山麓王国

全年全月31日の投稿17件]

2025年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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猛烈な暑さ、日照りで体調管理がほんとうにむずかしいですね。

ぼくも水分代謝がうまくいかず、水分をとりすぎる、おなかを壊す、の繰り返しです(笑)



これは覚え書きですが、選挙の立会は、朝6時すぎに公民館に集合し、7時から投票開始しました。

夜の8時に投票所を閉じて、そこから開票所までバスで投票箱を運び、9時半にまた公民館に帰ってきて解散という流れでした。

どうやら投票所が閉じて開票所への送迎がはじまると、市内のほとんどのバスやタクシーが出払うほどだったようで、やはり選挙はお祭りなんだとおもいます。

ひたすら座っているだけの長丁場でしたが、家に帰ってきたとき、ちゃんと一日は終わるものなのだな、と妙な感心をしていました。



ひと昔前の自治会というと、お酒の場が多く、ワガママを言う人が多かったのでトラブルも多かったようです。

もっとむかし、大正以前にさかのぼるとこのあたりは田んぼの水の問題で殺し合いが起きるような土地柄だったといいますから、いわゆる村長の役割はたいへんなものでした。

ぼくが移住してからのことを考えるだけでも、いまの自治会長の役割はずいぶん楽になったとおもいます(笑)

ことしはうちのあたりは記録的な大旱魃ですが、むかしのように溜池も上水道もない時代だったら、村の中はたいそう乱れていたことでしょう。



古代蓮のお話、おもしろいですね。

土の中にある蓮の種が、数千年発芽する機能を失わずに、あるきっかけで萌芽する。この数千年という期間、種は果たしてどのように命を生きているのか。

植物には意識はありませんが、しかしたしかにその種は命としての役割を生きているわけでしょう。

動物の精子と卵子は生命とはいえないんだそうで、これは植物でいえば花粉とめしべの関係ですね。

そこから結実して種になったものは、人間でいえば受精したあとの胎児のようなものですから、やはり命です。

夜に眠って気づけば朝、というような感じで、じぶんの命がたまたま古代蓮の種であれば、土中で眠っている間に数千年が過ぎている。

人間の視点でみるとあまりにも長い孤独で、命の実感がないようさえおもえます。

蓮の花の神聖さを愛でるたとえで「蓮は泥より出でて泥に染まらず」という言葉がありますが、種の時点から特殊な神性があるようにおもえました。



大きなサイズのオタマジャクシは、おそらくウシガエルのオタマジャクシでしょう。

あれはギョッとするサイズですよね(笑)

あのカエルは夜になると、「ブオーン、ブオーン」と、聞きようによってはたしかに牛のような鳴き声で鳴きます。

世界最大級の大きさのカエルなんだそうで、戦前に食用に輸入された外来種なんだそうです。

むかしぼくが住んでいた大阪の八尾という、郊外の用水路でも盛大に繁殖して、大合唱していました。

八尾にいたときは気持ち悪いのと、夜の騒音で迷惑なだけでしたが、そういえば台湾でカエルの足を食べたことがあります。

鶏せせりのようなプリプリとした食感で美味でした。

捕獲して皮をむいても、足だけしか食べられるところがない(骨付きで一匹100gほど)という、歩留まりのわるさを無視していいのであれば、たしかに食用としては優秀だとおもいます。

調べてみましたが、北海道から沖縄まで、日本中に生息域があるものの、分布はまだらです。

当時熱心にウシガエルを食用として繁殖させていたところと、そうでないところがあったのでしょう。

戦前戦中の食糧難の時期でも、日本ではカエル食に抵抗がある地域が少なくなかったそうですから、そのあたりが分布のムラにつながっているようです。

https://www.nies.go.jp/biodiversity/inva...



お盆、うちの自治会では地蔵盆のお祭りの風習が残っていて、もう子供の数はほとんどないのですが、お地蔵さんのよだれかけを交換したり、ささやかな地域のコミュニケーションの場として活用しています。

当地では子供のうちに亡くなったとか、水子だったというような、夭折した子供を石彫りの地蔵として公民館前におまつりしており、これが20体以上あります。

有志の女性が2年に1度、よだれかけをつくってくれて、ぼくも含めて男衆がよだれかけを交換します。

1体10kgほどと、ほんとうに子供くらいの重さがあるのですが、これをお堂から出して交換して、またお堂に戻すので、汗だくになります(笑)



地蔵盆はご先祖さんの霊が帰ってくる盂蘭盆とは区別されていますが、根っこの部分はおなじ祖霊をおまつりするイベントですね。

地蔵盆は、いつまでも歳を取らない祖霊の子供たちと、地域の子供たちが主役のイベントなんですが、最近はうちの自治会では子供の数が減ってきました。

しかし子供がいなくなればやめるというのではなくて、お地蔵さんの御守をするイベントとして細々とでもやっていこうじゃないかというかたちで話を進めています。

いわゆるお盆よりも後の8月20~30日の間の土曜日に行われることが多いとおもうのですが、これは地蔵菩薩の縁日が24日だからなんだそうです。

そういった自治会の催しとしてのお盆のイベントはやりますが、家でお盆だからといってなにかするかといわれれば、せいぜいお墓参りくらいで、ぼくの場合はそれすら親に任せている現状です(笑)



最後に、いまの政治の「わざわざ恥をさらすような発言や行動をする人が多いのはなぜなんだろう」という件ですが、これはちょっとこじれてるようです。

というのも、たとえば兵庫県の斎藤知事や、安芸高田市長だった石丸伸二、NHK党の立花だとか、あるいは最近だと参政党のような言説もそうですが、一見すると論理性が破綻しているようにみえます。

しかしああいった、庶民の一般感覚とはズレた主張が支持を集めているのはなぜなのか。

これは、「対左翼」ということを軸にするとわかりやすくなります。



これまで弱者の味方を気取りながら、グローバリズムや個人主義を推し進め、巨大な利権を得ていた左翼運動に対して、現代では批判が集まっていて、どこの国でも右傾化が進んでいます。

この左翼嫌悪が民意になっているんですね。

極端な話、左翼をぎゃふんと言わせることができるのであれば、なんだっていい、という状況になってしまっている。

左翼的な論理に巻き込まれるくらいなら、まともな受け答えをしなくていいし、最悪その人の政治手腕がどのようなものであるかも問わない、という有権者が意外と多いんです。

それで、左翼をおちょくるような政治的主張が幅を利かせるようになりましたし、そういった主張がインターネットのSNSを通じて伝播されています。

ともかくなんらかの対立構造をつくって、徹底的に叩きながら成長していくという仕組みです。



もっと広い見方でいえば、左翼でなくてもいいんです。

たとえば社会そのものに不満がある層に向けて、「消費税にムカつきませんか」とやって、消費税を下げようなどといいだす。

実際には消費税は、税金を払っていない人や旅行に来た外国人からもとれる税制なので、これを下げてしまうと、いま日本で税金を支払っている現役労働者にツケがきて、さらに重税が課されるようになってしまいます。

だれにとっても消費税が上がるのは嫌だとおもうんですが、それでも現役労働者の税負担を軽減してやろうということになると、万人からとれる消費税を増やすしかないそうで。

政治家はその点わかっているはずなんですが、なにせ庶民の消費税アレルギーをおもうと、消費税減を叫ぶほうがメリットが大きい。

それで特に野党議員が、無責任に大衆迎合して、消費税減を叫ぶんですね(笑)



「わざわざ恥をさらすような発言や行動をする人」は、意図的に対立構造をつくって、わざと社会を炎上させて衆目をあつめている、といえます。

このやり方が常套手段と化していて、しかも現代の政治運動として成功しているから悩ましいですね。

言い方を変えれば、「悪名は無名に勝る」ということでしょうか。

こういった政治家たちは市民の感情の動き方だけを気にして、むちゃくちゃな主張で市民のイデオロギーを煽りたてて、あとは野となれ山となれですから、まさにポピュリズム(扇動政治)です。



……と、ずいぶんセンシティブなところに話が進んでしまいました。

この話はここでおしまいです。

ギズモさんにおかれましても長い夏でたいへんだとおもいますが、体調管理に気を付けて、なんとか乗り切りましょうね。

2025年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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病気の場合の延命と、高齢者の延命は意味合いが違うかもしれませんが、欧米の病院や施設には寝たきり老人がいないそうですね。
理由は、高齢者が終末期を迎えると食べられなくなるのは当たり前で、経管栄養や点滴で延命を図るのは非倫理的だと、本人も家族も認識しているためだそうです。

日本だと、有無を言わさず点滴で栄養を与えたり、早い時期から胃ろうを行ったりと、寝たきりで意識もほとんどない人を無理やり生かすこともあります。
長寿大国日本の意味がおかしいです。


私も延命は望んでいません。
家族が介護しないといけなかったり、本人の苦痛が延長されるだけだったり、高額な病院代を払ったりしてまで延命する意味って、なんなんだろうと思うんです。

でも、農園主さんのお考えのように、元気な時に「延命は望まない」という意思だったとしても、いざその場になったら、「もう少し頑張れる気がするので、ちょっと延命してほしい」と思う可能性は私にもありそうです。

延命に対する考え方は、個人個人というより、ケースバイケースなのかもしれません。

意思の疎通ができる状態なら、「考えは変わっていないので延命しないで」と言えますが、意識がなければ伝えられないし、また土壇場で自分の気持ちがコロコロと変わることもありそうですし、家族には判断のつらさを味わわせることになるわけで、みんなが納得するような最後の迎え方は、なかなか難しいかもしれません。

延命しないでと頼んでおいても、家族の立場からしたら、本人に意識がない場合、「本人が望んでいたので延命はしないでください」と言うのには、かなりの決断が必要と思います。


快方に向かうなら、延命は望ましいことだと思いますが、苦痛はある、余命をいたずらに引き延ばすだけということだったら、延命の意味がないと思います。
家族や身内の人にとれば、一日でも長く生きてほしいという気持ちはあるでしょうが、本人と周りの人との思いに乖離があることもあり、お互いに悔いを残さないというのは、けっこう難しい課題だと感じます。

ざっくりとした私なりの結論として、「延命しないでほしい」というところに、条件を付け加え、家族に伝えておくのがベターかな、と。
私に意識がない場合、延命して治る(軽快する)見込みがあるなら延命をしてほしいし、死ぬのを引き延ばすだけの状態なら延命措置をしないでほしい、というふうに。

極端な話をすれば、意識が戻る可能性がない植物人間状態になった時、これがいちばん悩むケースだと思います。
このあたり、どうするべきかは非常に難しいですね。
家族としては、1年後、5年後、意識が戻るかもしれないという希望を捨てたくないでしょうから。

おかしな話をします(笑)
最近ずっと考えていることですが、まったく現実的ではなく、空想に過ぎません。
まじめに延命について考えていらっしゃる農園主さんにとっては、大変軽率な空想なのですが、そのあたりはご容赦ください。

人がだいたい20歳くらいになった時「なんの苦痛もなく、必ず死ねる薬(のようなもの)を支給され、いつでも自分の希望で自分にのみ使用していい」という制度があったらな、と考えていました。
使えるのは一度だけ。
他人に使おうという人が出る可能性もあり、犯罪にもなりそうな話ですが、あくまで想像にすぎないので、自分で自分に使うのが前提です。

使わない選択も当然あります。

もし、ひどい痛みや苦しみを伴う病気になった時、治る見込みがないなら、その苦痛に耐えてまで生きる必要もなく、早く苦しみから解放されたいと思うかもしれません。
家族がそうなった時、少しでも長く生きていてほしいと思うかもしれませんが、本人の苦痛は壮絶なものでしょうし、家族の愛情、思いは理解しても、もう死んでもかまわないという気持ちが起きるかもしれません。


前にもお話したかもしれませんが、コロナにかかった時、経験したことのないような高熱のつらさで、「こんなつらいならもう死んでもいいかも」と思ったのですが、それでも治る可能性が充分にあると思えたからなんとか頑張れました。
でも、嗅覚・味覚が無くなった時は、「3年以上この症状が続いていている」というような経験談を読んでしまったため、もう絶望の境地でした。

どうやったら治るだろう、刺激を与えたらいいのかも、と日々いろいろ模索し、無意味かもしれないこともやってみました。
絶望しながらも、「味覚・嗅覚がなくても死ぬことはないだろう」という、開き直った心境になり、なんとか乗り越えることができました。

治らない、死を待つだけ、というお墨付き(笑)をもらった時、それでも苦痛を乗り越え頑張ろうと思えるかどうか。
そんな時、日本では安楽死(尊厳死)の制度がないので、想像したような薬があればいいな、と思った次第です。
でも、苦痛を伴わない状態で余命宣告をされた場合は、少しでも長く生きたいと、延命措置をお願いすると思います。

命を救うのは医師の義務かもしれませんが、心までは救うのは難しいです。
安楽死の問題を言いたいのではなく、あくまで「治ることがないのなら、苦痛はできるだけ短かくしてほしい、そして、家族につらい選択をさせることなく、自分の意志で終わりを迎えたい」という、安易なわがままからでた想像でした(笑)

コロナになったのがおととしの9月ですが、それ以降に、よく考えていたことでした。
自殺と同義と言われそうですが、気持ちの持ち方、死の迎え方はまったく違うと思います。

想像の話ですので、精神的な問題で生きるのがつらくなった場合に使っていいのかどうかは、視野に入れていません。



井戸の詳しいお話、ありがとうございます。

地盤沈下が起きたんですね。

井戸(揚水)を規制したのも知りませんでした。
てっきり、自然に枯れていったのだと思っていました。

防災井戸の新設にしても、そうそうあちこちにはできないのでしょうね。

高所得者の税率のお話も興味深いものでした。
今は、子どものいる家庭への児童手当や医療費助成も、所得に関係なく一律になってきているようですし、確かに高額所得者がどんどん優遇されてきている気がします。


石破総理が「楽しい日本を作る」という発言をし、物議を醸していますが、「楽しい=暮らしやすい」ならいいのですが、庶民の暮らしが逼迫し、様々な問題を抱えている中で、どうして楽しく過ごせるんでしょうか。
国民の暮らしをよりよくしたいという気持ちからなのでしょうが、一足飛びに「楽しい」という表現をするのは、ちょっと疑問です。
いつ乱世になってもおかしくないのが、今の日本だと思います。

「論語と算盤」の、道徳心がセットというのは、今の日本人が立ちかえらないといけない大事なことですね。
道徳心が欠けてしまえば、何事も成り立ちません。

ちょっと前なら当たり前にあった道徳心をどんどん忘れていって、見ず知らずの人をネットなどで非難するとか、人を騙す犯罪とか、そんなことを一生懸命やっている現代の日本人は、これからどうなっていくのでしょう。
そのエネルギーで、「次の世界のよりよいシステムを自前で用意できる」日本を作っていってほしいと思います。


夜、胸の痛みで眠れないという症状は、まだ続いていますか?
ずいぶんと、不安な事かと思います。
よけいなお世話ですが、かなり深くゆっくりな深呼吸を、リラックスした状態でしばらく繰り返すと、全身にうまく血液がめぐり、多少なりとも改善されるかもしれません。

私はついつい呼吸が浅くなる傾向があるのですが、パソコンに向かっている時間が多い時は姿勢も悪くなるために、よけい呼吸が浅くなり、ついには逆流性胃腸炎(訂正・逆流性食道炎)が起こります。
そうなると、喉がイガイガし、咳き込むこともあるし、胃なのか心臓なのかわからないキューっとした痛みも起きます。
そういう時は、お水を一口飲み、深呼吸をしてやり過ごすのですが、案外効果があります。

農園主さんの場合とは違うかもしれませんが、気休めでも効果はあると思い、おせっかいを失礼しました。

2024年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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高校の学生運動のお話からふとおもったんですが、むかしのインテリは、社会をダイナミックに変えていくことを、一種の使命のように感じていたんですよね。

学生運動もそういったインテリの社会意識のもとに起こっています。

なのでこれから大学へ行き、社会を背負う人間になろうとする高校生が、学生運動にいち早く参加しようとしたのも、わかる気がします。

けれど学生運動が敗北してから、日本での学歴エリートの権威も失墜して、たんなる勉強ができる賢い人、という以上の意味付けがなされなくなったのではないでしょうか。

本来、東京大学であったり京都大学に入学できるような人は、日本の社会の中核を担うべき人材です。

当人にもエリートであるという意識がなくてはならないし、社会全体でそのように意識付けする必要もあったとおもいます。

お笑い芸人や落語家になったり、クイズ同好会でテレビに出るというようなことは、本来の役割ではないんですが、そんなことが当たり前になったのは、学生運動の敗北と地続きなのではないかとおもっています。



義理の息子さんのお父さんのご不幸、たいへんでしたね。

そこでスピリチュアルに感じられる出来事があったとのこと。

ぼくの以前の話をおぼえていてくださったので、今回はそこから発展させていこうかとおもいます。

今回は5次元の話で、かなりスピリチュアルな話でもあるとおもいます。

ただ、最初に言っておくのですが(そしてあとでも述べますが)、この話は、巷にある「5次元意識」というような、チャネリングのような話とはまったく関係がありません。

あくまで物理学的なアプローチに、ファンタジーな領域が混じった話とおもっていただければとおもいます。



宇宙物理学では約94%の暗黒物質・暗黒エネルギーがあって、われわれが感知できる物質は約5%だといいます。

最近ではこの人間に感知できない物質とエネルギーを、「5次元に関連している」とする研究・仮説があるようです。

https://gigazine.net/news/20210215-dark-...

最近話題になった本で『三体』という中国の小説があるんですが、あれは宇宙物理学をもとにしたファンタジーでした。

宇宙人である三体星人は、われわれ人類が4次元までしか感知できないことに目をつけて、さらに高次元を利用する、という描写があります。

つまり、肉体を持ち、時間にとらわれざるを得ないわれわれは4次元までしか認知できないのですが、宇宙にはさらに高次元の世界がありうるというのです。



1次元は、直線です。

2次元は紙に書かれた絵のような、面ですね。

3次元はこの面に奥行きが加わった、われわれが暮らしているような空間です。

では4次元はというと「3次元 + 時間(過去・現在・未来)」になります。

この4次元がわれわれの暮らす次元です。

われわれは4次元に生きているので、流れていく時間の中で、現在を生きて、おなじ現在を生きるだれかと出会います。



では5次元とはなんなのかというと、4次元における「時間」の軸が無数に存在している……つまり、パラレルワールドが無数に展開されているというのです。

パラレルワールドとはなにかというと、たとえばぼくがいま右を向く、という選択をするか、あるいは左を向く、という選択をするかで、未来はほんの少し分岐しますよね。

その分岐したぶんの世界が存在する、というのです。

しかしぼくたちは「いま現在のじぶん」という四次元空間を生きていますから、肉体がある以上、五次元空間を感知することはできません。

肉体をもって、時間とともに生きているわれわれが、パラレルワールドを自由に行き来できる、というのはあくまでファンタジーです。

暗黒物質や暗黒エネルギーが五次元と関与しているということも、もしかしたら今後物理学の精緻な研究とデータの積み重ねで、立証される、あるいはその現実性に肉薄することがあるかもしれません。

しかし、われわれが実際に五次元を利用して、過去や未来を変えるということは、すくなくとも肉体をもって「いま現在のじぶん」を生きている限りは不可能でしょう。

かといって、じゃあ死んだらそういうことが可能なのかどうかというと、それもだれにもわからないことです。

そしてだれにもわからないということは、可能性を否定するわけにもいかない、ということでもあるわけです(笑)



以前にも話したかもしれないんですが、「インターステラー」という映画があります。

これは映画公開から3年後に、重力波の検出によってノーベル賞を受賞した、物理学者のキップ・ソーンがかかわった映画なんですが、5次元空間が出てきます。

さっきのギガジンの記事に「重力だけが5次元目以降の余剰次元に移動できる」という一文があるのですが、重力波と5次元につながりがあることが、この映画でも示唆されています。

映画序盤では、主人公の娘の部屋の本棚から本が落ちる不思議な現象が描かれます。

幽霊がいるという娘に、幽霊などいないという主人公。

ちなみにこの映画では地球がもうほとんど住めない状態になりつつあるんですね。

主人公はほどなく地球にかわる星を探すために宇宙へ旅立つのですが、星々を旅するうちに地球との時差が広がり、竜宮城にいる浦島太郎のような状態になってしまいます。

主人公の年とおなじになった子供たちが宇宙船にメッセージを届けるようになり、そのうち子供たちが主人公より年老いていく。

この描写はまるで、若くして死んだ親に子供の年齢が近づき、肩を並べ、父の年齢を追い越していくのに似ています。

そしてさっき言った本棚から本が落ちる現象は、じつは未来の主人公が5次元空間から重力波を利用して、過去の娘にメッセージを送っていたということが、映画終盤でわかるんです。

このインターステラーは、アマゾンプライムビデオで見られますから、すこし長い映画なんですが、ぜひ見ていただきたいです。

ギズモさんのおっしゃる、「偶然」が、ほんとうに偶然なのかどうか、考えるきっかけになるのではないかとおもいます。

個人的にあの5次元空間の描き方は、ギズモさんのおっしゃる不思議な現象を、科学的なアプローチから答えているようにおもえました。



そこからさらに飛躍して、いよいよファンタジーの領域に入りますが、われわれが死んで肉体を失ったとき、時間や空間の物理性はどうなるでしょうか。

肉体がなくなったとき、じぶんという精神性はどこへ行くのか。

この肉体は時間と空間にとらわれていますが、われわれの死後の精神、あるいは魂、あるいはこの宇宙のエレメントのようなものは、時間を感じることができるのでしょうか。

たとえば、ぼくが死んだら、何年過ぎたかなんてさっぱりわからないでしょう。

次に生まれ変わるときには、1億年が過ぎていたということだって、ないとは言い切れません。

もっといえば、ぼくが死んだとき、次に生まれ変わりがもしあるとすれば、それは果たして地球なのか、あるいは宇宙のべつの星もあり得るのか。

江戸時代に上田秋成が書いた『雨月物語』の「菊花の契り」というエピソードの中に「人一日に千里をゆくことあたはず。魂よく一日に千里をもゆく」という言葉があります。

人間は一日に千里をゆくことはかなわないが、魂であれば一日に千里でもゆくことができる、というのです。

江戸時代の人がこういう感覚をもっていたことに感心するのですが、しかし人間の魂が、物理学でいうところの光速を越えることはできるでしょうか。

結局人間の魂も物理的な法則に縛られているのだとしたら、宇宙にいくら恒星系の知的生命体のいる星があるとしても、ぼくは何光年、つぎの命にたどりつくまで旅をしなければならないでしょうか。

確率で考えれば、永遠に宇宙の迷子になる可能性のほうが高そうですね(笑)



けれど、われわれはもしかしたら、死後、五次元のような、いまわれわれがとらわれている次元とはまったくべつの次元から世界を俯瞰することだってできるかしれにし(ミスタイプでした→できるかもしれませんし)、ひょいと気まぐれになんらかの命を生きるということだって可能かもしれません。

それに、生前の魂の方向性というものがあるのなら、肉体から魂が解き放たれた瞬間、いま生きているだれかに、なにかわずかなメッセージを与えることも可能かもしれないとはおもいます。

しかしさっき言った物理学者のキップ・ソーンがいうには、重力波には、映画にあるような「本を落とす」ようなチカラはない、といいます。

だから、よくオカルトの話にあるような、強烈な心霊現象(ポルターガイスト)のような干渉は、できないのだろうとおもっています。

しかし、だとすれば、なにかもっと微弱なメッセージを、われわれはべつの次元から受け取っている「かもしれません」。

すくなくとも頭ごなしに否定するようなことではないとおもいます。

ミャンマーや、日本にも多少あるとおもうんですが、精霊信仰のある国では、亡くなった人がいまじぶんの目の前を飛んでいる蝶かもしれないなどというような話がありますよね。

科学がなかったころから、われわれは感覚的に、なにか本質的なことを理解していたのかもしれないぞ、という気もしています。

そのうえであらためて注意したいのですが、今回の話は、ネット上にうっすらとはびこる「五次元意識」のようなスピリチュアル、チャネリングのようなものではないし、あくまで科学的な事実と可能性から、われわれがなにか感覚的に理解している不思議な話をつないで「楽しむ話」だとおもっていただけるとありがたいです。

2024年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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変えることができない点をつないでいく。
とてもわかりやすい言い方を、ありがとうございます。

歴史の専門家は、実際に考えたことが突飛だったりすると、発表しにくいということもあるでしょうね。
本当の考えとは異なることを発表するということもありそうです。

その点小説家なら、どんな無茶なことを書いても、「小説だから」ですむわけです。

だから、最近のNHKの大河ドラマをはじめ、変わった視点の歴史物語が展開されても、そのつじつまの合わなさを追求することなく、気軽に楽しめるのかもしれません。

「生存説」のウィキペディアがあるんですね。
ありがとうございます。
どれもありそうで、おもしろいです。
これも、想像の世界ですね。
それこそ、点をつないでいったらいろいろな説ができあがりそうです。

昨日、イトーヨーカドーというスーパーで、いちまさの「うな次郎」を見つけました!
こちらでは売っていないものと思っていたので、びっくりです。
本当に、よくできていますね。
タレと山椒までついていて、本物と勘違いしそうなものでした。


先日偶然、おもしろい無料漫画を見つけました。

「スキマ」という電子書籍サイトの中の、『昭和天皇物語 』(全15巻 4巻分期間限定無料)。

https://www.sukima.me/book/title/BT00004...

絵面はともかく、原作は昭和史に詳しい半藤一利(追記=邪馬台国九州説の人なんですね)なので、ほぼ事実によるものかと思います。

皇太子時代のご進講で、「神話は歴史とは違う」と教える学者、「人間の祖先はサル」と断言する学者が描かれており、当時の天皇の在り方を考えると、爆弾発言だったと思います(笑)

とりあえず無料分だけ読んでみようと思っているのですが、昭和天皇が一般的に周知されているイメージと違うように感じ、なかなか興味深く、おもしろいです。

ところで、デスクトップパソコンが、とうとう・・・とうとう!!
作動しなくなりました( `ー´)ノ

NECのサポート、Microsoftのサポートも相談しましたが、8,1のまま使っていたのでedgeがまったく使えなり、初期化しても10を導入できるとは断言できず、初期化が成功してGoogle chromeを導入するとNECのサポート外になり、リスクも大きいということでした。

おかしくなった時点でデスクトップ画面にあったものはUSBに移したのですが、パソコンを新しくするとインストールできない音楽関係のソフトもあるので、けっこうなショックを受けています」(-_-;)

こんなに早く使用不可(書き間違いでした)になるなら(NECの人は、よく10年以上もったと思います、と、、、)、4月にノートパソコンを買わないで、もう二度とインストールできないものも潔くあきらめて、デスクトップを買っておけばよかった(T_T)

それにしても異常な暑さですが、大丈夫ですか?
冷たいものは普段から摂らないのですが、果物がゴロゴロ入ったゼリーにはまっています。
口当たりがいいせいでしょうか、生き返る気がします。

この暑さでは気をつけようもないでしょうが、夏バテしないよう、少しでも睡眠とお食事、そしておいしいお酒も(笑)しっかりとって、乗り切ってくださいね。

2024年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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温かいお気遣いをありがとうございます。

以前お話したかどうか忘れましたが、母とは正常な関係ではなく、ここ10年ほど、まったくの縁切り状態でした←私の方から連絡を絶ちました。

関係を修復できなかった(しなかった)のを後悔している部分もありますが、それはそれでよかったとも思えます。


どんなに小さくても小さいなりの、大きければ大きいなりのご苦労があることと思います。
農園主さんが副会長になれば、継続すべきことは継続し、見直すところは見直して、よりよい自治会になることでしょう。

人から頼られるというのは、厄介なところもありますが、やりがいがあると思います。


そう言えば、父が亡くなった時は3ヶ月以上毎日泣いていて(お風呂に入った時とかベッドに入った時とか突然涙が。。。)、外に出ても、街の景色に色がないような感覚でした。

今回はあまり涙も出ず、所用で外に出ると、道端のお花がきれいに咲いてるな、などと感じ、この差はいったいなんなんだろう、と考えているところです(◎_◎;)

今年はまだ花粉症がほとんど出ていません。
薬が効いているだけかもしれませんが。

これからますますお忙しくなると思いますが、農園主さんもご無理のないように、気温差には気をつけてくださいね。
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返信が拾えず申し訳ないんですが、取り急ぎ。

ご母堂のお話はいままで何度かおうかがいしましたね。

急なことだったとのことですから、ギズモさんにはきっといろんなおもいが去来されているとおもうのですが、まずは目の前のたいへんなことが無事に解決することを祈っています。

まだこれからいろいろと手続き面でのご苦労があるかとおもいますが、季節も変わり目で体調を崩しやすいときですから、どうぞご無理のないようにしてくださいね。



急に春めいてきて、ぼくはぼくでことしは自治会の副会長(といっても田舎の小さな自治会です)をすることになって、ちょっとバタバタしています。

東京のほうはもう夏をおもわせる気候だったようですね。

こちらはきょうは晴れ予報が外れて曇り気味の一日で、過ごしやすい気温で、ズッキーニと、キュウリ、天狗ナスと万願寺唐辛子、かぼちゃを、苗箱に種まきしました。
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漱石の説明、ありがとうございます。

ちょっと方向が違いますが、漱石の頃の識字率を調べてみました。
それを考えると、新聞や漱石たちが書いたものを読む(読める)人はそんなに多くはなく、読む人は、充分に議論を闘わせることのできる人々だったと推察します。

現代なら、よく道理をわかっていない人々も、安易に見当違いな意見を発信できるので、漱石が現代に来てそんな場面に遭遇したら、さぞかし面食らうことでしょう(笑)

いつの時代でも、世の中に自分の意見を発信するということは、大変なことだと思います。


浦島太郎が、玉手箱を開けたら鶴になったという話を知らない人は多いですね。
シニア向けの童謡・唱歌の講座の中で、「浦島太郎」「桃太郎」「一寸法師」「花咲かじじい」など、おとぎ話系の唱歌をみんなで歌うことがあり、題材にすることもあるのですが、全員が歌詞のとおりのお話だと思っています。


舞鶴のあたりに民話が集中しているというのは興味深いですね。
地形も関係しているのかな、と単純ですがそう思いました。


豊玉姫がワニの姿で出産するという話ですが、海神の娘だから海に関わる動物の化身だった、というように理解していました。
ワニの姿を見られたことで海に帰ってしまうようですが、民話に多い海や山というのは、外国の人が隠れ住んでいたところだった、という気もします。

見るなと言うのを見たからワニだとわかったわけですが、言いつけを正直に守って見なかったら、話が進展しなかったんですね(笑)
神話でもそんな話があるし、「鶴の恩返し」などの民話や、外国にもありますね。
見るな、と言われたら、見るつもりがなかったはずの人でも見たくなりますよね(笑)


むかし話や神話に登場する、動物や化け物の意味を考えたことはありませんでしたが、ワニのお話から、とても興味を持ちました。


わたくしごとで申し訳ありませんが、一週間ほど前に、母が亡くなりました。
急なことでしたが、年齢的には充分だと思います。

葬儀はまだこれからなのですが、法的なこともあり、頭が悪いといろいろと大変なことばかりだ~~と痛感している今日この頃です(笑)

父が亡くなった後、パソコンのロックを解除したり、通帳を調べるのに(隠してあったのがあるらしく)、大変な手間と時間がかかりました。

自分が亡きあとには、葬儀のことも含め、家族にそういう苦労がないよう、今からきちんとやっておこうと思いました。


桜、急に咲き始めました。
今日は予報では最高気温は27度です。
春の花も各種(パンジーの他は不明)色とりどりにきれいに咲いていて、本格的な春ですね~(^^♪

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1293
もうこういう言葉のやりとりをやめにしたいとおもっています。

ここは、ケンカしてまで続けるような場所ではありません。

2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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紅白、天童よしみが通天閣にステージをつくって歌ったのに驚き、水森かおりの歌の間奏にピタゴラスイッチの曲が流れたのに笑う。
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演歌聴きながら家族で年越しです。

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2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ちょっと情報量と作業量の多い日でしたので、かいつまんで話していきます(笑)

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お礼も、その気持ちをいただいたことでもうじゅうぶんいただいたようなものです。

じつをいうと、最初にワリフの話をしていたとき、たしかにある程度の規模でやっていないと手が出ないモノなので、話していて申し訳ない気がしていました。
景品にほしいと言ってもらえて、ぼくも買うための背中を教えてもらえた面があったし、使い勝手を共有してもらえるなら、かえってよかったとおもってるんです。

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画像だけアップしたぶんの説明です。

まず、ワリフの前にピンの話です。

作業する前にU字ピンに黒丸を通しておくと、設置するときの作業が格段にラクになります。

ピンは鉄粉がついているので、手が真っ黒になりました。
軍手で作業するか、作業後に手が洗えるようにしたほうがいいとおもいます。

ぼくはじつは、このU字ピンと黒丸をつかうのが初めてで、いままでは裏山の忍竹をおさえにつかっていました。

いざピンをつかってみると、さすが文明の利器で、いちどこの便利を味わうと、もう元に戻れそうにありません(笑)

黒丸を通しておくことで、点ではなく面でワリフをおさえることになるので、布が破れにくくなるようです。

ピンは、木槌やゴムハンマーでたたくと、女性でも押し込みやすいとおもいます。
はずすときは、先がかぎ状になった細長い鉄の棒でもあれば引き抜きやすいとおもいます。

手で抜くのは、ちょっとおススメできません(笑)


日石ワリフなんですが、一般的な長繊維不織布と比べると、繊維の細かい網戸のような構造になっていて、風をはらみにくいようにおもえました。

なので、夕方の風が強まる時間帯でも張りやすかったです。(強風のときなどはどうなるかわかりません)

軽いビニールのような構造なので、捨てるときもラクではないかとおもっています。


はさみで切るときにわかるとおもうんですが、長繊維不織布のようにチカラワザで手でちぎるように切るようなことはできません。
つまり、引っ張りのチカラに強く、頑丈です。

しかし長繊維不織布のようにはストレッチがききません。
今回は葉野菜をつくったのですが、うちのトラクター幅だと120cmの規格では葉野菜が成長するときに窮屈だろうとおもいました。
9月中~下旬ごろにはがして、あとは薬剤で防除しながら管理する方向でいこうとおもいます。

ホウレンソウやニンジンや春菊の発芽をそろえるための一時的な利用であれば120cmでじゅうぶんですが、次は150cmを買って、つかい分けようとおもいます。

先日のPDFを見返してみたところ、蒸れは長繊維不織布にくらべると少ないようです。
きょうは水やりができなかったのであした水やりします。

遮光性はしっかり黒いビニールなので、問題ないだろうとおもいます。


総合的な評価としては、従来の不織布にないメリットが多くあるとおもいました。

高いだけあって、といえばひと言なんですが、農業資材は高いからよいとは言えないところがあって、高いわりにダメなものがロングセラーということもよくあります(笑)

日石ワリフの黒は、従来の長繊維不織布にない遮光率の高さと、べた掛けできるという点で、高いぶんのメリットはあるとおもいます。

ただ、べた掛けだとどうしても遮熱効果は望みにくいので、ことしのように非常識な暑さだと、葉野菜はやはりチャレンジかな、という気もします。

それでも、もしこれでいい結果が出たら、資材の高さは促成栽培による利益ですぐに元がとれてしまいます。

個人的には期待していますが、さあどんな結果が出るか、どんな課題が与えられるか、楽しみです(笑)

#野菜
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いちおう画像だけ。
文章はあとにします。
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いちおう、写真を撮りました。
U字ピンと、ワリフです。
ピンの先は尖っていて、地面に刺すには便利ですが、危険です。
ワリフは、なんというか見た感じビニールシートなんです。
ハサミを入れたときに、繊維状になっていることがわかりました。

ちょっと天気が微妙でいまから耕そうとおもうんですが、またワリフを張ったら写真をアップしますね。
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2023年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ふと、當麻という言葉をみかけて、「あ」とおもいました。

去年ぼくは、奈良国立博物館で「中将姫と當麻曼荼羅 ―祈りが紡ぐ物語―」という特別展をやっているのを、その開催期間が終わった冬の農閑期に知って、歯噛みしたのです。

ものすごく興味があったんですが、なぜ興味があったのかということを説明するために避けて通れないのが、中将姫の物語です。

以下、仏教説話として知られる中将姫物語を要約しました。


奈良時代の貴族、藤原豊成の妻に女の子が生まれます。
紫陽花寺で有名な長谷寺に願をかけて生まれたことから、長谷姫と名付けられました。

その後豊成の妻が亡くなります。

長谷姫が6歳のときに豊成は後妻をめとるのですが、この後妻が非常に嫉妬深い性格でした。
長谷姫は聡明な美女だったために、この継母から虐待を受けます。

長谷姫は13歳の折に、朝廷でその才が認められ、中将の位を授かって内侍となり、中将姫と呼ばれるようになりました。

いよいよ嫉妬心を燃やした後妻は、家臣に命じて中将姫を殺害しようとします。
しかし中将姫の心根を知っている家臣には、殺すなどできようはずがありません。

中将姫は家臣に助けられ、宇陀の山中にかくまわれて暮らすことになりました。

豊成はその後姫を探し続けたのですが、翌年ようやく再開を果たします。
豊成は娘を都に連れて帰ろうとしたのですが、姫はそれを断り、仏門に入りたいと願い出ました。

豊成はその願いを受け入れて、當麻寺に姫を届けます。
中将姫は16歳になっていました。

それからというもの、姫は毎日仏道に励み、亡くなった母をおもい、じぶんも極楽浄土へとのおもいを募らせるようになります。

あるとき姫は仏の化身に出会い、蓮をたくさん集めなさいという啓示を受けます。
中将姫は方々に頼んでたくさんの蓮をあつめて、それを糸にしました。
するとまた仏の化身があらわれて、この糸を織り上げなさいという。

姫は一心に蓮糸をつむぎ、一夜のうちにすばらしい曼荼羅を作り上げました。

曼荼羅を完成させた中将姫は、29歳で極楽に往生したといいます。


藤原豊成は実在の朝廷高官でしたが、中将姫は実在した人物かどうか、さだかではありません。
当時、奈良から大阪の四天王寺にかけて、この手の仏教説話が多数つくられたようです。

継母にいじめられて家を追い出され、仏の功徳を受けるというパターンはほかにも「俊徳丸伝説」があって、どちらも物語の骨格の部分がとても似ています。

それはともかく、ぼくは子供のころ、東大阪市にある「大蓮」という地域に住んでいました。
近くの公園の土を30cmも掘ると水がわいてくるようなところでした。

いまは治水工事がなされていますが、むかしの大阪はどこもかしこも沼地で、田んぼとレンコン畑だらけだったという、その名残があったんですね。

最近になって知ったんですが、この大蓮という地名は、中将姫が蓮の糸を探したときに、とてもよい蓮がとれたことからその地名になったとのことでした。

知らず知らず中将姫の伝説に縁のあるところで暮らしていたのだな、と勝手に親近感をおぼえていたのです。

#与太話
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午前中、草刈り機のあれこれをし、午後はオクラの圃場の草取りをしました。

葉っぱが獣に食べられて、ほとんど茎だけになったとき、もうこれは終わったな、とおもっていたのが、オクラはよほど頑丈な植物のようで、そこから脇芽が育つ格好で、低いところから花を咲かせ始めています。

花が充実するまでにまだ2週間ほどかかりそうですから、やっぱりお盆くらいにすこしだけ盛り返してくるかな、と。
いまは2袋とれるかどうか、といったところですが、1日10袋ぶんもとれれば、当初の絶望をおおもえば上々ですよ(笑)

毎日水やりしたことで、葉野菜もそれなりに発芽してきました。
残念ながら発芽時期はそろっていませんが、発芽率はまあまあです。

あとひと息、なんとか全体的に発芽してもらいたいとおもいつつ、このまま育ってくれれば、売り物にはなりそうです。
ぼくもがんばるから、野菜もなんとかがんばってほしい(笑)

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#野菜
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自走式の草刈り機がまた故障。
といっても、これは完全にぼくの側の問題で、木の根っこにブレードが当たってしまったことで、刃が回転しなくなり、途方にくれました。

おそらくどこかがゆがんでしまって、回転する際に負荷がかかって、回らなくなっているのでしょう。

板金で直すか、ハウジングボディとブレードガイドを買って(それぞれ17800円と7884円)交換するか。

もうこれ以上の出費はかなわんし、さすがにこの手の板金はシロウトがやれるものじゃなさそうだし……。

で、仕方ないのでとりあえずブレードを外して、具合を確認。

まずブレードを固定しているボルトの頭が完全になめていて、16サイズのレンチで合わせても、クルクル回ってしまいます。

そりゃそうですよ。
ブレードと一緒に回ってて、草や木の根っこに当たり続けてたんだから、ボルトの角は削れてしまいます。

で、仕方ないのでモンキーレンチでボルトを挟み込んで……外れない。

結局、かなづちで叩きながらゆっくりとボルトを外しました。

ボルトもヘンな方向に負荷がかかっているようで、なかなか外れなくなってるんです。

これを無理やり外して、様子を見たんですが、やっぱりシロウトが手出しできる感じじゃなさそう。

気休めにKURE3-36(防錆と潤滑)のスプレーを念入りにふきかけて、ブレードをもとに戻したんですが、意外とこのスプレーによってブレードがスイスイ回るようになりました。

もしやとおもってエンジンをかけて回転数を上げると、しぶしぶ回ってくれます(笑)

作業後にスプレーで潤滑させながら様子をみて、やっぱり調子が悪いようなら、部品を交換しようとおもいます。
あーあ、ことしはこんなんばっかりだぁ。

ちなみにボルトを外すときに指のあちこちをすりむいて、血が出てヒリヒリ痛いのも悲しい(笑)
#野菜

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