山麓王国

No.137

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ふと、當麻という言葉をみかけて、「あ」とおもいました。

去年ぼくは、奈良国立博物館で「中将姫と當麻曼荼羅 ―祈りが紡ぐ物語―」という特別展をやっているのを、その開催期間が終わった冬の農閑期に知って、歯噛みしたのです。

ものすごく興味があったんですが、なぜ興味があったのかということを説明するために避けて通れないのが、中将姫の物語です。

以下、仏教説話として知られる中将姫物語を要約しました。


奈良時代の貴族、藤原豊成の妻に女の子が生まれます。
紫陽花寺で有名な長谷寺に願をかけて生まれたことから、長谷姫と名付けられました。

その後豊成の妻が亡くなります。

長谷姫が6歳のときに豊成は後妻をめとるのですが、この後妻が非常に嫉妬深い性格でした。
長谷姫は聡明な美女だったために、この継母から虐待を受けます。

長谷姫は13歳の折に、朝廷でその才が認められ、中将の位を授かって内侍となり、中将姫と呼ばれるようになりました。

いよいよ嫉妬心を燃やした後妻は、家臣に命じて中将姫を殺害しようとします。
しかし中将姫の心根を知っている家臣には、殺すなどできようはずがありません。

中将姫は家臣に助けられ、宇陀の山中にかくまわれて暮らすことになりました。

豊成はその後姫を探し続けたのですが、翌年ようやく再開を果たします。
豊成は娘を都に連れて帰ろうとしたのですが、姫はそれを断り、仏門に入りたいと願い出ました。

豊成はその願いを受け入れて、當麻寺に姫を届けます。
中将姫は16歳になっていました。

それからというもの、姫は毎日仏道に励み、亡くなった母をおもい、じぶんも極楽浄土へとのおもいを募らせるようになります。

あるとき姫は仏の化身に出会い、蓮をたくさん集めなさいという啓示を受けます。
中将姫は方々に頼んでたくさんの蓮をあつめて、それを糸にしました。
するとまた仏の化身があらわれて、この糸を織り上げなさいという。

姫は一心に蓮糸をつむぎ、一夜のうちにすばらしい曼荼羅を作り上げました。

曼荼羅を完成させた中将姫は、29歳で極楽に往生したといいます。


藤原豊成は実在の朝廷高官でしたが、中将姫は実在した人物かどうか、さだかではありません。
当時、奈良から大阪の四天王寺にかけて、この手の仏教説話が多数つくられたようです。

継母にいじめられて家を追い出され、仏の功徳を受けるというパターンはほかにも「俊徳丸伝説」があって、どちらも物語の骨格の部分がとても似ています。

それはともかく、ぼくは子供のころ、東大阪市にある「大蓮」という地域に住んでいました。
近くの公園の土を30cmも掘ると水がわいてくるようなところでした。

いまは治水工事がなされていますが、むかしの大阪はどこもかしこも沼地で、田んぼとレンコン畑だらけだったという、その名残があったんですね。

最近になって知ったんですが、この大蓮という地名は、中将姫が蓮の糸を探したときに、とてもよい蓮がとれたことからその地名になったとのことでした。

知らず知らず中将姫の伝説に縁のあるところで暮らしていたのだな、と勝手に親近感をおぼえていたのです。

#与太話

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