山麓王国

全年全月28日の投稿32件]

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こんばんは。

今日は暖かいのですが、風が強くすごい花粉で、目がかゆく、モチベーション下がっています(笑)



つまらない話でごちゃごちゃするのも申し訳ないので、前回のお返事に追加せず、別に書かせていただきます。

先日、またNHKで七支刀のことを放送していましたが、お守りをいただいてから、さらに興味を惹かれるようになりました。

さっき、七支剣、石上神宮のことを、考えるというより思い浮かべただけなのですが、「石上神社(という文字)、最近どこかで見たような?」と感じました。

それで、武蔵一宮氷川神社のホームページで、境内社を見ていくと、「六社」のところに、「石上神社(神宮ではなく)」がありました。

何回もお参りしているのに、禁足地であった蛇の池の存在にも、最近まで気がつかなかったくらい、ぼんやりさんの私です(笑)

今頃気がついたとは・・・・・。

他の神社でも、石上神社が境内社や摂社、末社などにあるのを見たことがなかったので、ちょっと驚きましたが、おそらくスサノオがご祭神だからですよね。

それなら、六社のひとつにまとめず、単体でお祀りすればいいのに、と思った次第です。

近いうちにまた行く予定があるので、六社の石上神社で、農園主さんからいただいた七支刀のお守りのことをお伝えし、守ってくださるお礼を申し上げてきます。



さらに余談ですが、今年の最も吉方位である、千葉県館山市の、補陀落山那古寺と、安房神社にお参りに行ってきました。

那古寺安房神社の創始は、神武天皇即位の年だそうです。

書き足し:那古寺は、創立が717年です

山号か寺号に補陀落という名前言葉がついたお寺をお参りするのは初めてでしたが、古いままで、豪奢な塗り替えなどの手を加えていない、素朴で落ち着くお寺でした。



20260228202938-gizumo.jpg那古寺
20260228203041-gizumo.jpg安房神社

2025年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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お誕生日、おめでとうございます!


トゲが刺さったのが昨日ということで、お誕生日からよい年に切り替わるための、厄落としだったかもしれませんね。

北海道大学で猛毒のある植物が見つかったそうですが、植物も怖いですよね。

微熱まで出るとはさぞかしご心配だったことと思いますが、植物のトゲでも、毒虫に刺されたと同じように強い反応がでるとは・・・。

早く完治しますように。


川崎大師は最近お参りにいったのですが、お守りやお札は勝手に差し上げてはいけないと言いますので、薬師殿に「ご自由にお持ちください」と置かれている、薬師如来のしおりにしました(無料です)

本当は、しおりはひとり1枚、しおり紐も1本という決まりが書いてあるのですが、こっそり5色、持ち帰ってきました(笑)

おっしゃるとおり、真言密教なので、五色ないと意味がないと思って、、、という言い訳(笑)

なんとなく後ろめたかったので、そのまま薬師殿を出るのがはばかられ、ひらまくんのクリアファイルを買いました。

ひらまくんと、せんとくん、両方とも同じ方が描いているので、似てますよね。



5月に、スーパーの「三重県フェア」に行ったという話を書いた時、農園主さんに、さめたれや手こね寿司のことを教えていただきました。

食事療法をしていらっしゃるので、食品は避けようと思ったのですが、調味料なら大丈夫かなと。

手こね寿司の素(訂正:たれ)は、ワンサイズで、大きなものがありませんでした。私も買ったので、近々作ってみますね。

おかげ犬、私は自分用に黄色の子を選びましたが、やはり末吉で、書かれていることがどれもこれも素直に納得でき、抽象的に書かれているおみくじより、ありがたみが伝わってくるものでした。

群馬のお醤油は、娘ムコが群馬に帰省した時買ってきてくれたものです。お試しください(^^♪


お返事のお気遣いはなさらないようお願いいたします。


お忙しいところ、ご丁寧にありがとうございました。


暑くなってきました。体力を落とさないよう、お気をつけくださいね。
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前回の返事はまた書いている途中ですが、取り急ぎ、プレゼントが届きましたこと、お礼を申し上げます。

いつもほんとうにありがとうございます。

毎年似たようなことを言っているかもしれないのですが、あまり人付き合いもないひとり暮らしですから、誕生日という意識自体が希薄です。

プレゼントをいただいて、ああ、ことしも誕生日を迎えたのだと実感しました(笑)



伊勢講の袋を首に下げて、伊勢参りの旗を掲げた白犬、これがあの「おかげ犬」でしょうか。

とてもかわいらしい姿ですね。お守り(おみくじ)とすごろく、大事にします。

ちなみにおみくじではたいへんありがたいご神託(末吉)をいただきました。

というのも、ことしは地元のおみくじでは大吉だったんです。

これまでにないような、いいことづくめの内容でした。

ところがいまのところ、心身共に例年にないくらい、しんどい局面が多かったんです。

じつはきのうも草刈りの最中になにかの草の小さなトゲが小指に刺さり、アレルギー反応だとおもうんですが指が腫れて、さらに手の甲が腫れて、夜微熱が出ました。

今朝、腫れはきのうよりましになったんですが、まだ微熱があったので、結局病院に行くことに。

心臓の違和感からたった3か月で、また病院に行くことになるとは(笑)

結局、破傷風や、アレルギーのあり方の変化に気をつけながら、強い症状が出たらすぐ緊急外来か救急車を呼ぶようにということで、様子見になりました。

ぼくは抗生物質にもアレルギーが出たことがあるので、いったん薬なしで様子をみることになりました。

そんな調子で、まあことしはなにごとも波乱続きでしたから、とても大吉とはおもえず、おかげ犬のおみくじに書かれてあることのほうがしっくりきました。

いろんなことが起こったあとで「じつは末吉でした」ということだったので、気分的にも受け止めやすかったです(笑)

謙虚に、足もとのことを無理のない範囲で地道に解決していくよう、気を引き締めていきたいとおもいます。



川崎大師の公式キャラクター「ひらまくん」、ほぼ奈良のせんとくんで驚いたのですが、平間兼乗という開基がおられて、川崎大師はほんとうは平間寺というのですね。

お大師さんは真言密教で、東方浄土の信仰ですね。

本のしおりに、五色の糸のしおり紐。意味がわかると、ありがたいです。

せっかくですので、浄土真宗(西方浄土)の赤色。

もうひとつは川崎大師、東方浄土の緑色をしおり紐に選ばせていただきました。



まさかのてこね寿司のたれにはびっくりして、おもわず笑ったあとで、まさか気を遣っていただいたのではないかと恐縮とで、いろんな感情が一緒にきました(笑)

大学を卒業して以来てこね寿司は食べた記憶がないので、今度かつおのお刺身を手に入れたら、てこね寿司をつくってむかしのおもいでに浸ろうとおもいます。

お醤油ですが、じつはしばらく前から、味音痴なおっさんにはこだわりの醤油など必要あるまいと割り切って、刺身でも煮つけでもスーパーの安い濃い口醤油ですますようになっていました。

しかしひさしぶりにぜいたくなお醤油でお料理が食べられるとおもうと、やっぱりうれしいですね(笑)



いわしのせんべいはもう、今夜からでも晩酌のお供に楽しみにしております(笑)

いつも気持ちの行き届いた贈り物をいただいて、感謝しております。

前回の返信、もうしばらくお待ちください。

書き始めてはいるのですが、たぶん今回の話は、いつも以上におかしなものになるとおもいます。

2025年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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お気遣いに甘えさせていただき、ゆっくり休ませていただいています。

おかげさまですこしずつ回復してきました。

前回はご心配をおかけするばかりになるとおもい、じぶんのカラダに起こっていることを書く気になれなかったのですが、今回は回復の兆しがみえてきたので、じぶんのカラダに起こっていたことを書いてみます。



以前、ギズモさんにパワーテープを送っていただきました。

おかげさまであれは磁気ネックレス以上によく効きました。

しかし最近は手持ちの磁気ネックレスとパワーテープを併用して痛みを押さえつけても、痛みが勝つようになっていました。

寝ているときに、風邪でもないのに軽い空咳が出るようにもなりました。

年末くらいから右のまぶたが不随意にプルプル震えることがあり、眼精疲労かとおもっていたんです。



年が明けて、左肩から首にかけて寝違えのような強い痛みが発生しました。

それで寝違えに効くストレッチをしたり、いろいろやってみたんですが、これも効いたようにおもえても、結局一進一退でした。

一週間以上痛みが引きません。(いまもまだ多少痛みが残っています)

ほかにもいくつかの不調が年末から年始にかけて起こり、ガマンできないほどではない全身の不快な症状にさいなまれるようになりました。



これだけいろいろな不調が重なると、死の予感がするものです(笑)

死は個人的なものなので、どんどん気持ちがじぶんの内面にこもっていくんですね。

こういうときにも気持ちが外に向かっていく人もいますが、ぼくはそう勇敢にはなれませんでした。

しかしぼちぼち人生終わりかなとおもいつつも、いざ肉体に不快な症状が出ればどうにかしたくなるものです(笑)

ふと気づきました。

これ、また血管が詰まってるんじゃないかと。



というのも、ぼくは以前から左足に深部静脈血栓症があり、血栓が飛んで肺や肩が苦しくなったことがあります。

あのときたまたま納豆が血栓にいいとわかって、実際にぼくの不調が回復しました。

以来、納豆を常食していたんですが、最近はサボり気味でした。

ここ2年ほどは、一週間にひとパック食べるような感じでごまかしてたんですが、これが余計に災いしたようです。



前回はあきらかに胸が苦しくて空咳が出て肩も痛いという、明らかな症状があったのですぐ対応できました。

が、今回は四十肩に擬態して磁気でラクになるし、軽い頭痛はあったもののすぐに治り、目がプルプルするくらいだったり、なんとなく外堀を埋めるように不快が増していったんですよね。

中途半端に納豆で血栓を溶かしては放置、溶かしては放置、を繰り返していたのがよくなかったんだとおもいます。



いつくらいから症状が出ていたかたどると、ひどい肩こりが症状として現れた昨年の5月くらいからなんだとおもいます。

それでいま、納豆におろししょうがをかけて朝晩2パックずつ食べています。

前回症状が出たときは、一週間食べ続けるとかなり回復しました。

今回も不快な症状からかなり回復しつつあります。

単なる肩こりじゃなかったんですね。

寝違えだけでなく、肩こりまで解消してきました。



この一週間でこんな変化がありました。

首のリンパに大豆くらいのしこりがあったのですが、これがほとんど消えていました。

腹部の下部にも血管が浮き出た箇所があり、静脈血栓症のなにかだろうと放置していたのですが、これも目立たなくなっています。

あれがぜんぶ血栓だったのかとおもうと、全身にずいぶん爆弾を抱えていたんですね。

まだ完全回復という感じではありませんが、ひとまず死の予感は遠のいたようにおもえます。



あの全身の症状をあとどれくらい放置していたら致命的なことになっていたのかはわかりませんが、心臓、肺、脳のフルコースで血栓症の前兆があったような気がします。

客観的に考えれば病院に行け、という話なんですが、よほどその場の痛みが強いなどじゃないと、病院には行く気がしません(笑)

ただ、今回は難逃れしましたが、このままの生活をしていたら、そのうち血管が裂けるとか、突然死が起こりそうな気がしています。

生きる喜びを損なわない程度に節制して、体質改善をしたいんですが、ひとりで生きているとなかなか生活態度をあらためるのはむずかしくて、どうしたものかと思案しています。

2024年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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なかなかの大雨で、もう目が覚めてしまいました(笑)

お気遣いありがとうございます。ここ10日ほどカラカラに晴れていて、野菜にも干害が出始めていたので、雨はうれしいのですが、こんなドカ雨なのは困りますね。

かなり強い降り方ですが、おそらく1日でやんでくれるようで、大きな被害にはならないとおもっています。

それでもきょうは車の運転もありますし、まわりの状況に注意しながら過ごしますね。

そちらは当地ほどの大雨ではなさそうですが、よい恵みの雨になるのではないでしょうか。

2024年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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たしかに、安いものでもおいしいことはおいしいですね。

10年ほど前でしょうか、時期は はっきり覚えていませんが、練り物が身体によくないと言われていたことがありました。
それ以来あまり買わないようにしていたのですが、最近そういう噂が聞えてこないので、時々買うようになりました。
少し甘めのものが、特においしいと思います。

このところの練り天のお話でおいしさを再認識したので、これからは一生懸命買うことにします(笑)

介護される側もする側も、それを取り巻く側も、7割を目標というお話、なんだかとても気持ちが楽になりました。
道徳と義務感。確かにそのとおりです。

自分が10割以上頑張ったとしても、相手はそれを当たり前と思うかもしれません。
7割で自分も相手もこんなものだと納得させ、余力をキープするのが大事ですね。

例えは違いますが、介護や看病に関係のない一般的な家族の食事作りにしても、三食手を抜かない、出来合いのお惣菜は買わない主義の主婦が、たまたま忙しくてスーパーのお惣菜を買ってきて、ものすごく後ろめたい気持ちでテーブルに出したら、誰からも何も文句も言われず、今まで頑張ってきたのはなんだったんだ、という話はけっこうあるようです。
↑ 私もそうでした(笑)

看病、介護も同じですね。
自分ができることは、精一杯以上にやらないといけない、という思い込み。
これは取り払わないといけませんね。

あとは、看病・介護をしてくれる人に、ありがとうの言葉を、時々でもいいのでかけてあげられるかどうか、これも大事なことと思います。
具合が悪い時は難しいかもしれませんが、そのひとことで、けっこう救われるものです。
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たまにデパートなどで、揚げたての練り天を売ってるところがありますね。
あれはたしかに絶品で、やっぱり作り立てにかなうものはないとおもいます。

練り物の場合、値段はかなり確かな指標だとぼくもおもいます。
ただおもしろいのは、安い練り物もあのやわらかい食感がそれなりにうまいということで(笑)

練りキムチ、いいですね。ヤンニョムにそのまま練り物を漬けたら、いちおう魚介ですし、よい珍味になりそうな気が……。



ちょっと本筋からズレた内容になるかもしれないんですが、介護の話は、うちの場合は去年の父のがんもそうでしたが、家族の中で将来に向けてのいろんな話が出てきていて、むずかしい問題になりつつあります。

ぼくとしては、介護される側もする側も、それを取り巻く側も含めて、チカラの入れようとしては7割くらいを目標にキープするくらいがいいのではないかとおもっています。

毎日100%の掃除ができる人がいないのに似ています。

だいたいだれでもそうだとおもいますが、7割を越えたら続きません。

7割がんばっても介護される側へのケアが足りないということになると、申し訳ないけどずさんなケアに甘んじないと、こちらの生活まで崩れてしまいます。

せめてテレビみて、おせんべいかじって、ダラダラする時間が一日に数割ないと、人間疲れてしまうものですから。

あとは、生活の不具合の度合いに応じて、地域包括支援センターなどでアドバイスをうかがうなど、行政からの支援のとっかかりをつかんでおくのは大事ですよね。

介護される側のQOLが大きく取り沙汰されることが多いんですが、ぼくとしては介護する側のQOLはそれ以上に大事だとおもっています。

なにせ家庭での介護というのは、金銭的報酬もない、いやおうなしに道徳と義務感が搾取される分野ですからね(笑)

介護する側の人生の豊かさに目を向けて、共倒れにならないように……うちの場合は父か母、どちらが介護者に回るかはわかりませんが、ぼくとしてはそのへんに気を配っていこうというのが、いまの時点の考えです。

2024年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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不快になるような部分はありません(笑)

京アニ火災の件について、もうすこし述べます。



以下は読売の社説です。

https://www.yomiuri.co.jp/editorial/2024...

 将来ある多くの若者らの命を一瞬にして奪い去った凶悪な犯行である。被告は事件と正面から向き合い、罪の重さをかみ締めねばならない。

 36人が犠牲になり、32人が負傷した2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件の裁判員裁判で、京都地裁は、殺人罪などに問われた青葉真司被告に死刑を言い渡した。

 犯行の引き金になったのは「京アニに小説を盗用された」という被告の妄想だった。その点で検察側と弁護側に争いはなく、焦点は責任能力の有無に絞られた。

 弁護側は裁判で、妄想によって行動を制御できなかったとして、心神喪失か心神耗弱の状態だったと主張した。しかし、判決は「妄想の影響は小さかった」とし、完全な責任能力を認めた。

 そうである以上、犯行の悪質性や68人が死傷した結果の重大性を踏まえれば、極刑以外の選択肢はなかったと言えるだろう。




朝日はこうです。

https://www.asahi.com/articles/DA3S15847...

京都アニメーションの放火殺人事件で、京都地裁はきのう、青葉真司被告(45)に死刑を言い渡した。判決は、京アニへの強い恨みに妄想が影響したとしつつ、ためらいを見せた事件直前の行動などから刑事責任能力を認めた。そのうえで犯行の計画性や結果の重大性を重くみた。





朝日は慎重に言葉を選んでます。

刑事責任能力を認めたうえで、結果の重大性を重くみたというんですよね。

つまり、結果の重大性が刑事責任能力の有無の判断に影響を与えたのではない、とわざわざ念押しをしてる。

しかし結果の重大性は事件が起こったとき、すでにわかっていたのだから、順序がおかしい。

「結果の重大性を踏まえたうえで、刑事責任能力を認めた」というホンネを隠しているようにしかおもえません。



それに対して、読売の記事は正直で、死刑で当然だよね、くらいの論調です。

結果の重大性を考えれば、あの程度の錯乱状態で心神喪失とかありえないよね、責任能力は100%あったに決まってるよね、くらいの勢いです。

そして、「結果の重大性を踏まえれば、極刑以外の選択肢はなかったと言えるだろう。」とまで言い切っています。




いちおう主要各社の論調をみましたが、もはや日本社会においてかれが死刑になるのは常識と化しているようです。

つまり、あの事件の犯人は完全なパブリックエネミー(公共の敵)です。

死刑にならないわけはないだろう、とだれもがおもっています。

もちろんぼくもそうおもっています。

ぼくはここでなんだかんだ言ってますが、あの犯人の量刑が下がるようなことがあれば、司法に対して「それでは、社会にしめしがつかないだろう」とボヤくことでしょう。

絶対に犯人には責任能力はあったということにしなければならない。

もはや責任能力がないというようなことは、許されません。

もし仮に、犯人が完全な心神喪失状態で、なにも覚えていなかったとしても、あれだけの事件になると社会は、なにかしら理由をつけて責任能力があった「かのように」ふるまうほかないはずです。



明治時代に天皇が神ではないとは言えなかったように、いまの日本で「あの犯人は統合失調症にしか見えないのだから、たとえ30人以上殺してもやはり死刑はおかしい。結果の重大性が司法判断に影響を与えているのではないか」ということは、もしおもったとしても、ふつうは言い出せないことだとおもいます。



ぼくは、あの犯人の死刑の是非については、そりゃそうだろう、くらいにしかおもっていません。

ぼくが言いたかったのは、あの京アニ火災事件の判決は、100年以上も前に森鴎外のいったところの「かのように」の再現にほかならないということです。

おそらくどれほど時代が進化して、科学や法律がいま以上に合理化され、AIが人間の知性を凌駕したとしても、人間から「かのように」がなくなることはないでしょう。

犯人は統合失調症だったかもしれませんが、責任能力はあった「かのように」、みんなでそう信じようではありませんか、という宗教です。

いまわれわれは、この科学社会の最先端にあってなお、「かのように」のお手本のような判決と、社会の対応を目の当たりにしている、ということを伝えたかっただけなのです。
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権現社のリンクを読んでいただき、ありがとうございます。
あのサイトを読んだだけではあまりよくわからなかった『かのやうに』の意味が、とてもよく理解できました。

判決の時間、ちょうどテレビを観ていました。
かなり論理の飛躍(支離滅裂なところ)もあり、うまくまとめることはできないのですが、思うところを書いてみます。長いですm(_ _"m)

昔は、なんの罪もない人を、キツネ憑きとか「キチガイ」と決めつけ、座敷牢に入れたり病院に閉じ込めたり、殺したりしたことが往々にしてありました。
西洋の魔女裁判もそうですね。
そういったことが、まるで正しい「かのように」、当たり前のように行われてきていたんですよね。

奉行所のお裁きにしても、正しいものばかりではなかったはずです。
今と違って科学的な捜査もなかったので、手心を加えたり重罪にすることは、日常茶飯だったと思います。
危険人物を排除して、よりよい世の中にするために罰を与え罪を償わせるわけですが、決してそれは公正に行われてきたわけではなく、無実の罪に苦しんだ人も大勢いたわけです。

現代は、科学的で精密な捜査が当然となり、さらには精神的な面も判断材料として重要なものとされています。
かなり細かい検査も行われるようですが、果たしてその結果は本当に「正しい」と言えるものなのでしょうか。
身体の病気のことで言えば、誤診はいくらでもあり得ます。
裁判の判決というものは、どうにでも操作出来得るものだと、私は思います。もちろん、全部がそうとも言えませんが。
この体質は、キツネ憑きの時代から変わらない、歪んだ「正義」を押し通すものかもしれません。

それはそれで社会的には必要なことなのかもしれませんが、もし犯人が身内だったら、「精神的に問題があったために責任能力がない」と見做されることは、何よりも大切なことかと思えます。
本人の意思はどうでも、親兄弟としたら、どんなに罪を犯しても、死刑にだけはさせたくないと願うはずです←中には死んでくれた方が、と思う親もいるとも思えますが。
事件を起こす以前から精神面になんらかの問題があれば、無実・減刑を期待することは当然です。
何の問題もないのに「責任能力がなかった」と判断される場合があれば、それは法の悪用であるわけですが。

今回の場合は、親が離婚したり父親から虐待を受けていたりと、複雑な環境の問題もあったようですが、そういったことも関係しての長年の統合失調症である可能性もあるので、精神的な問題がないはずがないと私には思えます。
ただ、精神面に問題があるイコール責任能力無し、とは言えないケースもあるのではないかと。
また、現在なんらかの精神的な病状があるとしても、事件の当日どのような精神的状態であったかを、正確に判断できるのかどうかという疑問もあります。


責任能力を判断する方法について、そこには機械的な検査の他、心情的なものも左右するとは思いますが、まずは差別のない正確な診断が必要です。
その診断が100%信じられるものでない限り、精神的な問題による責任能力の有無を判断しようとすることは、法的な(事務的な)判断とは少しばかり違い、バイアスがかかるものだと思うんです。

結論として、今回の判決が正しかったのか、何らかの思惑が介在しての結果だったか、ということは、当然ながら判断はできません。
でも、多くの材料から判断する他にも、「事情」があったので、多少なりとも減刑の措置がなく死刑になったのではないか、という推察はできます。


ご存知かもしれませんが、一応列挙します。
責任能力について最も問題になりやすいのは、統合失調症のケースであり、心神喪失で無罪になった被告人の多くが、統合失調症で幻覚や妄想に支配された状態で犯行に及ぶことは多いんだことと思います。
しかし、単に統合失調症にかかっているというだけで、責任能力が否定されるわけでなく、責任能力の有無や程度は、犯行前の生活状況や犯行時の病状、幻覚や妄想の内容、犯行の動機、手口などの事情を総合して判断されるようです。
なので、責任能力ありでも不起訴・執行猶予の余地がある場合もあります。

完全責任能力(刑事責任を完全に問える能力)が認められても、次の4つの事情があれば、不起訴や執行猶予を獲得できる可能性が増えます。

①本人が精神的な問題を自覚している
②本人が治療を受けることに意欲的である
③実際にクリニックなどに通院して治療を受けている
④家族が本人の更生をサポートしている

今回の場合、この4点の事情が該当しないこと、本人の反省がみられないことから、総合的に見ての判決になったのではないでしょうか。
でも、この4点についても手心を加えることも不可能ではないでしょうし、「公正だった」かどうかはわかりません。

他に、関連する記事の抜粋をペーストしますが、これも見方のひとつとして挙げるだけで、これに賛同しているとかいないとかではありません。

臨床心理士の矢幡洋氏が解説する。

「確かに、妄想傾向の影響はあるでしょう。ただし、統合失調症だからといって、合理的な行動や判断ができないというわけではないんです。統合失調症だけれども、犯行当時、きちんとした合理性・計画性を持っている時点で、責任能力があるだろうと判断されると思っています。

 犯行を行った時点で完全に幻覚・妄想に支配されて、全く自分の行動のコントロールが効かなかったなどということでなければ、責任能力ありとみなされるのが、今の精神疾患を患っている犯罪者に対する基本的な判決の傾向です。

 その点で言えば、犯行に必要なものを買い揃えるとか、犯行が行われるまでに怪しまれないように行動するとか、青葉被告は犯行時にかなり計画的なことをしています。ある程度、合理性を持った判断を行って、直前まで周囲に怪しまれないで現場に足を運んでいる。その点で、責任能力ありとみなされるケースだと私は見ています」



参考までにもうひとつリンクを貼っておきますが、これは、「こういうケースがあるので今回の事は仕方がない」と言いたいわけでは決してなく、人が人を裁くということの難しさや危うさを、改めて感じた次第です。

https://www.kuins.ac.jp/news/2023/07/18_...

長くなってしまいましたが、農園主さんのお気持ちを不快にする内容でしたら申し訳ありません。
ただ、決して反論ではない、ということは、どうぞご理解ください(o_ _)o))

2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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あ~、気づいていなかったのなら、こっそり消せばよかったです(笑)

歴史はそこそこ好きなのですが、幕末あたりの歴史については、読んでも読んでも頭から抜け落ちます。
またひとつ、頭の悪いのが露呈してしまいました・・。

学びたいなんてとんでもない、私が知っていることは、実際に経験したほんのわずかです。
お墓は共同墓地で、何ヶ所もあるのですが、空きがある墓地の土地(墓石を建てるスペースは日本より狭いです)を買ってからお墓を作るので、
亡くなった後ずいぶん日にちがかかるようです。
空きがないと、家族がバラバラということもあるそうです。
でも、最近は代理墓参り、インターネット墓参りというのも登場しているのと、さすがに埋葬する土地が不足してきているようですので、
形はどんどん変わっていくように思います。

共同墓地は、上海市の中でもはずれの方だったり、蘇州とかで、近郊または郊外という位置でしょうか。
そんな遠くまで行って火葬・葬儀をし、そのあとレストランなどで精進落としをしますが、おもしろいのは、お店の前に小さなたき火のようなものがしつらえてり、
そこを渡ってから、お店に入ります。
塩でなく、火がお清め(お浄め?)になるということかもしれません。

西郷隆盛勝海舟のお父さんのお話、おもしろいですね。
よく、男の子は母親に、女の子は父親に性質が似ると聞きますが、勝海舟は父親の性質を受け継いだのですね。
なんとなくですが、変わった人の方が、世に出て抜きんだ活躍をするのではないのかな、と思うことがあります。

サトイモのことは、自分で試してもいないのに偉そうに失礼しました。
野菜に限らず、肉でも魚でも、ネットで冷凍の情報を探しても、書いてあることがまちまちだったりするんですよね。
最近本で知ったことですが、生鮭・塩鮭は茹でて冷凍するといいと書いてあったので早速やってみましたが、これは本当に時短で楽でした。
解凍してから焼いてもいいので、便利です。

コメントは間をあけて、と書いておきながらごめんなさい。
お返事のお気遣いはないようにお願いしますm(_ _"m)
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まったく問題ありません。
西郷隆盛と勘違いされていたことに、ぼくが気づいていなかったのですから(笑)
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1103
中国については、ギズモさんには学びたいことがたくさんあります。

特に現代中国に関しては、日本国内の情報を見ていても、まったくなにもわからないといっていいくらいです。

もちろん政治的な話題は避けますが、上海のような都市部に墓地も火葬場もないとなると、そこで亡くなった方は郊外に出て葬儀をし、市内から離れた広大な共同墓地のようなところで(家族と近い場所にお墓をつくるのか、あるいは別々の場所につくるのかなども気になりますが)埋葬をするのでしょうか。

あの広大な土地に14億人が住むわけですから、大動脈になる道路はともかく、毛細血管にあたる道路ではなにかのイベントで人が集中するとそれはたいへんな大渋滞になることでしょうね。


余談のようなことをダラダラ話します。

勝海舟には、変わった父がいて……勝小吉といって、旗本なんですが、無茶なことをする無頼者で、格式を重んじる武家の身内から煙たがられる存在だったようです。

晩年にほとんど話し言葉(といっても現代の口語文とはちがいます)でつづった『夢酔独言』という本が残されています。

これは子孫に向けて、じぶんのようになるんじゃねえ、ということを言ってるんですが、ものごとをおおきくいうクセはあるものの、まわりを引っかきまわしながらものごとを豪腕で取りまわして事を成す人物だったのは事実だったようです。

小吉は37歳で早々に隠居してしまい、息子の麟太郎(勝海舟)に家督を譲ってしまいます。

脚気だったこともあり、49歳で亡くなります。

息子の麟太郎はトンビが鷹を生んだかのように、非常に優秀で、そのことは小吉も褒めています。

しかし父親の性質もおおいに受け継いでいて、理想が大きく父以上にものごとをおおきく取りまわしたのですが、ひと言多い性質も受け継いで、敵も多かったようです。

たとえば福沢諭吉は、勝海舟を公然と批判する者のひとりでした。

海舟の配下には坂本龍馬がいましたが、かれも相当なならず者です。

龍馬のようなじゃじゃ馬を上手に扱えたのは、勝小吉の荒くれ者の性質を受け継いだ勝海舟だからこそだろうとおもいます。



サトイモのアドバイス、ありがとうございます。

皮を洗って生のまま冷凍で、自然解凍ですね。

これは明日にでもやってみます。

食感がボソボソになった冷凍のサトイモも、フードプロセッサーにかけると、調理次第でおいしくいただけました。

テレビ番組の0円食堂じゃないですが、サトイモは売り物にできない廃棄が大量に出るので、ことしはできる限り自家消費でがんばってみようとおもいます。
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大変な書き間違い。
西郷隆盛と勘違いしていましたね。
訂正しておきます。
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上海のような都市部では、市内には墓地も火葬場もありません。
お墓がひとり一基というのがいつから始まったことかはわからないのですが、あの人口でひとり一基だと、どれくらい広い墓地なのだろうと思います。
日本と違い、一年に一度お参りをする慣習なので、4月の清明節にはお墓参りに行く人の大移動で大渋滞になるそうです。
座布団を持参し叩頭するらしいのですが、これも簡略化されていくのかもしれないですね。

勝海舟は先見の明がありますね。
なぜ西郷隆盛と一緒になってしまったのか、恥ずかしくて削除しました
神戸の発展のおおもとは、勝海舟のひとことだったのでしょうね。

サトイモ、スが入りましたか?
ジャガイモも冷凍するとおいしくなくなるんですよね。
いろいろ試していらっしゃると思いますが、いろんな情報を総合的に見ると、
皮をむかずに洗って水気をとったものを、生のままサランラップ(小さければ数個単位)で包んでから、ジップロックに入れ冷凍。
使う時は、自然解凍(レンジは食感に変化が起きる可能性あり)で、その後普通に調理、というのがベターのようです。

柔らかく炊いたものを細かくしてから冷凍、これ、使いやすそうで便利ですね。
サトイモのポタージュ、おいしそうです。
丸めて揚げたり、平らにしてフライパンで焼いたら、いいおつまみになりそうです♪
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きのうは夜に自治会役員の集会がありましたが、たしかにきれいな満月でしたね。



お墓がひとり一基というのは、ずいぶん豪勢ですね。

ところで日本は江戸以前、土地は投機の対象にはならず、単純な売買の対象でした。

たとえば、江戸時代以前、兵庫県の神戸は、人口2000人ほどのさびれた漁村だったんだそうです。

神戸市は明治以降合併を繰り返していますから、いまよりもはるかに面積が少なかったとはいえ、それでも現代の発展を考えれば、信じられないほどの寒村でした。

江戸時代末期、その神戸に海軍操練所をつくった勝海舟に、仮住まいを提供したのが神戸村で庄屋をしていた生島四郎でした。

その際、勝が生島に「ここはそのうち価値が上がるよ」といいました。

生島が半信半疑ながら土地を買いあげていったところ、明治6年には神戸村の人口は8000人を越えます。

その後もどんどん人口が増え開発が進んで、大儲けになったそうな。

個人による土地投機、土地ころがしという考えが、この時代にすでにあったという話なんですが、日本の土地は戦後、特に高度経済成長期以降、熱狂的な勢いでころがるようになります。

そういう経済観念の変化の中で建てられたお墓が、現代では特に都市部では購入するのも維持するのもタイヘンになってきたようで、墓じまいして合葬にして、永代供養するところが増えてきたようです。

中国もおそらくここ30年ほどの急速な発展が落ち着くころには、都市部の墓地のありようと郊外や田舎のありように変化が起こるのではないかとおもいます。

先祖代々ではなくひとり一基というのは、そういう文化だということもあるんだとおもいますが、いまの中国の経済成長の勢いを感じるような話だともおもいました。
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サトイモは冷凍保存できるというので、売り物にできないものを柔らかく湯がいて、凍らせてみたんですが、凍らせることで中にスが入るようで、食感がボソボソします。

サトイモはあのなめらかな食感が魅力なので、ボソボソするのは残念です。

ジャガイモの場合は、一年に2回作付けできるので、冷凍保存しなくても一年間食べることができます。

しかしサトイモは収穫が年に1回です。

秋に収穫して、いくら持たせても翌春までなので、ふつうは夏には食べられません。

なので、売り物にならないものを冷凍保存して、うまく料理に利用したいんですよね。

たとえば、最初から柔らかく炊いたものをフードプロセッサーで細かくしてから、冷凍して、スープにする。
あるいは袋麺を作るときにとろみづけに利用する。
お好み焼きをつくるときに山芋代わりにつかうといったところでしょうか。

あとは、サトイモの炊き込みご飯につかうのであれば、まあ多少ボソボソしても許せるかもなあ。

#野菜

2023年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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あ、そうか、と。

きょうはたくさん気づきのある一日です。



ぼくはいま、20年以上前のソニーのオーディオシステム(といったって当時定価4万円のものです)で、当時道楽で100枚ほど買いためたCDから、好きなモノを選んで聴いています。

これが、もうパソコンで音楽を聴くのとは、次元がちがう。

ぼくは青年時に、いまよりよい耳で、このすばらしい音質で音を聴いていたのだ、と。

もう近くで飛んでいる蚊の羽音さえ聴き取れなくなったこのおんぼろの耳が、感動してる。

若い世代は、いまオーディオシステムなんて持ってないだろうし、CDやレコードで音楽を聴くこともないでしょう。

この体験をしていないんだ。

この体験がふつうのものだ、という時代を経験せずに、まったくべつの感動の中に生きているのだ。

そうか、と。



だからなんだということはありません。

いまの若者と比べて、じぶんが優位だともおもいません。

ただ、ぼくはじぶんの世代だけで共有する箱の中にいて、これからのぼくは、箱の中で生きるのだとおもう。

ぼくの言うことが理解できない世代の人々は、ぼくには理解できないじぶんの世代の箱の中で生きることでしょう。

現代は、その世代の断層がタイトになったというだけの話です。

#与太話
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ギタリストのリッチー・ブラックモアはハードロックのパイオニアですが、ほかの多くのハードロッカーと一線を画しているのは、クラシックの素養があったことです。

なので、単調になりがちなハードロックの音作りが、非常にメロディアスで特徴的なものになっていたというところで魅力で、特にヨーロッパでなじみやすかったんじゃないかとおもいます。

#音楽
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ゴダイゴって、突き抜けたセンスがあるんですが、実際は地に足がついてるんですよね。

生活の歌を歌う。

思想を情熱をもって歌う歌手はたくさんいますが、生活を情熱をもって歌える歌手は、ほんとうに少ないです。

その点でゴダイゴは稀有です。

この歌は、若者が自然と結びつく、いわば古式ゆかしい恋愛の、その幸福を祈る歌です。

ほかにも、名前の美しさを説いたり、信仰の歌を歌ったり、あと単なるリベラルなバンドではなくてメンバーに極端な保守がいたり、おもしろいです。

曲中の「in order to get happiness」が「祈り続けるハピネス」に聞こえるのは、ネットで調べても出てこないんですけど、意図したものじゃないのかなあ、と勝手におもっている次第。

#音楽
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要潤という名前のすさまじいエロさを理解していない人が多いのではないか。

要がジュンという、エロさを。

#狂気
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一瞬、スレッズにアカウントを持とうかとおもったんですが、やめました。

なんだかやっぱりSNSがいま向かっている方向性に、ぼくの居場所はないな、という気がしたからです。



https://forbesjapan.com/articles/detail/...

この記事は8月に書かれたもので、Xの代替として鳴り物入りであらわれたスレッズは、早くもオワコンである、というのです。

その理由は以下のとおり。

このアプリならではと思えるものが何もない。イノベーティブなものは、何であれ、新しくて便利でなければならないが、スレッズはそうではない。



うーん……。

おそらく短文系SNSを利用したい人の多くは、べつにイノベーティブなことは求めていなくて、そこが居場所になりうるかどうか、くらいしか考えていないとおもうんですよ。

だから、イーロンマスクのような守銭奴にツイッターが乗っ取られたということに関しても、ユーザーからすればそこで居場所が得られているのなら、べつにどうだっていいわけです。

イーロンマスクのやり方に不満をおぼえたユーザーも、じゃあスレッズにアカウントをもって、いくつかの発言をして、そこに居場所が得られなかったら、またXに戻るか、あらたなSNSを探して遊牧民のようにあちこちを転々とするのでしょう。



でも、そのように居場所を求めるユーザーと、SNSの運営側の意図はちがうわけです。

SNS運営者側は、ユーザーに居場所を与えるだけの慈善事業をする気は毛頭なくて、利益を追求するユーザーと手を組みたいとおもっています。

インフルエンサーを利用して広告収入でガンガンに回したい。

そしてインフルエンサーたちの「胴元」として手数料で稼ぎたい。

居場所がほしいだけのユーザーは、せめてインフルエンサーや運営側の広告のエサになってくれればいいのだけど、このユーザー層は広告も見ないし、インフルエンサーも避けるしで、ほとんどサービスのタダ乗り状態。

だからイーロンマスクは、せめて年100円くらいでも払え、といいだしたのでしょう。



言いたいことがうまくまとまりませんが、もうネットと資本主義は切っても切り離せない関係になっていて、ただ小さなコミュニティを形成するために発信者になる、というようなユーザーはどんどん居場所を失っていくのではないかという気がします。

#与太話
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昭和天皇は戦後日本の民主主義、自由主義について、このように述べます。

個人の自由のないことは言語道断だけれども、ものが着々進むのは事実上、統制の強い力で引っ張らねば上がらぬ。
自由 民主という方向でゆくと、なかなかものは進まぬ。
これはむつかしい。

スターリンでもヒトラーでもムッソリーニでも、全体主義で引っ張るのが仕事は進む。

英米のような思想系統のものは、自由でしかも仕事がいくかもしれぬが、国によってはそれではなかなか国運を急に引っ張るはむつかしい。

これはむつかしい問題だね。



つまり、個人主義や自由主義、民主主義では、全体主義のように国を統制することができず、ものごとを素早く進めることができない。

戦後の日本はこの点で問題を抱えることになるのではないか、というのです。



これはスターリンやヒトラー、ムッソリーニのような全体主義が優れているというよりは、国家を迅速にコントロールするには、全体主義よりほかに手段があるのだろうか、という疑問といえるでしょう。

しかしいま現在、アメリカもヨーロッパも日本も、民主主義国家、西側陣営はうまくやっています。

なぜうまくやれたかというと、新自由主義における「ショック・ドクトリン」が功を奏したからです。

新自由主義が日本で利用され始めたのは中曽根康弘のころからといわれますから、当時の昭和天皇はショック・ドクトリンを知りません。

ショック・ドクトリンとは、自然災害や戦争や未知のウイルスなど、人類が大きなショックを受ける出来事を利用して、それまでにはできないような過激な市場改革をおこなうという、本来は経済システムでの変革手段です。



しかしこの手法は、実際には政治的にも利用されていました。

民主主義、自由主義、個人主義のように、国家が国運を直接引っ張ることができないシステムの中で、国民をどう統制していくのか。

この答えが「国民にショックを与えて、政府のおもう方向に誘導する」という方法です。



たとえばアメリカでは、2001年9月11日にワールドトレードセンターがテロ行為で破壊されました。

アメリカ国内はパニック状態になり、大きなショックを受けます。

そして「じぶんの国の中にテロリストがいる。もしかしたら隣人がそうかもしれない」という疑心暗鬼にかられるようになります。あるいはそういう空気を、国家が煽った側面もあるでしょう。

そして国民の多くが、じぶんはテロリストではない、まっとうなアメリカ国民であると証明するために、セキュリティカード(日本でいうマイナンバー)を取得しました。

WTCが破壊されるというショックがなければ、まるで国民を統制したかのようにセキュリティカードを取得させることはできなかったはずです。

ショックを与えて、国家のおもう方向に誘導するという手法こそ、全体主義以外で国運を引っ張る方法はあるのか、という昭和天皇の疑問に対する答えでした。



しかしこれは言い換えれば、大昔の社会主義や共産主義のような、牧歌的な理想、反資本主義のような思想では、国家は運営できない(全体主義にも自由主義にも勝てない)という証明でもあります。

実際、現在の中国やロシアなどの東側勢力は、いわゆる社会主義や共産主義を理想的なカタチで実現することができず、「左翼全体主義」とでもいうべき統制社会になっているわけですから。

#与太話

2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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まだすこしカフェインの離脱症状が残っている感じですが、おおむねしゃっきりしてきました。

夕方には、オクラの畝の欠株で育てていたネギをニンニクの圃場に移し替えて、ニンニクの植え付けもほぼ終了。

あとは葉ニンニクの畝をつくって、のこった小さな種球をばらまくだけ。


そういえばことし、ほんのすこしネギを売ったんですが、けっこう売れそうな感じだったので、来年以降、オクラの欠株を利用するか、あるいは専用の畝をつくってネギも営利で増やしてみようかとおもっています。

どうせ売れねえだろう、と半分自家用感覚で植え付けたので、多くの苗を植え付けずじまいで枯らしてしまったのはもったいなかったなあ💦
#野菜
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https://www.aozora.gr.jp/index_pages/per...

青空文庫で、ラヴクラフトの著作を発見。
もう著作権が切れているので、無料で読めるようです。

以前ゲームでその名前を知って、興味があったニャルラトホテプと、狂気の山脈にてを読んでみようとおもいます。
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芯の折れたズッキーニ。
調べていると、脇芽が出てくるというのだけど、秋は栽培期間が短いから、復活まではいかないんじゃないかな、とおもいつつも、興味本位で観察。

夏の葉野菜は、どうも不織布やワリフをかけても、一定の虫害が出るもよう。

ダイアジノンをしているのだけど、それでも地中に虫が残っているのか、なんなのか。
春の栽培では起こらない現象なのですが、原因を知りたいところです。

ワリフがべた掛けで、農薬も直接上から散布できるのならいいんだけどなあ。
#野菜

2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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秋ズッキーニは気温の関係か、どうも移植に弱いようで、体感2~3割ほど枯れました。

3年目のチャレンジなのですが、毎回移植の成績がわるいです。

ただ、おととしはカボチャの跡地を耕さずに直播して、これは非常に成績がわるかったです。
去年はインゲンの跡地に、これもまた耕さずに、今度は苗を移植しました。
これも50%の定着率でした。

いままでがあまりにもいい加減なことをしていたので、もうちょっとちゃんと畑をつくったら変わるんじゃないか、というわけで、今回は畑を耕してマルチをしたんですが、多少成績はいいものの、やっぱり春のようにはいきません。

抜本的な問題として、8月の日射と気温が苗にとって過酷なのでしょう。

最初から欠株が出ることを見越して、数割多めにつくっておくのも手かもしれませんが、直播して本葉が出るまでの間、日石ワリフの黒をべた掛けするのがやっぱり有効な気がします。


【おもいつくままに、日石ワリフにいま期待していること】

・サツマイモの苗が活着するまでの遮光効果。

・夏に葉物野菜を栽培する場合の覆い。
 ※ワリフ自体が高価で長い距離に利用できないため、限定的な利用がよいかも
 ※2か月近い長期間の使用になるため、台風などで吹き飛ばされる(破れる)ことを考えると、やめておいたほうがいいかも
 ※台風に合わせてワリフを外しておくのも手だけど、その間に虫害が発生し、そこからワリフを貼り直す手間などを考えると、いまぼくはウンザリしています

・7~8月まきのニンジンの発芽までの遮光効果。

・秋ズッキーニの発芽までの遮光効果。

・オクラの発芽までの……この場合は白い一般的な不織布のほうが、地温を上げて獣害予防にも効果がありそう。


こんなところでしょうか。
サツマイモ、夏のニンジン、秋ズッキーニは、それぞれ直射日光でダメになりやすい感じですし、栽培の時期もかぶらず、発芽後に根がしっかり活着すれば速やかに撤去できるメリットもあるので、期待しています。

#野菜
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つるむらさきといもづるがひと袋ずつ売れ残り、自家用に。

いもづるは皮をむいて鶏もも肉と甘辛く炒めました。皮むきがやっぱり面倒ですね。

つるむらさきはアクが苦手なので、ひつ口サイズに切って、水にさらしてから湯がいて、さらに水にさらし、油と一緒に炒めてアクをとりました。
ベーコンがないので冷凍の肉団子と合わせて、塩コショウとミートソースで味付け。

味はちがっても、よく似たようなメニューになります💦
#野菜
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2023年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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それにしても、8月に入るあたりから、葉物が充実するまで、微妙にヒマになりそうなのです。

そこで、なにかじぶんの気分を納得させる材料みたいなのが欲しいなあ、とおもってるんですが、ことしは闘病中の親父にかわって、ぼくがお盆に実家の墓参りをするのがいいかな、とおもって。

ヒマだからとじぶんだけのためにどこぞへ旅行したいというようなこともないので、不運を逆利用するにはちょうどよい機会ととらえて、軽く日帰り墓参りと洒落込もうではありませんか。

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このツイートは、日本に難民申請を行っているクルド系の男に、じつは金づるになる株主がいて、高級車を乗り回すような立場であったということに対して、ビートきよしが「何が難民だ帰れ帰れ今すぐ帰れ」と言った、というものです。

まあ著名人なんだし、わざわざこんな排斥的な意見を表明しなくてもよいともおもうけど、これに左翼インフルエンサーたちが組織的にものすごく執着をして、返信や引用リツイートでヘイトだと言い募り、あげく「ヘイトきよし」などと叫んでいるのをみて、なんだか理解がひとつ進んだ気がします。


先日、フランスで暴動が起きました。
アラブ系の少年が警官に射殺されたことをきっかけに広がったのですが、反差別を主張する極左が煽った暴動だったといいます。

もちろんこの問題の背景には、少数者の苦しみへの配慮の欠ける国の姿勢など、日本とよく似た構図があったわけで、そこを無視するわけにはいきませんけど、それはいったん置いといて、このフランスの事件を見て、ぼくが国家転覆を企図する左翼活動家だったらこうおもいますよ。

「あ、いまの世の中って、反差別を利用すれば、暴動を起こしたり、国家転覆のクーデターを起こすワンチャンあるのか」

難民とか、いかにも弱者っぽい立場の問題をうまく利用して、われわれはこういうのを守るのだ、とやって、じつはこっそり弱者難民を装って日本に侵入するテロリストともうまく手を組んで、大きなムーブメントを起こして国家転覆を狙うってのはどうだろう。

少なくとも、フランスでは、ちょっといいところまでいったじゃないか、と。


日本では埼玉県にクルド系住人が集中しているようで、かれらが川口市内の病院で乱暴狼藉のケンカ騒ぎを起こしたというニュースがありました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/5a35ac...

埼玉に居住するクルド人の中にはいわゆるヤンキーのような示威的な行動をとるのもいたそうで、記事中の言葉を借りれば、「コンビニでたむろし、メンチ切ってくる」「車で危険運転をする」「気味が悪い、怖い人たち」だったそうな。

少なくともぼくがTwitterで観察している限り、左翼系の人たちはこの機動隊まで出動した暴力事件のニュースには、だんまりを決め込んでいました。

まだ是々非々で、アカンものはアカンという立場を表明しているのならわかるんですが、だんまりだったんですよ。


このあたりを踏まえると、ビートきよしがよくわからない金回りのよいクルド系住民の難民申請ということに気味のわるさを感じて、帰れ帰れといったのは、まあ著名人の言葉としてうかつではあるとおもうけど、関東圏内に住む人としては当然の危機意識のあらわれだとおもいます。


ところが極左系の連中がこの、いち芸能人の自由な範囲でのつぶやきに過剰に反応し、組織的にヘイトだと大騒ぎして攻撃したあたり、もしかしたらかれらも、こういった「難民」を利用してなにかやろうとしてるのかもな、と邪推せずにいられません。

で、いちばん気の毒なのは、そういう政治運動に巻き込まれて、ほんとうに支援が必要な難民が、悪党扱いされて十把ひとからげに排斥されることになる、ということだとおもうんですけど、この点もビートきよしはすでにつぶやいてます。



日本でも、フランスのあの暴動事件は、対岸の家事じゃないんだとおもいますよ。

#時事

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