No.1682
まず、お返事がだいぶ遅くなったことをお詫びします。
今回は、私の妄想が農園主さんを悩ませてしまったようで、申し訳なかったです(笑)
私にしてみれば、ポッと浮かんだ想像に過ぎなかったのですが(だいたい理知的で理路整然とした考えから、何かを指摘したり疑問を呈したりする頭脳は皆無です(笑))、物部氏があがめたのはヘビではなく~~~という話に、農園主さんが着目していないはずはないと、思ってはいました。
でも、さほど問題にする点はないので触れていなかったのだと思いましたが、実はこれほど貴重で興味深いお話が展開されるとは、いつもに(訂正:いつにも)まして驚かされました。
点があっても、それを結びつけようとすると、どこかにつじつまが合わないところが出て、考えれば考えるほど問題が出現する。
まして、記録や書物が多数あれば、混乱は必須だと思います。
確たるものがない時代のことで、正解と言えるものが出ないテーマですが、これほど多方向から紐解いて、最適解と言える解説に、本当に感嘆しています。
ほぼひとりじめして読ませていただけるとは、本当にありがたく、申し訳なく思います。
農園主さんのお考えを読ませていただき、そこから思いついたり考えたことを、支離滅裂で雑然としていますが、書かせていただきますね。
いくら能天気な想像にしろ、理解不足で誤ったことも多いはずですので、ご指摘ください。
当然別ものだとはわかっていますが、ふと感じたことがあって、改めて、ご祭神とご神体の違いを調べてみました。
現代の神社では、神様は仏様と違い、像をお祀りするということはなく、神様を描いた掛け軸のようなものも見かけません。
袋を担いで打ち出の小槌を持っているという姿が定着している大国主命etc.は別として、姿かたちのイメージがほとんどないのが神様だと思います。
そうした場合、例えば鏡、石、岩、剣など、誰でも容易にイメージできるご神体があれば、信仰する対象として、ご神体を通して神様を拝むという行為がやりやすくなるので、実際にないかもしれないご神体を設けたのかと考えてみました。
ご神体を祀ってあるところでも、普通は参拝客どころか、神職でさえい見ることが叶わないこともあります。
岩や石のようなものは、ご神体としてしめ縄をかけ、誰でも見られることもありますが、特に鏡や剣は、神職も見られないケースもあるらしいので、実際にあるのかないのか、あやしげです(笑)
物部氏は、なにをご神体として、その向こうにいるスサノオに祈ることにしようかと考えた時、スサノウといえば、剣かヤマタノオロチだと思ったのかもしれません。
ヤマタノオロチの真赤な目は、たたら製鉄に関わる人々が炎を凝視する目を表し、お腹ににじんだ血は、燃える炎や、炉の中の溶けた鉄を表しているという説もあるようですね。
そもそも、ヤマタノオロチ伝説は、製鉄技術を持ち込んだスサノウを、英雄化、神格化するために創作されたものかもしれません。
農園主さんのお考えのように、朝鮮からやってきた(連れてこられた)とすると、その後、出雲で製鉄や治水などの技術を広め(その技術が朝鮮から持ち込んだものか、スサノウの独自のアイデアなのかはわかりませんが)、人々からあがめられるようになったけれど、そこにいまひとつ、インパクトを与えるための、ヤマタノオロチ武勇伝、といったところでしょうか(笑)
物部氏は、製鉄技術を教えてくれたスサノオを崇拝していくために、ご神体として、現実にはなかったかもしれないスサノウの剣、或いは、スサノオが退治したヘビを祀ったのでは。
剣は製鉄の象徴であり、ヤマタノオロチ伝説をあとから作ったのであれば、ヤマタノオロチはなくてはならない存在です。
また、農園主さんの前回の記事に書かれていたように、
「スサノウは高天原を追放されてから、新羅のソシモリに降り立ったが、この地にはいたくないと言い」、出雲に行ったわけですよね。
ソシモリにどのくらい滞在したのかはわかりませんが、その間に製鉄技術を仕入れたというのも、私のこじつけにすぎないでしょう(笑)
たたら製鉄は日本独自の技術なんですね。
「日本の製鉄の歴史について」という記事を引用しますが、司馬遼太郎も、「司馬遼太郎が考えたこと 14」で、製鉄の歴史と社会的意味について書いているんですね。
https://www.aichi-steel.co.jp/smart/mi/c...
年代的に、つじつまが合っているのか、そうでないのかわからないのですが、朝鮮の製鉄職能集団の技術を、スサノウが「たたら製鉄」という技術に発展させたと同時に、朝鮮からの侵略者という厄介ものを追い払った、これが、ヤマタノオロチを退治した、ということなのかもしれませんね。
製鉄という、人間の実際の生活に密着した技術と関わりがあったりすると、もう神なのか人なのかわかりませんし、神話なのか伝記なのか、グレーゾーンもいいところです(笑)
根本的な問題として、神として人々を統べたのか、人の長たるものとして統治したのか。
ここから考えたらますます泥沼ですね(笑)
スサノオとたたら製鉄のお話は、以前農園主さんが「氷川神社」の関連から、詳しく述べてくださっていました。
http://sanrokuoukoku.babyblue.jp/sanlog....
この時は、まさか物部氏と関係してくるとは、夢にも思っていませんでした(笑)
ニギハヤヒノミコトの守護者として物部氏が降臨した場所が河上哮ケ峯とは、もしかすると斑鳩の、古代の書き方なのでしょうか。
大国主命も、朝鮮から来たという説もあるようですが、神話の時代から、出雲と朝鮮は行き来があったようで(国引き神話)、朝鮮から来たかもしれないし、行ったり来たりして日本に定住したということもあるのかもしれません。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%...
また話は飛びますが、なぜスサノオの話には、「8」が多いのでしょう。
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣つくる その八重垣を」
まず「八雲」が「出雲」を指すことはわかります。
一般的には、八重垣に見立てた重なる雲で妻のクシナダヒメを包み込んでいるという解釈がありますが、「その八重垣を」なんだと言いたいのでしょう。
ただの八重垣ではなく、出雲八重垣だと強調しているのでしょうか。
雲で八重垣を作ったらもうそれでいいのに、さらに「その八重垣を」という言葉が、なんだか暗号じみていると感じます(個人の感想です)
でも、農園主さんの「もっとたたらを踏んで、鉄を溶かして煙を上げろ 出雲に雲をなびかせよ 大事な妻を守るためにこの国をどこまでも堅固にするのだ」という解釈を読むと、暗号だのという妄想は払拭されました(笑)
スサノウにとって、やはり「出雲」が重要なポイントなのだと感じます。
クシナダヒメは蛇姫とも言われますし、ヤマタノオロチは水神とも山神とも言われているようですね。
また、クシナダヒメは8人姉妹です。
この「8」とヤマタノオロチの「8」、偶然でしょうか。
ヤマタノオロチの頭ひとつにつき、ひとりの娘・・・・。
実際は順番だったようですので無関係かもしれませんね(笑)
少し話が戻りますが、ヤマタノオロチは高志(越)の国(新潟)から来たという説もあるようなのですが、ヘビではなく、高志あたりからやってきた豪族たち侵略者が、出雲の地域を支配し住民を苦しめていたのを、スサノオが退治したというのが、無難な説かもしれません。
または、さきほど書いたように、朝鮮からの製鉄職能集団を退治した、という意味にもとれます。
実際、ヤマタノオロチのような怪物は、そうそういないだろうし、高志からの侵略者が、8人の娘を次々と差し出せといったなら、なんとなく腑に落ちます。
「8」から、何を想起させたかったのか。その謎は不明ですが。
勝手な妄想をすれば、「8」は、特に古代では「多くの数」を意味するそうですので、実際は、侵略者の犠牲になった娘は、クシナダヒメ姉妹の8人だけではなかったし、侵略者も八岐大蛇の頭と尾の数より、ずっと多かったのだと思えます。
セオニョのお話は、反物を織ったという共通のことから、織姫を連想しました。
フツとフルですが、古代朝鮮では漢字も使われていたようですので、勝手な想像になりますが、「布都」「布留」という言葉があったのなら、セオニョの布につながるようにも思えました。
そこからワカフツヌシに結びつけようと想像したのですが、まったくわかりません(笑)
それと、先ほどリンクをはった「国引き神話」のところに、
ここにも「布」が出てきました。
これは、スサノウがヨノランとしてセオニョと新羅にいたが、なんらかの理由から出雲に来た、というお話に、いよいよ信憑性の高さを感じます。
物部太媛のお話も興味深いですね。
親や親族の政権争いのために、嫁ぐというより、送り込まれ、政治や権力争いに利用された女性が多いと思いますが、『成功の陰に女あり』という諺もあることですし、その影響は大きかったかもしれません。
これは、もしかすると、江戸時代の徳川家の政略結婚や縁組より、ミステリアスな気がします(笑)
話が前後したり、入り乱れて申し訳ないのですが、先日、埼玉県の、武蔵一宮氷川神社にお守りを受けに行った話をしました。
主人が上海に行ったので、事故ケガ病気のないよう、お願いして受けたお守りでしたが、無事帰ってきたので(軽い風邪をひいてきましたが)、そのお守りを納めるのと、お礼参りに行ってきました。
ご存じのとおり、ご祭神はスサノオなので、「このところ農園主さんからスサノウさまのことをいろいろ教えていただいてます」などと、お話してきました(笑)
そういえば、どこにもスサノウとヤマタノオロチのことは書いてないな、と思いながら神社を出ようとしたのですが、境内図の看板をふと見ると、「蛇の池」というのがあります。
その池のことは今までまったく知らず、行ったことはありません。
見ると、いちばん奥のところで、そんなところに道があったのも知りませんでした。
撮った写真をはりますが、スサノオとヤマタノオロチのことが書かれていました。
ネットで調べたら、この池が氷川神社の始まりであり、数年前まで禁足地だったとのこと。
少し奥まっているので、ひとりでは行きにくいところでしたが、他にもお参りしている人がいました。
農園主さんの記事からいろいろ妄想してしまいましたが、すべて、素人レベルのいいかげんな妄想です。
巳年の最後にヘビの話~~、とお書きになっていらっしゃいましたが、お返事を書き始めて下書きにためていた、ある日の真夜中です←怖い話を連想しそうな書き方ですが違います(笑)
前に雑談で書いたことがある、テレビ朝日の『全力坂』を、遅くまで起きていたので(深夜1:20くらいから5分の番組)、寝ながら携帯のワンセグで見ました。
氷川神社に行き、蛇の池もお参りした、その日の夜中です。
この日の坂は、なんと、東京都港区三田にある『蛇坂』でした。
思わず、笑ってしまいました(笑)
そろそろ農閑期が近づいてきましたね。
昨年末からの農閑期は、思いがけず体調をくずされたので、今年は元気で楽しい農閑期になりますように。
私は、今年もクリスマスコンサート、年忘れコンサートなどが控えているので、お互いに絶好調な体調で過ごしましょう(^^)v
今回は、私の妄想が農園主さんを悩ませてしまったようで、申し訳なかったです(笑)
私にしてみれば、ポッと浮かんだ想像に過ぎなかったのですが(だいたい理知的で理路整然とした考えから、何かを指摘したり疑問を呈したりする頭脳は皆無です(笑))、物部氏があがめたのはヘビではなく~~~という話に、農園主さんが着目していないはずはないと、思ってはいました。
でも、さほど問題にする点はないので触れていなかったのだと思いましたが、実はこれほど貴重で興味深いお話が展開されるとは、いつもに(訂正:いつにも)まして驚かされました。
点があっても、それを結びつけようとすると、どこかにつじつまが合わないところが出て、考えれば考えるほど問題が出現する。
まして、記録や書物が多数あれば、混乱は必須だと思います。
確たるものがない時代のことで、正解と言えるものが出ないテーマですが、これほど多方向から紐解いて、最適解と言える解説に、本当に感嘆しています。
ほぼひとりじめして読ませていただけるとは、本当にありがたく、申し訳なく思います。
農園主さんのお考えを読ませていただき、そこから思いついたり考えたことを、支離滅裂で雑然としていますが、書かせていただきますね。
いくら能天気な想像にしろ、理解不足で誤ったことも多いはずですので、ご指摘ください。
当然別ものだとはわかっていますが、ふと感じたことがあって、改めて、ご祭神とご神体の違いを調べてみました。
現代の神社では、神様は仏様と違い、像をお祀りするということはなく、神様を描いた掛け軸のようなものも見かけません。
袋を担いで打ち出の小槌を持っているという姿が定着している大国主命etc.は別として、姿かたちのイメージがほとんどないのが神様だと思います。
そうした場合、例えば鏡、石、岩、剣など、誰でも容易にイメージできるご神体があれば、信仰する対象として、ご神体を通して神様を拝むという行為がやりやすくなるので、実際にないかもしれないご神体を設けたのかと考えてみました。
ご神体を祀ってあるところでも、普通は参拝客どころか、神職でさえ
岩や石のようなものは、ご神体としてしめ縄をかけ、誰でも見られることもありますが、特に鏡や剣は、神職も見られないケースもあるらしいので、実際にあるのかないのか、あやしげです(笑)
物部氏は、なにをご神体として、その向こうにいるスサノオに祈ることにしようかと考えた時、スサノウといえば、剣かヤマタノオロチだと思ったのかもしれません。
ヤマタノオロチの真赤な目は、たたら製鉄に関わる人々が炎を凝視する目を表し、お腹ににじんだ血は、燃える炎や、炉の中の溶けた鉄を表しているという説もあるようですね。
そもそも、ヤマタノオロチ伝説は、製鉄技術を持ち込んだスサノウを、英雄化、神格化するために創作されたものかもしれません。
農園主さんのお考えのように、朝鮮からやってきた(連れてこられた)とすると、その後、出雲で製鉄や治水などの技術を広め(その技術が朝鮮から持ち込んだものか、スサノウの独自のアイデアなのかはわかりませんが)、人々からあがめられるようになったけれど、そこにいまひとつ、インパクトを与えるための、ヤマタノオロチ武勇伝、といったところでしょうか(笑)
物部氏は、製鉄技術を教えてくれたスサノオを崇拝していくために、ご神体として、現実にはなかったかもしれないスサノウの剣、或いは、スサノオが退治したヘビを祀ったのでは。
剣は製鉄の象徴であり、ヤマタノオロチ伝説をあとから作ったのであれば、ヤマタノオロチはなくてはならない存在です。
また、農園主さんの前回の記事に書かれていたように、
「スサノウは高天原を追放されてから、新羅のソシモリに降り立ったが、この地にはいたくないと言い」、出雲に行ったわけですよね。
ソシモリにどのくらい滞在したのかはわかりませんが、その間に製鉄技術を仕入れたというのも、私のこじつけにすぎないでしょう(笑)
たたら製鉄は日本独自の技術なんですね。
「日本の製鉄の歴史について」という記事を引用しますが、司馬遼太郎も、「司馬遼太郎が考えたこと 14」で、製鉄の歴史と社会的意味について書いているんですね。
https://www.aichi-steel.co.jp/smart/mi/c...
年代的に、つじつまが合っているのか、そうでないのかわからないのですが、朝鮮の製鉄職能集団の技術を、スサノウが「たたら製鉄」という技術に発展させたと同時に、朝鮮からの侵略者という厄介ものを追い払った、これが、ヤマタノオロチを退治した、ということなのかもしれませんね。
製鉄という、人間の実際の生活に密着した技術と関わりがあったりすると、もう神なのか人なのかわかりませんし、神話なのか伝記なのか、グレーゾーンもいいところです(笑)
根本的な問題として、神として人々を統べたのか、人の長たるものとして統治したのか。
ここから考えたらますます泥沼ですね(笑)
スサノオとたたら製鉄のお話は、以前農園主さんが「氷川神社」の関連から、詳しく述べてくださっていました。
http://sanrokuoukoku.babyblue.jp/sanlog....
この時は、まさか物部氏と関係してくるとは、夢にも思っていませんでした(笑)
ニギハヤヒノミコトの守護者として物部氏が降臨した場所が河上哮ケ峯とは、もしかすると斑鳩の、古代の書き方なのでしょうか。
大国主命も、朝鮮から来たという説もあるようですが、神話の時代から、出雲と朝鮮は行き来があったようで(国引き神話)、朝鮮から来たかもしれないし、行ったり来たりして日本に定住したということもあるのかもしれません。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%...
また話は飛びますが、なぜスサノオの話には、「8」が多いのでしょう。
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣つくる その八重垣を」
まず「八雲」が「出雲」を指すことはわかります。
一般的には、八重垣に見立てた重なる雲で妻のクシナダヒメを包み込んでいるという解釈がありますが、「その八重垣を」なんだと言いたいのでしょう。
ただの八重垣ではなく、出雲八重垣だと強調しているのでしょうか。
雲で八重垣を作ったらもうそれでいいのに、さらに「その八重垣を」という言葉が、なんだか暗号じみていると感じます(個人の感想です)
でも、農園主さんの「もっとたたらを踏んで、鉄を溶かして煙を上げろ 出雲に雲をなびかせよ 大事な妻を守るためにこの国をどこまでも堅固にするのだ」という解釈を読むと、暗号だのという妄想は払拭されました(笑)
スサノウにとって、やはり「出雲」が重要なポイントなのだと感じます。
クシナダヒメは蛇姫とも言われますし、ヤマタノオロチは水神とも山神とも言われているようですね。
また、クシナダヒメは8人姉妹です。
この「8」とヤマタノオロチの「8」、偶然でしょうか。
ヤマタノオロチの頭ひとつにつき、ひとりの娘・・・・。
実際は順番だったようですので無関係かもしれませんね(笑)
少し話が戻りますが、ヤマタノオロチは高志(越)の国(新潟)から来たという説もあるようなのですが、ヘビではなく、高志あたりからやってきた豪族たち侵略者が、出雲の地域を支配し住民を苦しめていたのを、スサノオが退治したというのが、無難な説かもしれません。
または、さきほど書いたように、朝鮮からの製鉄職能集団を退治した、という意味にもとれます。
実際、ヤマタノオロチのような怪物は、そうそういないだろうし、高志からの侵略者が、8人の娘を次々と差し出せといったなら、なんとなく腑に落ちます。
「8」から、何を想起させたかったのか。その謎は不明ですが。
勝手な妄想をすれば、「8」は、特に古代では「多くの数」を意味するそうですので、実際は、侵略者の犠牲になった娘は、クシナダヒメ姉妹の8人だけではなかったし、侵略者も八岐大蛇の頭と尾の数より、ずっと多かったのだと思えます。
セオニョのお話は、反物を織ったという共通のことから、織姫を連想しました。
フツとフルですが、古代朝鮮では漢字も使われていたようですので、勝手な想像になりますが、「布都」「布留」という言葉があったのなら、セオニョの布につながるようにも思えました。
そこからワカフツヌシに結びつけようと想像したのですが、まったくわかりません(笑)
それと、先ほどリンクをはった「国引き神話」のところに、
当初、作られた出雲国は「八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)」によれば「狭布(さの)の稚国なるかも、初国小さく作らせり、故(かれ)、作り縫はな」という失敗作であったという。「狭布」すなわち国の形は東西に細長い布のようであったという。
ここにも「布」が出てきました。
これは、スサノウがヨノランとしてセオニョと新羅にいたが、なんらかの理由から出雲に来た、というお話に、いよいよ信憑性の高さを感じます。
物部太媛のお話も興味深いですね。
親や親族の政権争いのために、嫁ぐというより、送り込まれ、政治や権力争いに利用された女性が多いと思いますが、『成功の陰に女あり』という諺もあることですし、その影響は大きかったかもしれません。
これは、もしかすると、江戸時代の徳川家の政略結婚や縁組より、ミステリアスな気がします(笑)
話が前後したり、入り乱れて申し訳ないのですが、先日、埼玉県の、武蔵一宮氷川神社にお守りを受けに行った話をしました。
主人が上海に行ったので、事故ケガ病気のないよう、お願いして受けたお守りでしたが、無事帰ってきたので(軽い風邪をひいてきましたが)、そのお守りを納めるのと、お礼参りに行ってきました。
ご存じのとおり、ご祭神はスサノオなので、「このところ農園主さんからスサノウさまのことをいろいろ教えていただいてます」などと、お話してきました(笑)
そういえば、どこにもスサノウとヤマタノオロチのことは書いてないな、と思いながら神社を出ようとしたのですが、境内図の看板をふと見ると、「蛇の池」というのがあります。
その池のことは今までまったく知らず、行ったことはありません。
見ると、いちばん奥のところで、そんなところに道があったのも知りませんでした。
撮った写真をはりますが、スサノオとヤマタノオロチのことが書かれていました。
ネットで調べたら、この池が氷川神社の始まりであり、数年前まで禁足地だったとのこと。
少し奥まっているので、ひとりでは行きにくいところでしたが、他にもお参りしている人がいました。
農園主さんの記事からいろいろ妄想してしまいましたが、すべて、素人レベルのいいかげんな妄想です。
巳年の最後にヘビの話~~、とお書きになっていらっしゃいましたが、お返事を書き始めて下書きにためていた、ある日の真夜中です←怖い話を連想しそうな書き方ですが違います(笑)
前に雑談で書いたことがある、テレビ朝日の『全力坂』を、遅くまで起きていたので(深夜1:20くらいから5分の番組)、寝ながら携帯のワンセグで見ました。
氷川神社に行き、蛇の池もお参りした、その日の夜中です。
この日の坂は、なんと、東京都港区三田にある『蛇坂』でした。
思わず、笑ってしまいました(笑)
そろそろ農閑期が近づいてきましたね。
昨年末からの農閑期は、思いがけず体調をくずされたので、今年は元気で楽しい農閑期になりますように。
私は、今年もクリスマスコンサート、年忘れコンサートなどが控えているので、お互いに絶好調な体調で過ごしましょう(^^)v