受けたところ、お酒や絵馬、おしゃもじの他、神棚にお祀りするお札もいただきました(下に写真をアップしました)。
出雲大社のお札は、他の神社のお札とは別格ではないかと思い、お祀りする場所を尋ねたところ、「伊勢神宮が真ん中でも出雲大社が真ん中でも、並べても重ねても、そんなことで神様は怒りません」と言われました。
その時、同じ質問を伊勢神宮で聞いたら、どのような答えが返ってくるのか、気になりました(笑)
また、「江戸時代には通史がなくて、徳川以前にだれが社会を統治していたかわかっていなかった」というのは、ちょっとした驚きでした。
改めて国学についてざっと調べてみましたが、主だった国学者の名前は知っていても、教科書で習った程度のことしかわかっていませんでした。
当時の国学者の研究がなければ、いまだに徳川のような政治体制が続いており、仏教が主流となり、天皇制にはならなかったということもあるのかもしれません。
そんなことを考えると、日本の宗教というのはおもしろい過程を経ていますね。
毎年1月末までには終えている、神棚・仏棚のお札の入れ替えですが、巣鴨のお地蔵様のお札だけがまだでした。
いつもは元旦祈祷をお願いし、1月5日以降に木札を取りに行くのですが、ほぼ毎日おこなっている20分の特別祈祷の際も申し込めると聞き、昨日行ってきました←この特別祈祷は、東日本の震災後に始まったもので、無料で誰でも本堂に上がってご祈祷を受ける(見聞きできる?)ことができますが、お札を申し込むと料金がかかります。
元旦祈祷の十把一絡げと違い、ちゃんと名前も呼んでいただき(4人しかいなかったので)、大変ありがたく受けることができました。
ご祈祷の時、ひっきりなしに、お参りしている人の声などが聞こえてきます。
お寺なのに柏手訂正:手を叩いている人はずいぶんいて、「お寺と神社の区別も知らないで来てるのかしら?」と、気にはなりますが、それだけ日本の宗教は、規律が厳しくなく、誰もが気軽にお参りでき、親しみがあるということなんですね。
どこのお寺でも、「ここは神社ではないので手は叩くべからず」という張り紙をしたり注意することもないし、神社で二礼二拍手をしなくても咎められることもなく、要は、お参りする人の心、なんでしょうね。
信心に大切なのは、規律やきまりではなく、自由なのかもしれないと思えます。
さらに余談ですが、氷川神社に行った時、後ろに並んでいた30代くらいのカップルの会話が聞こえてきました。
「ちゃんとみんな二礼二拍手してるね~。御朱印も並んでまでもらってるけど、ちょっと前まではこんなじゃなかったよね? いつから日本はこうなったんだろう」と女性の方が男性に話していましたが、同感です(笑)
釈迦に説法どころか、知っていた以上のことを詳しく教えていただき、本当にありがとうございます。
人間の肉体は酵素のカタマリということは、まったく知りませんでしたし、代謝の良し悪しに関係していたということも知りませんでした。
あれ以来、私も週一度でなく、毎日摂るようになりました←ちょっとえらいかも(笑)
先日、アレルギーの薬をもらいに内科に行きましたが、「前回の検査から1年経つので、次回はコレステロール値の検査をしましょうね」と言われてしまいました。
「悪玉コレステロール値を低下させる」と書いてくださっていたので、1~2ヶ月、毎日みかんの粉を摂っていれば、絶対コレステロール値は下がっているはずと信じ、続けるつもりでいます。
みかんの皮パウダーの使い方ですが、いろいろ活用イメージを膨らませていらして、すごいなぁと感心します。
私もぜひ参考にさせていただきたいと思います。
食生活に取り入れておいしく摂取できたらそれが一番ですので、お試しになったことがありましたら、また教えてください。
私も、毎日小さじ1杯摂ることで、コレステロール値だけでなく、花粉症や皮膚のかゆみなどのアレルギー症状、免疫アップにも効果があればいいなと思います。
『豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたもの』は、とってもおいしそうですね~。
常備菜として、作ってみたくなりました。
伊勢のアマテラスのお話、ありがとうございます。
おかげまいりの流行は、本当にすごかったようですね。
確か、『東海道中膝栗毛』も伊勢に行くお話だったと思いますが、その他、時代物の小説にたまに出てきます。
伊勢神宮が、仏教の影響を受けなかったというお話、とても興味深く読ませていただきました。
伊勢神道・神本仏迹という言葉、出雲大社の境内に仏堂や経典が並んでいたということも、初めて知りました。
江戸から明治の過渡期に過激な廃仏毀釈が行われ、徳川打倒とともに天皇を神とした時代が始まるわけですね。
「伊勢神宮のアマテラスが絶対神」という考え方が今も継続しているために、神棚は、「天照皇大神宮=神宮大麻」のお札を真ん中に祀り、氏神さまのお札は右、左に崇敬神社のお札という決まりになっているんですね。
ここで、ちょっと気になって調べてみたのですが、伊勢神宮のホームページに、
[神宮のお神札は「神宮大麻」と呼ばれ、大麻とは「おおぬさ」とも読み、お祓いに用いる祭具を意味します。古くは伊勢の御師によって御祓大麻として配布されてきましたが、明治天皇の思召により、国民が朝夕皇大神宮を敬拝するために神宮から全国各地にお頒ちすることになりました。]と書かれていました。
ということは、伊勢にお参りに行った人は、その「御祓大麻」なるものを受けていたかもしれませんが、家庭で天照大神のお札に手を合わせたり、神棚にお祀りするようになったのは、明治の時代からということになりますね。
伊勢神宮は皇室の氏神である天照大御神を祀るため、歴史的に皇室・朝廷の権威との結びつきが強い
ウィキペディアの「伊勢神宮」には、このように書かれていました。
天皇の思召が関係したのもわかりますが、伊勢神宮のお札を売りたいための陰謀、策略ともいえるかもしれません(笑)
数年前、出雲大社の東京分祀に初めてお参りに行きました。
繁華な六本木の裏道の、ビルの中にあります。
たまたま誕生日だったので、記念にご祈祷を受けたところ、お酒や絵馬、おしゃもじの他、神棚にお祀りするお札もいただきました(下に写真をアップしました)。
出雲大社のお札は、他の神社のお札とは別格ではないかと思い、お祀りする場所を尋ねたところ、「伊勢神宮が真ん中でも出雲大社が真ん中でも、並べても重ねても、そんなことで神様は怒りません」と言われました。
その時、同じ質問を伊勢神宮で聞いたら、どのような答えが返ってくるのか、気になりました(笑)
また、「江戸時代には通史がなくて、徳川以前にだれが社会を統治していたかわかっていなかった」というのは、ちょっとした驚きでした。
改めて国学についてざっと調べてみましたが、主だった国学者の名前は知っていても、教科書で習った程度のことしかわかっていませんでした。
当時の国学者の研究がなければ、いまだに徳川のような政治体制が続いており、仏教が主流となり、天皇制にはならなかったということもあるのかもしれません。
そんなことを考えると、日本の宗教というのはおもしろい過程を経ていますね。
毎年1月末までには終えている、神棚・仏棚のお札の入れ替えですが、巣鴨のお地蔵様のお札だけがまだでした。
いつもは元旦祈祷をお願いし、1月5日以降に木札を取りに行くのですが、ほぼ毎日おこなっている20分の特別祈祷の際も申し込めると聞き、昨日行ってきました←この特別祈祷は、東日本の震災後に始まったもので、無料で誰でも本堂に上がってご祈祷を受ける(見聞きできる?)ことができますが、お札を申し込むと料金がかかります。
元旦祈祷の十把一絡げと違い、ちゃんと名前も呼んでいただき(4人しかいなかったので)、大変ありがたく受けることができました。
ご祈祷の時、ひっきりなしに、お参りしている人の声などが聞こえてきます。
お寺なのに
どこのお寺でも、「ここは神社ではないので手は叩くべからず」という張り紙をしたり注意することもないし、神社で二礼二拍手をしなくても咎められることもなく、要は、お参りする人の心、なんでしょうね。
信心に大切なのは、規律やきまりではなく、自由なのかもしれないと思えます。
さらに余談ですが、氷川神社に行った時、後ろに並んでいた30代くらいのカップルの会話が聞こえてきました。
「ちゃんとみんな二礼二拍手してるね~。御朱印も並んでまでもらってるけど、ちょっと前まではこんなじゃなかったよね? いつから日本はこうなったんだろう」と女性の方が男性に話していましたが、同感です(笑)
2025年2月13日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
みかんの皮パウダーなんですが、健康効果が高いですね。
ギズモさんはもうご存知だろうともおもったんですが、釈迦に説法だとはおもいつつ、すこし突っ込んで調べてみたことを書いてみます。
血管ケアに努めておよそ一か月。おかげさまで体調は日に日によくなっています。
血管によい食材はじつにたくさんあるのですが、なんとなくイメージで、韃靼そば茶のルチンが浮かびました。
食習慣に取り入れようかとおもいましたが、ぼくはお茶を習慣的に飲み続けるのが苦手なんです。
しかしルチンはビタミンPの一種なのですが、ヘスペリジンもビタミンPだったんですね。
ちなみにビタミンとは「糖質・脂質・タンパク質の代謝を円滑に進めて潤滑油のような働きをする栄養素」のことをさすそうです。
人間の肉体は酵素のカタマリで、この酵素が代謝をつかさどっています。
酵素がうまく作用しなくなると、糖質・脂質・タンパク質の代謝がうまく働かなくなり、肉体の不調としてあらわれるわけです。
酵素がうまく働いている状態は「代謝がよい」。
酵素がうまく働かない状態は「代謝がわるい」ということですね。
ビタミンは、体内に入ると酵素を補う「補酵素」として作用するようになります。
なので、生活の乱れなどで多少代謝のわるい状態でもビタミンを補給していると、働きのにぶった酵素を補うので、ある程度は底支えしてくれます。
ビタミンは体内では合成できないので、食品で摂取する必要があります。
ただビタミンPの場合、補酵素として作用するのですが、体内でも合成できるので、厳密にはビタミン様物質といわれているようです。
ご紹介いただいたギズモさんに向かっていよいよ釈迦に説法で恐縮なんですが、以下がビタミンPの作用ですね。
毛細血管を強くする
血流を改善する
悪玉コレステロール値を低下させる
抗アレルギー作用がある
免疫力をアップする
血圧の上昇抑制作用
活性酸素を除去する働きがある
ビタミンPは、ルチンやヘスペリジン、ケルセチンなどのフラボノイド(色素)の総称だといいます。
つまりビタミンPは、フラボノイドのうち健康効果が同様の数種類をまとめたものということのようです。
そばや柑橘の皮、赤タマネギの皮が代表的なんですが、ビタミンPに限らず、フラボノイド(色素)の多くには似たような健康効果があるようです。
たとえばナスのあの紫色の皮(ナスニン)、トマトの赤(リコピン)、ピーマンの緑色(ヘスペリジン)、ブドウやブルーベリーや赤ジソの紫色(アントシアニン)、ゴマ(セサミン)はすべてフラボノイドとして、血管を強くする健康効果も備えています。
またイチョウの葉のサプリメントがありますが、イチョウの葉にはフラボノイド類が多いのだそうです。
大豆にもフラボノイドが含まれていて、これはイソフラボンとよばれています。こちらは血流には作用しませんが、女性ホルモンに似た働きをするといいます。
しかし血管にいいとされるフラボノイド野菜、夏場はなんとかなりそうですが、冬野菜には不思議とラインナップがないんです。
最近の果物、そのまま買うのは高いですし(笑)
その点みかんの皮パウダーは冬に積極的に摂取するのがよさそうですね。
ほかのフラボノイド系の食材に比べるとコスパもよいですし、個人的には年がら年中加えたいくらいの薬味でした。
あとコスパがよいのは、ゴマでしょうか。
ゴマを5g弱で、サプリメント1回ぶんくらいのセサミンがとれるようです。
前回、ギズモさんの想定していた食べ方ではないかもしれないとおもって言えなかったんですが、おもいきって言います。
みかんの皮パウダー、麻婆豆腐にふりかけたり、先日は豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたものにたっぷりふりかけて、丼にしていただきました。
脂のつよい肉やこってりした中華系の料理と、風味の相性がいいと感じています。
今度は汁なし担々麺にたっぷりかけて食べたい(笑)
ふだんの食生活に取り入れて美味しくいただいています。
いままであまり意識してこなかったんですが、色の濃い野菜の健康効果が高いことに気づかせていただき、感謝しています。
さて、むかしの人々が伊勢のアマテラスを認識していたかどうかということなんですが、これが長い話になってしまいました(笑)
お伊勢参りが大流行した江戸時代の人々は、お伊勢さんの神がだれであるかについては、あまりこだわらなかったとおもいます。
現代でもそうだとおもうんですが、たとえば四国八十八箇所の霊場を巡るときに、お参りしたひとつひとつの寺院にまつられているご本尊を確認する人はあまりいませんよね。
みんなじぶんの我欲や煩悩と向き合うのが目的なのであって、対峙する相手(神仏)が具体的にだれなのかということは、あまり突き詰めません。
強いていえば、たいへん尊い神仏であることは承知しているが、名前もお姿も存じ上げず、ただおすがりしに行くのだ、というようなスタンスでしょうか。
お伊勢参りをする人々も、多くはおかげまいりの流行に乗るのが目的で、よほど国学を研究している人でもない限り、具体的な宗教意識をもって参拝した人は少数だったのではないかとおもいます。
しかし、江戸時代に突如流行したおかげまいりには、遠巻きにある思想が影響しているかもしれません。
というのも、伊勢神宮は古来から仏教の影響を受けませんでした。
というより、仏教が主で、神道が従であるという関係性をはね返してきたのです。
アマテラスが大日如来と習合したケースも各地にはあるんですが、伊勢の神宮は本地垂迹(神仏習合)を断固として認めませんでした。
これには理由があります。
鎌倉時代に外宮の神官だった度会氏(わたらいうじ)の一族を筆頭に、当時隆盛を極めていた本地垂迹に対して、強く反対したんです。
そして、アマテラスを絶対的な神格として、神が主で仏教こそが従であるという思想(伊勢神道)を唱えました。
これは仏が主で神が従であるとした本地垂迹(仏本神迹)に対して、「神本仏迹」ともいわれます。
このような主張ができたのは、伊勢の神宮がほかの神社に比べて特別な場所だったからでしょう。
戦後に社格制度はなくなりましたが、古くから伊勢神宮の社格は最高位であり、近代社格制度においても「全ての神社の上にあり、社格のない特別な存在」という位置づけだったんです。
多くの神社は、平安時代あたりにはどこも衰微しています。
庶民が神様より仏様を信じるようになっていたんですね。
ごく自然なかたちで「仏教 > 神道」という意識が生まれ、本地垂迹が起こります。
どこの神社も仏教に飲み込まれるようにして、神々が仏教由来の何者かへ変化していきました。
人々もまた、「あのよくわからん神さんもじつは仏さんやったんか。それなら一緒に拝もう」といった具合で、神仏習合を受け入れたんですね(笑)
あの出雲大社でさえ、鰐淵寺と結びついて神宮寺となり、江戸時代(1667年)に神仏分離が寺社奉行に認められるまでは、境内に仏堂や経典が並んでいたといいます。
伊勢神道を前回話した内容でたとえると、アブラハムの宗教における絶対神のような存在として、アマテラスを考えたようです。
多神教における最高神として、しかもあらゆる神仏と別格の存在としての絶対神という位置づけでした。
この思想が、江戸時代に研究された国学の基礎になります。
なにせ当時の日本には通史がなかったので、だれも徳川以前にだれが社会を統治していたかなんてわかっていませんでした。
国学はこの天下が、もとは天皇が統治していた神国だったことを突き止めました。
そしてこれが尊王論の論拠となって、徳川打倒の起爆剤になります。
江戸から明治の過渡期になると国内に仏教アレルギーが巻き起こり、過激な廃仏毀釈が行われました。
この仏教アレルギーは、半ば徳川体制への反動といってもいいでしょう。
そして近代日本は仏教を弱体化させ、天皇を絶対的な神として位置づけるようになりました。
明治に誕生した国家神道の根っこをたどっていくと、アマテラスを絶対的な神として、神本仏迹を主張した伊勢神道があります。
ギズモさんが、日本人はありとあらゆる神仏に祈れる民族で、森羅万象に感謝の念を抱き、拝むことができるとおっしゃいました。
ぼくもそこが日本の宗教のアイデンティティだとおもいます。
しかしそんな日本の風土の中でも、伊勢神道は多神教の融和性をあえて否定し、みずからを至高の存在だと主張ました。
その点で伊勢のアマテラスには、よくもわるくもカリスマがあったのでしょう。
そうやって考えていくと、江戸時代におかげまいりが間欠的に流行したのは、もしかしたら徳川家の仏教びいきとその腐敗に嫌気がさしていた庶民がそれとなく反抗して、アマテラスのカリスマに頼った側面があったのかもしれません(笑)
二荒山神社の賽銭箱のお話、遥拝所のようになっていたんですね。
この件もお話したいことがありましたが、長くなってきたので次回以降のタイミングのあるときにさせてください。
ギズモさんはもうご存知だろうともおもったんですが、釈迦に説法だとはおもいつつ、すこし突っ込んで調べてみたことを書いてみます。
血管ケアに努めておよそ一か月。おかげさまで体調は日に日によくなっています。
血管によい食材はじつにたくさんあるのですが、なんとなくイメージで、韃靼そば茶のルチンが浮かびました。
食習慣に取り入れようかとおもいましたが、ぼくはお茶を習慣的に飲み続けるのが苦手なんです。
しかしルチンはビタミンPの一種なのですが、ヘスペリジンもビタミンPだったんですね。
ちなみにビタミンとは「糖質・脂質・タンパク質の代謝を円滑に進めて潤滑油のような働きをする栄養素」のことをさすそうです。
人間の肉体は酵素のカタマリで、この酵素が代謝をつかさどっています。
酵素がうまく作用しなくなると、糖質・脂質・タンパク質の代謝がうまく働かなくなり、肉体の不調としてあらわれるわけです。
酵素がうまく働いている状態は「代謝がよい」。
酵素がうまく働かない状態は「代謝がわるい」ということですね。
ビタミンは、体内に入ると酵素を補う「補酵素」として作用するようになります。
なので、生活の乱れなどで多少代謝のわるい状態でもビタミンを補給していると、働きのにぶった酵素を補うので、ある程度は底支えしてくれます。
ビタミンは体内では合成できないので、食品で摂取する必要があります。
ただビタミンPの場合、補酵素として作用するのですが、体内でも合成できるので、厳密にはビタミン様物質といわれているようです。
ご紹介いただいたギズモさんに向かっていよいよ釈迦に説法で恐縮なんですが、以下がビタミンPの作用ですね。
毛細血管を強くする
血流を改善する
悪玉コレステロール値を低下させる
抗アレルギー作用がある
免疫力をアップする
血圧の上昇抑制作用
活性酸素を除去する働きがある
ビタミンPは、ルチンやヘスペリジン、ケルセチンなどのフラボノイド(色素)の総称だといいます。
つまりビタミンPは、フラボノイドのうち健康効果が同様の数種類をまとめたものということのようです。
そばや柑橘の皮、赤タマネギの皮が代表的なんですが、ビタミンPに限らず、フラボノイド(色素)の多くには似たような健康効果があるようです。
たとえばナスのあの紫色の皮(ナスニン)、トマトの赤(リコピン)、ピーマンの緑色(ヘスペリジン)、ブドウやブルーベリーや赤ジソの紫色(アントシアニン)、ゴマ(セサミン)はすべてフラボノイドとして、血管を強くする健康効果も備えています。
またイチョウの葉のサプリメントがありますが、イチョウの葉にはフラボノイド類が多いのだそうです。
大豆にもフラボノイドが含まれていて、これはイソフラボンとよばれています。こちらは血流には作用しませんが、女性ホルモンに似た働きをするといいます。
しかし血管にいいとされるフラボノイド野菜、夏場はなんとかなりそうですが、冬野菜には不思議とラインナップがないんです。
最近の果物、そのまま買うのは高いですし(笑)
その点みかんの皮パウダーは冬に積極的に摂取するのがよさそうですね。
ほかのフラボノイド系の食材に比べるとコスパもよいですし、個人的には年がら年中加えたいくらいの薬味でした。
あとコスパがよいのは、ゴマでしょうか。
ゴマを5g弱で、サプリメント1回ぶんくらいのセサミンがとれるようです。
前回、ギズモさんの想定していた食べ方ではないかもしれないとおもって言えなかったんですが、おもいきって言います。
みかんの皮パウダー、麻婆豆腐にふりかけたり、先日は豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたものにたっぷりふりかけて、丼にしていただきました。
脂のつよい肉やこってりした中華系の料理と、風味の相性がいいと感じています。
今度は汁なし担々麺にたっぷりかけて食べたい(笑)
ふだんの食生活に取り入れて美味しくいただいています。
いままであまり意識してこなかったんですが、色の濃い野菜の健康効果が高いことに気づかせていただき、感謝しています。
さて、むかしの人々が伊勢のアマテラスを認識していたかどうかということなんですが、これが長い話になってしまいました(笑)
お伊勢参りが大流行した江戸時代の人々は、お伊勢さんの神がだれであるかについては、あまりこだわらなかったとおもいます。
現代でもそうだとおもうんですが、たとえば四国八十八箇所の霊場を巡るときに、お参りしたひとつひとつの寺院にまつられているご本尊を確認する人はあまりいませんよね。
みんなじぶんの我欲や煩悩と向き合うのが目的なのであって、対峙する相手(神仏)が具体的にだれなのかということは、あまり突き詰めません。
強いていえば、たいへん尊い神仏であることは承知しているが、名前もお姿も存じ上げず、ただおすがりしに行くのだ、というようなスタンスでしょうか。
お伊勢参りをする人々も、多くはおかげまいりの流行に乗るのが目的で、よほど国学を研究している人でもない限り、具体的な宗教意識をもって参拝した人は少数だったのではないかとおもいます。
しかし、江戸時代に突如流行したおかげまいりには、遠巻きにある思想が影響しているかもしれません。
というのも、伊勢神宮は古来から仏教の影響を受けませんでした。
というより、仏教が主で、神道が従であるという関係性をはね返してきたのです。
アマテラスが大日如来と習合したケースも各地にはあるんですが、伊勢の神宮は本地垂迹(神仏習合)を断固として認めませんでした。
これには理由があります。
鎌倉時代に外宮の神官だった度会氏(わたらいうじ)の一族を筆頭に、当時隆盛を極めていた本地垂迹に対して、強く反対したんです。
そして、アマテラスを絶対的な神格として、神が主で仏教こそが従であるという思想(伊勢神道)を唱えました。
これは仏が主で神が従であるとした本地垂迹(仏本神迹)に対して、「神本仏迹」ともいわれます。
このような主張ができたのは、伊勢の神宮がほかの神社に比べて特別な場所だったからでしょう。
戦後に社格制度はなくなりましたが、古くから伊勢神宮の社格は最高位であり、近代社格制度においても「全ての神社の上にあり、社格のない特別な存在」という位置づけだったんです。
多くの神社は、平安時代あたりにはどこも衰微しています。
庶民が神様より仏様を信じるようになっていたんですね。
ごく自然なかたちで「仏教 > 神道」という意識が生まれ、本地垂迹が起こります。
どこの神社も仏教に飲み込まれるようにして、神々が仏教由来の何者かへ変化していきました。
人々もまた、「あのよくわからん神さんもじつは仏さんやったんか。それなら一緒に拝もう」といった具合で、神仏習合を受け入れたんですね(笑)
あの出雲大社でさえ、鰐淵寺と結びついて神宮寺となり、江戸時代(1667年)に神仏分離が寺社奉行に認められるまでは、境内に仏堂や経典が並んでいたといいます。
伊勢神道を前回話した内容でたとえると、アブラハムの宗教における絶対神のような存在として、アマテラスを考えたようです。
多神教における最高神として、しかもあらゆる神仏と別格の存在としての絶対神という位置づけでした。
この思想が、江戸時代に研究された国学の基礎になります。
なにせ当時の日本には通史がなかったので、だれも徳川以前にだれが社会を統治していたかなんてわかっていませんでした。
国学はこの天下が、もとは天皇が統治していた神国だったことを突き止めました。
そしてこれが尊王論の論拠となって、徳川打倒の起爆剤になります。
江戸から明治の過渡期になると国内に仏教アレルギーが巻き起こり、過激な廃仏毀釈が行われました。
この仏教アレルギーは、半ば徳川体制への反動といってもいいでしょう。
そして近代日本は仏教を弱体化させ、天皇を絶対的な神として位置づけるようになりました。
明治に誕生した国家神道の根っこをたどっていくと、アマテラスを絶対的な神として、神本仏迹を主張した伊勢神道があります。
ギズモさんが、日本人はありとあらゆる神仏に祈れる民族で、森羅万象に感謝の念を抱き、拝むことができるとおっしゃいました。
ぼくもそこが日本の宗教のアイデンティティだとおもいます。
しかしそんな日本の風土の中でも、伊勢神道は多神教の融和性をあえて否定し、みずからを至高の存在だと主張ました。
その点で伊勢のアマテラスには、よくもわるくもカリスマがあったのでしょう。
そうやって考えていくと、江戸時代におかげまいりが間欠的に流行したのは、もしかしたら徳川家の仏教びいきとその腐敗に嫌気がさしていた庶民がそれとなく反抗して、アマテラスのカリスマに頼った側面があったのかもしれません(笑)
二荒山神社の賽銭箱のお話、遥拝所のようになっていたんですね。
この件もお話したいことがありましたが、長くなってきたので次回以降のタイミングのあるときにさせてください。
2025年2月8日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
詳しいご病状を知らないのに、食事で軽快すると思うなどと、軽々しいことを書いてしまい申し訳なかったです。
納豆のように簡単に食べられるものでも、食べ続けるのはなかなか厄介なことですよね。
精神的な負担になっては却ってよくないし、ほどほどでいいのかもしれません。
今回の記事を読ませていただき、一神教の国と違い、日本人というのは本当にありとあらゆる神仏に祈れる民族なんだな、と改めて感じます。
神様仏様だけでなく、道端の石ころや太陽、月、木々、葉や花、川に海など、森羅万象に感謝の念を抱き、拝むことができるのは、日本人だけかもしれません。
ありがとう、おかげさまで、の心にもつながっているように思います。
寺社仏閣は祀ってある神仏がそれぞれ違うのに、こだわらずに参拝する人は多いですよね。
ここはオオクニヌシだからやめようとか、観音様だからやめようとか、そんな人はあまりいないと思います。
これは、八百万の神、仏様など、祈る対象がたくさんあることや、「宗教」「信仰」という、あらたまった向き合い方をしない、日本人独特の宗教感だと思えます。
「おかげまいり」のことからふと思ったのですが、ご祭神の天照大神を理解してはるばる行ったのか、とてもありがたい神様がいらっしゃる神社だから行こうと思ったのか、そのあたりはどうなんだろうと。
そんなことを突き詰めるつもりはないのですが、現代にしても、「伊勢神宮」だから行こう、という認識なんだろうと思えます。
一神教やエジプト、ギリシャ神話などの、わかりやすく詳しいお話をありがとうございます。
『当時の中東やヨーロッパで覇権が移り変わる中で、信じられていた神が政治権力に組み込まれて、徐々に融合していくのはおもしろい現象です』
これは本当に興味深いことですね。
日本だと、仏教が入ってきた時も、それを政治に利用してきたし、神道にしてもそういったことがあったかと思います。
日本は雑多な宗教が入り混じっていますが、一神教の国であれば、また日本とは違う経緯があったのでしょう。
どの国でも、政治と宗教は切り離せないところがあるわけですね。
そういえばトルコは、イスラム圏でありながら、政治と宗教を分断した歴史がありましたね。
東洋と西洋の文化が入り混じる、不思議な国です。
神仏は、一般的には見えないし、声も聞こえません。
それは、どんなに熱心な信者であっても、神仏を信じない人であっても、同じことでしょう。
結局は、唯物論のように、自分の心が作り出しているということになってしまうのでしょうが、見えないものを信じ、すがり、支えにして生きていくことができるのは、人間の特権かもしれませんね。
『洋の東西、宗教の違いにかかわらず、われわれはじぶんの生き死にを、目に見えない大きな存在にゆだねて安心していた』
人間として生まれてきた以上、このように生きていきたいと思います。
今年は節分・立春が一日ばかり早かったですね。
恒例の(笑)、吉方位へのプチ旅行に、2泊で行ってきました。
北が吉方位のひとつだったので、近場ですが、宇都宮の「二荒山神社」にお参りしてきました。
ここは、日光東照宮のそばの二荒山神社(ふたらさん)と同じ字を書きますが、「ふたあらやま」というそうです←ややこしい・・・。
本殿に行く階段が95段ということでしたので、楽して脇の女坂から行こうとしましたが、初めてのお参りでしかも立春。
心と体に鞭打って、階段から上がりました。
30代くらいの人たちもふうふう言ってましたので、私だけじゃないです(笑)
この時神様に、「私、一生懸命上ってますよ」的なことを心の中でお話していたのですが、上がりきったとたん、曇っていたのに、サーっと陽が差してきたのは、とてもありがたい気持ちでした。
神様が「よしよし、がんばって上ったからご褒美じゃ」と言った、、かも(笑)
初めてだったのですが、なんとなくいい気を感じたので、ご祈祷を申し込みました。
30分に一度あるのですが、私の回は、私一人で、ラッキーでした。
今どきは畳の上でも椅子が置かれていますが、こちらの神社の本殿では畳に正座ということで、しびれたらどうしようと悩んでいるうち、あっという間に終わりました(笑)
次の日は栃木県立美術館に行きました。
県立美術館は、どこでも、その県出身の作家がメインですので、あまり知らない人ばかりでしたが、著名な画家や外国人の絵もあり、けっこう楽しめました。
とってもひまな静かな美術館で、私の他、ふたりしか見かけませんでした。
帰ろうとして、ふと外を見たら、なんと雪が降っていました!!
1時間ほどでやみましたが、東京ではこの冬降りそうもないので、ラッキーでした。
写真をご覧いただくとわかると思いますが、鳥居を入ってすぐのところに赤いお賽銭箱が置いてあります。
宇都宮の慣習かと思っていましたが、今、投稿するにあたり、理解できました。
階段はもちろん、女坂から上っても、本殿まで参拝に行くのはおっくうなこともあるので、上まで行かなくてもいいから、とりあえずここでお参りしてお賽銭を入れていきなさい、という意味なのでしょうね(笑)
毎日通る近所の方々には、とても合理的なシステムだと思いました(毎日通っても毎日お賽銭は入れないでしょうが)。

納豆のように簡単に食べられるものでも、食べ続けるのはなかなか厄介なことですよね。
精神的な負担になっては却ってよくないし、ほどほどでいいのかもしれません。
今回の記事を読ませていただき、一神教の国と違い、日本人というのは本当にありとあらゆる神仏に祈れる民族なんだな、と改めて感じます。
神様仏様だけでなく、道端の石ころや太陽、月、木々、葉や花、川に海など、森羅万象に感謝の念を抱き、拝むことができるのは、日本人だけかもしれません。
ありがとう、おかげさまで、の心にもつながっているように思います。
寺社仏閣は祀ってある神仏がそれぞれ違うのに、こだわらずに参拝する人は多いですよね。
ここはオオクニヌシだからやめようとか、観音様だからやめようとか、そんな人はあまりいないと思います。
これは、八百万の神、仏様など、祈る対象がたくさんあることや、「宗教」「信仰」という、あらたまった向き合い方をしない、日本人独特の宗教感だと思えます。
「おかげまいり」のことからふと思ったのですが、ご祭神の天照大神を理解してはるばる行ったのか、とてもありがたい神様がいらっしゃる神社だから行こうと思ったのか、そのあたりはどうなんだろうと。
そんなことを突き詰めるつもりはないのですが、現代にしても、「伊勢神宮」だから行こう、という認識なんだろうと思えます。
一神教やエジプト、ギリシャ神話などの、わかりやすく詳しいお話をありがとうございます。
『当時の中東やヨーロッパで覇権が移り変わる中で、信じられていた神が政治権力に組み込まれて、徐々に融合していくのはおもしろい現象です』
これは本当に興味深いことですね。
日本だと、仏教が入ってきた時も、それを政治に利用してきたし、神道にしてもそういったことがあったかと思います。
日本は雑多な宗教が入り混じっていますが、一神教の国であれば、また日本とは違う経緯があったのでしょう。
どの国でも、政治と宗教は切り離せないところがあるわけですね。
そういえばトルコは、イスラム圏でありながら、政治と宗教を分断した歴史がありましたね。
東洋と西洋の文化が入り混じる、不思議な国です。
神仏は、一般的には見えないし、声も聞こえません。
それは、どんなに熱心な信者であっても、神仏を信じない人であっても、同じことでしょう。
結局は、唯物論のように、自分の心が作り出しているということになってしまうのでしょうが、見えないものを信じ、すがり、支えにして生きていくことができるのは、人間の特権かもしれませんね。
『洋の東西、宗教の違いにかかわらず、われわれはじぶんの生き死にを、目に見えない大きな存在にゆだねて安心していた』
人間として生まれてきた以上、このように生きていきたいと思います。
今年は節分・立春が一日ばかり早かったですね。
恒例の(笑)、吉方位へのプチ旅行に、2泊で行ってきました。
北が吉方位のひとつだったので、近場ですが、宇都宮の「二荒山神社」にお参りしてきました。
ここは、日光東照宮のそばの二荒山神社(ふたらさん)と同じ字を書きますが、「ふたあらやま」というそうです←ややこしい・・・。
本殿に行く階段が95段ということでしたので、楽して脇の女坂から行こうとしましたが、初めてのお参りでしかも立春。
心と体に鞭打って、階段から上がりました。
30代くらいの人たちもふうふう言ってましたので、私だけじゃないです(笑)
この時神様に、「私、一生懸命上ってますよ」的なことを心の中でお話していたのですが、上がりきったとたん、曇っていたのに、サーっと陽が差してきたのは、とてもありがたい気持ちでした。
神様が「よしよし、がんばって上ったからご褒美じゃ」と言った、、かも(笑)
初めてだったのですが、なんとなくいい気を感じたので、ご祈祷を申し込みました。
30分に一度あるのですが、私の回は、私一人で、ラッキーでした。
今どきは畳の上でも椅子が置かれていますが、こちらの神社の本殿では畳に正座ということで、しびれたらどうしようと悩んでいるうち、あっという間に終わりました(笑)
次の日は栃木県立美術館に行きました。
県立美術館は、どこでも、その県出身の作家がメインですので、あまり知らない人ばかりでしたが、著名な画家や外国人の絵もあり、けっこう楽しめました。
とっても
帰ろうとして、ふと外を見たら、なんと雪が降っていました!!
1時間ほどでやみましたが、東京ではこの冬降りそうもないので、ラッキーでした。
写真をご覧いただくとわかると思いますが、鳥居を入ってすぐのところに赤いお賽銭箱が置いてあります。
宇都宮の慣習かと思っていましたが、今、投稿するにあたり、理解できました。
階段はもちろん、女坂から上っても、本殿まで参拝に行くのはおっくうなこともあるので、上まで行かなくてもいいから、とりあえずここでお参りしてお賽銭を入れていきなさい、という意味なのでしょうね(笑)
毎日通る近所の方々には、とても合理的なシステムだと思いました(毎日通っても毎日お賽銭は入れないでしょうが)。

2025年2月3日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
ほんとうに医食同源とはよく言ったもので、カラダに起こる多くの問題は食生活の改善で避けられるんでしょうね。
そうはいってもなかなかじぶんの食欲と肉体と折り合いをつけるのはむずかしいことなんですが(笑)
「見えないなにかが守っていた」というお話で、以前も似た話をしたかもしれませんが、もう少し突っ込んで雑談してみようとおもいます。
アブラハムの宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)は一神教で、絶対神がいますよね。
ユダヤ教やキリスト教ではヤハウェとかエホバ、イスラム教ではアラーと呼ばれています。
そのような絶対神のいる宗教では、たとえば病気にかかる、死ぬというようなときも、神の思し召しによってそうなったのだと、すなおに受け入れてしまうんですね。
もちろんそうはいっても、実際にはそんなカンタンには割り切れなかったとおもいます。
生きる執着はわれわれの生命の根本ですから、生の執着を前にすれば宗教なんて方便にすぎません。
いくら頭では「主にお任せします」と繰り返しても、肉体の痛みを前にすれば、勘弁してくれ、なんとかしてくれ、と叫ぶほかないときもあるでしょう。
しかし、それでもやっぱり、われわれはじぶんの意志で生まれてきたのではないし、訪れる死もじぶんの意志ではどうしようもありません。
この理不尽にかりそめにでも納得するには、じぶんの生死にはじぶんの意志ではどうにもならないチカラが働いているとおもうほかないんですよね。
そしてその大きなチカラは、人間よりも優れた叡智をもっていて、われわれを導くために生まれさせ給い、そして死なせ給うのだと。
そう考えないと、人間は生きるにせよ死ぬにせよ、その孤独に耐えきれません。
余談ですが、ユダヤ教よりさかのぼって紀元前3000年ごろ、エジプト神話では太陽神ラーが最高神に位置付けられていました。
しかし15代エジプト王朝あたりから覇権がナイル川中流の都市テーベに移ります。
するとラーはその地で崇められていた軍神アメンと融合し、「アメン=ラー」となりました。
アメン信者がエジプト王朝の政権中枢に食い込んできたというわけです。
ちなみにファラオ(古代エジプトの王)はラー、もしくはアメンの化身とされました。
紀元前2500年ごろ、エジプト第5王朝あたりから、ファラオの即位名の最後に「ラー」の名前がつくようになります。
これは、ファラオはラーの化身であるという意味を持っていました。
歴代で200人以上いるファラオの中でもっとも有名なのはツタンカーメンでしょう。
この第18王朝のファラオの正確な名前は「トゥト・アンク・アメン」です。
日本ではこれを省略して「ツタンカーメン」と呼んでるんですね。
「アメン神によく似た御姿」というような意味なんだそうです。
エジプト王朝からさらに時を経てギリシャ神話が生まれます。
さらにギリシャ神話を模倣するかたちでローマ神話が生まれました。
ギリシャ神話の最高神はゼウス。
ローマ神話の最高神はユピテル。
このふたりはおなじ神だといわれます。
そしてゼウスもユピテルも、ゼウス=アモン、ユピテル=アモンという呼び方で、エジプトのアメン神と融合するんです。
当時の中東やヨーロッパで覇権が移り変わる中で、信じられていた神が政治権力に組み込まれて、徐々に融合していくのはおもしろい現象です
日本の神仏習合とも似ていますね。
日本の場合、かつて伊勢に「おかげ参り」の風習がありました。
伊勢神宮の門前町は「おかげ横丁」といいますが、これは江戸時代に伊勢参りのことを「おかげ参り」と呼んだことに由来しています。
なぜおかげ参りというようになったかというと諸説あります。
アマテラスのおかげさまでお参りできる、という意味。
また伊勢参りは一種の修行でしたから、道中人々に物心両面で助けを受けながら参拝の旅をします。
この、道中の人々の情けのおかげでお参りができるという意味。
個人的にはまず仏教用語として根付いていた「お蔭様」という言葉があったとおもいます。
そこに太陽神であるアマテラスの光の「影」の意味合いを重ねることで、おかげ参りとしたのではないかとおもっています。
アマテラスの光を求めて旅する「おかげ参り」というわけです。
いずれにせよ、われわれはじぶんのチカラだけでは決して生きてゆかれないのだ、という敬虔な感情がおかげ参りを支えていたのは間違いありません。
洋の東西、宗教の違いにかかわらず、われわれはじぶんの生き死にを、見えない大きな存在にゆだねて安心していたんですね。
ヘスペリジンの情報とともにお気遣いをいただき、感謝と恐縮の気持ちでいっぱいです。
気弱になりがちなタイミングでしたから、よけいにご厚意が身に沁みました。
七味につかわれる陳皮だけがこんな細かい粉末になったものがあるんですね。
みかんの甘い風味と同時に粉山椒のような風味があって、レシピを調べてみたらいろんな料理につかえそうです。
個人的に好みの味でした。
陳皮には血流をよくする働きとともに胃腸の働きをととのえる効果があるといいますし、免疫向上も期待できそうです。
大事に、かつ積極的に利用させていただきます。ありがとうございました。
そうはいってもなかなかじぶんの食欲と肉体と折り合いをつけるのはむずかしいことなんですが(笑)
「見えないなにかが守っていた」というお話で、以前も似た話をしたかもしれませんが、もう少し突っ込んで雑談してみようとおもいます。
アブラハムの宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)は一神教で、絶対神がいますよね。
ユダヤ教やキリスト教ではヤハウェとかエホバ、イスラム教ではアラーと呼ばれています。
そのような絶対神のいる宗教では、たとえば病気にかかる、死ぬというようなときも、神の思し召しによってそうなったのだと、すなおに受け入れてしまうんですね。
もちろんそうはいっても、実際にはそんなカンタンには割り切れなかったとおもいます。
生きる執着はわれわれの生命の根本ですから、生の執着を前にすれば宗教なんて方便にすぎません。
いくら頭では「主にお任せします」と繰り返しても、肉体の痛みを前にすれば、勘弁してくれ、なんとかしてくれ、と叫ぶほかないときもあるでしょう。
しかし、それでもやっぱり、われわれはじぶんの意志で生まれてきたのではないし、訪れる死もじぶんの意志ではどうしようもありません。
この理不尽にかりそめにでも納得するには、じぶんの生死にはじぶんの意志ではどうにもならないチカラが働いているとおもうほかないんですよね。
そしてその大きなチカラは、人間よりも優れた叡智をもっていて、われわれを導くために生まれさせ給い、そして死なせ給うのだと。
そう考えないと、人間は生きるにせよ死ぬにせよ、その孤独に耐えきれません。
余談ですが、ユダヤ教よりさかのぼって紀元前3000年ごろ、エジプト神話では太陽神ラーが最高神に位置付けられていました。
しかし15代エジプト王朝あたりから覇権がナイル川中流の都市テーベに移ります。
するとラーはその地で崇められていた軍神アメンと融合し、「アメン=ラー」となりました。
アメン信者がエジプト王朝の政権中枢に食い込んできたというわけです。
ちなみにファラオ(古代エジプトの王)はラー、もしくはアメンの化身とされました。
紀元前2500年ごろ、エジプト第5王朝あたりから、ファラオの即位名の最後に「ラー」の名前がつくようになります。
これは、ファラオはラーの化身であるという意味を持っていました。
歴代で200人以上いるファラオの中でもっとも有名なのはツタンカーメンでしょう。
この第18王朝のファラオの正確な名前は「トゥト・アンク・アメン」です。
日本ではこれを省略して「ツタンカーメン」と呼んでるんですね。
「アメン神によく似た御姿」というような意味なんだそうです。
エジプト王朝からさらに時を経てギリシャ神話が生まれます。
さらにギリシャ神話を模倣するかたちでローマ神話が生まれました。
ギリシャ神話の最高神はゼウス。
ローマ神話の最高神はユピテル。
このふたりはおなじ神だといわれます。
そしてゼウスもユピテルも、ゼウス=アモン、ユピテル=アモンという呼び方で、エジプトのアメン神と融合するんです。
当時の中東やヨーロッパで覇権が移り変わる中で、信じられていた神が政治権力に組み込まれて、徐々に融合していくのはおもしろい現象です
日本の神仏習合とも似ていますね。
日本の場合、かつて伊勢に「おかげ参り」の風習がありました。
伊勢神宮の門前町は「おかげ横丁」といいますが、これは江戸時代に伊勢参りのことを「おかげ参り」と呼んだことに由来しています。
なぜおかげ参りというようになったかというと諸説あります。
アマテラスのおかげさまでお参りできる、という意味。
また伊勢参りは一種の修行でしたから、道中人々に物心両面で助けを受けながら参拝の旅をします。
この、道中の人々の情けのおかげでお参りができるという意味。
個人的にはまず仏教用語として根付いていた「お蔭様」という言葉があったとおもいます。
そこに太陽神であるアマテラスの光の「影」の意味合いを重ねることで、おかげ参りとしたのではないかとおもっています。
アマテラスの光を求めて旅する「おかげ参り」というわけです。
いずれにせよ、われわれはじぶんのチカラだけでは決して生きてゆかれないのだ、という敬虔な感情がおかげ参りを支えていたのは間違いありません。
洋の東西、宗教の違いにかかわらず、われわれはじぶんの生き死にを、見えない大きな存在にゆだねて安心していたんですね。
ヘスペリジンの情報とともにお気遣いをいただき、感謝と恐縮の気持ちでいっぱいです。
気弱になりがちなタイミングでしたから、よけいにご厚意が身に沁みました。
七味につかわれる陳皮だけがこんな細かい粉末になったものがあるんですね。
みかんの甘い風味と同時に粉山椒のような風味があって、レシピを調べてみたらいろんな料理につかえそうです。
個人的に好みの味でした。
陳皮には血流をよくする働きとともに胃腸の働きをととのえる効果があるといいますし、免疫向上も期待できそうです。
大事に、かつ積極的に利用させていただきます。ありがとうございました。