山麓王国

2023年11月の投稿154件]

2023年11月30日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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とんでもないです、農園主さんが謝る必要はぜんぜんありません。
返信はいつでも、無理のないようにお願いしますm(_ _"m)
ご自分の記事も、ちゃんと書いてくださいね。

1115、これからゆっくり読ませていただきます(*^^*)

追記
1115、今読み始めてびっくりしました。
さきほど、森鴎外の「寒山拾得」「寒山拾得縁起」、そして芥川龍之介の「寒山拾得」を読みましたが、最低の基礎知識はあるはずなのに、どうも理解が追いつきませんでした。
解説してくださっていたとは。
これから先を読ませていただきます。
ありがとうございます!!
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1114

ごめんなさい。今回は話が長くなるので、返信の話題をひとつに絞らせていただきます。



最近ひとつ気づいたことがあって、仏教というのは、メーテルリンクの『青い鳥』によく似てるんですよね。

青い鳥では、チルチルとミチルのきょうだいが幸せをよぶ青い鳥を探して遠い旅に出るのですが、結局みつからず、家に帰って鳥かごをみたら、そこに青い鳥がいたという話です。

いくら遠いところに幸せを探しても、結局幸せはいつもどおりの生活そのものの中にある、という教訓が込められています。

仏教もさんざん修行して、「悟り」なるものを探し求めるんですが、結局じぶんそのものに悟りがあって、ただ生きることこそが悟りなんだ、というところに行きつくようです。



般若心経は無を知ることで悟りが得られると説きますが、この無というのは、じつは無限とおなじことなんですね。

般若心経の「無」は、「人間には知り得ぬ概念」という言葉に置き換えると、わかりやすいかもしれません。

この世のすべてはわれわれには知り得ないことであり、目で見ていることも感じていることも、当たり前にわかっている(有る)とおもえるようなことは、じつはなにもかも知り得ないこと(無・無限)なんだというのです。

無や無限はわれわれに知り得ぬ概念ですが、じつはわれわれはこの無と無限の中にある。

すべてをわかるために修行をしているのに、結局、なんにもわからないということを腹の底から認めなければならないということを説いているわけです。

つまり、わかろうと努力しながらも、わけもわからずじぶんを生きていることこそが悟りである、ということになります。



寒山拾得にしても、かれらは風狂ですが、仏教というものを深く理解していながら、わざと社会通念とは無縁に生きています。

以前、禅は仏教の中ではめずらしく個人主義だといいましたが、文殊菩薩と普賢菩薩であるとさえいわれる寒山と拾得は、社会の中で生産をするわけでもなく、仏道を広めるわけでもなく、ただ生きるままに生きていて、禅僧たちはそういう個人主義の究極的なところにあこがれているといいます。



ここまでを前提として、森鴎外の『寒山拾得』をぼくなりに解説します。

現在の上海から南に200kmほど離れた台州にあたらしく着任した閭丘胤という官吏が、豊干という乞食僧と出会い、頭痛を治してもらうんですね。

そこで閭丘胤が豊干に礼をしたいと言いました。

「寸志のお礼がいたしたいのですが」
「いや。わたくしは群生を福利し、驕慢を折伏するために、乞食はいたしますが、療治代はいただきませぬ」


上の会話が意外と重要です。

豊干は仏陀にたとえられる人物です。



閭丘胤は豊干がどこの寺にいたかをたずね、国清寺であることを知ると、そこにはためになるような人はいるか、とさらにたずねます。

すると豊干は、国清寺には寒山と拾得という僧がいるが、かれらはじつは普賢菩薩と文殊菩薩であるというのです。

閭丘胤は国清寺に訪れ、寒山と拾得に出会い、じぶんの社会的な身分を伝えて、ていねいに自己紹介をします。

「朝儀大夫、使持節、台州の主簿、上柱国、賜緋魚袋、閭丘胤と申すものでございます」

すると寒山拾得は大笑いして、「豊干がしゃべったな」といって走り去った、というのがあらすじです。



まず、仏陀にたとえられる豊干はさっき言ったとおり、「群生を福利し、驕慢を折伏するために、乞食」をしています。

つまりその仏道には人々を救い、みずからのおごりをくじくという明確な目的があります。

閭丘胤の頭痛を治すことで、社会の役にも立っている。

つまり、仏陀は個人主義ではなく、衆生(群生)を救うために行動しているんだ、ということをここで述べています。



で、閭丘胤が寒山拾得に会い、じぶんの身分を告げ、できるかぎりていねいな礼をすると、寒山拾得は大笑いしました。

あれはどういうことかというと、寒山拾得は禅的な個人主義を極めていて、その生活から虚飾を捨て去っています。

なので閭丘胤の世俗的で虚飾にまみれた礼がおかしくなって笑うんですね。

同時に、群生(閭丘胤)を助けようと寒山拾得を紹介した仏陀(豊干)のことも皮肉って、「豊干がしゃべったな」と言いました。

寒山拾得(禅宗)にとっては、仏陀のやってる「群生を福利」することや、「驕慢を折伏」するようなことは興味がない、というわけです。

これがぼくの現段階での理解ですが、まだこれでようやく寒山拾得のとっかかりを得た、という感じです。



かなり長くなってしまったんですが、最後にもうひとつだけ。

ギズモさんはガラホを持ってらっしゃるんですね。

最近はなんでもかんでもアプリで登録して、便利な機能をという流れですが、そのたびにメールアドレスやパスワードをあたらしく登録するのがあまりにも面倒で、結局アナログに立ち返ってしまいますね。
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寒山寺の話から、ずいぶん広くお調べになったことに驚きました。
こちらこそ学ばせていただき、ありがとうございます。

蘇州夜歌をご存じだったとはびっくり。
お聴きになってらっしゃるのは、渡辺はま子さんのでしょうか。
中国語のものは日本語の歌詞に忠実に作られていて、テレサ・テンのカラオケにもあったように思います。
渡辺はま子のカラオケだと、バックに蘇州の映像が流れるのですが、とても美しいです。
作詞は西條八十ですが、確かに楓橋夜泊のオマージュですね。
まったく気づきませんでした。

今朝、記事を読ませていただいた後に、「東京国立博物館の寒山拾得図―伝説の風狂僧への憧れ」という特別展があったことを知りました。
11月初めで終わってしまい(非常に残念・・なんで気づかなかったのか・・)、今は、横尾忠則の「寒山百得」というのが開催されています。

終了したほうには、
「寒山と拾得は中国、唐時代に生きた伝説的な詩僧で、世俗を超越した奇行ぶりは「風狂」ととらえられました。
中国禅宗では、悟りの境地として「風狂」が重要視されましたが、寒山拾得の脱俗の境地は、仏教に通じるものとして、中国や日本で伝統的な画題として数多く描かれてきました」と、書かれています。
禅宗の悟り、つい先日教えてくださった話ですね。

『寒山拾得』は読んだことがないのですが、芥川龍之介なども書いていて、森鴎外夏目漱石も出てきているようなので、早速読んでみます。

スマホのことですが、ガラホ(訂正)4Gの「ガラパゴススマホ」、通称ガラホを持っています←通称はどうでもいいですね(笑)
折り畳み式で、ガラホ(訂正その2)ガラケーと違って今後も販売していくようですし、Wi-Fiも使え、ネット検索もできるので、特に不便はありません。
美術館などや飛行機搭乗のチケット、一部のクーポンは使えますが、アプリをダウンロードできないので、困ることは増えています。
必要な時はタブレットを持参しますが、面倒ですね。
スマホを持たないのは、スクロールでめまいが起きるからなんです(笑)
タブレットは、画面が大きく字も大きいので、なんとかセーフです。

昨日、上海のあたりをグーグルアースで見てみたら、やっぱり平面でも目がグルグル(グーグルだから?)してしまいました(^_^;)
こればかりは、慣れませんね。
もし大丈夫なら、ドラクエも、お城の裏が見えるようになったあたりで中断しないですみました(笑)
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蘇州についてのいろんな情報、ありがとうございます。多くの学びがありました。

漢詩については、学生時代に苦手意識がついてしまって、あまり知らないんです。

きょう、楓橋夜泊の詩を教えていただいてから、ふと蘇州夜曲を聴きました。

君がみ胸に 抱かれて聞くは
夢の船唄 鳥の歌
水の蘇州の 花散る春を
惜しむか柳が すすり泣く

花を浮かべて流れる水の
明日のゆくえは 知らねども
こよい映した ふたりの姿
消えてくれるな いつまでも

髪に飾ろか 接吻しよか
君が手折りし 桃の花
涙ぐむよな おぼろの月に
鐘が鳴ります 寒山寺

メロディが好きで、あまり歌詞を深く読み込むことはしていなかったんですが、夜の歌であること、船宿に眠るような描写もあり、夜烏の部分を鳥の歌として、寒山寺の鐘が鳴るというあたり、楓橋夜泊のオマージュなんですね。



寒山寺と楓橋夜泊のことをうかがってから調べていくうちに、寒山寺が寒山拾得とつながっていることを知りました。

学生時代に森鴎外の『寒山拾得』を読んだとき、なんてつかみどころのない、わけのわからない小説なのだろうとおもったのですが、ようやく取っ掛かりを得た気がします。

といっても、寒山と拾得の物語は、仏教的な教訓もなく、寒山にも拾得にも特殊な仏性を感じるわけでもなく、いかにも禅宗の好みそうな話だとおもいます。



上海の建物について、もしやとはおもっていましたが、やっぱり過去の共産主義と、その後の市場開放と経済成長の影響が混じり合っている感じなんですね。

2LDK5000万ですか。

ぼくにはとても縁遠い世界ですが、いまの上海はそういう経済圏になっているのですね。

ところでギズモさんは、スマホは持たずとも、いわゆるフィーチャーフォンは持っておられるのでしょうか。

ぼくは楽天でスマホを契約して、安価につかっています。

ペイペイは便利だったのですが、来年からはYahoo!のクレジットカード以外では紐付けてくれないようで、ぼくはYahoo!のクレジットカードは持っていないので、結局今後スーパーなどの買い物はクレジットカードが中心になりそうです。

2023年11月29日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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今度は私がいろいろと教えていただきました。
地理にはまったく疎くて、蘇州までの距離も知りませんでした。

お墓参りは車で行くことが多いようですが、最近はやたらと地下鉄やリニアが充実してきているので、電車やバスでも行きやすくなっているかもしれないです。
会社や学校は休みとなるのですが、渋滞もあるし、本当に一日仕事ですね。

蘇州はシルクや刺繍が有名で、ハンカチや枕カバーでさえとても高価だったのですが、今はそういったお土産をを喜ぶ人はいなくなりました。

水の都として有名ですが、蘇州のピサの斜塔「虎丘」や、張継の「楓橋夜泊」の石碑がある「寒山寺」も観光スポットです。
有名な七言絶句、月落ち烏鳴いて~~ですね。
その頃には「寒山寺」というお寺はなかったとか、夜に鐘は鳴らないとか、中国でも批判的評論をする人がいたようですが、
詩を事実と結びつける必要性はないと思うんですけどね。

一度蘇州は行ったのですが、寒山寺は閉門時間を過ぎていて、残念ながら入れませんでした。
陽澄湖の上海ガニは有名ですが、淡水パールも有名で、色付けしたものも多く、デザイン性に優れています。

建物まで、ご覧になったのですね。
仰る通り、いくらか街はずれのような、中心部から遠いところは、平屋の建売住宅か低層のマンションが多いかもしれません。
日本人のための社宅が集まった所もあると聞いたことがありますが、中国人の住宅はセレブ向きで、
なん十戸か集まっている入り口には厳重な門があって、中に入るには警備員のチェックがありました。
上海万博の前あたりから建設を始めたところが殆どかと思いますが、市内のマンションの屋根も、万博前に景観のため塗りかえたところが多かったようです。

上海市内のマンションの価格は、東京とあまり変わらず、2LDKで5,000万(日本円)くらいが多いのですが、郊外の建て売りはもっとするとか。

約30年前くらいまでは、家は個人で購入するものではなく、国からほぼ平等に与えられるものだったのが、ずいぶん変わったものです。
その頃は、企業なども国営で、個人商店はあってもほんの少し。
個人営業でなければ、収入はほぼ一律で、貧富の差がありませんでした。
その頃の上海は、市内でも本当にのんびりして、何とも言えない風情のあるいいところだったのですが、最近は日本を抜く勢いで発展し近代化していて、
ついていけないところもあります。
例えばペイペイのような支払い方法は日本よりずっと前からで、タクシーに乗るにも買い物をするにも、現金で払う人は絶対と言っていいくらいいません。
銀行やホテルでの外貨の両替もしなくて済み、簡単でいいかもしれませんが、私、スマホを持っていないので(笑)、困るんですよね。
タブレットは重いし、なんだか嫌な時代になったものです(笑)


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1108
お墓の件、いろいろ教えていただいてありがとうございます。

上海のあたりを調べていました。

上海から蘇州まで、50~100kmといったところでしょうか。

車で行くとして、あれだけ都市化が進んでいると、お墓参りで一日仕事になりそうですね。



東京と埼玉を合わせたくらいの面積に、東京と埼玉とさらに横浜を合わせたほどの人口が密集してて、すさまじい交通網になっているものだからおどろきました。

蘇州に行くにしても、日本の山間地にあたる田舎っぽいところがなくて、広域農地はありますが、そこも交通網はしっかりしている感じです。

蘇州市には琵琶湖の3倍以上の面積の太湖があって、そこから上海市の手前あたりまでは湿地になっていますね。

地図を見る限り、上海には山がないようです。

太湖の東の、あちこちに湖が点在する湿地のあたりも、田園地帯ではありますが、住宅は密集ししていて郊外といった印象です。

もし墓地をつくるとしたら、このあたり(太湖の東)でしょうか。

あと、太湖の東にある陽澄湖を中心とした湿地が、いわゆる上海ガニの特産地なんですね。

名前しか知らず、てっきり海のカニだとおもってたんですが、淡水のカニだったとは。

あと、上海市の中心部は日本の都市部のように、建物がひとつひとつ自由に建築されているようですが、すこしでも郊外になると、日本でいうところの建売住宅を広大にしたような、画一的な屋根が並んでいるのが印象的でした。

2023年11月28日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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あ~、気づいていなかったのなら、こっそり消せばよかったです(笑)

歴史はそこそこ好きなのですが、幕末あたりの歴史については、読んでも読んでも頭から抜け落ちます。
またひとつ、頭の悪いのが露呈してしまいました・・。

学びたいなんてとんでもない、私が知っていることは、実際に経験したほんのわずかです。
お墓は共同墓地で、何ヶ所もあるのですが、空きがある墓地の土地(墓石を建てるスペースは日本より狭いです)を買ってからお墓を作るので、
亡くなった後ずいぶん日にちがかかるようです。
空きがないと、家族がバラバラということもあるそうです。
でも、最近は代理墓参り、インターネット墓参りというのも登場しているのと、さすがに埋葬する土地が不足してきているようですので、
形はどんどん変わっていくように思います。

共同墓地は、上海市の中でもはずれの方だったり、蘇州とかで、近郊または郊外という位置でしょうか。
そんな遠くまで行って火葬・葬儀をし、そのあとレストランなどで精進落としをしますが、おもしろいのは、お店の前に小さなたき火のようなものがしつらえてり、
そこを渡ってから、お店に入ります。
塩でなく、火がお清め(お浄め?)になるということかもしれません。

西郷隆盛勝海舟のお父さんのお話、おもしろいですね。
よく、男の子は母親に、女の子は父親に性質が似ると聞きますが、勝海舟は父親の性質を受け継いだのですね。
なんとなくですが、変わった人の方が、世に出て抜きんだ活躍をするのではないのかな、と思うことがあります。

サトイモのことは、自分で試してもいないのに偉そうに失礼しました。
野菜に限らず、肉でも魚でも、ネットで冷凍の情報を探しても、書いてあることがまちまちだったりするんですよね。
最近本で知ったことですが、生鮭・塩鮭は茹でて冷凍するといいと書いてあったので早速やってみましたが、これは本当に時短で楽でした。
解凍してから焼いてもいいので、便利です。

コメントは間をあけて、と書いておきながらごめんなさい。
お返事のお気遣いはないようにお願いしますm(_ _"m)
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1104
まったく問題ありません。
西郷隆盛と勘違いされていたことに、ぼくが気づいていなかったのですから(笑)
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1103
中国については、ギズモさんには学びたいことがたくさんあります。

特に現代中国に関しては、日本国内の情報を見ていても、まったくなにもわからないといっていいくらいです。

もちろん政治的な話題は避けますが、上海のような都市部に墓地も火葬場もないとなると、そこで亡くなった方は郊外に出て葬儀をし、市内から離れた広大な共同墓地のようなところで(家族と近い場所にお墓をつくるのか、あるいは別々の場所につくるのかなども気になりますが)埋葬をするのでしょうか。

あの広大な土地に14億人が住むわけですから、大動脈になる道路はともかく、毛細血管にあたる道路ではなにかのイベントで人が集中するとそれはたいへんな大渋滞になることでしょうね。


余談のようなことをダラダラ話します。

勝海舟には、変わった父がいて……勝小吉といって、旗本なんですが、無茶なことをする無頼者で、格式を重んじる武家の身内から煙たがられる存在だったようです。

晩年にほとんど話し言葉(といっても現代の口語文とはちがいます)でつづった『夢酔独言』という本が残されています。

これは子孫に向けて、じぶんのようになるんじゃねえ、ということを言ってるんですが、ものごとをおおきくいうクセはあるものの、まわりを引っかきまわしながらものごとを豪腕で取りまわして事を成す人物だったのは事実だったようです。

小吉は37歳で早々に隠居してしまい、息子の麟太郎(勝海舟)に家督を譲ってしまいます。

脚気だったこともあり、49歳で亡くなります。

息子の麟太郎はトンビが鷹を生んだかのように、非常に優秀で、そのことは小吉も褒めています。

しかし父親の性質もおおいに受け継いでいて、理想が大きく父以上にものごとをおおきく取りまわしたのですが、ひと言多い性質も受け継いで、敵も多かったようです。

たとえば福沢諭吉は、勝海舟を公然と批判する者のひとりでした。

海舟の配下には坂本龍馬がいましたが、かれも相当なならず者です。

龍馬のようなじゃじゃ馬を上手に扱えたのは、勝小吉の荒くれ者の性質を受け継いだ勝海舟だからこそだろうとおもいます。



サトイモのアドバイス、ありがとうございます。

皮を洗って生のまま冷凍で、自然解凍ですね。

これは明日にでもやってみます。

食感がボソボソになった冷凍のサトイモも、フードプロセッサーにかけると、調理次第でおいしくいただけました。

テレビ番組の0円食堂じゃないですが、サトイモは売り物にできない廃棄が大量に出るので、ことしはできる限り自家消費でがんばってみようとおもいます。
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大変な書き間違い。
西郷隆盛と勘違いしていましたね。
訂正しておきます。
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上海のような都市部では、市内には墓地も火葬場もありません。
お墓がひとり一基というのがいつから始まったことかはわからないのですが、あの人口でひとり一基だと、どれくらい広い墓地なのだろうと思います。
日本と違い、一年に一度お参りをする慣習なので、4月の清明節にはお墓参りに行く人の大移動で大渋滞になるそうです。
座布団を持参し叩頭するらしいのですが、これも簡略化されていくのかもしれないですね。

勝海舟は先見の明がありますね。
なぜ西郷隆盛と一緒になってしまったのか、恥ずかしくて削除しました
神戸の発展のおおもとは、勝海舟のひとことだったのでしょうね。

サトイモ、スが入りましたか?
ジャガイモも冷凍するとおいしくなくなるんですよね。
いろいろ試していらっしゃると思いますが、いろんな情報を総合的に見ると、
皮をむかずに洗って水気をとったものを、生のままサランラップ(小さければ数個単位)で包んでから、ジップロックに入れ冷凍。
使う時は、自然解凍(レンジは食感に変化が起きる可能性あり)で、その後普通に調理、というのがベターのようです。

柔らかく炊いたものを細かくしてから冷凍、これ、使いやすそうで便利ですね。
サトイモのポタージュ、おいしそうです。
丸めて揚げたり、平らにしてフライパンで焼いたら、いいおつまみになりそうです♪
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1099
きのうは夜に自治会役員の集会がありましたが、たしかにきれいな満月でしたね。



お墓がひとり一基というのは、ずいぶん豪勢ですね。

ところで日本は江戸以前、土地は投機の対象にはならず、単純な売買の対象でした。

たとえば、江戸時代以前、兵庫県の神戸は、人口2000人ほどのさびれた漁村だったんだそうです。

神戸市は明治以降合併を繰り返していますから、いまよりもはるかに面積が少なかったとはいえ、それでも現代の発展を考えれば、信じられないほどの寒村でした。

江戸時代末期、その神戸に海軍操練所をつくった勝海舟に、仮住まいを提供したのが神戸村で庄屋をしていた生島四郎でした。

その際、勝が生島に「ここはそのうち価値が上がるよ」といいました。

生島が半信半疑ながら土地を買いあげていったところ、明治6年には神戸村の人口は8000人を越えます。

その後もどんどん人口が増え開発が進んで、大儲けになったそうな。

個人による土地投機、土地ころがしという考えが、この時代にすでにあったという話なんですが、日本の土地は戦後、特に高度経済成長期以降、熱狂的な勢いでころがるようになります。

そういう経済観念の変化の中で建てられたお墓が、現代では特に都市部では購入するのも維持するのもタイヘンになってきたようで、墓じまいして合葬にして、永代供養するところが増えてきたようです。

中国もおそらくここ30年ほどの急速な発展が落ち着くころには、都市部の墓地のありようと郊外や田舎のありように変化が起こるのではないかとおもいます。

先祖代々ではなくひとり一基というのは、そういう文化だということもあるんだとおもいますが、いまの中国の経済成長の勢いを感じるような話だともおもいました。
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サトイモは冷凍保存できるというので、売り物にできないものを柔らかく湯がいて、凍らせてみたんですが、凍らせることで中にスが入るようで、食感がボソボソします。

サトイモはあのなめらかな食感が魅力なので、ボソボソするのは残念です。

ジャガイモの場合は、一年に2回作付けできるので、冷凍保存しなくても一年間食べることができます。

しかしサトイモは収穫が年に1回です。

秋に収穫して、いくら持たせても翌春までなので、ふつうは夏には食べられません。

なので、売り物にならないものを冷凍保存して、うまく料理に利用したいんですよね。

たとえば、最初から柔らかく炊いたものをフードプロセッサーで細かくしてから、冷凍して、スープにする。
あるいは袋麺を作るときにとろみづけに利用する。
お好み焼きをつくるときに山芋代わりにつかうといったところでしょうか。

あとは、サトイモの炊き込みご飯につかうのであれば、まあ多少ボソボソしても許せるかもなあ。

#野菜

2023年11月27日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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そう言えば死装束は、先の尖った靴を履かせていました。
道教の影響があるかもしれません。
中国はなにしろ広大で多民族のため、地方によってけっこうスタイルが変わっているようです。
お返事を読んで、確かになんとなく日本と似ているところがあることに気がつきました。
金色の紙をいやっというほど折って舟の形にし(不器用なので、うまく折れず疲れ果てました)、故人の衣服や愛用の椅子、本、机などと一緒に燃やすのですが、
あちらの世界で不自由しないようにということだったと思います。
六文銭と似ている部分ですね。(追記)六文銭は舟の渡し賃だけで、あの世でのこととは違いましたね。
お墓は家族単位ではなく、ひとり1基です。

今日は満月ですね。
今からちょっとゴミを出しがてら、見てこようと思います。

コメントは少し間をあけるようにしますね。
コメントをしなくても、ちゃんと読ませていただきます(*^^)v
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1096
お気遣いありがとうございます。
お言葉に甘えて、すこし返信をゆっくりめにさせていただこうとおもいます。

中国の葬儀、なんとなく日本と似ているような気もしますね。

ふとイメージしたのは霊幻道士でしたが、あれは道教ですよね。

日本では葬儀の9割近くが仏教式なんだそうですが、中国では地方によって葬儀のスタイルが変わることはあるのかとか、葬儀の多様性はどうなっているのかなど、気になるところです。

外国人の葬儀にあたっての心のケア、むずかしい問題ですが、ケースによっては必要かもしれませんね。

短期的に就労のために来ている外国人の場合は、日本の高額な葬儀費用が捻出できないなどの問題もあろうかとおもいますし、そうなるとメンタルケアにお金をつかう余裕もない、ということにもなりそうです。

ぼくが外国でそのような経験をするとしたら、その国の法律にしたがって葬送だけして、日本でしかるべき葬儀をしてもらうように手配するだろうとおもいます。
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真言宗へのこだわりは私の個人的な好みなのですが、一般的には菩提寺の僧侶が来るのが自然な形ですよね。
死んでしまえば宗派も何も関係ないのかもしれないと考えていたのですが、その東南アジア系の方の葬儀の話を伺い、とても心が痛みました。
亡くなった人の意思表示は大切ですが、やはり今生きていて葬儀を行う人の気持ちの問題を考えるべきということを、なんだか切実に思いました。
異国の地でそのような形で荼毘に付されたことを、遺族や友人は悔やんでいるかもしれないし、郷に入っては郷に従えで納得していたのかもしれない。
それは傍から見ればわからないことですが、自国で行う葬儀とは形式も気持ちも違うのは間違いなく、外国人の日本でのお葬式には、心のケアも必要な問題なのかと思います。

一度、上海で中国人の葬儀に出たことがありますが、身内も参列者も黒っぽい私服(訂正しました)普段着でした。
お通夜からの様々な流れは、日本とはかなり異なりドラマのようでしたが、一連の儀式の荘厳さはあっても、湿っぽさや古臭さを感じないものでした。

いつも自分の場のように図々しく書かせていただいていますが、返信はあってもなくても大丈夫ですので、お気遣いのないようにしてくださいね。
以前からですが、記事やメールを読ませていただく度に、教えていただくことや、いろいろ気づくことが多すぎて、本当にありがたく思います(*^^*)
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1093
僧侶がいて、読経をしてもらうほうが、信仰の形が明確になってよいのかもしれませんね。

ギズモさんのご家族が真言宗智山派に菩提をあずけておられるのであれば、その形で弔うのがふさわしいようにおもえます。

きのう、寝る前にふとおもい出したことがありました。

以前、身内の葬式のときに火葬場で……そこはエレベーターのように複数の火葬炉が並んでたんですが、ある火葬炉に、東南アジア系の外国人たちがいました。

かれらは4人ほどでしたが、みんな若く、みんな普段着で、僧侶もおらず、たださびしそうに火葬炉をみつめていました。

かれらの事情はなにもわかりませんが、異国の地で、共通の信仰や形式のコミュニティを持たないまま見送るというのは、どこか寄る辺なくおもえたものです。

弔いの形がどうあるべきかということは、これからもじぶんの中で二転三転しそうなんですが、もうちょっと考えてみようとおもいます。

2023年11月26日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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とてもやさしい素敵なお母さまですね。
お母さまにそういった見方ができるというところに、農園主さんの温かみを感じます。

もち米から、~~というのを読んで、ちょっと笑ってしまいましたが、その次の行で、失礼しました!となりました。
でもそのお気持ちはとても大切なことだと思います。
とは言え、できるか、と言われたら無理ですが(笑)
簡略化させても、気持ちがあれば・・。
その通りだと思います。
うちの方でも、少し前までは12月25日あたりになると、注連縄・注連飾りなどのお正月飾りを売りに来る人が何軒かありました。
臨時のテントを張り、頼まれれば玄関に飾っていってくれます。
その姿も見なくなり、注連飾りは、ハロウィンが終わるとスーパーで大々的に売られ、あの独特の風情も消えてしまいました。
それでも、お米屋さんでついたお餅しか買わず、お鏡餅もそこで買うという高齢の方は、まだ見かけます。
・・・切るのが大変だろうと思うんですけどね。
特に鏡餅を割るのはひと苦労かと。

賛同していただき、ありがとうございます。
わざと極端なこと、と書いていらっしゃいますが、農園主さんが仰っているご自分のお葬式の在り方は、私は大賛成です。
私もほぼ同じことを娘に伝えています。
もし、娘の仕事関係などで体裁が必要なら、仕方ないから盛大なお葬式をしても許すけど(本当は困るというニュアンスをしっかり入れて)、
そうでなければ、葬儀は不要、散骨にして、その後の回忌供養も省略するようにと。
ファミレスや居酒屋でわいわい、いいですね。
それ、追加で伝えておきます(笑)

ひとつだけ考え直そうかなと思うところがあって。
実は父が亡くなった時、お通夜や告別式の時も、斎場で火葬の際も、お坊さんを呼ばなかったんです。
それは、ケチということではなく、これについて家族の意見がほぼ一致したし、特に問題はないと思っていました。
一般的には、火葬する時はお経で送りますよね。
これをしなかったことは、今になって心残りです。
キリスト教でも牧師か神父がきますし、無宗教でもお経は必要だと思うようになりました。
できることなら真言宗智山派の僧侶に来てもらい、一番安い(安い=短い)コースでいいので、お経をあげてくれたらうれしいと思っています。
CDでもいいんですけどね(笑)
笑ってはいますが、私がお葬式をしてもらう頃は、スマホあたりからお経を流すような形式の葬儀が一般的になるのではないか、とも思います。
と、どこまで長生きするんだ、というお話でしたヾ(@⌒ー⌒@)ノ
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1089
切り餅の入った鏡餅も、カジュアルな信仰という点ではいいとおもうんです。

もしほんとうに信心からやる場合は、もち米を育てて、山にウラジロを探して、庭に橙を植えるなど、「買わずに手配する」ところまでいきますよね。

じつはうちのあたりではほんとうにそういうことがまだ行われていて、80歳になる長老はいまでも最低限のもち米を育てて、年始になると「山のあのあたりにウラジロが生えてて、取りに行ってた」というようなことを言います。

しかしそんなことは、もうわれわれの世代は付き合っていられません(笑)

儀礼を簡略化させても、つないでいきたいという気持ちが残っていれば、大事なものはちゃんと伝わっていくとおもっています。



ギズモさんのお父さんのお葬儀のお話なんですが、簡略的にやろうと提案したギズモさんの考えにぼくも賛同します。

同時に、体裁的なものからわれわれはなかなか抜け出せないというのも理解できます。

ぼくも儀礼的なものが苦手で、ぼくはじぶんから先に「親になにかあれば、ぼくは菩提寺に連絡して家族葬をあげるけども、ぼくが死んだときは葬儀はいらない。どうしてもやりたいのであれば普段着で、僧侶なしで、極力安上がりにして、家族だけで集まってわいわいやってほしい」と伝えています。

家族からすればかえって迷惑かもしれないんですが、ぼくが望んでもいないのに大金をかけて葬儀をする必要はありません。

ぼくのイメージだと、弟あたりが代表でぼくを荼毘にふして、そのあとで家族に連絡してどこかファミレスなり居酒屋なりにでも行って、わいわい飲みながら思い出話でもしてくれれば、じゅうぶんなんです。

あとは骨を……まあ墓に入れてくれてもいいし、入れなくてもいいです(笑)

ぼくの死によって、家族の縁を再確認する場にして、仲良くにぎやかに、という気持ちだけが大事で、儀礼的なセレモニーは必要ないんです。

もちろんぼくはわざと極端なことを言ってるんですが、むかしのように体裁であれこれしなくていい時代ですから、カジュアルな形で、心だけはつないでほしいとおもうんですよね。
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オーディブルは、ずいぶん久しぶりに割引キャンペーンを楽しんだのですが、作品が増えておもしろくなっていました。

まず最初に、百田尚樹の『日本国紀』を聞きました。
お金を出して買う気にはなれませんが、興味はあったのです。

前半だけ聞いて、続きを聞くかどうかは考え中ですが、感想は以下の通りです。



・著者の思想の偏向した部分を理解したうえでなら、わかりやすい歴史本です。

・秀吉の朝鮮出兵は、明の征服もできたはずだ、というような、たらればで他国を侵略して勝てたという妄想がしょっちゅう出てきて呆れます。

・日本すごい、万世一系がすばらしい、と、じつにしつこい。
 とりわけ皇室に関する観念の押しつけがひどい。これでは皇室も悪女の深情けにあったような気分でしょう。

司馬遼太郎は、日本を絶対的なものと考えて(盲目的に日本はすごいと信じ込む態度)、他国と相対的に比べる見方ができなくなったことが、太平洋戦争に負けた原因だと言いました。1025

この本を読んでいると、日本への絶対視がすさまじく、日本は世界征服できるとでも言わんばかりで、これは日本を侵略戦争に導き、さらに敗戦に導くために書いているのだろうかとおもうほどです。

歴史を振り返れば、世界の近代とはすなわち、帝国主義の敗北と言っていいでしょう。

が、この本は帝国主義的な史観に満ちています。

このように考えていると日本はダメになるという見本のような本です。

見方を変えれば、現代の皇国史観や、侵略主義を否定するようにみせかけて侵略主義を肯定する詭弁的なレトリックを勉強する材料にはなるとおもいます。



その次にいま聞いているのが、畠中恵の『まんまこと』シリーズです。

いま2巻目の「こいしり」を聞いています。

もともとNHKの時代劇でドラマとしてみて興味を持ちました。

人との縁やつながりが現代よりずっと深い時代ですが、まともな医療がないので、人の死はいまよりずっと身近で、はかない。

現代では感じ取りにくい人間同士のつながりのありようを、謎解きをからめながらうまく描いています。

女性の視点で男性を描いているからか、男の本質的な野蛮さはないんですが、物語なので気になりません。

そういえば、うちの母はむかし、ぼくの弟がこんなことを言っていたと伝えるときに、「ぼくはお母さんのことをこうおもっていた」という形で話すんですが、弟はじぶんのことを「ぼく」とはいいませんでした。

弟はじぶんのことを「おれ」というし、母のことを「おかん」という。それなりにふつうの、突っ張った男です。

けれど母は弟の話し言葉をフィルタにかけて、じぶんが「ぼく」と言い、母のことを「お母さん」と言っていたという形でぼくに伝えるわけです。

そういう女性らしい、客観的なやさしさの世界が、この作品の中にあるようにおもえます。

#与太話
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記事の最初に青いナンバーが書かれていない場合は独立した記事でしたね。
失礼しました。

ご神体の説明をありがとうございます。
最近は、鏡餅に見える形のものでも、中に四角い切り餅が詰め合わせてあるものが増えていますが、あれは意味がないということですよね。
なんでも便利になっていますが、意味を理解した上で買うことが大事ですね。

お住いの地域では参拝行事があるんですね。
ネクタイ着用は、気軽に行ってはならない行事だからとは理解できますが、やはりめんどうですよね。
そういうものだから、という慣習を継続するか、変えていくかは、厄介な問題のように思います。
神聖なものだからというのが根底にあったとしても、簡略化の見直しは必要なのかもしれません。

話がそれて申し訳ありませんが、父の葬儀は家族だけの密葬で行いました。
父は儀礼的なものを嫌う人でしたので、私が「礼服でなくても黒の服ならいいのでは?」という、とんでもない提案をしました。
母も妹の家族も、そうね、そうよね、という賛同をしたのに関わらず、結局全員ちゃんとした礼服で来ました。
葬儀場の人や葬儀会社の人に、常識知らずの人だと思われたくない、ということです。
以前、祖母のお葬式の時に、わざわざレンタルの式服を借りてきた人が何人かいらしたので、お香典の他にそんな無駄なお金をかけさせて申し訳ないと思ったことがありました。
買えばけっこうなお値段のものですし、こういうものも、時代とともに変わっていっていった方がいいのかな、と思います。
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さっきの記事は、返信ではなく独立した記事だったので、ここで返信させていただきます。

人の形をしていないものをご神体とするということなんですが、身近なところだと鏡餅の意味を説明するときにこの知識が必要になってきますね。

よく似たところで、依り代という考えがあります。

紙でできた人形(ひとがた)にじぶんの穢れを移して、川に流すというようなことや、先祖の霊を鎮める精霊流しも、あとお墓もそうですね。

以前書いたような気もするんですが、日本人は桜を好むでしょう。

春にパッとみごとに咲いて、すぐに散ってしまう。

人生もそのようにありたいものだ、と願う心をあらわすという意味で、日本のあちこちに植えられている桜は、ある意味では日本人の精神性をあらわす依り代のようなものだとおもっています。



いまの時代、神社もお寺もよりカジュアルな形で信仰してもらえるようにシフトしてもらいたいものですし、実際そうなりつつありますよね。

キャッシュレスやインターネットに対応する寺社が、これまでの宗教儀礼的な建前をうまく崩しながら、現代の様式に対応してくれれば、信仰の荒廃が防げるような気もします。

しかしうちの田舎なんかで、神社の参拝行事のときには、ネクタイをしてこいというようなことはいまだにいわれますし、お葬式も礼服が当たり前です。

服装はあくまで一例でしかないんですが、このあたりを普段服でよい(寺社の側から積極的に、普段服で問題ないとアピールする)という寛容な形にシフトしていれば、ここまで寺社の祭礼が「めんどうくさい」とおもわれずにすむのではないか、とおもうんですけどね。
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ありがとうございます。
わかりやすいように、そして短くまとめてくださったことと思います。
神仏習合に至るまでの政治と宗教の関係が、とてもよく理解できました。

神道は天皇との関係があって存続してきたとは思っていましたが、そんな簡単なことではなく、
「神道を日本の国教として、仏教の教義と教祖で信仰を補強した」ということなんですね。
政治と宗教のつながりに、国民は振り回されてきたということになるのでしょうか。
神様仏様が、人間に振り回されてしまったのかもしれませんが。

現代の日本では、神道も仏教も日本人にとっての宗教という感覚はあまりなくて、神社やお寺は心のよりどころのようなものなのかな、と思います。
ひとつの神だけ、ひとつの仏だけを信仰している人も稀で、多面的に関わっている傾向があるかもしれません。
また、「信仰」と「信じる」の違いもありますね。

日本はもともと神々の国。
様々な歴史がある中で、神道が消えてしまわないでよかったと思います。
創建が古い神社は、修復などのため奉賛を募っているところが多いですが、最近は寄付・奉賛という言葉でなく、クラウドファンディングで資金を集める方式も増えていますね。
リターンに工夫する神社もあって、神社の進化と努力には目をみはるものがあります。
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すこし日本の古代の宗教と政治の話がしたいのです。



仏教を推進したい大和朝廷が、廃仏派の物部氏を討伐したとき、古神道の生殺与奪の権限は朝廷にゆだねられました。

そのときになぜ、神道を残そうということになったのか。

神道に「利用価値がなければ」、廃することでよかったとおもいます。

仏教のみでやっていく選択をしてもよかったはずです。

では当時の朝廷にとって、神道の利用価値とはなんだったのか。



神道には(特に古神道には)教義も教祖もありません。

日本の歴史の中で、神道に教義(教育勅語)と教祖(天皇)があったのは、大日本帝国憲法発布から太平洋戦争までのわずか半世紀ほどです。

古神道は、人々を導くものがない原始宗教でした。

なのに朝廷が神道を残した理由は、古神道は皇統を証明するのに都合がよかったからです。

皇統がどのようにして日本各地を守ったかということが伝わっていたため、これを神道における祭神としてまつったのです。

そして全国各地に社と祭神をまつることでその住民たちが地域、国家という縄張りを意識する。
これを日本の防衛の論拠としたわけです。

また、国家を統べる宗教が仏教しかない場合、日本が日本であるオリジナリティがなくなってしまいます。

朝廷は、大陸の属国ではなく、大陸と対等に渡り合うひとつの国家を建設するつもりでしたから、日本オリジナルの宗教があるのが望ましかった。

そこで神道を日本の国教として、仏教の教義と教祖で信仰を補強したのです。

かくして朝廷は神道を殺さずに利用しました。

仏教で国内を統治していた中国が革命によって政権転覆を繰り返していたことを考えると、もし日本が仏教の一本柱で国家統治をしていたとしたら、日本も王朝がどんどん革命によって入れ替わっていたのではないかという気がします。

しかし当時は仏教が隆盛を極め、国民から神道の信仰が衰退します。

そこで神道がなんとか生き残りを図ったのが神仏習合です。

そんなわけで、神道の神々は仏門にくだったという物語になっていくわけです。

#与太話

2023年11月25日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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「一瞬静まり返ってからの満場の拍手は、すばらしい演技や演奏のあとに起きる現象」
ということが現実の舞台で定義づけられてしまったら、すぐに拍手が起こった場合、自信をなくす人が増えそうですね(笑)
拍手のタイミングも案外難しいもので、真っ先に叩くと恥ずかしいということもあるように思います。
特にクラシックの演奏会だと、楽器の音の余韻が残っているうちに手を叩く人はまずいないけれど、曲をよく知らないと楽章の切れ目で叩いてしまうこともあり得ます。
お互いに遠慮して拍手を見合わせているうちに、ようやく誰かが叩き、それが広がっていく。
こうなるとまさにドラマの演出のようですが、曲に精通していない観客が多いと、拍手の遅れは考えられるかもしれません。
お芝居だと、これで終わったのかどうかの判断はしやすいので、逆に少し早くから拍手をするケースもあるように思いますが、
拍手が役者への評価だとすると、感動してる間に手を叩け、というのがいいかもしれませんね(笑)

新宮の縄張りが国家。
皇室とのつながりもあり、他の神社と違ってあたりまえなんですね。

前に何かで読んだことがあるのですが、日本の神様は仏像のような像を拝むのではなく、鏡を通してその奥にいる神様を拝むという内容でした。
ご神体にしても、山・岩・木、鏡・剣・玉など、人の形をしていませんよね。
鏡や、八百万の物を通して、自分なりに神様をイメージするのは、ちょっと難しいです(笑)
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1080
中村仲蔵の話はたしかにおおげさですね。

芝居が終わって客席が静まり返ってどよめくことは、ほんとうに起こることなのかどうか。

現代ではドラマや漫画の手法として、あまりにもすばらしい演目のあと、客席が一瞬静まり返ってから満場の拍手という演出は、常套化していますよね。

それがほんとうにありえる現象なのか、一度役者さんにたずねてみたいものです。



伊勢の神宮の、監視されているような感じというのは、間違っていないとおもいます。

一般的な神社も地域の縄張りをあらわす一面がありますが、神宮は縄張りの単位が「国家」なので、ありようが特殊なんですよね。



日本神話の神々が絵にしづらいのは、神道には宗教的熱情が起こりにくいからではないかとおもいます。

キリスト教の教会壁画であったり、仏教の曼荼羅など、宗教絵師が命を懸けて表現するような、その「もとになるもの」が神道にはありません。

神道にはこう生きるべきであるという教義であったり、救いの道筋がないので、どうしてもこの神話のシーンを描き残しておかねばならない、とか、この思想を形に残さねばならない、という強い情熱が起こりにくいのだとおもいます。
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書いてくださったことすべてに、ああ~そうか!! そうなんだ!!と言う気持ちです。

中村仲蔵と神仏とのお話、そのようにつながったんですね
中村仲蔵が「落語」というジャンルで語られることに、なんとなく違和感がありました。
講談にはなっていますが、落語では、
「團十郎から褒美として煙管を貰った仲蔵に、女房が「煙に巻かれないかい」と心配するサゲ」が、おまけのようについてますよね←落語家によってサゲが違うようです。
まるで、無理やり落語に仕立てた感が満載です。
聞いても(読んでも)、物語で終わってしまい、落語の喜怒哀楽がないんです。

ベートーベンが自信を持って指揮を終えた時、拍手の音、歓声がないので、この曲は失敗だったと落胆して客席を振り返ったら、
感動し、立ち上がって拍手をし続ける観客が見えたそうです。
耳が聞こえなくなっていたんですよね←聞こえる時と聞こえない時があったようです。
それを考えると、感動しすぎて拍手できない、声も出せないというほどの芸というのは有り得るのか?という疑問が起きる話です。
例えそうだったとしても、それは数分のことではないのか、と思います。

先日中村仲蔵のことを書いた時、↑ のように思っていることも書こうとしたのですが、そのままになってしまい、気にかかっていました。
偶然ですが、このところ「農園主さんが万が一、中村仲蔵に関連する記事をお書きになった時に書こう」と思っていたんです。
だから、的外れどころか、中村仲蔵と神仏を関連付けて解説してくださって、びっくりしました。

天照系の神社には生活者の目線がない。
これも理由があっての事なんですね。
天照系の神社にお参りして感じたことは、勘違いではなかったんだと思いました。
伊勢神宮にお賽銭箱がなかったとは知りませんでした。
たまにテレビで放映していますが、あの独特の空気は、テレビからも伝わってくるように思います。

例えは変ですが、伊勢神宮は、後ろにギャルソンが控えていて、マナーを笑われないだろうかとビクビクしながら食べないといけない最高級のフレンチレストランで、
他の寺社の殆どは、気軽に入れる町の食堂かもしれません。
町の食堂でも、中にザ・シェフの味沢匠がいれば、思いがけないラッキーにあずかれると思います(笑)

初めてお参りする寺社では、いつもありがとうございますだけで、何度もお参りする寺社では感謝とお願い事を遠慮なく、と分けています。
初対面の人に、お金貸してとか仕事紹介してとは言えないので、神仏も同じかなと(笑)

仏の場合は仏像があるので、仏様ごとのお姿や顔つきなどがわかりますし、神様でも像になっていればイメージとしてわかります。
大黒さまや七福神などがそうですね。
アマテラスやスサノオなどは、一般的な神社でそういう像を見ません。
あったとしても、現代になってから置物感覚で造られたものです。
絵になっているもの、書物でのお姿は見ても、大黒天や七福神のようにイメージがしにくいことが、距離を感じる一因なのかなと思います。
スサノオの場合は、イメージしにくいのに案外親しみやすいのは、矛盾していますね(笑)
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ふとおもったことなので、的外れなことを書くかもしれません。

先日、中村仲蔵がぼくには敷居が高いという話をしましたが、その原因をさらに考えていて、ふと気づいたのが、「生活者の目線」のない話だから取っ掛かりがつかめなかったのだろうな、と。

落語の多くの話は、そこに生活者がいるからおもしろいんですが、中村仲蔵には、芸道の求道者ばかり出てきて、生活者が出てこないでしょう。



で、アマテラスの話なんですが、ギズモさんがおっしゃるように、天照系の神社は、どこかよそよそしくて、それこそ敷居が高いんですね。

その理由は、生活者の目線がないからなんだとおもいます。

たとえば伊勢の神宮にお参りするときは、お願い事をするのではなくて、感謝の心を捧げなさい、などといいます。

参拝者個人の悩み事を聞く場所ではない、というわけです。



奈良時代の仏教は国家鎮護のためにあって、民衆の悩みを聞くようなものではなかったらしいんですが……天照系の神社には、奈良時代の仏教寺院のような空気を感じます。

仏教は平安時代末期から鎌倉時代にかけて、現在に続く各宗派を形成しながら全国に広がっていって、民衆の悩みを聞くようになります。

つまり全国各地の寺社、とりわけ神仏習合をしているような寺社には、「生活者の目線」があるんですね。

その土地を守ってくれる強い神仏が求められたり、俗人の願いをかなえてくれるような神仏がいたりする。

しかし神宮に参拝するときは、アマテラスという神そのもの(あるいは日本という国家)にフォーカスされていて、参拝者であるわれわれはそこに人間としての個性を出すことが許されず、「感謝の心をささげにきた群衆のひとり」ということになるようです。

神宮にはお賽銭箱もありませんしね(笑)



そこまで考えて、ギズモさんのおっしゃる、厳格な雰囲気、相性の悪さという意味がぼくなりに理解できたようにおもえました。

ぼくは伊勢に住んでいたからアマテラス推しという、それは変わらないんですが……日頃お参りするときには、先祖代々から民衆の集いの場所、縄張りを示す場所となっていて、そこへお賽銭を投げて、お願い事をして「よろしく頼みます」みたいな、人間くさい、泥くさいところを受け入れてくれる寺社のほうが、カラダになじむ感じはあります。

2023年11月24日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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今までこちらで書いたことを総合すると、力強い神様が好きということになりますね(笑)
横浜の伊勢山皇大神宮、天祖神社系、東京のお伊勢さまである東京大神宮、どれもシーンとした感じがして、あまりピンとこないことが多くて。
冷たいのではなく、他の神社とは決定的に違う、厳格で凛とした雰囲気を感じます。
でも、天照大神と相性が悪いのかなとも思っていますが。

行者の修行や火を使う護摩など、密教系は好きです。
甚だあやしい話ですが、以前勝手に私をみた人が、「前世チベットでまじめに修行していた僧だった」と言ったのですが、
まじめに、は別として、案外前世のひとつはそうだったかも、と思ったりしています。

伊勢に住んでいらして、アマテラスさまとはご縁があるんでしょうね。
何と言っても日本の神様の総元締めですし、強い面と温和な面を併せ持つ天照大神は、神様として別格だと思います。

お菓子はぜんぜん念頭にありませんでした。
自宅用と、新年のご挨拶用に、ちょっと探してみます。
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もしかして、ギズモさんは力強い神様がお好みでしょうか?

スサノオもそうですが、天狗もいわば荒ぶる神ですよね。

なんだかぼくも最近は、土地を力強く守ってくれる祭神に心が惹かれているような気もしますが、やっぱり伊勢に住んでいたこともあって、アマテラス推しです。



ブラックフライデー、安いようでそう安くないものもありますから、ふだんの買い物の基準価格が頭にないと、危なっかしいところもありますよね。

ぼくは年末に実家に送るお菓子もこの際に買ってしまおうかとおもっているんですが、けっこうな種類があって迷っています。

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