全年全月29日の投稿[36件]
2025年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
訂正: (言文一致は、「日常に用いられる話し言葉に近い口語体を用いて文章を書く」ことが本来の意味のようですので、使い方が間違っていますよねm(_ _"m))
今どき、小説にでてくるような「わたくし・あたくし」というのも全く聞かなくなりましたし。
男性だと、ぼく・わたし・俺が一般的でしょうが、「俺」は友だちや家族以外には、まず使いませんよね。
個人的に、「ぼく」はとても好ましく思っていたのですが、対外的に「わたし」で統一していくためには、書き言葉も同じにすると、慣れてきて違和感がなくなってきそうですね。
私はあまり推しはいないのですが、ひとりだけ大好きだった俳優さんがいます。
映画『青い山脈』の主人公を演じた、池部良です←すみません、どうでもいい話が少々続きます(笑)
父親は、画家・風刺漫画家の池部鈞。岡本太郎は従兄。大正7年の生まれ。立教大英文科在学中から、映画監督になりたくて東宝撮影所のシナリオ研究所に通い、立教を卒業して東宝に入社。戦時下だったため監督職に空きがなく、俳優として起用されるうち若手俳優のホープとなるが、召集。大卒だったため幹部候補生となり、少尉としてハルマヘラ島に配属、その後中尉となり終戦。映画・ドラマで二枚目俳優をやりながら、エッセイを多く書いた随筆家でもある(エッセイで日本文芸大賞受賞)。日本映画俳優協会初代理事長。2010年、92歳没。
この池部良が、本でも普段の会話でも「ぼく」を使っていて、奥様が公の場でも夫を「ボク(エッセイではカタカナでした)」と呼んでいたというのが印象的でした。
「万年青年」と言われたくらい若く、80歳過ぎても60代にしか見えない人でした。
私は、映画はほとんど観ていないし、ドラマも、室生犀星の『杏っ子』で犀星役を演じたものと、エッセイをドラマ化したものしか観ておらず、もっぱらエッセイのファンで、本はすべて読みました。
たぶん池部良が80才になるかならないかの頃、池袋のメトロポリタンホテルで、日本俳優協会関連の集まりがあるのを知りました。
文芸座が豊島区にあった関係なのか、豊島区民は参加できたので、それで申し込んだと思いますが、一般の人は見当たりませんでした(笑)
会費は1万円で、立食パーティーでした。
女優の藤村志保さんのお姉さまが豊島区巣鴨で料亭を経営していた関係か、藤村志保さんも、いらしていました。
後にも先にも、自分から会いに行ったのは、池部良ただひとりです。しかも、ひとりで(笑)
思いがけず、知り合いの区議さんたちも来ていたので、ずっとひとりぼっちではありませんでしたが、自分から食べ物を取りに行く勇気もなく、飲み物1杯1万円ということになりました(笑)
でも、池部良と話すこともでき、行った甲斐はありましたし、とても素敵な経験でした。
「本質に注目するあまり、みもふたもない救いのない話なので、不快な印象を与えてしまうかもしれません」と書いてくださっていましたが、不快どころか、どれもこれも興味深く考えさせられることばかりでした。
ありがとうございます。
まず自利が満たされなければ、利他が広がっていかないという、人間の業を肯定してくれるメッセージ
これは「衣食足りて礼節を知る」ということに(書き足し:も)つながるのかなと思いましたが、それではあまりに短絡的でしょうか。
実生活で考えると、自分の身の回りの事が充分でない時は、とてもとても他人のことにかまけている余裕はありません。
金銭的に不安がない時でも、精神的に余裕がなければ、やはり他人のことにはなかなか心が行き届きません。
そういう時、仏教に限らず、他の宗教でも、或いは哲学のようなものでも、『人間の業を肯定してくれるメッセージ』があると、生き方がずいぶん違ってくるように思います。
「南無阿弥陀仏」の称名を唱える仲間たちによるコミュニティをつくるところにありました。これはおなじ思想を持つ同志で結ばれるわけですから、非常に強固な結びつきになります。現在のように人々が守るべきルールが機能していなかった時代に、仏教の教義は最低限の法律となりました
この部分は、少しばかり衝撃的でした。
同じ称名を唱える仲間たちがコミュニティをつくっていき、仏教の教義が、たとえ最低限だとしても法律となっていったことに驚いたのですが、その事実を考えると、仏教というものの偉大さ、重要さを改めて深く感じます。
仏教はあまりに無限であって、どの部分を知ろうとするか、或いはどの部分を偶然にしろ知ることができるか、それによって仏教への見方、向き合い方が変わるように思います。
私は、農園主さんの記事によって、偏ることなく、様々な角度から様々なことを知ることができ、本当に感謝しています(仏教に限りませんが)。
昨年母が亡くなった時、僧侶を呼ばずに火葬をしました(後日、法要はしました)。
葬儀やさんの年配の男性が火葬の前に、「私がお念仏を唱えさせていただいてもいいですか?」とおっしゃったので、お願いしました。
短いご挨拶のあと、「ナンマンダブ」と、何回か唱えたのですが、「南無阿弥陀仏」ではなく、「ナンマンダブ」? ?
浄土宗や真宗なのかもしれないですが、「ナムアミダブツ」とは言わないんだ、と少し驚きました(笑)
今は、お坊さんを呼ばない火葬が増えているので、葬儀会社の方も慣れているようでした。
俊徳丸のお話、これは何度読んでも新鮮に感じます。
許嫁の娘が、容姿が変わってしまった俊徳丸を見ても、逃げたり知らん顔をしたりせず、それどころか一緒に悲しみ、一緒に観音様に祈ったというのは、このお話の最大のポイントに思います。
呪いをかけられた本人が一生懸命祈るならわかりますが、一緒に祈ることは、お互いにとっての自利利他であったと思うのです。
相手を幸せにし、それによって自分も幸せになる。幸せの循環ですね。
一心寺の祈りの言葉をありがとうございます。
わかりやすく、心にす~~っとしみてきますね。
日本では、一生懸命祈る、拝む。それで神仏が願いを叶えてくれたり、呪いを解いてくれるという話が多いですね。
西洋だと、カエルに変えられた王子や、眠らされてしまったお姫様は、王子やお姫様のキスで簡単に呪いが解けてしまいます(笑)
宗教観の問題なのか、他に理由があるのかわかりませんが、特に印象にあるのは、『美女と野獣』でした。
呪いにより野獣に変えられてしまった王子は、野獣として死ぬ直前、ベルのキスを受け呪いが解けて王子に戻りますよね。
ディズニーのアニメも実写版も何度も観たので、ケチはつけたくないのですが、あのギリギリのタイミングであんなに簡単に?? という感は否めません(笑)
俊徳丸のお話のように、一生懸命祈った末に、呪いが解けての感動です。
変わり果てた俊徳丸を見た許嫁の娘が、俊徳丸に口づけをしたら呪いが解けたという話なら、日本では仏教説話どころか、物語にもなりそうにないです(笑)
そのあたりは、西洋と日本との、習慣や宗教、価値観の差なのかもしれませんね。
俊徳丸の話で気づいたのですが、おもしろいのは、日本だけでなく、世界中で、昔から人を呪うという観念があったことです。
魔法使いや禍々しい存在のものではなく、普通の人間が人間を呪うことが普通にあったというのが、なんだか興味深いです。
これは、「神仏を信仰すればご利益がある」の裏返し的なもので、「呪えば相手はきっとひどい目にあう」という考え方もあったのでしょうね。
平安時代あたりの加持祈祷にしても、病気平癒・国家安泰のようないいことばかりではなく、人を呪う呪詛もあったでしょうし、人間は業の深い生き物だと思います。
たいした信仰心を持ち合わせていない私ですが、「祈る、称名を唱える」ということは、その行為だけで救われるような気はします。
前回の農園主さんの記事で、親鸞のお話を伺いました。
先週、私の講座にいつも出てくださる男性と偶然道で会ったので、「お出かけでしたか?」とご挨拶したところ、「そこのホールで親鸞を勉強する会があったので出てました」と。
近くには仏教科のある大正大学もあるので、そこのお坊さんの講義かと思ったのですが、普通の人だと。
よくよく聞いてみると「親鸞会」と言って本部が富山県にあり、その代表者(高森氏)から「入門してください」と言われ、ほぼ義理で富山まで行ったそうですが、入門はお断りしているとのこと。
この会は知らなかったので少し調べてみましたが、認識不足なら申し訳ないのですが、ちょっと胡散臭い団体のようですね。
入門すれば会費を納めるようですし、大学のイベントに積極的に行き、勧誘的なことも行っているので、「幸福会ヤマギシ会」のやり口を思い起こします。
その男性は89才ですが、見た目は70代。
野球をやったり、歌の講座に出たり短歌も作ったりと、毎日元気に忙しく過ごしていらっしゃいます。
認知もないし理知的な方なので、うっかり入信することはないと思いますが、そういう会があったことを知り、びっくりしました。
余談ですが、この夏、住まいの窓枠(サッシ)と窓ガラス&網戸を総取り替えする工事がありました(費用の負担はありません)。
戸数が多いので、3ヶ月ほど経ちますが、まだ終わっていない棟もあります。
ベランダに面した部屋、お風呂・トイレ・キッチンと、5ヶ所なのですが、朝8時から夕方5時までかかるそうで、一日いられる日を指定しなければならず、日程を合わせるのが大変でした。
他の部屋を見ていたら、午後3時くらいに終わっていたので、そのくらいで済むかとふんでいたら、8時半に始まり、午前11時半に終わりました(笑)
おかげで、移動した家具をもとに戻したり、ほこりの掃除など、ゆっくりできて助かりました。
うちは、前にお話したと思いますが、玄関には元三大師の疫病除けの護符、神社の方位除けのお札がはってあり、数々の縁起物もはってあります。
ベランダの窓際には、神棚があってお札がまつってありますし、その脇の本棚の上には、仏様各種(笑)のお札も置いてあります。
「この家、あやしいからさっさと終わらせようぜ」ということで、気合を入れて工事をし、早く済んだのかもしれません(笑)
冗談はともかく、一部屋ひとり以上の職人さんが来て、実に手際よく終わらせました。総勢、10人くらいが入れ替わり立ち替わり来ていました。
終わった後には、防水専門の方が来て、お風呂とトイレの防水工事をしていきました。
窓のサッシのお掃除はいつも苦労していましたが、新品のサッシは気持ちいいですね。
早いもので、もう10月になります。
自治会のお仕事などでたてこむ時期かと思います。
くれぐれもご無理のないよう、お過ごしくださいね( ^^) _U~~
うちは12階ですが、夜は虫の鳴き声がよく聞えてきます。
癒しの声を聞きながら寝るのがこの時期の至福の時間ですが、時折車の音がうるさいので、「車に負けるな!」と応援しています(笑)
2025年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
くれぐれも、お返事のことはお気になさらないようお願いいたします。
1反半というと、かなりの広さですね。
ご自分のお仕事のみならず、お手伝いや自治会と、ずいぶんとお疲れになることと思います。
体調のことも心配ですが、夜はできるだけしっかり睡眠をとって、体力を落とさないよう充分にお気をつけくださいね。
午前中に葉物の収穫作業。午後からはニンニクの収穫、オクラの草取り、畑の草刈りで一日が終わります。
さらに高齢のご近所さんが管理している1反半ほどの田んぼ(お米の収量としては700kgほど)が、去年は鹿にやられてしまい、自家用でさえまともに収穫できないほどでした。
ことしは防獣対策を講じるつもりだとおっしゃっていたのですが、春からご夫婦そろって体調不良が重なったりで、防獣対策どころか、まだ田んぼの準備がようやくできただけで、田植えもできていません。
それでぼくが見るに見かねて、数日前から電気柵の手配と設置などをして、できる限りのお手伝いをさせていただいています。
そのうえことしは自治会も予定もたてこんでおり、ちょっと落ち着いて文章を書く余裕がありません。
状況が落ち着くまでしばらく返信が遅れてしまいますが、何卒ご容赦ください。
2025年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
原因に思い当たり、納豆で対処なさったこと、本当によかったです。
以前のご経験というものは、必ず役に立ちますね。
それにしても、首のリンパのしこりがほとんど消えたというのは、すごいですね。
納豆の血栓を溶かす効果が理解できました。
なにより、全身に起きた様々な症状が、原因はひとつだったであろうということ、そして、納豆を毎日食べることにより、そのどれもが着々と改善されていったという納豆効果、このふたつに、本当に驚かされました。
原因に思い当たったこと、これは、ちゃんと見えないなにかが守っていた、ということではないかと思えます←すぐそういうことと結びつけてと言われそうですが(笑)
なぜ最初すぐでなく、ひどい症状が積み重なり、どうにもならなくなってきた時点で気づかせたか。
普段きちんとできることをやっておかないとこうなりますよ、ということを知らせたかったように感じます。
私は気管支関連で同じようなことがあったのですが(できることをサボっていたため、一気にひどくなった)、致命的になる前に、何か見えないものに気づかせてもらったと思っています。
ところで、またよけいなことをしてご負担になってはいけないと思いますし、健康法のようなものは個人差があるので、どれだけ効果があるかわかりませんが、楽天から「みかんの粉」を、とりあえずお試し用に一袋お送りしました。
数日中に、メール便で届くかと思います。
値段がわかってしまうので大変失礼なのですが、その商品説明をお読みいただきたいと思い、貼っておきます。
https://item.rakuten.co.jp/tarunoaji/mik...
↑に書かれている「ヘスペリジン」という、みかんの皮の白いところも含めた成分(ポリフェノールの一種)が、血流をよくし、血栓予防にもつながるそうです。
この商品説明にはそこまで書かれてはいませんが、以前コロナが発生した時、どこかの大学で、ヘスペリジンの効能について発表がありました。
身近には、血糖値が下がった人もいます。
私の場合、免疫をあげ、風邪やコロナなどにかかっても重症化しないというデータがあったので、3年以上欠かさず(とはいっても、さぼっているので1週間に一度くらいの頻度)、ヨーグルトに入れて食べたりしています。
和歌山県・三重県のみかんの皮を洗浄し高温乾燥させており、農薬残留量が極度に少ないという、安心できる食品です。
いわゆる陳皮ですが、細かい粉末になっているので、摂りやすいです。
おせっかいではありますが、とにかく一度お試しください。一日、ティースプーン一杯で充分だそうです。
スープやお味噌汁、飲み物に入れたり、納豆にかけてもいいかと思います。
死の予感というのは、本当に恐ろしいものです。
おととしのコロナの時、このまま死ぬんだろうなと思い、気持ちを明るく持つことも、かといって悲観的になることもできず、ひたすら神仏に(困った時のなんとか)祈ることしかできませんでした。
毎日いつもの3倍量のみかんの粉を無理やり飲み込んだので重症化しなかったと、今も思っています。
前に書いたかもしれませんが、なぜかコレステロール値が高く、去年の頸動脈エコー検査で、首に小さいプラーク(脂肪やコレステロールの塊)があったのですが、その後どうなったのか不明です。
医師から薬を飲むように言われているのですが、けっこうな副作用もあるようなので、拒否しています(笑)
知人が、アマニ油を毎日小さじ一杯飲んで、血液がサラサラになったということを、昨日思い出して買ってきました。
普通は高価なのですが、スーパーのPB商品として日清がだしているので、割安でした。
アマニ油を試してみようと思いますが、納豆にかけたら最強かもしれませんので、やってみます。
「生きる喜びを損なわない程度の節制」、これは、とっても大切な考え方だと思います。
ストイックな生活も必要ですが、そこに楽しみ、喜びが伴わなければ、生きる意味が変わってしまいます。
身近に、タバコをやめてまで長生きしたくない、と言った人もいましたし、血はつながっていませんが、母方の祖父はウワバミのような大酒飲みで(まったく乱れず、飲んでいるのかいないのかわからない人でした)、肝硬変で入院しても、病室で飲酒していたという猛者でした(笑)
かと思えば、身体にいいということを片っ端からやっていた人が、次から次へと癌になったり。
極端な節制でなく、できることをほどほどに、という向き合い方がベストなのかもしれませんね。
他人事だからと言われそうですし、安易に言ってはいけないとは思うのですが、農園主さんの場合、お話を伺っていると、納豆などの食事療法を継続することにより、致命的な事態にはならないような気がします。
親御さんにしてみたら、早く受診をというお気持ちかと思いますが(もしかして話してないのかもしれませんが)、受診がベストとも言えないこともありますよね。
薬漬けになってその副反応でよけい身体に影響がでることもあるでしょうし、今は、自力で軽快できることなら、まず食事という方法で乗り切れるのではと思えます。
病院に行く必要があるものなら、その時そのようにうまく導かれます←またスピリチュアル的な(-_-;)
みかんの粉のことがあるので、早いお返事をしてしまいましたが、くれぐれも、今後も農園主さんのご無理のないペースでお願いします。
着いたことをご連絡いただかなくて大丈夫です(*^^)v
あ~~長くなってしまいましたね。ごめんなさいm(_ _"m)
2024年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
自治会のお仕事、相当なご負担のようですね。
いろいろ重なって疲れがたまり、腰のあたりの不調が起きたのかもしれませんね。
ヘルストロンは、講座で行っている高齢者施設に置いてあるのですが、大人気のようです。
合う合わないもあるでしょうが、農園主さんの場合、効果があったようですね。
温泉で温まったのもよかったかもしれません。
お返事は、1週間でなくても、半月でも一ヶ月でも、もっと先でもまったく問題ないので、くれぐれも無理のないようになさってください。
急に寒いので、冷えも大敵です。
お持ちの磁気ネックレスがどこのものかわかりませんが、ファイテンという会社をご存じでしょうか。
チタンの磁気ネックレスが有名で、スポーツ選手も使っているのですが、以前、家の近所にありました。
娘が小学生の時、「30人31脚」というスポーツ??があり、テレビ朝日で放映されていたのですが、娘の学校は何度も東京大会で入賞し、全国大会も出場しました。
その時「ファイテン」が無料で、参加児童全員に、磁気ネックレスと、チタンのパワーテープを提供してくれました。
テープは、ファイテンの会社の人が、児童ひとりひとりに貼ってくれていました。
子どもたちは、軽く走れると言って喜んでいましたが、実際はわかりません(笑)
それを今思い出したのですが、スポーツをする時だけでなく、痛みにも効果があるということですので、試しにテープ(丸いシールみたいな)を少し送ります。
よろしかったら使ってみてください(ファイテンで買うよりずっと安いのでお気になさらないようお願いします)
さっき、ヨドバシで注文したら、明日そちらに届くようです。郵便受け投函のはずです←早い(笑)
かぶれとかあるかもしれないので、あくまでお試しです。合わないようでしたら遠慮なく中止してください。
(追伸) 自宅以外の送り先のため、依頼主として私の名前が記載されているかもしれませんが、仕事の名前でなく本名です(笑)
左の歳時記にすこし書いたんですが、ちょっといろいろと立て込んでいて、いつものペースでお返事ができそうにありません。
一週間ほどお時間をいただきたいとおもいます。
喉の件なんですが、知らず知らず積み重なっている肉体の疲労ということもあろうかとおもいます。
個人的な話なんですが、以前磁気ネックレスをして四十肩がマシになったという話をしたとおもうんです。
それで、最近おなかが痛いのか腰がいたいのかよくわからない愁訴を抱えていたんですが、温泉へ行って入浴後、100円で20分といういわゆるヘルストロン(電位治療器)の機械があって、試しにやってみたんです。
そしたら家に帰って、なんだかカラダがラクでしてね(笑)
毎日やりたいけど、機械はすごい高いし、毎日行くにも時間も余裕もありません。
もしかしたら、磁石のついた全身タイツでも着ていれば絶好調なんではないかとおもうくらいでしたが、これはたぶん、病院に行って原因が見つかるタイプの不調ではないなともおもいました。
そういうことが出てくる年になったんだな、とおもって、そういう話もさせていただければとおもったんですが、またすこし先にお願いします💦
2024年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
いくらなんでも一回で投稿すると読み疲れを起こすだろうとおもいましたので、これから4日おきくらいに、3回にわけて、時間をかけて加筆訂正しながら投稿していこうとおもいます。
その間にギズモさんが投稿していただいても問題ないですし、あるいは返信がなくてもまったく問題ないんですが、ぼくからはとりあえず返信はせず、いったん今回の内容を3回にわけて投稿しますので、あしからずご了承ください。
まず、お天気のご心配をいただいてありがとうございます。
ことしは夏から秋にかけてほんとうに雨が少なく、参っていますが、なんとか葉物は小出来ながらも育ってくれています。
例年のように安定した収穫にはならなそうですが、なんとかカタチになるように努力しています。
さて、ギズモさんの「免疫異常で境界線があいまいになる」として、人間がじぶん以外の世界にアクセスできるかもしれないというお話には、最初ファンタジー的なおもしろさを感じたあと、現実的にもそういうことがあることに気づきました。
たとえば天理教の教祖である中山みきは、いまでいうところのシャーマンであり、神がかりな気質をもっていたために、教祖としてあがめられることになったんですが、彼女を病理的にみると、多重人格や統合失調症だったともいわれています。
明治の世になって日本の社会は資本主義に舵をとったんですが、じつは宗教は資本主義とものすごく相性がいいんです。
それで中山みきのシャーマン的な言説を真に受ける人々と、これを「ビジネスにしよう」という動きがあいまって、一種の熱狂を生み、日本の新興宗教勢力の一角を担うまでに成長しました。
現代ではオウム事件や統一教会問題がきっかけになって、新興宗教不信が起こり、衰退しましたが、じつは「新興宗教= カルト」という見方はバブル期あたりに起こったもので、それ以前はみんなよくもわるくも純朴に新興宗教を受け入れてたんですよね。
ではなぜ中山みきが崇拝の対象になったのかというと、当時の人々に「障がい者にはわれわれには見えないものを見たり、感じたりする能力が備わっているのではないか」という観念があったからでした。
たとえば日本各地には、知的障がいだったり、身体が欠損して生まれてきた子供を、その地域に幸運をもたらす存在(神)がやってきてくれた、として大事にしたという伝承が残っています。
これは折口信夫の言い方を借りると「まれびと信仰」の一種ということになります。
折口信夫のいうまれびとは、「客人」とか「来訪者」というような意味なんですが、その客人は神の化身として扱われることが特徴です。
健常者ではない「異人」として生まれた子を、排除するのではなく、福をもたらす来訪者(神)として扱うんですね。
もちろん余裕のない家庭や集落では、そういった子を「鬼子」として捨てていたという話もあるんですが、一方で「免疫異常の人」を崇拝の対象にまで高めて大事にした社会もあったようです。
般若心経の輪っかの話なんですが、あらためて般若心経を読み直したんです。
あと玄奘三蔵の翻訳した金剛般若経も読んでみました。
するとかんちがいしていたところがあって、そのあたりを訂正しながらお話します。
まず、無限と無については、般若心経では「空」と「無」というカタチで使い分けてたんですね。
以下に般若心経をコピーしてみましたが、前半は「空」という文字がたくさん出てきて、後半には「無」がたくさん出てくることがわかるとおもいます。
空と無が出てくるところはきれいにわかれるので、行をわけてみました。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄
舎利子 色不異空 空不異色
色即是空 空即是色 受想行識亦復如是
舎利子 是諸法空相 不生不滅
不垢不浄 不増不減 是故空中
無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明 亦無無明尽
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得
以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛到夢想
究境涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪
即説呪曰
羯 諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経
この空と無を意識しながらざっくり般若心経を説明すると、こうなります。
「われわれは空(無限)の一部である。かたちあるものはみな空から生じており、空は絶えず変化している。
われわれがあるとおもっている実体も、本来はかたちのない空から生まれていて、かたちのない空にかえる。
であれば、われわれがあるとおもっているものは、じつはないことがわかる。
身体も心も、感じることもすべて、ほんとうは、なにもかもが無である。
悟りを開いたといわれる菩薩も、じぶんが無であると理解し、無心を理解したところから涅槃の境地に至ったのだ」
これが輪っかの話ですね。
ひもの片方は無限の無(空)。片方はゼロの無。このふたつの無限と無をつないだところに、般若心経はフォーカスを当てている、と。
ほんとうは、ひもの輪っかが存在する以上、ぼくたちは存在しているはずなんですが、仏教はそれを「無い」というんです。
無いということを理解しないと、解脱はできないんだ、とまでいいます。
しかしそんな仏教に対して、司馬遼太郎はこのように指摘しました。
釈迦は煩悩を捨てろ、解脱せよとあまりに高いハードルを設けてしまったが、解脱ができるのは百万人にひとりの天才であり、実践はむずかしい。
釈迦の死後、煩悩を断てない人々は、神仏にすがって現世利益を求め、商売繁盛を祈るようになった。
「釈迦は商利の追求をむさぼりとしたが、かれの宗教がかれの死後二百年で力をうしない、変質もしくは他のものに変わらざるをえなかったのは、当然であったかもしれない。われわれは釈迦では救われない。それどころか釈迦はわれわれを委縮させるのみだ、と公言するダイヤモンド商人もいたであろう」
ではなぜ仏教はそこまでひもを無視して、空や無にこだわったのか、という理由が、金剛般若経に書かれていました。
(続く)
2024年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
こちらも、夕方から断続的な大雨と、ベランダの戸がガタガタいうほどのものすごい風でしたが、今朝のテレビで「台風並みの大荒れ」と言っていました。
住まいの大規模修繕は、外壁の修繕・塗装、各戸ベランダの床防水工事・柵の塗装、各戸玄関ドアの塗装(内外)、各戸風呂とトイレの排水管の塗装(なぜ室内はそこだけ??)、階段や廊下など共有部分の補修や廊下床のシート張り替え等でした。
家に入っての塗装は気管支に影響が出るし、前に住んでいた人が退居した際にリフォームしてあったので、辞退しました。
真上の退居の際は、ここができた時から住んでいたため、石綿作業者による解体工事→リフォームでした。
大きな音が出る時は工事の責任者がご挨拶にいらっしゃるのですが、音よりホコリですね。
工事に携わる方は、ホコリやペンキの匂いなど、ものともしないんでしょうが、大変なお仕事だと思います。
退居後の原状回復については、とてもうるさいです。
入居時に、「どこの床のどの部分にこういう形状の傷がある」「ベランダの網戸が破れている箇所がある」等々、書面に書くんです。
つまり、退去時に「それは入居した時にあった傷なので責任はありません」という証拠であって、入居後つけた傷や破損などには費用の請求があります。
釘を打っていい壁面も限定されており、いちいち申告し、許可をもらいます。
神棚を壁に作る時も申告しました←急ぐので、許可が出る前に作ってしまいましたが(笑)
ここのいいところは、清掃会社(シルバーさんが中心)が入っているので、ゴミの整理や廊下など共有部分のおそうじはその方たちがやってくださいます(管理費か家賃に含まれてはいますが)
都営団地だと、すべて自分たちで持ち回りでやるようなので、高齢の方など大変だと思います。
富士山ですが、東京タワーからでも見える日と見えない日があると聞いたことがあります。
うちでも同じで、それは必ずしもお天気に関係しないんですよね。
晴れていても見えない日もあるし、曇りでもきれいに見える日もあるし、昼間見えなくても夕闇にくっきり浮かぶという時もあります。
だいたい、春先から9月真ん中あたりは、殆ど見えなくなります。
秋から冬は、いちばんよく見える季節です。
埼玉の秩父連峰らしいのですが、真正面に横に長く連なっていて、これはいつでも青く見えますが、その左端に富士山が見えます←地図的にどういうことなのかよくわかりません。
♪ 写真は、ガラホで少し望遠で撮りましたが、ぜんぜん鮮明じゃないですね(笑)
一番上=うちから見える右端(まだ外壁修繕中の棟です)
2番目=ほぼ正面から見える山
3番目=一番左端あたりに富士山が見えるのですが、今日は見えません。
写真は撮りませんでしたが、3番目の左端、普段富士山が見える場所よりまだ左にも、山が連なっています。
童話集、お買い戻しになって本当によかったですね。
写真を拝見すると、とてもきれいな状態で、愛着を持って手元に置いていらっしゃるのがわかります。
この絵の作家、鈴木琢磨さん、調べても出てこないですね。
同じ名前の彫刻家はいますが、別人のようです。
西洋風な絵という印象を受けますが、日本の幽霊のような三角のベール?をかぶっているところがおもしろいです。
この死神さんからも、あまり怖さは伝わってこないですね。
でもこの色合い、水色の濃淡からは、なんとなく冷たい重苦しいものも感じます。


2024年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
ありがとうございます。
寝る時間によって回復する臓器がちがうとは、いままで考えたことがありませんでした。
ただ、ぼくは若いころは夜勤をしていましたが、同僚のうつ病になる率が高く、ぼくもなりました。
どうも、夜型の生活は、日光を浴びる時間が少なくなることで、セロトニン(気力をつかさどる脳内物質)の生成が少なくなるらしいのです。
ご紹介いただいた記事もそうでしたが、夜にきちんと寝て、朝に起きるという、古来人間が行ってきた当たり前のことが、人間の健康にとって欠かすべからざるリズムになっているのではないかという気がします。
よかったですね~!!
サプリや消化剤などご自分でいろいろと試してみて、その結果、よりよい方法で対処できるようになると安心ですね。
昔、卵巣嚢腫でひどい痛みが取れず、入院したことがあるのですが、痛みがない時にベッドに座って本を読んでいたら、看護師さんが「臓器は横になって休ませると回復するので、なるべく横になっていて、座ったりもしないように」と言われたことがあります。
長時間横になったことも回復につながったかもしれませんね。
以下は、東洋医学的な養生法の記事ですが、引用しておきます。
私の場合、午前3~5時くらいに目が覚めてしまい寝られない時は、気管支がいくらか息苦しいことが多いので、当たらずとも遠からず的な内容ではありますが、参考までに。
https://hitomi-chiryouin.jp/sound-sleep/...
きのうは夜の7時から11時間寝たんですけど、それで半分ほど体調が回復して、おかげさまできょうはふつうに仕事ができています。
むかしはこの腹痛を3か月に一回は繰り返していて、そのたびに1週間ほどグダグダになっていましたが、最近は消化剤やじぶんにはよく効くサプリメントで対応できるようになりました。
回復基調になればそこからは無理さえなければそのままもとに戻るので、大丈夫だとおもいます。
お気遣いいたみいります。ありがとうございます。
おなかの痛み、今日は治まりましたか?
自治会のお仕事のように、いつもと違うことが始まると、気づかない気の張りやストレスもあると思います。
ゆっくり休むのはむずかしいでしょうが、様子をみながら動くようにしてくださいね。
泉州地域はなんというか、大阪でもヘンなところなんです。
堺には仁徳天皇陵があって、岸和田のだんじり祭りがあって、関西国際空港があって、もちろんタオルも有名ですが、じつは海があるので漁業も行なわれています。
土地柄は大阪屈指に荒いです。
泉州弁という、大阪弁の中でも泉州独自のなまりがあるのも特徴で、和歌山に近づくほど一般的な大阪弁から離れていきます。
むかしはシャコがよくとれていて、あとはいかなごも有名でしたが、最近ではとんと聞かなくなりました。
都市部の沿岸ですから、むかしは生活排水が川をつたってそのまま海に流れ込んでいたんですよね。
そうすると近海が富栄養化に偏って、赤潮の発生などの悪影響もあったんですが、じつはプランクトンをエサにする小魚がよく獲れていたんです。
それがいまは生活排水の浄化技術が発達して、瀬戸内海の栄養がなくなり、いかなごなど小魚の漁獲量が激減しているのだそうな。
霞ケ浦、ぼくも牛久大仏を見に行ったことがあるので、おそらく近くまでは行ってるんですが、見ておけばよかったです。
災害地名は、たしかにそこに住まう人にとっては重要な情報なんですが、基本的に水害に偏ってますよね。
というのも、むかしはどこも農業が生活基盤で、科学的知見もほとんどなかったので、大雨で土砂崩れが起こりやすいということばかりが地名にあらわれていたのでしょう。
なので、現代だと治水工事がなされてて、地名は危なっかしくても、水害リスクが下がっている場所もあることでしょう。
特に東京・大阪などの都市部はそうだとおもいます。
現代では大雨以外にも地震や台風といった問題がありますから、地名にかかわらず、南海トラフと台風の心配が重なる紀州あたりは、かなり怖いといえるかもしれません(笑)
ところで災害地名つながりですが、大昔は「谷のあるところなら生きていける」といわれていたそうです。
深掘りの井戸の技術ができたのは江戸時代ごろなのだそうで、それ以前は生活における水の確保はどこの集落でも大きな問題でした。
山と谷の合言葉じゃありませんが、谷があるということは、山があるということでもあります。
山からは木材などの焚き木の資源、豊富な食材、谷には水資源があって、うまくいけば魚も手に入ります。
そういうところは、井戸の技術がなかった時代には、非常に暮らしやすいよい場所だったようです。
じつはうちのあたりも谷の多い地形で、すぐ隣が「久保」という災害地名で、これは水害で土地がくぼむ、からきているそうな。
うちの土地も「垣」という言葉が入るのですが、これは水害で土が欠ける、という意味を含むようです。
実際数年前に大きな水害が発生しましたし、畑の法面が崩れて、まさに「欠け」ました(笑)
が、農業をしているからそうおもうのかもしれませんが、同時に山の豊かな資源や水源に恵まれたよい土地柄でもあります。
東京だと、バブルの時期の土地高騰は大阪以上にすさまじいもので、それなりの農地を持っていた人は地価高騰の恩恵にあずかれたことでしょう。
実際、変動相場制から半世紀の間、円高で農産物の価格が発展途上国の輸入価格に合わせなければならなくなり、都市部ではまともな農業はできなかったでしょうし、当時の都市部の農家が農地を手放すのは運命のようなものだったとおもいます。
ただ司馬さんはバブル崩壊ごろに晩年を過ごしており、いまのように当時を俯瞰できませんでした。
だから、バブル経済で浮かれきって、人間が古来続けていた当たり前の暮らしをないがしろにする人々に、せめてひと言警句を発したかったのでしょう。
ハブ酒やマムシ酒ですが、たとえば消化剤などでも、植物性のものよりも、動物性の消化剤のほうが効果が強いんだそうです。
ぼくも最近は動物性の消化剤のサプリを飲むようにしたんですが、体調がずいぶんよくなりました。
そう考えると、薬用酒も養命酒のような植物性のものより、ヘビ酒のような動物性のもののほうが、薬理的な作用は強いのかもしれません。
飲みたいとはおもいませんが(笑)
で、そんな消化剤を飲んでいるにもかかわらず、きのうは久しぶりにおなかが痛くてひっくり返っていました。
ようやくすこしずつ自治会の仕事にも慣れてきたような気がしていたんですが、もしかしたら気が張っていたのかもしれません(笑)
2024年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
漱石がくどくどと、個人主義の説明をした理由なんですが、右翼(保守)という属性の人にとって、個人主義や自由主義は受け入れがたい考え方のようです。
逆に左翼(リベラル)という属性の人にとっては、全体主義や権威主義は受け入れがたい考え方であるといえます。
いま、SNSで運動家たちが非難のやりあいをしているのは、結局はこの主義の対立なんですね。
で、漱石の時代には、社会全体で全体主義や権威主義がどんどんふくれあがってきて、「個人主義」という言葉を出すだけで社会が反応する、という時代でした。
だから漱石はくどくどと、ほんとうの個人主義とはどういうものか、という説明しなければならなかったというわけです。
舞鶴のあたりって、やっぱり浦島太郎の伝説が色濃い場所なんだとおもいます。
浦嶋神社はもちろん、舞鶴という地名にしても、浦島太郎が玉手箱をあけた後に鶴になる伝説を彷彿させます。
そう考えると、大江山の鬼、山椒大夫もそうですが、あのあたりは日本で有名な民話の集中地帯といえそうですね。
ところでこの話も以前にしたかもしれませんが、古事記にはワニが出てきます。
あのワニはサメなんじゃないか、などといいますが、たぶんあのワニって、外国人ですよね。
因幡の白兎の物語では、ワニをだましてからかった白兎がひどい目にあいます。
このワニを、大陸からきて因幡の海岸のあたりに勝手に住み着いていた外国人と置き換えるんです。
そうすると、外国人をからかっていた地元のいたずらっ子が、いたずらの度がすぎてひどい目にあって、さらに土地にのさばる権力者(神々)になぶられた、という話になります。
もうひとつは、山幸彦(神武天皇の祖父)の話です。
山幸彦が竜宮城に行って、豊玉姫と結ばれます。
そして豊玉姫が日本で出産するときに、ワニの姿になったというのですが、これもそもそもが外国人と置き換えて考えないと、天皇の血筋にワニがいることになってしまいます。
この場合、豊玉姫は朝鮮半島か、あるいは中国大陸のどこか、はたまた日本と大陸の間のどこかの島の、王族の娘、と考えると、腑に落ちるようにおもえます。
もちろん、天皇の血筋に外国人の血が混じっているわけがない、と考える人にとっては、ぼくがいま言ったようなことはたいへん都合のわるい解釈だとはおもうんですけどね(笑)
最近は、むかし話や神話における動物や化け物の意味について、あれこれ考えていたりします。
2024年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
私も早く片付けたいタイプで、一気にやってしまうことが多いのですが、思い出してみると、がむしゃらにやるより、途中で何か違うことをしたりちょっとおやつを食べたりするほうが、その後の捗りが効率的だったりしています。
疲れていない状態をキープする、これはどんなことにでも応用できますね。
心に留めておきます。
美味しんぼ、そのシーンが思い出せませんが、いかにも山岡さんが言いそうなことですね(笑)
だいぶ前から、お米は「研ぐ」ということがなくなりましたし、家庭科の教科書でも「お米を洗う」になっていますよね。
それに、お湯で研ぐ(洗う)ほうが、訂正
話がちょっと違いますが、昔は雑巾がけをお湯でやるなんてとんでもない、水でやれ、というお年寄りが多かったと思います。
つまり、過程の苦労をすべきだ、という精神なのでしょう。
最近は、雑巾を使った雑巾がけなんて、やる人はいるのでしょうか。
100均で雑巾は売っているので需要はあるのかもしれませんが、クイックルみたいな立って掃除する簡易モップ?を使う人が圧倒的に多いでしょうし、水拭きのできるタイプのルンバかもしれません(笑)
以前は毎日していた雑巾がけを週1~2日にし、あとはクイックルを使うようになりましたが、やっぱり手で雑巾がけした方がきれいになるのは間違いありませんし、なんとなく気持ちもスキッとします。
でも最近は、水拭きできるルンバを誰か買ってくれないかな、と思うようになりました(笑)
文明の利器を使って、過程で苦労せず無駄な努力をしない。
それによって得られる時間や、体力と心の余裕、これは必要ですね。
余談ですが、先日たまたま「読み上げ」機能を使ってみました。
AI独特の感じではなく、「どこの地方の人?」というような、ちょっと素朴な訛りがあるような話し方で、なんだか好感が持てて、失礼ですがちょっと笑ってしまいました(笑)。
田舎暮らしをしてるとお金にならない仕事ばかりなんですが、それでもいいとおもえるのは、多くの人がひとりひとりの保全の苦労があってこそだということを知っていて、ねぎらい合う空気ができているからだとおもっています。
だから、介護だと特に、感謝の言葉、ねぎらいの言葉は折に触れて捧げたほうがいいと、ぼくもおもいます。
もう何度か言ってるかもしれませんが、うちの近所に、80になって現場仕事の大工をしているという超人的長老がいます。
この方といっしょに草刈りや原木しいたけづくりをしたとき、休み方がうまいことに気が付きました。
たとえば、「1~10までを片付けるタスク」があったとします。
で、「8」まで片付いたとしますよね。
肉体的にはちょっと疲れた程度で、これも10段階でいえば6くらいの疲れです。
残った作業があと2くらいなら、すこし無理押ししても片付けてしまいたいとおもいます。
このとき、ぼくの頭の中には、「タスクを早く片付けること」が最優先事項になっています。
ところが長老は、「休むで」といって、みんなを半ば強制的に休ませるんですね。
体力的に5~6割の疲れで、一回しっかり休憩をとって、みんなでわいわい談笑して、それであとひと仕事を一気に片付けよう、となる。
つまり、疲れるまでやるんじゃなくて、ひと仕事を終えるまでできるだけ、疲れてない状態をキープするようにしてるんですね。
そのときに大事なのは、全体で「あともうちょっとで片付くのに」といわずに、休憩を受け入れる心構えだろうとおもいます。
介護の場合、それでは一日のタスクが終わらないということもあるかもしれませんが、そこはもうじぶんのできる範囲を越えているということで、行政や家族など頼めるところにヘルプを求めたり、あるいはタスクの一部を無理やり削ってでもじぶんの休息にあてたほうがよい、ということが、きのうの話でした。
食事に関しても、「おいしい」「健康に問題ない」という結果が出ていれば、過程はなんだっていいんだとおもいます。
日本……というより東洋的なクセだとおもうんですが、結果よりもその過程で苦労しているかどうかということが大きく評価されるところがあります。
おなじ結果でもその過程で苦労してナンボみたいな気風があって、たとえばお米をお湯で研ぐなんてダメだ、なぜ冷たい水で研がないんだということを、「美味しんぼ」で山岡士郎が言ってたのをむかし読みました。
ぼくからすれば、出来上がるご飯が特別まずくなるというのでもなければ、ラクなほうがいいとおもいます。
文明が未発達だったむかしなら、なにごともマンパワーに頼るほかありませんでしたから、ともかく万事なまけさせない衆人環視的な圧迫教育が必要だったのも理解できなくもありません。
でも、現代は機械社会と資本主義によって、必要最低限にして最大限の利益を得る努力をするようになりました。
その中で「むしろ必要のない努力はしてはいけない」という風潮が生まれてきたのは、ものすごくよいことだとおもっています。
2024年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
市川猿之助の件は、ぼくにはほとんどわかりません。
梨園のことは門外漢であり、田舎に暮らしていると理解のとっかかりそのものがありません。
何年も前に、テレビに出ている姿は見たことがありますし、問題が起こったときにはニュース記事を読みましたが、その後なにがあったのかよくわかっていないのです。
自殺幇助か殺人か、ということも、ぼくにはわかりかねます。
話が本筋からずれるとおもうんですが、歌舞伎の場合はお客さんを呼べる千両役者であれば、殺人者だろうが薬物中毒者だろうが(法的な問題さえクリアしているのなら)舞台には上がれるのではないでしょうか。
あとはお客さんがどう判断するか、ということですが、歌舞伎だけは、役者がむかしのようになにをやっても大丈夫、と胸を張っていられる時代なのかは疑問です。
個人的にはもう、いかに伝統芸能だろうと、江戸時代の常識を現代に引きずるようなことはもう通用しないとおもっていますが、そのあたりは歌舞伎界の「かのように」のはしごがはずされる時代が来るかどうかでしょう。
歌舞伎役者だけは治外法権である「かのように」、客が扱っているうちは大丈夫。
大丈夫であるうちは、なんだか盤石なようにおもえるし、この状況がひっくり返るなんてありえないだろう、と考えがちです。
でも、「かのように」のはしごは、時代がくればあっさり外れるんですよね。
ギズモさんがおっしゃりたいのが、歌舞伎関係者が猿之助を殺人者ではない「かのように」扱っているのではないか、という話であれば、申し訳ないんですがぼくにはよくわかりません。
ぼくが「返信に困るであろう話」と言ったのは、京アニ事件のような時事問題を取り上げて会話のタネにするというようなことは、センシティブだとおもったからです。
ギズモさんは、そういう話を避けたいとおもうかもしれないとおもったのです。
一般的に、会話の際にこういう話はしないほうがいい、という例がありますよね。
たとえば政治の話。
たとえば野球の話。
みんなちがった正義があったり、熱くなりやすかったりで、ケンカになりがちな話題です。
……あとわれわれは宗教の話をしますが、これもしないほうがいいといわれます。
そういう話はできるだけ避けて「きょうはええ天気でんな」というような他愛ないことを話すのが、おだやかに会話するコツだといいます。
その点、京アニ事件について考察を深めていくような話は非常に微妙で、返事に困るだろうなとおもったのです。
ただ「かのように」を説明するには格好の時事問題で、取り上げずにいられませんでした。
読解力のなさにあきれています・・・。
「返信に困るであろう話」、とあったので、責任能力と統合失調症のことだと思い込んでいました。
読み間違いと的外れな返信は、自分が恥ずかしいだけではなく、書いた人にとってはひどくがっかりすることだと思います。
本当に失礼しましたm(_ _"m)
1287で私が書いたことは、忘れてください(笑)←笑ってる場合ではないですが。
「かのように」の新しい例、ありがとうございます。
おもい込み(常識)というのは、徐々に変わっていくのではなく本当にあっという間に覆るものなんですね。
正直なところ、「返信に困る」という意味は、いまだによくわかりません。
さらに正直なところ、今度は農園主さんが伝えたかったことがきちんと理解できたつもりでも、ではどう返信するかと言うと、「これ」というものがないのも本当です。
「かのように」は、いい意味合いではないんですね。
責任能力があったかのように、神話がほんとうであるかのように、文春が報じるような性交などはなかったかのように・・・。
そしてもっと時代が進化しても「かのように」はなくならない。
コロナ禍の事もそうなのかもしれない、と思いました。
ワクチンによる(らしい)重篤な副作用や死者が相当数出ていても、それはなかったかのように大きくは報道されず(または情報操作され)、ワクチンを正当化したということ。
緊急事態宣言による、外出自粛や休業要請が必要不可欠かのように行われたことなど。
「かのように」という宗教、これを信じたくなくても、それが常識となっていれば黙殺せざるを得ないというのがわかります。
芸能人でも政治家でも、権力を手に入れると、いろいろなことに使いたくなるのでしょうね。
昭和天皇の例で、マリー・アントワネットのことが思い浮かびました。
昭和天皇とは逆で、じぶんの立場に執着し、国民の熱狂に気分をよくする典型的なタイプだったから、断頭台という末路になったのではないかと思います。
話が逸れますが(いつもです・・・)
松本人志は、女性問題で芸能界を追放されるかもしれない立場になっています。
でも、女性を傷つけたかもしれないけれど(同意だったように思いますが)人を殺したわけではない。
一方で、市川猿之助は、親の自殺幇助で罪に問われました。
幇助ということですが、私はたぶん親の同意などなかったものだと思っています。
大の猿之助ファンなのでそうは思いたくないですが、そうとしか思えない状況です(報道された範囲での推測ですが)
あれはたぶん、なんらかの事情で、殺人ではなく幇助だったかのように仕立てたように思うんですよね。
それはなぜ?ということになると、猿之助の、他の人では代えられないたぐいまれな才能を惜しむ、手心だったのではないかと。
ただ、猿之助もあの世界ではかなりの暴君だったという話もあるので、人柄が加味されているのかどうかはわかりませんし、伝統芸能だからという見方もできるかもしれません。
でももし、藤原紀香の夫である愛之助(紀香ファンだったらごめんなさい)クラスの役者なら、執行猶予などの情状酌量があったかどうか疑問です。
松本人志の権力が、取り戻せるか、芸能界引退・休業になるかは、職業というより、人柄、権力のつかい方が影響するように思えますが、それはお笑い業界を歌舞伎より下に見ているわけではありません。
歌舞伎は、わざわざお金を払って観に行くのに対し、お笑いは、観に行くこともあるでしょうが、普段から誰でも気軽にテレビで観られるものなので、いいも悪いも万人に影響力が大きいように思います。
松本人志の件においては、松本人志サイドは文春が報じるような性交などはなかった「かのように」したかったのでしょう。
社会的に、松本人志には「あんなにおもしろい人だし、必要とされてる人なのだから、多少の逸脱行為くらい許してやろう」というようなおもい込み(常識)が形成されていた。
少なくとも数年前まではこの常識が世間に通用していたわけで、そこを利用したかった。
ほんとうは社会倫理に逸脱した性行為くらいあるだろう、とみんなおもっていたけど、社会全体でなかった「かのように」ふるまってくれる、というわけです。
しかしそのはしごがはずされました。
たとえば敗戦によって戦後、天皇は人間宣言をし、国民のだれもが「天皇は神じゃない」と言えるようになりました。
ほんの数年前まで、天皇は神ではない、というホンネをいうと危険思想だと取り締まられていたのに、はしごは突然はずれます。
時代というのは社会に根付いていた常識を、あっという間に非常識にしてしまうんですよね。
しかし昭和天皇は賢帝だったので、最終的には国体は護持され、天皇制は軟着陸したといえます。
もし昭和天皇が軍事独裁体制に安易に乗っかって勇ましいことをいい、じぶんの立場に執着し、国民の熱狂に気分をよくするような暗君だったら、天皇制は廃止されていたことでしょう。
では、松本人志は賢帝だったのか、暗君だったのか。
これはお笑いの能力が高い、低いの話ではなくて、……もっといえばオンナ遊びの是非ということも話のオマケみたいなもので、これは人間が権力を手にしたときの、権力のつかい方の問題なのだとおもっています。
権力のつかい方の中に、女性の扱い方も含まれていたというだけの話です。
2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
地理にはまったく疎くて、蘇州までの距離も知りませんでした。
お墓参りは車で行くことが多いようですが、最近はやたらと地下鉄やリニアが充実してきているので、電車やバスでも行きやすくなっているかもしれないです。
会社や学校は休みとなるのですが、渋滞もあるし、本当に一日仕事ですね。
蘇州はシルクや刺繍が有名で、ハンカチや枕カバーでさえとても高価だったのですが、今はそういったお土産をを喜ぶ人はいなくなりました。
水の都として有名ですが、蘇州のピサの斜塔「虎丘」や、張継の「楓橋夜泊」の石碑がある「寒山寺」も観光スポットです。
有名な七言絶句、月落ち烏鳴いて~~ですね。
その頃には「寒山寺」というお寺はなかったとか、夜に鐘は鳴らないとか、中国でも批判的評論をする人がいたようですが、
詩を事実と結びつける必要性はないと思うんですけどね。
一度蘇州は行ったのですが、寒山寺は閉門時間を過ぎていて、残念ながら入れませんでした。
陽澄湖の上海ガニは有名ですが、淡水パールも有名で、色付けしたものも多く、デザイン性に優れています。
建物まで、ご覧になったのですね。
仰る通り、いくらか街はずれのような、中心部から遠いところは、平屋の建売住宅か低層のマンションが多いかもしれません。
日本人のための社宅が集まった所もあると聞いたことがありますが、中国人の住宅はセレブ向きで、
なん十戸か集まっている入り口には厳重な門があって、中に入るには警備員のチェックがありました。
上海万博の前あたりから建設を始めたところが殆どかと思いますが、市内のマンションの屋根も、万博前に景観のため塗りかえたところが多かったようです。
上海市内のマンションの価格は、東京とあまり変わらず、2LDKで5,000万(日本円)くらいが多いのですが、郊外の建て売りはもっとするとか。
約30年前くらいまでは、家は個人で購入するものではなく、国からほぼ平等に与えられるものだったのが、ずいぶん変わったものです。
その頃は、企業なども国営で、個人商店はあってもほんの少し。
個人営業でなければ、収入はほぼ一律で、貧富の差がありませんでした。
その頃の上海は、市内でも本当にのんびりして、何とも言えない風情のあるいいところだったのですが、最近は日本を抜く勢いで発展し近代化していて、
ついていけないところもあります。
例えばペイペイのような支払い方法は日本よりずっと前からで、タクシーに乗るにも買い物をするにも、現金で払う人は絶対と言っていいくらいいません。
銀行やホテルでの外貨の両替もしなくて済み、簡単でいいかもしれませんが、私、スマホを持っていないので(笑)、困るんですよね。
タブレットは重いし、なんだか嫌な時代になったものです(笑)
お墓の件、いろいろ教えていただいてありがとうございます。
上海のあたりを調べていました。
上海から蘇州まで、50~100kmといったところでしょうか。
車で行くとして、あれだけ都市化が進んでいると、お墓参りで一日仕事になりそうですね。
東京と埼玉を合わせたくらいの面積に、東京と埼玉とさらに横浜を合わせたほどの人口が密集してて、すさまじい交通網になっているものだからおどろきました。
蘇州に行くにしても、日本の山間地にあたる田舎っぽいところがなくて、広域農地はありますが、そこも交通網はしっかりしている感じです。
蘇州市には琵琶湖の3倍以上の面積の太湖があって、そこから上海市の手前あたりまでは湿地になっていますね。
地図を見る限り、上海には山がないようです。
太湖の東の、あちこちに湖が点在する湿地のあたりも、田園地帯ではありますが、住宅は密集ししていて郊外といった印象です。
もし墓地をつくるとしたら、このあたり(太湖の東)でしょうか。
あと、太湖の東にある陽澄湖を中心とした湿地が、いわゆる上海ガニの特産地なんですね。
名前しか知らず、てっきり海のカニだとおもってたんですが、淡水のカニだったとは。
あと、上海市の中心部は日本の都市部のように、建物がひとつひとつ自由に建築されているようですが、すこしでも郊外になると、日本でいうところの建売住宅を広大にしたような、画一的な屋根が並んでいるのが印象的でした。
2023年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
すでにコナガやモンシロチョウは微妙に活動していて、軽く葉に食害もあったので、やっぱりまだ防除が必要なようです。
あと、4弾目のカブの種をまいたあとに、セキレイのつがいがうろうろしていて、こいつもしかしたら種を食ってるのか、とおもったんですが、かなり発芽がわるいんですよね。
忌避剤であるチウラム処理をした種なんですが、鳥がそれをついばむとなると……。
まさか雑食性のセキレイがたった2羽で地中のカブの種を選んでこんなに食害するというのも不思議です。
ほかの葉野菜には被害がないので、たまたまだったのか、ほかの原因があったのか。
……うーん。
まあ、ことしはもう、あんまり考えないようにしよう(笑)
#野菜
ぼくは病気のデパートのような体をしていて、若いころ盲腸炎で手術した数年後に、腹膜炎を起こして大腸を1/3切り取りました。
盲腸炎をこじらせたのは高校生のころですが、そのとき入院していて、しばらく寝たきりになってました。
寝たきりになって数日後、足が痛いとおもったら、深部静脈血栓症になっていました。
左足の太い静脈が詰まってしまって、足が象のようにパンパンに腫れました。
この治療で血栓を溶かす薬を用いたんですが、この血栓は一度発症すると、血管の弁がダメになるらしくて、いまも慢性的に左足が腫れています。
どうもぼくは血が固まりやすい体質らしくて、10年ほど前には肺塞栓のような症状になりました。
静脈血栓が剥がれて血流に乗って肺に流れることで発症するようです。
あのときちょっと無理がたたって、また左足が強く腫れたんですよね。
その数日後に、胸が痛くなった。
徐々に肩が凝ったように腕にも痛みが広がって、咳が出るようになりました。
突然死を覚悟して、病院に行こうかとおもっていたときに、血栓を溶かすのに納豆がよいという情報を得ました。
べつに怪しい宣伝をするわけじゃないですよ。
ただ、半信半疑で納豆を食べた、というだけの話です。
ナットウキナーゼという酵素には、血液を固めるフィブリンというたんぱく質を溶かす作用があるとのこと。
できてしまった血栓まで溶かしてくれるというので、まあ病院に行く前に一度試してみようじゃないかと人体実験してみたら、その日のうちになんとなく症状が緩和されたような気がしました。
で、一週間ほどで症状が軽快。
ホンマかいな、とおもいましたが、どうやらナットウキナーゼの血栓を溶かす効果はホンマっぽいです。
それ以来、定期的に納豆は食べていたのですが、最近ちょっとご無沙汰で、そんな折にまた胸の痛み。
おそらく以前とおなじ箇所がまた詰まったんじゃないかとおもいます。
微妙に咳が出て、痰がからむのもそれっぽい。
以前よりは症状は軽いんですが、そういえば一週間ほど前までは、なんだか頭が痛かったんですよね(笑)
老眼鏡を変えてからどうも眼精疲労があったので、そのせいだとおもってたんですが、もしかしたらなにかあったのか、そのへんはよくわかりません。
とりあえず、また納豆で痛みがどうなるか人体実験。
ほっといたら死ぬ系の問題に慣れてしまうと、こういうふざけたことをするようになります。
まあ、ダメならダメで、しょうがない。
ぼくはたぶん、まともな医療がない時代だったら神様に愛されて、14歳くらいで盲腸炎から腹膜炎を起こしてあの世に行ってたとおもいます。
しかし、医療や情報の発達した時代に生まれたおかげでどうにかしぶとく生きてます。
夭折(早死に)する者は神様に愛されてる、といいますが、神様はぼくをなかなか連れて行ってくれません。
ぼくは信仰心が続かない、疑り深いタイプなので、そのへんがバレているのかもしれません(笑)
膵臓も弱いし、胆石もあるし、内臓系の疾患をたくさん抱えて、ことし45歳になりました。
相対的な年齢としてはまだ若いといわれるのかもしれませんが、ぼく自身の感覚としては、もうよく長生きしたとおもっています。
まあ、そんな面倒ごとの多い肉体ですから、じぶんの体調と相談しながらマイペースに働ける、ひとり親方の百姓は天職です。
#与太話
2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
ぼくもほとんど英語の、ネイティブな言い回しなんかわからないんですが、相当いい加減な翻訳だったことはわかりました。
で、ぼくもまた原本をグーグルに翻訳してもらったものと、翻訳とを照らし合わせて、意味の通らないところをどうにか解釈しながら分解しているのですが、それでも、英語がよくわかっている人からはお叱りを受ける内容でしょう。
段落を崩したり、本来のまわりくどいところをかなり簡略化していますが、それでもややこしいとおもいます(笑)
とりあえず、ラヴクラフトの怪奇小説の書き方については、理解しました。
そしてこのパルプフィクション作家の、難解でまわりくどい表現に惹かれた人が、かれの著作をクトゥルフ神話という形でささえて、いまもつながっている、というところまでが、いまのぼくの理解です。
HP ラヴクラフト著
5つの規則をかきだしましたが、この最初の段階はほとんど頭のなかでの作業です。
話が頭のなかで練り上げられ、具体的にシナリオを肉付けする準備が整うまで、書き出すことはありません。
アイデアをどう発展させるべきか決まらないうちに、実際に書き始めてしまうこともありましたが、これはあとあと問題になりがちです。
おもうに、怪奇小説の表現は4種類にわかれます。
雰囲気や感情の表現。
絵画的な概念の表現。
一般的な状況や状態、伝説あるいは知的概念の表現。
最後に、くっきりとした特定の劇的な状況、またはクライマックスの表現。
もうすこし突っ込んでいえば、さらに2つの大まかなカテゴリーがあるといえるでしょう。
ひとつは、なんらかの状況や現象に対する驚異や恐怖を描いたもの。
もうひとつは、怪奇現象に対する登場人物の行動を描いたものです。
怪奇小説の中で恐怖を分類すると、5つの要素があります。
(a)根源的な恐怖、異常、状態、実体など。
(b)全体的な効果、挙動としての恐怖
(c)恐怖があらわれるときの様式。恐怖が実際にあらわれたときのカタチや、その現象の観察。
(d)恐怖にどのように反応するかということ、そして
(e)これらの条件にともなって、恐怖が特定の効果を発揮すること。
怪奇小説を書くとき、わたしは常にムードをつくるようにしており、重点を置くべきところにも細心の注意を払っています。
いかに三文小説といえど、怪奇現象を目の当たりにして、当たり前の日常でも語るように表現するような愚かなことは、相当な未熟者でない限りやらないものです。
想像を絶する出来事や状況を描くには、物語のあらゆる段階で注意深くリアリティを維持する必要があります。
中でも、物語の核となる怪異が起きたときは、その存在自体が物語の登場人物や出来事を覆い隠してしまうほどですから、慎重に登場人物の情動を「構築」して、印象的かつ慎重に扱われなければ、単調で説得力のないものにみえてしまいます。
この驚異に触れるときを除けば、かれらは一貫して自然でなければなりません。
物語の核となる怪異に関しては、圧倒的な感情を表現しなければなりません。ここは決して当たり前のことではないのです。
たとえ登場人物たちが驚異に慣れてしまっているだろうという場合でも、読者に合わせて、臨機応変に怖がらせるべきなのです。こういう部分を軽んじると、せっかくのファンタジーが台無しになります。
怪奇小説というフィクションに求められるのは、人の動きよりも、雰囲気です。
事実、怪奇小説は、人間の気分を鮮明に描写しているだけなのです。
それ以外のことをすると、安っぽくて幼稚な、説得力のないものになってしまう。
非現実的な、奇妙な現実が、ぼんやりした幻想を構築した際に、微妙にほのめかされたもの。
こういった、われわれが知り得ない細かい気分の濃淡や、手がかりや手応えに、もっとも重点が置かれるべきでしょう。
奇妙な出来事に対して、むきだしの情報を羅列するようなことをしたって意味がありません。
これらは、わたしが本格的にファンタジーを書こうとしてからずっと、意識的にせよ無意識的にせよ従ってきたルールです。
このルールが成功しているかどうかは議論の余地があるかもしれませんが、すくなくともわたしに限っていえば、このルールを無視していたら、いまよりはるかにわるい作品になっていたとおもうのです。
#怪奇小説を書く際の覚え書き #ラヴクラフト
段落はいちいち改行し、表現はできるだけ意味が通りやすくなるよう意訳も含めています。
この調子ですこしずつラヴクラフト作品を読み解いていこうとおもいます。
HP ラヴクラフト著
わたしが小説を書く理由は、ある場所に行ったときの驚きや美しさ、冒険の期待のようなぼんやりした感覚を、わたしがこれまで積み上げてきた経験によって、より明確に表現して満足したかったからです。
なかでも怪奇小説を書くことを選んだのは、あくまでわたしの好みの問題です。
わたしは長年、時間や空間、自然法則のような、この世でわれわれを縛るものを停止させて、奇妙な幻想に浸りたいと願っていました。
時間や空間や自然法則に縛られるせいで、わたしたち遠い未知の世界である無限の宇宙空間への好奇心が挫折してしまうのです。
またわたしの物語では恐怖を強調しますが、それは恐怖がわたしたちの根源的で強烈な感情であり、幻想を生むのにもっとも適した感情だからです。
恐怖は未知のものや奇妙なものと密接に関係しています。
だから、自然法則の崩壊や、宇宙の異質さ、あるいは「異界」のようなことを、恐怖抜きに語るのはむずかしいのです。
あとわたしの物語では時間が重要な役割を果たしています。
わたしには時間こそが宇宙でもっとも残酷な恐怖におもえるのです。
人間と時間との対決は、もっとも実りある力強いテーマであるとわたしにはおもえます。
わたしの作風はあきらかに特殊ですし、あまり万人受けするとはおもえません。
それでも、わたしがやっているようなことは、文学が始まったときからずっとだれかがやってきていることです。
割合としては少数でしょうが、未知の宇宙空間に燃えるような情熱を感じ、現実という既知の牢獄から抜け出して、信じられないような冒険と夢の、無限の可能性を秘めた仙境へ向かいたいと願う人は常にいるものです。
深い森、幻想的な都市の塔、燃える夕日といった夢が、わたしたちに一瞬の暗示を与え、そして目の前に仙境が広がるのです。
わたしのようなアマチュアのみならず、ダンセイニー、ポー、アーサー・マッチェン、MR・ジェームズ、アルジャーノン・ブラックウッド、ウォルター・デ・ラ・メアは、この分野の偉大な作家たちです。
わたしの物語の書き方はひとつではありません。わたしはいろんなやり方で物語を書いてきました。
夢をそのまま書き留めたことだってあります。
しかしふだんは、表現したいことを決めて、話の展開を具体的な言葉でみなさんにお見せできるように推敲します。
わたしがよくやるのは、気分、アイデア、イメージに適した条件や状況をリストにして、論理的で自然な動機を推測していくというものです。
もちろん実際の執筆のプロセスは、テーマや着想によってさまざまですが、もしわたしの全作品を分析して平均したとすれば、以下のような一連の規則があるとおもっています。
(1)まずシナリオを用意します。最初は物語的な肉付けは後回しにして、出来事が起こる順に記述します。
要点を網羅して、じゅうぶんな長さで記述します。この枠組みの段階で、予測できる結末を詳細に記述するのもよいでしょう。
(2)ふたつめのシナリオを用意します。こんどは物語を肉付けしていきます。最初につくったシナリオをもとに、視点の変化、強調、クライマックスに変更がないか、メモをしておきます。
これによってストーリーに劇的な力がもたらされたり、全体的な効果が高まる場合は、もとのあらすじを変更します。
重要なイベントは自由に追加、削除をおこないます。最終的にまったくちがう物語になったとしても、最初のシナリオにとらわれてはいけません。推敲していく過程で提案があれば、いつでも変更を加えましょう。
(3)肉付けしたシナリオに従って、あまり深く考えずにパパっと書き出してしまいましょう。
この段階でも書いている間に変更したほうがよいとおもったら、前のシナリオにとらわれることなく変更します。
効果的な演出や、あざやかな物語が挿入できるとおもったら、のがさず追加しましょう。
そして最初のシナリオとあたらしいシナリオとの整合性を調整します。
必要に応じてセクションを大胆に挿入したり削除したり、最初の部分と終わりの部分の変更を納得いくまで試みます。
小説全体の最終的な仕上がりと食い違いがないように確認しましょう。
(4)テキスト全体を改訂します。
文章のリズム、エピソードの比率、微妙なニュアンス、シーンの移行がスムーズに行えて説得力があるかどうか、クライマックスなどの効果、ハラハラ感やおもしろさ、その場の空気のもっともらしさなど、さまざまな構成要素に注意を払いましょう。
(5)きちんとタイプされて出来上がった原稿を用意して、最終改訂を加えます。
#怪奇小説を書く際の覚え書き #ラヴクラフト
2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する



