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明日、帰省なさるんですね。
たくさんのご馳走にかこまれるお正月、お寿司パーティーも楽しみですね。
最近のゲームは殆どわからないのですが、RPGは漫画と同じで、絵面との相性も大事な気がします。
私は時間があると3人打ちの麻雀と、アメーバのピグパズルをやっていますが(PCやタブレットで)、アバターが変なサイトはやりたくないです(笑)
先日バスに乗った時、私の前に70代の男性が座っていたのですが、タブレットでポケモンGO!をやっていました。
後ろからこっそりのぞいていましたが、なかなかおもしろいですね~。
高齢者施設では、コロナ以降運動不足になっている人が多いので、都や区がeスポーツ事業を推進しています。
大きな画面を使って、ゴルフやボーリング、テニスなどを行うのですが、実際のスポーツより親しみやすく認知の予防にもいいそうで、ゲームというのは単純に遊ぶということではないんだなと思います。
本年はありがとうございました。
どうぞ佳いお年をお迎えください<(_ _)>
雪の状況はいかがでしょうか。
くれぐれも気をつけてお帰り下さいね。
たくさんのご馳走にかこまれるお正月、お寿司パーティーも楽しみですね。
最近のゲームは殆どわからないのですが、RPGは漫画と同じで、絵面との相性も大事な気がします。
私は時間があると3人打ちの麻雀と、アメーバのピグパズルをやっていますが(PCやタブレットで)、アバターが変なサイトはやりたくないです(笑)
先日バスに乗った時、私の前に70代の男性が座っていたのですが、タブレットでポケモンGO!をやっていました。
後ろからこっそりのぞいていましたが、なかなかおもしろいですね~。
高齢者施設では、コロナ以降運動不足になっている人が多いので、都や区がeスポーツ事業を推進しています。
大きな画面を使って、ゴルフやボーリング、テニスなどを行うのですが、実際のスポーツより親しみやすく認知の予防にもいいそうで、ゲームというのは単純に遊ぶということではないんだなと思います。
本年はありがとうございました。
どうぞ佳いお年をお迎えください<(_ _)>
雪の状況はいかがでしょうか。
くれぐれも気をつけてお帰り下さいね。
1223
クリスマスはケの日である、とぼくは割り切ってて、周囲の空気に対してはそれこそノリつつシラけ、シラけつつノリ、という態度でいます。
すこしゲームをしたんですが、10月からやっていなかったRPGは、もうストーリーを半分忘れており、コントローラーのボタンの確認から始めなければならないほどでした(笑)
そのゲームも、あさってからは帰省するのでまた年始までお預けです。
クリスマスはケの日である、とぼくは割り切ってて、周囲の空気に対してはそれこそノリつつシラけ、シラけつつノリ、という態度でいます。
すこしゲームをしたんですが、10月からやっていなかったRPGは、もうストーリーを半分忘れており、コントローラーのボタンの確認から始めなければならないほどでした(笑)
そのゲームも、あさってからは帰省するのでまた年始までお預けです。
お返事をいただくつもりではなく、メリークリスマスを言いたいだけだったのですが、ありがとうございました。
核の部分になにもいないお祭り、私もそう思います。
昨日今日は、ちょっとしたレストランはお正月のかまぼこみたいに一気に高くなるのに、どこも予約ができないくらい混んで、書き入れ時です。
人生初かもしれない、まったくクリスマスらしくないクリスマスを過ごしており、サンタクロースもこないし、夜更けすぎから雪に変わるはずの雨すら降りません(笑)
お返事がいるようなものではないので、お気遣いのないようお願いします(o_ _)o))
早くゲームする時間がとれますように🎅🎄
核の部分になにもいないお祭り、私もそう思います。
昨日今日は、ちょっとしたレストランはお正月のかまぼこみたいに一気に高くなるのに、どこも予約ができないくらい混んで、書き入れ時です。
人生初かもしれない、まったくクリスマスらしくないクリスマスを過ごしており、サンタクロースもこないし、夜更けすぎから雪に変わるはずの雨すら降りません(笑)
お返事がいるようなものではないので、お気遣いのないようお願いします(o_ _)o))
早くゲームする時間がとれますように🎅🎄
1220
おそらく向こうのクリスマスも日本の神事仏事とおなじで、神様と一緒にご飯を食べるという感覚はあるはずなんです。
日本の神事だと直会や神饌、仏事だと仏飯ですね。
これがキリストの誕生日に、キリストと一緒にバースデーパーティをしましょうというのが本来のクリスマスでしょう。
日本の神事や仏事だと、われわれはそこに神様や仏様がいることを意識するので、どうしてもお祭りの核の部分では厳かになります。
そこに神様がいるという意識があれば、たがは外れないんです。
ところが日本のクリスマスでは、キリストがいることを意識しない。
バレンタインもハロウィンもそうで、そこになんらかの神(聖人)が存在するであろうという意識がすっぽり抜けるので、核の部分になにもいないお祭りになります。
そうなると、鬼のいぬ間に洗濯というか、見守っている神様がいないので、タガが外れちゃうんですね(笑)
アメリカはプロテスタントの国といいながら、実際のあの国は資本主義に神も魂も売り飛ばしたようなところがあります。
そんなアメリカの「神のいない資本主義のお祭り」が日本に輸入されたのではないか、というのがぼくの推論です。
きのうはいちおう鶏むね肉を余熱で調理したものと、ビールと、あとひさしぶりに安ワインを買って楽しんだんですが、ぼくの隣にいるのは、なじみのないキリストと、あとは仏さんと神さんだけです。
生身の人間がいないのはつまらんな、とおもいながらも、独り身はこういうイベントのときに気軽でいいなどと考えているうちに眠くなって、いつもどおり9時半に床につきました。
おそらく向こうのクリスマスも日本の神事仏事とおなじで、神様と一緒にご飯を食べるという感覚はあるはずなんです。
日本の神事だと直会や神饌、仏事だと仏飯ですね。
これがキリストの誕生日に、キリストと一緒にバースデーパーティをしましょうというのが本来のクリスマスでしょう。
日本の神事や仏事だと、われわれはそこに神様や仏様がいることを意識するので、どうしてもお祭りの核の部分では厳かになります。
そこに神様がいるという意識があれば、たがは外れないんです。
ところが日本のクリスマスでは、キリストがいることを意識しない。
バレンタインもハロウィンもそうで、そこになんらかの神(聖人)が存在するであろうという意識がすっぽり抜けるので、核の部分になにもいないお祭りになります。
そうなると、鬼のいぬ間に洗濯というか、見守っている神様がいないので、タガが外れちゃうんですね(笑)
アメリカはプロテスタントの国といいながら、実際のあの国は資本主義に神も魂も売り飛ばしたようなところがあります。
そんなアメリカの「神のいない資本主義のお祭り」が日本に輸入されたのではないか、というのがぼくの推論です。
きのうはいちおう鶏むね肉を余熱で調理したものと、ビールと、あとひさしぶりに安ワインを買って楽しんだんですが、ぼくの隣にいるのは、なじみのないキリストと、あとは仏さんと神さんだけです。
生身の人間がいないのはつまらんな、とおもいながらも、独り身はこういうイベントのときに気軽でいいなどと考えているうちに眠くなって、いつもどおり9時半に床につきました。
奇妙な偶然・・・。
今朝、いつも読んでいるスピリチュアル系の女性のブログがアップされていました(スピ系にしては押しつけがましいことを言わないのでよく読んでいます)。
「(クリスマスのご馳走やケーキを食べる前に)キリストに対して、「お誕生日、おめでとうございます!」という、〝お祝いする気持ちを持つ〟ことをおすすめします」
と書いてありました。
それは、キリスト教を信仰しているからとか、していないからということではなく、単純に「お誕生日におめでとうを言う」ことの大切さだとしています。
農園主さんの、「キリストの生誕を祝う気持ちはほとんどだれも持っていないようだ」という文章を読んで、これも奇妙な偶然だなと思いました。
私も、一時クリスチャンだったのに、そういう気持ちを忘れ去っていました(笑)
確かに「メリークリスマス!!」と言ったり書いたり(打ったり)しても、生誕を祝う気持ちとはちょっと違いますよね。
フロイス、キチジローヤジローは信長のシェフにも登場しますが、フロイスはキリスト教を日本人のために布教するということではなく、日本の権力者に取り入り、日本で信者を増やして、自国での権威を得ようとする人物として描かれていて、日本人をなめてかかっています。
(追記) 沈黙はロドリゴとヤジローでしたね、勘違いしていました。
沈黙から、なぜ日本にキリスト教が根付かないのかという問題、農園主さんのお考えはとてもわかりやすいです。
「沈黙」についてはいろいろ思うこともありますが、それはまた機会があればということで(*^^)v
今晩はクリスマスイブですね。
キリストのお誕生日を祝いながら、スーパーで買った日本版ローストチキン(焼き鳥)を食べる予定です(笑)
ケーキを買いに行きたいのですが、寒くて悩み中・・・・(◎_◎;)
イブ&クリスマス、楽しくお過ごしください♪←まだお掃除でお忙しいでしょうが、一休み一休み(*^^*)
今朝、いつも読んでいるスピリチュアル系の女性のブログがアップされていました(スピ系にしては押しつけがましいことを言わないのでよく読んでいます)。
「(クリスマスのご馳走やケーキを食べる前に)キリストに対して、「お誕生日、おめでとうございます!」という、〝お祝いする気持ちを持つ〟ことをおすすめします」
と書いてありました。
それは、キリスト教を信仰しているからとか、していないからということではなく、単純に「お誕生日におめでとうを言う」ことの大切さだとしています。
農園主さんの、「キリストの生誕を祝う気持ちはほとんどだれも持っていないようだ」という文章を読んで、これも奇妙な偶然だなと思いました。
私も、一時クリスチャンだったのに、そういう気持ちを忘れ去っていました(笑)
確かに「メリークリスマス!!」と言ったり書いたり(打ったり)しても、生誕を祝う気持ちとはちょっと違いますよね。
フロイス、
(追記) 沈黙はロドリゴ
沈黙から、なぜ日本にキリスト教が根付かないのかという問題、農園主さんのお考えはとてもわかりやすいです。
「沈黙」についてはいろいろ思うこともありますが、それはまた機会があればということで(*^^)v
今晩はクリスマスイブですね。
キリストのお誕生日を祝いながら、スーパーで買った日本版ローストチキン(焼き鳥)を食べる予定です(笑)
ケーキを買いに行きたいのですが、寒くて悩み中・・・・(◎_◎;)
イブ&クリスマス、楽しくお過ごしください♪←まだお掃除でお忙しいでしょうが、一休み一休み(*^^*)
ありがとうございますm(_ _"m)
大掃除と、お帰りになる準備でお忙しくなると思いますが、ご無理のないように。
除雪しなくていいくらいの雪だといいですね。
雪かきは腰を痛めやすいので、気をつけてくださいね。
大掃除と、お帰りになる準備でお忙しくなると思いますが、ご無理のないように。
除雪しなくていいくらいの雪だといいですね。
雪かきは腰を痛めやすいので、気をつけてくださいね。
1214
なかなか声の調子が戻らないこと、ものごとはじぶんのおもったようにはいかないこととおもいますが、じぶんに与えられたカードの中で向上心をもって最善を尽くしておられるのは、さすがだとおもいます。
その中でも、お仕事が無事に元のように戻ったことはなによりです。
あしたのクリスマスコンサート、たいへんな中でも、納得のいくものになることをお祈りしております。
ぼくはきょうからぼちぼち農閑期になりそうで、これから数日かけて大掃除にとりかかります。
あしたは雪が降る予報で、除雪作業があるかないか微妙なところなので、すこし緊張感がありますが、結局起きる時間はいつも配達に行く時間とおなじ5時半なので、ふだん通りです(笑)
なかなか声の調子が戻らないこと、ものごとはじぶんのおもったようにはいかないこととおもいますが、じぶんに与えられたカードの中で向上心をもって最善を尽くしておられるのは、さすがだとおもいます。
その中でも、お仕事が無事に元のように戻ったことはなによりです。
あしたのクリスマスコンサート、たいへんな中でも、納得のいくものになることをお祈りしております。
ぼくはきょうからぼちぼち農閑期になりそうで、これから数日かけて大掃除にとりかかります。
あしたは雪が降る予報で、除雪作業があるかないか微妙なところなので、すこし緊張感がありますが、結局起きる時間はいつも配達に行く時間とおなじ5時半なので、ふだん通りです(笑)
コメントの件、勝手な言い分で申し訳ありませんが、ありがとうございます。
農閑期は待ちに待った大切な時間ですね。
楽しく充実した日々になりますように(*^^)v
わたくしごとですが、コロナの3年間仕事がほぼなく、もう私の人生(イコール仕事)終わったかも、などと思っていたのですが、今年の4月から一部復活し、さらにご縁があり、今までのところ+他の場所でも講座を担当させていただいています。
23日は何年振りかでクリスマスコンサートなのですが、6月からの気管支炎の影響で、ごく低い音域しか歌えなくなってしまいました。
気管支炎が治ったあとも軽快しないので、音声外来まで行ってきましたが、声帯に異常なし。
それで少しは安心したものの、やはり歌えず、7月ごろからちょっとした鬱になっていました。
命に関わることではないのだからと思っても、歌えないということは生きている意味がない、とまで思っていました。
この不完全な状態でコンサートで歌うのは、来てくださる方に失礼と思い、歌うのは断念し、演奏に留めることにしました。
殆どの時間は、来場者が私の伴奏で歌う、というスタイルなので、歌えなくても問題はないのですが、久々のチャンスを逃したのは本当に残念です。
「徹子の部屋」で偶然見たのですが、齋藤悌子さんという、87歳のジャズシンガーがいます。
気負わず自然でクセのない、素敵な歌い方をする方です。
とってもお元気で、まだあと10年は歌うと仰っていました。
それを聞いて、97才までなら、私はもっともっとある!!と思いました←仕事があれば、ですが。
この番組を見なかったら、自暴自棄になり、歌をあきらめていたところでした。
本当に「偶然」見たことで、やっと前向きになることができたのですが、これも偶然ではなく、見るように、とのことだったと解釈しています。
クリスマスコンサートで、齋藤さんバージョンのシンプルなテネシーワルツ、歌いたかったなぁ、とは思いますが、スッパリあきらめて、歌えるようになるよう精進します。
という宣言を聞いていただくのもご迷惑でしょうが(笑)、一番つらかった時期にまた農園主さんとお話できる機会をいただき、教えていただくことばかりで、その中からたくさん気づくこともあって、本当に感謝しかありませんm(_ _"m)
こちらこそ、よろしくお願いいたしますヾ(@⌒ー⌒@)ノ
農閑期は待ちに待った大切な時間ですね。
楽しく充実した日々になりますように(*^^)v
わたくしごとですが、コロナの3年間仕事がほぼなく、もう私の人生(イコール仕事)終わったかも、などと思っていたのですが、今年の4月から一部復活し、さらにご縁があり、今までのところ+他の場所でも講座を担当させていただいています。
23日は何年振りかでクリスマスコンサートなのですが、6月からの気管支炎の影響で、ごく低い音域しか歌えなくなってしまいました。
気管支炎が治ったあとも軽快しないので、音声外来まで行ってきましたが、声帯に異常なし。
それで少しは安心したものの、やはり歌えず、7月ごろからちょっとした鬱になっていました。
命に関わることではないのだからと思っても、歌えないということは生きている意味がない、とまで思っていました。
この不完全な状態でコンサートで歌うのは、来てくださる方に失礼と思い、歌うのは断念し、演奏に留めることにしました。
殆どの時間は、来場者が私の伴奏で歌う、というスタイルなので、歌えなくても問題はないのですが、久々のチャンスを逃したのは本当に残念です。
「徹子の部屋」で偶然見たのですが、齋藤悌子さんという、87歳のジャズシンガーがいます。
気負わず自然でクセのない、素敵な歌い方をする方です。
とってもお元気で、まだあと10年は歌うと仰っていました。
それを聞いて、97才までなら、私はもっともっとある!!と思いました←仕事があれば、ですが。
この番組を見なかったら、自暴自棄になり、歌をあきらめていたところでした。
本当に「偶然」見たことで、やっと前向きになることができたのですが、これも偶然ではなく、見るように、とのことだったと解釈しています。
クリスマスコンサートで、齋藤さんバージョンのシンプルなテネシーワルツ、歌いたかったなぁ、とは思いますが、スッパリあきらめて、歌えるようになるよう精進します。
という宣言を聞いていただくのもご迷惑でしょうが(笑)、一番つらかった時期にまた農園主さんとお話できる機会をいただき、教えていただくことばかりで、その中からたくさん気づくこともあって、本当に感謝しかありませんm(_ _"m)
こちらこそ、よろしくお願いいたしますヾ(@⌒ー⌒@)ノ
藪蛇をつつくようなことかもしれませんが、男らしさや女らしさ、あるいはLGBTQにもそれぞれのらしさがあるとおもいます。
現代はその「らしさ」を抑制する社会になっているように感じています。
ぼくとしては、じぶん以外のだれかに「らしさ」を無理強いすることなく、マウントをとるようなことをしなければ、基本的にじぶんの特性を抑圧する必要はないだろうとおもっているんですが、その点は和合の精神だとおもいます。
和合というのは、仲良くすることという意味ですが、特に夫婦和合なんて言葉があって、男女が仲睦まじいという意味合いが強いようです。
これは日本特有の、ものごとをなあなあにすませるとか、いわゆる日和見なところにも通じるんですが、同時に性格のちがうもの同士が一緒に仲良くできるコツのようなものでもあるでしょう。
神道と仏教が習合したのも、和合のひとつのカタチといえます。
なので、ギズモさんのおっしゃる、欠けているところを合わせてよりよくする、というのはただしいとおもいます。
コメントの件ですが、それではいままで通りで、返信のペースを下げるということにしましょう。
ぼくはちょっと農閑期の間は、発信するよりもあたらしくなにかできることはないか模索したり、積みあがったゲームをする時間にあてようとおもっています。
おもいついたことは書き続けるつもりですが、いままでとはすこしペースが変わるとおもいます。
今後ともよろしくお願いいたします。
現代はその「らしさ」を抑制する社会になっているように感じています。
ぼくとしては、じぶん以外のだれかに「らしさ」を無理強いすることなく、マウントをとるようなことをしなければ、基本的にじぶんの特性を抑圧する必要はないだろうとおもっているんですが、その点は和合の精神だとおもいます。
和合というのは、仲良くすることという意味ですが、特に夫婦和合なんて言葉があって、男女が仲睦まじいという意味合いが強いようです。
これは日本特有の、ものごとをなあなあにすませるとか、いわゆる日和見なところにも通じるんですが、同時に性格のちがうもの同士が一緒に仲良くできるコツのようなものでもあるでしょう。
神道と仏教が習合したのも、和合のひとつのカタチといえます。
なので、ギズモさんのおっしゃる、欠けているところを合わせてよりよくする、というのはただしいとおもいます。
コメントの件ですが、それではいままで通りで、返信のペースを下げるということにしましょう。
ぼくはちょっと農閑期の間は、発信するよりもあたらしくなにかできることはないか模索したり、積みあがったゲームをする時間にあてようとおもっています。
おもいついたことは書き続けるつもりですが、いままでとはすこしペースが変わるとおもいます。
今後ともよろしくお願いいたします。
漠然とした偏見かもしれませんが、小説家の作品でも一般の人のSNSのブログなどでも、文章の書き方、言葉の使い方や全体的なイメージから、男性らしさ・女性らしさが伝わってくるように思います。
同じテーマで文章を書いても、採り上げる部分やデフォルメする部分に違いがあったり、論理的で難解だったり、その逆だったりと。
男性脳と女性脳について様々な論議が交わされていますが、医学的・科学的にも思考に差があるとは言われていますね。
男性らしさ、女性らしさという言葉は、ジェンダーの時代によくないとは思うのですが、どうしても二分化されてしまいがちです。
女の子が赤やピンクの服を着たり、お人形を抱いているイメージは払拭されつつありますが、表面的(見た目)のジェンダーレスが進んでも、内面まではそうそう変わるはずもなく、案外文章にも表れるのではと思います。
従来、男はさっぱりしているが女は執念深いと言われたリしますが、愛情のもつれから殺傷事件を起こすのは男性が多いということもあるし、結局は個人差なのかもしれませんね。
話の方向性がずれてしまいましたが、根本的な部分で、男女でものの見え方が違うというのはあると思います。
そして恐らく、男性は女性にあるなにかを求め、女性は男性にある何かを求め、或いはあこがれ、自分にないものを追い続けていくように思います。
生物の進化で、ヒトは男と女の2種類しかないという時代から変わっていくのかもしれませんが、古事記の「成り成りて~」のように、
男女がお互いに欠けているところを合わせて、よりよいものを生み出していくことが大切なのではないかと、そんなことをふと考えた次第です(笑)
「成り成りて~」は、生物的な合体(釣りバカ日誌を思いだしました)以外に、男性的なものと女性的なものを合わせて何かを創造する意味合いもあるように感じました。
単純な思考の女性脳で考えたことですから、笑わないでくださいね(笑)
今のペースを作ってしまったのは、私です。
このままでは、農園主さんがお書きになりたいことより、私の返信の形式になってしまい、これでは申し訳ないと思っていました。
電話やチャットのご提案、とてもうれしく思い考えてみましたが、このスタイルを採るのは時間的な問題があります。
さらに考えてみて、ひとつ提案なのですが。
私のコメント(全然コメントの長さじゃないですよね・・)を、1週間に一度、2週間に一度、といったペースにスローダウンするというのはいかがでしょうか。
もしどうしても早急にコメントしたい時は、特例措置😓として、たまにさせていただくかもしれませんが。
それから、私がコメントした時は、ひとつひとつ丁寧なお返事ではなく、向こうの世界の人たち(笑)みたいに、コメントありがとう~~だけでも充分です。
いずれにしても、農園主さんがお困りにならないやり方が、私にとっても最善の方法だと思っています。
何度も削っているのに、また長くなってしまいました・・・
(追記)
書き忘れました。
コメントは、旧山麓王国のようにこちらに書くのではなく、メールにしてもかまいませんので、そのことも含めてご検討くださいね。
同じテーマで文章を書いても、採り上げる部分やデフォルメする部分に違いがあったり、論理的で難解だったり、その逆だったりと。
男性脳と女性脳について様々な論議が交わされていますが、医学的・科学的にも思考に差があるとは言われていますね。
男性らしさ、女性らしさという言葉は、ジェンダーの時代によくないとは思うのですが、どうしても二分化されてしまいがちです。
女の子が赤やピンクの服を着たり、お人形を抱いているイメージは払拭されつつありますが、表面的(見た目)のジェンダーレスが進んでも、内面まではそうそう変わるはずもなく、案外文章にも表れるのではと思います。
従来、男はさっぱりしているが女は執念深いと言われたリしますが、愛情のもつれから殺傷事件を起こすのは男性が多いということもあるし、結局は個人差なのかもしれませんね。
話の方向性がずれてしまいましたが、根本的な部分で、男女でものの見え方が違うというのはあると思います。
そして恐らく、男性は女性にあるなにかを求め、女性は男性にある何かを求め、或いはあこがれ、自分にないものを追い続けていくように思います。
生物の進化で、ヒトは男と女の2種類しかないという時代から変わっていくのかもしれませんが、古事記の「成り成りて~」のように、
男女がお互いに欠けているところを合わせて、よりよいものを生み出していくことが大切なのではないかと、そんなことをふと考えた次第です(笑)
「成り成りて~」は、生物的な合体(釣りバカ日誌を思いだしました)以外に、男性的なものと女性的なものを合わせて何かを創造する意味合いもあるように感じました。
単純な思考の女性脳で考えたことですから、笑わないでくださいね(笑)
今のペースを作ってしまったのは、私です。
このままでは、農園主さんがお書きになりたいことより、私の返信の形式になってしまい、これでは申し訳ないと思っていました。
電話やチャットのご提案、とてもうれしく思い考えてみましたが、このスタイルを採るのは時間的な問題があります。
さらに考えてみて、ひとつ提案なのですが。
私のコメント(全然コメントの長さじゃないですよね・・)を、1週間に一度、2週間に一度、といったペースにスローダウンするというのはいかがでしょうか。
もしどうしても早急にコメントしたい時は、特例措置😓として、たまにさせていただくかもしれませんが。
それから、私がコメントした時は、ひとつひとつ丁寧なお返事ではなく、向こうの世界の人たち(笑)みたいに、コメントありがとう~~だけでも充分です。
いずれにしても、農園主さんがお困りにならないやり方が、私にとっても最善の方法だと思っています。
何度も削っているのに、また長くなってしまいました・・・
(追記)
書き忘れました。
コメントは、旧山麓王国のようにこちらに書くのではなく、メールにしてもかまいませんので、そのことも含めてご検討くださいね。
1208
ギズモさんのつくられた鶏団子の煮物、冬には最高ですね。
キノコも野菜もたんぱく質も、栄養バランスもしっかりで……きょうはブリ大根ですか。
ブリ大根、じぶんではなかなか作らないんですが、おいしいですよね(笑)
女性はおそらく、男性とはものごとの見え方がちがうのだろうとおもいます。
しかしなにがちがうということは、ぼくは女性ではないのでいくら考えてもわかりません。
ものごとをかわいくすることは男にとっては優先順位が低く、女性には優先順位が高い、というくらいの表面的なこと以外に、どこか女性にとっても言語化しづらい深層的ななにかがあるのだろうとおもっています。
ところで、すこし相談なんですが、いまは話題を拾いながら長文で返信しています。もちろんギズモさんにも長文の負担をしていただいてます。
そのやり方だと負担が大きいので、用件のあるときにチャットをするか、電話するようなスタイルに切り替えませんか?
ギズモさんのやりやすいカタチに合わせますし、あるいはいままでどおりがよいということであれば、その中で負担を軽減する形を模索したいともおもいます。
ご意見お聞かせいただければ助かります。
ギズモさんのつくられた鶏団子の煮物、冬には最高ですね。
キノコも野菜もたんぱく質も、栄養バランスもしっかりで……きょうはブリ大根ですか。
ブリ大根、じぶんではなかなか作らないんですが、おいしいですよね(笑)
女性はおそらく、男性とはものごとの見え方がちがうのだろうとおもいます。
しかしなにがちがうということは、ぼくは女性ではないのでいくら考えてもわかりません。
ものごとをかわいくすることは男にとっては優先順位が低く、女性には優先順位が高い、というくらいの表面的なこと以外に、どこか女性にとっても言語化しづらい深層的ななにかがあるのだろうとおもっています。
ところで、すこし相談なんですが、いまは話題を拾いながら長文で返信しています。もちろんギズモさんにも長文の負担をしていただいてます。
そのやり方だと負担が大きいので、用件のあるときにチャットをするか、電話するようなスタイルに切り替えませんか?
ギズモさんのやりやすいカタチに合わせますし、あるいはいままでどおりがよいということであれば、その中で負担を軽減する形を模索したいともおもいます。
ご意見お聞かせいただければ助かります。
1206を読ませていただいた直前、まさにその「鶏の冷凍肉団子」(解凍されて売っているもの)と、がんもどき、三角厚揚げ。
野菜は白菜、ニンジン、大根、シメジを入れ、塩味。
「練り物がないのでおでんではない、ポトフともちょっと違う、かと言って鍋料理とも言えない」何かを、作っていました(笑)
普段は肉団子も作るのですが、軟骨入りの肉団子がおいしいので、時々使います。
でも、練り物がちょっとでも入ると、風味やコクが違いますね。
鶏手羽とダイコンの組み合わせはいいですね。
おでん風でなく、ブリ大根の味付けで明日でも作ってみます。
女性作家の江戸時代もの、うっすらと化粧という表現は素敵ですね。
そう言われると、確かに男性が書くものとは違います。
言葉も現代の言葉を使っていたり、難しい政治的な話はあまりなかったりと、とにかく読みやすくなっていますよね。
短編も多いので、ちょっとした時間に読めるのがいいです。
いちいち登場人物の確認にページを戻したり、時代背景がわからず調べたりということが、女性作家の作品にはあまりないように思います。
信長のシェフのドラマは観ていないのですが、原作が完結していないので、途中から脚本家が作ったのでしょうか。
原作漫画では、信長が本能寺で生き残った以上、信長をはじめ、明智光秀や秀吉など、ずいぶん歴史が変わるので、そのあたりをどう始末をつけるのか、ですね。
本能寺の変は1582年ですが、3年後の1585年に、大阪・京都・伊勢・三河でM7の地震が起きているので、その衝撃で突然平成に戻る、というのが私の推理ですが、どうなることやら。
信長を平成に連れて来たらおもしろいのですが、それをやったらギャグになってしまうので、ないでしょうね(笑)
野菜は白菜、ニンジン、大根、シメジを入れ、塩味。
「練り物がないのでおでんではない、ポトフともちょっと違う、かと言って鍋料理とも言えない」何かを、作っていました(笑)
普段は肉団子も作るのですが、軟骨入りの肉団子がおいしいので、時々使います。
でも、練り物がちょっとでも入ると、風味やコクが違いますね。
鶏手羽とダイコンの組み合わせはいいですね。
おでん風でなく、ブリ大根の味付けで明日でも作ってみます。
女性作家の江戸時代もの、うっすらと化粧という表現は素敵ですね。
そう言われると、確かに男性が書くものとは違います。
言葉も現代の言葉を使っていたり、難しい政治的な話はあまりなかったりと、とにかく読みやすくなっていますよね。
短編も多いので、ちょっとした時間に読めるのがいいです。
いちいち登場人物の確認にページを戻したり、時代背景がわからず調べたりということが、女性作家の作品にはあまりないように思います。
信長のシェフのドラマは観ていないのですが、原作が完結していないので、途中から脚本家が作ったのでしょうか。
原作漫画では、信長が本能寺で生き残った以上、信長をはじめ、明智光秀や秀吉など、ずいぶん歴史が変わるので、そのあたりをどう始末をつけるのか、ですね。
本能寺の変は1582年ですが、3年後の1585年に、大阪・京都・伊勢・三河でM7の地震が起きているので、その衝撃で突然平成に戻る、というのが私の推理ですが、どうなることやら。
信長を平成に連れて来たらおもしろいのですが、それをやったらギャグになってしまうので、ないでしょうね(笑)
1205
共依存はどこにでも起こるんですよね。
いま政治の世界でいわれてるキックバックの問題にしたって、だれもがダメだとわかっていてもその依存を断ち切れない、どこか組織的になあなあな、共依存状態になっていたのだとおもいます。
結局こういう場合、おもだった責任者を断罪することになるんですけど、実際には責任者だけを叩いてもガス抜きにしかなりません。
やはり構造そのものを病理として手を打っていかないと解決しないんですが、これがまあむずかしいんですよね(笑)
おでんのウインナー、おいしいです。
冬場のおでんは翌日、あるいは翌々日くらいまで食べますが、ウインナーはそのときに食べきれるだけ入れるようにしないと翌日にはダシガラで、そのかわりスープはほんとうにポトフのようになりますね。
おでんにキャベツという発想はなかったんですが、冷凍の肉団子をおでんに入れるとおいしかったので、それならロールキャベツとおなじだと納得しました。
手羽元もいいですね……お話をうかがってると、練り物なしでウインナーと鶏手羽とダイコンたっぷりの煮物でじゅうぶんな気がしてきました。
杉浦太陽さんと辻希美さんのおうちは豪邸なんですか。
最近はあんまり民放のテレビをみないので、おふたりを見かけることもないんですが、やっぱり有名な芸能人には相応の収入があるのでしょうね。
木挽町のあだ討ち、ぼくはオーディブルで聞きましたが、朗読だと10時間ほどで、たいへんよい作品だったとおもいます。
現代の女性作家の江戸の描き方には共通点があるような気がしてて、ヘンな言い方ですが、作品にうっすら化粧をしているような感じなんですよね。
江戸というゴツゴツした時代に、化粧を施してるような感じで……なんというか、やさしい世界観なんですよ。
信長のシェフ、以前ギズモさんから聞いてはじめて知りましたが、ドラマ化もされてるんですね。
共依存はどこにでも起こるんですよね。
いま政治の世界でいわれてるキックバックの問題にしたって、だれもがダメだとわかっていてもその依存を断ち切れない、どこか組織的になあなあな、共依存状態になっていたのだとおもいます。
結局こういう場合、おもだった責任者を断罪することになるんですけど、実際には責任者だけを叩いてもガス抜きにしかなりません。
やはり構造そのものを病理として手を打っていかないと解決しないんですが、これがまあむずかしいんですよね(笑)
おでんのウインナー、おいしいです。
冬場のおでんは翌日、あるいは翌々日くらいまで食べますが、ウインナーはそのときに食べきれるだけ入れるようにしないと翌日にはダシガラで、そのかわりスープはほんとうにポトフのようになりますね。
おでんにキャベツという発想はなかったんですが、冷凍の肉団子をおでんに入れるとおいしかったので、それならロールキャベツとおなじだと納得しました。
手羽元もいいですね……お話をうかがってると、練り物なしでウインナーと鶏手羽とダイコンたっぷりの煮物でじゅうぶんな気がしてきました。
杉浦太陽さんと辻希美さんのおうちは豪邸なんですか。
最近はあんまり民放のテレビをみないので、おふたりを見かけることもないんですが、やっぱり有名な芸能人には相応の収入があるのでしょうね。
木挽町のあだ討ち、ぼくはオーディブルで聞きましたが、朗読だと10時間ほどで、たいへんよい作品だったとおもいます。
現代の女性作家の江戸の描き方には共通点があるような気がしてて、ヘンな言い方ですが、作品にうっすら化粧をしているような感じなんですよね。
江戸というゴツゴツした時代に、化粧を施してるような感じで……なんというか、やさしい世界観なんですよ。
信長のシェフ、以前ギズモさんから聞いてはじめて知りましたが、ドラマ化もされてるんですね。
こういうサイトがあるんですね。
ありがとうございます。
共依存の問題、これは夫婦だけでなく、親子にでもあるということですね。
性格にもよるものかと思っていましたが、風土病と聞くと、納得できるところは大きいです。
おでんの材料は、本当に高いです。
練り物は値段の差が大きく、高いものはおいしい、安いものはまずいの差が歴然としています。
普通おでんには入れないのかもしれませんが、鶏の手羽元(骨付き)を入れると、出汁がよくでて、おかずにもなります。
案外おいしいのは、ウインナですね。
和風ポトフみたいなものです。
そう言えば先日、大根以外の野菜を摂ろうと、めんどうなのでキャベツをちぎって放り込みました。
やっぱり和風ポトフです(笑)
近くに杉浦太陽&辻希美さんのおうちがあるのですが(どこかは知りませんが豪邸だそうです)、やっぱりどこかで会っていそうなのに、会ったことはありません。
たぶん、堀ちえみさんも他の芸能人も、いろいろ工夫して、ばれないような恰好で外出しているかもしれませんね。
Googleで自動的に出てくるニュースの中に、先日お書きになっていた、オーディブルの『木挽町のあだ討ち』の評判がとてもいいと書かれていました。
これも読んでみたいですが、ますます積読が(笑)
文庫新刊の時代物を読みつつ、電子書籍の漫画も読んでいるのですが、「信長のシェフ」がいよいよ最終章のようで、本能寺の変で、信長が死なず、とうとう歴史が変えられてしまいました。
この後、現代(平成)の人物などの伏線を、どう回収していくか楽しみです。
漫画とはいえ、相当歴史を調べた上で書かれているようで、ただの妄想と違い、なかなかおもしろいです。
あ、絵はゴツいので、好きではありません(笑)
ありがとうございます。
共依存の問題、これは夫婦だけでなく、親子にでもあるということですね。
性格にもよるものかと思っていましたが、風土病と聞くと、納得できるところは大きいです。
おでんの材料は、本当に高いです。
練り物は値段の差が大きく、高いものはおいしい、安いものはまずいの差が歴然としています。
普通おでんには入れないのかもしれませんが、鶏の手羽元(骨付き)を入れると、出汁がよくでて、おかずにもなります。
案外おいしいのは、ウインナですね。
和風ポトフみたいなものです。
そう言えば先日、大根以外の野菜を摂ろうと、
やっぱり和風ポトフです(笑)
近くに杉浦太陽&辻希美さんのおうちがあるのですが(どこかは知りませんが豪邸だそうです)、やっぱりどこかで会っていそうなのに、会ったことはありません。
たぶん、堀ちえみさんも他の芸能人も、いろいろ工夫して、ばれないような恰好で外出しているかもしれませんね。
Googleで自動的に出てくるニュースの中に、先日お書きになっていた、オーディブルの『木挽町のあだ討ち』の評判がとてもいいと書かれていました。
これも読んでみたいですが、ますます積読が(笑)
文庫新刊の時代物を読みつつ、電子書籍の漫画も読んでいるのですが、「信長のシェフ」がいよいよ最終章のようで、本能寺の変で、信長が死なず、とうとう歴史が変えられてしまいました。
この後、現代(平成)の人物などの伏線を、どう回収していくか楽しみです。
漫画とはいえ、相当歴史を調べた上で書かれているようで、ただの妄想と違い、なかなかおもしろいです。
あ、絵はゴツいので、好きではありません(笑)
1201
ギズモさんの九州男児に対する感覚は、偏見ではないとおもいます(笑)
九州の男尊女卑は相当なもののようで、以下のサイトでは各都道府県のジェンダーギャップが調べられますが、やはりひどい状態でした。
https://digital.kyodonews.jp/gender2023/
いわゆる「九州男児」の問題は風土病であり、共依存のように作用してるんだとおもいます。
共依存というのは、たとえばアルコール依存症の夫に必要とされることで妻が喜びを感じる、というような状態です。
結局夫はアルコールに依存し続け、妻はそんな夫に依存しながら、くるしい状況がいつまでも続いて、問題が解決しません。
つまり九州男児の問題は、男がそうあろうとしているだけでなく、家庭内や、地域のコミュニティでそのようなイメージを支持している共犯者(共依存者)がいる、と考えるのが自然だとおもいます。
だから、ピンポイントに九州男児を責めるだけではこの問題は解決しません。
おそらく、家庭そのものの構造を病理としてメスを入れていかないと、みんな問題を自覚すらしていないようにおもえます。
堀ちえみさんのお話、以前にうかがったのをおもいだしました。
東京だと、ふだん町を歩いていて芸能人に出会う確率は高いのではないでしょうか。
ちなみに大阪では難波あたりにいると芸人さんとはよくすれちがいます。
おでんは、こっちでは最後におうどんでシメにすることはありますが、ご飯のおかずにはしづらいですよね。
ぼくはおでんは高級料理だとおもってるんですが、練り物や牛すじ、卵などを入れるとなかなかのコストになります。
最近は特に練り物の値段が上がって、畑のダイコンを気軽におでんにもできなくて(笑)
ギズモさんの九州男児に対する感覚は、偏見ではないとおもいます(笑)
九州の男尊女卑は相当なもののようで、以下のサイトでは各都道府県のジェンダーギャップが調べられますが、やはりひどい状態でした。
https://digital.kyodonews.jp/gender2023/
いわゆる「九州男児」の問題は風土病であり、共依存のように作用してるんだとおもいます。
共依存というのは、たとえばアルコール依存症の夫に必要とされることで妻が喜びを感じる、というような状態です。
結局夫はアルコールに依存し続け、妻はそんな夫に依存しながら、くるしい状況がいつまでも続いて、問題が解決しません。
つまり九州男児の問題は、男がそうあろうとしているだけでなく、家庭内や、地域のコミュニティでそのようなイメージを支持している共犯者(共依存者)がいる、と考えるのが自然だとおもいます。
だから、ピンポイントに九州男児を責めるだけではこの問題は解決しません。
おそらく、家庭そのものの構造を病理としてメスを入れていかないと、みんな問題を自覚すらしていないようにおもえます。
堀ちえみさんのお話、以前にうかがったのをおもいだしました。
東京だと、ふだん町を歩いていて芸能人に出会う確率は高いのではないでしょうか。
ちなみに大阪では難波あたりにいると芸人さんとはよくすれちがいます。
おでんは、こっちでは最後におうどんでシメにすることはありますが、ご飯のおかずにはしづらいですよね。
ぼくはおでんは高級料理だとおもってるんですが、練り物や牛すじ、卵などを入れるとなかなかのコストになります。
最近は特に練り物の値段が上がって、畑のダイコンを気軽におでんにもできなくて(笑)
雪でしたか。
寒い中、お疲れさまでした。
おでんは、地域によって味付けや具材が違うようですね。
一般的に、お醤油の色がしっかりついているのが関東風で、うどんもお雑煮もお醤油の色がはっきりついています。
東京は、地方から来た人もずいぶん多いので、家庭によって違いはあると思います。
おでんは、お酒には合いますが、ご飯のおかずにはなぜか不向きです。
クリームシチューがご飯に合わないのと同じかもしれません。
たまに 堀ちえみさんのブログを読むのですが、やっぱりクリームシチューの時は、いつもパンが写っています。
ファンではないし好きでもないのですが、買い物をする場所に共通点があるので、読むことが多く、今まできっとどこかですれ違っている気がします(笑)
偏見とは思いますが、九州の男性は、亭主関白で頑固で封建的、まず自分が一番、妻子は自分につかえる従属物と認識しているタイプが多いように思うんですよね←お身内に九州の方がいらしたらごめんなさい。
九州男児という言い方はかっこいいですが、単なるわがままではないかと(笑)
土地柄というのはあるでしょうが、今の若い世代の人は変わってきているのか、知りたいところです。
近所の人や仕事での知人など、九州出身の男性がもれなくそういうタイプだったので、例外がいることが予想しにくいです(笑)
奥さん、かわいそう~~と思ったことはたくさんありました。
こちらも昨日はずいぶん寒く、風も強かったのですが、雪はまだまだ先のようです。
寒い中、お疲れさまでした。
おでんは、地域によって味付けや具材が違うようですね。
一般的に、お醤油の色がしっかりついているのが関東風で、うどんもお雑煮もお醤油の色がはっきりついています。
東京は、地方から来た人もずいぶん多いので、家庭によって違いはあると思います。
おでんは、お酒には合いますが、ご飯のおかずにはなぜか不向きです。
クリームシチューがご飯に合わないのと同じかもしれません。
たまに 堀ちえみさんのブログを読むのですが、やっぱりクリームシチューの時は、いつもパンが写っています。
ファンではないし好きでもないのですが、買い物をする場所に共通点があるので、読むことが多く、今まできっとどこかですれ違っている気がします(笑)
偏見とは思いますが、九州の男性は、亭主関白で頑固で封建的、まず自分が一番、妻子は自分につかえる従属物と認識しているタイプが多いように思うんですよね←お身内に九州の方がいらしたらごめんなさい。
九州男児という言い方はかっこいいですが、単なるわがままではないかと(笑)
土地柄というのはあるでしょうが、今の若い世代の人は変わってきているのか、知りたいところです。
近所の人や仕事での知人など、九州出身の男性がもれなくそういうタイプだったので、例外がいることが予想しにくいです(笑)
奥さん、かわいそう~~と思ったことはたくさんありました。
こちらも昨日はずいぶん寒く、風も強かったのですが、雪はまだまだ先のようです。
1198
きのうはご近所さんとたんまり飲んで、餅をついて、おでんをいただいて、鍋をつくって……男3人で一升五合空いたので、まあよく飲んだとおもいます(笑)
結局風も強く、雪がちらつく寒い日だったんですが、いつも通り外での開催となりました。
田舎にいると、キャッシュレス社会は非常に便利です。
銀行に行くにしても距離がありますし、手元に現金がないときの危機感は都市部より強いので、10年ほど前の現金中心の暮らしよりは、ずいぶん手間がはぶけて、安心して暮らせるようになりました。
しかし、そういう暮らしに慣れてくると、口座の数字が増減するだけで、なんだかお金のやりとりをしている実感がないのは確かです。
最近では買い物をしても、スマホやカードを差し出すだけで終わりますよね。
クレジットカードで決済するような場合は、セルフレジのほうが安心だとおもうし、そうなるといよいよ人との交流が薄れて、アナログさが排除されていきますね。
ギズモさんのおっしゃるように、現金の持つありがたみや、蠱惑的な魔力のようなものは、いまの社会では感じる機会が減っているんじゃないでしょうか。
武田鉄矢さんは本はたくさん読んでおられるんですが、ちょっと山師のようなところがあって、ついていけなくなることがあるというか……思想のチカラが強いんでしょうね。
そのへんのアクが非常に強くて、ぼくもはたからみているぶんにはいいんですが、あんまり一緒にいたいとはおもいません(笑)
かれがあるときから保守的な言動をするようになったのは、結局家族に封建主義的なものをよしとするところが残っていたからではないかとおもいます。
父親が封建主義の権化のような人間で荒れ狂っていたから、その反動で戦後の自由主義を謳歌するようなふるまいをしていたけど、根っこの部分、血の部分では古めかしい性格を受け継いでいるということを、どこかで自覚するようになったのでしょう。
もし父親が荒れ狂うことなく、まっとうな保守性を維持していたら、かれは特に思想的に右往左往することもなく、ふつうの保守的なオッサンとして生きていたのではないかなあ、とおもっています。
こちらは昨夜から雪が降りました。
山が雪化粧をする程度に積もりましたが、道路は濡れているだけです。
午後には雪が解けて、野菜の収穫ができればと期待しているんですが、午前中はうっすらとした二日酔いをなだめながら過ごすことにします。
きのうはご近所さんとたんまり飲んで、餅をついて、おでんをいただいて、鍋をつくって……男3人で一升五合空いたので、まあよく飲んだとおもいます(笑)
結局風も強く、雪がちらつく寒い日だったんですが、いつも通り外での開催となりました。
田舎にいると、キャッシュレス社会は非常に便利です。
銀行に行くにしても距離がありますし、手元に現金がないときの危機感は都市部より強いので、10年ほど前の現金中心の暮らしよりは、ずいぶん手間がはぶけて、安心して暮らせるようになりました。
しかし、そういう暮らしに慣れてくると、口座の数字が増減するだけで、なんだかお金のやりとりをしている実感がないのは確かです。
最近では買い物をしても、スマホやカードを差し出すだけで終わりますよね。
クレジットカードで決済するような場合は、セルフレジのほうが安心だとおもうし、そうなるといよいよ人との交流が薄れて、アナログさが排除されていきますね。
ギズモさんのおっしゃるように、現金の持つありがたみや、蠱惑的な魔力のようなものは、いまの社会では感じる機会が減っているんじゃないでしょうか。
武田鉄矢さんは本はたくさん読んでおられるんですが、ちょっと山師のようなところがあって、ついていけなくなることがあるというか……思想のチカラが強いんでしょうね。
そのへんのアクが非常に強くて、ぼくもはたからみているぶんにはいいんですが、あんまり一緒にいたいとはおもいません(笑)
かれがあるときから保守的な言動をするようになったのは、結局家族に封建主義的なものをよしとするところが残っていたからではないかとおもいます。
父親が封建主義の権化のような人間で荒れ狂っていたから、その反動で戦後の自由主義を謳歌するようなふるまいをしていたけど、根っこの部分、血の部分では古めかしい性格を受け継いでいるということを、どこかで自覚するようになったのでしょう。
もし父親が荒れ狂うことなく、まっとうな保守性を維持していたら、かれは特に思想的に右往左往することもなく、ふつうの保守的なオッサンとして生きていたのではないかなあ、とおもっています。
こちらは昨夜から雪が降りました。
山が雪化粧をする程度に積もりましたが、道路は濡れているだけです。
午後には雪が解けて、野菜の収穫ができればと期待しているんですが、午前中はうっすらとした二日酔いをなだめながら過ごすことにします。
不便でアナログなこと、これは伝統的な行事や神事だけに関わらず、日常でもあえて行うことの大切さはありますね。
買い物で現金を使うことはだんだん減っていく風潮にありますが、それでも紙幣は新しいデザインで発行される。
お財布に何も入っていないのでは困ることもありますが、昔ながらの「見せ金」のように、お財布をお札でパンパンにしている人はいなくなったのでは。
お年玉やお誕生日プレゼントを、ラインなどで送金する人も多いとか。
そうなってくると、お金のありがたみが薄れて行くように思いますが、こういう古臭いことを言う人間自体、いなくなっていきそうです(笑)
インタビュー記事、ありがとうございます。
保存しましたので、削除しても大丈夫です。
あまり好きな人ではないのですが、このお話は何から何まで心を打ちます。
実際に戦地に行き、実際に戦った人でなければわからないことは多くてあたりまえですが、そういう話を家族が知るということが、とても大切だと思います。
中には誰にも話せなくて苦しんだ人もいるでしょうし、武田鉄矢さんのお父さんにしても、誇張があったり言えなかった部分もあったりと、表面には見えてこない複雑な心理があったのではないかと思います。
風の様子はいかがでしょうか。
楽しい日になりますように♪
買い物で現金を使うことはだんだん減っていく風潮にありますが、それでも紙幣は新しいデザインで発行される。
お財布に何も入っていないのでは困ることもありますが、昔ながらの「見せ金」のように、お財布をお札でパンパンにしている人はいなくなったのでは。
お年玉やお誕生日プレゼントを、ラインなどで送金する人も多いとか。
そうなってくると、お金のありがたみが薄れて行くように思いますが、こういう古臭いことを言う人間自体、いなくなっていきそうです(笑)
インタビュー記事、ありがとうございます。
保存しましたので、削除しても大丈夫です。
あまり好きな人ではないのですが、このお話は何から何まで心を打ちます。
実際に戦地に行き、実際に戦った人でなければわからないことは多くてあたりまえですが、そういう話を家族が知るということが、とても大切だと思います。
中には誰にも話せなくて苦しんだ人もいるでしょうし、武田鉄矢さんのお父さんにしても、誇張があったり言えなかった部分もあったりと、表面には見えてこない複雑な心理があったのではないかと思います。
風の様子はいかがでしょうか。
楽しい日になりますように♪
1194
子供を「地獄に落ちる」というような戒めで教育することは、いまではほとんどないとおもうんですが、これはやっぱり時代ですよね。
たぶん、半世紀もさかのぼると、みんなそこまで法律や社会基盤を信用していなかったんです。
はっきりいつとはいえませんが、ぼくが子供のころに、テレビでコメンテーターが「これからは個人の問題を解決するのに弁護士をつかう訴訟社会になりますよ。アメリカではすでにそうなってるんです」なんてことをいっていました。
いまになっておもうと、その時代にやたらと「法律相談」みたいなテレビ番組が生まれてるんですよね。
笑福亭仁鶴がやっていた「バラエティー生活笑百科」(1985~2022)なんかがそうですね。
そういう社会の変化は、1980年代後半くらいに芽生えてきて、1990年くらいに本格化してくる感じだとおもいます。
で、われわれの行動が法律に縛られてくるのも、この時代からだとおもいます。
法律こそが人の生きる規範を決める、それ以外のなにかが勝手に規範をつくることを許さない、ということです。
こういう社会の変化にともなって、宗教が人を教育する……とりわけ迷信による戒めによって教育する文化が廃れていったのでしょう。
エルサレムの現地の人は不便や理不尽をさほど感じていないのでは、という件ですが、これは人それぞれだとおもいます。
先日、武田鉄矢さんが朝日新聞でインタビューを受けていたんですが、軍人だった父親についての話でした。
父親は戦前の封建主義的な日本の価値観に居場所があって、戦後の日本では居場所がなかった。
戦争トラウマらしき症状もあって、酒に頼ったり生活が荒れるなどの問題があったそうな。
ところが母親はというと、戦前はさんざん憲兵やら社会にいじめられてしんどかった、アメリカが占領してくれて世の中がよくなった、といって人生を謳歌し始めるんです。
おそらくイスラエルにしても、西側の価値観とイスラムの価値観の中で、人それぞれに適性があるだろうとおもいます。
厳格な宗教規則を苦におもわない人もいれば、そういう規範や社会常識に苦しめられている人もいるだろうとおもいます。
いろんな価値観の人が、それぞれふさわしい居場所を持てるのがよいのですが、ひとつの価値観に固執してしまう社会では、なかなか寛容にはなれないようです。
餅つき機があるのに外ではつかわない理由は、イベントとして楽しみたいということと、参加者にひとり子供がいるので、そういうことを体験させてやりたいということなのでしょう。
餅つきもいわゆる神事に連なるイベントだとおもうんですが、神事は猿田彦の一本下駄や安息日もそうですが、わざと不便でアナログなことをして、精神性をつないでいくようなところがありますね。
さて、それではきょうはたぶん一日つぶれてるとおもいます(笑)
ギズモさんにとってもよい休日でありますように。
あ、あとさっきの武田鉄矢さんのインタビューの記事ですが、鍵付きでパスワードを入れると本文をみられるようにしておきます。
パスワードは、ギズモさんが向こうで書いておられるときのお名前の「♪」抜きです。
子供を「地獄に落ちる」というような戒めで教育することは、いまではほとんどないとおもうんですが、これはやっぱり時代ですよね。
たぶん、半世紀もさかのぼると、みんなそこまで法律や社会基盤を信用していなかったんです。
はっきりいつとはいえませんが、ぼくが子供のころに、テレビでコメンテーターが「これからは個人の問題を解決するのに弁護士をつかう訴訟社会になりますよ。アメリカではすでにそうなってるんです」なんてことをいっていました。
いまになっておもうと、その時代にやたらと「法律相談」みたいなテレビ番組が生まれてるんですよね。
笑福亭仁鶴がやっていた「バラエティー生活笑百科」(1985~2022)なんかがそうですね。
そういう社会の変化は、1980年代後半くらいに芽生えてきて、1990年くらいに本格化してくる感じだとおもいます。
で、われわれの行動が法律に縛られてくるのも、この時代からだとおもいます。
法律こそが人の生きる規範を決める、それ以外のなにかが勝手に規範をつくることを許さない、ということです。
こういう社会の変化にともなって、宗教が人を教育する……とりわけ迷信による戒めによって教育する文化が廃れていったのでしょう。
エルサレムの現地の人は不便や理不尽をさほど感じていないのでは、という件ですが、これは人それぞれだとおもいます。
先日、武田鉄矢さんが朝日新聞でインタビューを受けていたんですが、軍人だった父親についての話でした。
父親は戦前の封建主義的な日本の価値観に居場所があって、戦後の日本では居場所がなかった。
戦争トラウマらしき症状もあって、酒に頼ったり生活が荒れるなどの問題があったそうな。
ところが母親はというと、戦前はさんざん憲兵やら社会にいじめられてしんどかった、アメリカが占領してくれて世の中がよくなった、といって人生を謳歌し始めるんです。
おそらくイスラエルにしても、西側の価値観とイスラムの価値観の中で、人それぞれに適性があるだろうとおもいます。
厳格な宗教規則を苦におもわない人もいれば、そういう規範や社会常識に苦しめられている人もいるだろうとおもいます。
いろんな価値観の人が、それぞれふさわしい居場所を持てるのがよいのですが、ひとつの価値観に固執してしまう社会では、なかなか寛容にはなれないようです。
餅つき機があるのに外ではつかわない理由は、イベントとして楽しみたいということと、参加者にひとり子供がいるので、そういうことを体験させてやりたいということなのでしょう。
餅つきもいわゆる神事に連なるイベントだとおもうんですが、神事は猿田彦の一本下駄や安息日もそうですが、わざと不便でアナログなことをして、精神性をつないでいくようなところがありますね。
さて、それではきょうはたぶん一日つぶれてるとおもいます(笑)
ギズモさんにとってもよい休日でありますように。
あ、あとさっきの武田鉄矢さんのインタビューの記事ですが、鍵付きでパスワードを入れると本文をみられるようにしておきます。
パスワードは、ギズモさんが向こうで書いておられるときのお名前の「♪」抜きです。
昔の人は(昔とひとくちに言っても、昭和が既にレトロと言われているので、どの時代から昔かわかりませんが)、よく子どもに、
ご飯を残したらバチがあたるとか、嘘をついたらバチがあたる(閻魔さまに舌を抜かれるとも)とか、神仏の名をを利用した「しつけ」をしていた家庭が多かったように思います。
その親たちが特に信心深かったわけではないでしょうが、そう言われて素直に言いつけを守る子どもも多く、それはそれでいい時代だったのかもしれませんね。
農園主さんが書いていらっしゃるエルサレムあたりの話だと思いますが、現地の人を取材した番組を観たことがあります。
安息日に電気を使ったらいけないというので、ネットもご法度、炊飯器などはタイマーにしておくなど、若い人も細かく制限された戒律に従っていて、これをもう少し柔軟にしていくという方向性はないのかな、と思いました。
こういうことを考えると、日本に生まれたことは自由があっていいとは思うのですが、もしかすると現地の人は、生まれる前からの習慣なので、さほど不便、理不尽なことだとは感じていないのかもしれませんね。
下駄の事で、つまらないことを思い出しました。
花魁道中の独特な歩き方は、一種の作法だと思っていたのですが、あのようにしないと下駄が高くて歩けないんだそうです。
私なら、一歩進む前に転ぶでしょう(笑)
餅つき機があるのに、外なら使わないというのは、餅つきはお正月を迎えるための伝統的な行事だからでしょうか。
(追記)単純に電源の問題??
こういう行事は見るだけでも楽しいものですが、やる方は大変ですよね。
風が強い日となって餅つき機でお餅をついて、おいしいお酒を召し上がってきてくださいね。
今日は、変に暖かい日でした(^^;)
ご飯を残したらバチがあたるとか、嘘をついたらバチがあたる(閻魔さまに舌を抜かれるとも)とか、神仏の名をを利用した「しつけ」をしていた家庭が多かったように思います。
その親たちが特に信心深かったわけではないでしょうが、そう言われて素直に言いつけを守る子どもも多く、それはそれでいい時代だったのかもしれませんね。
農園主さんが書いていらっしゃるエルサレムあたりの話だと思いますが、現地の人を取材した番組を観たことがあります。
安息日に電気を使ったらいけないというので、ネットもご法度、炊飯器などはタイマーにしておくなど、若い人も細かく制限された戒律に従っていて、これをもう少し柔軟にしていくという方向性はないのかな、と思いました。
こういうことを考えると、日本に生まれたことは自由があっていいとは思うのですが、もしかすると現地の人は、生まれる前からの習慣なので、さほど不便、理不尽なことだとは感じていないのかもしれませんね。
下駄の事で、つまらないことを思い出しました。
花魁道中の独特な歩き方は、一種の作法だと思っていたのですが、あのようにしないと下駄が高くて歩けないんだそうです。
私なら、一歩進む前に転ぶでしょう(笑)
餅つき機があるのに、外なら使わないというのは、餅つきはお正月を迎えるための伝統的な行事だからでしょうか。
(追記)単純に電源の問題??
こういう行事は見るだけでも楽しいものですが、やる方は大変ですよね。
風が強い日となって餅つき機でお餅をついて、おいしいお酒を召し上がってきてくださいね。
今日は、変に暖かい日でした(^^;)
1189
庚申信仰は、庚申の日の夜には眠ってはならないというんですよね。
眠ると体内から三尸が出てきて、天帝に告げ口をしてわるいことが起こる(寿命が縮む)というような迷信があるため、人の心が離れてしまったのだろうとおもいます。
むかしはそういった民間信仰でも地域の結びつきにはなっていたのだろうとおもうんですが、この手の罰則をつくるような信仰は長続きしないですね。
生前の行いが死後に裁かれるというような地獄思想が現代になって廃れたのも、罰則だからです。
「〇〇してはならない。これを破ると天罰が下る」というような信仰は、法律がまともに機能していなかった近代以前には一定の効果もあったのかもしれません。
が、法による罰則がしっかり機能する時代になると、罰則は宗教の役割ではなくなります。
それに加えて、庚申信仰は古神道のようにはっきりした教祖もなく、「人間はこう生きるべき」という教義もなくてぼんやりしていたところも、衰退の原因だろうとおもいます。
一本下駄は山登りに便利で修験者が履いていたというんですが、そもそもあれを履きこなすのに修行が必要そうです。
猿田彦も現代風にスパイク長靴くらい履かせてあげればいいのになあ(笑)
信仰の作法の件ですが、先日テレビ番組で宗教者ふたりが対談しているのをみました。
いま起こっているイスラエルの戦争について語っていたんです。
イスラエルの、いま戦争が起こっているガザから東へ80kmほど離れたところに、エルサレムがあります。
エルサレムにはユダヤ教の聖地「嘆きの壁」、キリスト教の聖地「聖墳墓(せいふんぼ)教会」、イスラム教の聖地「岩のドーム」があります。
世界の主要な宗教3つの聖地が、エルサレムに固まっているんですね。
日本人であれば、じぶんの信仰にかかわらず、あんまりむずかしく考えず、嘆きの壁にも聖墳墓教会にも岩のドームにも、観光気分で行くのではないかとおもいます。
でも現地では、じぶんの宗教がユダヤ教なら嘆きの壁にしか行かない。
キリスト教なら聖墳墓教会にしか行かないし、イスラム教なら岩のドームにしか行かないのだそうな。
それぞれ、すぐ近くにあるべつの聖地には見向きもしない。
そういう宗教的な頑固さが、長く続いているイスラエルの戦争の一因ではないかというんですね。
なにが言いたいのかというと、じぶんの信仰に対してあまり頑固になって、よその宗教を受け付けないということをすると、それはやっぱり対立を生んで、いがみあうきっかけになってしまうということです。
キリスト教徒がお焼香をするのは、むしろキリスト教の懐の深さを示すことになるでしょうし……お地蔵さんに柏手を打つのも、その人に信心が備わっていれば問題ないような気がします(笑)
庚申信仰は、庚申の日の夜には眠ってはならないというんですよね。
眠ると体内から三尸が出てきて、天帝に告げ口をしてわるいことが起こる(寿命が縮む)というような迷信があるため、人の心が離れてしまったのだろうとおもいます。
むかしはそういった民間信仰でも地域の結びつきにはなっていたのだろうとおもうんですが、この手の罰則をつくるような信仰は長続きしないですね。
生前の行いが死後に裁かれるというような地獄思想が現代になって廃れたのも、罰則だからです。
「〇〇してはならない。これを破ると天罰が下る」というような信仰は、法律がまともに機能していなかった近代以前には一定の効果もあったのかもしれません。
が、法による罰則がしっかり機能する時代になると、罰則は宗教の役割ではなくなります。
それに加えて、庚申信仰は古神道のようにはっきりした教祖もなく、「人間はこう生きるべき」という教義もなくてぼんやりしていたところも、衰退の原因だろうとおもいます。
一本下駄は山登りに便利で修験者が履いていたというんですが、そもそもあれを履きこなすのに修行が必要そうです。
猿田彦も現代風にスパイク長靴くらい履かせてあげればいいのになあ(笑)
信仰の作法の件ですが、先日テレビ番組で宗教者ふたりが対談しているのをみました。
いま起こっているイスラエルの戦争について語っていたんです。
イスラエルの、いま戦争が起こっているガザから東へ80kmほど離れたところに、エルサレムがあります。
エルサレムにはユダヤ教の聖地「嘆きの壁」、キリスト教の聖地「聖墳墓(せいふんぼ)教会」、イスラム教の聖地「岩のドーム」があります。
世界の主要な宗教3つの聖地が、エルサレムに固まっているんですね。
日本人であれば、じぶんの信仰にかかわらず、あんまりむずかしく考えず、嘆きの壁にも聖墳墓教会にも岩のドームにも、観光気分で行くのではないかとおもいます。
でも現地では、じぶんの宗教がユダヤ教なら嘆きの壁にしか行かない。
キリスト教なら聖墳墓教会にしか行かないし、イスラム教なら岩のドームにしか行かないのだそうな。
それぞれ、すぐ近くにあるべつの聖地には見向きもしない。
そういう宗教的な頑固さが、長く続いているイスラエルの戦争の一因ではないかというんですね。
なにが言いたいのかというと、じぶんの信仰に対してあまり頑固になって、よその宗教を受け付けないということをすると、それはやっぱり対立を生んで、いがみあうきっかけになってしまうということです。
キリスト教徒がお焼香をするのは、むしろキリスト教の懐の深さを示すことになるでしょうし……お地蔵さんに柏手を打つのも、その人に信心が備わっていれば問題ないような気がします(笑)
三尸の虫の話は道教でしたね。
庚申信仰というのは、なかなかややこしいですね。
なんとなくですが、神社に行ってお参りするというより、もっと地域的な、人とのつながりを感じま・・・・。
・・・ここでちょっと気になったので、ネットで検索してきましたが、やっぱり「講」もあったんですね。
小野照崎神社、お参りしたことはありませんが、地獄と行き来していたという、小野篁の神社ですね。
ネットで写真を見ると(HPではありません)、まゆ玉みくじの結び処は、五芒星の形になっています。
雅楽の奉納やいろいろな神事もあり、けっこう規模の大きい神社のようです。
SNSで公式サイトがあり、最近は全然読んでいませんでしたが、さきほど見たら猿田彦・庚申塚についての記事がありました。
https://note.com/onoteru/n/n68a01c76be86
猿田彦役の人、天狗のようなお面をつけていますね。
あの一本歯の下駄は、山伏が履く下駄でしょうか。
神職の人が猿田彦役なのかどうかわかりませんが、あれでちゃんと歩けるのか心配です(笑)
(追記)
この世とあの世の境「六道の辻」に立つ六道珍皇寺の境内には、小野篁が冥土通いに使ったと伝わる井戸がある。六道の「六」がまたありました。
曾祖母の話、個人的なことで申し訳なかったのですが、農園主さんが仰ってくださったこと、よくわかります。
曾祖母のお墓があるお寺は浄土宗なのですが、昔は菩提寺というものは信仰とは別で、単純に先祖のお墓があるからお参りするというものだったのかもしれません。
日本では、特定の宗教一種類だけを信心している人はごくわずかだと思います。
クリスチャンの場合は、寺社仏閣で手を合わせない、お焼香はしないという暗黙の了解があるようですが、郷に入っては~~という感覚がないのかな?と思います。
私もクリスチャンだった時期があるので、そのような融通のきかない姿勢は気になります。
お地蔵さま(高岩寺)や、他のお寺では、お賽銭箱の前で二礼二拍手をしている人がよくいます。
神仏はそのようなことは気にしないと思いながらも、お参りの最中のパンパンという音は、ちょっとイラッとします(笑)←修行が足りない(>_<)
庚申信仰というのは、なかなかややこしいですね。
なんとなくですが、神社に行ってお参りするというより、もっと地域的な、人とのつながりを感じま・・・・。
・・・ここでちょっと気になったので、ネットで検索してきましたが、やっぱり「講」もあったんですね。
小野照崎神社、お参りしたことはありませんが、地獄と行き来していたという、小野篁の神社ですね。
ネットで写真を見ると(HPではありません)、まゆ玉みくじの結び処は、五芒星の形になっています。
雅楽の奉納やいろいろな神事もあり、けっこう規模の大きい神社のようです。
SNSで公式サイトがあり、最近は全然読んでいませんでしたが、さきほど見たら猿田彦・庚申塚についての記事がありました。
https://note.com/onoteru/n/n68a01c76be86
猿田彦役の人、天狗のようなお面をつけていますね。
あの一本歯の下駄は、山伏が履く下駄でしょうか。
神職の人が猿田彦役なのかどうかわかりませんが、あれでちゃんと歩けるのか心配です(笑)
(追記)
この世とあの世の境「六道の辻」に立つ六道珍皇寺の境内には、小野篁が冥土通いに使ったと伝わる井戸がある。六道の「六」がまたありました。
曾祖母の話、個人的なことで申し訳なかったのですが、農園主さんが仰ってくださったこと、よくわかります。
曾祖母のお墓があるお寺は浄土宗なのですが、昔は菩提寺というものは信仰とは別で、単純に先祖のお墓があるからお参りするというものだったのかもしれません。
日本では、特定の宗教一種類だけを信心している人はごくわずかだと思います。
クリスチャンの場合は、寺社仏閣で手を合わせない、お焼香はしないという暗黙の了解があるようですが、郷に入っては~~という感覚がないのかな?と思います。
私もクリスチャンだった時期があるので、そのような融通のきかない姿勢は気になります。
お地蔵さま(高岩寺)や、他のお寺では、お賽銭箱の前で二礼二拍手をしている人がよくいます。
神仏はそのようなことは気にしないと思いながらも、お参りの最中のパンパンという音は、ちょっとイラッとします(笑)←修行が足りない(>_<)
1186
猿田彦大神庚申堂のご紹介、ありがとうございます。
参考になりました。
庚申信仰はほんとうに不思議で、道教の影響を受けながら、闇鍋のように天台宗、山岳信仰、神道などをごった煮にしているでしょう。
もうすでに江戸時代末期には自然衰退していたといいますが、日本の信仰としては傍流扱いだったためか、明治の神仏分離の直接的な迫害の影響は少なかったようですね。
大阪の四天王寺にも庚申堂があります。
大阪市のホームページでは、庚申信仰の発祥の地であるというのですが、それにしては四天王寺の境内からは外れたところにあり、一般的な都市部のお寺くらいの広さです。
ぼくは庚申信仰について知らないまま、四天王寺あたりを自転車でぶらぶらしていて、このお堂をみつけました。
三猿がいたり、本尊が青面金剛で、三尸の虫の伝説など、非常に変わった伝説があることにおどろいたんですが、たしかあのときはたまたま庚申まいりの日だったかなにかで、それなりに賑わっていたんですよね。
記憶があいまいなんですが、3千円くらいだったかで、お線香とお札だったかを買うことで、中のお堂でご祈祷をしてもらえるようで、ぼくがいた数十分の間にも何組かが購入していました。
あの人々はほんとうに庚申信仰をしているのか、四天王寺の信仰のついでなのか、そのあたりはよくわかりません。
日本三大庚申は、京都八坂、東京浅草寺、大阪四天王寺のみっつなのだそうですが、浅草の入谷庚申堂はいまはなく、小野照崎神社に塚がうつされているようです。
そう考えると、巣鴨の庚申塚駅のほうが信仰としてはまだ残っている感じがありますが、マジメに庚申信仰をしている人はもうほとんどいないのではないかという気がします。
南無大師遍照金剛ということは、真言宗ですね。
日本のいわゆる十三宗で、南無〇〇、という唱名で、日本の僧侶の名前が入るのは、空海(真言宗)と最澄(天台宗)という、同時期を生きたふたりなんですよね。
唱名が、真言宗では南無大師遍照金剛、天台宗では南無宗祖根本伝教大師福聚金剛。
ほかは基本的に南無釈迦牟尼仏や南無阿弥陀仏、日蓮宗は法華経そのものが本尊で南無妙法蓮華経ですね。
そういう意味では、鎌倉以降に出てきた開祖たちと比べて、空海と最澄……とりわけ空海は人間というよりは超越した概念として扱われている感じです。
あくまでぼくの解釈ですが、神仏はわれわれに信仰を押し付けたりはしないので、曾祖母様がみられた夢は、ご自身の心の中に、信仰をおろそかにしているという自覚があったのではないかとおもうのです。
それが夢という形を借りて出てきて、じぶんへの戒めとして心に刻まれた。
信仰というのは、時代の変化、じぶんをとりまく環境の変化、じぶんの心境の変化によって揺らぐもので、ぼくのような気まぐれな人間は特にそうなりやすいから特定の信仰をもたないんですが、曾祖母様はもっと確固たる信仰を目指しておられて、忸怩たるおもいがあったのではないか、とおもった次第です。
猿田彦大神庚申堂のご紹介、ありがとうございます。
参考になりました。
庚申信仰はほんとうに不思議で、道教の影響を受けながら、闇鍋のように天台宗、山岳信仰、神道などをごった煮にしているでしょう。
もうすでに江戸時代末期には自然衰退していたといいますが、日本の信仰としては傍流扱いだったためか、明治の神仏分離の直接的な迫害の影響は少なかったようですね。
大阪の四天王寺にも庚申堂があります。
大阪市のホームページでは、庚申信仰の発祥の地であるというのですが、それにしては四天王寺の境内からは外れたところにあり、一般的な都市部のお寺くらいの広さです。
ぼくは庚申信仰について知らないまま、四天王寺あたりを自転車でぶらぶらしていて、このお堂をみつけました。
三猿がいたり、本尊が青面金剛で、三尸の虫の伝説など、非常に変わった伝説があることにおどろいたんですが、たしかあのときはたまたま庚申まいりの日だったかなにかで、それなりに賑わっていたんですよね。
記憶があいまいなんですが、3千円くらいだったかで、お線香とお札だったかを買うことで、中のお堂でご祈祷をしてもらえるようで、ぼくがいた数十分の間にも何組かが購入していました。
あの人々はほんとうに庚申信仰をしているのか、四天王寺の信仰のついでなのか、そのあたりはよくわかりません。
日本三大庚申は、京都八坂、東京浅草寺、大阪四天王寺のみっつなのだそうですが、浅草の入谷庚申堂はいまはなく、小野照崎神社に塚がうつされているようです。
そう考えると、巣鴨の庚申塚駅のほうが信仰としてはまだ残っている感じがありますが、マジメに庚申信仰をしている人はもうほとんどいないのではないかという気がします。
南無大師遍照金剛ということは、真言宗ですね。
日本のいわゆる十三宗で、南無〇〇、という唱名で、日本の僧侶の名前が入るのは、空海(真言宗)と最澄(天台宗)という、同時期を生きたふたりなんですよね。
唱名が、真言宗では南無大師遍照金剛、天台宗では南無宗祖根本伝教大師福聚金剛。
ほかは基本的に南無釈迦牟尼仏や南無阿弥陀仏、日蓮宗は法華経そのものが本尊で南無妙法蓮華経ですね。
そういう意味では、鎌倉以降に出てきた開祖たちと比べて、空海と最澄……とりわけ空海は人間というよりは超越した概念として扱われている感じです。
あくまでぼくの解釈ですが、神仏はわれわれに信仰を押し付けたりはしないので、曾祖母様がみられた夢は、ご自身の心の中に、信仰をおろそかにしているという自覚があったのではないかとおもうのです。
それが夢という形を借りて出てきて、じぶんへの戒めとして心に刻まれた。
信仰というのは、時代の変化、じぶんをとりまく環境の変化、じぶんの心境の変化によって揺らぐもので、ぼくのような気まぐれな人間は特にそうなりやすいから特定の信仰をもたないんですが、曾祖母様はもっと確固たる信仰を目指しておられて、忸怩たるおもいがあったのではないか、とおもった次第です。
私の方が字数が多くなることが多く、申し訳ありませんm(_ _"m)
先日行った神奈川県の六所神社が総本社だと思っていましたが、HPにはそのような記載もなく、気になるところでした。
「火の鳥」は何回か読みましたが、だいぶ前なので殆ど忘れています。
今度、しっかりと読み直してみますが、手塚治虫は本当にすごい人だったんだな、と改めて思います。
猿田彦の多様性。
巣鴨の駅近くにある、薬師如来の真性寺→とげ抜き地蔵の高岩寺、そしてそこから10分ほど歩くと、「猿田彦大神庚申堂」という、普段は無人の小さな小さな神社があり、
ご祭神は、天津祖庚申猿田彦大神・地津主甲子大己貴神・人津霊己巳小彦名神となっています。
このすぐそばの都電(現在、都内ではこの路線だけです)の停留所名が「庚申塚」です。
ここは、奉賛会が管理しており、社務所もなければ神職も常在していません。
https://www.sugamokoushin.com/index.html
↑に何件も動画はあるのですが、 ↓ が一番様子がわかりやすいと思います。
狛犬ではなく、狛猿です。
https://www.sugamokoushin.com/newpage3-2...
農園主さんのご見解のように、庚申信仰との結びつきだったんですね。
なぜ、庚申塚に祀られているのか、わかっていませんでした。
だいぶ前にお話したかもしれませんが、曾祖母が猿田彦を(も)信心していました。
四国をお遍路した人でしたので、空海は信心していたようですが、他にも薬師如来、猿田彦などを信心していたみたいなのです。
母が、私の曾祖母が唱えるのを聞いていて、弘法大師のご宝号と薬師如来の真言を知っており、
私も小さい時から「南無大師遍照金剛」「オンコロコロセンダリマトウギソワカ」という、呪文みたいなものを何度か聞いたことがありました。
曾祖母がある時夢を見て(夢ではないと言っていたそうな)、天井を突き抜くような毛むくじゃらの大男が出てきて「なぜお前はわたしを信じなくなったのだ」と聞いたそうです。
曾祖母が何と答えたか、その後信心はどうなったのか、聞いたはずですが覚えていないのが残念です。
コロナが流行り始めた頃、伊勢の猿田彦神社の火打ち石に、「行く道を祓い清める」というご利益があると聞き、電話で問い合わせをし、送っていただきました。
それ以来、家を出る前、帰宅後はカチカチやっています。
お参りに行きたいと思いながらも伊勢までは行けないので、他の猿田彦神社を探したところ、農園主さんがお書きになっている鼻節神社を見つけました。
結局行かなかったのですが、子どもの頃から時々行っている巣鴨の猿田彦神社が、小さいながらも境内社でも末社でもないので、近くていいかなと(笑)
境内社・末社としてはところどころで見かけます。
↓ の画像は、埼玉県岩槻市の「岩槻久伊豆神社」の境内に祀ってある猿田彦です。
やはり天狗、庚申の文字がありました。
猿田彦大神も、私にはご縁があると思えます。
「六」の意味、とてもよく理解できます。
神仏習合と神仏分離は、様々なことにおいて、やはり大事なポイントなんですね。
今回も、いろいろなことが農園主さんのおかげでスッキリしました。
ありがとうございます<(_ _)>
先日行った神奈川県の六所神社が総本社だと思っていましたが、HPにはそのような記載もなく、気になるところでした。
「火の鳥」は何回か読みましたが、だいぶ前なので殆ど忘れています。
今度、しっかりと読み直してみますが、手塚治虫は本当にすごい人だったんだな、と改めて思います。
猿田彦の多様性。
巣鴨の駅近くにある、薬師如来の真性寺→とげ抜き地蔵の高岩寺、そしてそこから10分ほど歩くと、「猿田彦大神庚申堂」という、普段は無人の小さな小さな神社があり、
ご祭神は、天津祖庚申猿田彦大神・地津主甲子大己貴神・人津霊己巳小彦名神となっています。
このすぐそばの都電(現在、都内ではこの路線だけです)の停留所名が「庚申塚」です。
ここは、奉賛会が管理しており、社務所もなければ神職も常在していません。
https://www.sugamokoushin.com/index.html
↑に何件も動画はあるのですが、 ↓ が一番様子がわかりやすいと思います。
狛犬ではなく、狛猿です。
https://www.sugamokoushin.com/newpage3-2...
農園主さんのご見解のように、庚申信仰との結びつきだったんですね。
なぜ、庚申塚に祀られているのか、わかっていませんでした。
だいぶ前にお話したかもしれませんが、曾祖母が猿田彦を(も)信心していました。
四国をお遍路した人でしたので、空海は信心していたようですが、他にも薬師如来、猿田彦などを信心していたみたいなのです。
母が、私の曾祖母が唱えるのを聞いていて、弘法大師のご宝号と薬師如来の真言を知っており、
私も小さい時から「南無大師遍照金剛」「オンコロコロセンダリマトウギソワカ」という、呪文みたいなものを何度か聞いたことがありました。
曾祖母がある時夢を見て(夢ではないと言っていたそうな)、天井を突き抜くような毛むくじゃらの大男が出てきて「なぜお前はわたしを信じなくなったのだ」と聞いたそうです。
曾祖母が何と答えたか、その後信心はどうなったのか、聞いたはずですが覚えていないのが残念です。
コロナが流行り始めた頃、伊勢の猿田彦神社の火打ち石に、「行く道を祓い清める」というご利益があると聞き、電話で問い合わせをし、送っていただきました。
それ以来、家を出る前、帰宅後はカチカチやっています。
お参りに行きたいと思いながらも伊勢までは行けないので、他の猿田彦神社を探したところ、農園主さんがお書きになっている鼻節神社を見つけました。
結局行かなかったのですが、子どもの頃から時々行っている巣鴨の猿田彦神社が、小さいながらも境内社でも末社でもないので、近くていいかなと(笑)
境内社・末社としてはところどころで見かけます。
↓ の画像は、埼玉県岩槻市の「岩槻久伊豆神社」の境内に祀ってある猿田彦です。
やはり天狗、庚申の文字がありました。
猿田彦大神も、私にはご縁があると思えます。
「六」の意味、とてもよく理解できます。
神仏習合と神仏分離は、様々なことにおいて、やはり大事なポイントなんですね。
今回も、いろいろなことが農園主さんのおかげでスッキリしました。
ありがとうございます<(_ _)>
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全国の六所神社はそれぞれ、その土地周辺の六つの神社を合祀したもの、あるいは六柱の神々をまつった神社、という程度の意味のようです。
祭神もバラバラで、全国の六所神社を束ねる総本社があるわけでもありません。
なぜ全国の六所神社が、「六」という数字を選んだのか、「六所」という名前を選んだのかという点について、今回も最終的に謎解きのようになるカタチで、話します。
今回はちょっと話にまとまりがない、というか、複雑多岐にわたるので、覚悟してお読みください(笑)
ギズモさんは、六所神社からシオツチノオジを発見されましたので、まずそこから話をします。
宮城県の塩竈神社の別宮である塩釜六所明神には、六柱の神(猿田彦、事勝國勝、塩土老翁、岐神、興玉命、太田命)がまつられていますが、それぞれ名前がちがうだけでおなじ神なんだそうです。
それでふと気づいたのが、手塚治虫の『火の鳥』です。
火の鳥は、人間の輪廻転生を描く大作なんですが、この作品によく出てくるのが、猿田彦です。
どの作品にも、名前と人格を変えながら、猿田彦とおもわれる人物が出てくるのです。
まるで塩竈六所神社の祭神のように、みんなちがう名前なのに、おなじ猿田彦なんですよね。
手塚治虫の描く猿田彦は、鼻の長い男です。あるいは作中で突如鼻がふくれあがってしまう、という場合もあります。
これは、猿田彦が天狗信仰と結びついているという伝説からそういう描写にしたのでしょう。
ところで、猿田彦と天狗が同一であれば、シオツチノオジと天狗は同一なのでしょうか。
……しかしどうもこの三段論法は通じないようです。
シオツチノオジと猿田彦は同一です。
猿田彦と天狗は同一です。
しかし、シオツチノオジと天狗は同一ではありません。
仙台にある塩竈神社から東へ6kmほど離れた、太平洋の海岸沿いに、「鼻節神社」という神社があります。
ここの祭神は猿田彦の一柱です。
式内社ですから、由緒は古いです。
猿田彦と鼻節神社、ここから天狗信仰と猿田彦が結びついていった、と考えられそうです。
鼻節神社にはシオツチノオジはまつられていませんから、シオツチノオジは天狗とは結びつかないという理屈にもなります。
話があちこちにいって申し訳ないんですが、手塚治虫は、猿田彦という神のつかみどころのない多様性に注目していたのだとおもいます。
火の鳥に出てくる猿田彦は、おなじような風体でありながら、ちがう時代に、ちがう人格で登場します。
かれは物語の水先案内人であり、同時に主人公でもあります。
こういう描き方をした手塚治虫は、日本神話の重要人物でありながら、形を変えてあちこちに登場して水先案内をする猿田彦という神のことをよく調べていたのでしょう。
ところで、この猿田彦の多様性を説明するキーワードは、「岐の神」だろうとおもいます。
「岐」には、クナド・クナト・フナドなどいろんな読み方がありますが、もともとはイザナギが黄泉の国でイザナミと対決し、戻るときに「これ以上来るな」といって投げた杖が、来名戸祖神(クナト祖神)に変化し、これが岐の神であるというのです。
岐の神は、道祖神の意味もあり、道祖神と猿田彦もおなじであり、シオツチノオジともおなじ神であるともいいます。
道祖神ですから、つまり水先案内の意味を持つんですよね。
さらに興味深いのは、岐の神は仏教と習合していて、庚申信仰と結びついていたらしいのです。
そして仏教における地獄の六道(六趣)から衆生を救う「六地蔵」と、道祖神である岐の神がむすびつきます。
ここで話がもとに戻るんですが、六所神社。
なぜ六なのか、ということなんですが、ここからは毎度おなじみぼくの憶測の論理展開です。
これはやはり、神仏習合と神仏分離が絡んでるんじゃないでしょうか。
まず、地獄の六道の考えが神道と習合します。
そして六道から衆生を救うために、六柱の神様をまつる、あるいは六つの神社を合祀する。
六地蔵だとそのまま仏教になってしまうので、地蔵の部分を神様や神社にしたというわけです。
しかし神仏分離によって、仏教の六道、六地蔵の部分が由緒から抜けて、全国に六所神社という名前だけが残ったことで、ややこしくなった。
以前とおなじく、これも憶測ですから、ほんとうはちがう可能性もありますが、なぜ「六」なのかというひとつの推測にはなるようにおもえます。
きょうもそこそこの字数になったので、ぼくの相性の良い神仏の話については、次回以降ということで(笑)
全国の六所神社はそれぞれ、その土地周辺の六つの神社を合祀したもの、あるいは六柱の神々をまつった神社、という程度の意味のようです。
祭神もバラバラで、全国の六所神社を束ねる総本社があるわけでもありません。
なぜ全国の六所神社が、「六」という数字を選んだのか、「六所」という名前を選んだのかという点について、今回も最終的に謎解きのようになるカタチで、話します。
今回はちょっと話にまとまりがない、というか、複雑多岐にわたるので、覚悟してお読みください(笑)
ギズモさんは、六所神社からシオツチノオジを発見されましたので、まずそこから話をします。
宮城県の塩竈神社の別宮である塩釜六所明神には、六柱の神(猿田彦、事勝國勝、塩土老翁、岐神、興玉命、太田命)がまつられていますが、それぞれ名前がちがうだけでおなじ神なんだそうです。
それでふと気づいたのが、手塚治虫の『火の鳥』です。
火の鳥は、人間の輪廻転生を描く大作なんですが、この作品によく出てくるのが、猿田彦です。
どの作品にも、名前と人格を変えながら、猿田彦とおもわれる人物が出てくるのです。
まるで塩竈六所神社の祭神のように、みんなちがう名前なのに、おなじ猿田彦なんですよね。
手塚治虫の描く猿田彦は、鼻の長い男です。あるいは作中で突如鼻がふくれあがってしまう、という場合もあります。
これは、猿田彦が天狗信仰と結びついているという伝説からそういう描写にしたのでしょう。
ところで、猿田彦と天狗が同一であれば、シオツチノオジと天狗は同一なのでしょうか。
……しかしどうもこの三段論法は通じないようです。
シオツチノオジと猿田彦は同一です。
猿田彦と天狗は同一です。
しかし、シオツチノオジと天狗は同一ではありません。
仙台にある塩竈神社から東へ6kmほど離れた、太平洋の海岸沿いに、「鼻節神社」という神社があります。
ここの祭神は猿田彦の一柱です。
式内社ですから、由緒は古いです。
猿田彦と鼻節神社、ここから天狗信仰と猿田彦が結びついていった、と考えられそうです。
鼻節神社にはシオツチノオジはまつられていませんから、シオツチノオジは天狗とは結びつかないという理屈にもなります。
話があちこちにいって申し訳ないんですが、手塚治虫は、猿田彦という神のつかみどころのない多様性に注目していたのだとおもいます。
火の鳥に出てくる猿田彦は、おなじような風体でありながら、ちがう時代に、ちがう人格で登場します。
かれは物語の水先案内人であり、同時に主人公でもあります。
こういう描き方をした手塚治虫は、日本神話の重要人物でありながら、形を変えてあちこちに登場して水先案内をする猿田彦という神のことをよく調べていたのでしょう。
ところで、この猿田彦の多様性を説明するキーワードは、「岐の神」だろうとおもいます。
「岐」には、クナド・クナト・フナドなどいろんな読み方がありますが、もともとはイザナギが黄泉の国でイザナミと対決し、戻るときに「これ以上来るな」といって投げた杖が、来名戸祖神(クナト祖神)に変化し、これが岐の神であるというのです。
岐の神は、道祖神の意味もあり、道祖神と猿田彦もおなじであり、シオツチノオジともおなじ神であるともいいます。
道祖神ですから、つまり水先案内の意味を持つんですよね。
さらに興味深いのは、岐の神は仏教と習合していて、庚申信仰と結びついていたらしいのです。
そして仏教における地獄の六道(六趣)から衆生を救う「六地蔵」と、道祖神である岐の神がむすびつきます。
ここで話がもとに戻るんですが、六所神社。
なぜ六なのか、ということなんですが、ここからは毎度おなじみぼくの憶測の論理展開です。
これはやはり、神仏習合と神仏分離が絡んでるんじゃないでしょうか。
まず、地獄の六道の考えが神道と習合します。
そして六道から衆生を救うために、六柱の神様をまつる、あるいは六つの神社を合祀する。
六地蔵だとそのまま仏教になってしまうので、地蔵の部分を神様や神社にしたというわけです。
しかし神仏分離によって、仏教の六道、六地蔵の部分が由緒から抜けて、全国に六所神社という名前だけが残ったことで、ややこしくなった。
以前とおなじく、これも憶測ですから、ほんとうはちがう可能性もありますが、なぜ「六」なのかというひとつの推測にはなるようにおもえます。
きょうもそこそこの字数になったので、ぼくの相性の良い神仏の話については、次回以降ということで(笑)
私の雑談的な話が、問題提起になってしまいましたね。
教えていただくことばかりで申し訳ありませんが、とても興味深いです。
柳沢吉保が造営した大名屋敷というくらいしか知りませんでしたが、大和郷につながるとは、もう謎解きの世界のように思いました。
しかも、明日が討ち入りの日とは。
これは、偶然はなくすべてが必然と言う、ユングの共時性(同時性)かもしれませんね。
忠臣蔵のお話は、歌舞伎の演目にもありますが観たことはありません。
どうも筋が理解しにくいからなのですが、農園主さんのご説明で、すっと頭に入りました。
「金と女を使う」というのは、案外、正鵠を得た発言かと思います。
いい方にも悪い方にも、確かにお金と女は使いようです(笑)
大和郷は、駒込と巣鴨の両駅の内側部分となりますが、巣鴨駅正面には、徳川慶喜が駿府から戻った明治30年に住んだお屋敷がありました。
そこを選んだ理由はわかりませんが、すぐ前に山手線が開通すると聞き、4年住んだだけで引っ越してしまい、今は石碑しか残っていません。
仙台の塩竈神社は何回かお参りしておりますが、最近行けなかったので、今年はお清めの「切麻入り御塩」を送ってもらいました。
この神様が、愛知県岡崎の六所神社でまつられているのが気になりました。
以前、籠神社のお話では、塩竈神社のご祭神・鹽土老翁神も、籠に乗ってワダツミに行ったというお話もあったように思います。
相性のよい神仏のお話もぜひ伺いたく、楽しみにしております(*^^*)
前に、スサノウ→牛頭大王→薬師如来というお話を伺ったことを思い出しました。
巣鴨の真性寺の薬師如来は秘仏で、たまにお参りするんですが、そのたびになぜか地面がぐらぐらするんです。
階段を上ったところに本堂があるのですが、下は建物の1階になっているので、それは理由にならないはずです。
もしかすると、とてもパワーの強い薬師如来なのではと思います。
何が言いたかったかというと、牛頭天王はご縁が無くお参りしたことはありませんが、スサノオに導かれた(ように思う)時期と、この薬師如来を真剣にお参りするようになった時期がほぼ同じなんです。
農園主さんの「あしたが討ち入りの日というのは、なにかの偶然でしょうか」の一文に、私もスサノウと薬師如来が同時期に気にかかったことは、偶然ではなく必然だったように思ったわけです。
教えていただくことばかりで申し訳ありませんが、とても興味深いです。
柳沢吉保が造営した大名屋敷というくらいしか知りませんでしたが、大和郷につながるとは、もう謎解きの世界のように思いました。
しかも、明日が討ち入りの日とは。
これは、偶然はなくすべてが必然と言う、ユングの共時性(同時性)かもしれませんね。
忠臣蔵のお話は、歌舞伎の演目にもありますが観たことはありません。
どうも筋が理解しにくいからなのですが、農園主さんのご説明で、すっと頭に入りました。
「金と女を使う」というのは、案外、正鵠を得た発言かと思います。
いい方にも悪い方にも、確かにお金と女は使いようです(笑)
大和郷は、駒込と巣鴨の両駅の内側部分となりますが、巣鴨駅正面には、徳川慶喜が駿府から戻った明治30年に住んだお屋敷がありました。
そこを選んだ理由はわかりませんが、すぐ前に山手線が開通すると聞き、4年住んだだけで引っ越してしまい、今は石碑しか残っていません。
仙台の塩竈神社は何回かお参りしておりますが、最近行けなかったので、今年はお清めの「切麻入り御塩」を送ってもらいました。
この神様が、愛知県岡崎の六所神社でまつられているのが気になりました。
以前、籠神社のお話では、塩竈神社のご祭神・鹽土老翁神も、籠に乗ってワダツミに行ったというお話もあったように思います。
相性のよい神仏のお話もぜひ伺いたく、楽しみにしております(*^^*)
前に、スサノウ→牛頭大王→薬師如来というお話を伺ったことを思い出しました。
巣鴨の真性寺の薬師如来は秘仏で、たまにお参りするんですが、そのたびになぜか地面がぐらぐらするんです。
階段を上ったところに本堂があるのですが、下は建物の1階になっているので、それは理由にならないはずです。
もしかすると、とてもパワーの強い薬師如来なのではと思います。
何が言いたかったかというと、牛頭天王はご縁が無くお参りしたことはありませんが、スサノオに導かれた(ように思う)時期と、この薬師如来を真剣にお参りするようになった時期がほぼ同じなんです。
農園主さんの「あしたが討ち入りの日というのは、なにかの偶然でしょうか」の一文に、私もスサノウと薬師如来が同時期に気にかかったことは、偶然ではなく必然だったように思ったわけです。
……あしたが討ち入りの日というのは、なにかの偶然でしょうか。
1179
大和郷について、気になったので調べていました。
すこし長くなりますが、きっと参考になるとおもいます。
六義園は、「生類憐みの令」で有名な徳川綱吉につかえた柳沢吉保(1659~1714)が造営しました。
吉保は譜代大名です。
一般的な大名は、日本全国にいる藩の殿様ですが、譜代大名は徳川家の家臣で大名の立場になった者をさします。
つまり、江戸城でつかえながら、同時に大名というわけです。
柳沢吉保は能力が高く、将軍の雑務をする小納戸といわれる役人の立場から、最終的に江戸の大老にまで成り上がります。
もちろんそんな大出世の裏には、いろんな政治工作があったことでしょう。
柳沢吉保には悪役のイメージがつきまとうのですが、そのきっかけは、忠臣蔵の物語で有名な赤穂事件(1701~1703)でした。
以前にも話したかもしれませんが、赤穂事件についてざっと説明します。
いまの兵庫県の赤穂藩の殿様である浅野内匠頭が、江戸城で天皇家の饗応役をすることになったのですが、そこでおなじ饗応の責任者であった吉良上野介こと吉良義央に斬りかかります。
なぜこのときに浅野が吉良に斬りかかったのかは、文献がなく、はっきりしていません。
忠臣蔵が物語になってからは、吉良が饗応の手配をする間に浅野をいじめて、「フナじゃフナじゃ、フナ侍じゃ」の有名なセリフを言ったということになっていきますが、これはもちろんフィクションです。
いずれにせよ、浅野は刀を抜いて吉良に斬りかかり、周囲にいた者が「浅野殿、ここは殿中でござるぞ」といって浅野を止めました。
江戸城内(殿中)で刀を抜くことはご法度だったのです。
しかしこの時代、ケンカは両成敗が原則でした。
それがなぜか浅野だけが即日切腹となり、吉良はおとがめなしとなったのです。
さらに赤穂藩は取りつぶしとなります。
この理不尽に対して赤穂藩の家老である大石内蔵助を中心に、藩内がもめました。
ともかくここは辛抱して赤穂藩をたてなおすことを考えよう、という者もいれば、これで黙っていれば武士の名折れである、お家が断絶してでも吉良を討つべし、という声もある。
結局四十七士で吉良を討つことになるわけですが、うわさで江戸の世論が盛り上がってしまい、吉良邸への討ち入りのときには見物者が出るほどだったそうな。
で、浅野内匠頭を即日切腹にし、赤穂藩をとりつぶすという裁定に、柳沢吉保がかかわっていたんですよね。
そういう理不尽な裁定が江戸庶民の話題になったこともあって、世間では柳沢吉保は悪役というイメージがつくことになりました。
また出典がはっきりしないのですが、柳沢吉保には「泰平の世の中で、出世をするのは、金と女を使うに限る」と言ったという話が残っています(笑)
よほど世間からよくおもわれていないのだろうとおもいますが、少なくとも政治手腕はたしかでした。
いわゆる清濁併せ呑むタイプの大人物だったのだろうとおもいます。
1704年、吉保は江戸にいながらにして甲府藩主、15万石の大名となりました。
しかし1709年に綱吉が亡くなると、徳川家の体制が一新し、吉保は隠居に追いやられます。
隠居した吉保は、過去(1695年)に幕府から拝領していた土地を、本格的に庭園として造営しました。
これが六義園です。
吉保は1714年に亡くなりますが、その息子である柳沢吉里は、1724年に大和郡山に転封となりました。
享保の改革により、江戸幕府の天領(直轄地)を増やすこととなり、甲府は幕府が管理することになったのです。
吉里に落ち度があったわけではありませんし、転封先の郡山も15万石でしたが、……親父が成り上がりすぎたために、その死後、子孫が振り回されるハメになった側面はあるでしょう。
かくして柳沢家は藩の殿様となり、その後明治まで郡山藩の大名を務めました。
しかし柳沢氏が郡山に転封されてからも、六義園には柳沢の下屋敷(しもやしき・控えの屋敷)があったことから、大和村(大和郷)といわれたのだそうです。
以上、六所神社のことも気になったのですが、また機会のあるときにします。
あと、相性のよい神仏というお話から考えてみると、ぼくはどうも……ここに移住するにあたってこれまでにいた神様に偶然のご縁があって、これがまた最近あたらしく気づいたつながりがあったんですが、それもまたべつの機会にお話しします。
大和郷について、気になったので調べていました。
すこし長くなりますが、きっと参考になるとおもいます。
六義園は、「生類憐みの令」で有名な徳川綱吉につかえた柳沢吉保(1659~1714)が造営しました。
吉保は譜代大名です。
一般的な大名は、日本全国にいる藩の殿様ですが、譜代大名は徳川家の家臣で大名の立場になった者をさします。
つまり、江戸城でつかえながら、同時に大名というわけです。
柳沢吉保は能力が高く、将軍の雑務をする小納戸といわれる役人の立場から、最終的に江戸の大老にまで成り上がります。
もちろんそんな大出世の裏には、いろんな政治工作があったことでしょう。
柳沢吉保には悪役のイメージがつきまとうのですが、そのきっかけは、忠臣蔵の物語で有名な赤穂事件(1701~1703)でした。
以前にも話したかもしれませんが、赤穂事件についてざっと説明します。
いまの兵庫県の赤穂藩の殿様である浅野内匠頭が、江戸城で天皇家の饗応役をすることになったのですが、そこでおなじ饗応の責任者であった吉良上野介こと吉良義央に斬りかかります。
なぜこのときに浅野が吉良に斬りかかったのかは、文献がなく、はっきりしていません。
忠臣蔵が物語になってからは、吉良が饗応の手配をする間に浅野をいじめて、「フナじゃフナじゃ、フナ侍じゃ」の有名なセリフを言ったということになっていきますが、これはもちろんフィクションです。
いずれにせよ、浅野は刀を抜いて吉良に斬りかかり、周囲にいた者が「浅野殿、ここは殿中でござるぞ」といって浅野を止めました。
江戸城内(殿中)で刀を抜くことはご法度だったのです。
しかしこの時代、ケンカは両成敗が原則でした。
それがなぜか浅野だけが即日切腹となり、吉良はおとがめなしとなったのです。
さらに赤穂藩は取りつぶしとなります。
この理不尽に対して赤穂藩の家老である大石内蔵助を中心に、藩内がもめました。
ともかくここは辛抱して赤穂藩をたてなおすことを考えよう、という者もいれば、これで黙っていれば武士の名折れである、お家が断絶してでも吉良を討つべし、という声もある。
結局四十七士で吉良を討つことになるわけですが、うわさで江戸の世論が盛り上がってしまい、吉良邸への討ち入りのときには見物者が出るほどだったそうな。
で、浅野内匠頭を即日切腹にし、赤穂藩をとりつぶすという裁定に、柳沢吉保がかかわっていたんですよね。
そういう理不尽な裁定が江戸庶民の話題になったこともあって、世間では柳沢吉保は悪役というイメージがつくことになりました。
また出典がはっきりしないのですが、柳沢吉保には「泰平の世の中で、出世をするのは、金と女を使うに限る」と言ったという話が残っています(笑)
よほど世間からよくおもわれていないのだろうとおもいますが、少なくとも政治手腕はたしかでした。
いわゆる清濁併せ呑むタイプの大人物だったのだろうとおもいます。
1704年、吉保は江戸にいながらにして甲府藩主、15万石の大名となりました。
しかし1709年に綱吉が亡くなると、徳川家の体制が一新し、吉保は隠居に追いやられます。
隠居した吉保は、過去(1695年)に幕府から拝領していた土地を、本格的に庭園として造営しました。
これが六義園です。
吉保は1714年に亡くなりますが、その息子である柳沢吉里は、1724年に大和郡山に転封となりました。
享保の改革により、江戸幕府の天領(直轄地)を増やすこととなり、甲府は幕府が管理することになったのです。
吉里に落ち度があったわけではありませんし、転封先の郡山も15万石でしたが、……親父が成り上がりすぎたために、その死後、子孫が振り回されるハメになった側面はあるでしょう。
かくして柳沢家は藩の殿様となり、その後明治まで郡山藩の大名を務めました。
しかし柳沢氏が郡山に転封されてからも、六義園には柳沢の下屋敷(しもやしき・控えの屋敷)があったことから、大和村(大和郷)といわれたのだそうです。
以上、六所神社のことも気になったのですが、また機会のあるときにします。
あと、相性のよい神仏というお話から考えてみると、ぼくはどうも……ここに移住するにあたってこれまでにいた神様に偶然のご縁があって、これがまた最近あたらしく気づいたつながりがあったんですが、それもまたべつの機会にお話しします。
農園主さんのお考えの通り、駅前の六義園の裏には大和郷(やまとむら)という高級住宅街があり、そこにある幼稚園は庶民は入れないところで、美智子さまも通っていました。
因みにこの幼稚園の初年度納入金は、約80万円です(◎_◎;)
ここも「ヤマト」の名がついていますが、関連はわかりません。
https://www.mecyes.co.jp/column/article/...
駅を下っていく道は、両側が広い商店街で、今でも昔ながらの庶民的なお店がたくさん連なっていますが、確かに大和郷のあたりはお店はあまりありません。
今回の「妙義神社」のこと、些細な話題でしたのに、これほど詳しく教えてくださりありがとうございます。
脱帽以上、もう本当に驚いています。
感服というか(いつもですが)、適当なことばが見当たりません。
何度も読み返しました。
花山院長親の名前は初めて聞きました。
群馬県の妙義神社は行ったことがないのですが、榛名神社は何度かお参りし、ここも岩山、奇岩で、本社も岩に接しています。
群馬県の妙義神社と駒込の妙義神社の関連、詳しくご説明いただき、ありがとうございます。
双方の妙義神社の神職の方も知り得ない、すごいご見解だと思います。
仰るように、憶測なのかもしれないけれど、それはもう立派な考察です。
神仏習合~分離神仏神仏分離も、大いに関係しているのですね。
「武尊大権現」にもびっくりです。
先日お参りした六所神社、お参りの際ざっと調べたのですが、日本に点在する六所神社の中にはご祭神がなんだか違うところもありました。
(追記)六所神社の場合、六柱の神様が祀ってあるという意味合いで、土地によって祭神が違っているようでした。
こういうことを考えると、神社の名前の意味するところは、あいまいなこともあるのかな、とは思っていました。
全部調べたわけではありませんが、愛知県岡崎市の六所神社は、こうなっていました。
塩土老翁命、前に教えていただいたことがありましたね。
このうち、猿田彦神は、お札はおまつりしていないのですが、適度に信じており、伊勢神宮の中?そば?の猿田彦神社から、お浄めされた火打石を送っていただいています。
神仏は、好みというか、なんとなく相性があるように感じます。
神社・お寺にもそういったなにかはありますね。
そう考えると、人間も同じかもしれませんが。
いつも、いろいろ教えていただき、本当にありがとうございます(o_ _)o))
因みにこの幼稚園の初年度納入金は、約80万円です(◎_◎;)
ここも「ヤマト」の名がついていますが、関連はわかりません。
https://www.mecyes.co.jp/column/article/...
駅を下っていく道は、両側が広い商店街で、今でも昔ながらの庶民的なお店がたくさん連なっていますが、確かに大和郷のあたりはお店はあまりありません。
今回の「妙義神社」のこと、些細な話題でしたのに、これほど詳しく教えてくださりありがとうございます。
脱帽以上、もう本当に驚いています。
感服というか(いつもですが)、適当なことばが見当たりません。
何度も読み返しました。
花山院長親の名前は初めて聞きました。
群馬県の妙義神社は行ったことがないのですが、榛名神社は何度かお参りし、ここも岩山、奇岩で、本社も岩に接しています。
群馬県の妙義神社と駒込の妙義神社の関連、詳しくご説明いただき、ありがとうございます。
双方の妙義神社の神職の方も知り得ない、すごいご見解だと思います。
仰るように、憶測なのかもしれないけれど、それはもう立派な考察です。
神仏習合~
「武尊大権現」にもびっくりです。
先日お参りした六所神社、お参りの際ざっと調べたのですが、日本に点在する六所神社の中にはご祭神がなんだか違うところもありました。
(追記)六所神社の場合、六柱の神様が祀ってあるという意味合いで、土地によって祭神が違っているようでした。
こういうことを考えると、神社の名前の意味するところは、あいまいなこともあるのかな、とは思っていました。
全部調べたわけではありませんが、愛知県岡崎市の六所神社は、こうなっていました。
鹽竈六所明神(鹽竈神社の六所宮の神)より勧請を受けたもので、六柱の神を祀っていた。岡崎の六所神社はそのうち猿田彦命・塩土老翁命・事勝国勝長狭命の三神の分祀を受けた。現在は、他に12柱の神を祀る
塩土老翁命、前に教えていただいたことがありましたね。
このうち、猿田彦神は、お札はおまつりしていないのですが、適度に信じており、伊勢神宮の中?そば?の猿田彦神社から、お浄めされた火打石を送っていただいています。
神仏は、好みというか、なんとなく相性があるように感じます。
神社・お寺にもそういったなにかはありますね。
そう考えると、人間も同じかもしれませんが。
いつも、いろいろ教えていただき、本当にありがとうございます(o_ _)o))
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山手線の中で降りたことがない駅のナンバーワンというのは、もしかしたら郊外で閑静な住宅街というようなイメージがあるのでしょうか。
商業地域がすこし離れた場所にあって、住宅街が主役の街の駅は地味になりやすいようにおもえます。
駒込の妙義神社は、群馬県の妙義山の中腹にある妙義神社と、祭神がヤマトタケルである点が共通しているんですが、駒込の神社はもともと白鳥社としてヤマトタケルをまつっていたところから、なぜ妙義神社という名前にしたのかがよくわかりませんでした。
群馬県の妙義山は、ゴツゴツとした岩山であり奇岩なんですが、南北朝時代の知識人である花山院長親がこれをみて「明々魏々である」といったことが、妙義に転じたということのようです。
それで、群馬の妙義神社では花山院長親も祭神に数えられているんですが、駒込の妙義神社ではまつられていません。
ネットで調べたんですが、どうもおなじことが気になった方がいるらしく、群馬の妙義神社に電話をかけて聞かれたというホームページがありました。
そこで、駒込の妙義神社は、室町時代に江戸城を建城した武将、太田道灌が白鳥社から妙義神社としたのではないかというんですが、太田道灌と群馬県の妙義神社の関係性まではわからないのだそうな。
駒込の妙義神社には、末社に太田道灌霊社がまつられているようですね。
室町以前、駒込の妙義神社が白鳥社という名前だったころ、ヤマトタケル信仰は廃れていましたが、これを太田道灌の時代に神仏習合で補強したのかな、というのがぼくの憶測です。
群馬県の妙義神社の鳥居の片側に「武尊大権現」と書かれた写真をみつけました。
妙義神社ではヤマトタケルが、仏教由来の山岳信仰である大権現と結びついていたんですね。
おなじヤマトタケルを信仰していた駒込の白鳥社が、名前を妙義神社に改め、仏教の信仰を取り込むことで、地域の信仰を取り戻そうとしたのかなと。
しかし明治の神仏分離で、そのあたりの事情についてはっきりしたことが言えない状態になって、由緒をみても情報が断絶したままになっている、といったところでしょうか。
特に東京の神社ですから、神仏習合の名残はすべて隠滅させていたのかもしれないなあ、と。
繰り返しますが、憶測です(笑)
駒込の妙義神社は太田道灌が武勇の人であったため、「勝負の神様」「戦勝の宮」といわれたそうですが、ヤマトタケル、牛頭天王も含めて、やはりギズモさんは神仏習合の、荒ぶる神がお好きなようにおもえます。
山手線の中で降りたことがない駅のナンバーワンというのは、もしかしたら郊外で閑静な住宅街というようなイメージがあるのでしょうか。
商業地域がすこし離れた場所にあって、住宅街が主役の街の駅は地味になりやすいようにおもえます。
駒込の妙義神社は、群馬県の妙義山の中腹にある妙義神社と、祭神がヤマトタケルである点が共通しているんですが、駒込の神社はもともと白鳥社としてヤマトタケルをまつっていたところから、なぜ妙義神社という名前にしたのかがよくわかりませんでした。
群馬県の妙義山は、ゴツゴツとした岩山であり奇岩なんですが、南北朝時代の知識人である花山院長親がこれをみて「明々魏々である」といったことが、妙義に転じたということのようです。
それで、群馬の妙義神社では花山院長親も祭神に数えられているんですが、駒込の妙義神社ではまつられていません。
ネットで調べたんですが、どうもおなじことが気になった方がいるらしく、群馬の妙義神社に電話をかけて聞かれたというホームページがありました。
そこで、駒込の妙義神社は、室町時代に江戸城を建城した武将、太田道灌が白鳥社から妙義神社としたのではないかというんですが、太田道灌と群馬県の妙義神社の関係性まではわからないのだそうな。
駒込の妙義神社には、末社に太田道灌霊社がまつられているようですね。
室町以前、駒込の妙義神社が白鳥社という名前だったころ、ヤマトタケル信仰は廃れていましたが、これを太田道灌の時代に神仏習合で補強したのかな、というのがぼくの憶測です。
群馬県の妙義神社の鳥居の片側に「武尊大権現」と書かれた写真をみつけました。
妙義神社ではヤマトタケルが、仏教由来の山岳信仰である大権現と結びついていたんですね。
おなじヤマトタケルを信仰していた駒込の白鳥社が、名前を妙義神社に改め、仏教の信仰を取り込むことで、地域の信仰を取り戻そうとしたのかなと。
しかし明治の神仏分離で、そのあたりの事情についてはっきりしたことが言えない状態になって、由緒をみても情報が断絶したままになっている、といったところでしょうか。
特に東京の神社ですから、神仏習合の名残はすべて隠滅させていたのかもしれないなあ、と。
繰り返しますが、憶測です(笑)
駒込の妙義神社は太田道灌が武勇の人であったため、「勝負の神様」「戦勝の宮」といわれたそうですが、ヤマトタケル、牛頭天王も含めて、やはりギズモさんは神仏習合の、荒ぶる神がお好きなようにおもえます。