2023年12月14日の投稿[2件]
私の方が字数が多くなることが多く、申し訳ありませんm(_ _"m)
先日行った神奈川県の六所神社が総本社だと思っていましたが、HPにはそのような記載もなく、気になるところでした。
「火の鳥」は何回か読みましたが、だいぶ前なので殆ど忘れています。
今度、しっかりと読み直してみますが、手塚治虫は本当にすごい人だったんだな、と改めて思います。
猿田彦の多様性。
巣鴨の駅近くにある、薬師如来の真性寺→とげ抜き地蔵の高岩寺、そしてそこから10分ほど歩くと、「猿田彦大神庚申堂」という、普段は無人の小さな小さな神社があり、
ご祭神は、天津祖庚申猿田彦大神・地津主甲子大己貴神・人津霊己巳小彦名神となっています。
このすぐそばの都電(現在、都内ではこの路線だけです)の停留所名が「庚申塚」です。
ここは、奉賛会が管理しており、社務所もなければ神職も常在していません。
https://www.sugamokoushin.com/index.html
↑に何件も動画はあるのですが、 ↓ が一番様子がわかりやすいと思います。
狛犬ではなく、狛猿です。
https://www.sugamokoushin.com/newpage3-2...
農園主さんのご見解のように、庚申信仰との結びつきだったんですね。
なぜ、庚申塚に祀られているのか、わかっていませんでした。
だいぶ前にお話したかもしれませんが、曾祖母が猿田彦を(も)信心していました。
四国をお遍路した人でしたので、空海は信心していたようですが、他にも薬師如来、猿田彦などを信心していたみたいなのです。
母が、私の曾祖母が唱えるのを聞いていて、弘法大師のご宝号と薬師如来の真言を知っており、
私も小さい時から「南無大師遍照金剛」「オンコロコロセンダリマトウギソワカ」という、呪文みたいなものを何度か聞いたことがありました。
曾祖母がある時夢を見て(夢ではないと言っていたそうな)、天井を突き抜くような毛むくじゃらの大男が出てきて「なぜお前はわたしを信じなくなったのだ」と聞いたそうです。
曾祖母が何と答えたか、その後信心はどうなったのか、聞いたはずですが覚えていないのが残念です。
コロナが流行り始めた頃、伊勢の猿田彦神社の火打ち石に、「行く道を祓い清める」というご利益があると聞き、電話で問い合わせをし、送っていただきました。
それ以来、家を出る前、帰宅後はカチカチやっています。
お参りに行きたいと思いながらも伊勢までは行けないので、他の猿田彦神社を探したところ、農園主さんがお書きになっている鼻節神社を見つけました。
結局行かなかったのですが、子どもの頃から時々行っている巣鴨の猿田彦神社が、小さいながらも境内社でも末社でもないので、近くていいかなと(笑)
境内社・末社としてはところどころで見かけます。
↓ の画像は、埼玉県岩槻市の「岩槻久伊豆神社」の境内に祀ってある猿田彦です。
やはり天狗、庚申の文字がありました。
猿田彦大神も、私にはご縁があると思えます。
「六」の意味、とてもよく理解できます。
神仏習合と神仏分離は、様々なことにおいて、やはり大事なポイントなんですね。
今回も、いろいろなことが農園主さんのおかげでスッキリしました。
ありがとうございます<(_ _)>
先日行った神奈川県の六所神社が総本社だと思っていましたが、HPにはそのような記載もなく、気になるところでした。
「火の鳥」は何回か読みましたが、だいぶ前なので殆ど忘れています。
今度、しっかりと読み直してみますが、手塚治虫は本当にすごい人だったんだな、と改めて思います。
猿田彦の多様性。
巣鴨の駅近くにある、薬師如来の真性寺→とげ抜き地蔵の高岩寺、そしてそこから10分ほど歩くと、「猿田彦大神庚申堂」という、普段は無人の小さな小さな神社があり、
ご祭神は、天津祖庚申猿田彦大神・地津主甲子大己貴神・人津霊己巳小彦名神となっています。
このすぐそばの都電(現在、都内ではこの路線だけです)の停留所名が「庚申塚」です。
ここは、奉賛会が管理しており、社務所もなければ神職も常在していません。
https://www.sugamokoushin.com/index.html
↑に何件も動画はあるのですが、 ↓ が一番様子がわかりやすいと思います。
狛犬ではなく、狛猿です。
https://www.sugamokoushin.com/newpage3-2...
農園主さんのご見解のように、庚申信仰との結びつきだったんですね。
なぜ、庚申塚に祀られているのか、わかっていませんでした。
だいぶ前にお話したかもしれませんが、曾祖母が猿田彦を(も)信心していました。
四国をお遍路した人でしたので、空海は信心していたようですが、他にも薬師如来、猿田彦などを信心していたみたいなのです。
母が、私の曾祖母が唱えるのを聞いていて、弘法大師のご宝号と薬師如来の真言を知っており、
私も小さい時から「南無大師遍照金剛」「オンコロコロセンダリマトウギソワカ」という、呪文みたいなものを何度か聞いたことがありました。
曾祖母がある時夢を見て(夢ではないと言っていたそうな)、天井を突き抜くような毛むくじゃらの大男が出てきて「なぜお前はわたしを信じなくなったのだ」と聞いたそうです。
曾祖母が何と答えたか、その後信心はどうなったのか、聞いたはずですが覚えていないのが残念です。
コロナが流行り始めた頃、伊勢の猿田彦神社の火打ち石に、「行く道を祓い清める」というご利益があると聞き、電話で問い合わせをし、送っていただきました。
それ以来、家を出る前、帰宅後はカチカチやっています。
お参りに行きたいと思いながらも伊勢までは行けないので、他の猿田彦神社を探したところ、農園主さんがお書きになっている鼻節神社を見つけました。
結局行かなかったのですが、子どもの頃から時々行っている巣鴨の猿田彦神社が、小さいながらも境内社でも末社でもないので、近くていいかなと(笑)
境内社・末社としてはところどころで見かけます。
↓ の画像は、埼玉県岩槻市の「岩槻久伊豆神社」の境内に祀ってある猿田彦です。
やはり天狗、庚申の文字がありました。
猿田彦大神も、私にはご縁があると思えます。
「六」の意味、とてもよく理解できます。
神仏習合と神仏分離は、様々なことにおいて、やはり大事なポイントなんですね。
今回も、いろいろなことが農園主さんのおかげでスッキリしました。
ありがとうございます<(_ _)>
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全国の六所神社はそれぞれ、その土地周辺の六つの神社を合祀したもの、あるいは六柱の神々をまつった神社、という程度の意味のようです。
祭神もバラバラで、全国の六所神社を束ねる総本社があるわけでもありません。
なぜ全国の六所神社が、「六」という数字を選んだのか、「六所」という名前を選んだのかという点について、今回も最終的に謎解きのようになるカタチで、話します。
今回はちょっと話にまとまりがない、というか、複雑多岐にわたるので、覚悟してお読みください(笑)
ギズモさんは、六所神社からシオツチノオジを発見されましたので、まずそこから話をします。
宮城県の塩竈神社の別宮である塩釜六所明神には、六柱の神(猿田彦、事勝國勝、塩土老翁、岐神、興玉命、太田命)がまつられていますが、それぞれ名前がちがうだけでおなじ神なんだそうです。
それでふと気づいたのが、手塚治虫の『火の鳥』です。
火の鳥は、人間の輪廻転生を描く大作なんですが、この作品によく出てくるのが、猿田彦です。
どの作品にも、名前と人格を変えながら、猿田彦とおもわれる人物が出てくるのです。
まるで塩竈六所神社の祭神のように、みんなちがう名前なのに、おなじ猿田彦なんですよね。
手塚治虫の描く猿田彦は、鼻の長い男です。あるいは作中で突如鼻がふくれあがってしまう、という場合もあります。
これは、猿田彦が天狗信仰と結びついているという伝説からそういう描写にしたのでしょう。
ところで、猿田彦と天狗が同一であれば、シオツチノオジと天狗は同一なのでしょうか。
……しかしどうもこの三段論法は通じないようです。
シオツチノオジと猿田彦は同一です。
猿田彦と天狗は同一です。
しかし、シオツチノオジと天狗は同一ではありません。
仙台にある塩竈神社から東へ6kmほど離れた、太平洋の海岸沿いに、「鼻節神社」という神社があります。
ここの祭神は猿田彦の一柱です。
式内社ですから、由緒は古いです。
猿田彦と鼻節神社、ここから天狗信仰と猿田彦が結びついていった、と考えられそうです。
鼻節神社にはシオツチノオジはまつられていませんから、シオツチノオジは天狗とは結びつかないという理屈にもなります。
話があちこちにいって申し訳ないんですが、手塚治虫は、猿田彦という神のつかみどころのない多様性に注目していたのだとおもいます。
火の鳥に出てくる猿田彦は、おなじような風体でありながら、ちがう時代に、ちがう人格で登場します。
かれは物語の水先案内人であり、同時に主人公でもあります。
こういう描き方をした手塚治虫は、日本神話の重要人物でありながら、形を変えてあちこちに登場して水先案内をする猿田彦という神のことをよく調べていたのでしょう。
ところで、この猿田彦の多様性を説明するキーワードは、「岐の神」だろうとおもいます。
「岐」には、クナド・クナト・フナドなどいろんな読み方がありますが、もともとはイザナギが黄泉の国でイザナミと対決し、戻るときに「これ以上来るな」といって投げた杖が、来名戸祖神(クナト祖神)に変化し、これが岐の神であるというのです。
岐の神は、道祖神の意味もあり、道祖神と猿田彦もおなじであり、シオツチノオジともおなじ神であるともいいます。
道祖神ですから、つまり水先案内の意味を持つんですよね。
さらに興味深いのは、岐の神は仏教と習合していて、庚申信仰と結びついていたらしいのです。
そして仏教における地獄の六道(六趣)から衆生を救う「六地蔵」と、道祖神である岐の神がむすびつきます。
ここで話がもとに戻るんですが、六所神社。
なぜ六なのか、ということなんですが、ここからは毎度おなじみぼくの憶測の論理展開です。
これはやはり、神仏習合と神仏分離が絡んでるんじゃないでしょうか。
まず、地獄の六道の考えが神道と習合します。
そして六道から衆生を救うために、六柱の神様をまつる、あるいは六つの神社を合祀する。
六地蔵だとそのまま仏教になってしまうので、地蔵の部分を神様や神社にしたというわけです。
しかし神仏分離によって、仏教の六道、六地蔵の部分が由緒から抜けて、全国に六所神社という名前だけが残ったことで、ややこしくなった。
以前とおなじく、これも憶測ですから、ほんとうはちがう可能性もありますが、なぜ「六」なのかというひとつの推測にはなるようにおもえます。
きょうもそこそこの字数になったので、ぼくの相性の良い神仏の話については、次回以降ということで(笑)
全国の六所神社はそれぞれ、その土地周辺の六つの神社を合祀したもの、あるいは六柱の神々をまつった神社、という程度の意味のようです。
祭神もバラバラで、全国の六所神社を束ねる総本社があるわけでもありません。
なぜ全国の六所神社が、「六」という数字を選んだのか、「六所」という名前を選んだのかという点について、今回も最終的に謎解きのようになるカタチで、話します。
今回はちょっと話にまとまりがない、というか、複雑多岐にわたるので、覚悟してお読みください(笑)
ギズモさんは、六所神社からシオツチノオジを発見されましたので、まずそこから話をします。
宮城県の塩竈神社の別宮である塩釜六所明神には、六柱の神(猿田彦、事勝國勝、塩土老翁、岐神、興玉命、太田命)がまつられていますが、それぞれ名前がちがうだけでおなじ神なんだそうです。
それでふと気づいたのが、手塚治虫の『火の鳥』です。
火の鳥は、人間の輪廻転生を描く大作なんですが、この作品によく出てくるのが、猿田彦です。
どの作品にも、名前と人格を変えながら、猿田彦とおもわれる人物が出てくるのです。
まるで塩竈六所神社の祭神のように、みんなちがう名前なのに、おなじ猿田彦なんですよね。
手塚治虫の描く猿田彦は、鼻の長い男です。あるいは作中で突如鼻がふくれあがってしまう、という場合もあります。
これは、猿田彦が天狗信仰と結びついているという伝説からそういう描写にしたのでしょう。
ところで、猿田彦と天狗が同一であれば、シオツチノオジと天狗は同一なのでしょうか。
……しかしどうもこの三段論法は通じないようです。
シオツチノオジと猿田彦は同一です。
猿田彦と天狗は同一です。
しかし、シオツチノオジと天狗は同一ではありません。
仙台にある塩竈神社から東へ6kmほど離れた、太平洋の海岸沿いに、「鼻節神社」という神社があります。
ここの祭神は猿田彦の一柱です。
式内社ですから、由緒は古いです。
猿田彦と鼻節神社、ここから天狗信仰と猿田彦が結びついていった、と考えられそうです。
鼻節神社にはシオツチノオジはまつられていませんから、シオツチノオジは天狗とは結びつかないという理屈にもなります。
話があちこちにいって申し訳ないんですが、手塚治虫は、猿田彦という神のつかみどころのない多様性に注目していたのだとおもいます。
火の鳥に出てくる猿田彦は、おなじような風体でありながら、ちがう時代に、ちがう人格で登場します。
かれは物語の水先案内人であり、同時に主人公でもあります。
こういう描き方をした手塚治虫は、日本神話の重要人物でありながら、形を変えてあちこちに登場して水先案内をする猿田彦という神のことをよく調べていたのでしょう。
ところで、この猿田彦の多様性を説明するキーワードは、「岐の神」だろうとおもいます。
「岐」には、クナド・クナト・フナドなどいろんな読み方がありますが、もともとはイザナギが黄泉の国でイザナミと対決し、戻るときに「これ以上来るな」といって投げた杖が、来名戸祖神(クナト祖神)に変化し、これが岐の神であるというのです。
岐の神は、道祖神の意味もあり、道祖神と猿田彦もおなじであり、シオツチノオジともおなじ神であるともいいます。
道祖神ですから、つまり水先案内の意味を持つんですよね。
さらに興味深いのは、岐の神は仏教と習合していて、庚申信仰と結びついていたらしいのです。
そして仏教における地獄の六道(六趣)から衆生を救う「六地蔵」と、道祖神である岐の神がむすびつきます。
ここで話がもとに戻るんですが、六所神社。
なぜ六なのか、ということなんですが、ここからは毎度おなじみぼくの憶測の論理展開です。
これはやはり、神仏習合と神仏分離が絡んでるんじゃないでしょうか。
まず、地獄の六道の考えが神道と習合します。
そして六道から衆生を救うために、六柱の神様をまつる、あるいは六つの神社を合祀する。
六地蔵だとそのまま仏教になってしまうので、地蔵の部分を神様や神社にしたというわけです。
しかし神仏分離によって、仏教の六道、六地蔵の部分が由緒から抜けて、全国に六所神社という名前だけが残ったことで、ややこしくなった。
以前とおなじく、これも憶測ですから、ほんとうはちがう可能性もありますが、なぜ「六」なのかというひとつの推測にはなるようにおもえます。
きょうもそこそこの字数になったので、ぼくの相性の良い神仏の話については、次回以降ということで(笑)