山麓王国

2024年7月の投稿9件]

2024年7月31日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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変えることができない点をつないでいく。
とてもわかりやすい言い方を、ありがとうございます。

歴史の専門家は、実際に考えたことが突飛だったりすると、発表しにくいということもあるでしょうね。
本当の考えとは異なることを発表するということもありそうです。

その点小説家なら、どんな無茶なことを書いても、「小説だから」ですむわけです。

だから、最近のNHKの大河ドラマをはじめ、変わった視点の歴史物語が展開されても、そのつじつまの合わなさを追求することなく、気軽に楽しめるのかもしれません。

「生存説」のウィキペディアがあるんですね。
ありがとうございます。
どれもありそうで、おもしろいです。
これも、想像の世界ですね。
それこそ、点をつないでいったらいろいろな説ができあがりそうです。

昨日、イトーヨーカドーというスーパーで、いちまさの「うな次郎」を見つけました!
こちらでは売っていないものと思っていたので、びっくりです。
本当に、よくできていますね。
タレと山椒までついていて、本物と勘違いしそうなものでした。


先日偶然、おもしろい無料漫画を見つけました。

「スキマ」という電子書籍サイトの中の、『昭和天皇物語 』(全15巻 4巻分期間限定無料)。

https://www.sukima.me/book/title/BT00004...

絵面はともかく、原作は昭和史に詳しい半藤一利(追記=邪馬台国九州説の人なんですね)なので、ほぼ事実によるものかと思います。

皇太子時代のご進講で、「神話は歴史とは違う」と教える学者、「人間の祖先はサル」と断言する学者が描かれており、当時の天皇の在り方を考えると、爆弾発言だったと思います(笑)

とりあえず無料分だけ読んでみようと思っているのですが、昭和天皇が一般的に周知されているイメージと違うように感じ、なかなか興味深く、おもしろいです。

ところで、デスクトップパソコンが、とうとう・・・とうとう!!
作動しなくなりました( `ー´)ノ

NECのサポート、Microsoftのサポートも相談しましたが、8,1のまま使っていたのでedgeがまったく使えなり、初期化しても10を導入できるとは断言できず、初期化が成功してGoogle chromeを導入するとNECのサポート外になり、リスクも大きいということでした。

おかしくなった時点でデスクトップ画面にあったものはUSBに移したのですが、パソコンを新しくするとインストールできない音楽関係のソフトもあるので、けっこうなショックを受けています」(-_-;)

こんなに早く使用不可(書き間違いでした)になるなら(NECの人は、よく10年以上もったと思います、と、、、)、4月にノートパソコンを買わないで、もう二度とインストールできないものも潔くあきらめて、デスクトップを買っておけばよかった(T_T)

それにしても異常な暑さですが、大丈夫ですか?
冷たいものは普段から摂らないのですが、果物がゴロゴロ入ったゼリーにはまっています。
口当たりがいいせいでしょうか、生き返る気がします。

この暑さでは気をつけようもないでしょうが、夏バテしないよう、少しでも睡眠とお食事、そしておいしいお酒も(笑)しっかりとって、乗り切ってくださいね。

2024年7月26日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ぼくはよその国の神話のことはよく知らないのですが、ちょっと真剣に取り組んでみようかとおもっています。

ギズモさんのおっしゃったように、神話と実際の歴史は地続きです。

なので、各国の神話を読む場合、その国の神話当時の古代から現代にまでつながる人々の精神性であるとか、文化的な側面、地理的な関係にまで踏み込んでいかないと理解できないので、大仕事になるんですよね。

そしてこれもギズモさんがおっしゃっていた通りで、歴史は想像していくものですよね。

ヘンなたとえですが、歴史について考えるのは、星座をつなぐのに似ているかもしれません。

考古学的に立証された物的証拠や、残された文物、実際に起こったできごとなどを点とします。

これらはもう固まった出来事なので、変えることができません。

しかしそれをどう線でつなぐのかというのは、個人の裁量でどうにでもなるところも多いんです。

だから、歴史小説でその作家が、歴史上の人物をどのように切り取って、歴史的事実の行間をどう想像したのかは、読み手として最大の楽しみです。

たとえば最近、『極楽征夷大将軍』を聞きました。

あれは足利尊氏・直義兄弟の人生を描く話なんですが、歴史的事実の点を見事な星座につないだような作品でした。



高木彬光さん、推理小説家なんですね。ずいぶんおもしろそうな作家で、興味があります。

『邪馬台国の秘密』もおもしろそうです。

ぼくは推理小説の分野にうとく、かろうじて山田風太郎さんは名前を知っていますが、その知己である高木彬光さんは知りませんでした。ギズモさんはよほど推理小説を読み込まれてるんですね。

チンギスハンと義経の同一人物説は根強くささやかれていますが、あれはいわゆる「ヒトラーは死んでいなかった」の類の伝説で、特に影響力のある権力者が非業の死を遂げた場合に起こりやすい現象だとおもいます。

Wikipediaには「生存説」という項目があって、死後の生存がささやかれた人物が列挙されていました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%...



ところで、ぼくの卑弥呼の話は、おそらく考えた人はいるのだとおもいます。

けれどこういう話は発表しづらいんじゃないかと推測しています。

なぜなら、初代天皇からの初期の系譜に、憶測で手を突っ込んでかき回すようなことをしたら、思想的にうるさい人がなにを騒ぎ立てるかわかりません(笑)

なにせ、証拠らしい証拠のない話ですから。

これこそ、森鴎外の『かのように』が伝えていたことで、わが国では初代神武天皇からの天皇は、たとえ疑わしいにせよ存在した「かのように」しておかねばならない、アンタッチャブルなところなので、そこを証拠もなしにまことしやかなことをいうと、それこそなにをされるかわかりません(笑)

しかし、大々的に発表せずとも、こういうことを内々に気づく、たのしむということが、歴史を愛好する人間にとって喜びなのはまちがいないですね。

2024年7月22日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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マッサージ機で刺激してしまったのでしょうか。大変な思いをなさいましたね。
でも、ベストな解決方法が見つかってよかったです。
うっかり整形外科に行くと、リハビリ(電気とかマッサージとか)に延々と通わされ、いつまでたっても効果がないということが多いです。

今回も、とてもおもしろく、新鮮な興味を持って読ませていただきました。

前回No,1490を書いたあと、ずっと考えていたことがあります。
それは、神様が実在したかしないかは関係なく、神話と歴史はたぶん密接なつながりがあるのではないか、ということ。
そして、歴史というのは、どんな些細な情報でも信憑性がないことでも、いろいろなことをつなぎ合わせたり切り落として、想像していくものではないか、ということでした。
想像するということは正確な歴史とは違いますが、様々なことがどんどん塗りかえられていく時代に、これが正解というものはないに等しいのかもしれません。
そこで、自分なりに想像し、構築していくことが、歴史との向き合い方のように思えたのですが、それは決して確証を得ることを前提にしたり、正確な結論を導き出すものでなくてもよい、とも思いました。

そんなわけで、今回の記事を読ませていただき、想像というところでシンクロしたように感じ、ちょっとびっくりしました(笑)

ずいぶん前に高木彬光の『成吉思汗の秘密』を読んだのですが、名探偵が入院して退屈な時に謎を解くベッド・ディテクティブの形をとっているので、いわゆる推理小説なのですが、チンギスカン(チンギスハン)と源義経が同一人物だという事を検証していくお話です。

歴史もののような堅苦しさがなくおもしろかったのですが、この作家が『邪馬台国の秘密』を書いていました。
昭和47年なので、まだ教科書では邪馬台国は九州にあったと書かれていた頃かもしれませんね。
まだ読んでいませんが、やはりベッド・ディテクティブ形式で、卑弥呼、邪馬台国の謎を解いていくお話のようです。
ネットで調べると、『魏志倭人伝』の内容は正確なものだと仮定(断定?)して、書いているようでした。

それにもう一冊、『古代天皇の秘密』というものもありました。
神武天皇は存在したのか、大和朝廷の謎、隼人族、熊襲族、天孫降臨、神話の解明など、古代史の実像に迫る、と書いてありました。
こちらも興味あります。

歴史について自分なりの考えを書きたかったのを、歴史小説とはせず、入院中の探偵が謎を解き明かしていくという推理小説の形をとったことに、この作家の拘りを感じます。


邪馬台国や卑弥呼にはあまり関心がなかったのに、農園主さんの記事から大変興味を持ってしまいました(笑)

農園主さんが書いていらっしゃることは、想像、フィクションであるのかもしれませんが、歴史的な一考察なので、どこか別の場で発表なさる機会があればいいなと思います。


いつも、いろいろな刺激をありがとうございます(人''▽`)
知りたいことが広がるというのは、本当にありがたいことです。
私にとっては、ネットであれこれ調べたりいろいろな本を読むよりも、農園主さんの記事の方が、わかりやすく興味深く読めるので、うれしいです。

2024年7月19日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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肩こり、運動で治ったのならなによりです。

ぼくは数か月前に、温泉でマッサージ機をつかったのをきっかけに、ひどい肩こり(四十肩)にみまわれて、肩の運動もしたのですがよけいに悪化の一途をたどりました。

なにせ夜も眠るのに苦労するくらいの痛みだったので途方に暮れて、鎮痛消炎効果のある湿布を貼ったところ楽にはなったのですが、どうもじわじわした痛みが残って、具合がわるいんです。

そこで、わらにもすがるおもいで、エレキバンがそのままネックレスになったマグネループというアイテムを買いました。

これが、ぼくにはよく効きました。

いまもつけてるんですが、肩の不調はウソのように治まっています。

そんなこともありましたから、もししつこい肩こりで、運動でも治らないようことがありましたら、磁気アイテムもご検討ください(笑)



鬼のお話、興味深かったので、そちらで広げようかともおもったのですが、今回は卑弥呼で広げてみようとおもいます。

帚木蓬生さんの作品にはいままで読んだことがないのですが、また機会のあるときに触れてみようとおもいます。

今回も長い話になるんですが、こういう視点で卑弥呼の話をした人を見かけたことがないので、ちょっと興味深いのではないかとおもっています。



卑弥呼については、詳細な記述は魏志の倭人伝に頼るほかないんですよね。

倭人伝は西暦でいうと200年代末に中国で書かれたもので、これは古事記や日本書紀より400年以上も前ということになります。

ですから、古事記を編纂する当時、日本にはすでに倭人伝の情報が渡来していた可能性があります。

あるいは渡来人が倭人伝のことを知っていた可能性もあります。

そう考えると、日本神話におけるアマテラスの物語は、倭人伝の卑弥呼の一節を参考にしている可能性があるのではないか。

きょうは倭人伝が日本に渡来していたと仮定して、古事記と卑弥呼の「フィクション」をお話したいとおもいます。



古事記編纂の当時、朝廷に卑弥呼が統治してきた時代のヤマトのことをはっきり知る者はいませんでした。

なにせ文字のない時代でしたから、じぶんの祖父母より向こうのご先祖がなにをしていたかなんて、よほどしっかりと口伝で残していないと、だれもそんなことを知らない時代です。

江戸時代ですら、中期にもなると人々は「天地開闢以来ずっと徳川が世をおさめていたのだ」と漠然とおもっていたといいます。

古代の人々が数世代以前の統治者をおぼえていなかったり、あいまいなのは当然といえるでしょう。

しかし大陸から渡ってきた書物の「倭人伝」には、卑弥呼なる巫女が、いかにもヤマトのごとき「邪馬台国」という国を統治していたという記述があります。

もうすでに数百年も前の出来事であり、朝廷にそのことが口伝されていない以上、そういったことが実際にあったかどうか、確かめるすべはありません。

もちろん日本より文明のすぐれた大陸から渡ってきた書物ですから、正確性はあるとおもいます。

でも国内に卑弥呼を知る者がおらず、過去のことを口伝でまとめるにあたっては、もう神武からは天皇で進めていこうと筋立てが決まってしまっていました。

そこで苦肉の策として、この出来事は天皇の御代よりも前、高天原の神代に起こったエピソードにしようではないか、ということになったのです。



そのように想像すると、日本神話におけるある矛盾に、一定の理由付けができるようにもおもえます。

それはなにかというと、アマテラスは高天原に存在したわけですよね。

そのあとで、ニニギノミコトが九州に降臨し、初代神武天皇が奈良に東征する。

なのに、奈良に墳墓があるといわれる卑弥呼がアマテラスと似てるなんて、時系列がおかしいじゃないかという問題です。

もしアマテラスと卑弥呼が同一人物なら、せめて卑弥呼は天孫降臨の地である九州にいたということでないと、つじつまが合いません。

それで、長い間歴史家は、卑弥呼の畿内説と九州説でもめていたわけです。

しかしいま説明したとおり、太安万侶らが古事記・日本書紀を編纂するにあたって、朝廷の中ではすでに卑弥呼のことは無視して、天皇が統治していたことにしようという筋立てがあったのではないでしょうか。

しかし倭人伝の卑弥呼のエピソードを無視するわけにはいかないから、あくまで神話時代の挿話として、アマテラスの天岩戸の物語として差し込んだ。

そうすれば、倭人伝もいちおうそれとなく日本の歴史に差し挟んだかっこうにはなるし、この歴史書の時系列の狂いに一定の理由付けができます。



ところで、奈良の箸墓古墳は卑弥呼の墓ではないかという説があります。

箸墓古墳には倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)がまつられているといいます。

第7代孝霊天皇の娘といわれるのですが、初期の時代の天皇は、実際に存在していたかどうかあいまいなんです。

あいまいなので、西暦何年にだれが日本を統治していたかもわかりません。

しかしある学者によると倭迹迹日百襲姫命こそが卑弥呼なのではないかというのです。

卑弥呼が西暦200年代末に存在したことを考えると、おおむね孝霊天皇の御代に卑弥呼が存在したというのも、納得できるところではあります。

ただ、そうすると倭人伝における卑弥呼が「女王」であり、男王を立てると世が乱れたという記述とは、食い違いが出てしまう。

なぜなら、古事記・日本書紀ではこの時代の天皇は男で固まっているからです。

この時代に女王統治されていたという記述は、古事記・日本書紀にはありません。



ぼくはどう考えるかというと、倭迹迹日百襲姫命に近い存在が卑弥呼として当時の日本を統治していたとはおもうのです。

しかし先ほども述べたように、古事記や日本書紀といった歴史書を編纂する時代には、初代からの天皇については、各豪族の口伝などで、おおむね筋立てが決まっていたとします。

もう、天皇が統治していたというストーリーで決まりでしょ、ということになってしまっているわけです。

なのに倭人伝には卑弥呼の記述がありますし、実際女王統治の時代はあったのでしょう。

なにせ倭人伝は、いつ卑弥呼が日本を統治していたかもはっきり書いているので、古事記・日本書紀を編纂する側としてはどうにも具合がわるいのです。



というのも、古事記や日本書紀の目的は、天皇家、そして日本という国家の正当性と、その権力のあらましを、文章という形で残すことでした。

ですから、歴史書としての正確性は二の次でした。

正確な記録を残すのが目的ではなくて、「日本は天皇が統治する国である」ということを示すことが目的だったのです。

なので極端なことをいえば、古事記や日本書紀が書かれるより以前の日本のありように関しては、べつにあいまいでも問題なかった。

もう少し突っ込んだことをいえば、朝廷の有力な豪族たちが、その歴史で文句を言わず、納得してくれるのであれば、ほんとうの歴史じゃなくてもなんの問題もなかったのです。

占いで統治していた女王の時代があって、男の王をたてると国が乱れたなんて話よりも、初代から男の天皇が代々統治していたとするほうが、朝廷の重臣たちからすると納得がいく。

なのに、時代まではっきりしている倭人伝に、卑弥呼という女王がいたと書かれてしまっているわけでしょう。

日本という国の歴史は、日本人が決めるべきもののはず。

たとえ大陸で書かれた正確性の高い歴史書であるにせよ、朝廷の重臣たちの顔を立てないわけにはいきません。

けれど倭人伝を完全に無視するというわけにもいかないしなあ……と思案した結果、あのあたりの時代のことはうやむやにして、倭人伝の卑弥呼の件はアマテラスの挿話にしてしまおう、ということになった、という物語です(笑)



じつは古事記・日本書紀研究においても、二代目から九代目までの天皇の時代は、「欠史八代」などといわれる、存在があいまいな時代なんですよね。

言い換えれば「この時代の天皇はほんとうに実在したのか」という議論があるのです。

古代史はあいまいなところが多い分、こういった想像を差し込むゆとりがあるのは、たのしいですね。

というわけで、この話はあくまでフィクションとして聞いていただきたいのですが、実際古代の朝廷の、記紀編纂の現場はこんな感じだったんじゃないかとおもっています。

2024年7月14日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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それは大変でしたね。
アプリの数が多いとずいぶんと厄介な作業だと思います。
お疲れ様でした(o_ _)o))

ネッククーラー、お役に立っているようでよかったです!
去年、リング型の物を買ったのですが、すぐに冷たさを感じなくなってしまうのと、着け心地がゴリゴリ感満載で、引き出しにしまい込んでしまいました。
外で使用すると、すぐぬるくなってしまいますよね。
年々夏の暑さがひどくなっているので、もうちょっといいものが改良されてくるといいのですが。

かぐや姫、神話のお話など、さらに詳しいご説明をありがとうございます。

アマテラス・卑弥呼・壱与の関係性のお話は、ちょっとした衝撃で、興味を覚えました。

このあたりを少しだけ調べていて、私の好きな作家、帚木蓬生が『日御子』を書いていたのを思い出しました。
(書き足し)帚木蓬生の作品は殆ど読んではいるのですが、日御子はこの作家にしては珍しいのと、卑弥呼にさほど興味がなかったので敬遠していました。
近いうち、読んでみようと思います。

卑弥呼は小学校の教科書にも登場する人物ですし、邪馬台国がどこにあったかも書き換えられてきています。
やはり、日本の歴史を語る上では、欠かすことができない、重要なものなのでしょうね。
私の捉え方としては、歴史というより、神話に近いもののような気がします。

鬼の伝説の話を読ませていただき、大江山の酒呑童子のことは知っていますが、他になにかあったかと調べてみました。
そこで、こんなサイトを見つけましたが、農園主さんは、ご存じのことばかりと思います。

https://www.uminokyoto.jp/feature/detail...

ここで「土蜘蛛」という言葉があり、それが記憶に引っかかっていたのですが、京都の六波羅蜜寺(空也上人で有名な)の節分だったと思いあたりました。

節分に合わせて2回お参りに行ったのですが、ただ豆を撒くだけでなく、鬼ではなく土蜘蛛を退治する儀式がありました。
土蜘蛛は鬼だということを、さきほどのサイトで知りました←2回観ても理解できていなかったという(笑)

さらに、「鬼は土蜘蛛と呼ばれ、天皇に従わなかった地方の豪族といわれています」と書いてありました。
農園主さんのご見解のとおりですね。
また新しく興味のあるお話ばかり、ありがとうございました。

余談です。
お声がけをいただいたので、4月からさらに一ヶ所仕事を増やしました。
どこも月に2~3回なのですが、2日続くとけっこうな疲労があり、疲れが取れない状態が続いています。
特に、首肩の凝りがひどく、それに伴い頭痛もありました。
マッサージに行きたいと思いながら、仕事のイベントも控えていて、準備に追われ時間もなく、しまいには歯まで浮いてきました。

そこで、騙されたと思って(自分に使うことばではないですね(笑))、本当に簡単な、肩周りをほぐす(らしい)運動を3分ほどやってみたところ、不調が明らかに改善されてきました。
まだ1週間もたちませんが、こんな些細なことでほぐれるなら、もっと早くやっておけばよかったと(^_^;)

2024年7月11日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ここ数日、スマホのスピーカーが故障したことで、買い替えをしていました。

きのう届いて、まるまる一日かけて設定をしました。アプリの移動などいろいろラクにはなったとおもうんですが、ひとつひとつのアプリを以前とおなじ使い勝手にしようとおもうと手間がかかりますね。



それと、先日非常に暑い日がありました。

35度以上の猛暑で、さすがに農作業をするのもたいへんなんですが、いただいたネッククーラーを利用させていただきました。

生地の素材がやわらかく、冷却素材の幅が広いので、着け心地もよく、首の後ろ全体を冷却してくれて、たいへん助かりました。

これから夏に重宝します。ありがとうございました。



かぐや姫については、以前にもお話ししたとおもうんですが、もともとは神仏習合ですよね。

かぐや姫を迎えにきた存在が不老不死の薬を人間に与えるところから、ぼくはあれは薬師如来がモデルなのではないかといいました。

かぐや姫は本地垂迹(仏教の仏が渡来するまでの間、日本神話の神の姿を借りてあらわれたという伝説)にもとづいているのだとおもいます。

つまり、大陸からきた神仏が、日本の神々よりも優位だった時代の話ですね。

というのも、竹取物語におけるかぐや姫は異界の神仏の一族で、その一族の力には帝(神道)でもかなわない、という話でしょう。

もしこれが明治から終戦までのように、天皇を一神教のように崇める国家神道だったら、帝(天皇)が負けてしまう物語がつくられるはずはありません。

竹取物語の当時の日本では、大陸からやってきた仏教が隆盛を極めていて、神道の威光・信仰が薄れていました。

そこで、神道は仏教に取り込まれるカタチで生き残りをかけたんですよね。
それが神仏習合です。

大陸から渡来した文化は、それだけ当時は強大だととらえられていました。

だから、異界の一族に天皇も手出しできないという物語も、抵抗なく受け入れられたのでしょう。

前回は神話からアプローチしてかぐや姫を考えましたが、日本神話とかぐや姫を結び付けるのは近世以降のムーブメントであって、それ以前のかぐや姫は、神と仏の融合した「神仏」だったのだとおもいます。

富士山かぐや姫ミュージアムのお話は、竹取物語とはべつのカタチで、非常に仏教色の強いかぐや姫の物語ですよね。

近世以前にさかのぼると、かぐや姫の物語も「仏教説話」のような形で各地に伝わっていたのかもしれませんね。



日本神話がほんとうにあったかどうかというお話ですが、細かいディテールまで実際にあったと考えるよりは、大雑把にそういったことがあった、と考えるのが通例のようです。

たとえば登場人物はひとりではなく、集団をあらわすケースが多いですね。

ニニギノミコトの息子である山幸彦・海幸彦は、それぞれその当時九州で影響力を持っていた天孫族と隼人族をあらわすとされています。

神話では山幸彦・海幸彦という人物がいた、というのですが、実際は集団同士の争いがあったということを、縮図のように神の物語としたのでしょう。

鬼(あるいは元をたどれば「わに」か)が、大陸からの異人をさしていたというのも、そうですね。

〇〇という鬼がいたという伝説になってはいますが、鬼そのものが「国家の安寧をおびやかす異人の一群」という属性をあらわしているわけです。

日本の鬼の多くは、日本海側(あるいは日本海側に近い内陸)、そして瀬戸内海に近い場所にその伝承が多いです。

太平洋側ではあまり鬼の伝説を聞きませんが、それはやはり、鬼が大陸からわたってくるときのルートにかかわりがあるんですよね。

やはり日本海側からやってくるか、九州の福岡あたりを経由して、瀬戸内海の海を渡ってくるというルートになるわけで、実際日本の多くの鬼の分布もそうなっています。

そして大陸からわたってきた連中が朝廷の国家安寧をおびやかす存在になったときには、国家の威信をかけて討伐した。

それが神話や民間伝承において、かれらを「鬼」という悪のアイコンに仕立てたんですね。



ところでそのように、神話の登場人物をひとりの人間として考えない、というやり方でみていくと、アマテラスの伝説と卑弥呼の魏志倭人伝の伝説にもつながりが感じられます。

アマテラスが天岩戸に隠れると、世の中が真っ暗闇になり、おかしな神々がはびこるようになった。

そこで多くの神々がなんとかしてアマテラスを引っ張り出したという、アレです。

魏志倭人伝では、卑弥呼は邪馬台国(これはやはりヤマト国につながることでしょう)をおさめていて、彼女が死ぬと男の王が立ちます。

しかしその男の王を不服として国が乱れたといいます。

そこで卑弥呼の血縁にあったまだ13歳の壱与(台与)をあらためて女王としたところ、国の乱れがおさまったというのです。

つまり、アマテラスをひとりの人物と考えるのではなく、卑弥呼と壱与の「女王の時代」として考えるわけです。

天岩戸にかくれたというのは、卑弥呼が亡くなったこと。

その後天岩戸からまたあらわれたというのは、壱与が改めて女王となったということをあらわしている、と考えるとどうでしょう。

魏志倭人伝においては「卑弥呼には弟がいた」という記述がありますが、それが果たしてスサノオなのかどうかはわかりません。

卑弥呼の後に立った男王と、卑弥呼の弟のつながりについても魏志倭人伝にはなにも書かれていません。

しかしこの血縁についても、実際のきょうだいであるというよりは、国という単位でみて最終的に朝廷という形に集約されていくまでの、各地の王族などの集団を、あたかも血縁のように描いていると考えるほうが自然だとおもいます。

もちろんこれらの話は仮説のひとつなわけですが、日本神話の場合、やはり集団の権力争いや国同士の物語が下地になっている、と考えると、実際の出来事と接点が得られることも多いんですよね。

2024年7月6日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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私のつまらない妄想話から、思いもよらなかったことを、詳しく、そしてわかりやすくご説明いただき、ありがとうございます。

大雑把な神話の系図は知っていても、見落としている神様や、関係が理解できていなかったものが、かなりあったことに気がつきました。
私がお参りしたことがある神社で、オオヤマツミが主祭神のところは少ないのですが、先月行った秩父の宝登山神社では主祭神でした。
コノハナサクヤヒメの父親だったんですね。

香用比売ですが、読み方を誤って覚えていました。
そして、同じ読み方でも、違う神様もいたんですね、迦具夜比売。

讃岐垂根王の話、朝熊神社と浅間神社の話、すべてが、とても興味深いです。

しっかり気合を入れて読ませていただきました(笑)

神話や、神話から派生した話というのは、こうやって偶然の重なりを紐解いていく楽しさ、おもしろさがありますね。
農園主さんのご見解は、本当にうなってしまうことばかりです。

静岡県の『富士山かぐや姫ミュージアム』のHPには、かぐや姫は月に帰らず、富士山に帰ったと書かれています。
また、育てたおじいさん、おばあさんも、神様だったようです。
神話や民話を題材にして、その土地特有の話を作り上げたものでしょうが、一応そのページを貼っておきます。

https://museum.city.fuji.shizuoka.jp/pri...


日本に限らず、ギリシャ神話、ローマ神話など、世界各国でその国独自の神話がありますが、日本神話にしても、実際に神様に会って記録を取って書きとめてきたわけではなく、そもそも初めはいったい誰が言いだしたことなのか、それとも本当にいたのか、というところが気になります(笑)

ただ、どの国でも、そんなあやふやな信憑性に欠けるような神話をもとにして、たくさんの民話・おとぎ話を伝承し、さらには歌、童謡や詩、叙事文学などにして、語り継ぎ、歌い継がれてきたという、神話の底力のような魅力は本当にすごいものだと思います。

そういえば、星座もギリシャ神話に関連がありましたね。

星座といえば、明日は新暦のたなばたですが、七夕伝説も、もとは中国の神話だと言います。

コノハナサクヤヒメから、ずいぶんとたくさんのことを教えていただきましたが、恐らく農園主さんとしては、もっと多くのことを、さらに深堀りして、詳しくお書きになりたかったのではないでしょうか。
私の話からお時間を取らせてしまい、申し訳なかったですが、またいろいろと教えていただけたら大変うれしいです。

2024年7月5日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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1484
かぐや姫のお話をうかがったので、きょうは返信でいただいた富士山や朝熊神社のお話をまじえて、こんな話はいかがでしょうか。

できるだけ混みあった話にはせず、わかりやすく伝えたいのですが、深掘りしているので、すこし気合を入れてお読みください(笑)



イザナギとイザナギの国生みの神話はご存知だとおもいます。

この際にたくさんの神が生まれました。

スサノオやアマテラスがそうですが、オオヤマツミもそのひとりです。

オオヤマツミは、コノハナサクヤやイワナガヒメの父親です。

つまり、コノハナサクヤやイワナガヒメからすると、スサノオは「おじさん」ということになります。

そのスサノオおじさんの子に大年神がいます。いわゆる年神様です。

コノハナサクヤたちからすると、いとこの関係ですね。

この大年神の妻が、香用比売(かぐよひめ)といいます。

つまり、コノハナサクヤたちからすれば、香用比売はいとこの大年神の奥さん、ということになりますね。



コノハナサクヤとの血縁はありませんが、非常に近いところに、かぐや姫に名前の似た、かぐよ姫がいるわけです。

この「かぐ」には、輝くとか、見目麗しいという意味があり、農耕祭祀の玉や農具にかかる光をあらわすともいわれます。

たとえば奈良県の香具山は、「輝く山」という意味になりますし、かぐよ姫もかぐや姫も「輝く姫」という意味になります。

光り輝く竹から生まれた美しいかぐや姫ですから、やはり言葉の意味は通っています。



しかしかぐや姫といちばん関連性が強いのは、古墳時代の天皇とされる11代垂仁天皇の妻、迦具夜比売(かぐよひめ)でしょう。

迦具夜比売の父親は大筒木垂根王(おおつつきたるねのみこ)といい、その弟に讃岐垂根王(さぬきたるねのみこ)がいます。

竹取物語の翁の名前は讃岐造(さぬきのみやつこ)ですから、迦具夜比売のおじさんが讃岐垂根王であることは、偶然とはおもえません。

さらに、富士山の浅間大社の由来は、過去の噴火で荒廃していた富士山に、垂仁天皇が浅間神をまつったのが始まりといわれています。

かぐや姫の物語の最後は、不老不死の薬を富士山で焼いてしまうというものですが、垂仁天皇と富士山の関係性も、かぐや姫の物語と無縁ではないでしょう。

これらの点をみると、かぐや姫のモデルが迦具夜比売という説は、かなり固いとおもいます。



では、コノハナサクヤに近しい大年神の妻の香用比売はどうでしょう。

お話いただいた朝熊神社も、御祭神は「大年神・苔虫命・朝熊水神」とされていますが、朝熊神社は古く桜の名所だったそうで、御祭神を「桜大刀自命(コノハナサクヤ)・苔虫命・朝熊水神」とする説もあるそうな。

大年神とコノハナサクヤ姉妹に接点がもたらされるような話で、さらに朝熊神社と浅間神社になにか接点があるのではないかといううわさもあります。

とはいえ、このように論拠のあやしいところから結び付けて考えるのは危なっかしいことですね。

香用比売とかぐや姫のラインは、いかにも接点がありそうでしたが、詰めていくと、単なる偶然ともいえるレベルで、線としてはかなり薄いといわざるをえません。

ただ、すくなくとも、かぐや姫を匂わせるかぐよ姫が、日本神話の物語の中にふたりいるわけです。

かぐや姫の富士山のエピソードと、香用比売や迦具夜比売の関係性については、なんとなくご理解いただけるのではないかとおもいます。

ところで、ギズモさんもおっしゃっていたように、富士山の御祭神がコノハナサクヤになったのは近世以降で、それまでは「浅間神」(ギズモさんのおっしゃる「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」)としてまつられていたといいます。

近世に国学の情報が流通するにしたがって、「不死の山」から長寿のイワナガヒメをあてるようになり、火中で子を生んだとされる姉妹のコノハナサクヤも連想され、御祭神にまつられるようになったのでしょう。

またかぐや姫伝説とコノハナサクヤがむすびついていくわけですが、コノハナサクヤと富士山の関係は近世以降のものですから、それ以前をたぐっていくと、「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」、やはりかぐや姫が御祭神のようにまつられていたのかな、とおもいます。

2024年7月1日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ちちぶまゆ、お口に合ったようでよかったです!!
秩父産のカエデ糖から作ったメープルシロップだったんですね。びっくりです。

コロナに限らず、何かしらの風邪のようなものに罹っている人が最近多いですね。
電車でも道でもお店の中でも、咳をしている人がいたら、急いでササッと逃げています(笑)

冨士山小御嶽神社関連のお話、とても詳しく教えてくださり、ありがとうございます。
「大変」、を何回も書きたいくらい、大変興味深く読ませていただきました。

とりとめのない話ですが、関連する余談としてお読みください。

伊豆に大室山という山がありますが(ネットの写真を貼っておきます)、ここの浅間神社のご祭神はイワナガヒメです。
山といっても、標高580メートル、リフトで登ります←けっこう、というか、かなり怖いです(笑)

そこで聞いた話です(確かテープで回っていました)
晴れた時は富士山が向かい側に見えるが、富士山の神様は妹のコノハナサクヤヒメで、イワナガヒメは美しい妹をねたんでいたため、大室山では絶対に「富士山がきれい」と言ってはいけない。
姉と妹の山は、いつもにらみ合っている

その後古事記など読み返し、姉妹の確執の話とはちょっと違うように感じていましたが、農園主さんの記事を読ませていただき、美醜で人を判断する愚かさに対する戒めという、教義めいたものということだとわかりました。

姉妹両方まつってある神社、珍しいですね。

富士山信仰総本山で全国にある浅間神社の主祭神はコノハナサクヤヒメ。あるいはイワナガヒメ。
そして、富士山周辺の浅間神社はコノハナサクヤヒメが多いけれど、富士山から離れるとイワナガヒメが主流となるらしいです。

学生時代、伊勢にいらしたということですが、内宮の摂社『朝熊神社』『朝熊御前神社』、そこのご祭神の一柱が、苔虫命(苔虫神)だそうですね。
奈良時代まで朝熊神社の神体山であった朝熊山は「あさまやま」で、富士山が遥拝できることから、「浅間(あさま)」に通じているとのことらしいです。

と、ここまで書いて、農園主さんはご存じのことばかりだろうなぁ、と思い、消そうかどうしようか悩みます(笑)


桜大刀自命のお話、すごいところにお話が関連していたんですね~。
ここからは私の勝手な妄想です。

冨士山小御嶽神社の創建は、937年となっています。
竹取物語が書かれたのが平安時代の初めですから、その後の創建になります。

富士山のご祭神がコノハナサクヤヒメになったのは、1616年あたり、林羅山の神話解釈によるものが始まりだったようで、中世から江戸初期にかけて富士山の女神としてまつられていたのは「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」でした。
仏教の衰退とともに、どこかでコノハナサクヤヒメに入れ替わったという説がある一方で、コノハナサクヤヒメとかぐや姫が同一視される説もありますね。

結局、冨士山小御嶽神社の創建が937年だとすると、当時とご祭神が異なっていることも考えられます。
小御嶽は富士山よりも先に出現した山なので、その関係でご祭神が富士山とは違うということもありそうです。

竹取物語のラストでは「国で一番高い山の頂上で、帝が(実際は使いの者)かぐや姫からもらった不老不死の薬を燃やしたので、死なない山、不死山(ふじさん)となった」と書かれています。
その後、不二山などと漢字を変えていっているようですね。

そんな山ですので、高貴で長生きの女性(刀自)である「桜大刀自命」、そして年齢を重ねたイワナガヒメである苔虫命としての設定が必要だったのではないでしょうか。
さらに、美しくても醜くてもそんなことは関係なく、神様として姉妹が平等にまつられる必要もあったのかと思います。
またもっと単純に、なにかと対立する立ち位置での本名(笑)、コノハナサクヤヒメ・イワナガヒメの合祀は、富士山ではタブー視されているのかもしれない、とも思えます。

北口本宮冨士浅間神社にお参りした時、本殿でご祈祷が行われていたのですが、神職さんは若い女性でした。巫女さんではありません。
男性の神職をおかないのか、たまたま女性だったのか気にかかったのですが、聞けないで帰ってしまいました。

また、うちから近くて(それでも一時間)大きな浅間神社は、多摩川浅間神社なのですが、祭神はコノハナサクヤヒメで、ここには天狗の石碑(像ではなく)や、大天狗・小天狗天狗の祠があります。

今日は富士山の山開きですね。
小雨が降ったりやんだりの曇り空ですが、なぜか日中は、富士山が青くきれいに見えました(*^^)v

農園主さんの記事で思い出しましたが、6月初めまで、東京国立博物館で特別展「法然と極楽浄土」があり、国宝「綴織當麻曼陀羅」が、奈良県外では初めて公開されました。
行けなかったのが本当に残念です。
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