No.1631
【この記事には返信不要です】
ありがとうございます。
菅弘之さんの計算の部分、まさにそうです。
もしかしたら、ぼくが読んだのがこの記事だったかもしれません。
ブログがなかったころで、いわゆるテキストサイトの一記事であったという記憶と、こんなに軽妙な文章ではなく、もっと重苦しくロマンティックな書き方であったような記憶があるのですが、長い時間の中で記憶が大きく置き換わっていた可能性があります。
先日、親と電話をしたときに、大阪万博の話になりました。
ぼくは、そういえばむかし大阪で開かれた花博に連れて行ってもらったよな、と話をしました。
すると母は「花博には行ってない」と言います。
そんなわけがありません。
花博で売られていたヤシの実ジュースを飲んで、それが美味しくなくてガッカリしました。
親はそんなぼくの様子をみて、高いお金を出したのに美味しくないとはどういうことだ、となぜかぼくに怒りだしたのです。
ぼくの記憶にはその部分がしっかり残っていました。
だからたしかに花博に行ったはずだ、と主張したのですが、親はそんなはずはない、と平行線。
後日、また電話をしたときに、母が言いました。
「あんたは花博が終わった後で鶴見緑地に行ったんや。花博が終わった後の鶴見緑地に行ったことなら覚えてる。ヤシの実ジュースは花博が終わってからもしばらく売ってたんやとおもうで」
それで、アッと気付いたのです。
ヤシの実ジュースがまずかった記憶はしっかり残ってるのだけど、花博の入り口で並んだとか、パビリオンに訪れた記憶がまったくない。
そのくせ公園内の植物園の中の大温室で、奇妙な大きな花をみたという記憶は残っているのです。
母の記憶が正しくて、ぼくの記憶が間違えていたのか、と不思議な気分になりました。
特にここ数年ですが、じぶんの古い記憶に自信がありません。
記憶が断片的にちがったものに置き換わって、置き換わったことを含めて事実だったとおもいこむ、ということがほんとうによくあるのです。
なので、あの火葬の水蒸気の話も、時期的にも記憶とちがうし、じぶんの中ではもう少しロマンティックで陶酔感のある話だったようにおもえるのですが、まったく自信がありません。
それどころか、どんどんこの記事がぼくのあのとき読んだ記事だったという気がしてきています(笑)
と、言い訳がましい話をしましたが、長い間ぼんやりしていた記憶をはっきりさせていただいて、感謝しています。
あらためて、ありがとうございました。
ありがとうございます。
菅弘之さんの計算の部分、まさにそうです。
もしかしたら、ぼくが読んだのがこの記事だったかもしれません。
ブログがなかったころで、いわゆるテキストサイトの一記事であったという記憶と、こんなに軽妙な文章ではなく、もっと重苦しくロマンティックな書き方であったような記憶があるのですが、長い時間の中で記憶が大きく置き換わっていた可能性があります。
先日、親と電話をしたときに、大阪万博の話になりました。
ぼくは、そういえばむかし大阪で開かれた花博に連れて行ってもらったよな、と話をしました。
すると母は「花博には行ってない」と言います。
そんなわけがありません。
花博で売られていたヤシの実ジュースを飲んで、それが美味しくなくてガッカリしました。
親はそんなぼくの様子をみて、高いお金を出したのに美味しくないとはどういうことだ、となぜかぼくに怒りだしたのです。
ぼくの記憶にはその部分がしっかり残っていました。
だからたしかに花博に行ったはずだ、と主張したのですが、親はそんなはずはない、と平行線。
後日、また電話をしたときに、母が言いました。
「あんたは花博が終わった後で鶴見緑地に行ったんや。花博が終わった後の鶴見緑地に行ったことなら覚えてる。ヤシの実ジュースは花博が終わってからもしばらく売ってたんやとおもうで」
それで、アッと気付いたのです。
ヤシの実ジュースがまずかった記憶はしっかり残ってるのだけど、花博の入り口で並んだとか、パビリオンに訪れた記憶がまったくない。
そのくせ公園内の植物園の中の大温室で、奇妙な大きな花をみたという記憶は残っているのです。
母の記憶が正しくて、ぼくの記憶が間違えていたのか、と不思議な気分になりました。
特にここ数年ですが、じぶんの古い記憶に自信がありません。
記憶が断片的にちがったものに置き換わって、置き換わったことを含めて事実だったとおもいこむ、ということがほんとうによくあるのです。
なので、あの火葬の水蒸気の話も、時期的にも記憶とちがうし、じぶんの中ではもう少しロマンティックで陶酔感のある話だったようにおもえるのですが、まったく自信がありません。
それどころか、どんどんこの記事がぼくのあのとき読んだ記事だったという気がしてきています(笑)
と、言い訳がましい話をしましたが、長い間ぼんやりしていた記憶をはっきりさせていただいて、感謝しています。
あらためて、ありがとうございました。