2025年8月の投稿[3件]
2025年8月27日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
この過酷な暑さの中でも世間は夏休みなので、どこに行っても子どもや若者が多く、人の多さで暑さが倍増します・・・。
小さな子どもの首にまでファンが設置されているので(笑)、いきなり爆発しないだろうな?と心配になります。
外の暑さでファンは相当熱を帯びているので、あり得ないことではないように思います。
なにしろ、バスを待つ10分ほどの間に、バッグの金具が触れないほど熱くなりますから。
高校野球は、野球が好きではないので見ないんですが、今年も吹奏楽の演奏は盛り上がっていました。
あの暑さでプレイする球児も大変ですが、金管楽器が相当熱くなっているだろうなと、よけいな心配をしていました(笑)
同じ落語でも噺家さんによってマクラが違うし、マクラを聞けば、その方の落語を聞くかやめるかを決める材料にもなると思います。
落語の場合、出囃子とマクラは不可欠なものと思っていましたが、一時的にでも省略した人がいたとは知りませんでした。
革新的ですが、もう少し頑張って続ければ、案外お客さんも慣れてきて、ウケもよく、定着した可能性もありますね(笑)
日常生活では、当たりさわりのない時候のあいさつがベストのように思います。
お天気がよければ「いいお天気ですね」が差しさわりないですし、時候のあいさつというのは、会話にしても手紙にしても、日本の文化かもしれません。
「こんにちは」「こんばんは」だけだと、次の話題に進みにくそうですよね。
コンサートでも、最初に観客を惹きつける話は不可欠です。
「こんにちは、今日はお集まりいただきありがとうございます。では1曲目をお聴きください」ではただの能無しなので、なんの話をどんなニュアンスでするかが、曲目のチョイスや順番よりも気を遣います。
落語と言えば、『寿限無』を採り入れ、シャンソンなども歌う、5分ほどの演目を作ってあるのですが、まだ初演に至っていません(笑)
主人公は小学生の女の子で、「寿限無寿限無~~~省略~~~長久命の長子」という名前です(笑)
日本酒だと、冷や・ぬる燗・あつ燗と、好みの温度で飲むのは普通ですが、ドイツのホットビールは知りませんでした。
そういえば薬用酒として、ハーブを入れたホットワインもありましたね。
ビールも温めると、薬効があるような気がします。
冷やは、昔はおそらく常温のことを言ったかと思うんですが、最近は冷蔵庫に入れたつめた~~~い日本酒を言いますよね。
『親の意見と冷や酒は後で効く』という諺もあるので、飲みやすいからと冷たい日本酒を飲むと、あとから悪酔いしそうです。
酔いかげんは別として、夏でも温かい飲み物を飲み、冷えたものは極力避けた方が、内臓を冷やさず、身体にはいいようですね。
とはいえ、この夏は、ふだんは食べないアイスクリームや、冷えた飲み物がどうしても欲しくなってしまい、反省中です(笑)
4月12日の記事で、牛の屠殺のことを書いてくださっていますが、その中に
この時の牛のストレスや、今回のヘビに飲み込まれていくカエル、鶏をしめた時のお話を考えると、動物には、やっぱりなにかしらの感情らしきものが確実にあるように思えます。
植物も、「ここは動物が荒らしに来るから実をつけるのをやめよう」みたいな意思(のようなもの)の伝達をするそうですし、この世の中のありとあらゆるものは、「感情」という明確なものでなくても、なにか持っているんだと感じます。
「いただきます」という言葉は、食材の命と、それを育てた人や自然の恵みに感謝する意味があると言いますが、農園主さんがその鶏を余すことなく召し上がったのは、なによりの感謝の心だと思いますし、お母さまが鶏ガラスープを絶賛なさったのも、その鶏への最大の供養に思えました。
また、もちろん、スープを作った農園主さんへの賛辞も込められていたことでしょう。
串に刺さった鶏を仕入れて焼いている焼き鳥屋さんではなく、丸鶏をさばいて焼き鳥にしている焼き鳥屋さんに行くと、鶏ガラスープが無料で提供されることがあります。
鶏ガラスープの素を使ったものとは、ぜんぜん違い(あたりまえですが)、おいしいです。
焼き鳥で思い出したので、ビールの話に戻ります(笑)
先日くら寿司に行った時、ノンアルコールビールを飲んだのですが、最近のノンアルコールは格段においしくなりましたね。
黙って出されたら、ビールと勘違いするレベルで、ほろ酔い気分になれました(笑)
救心の成分は初めて知りましたが、びっくりです。
カエルの皮や分泌物の効能、最初に試した人は誰だったのでしょう(笑)
民間療法、民間薬(幻覚剤も含む)というのは、先人の冒険的精神によって築かれたものだと気づかされます。
うかうかとチャレンジして、亡くなってしまった人もいるはずですよね。
食べるだけでなく、危険かもしれない分泌物までというと、本当に命を余すことなくということになるので、カエルも本望かもしれません。
私が幼稚園くらいの頃だったかと思いますが、近所の商店街に、『ガマの油売り』が来ていました。
子どもの頃ですのでうろ覚えかもしれませんが、袴をはき、鉢巻をしたおじさんが、袖をめくり、刀で腕に傷をつけました。
血が出たのかどうか覚えていないのですが、「ガマの薬」を塗り、傷があっというまに治った、というようなことを言っていましたし、なんとなく聞き覚えのある口上に合わせて、紙を刀で切っていました。
周りのおとなが、傷は偽物とか、インチキとか言っていたのも覚えています(笑)
調べてみたら、このガマの油もセンソなんですね。
口上は伝統芸能として伝承されているようですが、『蝦蟇の油』という古典落語もあるんですね。
アンデルセンの童話『親指姫』、グリム童話の『カエルの王様』、イソップ物語、鳥獣戯画など、カエルの活躍に、あらためて感心してしまいました(笑)
農園主さんも、牛久大仏の悪趣味さをお感じになったんですね。
仏像や大仏は、普通は魂入れ(開眼供養)をするということですが、牛久大仏はどうなのか、わかりませんでした。
ただの建造物だとしたら、拝むのもおかしな話ですよね。
墓地は、他人のお墓がたくさんあっても、そこに行くのは違和感はないのですが、お位牌がずら~っと林立しているところを、言い方は悪いですが見物するシステムというのは、どうにも気になりますし、気持ち悪ささえ感じました。
記憶が間違っていたら申し訳ないのですが、東日本大震災のあと、福島まで車でいらしたとき、牛久も通ったと伺ったかと思います。
10年ほど前に初めて仙台に行った時、ひとりだったので、タクシーを利用して何ヶ所か行きました。酔うので、最小限でしたが。
仙台城跡一帯は伊達政宗公の銅像のある青葉山公園となっており、本丸跡からは仙台市内、太平洋を一望できます。
少し離れた場所に大きな白い観音様が見えたので、そこも案内してもらおうかと思い、運転手さんに尋ねたら、「あれは金儲けで作ったもので、わざわざ見るものではありません」というようなことを言われました(笑)
仙台大観音と言い、1991年に、仙台市制100周年を記念して建立された、高さ100mの観音様で、牛久大仏の次に大きなもののようですね。
牛久大仏はこの2年後の1993年に造られていますが、対抗したのでしょうか(笑)
牛久大仏も仙台大観音も、遠くからも目立つ大きなものを建てれば集客できるという短絡的な考え、金儲け主義によるものが大きいのかもしれませんが、農園主さんがおっしゃるとおり、もうテーマパークですね。
宗教や信仰に興味のない人も、気軽に行ける観光地としてとらえるのがよさそうです。
余談ですが、牛久大仏を道路から最初に見た時(斜め下から見上げる位置)、天皇陛下(今上天皇)の顔によく似ているな、という印象を受けました。
後日、ネットで画像を改めて見ると、さほど似てはいないのですが、その場ではとても似ていると思えました←だからどうだということではないですが(笑)
夏というと、かなり暑い日は雷雨や夕立があり、やむとス~~っと涼しくなったものですが、最近は降らないですね。
コンクリートの地面が冷えないまま朝になり、息つく間がないくらい、四六時中暑さが継続している感じです。
高齢者・非課税世帯にエアコン購入の補助金(8万程度?)を出すことになったようですが、電気代のことは考慮しているのでしょうか。
テレビのニュース番組などでよく、クーラーがあってもつけないという高齢者を非難していますが、電気代を考えてつけたくないという人も多いはずです。
生活保護世帯は、冬季加算という暖房代が追加支給されるそうですが、夏にはそういう手当はないそうです。
書き足し:生活保護者へのインタビューでは、冷房をつけたら食費を削っても追いつかないと話していました。
全国民に2万円給付の話も立ち消えになったようですが、異常気象による災害にあった人々への手あつい支援、一般家庭の電気代援助など、ぜひ実行してほしいものです。
ということで、今回も世間話ですので、お返事はゆっくりのんびりのペースでお願いします(o_ _)o))
体調をくずさないよう、特に睡眠不足にお気をつけくださいね。
ここまでの下書きを投稿しようと思っていたのですが、昨夜、偶然にもNHKで桂枝雀の落語を放送していました。
『おとなのEテレタイムマシン 日本の話芸「宿替え」桂枝雀』(1993年放送)
途中からだったので、さきほど、NHK+の見逃し配信を観ました。
説明のところには「前半でセリフを飛ばしてしまうハプニングが。どう取り繕って噺に戻すのか~~」と書かれていました。
どこ?と思いながら観てみると、確かにありました。
そこをうまくごまかすのではなく、さっさと本題に戻すのでもなく、間違ったのをカミングアウトしたうえでけっこう引っ張って、うまく事態を収拾している部分、すごいな~とえらく感心しました。
失敗を非難したりシーンとしてしまうのではなく、枝雀に拍手を贈るかのような観客の態度と、枝雀の、観客の反応を見ながら進めていったであろう機転に、桂枝雀という噺家さんの素晴らしさを感じました。
落語は、話術の巧みさだけでなく、手振りなどの表現、表情。客席との肌感覚のやり取り。
まさに演劇をこぢんまりと凝縮させたような、日本の文化、芸術だということを再認識しました。
【書き足し】
農園主さんが作った、鶏ガラスープのことが頭からはなれません(笑)
パックの鶏ガラが売っていたら(たまに見かける程度です)、ぜひ作ってみたいと思います。
秘伝でなければ、大雑把でかまいませんので、レシピを教えていただけたらうれしいですm(_ _"m)
小さな子どもの首にまでファンが設置されているので(笑)、いきなり爆発しないだろうな?と心配になります。
外の暑さでファンは相当熱を帯びているので、あり得ないことではないように思います。
なにしろ、バスを待つ10分ほどの間に、バッグの金具が触れないほど熱くなりますから。
高校野球は、野球が好きではないので見ないんですが、今年も吹奏楽の演奏は盛り上がっていました。
あの暑さでプレイする球児も大変ですが、金管楽器が相当熱くなっているだろうなと、よけいな心配をしていました(笑)
同じ落語でも噺家さんによってマクラが違うし、マクラを聞けば、その方の落語を聞くかやめるかを決める材料にもなると思います。
落語の場合、出囃子とマクラは不可欠なものと思っていましたが、一時的にでも省略した人がいたとは知りませんでした。
革新的ですが、もう少し頑張って続ければ、案外お客さんも慣れてきて、ウケもよく、定着した可能性もありますね(笑)
日常生活では、当たりさわりのない時候のあいさつがベストのように思います。
お天気がよければ「いいお天気ですね」が差しさわりないですし、時候のあいさつというのは、会話にしても手紙にしても、日本の文化かもしれません。
「こんにちは」「こんばんは」だけだと、次の話題に進みにくそうですよね。
コンサートでも、最初に観客を惹きつける話は不可欠です。
「こんにちは、今日はお集まりいただきありがとうございます。では1曲目をお聴きください」ではただの能無しなので、なんの話をどんなニュアンスでするかが、曲目のチョイスや順番よりも気を遣います。
落語と言えば、『寿限無』を採り入れ、シャンソンなども歌う、5分ほどの演目を作ってあるのですが、まだ初演に至っていません(笑)
主人公は小学生の女の子で、「寿限無寿限無~~~省略~~~長久命の長子」という名前です(笑)
日本酒だと、冷や・ぬる燗・あつ燗と、好みの温度で飲むのは普通ですが、ドイツのホットビールは知りませんでした。
そういえば薬用酒として、ハーブを入れたホットワインもありましたね。
ビールも温めると、薬効があるような気がします。
冷やは、昔はおそらく常温のことを言ったかと思うんですが、最近は冷蔵庫に入れたつめた~~~い日本酒を言いますよね。
『親の意見と冷や酒は後で効く』という諺もあるので、飲みやすいからと冷たい日本酒を飲むと、あとから悪酔いしそうです。
酔いかげんは別として、夏でも温かい飲み物を飲み、冷えたものは極力避けた方が、内臓を冷やさず、身体にはいいようですね。
とはいえ、この夏は、ふだんは食べないアイスクリームや、冷えた飲み物がどうしても欲しくなってしまい、反省中です(笑)
4月12日の記事で、牛の屠殺のことを書いてくださっていますが、その中に
ノッキングによって気絶した牛が、ごくまれに放血中に意識を回復することがあります。するとかわいそうに、意識を回復したとたん一気にストレスが高まり、血圧が上がります。とありました。
この時の牛のストレスや、今回のヘビに飲み込まれていくカエル、鶏をしめた時のお話を考えると、動物には、やっぱりなにかしらの感情らしきものが確実にあるように思えます。
植物も、「ここは動物が荒らしに来るから実をつけるのをやめよう」みたいな意思(のようなもの)の伝達をするそうですし、この世の中のありとあらゆるものは、「感情」という明確なものでなくても、なにか持っているんだと感じます。
「いただきます」という言葉は、食材の命と、それを育てた人や自然の恵みに感謝する意味があると言いますが、農園主さんがその鶏を余すことなく召し上がったのは、なによりの感謝の心だと思いますし、お母さまが鶏ガラスープを絶賛なさったのも、その鶏への最大の供養に思えました。
また、もちろん、スープを作った農園主さんへの賛辞も込められていたことでしょう。
串に刺さった鶏を仕入れて焼いている焼き鳥屋さんではなく、丸鶏をさばいて焼き鳥にしている焼き鳥屋さんに行くと、鶏ガラスープが無料で提供されることがあります。
鶏ガラスープの素を使ったものとは、ぜんぜん違い(あたりまえですが)、おいしいです。
焼き鳥で思い出したので、ビールの話に戻ります(笑)
先日くら寿司に行った時、ノンアルコールビールを飲んだのですが、最近のノンアルコールは格段においしくなりましたね。
黙って出されたら、ビールと勘違いするレベルで、ほろ酔い気分になれました(笑)
救心の成分は初めて知りましたが、びっくりです。
カエルの皮や分泌物の効能、最初に試した人は誰だったのでしょう(笑)
民間療法、民間薬(幻覚剤も含む)というのは、先人の冒険的精神によって築かれたものだと気づかされます。
うかうかとチャレンジして、亡くなってしまった人もいるはずですよね。
食べるだけでなく、危険かもしれない分泌物までというと、本当に命を余すことなくということになるので、カエルも本望かもしれません。
私が幼稚園くらいの頃だったかと思いますが、近所の商店街に、『ガマの油売り』が来ていました。
子どもの頃ですのでうろ覚えかもしれませんが、袴をはき、鉢巻をしたおじさんが、袖をめくり、刀で腕に傷をつけました。
血が出たのかどうか覚えていないのですが、「ガマの薬」を塗り、傷があっというまに治った、というようなことを言っていましたし、なんとなく聞き覚えのある口上に合わせて、紙を刀で切っていました。
周りのおとなが、傷は偽物とか、インチキとか言っていたのも覚えています(笑)
調べてみたら、このガマの油もセンソなんですね。
口上は伝統芸能として伝承されているようですが、『蝦蟇の油』という古典落語もあるんですね。
アンデルセンの童話『親指姫』、グリム童話の『カエルの王様』、イソップ物語、鳥獣戯画など、カエルの活躍に、あらためて感心してしまいました(笑)
農園主さんも、牛久大仏の悪趣味さをお感じになったんですね。
仏像や大仏は、普通は魂入れ(開眼供養)をするということですが、牛久大仏はどうなのか、わかりませんでした。
ただの建造物だとしたら、拝むのもおかしな話ですよね。
墓地は、他人のお墓がたくさんあっても、そこに行くのは違和感はないのですが、お位牌がずら~っと林立しているところを、言い方は悪いですが見物するシステムというのは、どうにも気になりますし、気持ち悪ささえ感じました。
記憶が間違っていたら申し訳ないのですが、東日本大震災のあと、福島まで車でいらしたとき、牛久も通ったと伺ったかと思います。
10年ほど前に初めて仙台に行った時、ひとりだったので、タクシーを利用して何ヶ所か行きました。酔うので、最小限でしたが。
仙台城跡一帯は伊達政宗公の銅像のある青葉山公園となっており、本丸跡からは仙台市内、太平洋を一望できます。
少し離れた場所に大きな白い観音様が見えたので、そこも案内してもらおうかと思い、運転手さんに尋ねたら、「あれは金儲けで作ったもので、わざわざ見るものではありません」というようなことを言われました(笑)
仙台大観音と言い、1991年に、仙台市制100周年を記念して建立された、高さ100mの観音様で、牛久大仏の次に大きなもののようですね。
牛久大仏はこの2年後の1993年に造られていますが、対抗したのでしょうか(笑)
牛久大仏も仙台大観音も、遠くからも目立つ大きなものを建てれば集客できるという短絡的な考え、金儲け主義によるものが大きいのかもしれませんが、農園主さんがおっしゃるとおり、もうテーマパークですね。
宗教や信仰に興味のない人も、気軽に行ける観光地としてとらえるのがよさそうです。
余談ですが、牛久大仏を道路から最初に見た時(斜め下から見上げる位置)、天皇陛下(今上天皇)の顔によく似ているな、という印象を受けました。
後日、ネットで画像を改めて見ると、さほど似てはいないのですが、その場ではとても似ていると思えました←だからどうだということではないですが(笑)
夏というと、かなり暑い日は雷雨や夕立があり、やむとス~~っと涼しくなったものですが、最近は降らないですね。
コンクリートの地面が冷えないまま朝になり、息つく間がないくらい、四六時中暑さが継続している感じです。
高齢者・非課税世帯にエアコン購入の補助金(8万程度?)を出すことになったようですが、電気代のことは考慮しているのでしょうか。
テレビのニュース番組などでよく、クーラーがあってもつけないという高齢者を非難していますが、電気代を考えてつけたくないという人も多いはずです。
生活保護世帯は、冬季加算という暖房代が追加支給されるそうですが、夏にはそういう手当はないそうです。
書き足し:生活保護者へのインタビューでは、冷房をつけたら食費を削っても追いつかないと話していました。
全国民に2万円給付の話も立ち消えになったようですが、異常気象による災害にあった人々への手あつい支援、一般家庭の電気代援助など、ぜひ実行してほしいものです。
ということで、今回も世間話ですので、お返事はゆっくりのんびりのペースでお願いします(o_ _)o))
体調をくずさないよう、特に睡眠不足にお気をつけくださいね。
ここまでの下書きを投稿しようと思っていたのですが、昨夜、偶然にもNHKで桂枝雀の落語を放送していました。
『おとなのEテレタイムマシン 日本の話芸「宿替え」桂枝雀』(1993年放送)
途中からだったので、さきほど、NHK+の見逃し配信を観ました。
説明のところには「前半でセリフを飛ばしてしまうハプニングが。どう取り繕って噺に戻すのか~~」と書かれていました。
どこ?と思いながら観てみると、確かにありました。
そこをうまくごまかすのではなく、さっさと本題に戻すのでもなく、間違ったのをカミングアウトしたうえでけっこう引っ張って、うまく事態を収拾している部分、すごいな~とえらく感心しました。
失敗を非難したりシーンとしてしまうのではなく、枝雀に拍手を贈るかのような観客の態度と、枝雀の、観客の反応を見ながら進めていったであろう機転に、桂枝雀という噺家さんの素晴らしさを感じました。
落語は、話術の巧みさだけでなく、手振りなどの表現、表情。客席との肌感覚のやり取り。
まさに演劇をこぢんまりと凝縮させたような、日本の文化、芸術だということを再認識しました。
【書き足し】
農園主さんが作った、鶏ガラスープのことが頭からはなれません(笑)
パックの鶏ガラが売っていたら(たまに見かける程度です)、ぜひ作ってみたいと思います。
秘伝でなければ、大雑把でかまいませんので、レシピを教えていただけたらうれしいですm(_ _"m)
2025年8月18日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
毎年似たようなものではあるのですが、ことしはいよいよ暑いわ、干ばつだわ、降り始めたら災害寸前の大雨になるわで、異常気象が当たり前になってきた感じがありますね。
自治会長をやっていて気づいたことですが、自治会内で用事があって人に会ったとき、最初に時候のあいさつをするとスムーズなんですよね。
「こんにちは。あついですね」からはじまって、二言三言会話をしたあとで、本題に入ると、お互いに心づもりができます。
いわば落語でいうところの「マクラ」であり、劇場の「前説」にあたるものですが、日常会話でもこういう前置きがないと本題からいきなり切り出すというわけにはいかないものですね。
今回のように無茶苦茶な暑さだと、みんな暑いという感覚を共有しているので、「暑いですね」がいいあいさつになりました(笑)
そういえば桂枝雀という上方の落語家がいたのですが、かれは天才肌であり合理主義者で、あるとき落語のマクラを省略して、いきなりネタを始めたのだそうです。
それをみて師匠の桂米朝が驚いたという話があるのですが、型破りな枝雀さんでもさすがにマクラがないとおさまりがわるいとわかったようで、しばらくするとまた元の伝統的なスタイルに戻ったそうな。
ところで、ビールは日本以外では常温で出すところも多いそうですね。
日本では明治時代あたりからビール文化が本格化しますが、やはりその当時はみな常温でビールを飲んでいたことでしょう。
しかし日本でビールを常温で飲む文化が定着しなかったのは、太平洋戦争でビール文化が断絶したからだとおもいます。
戦後しばらくして、ビール文化がまた機運を得て盛り上がっていくのですが、そのころには高度経済成長の中、氷式冷蔵庫など、冷蔵保存が一般家庭にも少しずつ浸透していきます。
ビールは冷やして飲むもの、というかたちでメーカーの刷り込みが行われて、酒造メーカーも冷やして飲むことを前提にしたビール販売戦略をとりました。
常温で飲むことを楽しむという文化が醸成しないまま断絶したので、冷やして飲むのが当たり前、という文化になったんだとおもいます。
そういえばうちの集落で冬に飲む機会があったとき、ある老爺が「ビールを燗にしてくれ」といったのを覚えています。
冷たいと体にこたえるからだとおもうんですが、ビールを温めて飲みたいというのは、あまりわれわれの価値観にはないところです。
でもドイツではホットビールが飲まれていて、ハーブや砂糖を足して薬用酒のようにして飲むでしょう。
日本では「たまご酒」がありますが、ビールをいろんな温度、アレンジで楽しむ文化が日本に根付かなかったのは、もしかしたらもったいないことだったかもしれません。
大阪にいたぼくでもなじみのない言葉ですが、大阪では「カチ割りビール」といって、ビールに氷を入れて飲む文化があるようです。
これは東南アジアでは比較的ポピュラーな飲み方みたいですね。
蛙の笛、いい歌ですね。
田舎にいると、カエルの大合唱は風物詩でしたが、最近はうちのまわりも田んぼをやる人が減って、むかしのようにやかましいほどの虫の音やカエルの鳴き声はなくなってきました。
カエルのコロコロという鳴き声はじつに牧歌的で、あいつらはあんな粘膜を剝き出しの皮膚で暮らしていて、どうしてあんなにのどかに生きられるのだろうと不思議な気がします。
しかしせっかくよい歌をご紹介いただいたのに、ここからどんどんおかしな方向に話がそれていきます。
数年前、足元でキューキューと悲しげな鳴き声が聞こえました。
なんとカエルがちょうどヘビに飲み込まれている真っ最中だったのです。
カエルとはまったく種のちがう人間でも「なんて切ない鳴き声なんだろう」とわかるくらい、悲しげな鳴き声でした。
あんなほとんど脳みそのない生き物にも、世をはかなむ感情はあるのだ、と妙なところで感心したのをおぼえています。
カエルからはすこし話がずれますが、むかし養鶏をしているご近所さんからいただいた2羽の老鶏をしめたときも、おなじようなことをおもいました。
鳥は記憶力がなく、ものごとを深く考えることができないというのですが、一羽を逆さづりにして首を切って放血していると、もう一羽が羽をくくられたまま逃げ出して、藪の中に首を突っ込んで座り込んでしまったのです。
これはわるいことをした、とおもいました。
鶏には現状を理解することができないだろうとおもっていたのですが、そんなことはなく、鶏はじぶんの仲間が殺されているのをみて、恐怖したようです。
おびえて首を突っ込んでいた鶏は、恐怖を長引かせるのが気の毒だったので、その場で首を切ってしめました。
あのような恐怖を与えてしまうのは本意ではありませんでした。
罪滅ぼしになるわけでもありませんが、その後、鶏はとさかから内臓から足の骨まで、ほぼ余すことなくおいしくいただきました。
ちょうど母親がうちにきていたのですが、こんなにうまい鶏ガラのスープは飲んだことがないと褒めていたのが、よけいに心にチクチク刺さったものです(笑)
しかし、漫画の演出とはいえ、カエルを生で食べるのはかなりリスキーですね。
中島らもの『アマニタ・パンセリナ』という本があります。
アマニタ・パンセリナとはテングタケという有名な毒キノコの学名なんですが、あえて一見わかりにくい学名のほうをタイトルに選んだのでしょう。
ドラッグや市販薬など、いろいろな危ない薬をらもさん独自の視点で紹介するという作品です。
そこに南米のヒキガエルのエピソードがありました。
中南米のある部族の話だったとおもうんですが、祭りでトリップする際に、ヒキガエルを口にくわえて踊るんだそうです。
ヒキガエルの分泌物がなんらかの作用をもたらすそうですが、文字通り、正気の沙汰ではありません。
もちろんギズモさんの漫画のお話はフィクションであるという分別はあるのですが、「戦争中で、食べ物がないから貴重な食料なの」といった女学生は、生きたカエルの分泌物の作用をわかっていて、ありがたがった可能性すら感じました(笑)
もう少しカエルの話をしますが、うちのお隣の長老が戦後間もない子供のころ、大きな切り傷を負ったそうです。
するとちかくにいた老婆が「クソガエル」といわれる……畑にいる小さなカエルなんですが、これを捕まえて、おもむろに皮をひん剥きました。
そしてその皮を長老少年の傷の上にぺたりと貼り付けたんだそうな(笑)
ずいぶん気持ちの悪い話ですが、不思議なことに傷口の出血はあっという間に止まったといいます。
感染症リスクを考えるとかなり野蛮な話ですが、カエルには妙な薬効があるものです。
そういえばあの救心の主成分もセンソといって、やはりカエルの分泌物なんだそうですね。
その救心のホームページに、ムツゴロウさんがカエルの分泌物を舐めて元気に徹夜したというエピソードがありました。
https://www.kyushin.co.jp/herb/herb05.ht...
ホンモノのガマの油はとんでもない苦さだったそうです。
すると南米でヒキガエルをくわえてトリップを決めていた部族は、薬理効果を得るためにずいぶん苦いおもいをしていたのかもしれません。
いわんやカエルを生で食べていた女学生をや、ですね(笑)
カエルの話はこのへんにしておいて、ぼくも以前、牛久大仏の中を見物したことがあります。
車で茨城を走りながら、大仏が見えてくると、子供のころにみた「超合金ロボ」のような大きさにギョッとしました。
ギズモさんのおっしゃるように、如来像の胎内は数フロアぐるりと位牌が並んでいて、あれは永代供養になっているわけでしょう。
ホームページをみると、大きいスペースが100万円、小さいほうで30万円なんだそうで、明朗会計はよいことなのかもしれませんが、どうにも営利のにおいがきつく、わるい意味で感心しました。
あの胎内での永代供養は相当数並んでいるので、それだけ死後の安寧を願う遺族からの申し込みがあるということですね。
もしギズモさんが気分がわるくなられたというのであれば、霊的なものというよりは、臆面もなく仏教を商売化して、テーマパーク化する破戒的な悪趣味と、そういうものに疑問を感じないご遺族側の無邪気な信仰に「あてられた」とでもいうべきものではないかとおもいます(笑)
すくなくともぼくが訪れたときは、そのような気味悪さをつよく感じたのをおぼえています。
牛久大仏は1983年に着工したということですから、高度経済成長期からバブルへと向かう空前の好景気の影響を強く受けていますね。
そういう意味では、いまはもう信仰による寄進が無尽蔵に集まる時代ではありませんし、あのようにテーマパーク化してお金を集めないと、苑や仏像の維持管理ができないのかもしれません。
これもやはりギズモさんのおっしゃったように、先々を考えると経営が苦しくなるかもしれませんね。
しかしバブル時代に行政が第三セクターでつくった大型のハコモノでさえあらかた生き残れなかったことを考えると、浄土真宗だけであれだけの建造物を管理しているのだから、うまくやっているほうなのでしょう。
返信が以前に比べてゆっくりになりましたが、個人的にこれくらいのペースが落ち着いて書くことのできるペースで、ありがたいです。
ことしはこれからも10月になると自治会事業で立て込みますし、返信が遅れがちになるのはお互い様、ということでどうかご容赦ください(笑)
盆も過ぎて暦は残暑といいますが、気を抜けない暑さが続きます。
なんとか健康を維持して乗り切りましょうね。
自治会長をやっていて気づいたことですが、自治会内で用事があって人に会ったとき、最初に時候のあいさつをするとスムーズなんですよね。
「こんにちは。あついですね」からはじまって、二言三言会話をしたあとで、本題に入ると、お互いに心づもりができます。
いわば落語でいうところの「マクラ」であり、劇場の「前説」にあたるものですが、日常会話でもこういう前置きがないと本題からいきなり切り出すというわけにはいかないものですね。
今回のように無茶苦茶な暑さだと、みんな暑いという感覚を共有しているので、「暑いですね」がいいあいさつになりました(笑)
そういえば桂枝雀という上方の落語家がいたのですが、かれは天才肌であり合理主義者で、あるとき落語のマクラを省略して、いきなりネタを始めたのだそうです。
それをみて師匠の桂米朝が驚いたという話があるのですが、型破りな枝雀さんでもさすがにマクラがないとおさまりがわるいとわかったようで、しばらくするとまた元の伝統的なスタイルに戻ったそうな。
ところで、ビールは日本以外では常温で出すところも多いそうですね。
日本では明治時代あたりからビール文化が本格化しますが、やはりその当時はみな常温でビールを飲んでいたことでしょう。
しかし日本でビールを常温で飲む文化が定着しなかったのは、太平洋戦争でビール文化が断絶したからだとおもいます。
戦後しばらくして、ビール文化がまた機運を得て盛り上がっていくのですが、そのころには高度経済成長の中、氷式冷蔵庫など、冷蔵保存が一般家庭にも少しずつ浸透していきます。
ビールは冷やして飲むもの、というかたちでメーカーの刷り込みが行われて、酒造メーカーも冷やして飲むことを前提にしたビール販売戦略をとりました。
常温で飲むことを楽しむという文化が醸成しないまま断絶したので、冷やして飲むのが当たり前、という文化になったんだとおもいます。
そういえばうちの集落で冬に飲む機会があったとき、ある老爺が「ビールを燗にしてくれ」といったのを覚えています。
冷たいと体にこたえるからだとおもうんですが、ビールを温めて飲みたいというのは、あまりわれわれの価値観にはないところです。
でもドイツではホットビールが飲まれていて、ハーブや砂糖を足して薬用酒のようにして飲むでしょう。
日本では「たまご酒」がありますが、ビールをいろんな温度、アレンジで楽しむ文化が日本に根付かなかったのは、もしかしたらもったいないことだったかもしれません。
大阪にいたぼくでもなじみのない言葉ですが、大阪では「カチ割りビール」といって、ビールに氷を入れて飲む文化があるようです。
これは東南アジアでは比較的ポピュラーな飲み方みたいですね。
蛙の笛、いい歌ですね。
田舎にいると、カエルの大合唱は風物詩でしたが、最近はうちのまわりも田んぼをやる人が減って、むかしのようにやかましいほどの虫の音やカエルの鳴き声はなくなってきました。
カエルのコロコロという鳴き声はじつに牧歌的で、あいつらはあんな粘膜を剝き出しの皮膚で暮らしていて、どうしてあんなにのどかに生きられるのだろうと不思議な気がします。
しかしせっかくよい歌をご紹介いただいたのに、ここからどんどんおかしな方向に話がそれていきます。
数年前、足元でキューキューと悲しげな鳴き声が聞こえました。
なんとカエルがちょうどヘビに飲み込まれている真っ最中だったのです。
カエルとはまったく種のちがう人間でも「なんて切ない鳴き声なんだろう」とわかるくらい、悲しげな鳴き声でした。
あんなほとんど脳みそのない生き物にも、世をはかなむ感情はあるのだ、と妙なところで感心したのをおぼえています。
カエルからはすこし話がずれますが、むかし養鶏をしているご近所さんからいただいた2羽の老鶏をしめたときも、おなじようなことをおもいました。
鳥は記憶力がなく、ものごとを深く考えることができないというのですが、一羽を逆さづりにして首を切って放血していると、もう一羽が羽をくくられたまま逃げ出して、藪の中に首を突っ込んで座り込んでしまったのです。
これはわるいことをした、とおもいました。
鶏には現状を理解することができないだろうとおもっていたのですが、そんなことはなく、鶏はじぶんの仲間が殺されているのをみて、恐怖したようです。
おびえて首を突っ込んでいた鶏は、恐怖を長引かせるのが気の毒だったので、その場で首を切ってしめました。
あのような恐怖を与えてしまうのは本意ではありませんでした。
罪滅ぼしになるわけでもありませんが、その後、鶏はとさかから内臓から足の骨まで、ほぼ余すことなくおいしくいただきました。
ちょうど母親がうちにきていたのですが、こんなにうまい鶏ガラのスープは飲んだことがないと褒めていたのが、よけいに心にチクチク刺さったものです(笑)
しかし、漫画の演出とはいえ、カエルを生で食べるのはかなりリスキーですね。
中島らもの『アマニタ・パンセリナ』という本があります。
アマニタ・パンセリナとはテングタケという有名な毒キノコの学名なんですが、あえて一見わかりにくい学名のほうをタイトルに選んだのでしょう。
ドラッグや市販薬など、いろいろな危ない薬をらもさん独自の視点で紹介するという作品です。
そこに南米のヒキガエルのエピソードがありました。
中南米のある部族の話だったとおもうんですが、祭りでトリップする際に、ヒキガエルを口にくわえて踊るんだそうです。
ヒキガエルの分泌物がなんらかの作用をもたらすそうですが、文字通り、正気の沙汰ではありません。
もちろんギズモさんの漫画のお話はフィクションであるという分別はあるのですが、「戦争中で、食べ物がないから貴重な食料なの」といった女学生は、生きたカエルの分泌物の作用をわかっていて、ありがたがった可能性すら感じました(笑)
もう少しカエルの話をしますが、うちのお隣の長老が戦後間もない子供のころ、大きな切り傷を負ったそうです。
するとちかくにいた老婆が「クソガエル」といわれる……畑にいる小さなカエルなんですが、これを捕まえて、おもむろに皮をひん剥きました。
そしてその皮を長老少年の傷の上にぺたりと貼り付けたんだそうな(笑)
ずいぶん気持ちの悪い話ですが、不思議なことに傷口の出血はあっという間に止まったといいます。
感染症リスクを考えるとかなり野蛮な話ですが、カエルには妙な薬効があるものです。
そういえばあの救心の主成分もセンソといって、やはりカエルの分泌物なんだそうですね。
その救心のホームページに、ムツゴロウさんがカエルの分泌物を舐めて元気に徹夜したというエピソードがありました。
https://www.kyushin.co.jp/herb/herb05.ht...
ホンモノのガマの油はとんでもない苦さだったそうです。
すると南米でヒキガエルをくわえてトリップを決めていた部族は、薬理効果を得るためにずいぶん苦いおもいをしていたのかもしれません。
いわんやカエルを生で食べていた女学生をや、ですね(笑)
カエルの話はこのへんにしておいて、ぼくも以前、牛久大仏の中を見物したことがあります。
車で茨城を走りながら、大仏が見えてくると、子供のころにみた「超合金ロボ」のような大きさにギョッとしました。
ギズモさんのおっしゃるように、如来像の胎内は数フロアぐるりと位牌が並んでいて、あれは永代供養になっているわけでしょう。
ホームページをみると、大きいスペースが100万円、小さいほうで30万円なんだそうで、明朗会計はよいことなのかもしれませんが、どうにも営利のにおいがきつく、わるい意味で感心しました。
あの胎内での永代供養は相当数並んでいるので、それだけ死後の安寧を願う遺族からの申し込みがあるということですね。
もしギズモさんが気分がわるくなられたというのであれば、霊的なものというよりは、臆面もなく仏教を商売化して、テーマパーク化する破戒的な悪趣味と、そういうものに疑問を感じないご遺族側の無邪気な信仰に「あてられた」とでもいうべきものではないかとおもいます(笑)
すくなくともぼくが訪れたときは、そのような気味悪さをつよく感じたのをおぼえています。
牛久大仏は1983年に着工したということですから、高度経済成長期からバブルへと向かう空前の好景気の影響を強く受けていますね。
そういう意味では、いまはもう信仰による寄進が無尽蔵に集まる時代ではありませんし、あのようにテーマパーク化してお金を集めないと、苑や仏像の維持管理ができないのかもしれません。
これもやはりギズモさんのおっしゃったように、先々を考えると経営が苦しくなるかもしれませんね。
しかしバブル時代に行政が第三セクターでつくった大型のハコモノでさえあらかた生き残れなかったことを考えると、浄土真宗だけであれだけの建造物を管理しているのだから、うまくやっているほうなのでしょう。
返信が以前に比べてゆっくりになりましたが、個人的にこれくらいのペースが落ち着いて書くことのできるペースで、ありがたいです。
ことしはこれからも10月になると自治会事業で立て込みますし、返信が遅れがちになるのはお互い様、ということでどうかご容赦ください(笑)
盆も過ぎて暦は残暑といいますが、気を抜けない暑さが続きます。
なんとか健康を維持して乗り切りましょうね。
2025年8月9日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
暑いですね~(;^_^A アセアセ・・・
仕事先でも近所でも、ご挨拶のひと声目は「暑いですね~~」になっています(笑)
今年の夏のように、連日40度近くで、連日熱帯夜がデフォルトになったらと思うと、本当に怖ろしいです。
毎日のように熱中症で救急搬送される人がいますが、家の中で熱中症になる人の方が多いそうです。
そうはいっても、炎天下で仕事をする人のご苦労は、並大抵のものではないでしょう。
ベストなどに扇風機のようなファンがついているものを着ている作業員の方をよく見ますが、リュックの背中にファンがついているものもあるんですね。
以前は、夏、クーラーを使うと電気が足りないだのなんだの言ってましたが、今年の夏の電気使用量は相当のはずなのに、一言も聞こえてこないのは不思議です。
先日、この暑さで窓ガラスの熱割れが多発しているというニュースがありました。
今までそんな話を聞いたことがなかったのですが、今後も毎年このような暑さになるなら、暑さに強い窓ガラスを作る会社がでてきそうですね。
昔上海にいた時、夏は38度以上が当たり前でした。
40度になると会社はすべて休みという決まりがあったので、40度に達していても、決して40度という発表がされません(笑)
それほどの暑さの中でも窓ガラスが割れたという話は聞いたことがなかったのですが、近くにビールで有名な『光明啤酒』の工場??がありました。
薄い緑色の瓶のビールですが、これをなぜか外の炎天下に置いておくので、けっこうな頻度でボーン!と破裂するのを見ました。
お店でビールを注文すると、こともあろうに常温で提供されます。
ホテルのバーやレストランだといくらかマシで、「ぬるい」と感じる程度には冷えています(笑)
日本だと、グラスやジョッキも冷やしてあるので、考えられないことですね。
農園主さん、台湾でカエルを召し上がったことあるんですね。
日本でも、昭和の終わりごろでしょうか、炉端焼きのお店があって、カエルとかスズメを焼いていたと、母から聞いたことがあります。
私は上海で、『田鶏』を食べたことがありますが、食用カエルなのか、そのへんの池から捕まえてきたのかはわかりません(笑)
抵抗なく食べましたが、おいしかったです。
ウシガエルの分布図をありがとうございます。
特定外来生物に指定されていたんですね。知りませんでした。
余談ですが、『蛙の笛』という唱歌があります。
♪月夜のたんぼで コロロ コロロ コロロ コロコロなる笛は
あれはね あれはね あれは蛙の 銀の笛 ささ 銀の笛♪
輪唱で有名な『カエルの歌』では、
クワ クワ クワ クワ ケケケケケケケケ クワ クワ クワ (地方により多少違うそうです)
どちらにしろ、ウシガエルをモデルにした歌詞ではなさそうですね(笑)
単純に考えると、個体の大きさでも声の高さ(周波数)が異なるので、鳴き声も変わるのかもしれませんが、私のイメージでは蛙は全部ゲコゲコです(笑)
蛙と言えば、昔読んだ怖い漫画で、中学校??で、帰りが遅くなった女子が、教室でひとりの気味の悪い女学生が座っているのを見つけます。
クラスの子ではないので、不思議に思っていると、その女学生が生きた蛙を食べているんですよね。
今は戦争中で、食べ物がないから貴重な食料なの、と言いながら。
女子は気絶したのか逃げたのか忘れましたが、この漫画のおかげで(せいで?)、戦時中は食料に困っていたため誰でも蛙を食べていたという認識ができてしまいました。
実際はどこでも誰でもということはないのかもしれませんね。
話がとても逸れてしまい、失礼しました(笑)
この系統の漫画はずいぶん昔に読んだのですが、最近調べてみると、絵の作風から、漫画家は古賀新一だと思います。
ずっと楳図かずおだと思っていました。
消費税のお話ですが、読ませていただき、消費税というものが今までまったくわかっていなかったことに気づきました。
わかりやすい例を挙げてくださったので、ドーンと、すっきり!!理解できました。
ありがとうございます。
『なんらかの対立構造をつくって、徹底的に叩きながら成長していくという仕組み』、ポピュリズムのお話、とても興味深かったです。
信念に基づいていいことだけを一生懸命やっているより、むちゃな主張で意図的に衆目をあつめ、味方にしていくほうが有効というのが、現代の政治の形なのですね。
どんな政治であれ、誰もが日本に住んで良かったと言えるような、国であってほしいです。
選挙の時のお仕事を微細に書きとめてくださり、その大変さに驚きました。
あのような流れで事が進められるとは、知りませんでした。
投票箱の前に微動だにせず座り、じ~~っと投票用紙を入れるのを見ていられると、なんだかものすごく悪いことをしているようで、なにか注意されるのではと気おくれし、あんなに大勢いなくてもいいのになぁと長年思っていたのですが、大変なお役目なんですね。
傍目には、「座って監視しているだけで、そうそう問題も起きることがないので、楽な仕事」と思っていたのですが、とんでもないことでした。
地蔵盆ですが、お地蔵さまはお堂に入ったままでなく、出すのですね。
おかしな例えですが、おそらくお米10キロの袋より持ち上げにくく、神経も遣うので、大変な労働だと思います。
うっかり足にでも落としたら大けがをしそうです。
お盆とはまた違うイベントのようですが、やはり神事・仏事の類は、できるなら残していくことが大事ですね。
同じようなことをしても地域で異なるでしょうし、古くから伝承されてきている行事は、お話を伺うだけでも神妙な気持ちになります。
今回も、いろいろなことを教えていただき、ありがとうございました。
私のよもやま話からお話を広げていただき、気づかなかった蓮のロマンを感じることができました。
公共施設建設工事がなかったら、まだ眠り続けていたかもしれませんね。
そう思うと、蓮の神性というものに、心を打たれます。
農園主さんが書いていらっしゃるところの蓮の花の神聖さを思うと、数千年眠っていてあるきっかけで萌芽したのは、お釈迦様など、神仏のメッセージのように思います。
『一日がちゃんと終わることに妙に納得』というのは、とっても同意するお話でした。
少し意味合いが違うかもしれませんが、いやなことをしないといけない時など、「あと5時間、あと4時間~~」とカウントダウンし、時間さえ過ぎればいやなことが終わる、と自分に言い聞かせることを最近覚えました。
そのように暗示をかけなくても、同じように時は過ぎるのですが、けっこう効き目があります(笑)
もちろんいいことでも時間が過ぎるし、いいことだらけでも一日は終わるのですが、とりあえずなにがあっても一日というものはちゃんと終わるものなんだな、と最近考えていたので、農園主さんが感じたことにちょっとびっくりでした。
今週は、日帰りで茨城県の牛久に行ってきました。
牛久は東京に近いので、1時間半もあれば行けますが、牛久大仏→牛久シャトー(日本で最初のワイン醸造所)→阿見プレミアムアウトレットのコースです。
牛久浄苑は、浄土真宗東本願寺派本山東本願寺が運営しているそうで、牛久大仏(ブロンズ)は立像としてはギネス記録です。
浄苑なので、お寺と違い、お堂はありませんが、800円払うとエレベーターで大仏の胸まで(5階建て)上がれます。
牛久大仏の拝観券を買った時、浄苑のお墓のパンフレットを一緒に渡されましたが、中でもいろいろなグッズを売っているし、苑内には仲見世や庭園、動物園もあり、かなりの商売意欲を感じました(笑)←庭園のみで大仏胎内に入らなければ500円でした。
今日、仕事先の職員さんたちに茨城のおみやげを差し上げたのですが、牛久に行ったと言うと、副館長(女性)がすぐ「牛久大仏??」と。
ご主人の亡くなったご両親(茨城県神栖の人)のお墓が牛久浄苑にあるそうで、できた時(存命中)にすぐ買ったそうです。
首都圏最大級の公園墓地だそうですが、墓じまいを希望する人が多い現代です。経営は難しくなりつつあるでしょうね。
大仏胎内には、1フロアまるまる、お位牌が安置されている階がありました。
かなりの数で、○○家、と書かれたお位牌がずらっと並んでいました。
知らずに堂内(追記:お寺だと本堂にあたるところだということでした)に入った時、なんとなくいや~な感じがしたのですが、人様のお位牌だとわかったとたん、主人を引っ張って「早く出よう」と言いました(笑)
またオカルトチックなお話になりますが、その後ずっと、身体の熱感(熱は平熱)、しびれ、何とも言えない倦怠感、めまい、肩こり、軽い吐き気が4日ほど続き、今日になってやっとスッキリしてきました。
「牛久に行ってからなんだか調子が悪くて」と、その女性副館長に行ったら「あ~~連れてきちゃったのね」と言われました(笑)
まぁ、無きにしも非ず、というところでしょうか。
猿田彦神社の火打石は毎日打ってますし、お不動様のご真言も唱えていたのですが、あのお位牌の数には対抗できなかったのかもしれません(笑)
言い訳になってしまいますが、人の位牌が気持ち悪いという失礼な意味とは違います。
位牌は、故人が顔を出せる(現れることができる)媒体だと聞いたことがあるので、各家庭のお仏壇ではなく、こういうところに数えきれないお位牌があると、そのパワーというか、念は相当強いものだと、いやおうなしに気づいてしまった(訂正:気づかされた)体験でした。
ということで、ここ数日、どうにもお返事を打つ気力と体力が失われ、気になりながらも遅くなってしまいました(o_ _)o))
今回も、とりとめのないよもやま話でした。
慢性熱中症というのもあるそうですし、くれぐれもお気をつけください。
ポカリや経口補水液が有効のようですが、糖分・塩分のリスクもありますし、難しいところですね。
仕事先でも近所でも、ご挨拶のひと声目は「暑いですね~~」になっています(笑)
今年の夏のように、連日40度近くで、連日熱帯夜がデフォルトになったらと思うと、本当に怖ろしいです。
毎日のように熱中症で救急搬送される人がいますが、家の中で熱中症になる人の方が多いそうです。
そうはいっても、炎天下で仕事をする人のご苦労は、並大抵のものではないでしょう。
ベストなどに扇風機のようなファンがついているものを着ている作業員の方をよく見ますが、リュックの背中にファンがついているものもあるんですね。
以前は、夏、クーラーを使うと電気が足りないだのなんだの言ってましたが、今年の夏の電気使用量は相当のはずなのに、一言も聞こえてこないのは不思議です。
先日、この暑さで窓ガラスの熱割れが多発しているというニュースがありました。
今までそんな話を聞いたことがなかったのですが、今後も毎年このような暑さになるなら、暑さに強い窓ガラスを作る会社がでてきそうですね。
昔上海にいた時、夏は38度以上が当たり前でした。
40度になると会社はすべて休みという決まりがあったので、40度に達していても、決して40度という発表がされません(笑)
それほどの暑さの中でも窓ガラスが割れたという話は聞いたことがなかったのですが、近くにビールで有名な『光明啤酒』の工場??がありました。
薄い緑色の瓶のビールですが、これをなぜか外の炎天下に置いておくので、けっこうな頻度でボーン!と破裂するのを見ました。
お店でビールを注文すると、こともあろうに常温で提供されます。
ホテルのバーやレストランだといくらかマシで、「ぬるい」と感じる程度には冷えています(笑)
日本だと、グラスやジョッキも冷やしてあるので、考えられないことですね。
農園主さん、台湾でカエルを召し上がったことあるんですね。
日本でも、昭和の終わりごろでしょうか、炉端焼きのお店があって、カエルとかスズメを焼いていたと、母から聞いたことがあります。
私は上海で、『田鶏』を食べたことがありますが、食用カエルなのか、そのへんの池から捕まえてきたのかはわかりません(笑)
抵抗なく食べましたが、おいしかったです。
ウシガエルの分布図をありがとうございます。
特定外来生物に指定されていたんですね。知りませんでした。
余談ですが、『蛙の笛』という唱歌があります。
♪月夜のたんぼで コロロ コロロ コロロ コロコロなる笛は
あれはね あれはね あれは蛙の 銀の笛 ささ 銀の笛♪
輪唱で有名な『カエルの歌』では、
クワ クワ クワ クワ ケケケケケケケケ クワ クワ クワ (地方により多少違うそうです)
どちらにしろ、ウシガエルをモデルにした歌詞ではなさそうですね(笑)
単純に考えると、個体の大きさでも声の高さ(周波数)が異なるので、鳴き声も変わるのかもしれませんが、私のイメージでは蛙は全部ゲコゲコです(笑)
蛙と言えば、昔読んだ怖い漫画で、中学校??で、帰りが遅くなった女子が、教室でひとりの気味の悪い女学生が座っているのを見つけます。
クラスの子ではないので、不思議に思っていると、その女学生が生きた蛙を食べているんですよね。
今は戦争中で、食べ物がないから貴重な食料なの、と言いながら。
女子は気絶したのか逃げたのか忘れましたが、この漫画のおかげで(せいで?)、戦時中は食料に困っていたため誰でも蛙を食べていたという認識ができてしまいました。
実際はどこでも誰でもということはないのかもしれませんね。
話がとても逸れてしまい、失礼しました(笑)
この系統の漫画はずいぶん昔に読んだのですが、最近調べてみると、絵の作風から、漫画家は古賀新一だと思います。
ずっと楳図かずおだと思っていました。
消費税のお話ですが、読ませていただき、消費税というものが今までまったくわかっていなかったことに気づきました。
わかりやすい例を挙げてくださったので、ドーンと、すっきり!!理解できました。
ありがとうございます。
『なんらかの対立構造をつくって、徹底的に叩きながら成長していくという仕組み』、ポピュリズムのお話、とても興味深かったです。
信念に基づいていいことだけを一生懸命やっているより、むちゃな主張で意図的に衆目をあつめ、味方にしていくほうが有効というのが、現代の政治の形なのですね。
どんな政治であれ、誰もが日本に住んで良かったと言えるような、国であってほしいです。
選挙の時のお仕事を微細に書きとめてくださり、その大変さに驚きました。
あのような流れで事が進められるとは、知りませんでした。
投票箱の前に微動だにせず座り、じ~~っと投票用紙を入れるのを見ていられると、なんだかものすごく悪いことをしているようで、なにか注意されるのではと気おくれし、あんなに大勢いなくてもいいのになぁと長年思っていたのですが、大変なお役目なんですね。
傍目には、「座って監視しているだけで、そうそう問題も起きることがないので、楽な仕事」と思っていたのですが、とんでもないことでした。
地蔵盆ですが、お地蔵さまはお堂に入ったままでなく、出すのですね。
おかしな例えですが、おそらくお米10キロの袋より持ち上げにくく、神経も遣うので、大変な労働だと思います。
うっかり足にでも落としたら大けがをしそうです。
お盆とはまた違うイベントのようですが、やはり神事・仏事の類は、できるなら残していくことが大事ですね。
同じようなことをしても地域で異なるでしょうし、古くから伝承されてきている行事は、お話を伺うだけでも神妙な気持ちになります。
今回も、いろいろなことを教えていただき、ありがとうございました。
私のよもやま話からお話を広げていただき、気づかなかった蓮のロマンを感じることができました。
公共施設建設工事がなかったら、まだ眠り続けていたかもしれませんね。
そう思うと、蓮の神性というものに、心を打たれます。
農園主さんが書いていらっしゃるところの蓮の花の神聖さを思うと、数千年眠っていてあるきっかけで萌芽したのは、お釈迦様など、神仏のメッセージのように思います。
『一日がちゃんと終わることに妙に納得』というのは、とっても同意するお話でした。
少し意味合いが違うかもしれませんが、いやなことをしないといけない時など、「あと5時間、あと4時間~~」とカウントダウンし、時間さえ過ぎればいやなことが終わる、と自分に言い聞かせることを最近覚えました。
そのように暗示をかけなくても、同じように時は過ぎるのですが、けっこう効き目があります(笑)
もちろんいいことでも時間が過ぎるし、いいことだらけでも一日は終わるのですが、とりあえずなにがあっても一日というものはちゃんと終わるものなんだな、と最近考えていたので、農園主さんが感じたことにちょっとびっくりでした。
今週は、日帰りで茨城県の牛久に行ってきました。
牛久は東京に近いので、1時間半もあれば行けますが、牛久大仏→牛久シャトー(日本で最初のワイン醸造所)→阿見プレミアムアウトレットのコースです。
牛久浄苑は、浄土真宗東本願寺派本山東本願寺が運営しているそうで、牛久大仏(ブロンズ)は立像としてはギネス記録です。
浄苑なので、お寺と違い、お堂はありませんが、800円払うとエレベーターで大仏の胸まで(5階建て)上がれます。
牛久大仏の拝観券を買った時、浄苑のお墓のパンフレットを一緒に渡されましたが、中でもいろいろなグッズを売っているし、苑内には仲見世や庭園、動物園もあり、かなりの商売意欲を感じました(笑)←庭園のみで大仏胎内に入らなければ500円でした。
今日、仕事先の職員さんたちに茨城のおみやげを差し上げたのですが、牛久に行ったと言うと、副館長(女性)がすぐ「牛久大仏??」と。
ご主人の亡くなったご両親(茨城県神栖の人)のお墓が牛久浄苑にあるそうで、できた時(存命中)にすぐ買ったそうです。
首都圏最大級の公園墓地だそうですが、墓じまいを希望する人が多い現代です。経営は難しくなりつつあるでしょうね。
大仏胎内には、1フロアまるまる、お位牌が安置されている階がありました。
かなりの数で、○○家、と書かれたお位牌がずらっと並んでいました。
知らずに堂内(追記:お寺だと本堂にあたるところだということでした)に入った時、なんとなくいや~な感じがしたのですが、人様のお位牌だとわかったとたん、主人を引っ張って「早く出よう」と言いました(笑)
またオカルトチックなお話になりますが、その後ずっと、身体の熱感(熱は平熱)、しびれ、何とも言えない倦怠感、めまい、肩こり、軽い吐き気が4日ほど続き、今日になってやっとスッキリしてきました。
「牛久に行ってからなんだか調子が悪くて」と、その女性副館長に行ったら「あ~~連れてきちゃったのね」と言われました(笑)
まぁ、無きにしも非ず、というところでしょうか。
猿田彦神社の火打石は毎日打ってますし、お不動様のご真言も唱えていたのですが、あのお位牌の数には対抗できなかったのかもしれません(笑)
言い訳になってしまいますが、人の位牌が気持ち悪いという失礼な意味とは違います。
位牌は、故人が顔を出せる(現れることができる)媒体だと聞いたことがあるので、各家庭のお仏壇ではなく、こういうところに数えきれないお位牌があると、そのパワーというか、念は相当強いものだと、いやおうなしに気づいてしまった(訂正:気づかされた)体験でした。
ということで、ここ数日、どうにもお返事を打つ気力と体力が失われ、気になりながらも遅くなってしまいました(o_ _)o))
今回も、とりとめのないよもやま話でした。
慢性熱中症というのもあるそうですし、くれぐれもお気をつけください。
ポカリや経口補水液が有効のようですが、糖分・塩分のリスクもありますし、難しいところですね。