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今回の件を書いてみたら、なんと現時点で6000文字を越えてきました(笑)
いくらなんでも一回で投稿すると読み疲れを起こすだろうとおもいましたので、これから4日おきくらいに、3回にわけて、時間をかけて加筆訂正しながら投稿していこうとおもいます。
その間にギズモさんが投稿していただいても問題ないですし、あるいは返信がなくてもまったく問題ないんですが、ぼくからはとりあえず返信はせず、いったん今回の内容を3回にわけて投稿しますので、あしからずご了承ください。
まず、お天気のご心配をいただいてありがとうございます。
ことしは夏から秋にかけてほんとうに雨が少なく、参っていますが、なんとか葉物は小出来ながらも育ってくれています。
例年のように安定した収穫にはならなそうですが、なんとかカタチになるように努力しています。
さて、ギズモさんの「免疫異常で境界線があいまいになる」として、人間がじぶん以外の世界にアクセスできるかもしれないというお話には、最初ファンタジー的なおもしろさを感じたあと、現実的にもそういうことがあることに気づきました。
たとえば天理教の教祖である中山みきは、いまでいうところのシャーマンであり、神がかりな気質をもっていたために、教祖としてあがめられることになったんですが、彼女を病理的にみると、多重人格や統合失調症だったともいわれています。
明治の世になって日本の社会は資本主義に舵をとったんですが、じつは宗教は資本主義とものすごく相性がいいんです。
それで中山みきのシャーマン的な言説を真に受ける人々と、これを「ビジネスにしよう」という動きがあいまって、一種の熱狂を生み、日本の新興宗教勢力の一角を担うまでに成長しました。
現代ではオウム事件や統一教会問題がきっかけになって、新興宗教不信が起こり、衰退しましたが、じつは「新興宗教= カルト」という見方はバブル期あたりに起こったもので、それ以前はみんなよくもわるくも純朴に新興宗教を受け入れてたんですよね。
ではなぜ中山みきが崇拝の対象になったのかというと、当時の人々に「障がい者にはわれわれには見えないものを見たり、感じたりする能力が備わっているのではないか」という観念があったからでした。
たとえば日本各地には、知的障がいだったり、身体が欠損して生まれてきた子供を、その地域に幸運をもたらす存在(神)がやってきてくれた、として大事にしたという伝承が残っています。
これは折口信夫の言い方を借りると「まれびと信仰」の一種ということになります。
折口信夫のいうまれびとは、「客人」とか「来訪者」というような意味なんですが、その客人は神の化身として扱われることが特徴です。
健常者ではない「異人」として生まれた子を、排除するのではなく、福をもたらす来訪者(神)として扱うんですね。
もちろん余裕のない家庭や集落では、そういった子を「鬼子」として捨てていたという話もあるんですが、一方で「免疫異常の人」を崇拝の対象にまで高めて大事にした社会もあったようです。
般若心経の輪っかの話なんですが、あらためて般若心経を読み直したんです。
あと玄奘三蔵の翻訳した金剛般若経も読んでみました。
するとかんちがいしていたところがあって、そのあたりを訂正しながらお話します。
まず、無限と無については、般若心経では「空」と「無」というカタチで使い分けてたんですね。
以下に般若心経をコピーしてみましたが、前半は「空」という文字がたくさん出てきて、後半には「無」がたくさん出てくることがわかるとおもいます。
空と無が出てくるところはきれいにわかれるので、行をわけてみました。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄
舎利子 色不異空 空不異色
色即是空 空即是色 受想行識亦復如是
舎利子 是諸法空相 不生不滅
不垢不浄 不増不減 是故空中
無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明 亦無無明尽
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得
以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛到夢想
究境涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪
即説呪曰
羯 諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経
この空と無を意識しながらざっくり般若心経を説明すると、こうなります。
「われわれは空(無限)の一部である。かたちあるものはみな空から生じており、空は絶えず変化している。
われわれがあるとおもっている実体も、本来はかたちのない空から生まれていて、かたちのない空にかえる。
であれば、われわれがあるとおもっているものは、じつはないことがわかる。
身体も心も、感じることもすべて、ほんとうは、なにもかもが無である。
悟りを開いたといわれる菩薩も、じぶんが無であると理解し、無心を理解したところから涅槃の境地に至ったのだ」
これが輪っかの話ですね。
ひもの片方は無限の無(空)。片方はゼロの無。このふたつの無限と無をつないだところに、般若心経はフォーカスを当てている、と。
ほんとうは、ひもの輪っかが存在する以上、ぼくたちは存在しているはずなんですが、仏教はそれを「無い」というんです。
無いということを理解しないと、解脱はできないんだ、とまでいいます。
しかしそんな仏教に対して、司馬遼太郎はこのように指摘しました。
釈迦は煩悩を捨てろ、解脱せよとあまりに高いハードルを設けてしまったが、解脱ができるのは百万人にひとりの天才であり、実践はむずかしい。
釈迦の死後、煩悩を断てない人々は、神仏にすがって現世利益を求め、商売繁盛を祈るようになった。
「釈迦は商利の追求をむさぼりとしたが、かれの宗教がかれの死後二百年で力をうしない、変質もしくは他のものに変わらざるをえなかったのは、当然であったかもしれない。われわれは釈迦では救われない。それどころか釈迦はわれわれを委縮させるのみだ、と公言するダイヤモンド商人もいたであろう」
ではなぜ仏教はそこまでひもを無視して、空や無にこだわったのか、という理由が、金剛般若経に書かれていました。
(続く)
いくらなんでも一回で投稿すると読み疲れを起こすだろうとおもいましたので、これから4日おきくらいに、3回にわけて、時間をかけて加筆訂正しながら投稿していこうとおもいます。
その間にギズモさんが投稿していただいても問題ないですし、あるいは返信がなくてもまったく問題ないんですが、ぼくからはとりあえず返信はせず、いったん今回の内容を3回にわけて投稿しますので、あしからずご了承ください。
まず、お天気のご心配をいただいてありがとうございます。
ことしは夏から秋にかけてほんとうに雨が少なく、参っていますが、なんとか葉物は小出来ながらも育ってくれています。
例年のように安定した収穫にはならなそうですが、なんとかカタチになるように努力しています。
さて、ギズモさんの「免疫異常で境界線があいまいになる」として、人間がじぶん以外の世界にアクセスできるかもしれないというお話には、最初ファンタジー的なおもしろさを感じたあと、現実的にもそういうことがあることに気づきました。
たとえば天理教の教祖である中山みきは、いまでいうところのシャーマンであり、神がかりな気質をもっていたために、教祖としてあがめられることになったんですが、彼女を病理的にみると、多重人格や統合失調症だったともいわれています。
明治の世になって日本の社会は資本主義に舵をとったんですが、じつは宗教は資本主義とものすごく相性がいいんです。
それで中山みきのシャーマン的な言説を真に受ける人々と、これを「ビジネスにしよう」という動きがあいまって、一種の熱狂を生み、日本の新興宗教勢力の一角を担うまでに成長しました。
現代ではオウム事件や統一教会問題がきっかけになって、新興宗教不信が起こり、衰退しましたが、じつは「新興宗教= カルト」という見方はバブル期あたりに起こったもので、それ以前はみんなよくもわるくも純朴に新興宗教を受け入れてたんですよね。
ではなぜ中山みきが崇拝の対象になったのかというと、当時の人々に「障がい者にはわれわれには見えないものを見たり、感じたりする能力が備わっているのではないか」という観念があったからでした。
たとえば日本各地には、知的障がいだったり、身体が欠損して生まれてきた子供を、その地域に幸運をもたらす存在(神)がやってきてくれた、として大事にしたという伝承が残っています。
これは折口信夫の言い方を借りると「まれびと信仰」の一種ということになります。
折口信夫のいうまれびとは、「客人」とか「来訪者」というような意味なんですが、その客人は神の化身として扱われることが特徴です。
健常者ではない「異人」として生まれた子を、排除するのではなく、福をもたらす来訪者(神)として扱うんですね。
もちろん余裕のない家庭や集落では、そういった子を「鬼子」として捨てていたという話もあるんですが、一方で「免疫異常の人」を崇拝の対象にまで高めて大事にした社会もあったようです。
般若心経の輪っかの話なんですが、あらためて般若心経を読み直したんです。
あと玄奘三蔵の翻訳した金剛般若経も読んでみました。
するとかんちがいしていたところがあって、そのあたりを訂正しながらお話します。
まず、無限と無については、般若心経では「空」と「無」というカタチで使い分けてたんですね。
以下に般若心経をコピーしてみましたが、前半は「空」という文字がたくさん出てきて、後半には「無」がたくさん出てくることがわかるとおもいます。
空と無が出てくるところはきれいにわかれるので、行をわけてみました。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄
舎利子 色不異空 空不異色
色即是空 空即是色 受想行識亦復如是
舎利子 是諸法空相 不生不滅
不垢不浄 不増不減 是故空中
無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明 亦無無明尽
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得
以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛到夢想
究境涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪
即説呪曰
羯 諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経
この空と無を意識しながらざっくり般若心経を説明すると、こうなります。
「われわれは空(無限)の一部である。かたちあるものはみな空から生じており、空は絶えず変化している。
われわれがあるとおもっている実体も、本来はかたちのない空から生まれていて、かたちのない空にかえる。
であれば、われわれがあるとおもっているものは、じつはないことがわかる。
身体も心も、感じることもすべて、ほんとうは、なにもかもが無である。
悟りを開いたといわれる菩薩も、じぶんが無であると理解し、無心を理解したところから涅槃の境地に至ったのだ」
これが輪っかの話ですね。
ひもの片方は無限の無(空)。片方はゼロの無。このふたつの無限と無をつないだところに、般若心経はフォーカスを当てている、と。
ほんとうは、ひもの輪っかが存在する以上、ぼくたちは存在しているはずなんですが、仏教はそれを「無い」というんです。
無いということを理解しないと、解脱はできないんだ、とまでいいます。
しかしそんな仏教に対して、司馬遼太郎はこのように指摘しました。
釈迦は煩悩を捨てろ、解脱せよとあまりに高いハードルを設けてしまったが、解脱ができるのは百万人にひとりの天才であり、実践はむずかしい。
釈迦の死後、煩悩を断てない人々は、神仏にすがって現世利益を求め、商売繁盛を祈るようになった。
「釈迦は商利の追求をむさぼりとしたが、かれの宗教がかれの死後二百年で力をうしない、変質もしくは他のものに変わらざるをえなかったのは、当然であったかもしれない。われわれは釈迦では救われない。それどころか釈迦はわれわれを委縮させるのみだ、と公言するダイヤモンド商人もいたであろう」
ではなぜ仏教はそこまでひもを無視して、空や無にこだわったのか、という理由が、金剛般若経に書かれていました。
(続く)
般若心経のヒモのお話、何度もイメージしてみました。
わかりやすい例えではありますが、正しく理解できたのかどうかは、ちょっと不安です。
無と無限によってつながっているということですが、「無」「無限」も、無いのではなく『ある』んですよね。
そこにじぶんが存在しているかどうかをうまく考えられず、考えているうちに、「無」「無限」の外にいるような気がしてきました(笑)
免疫にまで広がった今回のお話で、また様々なことを知ることができ、考えることもたくさんありました。
野菜を例に挙げてくださったのは、とてもイメージしやすく、理解できました。
柿のことは初めて聞きました。
一番初めに試した人は、瓢箪から駒が出る的な偶然の産物だったのか、考えて試行してみたのかわかりませんが、すごいことですね。
そもそも1500年も前に、無や無限というものの概念があったというのもすごいですね。
そして、1500年以上の仏典や思想が受け継がれて、そこからいろいろなものが派生し、どんなに研究しても答えがひとつではない、ということは、まさに無であり無限であるように思います。
般若心経に限らず、いろいろな仏典や経典、聖書、他の宗教の書物や口伝からそれぞれの教派が分かれていったのは、研究という言い方もできますが、これも多くの人の余剰意識が生みだしたものと言えるかもしれないですね。
人類最初の差別は、人間が住んでいる狭い範囲の地域を区切ることから始まり、だんだん範囲が広がって国になっていった、という話を読んだことがあります。
利便性による「区別」でなく、人を「差別」することから始まったんだそうです。
その区別は置いておくとして。
そのようにして人間が作った国もそうですが、もっと範囲をどんどん大きくし、地球の他の星にも名前をつけていくわけです。
これはあくまで「地球に住む人間」がしたことであって、他の惑星などにいる宇宙人(のような何か)がいたら、地球人が金星と名付けた星は、たぶん金星ではないわけで。
このように考えると、やはり人間は自分と、自分が住む地球を「存在する主たるもの」として認識していることになるかと思います。
しかし、広い宇宙にいる(はずの)宇宙人などのなにものかにしてみれば、そうではない。
そうなると、自分も地球も、『確かなものではない』、無の一部、無限の一部、または無そのもの、無限そのものだと思えてきます。
中学の卒業アルバムに「ひとり一言」を書くページがあり、そこにトルストイの言葉を書きました。
『この自分とは何か、無限なものの一部である』←当時母が持っていた、岩波文庫のトルストイ名言集?という本から選びました。
その時は、「トルストイは、人にはみな無限の可能性がある、ということを言っている」と思い選んだのですが、農園主さんの記事を読ませていただき、もしかしたら私の中学生の時の解釈は間違っていたのかも、と思ったのです。
出典は覚えていなかったので、ネットで調べてみましたが、おそらく『懺悔』の中から引用したものかと思います。
宗教に対する思いを書いたものですが、ソクラテスやアリストテレスなど哲学者の言葉、仏陀のことも書かれており、トルストイも「無」「無限」などにいたく興味を持っていたように思えます。
もちろんこういうことは、多くの作家や哲学者、宗教家たちが書いているでしょうし、今回の農園主さんの言わんとしているところとは違っていると思いますが、ふとトルストイの言葉を思い出したので、余談として書きました。
人間にはこの世は見えても、あの世は見えません。少なくとも生きている間は。
しかし、なんらかの「免疫異常」が起こるケースもないとは言えず、そういう人間(境界があいまいな人)も少しはいて、神仏など、一応は見えないものとされているなにものかとコンタクトを取れたりすることもあるのかもしれません。
そうなると、この世とあの世どころか、地球と宇宙、ありとあらゆるもの、「すべて」と地続きであるし、つながりがあるもののように思います。
あるけれどない、ないけれどある、そんなあいまいな場所に、肉体とこころを持つオリジナルの魂が存在していることは、本当に不思議ですね。
農園主さんの記事からいろいろと考えてしまい、なんだか訳のわからないことを書いてしまった気がします(笑)
(追記)
お天気には、本当に悩まされますね。
こちらも、8月に凄まじいほどのゲリラ雷雨が多かったので、レインコートと雨靴を買ったのに、9月はほとんど降っていません。
作物がよく育ち、たくさん収穫できる秋になりますように。
わかりやすい例えではありますが、正しく理解できたのかどうかは、ちょっと不安です。
無と無限によってつながっているということですが、「無」「無限」も、無いのではなく『ある』んですよね。
そこにじぶんが存在しているかどうかをうまく考えられず、考えているうちに、「無」「無限」の外にいるような気がしてきました(笑)
免疫にまで広がった今回のお話で、また様々なことを知ることができ、考えることもたくさんありました。
野菜を例に挙げてくださったのは、とてもイメージしやすく、理解できました。
柿のことは初めて聞きました。
一番初めに試した人は、瓢箪から駒が出る的な偶然の産物だったのか、考えて試行してみたのかわかりませんが、すごいことですね。
そもそも1500年も前に、無や無限というものの概念があったというのもすごいですね。
そして、1500年以上の仏典や思想が受け継がれて、そこからいろいろなものが派生し、どんなに研究しても答えがひとつではない、ということは、まさに無であり無限であるように思います。
般若心経に限らず、いろいろな仏典や経典、聖書、他の宗教の書物や口伝からそれぞれの教派が分かれていったのは、研究という言い方もできますが、これも多くの人の余剰意識が生みだしたものと言えるかもしれないですね。
人類最初の差別は、人間が住んでいる狭い範囲の地域を区切ることから始まり、だんだん範囲が広がって国になっていった、という話を読んだことがあります。
利便性による「区別」でなく、人を「差別」することから始まったんだそうです。
その区別は置いておくとして。
そのようにして人間が作った国もそうですが、もっと範囲をどんどん大きくし、地球の他の星にも名前をつけていくわけです。
これはあくまで「地球に住む人間」がしたことであって、他の惑星などにいる宇宙人(のような何か)がいたら、地球人が金星と名付けた星は、たぶん金星ではないわけで。
このように考えると、やはり人間は自分と、自分が住む地球を「存在する主たるもの」として認識していることになるかと思います。
しかし、広い宇宙にいる(はずの)宇宙人などのなにものかにしてみれば、そうではない。
そうなると、自分も地球も、『確かなものではない』、無の一部、無限の一部、または無そのもの、無限そのものだと思えてきます。
中学の卒業アルバムに「ひとり一言」を書くページがあり、そこにトルストイの言葉を書きました。
『この自分とは何か、無限なものの一部である』←当時母が持っていた、岩波文庫のトルストイ名言集?という本から選びました。
その時は、「トルストイは、人にはみな無限の可能性がある、ということを言っている」と思い選んだのですが、農園主さんの記事を読ませていただき、もしかしたら私の中学生の時の解釈は間違っていたのかも、と思ったのです。
出典は覚えていなかったので、ネットで調べてみましたが、おそらく『懺悔』の中から引用したものかと思います。
宗教に対する思いを書いたものですが、ソクラテスやアリストテレスなど哲学者の言葉、仏陀のことも書かれており、トルストイも「無」「無限」などにいたく興味を持っていたように思えます。
もちろんこういうことは、多くの作家や哲学者、宗教家たちが書いているでしょうし、今回の農園主さんの言わんとしているところとは違っていると思いますが、ふとトルストイの言葉を思い出したので、余談として書きました。
人間にはこの世は見えても、あの世は見えません。少なくとも生きている間は。
しかし、なんらかの「免疫異常」が起こるケースもないとは言えず、そういう人間(境界があいまいな人)も少しはいて、神仏など、一応は見えないものとされているなにものかとコンタクトを取れたりすることもあるのかもしれません。
そうなると、この世とあの世どころか、地球と宇宙、ありとあらゆるもの、「すべて」と地続きであるし、つながりがあるもののように思います。
あるけれどない、ないけれどある、そんなあいまいな場所に、肉体とこころを持つオリジナルの魂が存在していることは、本当に不思議ですね。
農園主さんの記事からいろいろと考えてしまい、なんだか訳のわからないことを書いてしまった気がします(笑)
(追記)
お天気には、本当に悩まされますね。
こちらも、8月に凄まじいほどのゲリラ雷雨が多かったので、レインコートと雨靴を買ったのに、9月はほとんど降っていません。
作物がよく育ち、たくさん収穫できる秋になりますように。
今回はいよいよ突っ込んだ内容になって、すこし読むのがたいへんかとおもうんですが、理解していただければきっと気づきがあるとおもうので、ぜひ気合を入れてお読みいただけるとうれしいです(笑)
あの世とこの世のへだたりということなんですが、以前、般若心経の話をしました。
玄奘三蔵によって書かれた般若心経(あとで唯識のお話もします)は無について説いているんですが、無の解釈の仕方が現代のわれわれとはちょっとちがう、という話でした。
般若心経では「われわれがあるとおもっている肉体、意識はじつは存在しない。一切は無である。そして、存在しないというカタチで存在しているのだ」と、非常にややこしいことをいいます。
この場合、般若心経における無はゼロという意味だけではなくて、「なにもかもすべて」という意味も含んでいます。
一本のヒモがあって、片方の端っこはなにもないゼロの無。
もう片方の端っこはなにもかもすべてを包括する、無限の無。
このヒモの両端をくっつけて輪っかをつくったとします。
この輪っかはつまり、われわれがあるとおもっている世界です。
しかし般若心経はこの両端の、無と無限がくっついた部分をフォーカスしてるんですね。
つまり、宇宙という広大無辺の無限の世界にただようじぶんと、それもじきになくなるという死の世界(ゼロの世界)を、輪っかにしてつなぐ。
われわれの世界は無と無限によってつながっていて、その間にいるじぶんが存在しているようにおもえても、じつはそのように意識がとらわれているだけなのだ、というわけです。
これは、蝶がじぶんの夢をみているのか、じぶんが蝶の夢をみているのか、という荘子の思想や、余剰意識の問題と通じているところだとおもいます。
しかしみんなそうだとおもうんですが、われわれはじぶんの肉体や感覚が「ない」と断言するところまで、じぶんの肉体や意識を否定することはできません。
では、結局じぶんとはなんなのか。
われわれはなぜ、じぶんが存在しているというおもいこみにとらわれてしまうのか。
クローンのぼくができたときに、それぞれの自我をへだてるものはなんなのか。
これを解き明かすキーワードは、医学的な言葉でいう「免疫」なのではないかとおもっています。
人間の体には免疫がそなわっていますから、たとえば皮膚を移植する場合、他人の皮膚をじぶんの体に移しても、拒絶反応が出てうまくくっつかないんですね。
免疫というと、いま言ったように他人の組織を拒絶したり、ウイルスと戦ったり、細菌の感染に抗うという機能面だけが強調されます。
医学的には肉体が外敵に抗うシステム面だけが大事なので、免疫という言葉でかまわないんですが、もうすこし哲学的に意味を広げてみると、これは「じぶんとじぶん以外を区別するシステム」ということになるかとおもいます。
クローンの場合、皮膚や組織は取り換えがききますが、じぶんとクローンにはそれぞれ独立した免疫があるから、それぞれちがった意識をもつことになる、といえます。
互いの免疫が独立しているから、クローンを傷つけても、ぼくが「痛い」とはならないわけです。
前回の話のトマトの場合、植物には人間のような免疫細胞はないのですが、異物を排除するための自然免疫が備わっているといいます。
やはり外側から侵略されないシステムは備わっているんですね。
だからトマトの枝を折って土に挿して繁殖した場合、それぞれの免疫が独立するから、べつのトマトとして生きることになる、というわけです。
植物の場合、人間とくらべて免疫のありようが単純なんです。
たとえば、カボチャの種が発芽して、芽が出ます。
同時に、キュウリの種もまいておいて、これも芽が出ます。
このカボチャとキュウリの幼苗をそれぞれ半分に切って、カボチャの根っこのある茎にキュウリの頭の部分をつないで、専用のクリップで留めておくんです。
そうすると、カボチャの根っことキュウリの頭がつながります。
カボチャの根はキュウリの自根と比べると頑強なので、病気や乾燥に強いキュウリを育てることができるメリットがあるんですね。
こうした接ぎ木苗はホームセンターなどでよく出回っています。
しかしこれは人間では絶対にありえない話です。
このカボチャとキュウリの接ぎ木の話は、人間でいえばぼくとマイケル・ジャクソンをそれぞれ胴体から半分に切って、マイケルジャクソンの足をぼくにつないだらダンスがうまくなった、というくらい荒唐無稽です。
人間には免疫細胞があるので、たとえおなじ人間でも、よほどの近親、それも相性がピッタリ合わない限り、直接他人の細胞を受け付けることはできません。
しかし植物の場合は免疫のありようが単純なので、ある程度可能なんですね。
もちろんキュウリとナスみたいに、科のまったくちがう植物同士がつながることはないんですが、キュウリとカボチャのようにおなじウリ科であれば、われわれシロウトがけっこういい加減にやってもくっついてしまう。
この有名な例が、甘柿です。
甘柿は、種をそのまま植えると、すべて渋柿になります。
そこで、渋柿の幹に甘柿の枝を接ぎ木するんです。
そうすると接ぎ木した枝は甘柿に育ってくれるんですね。
われわれが現在食べている甘柿はすべて接ぎ木です。
最初の甘柿は、突然変異によってたまたまできたようで、われわれの祖先が渋柿の苗に甘柿の枝を接ぎ木しながら広めていったというわけです。
この接ぎ木の話でなにが言いたいのかというと、免疫のありようが単純な生物では、じぶんと他の存在の境界があいまいだということです。
つまり、単純な生き物ほど、より宇宙に近いといえるかもしれません。
だから仕組みが単純な生き物だと、わたしがあなたになったり、あなたがわたしになったり、わたしの一部から分裂したりということが比較的容易に起こりえる。
複雑な免疫を持ち、脳と神経が発達した人間は、余剰意識もあって、じぶんというものをオンリーワンの特別な存在だと信じて疑いません。
しかしその免疫を取っ払っていくと、だんだんじぶんと他人の境界があいまいになり、そしてとうとう最後には境界そのものがなくなってしまう、というわけです。
免疫による肉体の独立性は、死ぬと失われます。
死ねば免疫細胞も活動を止めますから、じぶんがじぶんである必要性がなくなります。
もうすこし突っ込んだことをいうと、たとえば腕を失ったとき、脳や心臓という肉体の免疫と自律をつかさどるほうは、独立性を維持しますが、そうでないほうは死にますよね。
この死んだほうの腕になにか「生きていた意味」があるかというと、われわれはなかなか意味を見いだせないとおもうんです。
それはかつてじぶんの一部でしたが、もはや腐りゆく肉の塊でしかありません。
その延長線でいえば、肉体ぜんぶが死んで、じぶんの独立性・精神・魂がすべて失われた場合も、やはり意味らしい意味はないのではないか。
たとえばぼくはいまこの腕でタイピングをしていますから、この腕にはちゃんと生きている意味があるはずなんです。
なのに腕が切り離されたとたん、それは意味を失い、ただの腐りゆく肉塊となる。
しかしこの、肉体が意味を失った向こう側について、人類はずっと考えてきたんですよね。
腕はともかく、最後の最後、じぶんの魂まで失われたら、そのあとはどうなるのか。
それでいまぼくは、死んだ肉体や精神は、この世界(宇宙)のあらゆる要素に溶け込んで、一体化すると考えています。
精霊信仰……たとえば日本の古神道の言い方でいえば、肉塊になった腕は「腕の神様」になるわけです。
有機物、無機物、霊魂など、目に見えるもの・見えないものの概念にへだたりのない、ありとあらゆるものが精霊(神)であるという考え方ですね。
これは、ギズモさんのおっしゃる「この世とあの世に分けへだてがない」ということにつながるのではないでしょうか。
ギズモさんの記事の
”余剰意識とは、「こころ」と同義、またはこころの一部でしょうか?”
ということですが、ぼくもそうだとおもいます。
最初に「あとで唯識のお話もします」と述べましたが、玄奘三蔵は「すべてはこころが作り出す仮の世界」という唯識の思想を確立しました。
しかし般若心経ではその唯識すら虚構なんだといって、人間の意識を無と無限の中に放り込んでしまうんです。
そのように、本来死なねば得られない意識の融合を、生きながらにしてムリヤリ得ようとする試みを、仏教では「解脱」といいました。
つまり仏教では、死にアプローチしていく行為自体を、仏教徒の生きる意味にしてしまったんですね。
なぜそんなことをしたのかというと、われわれのこころは、いざ分解してみると、生き物の本能と、本能に肉付けする余剰意識くらいしかありません。
じつは意識を徹底的に分解して、唯識の中をいくら探しても、「生きる意味」は見いだせないことに玄奘三蔵は気づいていたのだとおもいます。
(あるいは仏陀の時代からそれはわかっていたのかもしれません)
しかし人間は、じぶんが死ぬとわかったとたん、生きることそのものに意味を見いだして……つまり、必死で生きるようになりますよね。
だから、わざと疑似的に死に片足を突っ込んだような状況をつくる(解脱に向かう)ことで、生きる意味を見いだそうとした、ということなんでしょう。
それがある時代では極端に解釈されて、補陀落渡海や即身仏という無茶苦茶なカタチで実践されたこともあります。
しかし唯識にしても般若心経にしても、意識を分解するとか、生きながら死ぬというようなこねくり回した考えは、やっぱり余剰意識によってやっていることで、荘子の言い方を借りれば、人為的で自然に即してはいません。(←すこし表現を変えました)
ほかの動物はこんなふうに生き死にについて思い悩んだりしませんし、動物には明確なこころを感じにくい。
その点でいえば、やはり余剰意識がこころ、あるいはこころの一部というのはただしいとおもいます。
というわけで、これだけ長く話しても、ではなぜぼくやギズモさんが、それぞれのオリジナルの魂をもって生きているのか、ということについては謎のまま……おそらくそこは現代では答えの出せることではないようにもおもうんですが、今回もワガママ勝手におもうところを述べさせていただきました(笑)
あの世とこの世のへだたりということなんですが、以前、般若心経の話をしました。
玄奘三蔵によって書かれた般若心経(あとで唯識のお話もします)は無について説いているんですが、無の解釈の仕方が現代のわれわれとはちょっとちがう、という話でした。
般若心経では「われわれがあるとおもっている肉体、意識はじつは存在しない。一切は無である。そして、存在しないというカタチで存在しているのだ」と、非常にややこしいことをいいます。
この場合、般若心経における無はゼロという意味だけではなくて、「なにもかもすべて」という意味も含んでいます。
一本のヒモがあって、片方の端っこはなにもないゼロの無。
もう片方の端っこはなにもかもすべてを包括する、無限の無。
このヒモの両端をくっつけて輪っかをつくったとします。
この輪っかはつまり、われわれがあるとおもっている世界です。
しかし般若心経はこの両端の、無と無限がくっついた部分をフォーカスしてるんですね。
つまり、宇宙という広大無辺の無限の世界にただようじぶんと、それもじきになくなるという死の世界(ゼロの世界)を、輪っかにしてつなぐ。
われわれの世界は無と無限によってつながっていて、その間にいるじぶんが存在しているようにおもえても、じつはそのように意識がとらわれているだけなのだ、というわけです。
これは、蝶がじぶんの夢をみているのか、じぶんが蝶の夢をみているのか、という荘子の思想や、余剰意識の問題と通じているところだとおもいます。
しかしみんなそうだとおもうんですが、われわれはじぶんの肉体や感覚が「ない」と断言するところまで、じぶんの肉体や意識を否定することはできません。
では、結局じぶんとはなんなのか。
われわれはなぜ、じぶんが存在しているというおもいこみにとらわれてしまうのか。
クローンのぼくができたときに、それぞれの自我をへだてるものはなんなのか。
これを解き明かすキーワードは、医学的な言葉でいう「免疫」なのではないかとおもっています。
人間の体には免疫がそなわっていますから、たとえば皮膚を移植する場合、他人の皮膚をじぶんの体に移しても、拒絶反応が出てうまくくっつかないんですね。
免疫というと、いま言ったように他人の組織を拒絶したり、ウイルスと戦ったり、細菌の感染に抗うという機能面だけが強調されます。
医学的には肉体が外敵に抗うシステム面だけが大事なので、免疫という言葉でかまわないんですが、もうすこし哲学的に意味を広げてみると、これは「じぶんとじぶん以外を区別するシステム」ということになるかとおもいます。
クローンの場合、皮膚や組織は取り換えがききますが、じぶんとクローンにはそれぞれ独立した免疫があるから、それぞれちがった意識をもつことになる、といえます。
互いの免疫が独立しているから、クローンを傷つけても、ぼくが「痛い」とはならないわけです。
前回の話のトマトの場合、植物には人間のような免疫細胞はないのですが、異物を排除するための自然免疫が備わっているといいます。
やはり外側から侵略されないシステムは備わっているんですね。
だからトマトの枝を折って土に挿して繁殖した場合、それぞれの免疫が独立するから、べつのトマトとして生きることになる、というわけです。
植物の場合、人間とくらべて免疫のありようが単純なんです。
たとえば、カボチャの種が発芽して、芽が出ます。
同時に、キュウリの種もまいておいて、これも芽が出ます。
このカボチャとキュウリの幼苗をそれぞれ半分に切って、カボチャの根っこのある茎にキュウリの頭の部分をつないで、専用のクリップで留めておくんです。
そうすると、カボチャの根っことキュウリの頭がつながります。
カボチャの根はキュウリの自根と比べると頑強なので、病気や乾燥に強いキュウリを育てることができるメリットがあるんですね。
こうした接ぎ木苗はホームセンターなどでよく出回っています。
しかしこれは人間では絶対にありえない話です。
このカボチャとキュウリの接ぎ木の話は、人間でいえばぼくとマイケル・ジャクソンをそれぞれ胴体から半分に切って、マイケルジャクソンの足をぼくにつないだらダンスがうまくなった、というくらい荒唐無稽です。
人間には免疫細胞があるので、たとえおなじ人間でも、よほどの近親、それも相性がピッタリ合わない限り、直接他人の細胞を受け付けることはできません。
しかし植物の場合は免疫のありようが単純なので、ある程度可能なんですね。
もちろんキュウリとナスみたいに、科のまったくちがう植物同士がつながることはないんですが、キュウリとカボチャのようにおなじウリ科であれば、われわれシロウトがけっこういい加減にやってもくっついてしまう。
この有名な例が、甘柿です。
甘柿は、種をそのまま植えると、すべて渋柿になります。
そこで、渋柿の幹に甘柿の枝を接ぎ木するんです。
そうすると接ぎ木した枝は甘柿に育ってくれるんですね。
われわれが現在食べている甘柿はすべて接ぎ木です。
最初の甘柿は、突然変異によってたまたまできたようで、われわれの祖先が渋柿の苗に甘柿の枝を接ぎ木しながら広めていったというわけです。
この接ぎ木の話でなにが言いたいのかというと、免疫のありようが単純な生物では、じぶんと他の存在の境界があいまいだということです。
つまり、単純な生き物ほど、より宇宙に近いといえるかもしれません。
だから仕組みが単純な生き物だと、わたしがあなたになったり、あなたがわたしになったり、わたしの一部から分裂したりということが比較的容易に起こりえる。
複雑な免疫を持ち、脳と神経が発達した人間は、余剰意識もあって、じぶんというものをオンリーワンの特別な存在だと信じて疑いません。
しかしその免疫を取っ払っていくと、だんだんじぶんと他人の境界があいまいになり、そしてとうとう最後には境界そのものがなくなってしまう、というわけです。
免疫による肉体の独立性は、死ぬと失われます。
死ねば免疫細胞も活動を止めますから、じぶんがじぶんである必要性がなくなります。
もうすこし突っ込んだことをいうと、たとえば腕を失ったとき、脳や心臓という肉体の免疫と自律をつかさどるほうは、独立性を維持しますが、そうでないほうは死にますよね。
この死んだほうの腕になにか「生きていた意味」があるかというと、われわれはなかなか意味を見いだせないとおもうんです。
それはかつてじぶんの一部でしたが、もはや腐りゆく肉の塊でしかありません。
その延長線でいえば、肉体ぜんぶが死んで、じぶんの独立性・精神・魂がすべて失われた場合も、やはり意味らしい意味はないのではないか。
たとえばぼくはいまこの腕でタイピングをしていますから、この腕にはちゃんと生きている意味があるはずなんです。
なのに腕が切り離されたとたん、それは意味を失い、ただの腐りゆく肉塊となる。
しかしこの、肉体が意味を失った向こう側について、人類はずっと考えてきたんですよね。
腕はともかく、最後の最後、じぶんの魂まで失われたら、そのあとはどうなるのか。
それでいまぼくは、死んだ肉体や精神は、この世界(宇宙)のあらゆる要素に溶け込んで、一体化すると考えています。
精霊信仰……たとえば日本の古神道の言い方でいえば、肉塊になった腕は「腕の神様」になるわけです。
有機物、無機物、霊魂など、目に見えるもの・見えないものの概念にへだたりのない、ありとあらゆるものが精霊(神)であるという考え方ですね。
これは、ギズモさんのおっしゃる「この世とあの世に分けへだてがない」ということにつながるのではないでしょうか。
ギズモさんの記事の
”余剰意識とは、「こころ」と同義、またはこころの一部でしょうか?”
ということですが、ぼくもそうだとおもいます。
最初に「あとで唯識のお話もします」と述べましたが、玄奘三蔵は「すべてはこころが作り出す仮の世界」という唯識の思想を確立しました。
しかし般若心経ではその唯識すら虚構なんだといって、人間の意識を無と無限の中に放り込んでしまうんです。
そのように、本来死なねば得られない意識の融合を、生きながらにしてムリヤリ得ようとする試みを、仏教では「解脱」といいました。
つまり仏教では、死にアプローチしていく行為自体を、仏教徒の生きる意味にしてしまったんですね。
なぜそんなことをしたのかというと、われわれのこころは、いざ分解してみると、生き物の本能と、本能に肉付けする余剰意識くらいしかありません。
じつは意識を徹底的に分解して、唯識の中をいくら探しても、「生きる意味」は見いだせないことに玄奘三蔵は気づいていたのだとおもいます。
(あるいは仏陀の時代からそれはわかっていたのかもしれません)
しかし人間は、じぶんが死ぬとわかったとたん、生きることそのものに意味を見いだして……つまり、必死で生きるようになりますよね。
だから、わざと疑似的に死に片足を突っ込んだような状況をつくる(解脱に向かう)ことで、生きる意味を見いだそうとした、ということなんでしょう。
それがある時代では極端に解釈されて、補陀落渡海や即身仏という無茶苦茶なカタチで実践されたこともあります。
しかし唯識にしても般若心経にしても、意識を分解するとか、生きながら死ぬというようなこねくり回した考えは、やっぱり余剰意識によってやっていることで、荘子の言い方を借りれば、人為的で自然に即してはいません。(←すこし表現を変えました)
ほかの動物はこんなふうに生き死にについて思い悩んだりしませんし、動物には明確なこころを感じにくい。
その点でいえば、やはり余剰意識がこころ、あるいはこころの一部というのはただしいとおもいます。
というわけで、これだけ長く話しても、ではなぜぼくやギズモさんが、それぞれのオリジナルの魂をもって生きているのか、ということについては謎のまま……おそらくそこは現代では答えの出せることではないようにもおもうんですが、今回もワガママ勝手におもうところを述べさせていただきました(笑)
まず、農園主さんのお考えが、トンデモとか眉唾とはみじんも思っていないことを宣言しておきます(*^_^*)
答えの出ないものをいろいろと考えていくのは、「余剰意識」によるものなんですね。
荘子が説いたのは、余剰意識の活用はあまり意味がなく自然に即して考えればいい、ということのようですが、答えが出ないようなこと、考えてもあまり意味がないことをあれこれ考えるのは、楽しいですね。
こういうことができるから、人間っておもしろいんだ、と思います。
生活に必要のない知識や情報は、生きるにおいてさほど重要ではなく、知らなくても差し支えないものかもしれません。
結局は、自己満足の世界、知識欲を満たすだけのものではないかと。
でも、こういったものがなかったら、「知りたい」という欲や好奇心がなかったら、人生は実につまらないものだろうな、と思います。
荘子の教えは、いっさいをあるがままに受け入れる、ということですね。それが自然であると。
これはビートルズの『Let it Be』、「あるがままに、身を委ねなさい」と同じような考え方かと思います。
キリスト教だと、例えば試験勉強を一生懸命やったら、あとは神様に委ねなさい、と教えられます。
委ねてしまい、あとはくよくよと思い悩むな、ということかもしれません。
思い、考え方イコール物の見方であって、それによってずいぶん生き方が変わるのではないか、と思えます。
余剰意識であれやこれやと考え、時には自然に即してあるがままに受け入れる、この二刀流ですね。
今回の記事もずいぶん考えることの多い内容でしたが、すべてが「なるほどなぁ~」と、ストーンと響きました。
私は子どものころから変わっていたのでしょう。今もですが(笑)
人が死んだあと、天国とか地獄に行くというシステムも理解はしていましたが、それを理解はしつつ(天国地獄があるかどうかは別にして)、「見えない・聞こえないだけで、そばにいる(ある)」ように思っていました。
それは本当になんの根拠もない「感覚」としてであり、霊感はないと断言できます(笑)
つまり、この世とあの世は地続きのようなもの、と感じていたわけですね。
分かれ目があるようであって、実はない。
肉体がなくなったあと、「なにか」になって、その辺や、空、宇宙や自然などに「いる。ある」といったらわかりやすいでしょうか。
そこをもっと言えば、転生、ということに関係してくるかもしれません。
(追記)「じぶんの意識とじぶん以外の世界(この場合は蝶の意識)には、じつは分けへだてがないのかもしれません」というのも、この世とあの世に分けへだてがないのかもしれない、ということと、似ている??ように感じます。
以前お話した諸星大二郎の漫画や、手塚治虫の「火の鳥」など、一例ですが、やはり「宇宙」は不可欠だと考えていますね。
農園主さんがおっしゃる「生まれ変わりは地球に限らないぞ」というのも、とっても納得できることです。
人間の身体は「借り物」で、地球や宇宙の歴史のほんの一部分、わずか100年足らずの間借りていて、それを繰り返したり、ほかの何かになったり、悠久の時を漂い続ける、ということかもしれません。
電飾と電球のお話は、例えとしてとても理解しやすいです。
昔読んだなにかに書いてあったことですが、漫画や小説の作り話ではなく、宗教の話でもなく、哲学などに関係する話だったように思います。
無限の宇宙のどこかには、すべてを管轄する絶対的な存在がある。
それを神と呼んでもいいし、高度な文明の宇宙人でもいいし、他の何かでもいい。
その何かが、人間それぞれの人生のシナリオをあらかじめ決定している。
例えば人間がいろいろなことを自分で決めたように思ったとしても、それは実は自分で考えたことではなく、結局はなにものかに生かされ、ゆだね(させられ?)、自然に受け入れていることになる。
これは、農園主さんが書いていらっしゃる「電球がじぶんで灯っているのではなく~」ということのように思えました。
「あらかじめ決められているなら、何も考えず成り行きにまかせよう」と考えるのも、案外難しいことですね。
余剰意識とは、「こころ」と同義、またはこころの一部でしょうか?
唯識論のように、すべてはこころが作り出す仮の世界、と考えると、なんとなくいろいろなことがつながってくるように思えます。
「ジャンケンマン」のお話、いい例をありがとうございます。
確かに理屈をわからない側からすると、マジックか予知ができる「特別なすごい人」ということになりますね(笑)
こういうことが、陰陽道や密教に存在したというのは、とっても興味深いお話です。
さて最後に「トンデモ」話です(笑)
母は、霊感があったわけではないと思うのですが、よく不思議な体験をする人でした。
その中でよく起きていた現象が、「誰かがスカートを引っ張る」というものでした。
私も経験があるのですが、裾のほうをクイっと引っ張られる感覚です。
もちろんそばには誰もいないので、私は「地続きの人だぁ」と自然に思っています。
人(追記・霊)ではなく、動物や妖怪、神仏、未知のなにか、ということもあり得ますね。
答えの出ないものをいろいろと考えていくのは、「余剰意識」によるものなんですね。
荘子が説いたのは、余剰意識の活用はあまり意味がなく自然に即して考えればいい、ということのようですが、答えが出ないようなこと、考えてもあまり意味がないことをあれこれ考えるのは、楽しいですね。
こういうことができるから、人間っておもしろいんだ、と思います。
生活に必要のない知識や情報は、生きるにおいてさほど重要ではなく、知らなくても差し支えないものかもしれません。
結局は、自己満足の世界、知識欲を満たすだけのものではないかと。
でも、こういったものがなかったら、「知りたい」という欲や好奇心がなかったら、人生は実につまらないものだろうな、と思います。
荘子の教えは、いっさいをあるがままに受け入れる、ということですね。それが自然であると。
これはビートルズの『Let it Be』、「あるがままに、身を委ねなさい」と同じような考え方かと思います。
キリスト教だと、例えば試験勉強を一生懸命やったら、あとは神様に委ねなさい、と教えられます。
委ねてしまい、あとはくよくよと思い悩むな、ということかもしれません。
思い、考え方イコール物の見方であって、それによってずいぶん生き方が変わるのではないか、と思えます。
余剰意識であれやこれやと考え、時には自然に即してあるがままに受け入れる、この二刀流ですね。
今回の記事もずいぶん考えることの多い内容でしたが、すべてが「なるほどなぁ~」と、ストーンと響きました。
私は子どものころから変わっていたのでしょう。今もですが(笑)
人が死んだあと、天国とか地獄に行くというシステムも理解はしていましたが、それを理解はしつつ(天国地獄があるかどうかは別にして)、「見えない・聞こえないだけで、そばにいる(ある)」ように思っていました。
それは本当になんの根拠もない「感覚」としてであり、霊感はないと断言できます(笑)
つまり、この世とあの世は地続きのようなもの、と感じていたわけですね。
分かれ目があるようであって、実はない。
肉体がなくなったあと、「なにか」になって、その辺や、空、宇宙や自然などに「いる。ある」といったらわかりやすいでしょうか。
そこをもっと言えば、転生、ということに関係してくるかもしれません。
(追記)「じぶんの意識とじぶん以外の世界(この場合は蝶の意識)には、じつは分けへだてがないのかもしれません」というのも、この世とあの世に分けへだてがないのかもしれない、ということと、似ている??ように感じます。
以前お話した諸星大二郎の漫画や、手塚治虫の「火の鳥」など、一例ですが、やはり「宇宙」は不可欠だと考えていますね。
農園主さんがおっしゃる「生まれ変わりは地球に限らないぞ」というのも、とっても納得できることです。
人間の身体は「借り物」で、地球や宇宙の歴史のほんの一部分、わずか100年足らずの間借りていて、それを繰り返したり、ほかの何かになったり、悠久の時を漂い続ける、ということかもしれません。
電飾と電球のお話は、例えとしてとても理解しやすいです。
昔読んだなにかに書いてあったことですが、漫画や小説の作り話ではなく、宗教の話でもなく、哲学などに関係する話だったように思います。
無限の宇宙のどこかには、すべてを管轄する絶対的な存在がある。
それを神と呼んでもいいし、高度な文明の宇宙人でもいいし、他の何かでもいい。
その何かが、人間それぞれの人生のシナリオをあらかじめ決定している。
例えば人間がいろいろなことを自分で決めたように思ったとしても、それは実は自分で考えたことではなく、結局はなにものかに生かされ、ゆだね(させられ?)、自然に受け入れていることになる。
これは、農園主さんが書いていらっしゃる「電球がじぶんで灯っているのではなく~」ということのように思えました。
「あらかじめ決められているなら、何も考えず成り行きにまかせよう」と考えるのも、案外難しいことですね。
余剰意識とは、「こころ」と同義、またはこころの一部でしょうか?
唯識論のように、すべてはこころが作り出す仮の世界、と考えると、なんとなくいろいろなことがつながってくるように思えます。
「ジャンケンマン」のお話、いい例をありがとうございます。
確かに理屈をわからない側からすると、マジックか予知ができる「特別なすごい人」ということになりますね(笑)
こういうことが、陰陽道や密教に存在したというのは、とっても興味深いお話です。
さて最後に「トンデモ」話です(笑)
母は、霊感があったわけではないと思うのですが、よく不思議な体験をする人でした。
その中でよく起きていた現象が、「誰かがスカートを引っ張る」というものでした。
私も経験があるのですが、裾のほうをクイっと引っ張られる感覚です。
もちろんそばには誰もいないので、私は「地続きの人だぁ」と自然に思っています。
人(追記・霊)ではなく、動物や妖怪、神仏、未知のなにか、ということもあり得ますね。
すこし追記なんですが、さっきの投稿で、ぼくたちは電飾の電球のひとつだといいました。
ぼくが投稿の序盤で「われわれは結局のところ、大きな自然世界からたまたまじぶんという夢をみているだけなのではないか」といった、自然世界とじぶんの関係と、電球と電飾の関係はおなじです。
電球はすなわち電飾であり、電飾は電球を余すことなくつないでいます。
ぼくという存在は、大きな自然世界がみている夢のように感じる、というのは、電球がじぶんで灯っているのではなく、電飾のつないでいる電線が電球を灯している関係とおなじです。
ここからさらに、もし地球で最初の生命体が、どこか宇宙からきた命のかけらだったとしたらと考えると、やっぱりもしかしたら、生まれ変わりは地球に限らないぞと、いよいよ(ぼくだけが)楽しくなります。
ややこしい追記で失礼しました。
ぼくが投稿の序盤で「われわれは結局のところ、大きな自然世界からたまたまじぶんという夢をみているだけなのではないか」といった、自然世界とじぶんの関係と、電球と電飾の関係はおなじです。
電球はすなわち電飾であり、電飾は電球を余すことなくつないでいます。
ぼくという存在は、大きな自然世界がみている夢のように感じる、というのは、電球がじぶんで灯っているのではなく、電飾のつないでいる電線が電球を灯している関係とおなじです。
ここからさらに、もし地球で最初の生命体が、どこか宇宙からきた命のかけらだったとしたらと考えると、やっぱりもしかしたら、生まれ変わりは地球に限らないぞと、いよいよ(ぼくだけが)楽しくなります。
ややこしい追記で失礼しました。
1505
答えの出ない不思議な話をもうすこし続けさせてください。
けっこう重要なことを話しているつもりなんですが、今回はぼくの話すことにいよいよ偏りがあるというか、トンデモに片足を突っ込んでいるところがありますので、前回以上にあくまで眉唾物の話としてお読みいただけると幸いです(笑)
中国の思想家、荘子は紀元前300~200年ほどを生きたといわれ、思想書である「荘子」を著し、道教の始祖などといわれます。
ただほんとうに荘子という人物がいたのかどうかイマイチはっきりしないようです。それこそ仙人というか、謎の多い伝説的存在です。
この荘子の思想の中に「胡蝶の夢」という有名な話があります。
ある男が、蝶になった夢をみました。そして目を覚ましたときに、考えるのです。
わたしは蝶になった夢をみたのか。
あるいはいまのじぶんは、蝶がみている夢ではないのか、と。
荘子はこのたとえ話から以下のような思想を伝えます。
じぶんが蝶であるか、蝶がじぶんであるかと考えるようなことは、人為的に考えたことである。
じぶんが蝶の夢をみたのか、蝶がじぶんの夢をみているのかと、どちらかに正解を求めるようなことには意味がない。
じぶんが蝶の夢をみたこと、いまじぶんを生きていることはそれぞれ真実なのだから、その真実だけ受け止めて、あとは自然に預けてしまえばいいのだ、と。
ここにぼくの解釈を付け加えると、じぶんの意識とじぶん以外の世界(この場合は蝶の意識)には、じつは分けへだてがないのかもしれません。
胡蝶の夢の話を借りれば、われわれは結局のところ、大きな自然世界からたまたまじぶんという夢をみているだけなのではないか、ともおもえます。
たとえばトマトを育てていると、主枝からたくさんの側枝が出てきます。
そしてこの側枝を折り取って、土に差して水をやっておくと、側枝から根が生えてきて、またトマトとして生長して、花を咲かせて実をつけるんです。
ではこのとき、トマトの意志というものがあるなら、最初に植え付けたトマトと、側枝から根を張ったトマトは、べつのものでしょうか。
それとも、まったく意志の分別のない、おなじトマトであると言い切れるものでしょうか。
人間にたとえると、腕をちぎって培養液につけておいたら成長して、ぼくそっくりの存在になったとします。
この場合、本体のぼくと、培養液で腕から育ったぼくは、べつのものでしょうか、それともおなじぼくでしょうか。
実際、現在のクローン技術では、元の本体そっくりの生命を生み出すことが可能だといいます。
もし人間のクローンをつくった場合、「意識の所有者」はべつなのに、じぶんとまったくおなじ存在がいるということになります。
そうすると、ぼくの意識、ぼくの魂とは、いったいなんなのか。
「意識の所有者」なんてものは、ほんとうに存在するのだろうか。
そんなにポンポンとじぶんの分身ができてしまうようでは、じぶんの意識や魂なんて、ずいぶん頼りないものにおもえてきます。
それでふと、このように考えます。
もしかしたら、ぼくの意識も、ぼくの魂も、地球の生命の歴史に紐づいていて、見えない根っこでつながっているのではないか。
前回の投稿で、じぶんに生まれ変わりがあるとしたら、べつの星で生まれることもありえるか考えると、永遠に宇宙の迷子になる可能性が高そうだ、といいました。
そうやって考えていくと、地球に生まれたわれわれは、やっぱり地球の所有物なんじゃないかな、とおもえてきました。
そしてぼくたちの意識や魂はあたかもじぶんが独占しているようにおもえますが、じつは地球の生命の歴史から借りているだけではないか。
たとえると、クリスマスの電飾で照明が点滅するものがありますよね。
じぶんという存在はその電飾の電球のひとつのようなものではないかと。
手前の電球と電線はつまり、地球の生命の歴史です。
手前からどんどん電球が点滅していき、いまじぶんという電球が一瞬光って、消える。
ぼくはぼく自身で光っているようにおもっているけど、じつは手前から光っている電飾のシステムがあって、じぶんはたまたまこの一瞬を光っているだけ、というわけです。
電飾の場合は電線があって、電球同士のエネルギーがつながっているからわかりやすいけど、人間の場合は電線でつながっているわけでもないし、独立した意識が肥大しているので、なんだかじぶんの肉体はじぶんだけのもの、とおもいこんでしまいがちなのではないか。
そして地球上にあるじぶんとじぶん以外のあらゆる存在は、肉体があるからへだたっているようにおもえるけど、ほんとうはへだたりがない、と考えたほうが自然なようにもおもえるのです。
人間には脳があって、自律とはまたちがった「意識」をもっています。
植物には意識はないけれど、自律して生きていますよね。
人間も呼吸をしたり、髪の毛・爪が伸びるということは、意識しなくても勝手に自律しておこなっています。
だから、植物がそうであるように、生きることそのものには、じつは意識は必要がありません。
しかし動物は植物とちがって、じぶんからなにかを捕食しなければ生きていません。
植物のように生きるために必要なモノ(土・水・太陽光)が自動的に手に入る場合は意識はなくてもいいんですが、動物の場合は工夫しないと生きていけないので、そのために意識が必要になったわけです。
もちろん人間以外も動物には脳がありますから、意識はあります。
けれど、人間以外の動物は脳が小さかったり、神経の数が少なかったりして、意識のレベルが低いんですね。
では意識の基本的な役割はなにかというと、「食べること」「子孫を残すこと」「じぶんより強い外敵からうまく逃げること」くらいのものです。
このみっつであれば、ハエでもやってのけることができます。
しかし人間の場合は脳の容量が大きく、神経もかなりたくさん張っているので、基本的な意識以外にも、意識を利用することができるんですね。
この人類の余剰意識の活用の仕方は複雑多岐にわたります。
ぼくがここでいま書いているようなことも、余剰意識によるものです。
じぶんが蝶になった夢をみたのか、蝶がじぶんになった夢をみたのか、ということも、人間ならではの余剰意識の活用です。
その点で荘子は、あんまり人間が余剰意識をこねくり回してああだこうだと考えることには意味がないといい、もっと自然に即して考えればいいんだと説いたんですね。
ギズモさんが葬儀場に向かうまで飛んでいた二匹のアゲハチョウは、「義理の息子さんのお父さんがみている夢」(あるいは未知の次元を介した干渉)だったかもしれないし、そうではない単なる偶然かもしれません。
いずれにせよ、ギズモさんがなにかのメッセージのように感じたのであれば、それは実際の正解かどうかはともかく、自然にそう感じたこととして受け止めてよいのだとおもいました。
さて、日食・月食の原理を知っている人、の話なんですが、ものすごくくだらないたとえを話します。
ぼくが子供のころ、コインゲームで「ジャンケンマン」というものがありました。
コインを入れて、じゃんけんをするだけのゲームなんですが、ふつうにやってるとなかなか勝てません。
しかし、このゲームはたまに次になにを出せばいいのか、ヒントが出ることがあるんです。
それを知っていれば、負けている子の横にいて、ヒントが出たときに「かわって」といって、勝ち目を利用していれば、メダルがたまります。
しかしそういう他愛ない裏技でも、知らない子からすると、いったいどうしてそんなことができるのか、不思議でたまらないんですね(笑)
こういった裏技をだれにも教えずに、秘密にしておいてじぶんの仕事の評価を高めるというようなやり方が、むかしの陰陽道であったり、密教(真言)に存在したのでしょう。
それ以外でもむかしは大工や植木屋、鍛冶屋など、じぶんの持ってるすぐれた技術は門外不出のものとして、一子相伝にして技術屋としての仕事をつないでいくのが当たり前でしたね。
最後にインターステラーが難解だという話なんですが、これだけおさえておけばとてもわかりやすくなるポイントがあります。
まず、いまの人類のテクノロジーでは、宇宙船が太陽系外に飛び出したり、人間をコールドスリープさせる技術はありませんが、映画の世界ではそういう技術が確立しています。
次に、五次元空間では重力だけが干渉できるという点です。
なので、主人公は未来の五次元空間から重力波を利用して、主人公の娘の身の回りでポルターガイスト現象を起こしたわけです。
最後に、なぜ生身の人間が五次元空間へ行くことができたのかというと、人間にとって愛は観測可能なエネルギーで、愛が不可能を可能にした、というのです。
最後の点はいろいろ飛躍しすぎてます。
ただ人類がここまでテクノロジーを発展させて繁栄していることも愛のエネルギーだと考えたら、この愛(観測可能なエネルギー)はこれまでじつに多くの不可能を可能に変えてきたわけで、いまや五次元の取っ掛かりさえつかもうとしています。
その点で、荒唐無稽ではあるのですが、一笑に付すわけにもいかず、いちおう納得させられてしまうんですよね。
もし作品をご覧になったら、もっと解説したいポイントはありますが、それはまたいつか(笑)
答えの出ない不思議な話をもうすこし続けさせてください。
けっこう重要なことを話しているつもりなんですが、今回はぼくの話すことにいよいよ偏りがあるというか、トンデモに片足を突っ込んでいるところがありますので、前回以上にあくまで眉唾物の話としてお読みいただけると幸いです(笑)
中国の思想家、荘子は紀元前300~200年ほどを生きたといわれ、思想書である「荘子」を著し、道教の始祖などといわれます。
ただほんとうに荘子という人物がいたのかどうかイマイチはっきりしないようです。それこそ仙人というか、謎の多い伝説的存在です。
この荘子の思想の中に「胡蝶の夢」という有名な話があります。
ある男が、蝶になった夢をみました。そして目を覚ましたときに、考えるのです。
わたしは蝶になった夢をみたのか。
あるいはいまのじぶんは、蝶がみている夢ではないのか、と。
荘子はこのたとえ話から以下のような思想を伝えます。
じぶんが蝶であるか、蝶がじぶんであるかと考えるようなことは、人為的に考えたことである。
じぶんが蝶の夢をみたのか、蝶がじぶんの夢をみているのかと、どちらかに正解を求めるようなことには意味がない。
じぶんが蝶の夢をみたこと、いまじぶんを生きていることはそれぞれ真実なのだから、その真実だけ受け止めて、あとは自然に預けてしまえばいいのだ、と。
ここにぼくの解釈を付け加えると、じぶんの意識とじぶん以外の世界(この場合は蝶の意識)には、じつは分けへだてがないのかもしれません。
胡蝶の夢の話を借りれば、われわれは結局のところ、大きな自然世界からたまたまじぶんという夢をみているだけなのではないか、ともおもえます。
たとえばトマトを育てていると、主枝からたくさんの側枝が出てきます。
そしてこの側枝を折り取って、土に差して水をやっておくと、側枝から根が生えてきて、またトマトとして生長して、花を咲かせて実をつけるんです。
ではこのとき、トマトの意志というものがあるなら、最初に植え付けたトマトと、側枝から根を張ったトマトは、べつのものでしょうか。
それとも、まったく意志の分別のない、おなじトマトであると言い切れるものでしょうか。
人間にたとえると、腕をちぎって培養液につけておいたら成長して、ぼくそっくりの存在になったとします。
この場合、本体のぼくと、培養液で腕から育ったぼくは、べつのものでしょうか、それともおなじぼくでしょうか。
実際、現在のクローン技術では、元の本体そっくりの生命を生み出すことが可能だといいます。
もし人間のクローンをつくった場合、「意識の所有者」はべつなのに、じぶんとまったくおなじ存在がいるということになります。
そうすると、ぼくの意識、ぼくの魂とは、いったいなんなのか。
「意識の所有者」なんてものは、ほんとうに存在するのだろうか。
そんなにポンポンとじぶんの分身ができてしまうようでは、じぶんの意識や魂なんて、ずいぶん頼りないものにおもえてきます。
それでふと、このように考えます。
もしかしたら、ぼくの意識も、ぼくの魂も、地球の生命の歴史に紐づいていて、見えない根っこでつながっているのではないか。
前回の投稿で、じぶんに生まれ変わりがあるとしたら、べつの星で生まれることもありえるか考えると、永遠に宇宙の迷子になる可能性が高そうだ、といいました。
そうやって考えていくと、地球に生まれたわれわれは、やっぱり地球の所有物なんじゃないかな、とおもえてきました。
そしてぼくたちの意識や魂はあたかもじぶんが独占しているようにおもえますが、じつは地球の生命の歴史から借りているだけではないか。
たとえると、クリスマスの電飾で照明が点滅するものがありますよね。
じぶんという存在はその電飾の電球のひとつのようなものではないかと。
手前の電球と電線はつまり、地球の生命の歴史です。
手前からどんどん電球が点滅していき、いまじぶんという電球が一瞬光って、消える。
ぼくはぼく自身で光っているようにおもっているけど、じつは手前から光っている電飾のシステムがあって、じぶんはたまたまこの一瞬を光っているだけ、というわけです。
電飾の場合は電線があって、電球同士のエネルギーがつながっているからわかりやすいけど、人間の場合は電線でつながっているわけでもないし、独立した意識が肥大しているので、なんだかじぶんの肉体はじぶんだけのもの、とおもいこんでしまいがちなのではないか。
そして地球上にあるじぶんとじぶん以外のあらゆる存在は、肉体があるからへだたっているようにおもえるけど、ほんとうはへだたりがない、と考えたほうが自然なようにもおもえるのです。
人間には脳があって、自律とはまたちがった「意識」をもっています。
植物には意識はないけれど、自律して生きていますよね。
人間も呼吸をしたり、髪の毛・爪が伸びるということは、意識しなくても勝手に自律しておこなっています。
だから、植物がそうであるように、生きることそのものには、じつは意識は必要がありません。
しかし動物は植物とちがって、じぶんからなにかを捕食しなければ生きていません。
植物のように生きるために必要なモノ(土・水・太陽光)が自動的に手に入る場合は意識はなくてもいいんですが、動物の場合は工夫しないと生きていけないので、そのために意識が必要になったわけです。
もちろん人間以外も動物には脳がありますから、意識はあります。
けれど、人間以外の動物は脳が小さかったり、神経の数が少なかったりして、意識のレベルが低いんですね。
では意識の基本的な役割はなにかというと、「食べること」「子孫を残すこと」「じぶんより強い外敵からうまく逃げること」くらいのものです。
このみっつであれば、ハエでもやってのけることができます。
しかし人間の場合は脳の容量が大きく、神経もかなりたくさん張っているので、基本的な意識以外にも、意識を利用することができるんですね。
この人類の余剰意識の活用の仕方は複雑多岐にわたります。
ぼくがここでいま書いているようなことも、余剰意識によるものです。
じぶんが蝶になった夢をみたのか、蝶がじぶんになった夢をみたのか、ということも、人間ならではの余剰意識の活用です。
その点で荘子は、あんまり人間が余剰意識をこねくり回してああだこうだと考えることには意味がないといい、もっと自然に即して考えればいいんだと説いたんですね。
ギズモさんが葬儀場に向かうまで飛んでいた二匹のアゲハチョウは、「義理の息子さんのお父さんがみている夢」(あるいは未知の次元を介した干渉)だったかもしれないし、そうではない単なる偶然かもしれません。
いずれにせよ、ギズモさんがなにかのメッセージのように感じたのであれば、それは実際の正解かどうかはともかく、自然にそう感じたこととして受け止めてよいのだとおもいました。
さて、日食・月食の原理を知っている人、の話なんですが、ものすごくくだらないたとえを話します。
ぼくが子供のころ、コインゲームで「ジャンケンマン」というものがありました。
コインを入れて、じゃんけんをするだけのゲームなんですが、ふつうにやってるとなかなか勝てません。
しかし、このゲームはたまに次になにを出せばいいのか、ヒントが出ることがあるんです。
それを知っていれば、負けている子の横にいて、ヒントが出たときに「かわって」といって、勝ち目を利用していれば、メダルがたまります。
しかしそういう他愛ない裏技でも、知らない子からすると、いったいどうしてそんなことができるのか、不思議でたまらないんですね(笑)
こういった裏技をだれにも教えずに、秘密にしておいてじぶんの仕事の評価を高めるというようなやり方が、むかしの陰陽道であったり、密教(真言)に存在したのでしょう。
それ以外でもむかしは大工や植木屋、鍛冶屋など、じぶんの持ってるすぐれた技術は門外不出のものとして、一子相伝にして技術屋としての仕事をつないでいくのが当たり前でしたね。
最後にインターステラーが難解だという話なんですが、これだけおさえておけばとてもわかりやすくなるポイントがあります。
まず、いまの人類のテクノロジーでは、宇宙船が太陽系外に飛び出したり、人間をコールドスリープさせる技術はありませんが、映画の世界ではそういう技術が確立しています。
次に、五次元空間では重力だけが干渉できるという点です。
なので、主人公は未来の五次元空間から重力波を利用して、主人公の娘の身の回りでポルターガイスト現象を起こしたわけです。
最後に、なぜ生身の人間が五次元空間へ行くことができたのかというと、人間にとって愛は観測可能なエネルギーで、愛が不可能を可能にした、というのです。
最後の点はいろいろ飛躍しすぎてます。
ただ人類がここまでテクノロジーを発展させて繁栄していることも愛のエネルギーだと考えたら、この愛(観測可能なエネルギー)はこれまでじつに多くの不可能を可能に変えてきたわけで、いまや五次元の取っ掛かりさえつかもうとしています。
その点で、荒唐無稽ではあるのですが、一笑に付すわけにもいかず、いちおう納得させられてしまうんですよね。
もし作品をご覧になったら、もっと解説したいポイントはありますが、それはまたいつか(笑)
この世で起きるいろいろな「不思議な話」をすべてスピリチュアルで解決するのは簡単ですが、私が知りたいのはそうではなくて、まさに、農園主さんが様々な角度から書いてくださったようなことでした。
しかしながら、ここまで物理的かつ科学的なお話、農園主さんの広汎な知識やご見解には、改めて感服しました。
ダークマターの記事の引用、そして五次元のわかりやすいご説明をありがとうございます。
謎だったものが、だんだんと解明できてくるという、本当にすごい研究をしている人たちがいることに驚きます。
蝶の話は、よく聞きますね。
前回書こうと思ったのですが、スピリチュアルに偏った考えを持っていると思われたくなかったので(笑)、避けました。
群馬の家(義理の息子の実家)で身内だけのお通夜があり(私は行きませんでした)、翌日は、家から出棺しました。
少ししてから、葬儀場に向かおうと家を出て、車に乗り込む際、アゲハがふわふわ飛んでいました。
誰も何も言いませんでしたが、私は、あ!!と思いました。
田舎ですし、アゲハが飛んでいたからと言ってどうということのない、普通の光景かと思いますが、1匹だけゆったりと飛んでいました。
そして葬儀場に着き(車で5分ほど)、車を降りたら、同じ(はずはないですが)アゲハが飛んでいて、まるで道案内するかのように、葬儀場の入り口まで飛んでいなくなってしまいました。
話は変わり、母が小学校低学年の時、福島のお寺に学童疎開していました。
もう終戦間近のことですが、ある日、真っ黒の大きな蝶が飛んできて、母の周りだけをずっと飛び続けていたといいます。
ちょうどその頃東京の留守宅では、家にいた全員が、母の父親の「俺だ、今帰ったよ」という声を聞いたそうです。
そして翌日、戦死の公報が届きました。
興味深いのは、昔の人は、そういう不可解な出来事について、偶然とか嘘とはとらえず、実に自然に、当たり前のように受け止めていたということです。
うちの家系だけおかしい(笑)のではなく、どこにでも、そういう傾向があったように思います。
農園主さんが書いていらっしゃるように、『科学がなかったころから、われわれは感覚的に、なにか本質的なことを理解していたのかもしれない』というお話にも通じるかもしれません。
太古では、日食・月食の原理を知っている人が、「神様がお怒りなので、これから空が真っ暗になる」と言って、実際その通りになり、民から預言者と怖れられていた人がどこの国でもいましたが、あれは自然現象を知らない人にとっては、本当に神様が起こした現象、または一種のオカルト、心霊現象の類ですよね。
安倍晴明なども、天地の理に精通していたからこそ、できたことが多かったと思います。
強烈な心霊現象や微弱なメッセージ、そういう科学的・物理的に納得できない何かをすべて否定してしまう人もいれば、「そういうこともあるのでは?」と受け止める人もいるわけですよね。
の部分を充分に理解したうえで、心底興味を持って読ませていただきました。
ありがとうございます。
「インターステラー」、とっても興味がありおもしろそうなので、すぐに観るつもりでしたが、なかなか時間が取れませんでした。
ネットで見ると、けっこう難解な内容のようですが、近いうちに必ず観ますね。
しかしながら、ここまで物理的かつ科学的なお話、農園主さんの広汎な知識やご見解には、改めて感服しました。
ダークマターの記事の引用、そして五次元のわかりやすいご説明をありがとうございます。
謎だったものが、だんだんと解明できてくるという、本当にすごい研究をしている人たちがいることに驚きます。
蝶の話は、よく聞きますね。
前回書こうと思ったのですが、スピリチュアルに偏った考えを持っていると思われたくなかったので(笑)、避けました。
群馬の家(義理の息子の実家)で身内だけのお通夜があり(私は行きませんでした)、翌日は、家から出棺しました。
少ししてから、葬儀場に向かおうと家を出て、車に乗り込む際、アゲハがふわふわ飛んでいました。
誰も何も言いませんでしたが、私は、あ!!と思いました。
田舎ですし、アゲハが飛んでいたからと言ってどうということのない、普通の光景かと思いますが、1匹だけゆったりと飛んでいました。
そして葬儀場に着き(車で5分ほど)、車を降りたら、同じ(はずはないですが)アゲハが飛んでいて、まるで道案内するかのように、葬儀場の入り口まで飛んでいなくなってしまいました。
話は変わり、母が小学校低学年の時、福島のお寺に学童疎開していました。
もう終戦間近のことですが、ある日、真っ黒の大きな蝶が飛んできて、母の周りだけをずっと飛び続けていたといいます。
ちょうどその頃東京の留守宅では、家にいた全員が、母の父親の「俺だ、今帰ったよ」という声を聞いたそうです。
そして翌日、戦死の公報が届きました。
興味深いのは、昔の人は、そういう不可解な出来事について、偶然とか嘘とはとらえず、実に自然に、当たり前のように受け止めていたということです。
うちの家系だけおかしい(笑)のではなく、どこにでも、そういう傾向があったように思います。
農園主さんが書いていらっしゃるように、『科学がなかったころから、われわれは感覚的に、なにか本質的なことを理解していたのかもしれない』というお話にも通じるかもしれません。
太古では、日食・月食の原理を知っている人が、「神様がお怒りなので、これから空が真っ暗になる」と言って、実際その通りになり、民から預言者と怖れられていた人がどこの国でもいましたが、あれは自然現象を知らない人にとっては、本当に神様が起こした現象、または一種のオカルト、心霊現象の類ですよね。
安倍晴明なども、天地の理に精通していたからこそ、できたことが多かったと思います。
強烈な心霊現象や微弱なメッセージ、そういう科学的・物理的に納得できない何かをすべて否定してしまう人もいれば、「そういうこともあるのでは?」と受け止める人もいるわけですよね。
今回の話は、ネット上にうっすらとはびこる「五次元意識」のようなスピリチュアル、チャネリングのようなものではないし、あくまで科学的な事実と可能性から、われわれがなにか感覚的に理解している不思議な話をつないで「楽しむ話」だとおもっていただけるとありがたいです
の部分を充分に理解したうえで、心底興味を持って読ませていただきました。
ありがとうございます。
「インターステラー」、とっても興味がありおもしろそうなので、すぐに観るつもりでしたが、なかなか時間が取れませんでした。
ネットで見ると、けっこう難解な内容のようですが、近いうちに必ず観ますね。
2024年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
高校の学生運動のお話からふとおもったんですが、むかしのインテリは、社会をダイナミックに変えていくことを、一種の使命のように感じていたんですよね。
学生運動もそういったインテリの社会意識のもとに起こっています。
なのでこれから大学へ行き、社会を背負う人間になろうとする高校生が、学生運動にいち早く参加しようとしたのも、わかる気がします。
けれど学生運動が敗北してから、日本での学歴エリートの権威も失墜して、たんなる勉強ができる賢い人、という以上の意味付けがなされなくなったのではないでしょうか。
本来、東京大学であったり京都大学に入学できるような人は、日本の社会の中核を担うべき人材です。
当人にもエリートであるという意識がなくてはならないし、社会全体でそのように意識付けする必要もあったとおもいます。
お笑い芸人や落語家になったり、クイズ同好会でテレビに出るというようなことは、本来の役割ではないんですが、そんなことが当たり前になったのは、学生運動の敗北と地続きなのではないかとおもっています。
義理の息子さんのお父さんのご不幸、たいへんでしたね。
そこでスピリチュアルに感じられる出来事があったとのこと。
ぼくの以前の話をおぼえていてくださったので、今回はそこから発展させていこうかとおもいます。
今回は5次元の話で、かなりスピリチュアルな話でもあるとおもいます。
ただ、最初に言っておくのですが(そしてあとでも述べますが)、この話は、巷にある「5次元意識」というような、チャネリングのような話とはまったく関係がありません。
あくまで物理学的なアプローチに、ファンタジーな領域が混じった話とおもっていただければとおもいます。
宇宙物理学では約94%の暗黒物質・暗黒エネルギーがあって、われわれが感知できる物質は約5%だといいます。
最近ではこの人間に感知できない物質とエネルギーを、「5次元に関連している」とする研究・仮説があるようです。
https://gigazine.net/news/20210215-dark-...
最近話題になった本で『三体』という中国の小説があるんですが、あれは宇宙物理学をもとにしたファンタジーでした。
宇宙人である三体星人は、われわれ人類が4次元までしか感知できないことに目をつけて、さらに高次元を利用する、という描写があります。
つまり、肉体を持ち、時間にとらわれざるを得ないわれわれは4次元までしか認知できないのですが、宇宙にはさらに高次元の世界がありうるというのです。
1次元は、直線です。
2次元は紙に書かれた絵のような、面ですね。
3次元はこの面に奥行きが加わった、われわれが暮らしているような空間です。
では4次元はというと「3次元 + 時間(過去・現在・未来)」になります。
この4次元がわれわれの暮らす次元です。
われわれは4次元に生きているので、流れていく時間の中で、現在を生きて、おなじ現在を生きるだれかと出会います。
では5次元とはなんなのかというと、4次元における「時間」の軸が無数に存在している……つまり、パラレルワールドが無数に展開されているというのです。
パラレルワールドとはなにかというと、たとえばぼくがいま右を向く、という選択をするか、あるいは左を向く、という選択をするかで、未来はほんの少し分岐しますよね。
その分岐したぶんの世界が存在する、というのです。
しかしぼくたちは「いま現在のじぶん」という四次元空間を生きていますから、肉体がある以上、五次元空間を感知することはできません。
肉体をもって、時間とともに生きているわれわれが、パラレルワールドを自由に行き来できる、というのはあくまでファンタジーです。
暗黒物質や暗黒エネルギーが五次元と関与しているということも、もしかしたら今後物理学の精緻な研究とデータの積み重ねで、立証される、あるいはその現実性に肉薄することがあるかもしれません。
しかし、われわれが実際に五次元を利用して、過去や未来を変えるということは、すくなくとも肉体をもって「いま現在のじぶん」を生きている限りは不可能でしょう。
かといって、じゃあ死んだらそういうことが可能なのかどうかというと、それもだれにもわからないことです。
そしてだれにもわからないということは、可能性を否定するわけにもいかない、ということでもあるわけです(笑)
以前にも話したかもしれないんですが、「インターステラー」という映画があります。
これは映画公開から3年後に、重力波の検出によってノーベル賞を受賞した、物理学者のキップ・ソーンがかかわった映画なんですが、5次元空間が出てきます。
さっきのギガジンの記事に「重力だけが5次元目以降の余剰次元に移動できる」という一文があるのですが、重力波と5次元につながりがあることが、この映画でも示唆されています。
映画序盤では、主人公の娘の部屋の本棚から本が落ちる不思議な現象が描かれます。
幽霊がいるという娘に、幽霊などいないという主人公。
ちなみにこの映画では地球がもうほとんど住めない状態になりつつあるんですね。
主人公はほどなく地球にかわる星を探すために宇宙へ旅立つのですが、星々を旅するうちに地球との時差が広がり、竜宮城にいる浦島太郎のような状態になってしまいます。
主人公の年とおなじになった子供たちが宇宙船にメッセージを届けるようになり、そのうち子供たちが主人公より年老いていく。
この描写はまるで、若くして死んだ親に子供の年齢が近づき、肩を並べ、父の年齢を追い越していくのに似ています。
そしてさっき言った本棚から本が落ちる現象は、じつは未来の主人公が5次元空間から重力波を利用して、過去の娘にメッセージを送っていたということが、映画終盤でわかるんです。
このインターステラーは、アマゾンプライムビデオで見られますから、すこし長い映画なんですが、ぜひ見ていただきたいです。
ギズモさんのおっしゃる、「偶然」が、ほんとうに偶然なのかどうか、考えるきっかけになるのではないかとおもいます。
個人的にあの5次元空間の描き方は、ギズモさんのおっしゃる不思議な現象を、科学的なアプローチから答えているようにおもえました。
そこからさらに飛躍して、いよいよファンタジーの領域に入りますが、われわれが死んで肉体を失ったとき、時間や空間の物理性はどうなるでしょうか。
肉体がなくなったとき、じぶんという精神性はどこへ行くのか。
この肉体は時間と空間にとらわれていますが、われわれの死後の精神、あるいは魂、あるいはこの宇宙のエレメントのようなものは、時間を感じることができるのでしょうか。
たとえば、ぼくが死んだら、何年過ぎたかなんてさっぱりわからないでしょう。
次に生まれ変わるときには、1億年が過ぎていたということだって、ないとは言い切れません。
もっといえば、ぼくが死んだとき、次に生まれ変わりがもしあるとすれば、それは果たして地球なのか、あるいは宇宙のべつの星もあり得るのか。
江戸時代に上田秋成が書いた『雨月物語』の「菊花の契り」というエピソードの中に「人一日に千里をゆくことあたはず。魂よく一日に千里をもゆく」という言葉があります。
人間は一日に千里をゆくことはかなわないが、魂であれば一日に千里でもゆくことができる、というのです。
江戸時代の人がこういう感覚をもっていたことに感心するのですが、しかし人間の魂が、物理学でいうところの光速を越えることはできるでしょうか。
結局人間の魂も物理的な法則に縛られているのだとしたら、宇宙にいくら恒星系の知的生命体のいる星があるとしても、ぼくは何光年、つぎの命にたどりつくまで旅をしなければならないでしょうか。
確率で考えれば、永遠に宇宙の迷子になる可能性のほうが高そうですね(笑)
けれど、われわれはもしかしたら、死後、五次元のような、いまわれわれがとらわれている次元とはまったくべつの次元から世界を俯瞰することだってできるかしれにし(ミスタイプでした→できるかもしれませんし)、ひょいと気まぐれになんらかの命を生きるということだって可能かもしれません。
それに、生前の魂の方向性というものがあるのなら、肉体から魂が解き放たれた瞬間、いま生きているだれかに、なにかわずかなメッセージを与えることも可能かもしれないとはおもいます。
しかしさっき言った物理学者のキップ・ソーンがいうには、重力波には、映画にあるような「本を落とす」ようなチカラはない、といいます。
だから、よくオカルトの話にあるような、強烈な心霊現象(ポルターガイスト)のような干渉は、できないのだろうとおもっています。
しかし、だとすれば、なにかもっと微弱なメッセージを、われわれはべつの次元から受け取っている「かもしれません」。
すくなくとも頭ごなしに否定するようなことではないとおもいます。
ミャンマーや、日本にも多少あるとおもうんですが、精霊信仰のある国では、亡くなった人がいまじぶんの目の前を飛んでいる蝶かもしれないなどというような話がありますよね。
科学がなかったころから、われわれは感覚的に、なにか本質的なことを理解していたのかもしれないぞ、という気もしています。
そのうえであらためて注意したいのですが、今回の話は、ネット上にうっすらとはびこる「五次元意識」のようなスピリチュアル、チャネリングのようなものではないし、あくまで科学的な事実と可能性から、われわれがなにか感覚的に理解している不思議な話をつないで「楽しむ話」だとおもっていただけるとありがたいです。
学生運動もそういったインテリの社会意識のもとに起こっています。
なのでこれから大学へ行き、社会を背負う人間になろうとする高校生が、学生運動にいち早く参加しようとしたのも、わかる気がします。
けれど学生運動が敗北してから、日本での学歴エリートの権威も失墜して、たんなる勉強ができる賢い人、という以上の意味付けがなされなくなったのではないでしょうか。
本来、東京大学であったり京都大学に入学できるような人は、日本の社会の中核を担うべき人材です。
当人にもエリートであるという意識がなくてはならないし、社会全体でそのように意識付けする必要もあったとおもいます。
お笑い芸人や落語家になったり、クイズ同好会でテレビに出るというようなことは、本来の役割ではないんですが、そんなことが当たり前になったのは、学生運動の敗北と地続きなのではないかとおもっています。
義理の息子さんのお父さんのご不幸、たいへんでしたね。
そこでスピリチュアルに感じられる出来事があったとのこと。
ぼくの以前の話をおぼえていてくださったので、今回はそこから発展させていこうかとおもいます。
今回は5次元の話で、かなりスピリチュアルな話でもあるとおもいます。
ただ、最初に言っておくのですが(そしてあとでも述べますが)、この話は、巷にある「5次元意識」というような、チャネリングのような話とはまったく関係がありません。
あくまで物理学的なアプローチに、ファンタジーな領域が混じった話とおもっていただければとおもいます。
宇宙物理学では約94%の暗黒物質・暗黒エネルギーがあって、われわれが感知できる物質は約5%だといいます。
最近ではこの人間に感知できない物質
https://gigazine.net/news/20210215-dark-...
最近話題になった本で『三体』という中国の小説があるんですが、あれは宇宙物理学をもとにしたファンタジーでした。
宇宙人である三体星人は、われわれ人類が4次元までしか感知できないことに目をつけて、さらに高次元を利用する、という描写があります。
つまり、肉体を持ち、時間にとらわれざるを得ないわれわれは4次元までしか認知できないのですが、宇宙にはさらに高次元の世界がありうるというのです。
1次元は、直線です。
2次元は紙に書かれた絵のような、面ですね。
3次元はこの面に奥行きが加わった、われわれが暮らしているような空間です。
では4次元はというと「3次元 + 時間(過去・現在・未来)」になります。
この4次元がわれわれの暮らす次元です。
われわれは4次元に生きているので、流れていく時間の中で、現在を生きて、おなじ現在を生きるだれかと出会います。
では5次元とはなんなのかというと、4次元における「時間」の軸が無数に存在している……つまり、パラレルワールドが無数に展開されているというのです。
パラレルワールドとはなにかというと、たとえばぼくがいま右を向く、という選択をするか、あるいは左を向く、という選択をするかで、未来はほんの少し分岐しますよね。
その分岐したぶんの世界が存在する、というのです。
しかしぼくたちは「いま現在のじぶん」という四次元空間を生きていますから、肉体がある以上、五次元空間を感知することはできません。
肉体をもって、時間とともに生きているわれわれが、パラレルワールドを自由に行き来できる、というのはあくまでファンタジーです。
暗黒物質や暗黒エネルギーが五次元と関与しているということも、もしかしたら今後物理学の精緻な研究とデータの積み重ねで、立証される、あるいはその現実性に肉薄することがあるかもしれません。
しかし、われわれが実際に五次元を利用して、過去や未来を変えるということは、すくなくとも肉体をもって「いま現在のじぶん」を生きている限りは不可能でしょう。
かといって、じゃあ死んだらそういうことが可能なのかどうかというと、それもだれにもわからないことです。
そしてだれにもわからないということは、可能性を否定するわけにもいかない、ということでもあるわけです(笑)
以前にも話したかもしれないんですが、「インターステラー」という映画があります。
これは映画公開から3年後に、重力波の検出によってノーベル賞を受賞した、物理学者のキップ・ソーンがかかわった映画なんですが、5次元空間が出てきます。
さっきのギガジンの記事に「重力だけが5次元目以降の余剰次元に移動できる」という一文があるのですが、重力波と5次元につながりがあることが、この映画でも示唆されています。
映画序盤では、主人公の娘の部屋の本棚から本が落ちる不思議な現象が描かれます。
幽霊がいるという娘に、幽霊などいないという主人公。
ちなみにこの映画では地球がもうほとんど住めない状態になりつつあるんですね。
主人公はほどなく地球にかわる星を探すために宇宙へ旅立つのですが、星々を旅するうちに地球との時差が広がり、竜宮城にいる浦島太郎のような状態になってしまいます。
主人公の年とおなじになった子供たちが宇宙船にメッセージを届けるようになり、そのうち子供たちが主人公より年老いていく。
この描写はまるで、若くして死んだ親に子供の年齢が近づき、肩を並べ、父の年齢を追い越していくのに似ています。
そしてさっき言った本棚から本が落ちる現象は、じつは未来の主人公が5次元空間から重力波を利用して、過去の娘にメッセージを送っていたということが、映画終盤でわかるんです。
このインターステラーは、アマゾンプライムビデオで見られますから、すこし長い映画なんですが、ぜひ見ていただきたいです。
ギズモさんのおっしゃる、「偶然」が、ほんとうに偶然なのかどうか、考えるきっかけになるのではないかとおもいます。
個人的にあの5次元空間の描き方は、ギズモさんのおっしゃる不思議な現象を、科学的なアプローチから答えているようにおもえました。
そこからさらに飛躍して、いよいよファンタジーの領域に入りますが、われわれが死んで肉体を失ったとき、時間や空間の物理性はどうなるでしょうか。
肉体がなくなったとき、じぶんという精神性はどこへ行くのか。
この肉体は時間と空間にとらわれていますが、われわれの死後の精神、あるいは魂、あるいはこの宇宙のエレメントのようなものは、時間を感じることができるのでしょうか。
たとえば、ぼくが死んだら、何年過ぎたかなんてさっぱりわからないでしょう。
次に生まれ変わるときには、1億年が過ぎていたということだって、ないとは言い切れません。
もっといえば、ぼくが死んだとき、次に生まれ変わりがもしあるとすれば、それは果たして地球なのか、あるいは宇宙のべつの星もあり得るのか。
江戸時代に上田秋成が書いた『雨月物語』の「菊花の契り」というエピソードの中に「人一日に千里をゆくことあたはず。魂よく一日に千里をもゆく」という言葉があります。
人間は一日に千里をゆくことはかなわないが、魂であれば一日に千里でもゆくことができる、というのです。
江戸時代の人がこういう感覚をもっていたことに感心するのですが、しかし人間の魂が、物理学でいうところの光速を越えることはできるでしょうか。
結局人間の魂も物理的な法則に縛られているのだとしたら、宇宙にいくら恒星系の知的生命体のいる星があるとしても、ぼくは何光年、つぎの命にたどりつくまで旅をしなければならないでしょうか。
確率で考えれば、永遠に宇宙の迷子になる可能性のほうが高そうですね(笑)
けれど、われわれはもしかしたら、死後、五次元のような、いまわれわれがとらわれている次元とはまったくべつの次元から世界を俯瞰することだってできるか
それに、生前の魂の方向性というものがあるのなら、肉体から魂が解き放たれた瞬間、いま生きているだれかに、なにかわずかなメッセージを与えることも可能かもしれないとはおもいます。
しかしさっき言った物理学者のキップ・ソーンがいうには、重力波には、映画にあるような「本を落とす」ようなチカラはない、といいます。
だから、よくオカルトの話にあるような、強烈な心霊現象(ポルターガイスト)のような干渉は、できないのだろうとおもっています。
しかし、だとすれば、なにかもっと微弱なメッセージを、われわれはべつの次元から受け取っている「かもしれません」。
すくなくとも頭ごなしに否定するようなことではないとおもいます。
ミャンマーや、日本にも多少あるとおもうんですが、精霊信仰のある国では、亡くなった人がいまじぶんの目の前を飛んでいる蝶かもしれないなどというような話がありますよね。
科学がなかったころから、われわれは感覚的に、なにか本質的なことを理解していたのかもしれないぞ、という気もしています。
そのうえであらためて注意したいのですが、今回の話は、ネット上にうっすらとはびこる「五次元意識」のようなスピリチュアル、チャネリングのようなものではないし、あくまで科学的な事実と可能性から、われわれがなにか感覚的に理解している不思議な話をつないで「楽しむ話」だとおもっていただけるとありがたいです。
私が疑問に思ったこと、何気なく書いたことについて、多角的に答えてくださり、ありがとうございます。
第一次ベビーブームの子どもが学生運動の中核になったというお話。
家庭と社会のありようがちぐはぐだという不満を変えようとして奮起したアクションが学生運動だった、というお考えは、とてもわかりやすいです。
外国の学生運動に感化されたのが、一番の原因かと思っていました。
ただ、結局何をしたかったのか、何を成し遂げたのかよくわからずにいたので、農園主さんの解説で納得できました。
また、大学紛争が下火になったころ、高校でも学生運動が起こりましたね。
東大を目指す進学校と言われるような都立高校などで起きたようで、親戚や近所の人にも何人かいて、退学になった人もいると聞いたことがあります。
高校でも社研部(社会研究部?)があって、部員は思想的な活動をしていたようですが、一時期のみ熱中して、その後普通の大学生になったケースがよくあったとも聞きました。
戦中・戦後すぐの生まれの人は、「責任」ということに重きをおいていたように思えます。
軍隊からの影響なのか、小中学校でも、ひとりが授業をまじめに聞いていなければ、連帯責任と称しクラス全員が正座させられたり、なんでもないことで殴られるのも日常茶飯だったりしたそうです。
そういう先生のもとで教育を受けると、家庭とのギャップに戸惑った人が多かったかもしれませんし、逆に自由な学校教育を受けた人が、家庭では軍国主義を引きずった親に育てられたということもあるのかもしれません。
いずれにしろ、戦争が与えた影響は多大ですね。
国家を疑うということについてですが。
現在の日本人は、コロナ禍においてのワクチン問題を含む対応、WHOの問題、マイナンバーカード、諸外国への資金のばらまきなど、様々な問題についてデモや署名を行ったりしており、今の日本を疑っている人は多いかと思います。
でも、署名やデモ活動が報道されることはなく、それに不満は言っても、そこから大きな運動にはつながらない。
それはもしかすると、YouTubeやSNSなどで拡散したり、そこで共感を得ることで、なんとなく解消してしまう、ということができる、現代的な時代の問題なのかも、と思いました。
また、わたくしごとで恐縮ですが、1週間ほど前、娘婿の父親が急に亡くなりました。50代後半です。
昨年10月に、喉頭がんのステージ4が見つかり、闘病中ではありましたが、家で元気にしていただけにショックでした。
スピリチュアルなことを書くつもりではないのですが、亡くなる10日ほど前、ご存じのように電話回線が使用できなくなり、パソコンが壊れました。
これは落雷の影響だと科学的に説明ができるのですが、その数日後、お風呂がいきなりおかしくなりました。
予約ボタンが押せない、お湯が止まらない、という事象です。
続いて私のガラホで画像(例えばアメーバブログやニュース等の写真など)がまったく読み込めなくなり、次にはガラホの充電ができなくなりました。
そして、亡くなった日あたりから、すべて元どおりに直ったんです。
電話、ルーター、モデムは交換したので関係ないですが。
偶然、、でしょうね(笑)
いえ、偶然、でしょうか。
農園主さんの以前のお話にあったように、「この世の中では、見えるものより見えないもののほうが多い」、ということを考えると、人間の認識以外になにかあったとしてもおかしくないように思います。
笑われるかもしれませんが、今回起こったことを霊現象とは思いませんが、全部が偶然というわけではなく、「何かの知らせ」くらいに理解しています。
霊現象、というより、なんらかのエネルギーが働いた、ということのように思えます。
覚えていらっしゃるかどうかわかりませんが、以前noteで、そのようなエネルギー関連のお話、「魂が身体を離れたときに・・」という記事を書いた時、それに関してとても興味深い記事を書いてくださったので、続編を書いた時引用させていただいたことがありましたね。
地獄のこととか、小野篁のこととか、だったように覚えています。
コメント欄には、消えてしまってはいますが(この世のことは)「物理学的に96%が不案内」と書いてくださったようです。
コピーして保存しておけばよかった・・・・。
まぁ、現実問題として、お風呂の交換は時間もかかって厄介なのと、この暑さに入れないのは困るので、ほっとしました(笑)
娘婿の実家は群馬なのですが、高速で2時間。そして知らない人ばかりの中での葬儀、心身ともに疲れました(;^_^
暑いながらも、風がだいぶさわやかになってきました。
台風が近づいているようですので、お気をつけください。
被害がありませんように。
第一次ベビーブームの子どもが学生運動の中核になったというお話。
家庭と社会のありようがちぐはぐだという不満を変えようとして奮起したアクションが学生運動だった、というお考えは、とてもわかりやすいです。
外国の学生運動に感化されたのが、一番の原因かと思っていました。
ただ、結局何をしたかったのか、何を成し遂げたのかよくわからずにいたので、農園主さんの解説で納得できました。
また、大学紛争が下火になったころ、高校でも学生運動が起こりましたね。
東大を目指す進学校と言われるような都立高校などで起きたようで、親戚や近所の人にも何人かいて、退学になった人もいると聞いたことがあります。
高校でも社研部(社会研究部?)があって、部員は思想的な活動をしていたようですが、一時期のみ熱中して、その後普通の大学生になったケースがよくあったとも聞きました。
戦中・戦後すぐの生まれの人は、「責任」ということに重きをおいていたように思えます。
軍隊からの影響なのか、小中学校でも、ひとりが授業をまじめに聞いていなければ、連帯責任と称しクラス全員が正座させられたり、なんでもないことで殴られるのも日常茶飯だったりしたそうです。
そういう先生のもとで教育を受けると、家庭とのギャップに戸惑った人が多かったかもしれませんし、逆に自由な学校教育を受けた人が、家庭では軍国主義を引きずった親に育てられたということもあるのかもしれません。
いずれにしろ、戦争が与えた影響は多大ですね。
国家を疑うということについてですが。
現在の日本人は、コロナ禍においてのワクチン問題を含む対応、WHOの問題、マイナンバーカード、諸外国への資金のばらまきなど、様々な問題についてデモや署名を行ったりしており、今の日本を疑っている人は多いかと思います。
でも、署名やデモ活動が報道されることはなく、それに不満は言っても、そこから大きな運動にはつながらない。
それはもしかすると、YouTubeやSNSなどで拡散したり、そこで共感を得ることで、なんとなく解消してしまう、ということができる、現代的な時代の問題なのかも、と思いました。
また、わたくしごとで恐縮ですが、1週間ほど前、娘婿の父親が急に亡くなりました。50代後半です。
昨年10月に、喉頭がんのステージ4が見つかり、闘病中ではありましたが、家で元気にしていただけにショックでした。
スピリチュアルなことを書くつもりではないのですが、亡くなる10日ほど前、ご存じのように電話回線が使用できなくなり、パソコンが壊れました。
これは落雷の影響だと科学的に説明ができるのですが、その数日後、お風呂がいきなりおかしくなりました。
予約ボタンが押せない、お湯が止まらない、という事象です。
続いて私のガラホで画像(例えばアメーバブログやニュース等の写真など)がまったく読み込めなくなり、次にはガラホの充電ができなくなりました。
そして、亡くなった日あたりから、すべて元どおりに直ったんです。
電話、ルーター、モデムは交換したので関係ないですが。
偶然、、でしょうね(笑)
いえ、偶然、でしょうか。
農園主さんの以前のお話にあったように、「この世の中では、見えるものより見えないもののほうが多い」、ということを考えると、人間の認識以外になにかあったとしてもおかしくないように思います。
笑われるかもしれませんが、今回起こったことを霊現象とは思いませんが、全部が偶然というわけではなく、「何かの知らせ」くらいに理解しています。
霊現象、というより、なんらかのエネルギーが働いた、ということのように思えます。
覚えていらっしゃるかどうかわかりませんが、以前noteで、そのようなエネルギー関連のお話、「魂が身体を離れたときに・・」という記事を書いた時、それに関してとても興味深い記事を書いてくださったので、続編を書いた時引用させていただいたことがありましたね。
地獄のこととか、小野篁のこととか、だったように覚えています。
コメント欄には、消えてしまってはいますが(この世のことは)「物理学的に96%が不案内」と書いてくださったようです。
コピーして保存しておけばよかった・・・・。
まぁ、現実問題として、お風呂の交換は時間もかかって厄介なのと、この暑さに入れないのは困るので、ほっとしました(笑)
娘婿の実家は群馬なのですが、高速で2時間。そして知らない人ばかりの中での葬儀、心身ともに疲れました(;^_^
暑いながらも、風がだいぶさわやかになってきました。
台風が近づいているようですので、お気をつけください。
被害がありませんように。
能條さんの作品って、将棋やマージャンなど、勝負事をテーマにしたものが多いからか、表情から感情が読み取りにくい人物の描き方をするんですよね。
こちらが感情を読み取れないままどんどん読み進めていると、突然その人物が泣いたり怒ったりして、どうしてそういう感情の変化に至ったのか、前の部分を読み返すということがしばしばあります(笑)
おそらくそうやって読者をわざと惹きつけるレトリック(技術)なんだろうとおもうんですが、特に大正天皇のお妃の貞明皇后(九条節子)の、ホンネの見えてこない描き方は非常にうまいとおもいます。
今回は、戦時中に思想教育を押し付けられた子供が、大きくなってどうなったかというお話をさせていただこうとおもいます。
もちろん育った家庭や教育によってありようはさまざまですが、全体的にみると、国家を疑う人が増えたのは間違いないでしょう。
なにせきのうまで天皇陛下の名代のようにえらそうにして、子供たちをぶん殴り、虐待し、国のために命を賭けることを美徳と説いてきた大人たちが、8月15日を境に、天皇のことなどひと言もいわなくなり、やれ民主主義だ、自由主義だとのたまうようになるわけです。
子供にしても、きのうまで天皇陛下万歳で、兵隊になって日本の礎になって死ぬのだとおもっていたのが、突然ハシゴを外されて「もうお国のためになど、考えなくてよい。じぶんのために生きなさい」といわれてしまう。
「国家とはいったいなんなんだろう」というむなしさは、先天的に国家への忠誠を叩き込まれ、それを疑わなかった子供ほど強く感じたのではないかとおもいます。
さらに一部の人は、いままで心のよりどころにしていた「国から裏切られた」というおもいさえ抱いたのではないかとおもいます。
共産党の主導する学生運動は大正時代からそれなりに盛り上がっていて、戦時中には完全に排斥されていたのが、戦後、改めて盛り上がるんです。
国家が信じられない、国家になにか激烈なアクションを起こしたい一部の人々にとって、共産主義はよい受け皿だったのかもしれません。
ところで司馬さんは学徒動員でしたから、終戦時は少年と大人の端境のような立場で、むなしさにとらわれ、思索にふける余裕があったといえます。
が、おそらく司馬さんより上の世代の戦後は、そんなことより生活をどうにかしなければという気持ちが強かったでしょう。
世の中が変わっても、戦前に発布された国策である「産めよ殖やせよ」にしたがって、ともかく子供を増やしました。
家庭を持っていた多くの人は敗戦によって苦悩はしたものの、じぶんたちの考え方を主体的に変えていこう、これからの日本はどうあるべきか模索していこう、といったアクションを起こす余裕はなかったとおもいます。
この「変わらない大人たち」によって、戦後の爆発的なベビーブームが起こります。
そしてこの第一次ベビーブームの子たちが、60年代半ばには、学生運動の中核になっていくわけです。
個人的にはあの学生運動の原動力は、民主主義や西側としての日本へのカウンターという思想よりも、「じぶんの親世代と社会のありようのちぐはぐさをどうにかしたい」という側面が強かったのではないかとおもっています。
話があっちこっちしますが、以前、西郷隆盛の西南戦争について書いたとおもいます。
明治維新のときに、幕府側と新政府側が大きな戦争を起こすことなく、明治体制に転換してしまったんですね。
その後さらに武士という階級を取り上げられることになり、これまで武士だった士族の不満が噴出するんです。
そして薩摩から西郷隆盛を担いで、ほぼ勝ち目のない戦いを挑んだというのが、西南戦争です。
士族の言い分は理解できるのです。
戦いもせずに武士というアイデンティティが奪われていくのを、指をくわえてみていろというのは、やはり納得できなかったことでしょう。
西郷はかれらの不平の受け皿になったわけです。
西郷は、武士の死に場をちゃんとつくってやらなければ、いつまでも日本で内戦の火種がくすぶり続け、明治の平和が来ないということをわかっていて、あえて新政府への反乱に加担したんですね。
突然どうして西南戦争を持ち出したかというと、学生運動もどこか、不平士族の起こした内戦に似ているからです。
(もちろん、学生運動には西郷のような大きな受け皿や、思想の死に場はなかったわけですが)
戦争当事者の世代、つまり学生運動の時代の親世代が、各家庭で大東亜戦争を総括してくれるということはほとんどなかったはずです。
となると、当時の子供たちからすれば、そんな親のありようと社会のありようは、なにもかもがなあなあで、玉虫色におもえたことでしょう。
言い換えれば、理不尽な世の中だったのです。
なぜかといえば、親の世代は戦後になっても軍国主義の影を引きずっていて、子供たちは一緒に生活をする以上、親の影響を受けざるをえないのに、社会を見渡せば民主主義だ、軍国主義はもう終わった、封建主義はもう古いと叫んでいるのですから。
家庭と社会のありようがちぐはぐなんです。
それで、この不満に対して、じぶんたちで社会を変えようと奮起したひとつのアクションが、学生運動だった、というのがぼくの考えです。
じつは学生運動は、日本だけではなく、世界中で同時多発的に起こった現象でもありました。
日本だけではなく多くの国で、戦後はいろんな部分がちぐはぐだったのかもしれません。
正直、ぼくには当時の日本の学生運動の方向性が正しかったとはおもえません。
最初から血なまぐさい闘争ではありましたが、70年代以降にはいよいよ国際テロリスト集団と化す一派も出て、思想の正しさを訴えて日本を変えるというよりは、ほとんど暴力で社会をめちゃくちゃにする、憂さをはらすだけの状況になりました。
そもそも日本の社会が学生運動を見る目は冷ややかだったんですが、さすがにこのあたりから当事者の学生でさえ急速に冷めていったという印象です。
結局学生運動は西南戦争のような死に場もなく、日本の社会を明確に変えることもなく、うやむやに四散してしまったのですが、あの時代の若者たちが、ちぐはぐな社会になにか整合性を求めてアクションを起こした動機は、けなげだったとはおもいます。
と、今回もずいぶん長くなりました。
ネット環境がもとに戻ってなによりです。
デスクトップも買い替えられたんですね。
ここ最近のお話をうかがっていると、タブレット、ノートパソコン、デスクトップ、ネット環境のすべてがあたらしく切り替わったのではないかとおもうのですが、これだけ刷新すればきっとこれから長期間、ネット周りの心配事が減ってくれることでしょう。
ネットがつかえなくて精神的ストレスが多いというのは、わかる気がします。
ネット時代になって、膨大な情報量を受け取ることと、迅速な情報処理が「できて当たり前」になりましたから、いまアナログな情報処理を行うのは苦痛だし、精神的にストレスがかかるだろうとおもいます。
デジタルデトックスも大事だとおもうんですが、その期間は情報処理をしなくてすむような環境づくりも大事ですね(笑)
残暑といいますが、不思議なもので炎天は相変わらずなのに、時折吹く風が以前よりすずしくなったようにおもえます。
あとは秋のお彼岸あたりまで、すずしくなるのが待ち遠しいですね。
こちらが感情を読み取れないままどんどん読み進めていると、突然その人物が泣いたり怒ったりして、どうしてそういう感情の変化に至ったのか、前の部分を読み返すということがしばしばあります(笑)
おそらくそうやって読者をわざと惹きつけるレトリック(技術)なんだろうとおもうんですが、特に大正天皇のお妃の貞明皇后(九条節子)の、ホンネの見えてこない描き方は非常にうまいとおもいます。
今回は、戦時中に思想教育を押し付けられた子供が、大きくなってどうなったかというお話をさせていただこうとおもいます。
もちろん育った家庭や教育によってありようはさまざまですが、全体的にみると、国家を疑う人が増えたのは間違いないでしょう。
なにせきのうまで天皇陛下の名代のようにえらそうにして、子供たちをぶん殴り、虐待し、国のために命を賭けることを美徳と説いてきた大人たちが、8月15日を境に、天皇のことなどひと言もいわなくなり、やれ民主主義だ、自由主義だとのたまうようになるわけです。
子供にしても、きのうまで天皇陛下万歳で、兵隊になって日本の礎になって死ぬのだとおもっていたのが、突然ハシゴを外されて「もうお国のためになど、考えなくてよい。じぶんのために生きなさい」といわれてしまう。
「国家とはいったいなんなんだろう」というむなしさは、先天的に国家への忠誠を叩き込まれ、それを疑わなかった子供ほど強く感じたのではないかとおもいます。
さらに一部の人は、いままで心のよりどころにしていた「国から裏切られた」というおもいさえ抱いたのではないかとおもいます。
共産党の主導する学生運動は大正時代からそれなりに盛り上がっていて、戦時中には完全に排斥されていたのが、戦後、改めて盛り上がるんです。
国家が信じられない、国家になにか激烈なアクションを起こしたい一部の人々にとって、共産主義はよい受け皿だったのかもしれません。
ところで司馬さんは学徒動員でしたから、終戦時は少年と大人の端境のような立場で、むなしさにとらわれ、思索にふける余裕があったといえます。
が、おそらく司馬さんより上の世代の戦後は、そんなことより生活をどうにかしなければという気持ちが強かったでしょう。
世の中が変わっても、戦前に発布された国策である「産めよ殖やせよ」にしたがって、ともかく子供を増やしました。
家庭を持っていた多くの人は敗戦によって苦悩はしたものの、じぶんたちの考え方を主体的に変えていこう、これからの日本はどうあるべきか模索していこう、といったアクションを起こす余裕はなかったとおもいます。
この「変わらない大人たち」によって、戦後の爆発的なベビーブームが起こります。
そしてこの第一次ベビーブームの子たちが、60年代半ばには、学生運動の中核になっていくわけです。
個人的にはあの学生運動の原動力は、民主主義や西側としての日本へのカウンターという思想よりも、「じぶんの親世代と社会のありようのちぐはぐさをどうにかしたい」という側面が強かったのではないかとおもっています。
話があっちこっちしますが、以前、西郷隆盛の西南戦争について書いたとおもいます。
明治維新のときに、幕府側と新政府側が大きな戦争を起こすことなく、明治体制に転換してしまったんですね。
その後さらに武士という階級を取り上げられることになり、これまで武士だった士族の不満が噴出するんです。
そして薩摩から西郷隆盛を担いで、ほぼ勝ち目のない戦いを挑んだというのが、西南戦争です。
士族の言い分は理解できるのです。
戦いもせずに武士というアイデンティティが奪われていくのを、指をくわえてみていろというのは、やはり納得できなかったことでしょう。
西郷はかれらの不平の受け皿になったわけです。
西郷は、武士の死に場をちゃんとつくってやらなければ、いつまでも日本で内戦の火種がくすぶり続け、明治の平和が来ないということをわかっていて、あえて新政府への反乱に加担したんですね。
突然どうして西南戦争を持ち出したかというと、学生運動もどこか、不平士族の起こした内戦に似ているからです。
(もちろん、学生運動には西郷のような大きな受け皿や、思想の死に場はなかったわけですが)
戦争当事者の世代、つまり学生運動の時代の親世代が、各家庭で大東亜戦争を総括してくれるということはほとんどなかったはずです。
となると、当時の子供たちからすれば、そんな親のありようと社会のありようは、なにもかもがなあなあで、玉虫色におもえたことでしょう。
言い換えれば、理不尽な世の中だったのです。
なぜかといえば、親の世代は戦後になっても軍国主義の影を引きずっていて、子供たちは一緒に生活をする以上、親の影響を受けざるをえないのに、社会を見渡せば民主主義だ、軍国主義はもう終わった、封建主義はもう古いと叫んでいるのですから。
家庭と社会のありようがちぐはぐなんです。
それで、この不満に対して、じぶんたちで社会を変えようと奮起したひとつのアクションが、学生運動だった、というのがぼくの考えです。
じつは学生運動は、日本だけではなく、世界中で同時多発的に起こった現象でもありました。
日本だけではなく多くの国で、戦後はいろんな部分がちぐはぐだったのかもしれません。
正直、ぼくには当時の日本の学生運動の方向性が正しかったとはおもえません。
最初から血なまぐさい闘争ではありましたが、70年代以降にはいよいよ国際テロリスト集団と化す一派も出て、思想の正しさを訴えて日本を変えるというよりは、ほとんど暴力で社会をめちゃくちゃにする、憂さをはらすだけの状況になりました。
そもそも日本の社会が学生運動を見る目は冷ややかだったんですが、さすがにこのあたりから当事者の学生でさえ急速に冷めていったという印象です。
結局学生運動は西南戦争のような死に場もなく、日本の社会を明確に変えることもなく、うやむやに四散してしまったのですが、あの時代の若者たちが、ちぐはぐな社会になにか整合性を求めてアクションを起こした動機は、けなげだったとはおもいます。
と、今回もずいぶん長くなりました。
ネット環境がもとに戻ってなによりです。
デスクトップも買い替えられたんですね。
ここ最近のお話をうかがっていると、タブレット、ノートパソコン、デスクトップ、ネット環境のすべてがあたらしく切り替わったのではないかとおもうのですが、これだけ刷新すればきっとこれから長期間、ネット周りの心配事が減ってくれることでしょう。
ネットがつかえなくて精神的ストレスが多いというのは、わかる気がします。
ネット時代になって、膨大な情報量を受け取ることと、迅速な情報処理が「できて当たり前」になりましたから、いまアナログな情報処理を行うのは苦痛だし、精神的にストレスがかかるだろうとおもいます。
デジタルデトックスも大事だとおもうんですが、その期間は情報処理をしなくてすむような環境づくりも大事ですね(笑)
残暑といいますが、不思議なもので炎天は相変わらずなのに、時折吹く風が以前よりすずしくなったようにおもえます。
あとは秋のお彼岸あたりまで、すずしくなるのが待ち遠しいですね。
『昭和天皇物語』をお読みいただき、いろいろな興味深いお話をたくさん、ありがとうございます。
能條純一さん、ご存じだったんですね。
好みの絵柄とは言えませんが、人物の特徴がわかりやすいので、特に気になることはありませんでした。
女性の顔をふっくらとかわいらしく描いているのは、いいですね。
天皇の位置づけ、天皇に対する思想は、わずか10歳の差でまるっきり違うんですね。
歪んだ、と言っていいのかわかりませんが、思想教育を押しつけられた子どもは、大きくなったときにどんな考え方をしていったのか、気になります。
あの漫画では、満州国について、昭和天皇には事実が伝えられていなかったことが書いてあり、驚きました。
私の今までの認識では、戦争関連・満州国のことは、すべて天皇が知っていて、諸々の決断をしたと思っていたからです。
だからこそ、戦争責任を問われたのだと。
司馬さんと半藤さんの関係、知りませんでした。
教えていただき、ありがとうございます。
司馬さんの苦悩を知った上での半藤さんの昭和史は、単なる昭和の歴史を書くのとは違う、見えない重みがあると思います。
今回もいろいろと教えていただき、ありがとうございました。
あの漫画を読んでいると、軍の話あたりから、まったく聞いたことがない人物が続出しました。
いずれ、半藤さんの昭和史なども、読んでみます。
わたくしごとで恐縮ですが、やっとネット環境が復活しました。
ご心配をいただき、申し訳ありませんでした。
NTTから2台(前は1台)、ソフトバンクから1台送られてきたのですが、ルーターとモデムの接続方法が以前と大きく変わっていて、なかなか大変でした(笑)
そして無事開通後、新しいデスクトップの設定がまたけっこう厄介で(笑)
その後、セキュリティソフト、仕事関連のソフトなどのインストール、USBに入れておいたファイルなどの移し替えに、ずいぶん時間がかかってしまいました。
お母様のパソコンの買い替えに、もう1台必要というお話、とてもよくわかります!!
デスクトップが動かなくなったとき、Microsoftのサポートは電話がなくチャットなので、やっぱり他にパソコンがないとだめなんです。
遠隔サポートもないので、もうどうしようもありませんでした(笑)
今日は台風でかなり荒れる予報でしたが、さほどでもなく、もうじき通り過ぎそうでほっとしています。
ネットが使えなくなったこの一週間ほどは、非日常の連続で、普段と違うところで頭を酷使することがあったり、やらなければならないことができないのによけいな用事が増えたりと、精神的ストレスの多い日々でした。
様々なことが進化しているのにやることが簡素化されず、逆に煩雑になっているということを痛感しました。
まだまだ暑い日がありそうですが、睡眠不足になりませんように。
なんだか、すっかり暑さに慣れたような気がします(笑)
能條純一さん、ご存じだったんですね。
好みの絵柄とは言えませんが、人物の特徴がわかりやすいので、特に気になることはありませんでした。
女性の顔をふっくらとかわいらしく描いているのは、いいですね。
天皇の位置づけ、天皇に対する思想は、わずか10歳の差でまるっきり違うんですね。
歪んだ、と言っていいのかわかりませんが、思想教育を押しつけられた子どもは、大きくなったときにどんな考え方をしていったのか、気になります。
あの漫画では、満州国について、昭和天皇には事実が伝えられていなかったことが書いてあり、驚きました。
私の今までの認識では、戦争関連・満州国のことは、すべて天皇が知っていて、諸々の決断をしたと思っていたからです。
だからこそ、戦争責任を問われたのだと。
司馬さんと半藤さんの関係、知りませんでした。
教えていただき、ありがとうございます。
司馬さんの苦悩を知った上での半藤さんの昭和史は、単なる昭和の歴史を書くのとは違う、見えない重みがあると思います。
今回もいろいろと教えていただき、ありがとうございました。
あの漫画を読んでいると、軍の話あたりから、まったく聞いたことがない人物が続出しました。
いずれ、半藤さんの昭和史なども、読んでみます。
わたくしごとで恐縮ですが、やっとネット環境が復活しました。
ご心配をいただき、申し訳ありませんでした。
NTTから2台(前は1台)、ソフトバンクから1台送られてきたのですが、ルーターとモデムの接続方法が以前と大きく変わっていて、なかなか大変でした(笑)
そして無事開通後、新しいデスクトップの設定がまたけっこう厄介で(笑)
その後、セキュリティソフト、仕事関連のソフトなどのインストール、USBに入れておいたファイルなどの移し替えに、ずいぶん時間がかかってしまいました。
お母様のパソコンの買い替えに、もう1台必要というお話、とてもよくわかります!!
デスクトップが動かなくなったとき、Microsoftのサポートは電話がなくチャットなので、やっぱり他にパソコンがないとだめなんです。
遠隔サポートもないので、もうどうしようもありませんでした(笑)
今日は台風でかなり荒れる予報でしたが、さほどでもなく、もうじき通り過ぎそうでほっとしています。
ネットが使えなくなったこの一週間ほどは、非日常の連続で、普段と違うところで頭を酷使することがあったり、やらなければならないことができないのによけいな用事が増えたりと、精神的ストレスの多い日々でした。
様々なことが進化しているのにやることが簡素化されず、逆に煩雑になっているということを痛感しました。
まだまだ暑い日がありそうですが、睡眠不足になりませんように。
なんだか、すっかり暑さに慣れたような気がします(笑)
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今回はかなり長い記事になりました。
ちょうど終戦に近い時期ですが、とりとめのない話なので、適当に拾いやすい話題を拾っていただければとおもっています(笑)
『昭和天皇物語』、読ませていただいています。
むかし、作画の能條純一さんの将棋の漫画『月下の棋士』を読んだことがあります。
画力のある漫画家さんですが、やはり女性が積極的に読みたい絵柄ではないですよね(笑)
東郷平八郎の意には沿わない学者が「天皇の耳には入れたくない授業」をする話はたいへん興味深かったです。
しかしかれらはその道の学問を究めたからこそ、軍国イデオロギーに毒されずにいられたわけで、そのようなリベラルな教育は天皇にのみ施されていたんですよね。
いま現在のわれわれにとって常識のような学識は、大正当時には、天皇にのみ与えられるような特権的なものだったわけです。
国民に向けては、明治・大正・昭和とグラデーションがかかっていくように、徐々に国粋主義的な愛国教育が幅を利かせるようになりました。
とりわけ大東亜戦争に至ってからは国民への思想教育は苛烈を極めました。
ただ、この思想教育はかならずしも軍部だけが積極的におこなっていたというわけではありません。
教育勅語やマスコミの煽りを軸に、国民に火がついて、国民同士でお互いに思想教育をやりあい、「軍部を育てた(増長させた)」という一面が強かったのです。
以前この話をしたかもしれませんが、司馬遼太郎の随筆集『この国のかたち』に、こんな話がありました。
司馬さんは学徒動員で軍隊を経験しているんですが、かれが還暦を越えたあたりで、10歳ほどしか違わない下の世代たちと会う機会があったそうです。
そこで「ボクの青少年期には、天皇ということはあまりいわれませんでしたよ」と話しても、相手に理解してもらえなかったといいます。
なぜかというと、大正生まれで強制的に軍人になった人は、むしろ世間から隔離されていて、軍隊での上意下達さえ守っていれば、三食食えていたし、特に「天皇のために死ね」というような思想教育はほとんどなかったらしいのです。
しかし戦争末期に少年だった昭和生まれの世代は、多感なころに周囲から「天皇は絶対である」という思想教育の虐待を受けていたんですよね。
だから、司馬さんが軍隊で天皇についてうるさくいわれなかったということは、たった10歳ほど下の世代には、よく理解できなかったそうです。
司馬さんいわくこの昭和ひとケタの世代は、「精神の上で、最大の戦争の被害者」なのだそうな。
その虐待というのは、たとえば小学校でさえ軍隊的に組織され、校長が連隊長、学級長が小隊長といった具合で、生徒たちはこれら隊長の命令で、真冬でも裸足で登下校させられたといいます。
もちろんそういった命令は、各学級に飾られている天皇の肖像画のもとにおこなわれるわけです。
司馬さんはこの話を仙台で聞いたというのですが、当然東北の仙台ですから、冬の寒さはたいへんなものだったでしょう。
ぼくが子供のころにある教師から聞いた話だと、集団疎開先のお寺で、出された食事が合わず、廊下で戻してしまったところ、教師から「お国が危急存亡の中、申し訳ないとおもわんのか」とさんざんぶん殴られたあげく、吐いた吐しゃ物を飲まされたというのです。
その伝聞がほんとうかどうかはぼくにはわからないのですが、ぼくの心に強烈な印象を残している話です。
少なくとも、当時の国民同士が目の色を変えて、子供に異様な教育をしていたのは間違いないでしょう。
半藤さんの『日本のいちばん長い日』では、天皇や陸軍大将を含む政治中枢がポツダム宣言の受諾を決めた……つまり敗戦を受け入れるとなったときに、陸軍の青年将校たちがクーデターを起こそうとしたところを描いています。
上官が決めたこと、不可侵の神である天皇が決めたことであるにもかかわらず、青年将校という若手の立場にある連中が、軍国イデオロギーに染まり切って、「最後の最後まで戦い抜いて、国民も総玉砕せにゃならんだろう」といって、ポツダム宣言受諾を阻止しようとする。
大東亜戦争はもっと早く、原爆が落とされるより前に終わらせられなかったのか、という話もありますが、もはや軍の上層部も、天皇でさえ、国民の意志がああも盛り上がってしまっていては、中途半端なところでは止めるに止められない状況だったのだとおもいます。
話を天皇に戻しますが、たとえばヒトラーは典型的な西洋的な皇帝の性質をもっています。
ヒトラー自身が非常に頭のキレる人間で、大衆扇動や組織の統制もみずから行っていました。
西洋の皇帝の代表といえばナポレオンですが、かれもたいへんなキレ者で、この優秀さが独裁につながっていきます。
そういう意味では昭和天皇はやはり東洋的な皇帝でした。
昭和天皇も賢い人ではありましたが、西洋の独裁者のような一代限りのカリスマとは一線を画しています。
今回の大河ドラマの「光る君へ」もそうですが、日本では天皇は官僚の傀儡(あやつり人形)のようになってしまうんですよね。
中国の皇帝もそうなんですが、天皇自身が独裁的に社会を動かすという例は、ほとんどありません。
天皇は世襲制で、どんなに愚昧でも、どんなに幼少でも、官僚が支えていくんですよね。
そのかわり、たとえ優秀でキレ者の帝であっても、やはり天皇はシンボルにすぎず、官僚が実質的に国家を動かしていくわけです。
しかし昭和天皇は独裁者となった瞬間があります。
それはポツダム宣言受諾のときと、それから漫画の最初にも描かれていましたが、マッカーサーとの会談のときだったといえるでしょう。
昭和天皇は終戦に向けて動き出し、鈴木貫太郎を総理大臣に、阿南惟幾を陸軍大将に推します。
かれらは天皇の親衛隊ともいえる理解者でしたから、天皇はかれらを政治中枢に据えることで、終戦への道筋をつけたといえます。
そして戦後、マッカーサーに対して命乞いをせず、それどころか国民を救うように求めたこと。
このふたつの大問題において、若き天皇はだれにもおもねらないじぶんの采配によって国民の運命を決定づけたんですよね。
戦後日本人は昭和天皇に戦争責任を問いましたが、皮肉なことに、昭和天皇は大東亜戦争を終わらせ、終戦後に国民を守るときにだけ、明確に独裁者だったというのがぼくの解釈です。
ところで、半藤一利さんなんですが、あの人は司馬遼太郎が書けなかった昭和について書いたという点で、司馬さんの後継者のような存在なんですよね。
実際司馬さんの担当編集者だった時代があり、司馬史観をじゅうぶんに吸収した人でもありました。
司馬さんは敗戦を経験したときに、日本という国に絶望しました。
それでむかしの日本人はもうすこしマトモだったんじゃないか、古い日本人のよさを発掘していこう、と考えたところから、歴史作家のキャリアがスタートするんです。
結果、日本史を鮮やかに切り取ってヒーローを生み出す大作家になるわけですが、昭和史だけは書けませんでした。
司馬さんいわく、あの時代はまるで魔法使いがあらわれて、日本という輝ける国家を暗い森に変えてしまったようだ、というのです。
司馬さんはその魔法を解くカギを、よそから借りるのではなく、自前のカギで開けたいとおもい、そのカギはほとんどできかかっているのだけど、開けることができないといいました。
司馬さんは軍人でしたから、大東亜戦争の不条理を当事者として経験しているわけです。
その司馬さんが、当時の軍部中枢の人物とも対談し、煮え切らぬ官僚答弁のような逃げ口上を受けて、ほんとうに苦しいおもいもしている。
ぼくからすれば、そんな司馬さんが昭和史を書けないのは当然だとおもうし、実際司馬さんは昭和を書くと発狂するとまでその苦しみを吐露する中、半藤さんが昭和史を引き継ぐんですよね。
半藤さんは昭和5年生まれですから、司馬さんより10ほど年下の、まさに「精神の上で、最大の戦争の被害者」です。
しかしある意味では戦争の現場を直接経験したわけではありませんから、昭和史をもっとも上手に客観視できる世代でもあります。
その半藤さんの研究した昭和史は、まだしばらく日本の昭和を理解するためのスタンダードであり続けるのではないかとおもっています。
デスクトップのパソコン、気の毒でしたね。
キーボードやディスプレイはつかいまわしがききますし、部屋にデスクトップ専用のスペースがあって邪魔にならないなら、腰を据えて作業するのにデスクトップは便利だとおもいます。
ギズモさんはデスクトップは仕事用として、ノートパソコンと分けて活用なさっているようですし、本体を買い替えて2台目として活用するのもいいのではないでしょうか。
うちの母も最近パソコンが壊れたのですが、一台しか持っていないので、結局ぼくがネットショッピングで買い替えて、実家に届くように手配しました。
ぼくはというとノートパソコンを2台持っているので、もし片方が壊れても、もう一台で買い直しの手配ができます。
といっても一台はほとんどゲームにつかっているんですけどね(笑)
最近、やっぱりゲームを遊ぶならデスクトップがいいなあ、とおもっていて、そのうちお小遣いをためてゲーミングPCを買ってやろうと画策しています。
暑さの心配をいただいて、ありがたいです。
おかげさまで、ことしはスポーツドリンクをタイミングをみて飲むようにして、作業中にはいただいたネッククーラーを利用して乗り切っています。
ギズモさんも、先日集中豪雨があったとニュースで知りましたが、問題なかったでしょうか。
今回はかなり長い記事になりました。
ちょうど終戦に近い時期ですが、とりとめのない話なので、適当に拾いやすい話題を拾っていただければとおもっています(笑)
『昭和天皇物語』、読ませていただいています。
むかし、作画の能條純一さんの将棋の漫画『月下の棋士』を読んだことがあります。
画力のある漫画家さんですが、やはり女性が積極的に読みたい絵柄ではないですよね(笑)
東郷平八郎の意には沿わない学者が「天皇の耳には入れたくない授業」をする話はたいへん興味深かったです。
しかしかれらはその道の学問を究めたからこそ、軍国イデオロギーに毒されずにいられたわけで、そのようなリベラルな教育は天皇にのみ施されていたんですよね。
いま現在のわれわれにとって常識のような学識は、大正当時には、天皇にのみ与えられるような特権的なものだったわけです。
国民に向けては、明治・大正・昭和とグラデーションがかかっていくように、徐々に国粋主義的な愛国教育が幅を利かせるようになりました。
とりわけ大東亜戦争に至ってからは国民への思想教育は苛烈を極めました。
ただ、この思想教育はかならずしも軍部だけが積極的におこなっていたというわけではありません。
教育勅語やマスコミの煽りを軸に、国民に火がついて、国民同士でお互いに思想教育をやりあい、「軍部を育てた(増長させた)」という一面が強かったのです。
以前この話をしたかもしれませんが、司馬遼太郎の随筆集『この国のかたち』に、こんな話がありました。
司馬さんは学徒動員で軍隊を経験しているんですが、かれが還暦を越えたあたりで、10歳ほどしか違わない下の世代たちと会う機会があったそうです。
そこで「ボクの青少年期には、天皇ということはあまりいわれませんでしたよ」と話しても、相手に理解してもらえなかったといいます。
なぜかというと、大正生まれで強制的に軍人になった人は、むしろ世間から隔離されていて、軍隊での上意下達さえ守っていれば、三食食えていたし、特に「天皇のために死ね」というような思想教育はほとんどなかったらしいのです。
しかし戦争末期に少年だった昭和生まれの世代は、多感なころに周囲から「天皇は絶対である」という思想教育の虐待を受けていたんですよね。
だから、司馬さんが軍隊で天皇についてうるさくいわれなかったということは、たった10歳ほど下の世代には、よく理解できなかったそうです。
司馬さんいわくこの昭和ひとケタの世代は、「精神の上で、最大の戦争の被害者」なのだそうな。
その虐待というのは、たとえば小学校でさえ軍隊的に組織され、校長が連隊長、学級長が小隊長といった具合で、生徒たちはこれら隊長の命令で、真冬でも裸足で登下校させられたといいます。
もちろんそういった命令は、各学級に飾られている天皇の肖像画のもとにおこなわれるわけです。
司馬さんはこの話を仙台で聞いたというのですが、当然東北の仙台ですから、冬の寒さはたいへんなものだったでしょう。
ぼくが子供のころにある教師から聞いた話だと、集団疎開先のお寺で、出された食事が合わず、廊下で戻してしまったところ、教師から「お国が危急存亡の中、申し訳ないとおもわんのか」とさんざんぶん殴られたあげく、吐いた吐しゃ物を飲まされたというのです。
その伝聞がほんとうかどうかはぼくにはわからないのですが、ぼくの心に強烈な印象を残している話です。
少なくとも、当時の国民同士が目の色を変えて、子供に異様な教育をしていたのは間違いないでしょう。
半藤さんの『日本のいちばん長い日』では、天皇や陸軍大将を含む政治中枢がポツダム宣言の受諾を決めた……つまり敗戦を受け入れるとなったときに、陸軍の青年将校たちがクーデターを起こそうとしたところを描いています。
上官が決めたこと、不可侵の神である天皇が決めたことであるにもかかわらず、青年将校という若手の立場にある連中が、軍国イデオロギーに染まり切って、「最後の最後まで戦い抜いて、国民も総玉砕せにゃならんだろう」といって、ポツダム宣言受諾を阻止しようとする。
大東亜戦争はもっと早く、原爆が落とされるより前に終わらせられなかったのか、という話もありますが、もはや軍の上層部も、天皇でさえ、国民の意志がああも盛り上がってしまっていては、中途半端なところでは止めるに止められない状況だったのだとおもいます。
話を天皇に戻しますが、たとえばヒトラーは典型的な西洋的な皇帝の性質をもっています。
ヒトラー自身が非常に頭のキレる人間で、大衆扇動や組織の統制もみずから行っていました。
西洋の皇帝の代表といえばナポレオンですが、かれもたいへんなキレ者で、この優秀さが独裁につながっていきます。
そういう意味では昭和天皇はやはり東洋的な皇帝でした。
昭和天皇も賢い人ではありましたが、西洋の独裁者のような一代限りのカリスマとは一線を画しています。
今回の大河ドラマの「光る君へ」もそうですが、日本では天皇は官僚の傀儡(あやつり人形)のようになってしまうんですよね。
中国の皇帝もそうなんですが、天皇自身が独裁的に社会を動かすという例は、ほとんどありません。
天皇は世襲制で、どんなに愚昧でも、どんなに幼少でも、官僚が支えていくんですよね。
そのかわり、たとえ優秀でキレ者の帝であっても、やはり天皇はシンボルにすぎず、官僚が実質的に国家を動かしていくわけです。
しかし昭和天皇は独裁者となった瞬間があります。
それはポツダム宣言受諾のときと、それから漫画の最初にも描かれていましたが、マッカーサーとの会談のときだったといえるでしょう。
昭和天皇は終戦に向けて動き出し、鈴木貫太郎を総理大臣に、阿南惟幾を陸軍大将に推します。
かれらは天皇の親衛隊ともいえる理解者でしたから、天皇はかれらを政治中枢に据えることで、終戦への道筋をつけたといえます。
そして戦後、マッカーサーに対して命乞いをせず、それどころか国民を救うように求めたこと。
このふたつの大問題において、若き天皇はだれにもおもねらないじぶんの采配によって国民の運命を決定づけたんですよね。
戦後日本人は昭和天皇に戦争責任を問いましたが、皮肉なことに、昭和天皇は大東亜戦争を終わらせ、終戦後に国民を守るときにだけ、明確に独裁者だったというのがぼくの解釈です。
ところで、半藤一利さんなんですが、あの人は司馬遼太郎が書けなかった昭和について書いたという点で、司馬さんの後継者のような存在なんですよね。
実際司馬さんの担当編集者だった時代があり、司馬史観をじゅうぶんに吸収した人でもありました。
司馬さんは敗戦を経験したときに、日本という国に絶望しました。
それでむかしの日本人はもうすこしマトモだったんじゃないか、古い日本人のよさを発掘していこう、と考えたところから、歴史作家のキャリアがスタートするんです。
結果、日本史を鮮やかに切り取ってヒーローを生み出す大作家になるわけですが、昭和史だけは書けませんでした。
司馬さんいわく、あの時代はまるで魔法使いがあらわれて、日本という輝ける国家を暗い森に変えてしまったようだ、というのです。
司馬さんはその魔法を解くカギを、よそから借りるのではなく、自前のカギで開けたいとおもい、そのカギはほとんどできかかっているのだけど、開けることができないといいました。
司馬さんは軍人でしたから、大東亜戦争の不条理を当事者として経験しているわけです。
その司馬さんが、当時の軍部中枢の人物とも対談し、煮え切らぬ官僚答弁のような逃げ口上を受けて、ほんとうに苦しいおもいもしている。
ぼくからすれば、そんな司馬さんが昭和史を書けないのは当然だとおもうし、実際司馬さんは昭和を書くと発狂するとまでその苦しみを吐露する中、半藤さんが昭和史を引き継ぐんですよね。
半藤さんは昭和5年生まれですから、司馬さんより10ほど年下の、まさに「精神の上で、最大の戦争の被害者」です。
しかしある意味では戦争の現場を直接経験したわけではありませんから、昭和史をもっとも上手に客観視できる世代でもあります。
その半藤さんの研究した昭和史は、まだしばらく日本の昭和を理解するためのスタンダードであり続けるのではないかとおもっています。
デスクトップのパソコン、気の毒でしたね。
キーボードやディスプレイはつかいまわしがききますし、部屋にデスクトップ専用のスペースがあって邪魔にならないなら、腰を据えて作業するのにデスクトップは便利だとおもいます。
ギズモさんはデスクトップは仕事用として、ノートパソコンと分けて活用なさっているようですし、本体を買い替えて2台目として活用するのもいいのではないでしょうか。
うちの母も最近パソコンが壊れたのですが、一台しか持っていないので、結局ぼくがネットショッピングで買い替えて、実家に届くように手配しました。
ぼくはというとノートパソコンを2台持っているので、もし片方が壊れても、もう一台で買い直しの手配ができます。
といっても一台はほとんどゲームにつかっているんですけどね(笑)
最近、やっぱりゲームを遊ぶならデスクトップがいいなあ、とおもっていて、そのうちお小遣いをためてゲーミングPCを買ってやろうと画策しています。
暑さの心配をいただいて、ありがたいです。
おかげさまで、ことしはスポーツドリンクをタイミングをみて飲むようにして、作業中にはいただいたネッククーラーを利用して乗り切っています。
ギズモさんも、先日集中豪雨があったとニュースで知りましたが、問題なかったでしょうか。
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変えることができない点をつないでいく。
とてもわかりやすい言い方を、ありがとうございます。
歴史の専門家は、実際に考えたことが突飛だったりすると、発表しにくいということもあるでしょうね。
本当の考えとは異なることを発表するということもありそうです。
その点小説家なら、どんな無茶なことを書いても、「小説だから」ですむわけです。
だから、最近のNHKの大河ドラマをはじめ、変わった視点の歴史物語が展開されても、そのつじつまの合わなさを追求することなく、気軽に楽しめるのかもしれません。
「生存説」のウィキペディアがあるんですね。
ありがとうございます。
どれもありそうで、おもしろいです。
これも、想像の世界ですね。
それこそ、点をつないでいったらいろいろな説ができあがりそうです。
昨日、イトーヨーカドーというスーパーで、いちまさの「うな次郎」を見つけました!
こちらでは売っていないものと思っていたので、びっくりです。
本当に、よくできていますね。
タレと山椒までついていて、本物と勘違いしそうなものでした。
先日偶然、おもしろい無料漫画を見つけました。
「スキマ」という電子書籍サイトの中の、『昭和天皇物語 』(全15巻 4巻分期間限定無料)。
https://www.sukima.me/book/title/BT00004...
絵面はともかく、原作は昭和史に詳しい半藤一利(追記=邪馬台国九州説の人なんですね)なので、ほぼ事実によるものかと思います。
皇太子時代のご進講で、「神話は歴史とは違う」と教える学者、「人間の祖先はサル」と断言する学者が描かれており、当時の天皇の在り方を考えると、爆弾発言だったと思います(笑)
とりあえず無料分だけ読んでみようと思っているのですが、昭和天皇が一般的に周知されているイメージと違うように感じ、なかなか興味深く、おもしろいです。
ところで、デスクトップパソコンが、とうとう・・・とうとう!!
作動しなくなりました( `ー´)ノ
NECのサポート、Microsoftのサポートも相談しましたが、8,1のまま使っていたのでedgeがまったく使えなり、初期化しても10を導入できるとは断言できず、初期化が成功してGoogle chromeを導入するとNECのサポート外になり、リスクも大きいということでした。
おかしくなった時点でデスクトップ画面にあったものはUSBに移したのですが、パソコンを新しくするとインストールできない音楽関係のソフトもあるので、けっこうなショックを受けています」(-_-;)
こんなに早く使用不可能(書き間違いでした)になるなら(NECの人は、よく10年以上もったと思います、と、、、)、4月にノートパソコンを買わないで、もう二度とインストールできないものも潔くあきらめて、デスクトップを買っておけばよかった(T_T)
それにしても異常な暑さですが、大丈夫ですか?
冷たいものは普段から摂らないのですが、果物がゴロゴロ入ったゼリーにはまっています。
口当たりがいいせいでしょうか、生き返る気がします。
この暑さでは気をつけようもないでしょうが、夏バテしないよう、少しでも睡眠とお食事、そしておいしいお酒も(笑)しっかりとって、乗り切ってくださいね。
とてもわかりやすい言い方を、ありがとうございます。
歴史の専門家は、実際に考えたことが突飛だったりすると、発表しにくいということもあるでしょうね。
本当の考えとは異なることを発表するということもありそうです。
その点小説家なら、どんな無茶なことを書いても、「小説だから」ですむわけです。
だから、最近のNHKの大河ドラマをはじめ、変わった視点の歴史物語が展開されても、そのつじつまの合わなさを追求することなく、気軽に楽しめるのかもしれません。
「生存説」のウィキペディアがあるんですね。
ありがとうございます。
どれもありそうで、おもしろいです。
これも、想像の世界ですね。
それこそ、点をつないでいったらいろいろな説ができあがりそうです。
昨日、イトーヨーカドーというスーパーで、いちまさの「うな次郎」を見つけました!
こちらでは売っていないものと思っていたので、びっくりです。
本当に、よくできていますね。
タレと山椒までついていて、本物と勘違いしそうなものでした。
先日偶然、おもしろい無料漫画を見つけました。
「スキマ」という電子書籍サイトの中の、『昭和天皇物語 』(全15巻 4巻分期間限定無料)。
https://www.sukima.me/book/title/BT00004...
絵面はともかく、原作は昭和史に詳しい半藤一利(追記=邪馬台国九州説の人なんですね)なので、ほぼ事実によるものかと思います。
皇太子時代のご進講で、「神話は歴史とは違う」と教える学者、「人間の祖先はサル」と断言する学者が描かれており、当時の天皇の在り方を考えると、爆弾発言だったと思います(笑)
とりあえず無料分だけ読んでみようと思っているのですが、昭和天皇が一般的に周知されているイメージと違うように感じ、なかなか興味深く、おもしろいです。
ところで、デスクトップパソコンが、とうとう・・・とうとう!!
作動しなくなりました( `ー´)ノ
NECのサポート、Microsoftのサポートも相談しましたが、8,1のまま使っていたのでedgeがまったく使えなり、初期化しても10を導入できるとは断言できず、初期化が成功してGoogle chromeを導入するとNECのサポート外になり、リスクも大きいということでした。
おかしくなった時点でデスクトップ画面にあったものはUSBに移したのですが、パソコンを新しくするとインストールできない音楽関係のソフトもあるので、けっこうなショックを受けています」(-_-;)
こんなに早く使用不可能(書き間違いでした)になるなら(NECの人は、よく10年以上もったと思います、と、、、)、4月にノートパソコンを買わないで、もう二度とインストールできないものも潔くあきらめて、デスクトップを買っておけばよかった(T_T)
それにしても異常な暑さですが、大丈夫ですか?
冷たいものは普段から摂らないのですが、果物がゴロゴロ入ったゼリーにはまっています。
口当たりがいいせいでしょうか、生き返る気がします。
この暑さでは気をつけようもないでしょうが、夏バテしないよう、少しでも睡眠とお食事、そしておいしいお酒も(笑)しっかりとって、乗り切ってくださいね。
ぼくはよその国の神話のことはよく知らないのですが、ちょっと真剣に取り組んでみようかとおもっています。
ギズモさんのおっしゃったように、神話と実際の歴史は地続きです。
なので、各国の神話を読む場合、その国の神話当時の古代から現代にまでつながる人々の精神性であるとか、文化的な側面、地理的な関係にまで踏み込んでいかないと理解できないので、大仕事になるんですよね。
そしてこれもギズモさんがおっしゃっていた通りで、歴史は想像していくものですよね。
ヘンなたとえですが、歴史について考えるのは、星座をつなぐのに似ているかもしれません。
考古学的に立証された物的証拠や、残された文物、実際に起こったできごとなどを点とします。
これらはもう固まった出来事なので、変えることができません。
しかしそれをどう線でつなぐのかというのは、個人の裁量でどうにでもなるところも多いんです。
だから、歴史小説でその作家が、歴史上の人物をどのように切り取って、歴史的事実の行間をどう想像したのかは、読み手として最大の楽しみです。
たとえば最近、『極楽征夷大将軍』を聞きました。
あれは足利尊氏・直義兄弟の人生を描く話なんですが、歴史的事実の点を見事な星座につないだような作品でした。
高木彬光さん、推理小説家なんですね。ずいぶんおもしろそうな作家で、興味があります。
『邪馬台国の秘密』もおもしろそうです。
ぼくは推理小説の分野にうとく、かろうじて山田風太郎さんは名前を知っていますが、その知己である高木彬光さんは知りませんでした。ギズモさんはよほど推理小説を読み込まれてるんですね。
チンギスハンと義経の同一人物説は根強くささやかれていますが、あれはいわゆる「ヒトラーは死んでいなかった」の類の伝説で、特に影響力のある権力者が非業の死を遂げた場合に起こりやすい現象だとおもいます。
Wikipediaには「生存説」という項目があって、死後の生存がささやかれた人物が列挙されていました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%...
ところで、ぼくの卑弥呼の話は、おそらく考えた人はいるのだとおもいます。
けれどこういう話は発表しづらいんじゃないかと推測しています。
なぜなら、初代天皇からの初期の系譜に、憶測で手を突っ込んでかき回すようなことをしたら、思想的にうるさい人がなにを騒ぎ立てるかわかりません(笑)
なにせ、証拠らしい証拠のない話ですから。
これこそ、森鴎外の『かのように』が伝えていたことで、わが国では初代神武天皇からの天皇は、たとえ疑わしいにせよ存在した「かのように」しておかねばならない、アンタッチャブルなところなので、そこを証拠もなしにまことしやかなことをいうと、それこそなにをされるかわかりません(笑)
しかし、大々的に発表せずとも、こういうことを内々に気づく、たのしむということが、歴史を愛好する人間にとって喜びなのはまちがいないですね。
ギズモさんのおっしゃったように、神話と実際の歴史は地続きです。
なので、各国の神話を読む場合、その国の神話当時の古代から現代にまでつながる人々の精神性であるとか、文化的な側面、地理的な関係にまで踏み込んでいかないと理解できないので、大仕事になるんですよね。
そしてこれもギズモさんがおっしゃっていた通りで、歴史は想像していくものですよね。
ヘンなたとえですが、歴史について考えるのは、星座をつなぐのに似ているかもしれません。
考古学的に立証された物的証拠や、残された文物、実際に起こったできごとなどを点とします。
これらはもう固まった出来事なので、変えることができません。
しかしそれをどう線でつなぐのかというのは、個人の裁量でどうにでもなるところも多いんです。
だから、歴史小説でその作家が、歴史上の人物をどのように切り取って、歴史的事実の行間をどう想像したのかは、読み手として最大の楽しみです。
たとえば最近、『極楽征夷大将軍』を聞きました。
あれは足利尊氏・直義兄弟の人生を描く話なんですが、歴史的事実の点を見事な星座につないだような作品でした。
高木彬光さん、推理小説家なんですね。ずいぶんおもしろそうな作家で、興味があります。
『邪馬台国の秘密』もおもしろそうです。
ぼくは推理小説の分野にうとく、かろうじて山田風太郎さんは名前を知っていますが、その知己である高木彬光さんは知りませんでした。ギズモさんはよほど推理小説を読み込まれてるんですね。
チンギスハンと義経の同一人物説は根強くささやかれていますが、あれはいわゆる「ヒトラーは死んでいなかった」の類の伝説で、特に影響力のある権力者が非業の死を遂げた場合に起こりやすい現象だとおもいます。
Wikipediaには「生存説」という項目があって、死後の生存がささやかれた人物が列挙されていました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%...
ところで、ぼくの卑弥呼の話は、おそらく考えた人はいるのだとおもいます。
けれどこういう話は発表しづらいんじゃないかと推測しています。
なぜなら、初代天皇からの初期の系譜に、憶測で手を突っ込んでかき回すようなことをしたら、思想的にうるさい人がなにを騒ぎ立てるかわかりません(笑)
なにせ、証拠らしい証拠のない話ですから。
これこそ、森鴎外の『かのように』が伝えていたことで、わが国では初代神武天皇からの天皇は、たとえ疑わしいにせよ存在した「かのように」しておかねばならない、アンタッチャブルなところなので、そこを証拠もなしにまことしやかなことをいうと、それこそなにをされるかわかりません(笑)
しかし、大々的に発表せずとも、こういうことを内々に気づく、たのしむということが、歴史を愛好する人間にとって喜びなのはまちがいないですね。
マッサージ機で刺激してしまったのでしょうか。大変な思いをなさいましたね。
でも、ベストな解決方法が見つかってよかったです。
うっかり整形外科に行くと、リハビリ(電気とかマッサージとか)に延々と通わされ、いつまでたっても効果がないということが多いです。
今回も、とてもおもしろく、新鮮な興味を持って読ませていただきました。
前回No,1490を書いたあと、ずっと考えていたことがあります。
それは、神様が実在したかしないかは関係なく、神話と歴史はたぶん密接なつながりがあるのではないか、ということ。
そして、歴史というのは、どんな些細な情報でも信憑性がないことでも、いろいろなことをつなぎ合わせたり切り落として、想像していくものではないか、ということでした。
想像するということは正確な歴史とは違いますが、様々なことがどんどん塗りかえられていく時代に、これが正解というものはないに等しいのかもしれません。
そこで、自分なりに想像し、構築していくことが、歴史との向き合い方のように思えたのですが、それは決して確証を得ることを前提にしたり、正確な結論を導き出すものでなくてもよい、とも思いました。
そんなわけで、今回の記事を読ませていただき、想像というところでシンクロしたように感じ、ちょっとびっくりしました(笑)
ずいぶん前に高木彬光の『成吉思汗の秘密』を読んだのですが、名探偵が入院して退屈な時に謎を解くベッド・ディテクティブの形をとっているので、いわゆる推理小説なのですが、チンギスカン(チンギスハン)と源義経が同一人物だという事を検証していくお話です。
歴史もののような堅苦しさがなくおもしろかったのですが、この作家が『邪馬台国の秘密』を書いていました。
昭和47年なので、まだ教科書では邪馬台国は九州にあったと書かれていた頃かもしれませんね。
まだ読んでいませんが、やはりベッド・ディテクティブ形式で、卑弥呼、邪馬台国の謎を解いていくお話のようです。
ネットで調べると、『魏志倭人伝』の内容は正確なものだと仮定(断定?)して、書いているようでした。
それにもう一冊、『古代天皇の秘密』というものもありました。
神武天皇は存在したのか、大和朝廷の謎、隼人族、熊襲族、天孫降臨、神話の解明など、古代史の実像に迫る、と書いてありました。
こちらも興味あります。
歴史について自分なりの考えを書きたかったのを、歴史小説とはせず、入院中の探偵が謎を解き明かしていくという推理小説の形をとったことに、この作家の拘りを感じます。
邪馬台国や卑弥呼にはあまり関心がなかったのに、農園主さんの記事から大変興味を持ってしまいました(笑)
農園主さんが書いていらっしゃることは、想像、フィクションであるのかもしれませんが、歴史的な一考察なので、どこか別の場で発表なさる機会があればいいなと思います。
いつも、いろいろな刺激をありがとうございます(人''▽`)
知りたいことが広がるというのは、本当にありがたいことです。
私にとっては、ネットであれこれ調べたりいろいろな本を読むよりも、農園主さんの記事の方が、わかりやすく興味深く読めるので、うれしいです。
でも、ベストな解決方法が見つかってよかったです。
うっかり整形外科に行くと、リハビリ(電気とかマッサージとか)に延々と通わされ、いつまでたっても効果がないということが多いです。
今回も、とてもおもしろく、新鮮な興味を持って読ませていただきました。
前回No,1490を書いたあと、ずっと考えていたことがあります。
それは、神様が実在したかしないかは関係なく、神話と歴史はたぶん密接なつながりがあるのではないか、ということ。
そして、歴史というのは、どんな些細な情報でも信憑性がないことでも、いろいろなことをつなぎ合わせたり切り落として、想像していくものではないか、ということでした。
想像するということは正確な歴史とは違いますが、様々なことがどんどん塗りかえられていく時代に、これが正解というものはないに等しいのかもしれません。
そこで、自分なりに想像し、構築していくことが、歴史との向き合い方のように思えたのですが、それは決して確証を得ることを前提にしたり、正確な結論を導き出すものでなくてもよい、とも思いました。
そんなわけで、今回の記事を読ませていただき、想像というところでシンクロしたように感じ、ちょっとびっくりしました(笑)
ずいぶん前に高木彬光の『成吉思汗の秘密』を読んだのですが、名探偵が入院して退屈な時に謎を解くベッド・ディテクティブの形をとっているので、いわゆる推理小説なのですが、チンギスカン(チンギスハン)と源義経が同一人物だという事を検証していくお話です。
歴史もののような堅苦しさがなくおもしろかったのですが、この作家が『邪馬台国の秘密』を書いていました。
昭和47年なので、まだ教科書では邪馬台国は九州にあったと書かれていた頃かもしれませんね。
まだ読んでいませんが、やはりベッド・ディテクティブ形式で、卑弥呼、邪馬台国の謎を解いていくお話のようです。
ネットで調べると、『魏志倭人伝』の内容は正確なものだと仮定(断定?)して、書いているようでした。
それにもう一冊、『古代天皇の秘密』というものもありました。
神武天皇は存在したのか、大和朝廷の謎、隼人族、熊襲族、天孫降臨、神話の解明など、古代史の実像に迫る、と書いてありました。
こちらも興味あります。
歴史について自分なりの考えを書きたかったのを、歴史小説とはせず、入院中の探偵が謎を解き明かしていくという推理小説の形をとったことに、この作家の拘りを感じます。
邪馬台国や卑弥呼にはあまり関心がなかったのに、農園主さんの記事から大変興味を持ってしまいました(笑)
農園主さんが書いていらっしゃることは、想像、フィクションであるのかもしれませんが、歴史的な一考察なので、どこか別の場で発表なさる機会があればいいなと思います。
いつも、いろいろな刺激をありがとうございます(人''▽`)
知りたいことが広がるというのは、本当にありがたいことです。
私にとっては、ネットであれこれ調べたりいろいろな本を読むよりも、農園主さんの記事の方が、わかりやすく興味深く読めるので、うれしいです。
肩こり、運動で治ったのならなによりです。
ぼくは数か月前に、温泉でマッサージ機をつかったのをきっかけに、ひどい肩こり(四十肩)にみまわれて、肩の運動もしたのですがよけいに悪化の一途をたどりました。
なにせ夜も眠るのに苦労するくらいの痛みだったので途方に暮れて、鎮痛消炎効果のある湿布を貼ったところ楽にはなったのですが、どうもじわじわした痛みが残って、具合がわるいんです。
そこで、わらにもすがるおもいで、エレキバンがそのままネックレスになったマグネループというアイテムを買いました。
これが、ぼくにはよく効きました。
いまもつけてるんですが、肩の不調はウソのように治まっています。
そんなこともありましたから、もししつこい肩こりで、運動でも治らないようことがありましたら、磁気アイテムもご検討ください(笑)
鬼のお話、興味深かったので、そちらで広げようかともおもったのですが、今回は卑弥呼で広げてみようとおもいます。
帚木蓬生さんの作品にはいままで読んだことがないのですが、また機会のあるときに触れてみようとおもいます。
今回も長い話になるんですが、こういう視点で卑弥呼の話をした人を見かけたことがないので、ちょっと興味深いのではないかとおもっています。
卑弥呼については、詳細な記述は魏志の倭人伝に頼るほかないんですよね。
倭人伝は西暦でいうと200年代末に中国で書かれたもので、これは古事記や日本書紀より400年以上も前ということになります。
ですから、古事記を編纂する当時、日本にはすでに倭人伝の情報が渡来していた可能性があります。
あるいは渡来人が倭人伝のことを知っていた可能性もあります。
そう考えると、日本神話におけるアマテラスの物語は、倭人伝の卑弥呼の一節を参考にしている可能性があるのではないか。
きょうは倭人伝が日本に渡来していたと仮定して、古事記と卑弥呼の「フィクション」をお話したいとおもいます。
古事記編纂の当時、朝廷に卑弥呼が統治してきた時代のヤマトのことをはっきり知る者はいませんでした。
なにせ文字のない時代でしたから、じぶんの祖父母より向こうのご先祖がなにをしていたかなんて、よほどしっかりと口伝で残していないと、だれもそんなことを知らない時代です。
江戸時代ですら、中期にもなると人々は「天地開闢以来ずっと徳川が世をおさめていたのだ」と漠然とおもっていたといいます。
古代の人々が数世代以前の統治者をおぼえていなかったり、あいまいなのは当然といえるでしょう。
しかし大陸から渡ってきた書物の「倭人伝」には、卑弥呼なる巫女が、いかにもヤマトのごとき「邪馬台国」という国を統治していたという記述があります。
もうすでに数百年も前の出来事であり、朝廷にそのことが口伝されていない以上、そういったことが実際にあったかどうか、確かめるすべはありません。
もちろん日本より文明のすぐれた大陸から渡ってきた書物ですから、正確性はあるとおもいます。
でも国内に卑弥呼を知る者がおらず、過去のことを口伝でまとめるにあたっては、もう神武からは天皇で進めていこうと筋立てが決まってしまっていました。
そこで苦肉の策として、この出来事は天皇の御代よりも前、高天原の神代に起こったエピソードにしようではないか、ということになったのです。
そのように想像すると、日本神話におけるある矛盾に、一定の理由付けができるようにもおもえます。
それはなにかというと、アマテラスは高天原に存在したわけですよね。
そのあとで、ニニギノミコトが九州に降臨し、初代神武天皇が奈良に東征する。
なのに、奈良に墳墓があるといわれる卑弥呼がアマテラスと似てるなんて、時系列がおかしいじゃないかという問題です。
もしアマテラスと卑弥呼が同一人物なら、せめて卑弥呼は天孫降臨の地である九州にいたということでないと、つじつまが合いません。
それで、長い間歴史家は、卑弥呼の畿内説と九州説でもめていたわけです。
しかしいま説明したとおり、太安万侶らが古事記・日本書紀を編纂するにあたって、朝廷の中ではすでに卑弥呼のことは無視して、天皇が統治していたことにしようという筋立てがあったのではないでしょうか。
しかし倭人伝の卑弥呼のエピソードを無視するわけにはいかないから、あくまで神話時代の挿話として、アマテラスの天岩戸の物語として差し込んだ。
そうすれば、倭人伝もいちおうそれとなく日本の歴史に差し挟んだかっこうにはなるし、この歴史書の時系列の狂いに一定の理由付けができます。
ところで、奈良の箸墓古墳は卑弥呼の墓ではないかという説があります。
箸墓古墳には倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)がまつられているといいます。
第7代孝霊天皇の娘といわれるのですが、初期の時代の天皇は、実際に存在していたかどうかあいまいなんです。
あいまいなので、西暦何年にだれが日本を統治していたかもわかりません。
しかしある学者によると倭迹迹日百襲姫命こそが卑弥呼なのではないかというのです。
卑弥呼が西暦200年代末に存在したことを考えると、おおむね孝霊天皇の御代に卑弥呼が存在したというのも、納得できるところではあります。
ただ、そうすると倭人伝における卑弥呼が「女王」であり、男王を立てると世が乱れたという記述とは、食い違いが出てしまう。
なぜなら、古事記・日本書紀ではこの時代の天皇は男で固まっているからです。
この時代に女王統治されていたという記述は、古事記・日本書紀にはありません。
ぼくはどう考えるかというと、倭迹迹日百襲姫命に近い存在が卑弥呼として当時の日本を統治していたとはおもうのです。
しかし先ほども述べたように、古事記や日本書紀といった歴史書を編纂する時代には、初代からの天皇については、各豪族の口伝などで、おおむね筋立てが決まっていたとします。
もう、天皇が統治していたというストーリーで決まりでしょ、ということになってしまっているわけです。
なのに倭人伝には卑弥呼の記述がありますし、実際女王統治の時代はあったのでしょう。
なにせ倭人伝は、いつ卑弥呼が日本を統治していたかもはっきり書いているので、古事記・日本書紀を編纂する側としてはどうにも具合がわるいのです。
というのも、古事記や日本書紀の目的は、天皇家、そして日本という国家の正当性と、その権力のあらましを、文章という形で残すことでした。
ですから、歴史書としての正確性は二の次でした。
正確な記録を残すのが目的ではなくて、「日本は天皇が統治する国である」ということを示すことが目的だったのです。
なので極端なことをいえば、古事記や日本書紀が書かれるより以前の日本のありように関しては、べつにあいまいでも問題なかった。
もう少し突っ込んだことをいえば、朝廷の有力な豪族たちが、その歴史で文句を言わず、納得してくれるのであれば、ほんとうの歴史じゃなくてもなんの問題もなかったのです。
占いで統治していた女王の時代があって、男の王をたてると国が乱れたなんて話よりも、初代から男の天皇が代々統治していたとするほうが、朝廷の重臣たちからすると納得がいく。
なのに、時代まではっきりしている倭人伝に、卑弥呼という女王がいたと書かれてしまっているわけでしょう。
日本という国の歴史は、日本人が決めるべきもののはず。
たとえ大陸で書かれた正確性の高い歴史書であるにせよ、朝廷の重臣たちの顔を立てないわけにはいきません。
けれど倭人伝を完全に無視するというわけにもいかないしなあ……と思案した結果、あのあたりの時代のことはうやむやにして、倭人伝の卑弥呼の件はアマテラスの挿話にしてしまおう、ということになった、という物語です(笑)
じつは古事記・日本書紀研究においても、二代目から九代目までの天皇の時代は、「欠史八代」などといわれる、存在があいまいな時代なんですよね。
言い換えれば「この時代の天皇はほんとうに実在したのか」という議論があるのです。
古代史はあいまいなところが多い分、こういった想像を差し込むゆとりがあるのは、たのしいですね。
というわけで、この話はあくまでフィクションとして聞いていただきたいのですが、実際古代の朝廷の、記紀編纂の現場はこんな感じだったんじゃないかとおもっています。
ぼくは数か月前に、温泉でマッサージ機をつかったのをきっかけに、ひどい肩こり(四十肩)にみまわれて、肩の運動もしたのですがよけいに悪化の一途をたどりました。
なにせ夜も眠るのに苦労するくらいの痛みだったので途方に暮れて、鎮痛消炎効果のある湿布を貼ったところ楽にはなったのですが、どうもじわじわした痛みが残って、具合がわるいんです。
そこで、わらにもすがるおもいで、エレキバンがそのままネックレスになったマグネループというアイテムを買いました。
これが、ぼくにはよく効きました。
いまもつけてるんですが、肩の不調はウソのように治まっています。
そんなこともありましたから、もししつこい肩こりで、運動でも治らないようことがありましたら、磁気アイテムもご検討ください(笑)
鬼のお話、興味深かったので、そちらで広げようかともおもったのですが、今回は卑弥呼で広げてみようとおもいます。
帚木蓬生さんの作品にはいままで読んだことがないのですが、また機会のあるときに触れてみようとおもいます。
今回も長い話になるんですが、こういう視点で卑弥呼の話をした人を見かけたことがないので、ちょっと興味深いのではないかとおもっています。
卑弥呼については、詳細な記述は魏志の倭人伝に頼るほかないんですよね。
倭人伝は西暦でいうと200年代末に中国で書かれたもので、これは古事記や日本書紀より400年以上も前ということになります。
ですから、古事記を編纂する当時、日本にはすでに倭人伝の情報が渡来していた可能性があります。
あるいは渡来人が倭人伝のことを知っていた可能性もあります。
そう考えると、日本神話におけるアマテラスの物語は、倭人伝の卑弥呼の一節を参考にしている可能性があるのではないか。
きょうは倭人伝が日本に渡来していたと仮定して、古事記と卑弥呼の「フィクション」をお話したいとおもいます。
古事記編纂の当時、朝廷に卑弥呼が統治してきた時代のヤマトのことをはっきり知る者はいませんでした。
なにせ文字のない時代でしたから、じぶんの祖父母より向こうのご先祖がなにをしていたかなんて、よほどしっかりと口伝で残していないと、だれもそんなことを知らない時代です。
江戸時代ですら、中期にもなると人々は「天地開闢以来ずっと徳川が世をおさめていたのだ」と漠然とおもっていたといいます。
古代の人々が数世代以前の統治者をおぼえていなかったり、あいまいなのは当然といえるでしょう。
しかし大陸から渡ってきた書物の「倭人伝」には、卑弥呼なる巫女が、いかにもヤマトのごとき「邪馬台国」という国を統治していたという記述があります。
もうすでに数百年も前の出来事であり、朝廷にそのことが口伝されていない以上、そういったことが実際にあったかどうか、確かめるすべはありません。
もちろん日本より文明のすぐれた大陸から渡ってきた書物ですから、正確性はあるとおもいます。
でも国内に卑弥呼を知る者がおらず、過去のことを口伝でまとめるにあたっては、もう神武からは天皇で進めていこうと筋立てが決まってしまっていました。
そこで苦肉の策として、この出来事は天皇の御代よりも前、高天原の神代に起こったエピソードにしようではないか、ということになったのです。
そのように想像すると、日本神話におけるある矛盾に、一定の理由付けができるようにもおもえます。
それはなにかというと、アマテラスは高天原に存在したわけですよね。
そのあとで、ニニギノミコトが九州に降臨し、初代神武天皇が奈良に東征する。
なのに、奈良に墳墓があるといわれる卑弥呼がアマテラスと似てるなんて、時系列がおかしいじゃないかという問題です。
もしアマテラスと卑弥呼が同一人物なら、せめて卑弥呼は天孫降臨の地である九州にいたということでないと、つじつまが合いません。
それで、長い間歴史家は、卑弥呼の畿内説と九州説でもめていたわけです。
しかしいま説明したとおり、太安万侶らが古事記・日本書紀を編纂するにあたって、朝廷の中ではすでに卑弥呼のことは無視して、天皇が統治していたことにしようという筋立てがあったのではないでしょうか。
しかし倭人伝の卑弥呼のエピソードを無視するわけにはいかないから、あくまで神話時代の挿話として、アマテラスの天岩戸の物語として差し込んだ。
そうすれば、倭人伝もいちおうそれとなく日本の歴史に差し挟んだかっこうにはなるし、この歴史書の時系列の狂いに一定の理由付けができます。
ところで、奈良の箸墓古墳は卑弥呼の墓ではないかという説があります。
箸墓古墳には倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)がまつられているといいます。
第7代孝霊天皇の娘といわれるのですが、初期の時代の天皇は、実際に存在していたかどうかあいまいなんです。
あいまいなので、西暦何年にだれが日本を統治していたかもわかりません。
しかしある学者によると倭迹迹日百襲姫命こそが卑弥呼なのではないかというのです。
卑弥呼が西暦200年代末に存在したことを考えると、おおむね孝霊天皇の御代に卑弥呼が存在したというのも、納得できるところではあります。
ただ、そうすると倭人伝における卑弥呼が「女王」であり、男王を立てると世が乱れたという記述とは、食い違いが出てしまう。
なぜなら、古事記・日本書紀ではこの時代の天皇は男で固まっているからです。
この時代に女王統治されていたという記述は、古事記・日本書紀にはありません。
ぼくはどう考えるかというと、倭迹迹日百襲姫命に近い存在が卑弥呼として当時の日本を統治していたとはおもうのです。
しかし先ほども述べたように、古事記や日本書紀といった歴史書を編纂する時代には、初代からの天皇については、各豪族の口伝などで、おおむね筋立てが決まっていたとします。
もう、天皇が統治していたというストーリーで決まりでしょ、ということになってしまっているわけです。
なのに倭人伝には卑弥呼の記述がありますし、実際女王統治の時代はあったのでしょう。
なにせ倭人伝は、いつ卑弥呼が日本を統治していたかもはっきり書いているので、古事記・日本書紀を編纂する側としてはどうにも具合がわるいのです。
というのも、古事記や日本書紀の目的は、天皇家、そして日本という国家の正当性と、その権力のあらましを、文章という形で残すことでした。
ですから、歴史書としての正確性は二の次でした。
正確な記録を残すのが目的ではなくて、「日本は天皇が統治する国である」ということを示すことが目的だったのです。
なので極端なことをいえば、古事記や日本書紀が書かれるより以前の日本のありように関しては、べつにあいまいでも問題なかった。
もう少し突っ込んだことをいえば、朝廷の有力な豪族たちが、その歴史で文句を言わず、納得してくれるのであれば、ほんとうの歴史じゃなくてもなんの問題もなかったのです。
占いで統治していた女王の時代があって、男の王をたてると国が乱れたなんて話よりも、初代から男の天皇が代々統治していたとするほうが、朝廷の重臣たちからすると納得がいく。
なのに、時代まではっきりしている倭人伝に、卑弥呼という女王がいたと書かれてしまっているわけでしょう。
日本という国の歴史は、日本人が決めるべきもののはず。
たとえ大陸で書かれた正確性の高い歴史書であるにせよ、朝廷の重臣たちの顔を立てないわけにはいきません。
けれど倭人伝を完全に無視するというわけにもいかないしなあ……と思案した結果、あのあたりの時代のことはうやむやにして、倭人伝の卑弥呼の件はアマテラスの挿話にしてしまおう、ということになった、という物語です(笑)
じつは古事記・日本書紀研究においても、二代目から九代目までの天皇の時代は、「欠史八代」などといわれる、存在があいまいな時代なんですよね。
言い換えれば「この時代の天皇はほんとうに実在したのか」という議論があるのです。
古代史はあいまいなところが多い分、こういった想像を差し込むゆとりがあるのは、たのしいですね。
というわけで、この話はあくまでフィクションとして聞いていただきたいのですが、実際古代の朝廷の、記紀編纂の現場はこんな感じだったんじゃないかとおもっています。
それは大変でしたね。
アプリの数が多いとずいぶんと厄介な作業だと思います。
お疲れ様でした(o_ _)o))
ネッククーラー、お役に立っているようでよかったです!
去年、リング型の物を買ったのですが、すぐに冷たさを感じなくなってしまうのと、着け心地がゴリゴリ感満載で、引き出しにしまい込んでしまいました。
外で使用すると、すぐぬるくなってしまいますよね。
年々夏の暑さがひどくなっているので、もうちょっといいものが改良されてくるといいのですが。
かぐや姫、神話のお話など、さらに詳しいご説明をありがとうございます。
アマテラス・卑弥呼・壱与の関係性のお話は、ちょっとした衝撃で、興味を覚えました。
このあたりを少しだけ調べていて、私の好きな作家、帚木蓬生が『日御子』を書いていたのを思い出しました。
(書き足し)帚木蓬生の作品は殆ど読んではいるのですが、日御子はこの作家にしては珍しいのと、卑弥呼にさほど興味がなかったので敬遠していました。
近いうち、読んでみようと思います。
卑弥呼は小学校の教科書にも登場する人物ですし、邪馬台国がどこにあったかも書き換えられてきています。
やはり、日本の歴史を語る上では、欠かすことができない、重要なものなのでしょうね。
私の捉え方としては、歴史というより、神話に近いもののような気がします。
鬼の伝説の話を読ませていただき、大江山の酒呑童子のことは知っていますが、他になにかあったかと調べてみました。
そこで、こんなサイトを見つけましたが、農園主さんは、ご存じのことばかりと思います。
https://www.uminokyoto.jp/feature/detail...
ここで「土蜘蛛」という言葉があり、それが記憶に引っかかっていたのですが、京都の六波羅蜜寺(空也上人で有名な)の節分だったと思いあたりました。
節分に合わせて2回お参りに行ったのですが、ただ豆を撒くだけでなく、鬼ではなく土蜘蛛を退治する儀式がありました。
土蜘蛛は鬼だということを、さきほどのサイトで知りました←2回観ても理解できていなかったという(笑)
さらに、「鬼は土蜘蛛と呼ばれ、天皇に従わなかった地方の豪族といわれています」と書いてありました。
農園主さんのご見解のとおりですね。
また新しく興味のあるお話ばかり、ありがとうございました。
余談です。
お声がけをいただいたので、4月からさらに一ヶ所仕事を増やしました。
どこも月に2~3回なのですが、2日続くとけっこうな疲労があり、疲れが取れない状態が続いています。
特に、首肩の凝りがひどく、それに伴い頭痛もありました。
マッサージに行きたいと思いながら、仕事のイベントも控えていて、準備に追われ時間もなく、しまいには歯まで浮いてきました。
そこで、騙されたと思って(自分に使うことばではないですね(笑))、本当に簡単な、肩周りをほぐす(らしい)運動を3分ほどやってみたところ、不調が明らかに改善されてきました。
まだ1週間もたちませんが、こんな些細なことでほぐれるなら、もっと早くやっておけばよかったと(^_^;)
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ネッククーラー、お役に立っているようでよかったです!
去年、リング型の物を買ったのですが、すぐに冷たさを感じなくなってしまうのと、着け心地がゴリゴリ感満載で、引き出しにしまい込んでしまいました。
外で使用すると、すぐぬるくなってしまいますよね。
年々夏の暑さがひどくなっているので、もうちょっといいものが改良されてくるといいのですが。
かぐや姫、神話のお話など、さらに詳しいご説明をありがとうございます。
アマテラス・卑弥呼・壱与の関係性のお話は、ちょっとした衝撃で、興味を覚えました。
このあたりを少しだけ調べていて、私の好きな作家、帚木蓬生が『日御子』を書いていたのを思い出しました。
(書き足し)帚木蓬生の作品は殆ど読んではいるのですが、日御子はこの作家にしては珍しいのと、卑弥呼にさほど興味がなかったので敬遠していました。
近いうち、読んでみようと思います。
卑弥呼は小学校の教科書にも登場する人物ですし、邪馬台国がどこにあったかも書き換えられてきています。
やはり、日本の歴史を語る上では、欠かすことができない、重要なものなのでしょうね。
私の捉え方としては、歴史というより、神話に近いもののような気がします。
鬼の伝説の話を読ませていただき、大江山の酒呑童子のことは知っていますが、他になにかあったかと調べてみました。
そこで、こんなサイトを見つけましたが、農園主さんは、ご存じのことばかりと思います。
https://www.uminokyoto.jp/feature/detail...
ここで「土蜘蛛」という言葉があり、それが記憶に引っかかっていたのですが、京都の六波羅蜜寺(空也上人で有名な)の節分だったと思いあたりました。
節分に合わせて2回お参りに行ったのですが、ただ豆を撒くだけでなく、鬼ではなく土蜘蛛を退治する儀式がありました。
土蜘蛛は鬼だということを、さきほどのサイトで知りました←2回観ても理解できていなかったという(笑)
さらに、「鬼は土蜘蛛と呼ばれ、天皇に従わなかった地方の豪族といわれています」と書いてありました。
農園主さんのご見解のとおりですね。
また新しく興味のあるお話ばかり、ありがとうございました。
余談です。
お声がけをいただいたので、4月からさらに一ヶ所仕事を増やしました。
どこも月に2~3回なのですが、2日続くとけっこうな疲労があり、疲れが取れない状態が続いています。
特に、首肩の凝りがひどく、それに伴い頭痛もありました。
マッサージに行きたいと思いながら、仕事のイベントも控えていて、準備に追われ時間もなく、しまいには歯まで浮いてきました。
そこで、騙されたと思って(自分に使うことばではないですね(笑))、本当に簡単な、肩周りをほぐす(らしい)運動を3分ほどやってみたところ、不調が明らかに改善されてきました。
まだ1週間もたちませんが、こんな些細なことでほぐれるなら、もっと早くやっておけばよかったと(^_^;)
ここ数日、スマホのスピーカーが故障したことで、買い替えをしていました。
きのう届いて、まるまる一日かけて設定をしました。アプリの移動などいろいろラクにはなったとおもうんですが、ひとつひとつのアプリを以前とおなじ使い勝手にしようとおもうと手間がかかりますね。
それと、先日非常に暑い日がありました。
35度以上の猛暑で、さすがに農作業をするのもたいへんなんですが、いただいたネッククーラーを利用させていただきました。
生地の素材がやわらかく、冷却素材の幅が広いので、着け心地もよく、首の後ろ全体を冷却してくれて、たいへん助かりました。
これから夏に重宝します。ありがとうございました。
かぐや姫については、以前にもお話ししたとおもうんですが、もともとは神仏習合ですよね。
かぐや姫を迎えにきた存在が不老不死の薬を人間に与えるところから、ぼくはあれは薬師如来がモデルなのではないかといいました。
かぐや姫は本地垂迹(仏教の仏が渡来するまでの間、日本神話の神の姿を借りてあらわれたという伝説)にもとづいているのだとおもいます。
つまり、大陸からきた神仏が、日本の神々よりも優位だった時代の話ですね。
というのも、竹取物語におけるかぐや姫は異界の神仏の一族で、その一族の力には帝(神道)でもかなわない、という話でしょう。
もしこれが明治から終戦までのように、天皇を一神教のように崇める国家神道だったら、帝(天皇)が負けてしまう物語がつくられるはずはありません。
竹取物語の当時の日本では、大陸からやってきた仏教が隆盛を極めていて、神道の威光・信仰が薄れていました。
そこで、神道は仏教に取り込まれるカタチで生き残りをかけたんですよね。
それが神仏習合です。
大陸から渡来した文化は、それだけ当時は強大だととらえられていました。
だから、異界の一族に天皇も手出しできないという物語も、抵抗なく受け入れられたのでしょう。
前回は神話からアプローチしてかぐや姫を考えましたが、日本神話とかぐや姫を結び付けるのは近世以降のムーブメントであって、それ以前のかぐや姫は、神と仏の融合した「神仏」だったのだとおもいます。
富士山かぐや姫ミュージアムのお話は、竹取物語とはべつのカタチで、非常に仏教色の強いかぐや姫の物語ですよね。
近世以前にさかのぼると、かぐや姫の物語も「仏教説話」のような形で各地に伝わっていたのかもしれませんね。
日本神話がほんとうにあったかどうかというお話ですが、細かいディテールまで実際にあったと考えるよりは、大雑把にそういったことがあった、と考えるのが通例のようです。
たとえば登場人物はひとりではなく、集団をあらわすケースが多いですね。
ニニギノミコトの息子である山幸彦・海幸彦は、それぞれその当時九州で影響力を持っていた天孫族と隼人族をあらわすとされています。
神話では山幸彦・海幸彦という人物がいた、というのですが、実際は集団同士の争いがあったということを、縮図のように神の物語としたのでしょう。
鬼(あるいは元をたどれば「わに」か)が、大陸からの異人をさしていたというのも、そうですね。
〇〇という鬼がいたという伝説になってはいますが、鬼そのものが「国家の安寧をおびやかす異人の一群」という属性をあらわしているわけです。
日本の鬼の多くは、日本海側(あるいは日本海側に近い内陸)、そして瀬戸内海に近い場所にその伝承が多いです。
太平洋側ではあまり鬼の伝説を聞きませんが、それはやはり、鬼が大陸からわたってくるときのルートにかかわりがあるんですよね。
やはり日本海側からやってくるか、九州の福岡あたりを経由して、瀬戸内海の海を渡ってくるというルートになるわけで、実際日本の多くの鬼の分布もそうなっています。
そして大陸からわたってきた連中が朝廷の国家安寧をおびやかす存在になったときには、国家の威信をかけて討伐した。
それが神話や民間伝承において、かれらを「鬼」という悪のアイコンに仕立てたんですね。
ところでそのように、神話の登場人物をひとりの人間として考えない、というやり方でみていくと、アマテラスの伝説と卑弥呼の魏志倭人伝の伝説にもつながりが感じられます。
アマテラスが天岩戸に隠れると、世の中が真っ暗闇になり、おかしな神々がはびこるようになった。
そこで多くの神々がなんとかしてアマテラスを引っ張り出したという、アレです。
魏志倭人伝では、卑弥呼は邪馬台国(これはやはりヤマト国につながることでしょう)をおさめていて、彼女が死ぬと男の王が立ちます。
しかしその男の王を不服として国が乱れたといいます。
そこで卑弥呼の血縁にあったまだ13歳の壱与(台与)をあらためて女王としたところ、国の乱れがおさまったというのです。
つまり、アマテラスをひとりの人物と考えるのではなく、卑弥呼と壱与の「女王の時代」として考えるわけです。
天岩戸にかくれたというのは、卑弥呼が亡くなったこと。
その後天岩戸からまたあらわれたというのは、壱与が改めて女王となったということをあらわしている、と考えるとどうでしょう。
魏志倭人伝においては「卑弥呼には弟がいた」という記述がありますが、それが果たしてスサノオなのかどうかはわかりません。
卑弥呼の後に立った男王と、卑弥呼の弟のつながりについても魏志倭人伝にはなにも書かれていません。
しかしこの血縁についても、実際のきょうだいであるというよりは、国という単位でみて最終的に朝廷という形に集約されていくまでの、各地の王族などの集団を、あたかも血縁のように描いていると考えるほうが自然だとおもいます。
もちろんこれらの話は仮説のひとつなわけですが、日本神話の場合、やはり集団の権力争いや国同士の物語が下地になっている、と考えると、実際の出来事と接点が得られることも多いんですよね。
きのう届いて、まるまる一日かけて設定をしました。アプリの移動などいろいろラクにはなったとおもうんですが、ひとつひとつのアプリを以前とおなじ使い勝手にしようとおもうと手間がかかりますね。
それと、先日非常に暑い日がありました。
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これから夏に重宝します。ありがとうございました。
かぐや姫については、以前にもお話ししたとおもうんですが、もともとは神仏習合ですよね。
かぐや姫を迎えにきた存在が不老不死の薬を人間に与えるところから、ぼくはあれは薬師如来がモデルなのではないかといいました。
かぐや姫は本地垂迹(仏教の仏が渡来するまでの間、日本神話の神の姿を借りてあらわれたという伝説)にもとづいているのだとおもいます。
つまり、大陸からきた神仏が、日本の神々よりも優位だった時代の話ですね。
というのも、竹取物語におけるかぐや姫は異界の神仏の一族で、その一族の力には帝(神道)でもかなわない、という話でしょう。
もしこれが明治から終戦までのように、天皇を一神教のように崇める国家神道だったら、帝(天皇)が負けてしまう物語がつくられるはずはありません。
竹取物語の当時の日本では、大陸からやってきた仏教が隆盛を極めていて、神道の威光・信仰が薄れていました。
そこで、神道は仏教に取り込まれるカタチで生き残りをかけたんですよね。
それが神仏習合です。
大陸から渡来した文化は、それだけ当時は強大だととらえられていました。
だから、異界の一族に天皇も手出しできないという物語も、抵抗なく受け入れられたのでしょう。
前回は神話からアプローチしてかぐや姫を考えましたが、日本神話とかぐや姫を結び付けるのは近世以降のムーブメントであって、それ以前のかぐや姫は、神と仏の融合した「神仏」だったのだとおもいます。
富士山かぐや姫ミュージアムのお話は、竹取物語とはべつのカタチで、非常に仏教色の強いかぐや姫の物語ですよね。
近世以前にさかのぼると、かぐや姫の物語も「仏教説話」のような形で各地に伝わっていたのかもしれませんね。
日本神話がほんとうにあったかどうかというお話ですが、細かいディテールまで実際にあったと考えるよりは、大雑把にそういったことがあった、と考えるのが通例のようです。
たとえば登場人物はひとりではなく、集団をあらわすケースが多いですね。
ニニギノミコトの息子である山幸彦・海幸彦は、それぞれその当時九州で影響力を持っていた天孫族と隼人族をあらわすとされています。
神話では山幸彦・海幸彦という人物がいた、というのですが、実際は集団同士の争いがあったということを、縮図のように神の物語としたのでしょう。
鬼(あるいは元をたどれば「わに」か)が、大陸からの異人をさしていたというのも、そうですね。
〇〇という鬼がいたという伝説になってはいますが、鬼そのものが「国家の安寧をおびやかす異人の一群」という属性をあらわしているわけです。
日本の鬼の多くは、日本海側(あるいは日本海側に近い内陸)、そして瀬戸内海に近い場所にその伝承が多いです。
太平洋側ではあまり鬼の伝説を聞きませんが、それはやはり、鬼が大陸からわたってくるときのルートにかかわりがあるんですよね。
やはり日本海側からやってくるか、九州の福岡あたりを経由して、瀬戸内海の海を渡ってくるというルートになるわけで、実際日本の多くの鬼の分布もそうなっています。
そして大陸からわたってきた連中が朝廷の国家安寧をおびやかす存在になったときには、国家の威信をかけて討伐した。
それが神話や民間伝承において、かれらを「鬼」という悪のアイコンに仕立てたんですね。
ところでそのように、神話の登場人物をひとりの人間として考えない、というやり方でみていくと、アマテラスの伝説と卑弥呼の魏志倭人伝の伝説にもつながりが感じられます。
アマテラスが天岩戸に隠れると、世の中が真っ暗闇になり、おかしな神々がはびこるようになった。
そこで多くの神々がなんとかしてアマテラスを引っ張り出したという、アレです。
魏志倭人伝では、卑弥呼は邪馬台国(これはやはりヤマト国につながることでしょう)をおさめていて、彼女が死ぬと男の王が立ちます。
しかしその男の王を不服として国が乱れたといいます。
そこで卑弥呼の血縁にあったまだ13歳の壱与(台与)をあらためて女王としたところ、国の乱れがおさまったというのです。
つまり、アマテラスをひとりの人物と考えるのではなく、卑弥呼と壱与の「女王の時代」として考えるわけです。
天岩戸にかくれたというのは、卑弥呼が亡くなったこと。
その後天岩戸からまたあらわれたというのは、壱与が改めて女王となったということをあらわしている、と考えるとどうでしょう。
魏志倭人伝においては「卑弥呼には弟がいた」という記述がありますが、それが果たしてスサノオなのかどうかはわかりません。
卑弥呼の後に立った男王と、卑弥呼の弟のつながりについても魏志倭人伝にはなにも書かれていません。
しかしこの血縁についても、実際のきょうだいであるというよりは、国という単位でみて最終的に朝廷という形に集約されていくまでの、各地の王族などの集団を、あたかも血縁のように描いていると考えるほうが自然だとおもいます。
もちろんこれらの話は仮説のひとつなわけですが、日本神話の場合、やはり集団の権力争いや国同士の物語が下地になっている、と考えると、実際の出来事と接点が得られることも多いんですよね。
私のつまらない妄想話から、思いもよらなかったことを、詳しく、そしてわかりやすくご説明いただき、ありがとうございます。
大雑把な神話の系図は知っていても、見落としている神様や、関係が理解できていなかったものが、かなりあったことに気がつきました。
私がお参りしたことがある神社で、オオヤマツミが主祭神のところは少ないのですが、先月行った秩父の宝登山神社では主祭神でした。
コノハナサクヤヒメの父親だったんですね。
香用比売ですが、読み方を誤って覚えていました。
そして、同じ読み方でも、違う神様もいたんですね、迦具夜比売。
讃岐垂根王の話、朝熊神社と浅間神社の話、すべてが、とても興味深いです。
しっかり気合を入れて読ませていただきました(笑)
神話や、神話から派生した話というのは、こうやって偶然の重なりを紐解いていく楽しさ、おもしろさがありますね。
農園主さんのご見解は、本当にうなってしまうことばかりです。
静岡県の『富士山かぐや姫ミュージアム』のHPには、かぐや姫は月に帰らず、富士山に帰ったと書かれています。
また、育てたおじいさん、おばあさんも、神様だったようです。
神話や民話を題材にして、その土地特有の話を作り上げたものでしょうが、一応そのページを貼っておきます。
https://museum.city.fuji.shizuoka.jp/pri...
日本に限らず、ギリシャ神話、ローマ神話など、世界各国でその国独自の神話がありますが、日本神話にしても、実際に神様に会って記録を取って書きとめてきたわけではなく、そもそも初めはいったい誰が言いだしたことなのか、それとも本当にいたのか、というところが気になります(笑)
ただ、どの国でも、そんなあやふやな信憑性に欠けるような神話をもとにして、たくさんの民話・おとぎ話を伝承し、さらには歌、童謡や詩、叙事文学などにして、語り継ぎ、歌い継がれてきたという、神話の底力のような魅力は本当にすごいものだと思います。
そういえば、星座もギリシャ神話に関連がありましたね。
星座といえば、明日は新暦のたなばたですが、七夕伝説も、もとは中国の神話だと言います。
コノハナサクヤヒメから、ずいぶんとたくさんのことを教えていただきましたが、恐らく農園主さんとしては、もっと多くのことを、さらに深堀りして、詳しくお書きになりたかったのではないでしょうか。
私の話からお時間を取らせてしまい、申し訳なかったですが、またいろいろと教えていただけたら大変うれしいです。
大雑把な神話の系図は知っていても、見落としている神様や、関係が理解できていなかったものが、かなりあったことに気がつきました。
私がお参りしたことがある神社で、オオヤマツミが主祭神のところは少ないのですが、先月行った秩父の宝登山神社では主祭神でした。
コノハナサクヤヒメの父親だったんですね。
香用比売ですが、読み方を誤って覚えていました。
そして、同じ読み方でも、違う神様もいたんですね、迦具夜比売。
讃岐垂根王の話、朝熊神社と浅間神社の話、すべてが、とても興味深いです。
しっかり気合を入れて読ませていただきました(笑)
神話や、神話から派生した話というのは、こうやって偶然の重なりを紐解いていく楽しさ、おもしろさがありますね。
農園主さんのご見解は、本当にうなってしまうことばかりです。
静岡県の『富士山かぐや姫ミュージアム』のHPには、かぐや姫は月に帰らず、富士山に帰ったと書かれています。
また、育てたおじいさん、おばあさんも、神様だったようです。
神話や民話を題材にして、その土地特有の話を作り上げたものでしょうが、一応そのページを貼っておきます。
https://museum.city.fuji.shizuoka.jp/pri...
日本に限らず、ギリシャ神話、ローマ神話など、世界各国でその国独自の神話がありますが、日本神話にしても、実際に神様に会って記録を取って書きとめてきたわけではなく、そもそも初めはいったい誰が言いだしたことなのか、それとも本当にいたのか、というところが気になります(笑)
ただ、どの国でも、そんなあやふやな信憑性に欠けるような神話をもとにして、たくさんの民話・おとぎ話を伝承し、さらには歌、童謡や詩、叙事文学などにして、語り継ぎ、歌い継がれてきたという、神話の底力のような魅力は本当にすごいものだと思います。
そういえば、星座もギリシャ神話に関連がありましたね。
星座といえば、明日は新暦のたなばたですが、七夕伝説も、もとは中国の神話だと言います。
コノハナサクヤヒメから、ずいぶんとたくさんのことを教えていただきましたが、恐らく農園主さんとしては、もっと多くのことを、さらに深堀りして、詳しくお書きになりたかったのではないでしょうか。
私の話からお時間を取らせてしまい、申し訳なかったですが、またいろいろと教えていただけたら大変うれしいです。
1484
かぐや姫のお話をうかがったので、きょうは返信でいただいた富士山や朝熊神社のお話をまじえて、こんな話はいかがでしょうか。
できるだけ混みあった話にはせず、わかりやすく伝えたいのですが、深掘りしているので、すこし気合を入れてお読みください(笑)
イザナギとイザナギの国生みの神話はご存知だとおもいます。
この際にたくさんの神が生まれました。
スサノオやアマテラスがそうですが、オオヤマツミもそのひとりです。
オオヤマツミは、コノハナサクヤやイワナガヒメの父親です。
つまり、コノハナサクヤやイワナガヒメからすると、スサノオは「おじさん」ということになります。
そのスサノオおじさんの子に大年神がいます。いわゆる年神様です。
コノハナサクヤたちからすると、いとこの関係ですね。
この大年神の妻が、香用比売(かぐよひめ)といいます。
つまり、コノハナサクヤたちからすれば、香用比売はいとこの大年神の奥さん、ということになりますね。
コノハナサクヤとの血縁はありませんが、非常に近いところに、かぐや姫に名前の似た、かぐよ姫がいるわけです。
この「かぐ」には、輝くとか、見目麗しいという意味があり、農耕祭祀の玉や農具にかかる光をあらわすともいわれます。
たとえば奈良県の香具山は、「輝く山」という意味になりますし、かぐよ姫もかぐや姫も「輝く姫」という意味になります。
光り輝く竹から生まれた美しいかぐや姫ですから、やはり言葉の意味は通っています。
しかしかぐや姫といちばん関連性が強いのは、古墳時代の天皇とされる11代垂仁天皇の妻、迦具夜比売(かぐよひめ)でしょう。
迦具夜比売の父親は大筒木垂根王(おおつつきたるねのみこ)といい、その弟に讃岐垂根王(さぬきたるねのみこ)がいます。
竹取物語の翁の名前は讃岐造(さぬきのみやつこ)ですから、迦具夜比売のおじさんが讃岐垂根王であることは、偶然とはおもえません。
さらに、富士山の浅間大社の由来は、過去の噴火で荒廃していた富士山に、垂仁天皇が浅間神をまつったのが始まりといわれています。
かぐや姫の物語の最後は、不老不死の薬を富士山で焼いてしまうというものですが、垂仁天皇と富士山の関係性も、かぐや姫の物語と無縁ではないでしょう。
これらの点をみると、かぐや姫のモデルが迦具夜比売という説は、かなり固いとおもいます。
では、コノハナサクヤに近しい大年神の妻の香用比売はどうでしょう。
お話いただいた朝熊神社も、御祭神は「大年神・苔虫命・朝熊水神」とされていますが、朝熊神社は古く桜の名所だったそうで、御祭神を「桜大刀自命(コノハナサクヤ)・苔虫命・朝熊水神」とする説もあるそうな。
大年神とコノハナサクヤ姉妹に接点がもたらされるような話で、さらに朝熊神社と浅間神社になにか接点があるのではないかといううわさもあります。
とはいえ、このように論拠のあやしいところから結び付けて考えるのは危なっかしいことですね。
香用比売とかぐや姫のラインは、いかにも接点がありそうでしたが、詰めていくと、単なる偶然ともいえるレベルで、線としてはかなり薄いといわざるをえません。
ただ、すくなくとも、かぐや姫を匂わせるかぐよ姫が、日本神話の物語の中にふたりいるわけです。
かぐや姫の富士山のエピソードと、香用比売や迦具夜比売の関係性については、なんとなくご理解いただけるのではないかとおもいます。
ところで、ギズモさんもおっしゃっていたように、富士山の御祭神がコノハナサクヤになったのは近世以降で、それまでは「浅間神」(ギズモさんのおっしゃる「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」)としてまつられていたといいます。
近世に国学の情報が流通するにしたがって、「不死の山」から長寿のイワナガヒメをあてるようになり、火中で子を生んだとされる姉妹のコノハナサクヤも連想され、御祭神にまつられるようになったのでしょう。
またかぐや姫伝説とコノハナサクヤがむすびついていくわけですが、コノハナサクヤと富士山の関係は近世以降のものですから、それ以前をたぐっていくと、「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」、やはりかぐや姫が御祭神のようにまつられていたのかな、とおもいます。
かぐや姫のお話をうかがったので、きょうは返信でいただいた富士山や朝熊神社のお話をまじえて、こんな話はいかがでしょうか。
できるだけ混みあった話にはせず、わかりやすく伝えたいのですが、深掘りしているので、すこし気合を入れてお読みください(笑)
イザナギとイザナギの国生みの神話はご存知だとおもいます。
この際にたくさんの神が生まれました。
スサノオやアマテラスがそうですが、オオヤマツミもそのひとりです。
オオヤマツミは、コノハナサクヤやイワナガヒメの父親です。
つまり、コノハナサクヤやイワナガヒメからすると、スサノオは「おじさん」ということになります。
そのスサノオおじさんの子に大年神がいます。いわゆる年神様です。
コノハナサクヤたちからすると、いとこの関係ですね。
この大年神の妻が、香用比売(かぐよひめ)といいます。
つまり、コノハナサクヤたちからすれば、香用比売はいとこの大年神の奥さん、ということになりますね。
コノハナサクヤとの血縁はありませんが、非常に近いところに、かぐや姫に名前の似た、かぐよ姫がいるわけです。
この「かぐ」には、輝くとか、見目麗しいという意味があり、農耕祭祀の玉や農具にかかる光をあらわすともいわれます。
たとえば奈良県の香具山は、「輝く山」という意味になりますし、かぐよ姫もかぐや姫も「輝く姫」という意味になります。
光り輝く竹から生まれた美しいかぐや姫ですから、やはり言葉の意味は通っています。
しかしかぐや姫といちばん関連性が強いのは、古墳時代の天皇とされる11代垂仁天皇の妻、迦具夜比売(かぐよひめ)でしょう。
迦具夜比売の父親は大筒木垂根王(おおつつきたるねのみこ)といい、その弟に讃岐垂根王(さぬきたるねのみこ)がいます。
竹取物語の翁の名前は讃岐造(さぬきのみやつこ)ですから、迦具夜比売のおじさんが讃岐垂根王であることは、偶然とはおもえません。
さらに、富士山の浅間大社の由来は、過去の噴火で荒廃していた富士山に、垂仁天皇が浅間神をまつったのが始まりといわれています。
かぐや姫の物語の最後は、不老不死の薬を富士山で焼いてしまうというものですが、垂仁天皇と富士山の関係性も、かぐや姫の物語と無縁ではないでしょう。
これらの点をみると、かぐや姫のモデルが迦具夜比売という説は、かなり固いとおもいます。
では、コノハナサクヤに近しい大年神の妻の香用比売はどうでしょう。
お話いただいた朝熊神社も、御祭神は「大年神・苔虫命・朝熊水神」とされていますが、朝熊神社は古く桜の名所だったそうで、御祭神を「桜大刀自命(コノハナサクヤ)・苔虫命・朝熊水神」とする説もあるそうな。
大年神とコノハナサクヤ姉妹に接点がもたらされるような話で、さらに朝熊神社と浅間神社になにか接点があるのではないかといううわさもあります。
とはいえ、このように論拠のあやしいところから結び付けて考えるのは危なっかしいことですね。
香用比売とかぐや姫のラインは、いかにも接点がありそうでしたが、詰めていくと、単なる偶然ともいえるレベルで、線としてはかなり薄いといわざるをえません。
ただ、すくなくとも、かぐや姫を匂わせるかぐよ姫が、日本神話の物語の中にふたりいるわけです。
かぐや姫の富士山のエピソードと、香用比売や迦具夜比売の関係性については、なんとなくご理解いただけるのではないかとおもいます。
ところで、ギズモさんもおっしゃっていたように、富士山の御祭神がコノハナサクヤになったのは近世以降で、それまでは「浅間神」(ギズモさんのおっしゃる「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」)としてまつられていたといいます。
近世に国学の情報が流通するにしたがって、「不死の山」から長寿のイワナガヒメをあてるようになり、火中で子を生んだとされる姉妹のコノハナサクヤも連想され、御祭神にまつられるようになったのでしょう。
またかぐや姫伝説とコノハナサクヤがむすびついていくわけですが、コノハナサクヤと富士山の関係は近世以降のものですから、それ以前をたぐっていくと、「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」、やはりかぐや姫が御祭神のようにまつられていたのかな、とおもいます。
ちちぶまゆ、お口に合ったようでよかったです!!
秩父産のカエデ糖から作ったメープルシロップだったんですね。びっくりです。
コロナに限らず、何かしらの風邪のようなものに罹っている人が最近多いですね。
電車でも道でもお店の中でも、咳をしている人がいたら、急いでササッと逃げています(笑)
冨士山小御嶽神社関連のお話、とても詳しく教えてくださり、ありがとうございます。
「大変」、を何回も書きたいくらい、大変興味深く読ませていただきました。
とりとめのない話ですが、関連する余談としてお読みください。
伊豆に大室山という山がありますが(ネットの写真を貼っておきます)、ここの浅間神社のご祭神はイワナガヒメです。
山といっても、標高580メートル、リフトで登ります←けっこう、というか、かなり怖いです(笑)
そこで聞いた話です(確かテープで回っていました)
その後古事記など読み返し、姉妹の確執の話とはちょっと違うように感じていましたが、農園主さんの記事を読ませていただき、美醜で人を判断する愚かさに対する戒めという、教義めいたものということだとわかりました。
姉妹両方まつってある神社、珍しいですね。
富士山信仰総本山で全国にある浅間神社の主祭神はコノハナサクヤヒメ。あるいはイワナガヒメ。
そして、富士山周辺の浅間神社はコノハナサクヤヒメが多いけれど、富士山から離れるとイワナガヒメが主流となるらしいです。
学生時代、伊勢にいらしたということですが、内宮の摂社『朝熊神社』『朝熊御前神社』、そこのご祭神の一柱が、苔虫命(苔虫神)だそうですね。
奈良時代まで朝熊神社の神体山であった朝熊山は「あさまやま」で、富士山が遥拝できることから、「浅間(あさま)」に通じているとのことらしいです。
と、ここまで書いて、農園主さんはご存じのことばかりだろうなぁ、と思い、消そうかどうしようか悩みます(笑)
桜大刀自命のお話、すごいところにお話が関連していたんですね~。
ここからは私の勝手な妄想です。
冨士山小御嶽神社の創建は、937年となっています。
竹取物語が書かれたのが平安時代の初めですから、その後の創建になります。
富士山のご祭神がコノハナサクヤヒメになったのは、1616年あたり、林羅山の神話解釈によるものが始まりだったようで、中世から江戸初期にかけて富士山の女神としてまつられていたのは「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」でした。
仏教の衰退とともに、どこかでコノハナサクヤヒメに入れ替わったという説がある一方で、コノハナサクヤヒメとかぐや姫が同一視される説もありますね。
結局、冨士山小御嶽神社の創建が937年だとすると、当時とご祭神が異なっていることも考えられます。
小御嶽は富士山よりも先に出現した山なので、その関係でご祭神が富士山とは違うということもありそうです。
竹取物語のラストでは「国で一番高い山の頂上で、帝が(実際は使いの者)かぐや姫からもらった不老不死の薬を燃やしたので、死なない山、不死山(ふじさん)となった」と書かれています。
その後、不二山などと漢字を変えていっているようですね。
そんな山ですので、高貴で長生きの女性(刀自)である「桜大刀自命」、そして年齢を重ねたイワナガヒメである苔虫命としての設定が必要だったのではないでしょうか。
さらに、美しくても醜くてもそんなことは関係なく、神様として姉妹が平等にまつられる必要もあったのかと思います。
またもっと単純に、なにかと対立する立ち位置での本名(笑)、コノハナサクヤヒメ・イワナガヒメの合祀は、富士山ではタブー視されているのかもしれない、とも思えます。
北口本宮冨士浅間神社にお参りした時、本殿でご祈祷が行われていたのですが、神職さんは若い女性でした。巫女さんではありません。
男性の神職をおかないのか、たまたま女性だったのか気にかかったのですが、聞けないで帰ってしまいました。
また、うちから近くて(それでも一時間)大きな浅間神社は、多摩川浅間神社なのですが、祭神はコノハナサクヤヒメで、ここには天狗の石碑(像ではなく)や、大天狗・小天狗天狗の祠があります。
今日は富士山の山開きですね。
小雨が降ったりやんだりの曇り空ですが、なぜか日中は、富士山が青くきれいに見えました(*^^)v
農園主さんの記事で思い出しましたが、6月初めまで、東京国立博物館で特別展「法然と極楽浄土」があり、国宝「綴織當麻曼陀羅」が、奈良県外では初めて公開されました。
行けなかったのが本当に残念です。
秩父産のカエデ糖から作ったメープルシロップだったんですね。びっくりです。
コロナに限らず、何かしらの風邪のようなものに罹っている人が最近多いですね。
電車でも道でもお店の中でも、咳をしている人がいたら、急いでササッと逃げています(笑)
冨士山小御嶽神社関連のお話、とても詳しく教えてくださり、ありがとうございます。
「大変」、を何回も書きたいくらい、大変興味深く読ませていただきました。
とりとめのない話ですが、関連する余談としてお読みください。
伊豆に大室山という山がありますが(ネットの写真を貼っておきます)、ここの浅間神社のご祭神はイワナガヒメです。
山といっても、標高580メートル、リフトで登ります←けっこう、というか、かなり怖いです(笑)
そこで聞いた話です(確かテープで回っていました)
晴れた時は富士山が向かい側に見えるが、富士山の神様は妹のコノハナサクヤヒメで、イワナガヒメは美しい妹をねたんでいたため、大室山では絶対に「富士山がきれい」と言ってはいけない。
姉と妹の山は、いつもにらみ合っている
その後古事記など読み返し、姉妹の確執の話とはちょっと違うように感じていましたが、農園主さんの記事を読ませていただき、美醜で人を判断する愚かさに対する戒めという、教義めいたものということだとわかりました。
姉妹両方まつってある神社、珍しいですね。
富士山信仰総本山で全国にある浅間神社の主祭神はコノハナサクヤヒメ。あるいはイワナガヒメ。
そして、富士山周辺の浅間神社はコノハナサクヤヒメが多いけれど、富士山から離れるとイワナガヒメが主流となるらしいです。
学生時代、伊勢にいらしたということですが、内宮の摂社『朝熊神社』『朝熊御前神社』、そこのご祭神の一柱が、苔虫命(苔虫神)だそうですね。
奈良時代まで朝熊神社の神体山であった朝熊山は「あさまやま」で、富士山が遥拝できることから、「浅間(あさま)」に通じているとのことらしいです。
と、ここまで書いて、農園主さんはご存じのことばかりだろうなぁ、と思い、消そうかどうしようか悩みます(笑)
桜大刀自命のお話、すごいところにお話が関連していたんですね~。
ここからは私の勝手な妄想です。
冨士山小御嶽神社の創建は、937年となっています。
竹取物語が書かれたのが平安時代の初めですから、その後の創建になります。
富士山のご祭神がコノハナサクヤヒメになったのは、1616年あたり、林羅山の神話解釈によるものが始まりだったようで、中世から江戸初期にかけて富士山の女神としてまつられていたのは「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」でした。
仏教の衰退とともに、どこかでコノハナサクヤヒメに入れ替わったという説がある一方で、コノハナサクヤヒメとかぐや姫が同一視される説もありますね。
結局、冨士山小御嶽神社の創建が937年だとすると、当時とご祭神が異なっていることも考えられます。
小御嶽は富士山よりも先に出現した山なので、その関係でご祭神が富士山とは違うということもありそうです。
竹取物語のラストでは「国で一番高い山の頂上で、帝が(実際は使いの者)かぐや姫からもらった不老不死の薬を燃やしたので、死なない山、不死山(ふじさん)となった」と書かれています。
その後、不二山などと漢字を変えていっているようですね。
そんな山ですので、高貴で長生きの女性(刀自)である「桜大刀自命」、そして年齢を重ねたイワナガヒメである苔虫命としての設定が必要だったのではないでしょうか。
さらに、美しくても醜くてもそんなことは関係なく、神様として姉妹が平等にまつられる必要もあったのかと思います。
またもっと単純に、なにかと対立する立ち位置での本名(笑)、コノハナサクヤヒメ・イワナガヒメの合祀は、富士山ではタブー視されているのかもしれない、とも思えます。
北口本宮冨士浅間神社にお参りした時、本殿でご祈祷が行われていたのですが、神職さんは若い女性でした。巫女さんではありません。
男性の神職をおかないのか、たまたま女性だったのか気にかかったのですが、聞けないで帰ってしまいました。
また、うちから近くて(それでも一時間)大きな浅間神社は、多摩川浅間神社なのですが、祭神はコノハナサクヤヒメで、ここには天狗の石碑(像ではなく)や、大天狗・小天狗天狗の祠があります。
今日は富士山の山開きですね。
小雨が降ったりやんだりの曇り空ですが、なぜか日中は、富士山が青くきれいに見えました(*^^)v
農園主さんの記事で思い出しましたが、6月初めまで、東京国立博物館で特別展「法然と極楽浄土」があり、国宝「綴織當麻曼陀羅」が、奈良県外では初めて公開されました。
行けなかったのが本当に残念です。
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さっきの記事に追記をさせてください。
桜大刀自命の名前に、なにか記憶の引っかかりがあって、いまおもい出したんです。
折口信夫の『死者の書』という小説があります。これは難解な小説といわれるんですが、下地になっている物語を理解すると、取っ掛かりになります。
この物語は、當麻曼荼羅の中将姫伝説が下地になっています。
藤原鎌足の玄孫であるうつくしい中将姫は、継母にうとまれ、虐待を受けて家を追い出されます。
そして奈良の宇陀のお寺に身を寄せるのですが、非常にきびしい暮らしを強いられます。
そこへ父親が偶然通りかかり、姫に一緒に帰ろうというのですが、姫は「わたしはもう仏様に帰依して、ひたすら祈り続けたい」と言い、父はその願いを聞き入れ、娘を當麻寺に預けます。
しばらくすると姫の夢枕に仏が立ち、蓮の糸で曼荼羅を織るように託宣されました。
姫はお寺の者にそのことを伝え、各地から蓮の糸を集めて、一心に曼荼羅を織り上げました。その後姫は29歳で亡くなります。
『死者の書』では、まず最初に、半世紀以上前に非業の死をとげている大津皇子が目覚めるところから始まります。
死者である大津皇子は、目覚めたときに妃の耳面刀自(みみものとじ)のことを恋しくおもいました。
耳面刀自は藤原鎌足の娘です。
中将姫は藤原南家の娘、「藤原南家郎女」という名で登場します。
中将姫も藤原鎌足の血を引いていますが、大津皇子は郎女を耳面刀自と勘違いするんですね。
そして郎女が死者の霊をなぐさめるために曼荼羅を織る、という展開です。
ずいぶん長い前置きになりましたが、ここでようやく、耳面刀自が出てきました。
桜大刀自命にも、耳面刀自にも、おなじ「刀自」の名前がありますよね。
この刀自(とじ)というのは、年配の女性、それも宮中の女性への尊称、というような意味があります。
ポイントは、年配の高貴な女性への尊称ということです。
冨士山小御嶽神社の御祭神はイワナガヒメに加えて、桜大刀自命と苔虫命ですが、苔虫命は、年齢を重ねたイワナガヒメをあらわす、といいました。
で、桜大刀自命はコノハナサクヤの別名なんですが、おそらくこれは、おなじコノハナサクヤでも年配になった姿をさしているのではないかとおもうのです。
だから、桜という花に、大刀自(大がつくのは、身分の高さをあらわしています)という年配の女性をあらわす尊称をくっつけているでしょう。
そこで、なぜこの有名な姉妹の神が、年配のお姿でまつられているのか、ということが気になったのですが、そこはどうにもよくわかりませんでした。
以上、長くなりましたが、追記でした。
桜大刀自命の名前に、なにか記憶の引っかかりがあって、いまおもい出したんです。
折口信夫の『死者の書』という小説があります。これは難解な小説といわれるんですが、下地になっている物語を理解すると、取っ掛かりになります。
この物語は、當麻曼荼羅の中将姫伝説が下地になっています。
藤原鎌足の玄孫であるうつくしい中将姫は、継母にうとまれ、虐待を受けて家を追い出されます。
そして奈良の宇陀のお寺に身を寄せるのですが、非常にきびしい暮らしを強いられます。
そこへ父親が偶然通りかかり、姫に一緒に帰ろうというのですが、姫は「わたしはもう仏様に帰依して、ひたすら祈り続けたい」と言い、父はその願いを聞き入れ、娘を當麻寺に預けます。
しばらくすると姫の夢枕に仏が立ち、蓮の糸で曼荼羅を織るように託宣されました。
姫はお寺の者にそのことを伝え、各地から蓮の糸を集めて、一心に曼荼羅を織り上げました。その後姫は29歳で亡くなります。
『死者の書』では、まず最初に、半世紀以上前に非業の死をとげている大津皇子が目覚めるところから始まります。
死者である大津皇子は、目覚めたときに妃の耳面刀自(みみものとじ)のことを恋しくおもいました。
耳面刀自は藤原鎌足の娘です。
中将姫は藤原南家の娘、「藤原南家郎女」という名で登場します。
中将姫も藤原鎌足の血を引いていますが、大津皇子は郎女を耳面刀自と勘違いするんですね。
そして郎女が死者の霊をなぐさめるために曼荼羅を織る、という展開です。
ずいぶん長い前置きになりましたが、ここでようやく、耳面刀自が出てきました。
桜大刀自命にも、耳面刀自にも、おなじ「刀自」の名前がありますよね。
この刀自(とじ)というのは、年配の女性、それも宮中の女性への尊称、というような意味があります。
ポイントは、年配の高貴な女性への尊称ということです。
冨士山小御嶽神社の御祭神はイワナガヒメに加えて、桜大刀自命と苔虫命ですが、苔虫命は、年齢を重ねたイワナガヒメをあらわす、といいました。
で、桜大刀自命はコノハナサクヤの別名なんですが、おそらくこれは、おなじコノハナサクヤでも年配になった姿をさしているのではないかとおもうのです。
だから、桜という花に、大刀自(大がつくのは、身分の高さをあらわしています)という年配の女性をあらわす尊称をくっつけているでしょう。
そこで、なぜこの有名な姉妹の神が、年配のお姿でまつられているのか、ということが気になったのですが、そこはどうにもよくわかりませんでした。
以上、長くなりましたが、追記でした。
1480
コロナ、最近なんだかまた流行し始めていて、ラジオのパーソナリティが、非常にたちのわるい風邪が流行っている、という話をしていました。
周囲でもそういう話をちらほら聞くのですが、巷のうわさのようにして、「おかしな風邪が流行っている」という話を聞くのは、なんだか不気味です。
こちらは田舎なのであまり危機感がない状況ですが、そちらは影響はないでしょうか。
今回はせっかくお話をいただいたので、冨士山小御嶽神社の話をします。
御祭神のイワナガヒメなんですが、以下のようなエピソードがあります。
高天原から中つ国に降臨したニニギノミコト(天孫)が、コノハナサクヤとイワナガヒメをめとることになったんですが、イワナガヒメの容姿が気に入らないニニギノミコトが、イワナガヒメだけ実家に送り返してしまうんです。
イワナガヒメは長命をつかさどる神でしたから、彼女を送り返したことで天孫以降、人間は短命になったといいます。
日本神話には教義らしい教義はないんですが、このエピソードには教義めいたものがあります。
人を美醜で判断する愚かさに対する戒めが込められているんですが、だいたいのことにおおらかな日本神話で、こういう説教っぽい展開は、めずらしいんですよね。
で、それはそれとして、冨士山小御嶽神社ではイワナガヒメのほかに「桜大刀自命(さくらおおとじのみこと)、」と「苔虫命(こけむしのみこと)」がまつられているそうです。
そのうち桜大刀自命はコノハナサクヤの別名なのだそうで、姉妹そろってまつられているようですね。
それで、苔虫命について調べたんですが、どうもこれが、イワナガヒメをさすらしいんです(笑)
イワナガヒメは「岩」で、それだけに長命なわけですが、その岩に苔むす→苔虫、という流れで、苔虫命はすなわち、長く生きられたイワナガヒメをあらわすようです。
小御嶽神にまつられている天狗の名は小御嶽古太郎坊正真というそうですね。
天狗は山体の霊気によって神通力を得ています。
つまり、天狗と山は切っても切れない関係です。
以前お話ししましたが、秋葉山にも秋葉三尺坊(秋葉権現)という大天狗がいます。
ほかにも、有名どころだと鞍馬山の鞍馬天狗。
群馬県の妙義山の妙義神社での、武尊大権現も天狗信仰につながってきますね。
余談ですが、小御嶽神社にもヤマトタケルはまつられているので、やはり日本神話のヤマトタケルと修験道には接点があるのだとおもいます。
いずれにせよ、修験道につかわれる山では、なんらかの天狗が崇められています。
富士山ももちろん修験道に利用されていたわけですが、どうも5合目あたりが修験者のたまり場になっていたようですね。
それで修験者は山のエキスパートですから、道祖神(道開きの神)と結びついて、天狗・猿田彦・シオツチノオジなどとも融合していく……。
しかしこんな話を富士山に行く親にしたところで、なにひとつ理解してもらえないわけですから、親にはただよい体験と無事を祈るにとどめておきます(笑)
ところで、この場をお借りして。
ちちぶまゆを食べてみたんですが、外側のグラニュー糖がさくさく、きめのこまかいましゅまろがふわふわ、カエデ糖(これ秩父のカエデから収穫しているそうですね)がとろとろで、とてもおいしかったです。
素朴な味わいのマシュマロに、グラニュー糖、メープルシロップと、特別なことをしているわけではないのに、格別な味になっていますね。
たいへんよいものを、ありがとうございました。
コロナ、最近なんだかまた流行し始めていて、ラジオのパーソナリティが、非常にたちのわるい風邪が流行っている、という話をしていました。
周囲でもそういう話をちらほら聞くのですが、巷のうわさのようにして、「おかしな風邪が流行っている」という話を聞くのは、なんだか不気味です。
こちらは田舎なのであまり危機感がない状況ですが、そちらは影響はないでしょうか。
今回はせっかくお話をいただいたので、冨士山小御嶽神社の話をします。
御祭神のイワナガヒメなんですが、以下のようなエピソードがあります。
高天原から中つ国に降臨したニニギノミコト(天孫)が、コノハナサクヤとイワナガヒメをめとることになったんですが、イワナガヒメの容姿が気に入らないニニギノミコトが、イワナガヒメだけ実家に送り返してしまうんです。
イワナガヒメは長命をつかさどる神でしたから、彼女を送り返したことで天孫以降、人間は短命になったといいます。
日本神話には教義らしい教義はないんですが、このエピソードには教義めいたものがあります。
人を美醜で判断する愚かさに対する戒めが込められているんですが、だいたいのことにおおらかな日本神話で、こういう説教っぽい展開は、めずらしいんですよね。
で、それはそれとして、冨士山小御嶽神社ではイワナガヒメのほかに「桜大刀自命(さくらおおとじのみこと)、」と「苔虫命(こけむしのみこと)」がまつられているそうです。
そのうち桜大刀自命はコノハナサクヤの別名なのだそうで、姉妹そろってまつられているようですね。
それで、苔虫命について調べたんですが、どうもこれが、イワナガヒメをさすらしいんです(笑)
イワナガヒメは「岩」で、それだけに長命なわけですが、その岩に苔むす→苔虫、という流れで、苔虫命はすなわち、長く生きられたイワナガヒメをあらわすようです。
小御嶽神にまつられている天狗の名は小御嶽古太郎坊正真というそうですね。
天狗は山体の霊気によって神通力を得ています。
つまり、天狗と山は切っても切れない関係です。
以前お話ししましたが、秋葉山にも秋葉三尺坊(秋葉権現)という大天狗がいます。
ほかにも、有名どころだと鞍馬山の鞍馬天狗。
群馬県の妙義山の妙義神社での、武尊大権現も天狗信仰につながってきますね。
余談ですが、小御嶽神社にもヤマトタケルはまつられているので、やはり日本神話のヤマトタケルと修験道には接点があるのだとおもいます。
いずれにせよ、修験道につかわれる山では、なんらかの天狗が崇められています。
富士山ももちろん修験道に利用されていたわけですが、どうも5合目あたりが修験者のたまり場になっていたようですね。
それで修験者は山のエキスパートですから、道祖神(道開きの神)と結びついて、天狗・猿田彦・シオツチノオジなどとも融合していく……。
しかしこんな話を富士山に行く親にしたところで、なにひとつ理解してもらえないわけですから、親にはただよい体験と無事を祈るにとどめておきます(笑)
ところで、この場をお借りして。
ちちぶまゆを食べてみたんですが、外側のグラニュー糖がさくさく、きめのこまかいましゅまろがふわふわ、カエデ糖(これ秩父のカエデから収穫しているそうですね)がとろとろで、とてもおいしかったです。
素朴な味わいのマシュマロに、グラニュー糖、メープルシロップと、特別なことをしているわけではないのに、格別な味になっていますね。
たいへんよいものを、ありがとうございました。
「サイン」というのは、とても大切なことだと思います。
ちょっとした身体の不調だけではなく、心の不調や、いわゆる第六感的なもの(なんとなくいつもと違う、みたいな)も含め、それに気づくことが大事なのかもしれません。
病気になると、「起きていないことを不安に思う」傾向が出がちで、どうしても前向きになれなくなってしまいますよね。
去年、気管支炎から3ヶ月ほどして、初めてコロナになりました←言いましたっけ?
その数日前、めまいで救急車を呼んだ日、救急隊、医師や看護師に咳をしている人が多く、そのあたりから移ったとしか思えないのですが、一度も感染していない人はあまりいないし、仕方ないですね。
40度の熱で二晩苦しみました。解熱剤も効かず、もう何もできない状況です。
いくらか下がってくると、今度は喉が白かったり赤かったり。
ただ咳がほとんど出なかったのは、本当にありがたかったです。
気管支に影響が出たら、私の場合はもうエクモだなぁと恐れていましたし。
平熱になったら、今度は嗅覚がなくなり、味覚もおかしくなりました←半月以上嗅覚がなく、味覚異常はもっと続きました。
寝ながらガラホでいろんな情報を見てしまうんですね、見なきゃいいのに(笑)
すると、「高熱が下がったと思うとまた出る」「味覚・嗅覚が失われて3年たつ」「数ケ月声がかれる」「咳がとれない」など、これでもか、というくらい、希望のない経験談が溢れているんですよね。
そうなると、ポジティブなことなどいっさい考えられず、精神面もかなりやられました。
まさに「起きていないことを不安に思う」状態です。
子どもの頃からけっこうな虚弱体質で、病気には慣れていますが、あの40度のつらさは別格でした(笑)
インフルエンザなら、1週間もすれば軽快するという安心感があるのですが(それでもなんらかの後遺症は残ることがあるようです)、コロナの場合は底なし沼ですね。
自分のことを延々と書いてしまいましたが、記事を読ませていただいて、病気に対するお父さまの前向きな心意気に深く感じ入り、私の意気地のなさに呆れてしまった次第です。
がんの症状も、個人差が大きいのかもしれませんね。
様々な治療方法があっても、それが合わないことも多いので、かなりよくなったことは本当に安心ですね。
ご家族のご心配も大変なものだと思えますし、お父さまへの関わり方も、すいぶんと神経を遣われたことでしょう。
結局はご本人の納得するようにするしかないのでしょうが、早く受診するよう勧めても動いてくれないと、やきもきしますよね。
来月の富士登山、いろいろとご心配なこともあるでしょうが、お父さまの意欲、お母さまの献身的な支えには感服します。
そういった姿勢、思いが、病気を克服していく過程でとっても必要なことと感じました。
余談ですが、富士山のふもとなどには多くの浅間神社などありますが、登りはじめるところ(五合目でしょうか?)には、『冨士山小御嶽神社』があります。
ご祭神はイワナガヒメですが、ここは天狗が「道開きの神」として祀られていて、天狗の行事もあるようです。
農園主さんがお詳しいと思いますが、天狗は道開きの神さま、猿田彦(佐田彦)に通じるように思います。
富士山のたくさんのパワーを吸収して、よい旅になることをお祈りしています(*^^)v
「うな次郎」、ぜんぜん知りませんでしたが、いちまさは有名ですよね。
かまぼこや練り物を、うなぎのタレでさっと煮つけたらおいしいかも、と思いつきました(笑)
では明日、お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたしますm(_ _"m)
ちょっとした身体の不調だけではなく、心の不調や、いわゆる第六感的なもの(なんとなくいつもと違う、みたいな)も含め、それに気づくことが大事なのかもしれません。
病気になると、「起きていないことを不安に思う」傾向が出がちで、どうしても前向きになれなくなってしまいますよね。
去年、気管支炎から3ヶ月ほどして、初めてコロナになりました←言いましたっけ?
その数日前、めまいで救急車を呼んだ日、救急隊、医師や看護師に咳をしている人が多く、そのあたりから移ったとしか思えないのですが、一度も感染していない人はあまりいないし、仕方ないですね。
40度の熱で二晩苦しみました。解熱剤も効かず、もう何もできない状況です。
いくらか下がってくると、今度は喉が白かったり赤かったり。
ただ咳がほとんど出なかったのは、本当にありがたかったです。
気管支に影響が出たら、私の場合はもうエクモだなぁと恐れていましたし。
平熱になったら、今度は嗅覚がなくなり、味覚もおかしくなりました←半月以上嗅覚がなく、味覚異常はもっと続きました。
寝ながらガラホでいろんな情報を見てしまうんですね、見なきゃいいのに(笑)
すると、「高熱が下がったと思うとまた出る」「味覚・嗅覚が失われて3年たつ」「数ケ月声がかれる」「咳がとれない」など、これでもか、というくらい、希望のない経験談が溢れているんですよね。
そうなると、ポジティブなことなどいっさい考えられず、精神面もかなりやられました。
まさに「起きていないことを不安に思う」状態です。
子どもの頃からけっこうな虚弱体質で、病気には慣れていますが、あの40度のつらさは別格でした(笑)
インフルエンザなら、1週間もすれば軽快するという安心感があるのですが(それでもなんらかの後遺症は残ることがあるようです)、コロナの場合は底なし沼ですね。
自分のことを延々と書いてしまいましたが、記事を読ませていただいて、病気に対するお父さまの前向きな心意気に深く感じ入り、私の意気地のなさに呆れてしまった次第です。
がんの症状も、個人差が大きいのかもしれませんね。
様々な治療方法があっても、それが合わないことも多いので、かなりよくなったことは本当に安心ですね。
ご家族のご心配も大変なものだと思えますし、お父さまへの関わり方も、すいぶんと神経を遣われたことでしょう。
結局はご本人の納得するようにするしかないのでしょうが、早く受診するよう勧めても動いてくれないと、やきもきしますよね。
来月の富士登山、いろいろとご心配なこともあるでしょうが、お父さまの意欲、お母さまの献身的な支えには感服します。
そういった姿勢、思いが、病気を克服していく過程でとっても必要なことと感じました。
余談ですが、富士山のふもとなどには多くの浅間神社などありますが、登りはじめるところ(五合目でしょうか?)には、『冨士山小御嶽神社』があります。
ご祭神はイワナガヒメですが、ここは天狗が「道開きの神」として祀られていて、天狗の行事もあるようです。
農園主さんがお詳しいと思いますが、天狗は道開きの神さま、猿田彦(佐田彦)に通じるように思います。
富士山のたくさんのパワーを吸収して、よい旅になることをお祈りしています(*^^)v
「うな次郎」、ぜんぜん知りませんでしたが、いちまさは有名ですよね。
かまぼこや練り物を、うなぎのタレでさっと煮つけたらおいしいかも、と思いつきました(笑)
では明日、お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたしますm(_ _"m)
1475
初期のがん、取り除けてほんとうによかったです。
憶測の域を出ませんが、がんができたときには、じつはがん以外でも体調不良が起こりやすい状況になっていたのではないでしょうか。
ひどい咳であったり下血といったことも、体全体でなにかサインを出していたのではないかという気がします。
というのも、うちの父も、じぶんでは不調に気づいていないようにふるまっていましたが、さまざまなサインは出ていて、母やぼくは、父の体がここ数年むくんでいたと気づいていたのです。
父はそれぞれ原発のちがう、ステージ2~3の喉のがんと、ステージ1の肺がんが同時にみつかりました。
喉のがんが見つかる前には、かなり声が出にくそうにしていましたが、それも父は、以前に白板症を取ってもらったからだと言い張っていました。
ぼくもその血をひいているからなんともいえませんが、父はなかなかの頑固者で、われわれが言ったから話を聞く、というタイプではありません。
その父が救急車で運ばれたときは胸の痛みが原因だったのですが、ステージ1の肺がんでも救急車を呼ぶほどなのかと驚いたものです。
余談ですが父は現在、かなり体調を取り戻し、来月には母と一緒に富士山の標高2000mほどのところから、500mほど登るルートに挑戦するとのことでした。
個人的には高山病のような症状で肺にわるい影響が出ないか心配だし、夜行の高速バス(シートのゆったりした高クラスのものというのですが)で行き来するというので、ちょっとがんばりすぎじゃないかと言ったのですが、結局当人がやる気だとどうしようもありませんね。
頑固者には、無事を祈るしかありません(笑)
えび風味のかまぼこの話ですが、いちまさという会社がかなりいろんなかまぼこづくりでがんばっておられるようです。
個人的にはいろんな会社で競争して、もっと手に入れやすい値段で提供してもらえればと期待しています。
しかしカニのような高級品を似せるからかにかまにも価値を感じますが、ほかの魚だと「たかがかまぼこ」とおもわれて足元をみられてしまうのかもしれませんね(笑)
いまどきタコもずいぶん高くなりましたから、安価にタコのかまぼこでタコ焼きとか、イカのかまぼこでお好み焼きが作れれば、大阪人としてはありがたいです。
そのいちまさがつくっている、「うな次郎」といううなぎに似せたかまぼこは、じつによくできていました。
うなぎは三重県あたりから静岡県にかけての店で食べると、こうも美味しいものかと感動したものですが、うな次郎はそういうのとはまたちがう、庶民的な納得感があって「ちょうどいい」とおもえたのです。
初期のがん、取り除けてほんとうによかったです。
憶測の域を出ませんが、がんができたときには、じつはがん以外でも体調不良が起こりやすい状況になっていたのではないでしょうか。
ひどい咳であったり下血といったことも、体全体でなにかサインを出していたのではないかという気がします。
というのも、うちの父も、じぶんでは不調に気づいていないようにふるまっていましたが、さまざまなサインは出ていて、母やぼくは、父の体がここ数年むくんでいたと気づいていたのです。
父はそれぞれ原発のちがう、ステージ2~3の喉のがんと、ステージ1の肺がんが同時にみつかりました。
喉のがんが見つかる前には、かなり声が出にくそうにしていましたが、それも父は、以前に白板症を取ってもらったからだと言い張っていました。
ぼくもその血をひいているからなんともいえませんが、父はなかなかの頑固者で、われわれが言ったから話を聞く、というタイプではありません。
その父が救急車で運ばれたときは胸の痛みが原因だったのですが、ステージ1の肺がんでも救急車を呼ぶほどなのかと驚いたものです。
余談ですが父は現在、かなり体調を取り戻し、来月には母と一緒に富士山の標高2000mほどのところから、500mほど登るルートに挑戦するとのことでした。
個人的には高山病のような症状で肺にわるい影響が出ないか心配だし、夜行の高速バス(シートのゆったりした高クラスのものというのですが)で行き来するというので、ちょっとがんばりすぎじゃないかと言ったのですが、結局当人がやる気だとどうしようもありませんね。
頑固者には、無事を祈るしかありません(笑)
えび風味のかまぼこの話ですが、いちまさという会社がかなりいろんなかまぼこづくりでがんばっておられるようです。
個人的にはいろんな会社で競争して、もっと手に入れやすい値段で提供してもらえればと期待しています。
しかしカニのような高級品を似せるからかにかまにも価値を感じますが、ほかの魚だと「たかがかまぼこ」とおもわれて足元をみられてしまうのかもしれませんね(笑)
いまどきタコもずいぶん高くなりましたから、安価にタコのかまぼこでタコ焼きとか、イカのかまぼこでお好み焼きが作れれば、大阪人としてはありがたいです。
そのいちまさがつくっている、「うな次郎」といううなぎに似せたかまぼこは、じつによくできていました。
うなぎは三重県あたりから静岡県にかけての店で食べると、こうも美味しいものかと感動したものですが、うな次郎はそういうのとはまたちがう、庶民的な納得感があって「ちょうどいい」とおもえたのです。
メール、ありがとうございましたm(_ _"m)
紙のノートにちゃんと書きとめておきます。
紙のノートにちゃんと書きとめておきます。
1475
住所と電話番号なんですが、メールでお送りしましたので、またご確認ください。
住所と電話番号なんですが、メールでお送りしましたので、またご確認ください。
検査は受けない方がいい、というような本も出ていますね。
私は積極的に受けることはなく、なにかしらの病気になった時に、医師に言われ、受けるという程度です。
6年ほど前、ひどい、というよりひどすぎる咳が続き(熱や他の症状はなし)、あちこちの病院にかかりましたが、いっこうによくならず、本当に難儀したことがありました。
咳で肋骨が折れる、とはよく言いますが、そんな感じの激しい咳でした。
ようやく治まってきた頃、ちょっとした下血がありました←前にお話していたらごめんなさい&お食事中は読まないでください(^^;
何回か続いたのでいくらか心配になり受診したところ、念のため大腸内視鏡検査を即刻やりましょうと言われ受けました。
腸を空っぽにするため、腸管洗浄剤を2時間かけて2リットル飲みます。
何回もトイレに行くのですが、その間ずっと、便器が真っ赤になるほどの出血で、びっくりしました。
検査の結果、憩室と、ポリープが1個。
出血した場所が特定できればクリップで止めるのですが、どこから出血しているのか、まったく見つかりませんでした。
ポリープは見た目ではきれいなので良性だと思うけれど、一応組織検査に回しますとのことでした。
後日検査結果を聞きに行ったところ、思いもよらず、大腸がんの初期の初期、がん保険に入っていても保険がおりないクラスのものでした。
もしこの時ちょっとした下血を放置したら、数年かけて、或いはもっと早く、癌が進行していたところでした。
医師は、そんなことはないと断言しましたが、激しい咳のせいで腸のどこかの血管が破れたのだと、私は考えています。
そして、笑われるかもしれませんが思い込みで物を言えば、癌が進行して取り返しのつかなくなる前に、ひどい咳を起こし腸から出血させ、ポリープを見つけるように何かが動いたようにも思います。
七五調のお話、素晴らしい音楽トリビア♪です!!
なるほどね~と、読ませていただきました。
七七、という曲も昔は多かったですが、旧い時代の童謡でも七五調はずいぶんありました。
それが農園主さんのご見解のように、徐々にくずれて自由律になり、平成あたりからは、自由すぎる歌詞も多くなりましたよね。
でも、やっぱり七五調の歌詞は、荘厳な感じもあり、聞きやすく、覚えやすいということにつきるように思います。
渥美清の歌い方って、言葉を一音一音、はっきりしっかり発音していますよね。
日本語のよさが、誰よりも強調されている歌い方だと思います。
カニよりカニカマ、同感です!!
カニカマサラダのお寿司、大好きです(笑)
ホタテ風味のカマボコがあるのに、なぜ、エビカマがないんだろう、と思うことがありますが、知らないだけかもしれませんね。
アレルギーの比較的軽いものは、かゆみが出ることがありますよね。
私もお醤油でかゆくなったりするのですが、大豆はセーフでした。
ラジオ体操ですが、真剣にやるとかなり疲れます。
正しいやり方で行えば、ずいぶん健康にいいと思います。
明日から、やってみようかな(笑)
これ、まったくその通りと思います。
血のめぐり、とっても大事だと再認識しました。ありがとうございます。
ちゃんとめぐっていれば冷えも無くなるし、いい事ばかりだと思います。
リンパを流すのも大事のようですね。
ところで、農園主さんのご住所を携帯に登録してあったのですが、今年、ガラホのあんしんバックアップサービスが終了した際、データの保存・復元に支障が起きたようで、画像や電話帳の一部が消えてしまいました。
大変申し訳ありませんが、山麓王国の個別鍵でもかまいませんし、メールでもけっこうですので、ご住所と電話番号を教えていただけますか?
急ぎませんので、よろしくお願いいたします(o_ _)o))
お名前はだいじょうぶです。
私は積極的に受けることはなく、なにかしらの病気になった時に、医師に言われ、受けるという程度です。
6年ほど前、ひどい、というよりひどすぎる咳が続き(熱や他の症状はなし)、あちこちの病院にかかりましたが、いっこうによくならず、本当に難儀したことがありました。
咳で肋骨が折れる、とはよく言いますが、そんな感じの激しい咳でした。
ようやく治まってきた頃、ちょっとした下血がありました←前にお話していたらごめんなさい&お食事中は読まないでください(^^;
何回か続いたのでいくらか心配になり受診したところ、念のため大腸内視鏡検査を即刻やりましょうと言われ受けました。
腸を空っぽにするため、腸管洗浄剤を2時間かけて2リットル飲みます。
何回もトイレに行くのですが、その間ずっと、便器が真っ赤になるほどの出血で、びっくりしました。
検査の結果、憩室と、ポリープが1個。
出血した場所が特定できればクリップで止めるのですが、どこから出血しているのか、まったく見つかりませんでした。
ポリープは見た目ではきれいなので良性だと思うけれど、一応組織検査に回しますとのことでした。
後日検査結果を聞きに行ったところ、思いもよらず、大腸がんの初期の初期、がん保険に入っていても保険がおりないクラスのものでした。
もしこの時ちょっとした下血を放置したら、数年かけて、或いはもっと早く、癌が進行していたところでした。
医師は、そんなことはないと断言しましたが、激しい咳のせいで腸のどこかの血管が破れたのだと、私は考えています。
そして、笑われるかもしれませんが思い込みで物を言えば、癌が進行して取り返しのつかなくなる前に、ひどい咳を起こし腸から出血させ、ポリープを見つけるように何かが動いたようにも思います。
七五調のお話、素晴らしい音楽トリビア♪です!!
なるほどね~と、読ませていただきました。
七七、という曲も昔は多かったですが、旧い時代の童謡でも七五調はずいぶんありました。
それが農園主さんのご見解のように、徐々にくずれて自由律になり、平成あたりからは、自由すぎる歌詞も多くなりましたよね。
でも、やっぱり七五調の歌詞は、荘厳な感じもあり、聞きやすく、覚えやすいということにつきるように思います。
渥美清の歌い方って、言葉を一音一音、はっきりしっかり発音していますよね。
日本語のよさが、誰よりも強調されている歌い方だと思います。
カニよりカニカマ、同感です!!
カニカマサラダのお寿司、大好きです(笑)
ホタテ風味のカマボコがあるのに、なぜ、エビカマがないんだろう、と思うことがありますが、知らないだけかもしれませんね。
アレルギーの比較的軽いものは、かゆみが出ることがありますよね。
私もお醤油でかゆくなったりするのですが、大豆はセーフでした。
ラジオ体操ですが、真剣にやるとかなり疲れます。
正しいやり方で行えば、ずいぶん健康にいいと思います。
明日から、やってみようかな(笑)
血液、体液を全身に巡らせること、停滞させないことが万病を防ぐと単純に考えています
これ、まったくその通りと思います。
血のめぐり、とっても大事だと再認識しました。ありがとうございます。
ちゃんとめぐっていれば冷えも無くなるし、いい事ばかりだと思います。
リンパを流すのも大事のようですね。
ところで、農園主さんのご住所を携帯に登録してあったのですが、今年、ガラホのあんしんバックアップサービスが終了した際、データの保存・復元に支障が起きたようで、画像や電話帳の一部が消えてしまいました。
大変申し訳ありませんが、山麓王国の個別鍵でもかまいませんし、メールでもけっこうですので、ご住所と電話番号を教えていただけますか?
急ぎませんので、よろしくお願いいたします(o_ _)o))
お名前はだいじょうぶです。
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お気遣いありがとうございます。
雨はよく降りましたが、大丈夫でした。
今回よりも、数日先から長雨の予報で、こちらのほうが心配ですね。
土砂崩れなどは、台風でもない限り、一日二日の大雨ではめったに起こらないんですが、長雨の間に断続的に大雨が続いたりすると、地盤がゆるんだところにさらに水の重みが加わって、一気に崩れることがあるというのが、2018年の豪雨災害で学んだことです。
毎年この時期は怖いですね。できる限り気を付けたいとおもいます。
お気遣いありがとうございます。
雨はよく降りましたが、大丈夫でした。
今回よりも、数日先から長雨の予報で、こちらのほうが心配ですね。
土砂崩れなどは、台風でもない限り、一日二日の大雨ではめったに起こらないんですが、長雨の間に断続的に大雨が続いたりすると、地盤がゆるんだところにさらに水の重みが加わって、一気に崩れることがあるというのが、2018年の豪雨災害で学んだことです。
毎年この時期は怖いですね。できる限り気を付けたいとおもいます。
取り急ぎ先に。
雨の降り方は、大丈夫ですか?
くれぐれも、万事気をつけてお過ごしくださいね。
雨の降り方は、大丈夫ですか?
くれぐれも、万事気をつけてお過ごしくださいね。