No.1664
農園主さんの言文一致トレーニングで気づいたのですが、女性の場合、「私・わたし」と書いても、話す時は「わたし」ではなく「あたし」と言う人が多いと思いますし、それ以外を聞きません。
訂正: (言文一致は、「日常に用いられる話し言葉に近い口語体を用いて文章を書く」ことが本来の意味のようですので、使い方が間違っていますよねm(_ _"m))
今どき、小説にでてくるような「わたくし・あたくし」というのも全く聞かなくなりましたし。
男性だと、ぼく・わたし・俺が一般的でしょうが、「俺」は友だちや家族以外には、まず使いませんよね。
個人的に、「ぼく」はとても好ましく思っていたのですが、対外的に「わたし」で統一していくためには、書き言葉も同じにすると、慣れてきて違和感がなくなってきそうですね。
私はあまり推しはいないのですが、ひとりだけ大好きだった俳優さんがいます。
映画『青い山脈』の主人公を演じた、池部良です←すみません、どうでもいい話が少々続きます(笑)
この池部良が、本でも普段の会話でも「ぼく」を使っていて、奥様が公の場でも夫を「ボク(エッセイではカタカナでした)」と呼んでいたというのが印象的でした。
「万年青年」と言われたくらい若く、80歳過ぎても60代にしか見えない人でした。
私は、映画はほとんど観ていないし、ドラマも、室生犀星の『杏っ子』で犀星役を演じたものと、エッセイをドラマ化したものしか観ておらず、もっぱらエッセイのファンで、本はすべて読みました。
たぶん池部良が80才になるかならないかの頃、池袋のメトロポリタンホテルで、日本俳優協会関連の集まりがあるのを知りました。
文芸座が豊島区にあった関係なのか、豊島区民は参加できたので、それで申し込んだと思いますが、一般の人は見当たりませんでした(笑)
会費は1万円で、立食パーティーでした。
女優の藤村志保さんのお姉さまが豊島区巣鴨で料亭を経営していた関係か、藤村志保さんも、いらしていました。
後にも先にも、自分から会いに行ったのは、池部良ただひとりです。しかも、ひとりで(笑)
思いがけず、知り合いの区議さんたちも来ていたので、ずっとひとりぼっちではありませんでしたが、自分から食べ物を取りに行く勇気もなく、飲み物1杯1万円ということになりました(笑)
でも、池部良と話すこともでき、行った甲斐はありましたし、とても素敵な経験でした。
「本質に注目するあまり、みもふたもない救いのない話なので、不快な印象を与えてしまうかもしれません」と書いてくださっていましたが、不快どころか、どれもこれも興味深く考えさせられることばかりでした。
ありがとうございます。
これは「衣食足りて礼節を知る」ということに(書き足し:も)つながるのかなと思いましたが、それではあまりに短絡的でしょうか。
実生活で考えると、自分の身の回りの事が充分でない時は、とてもとても他人のことにかまけている余裕はありません。
金銭的に不安がない時でも、精神的に余裕がなければ、やはり他人のことにはなかなか心が行き届きません。
そういう時、仏教に限らず、他の宗教でも、或いは哲学のようなものでも、『人間の業を肯定してくれるメッセージ』があると、生き方がずいぶん違ってくるように思います。
この部分は、少しばかり衝撃的でした。
同じ称名を唱える仲間たちがコミュニティをつくっていき、仏教の教義が、たとえ最低限だとしても法律となっていったことに驚いたのですが、その事実を考えると、仏教というものの偉大さ、重要さを改めて深く感じます。
仏教はあまりに無限であって、どの部分を知ろうとするか、或いはどの部分を偶然にしろ知ることができるか、それによって仏教への見方、向き合い方が変わるように思います。
私は、農園主さんの記事によって、偏ることなく、様々な角度から様々なことを知ることができ、本当に感謝しています(仏教に限りませんが)。
昨年母が亡くなった時、僧侶を呼ばずに火葬をしました(後日、法要はしました)。
葬儀やさんの年配の男性が火葬の前に、「私がお念仏を唱えさせていただいてもいいですか?」とおっしゃったので、お願いしました。
短いご挨拶のあと、「ナンマンダブ」と、何回か唱えたのですが、「南無阿弥陀仏」ではなく、「ナンマンダブ」? ?
浄土宗や真宗なのかもしれないですが、「ナムアミダブツ」とは言わないんだ、と少し驚きました(笑)
今は、お坊さんを呼ばない火葬が増えているので、葬儀会社の方も慣れているようでした。
俊徳丸のお話、これは何度読んでも新鮮に感じます。
許嫁の娘が、容姿が変わってしまった俊徳丸を見ても、逃げたり知らん顔をしたりせず、それどころか一緒に悲しみ、一緒に観音様に祈ったというのは、このお話の最大のポイントに思います。
呪いをかけられた本人が一生懸命祈るならわかりますが、一緒に祈ることは、お互いにとっての自利利他であったと思うのです。
相手を幸せにし、それによって自分も幸せになる。幸せの循環ですね。
一心寺の祈りの言葉をありがとうございます。
わかりやすく、心にす~~っとしみてきますね。
日本では、一生懸命祈る、拝む。それで神仏が願いを叶えてくれたり、呪いを解いてくれるという話が多いですね。
西洋だと、カエルに変えられた王子や、眠らされてしまったお姫様は、王子やお姫様のキスで簡単に呪いが解けてしまいます(笑)
宗教観の問題なのか、他に理由があるのかわかりませんが、特に印象にあるのは、『美女と野獣』でした。
呪いにより野獣に変えられてしまった王子は、野獣として死ぬ直前、ベルのキスを受け呪いが解けて王子に戻りますよね。
ディズニーのアニメも実写版も何度も観たので、ケチはつけたくないのですが、あのギリギリのタイミングであんなに簡単に?? という感は否めません(笑)
俊徳丸のお話のように、一生懸命祈った末に、呪いが解けての感動です。
変わり果てた俊徳丸を見た許嫁の娘が、俊徳丸に口づけをしたら呪いが解けたという話なら、日本では仏教説話どころか、物語にもなりそうにないです(笑)
そのあたりは、西洋と日本との、習慣や宗教、価値観の差なのかもしれませんね。
俊徳丸の話で気づいたのですが、おもしろいのは、日本だけでなく、世界中で、昔から人を呪うという観念があったことです。
魔法使いや禍々しい存在のものではなく、普通の人間が人間を呪うことが普通にあったというのが、なんだか興味深いです。
これは、「神仏を信仰すればご利益がある」の裏返し的なもので、「呪えば相手はきっとひどい目にあう」という考え方もあったのでしょうね。
平安時代あたりの加持祈祷にしても、病気平癒・国家安泰のようないいことばかりではなく、人を呪う呪詛もあったでしょうし、人間は業の深い生き物だと思います。
たいした信仰心を持ち合わせていない私ですが、「祈る、称名を唱える」ということは、その行為だけで救われるような気はします。
前回の農園主さんの記事で、親鸞のお話を伺いました。
先週、私の講座にいつも出てくださる男性と偶然道で会ったので、「お出かけでしたか?」とご挨拶したところ、「そこのホールで親鸞を勉強する会があったので出てました」と。
近くには仏教科のある大正大学もあるので、そこのお坊さんの講義かと思ったのですが、普通の人だと。
よくよく聞いてみると「親鸞会」と言って本部が富山県にあり、その代表者(高森氏)から「入門してください」と言われ、ほぼ義理で富山まで行ったそうですが、入門はお断りしているとのこと。
この会は知らなかったので少し調べてみましたが、認識不足なら申し訳ないのですが、ちょっと胡散臭い団体のようですね。
入門すれば会費を納めるようですし、大学のイベントに積極的に行き、勧誘的なことも行っているので、「幸福会ヤマギシ会」のやり口を思い起こします。
その男性は89才ですが、見た目は70代。
野球をやったり、歌の講座に出たり短歌も作ったりと、毎日元気に忙しく過ごしていらっしゃいます。
認知もないし理知的な方なので、うっかり入信することはないと思いますが、そういう会があったことを知り、びっくりしました。
余談ですが、この夏、住まいの窓枠(サッシ)と窓ガラス&網戸を総取り替えする工事がありました(費用の負担はありません)。
戸数が多いので、3ヶ月ほど経ちますが、まだ終わっていない棟もあります。
ベランダに面した部屋、お風呂・トイレ・キッチンと、5ヶ所なのですが、朝8時から夕方5時までかかるそうで、一日いられる日を指定しなければならず、日程を合わせるのが大変でした。
他の部屋を見ていたら、午後3時くらいに終わっていたので、そのくらいで済むかとふんでいたら、8時半に始まり、午前11時半に終わりました(笑)
おかげで、移動した家具をもとに戻したり、ほこりの掃除など、ゆっくりできて助かりました。
うちは、前にお話したと思いますが、玄関には元三大師の疫病除けの護符、神社の方位除けのお札がはってあり、数々の縁起物もはってあります。
ベランダの窓際には、神棚があってお札がまつってありますし、その脇の本棚の上には、仏様各種(笑)のお札も置いてあります。
「この家、あやしいからさっさと終わらせようぜ」ということで、気合を入れて工事をし、早く済んだのかもしれません(笑)
冗談はともかく、一部屋ひとり以上の職人さんが来て、実に手際よく終わらせました。総勢、10人くらいが入れ替わり立ち替わり来ていました。
終わった後には、防水専門の方が来て、お風呂とトイレの防水工事をしていきました。
窓のサッシのお掃除はいつも苦労していましたが、新品のサッシは気持ちいいですね。
早いもので、もう10月になります。
自治会のお仕事などでたてこむ時期かと思います。
くれぐれもご無理のないよう、お過ごしくださいね( ^^) _U~~
うちは12階ですが、夜は虫の鳴き声がよく聞えてきます。
癒しの声を聞きながら寝るのがこの時期の至福の時間ですが、時折車の音がうるさいので、「車に負けるな!」と応援しています(笑)
訂正: (言文一致は、「日常に用いられる話し言葉に近い口語体を用いて文章を書く」ことが本来の意味のようですので、使い方が間違っていますよねm(_ _"m))
今どき、小説にでてくるような「わたくし・あたくし」というのも全く聞かなくなりましたし。
男性だと、ぼく・わたし・俺が一般的でしょうが、「俺」は友だちや家族以外には、まず使いませんよね。
個人的に、「ぼく」はとても好ましく思っていたのですが、対外的に「わたし」で統一していくためには、書き言葉も同じにすると、慣れてきて違和感がなくなってきそうですね。
私はあまり推しはいないのですが、ひとりだけ大好きだった俳優さんがいます。
映画『青い山脈』の主人公を演じた、池部良です←すみません、どうでもいい話が少々続きます(笑)
父親は、画家・風刺漫画家の池部鈞。岡本太郎は従兄。大正7年の生まれ。立教大英文科在学中から、映画監督になりたくて東宝撮影所のシナリオ研究所に通い、立教を卒業して東宝に入社。戦時下だったため監督職に空きがなく、俳優として起用されるうち若手俳優のホープとなるが、召集。大卒だったため幹部候補生となり、少尉としてハルマヘラ島に配属、その後中尉となり終戦。映画・ドラマで二枚目俳優をやりながら、エッセイを多く書いた随筆家でもある(エッセイで日本文芸大賞受賞)。日本映画俳優協会初代理事長。2010年、92歳没。
この池部良が、本でも普段の会話でも「ぼく」を使っていて、奥様が公の場でも夫を「ボク(エッセイではカタカナでした)」と呼んでいたというのが印象的でした。
「万年青年」と言われたくらい若く、80歳過ぎても60代にしか見えない人でした。
私は、映画はほとんど観ていないし、ドラマも、室生犀星の『杏っ子』で犀星役を演じたものと、エッセイをドラマ化したものしか観ておらず、もっぱらエッセイのファンで、本はすべて読みました。
たぶん池部良が80才になるかならないかの頃、池袋のメトロポリタンホテルで、日本俳優協会関連の集まりがあるのを知りました。
文芸座が豊島区にあった関係なのか、豊島区民は参加できたので、それで申し込んだと思いますが、一般の人は見当たりませんでした(笑)
会費は1万円で、立食パーティーでした。
女優の藤村志保さんのお姉さまが豊島区巣鴨で料亭を経営していた関係か、藤村志保さんも、いらしていました。
後にも先にも、自分から会いに行ったのは、池部良ただひとりです。しかも、ひとりで(笑)
思いがけず、知り合いの区議さんたちも来ていたので、ずっとひとりぼっちではありませんでしたが、自分から食べ物を取りに行く勇気もなく、飲み物1杯1万円ということになりました(笑)
でも、池部良と話すこともでき、行った甲斐はありましたし、とても素敵な経験でした。
「本質に注目するあまり、みもふたもない救いのない話なので、不快な印象を与えてしまうかもしれません」と書いてくださっていましたが、不快どころか、どれもこれも興味深く考えさせられることばかりでした。
ありがとうございます。
まず自利が満たされなければ、利他が広がっていかないという、人間の業を肯定してくれるメッセージ
これは「衣食足りて礼節を知る」ということに(書き足し:も)つながるのかなと思いましたが、それではあまりに短絡的でしょうか。
実生活で考えると、自分の身の回りの事が充分でない時は、とてもとても他人のことにかまけている余裕はありません。
金銭的に不安がない時でも、精神的に余裕がなければ、やはり他人のことにはなかなか心が行き届きません。
そういう時、仏教に限らず、他の宗教でも、或いは哲学のようなものでも、『人間の業を肯定してくれるメッセージ』があると、生き方がずいぶん違ってくるように思います。
「南無阿弥陀仏」の称名を唱える仲間たちによるコミュニティをつくるところにありました。これはおなじ思想を持つ同志で結ばれるわけですから、非常に強固な結びつきになります。現在のように人々が守るべきルールが機能していなかった時代に、仏教の教義は最低限の法律となりました
この部分は、少しばかり衝撃的でした。
同じ称名を唱える仲間たちがコミュニティをつくっていき、仏教の教義が、たとえ最低限だとしても法律となっていったことに驚いたのですが、その事実を考えると、仏教というものの偉大さ、重要さを改めて深く感じます。
仏教はあまりに無限であって、どの部分を知ろうとするか、或いはどの部分を偶然にしろ知ることができるか、それによって仏教への見方、向き合い方が変わるように思います。
私は、農園主さんの記事によって、偏ることなく、様々な角度から様々なことを知ることができ、本当に感謝しています(仏教に限りませんが)。
昨年母が亡くなった時、僧侶を呼ばずに火葬をしました(後日、法要はしました)。
葬儀やさんの年配の男性が火葬の前に、「私がお念仏を唱えさせていただいてもいいですか?」とおっしゃったので、お願いしました。
短いご挨拶のあと、「ナンマンダブ」と、何回か唱えたのですが、「南無阿弥陀仏」ではなく、「ナンマンダブ」? ?
浄土宗や真宗なのかもしれないですが、「ナムアミダブツ」とは言わないんだ、と少し驚きました(笑)
今は、お坊さんを呼ばない火葬が増えているので、葬儀会社の方も慣れているようでした。
俊徳丸のお話、これは何度読んでも新鮮に感じます。
許嫁の娘が、容姿が変わってしまった俊徳丸を見ても、逃げたり知らん顔をしたりせず、それどころか一緒に悲しみ、一緒に観音様に祈ったというのは、このお話の最大のポイントに思います。
呪いをかけられた本人が一生懸命祈るならわかりますが、一緒に祈ることは、お互いにとっての自利利他であったと思うのです。
相手を幸せにし、それによって自分も幸せになる。幸せの循環ですね。
一心寺の祈りの言葉をありがとうございます。
わかりやすく、心にす~~っとしみてきますね。
日本では、一生懸命祈る、拝む。それで神仏が願いを叶えてくれたり、呪いを解いてくれるという話が多いですね。
西洋だと、カエルに変えられた王子や、眠らされてしまったお姫様は、王子やお姫様のキスで簡単に呪いが解けてしまいます(笑)
宗教観の問題なのか、他に理由があるのかわかりませんが、特に印象にあるのは、『美女と野獣』でした。
呪いにより野獣に変えられてしまった王子は、野獣として死ぬ直前、ベルのキスを受け呪いが解けて王子に戻りますよね。
ディズニーのアニメも実写版も何度も観たので、ケチはつけたくないのですが、あのギリギリのタイミングであんなに簡単に?? という感は否めません(笑)
俊徳丸のお話のように、一生懸命祈った末に、呪いが解けての感動です。
変わり果てた俊徳丸を見た許嫁の娘が、俊徳丸に口づけをしたら呪いが解けたという話なら、日本では仏教説話どころか、物語にもなりそうにないです(笑)
そのあたりは、西洋と日本との、習慣や宗教、価値観の差なのかもしれませんね。
俊徳丸の話で気づいたのですが、おもしろいのは、日本だけでなく、世界中で、昔から人を呪うという観念があったことです。
魔法使いや禍々しい存在のものではなく、普通の人間が人間を呪うことが普通にあったというのが、なんだか興味深いです。
これは、「神仏を信仰すればご利益がある」の裏返し的なもので、「呪えば相手はきっとひどい目にあう」という考え方もあったのでしょうね。
平安時代あたりの加持祈祷にしても、病気平癒・国家安泰のようないいことばかりではなく、人を呪う呪詛もあったでしょうし、人間は業の深い生き物だと思います。
たいした信仰心を持ち合わせていない私ですが、「祈る、称名を唱える」ということは、その行為だけで救われるような気はします。
前回の農園主さんの記事で、親鸞のお話を伺いました。
先週、私の講座にいつも出てくださる男性と偶然道で会ったので、「お出かけでしたか?」とご挨拶したところ、「そこのホールで親鸞を勉強する会があったので出てました」と。
近くには仏教科のある大正大学もあるので、そこのお坊さんの講義かと思ったのですが、普通の人だと。
よくよく聞いてみると「親鸞会」と言って本部が富山県にあり、その代表者(高森氏)から「入門してください」と言われ、ほぼ義理で富山まで行ったそうですが、入門はお断りしているとのこと。
この会は知らなかったので少し調べてみましたが、認識不足なら申し訳ないのですが、ちょっと胡散臭い団体のようですね。
入門すれば会費を納めるようですし、大学のイベントに積極的に行き、勧誘的なことも行っているので、「幸福会ヤマギシ会」のやり口を思い起こします。
その男性は89才ですが、見た目は70代。
野球をやったり、歌の講座に出たり短歌も作ったりと、毎日元気に忙しく過ごしていらっしゃいます。
認知もないし理知的な方なので、うっかり入信することはないと思いますが、そういう会があったことを知り、びっくりしました。
余談ですが、この夏、住まいの窓枠(サッシ)と窓ガラス&網戸を総取り替えする工事がありました(費用の負担はありません)。
戸数が多いので、3ヶ月ほど経ちますが、まだ終わっていない棟もあります。
ベランダに面した部屋、お風呂・トイレ・キッチンと、5ヶ所なのですが、朝8時から夕方5時までかかるそうで、一日いられる日を指定しなければならず、日程を合わせるのが大変でした。
他の部屋を見ていたら、午後3時くらいに終わっていたので、そのくらいで済むかとふんでいたら、8時半に始まり、午前11時半に終わりました(笑)
おかげで、移動した家具をもとに戻したり、ほこりの掃除など、ゆっくりできて助かりました。
うちは、前にお話したと思いますが、玄関には元三大師の疫病除けの護符、神社の方位除けのお札がはってあり、数々の縁起物もはってあります。
ベランダの窓際には、神棚があってお札がまつってありますし、その脇の本棚の上には、仏様各種(笑)のお札も置いてあります。
「この家、あやしいからさっさと終わらせようぜ」ということで、気合を入れて工事をし、早く済んだのかもしれません(笑)
冗談はともかく、一部屋ひとり以上の職人さんが来て、実に手際よく終わらせました。総勢、10人くらいが入れ替わり立ち替わり来ていました。
終わった後には、防水専門の方が来て、お風呂とトイレの防水工事をしていきました。
窓のサッシのお掃除はいつも苦労していましたが、新品のサッシは気持ちいいですね。
早いもので、もう10月になります。
自治会のお仕事などでたてこむ時期かと思います。
くれぐれもご無理のないよう、お過ごしくださいね( ^^) _U~~
うちは12階ですが、夜は虫の鳴き声がよく聞えてきます。
癒しの声を聞きながら寝るのがこの時期の至福の時間ですが、時折車の音がうるさいので、「車に負けるな!」と応援しています(笑)