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2025年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
今回は牛頭天王についてのアラカルトというか、いろんな話をさせていただこうとおもいます。
わたしもいろいろ調べていくうちに、これまで理解しきれていなかったところの解像度があがって、よい勉強になりました。
しかし今回はかなり厄介な話で、わかりやすく伝えられるかどうか自信がありません。
話が多岐にわたるため、話が行ったり来たりします。
どうか、じっくりと読んでみてください。
ギズモさんは菅原道真など怨霊になった人間を、荒ぶる神としてたてまつる不思議についておっしゃっていましたが、あれは人間のサガなのかもしれませんね。
いまは社会のありようが変わりましたが、むかしはチカラの強い人間が「偉かった」。
いわゆるジャイアンみたいなタイプが、大将になるし、出世しました。
この場合、ジャイアンは荒神で、ジャイアンよりチカラの弱い者は、この荒神をたてまつって、機嫌をとらねばならないわけです。
生きてる人間ですらこうですから、強い恨みを残して死に、偶然そのときに社会に騒乱があれば、この荒ぶる御霊をしずめなければ気が済まない、とむかしの人々は考えました。
荒ぶる神がたてまつってくれと頼んだわけではなくて、むしろ下々の者の気が済まないから、たてまつっているという感じでしょうか(笑)
京の都で疫病が流行ったとき、疫神として祇園社に登場した牛頭天王も、その荒ぶる魂を鎮めるために盛大にまつられました。
しかしこれは仏教における牛頭天王です。
道教においては、牛頭天王は冥界のいち獄卒にすぎませんでした。
今回、牛頭天王を語るにあたってのキーワードは、「密教と道教」です。
奈良国立博物館には、辟邪絵(へきじゃえ)とよばれる、鬼を懲らしめる神を描いた絵が残されています。
この中には天刑星という、その名の通り天の刑罰を与える鬼神が、牛頭天王をはじめとする疫鬼をとらえて食べるという絵があります。
天刑星とは聞きなれない神ですが、道教に由来する神です。
https://emuseum.nich.go.jp/detail?conten...
ギズモさんは牛頭天王を「魔」とおっしゃいましたが、すくなくとも日本の道教における牛頭天王は魔の存在でした。
ところで、牛頭天王は祇園精舎の守り神ということですから、インドや中国で崇敬されていた神だったのかというと、じつは日本で創作された神です。
順序だてて説明しますと、牛頭天王はこのようなかたちで成立しました。
(祇園社での変化)
五道神 → 五頭天王 → 牛頭天王
(蘇民将来の伝説)
武塔神(五道神) = 速須佐雄能神 → 牛頭天王
あえて祇園社と蘇民将来伝説をわけたんですが、起源になるのは五道神という、現代ではほとんど名の知られていない神です。
五道神は、700年ごろに中国に密教が伝来したときに、仏教の五道(天道・人道・餓鬼道・畜生道・地獄道)を守護する神として崇敬されていた神でした。
ところが五道神が道教の中に組み込まれると、冥界(地獄)の役人(大臣)という立場に変化した、という経緯をもちます。
道教というのは不思議な宗教で、仏教とも密接に結びついています。
日本にくると、陰陽道を通じて神道ともつながりました。
極端な言い方かもしれませんが、「ほかの宗教に遠慮なく寄生する民間信仰」といっていいくらいです。
仙人になるだとか、妙な儀式(道術)を好んだりだとか、地獄思想が発達したりだとか、なにかと妙なことばかりしているのです。
以前にお話しした庚申信仰もそうですね。
庚申(かのえさる)の夜に人が眠ると、体内から三尸(さんし)の虫が出てきて、天帝にその人の罪を告げる。
そのため、人々は庚申の日には虫が出てこないように徹夜しなければならないというのです。
荒唐無稽なんですが、これが平安時代あたりから明治大正あたりまではわりと広く信じられていました。
いま出てきた天帝は、道教における最高神で、玉皇大帝といいます。
玉帝と略されたりもします。
あらゆる存在より上位に存在する神、という立場です。
これがじつにふざけた話で、ほかの宗教に遠慮なく寄生しながら、道教自体は最高神を用意して一神教を気取り、天帝には仏も神も皇帝もかなわないというのです(笑)
たとえば西遊記も道教の影響が強く、やはり天帝が登場します。
孫悟空が天界であばれまわり、天帝に向かってその座を譲れと言ったことで、天帝が釈迦如来に孫悟空の退治を依頼する。
それで釈迦如来が孫悟空を五行山に閉じ込めてしまう。
明確に天帝の立場が上とはいわないんですが、それとなく仏教の開祖である釈迦よりも権威的に描かれています。
ようするに道教という民間信仰にかかると、仏教だろうと時の権力者であろうと、ぜんぶ道教色に染められてしまうようなところがあります。
日本では最初から、密教が道教とないまぜになった状態で輸入されました。
そしてそれまで日本にあった仏教も神道も影響を受けてしまうわけです。
しかしこれは余談ですが、多神教の日本では天帝という一神教の設定だけはなかったもののように無視されてしまい、これといって崇められることもありませんでした(笑)
先日、奈良の朝廷が南都六宗から逃げるように、平安京に都を移した、という話をしました。
このとき朝廷が南都六宗のかわりに厚遇したのが、最澄と空海です。
かれらは中国にわたって、当時最先端の仏教宗派だった密教を学びましたが、密教の中で、五道神は秘匿性の高い神という位置づけでした。
つまり、修行者によってのみ信仰されるべき、門外不出の存在だったらしいのです。
民衆に積極的に仏教を教えない時代でもありました。
平安時代には、京都市内で疫病が毎年のように流行します。
863年には「御霊会(ごりょうえ)」が執り行われ、これが祇園祭のきっかけとなりました。
祇園祭で大衆にまつられるにあたって、五道神という名は姿を消し、疫神としての牛頭天王(スサノオ)があらわれます。
つまり祇園祭を開くにあたって、秘匿性の高い五道神を前に出すわけにいかず、べつの神ということにしなければならなかった。
ところで、蘇民将来の伝説ではすでに、五道神こと武塔神が、スサノオと同一だというわけですから、神仏が習合していることがわかります。
しかし、これが調べていくと、非常にややこしい問題でした。
というのも、蘇民将来の伝説が出てくる備後国風土記逸文は、鎌倉時代末期に書かれた『釈日本紀』に出てくるものです。
作者もはっきりしており、卜部兼方(うらべのかねかた)です。
1200年代後半に書かれたものだといいます。
『釈日本紀』の内容の多くは、当時すでに散逸している書物について書かれたものでした。
備後国風土記はもともと奈良時代に存在していたが、失われてしまったといいます。
しかし、果たして蘇民将来の話は、ほんとうに備後国風土記に描かれていたのでしょうか。
不遜ながら、わたしは蘇民将来の伝説は、卜部兼方による創作ではないかとおもっています。
つまり、疫病によって祇園祭を開こうということになり、秘匿されていた五道神が紆余曲折を経て牛頭天王になる。
この経緯を卜部兼方は知っています。
そしてこの出来事と日本書紀の記録などの整合性を持たせて、備後国風土記逸文として創作した。
なぜそう考えるのか、理由があります。
密教は6世紀(500年代)のインドで、ヒンドゥー教と仏教がまじりあうような形でおこりました。
密教が中国に伝わったのは、700年ごろでした。
最澄や空海は、この伝わったばかりの最先端の仏教宗派を学んで、持ち帰ったのです。
そうすると、備後国風土記が書かれたという6世紀に、すでに密教由来の神(武塔神)がいたというのでは、つじつまが合いません。
また祇園社の創建年にはふたつの説があるのですが、そのひとつは656年(斉明天皇2年)とされています。
高麗からの渡来人である伊利之が、新羅の牛頭山から牛頭天王(素戔嗚尊)を勧請したのが始まりだというものです。
これは日本書紀のスサノオの伝説にのっとったものでしょう。
社伝がそうなんだから否定するわけにはいかないのですが、これもやはりおかしい。
なぜかというと、新羅(韓国)には牛頭天王信仰があった形跡がないのです。
それどころか、中国にもインドにも、牛頭天王なんて神はいません。
もし勧請するにしても、それなりに名のある仏教由来の神でなければならないはずで、奈良時代に、突然降ってわいたように牛頭天王という神があらわれるのは、さすがに無理があります。
ここまで読んでいただくと、おわかりかとおもうのですが、牛頭天王の成り立ちは、信憑性の濃いルートを選んで解釈していくうちに、ややこしい問題が立ちはだかってきます。
どうも、正式な由緒にもところどころに嘘があって、この嘘を隠すために、さらに巧妙な嘘の伝説が上塗りされているようなのです(笑)
しかもその嘘を、おそらく嘘と知りながらも、当の八坂神社が追認してしまっている。
もちろん最初に五道神を秘匿してしまった、という以上、憶測で考えるしかない点もあります。
そのあたり、もはやわからないですませたくなるところなのですが、いち私人であるわたしが子供のような無邪気さで、突っ込んではいけないところを気にせずに話した与太話、とおもっていただければとおもいます。
ところで祇園社には「五頭天王」という記述が残っているようです。
この「五頭天王」は、五道神から牛頭天王に変化するつなぎのような存在ですね。
五道神をどう秘匿するか、当時の関係者は相当頭を悩ませたのではないでしょうか(笑)
では、なぜ五頭天王が牛頭天王という名前になったのかというと、ここにもふたつの説があります。
ひとつは日本書紀の、スサノオの伝説によるものです。
日本書紀でスサノオは、乱暴狼藉の果てにアマテラスを隠れさせ、世を乱したことにより高天原を追放されました。
その際にスサノオは息子の五十猛神を連れて、新羅(朝鮮半島南東部)のソシモリに降り立ったとあります。
「素戔鳴尊、帥其子五十猛神、降到於新羅国、居曾尸茂梨之處。乃興言曰「此地、吾不欲居。」」
(スサノオは子のイソタケルと新羅国曾尸茂梨に降り立った。しかしスサノオは「この地には居たくない」と言った。)
ソシモリは「曾尸茂梨」や「蘇志摩利」というのですが、朝鮮の言葉では「牛の頭」を意味します。
いまでも韓国で「ソモリクッパ」というと、牛の頭を出汁にした雑炊のことをいうのだそうです。
しかしソシモリに着いたスサノオは「この場所にはいたくない」といいました。
そして出雲の簸の川(ひのかわ)に向かいます。
これはいまの島根県の斐伊川ですね。
なぜスサノオはソシモリを嫌がったのか、いろいろと物語的な類推ができそうですが、日本書紀には理由が書かれていません。
いずれにせよ出雲に帰ってきたスサノオは、その地にヤマタノオロチがいたので退治して、草薙の剣を手に入れました。
ここまでが、日本書紀のひとつのセンテンスになっています。
https://nihonsinwa.com/page/732.html
スサノオが新羅の牛頭という土地へ行って、さらに出雲へ帰ってくるというエピソードが、さまざまに肉付けされて、牛頭天王の由来になり、蘇民将来の伝説につながりました。
もうひとつの説が、牛頭というのは、道教における地獄の獄卒です。
この牛頭が、おなじく道教で地獄の役人であった五道神と結びついたのは、それほど不自然なことではありません。
そして祇園社の祭神となった牛頭天王は、仏教の五道(天道・人道・餓鬼道・畜生道・地獄道)を守護する密教の五道神に近い形で、仏教における修行の場である祇園精舎の守り神ということになったのも、自然です。
こちらは信憑線としては薄い説でしたが、道教が五道神、五頭天王、牛頭天王というような突拍子もない祭神を生む原動力だったのは間違いないでしょう。
このような神は、奈良時代以前の仏教や神道では、考えつくとっかかりがないのです。
すこし話が変わるのですが、道教には地獄思想がありました。
冥界には牛頭と馬頭という二体の獄卒がいます。
そして不思議なことに、日本には仏教でも牛頭天王だけでなく、馬頭観音がいるのです。
道教では地獄の獄卒である牛頭と馬頭が、仏教では牛頭も馬頭も神格を備えた仏として扱われていました。
牛頭天王と馬頭観音の仏像の造形は、おどろくほどよく似ています。
わたしたちは牛頭天王というと、ギリシャ神話のミノタウロスのような姿を想像するのではないでしょうか。
実際、道教における冥界の牛頭馬頭は、ミノタウロスのような半人半獣の姿で描かれています。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/c...
しかし、仏教の牛頭天王や馬頭観音は、憤怒の相をした仏の頭部に、牛、あるいは馬の飾りがなされているのです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%...
上のリンクの画像は馬頭観音のものですが、牛頭天王もたいていはほとんどおなじような造形です。
中には三面のうちのひとつが牛になっている牛頭天王像もあるのですが、ほとんどが憤怒の人面で、頭部に牛や馬があるものです。
https://tsushima-bunka.jp/map/uploadfile...
数ある蘇民将来の伝説の中には、牛の頭をした牛頭天王をおそれて宿を貸さなかった、というような物語もあります。
このあたり、当時の日本では、道教における獄卒の牛頭と、仏教における牛頭天王の造形のちがいが、明確に区別されていなかったのかもしれません。
さて、最後に、祇園社とはなんなのか、ということを考えてみましょう。
まずインドの祇園精舎の伝説ですが、スダッタという長者(須達長者)がシッダルタ(仏陀)に帰依します。
かれは私財をなげうって、その国の王子(祇陀太子)が所有する樹林を買いとり、シッダルタに寄進しました。
祇園精舎は「祇樹給孤独園精舎」の略で、祇陀太子の樹園(祇樹)を須達長者(給孤独)をが買い取って、修行の場(精舎)にした、という意味をもちます。
これが仏教のひとつの伝説になってるんですね。
日本では、当時の有力貴族だった藤原基経(836 - 891)が、じぶんの邸宅を移す際に、旧宅を観慶寺に寄進しました。
貞観年間(859-877)のことだったといわれています。
観慶寺は藤原基経の邸宅、つまりいまの八坂神社の隣にあったお寺です。
この寄進を祇園精舎の伝説になぞらえて、最初は祇園寺、その後祇園社、祇園感神院などと称しました。
そしてここで祇園御霊会が行われ、祇園祭につながっていきます。
なぜ京都の祇園とインドの祇園精舎がつながるのか、という話をたどると、藤原基経に行き着くようです。
以上、長くなりましたが牛頭天王についていろいろとお話ししました。
雑多な内容ですので、読みづらい点についてはどうかご容赦ください。
またわたしの説明・解釈にも間違いがあるかもしれません。
もし疑問点などがありましたらお気軽にご質問ください。
わたしもいろいろ調べていくうちに、これまで理解しきれていなかったところの解像度があがって、よい勉強になりました。
しかし今回はかなり厄介な話で、わかりやすく伝えられるかどうか自信がありません。
話が多岐にわたるため、話が行ったり来たりします。
どうか、じっくりと読んでみてください。
ギズモさんは菅原道真など怨霊になった人間を、荒ぶる神としてたてまつる不思議についておっしゃっていましたが、あれは人間のサガなのかもしれませんね。
いまは社会のありようが変わりましたが、むかしはチカラの強い人間が「偉かった」。
いわゆるジャイアンみたいなタイプが、大将になるし、出世しました。
この場合、ジャイアンは荒神で、ジャイアンよりチカラの弱い者は、この荒神をたてまつって、機嫌をとらねばならないわけです。
生きてる人間ですらこうですから、強い恨みを残して死に、偶然そのときに社会に騒乱があれば、この荒ぶる御霊をしずめなければ気が済まない、とむかしの人々は考えました。
荒ぶる神がたてまつってくれと頼んだわけではなくて、むしろ下々の者の気が済まないから、たてまつっているという感じでしょうか(笑)
京の都で疫病が流行ったとき、疫神として祇園社に登場した牛頭天王も、その荒ぶる魂を鎮めるために盛大にまつられました。
しかしこれは仏教における牛頭天王です。
道教においては、牛頭天王は冥界のいち獄卒にすぎませんでした。
今回、牛頭天王を語るにあたってのキーワードは、「密教と道教」です。
奈良国立博物館には、辟邪絵(へきじゃえ)とよばれる、鬼を懲らしめる神を描いた絵が残されています。
この中には天刑星という、その名の通り天の刑罰を与える鬼神が、牛頭天王をはじめとする疫鬼をとらえて食べるという絵があります。
天刑星とは聞きなれない神ですが、道教に由来する神です。
https://emuseum.nich.go.jp/detail?conten...
ギズモさんは牛頭天王を「魔」とおっしゃいましたが、すくなくとも日本の道教における牛頭天王は魔の存在でした。
ところで、牛頭天王は祇園精舎の守り神ということですから、インドや中国で崇敬されていた神だったのかというと、じつは日本で創作された神です。
順序だてて説明しますと、牛頭天王はこのようなかたちで成立しました。
(祇園社での変化)
五道神 → 五頭天王 → 牛頭天王
(蘇民将来の伝説)
武塔神(五道神) = 速須佐雄能神 → 牛頭天王
あえて祇園社と蘇民将来伝説をわけたんですが、起源になるのは五道神という、現代ではほとんど名の知られていない神です。
五道神は、700年ごろに中国に密教が伝来したときに、仏教の五道(天道・人道・餓鬼道・畜生道・地獄道)を守護する神として崇敬されていた神でした。
ところが五道神が道教の中に組み込まれると、冥界(地獄)の役人(大臣)という立場に変化した、という経緯をもちます。
道教というのは不思議な宗教で、仏教とも密接に結びついています。
日本にくると、陰陽道を通じて神道ともつながりました。
極端な言い方かもしれませんが、「ほかの宗教に遠慮なく寄生する民間信仰」といっていいくらいです。
仙人になるだとか、妙な儀式(道術)を好んだりだとか、地獄思想が発達したりだとか、なにかと妙なことばかりしているのです。
以前にお話しした庚申信仰もそうですね。
庚申(かのえさる)の夜に人が眠ると、体内から三尸(さんし)の虫が出てきて、天帝にその人の罪を告げる。
そのため、人々は庚申の日には虫が出てこないように徹夜しなければならないというのです。
荒唐無稽なんですが、これが平安時代あたりから明治大正あたりまではわりと広く信じられていました。
いま出てきた天帝は、道教における最高神で、玉皇大帝といいます。
玉帝と略されたりもします。
あらゆる存在より上位に存在する神、という立場です。
これがじつにふざけた話で、ほかの宗教に遠慮なく寄生しながら、道教自体は最高神を用意して一神教を気取り、天帝には仏も神も皇帝もかなわないというのです(笑)
たとえば西遊記も道教の影響が強く、やはり天帝が登場します。
孫悟空が天界であばれまわり、天帝に向かってその座を譲れと言ったことで、天帝が釈迦如来に孫悟空の退治を依頼する。
それで釈迦如来が孫悟空を五行山に閉じ込めてしまう。
明確に天帝の立場が上とはいわないんですが、それとなく仏教の開祖である釈迦よりも権威的に描かれています。
ようするに道教という民間信仰にかかると、仏教だろうと時の権力者であろうと、ぜんぶ道教色に染められてしまうようなところがあります。
日本では最初から、密教が道教とないまぜになった状態で輸入されました。
そしてそれまで日本にあった仏教も神道も影響を受けてしまうわけです。
しかしこれは余談ですが、多神教の日本では天帝という一神教の設定だけはなかったもののように無視されてしまい、これといって崇められることもありませんでした(笑)
先日、奈良の朝廷が南都六宗から逃げるように、平安京に都を移した、という話をしました。
このとき朝廷が南都六宗のかわりに厚遇したのが、最澄と空海です。
かれらは中国にわたって、当時最先端の仏教宗派だった密教を学びましたが、密教の中で、五道神は秘匿性の高い神という位置づけでした。
つまり、修行者によってのみ信仰されるべき、門外不出の存在だったらしいのです。
民衆に積極的に仏教を教えない時代でもありました。
平安時代には、京都市内で疫病が毎年のように流行します。
863年には「御霊会(ごりょうえ)」が執り行われ、これが祇園祭のきっかけとなりました。
祇園祭で大衆にまつられるにあたって、五道神という名は姿を消し、疫神としての牛頭天王(スサノオ)があらわれます。
つまり祇園祭を開くにあたって、秘匿性の高い五道神を前に出すわけにいかず、べつの神ということにしなければならなかった。
ところで、蘇民将来の伝説ではすでに、五道神こと武塔神が、スサノオと同一だというわけですから、神仏が習合していることがわかります。
しかし、これが調べていくと、非常にややこしい問題でした。
というのも、蘇民将来の伝説が出てくる備後国風土記逸文は、鎌倉時代末期に書かれた『釈日本紀』に出てくるものです。
作者もはっきりしており、卜部兼方(うらべのかねかた)です。
1200年代後半に書かれたものだといいます。
『釈日本紀』の内容の多くは、当時すでに散逸している書物について書かれたものでした。
備後国風土記はもともと奈良時代に存在していたが、失われてしまったといいます。
しかし、果たして蘇民将来の話は、ほんとうに備後国風土記に描かれていたのでしょうか。
不遜ながら、わたしは蘇民将来の伝説は、卜部兼方による創作ではないかとおもっています。
つまり、疫病によって祇園祭を開こうということになり、秘匿されていた五道神が紆余曲折を経て牛頭天王になる。
この経緯を卜部兼方は知っています。
そしてこの出来事と日本書紀の記録などの整合性を持たせて、備後国風土記逸文として創作した。
なぜそう考えるのか、理由があります。
密教は6世紀(500年代)のインドで、ヒンドゥー教と仏教がまじりあうような形でおこりました。
密教が中国に伝わったのは、700年ごろでした。
最澄や空海は、この伝わったばかりの最先端の仏教宗派を学んで、持ち帰ったのです。
そうすると、備後国風土記が書かれたという6世紀に、すでに密教由来の神(武塔神)がいたというのでは、つじつまが合いません。
また祇園社の創建年にはふたつの説があるのですが、そのひとつは656年(斉明天皇2年)とされています。
高麗からの渡来人である伊利之が、新羅の牛頭山から牛頭天王(素戔嗚尊)を勧請したのが始まりだというものです。
これは日本書紀のスサノオの伝説にのっとったものでしょう。
社伝がそうなんだから否定するわけにはいかないのですが、これもやはりおかしい。
なぜかというと、新羅(韓国)には牛頭天王信仰があった形跡がないのです。
それどころか、中国にもインドにも、牛頭天王なんて神はいません。
もし勧請するにしても、それなりに名のある仏教由来の神でなければならないはずで、奈良時代に、突然降ってわいたように牛頭天王という神があらわれるのは、さすがに無理があります。
ここまで読んでいただくと、おわかりかとおもうのですが、牛頭天王の成り立ちは、信憑性の濃いルートを選んで解釈していくうちに、ややこしい問題が立ちはだかってきます。
どうも、正式な由緒にもところどころに嘘があって、この嘘を隠すために、さらに巧妙な嘘の伝説が上塗りされているようなのです(笑)
しかもその嘘を、おそらく嘘と知りながらも、当の八坂神社が追認してしまっている。
もちろん最初に五道神を秘匿してしまった、という以上、憶測で考えるしかない点もあります。
そのあたり、もはやわからないですませたくなるところなのですが、いち私人であるわたしが子供のような無邪気さで、突っ込んではいけないところを気にせずに話した与太話、とおもっていただければとおもいます。
ところで祇園社には「五頭天王」という記述が残っているようです。
この「五頭天王」は、五道神から牛頭天王に変化するつなぎのような存在ですね。
五道神をどう秘匿するか、当時の関係者は相当頭を悩ませたのではないでしょうか(笑)
では、なぜ五頭天王が牛頭天王という名前になったのかというと、ここにもふたつの説があります。
ひとつは日本書紀の、スサノオの伝説によるものです。
日本書紀でスサノオは、乱暴狼藉の果てにアマテラスを隠れさせ、世を乱したことにより高天原を追放されました。
その際にスサノオは息子の五十猛神を連れて、新羅(朝鮮半島南東部)のソシモリに降り立ったとあります。
「素戔鳴尊、帥其子五十猛神、降到於新羅国、居曾尸茂梨之處。乃興言曰「此地、吾不欲居。」」
(スサノオは子のイソタケルと新羅国曾尸茂梨に降り立った。しかしスサノオは「この地には居たくない」と言った。)
ソシモリは「曾尸茂梨」や「蘇志摩利」というのですが、朝鮮の言葉では「牛の頭」を意味します。
いまでも韓国で「ソモリクッパ」というと、牛の頭を出汁にした雑炊のことをいうのだそうです。
しかしソシモリに着いたスサノオは「この場所にはいたくない」といいました。
そして出雲の簸の川(ひのかわ)に向かいます。
これはいまの島根県の斐伊川ですね。
なぜスサノオはソシモリを嫌がったのか、いろいろと物語的な類推ができそうですが、日本書紀には理由が書かれていません。
いずれにせよ出雲に帰ってきたスサノオは、その地にヤマタノオロチがいたので退治して、草薙の剣を手に入れました。
ここまでが、日本書紀のひとつのセンテンスになっています。
https://nihonsinwa.com/page/732.html
スサノオが新羅の牛頭という土地へ行って、さらに出雲へ帰ってくるというエピソードが、さまざまに肉付けされて、牛頭天王の由来になり、蘇民将来の伝説につながりました。
もうひとつの説が、牛頭というのは、道教における地獄の獄卒です。
この牛頭が、おなじく道教で地獄の役人であった五道神と結びついたのは、それほど不自然なことではありません。
そして祇園社の祭神となった牛頭天王は、仏教の五道(天道・人道・餓鬼道・畜生道・地獄道)を守護する密教の五道神に近い形で、仏教における修行の場である祇園精舎の守り神ということになったのも、自然です。
こちらは信憑線としては薄い説でしたが、道教が五道神、五頭天王、牛頭天王というような突拍子もない祭神を生む原動力だったのは間違いないでしょう。
このような神は、奈良時代以前の仏教や神道では、考えつくとっかかりがないのです。
すこし話が変わるのですが、道教には地獄思想がありました。
冥界には牛頭と馬頭という二体の獄卒がいます。
そして不思議なことに、日本には仏教でも牛頭天王だけでなく、馬頭観音がいるのです。
道教では地獄の獄卒である牛頭と馬頭が、仏教では牛頭も馬頭も神格を備えた仏として扱われていました。
牛頭天王と馬頭観音の仏像の造形は、おどろくほどよく似ています。
わたしたちは牛頭天王というと、ギリシャ神話のミノタウロスのような姿を想像するのではないでしょうか。
実際、道教における冥界の牛頭馬頭は、ミノタウロスのような半人半獣の姿で描かれています。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/c...
しかし、仏教の牛頭天王や馬頭観音は、憤怒の相をした仏の頭部に、牛、あるいは馬の飾りがなされているのです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%...
上のリンクの画像は馬頭観音のものですが、牛頭天王もたいていはほとんどおなじような造形です。
中には三面のうちのひとつが牛になっている牛頭天王像もあるのですが、ほとんどが憤怒の人面で、頭部に牛や馬があるものです。
https://tsushima-bunka.jp/map/uploadfile...
数ある蘇民将来の伝説の中には、牛の頭をした牛頭天王をおそれて宿を貸さなかった、というような物語もあります。
このあたり、当時の日本では、道教における獄卒の牛頭と、仏教における牛頭天王の造形のちがいが、明確に区別されていなかったのかもしれません。
さて、最後に、祇園社とはなんなのか、ということを考えてみましょう。
まずインドの祇園精舎の伝説ですが、スダッタという長者(須達長者)がシッダルタ(仏陀)に帰依します。
かれは私財をなげうって、その国の王子(祇陀太子)が所有する樹林を買いとり、シッダルタに寄進しました。
祇園精舎は「祇樹給孤独園精舎」の略で、祇陀太子の樹園(祇樹)を須達長者(給孤独)
これが仏教のひとつの伝説になってるんですね。
日本では、当時の有力貴族だった藤原基経(836 - 891)が、じぶんの邸宅を移す際に、旧宅を観慶寺に寄進しました。
貞観年間(859-877)のことだったといわれています。
観慶寺は藤原基経の邸宅、つまりいまの八坂神社の隣にあったお寺です。
この寄進を祇園精舎の伝説になぞらえて、最初は祇園寺、その後祇園社、祇園感神院などと称しました。
そしてここで祇園御霊会が行われ、祇園祭につながっていきます。
なぜ京都の祇園とインドの祇園精舎がつながるのか、という話をたどると、藤原基経に行き着くようです。
以上、長くなりましたが牛頭天王についていろいろとお話ししました。
雑多な内容ですので、読みづらい点についてはどうかご容赦ください。
またわたしの説明・解釈にも間違いがあるかもしれません。
もし疑問点などがありましたらお気軽にご質問ください。
2025年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
今回の投稿は番外編というか、いつもの返信とはまったくちがう、独立した読みものです。
だれかに向けて書いたものではなく、健康についての、じぶんに向けての覚え書きです。
ただ、だれが読んでも興味深い話でもあろうかとおもいますので、いちおうひっそりと公開します。
今後、さらに書き足したり、削ったり、体裁を整えて、おなじような内容のものを、ブラッシュアップして投稿する予定です。この投稿には返信をなさいませんようご注意ください。
血管プラークを掃除するには、脂質断ちと並行して減量(貪食細胞の活性化)を行う必要があって、かなりストイックな食生活をしないと、基本的に血管プラークは溜まる一方なんだそうな。
歯垢・歯石が酸化物質として虫歯となり、細菌の温床となって歯槽膿漏の原因になるように、血管プラーク(石灰化した血管プラーク)が長年蓄積すれば血液疾患以外の不調も招きます。
そう考えていくと、脂質ががんの原因になるという医療分野の話も納得がいきます。
血管プラークはふつうの食事をしていて減ることはないので、標準体型で標準的な食事の人でも、脂質を欠かさず摂取していれば、年をとるごとに血管内が汚れ、脂質が原因の疾患のリスクが高まります。
ほんの数十年前まで医学的には血管プラークが改善することはない、と信じられていたようです。
なので血管は年齢とともに基本的にはどんどん汚れていくし詰まっていくというのが定説だったようですが、厳格な食事療法に取り組めば、血管の若返りは可能なようです。
ちなみに動脈硬化のメカニズムは以下のようなものです。
1.生活習慣(喫煙・飲酒)や生活習慣病(糖尿病)によって血管の内皮に小さな傷がつく
2.傷のついた血管内皮にコレステロールの粒子が入り込み、脂質のこぶ(プラーク)を形成する
3.免疫細胞がプラークを異物として攻撃するため、血管に炎症が起こる(肩こりなど)
4.これら血管の異変によって、血管そのものが繊維化して硬くなる
5.長年こびりついた血管プラークが石灰化することで、さらに動脈硬化が進行する
アルコールや糖尿病では、アルコールや糖が血管内に入り込むと、血管内皮に細かい傷がつくそうで、この傷にコレステロールが付着するといわれます。
そういえば、タバコの健康への悪影響も、ヤニ(タール)が肺から血中に流れ込み、血管内皮および全身に付着することで起こっています。
このヤニは漢字では「脂」と書きますが、実際の脂質ではありません。
しかし脂質と同様付着するとなかなか取れませんし、ヤニそのものに有害物質が含まれています。
タバコを吸っていた肺の汚れがとれるまでには、吸っていた期間とおなじくらいの年月が必要になるといいます。
たとえ禁煙し、体内が代謝を繰り返しても、それだけの長期間、タールと有害物質は体内に残り続けるそうな。
おそらく血管プラークについても食事療法を続ける期間は、不摂生をしたのとおなじ期間かかるのでしょうが、そうするとぼくの場合はもう人生を折り返していますから、一生続けるべきなのでしょう。
体内脂質はヤニのように有害物質を直接的には含んでいませんが、血管にこびりついて蓄積すると体内で酸化します。
酸化した油が有害物質に変化するのはよく知られた話ですが、体内の脂質が酸化して生まれる過酸化脂質は、細胞膜を損傷させ、炎症や動脈硬化を促進します。
この過酸化物質による炎症は、あるいはさっきの動脈硬化における、プラークが免疫細胞から攻撃されて炎症を起こす現象とおなじかもしれません。
この炎症はいろいろな悪作用をもたらしますが、細胞のガン化も引き起こします。
そこで過酸化脂質の酸化を解消するために、抗酸化物質を摂取しようという話になります。
抗酸化物質を食べて体内の酸化を防ごうというのですが、そもそも必要以上の脂質を毎日経口摂取していると、いたちごっこになるばかりですし、血管プラークが積み重なっていくなら、いずれは負け戦になります。
しかしたとえばトマトジュース(あるいはトマトベースの野菜ジュース)に陳皮パウダーをひと匙、というような抗酸化物質の塊のようなドリンクを毎日一杯飲むようなことは、もちろん長期的にみて全身の健康に寄与することでしょう。
血管プラークの積み上がりを減少させるには、EPAを中心とした多価不飽和脂肪酸の少量摂取のみで、あとは海藻(寒天)・きのこ、野菜、炭水化物を中心にした脂質制限の減量食が必要になります。
減量食といっても適度におなかが満足できるだけ食べていいのですが、脂質を徹底的に制限していると、勝手に痩せていきます。
脂質のない和菓子であれば(適度に)食べてもいいし、お肉も脂身がないものなら(適度に)食べてもかまいません。
この減量食は血管プラークを減らすだけでなく、膵機能の低下によって起こる糖尿病を予防し、体内老廃物を追い出してがんを予防する食事でもあるといいます。
後述しますが、腸内環境にもよい影響を及ぼします。
この腸内環境への影響はじぶんのおなかの調子をみても明らかで、この2か月近くのお通じに関していえば、いままでの人生でこんなに安定したことはありません。
糖質(炭水化物)は体内で中性脂肪に変わりますが、中性脂肪は飽和脂肪酸でも不飽和脂肪酸でもありません。
なので、不飽和脂肪酸のような機能性もないかわりに、飽和脂肪酸ほどのわるさもしません。
しかしいくら脂質を制限しても、糖質を体内に余るほど摂取すると、糖質由来の中性脂肪が体内に蓄積してしまいます。
この中性脂肪も余っているとやはり血管でプラークになります。そして体内で酸化して炎症を引き起こせばガン化するし、膵機能を低下させて糖尿病を招来します。
だから、脂質制限をしても糖質を際限なく摂りすぎてはいけない、というジレンマを抱えることになり、結局減量食にならざるをえません。
が、体内の脂質が極端に不足すると体温低下(エネルギー不足による免疫低下)や脂溶性ビタミンの吸収不足を招きますから、体内の脂質そのものは必要です。
じゃあ、やっぱり脂質も適度に経口摂取すればいいじゃないか、とおもうかもしれません。
が、たとえば健康によい不飽和脂肪酸が豊富ないわしでも、その脂質の1/3は健康にわるい飽和脂肪酸です。
おなじ減量食である糖質制限は、糖尿病予防にはよいかもしれません。
が、摂取する食事と食事量をよほど工夫しないと、体内に大量の飽和脂肪酸を取り入れるので、血管プラークを形成し、体内が酸化・炎症を起こし、結局ガンや血液疾患にむすびつきます。
よく言われるのが、糖質制限をするといくらカロリー摂取をしても痩せていくというもので、これは実際ぼくもやったことがありますが、たしかにそうでした。
でも、あれはやっぱりよくなかったと、いまはつくづくおもいます。
もし糖質制限で健康を保ちたい場合は、以下のような感じでしょうか。
オリーブ油やアマニ油は100g(920kcal)のうち、不飽和脂肪酸がほとんどで、飽和脂肪酸が10%程度と優秀な組成です。
なので、鶏ささみとキノコと海藻と野菜に、これらの不飽和脂肪酸でできた油をかけて食べ、一日の代謝の範囲を越えないカロリーに抑えるというような食生活なら、かろうじて健康を維持できるかもしれません。
しかしそれでも飽和脂肪酸を相応に摂取しますから、代謝の範囲を越えて摂取すると血管プラークはたまるし、体内で酸化脂質による炎症が起こるでしょう。
糖質による満腹感がないうえに、カロリー制限まで求められるのだから、健康効果まで期待した糖質制限はかなりの苦行になることでしょう。
それに糖質制限はイヌイットが暮らすような、よほど特殊な環境でなければ人類が永続的にやっていけるような食習慣ではなく、現代風にいえばコストがかかりすぎる食生活でもあります。
なので総合的な結論として、炭水化物を摂取して体内で中性脂肪に変換し、海藻やきのこや野菜で抗酸化する食生活がよい、ということになります。
もうひとつ重要な問題があります。
それは腸内細菌が産生する脂質です。
腸内細菌は非常に多様ですから、その代謝物の影響についてもやはり多様です。
しかし単純化すると、やっぱり脂質は腸内環境にもよくないことが浮かび上がってきます。
理化学研究所の研究(https://www.riken.jp/press/2023/20230118...)によると、
とありました。
つまり、高脂肪食を好む細菌があり、高脂肪食を摂取しているとこの腸内細菌が増えます。
そしてこの腸内細菌が脂質を分解すると、悪性の脂肪酸を産生し、生活習慣病を招く悪循環を生み出すようです。
また脂肪食は腸内フローラのバランスを悪化させます。
炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎など)の悪化の原因のひとつが高脂肪食であることは知られていますが、それはやはり腸内細菌による悪性の代謝脂質と、脂肪分による腸内フローラのバランス崩壊が関係しているのでしょう。
こういう理屈もぼくはずっと知らずにいましたが、いま非常におなかの調子がよいのは、脂質制限と無関係ではないとおもいます。
そういえばひと昔前に、健康な腸環境の人の大便を、炎症性腸疾患の患者の腸に注入すると、炎症が一時的に緩解したというニュースがありました。
当時、なんという気持ちのわるい治療だろうとおもいましたが、あれは理論的には腸内フローラのバランスを整えて、悪性の代謝物を減らすという点で意味があったのでしょう。
いっぽう、太陽化学のホームページ(https://www.taiyokagaku.com/lab/trend/13...)には、このような記述がありました。
つまり、水溶性食物繊維や一部の糖類が腸内細菌のエサになると、短鎖脂肪酸が産生されて体内の健康に寄与する。
経口的にヨーグルトや納豆を食べて菌を補給するよりも、大腸の菌に食物繊維や良質な糖質を補給するほうがよいのではないか、ということです。
ちなみに短鎖脂肪酸は「脂肪酸」とありますが、脂肪ではありません。ここがむずかしいところでした。
われわれが一般的に脂質と呼ぶ脂肪も脂肪族化合物の一種ですが、脂肪族化合物全体を脂肪と呼ぶわけではないようです。
なので、酢酸、プロピオン酸、酪酸といった短鎖脂肪酸は脂肪族化合物ではあるのですが、われわれが一般的にいう脂肪や脂質とはちがうようです。
われわれが一般的にいう脂肪は、中鎖脂肪酸と長鎖脂肪酸をさします。
発酵食品がカラダにわるい影響を及ぼすというのはちょっと常識外れな話ではありますが、真島クリニックの真島さんも、納豆やヨーグルトなどのタンパク質(脂質)性の発酵食品が血管プラークを悪化させると述べており、腸内細菌の代謝物の複雑さを考えると、巷の常識は実際の肉体の非常識にあたる可能性があるのかもしれません。
しかしそうなると結局、不飽和脂肪酸少量と脂質制限、海藻類・きのこ類・野菜類・脂質のないたんぱく質、炭水化物で食生活を構築するのが、腸内細菌の面でも健康によい食事療法になります。
それに対して、脂質(中鎖脂肪酸・長鎖脂肪酸)を経口で摂取すると、腸内細菌もまた別種の脂肪酸を産生し、これは種類によって人体に悪影響を及ぼす可能性があるということなのでしょう。
おなじ油でも多価不飽和脂肪酸(EPA・DHA)の場合は、腸内細菌も良質な脂肪酸を産生するようですが、飽和脂肪酸はやはりよくないようですね。
獣肉も魚肉も、その脂質の組成にはどうしても飽和脂肪酸が含まれていますから、ここに注意しなければいけないということになります。
じゃあせめてたんぱく質くらいはたくさん食べたいとおもっていたんですが、残念なことにたんぱく質も過剰摂取すると、腸内細菌がアンモニアや尿毒症物質を産生し、腎臓に負担をかけ、悪玉菌を増殖させて腸内フローラのバランスが崩れるとのこと。
だいたい、鶏むね肉やささみでいえば、一日に150gから200gまでが適正なんだそうな。
アルコールの場合は、ぼくなどはとても物足りない、いわゆる「適量」を越えると、血管内皮が傷つくだけでなく、アルコールによって腸内フローラが乱れ、さまざまな悪影響を及ぼすようです。
生命科学的な側面でみていくと、食で健康を実現するのは単純でありながら、なかなかシビアだということがわかります。
結論としては、
・血管内皮を傷つけない生活習慣
・血管プラークを減少させる食習慣
が大事、ということになりそうです。
ちなみにえらそうなことを書いていますが、これは現在のぼく自身がすべてをパーフェクトに実践する、あるいは実践できるという話ではありません。
お酒などは、なかなか一杯で終わらせることができません。
しかし将来的にぼくが老いていくにあたって、この食事の実践は、最終的に行きつかざるをえないところだとおもっています。
じぶんが老化していく中で、さらに病をひとつ得るたびに、よりシビアな形でこの食事療法に取り組むほかなくなるのだろうとおもいますし、そのための覚え書きです。
ぼくのように不摂生をしているわけではない方においても、この理屈を知っておくことは、転ばぬ先の杖になりうるだろうとおもいます。
だれかに向けて書いたものではなく、健康についての、じぶんに向けての覚え書きです。
ただ、だれが読んでも興味深い話でもあろうかとおもいますので、いちおうひっそりと公開します。
今後、さらに書き足したり、削ったり、体裁を整えて、おなじような内容のものを、ブラッシュアップして投稿する予定です。この投稿には返信をなさいませんようご注意ください。
血管プラークを掃除するには、脂質断ちと並行して減量(貪食細胞の活性化)を行う必要があって、かなりストイックな食生活をしないと、基本的に血管プラークは溜まる一方なんだそうな。
歯垢・歯石が酸化物質として虫歯となり、細菌の温床となって歯槽膿漏の原因になるように、血管プラーク(石灰化した血管プラーク)が長年蓄積すれば血液疾患以外の不調も招きます。
そう考えていくと、脂質ががんの原因になるという医療分野の話も納得がいきます。
血管プラークはふつうの食事をしていて減ることはないので、標準体型で標準的な食事の人でも、脂質を欠かさず摂取していれば、年をとるごとに血管内が汚れ、脂質が原因の疾患のリスクが高まります。
ほんの数十年前まで医学的には血管プラークが改善することはない、と信じられていたようです。
なので血管は年齢とともに基本的にはどんどん汚れていくし詰まっていくというのが定説だったようですが、厳格な食事療法に取り組めば、血管の若返りは可能なようです。
ちなみに動脈硬化のメカニズムは以下のようなものです。
1.生活習慣(喫煙・飲酒)や生活習慣病(糖尿病)によって血管の内皮に小さな傷がつく
2.傷のついた血管内皮にコレステロールの粒子が入り込み、脂質のこぶ(プラーク)を形成する
3.免疫細胞がプラークを異物として攻撃するため、血管に炎症が起こる(肩こりなど)
4.これら血管の異変によって、血管そのものが繊維化して硬くなる
5.長年こびりついた血管プラークが石灰化することで、さらに動脈硬化が進行する
アルコールや糖尿病では、アルコールや糖が血管内に入り込むと、血管内皮に細かい傷がつくそうで、この傷にコレステロールが付着するといわれます。
そういえば、タバコの健康への悪影響も、ヤニ(タール)が肺から血中に流れ込み、血管内皮および全身に付着することで起こっています。
このヤニは漢字では「脂」と書きますが、実際の脂質ではありません。
しかし脂質と同様付着するとなかなか取れませんし、ヤニそのものに有害物質が含まれています。
タバコを吸っていた肺の汚れがとれるまでには、吸っていた期間とおなじくらいの年月が必要になるといいます。
たとえ禁煙し、体内が代謝を繰り返しても、それだけの長期間、タールと有害物質は体内に残り続けるそうな。
おそらく血管プラークについても食事療法を続ける期間は、不摂生をしたのとおなじ期間かかるのでしょうが、そうするとぼくの場合はもう人生を折り返していますから、一生続けるべきなのでしょう。
体内脂質はヤニのように有害物質を直接的には含んでいませんが、血管にこびりついて蓄積すると体内で酸化します。
酸化した油が有害物質に変化するのはよく知られた話ですが、体内の脂質が酸化して生まれる過酸化脂質は、細胞膜を損傷させ、炎症や動脈硬化を促進します。
この過酸化物質による炎症は、あるいはさっきの動脈硬化における、プラークが免疫細胞から攻撃されて炎症を起こす現象とおなじかもしれません。
この炎症はいろいろな悪作用をもたらしますが、細胞のガン化も引き起こします。
そこで過酸化脂質の酸化を解消するために、抗酸化物質を摂取しようという話になります。
抗酸化物質を食べて体内の酸化を防ごうというのですが、そもそも必要以上の脂質を毎日経口摂取していると、いたちごっこになるばかりですし、血管プラークが積み重なっていくなら、いずれは負け戦になります。
しかしたとえばトマトジュース(あるいはトマトベースの野菜ジュース)に陳皮パウダーをひと匙、というような抗酸化物質の塊のようなドリンクを毎日一杯飲むようなことは、もちろん長期的にみて全身の健康に寄与することでしょう。
血管プラークの積み上がりを減少させるには、EPAを中心とした多価不飽和脂肪酸の少量摂取のみで、あとは海藻(寒天)・きのこ、野菜、炭水化物を中心にした脂質制限の減量食が必要になります。
減量食といっても適度におなかが満足できるだけ食べていいのですが、脂質を徹底的に制限していると、勝手に痩せていきます。
脂質のない和菓子であれば(適度に)食べてもいいし、お肉も脂身がないものなら(適度に)食べてもかまいません。
この減量食は血管プラークを減らすだけでなく、膵機能の低下によって起こる糖尿病を予防し、体内老廃物を追い出してがんを予防する食事でもあるといいます。
後述しますが、腸内環境にもよい影響を及ぼします。
この腸内環境への影響はじぶんのおなかの調子をみても明らかで、この2か月近くのお通じに関していえば、いままでの人生でこんなに安定したことはありません。
糖質(炭水化物)は体内で中性脂肪に変わりますが、中性脂肪は飽和脂肪酸でも不飽和脂肪酸でもありません。
なので、不飽和脂肪酸のような機能性もないかわりに、飽和脂肪酸ほどのわるさもしません。
しかしいくら脂質を制限しても、糖質を体内に余るほど摂取すると、糖質由来の中性脂肪が体内に蓄積してしまいます。
この中性脂肪も余っているとやはり血管でプラークになります。そして体内で酸化して炎症を引き起こせばガン化するし、膵機能を低下させて糖尿病を招来します。
だから、脂質制限をしても糖質を際限なく摂りすぎてはいけない、というジレンマを抱えることになり、結局減量食にならざるをえません。
が、体内の脂質が極端に不足すると体温低下(エネルギー不足による免疫低下)や脂溶性ビタミンの吸収不足を招きますから、体内の脂質そのものは必要です。
じゃあ、やっぱり脂質も適度に経口摂取すればいいじゃないか、とおもうかもしれません。
が、たとえば健康によい不飽和脂肪酸が豊富ないわしでも、その脂質の1/3は健康にわるい飽和脂肪酸です。
おなじ減量食である糖質制限は、糖尿病予防にはよいかもしれません。
が、摂取する食事と食事量をよほど工夫しないと、体内に大量の飽和脂肪酸を取り入れるので、血管プラークを形成し、体内が酸化・炎症を起こし、結局ガンや血液疾患にむすびつきます。
よく言われるのが、糖質制限をするといくらカロリー摂取をしても痩せていくというもので、これは実際ぼくもやったことがありますが、たしかにそうでした。
でも、あれはやっぱりよくなかったと、いまはつくづくおもいます。
もし糖質制限で健康を保ちたい場合は、以下のような感じでしょうか。
オリーブ油やアマニ油は100g(920kcal)のうち、不飽和脂肪酸がほとんどで、飽和脂肪酸が10%程度と優秀な組成です。
なので、鶏ささみとキノコと海藻と野菜に、これらの不飽和脂肪酸でできた油をかけて食べ、一日の代謝の範囲を越えないカロリーに抑えるというような食生活なら、かろうじて健康を維持できるかもしれません。
しかしそれでも飽和脂肪酸を相応に摂取しますから、代謝の範囲を越えて摂取すると血管プラークはたまるし、体内で酸化脂質による炎症が起こるでしょう。
糖質による満腹感がないうえに、カロリー制限まで求められるのだから、健康効果まで期待した糖質制限はかなりの苦行になることでしょう。
それに糖質制限はイヌイットが暮らすような、よほど特殊な環境でなければ人類が永続的にやっていけるような食習慣ではなく、現代風にいえばコストがかかりすぎる食生活でもあります。
なので総合的な結論として、炭水化物を摂取して体内で中性脂肪に変換し、海藻やきのこや野菜で抗酸化する食生活がよい、ということになります。
もうひとつ重要な問題があります。
それは腸内細菌が産生する脂質です。
腸内細菌は非常に多様ですから、その代謝物の影響についてもやはり多様です。
しかし単純化すると、やっぱり脂質は腸内環境にもよくないことが浮かび上がってきます。
理化学研究所の研究(https://www.riken.jp/press/2023/20230118...)によると、
今回、共同研究チームはFusimonas intestini[3]という細菌に着目し、同細菌が肥満・糖尿病の患者から多く検出されること、高脂肪食[4]摂食マウスに投与すると肥満が悪化すること、そして、トランス脂肪酸など肥満・高血糖を悪化させる代謝物を多く産生することを発見しました。
とありました。
つまり、高脂肪食を好む細菌があり、高脂肪食を摂取しているとこの腸内細菌が増えます。
そしてこの腸内細菌が脂質を分解すると、悪性の脂肪酸を産生し、生活習慣病を招く悪循環を生み出すようです。
また脂肪食は腸内フローラのバランスを悪化させます。
炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎など)の悪化の原因のひとつが高脂肪食であることは知られていますが、それはやはり腸内細菌による悪性の代謝脂質と、脂肪分による腸内フローラのバランス崩壊が関係しているのでしょう。
こういう理屈もぼくはずっと知らずにいましたが、いま非常におなかの調子がよいのは、脂質制限と無関係ではないとおもいます。
そういえばひと昔前に、健康な腸環境の人の大便を、炎症性腸疾患の患者の腸に注入すると、炎症が一時的に緩解したというニュースがありました。
当時、なんという気持ちのわるい治療だろうとおもいましたが、あれは理論的には腸内フローラのバランスを整えて、悪性の代謝物を減らすという点で意味があったのでしょう。
いっぽう、太陽化学のホームページ(https://www.taiyokagaku.com/lab/trend/13...)には、このような記述がありました。
有用菌は、エネルギー源となるエサを食べ、「短鎖脂肪酸」を産生します。短鎖脂肪酸は酪酸、プロピオン酸などを指します。この短鎖脂肪酸、腸内環境を整える働きがあることがわかっており、様々な研究結果があります。
(中略)
有用菌のエネルギー源であるエサが何かいうと、「水溶性食物繊維」や「オリゴ糖」などであることが分かっています。これらの物質を摂取し、それが腸内に届いて腸内細菌に代謝されて短鎖脂肪酸が産生され腸内に排出されます。腸内環境を改善するためには「短鎖脂肪酸を産生する菌を増やす」ことや「有用菌のエネルギー源を供給してあげる」ことが必要です。太陽化学としては、もとから100兆個以上いる腸内細菌に体外から菌を追加するより、もとからいる菌に良質のエサを供給する方が効率的なのでは?と考えています。
つまり、水溶性食物繊維や一部の糖類が腸内細菌のエサになると、短鎖脂肪酸が産生されて体内の健康に寄与する。
経口的にヨーグルトや納豆を食べて菌を補給するよりも、大腸の菌に食物繊維や良質な糖質を補給するほうがよいのではないか、ということです。
ちなみに短鎖脂肪酸は「脂肪酸」とありますが、脂肪ではありません。ここがむずかしいところでした。
われわれが一般的に脂質と呼ぶ脂肪も脂肪族化合物の一種ですが、脂肪族化合物全体を脂肪と呼ぶわけではないようです。
なので、酢酸、プロピオン酸、酪酸といった短鎖脂肪酸は脂肪族化合物ではあるのですが、われわれが一般的にいう脂肪や脂質とはちがうようです。
われわれが一般的にいう脂肪は、中鎖脂肪酸と長鎖脂肪酸をさします。
発酵食品がカラダにわるい影響を及ぼすというのはちょっと常識外れな話ではありますが、真島クリニックの真島さんも、納豆やヨーグルトなどのタンパク質(脂質)性の発酵食品が血管プラークを悪化させると述べており、腸内細菌の代謝物の複雑さを考えると、巷の常識は実際の肉体の非常識にあたる可能性があるのかもしれません。
しかしそうなると結局、不飽和脂肪酸少量と脂質制限、海藻類・きのこ類・野菜類・脂質のないたんぱく質、炭水化物で食生活を構築するのが、腸内細菌の面でも健康によい食事療法になります。
それに対して、脂質(中鎖脂肪酸・長鎖脂肪酸)を経口で摂取すると、腸内細菌もまた別種の脂肪酸を産生し、これは種類によって人体に悪影響を及ぼす可能性があるということなのでしょう。
おなじ油でも多価不飽和脂肪酸(EPA・DHA)の場合は、腸内細菌も良質な脂肪酸を産生するようですが、飽和脂肪酸はやはりよくないようですね。
獣肉も魚肉も、その脂質の組成にはどうしても飽和脂肪酸が含まれていますから、ここに注意しなければいけないということになります。
じゃあせめてたんぱく質くらいはたくさん食べたいとおもっていたんですが、残念なことにたんぱく質も過剰摂取すると、腸内細菌がアンモニアや尿毒症物質を産生し、腎臓に負担をかけ、悪玉菌を増殖させて腸内フローラのバランスが崩れるとのこと。
だいたい、鶏むね肉やささみでいえば、一日に150gから200gまでが適正なんだそうな。
アルコールの場合は、ぼくなどはとても物足りない、いわゆる「適量」を越えると、血管内皮が傷つくだけでなく、アルコールによって腸内フローラが乱れ、さまざまな悪影響を及ぼすようです。
生命科学的な側面でみていくと、食で健康を実現するのは単純でありながら、なかなかシビアだということがわかります。
結論としては、
・血管内皮を傷つけない生活習慣
・血管プラークを減少させる食習慣
が大事、ということになりそうです。
ちなみにえらそうなことを書いていますが、これは現在のぼく自身がすべてをパーフェクトに実践する、あるいは実践できるという話ではありません。
お酒などは、なかなか一杯で終わらせることができません。
しかし将来的にぼくが老いていくにあたって、この食事の実践は、最終的に行きつかざるをえないところだとおもっています。
じぶんが老化していく中で、さらに病をひとつ得るたびに、よりシビアな形でこの食事療法に取り組むほかなくなるのだろうとおもいますし、そのための覚え書きです。
ぼくのように不摂生をしているわけではない方においても、この理屈を知っておくことは、転ばぬ先の杖になりうるだろうとおもいます。
2024年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
落語家のどんちゃん騒ぎのお話、何とも言えないしみじみとしたものを感じます。
悲しまずに明るく楽しく送ってあげ、お葬式が終わってから泣く。
これは、生きている人を中心に考えて行う現代のお葬式ではなく、亡くなった人を想って行うお葬式の形だと思えます。
落語家、座棺のことで思い出しましたが、幼稚園くらいの頃、テレビで日本の映画を見ました。
火のついたろうそくの長さがその人の寿命で、自分の短くなったろうそくを長いろうそくとすり替えたり、死神が出てきてどうのこうの、という喜劇映画です。
そこで、木でできた桶に座った形で死体を入れるというのを見て、とても印象に残っていました。
調べたら『幽霊繁盛記』という1960年の映画でしたが、フランキー堺など有名な俳優さんが出演しています。
落語家の柳家金語楼も出ていました。
私が見たのはそれよりずいぶんあとですが、何回か再放送していたようです。
ろうそくで自分の寿命で決められている、という設定が怖かったので(笑)、一度しか見ていません。
農園主さんはご存じと思いますが、落語『死神』がベースになっているそうです。
どこかで見られるかなと思い探しましたが、DVDにもなっておらず、配信もないようで残念です。
シキミが仏花になったのは、そういうことなんですね。
以前、創価学会のお葬式に出た時、お花は一切なく、シキミだらけで驚いたことがあります。
なぜなのかは調べていませんが、何らかの理由があるのでしょうね。
80代の大工さんの貴重なお話をありがとうございます。
その時の様子が見えてくるようでした。
以前メールの方で書いていらっしゃいましたが、「80近いお隣さんは1948年の福井県地震のことを覚えていて~~~~屋根に石を乗せていてそれが地震で落ちた~~」というようなお話です。
その方と大工さんが同じ方かどうかはわかりませんが、坐棺の埋葬や地震のことなど、ご自分の経験したことを若い世代に語り継ぐということの大切さが本当に身に沁みます。
農園主さんの記事からそんな方々のお話を伺うことができるのは、とてもありがたく思います。
体験したお話、生活の知恵、遊び、歌など、昔の様々なことは書物やテレビからも知ることはできるでしょうが、実際にお話を聞くということは、まったく違うものと感じます。
悲しまずに明るく楽しく送ってあげ、お葬式が終わってから泣く。
これは、生きている人を中心に考えて行う現代のお葬式ではなく、亡くなった人を想って行うお葬式の形だと思えます。
落語家、座棺のことで思い出しましたが、幼稚園くらいの頃、テレビで日本の映画を見ました。
火のついたろうそくの長さがその人の寿命で、自分の短くなったろうそくを長いろうそくとすり替えたり、死神が出てきてどうのこうの、という喜劇映画です。
そこで、木でできた桶に座った形で死体を入れるというのを見て、とても印象に残っていました。
調べたら『幽霊繁盛記』という1960年の映画でしたが、フランキー堺など有名な俳優さんが出演しています。
落語家の柳家金語楼も出ていました。
私が見たのはそれよりずいぶんあとですが、何回か再放送していたようです。
ろうそくで自分の寿命で決められている、という設定が怖かったので(笑)、一度しか見ていません。
農園主さんはご存じと思いますが、落語『死神』がベースになっているそうです。
どこかで見られるかなと思い探しましたが、DVDにもなっておらず、配信もないようで残念です。
シキミが仏花になったのは、そういうことなんですね。
以前、創価学会のお葬式に出た時、お花は一切なく、シキミだらけで驚いたことがあります。
なぜなのかは調べていませんが、何らかの理由があるのでしょうね。
80代の大工さんの貴重なお話をありがとうございます。
その時の様子が見えてくるようでした。
以前メールの方で書いていらっしゃいましたが、「80近いお隣さんは1948年の福井県地震のことを覚えていて~~~~屋根に石を乗せていてそれが地震で落ちた~~」というようなお話です。
その方と大工さんが同じ方かどうかはわかりませんが、坐棺の埋葬や地震のことなど、ご自分の経験したことを若い世代に語り継ぐということの大切さが本当に身に沁みます。
農園主さんの記事からそんな方々のお話を伺うことができるのは、とてもありがたく思います。
体験したお話、生活の知恵、遊び、歌など、昔の様々なことは書物やテレビからも知ることはできるでしょうが、実際にお話を聞くということは、まったく違うものと感じます。
2024年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
泉州なす、ありましたね~。
お漬物を買ったことがありますが、あっさりしていておいしかったです。
泉州はタオルもとても有名ですね。
品質がいいので、何枚か持っています。
霞ヶ浦は行ったことがありますが、本当に大きな湖ですね。
「浦」のように、地形の呼び方はわからないことが多く、調べても明確には理解できないことがあります。
大阪平野の詳しいご説明をありがとうございます。
都内でも、「昔は沼だった」などという地域はけっこうあります。
以前テレビだったか、地名に池、沼、深、谷が付いたところに住んではいけない、という話がありました。
池袋も、昔は「袋のような盆地状の窪地に多くの池があった」というのが地名の由来らしいのですが、気にするほど地盤がよくないわけでもなさそうです。
池袋の家は、そこで寝起きするわけではなく時々行く程度なのでいいのですが、現在住まいにしているところは、70代の方が「昔は沼で、レンコンが採れたし、椰子の木が生えていた」と言っていたので、埋めたてたのでしょうね。
地盤が悪そうなところに海抜が3mというので、近くの川が氾濫したらちょっと怖いです。
司馬遼太郎さんの記事、興味深く読ませていただきました。
わりと近くに「浮間舟渡」というところがあります。
きちんと調べたわけではないのであやふやな話ではありますが、ここは昔、畑(田んぼがあったかどうかは不明)があり、近くには荒川があって、海抜はまさかの1mです。
とても地盤が悪い地域なのですが、工場ばかりで、住宅もどんどんできているようです。
農地が工場・住宅に、という、いい例なのかもしれませんね。
昔から洪水の被害が大きい地域でしたが、国の治水対策で昭和5年に荒川放水路が完成。それから徐々に市街化が進んだとのことです。
身近にも、代々継いできた土地(野菜などを育てていた)を売却し、ちょっとした資産家になった人もいます。
農業を続けても生活が苦しい、という理由だと聞いた覚えがあります。
ハーブ、たくさん種類があって、見るだけでも楽しそうですね。
私が大好きなモヒートはミントで作りますが、何種類かのハーブを入れた焼酎は、きっとおいしいと思います( ^^) _U~~
ローズマリーは覚醒のハーブなので寝る前は適さないと言いますが、それほど気にしなくてよさそうです。
つまらない話ですが、ハーブ酒から、ハブ酒を思い出しました(笑)
ずいぶん前に、沖縄のハブ酒を味見させてもらったことがありますが、何とも言えないすごい匂いで、とても飲めませんでした。
滋養強壮にいいというのは有名な話で、免疫も上がり冷えにも効果があるようですね。
養命酒より効くとは思いますが、再チャレンジは難しそうです(笑)
お漬物を買ったことがありますが、あっさりしていておいしかったです。
泉州はタオルもとても有名ですね。
品質がいいので、何枚か持っています。
霞ヶ浦は行ったことがありますが、本当に大きな湖ですね。
「浦」のように、地形の呼び方はわからないことが多く、調べても明確には理解できないことがあります。
大阪平野の詳しいご説明をありがとうございます。
都内でも、「昔は沼だった」などという地域はけっこうあります。
以前テレビだったか、地名に池、沼、深、谷が付いたところに住んではいけない、という話がありました。
池袋も、昔は「袋のような盆地状の窪地に多くの池があった」というのが地名の由来らしいのですが、気にするほど地盤がよくないわけでもなさそうです。
池袋の家は、そこで寝起きするわけではなく時々行く程度なのでいいのですが、現在住まいにしているところは、70代の方が「昔は沼で、レンコンが採れたし、椰子の木が生えていた」と言っていたので、埋めたてたのでしょうね。
地盤が悪そうなところに海抜が3mというので、近くの川が氾濫したらちょっと怖いです。
司馬遼太郎さんの記事、興味深く読ませていただきました。
わりと近くに「浮間舟渡」というところがあります。
きちんと調べたわけではないのであやふやな話ではありますが、ここは昔、畑(田んぼがあったかどうかは不明)があり、近くには荒川があって、海抜はまさかの1mです。
とても地盤が悪い地域なのですが、工場ばかりで、住宅もどんどんできているようです。
農地が工場・住宅に、という、いい例なのかもしれませんね。
昔から洪水の被害が大きい地域でしたが、国の治水対策で昭和5年に荒川放水路が完成。それから徐々に市街化が進んだとのことです。
身近にも、代々継いできた土地(野菜などを育てていた)を売却し、ちょっとした資産家になった人もいます。
農業を続けても生活が苦しい、という理由だと聞いた覚えがあります。
ハーブ、たくさん種類があって、見るだけでも楽しそうですね。
私が大好きなモヒートはミントで作りますが、何種類かのハーブを入れた焼酎は、きっとおいしいと思います( ^^) _U~~
ローズマリーは覚醒のハーブなので寝る前は適さないと言いますが、それほど気にしなくてよさそうです。
つまらない話ですが、ハーブ酒から、ハブ酒を思い出しました(笑)
ずいぶん前に、沖縄のハブ酒を味見させてもらったことがありますが、何とも言えないすごい匂いで、とても飲めませんでした。
滋養強壮にいいというのは有名な話で、免疫も上がり冷えにも効果があるようですね。
養命酒より効くとは思いますが、再チャレンジは難しそうです(笑)
2024年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
あ~、竹輪に拘らず、練り物でもおいしいですよね。
特にごぼてん、いい出汁がでそうです。
ありがとうございます。
リニューアルオープンしたスーパーに昨日行ったのですが、オープン記念のセール品が多く、ちょうど練り物の盛り合せを、3割引きで買ってきていました。
今見たらごぼう天もあったし、初めて見ましたがベーコンで巻いた野菜天もありました。
竹輪を買いに行かないですみました。
特にごぼてん、いい出汁がでそうです。
ありがとうございます。
リニューアルオープンしたスーパーに昨日行ったのですが、オープン記念のセール品が多く、ちょうど練り物の盛り合せを、3割引きで買ってきていました。
今見たらごぼう天もあったし、初めて見ましたがベーコンで巻いた野菜天もありました。
竹輪を買いに行かないですみました。
1353
切り干し大根にいれる竹輪は煮込み竹輪が望ましいんですが、安いちくわでもかまいませんし、丸天やごぼてんなど、いろんな野菜などが入った練り物のてんぷらを一口サイズに切って入れてもおいしかったです。
練り物の甘みやうまみがいい出汁になるようで、これがあると箸が進み方がちがいますね。
切り干し大根にいれる竹輪は煮込み竹輪が望ましいんですが、安いちくわでもかまいませんし、丸天やごぼてんなど、いろんな野菜などが入った練り物のてんぷらを一口サイズに切って入れてもおいしかったです。
練り物の甘みやうまみがいい出汁になるようで、これがあると箸が進み方がちがいますね。
お父さま、いいお医者様とご縁があって、本当によかったですね。
大変な治療に耐えて乗り越えたこと、感服します。
「うまく関係を築く」こと、これは医師にとっても患者にとっても、大事なことだと思います。
堀ちえみの場合、舌や口腔内に異常があった時、歯科医院かどこか忘れましたが、ずっと通院治療していたのに「心配のないただの口内炎」という診断をされ、安心していたそうです。
ところがだんだんひどくなり、何も食べられないほどの激痛が続き、ずいぶんたってから他の病院で診てもらったらすでにステージ4(5かもしれません)の舌がんだったそうです。
もっと早くちゃんと診てくれていたら、という思いは、本人も家族も当時は相当あったようです。
私も、痛みや熱に弱く、うまく死ねる自信もないので、健康でいることの大事さが本当に本当に、身にしみます。
農園主さんのお考えは決して極端な言い方ではなく、ああ、医師とはそういうものなんだな、と、とても納得しました。
ありがとうございます。
話は変わりますが。
以前、切り干し大根にちくわを入れるというお話を書いていらっしゃいましたね。
あの「ちくわ」は、短くて細い「ちくわ」ではなく、おでんに入れる、ちょっと柔らかい「ちくわ」の方ですよね?
私はひじきを煮る時、おでん仕様の方のちくわを入れるのが大好きなんですが、切り干し大根でもやってみたいと思いました。
数日前はかなり暖かかったので冷やし中華気分でしたが、寒さが戻ってしまい、シチュー&おでん日和です(*^_^*)
大変な治療に耐えて乗り越えたこと、感服します。
「うまく関係を築く」こと、これは医師にとっても患者にとっても、大事なことだと思います。
堀ちえみの場合、舌や口腔内に異常があった時、歯科医院かどこか忘れましたが、ずっと通院治療していたのに「心配のないただの口内炎」という診断をされ、安心していたそうです。
ところがだんだんひどくなり、何も食べられないほどの激痛が続き、ずいぶんたってから他の病院で診てもらったらすでにステージ4(5かもしれません)の舌がんだったそうです。
もっと早くちゃんと診てくれていたら、という思いは、本人も家族も当時は相当あったようです。
私も、痛みや熱に弱く、うまく死ねる自信もないので、健康でいることの大事さが本当に本当に、身にしみます。
農園主さんのお考えは決して極端な言い方ではなく、ああ、医師とはそういうものなんだな、と、とても納得しました。
ありがとうございます。
話は変わりますが。
以前、切り干し大根にちくわを入れるというお話を書いていらっしゃいましたね。
あの「ちくわ」は、短くて細い「ちくわ」ではなく、おでんに入れる、ちょっと柔らかい「ちくわ」の方ですよね?
私はひじきを煮る時、おでん仕様の方のちくわを入れるのが大好きなんですが、切り干し大根でもやってみたいと思いました。
数日前はかなり暖かかったので冷やし中華気分でしたが、寒さが戻ってしまい、シチュー&おでん日和です(*^_^*)
1350
ちょっと極端な言い方をしますが、医師はかならずしも患者を救うためにあるのではなく、医療の世界を発展させるためにあるのだとおもっています。
ただ、結局医療の世界を発展させるためには患者を治さなければならないし、そのための技術を究めなければならない。
じつは、患者の痛みや不満をとりのぞくのは、医師の仕事ではありません。
医師は医学がこれまで名付けてきた病名を患者の症状に当てはめて、その病気を治すための方法を提示して実行することが仕事です。
患者にとってはどちらも似たようなものだとおもうんですが、おそらく医師の多くはそこをつかいわけてるとおもうんです。
介護の勉強をしたときに、キュア(治療)とケア(介護)のちがいを学びましたが、医師はキュアをする存在だと学びました。
だから、治療の過程にものすごい苦しみがあるとか、最悪死ぬリスクがあるとしても、医師は患者を治して医療の世界を発展させるためなら、それを実行します。
それに、最初から優秀な医師がいるわけではないので、シロウトに毛が生えたような研修医も存在すれば、特定の手術だけが得意なスーパードクターもいれば、なぜかケアまでしてくれる特異な医師もたまにはいることでしょう。
そうすると、患者としては、医師の治療に過度な期待をもつよりは、最近の言い方でいえば、「じぶんの機嫌はじぶんでとる」ほうがよいのだとおもいます。
それがつまり「じぶんなりに納得のいく哲学」を持つということで、病気に対して納得する、痛みに対して納得する、死に対して納得するというような、受け入れにくいものを受け入れるための準備が必要なんですよね。
それでもぼくは医師ではないし、痛みにも弱くうまく死ねる自信もないので、ギズモさんが経験なさった理不尽なおもいには同情します。
うちの父は地元の病院をかかりつけにしたことで、たまたまうまくがんをみつけてもらって、手遅れになる前に治療してもらうことができたといってました。
もちろん治療の過程ではたいへんなおもいをしてるんですけどね。
75歳の父は病院の常連になっていますが、だからこそうまく関係を築けた医師は大事にして、メンテナンスしてもらいたいとおもっているようです(笑)
ちょっと極端な言い方をしますが、医師はかならずしも患者を救うためにあるのではなく、医療の世界を発展させるためにあるのだとおもっています。
ただ、結局医療の世界を発展させるためには患者を治さなければならないし、そのための技術を究めなければならない。
じつは、患者の痛みや不満をとりのぞくのは、医師の仕事ではありません。
医師は医学がこれまで名付けてきた病名を患者の症状に当てはめて、その病気を治すための方法を提示して実行することが仕事です。
患者にとってはどちらも似たようなものだとおもうんですが、おそらく医師の多くはそこをつかいわけてるとおもうんです。
介護の勉強をしたときに、キュア(治療)とケア(介護)のちがいを学びましたが、医師はキュアをする存在だと学びました。
だから、治療の過程にものすごい苦しみがあるとか、最悪死ぬリスクがあるとしても、医師は患者を治して医療の世界を発展させるためなら、それを実行します。
それに、最初から優秀な医師がいるわけではないので、シロウトに毛が生えたような研修医も存在すれば、特定の手術だけが得意なスーパードクターもいれば、なぜかケアまでしてくれる特異な医師もたまにはいることでしょう。
そうすると、患者としては、医師の治療に過度な期待をもつよりは、最近の言い方でいえば、「じぶんの機嫌はじぶんでとる」ほうがよいのだとおもいます。
それがつまり「じぶんなりに納得のいく哲学」を持つということで、病気に対して納得する、痛みに対して納得する、死に対して納得するというような、受け入れにくいものを受け入れるための準備が必要なんですよね。
それでもぼくは医師ではないし、痛みにも弱くうまく死ねる自信もないので、ギズモさんが経験なさった理不尽なおもいには同情します。
うちの父は地元の病院をかかりつけにしたことで、たまたまうまくがんをみつけてもらって、手遅れになる前に治療してもらうことができたといってました。
もちろん治療の過程ではたいへんなおもいをしてるんですけどね。
75歳の父は病院の常連になっていますが、だからこそうまく関係を築けた医師は大事にして、メンテナンスしてもらいたいとおもっているようです(笑)
2024年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
一晩で50㎝ですか? 相当な降り方だったんですね。
雪かき、お疲れ様でした。
ずいぶん冷えたことと思います。
これだけ降って除雪におわれると、雪見酒なんてのんきなことを言ってもいられないでしょうが、今日はゆっくりお風呂とお酒で温まってください。
遠藤周作は、自分も楽しみながら人を楽しませたい、という気持ちで生きていたように思えます。
佐藤愛子のエッセイにもよく出てきますが、農園主さんが書いていらっしゃるように、人間の「虚をつく」のが大好きだったんでしょうね。
以下は、「遠藤周作の沈黙とその舞台、潜伏キリシタン」についての記事と、2番目は「沈黙」に関する、東京都調布市・サレジオ会調布修道院内の、チマッティ資料館の館長を務めるガエタノ・コンプリ神父のインタビューです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/21da66...
https://www.christiantoday.co.jp/article...
貼ってくださった youtube、以前観たことはありましたがすっかり忘れていました。ありがとうございます。
音楽業界でヨーデルは案外希少なので、これは当たったでしょうね。
最近はまったくテレビの歌番組を見ていないので、どんな音楽が流行っているのかもわかりませんが、農園主さんのおっしゃるように、「じぶんたちの民族音楽を、日本独自のカタチでどれだけ進化させてきただろうか」ということについては、とても考えさせられます。
唱歌の話になりますが、音楽の教科書から文部省唱歌がどんどん消えて行き、童謡も唱歌も親が知らないから子どもを寝かせる時に歌えない、だから子どもも知らないで育つというのはなんともさみしいことです。
保育科・幼児教育課科受験のための曲目はもはや知らない歌ばかりですが、それは日本の唱歌や童謡のいいところを取り入れて作られたものとはどうも違っています。
文部省唱歌は、鎖国が終わってようやく、西洋音楽(音階)を取り入れながら日本独特の歌を作った一番顕著な例だったように思いますが、その後はたぶんないですね。
唱歌から童謡に発展はしても、そこまでだったように思います。
古い童謡・唱歌が消えていっても、子どもが大きくなっても覚えていて歌え、歌い継げるような、日本独自の進化した民族音楽が必要かもしれません←古い人間の戯言です(笑)
おとなの歌については、外国のモノマネをした機械的進化をしてきているので、心に残る歌というのがなくなり、「日本の歌は外国の歌よりつまらない」と感じます。
ところで、「全日本民医連」というサイトに、「神々のルーツ」というシリーズがあり「原始神道の誕生」「消された権現社の名」などがありました。
サイト内で「神々のルーツ」で検索すると、他の記事がでてきます。
農園主さんなら、また違った解釈、考え方があるように思いますので、参考までに。
https://www.min-iren.gr.jp/?p=44760
(権現社)
https://www.min-iren.gr.jp/?p=44982
(山がご神体、みたいな話)
お返事のお気遣いはないようにお願いします(*^^*)
雪かき、お疲れ様でした。
ずいぶん冷えたことと思います。
これだけ降って除雪におわれると、雪見酒なんてのんきなことを言ってもいられないでしょうが、今日はゆっくりお風呂とお酒で温まってください。
遠藤周作は、自分も楽しみながら人を楽しませたい、という気持ちで生きていたように思えます。
佐藤愛子のエッセイにもよく出てきますが、農園主さんが書いていらっしゃるように、人間の「虚をつく」のが大好きだったんでしょうね。
以下は、「遠藤周作の沈黙とその舞台、潜伏キリシタン」についての記事と、2番目は「沈黙」に関する、東京都調布市・サレジオ会調布修道院内の、チマッティ資料館の館長を務めるガエタノ・コンプリ神父のインタビューです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/21da66...
https://www.christiantoday.co.jp/article...
貼ってくださった youtube、以前観たことはありましたがすっかり忘れていました。ありがとうございます。
音楽業界でヨーデルは案外希少なので、これは当たったでしょうね。
最近はまったくテレビの歌番組を見ていないので、どんな音楽が流行っているのかもわかりませんが、農園主さんのおっしゃるように、「じぶんたちの民族音楽を、日本独自のカタチでどれだけ進化させてきただろうか」ということについては、とても考えさせられます。
唱歌の話になりますが、音楽の教科書から文部省唱歌がどんどん消えて行き、童謡も唱歌も親が知らないから子どもを寝かせる時に歌えない、だから子どもも知らないで育つというのはなんともさみしいことです。
保育科・幼児教育
文部省唱歌は、鎖国が終わってようやく、西洋音楽(音階)を取り入れながら日本独特の歌を作った一番顕著な例だったように思いますが、その後はたぶんないですね。
唱歌から童謡に発展はしても、そこまでだったように思います。
古い童謡・唱歌が消えていっても、子どもが大きくなっても覚えていて歌え、歌い継げるような、日本独自の進化した民族音楽が必要かもしれません←古い人間の戯言です(笑)
おとなの歌については、外国のモノマネをした機械的進化をしてきているので、心に残る歌というのがなくなり、「日本の歌は外国の歌よりつまらない」と感じます。
ところで、「全日本民医連」というサイトに、「神々のルーツ」というシリーズがあり「原始神道の誕生」「消された権現社の名」などがありました。
サイト内で「神々のルーツ」で検索すると、他の記事がでてきます。
農園主さんなら、また違った解釈、考え方があるように思いますので、参考までに。
https://www.min-iren.gr.jp/?p=44760
(権現社)
https://www.min-iren.gr.jp/?p=44982
(山がご神体、みたいな話)
お返事のお気遣いはないようにお願いします(*^^*)
ゆっくりお休みをいただいて、助かりました。
こちらはきのうからたっぷり雪が積もり、除雪のしどおしでした。
どれくらい積もったかというと、これくらい。

暖冬の影響か、べちゃ雪で除雪もしにくく、車が通ると圧雪でワダチがガチガチに凍ってアイスバーンになり、きょうの正午ごろに、集落の登り坂の一部で車が立ち往生してしまったということで、朝からずっと雪かきしてました。
今夜もまだ降るらしいんですが、おそらくあとひと息で今回の豪雪は収束するでしょう。
それにしても、ここ数年、一度に50cm以上降るドカ雪が続いています。
暖冬のことしくらいは安心できるだろうとおもってたんですが、結局ことしもひどい大雪でした(笑)
1279
遠藤周作については、たしかさくらももこのエッセイにも書かれていたはずで、いたずら好きのじいさんだ、というような内容だったとおもいます。
遠藤さんは非常にひょうひょうとしたユーモアのある人物でしたが、同時に家族内でこじれていたり、キリスト教の問題など、いわゆる純文学的な暗いテーマを心に抱えた人でもあり、肉体的に病気の多い人でもあったんですよね。
個人的には、この人は人間の「虚をつく」のがよほど好きなのか、エッセイでも純文学でも、ずっとそんなことばかりしてる印象です。
じぶんでも狐狸庵と名乗っていましたが、実際に狐狸のようなつかみどころのなさがあったのだとおもいます。
かれが日本人の立場でキリスト教に挑んでいくのも、重苦しく書きながら、じつは無邪気で無垢な子供が、大人にえげつない質問をするような、あどけなさを装いながら、相手の虚をつくユーモアを秘められているようにおもえます。
たとえば多神教の日本と、一神教のキリスト教の対立や融合なんて、ものすごく基本的で重要なテーマですが、キリスト教の中では臭い物のフタのようなところがあって、ギズモさんもおっしゃってましたが、ほんとうに嫌な顔をしたり批判する人もいたことでしょう。
遠藤さんはそこをなんの悪気もなく突っつくんですよね(笑)
それでもし、本気で顔を真っ赤にして怒る人がいたら、あんなマジメな作品を書いていながら、遠藤さん自身は狐狸が人を化かして喜ぶように、愉快げに笑っていた気がしてなりません。
というのも、重苦しい問題提起の作品ほど、心にどこか楽観性、ユーモアがないと書けないとおもうからです。
タモリのヨーデル話法からヨーデルの詳しいお話、ありがとうございます。
「歌唱力よりアイドル性が重視されている」という話をうかがいながら、そういえばこんな子がいたな、とYouTubeをゴソゴソ探し回っていました。
ご存知かもしれませんが、貼り付けておきます。
ソフィア・シキチェンコというウクライナの歌手ですが、彼女はもう大人になっています。
ギズモさんのおっしゃるとおり、民族音楽としてのヨーデルをいちばんうまく歌うのは東欧人だとおもいます。
日本人がそれっぽいことをしても、文化的に根を張っていないのでうまくいきません。
しかしそこを踏み込んで考えていくと、日本人はじぶんたちの民族音楽を、日本独自のカタチでどれだけ進化させてきただろうか、という考えが鎌首をもたげてきました。
日本的な音楽を、外国の音楽と融合させて、なにかあたらしげにしたものはあります。
けれど、アメリカでブルースがロックに発展していった、ジャズがフュージョンに発展していったというような、自国内での突然変異というようなことは、日本ではあまり起こらない気がします。
その点で「平成あたりから、どんどん歌手の質が低下している」というご指摘にも、同調できるフシがあります。
昭和は、結局明確なカタチになったかははっきりしませんが、なにか生み出そうとはしてたんですよね。
昭和には商業的な中にも日本的な音楽をブラッシュアップしていこうという気風があったのが、平成になると商業音楽であることだけが大事になっていくでしょう。
売れる音楽、儲かる音楽だけが正義という価値観の中で、大事なモノを落っことしてしまったような気がするのです。
こちらはきのうからたっぷり雪が積もり、除雪のしどおしでした。
どれくらい積もったかというと、これくらい。

暖冬の影響か、べちゃ雪で除雪もしにくく、車が通ると圧雪でワダチがガチガチに凍ってアイスバーンになり、きょうの正午ごろに、集落の登り坂の一部で車が立ち往生してしまったということで、朝からずっと雪かきしてました。
今夜もまだ降るらしいんですが、おそらくあとひと息で今回の豪雪は収束するでしょう。
それにしても、ここ数年、一度に50cm以上降るドカ雪が続いています。
暖冬のことしくらいは安心できるだろうとおもってたんですが、結局ことしもひどい大雪でした(笑)
1279
遠藤周作については、たしかさくらももこのエッセイにも書かれていたはずで、いたずら好きのじいさんだ、というような内容だったとおもいます。
遠藤さんは非常にひょうひょうとしたユーモアのある人物でしたが、同時に家族内でこじれていたり、キリスト教の問題など、いわゆる純文学的な暗いテーマを心に抱えた人でもあり、肉体的に病気の多い人でもあったんですよね。
個人的には、この人は人間の「虚をつく」のがよほど好きなのか、エッセイでも純文学でも、ずっとそんなことばかりしてる印象です。
じぶんでも狐狸庵と名乗っていましたが、実際に狐狸のようなつかみどころのなさがあったのだとおもいます。
かれが日本人の立場でキリスト教に挑んでいくのも、重苦しく書きながら、じつは無邪気で無垢な子供が、大人にえげつない質問をするような、あどけなさを装いながら、相手の虚をつくユーモアを秘められているようにおもえます。
たとえば多神教の日本と、一神教のキリスト教の対立や融合なんて、ものすごく基本的で重要なテーマですが、キリスト教の中では臭い物のフタのようなところがあって、ギズモさんもおっしゃってましたが、ほんとうに嫌な顔をしたり批判する人もいたことでしょう。
遠藤さんはそこをなんの悪気もなく突っつくんですよね(笑)
それでもし、本気で顔を真っ赤にして怒る人がいたら、あんなマジメな作品を書いていながら、遠藤さん自身は狐狸が人を化かして喜ぶように、愉快げに笑っていた気がしてなりません。
というのも、重苦しい問題提起の作品ほど、心にどこか楽観性、ユーモアがないと書けないとおもうからです。
タモリのヨーデル話法からヨーデルの詳しいお話、ありがとうございます。
「歌唱力よりアイドル性が重視されている」という話をうかがいながら、そういえばこんな子がいたな、とYouTubeをゴソゴソ探し回っていました。
ご存知かもしれませんが、貼り付けておきます。
ソフィア・シキチェンコというウクライナの歌手ですが、彼女はもう大人になっています。
ギズモさんのおっしゃるとおり、民族音楽としてのヨーデルをいちばんうまく歌うのは東欧人だとおもいます。
日本人がそれっぽいことをしても、文化的に根を張っていないのでうまくいきません。
しかしそこを踏み込んで考えていくと、日本人はじぶんたちの民族音楽を、日本独自のカタチでどれだけ進化させてきただろうか、という考えが鎌首をもたげてきました。
日本的な音楽を、外国の音楽と融合させて、なにかあたらしげにしたものはあります。
けれど、アメリカでブルースがロックに発展していった、ジャズがフュージョンに発展していったというような、自国内での突然変異というようなことは、日本ではあまり起こらない気がします。
その点で「平成あたりから、どんどん歌手の質が低下している」というご指摘にも、同調できるフシがあります。
昭和は、結局明確なカタチになったかははっきりしませんが、なにか生み出そうとはしてたんですよね。
昭和には商業的な中にも日本的な音楽をブラッシュアップしていこうという気風があったのが、平成になると商業音楽であることだけが大事になっていくでしょう。
売れる音楽、儲かる音楽だけが正義という価値観の中で、大事なモノを落っことしてしまったような気がするのです。
2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
お返事をいただくつもりではなく、メリークリスマスを言いたいだけだったのですが、ありがとうございました。
核の部分になにもいないお祭り、私もそう思います。
昨日今日は、ちょっとしたレストランはお正月のかまぼこみたいに一気に高くなるのに、どこも予約ができないくらい混んで、書き入れ時です。
人生初かもしれない、まったくクリスマスらしくないクリスマスを過ごしており、サンタクロースもこないし、夜更けすぎから雪に変わるはずの雨すら降りません(笑)
お返事がいるようなものではないので、お気遣いのないようお願いします(o_ _)o))
早くゲームする時間がとれますように🎅🎄
核の部分になにもいないお祭り、私もそう思います。
昨日今日は、ちょっとしたレストランはお正月のかまぼこみたいに一気に高くなるのに、どこも予約ができないくらい混んで、書き入れ時です。
人生初かもしれない、まったくクリスマスらしくないクリスマスを過ごしており、サンタクロースもこないし、夜更けすぎから雪に変わるはずの雨すら降りません(笑)
お返事がいるようなものではないので、お気遣いのないようお願いします(o_ _)o))
早くゲームする時間がとれますように🎅🎄
1220
おそらく向こうのクリスマスも日本の神事仏事とおなじで、神様と一緒にご飯を食べるという感覚はあるはずなんです。
日本の神事だと直会や神饌、仏事だと仏飯ですね。
これがキリストの誕生日に、キリストと一緒にバースデーパーティをしましょうというのが本来のクリスマスでしょう。
日本の神事や仏事だと、われわれはそこに神様や仏様がいることを意識するので、どうしてもお祭りの核の部分では厳かになります。
そこに神様がいるという意識があれば、たがは外れないんです。
ところが日本のクリスマスでは、キリストがいることを意識しない。
バレンタインもハロウィンもそうで、そこになんらかの神(聖人)が存在するであろうという意識がすっぽり抜けるので、核の部分になにもいないお祭りになります。
そうなると、鬼のいぬ間に洗濯というか、見守っている神様がいないので、タガが外れちゃうんですね(笑)
アメリカはプロテスタントの国といいながら、実際のあの国は資本主義に神も魂も売り飛ばしたようなところがあります。
そんなアメリカの「神のいない資本主義のお祭り」が日本に輸入されたのではないか、というのがぼくの推論です。
きのうはいちおう鶏むね肉を余熱で調理したものと、ビールと、あとひさしぶりに安ワインを買って楽しんだんですが、ぼくの隣にいるのは、なじみのないキリストと、あとは仏さんと神さんだけです。
生身の人間がいないのはつまらんな、とおもいながらも、独り身はこういうイベントのときに気軽でいいなどと考えているうちに眠くなって、いつもどおり9時半に床につきました。
おそらく向こうのクリスマスも日本の神事仏事とおなじで、神様と一緒にご飯を食べるという感覚はあるはずなんです。
日本の神事だと直会や神饌、仏事だと仏飯ですね。
これがキリストの誕生日に、キリストと一緒にバースデーパーティをしましょうというのが本来のクリスマスでしょう。
日本の神事や仏事だと、われわれはそこに神様や仏様がいることを意識するので、どうしてもお祭りの核の部分では厳かになります。
そこに神様がいるという意識があれば、たがは外れないんです。
ところが日本のクリスマスでは、キリストがいることを意識しない。
バレンタインもハロウィンもそうで、そこになんらかの神(聖人)が存在するであろうという意識がすっぽり抜けるので、核の部分になにもいないお祭りになります。
そうなると、鬼のいぬ間に洗濯というか、見守っている神様がいないので、タガが外れちゃうんですね(笑)
アメリカはプロテスタントの国といいながら、実際のあの国は資本主義に神も魂も売り飛ばしたようなところがあります。
そんなアメリカの「神のいない資本主義のお祭り」が日本に輸入されたのではないか、というのがぼくの推論です。
きのうはいちおう鶏むね肉を余熱で調理したものと、ビールと、あとひさしぶりに安ワインを買って楽しんだんですが、ぼくの隣にいるのは、なじみのないキリストと、あとは仏さんと神さんだけです。
生身の人間がいないのはつまらんな、とおもいながらも、独り身はこういうイベントのときに気軽でいいなどと考えているうちに眠くなって、いつもどおり9時半に床につきました。
2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
「一瞬静まり返ってからの満場の拍手は、すばらしい演技や演奏のあとに起きる現象」
ということが現実の舞台で定義づけられてしまったら、すぐに拍手が起こった場合、自信をなくす人が増えそうですね(笑)
拍手のタイミングも案外難しいもので、真っ先に叩くと恥ずかしいということもあるように思います。
特にクラシックの演奏会だと、楽器の音の余韻が残っているうちに手を叩く人はまずいないけれど、曲をよく知らないと楽章の切れ目で叩いてしまうこともあり得ます。
お互いに遠慮して拍手を見合わせているうちに、ようやく誰かが叩き、それが広がっていく。
こうなるとまさにドラマの演出のようですが、曲に精通していない観客が多いと、拍手の遅れは考えられるかもしれません。
お芝居だと、これで終わったのかどうかの判断はしやすいので、逆に少し早くから拍手をするケースもあるように思いますが、
拍手が役者への評価だとすると、感動してる間に手を叩け、というのがいいかもしれませんね(笑)
新宮の縄張りが国家。
皇室とのつながりもあり、他の神社と違ってあたりまえなんですね。
前に何かで読んだことがあるのですが、日本の神様は仏像のような像を拝むのではなく、鏡を通してその奥にいる神様を拝むという内容でした。
ご神体にしても、山・岩・木、鏡・剣・玉など、人の形をしていませんよね。
鏡や、八百万の物を通して、自分なりに神様をイメージするのは、ちょっと難しいです(笑)
ということが現実の舞台で定義づけられてしまったら、すぐに拍手が起こった場合、自信をなくす人が増えそうですね(笑)
拍手のタイミングも案外難しいもので、真っ先に叩くと恥ずかしいということもあるように思います。
特にクラシックの演奏会だと、楽器の音の余韻が残っているうちに手を叩く人はまずいないけれど、曲をよく知らないと楽章の切れ目で叩いてしまうこともあり得ます。
お互いに遠慮して拍手を見合わせているうちに、ようやく誰かが叩き、それが広がっていく。
こうなるとまさにドラマの演出のようですが、曲に精通していない観客が多いと、拍手の遅れは考えられるかもしれません。
お芝居だと、これで終わったのかどうかの判断はしやすいので、逆に少し早くから拍手をするケースもあるように思いますが、
拍手が役者への評価だとすると、感動してる間に手を叩け、というのがいいかもしれませんね(笑)
新宮の縄張りが国家。
皇室とのつながりもあり、他の神社と違ってあたりまえなんですね。
前に何かで読んだことがあるのですが、日本の神様は仏像のような像を拝むのではなく、鏡を通してその奥にいる神様を拝むという内容でした。
ご神体にしても、山・岩・木、鏡・剣・玉など、人の形をしていませんよね。
鏡や、八百万の物を通して、自分なりに神様をイメージするのは、ちょっと難しいです(笑)
1080
中村仲蔵の話はたしかにおおげさですね。
芝居が終わって客席が静まり返ってどよめくことは、ほんとうに起こることなのかどうか。
現代ではドラマや漫画の手法として、あまりにもすばらしい演目のあと、客席が一瞬静まり返ってから満場の拍手という演出は、常套化していますよね。
それがほんとうにありえる現象なのか、一度役者さんにたずねてみたいものです。
伊勢の神宮の、監視されているような感じというのは、間違っていないとおもいます。
一般的な神社も地域の縄張りをあらわす一面がありますが、神宮は縄張りの単位が「国家」なので、ありようが特殊なんですよね。
日本神話の神々が絵にしづらいのは、神道には宗教的熱情が起こりにくいからではないかとおもいます。
キリスト教の教会壁画であったり、仏教の曼荼羅など、宗教絵師が命を懸けて表現するような、その「もとになるもの」が神道にはありません。
神道にはこう生きるべきであるという教義であったり、救いの道筋がないので、どうしてもこの神話のシーンを描き残しておかねばならない、とか、この思想を形に残さねばならない、という強い情熱が起こりにくいのだとおもいます。
中村仲蔵の話はたしかにおおげさですね。
芝居が終わって客席が静まり返ってどよめくことは、ほんとうに起こることなのかどうか。
現代ではドラマや漫画の手法として、あまりにもすばらしい演目のあと、客席が一瞬静まり返ってから満場の拍手という演出は、常套化していますよね。
それがほんとうにありえる現象なのか、一度役者さんにたずねてみたいものです。
伊勢の神宮の、監視されているような感じというのは、間違っていないとおもいます。
一般的な神社も地域の縄張りをあらわす一面がありますが、神宮は縄張りの単位が「国家」なので、ありようが特殊なんですよね。
日本神話の神々が絵にしづらいのは、神道には宗教的熱情が起こりにくいからではないかとおもいます。
キリスト教の教会壁画であったり、仏教の曼荼羅など、宗教絵師が命を懸けて表現するような、その「もとになるもの」が神道にはありません。
神道にはこう生きるべきであるという教義であったり、救いの道筋がないので、どうしてもこの神話のシーンを描き残しておかねばならない、とか、この思想を形に残さねばならない、という強い情熱が起こりにくいのだとおもいます。
書いてくださったことすべてに、ああ~そうか!! そうなんだ!!と言う気持ちです。
中村仲蔵と神仏とのお話、そのようにつながったんですね
中村仲蔵が「落語」というジャンルで語られることに、なんとなく違和感がありました。
講談にはなっていますが、落語では、
「團十郎から褒美として煙管を貰った仲蔵に、女房が「煙に巻かれないかい」と心配するサゲ」が、おまけのようについてますよね←落語家によってサゲが違うようです。
まるで、無理やり落語に仕立てた感が満載です。
聞いても(読んでも)、物語で終わってしまい、落語の喜怒哀楽がないんです。
ベートーベンが自信を持って指揮を終えた時、拍手の音、歓声がないので、この曲は失敗だったと落胆して客席を振り返ったら、
感動し、立ち上がって拍手をし続ける観客が見えたそうです。
耳が聞こえなくなっていたんですよね←聞こえる時と聞こえない時があったようです。
それを考えると、感動しすぎて拍手できない、声も出せないというほどの芸というのは有り得るのか?という疑問が起きる話です。
例えそうだったとしても、それは数分のことではないのか、と思います。
先日中村仲蔵のことを書いた時、↑ のように思っていることも書こうとしたのですが、そのままになってしまい、気にかかっていました。
偶然ですが、このところ「農園主さんが万が一、中村仲蔵に関連する記事をお書きになった時に書こう」と思っていたんです。
だから、的外れどころか、中村仲蔵と神仏を関連付けて解説してくださって、びっくりしました。
天照系の神社には生活者の目線がない。
これも理由があっての事なんですね。
天照系の神社にお参りして感じたことは、勘違いではなかったんだと思いました。
伊勢神宮にお賽銭箱がなかったとは知りませんでした。
たまにテレビで放映していますが、あの独特の空気は、テレビからも伝わってくるように思います。
例えは変ですが、伊勢神宮は、後ろにギャルソンが控えていて、マナーを笑われないだろうかとビクビクしながら食べないといけない最高級のフレンチレストランで、
他の寺社の殆どは、気軽に入れる町の食堂かもしれません。
町の食堂でも、中にザ・シェフの味沢匠がいれば、思いがけないラッキーにあずかれると思います(笑)
初めてお参りする寺社では、いつもありがとうございますだけで、何度もお参りする寺社では感謝とお願い事を遠慮なく、と分けています。
初対面の人に、お金貸してとか仕事紹介してとは言えないので、神仏も同じかなと(笑)
仏の場合は仏像があるので、仏様ごとのお姿や顔つきなどがわかりますし、神様でも像になっていればイメージとしてわかります。
大黒さまや七福神などがそうですね。
アマテラスやスサノオなどは、一般的な神社でそういう像を見ません。
あったとしても、現代になってから置物感覚で造られたものです。
絵になっているもの、書物でのお姿は見ても、大黒天や七福神のようにイメージがしにくいことが、距離を感じる一因なのかなと思います。
スサノオの場合は、イメージしにくいのに案外親しみやすいのは、矛盾していますね(笑)
中村仲蔵と神仏とのお話、そのようにつながったんですね
中村仲蔵が「落語」というジャンルで語られることに、なんとなく違和感がありました。
講談にはなっていますが、落語では、
「團十郎から褒美として煙管を貰った仲蔵に、女房が「煙に巻かれないかい」と心配するサゲ」が、おまけのようについてますよね←落語家によってサゲが違うようです。
まるで、無理やり落語に仕立てた感が満載です。
聞いても(読んでも)、物語で終わってしまい、落語の喜怒哀楽がないんです。
ベートーベンが自信を持って指揮を終えた時、拍手の音、歓声がないので、この曲は失敗だったと落胆して客席を振り返ったら、
感動し、立ち上がって拍手をし続ける観客が見えたそうです。
耳が聞こえなくなっていたんですよね←聞こえる時と聞こえない時があったようです。
それを考えると、感動しすぎて拍手できない、声も出せないというほどの芸というのは有り得るのか?という疑問が起きる話です。
例えそうだったとしても、それは数分のことではないのか、と思います。
先日中村仲蔵のことを書いた時、↑ のように思っていることも書こうとしたのですが、そのままになってしまい、気にかかっていました。
偶然ですが、このところ「農園主さんが万が一、中村仲蔵に関連する記事をお書きになった時に書こう」と思っていたんです。
だから、的外れどころか、中村仲蔵と神仏を関連付けて解説してくださって、びっくりしました。
天照系の神社には生活者の目線がない。
これも理由があっての事なんですね。
天照系の神社にお参りして感じたことは、勘違いではなかったんだと思いました。
伊勢神宮にお賽銭箱がなかったとは知りませんでした。
たまにテレビで放映していますが、あの独特の空気は、テレビからも伝わってくるように思います。
例えは変ですが、伊勢神宮は、後ろにギャルソンが控えていて、マナーを笑われないだろうかとビクビクしながら食べないといけない最高級のフレンチレストランで、
他の寺社の殆どは、気軽に入れる町の食堂かもしれません。
町の食堂でも、中にザ・シェフの味沢匠がいれば、思いがけないラッキーにあずかれると思います(笑)
初めてお参りする寺社では、いつもありがとうございますだけで、何度もお参りする寺社では感謝とお願い事を遠慮なく、と分けています。
初対面の人に、お金貸してとか仕事紹介してとは言えないので、神仏も同じかなと(笑)
仏の場合は仏像があるので、仏様ごとのお姿や顔つきなどがわかりますし、神様でも像になっていればイメージとしてわかります。
大黒さまや七福神などがそうですね。
アマテラスやスサノオなどは、一般的な神社でそういう像を見ません。
あったとしても、現代になってから置物感覚で造られたものです。
絵になっているもの、書物でのお姿は見ても、大黒天や七福神のようにイメージがしにくいことが、距離を感じる一因なのかなと思います。
スサノオの場合は、イメージしにくいのに案外親しみやすいのは、矛盾していますね(笑)
1077
ふとおもったことなので、的外れなことを書くかもしれません。
先日、中村仲蔵がぼくには敷居が高いという話をしましたが、その原因をさらに考えていて、ふと気づいたのが、「生活者の目線」のない話だから取っ掛かりがつかめなかったのだろうな、と。
落語の多くの話は、そこに生活者がいるからおもしろいんですが、中村仲蔵には、芸道の求道者ばかり出てきて、生活者が出てこないでしょう。
で、アマテラスの話なんですが、ギズモさんがおっしゃるように、天照系の神社は、どこかよそよそしくて、それこそ敷居が高いんですね。
その理由は、生活者の目線がないからなんだとおもいます。
たとえば伊勢の神宮にお参りするときは、お願い事をするのではなくて、感謝の心を捧げなさい、などといいます。
参拝者個人の悩み事を聞く場所ではない、というわけです。
奈良時代の仏教は国家鎮護のためにあって、民衆の悩みを聞くようなものではなかったらしいんですが……天照系の神社には、奈良時代の仏教寺院のような空気を感じます。
仏教は平安時代末期から鎌倉時代にかけて、現在に続く各宗派を形成しながら全国に広がっていって、民衆の悩みを聞くようになります。
つまり全国各地の寺社、とりわけ神仏習合をしているような寺社には、「生活者の目線」があるんですね。
その土地を守ってくれる強い神仏が求められたり、俗人の願いをかなえてくれるような神仏がいたりする。
しかし神宮に参拝するときは、アマテラスという神そのもの(あるいは日本という国家)にフォーカスされていて、参拝者であるわれわれはそこに人間としての個性を出すことが許されず、「感謝の心をささげにきた群衆のひとり」ということになるようです。
神宮にはお賽銭箱もありませんしね(笑)
そこまで考えて、ギズモさんのおっしゃる、厳格な雰囲気、相性の悪さという意味がぼくなりに理解できたようにおもえました。
ぼくは伊勢に住んでいたからアマテラス推しという、それは変わらないんですが……日頃お参りするときには、先祖代々から民衆の集いの場所、縄張りを示す場所となっていて、そこへお賽銭を投げて、お願い事をして「よろしく頼みます」みたいな、人間くさい、泥くさいところを受け入れてくれる寺社のほうが、カラダになじむ感じはあります。
ふとおもったことなので、的外れなことを書くかもしれません。
先日、中村仲蔵がぼくには敷居が高いという話をしましたが、その原因をさらに考えていて、ふと気づいたのが、「生活者の目線」のない話だから取っ掛かりがつかめなかったのだろうな、と。
落語の多くの話は、そこに生活者がいるからおもしろいんですが、中村仲蔵には、芸道の求道者ばかり出てきて、生活者が出てこないでしょう。
で、アマテラスの話なんですが、ギズモさんがおっしゃるように、天照系の神社は、どこかよそよそしくて、それこそ敷居が高いんですね。
その理由は、生活者の目線がないからなんだとおもいます。
たとえば伊勢の神宮にお参りするときは、お願い事をするのではなくて、感謝の心を捧げなさい、などといいます。
参拝者個人の悩み事を聞く場所ではない、というわけです。
奈良時代の仏教は国家鎮護のためにあって、民衆の悩みを聞くようなものではなかったらしいんですが……天照系の神社には、奈良時代の仏教寺院のような空気を感じます。
仏教は平安時代末期から鎌倉時代にかけて、現在に続く各宗派を形成しながら全国に広がっていって、民衆の悩みを聞くようになります。
つまり全国各地の寺社、とりわけ神仏習合をしているような寺社には、「生活者の目線」があるんですね。
その土地を守ってくれる強い神仏が求められたり、俗人の願いをかなえてくれるような神仏がいたりする。
しかし神宮に参拝するときは、アマテラスという神そのもの(あるいは日本という国家)にフォーカスされていて、参拝者であるわれわれはそこに人間としての個性を出すことが許されず、「感謝の心をささげにきた群衆のひとり」ということになるようです。
神宮にはお賽銭箱もありませんしね(笑)
そこまで考えて、ギズモさんのおっしゃる、厳格な雰囲気、相性の悪さという意味がぼくなりに理解できたようにおもえました。
ぼくは伊勢に住んでいたからアマテラス推しという、それは変わらないんですが……日頃お参りするときには、先祖代々から民衆の集いの場所、縄張りを示す場所となっていて、そこへお賽銭を投げて、お願い事をして「よろしく頼みます」みたいな、人間くさい、泥くさいところを受け入れてくれる寺社のほうが、カラダになじむ感じはあります。
2023年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
考え込んだあげく、サトイモを届け物に。
ぼくの思考パターンだと、それはそれ、これはこれ、で仕分けしているのだけど、ぼくの行動はおそらく一般常識とズレているだろうとおもっています。
だから、先方は戸惑うことでしょうし、不審にもおもわれることでしょう。
ただ、以前の約束事でもあったので、どうもこういうことを放っておくのは、気持ちがわるいんですよね。
ぼくの気持ちの収まりどころがわるい、という話なので、単なる自分勝手です。
で、単なる自分勝手なので、先方にはこれ以上気をつかわせたくない。
こういうじぶんの考え方のクセを、もうちょっとぼく自身が理解して、変えなければならないところがあるようにもおもえるんですが、たぶんもうこのクセは一生抜けないんじゃないかな、という気もします。
古典落語に『井戸の茶碗』という演目があります。
浪人の武士が、お人よしの屑屋を呼び止めて、小さな仏像をお金に換えてほしい、といいます。
正直者の屑屋は、じぶんは目利きができないから、こういうものは買えないと答えました。
しかしその正直なところがかえって気に入った浪人は、いくらでもいいから買ってもらいたいと持ち掛けます。
とうとう屑屋も折れて、200文で仏像を買い、もしそれ以上の値段で売れたら折半しようということになりました。
その後、屑屋が仏像をかごに入れて歩いていると、ある武士がそれをみて興味を持ち、事情を聞いたうえで、300文で買ってくれました。
屑屋は喜んで、50文ずつ浪人と折半したんですが、そこからおかしなことになります。
ある日、武士が仏像を手入れしていると、なんと仏像の中から50両もの大金が出てきたのです。
しかしこの武士が頑固者でした。
「わしが買ったのは仏像であって、50両ではない。この金は屑屋に返さねばならん」
そういって、屑屋を呼び出したのです。
ワケを聞いた屑屋は50両を浪人に渡しに行きました。
しかし今度は浪人が「たとえ仏像に50両が入っていたとしても、それに気づかなかったのはわしの不始末。わしはもう売ったのだ。受け取るわけにはいかない」といって、屑屋を困らせます。
……と、話はまだ二転三転するんですが、ぼくが言いたいのは、この落語の浪人も武士も、ヘンに頑固なところがあって、その頑固さゆえに人を巻き込んで困らせるという点です。
ぼくもそういうところがあって、関西弁でいえば「そんなんもうよろしがな」ということをわざわざやって、相手を困らせてしまう。
わかってるなら、どこかで妥協してしまえばいいのだけど、そうすると座りがわるい、という点は、この落語の登場人物も似てるような気がするな、と。
ぼくの思考パターンだと、それはそれ、これはこれ、で仕分けしているのだけど、ぼくの行動はおそらく一般常識とズレているだろうとおもっています。
だから、先方は戸惑うことでしょうし、不審にもおもわれることでしょう。
ただ、以前の約束事でもあったので、どうもこういうことを放っておくのは、気持ちがわるいんですよね。
ぼくの気持ちの収まりどころがわるい、という話なので、単なる自分勝手です。
で、単なる自分勝手なので、先方にはこれ以上気をつかわせたくない。
こういうじぶんの考え方のクセを、もうちょっとぼく自身が理解して、変えなければならないところがあるようにもおもえるんですが、たぶんもうこのクセは一生抜けないんじゃないかな、という気もします。
古典落語に『井戸の茶碗』という演目があります。
浪人の武士が、お人よしの屑屋を呼び止めて、小さな仏像をお金に換えてほしい、といいます。
正直者の屑屋は、じぶんは目利きができないから、こういうものは買えないと答えました。
しかしその正直なところがかえって気に入った浪人は、いくらでもいいから買ってもらいたいと持ち掛けます。
とうとう屑屋も折れて、200文で仏像を買い、もしそれ以上の値段で売れたら折半しようということになりました。
その後、屑屋が仏像をかごに入れて歩いていると、ある武士がそれをみて興味を持ち、事情を聞いたうえで、300文で買ってくれました。
屑屋は喜んで、50文ずつ浪人と折半したんですが、そこからおかしなことになります。
ある日、武士が仏像を手入れしていると、なんと仏像の中から50両もの大金が出てきたのです。
しかしこの武士が頑固者でした。
「わしが買ったのは仏像であって、50両ではない。この金は屑屋に返さねばならん」
そういって、屑屋を呼び出したのです。
ワケを聞いた屑屋は50両を浪人に渡しに行きました。
しかし今度は浪人が「たとえ仏像に50両が入っていたとしても、それに気づかなかったのはわしの不始末。わしはもう売ったのだ。受け取るわけにはいかない」といって、屑屋を困らせます。
……と、話はまだ二転三転するんですが、ぼくが言いたいのは、この落語の浪人も武士も、ヘンに頑固なところがあって、その頑固さゆえに人を巻き込んで困らせるという点です。
ぼくもそういうところがあって、関西弁でいえば「そんなんもうよろしがな」ということをわざわざやって、相手を困らせてしまう。
わかってるなら、どこかで妥協してしまえばいいのだけど、そうすると座りがわるい、という点は、この落語の登場人物も似てるような気がするな、と。
2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

こちら先日話したズッキーニの、茎の折れたもの。
あまりにもみずみずしく、順調すぎるくらい順調な生育だったんですが、きょう収穫してて、ようするに軟弱に育っていたということがわかりました。
ちょっと手で押すだけでぽきっと折れるくらい軟弱で、そりゃ強風が吹いたらイチコロだなあ、と(笑)

畑に残った小動物の足跡。
柿の木に登ったりして、ことしはほとんど実がなっていないのに、それにまで悪さをしています。

第三弾の葉物には、不織布をかけるのがなんだか怖くなって、このように小動物対策で二重にネットをかけました。
いいかげんなネットではあるんですが、オクラの食害の際にはこれで効果がありました。
どうも晴れ続きになりそうなので、草刈りをしたり、葉物の圃場に水やりなどをしていたら、ニンニクの植え付けはできませんでした。
あしたからがんばろうとおもいます。
#野菜
あれこれ気づいたことがあるのだけど、たいていは畑仕事をしているときにふわふわと気づいて、つかみどころのないままいつのまにか忘れてしまう。
ものごとは腑に落ちてはじめて得心に至るのだけど、そういうところまで至らないまま、それでもこれはとても大事な考え方だろうな、とおもっているうちに忘れてしまうわけです。
それで、きょうは収穫作業を終えてすぐ、そのあたりのまとまりのないことを、タラタラ書いてみようとおもいます。
どうして畑の野菜がうまくいかないことでこんなに苦しいのか、というと、ぼくの場合はたぶんお金にならないとか、そういうことは理由としては2番、あるいは3番なんですよ。
いちばんの理由は、言語化したくないことが増えてしまった、言い訳せねばならぬことが増えてしまった、ということだろうとおもいます。
プライドが傷つくのが、イヤなんでしょう。
べつに収入が減って茶漬けに梅干しの暮らしだって、ぼくとしては(それなりにイヤではあるけど)べつにかまいません。
そういうことじゃなくて、うまく野菜が作れなかったことを、じぶんに言い訳し、他人に言い訳し、結果が出なかったことをどうにか納得材料にしようともがく、そのありようが、ぼくはほんとうはイヤなのだろう、と。
しかし、よくよく考えればぼくは毎年野菜作りの中で、この手の言い訳を何度も繰り返していて、ことしはそれがたまたま多いわけです。
百姓仕事は、三歩進んで二歩下がるのが当たり前です。
一年単位でみて、三歩進んで一歩下がる程度ですめば喜んで、ある年に自然災害で畑が壊滅、三歩進んで三歩下がるような年になって、結局平均すれば、三歩進んで二歩下がっているといった具合。
そういえば、何年前だったか、こんなニュースをみました。
代々……といっても戦後の、それも高度経済成長期以降でしょうけど、大百姓としてがんばっていた北陸の農家が、ちょうどせがれに農業を託すというので、千万単位のお金を借り入れてハウスを10棟ほど建てた。
息子に豊かな暮らしをしてもらいたい、とおもったんでしょう。
ところがこのハウスが、翌年の大雪で半分以上ひしゃげてしまって、膨大な修理費用がかかることになりました。
で、それを苦にしたのか、ある日せがれが自殺してしまった。
百姓をやっている身として、この農家の悲しみやいかばかりか、とおもうと胸がつぶれそうになりますが、農業で家族を養う、儲けるというときには、すこし身の丈に合わない無理をしなければならないんですよね。
だから、ぼくのような独り身のオッサンは、そもそもじぶんひとりぶんの身の丈に合うくらいのことしかしていないので、ちょっと野菜がうまくいかなったくらいのことは、「まあまたイチからやり直しだ」と切り替えてしまえばよい。
その点非常に気楽な商売といえますが、家族が養えるかというと、ムリです。
いや、できないことはないのだけど、ぼくひとりではムリで、家族の助けが必要になります。
いまぼくがやってるのが、3坪でカウンターしかない居酒屋をひとりで切り盛りしてるとすれば、これを小ぢんまりした家族経営の町中華くらいまで広げる、くらいのイメージでしょうか。
そこを越えて大きな儲けを狙っていくとなると、ある種の野心と、大きく勝負をかけて大きくコケる可能性も覚悟しなきゃなりません。
相場取引の用語をつかうと、レバレッジがかかるわけで、ぼくが三歩進んで二歩下がるをやってるところを、三十歩進んで二十歩下がる、ということをするわけです。
そうすると、たまたま四十歩も下がるような大災害が起こったりすると、個人単位では取り戻せない破綻になってしまう。
で、ぼくもそれなりに畑をもっと効率的につかいたいとか、あしたはもっとよい状況にしたい、というおもいがあるので、それなりにがんばるんですが、やっぱり自然にはなかなか勝てないし、不測の事態はいつでも起こり得ます。
一進一退で、なかなかおもったようにはいかないんですが、じぶんの身の丈に合った暮らしを逸脱しないでいられるのだから、あきらめずにきょうも種をまき、あしたも種をまくのが正解なんです。
その瞬間、うまくいったとか、うまくいかなかったということに、一喜一憂せず、たんたんとやるべきことをやらないといけないよな、と。
とまあ、そんな殊勝なことを考えては、すぐに忘れてしまうわけです。
#野菜
ものごとは腑に落ちてはじめて得心に至るのだけど、そういうところまで至らないまま、それでもこれはとても大事な考え方だろうな、とおもっているうちに忘れてしまうわけです。
それで、きょうは収穫作業を終えてすぐ、そのあたりのまとまりのないことを、タラタラ書いてみようとおもいます。
どうして畑の野菜がうまくいかないことでこんなに苦しいのか、というと、ぼくの場合はたぶんお金にならないとか、そういうことは理由としては2番、あるいは3番なんですよ。
いちばんの理由は、言語化したくないことが増えてしまった、言い訳せねばならぬことが増えてしまった、ということだろうとおもいます。
プライドが傷つくのが、イヤなんでしょう。
べつに収入が減って茶漬けに梅干しの暮らしだって、ぼくとしては(それなりにイヤではあるけど)べつにかまいません。
そういうことじゃなくて、うまく野菜が作れなかったことを、じぶんに言い訳し、他人に言い訳し、結果が出なかったことをどうにか納得材料にしようともがく、そのありようが、ぼくはほんとうはイヤなのだろう、と。
しかし、よくよく考えればぼくは毎年野菜作りの中で、この手の言い訳を何度も繰り返していて、ことしはそれがたまたま多いわけです。
百姓仕事は、三歩進んで二歩下がるのが当たり前です。
一年単位でみて、三歩進んで一歩下がる程度ですめば喜んで、ある年に自然災害で畑が壊滅、三歩進んで三歩下がるような年になって、結局平均すれば、三歩進んで二歩下がっているといった具合。
そういえば、何年前だったか、こんなニュースをみました。
代々……といっても戦後の、それも高度経済成長期以降でしょうけど、大百姓としてがんばっていた北陸の農家が、ちょうどせがれに農業を託すというので、千万単位のお金を借り入れてハウスを10棟ほど建てた。
息子に豊かな暮らしをしてもらいたい、とおもったんでしょう。
ところがこのハウスが、翌年の大雪で半分以上ひしゃげてしまって、膨大な修理費用がかかることになりました。
で、それを苦にしたのか、ある日せがれが自殺してしまった。
百姓をやっている身として、この農家の悲しみやいかばかりか、とおもうと胸がつぶれそうになりますが、農業で家族を養う、儲けるというときには、すこし身の丈に合わない無理をしなければならないんですよね。
だから、ぼくのような独り身のオッサンは、そもそもじぶんひとりぶんの身の丈に合うくらいのことしかしていないので、ちょっと野菜がうまくいかなったくらいのことは、「まあまたイチからやり直しだ」と切り替えてしまえばよい。
その点非常に気楽な商売といえますが、家族が養えるかというと、ムリです。
いや、できないことはないのだけど、ぼくひとりではムリで、家族の助けが必要になります。
いまぼくがやってるのが、3坪でカウンターしかない居酒屋をひとりで切り盛りしてるとすれば、これを小ぢんまりした家族経営の町中華くらいまで広げる、くらいのイメージでしょうか。
そこを越えて大きな儲けを狙っていくとなると、ある種の野心と、大きく勝負をかけて大きくコケる可能性も覚悟しなきゃなりません。
相場取引の用語をつかうと、レバレッジがかかるわけで、ぼくが三歩進んで二歩下がるをやってるところを、三十歩進んで二十歩下がる、ということをするわけです。
そうすると、たまたま四十歩も下がるような大災害が起こったりすると、個人単位では取り戻せない破綻になってしまう。
で、ぼくもそれなりに畑をもっと効率的につかいたいとか、あしたはもっとよい状況にしたい、というおもいがあるので、それなりにがんばるんですが、やっぱり自然にはなかなか勝てないし、不測の事態はいつでも起こり得ます。
一進一退で、なかなかおもったようにはいかないんですが、じぶんの身の丈に合った暮らしを逸脱しないでいられるのだから、あきらめずにきょうも種をまき、あしたも種をまくのが正解なんです。
その瞬間、うまくいったとか、うまくいかなかったということに、一喜一憂せず、たんたんとやるべきことをやらないといけないよな、と。
とまあ、そんな殊勝なことを考えては、すぐに忘れてしまうわけです。
#野菜
2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
産業革命とIT革命には似たところがあるとおもっているんですが、せっかく先日産業革命の話をしたので、きょうはもうひとつ、今後起こるだろうことについて話をします。
産業革命で起こった劇的な変化のひとつは、人間が機械の管理をするようになったことです。
機械は、すさまじいチカラとスピードでものごとを成していきます。
モノを切断するにせよ、均一にモノを仕上げていくにせよ、畑を均すにせよ、そのスピードと正確さは、人間が手作業でかなう相手ではありません。
ところが、機械はそれを始動し、メンテナンスし、材料を調達して、しかるべき場所にセッティングする、というような維持管理が必要になってきます。
機械ができること以外は、結局人間がすべてをしなければならないわけです。
それで産業革命以来、人間は機械の維持管理をし、機械の生産力に合わせて働くようになりました。
ではIT革命ではどうかというと、これからはAIがつくる膨大な情報を人間が維持管理するようになります。
これまでは人間が情報を生産してましたが、今後すこしずつ、情報生産の役割はAIが担うようになります。
たとえばむかし、イラスト作品はすべて人間の手書きだったわけです。
それがWindows95あたりから劇的に変化し、パソコンで作品をつくるようになります。
それどころか、インターネットを利用して作品を出版社に送ったり、出版社は印刷会社にデータを送るようになる。
情報の生産速度と物流がすさまじい速さになったわけです。
しかし、まだ情報の生産は人間の役割でした。
これが今後AIが作品をつくるようになると、人間はAIの生産速度には勝てなくなります。
そのうち、生産する作品の正確さにおいても、人間がかなわなくなる日がくることでしょう。
人間はAIの生産物である大量の情報を、せっせと手直ししたり、人間のセンスに合わせて加工するなどする、維持管理側に回るわけです。
AIが仕事を奪う、人間の仕事がなくなる、なんていわれていますけど、ぼくはそんなことは起こらないんじゃないかとおもってます。
それどころか、今後も人間は機械に振り回され、AIに振り回され、膨大なモノと情報を維持管理し、流通させることに従事するのだろうと。
ようするに、これまであった仕事がAIの役割になることはあっても、それによって新しく仕事が生まれるので、やはり人間は忙殺される。
世の中が効率的になればなるほど、人間の生活はラクになるんじゃないか、という幻想を抱きますが、実際には世の中が効率的になればなるほど、人間もまた効率的に働かされるようになるだけで、ちっともラクにならないんですよね(笑)
ただ、ものごとが効率的で合理的であるということが、人間にとって「快」であることはたしかなので、世の中はやっぱり、徐々によくなってきているのでしょう。
ぼくにしたって、トラクターで畑を耕して、ネットで種を購入して、販売した野菜の代金は自動振り込みです。
もう一度クワとスキで畑を耕して、野菜を手売りする時代に戻りたいかといったら、いまのほうがいいですもの。
#与太話
産業革命で起こった劇的な変化のひとつは、人間が機械の管理をするようになったことです。
機械は、すさまじいチカラとスピードでものごとを成していきます。
モノを切断するにせよ、均一にモノを仕上げていくにせよ、畑を均すにせよ、そのスピードと正確さは、人間が手作業でかなう相手ではありません。
ところが、機械はそれを始動し、メンテナンスし、材料を調達して、しかるべき場所にセッティングする、というような維持管理が必要になってきます。
機械ができること以外は、結局人間がすべてをしなければならないわけです。
それで産業革命以来、人間は機械の維持管理をし、機械の生産力に合わせて働くようになりました。
ではIT革命ではどうかというと、これからはAIがつくる膨大な情報を人間が維持管理するようになります。
これまでは人間が情報を生産してましたが、今後すこしずつ、情報生産の役割はAIが担うようになります。
たとえばむかし、イラスト作品はすべて人間の手書きだったわけです。
それがWindows95あたりから劇的に変化し、パソコンで作品をつくるようになります。
それどころか、インターネットを利用して作品を出版社に送ったり、出版社は印刷会社にデータを送るようになる。
情報の生産速度と物流がすさまじい速さになったわけです。
しかし、まだ情報の生産は人間の役割でした。
これが今後AIが作品をつくるようになると、人間はAIの生産速度には勝てなくなります。
そのうち、生産する作品の正確さにおいても、人間がかなわなくなる日がくることでしょう。
人間はAIの生産物である大量の情報を、せっせと手直ししたり、人間のセンスに合わせて加工するなどする、維持管理側に回るわけです。
AIが仕事を奪う、人間の仕事がなくなる、なんていわれていますけど、ぼくはそんなことは起こらないんじゃないかとおもってます。
それどころか、今後も人間は機械に振り回され、AIに振り回され、膨大なモノと情報を維持管理し、流通させることに従事するのだろうと。
ようするに、これまであった仕事がAIの役割になることはあっても、それによって新しく仕事が生まれるので、やはり人間は忙殺される。
世の中が効率的になればなるほど、人間の生活はラクになるんじゃないか、という幻想を抱きますが、実際には世の中が効率的になればなるほど、人間もまた効率的に働かされるようになるだけで、ちっともラクにならないんですよね(笑)
ただ、ものごとが効率的で合理的であるということが、人間にとって「快」であることはたしかなので、世の中はやっぱり、徐々によくなってきているのでしょう。
ぼくにしたって、トラクターで畑を耕して、ネットで種を購入して、販売した野菜の代金は自動振り込みです。
もう一度クワとスキで畑を耕して、野菜を手売りする時代に戻りたいかといったら、いまのほうがいいですもの。
#与太話
きょうは午前中に収穫。
午後に買い物に行って、車にガソリ…………
ガソリン代、たっけえ!!
リッター7円引きになるプリペイドカードを利用しても178円。
約20リッターの給油で約3500円。
こうなると、買い物もすこし控えて、どうにか節約に節約を重ねてやっていくほかあるまい、と空を見上げて、家に帰って実家の母に電話。
父のがん治療もいったん終わり、体調の変化やこれからの話などをしていたんですが、その話の間にガソリンの話をして、物価全体の話をすると、やっぱり母も「高い!」とぼやいていました。
そういえば、最近ちょっとお酒を控えてます。
冷たい水を、「これはお酒である」とおもいながら飲むと、案外お酒と変わらないんですよね(笑)
なにを言ってるかわからないでしょう。
ぼくもじぶんの頭を疑ったんですが、これがほんとうに、そうおもえばそういう気がする、というヤツで、このまま水酒で酔っぱらう日々を送れば、物価高もどんとこいで乗り切れそうです。
午後に買い物に行って、車にガソリ…………
ガソリン代、たっけえ!!
リッター7円引きになるプリペイドカードを利用しても178円。
約20リッターの給油で約3500円。
こうなると、買い物もすこし控えて、どうにか節約に節約を重ねてやっていくほかあるまい、と空を見上げて、家に帰って実家の母に電話。
父のがん治療もいったん終わり、体調の変化やこれからの話などをしていたんですが、その話の間にガソリンの話をして、物価全体の話をすると、やっぱり母も「高い!」とぼやいていました。
そういえば、最近ちょっとお酒を控えてます。
冷たい水を、「これはお酒である」とおもいながら飲むと、案外お酒と変わらないんですよね(笑)
なにを言ってるかわからないでしょう。
ぼくもじぶんの頭を疑ったんですが、これがほんとうに、そうおもえばそういう気がする、というヤツで、このまま水酒で酔っぱらう日々を送れば、物価高もどんとこいで乗り切れそうです。
https://www.gizmodo.jp/2023/08/elon-musk...
この記事が完全な真実かどうかは置いておくとしても、ぼくの中で点が線になったのは確かです。
ようするにイーロンマスクの手口って、
インターネットのインフラをばらまくようにして与える。
↓
人々がそこに飛びついて、もはやこのインフラがなければ命の危険すらある、という段階になって、わざと危機的状況を作り出して、資本的見返りを要求する。
というパターンですね。
スターリンクによる通信インフラをウクライナに提供したのも、Twitterを買収したのも、このパターンを利用したものです。
ウクライナへのネットを恣意的に遮断するやり方は、Twitterで恣意的にBANを繰り返していたやり口を彷彿させます。
もちろん、人道的見地からいえば、ウクライナの激戦地に対してやったことは、Twitterでやっていることと比べるとはるかに悪辣ですが、かれにとっては「おなじことの繰り返し」でしょう。
というわけで、この男はあぶない、というのがぼくの結論です。
イーロンマスクが一時的に社会のためになるようなことをやったというようなことがあっても、それは評価に値しません。
そういう場合も、なにかしら、資本的見返りを求める裏があると考えたほうがよい。
こちらがお金を払いさえすればいいのだろう、という話でもありません。
金を払ったが最後、かれの恣意的なハシゴ外しや、資本主義的誘導によって、振り回されること間違いなしです。
イーロンマスクとは、関わり合いにならないこと。この男に恩を受けないこと。
ブローカーという意味をネットで調べたら、単純に「仲買人」という説明が多いのですが、隠語大辞典ではこうありました。
人によって見方はさまざまでしょうが、個人的にはイーロンマスクは、暴利をむさぼるヤクザさながらの悪商人、ブローカーという認識で固まりました。
この記事が完全な真実かどうかは置いておくとしても、ぼくの中で点が線になったのは確かです。
ようするにイーロンマスクの手口って、
インターネットのインフラをばらまくようにして与える。
↓
人々がそこに飛びついて、もはやこのインフラがなければ命の危険すらある、という段階になって、わざと危機的状況を作り出して、資本的見返りを要求する。
というパターンですね。
スターリンクによる通信インフラをウクライナに提供したのも、Twitterを買収したのも、このパターンを利用したものです。
ウクライナへのネットを恣意的に遮断するやり方は、Twitterで恣意的にBANを繰り返していたやり口を彷彿させます。
もちろん、人道的見地からいえば、ウクライナの激戦地に対してやったことは、Twitterでやっていることと比べるとはるかに悪辣ですが、かれにとっては「おなじことの繰り返し」でしょう。
というわけで、この男はあぶない、というのがぼくの結論です。
イーロンマスクが一時的に社会のためになるようなことをやったというようなことがあっても、それは評価に値しません。
そういう場合も、なにかしら、資本的見返りを求める裏があると考えたほうがよい。
こちらがお金を払いさえすればいいのだろう、という話でもありません。
金を払ったが最後、かれの恣意的なハシゴ外しや、資本主義的誘導によって、振り回されること間違いなしです。
イーロンマスクとは、関わり合いにならないこと。この男に恩を受けないこと。
ブローカーという意味をネットで調べたら、単純に「仲買人」という説明が多いのですが、隠語大辞典ではこうありました。
暴利を貪る悪商人のこと、又は仲買人のことをいふ。英語のBroker(ブローカー)「仲買人」から来たものである。略して「Bro(ブロ)」ともいふ。
人によって見方はさまざまでしょうが、個人的にはイーロンマスクは、暴利をむさぼるヤクザさながらの悪商人、ブローカーという認識で固まりました。
2023年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
『浮雲』というタイトルの小説を、二葉亭四迷は明治20年に、昭和24年には林芙美子が書いています。
で、ぼくはどちらも読んだことがありません。
だから、知らないのをいいことにこれからものすごくうるさいことを書き連ねますが、まずぼくはいままで、浮いていない雲を見たことがないんですよ。
「頭痛が痛い」みたいなもので、雲はそもそも浮いてるのに、わざわざ念を押すように浮雲という意味がどこにあるのか、と。
しかしふと気になって、浮くの対義語である「沈む」から、「沈雲」なんて言葉はあるのだろうか、と調べてみました。
これがあったんですよね。
「垂れこめる雲」という意味合いなんだそうで、沈雲(ちんうん)なんていわれると、不肖のおじさんは下品なことしかおもい浮かばないんですが、ともかく雲は常態として浮かびながら、さらに浮いたり沈んだりしてみえるようで、わざわざ雲の浮かび方に対してそういうまわりくどい言葉が用意されている。
たぶん、浮雲は「ふわふわと軽い雲」、沈雲は「どんよりと重い雲」というようなニュアンスなのだろうとはわかってるんですよ。
しかしそれだとまたぼくみたいなヒネクレモノは、
「浮いている雲の軽い重いなんて、どうやって計るのですか( ー`дー´)キリッ」
なんて考え始めるわけです。
しかしそんなことを言いはじめたら、「青雲のこころざし」なんていうけど、ぼかぁ青い空はみたことがあっても、青い雲は見たことがないのですよ。
そんな感じで雲に対してウザ絡みしているうちにメンドウになって、あーあ、二葉亭四迷もこの際小説のタイトルを『雲』にしといてくれりゃ、こんなことを気にしなくてすんだのにと無茶苦茶な八つ当たりをする始末。
ね、ものすごくうるさい話だったでしょう(笑)
#与太話
で、ぼくはどちらも読んだことがありません。
だから、知らないのをいいことにこれからものすごくうるさいことを書き連ねますが、まずぼくはいままで、浮いていない雲を見たことがないんですよ。
「頭痛が痛い」みたいなもので、雲はそもそも浮いてるのに、わざわざ念を押すように浮雲という意味がどこにあるのか、と。
しかしふと気になって、浮くの対義語である「沈む」から、「沈雲」なんて言葉はあるのだろうか、と調べてみました。
これがあったんですよね。
「垂れこめる雲」という意味合いなんだそうで、沈雲(ちんうん)なんていわれると、不肖のおじさんは下品なことしかおもい浮かばないんですが、ともかく雲は常態として浮かびながら、さらに浮いたり沈んだりしてみえるようで、わざわざ雲の浮かび方に対してそういうまわりくどい言葉が用意されている。
たぶん、浮雲は「ふわふわと軽い雲」、沈雲は「どんよりと重い雲」というようなニュアンスなのだろうとはわかってるんですよ。
しかしそれだとまたぼくみたいなヒネクレモノは、
「浮いている雲の軽い重いなんて、どうやって計るのですか( ー`дー´)キリッ」
なんて考え始めるわけです。
しかしそんなことを言いはじめたら、「青雲のこころざし」なんていうけど、ぼかぁ青い空はみたことがあっても、青い雲は見たことがないのですよ。
そんな感じで雲に対してウザ絡みしているうちにメンドウになって、あーあ、二葉亭四迷もこの際小説のタイトルを『雲』にしといてくれりゃ、こんなことを気にしなくてすんだのにと無茶苦茶な八つ当たりをする始末。
ね、ものすごくうるさい話だったでしょう(笑)
#与太話


