山麓王国

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2025年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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H2ブロッカーというと、市販薬でガスターがありますね。

あれは強力な胃薬だそうですね。

胃薬を買うときにガスター10を買うか悩みましたが、薬局の薬剤師いわく、あきらかに胃炎の症状が強くてつらいときならおススメするが、ふつうに胃酸があがってくるような感じであれば、パンシロンでよいとのことでした。

あまり長くつかうようなものでもないらしく、一か月続けたとなると、副作用もあったことでしょう。

しかし素人考えではありますが、あるいはストレスによる諸症状の中の、胃痛が解消されたことで、後ろ側に隠れていたうつ症状が前に出てきたということもあるかもしれません。

いま、そのストレスが解消されている状態なのでしたらなによりです。

前回に続いて最近つくづくおもうことですが、ストレスは万病の元ですね。



実力勝負で生き馬の目を抜くような芸能界で活躍する芸能人は、ストレスの多い職業のひとつだとおもいますが、ストイックにやっておられる方ほど、一般的に聞きなじみのないような病を得ることが多いようにおもえます。

個人的にああいう病気は、強いストレスを受けていることも原因ではないかとおもっています。

しかし政治家のように舌が何枚もあって肝の据わった種類の人は、ストレスに強い傾向にあるのではないかという気もします(笑)

ストレスはもちろんよくないといいますが、ストレス負荷の強さや、その長期的な影響と様々な病気との関係性を疫学的に追究したという論文はみつかりませんでした。



以前出てきた話題のようにおもえますが、夫源病というのがあって、ただ夫がそばにいるというだけで妻の心身に不調があらわれる病態があるらしいのです。

その不調のありようはさまざまですが、不定愁訴のような原因のわからないもの、アレルギー疾患から、胃腸の不調、強い更年期障害など。

しかし夫源病の場合、離婚したとたんに長年の宿病がウソのように軽快したという、にわかに信じがたいようなケースもあるようです。

ストレスを受けた際にはコルチゾールやアドレナリンといったホルモンが分泌され、交感神経が刺激されるといいますが、ストレスによるホルモンバランスの変化は、あまり長期間慢性的に受けてよいものではなさそうですね。



ちょっと残酷な話なんですが、牛の屠殺は、牛の苦痛をできるだけ減らすよう行程が完全にシステム化されています。

かといって、食肉にするわけですから麻酔をかけるわけにもいきません。

それで、まず牛の眉間にすさまじい衝撃(ノッキング)を与えるんです。

これで牛は即座に意識を失い、昏倒します。

するとべつの担当者が素早くナイフで頸動脈を切り、またべつの担当者は同時に牛の足をロープにくくります。

この作業は牛の昏倒から数秒でおこなわれます。

放血すると同時に牛は逆さづりになり、一分半で心臓が鼓動したまま体内の血液がすべて流れます。

牛はノッキングからおよそ2分足らずで、失血死することとなります。

これがいちおう苦しみを最大限減らした屠殺方法だというのですが、ノッキングの衝撃の後、牛が苦しみを感じているかというと、なにも感じていないのだそうです。



というのも、ノッキングによって気絶した牛が、ごくまれに放血中に意識を回復することがあります。

するとかわいそうに、意識を回復したとたん一気にストレスが高まり、血圧が上がります。

しかしもう放血しているわけですから、やはり一分半で心臓は止まって死に至ります。

このように意識を回復してしまった個体は、解体すると肉のあちこちに血の染み(血班)が出るそうです。



これはストレスホルモンであるコルチゾールやアドレナリンを大量に分泌したことで一気に血圧をあがり、死までのわずかな時間に毛細血管が切れたために、血班になるというのです。

逆にいえば、意識を失っている間はストレスホルモンも出ず、血圧も上がっていませんから、神経が作用しておらず、苦痛を感じていないというわけです。



強いストレスが、どれほど肉体に影響を与えるかということの一例として、お話させていただきました。

コルチゾールやアドレナリンも、足りないのはそれはそれで疾患の原因にもなるといいますから、ほどよいストレスは必要だと言います。

しかし強いストレスが慢性的にかかっている状態は、やはりよくないでしょうね。



おかげさまで体調は日に日によくなっているんですが、そういえば最近ぼくも、自治会長になったことであれこれ会議に参加する中で、具合がわるくなりました。

4月6日に、ほとんど土木工事のごとき集落の溝掃除のあと、自治会の決算会、そして決算の承認のあと、広域自治会の会議に参加、という日がありました。

一日気が休まらなかったんですが、夜血圧をはかると150-100とひどく高く出て、やはり体調がわるかったんです。

身体を酷使したからというより、精神的ストレスが回復途中の心臓によくなかったのだとおもいます。

そういえば、と教えていただいた深呼吸をおもいだしました。

調べてみると、ただしい深呼吸のやり方があるそうです。

鼻から5秒間息を吸います。

そして口から10秒間息を吐ききったあと、さらに5秒間肺の空気をぜんぶ出すイメージで息を吐きます。

この一連の動作を繰り返すうちに、交感神経優位から副交感神経優位にスイッチが切り替わっていくというのです。

10分ほど深呼吸を繰り返していくうちに、たしかに眠くなってくるような感覚があり、血圧をはかるとまだ高めではあるものの、130-90あたりまで下がっていました。

深呼吸はたしかに効果があるようです。教えていただいてありがとうございました。



梅干しに含まれる有機酸やクエン酸の胃腸の殺菌能力はすばらしいもので、ぼくはほんとうは毎日でも食べたいんですが、塩分を控えている手前、今後は裏山の梅は梅酒にするしかなさそうです。

市販の梅干しはいいお値段しますよね。

土用干しをする手間はありますが、そんなにむずかしいものではないので、ぜひ一度ご自分でおつくりになってみてはいかがでしょう。

こだわりの塩やこだわりの梅、赤しそを用いて、こだわりの塩分濃度でつくれれば、あとは毎年ルーティンですし、何年も日持ちします。

またその梅干しから出た梅酢を利用すれば、ゆかりふりかけや、紅ショウガをつくることもできます。



小泉武夫さんは発酵食で有名な人ですね。

お酒の飲み方、背筋を伸ばして飲むのがよいというのは非常におもしろいです。

そういえば、日本酒のCMをみていると、タレントはみんな背筋をピンと伸ばして杯を傾けているようにおもえます。

ぼくはパソコンを眺めて背筋を丸めながら飲んでいることが多いようにおもえます。気を付けないと(笑)



ちなみにぼくの極端な食生活は、こちらのサイトを参考にしています。

https://majimaclinic22.jp/kanzenyobou/

このクリニックの真島さんは、長年(追記:多くの患者の)全身のエコーで血管プラークの厚みを検査し、食事の改善によってどれだけ血管プラークが減るかを研究しておられます。

一般的な心臓病の食事と似ているようですが、かなり厳密な脂質制限が求められます。

というのも、多くの患者の食生活をたしかめながら血管プラークの変化を調べたところ、たとえば納豆やお豆腐(大豆の脂質)、カラダによいとされるオリーブオイルや亜麻仁油、魚の脂質なども、血管プラークになるという結論に至ったからです。



なので、医療用のEPA製剤以外の脂質は制限することになります。

医療用のEPA製剤は純度が高く、ほぼ全量がEPAなのだそうです。

サプリメントのEPA・DHAだと、たとえばひと粒2gの脂質のうち半分がEPA・DHAで、もう半分は精製しきれなかった魚油(飽和脂肪酸や中性脂肪)になります。

そのたった1~2gでさえ削ったほうがいいというのだから、相当ストイックな話です。

しかしうちのような田舎の医者に「心臓には特に異常がないとおっしゃいましたが、なんにもいわずにEPA製剤をください」と談判したところで、処方してくれるとはおもえません(笑)

なので、仕方なくEPAはサプリメントにして、そのぶんかなり厳密に脂質制限はやっているという次第です。

脂質を制限する以外は「おさかなすきやね」の標語に近い食生活をします。

肉は、脂質がなければ豚ヒレ、ささみ、皮なし鶏むね肉などは問題ありません。

このクリニックの指導食では、健康によいとされる魚も大豆も脂質が含まれている以上はダメ、というのが特徴的なところですね。

納豆毎日1パック(脂質約5g)でも血管プラークは蓄積され、悪影響が出るといいます。

納豆に救われたとおもっているぼくですが、最近は控えるようにしています。

あとは毎日、高濃度のところてんを300g食べろといいます。

これは寒天でもよいというので、ぼくは毎日粉寒天6gを水ゼリーにして食べています。

寒天やテングサは海藻ですから、これが血管プラークの減少にひと役買うというのは、以前お話したとおりで理解できるところです。



そういえば、一年ほど前に西村賢太という作家が54歳で亡くなりました。

非常に破天荒な作家で、破滅の無頼派などともいわれます。

ご存知かもしれませんが、かなり大きな体格をしていて、不摂生丸出しの食生活を日記にしたためて、出版もしていました。

その日記によると、晩年の西村は毎日のように加工肉、加工食品をアテに缶ビールを一本飲んでから焼酎をボトル一本空ける。

外食をしたときは、最初に生ビール、そこから酎ハイを7杯、酒の肴もじゅうぶん食べたあと、ラーメンとかつ丼を店をはしごして食べるというような具合。

で、『最後に、白飯代わりの納豆二パック』を食べていたといいます。

しかしタクシーの中で突然意識を失い、心疾患で帰らぬ人となりました。

どうやら納豆は心疾患や脳疾患を救う決め手にはならないようです。



その理由としては、納豆はたしかに血栓は溶かしてくれますが、心臓の冠状動脈にプラークが溜まりきって梗塞した場合には、どうしようもありません。

血栓どうこうではなくて、プラークそのもので血管が狭窄するところまでいけば、いくら納豆を食べてもムダ、というわけです。

冠状動脈は3本あるそうで、これが3本一気に詰まると、心臓が一気に止まって意識を失います。

その場合は即座にAEDをして措置をしないと、いわゆる瞬間死ということになります。

西村賢太はタクシーで倒れて、病院に着いたときには心臓が止まっていたといいますから、苦しんだあげくの瞬間死だったのでしょう。

ぼくの場合は、一本が詰まるか、あるいは心電図に異常がないということでしたから、これも詰まりきるところさえいかなかったのかもしれません。

それでももうあの痛みはゴメンだと、行動改善が起こるくらい、たいへん痛かったわけです(笑)

いずれにせよ、結局は脂質を制限して(もっといえば標準体重まで減量をして)血管プラークそのものを減らし、血管の中にじゅうぶんな隙間をつくってやらないと、根本的な解決にならないというんですね。

現状維持であれば、「おさかなすきやね」くらいの食生活が理想的なんですが、食事療法で血管プラークを減らす確かな方法は、いまのところ真島さんの方法以外にないようです。



いま血管に大きな問題がない方であれば2~3か月でじゅうぶん結果が出るといいます。

ぼくのような場合は最低でも2年間……といいますが実際には一生、この食事療法が必要なんだそうな。

血管プラークは配管にこびりついたへどろみたいなもので、ほっといて取れるものではないし、パイプ洗浄剤みたいな都合のよい薬もないそうです。

結局、脂質をとらないことでカラダに脂質を入れず、体内の脂質をEPAで置き換えて、海藻やキノコで免疫力を高めて、胆汁酸をコントロールしてコレステロール値を安定させる。

同時に食事制限することで飢餓細胞(貪食細胞)を活性化して、体内のよけいな物質(血管プラークを含む)を食べてもらう、という地道で長期的な食改善が必要なようです。



この一か月、調べていけばいくほど、逃げ場がなくなっていく話でした(笑)

まあそれでも、個人的に納得のいく説明でしたし、こうなった以上やらざるを得ないだろう、とおもって続けています。

いまのところ、あれだけ不穏な状態がよくなっているので、結果は出ているのだとおもいます。
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病院に、それも自治会の書類をお預けになってから行かれたとのことですが、よくない結果を予期して、相当意を決して受診なさったことでしょう。
エコーまでして異状なしは安心ではありますが、その場でまだ違和感があったというのでは、逆に検査結果を疑うお気持ちになったかもしれません。

検査で異状が見つからなくても、身体が「気をつけなさい」というシグナルを発している状態なのでしょう。

ずいぶん前ですが、ずっと胃の具合が悪く、病院に行きました。
胃潰瘍かもしれないとのことで、H2ブロッカー薬を一ヶ月飲まされました。
けっこう大変な副作用が起きましたが、その中でどうにもつらかったのが、鬱でした。
薬は、体だけでなく、精神面にも作用するんですね。

一ヶ月後も胃の状態が軽快していないため、胃カメラの検査をしましたが、検査の間に医師が何度も「あれ?あれ?」と言うんです。
それを聞いて血の気が引き、たぶん顔面蒼白になっていたはずです(笑)
これはもう癌かと。

ところが結果は「異状なし」でした。
医師が言うには、潰瘍もなければ、薬で潰瘍が治ったあともなく、異状なしと。

実際、胃の不調は続いていたので、農園主さんのように、狐につままれた気分でした(笑)

こうなると、どんな医者でも診断はひとつ。
「ストレスですね」・・・・・・・・。

私が思うに、たまたま起きた胃の不具合が、薬によって助長されてしまったのだと。
確かしばらくして治った記憶はありますが、食べたものや生活状況、睡眠時間など、いろいろな原因(遠因)で、胃腸はすぐ影響がでますね。

食事で健康を保つのは、簡単なようでなかなか難しい面もありますが、いろいろと研究なさって取り組んでいらっしゃるのには、頭が下がります。

梅干しのお話、たった小梅ふたつでそんなに違うものなんですね。
夏の脱水症予防も、水分プラス塩分と言いますし、適度な塩分は必要ですね。

「人生の大事さは人生の後半になって徐々に理解できてくるのだなあと~」、これ、ものすごく同感します。
私の場合、徐々にではなく、いきなりでした。
一日を大切に生きることとか、健康が一番とか、わかったつもりになっていて、きちんと向き合うことをせず、その大切さにまったく気づいていませんでしたが、最近、突然悟りをひらいたように理解できたんですよね(笑)



ここからは引用した話になりますが、そのひとつめは、農園主さんの記事が投稿される数時間前に見つけた話です。

サッカー元日本代表、鈴木啓太氏(知りませんが(笑))の話の抜粋です。
「2004年アテネオリンピックのアジア最終予選の時、ドバイに到着して3日後くらいから、一人また一人と下痢に苦しむ選手が増えていき、最終的には代表メンバーの23人中18人が下痢になりました。
それも単なる下痢ではありません。猛烈にひどい水下痢です。しかも、もうすぐキックオフ。
試合開始の5分前にまでトイレに行列ができていたことなんて、サッカー日本代表の歴史上いまだかつてなかったと思います(笑)
冗談半分で「もうオムツつけてプレーするしかない!」とか言ってる奴がいて、笑うしかありませんでした(笑)
しかし僕は代表23人のメンバーのうちで、下痢をしなかった5人の一人でした。なぜ下痢をしなかったのか。僕はその理由をはっきりと言えます。
それは食後にはいつも温かい緑茶を飲み梅干しを食べていたからです。
静岡出身だからというわけでもないのですが、海外遠征にはいつも緑茶を持参します。
それと、祖母から代々続く手作りの梅干しも持っていきます。


この鈴木氏の話をもっと早く読んでいたら、先日の感染性胃腸炎を簡単に乗り越えられたかもしれないと、いたく後悔しました(笑)

「おさかなすきやね」は、ゆるゆるペースで続けていますが、梅干しもプラスし、「おさかなすきやね、うめ~~!!」で行きます(笑)

とは言え、庶民の味方のはずが、なんでこんなに高いんでしょうね~。
サプリより高いです(-_-;)
そして、塩分控えめとか、はちみつ入りとかで、梅干し本来のおいしさがなくなっていますね。


数日前、急に出先で二時間ほど時間をつぶさなくてはならなくなり、困りました。
しかたなくたまにお参りしている真言宗のお寺に行ってみたのですが、ちょうど桜が満開で、花まつり期間ということもあり、賑わっていました。
小さなお釈迦様に甘茶をかけたり、おみくじをひいたり、お不動さまにお参りしたりして、なんとか30分ほど過ごしました。

その後、本屋さんで本を買って、マックで読もうと思いましたが、さびれた本屋さんで、文庫の新刊も満足にありませんでした。
20分も迷った末(この時点で50分つぶせました(笑))、東京農業大学名誉教授の小泉武夫さんという方の『江戸の健康食』という文庫を買いました。
初版は2024年5月です。

マックの中でパラパラ、ほんの数ページ読んだだけですし、農園主さんには釈迦に説法ですが、ちょっと興味をひいたところを引用しますね。


まず、「まえがき」から(書き足し)抜粋した引用です。
江戸期は学問、文芸、芸術などが一大発展し、今日の日本文化の礎となった時代であった。食文化ににおいても、日本人の「和食を中心とする食事形態」がこの時代に定着し、形づくられていった。

江戸時代には、「食べものは医者である」「食べものは薬である」という、「医食同源」「薬食同源」の考え方が、すでに料理にあまねく浸透していたということだ。

江戸時代全体を通して、飲食と健康にかかわる諺が多数出てくることも興味をそそられる。

これらの諺は、「食事が心と体を育むのに、いかに大切なことか」をひろく大衆に伝えることにつながっていた。

病院もなく、医者に診てもらえる人もわずか、そのうえ薬も簡単には手に入らない江戸の人たちへの教育手段のひとつだったのである。

「朝茶は七里帰っても飲め」「朝茶はその日の難のがれ」。朝のお茶は心を落ちつけ、心身を醒まし、胃の働きを活発にしてくれる。健康上はなはだよろしい。



このあと、
甘酒・納豆・味噌汁・漬物・糠みそ・豆腐・凍りもの・蕎麦・天麩羅・煮物・梅干し・粥・鯨・貝・刺身・干物・大根・干し野菜・芋・食花・葱etc.と、ひとつの食品について、健康効果や説明が3ページずつ書かれているのですが、「梅干し」のところでは、
梅干しの「整腸・食欲増進・殺菌作用」だけでなく、紫蘇の薬理効果「鎮咳・健胃・解毒・防腐」もあると書かれています。


最後の項目として、日本酒について書いてあるのですが、おもしろいところを抜粋します。

二日酔いのときは長唄の二曲も唄うべし。

文化二年のハウツー本『武家飲酒肝要記』の中の「余酔予防の法」、二日酔いにならない方法というのがあり、現代医学からみてもうまく説明がつくので感心させられる。
その極意のひとつに「背を丸めて飲むことは甚だ不可である。必ず背筋を伸ばし、正しい姿勢で嗜む可し」と説いている。
これは背を丸めて飲むと、体内に送り込まれる酸素の量が少なくなる。姿勢をピンを張って飲むと、酸素が多くなる。
呼吸のとき、呼気とともに体内の未消化の酒精分の一部が排出され、さらに体内に新鮮な酸素が供給されるので、酒精の体内酸化分解も促進され、酔った体に優しさが加わる。


長唄も、要するに深く息を吸って静かに吐き出すので、体内に残った酒精が吐息とともに排出される、ということでした。

やはり姿勢は大事なんですね。
姿勢が悪いと体内に酸素を送る量が激減するので、呼吸器や内臓に悪影響がでて当然です。

上体のストレッチ、さっそくやっています。ありがとうございます。

ストレッチチューブ、持っていますが、8の字ではなくまっすぐで、30cmくらいのものです。
数年前買いましたが、見るだけになっています(笑)

伸ばすとずいぶんと気持ちがいいですね。
呼吸が楽になるだけでなく、肩こりや目にも効果があります。
頑張って(というほどのことでもないですが)、続けます!!


任意保険の値上がり、ひどすぎますね。
段階的に上がるのでも納得できないのに、いきなりその上がり方はおかしいです。
お仕事で不可欠なものなのに、情け容赦もない仕打ちです。

物価の高騰はある程度はしかたないとしても、あまりに理不尽な値上がりは、どこかで止まってくれないと、暮らしが立ち行かなくなる人がどんどん増えてくるように思います。
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延命のお話、興味深くうかがわせていただきました。

「なんの苦痛もなく、必ず死ねる薬(のようなもの)を支給され、いつでも自分の希望で自分にのみ使用していい」という制度があったら、たぶん若いときのぼくなら、もう使っちゃってこの世にいないでしょう(笑)

この年になってつくづくおもうのが、人生の大事さは人生の後半になって徐々に理解できてくるのだなあと。

若いうちはだれもがそうだとおもいますが、生きることに無鉄砲で無邪気です。

死に対しても無邪気に対峙してしまいます。

いまのわれわれからみれば、「まだまだ大丈夫」とおもうようなことでも、若いころのじぶんからすれば、もう退路がなくなるほど追い込まれて、死ぬしかないとおもい詰めることもあります。

このときの「死ぬしかない」は、実際にはあまりにも死に対して無邪気な態度だともおもいます。

しかしそれはおそらく、若いうちは死からの明確なアプローチ(苦痛や絶望)を繰り返し味わう経験が少ないからでしょう。



いまぼくの手に、その薬があったらどうするでしょう。

きっとつかわないとおもいます。むしろ、いつでもラクに死ねるのだからと、積極的に生きることを選択するかもしれません。

でも将来回復の見込みのない病を得たとき、ぼくがどのように考えるか……そこは、ぼくにはやはり生きる執着が強いと知ったいま、やっぱりまだ答えが出ないところです(笑)




ところで先日、意を決して病院に行ってみました。

前日にすこし強めの運動をしたせいか、胸の痛みが再発し、そのときの血圧が上150下100と、かなり高めに出たからです。

それでもその日の夜は、結局痛みをこらえてひと晩過ごしました(笑)

ひとり暮らしですから、もしかして入院になってはいけないから、数日分の衣服と、歯ブラシセット、タオルなどを準備して、翌朝、ご近所さんに自治会のしばらく先までの書類を預けました。

その際、ご近所さんがひどく心配してくださって、申し訳なかったです。



それで、病院で血圧を測ってもらい、レントゲン、心電図、エコー検査とやってもらって、出た結果が、「異状なし」でした。

……。

え?

血圧も下がっていて、ほかも異常らしい異常はないとのこと。

ただ、ぼくとしてはその瞬間も心臓に違和感があるので、これはいったいどうしたことかと狐につままれた気分です。

じぶんで勝手に治療まがいの対処をしていたから、数字にあらわれなかったのかもしれません。

ご近所さんに預けた書類は、帰宅後すぐにお詫びとともに引き取りました(笑)



いずれにせよ、医者が異常なしというのでは仕方がありません。

家に帰って血圧を測ると、胸の痛みはあるものの、前日の高血圧がウソのように、低めに出ました。

こうなると、もうあきらめたのと同時に、いままで取り組んだ食事療法でどうにかするしかないと、腹を決めました。

じつはいま、ぼくはちょっと極端な食生活をしています。



というのが、塩分をひかえて、無脂肪の食事です。

たんぱく質はささみ、鶏むね肉、タラなどから摂取して、海藻やきのこ、野菜を積極的にいただきます。

炭水化物は控えていませんが、これまで大好きだったインスタント麺は食べるのをやめました。

家にある、たくさんのインスタント麺や、マヨネーズなどの脂っけをどうするかが、目下の悩み事です(笑)



症状が出て以来、痛みのつよいときに絶食していたこともあってか、この一か月で5kgほど落ちました。

それでも肥満体形なのは変わりません。

おそらくこういう食生活を半年ほどで、ようやく標準体形になるでしょうけど、今回はなんだか自然と減量できそうな気がします。

血管がプラークで狭窄している場合、この詰まりを改善するには、口からEPA以外のよけいな脂質を摂取しないことと、空腹状態をつくって貪食細胞に体内の脂質を分解させるほかないそうです。



ちなみに塩分をひかえるのは、血圧が安定していて健康な人はやらなくていいようです。

というのも、塩分をひかえるとたしかに血圧は下がるのですが、重要なのは血管のプラーク(詰まり)を減らすことで、このためには脂質制限が必要になります。

血管の通りさえよければ血圧は自然と下がるとのこと。

ただぼくは降圧剤も飲んでいませんから、今回とおなじ症状を再発させないくらい減量して血圧が安定するまでは、当面塩分制限で降圧するのがよいという自己判断です。

塩分制限の食事はたしかに味気ないんですが、おそらく生き物としての人間の本来の食事はこんなものなんだとおもいます。

塩や脂は、ぼく自身がお手本ですが、人間の食欲を文字通り病的なまでに亢進するのかもしれません。

とはいえ、あまり塩分を制限しすぎると、血圧が急に下がりすぎるからか、頭がボーっとして困りました。

まさか塩分をとったらどうなるだろうと、小梅の梅干しを2つ食べたんですが、翌朝頭がはっきりして、こうも変わるものかとおどろきました。

なにごとも、あんまりストイックにやるのはよくないですね(笑)



症状が出て3週間ほどは手足の冷えがかなりつらかったんですが、血流が戻ってきたのか、気温が上がってきたからか、この一週間ほどはずいぶんラクになりました。

胃のせりあがってくるような不快感も、ここ一週間ほどで急に改善してきました。

すこし前までは、「パンシロン01+」という胃腸薬を、毎日3回欠かさず飲んでいました。

ここ数日は一日ひと袋飲むか飲まないかといったところです。



ギズモさんにアドバイスをいただいた深呼吸なんですが、意識してするようにしました。

胸の痛みが強いときは深呼吸もおそるおそるでしたが、最近はかなり痛みがマシになってきたので、ぐーっと吸って、息を止めて、ゆっくり吐くを繰り返しています。

負荷をかけて心拍を上げ続けるとまた違和感が出ることがわかったので、たとえば山にしいたけを取りに行くようなときは、すこし登ったら深呼吸して息をととのえて、できるだけ心拍を安定させながら作業するようにしています。

もしあれが心筋梗塞だった場合、そのうち心臓が壊死した心筋をカバーするように毛細血管が発達して、機能を取り戻していくようです。



しかし40代のうちにこのような病気を得たのは、幸運だったかもしれません。

というのも、仮に心筋梗塞だったとしても、突然死することなく、一か月ほどでかなり回復傾向にあり、相対的にみれば症状が軽かったこと。

それと、この一か月で血圧を下げるための食事療法を学びましたが、これはそのままガン予防の食事療法であり、糖尿病予防の食事療法だったからです。

あのままいままでとおなじ食生活をしていたら、近いうちに糖尿病になるのはまちがいなかったし、ガンにかかっていた可能性も高いとおもいます。

それでも決定的な痛みがなかったら、やめることはできなかったことでしょう。

バカボンパパじゃないけど、「これでいいのだ」という気がしています(笑)

すみません。また今回もじぶんのカラダの話になってしまいました(笑)



所得の話ですが、先日車の任意保険の更新の手紙がきました。

なんと去年から6000円以上も値上げです。

商用軽トラの27000円の保険が、33000円になっていました。

仕方なく、弁護士特約を削って、ほんとうにシンプルな対人対物無制限だけの保険にしたのですが、それでも30000円は切りませんでした。



お米の値段もそうですが、物価高の影響をみていると、なんだか庶民ばかりがいじめられているようで、悲しくなりますね。

でもそういう時代にこそ、一緒に苦労している人の暮らしをおもいやって、ぼく自身も生活のたのしい部分に目を向けて、生活を彩っていきたいとおもいます。



ギズモさんも、逆流性食道炎にお悩みなんですね。

姿勢や呼吸は無意識のものなので、なかなか矯正するといってもうまくいかないんですよね。

姿勢矯正のアイテムもいろいろありますが、個人的にはこういうので姿勢を治そうとすると、逆に慣れない姿勢でカラダに負担がかかることがありました。

その姿勢になっていること自体が、なにかの痛みを反らすためだったり、負荷を避けようとしてそうなっているからでしょう。

ぼくはいまは、椅子に座っているときは8の字になったストレッチチューブをそばに置いて、定期的に上半身を伸ばすようにしています。

なんということはない運動なんですが、意外と筋肉が伸びているようで、翌朝、車をバックさせるときに背中と首を曲げるのが、すこしラクになります(笑)

ストレッチチューブがなくても、手を上に伸ばして、上体を右へ左へとストレッチするだけでも、きっといい気分転換になりますから、身体が前傾になっていることに気づいたときにでも、ぜひ一度お試しください。

2025年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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病気の場合の延命と、高齢者の延命は意味合いが違うかもしれませんが、欧米の病院や施設には寝たきり老人がいないそうですね。
理由は、高齢者が終末期を迎えると食べられなくなるのは当たり前で、経管栄養や点滴で延命を図るのは非倫理的だと、本人も家族も認識しているためだそうです。

日本だと、有無を言わさず点滴で栄養を与えたり、早い時期から胃ろうを行ったりと、寝たきりで意識もほとんどない人を無理やり生かすこともあります。
長寿大国日本の意味がおかしいです。


私も延命は望んでいません。
家族が介護しないといけなかったり、本人の苦痛が延長されるだけだったり、高額な病院代を払ったりしてまで延命する意味って、なんなんだろうと思うんです。

でも、農園主さんのお考えのように、元気な時に「延命は望まない」という意思だったとしても、いざその場になったら、「もう少し頑張れる気がするので、ちょっと延命してほしい」と思う可能性は私にもありそうです。

延命に対する考え方は、個人個人というより、ケースバイケースなのかもしれません。

意思の疎通ができる状態なら、「考えは変わっていないので延命しないで」と言えますが、意識がなければ伝えられないし、また土壇場で自分の気持ちがコロコロと変わることもありそうですし、家族には判断のつらさを味わわせることになるわけで、みんなが納得するような最後の迎え方は、なかなか難しいかもしれません。

延命しないでと頼んでおいても、家族の立場からしたら、本人に意識がない場合、「本人が望んでいたので延命はしないでください」と言うのには、かなりの決断が必要と思います。


快方に向かうなら、延命は望ましいことだと思いますが、苦痛はある、余命をいたずらに引き延ばすだけということだったら、延命の意味がないと思います。
家族や身内の人にとれば、一日でも長く生きてほしいという気持ちはあるでしょうが、本人と周りの人との思いに乖離があることもあり、お互いに悔いを残さないというのは、けっこう難しい課題だと感じます。

ざっくりとした私なりの結論として、「延命しないでほしい」というところに、条件を付け加え、家族に伝えておくのがベターかな、と。
私に意識がない場合、延命して治る(軽快する)見込みがあるなら延命をしてほしいし、死ぬのを引き延ばすだけの状態なら延命措置をしないでほしい、というふうに。

極端な話をすれば、意識が戻る可能性がない植物人間状態になった時、これがいちばん悩むケースだと思います。
このあたり、どうするべきかは非常に難しいですね。
家族としては、1年後、5年後、意識が戻るかもしれないという希望を捨てたくないでしょうから。

おかしな話をします(笑)
最近ずっと考えていることですが、まったく現実的ではなく、空想に過ぎません。
まじめに延命について考えていらっしゃる農園主さんにとっては、大変軽率な空想なのですが、そのあたりはご容赦ください。

人がだいたい20歳くらいになった時「なんの苦痛もなく、必ず死ねる薬(のようなもの)を支給され、いつでも自分の希望で自分にのみ使用していい」という制度があったらな、と考えていました。
使えるのは一度だけ。
他人に使おうという人が出る可能性もあり、犯罪にもなりそうな話ですが、あくまで想像にすぎないので、自分で自分に使うのが前提です。

使わない選択も当然あります。

もし、ひどい痛みや苦しみを伴う病気になった時、治る見込みがないなら、その苦痛に耐えてまで生きる必要もなく、早く苦しみから解放されたいと思うかもしれません。
家族がそうなった時、少しでも長く生きていてほしいと思うかもしれませんが、本人の苦痛は壮絶なものでしょうし、家族の愛情、思いは理解しても、もう死んでもかまわないという気持ちが起きるかもしれません。


前にもお話したかもしれませんが、コロナにかかった時、経験したことのないような高熱のつらさで、「こんなつらいならもう死んでもいいかも」と思ったのですが、それでも治る可能性が充分にあると思えたからなんとか頑張れました。
でも、嗅覚・味覚が無くなった時は、「3年以上この症状が続いていている」というような経験談を読んでしまったため、もう絶望の境地でした。

どうやったら治るだろう、刺激を与えたらいいのかも、と日々いろいろ模索し、無意味かもしれないこともやってみました。
絶望しながらも、「味覚・嗅覚がなくても死ぬことはないだろう」という、開き直った心境になり、なんとか乗り越えることができました。

治らない、死を待つだけ、というお墨付き(笑)をもらった時、それでも苦痛を乗り越え頑張ろうと思えるかどうか。
そんな時、日本では安楽死(尊厳死)の制度がないので、想像したような薬があればいいな、と思った次第です。
でも、苦痛を伴わない状態で余命宣告をされた場合は、少しでも長く生きたいと、延命措置をお願いすると思います。

命を救うのは医師の義務かもしれませんが、心までは救うのは難しいです。
安楽死の問題を言いたいのではなく、あくまで「治ることがないのなら、苦痛はできるだけ短かくしてほしい、そして、家族につらい選択をさせることなく、自分の意志で終わりを迎えたい」という、安易なわがままからでた想像でした(笑)

コロナになったのがおととしの9月ですが、それ以降に、よく考えていたことでした。
自殺と同義と言われそうですが、気持ちの持ち方、死の迎え方はまったく違うと思います。

想像の話ですので、精神的な問題で生きるのがつらくなった場合に使っていいのかどうかは、視野に入れていません。



井戸の詳しいお話、ありがとうございます。

地盤沈下が起きたんですね。

井戸(揚水)を規制したのも知りませんでした。
てっきり、自然に枯れていったのだと思っていました。

防災井戸の新設にしても、そうそうあちこちにはできないのでしょうね。

高所得者の税率のお話も興味深いものでした。
今は、子どものいる家庭への児童手当や医療費助成も、所得に関係なく一律になってきているようですし、確かに高額所得者がどんどん優遇されてきている気がします。


石破総理が「楽しい日本を作る」という発言をし、物議を醸していますが、「楽しい=暮らしやすい」ならいいのですが、庶民の暮らしが逼迫し、様々な問題を抱えている中で、どうして楽しく過ごせるんでしょうか。
国民の暮らしをよりよくしたいという気持ちからなのでしょうが、一足飛びに「楽しい」という表現をするのは、ちょっと疑問です。
いつ乱世になってもおかしくないのが、今の日本だと思います。

「論語と算盤」の、道徳心がセットというのは、今の日本人が立ちかえらないといけない大事なことですね。
道徳心が欠けてしまえば、何事も成り立ちません。

ちょっと前なら当たり前にあった道徳心をどんどん忘れていって、見ず知らずの人をネットなどで非難するとか、人を騙す犯罪とか、そんなことを一生懸命やっている現代の日本人は、これからどうなっていくのでしょう。
そのエネルギーで、「次の世界のよりよいシステムを自前で用意できる」日本を作っていってほしいと思います。


夜、胸の痛みで眠れないという症状は、まだ続いていますか?
ずいぶんと、不安な事かと思います。
よけいなお世話ですが、かなり深くゆっくりな深呼吸を、リラックスした状態でしばらく繰り返すと、全身にうまく血液がめぐり、多少なりとも改善されるかもしれません。

私はついつい呼吸が浅くなる傾向があるのですが、パソコンに向かっている時間が多い時は姿勢も悪くなるために、よけい呼吸が浅くなり、ついには逆流性胃腸炎(訂正・逆流性食道炎)が起こります。
そうなると、喉がイガイガし、咳き込むこともあるし、胃なのか心臓なのかわからないキューっとした痛みも起きます。
そういう時は、お水を一口飲み、深呼吸をしてやり過ごすのですが、案外効果があります。

農園主さんの場合とは違うかもしれませんが、気休めでも効果はあると思い、おせっかいを失礼しました。
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今回は、雑多な話になってしまいました。



まず、最近すこし考えていることがあるんです。

それは延命についてです。

ギズモさんが、病気とだましだまし付き合っていくのがよいのではないか。痛みやつらさは、治る大前提のものであってほしいとおっしゃったのは、その通りだとおもいました。

ぼくの場合は胸が痛くてなかなか眠れない夜に「これで突然死するなら仕方ないけど、もし治るなら、どうやったら自力で治せるだろうか」ということを考えていたんです。

まあ、実際なんとかなってるんですが、こうやって問題が起こったときに、じぶんの目先の延命を目指すというのは、案外たのしいものだな、と(笑)



これがもっともっと追い込まれて、死の絶望にさいなまれるような状態になっても、人間は結局そのときのじぶんの状態の中で、「もうすこし生き延びるにはどうすればいいか」ということを考えて、そこに一種のよろこびややりがいを感じるのではないでしょうか。

それはもしかしたら、ほとんど植物状態のようになって、意思の疎通ができなくなってさえ、当人の中ではあともうひと呼吸がんばってみようじゃないかと、望みをはせていたらどうしよう、とおもったのです。



ぼくは以前家族と、「もし延命しなければならないようなことになったらどうするか」ということを相談しています。

この答えはみんなおなじで、「延命はしない」。

けれど、それはもしかしたら、そのとき健康だからこそそう言えたのかもしれません。

ほんとうに死の間際になったら、「もうちょっと延命させてほしいなあ」と家族に心で訴えている、なんてことがあるのではないかとおもうと、どうにも考え込んでしまいました(笑)

やはり当人が意思の表明をできない状態で、第三者が重い判断をくだすのは、むずかしいことですね。

このことについては、まだ考えがまとまっていないので、時間をかけてもうすこし考えてみようとおもいます。



井戸の話なんですが、東京では戦後しばらく、各地で井戸水を生活用水に利用していた時期がありました。

ところが、戦後の爆発的な人口増加の中で、あの人口過密都市で深井戸から取水ですから、つかわれる水はとんでもない量になります。

それで地下水位が低下したことで、かなり深刻な地盤沈下が起こったというんです。

さすがに地面が一年に10㎝も下がっていくというのでは都市計画もままならないので、昭和30~40年代にかけて、法律や条例で井戸(揚水)を規制した、という経緯があります。

なので、もうつかわれなくなった古い枯れ井戸が残っているのでしょう。

工業用水として引っ張ったり、入浴施設で地下深くボーリングして温泉を引っ張るというようなことにもそれなりの規制があって、自治体に許可をもらわねばならないようです。



高額医療費制度や価格統制された光熱費のお話ですが、本来まっとうな国家は、高所得者から税金をとって、福祉(追記:福祉やインフラ機能)を充実させていくものです。

これも司馬さんのエッセイにありましたが、司馬さんの時代は、司馬さんくらいの高額所得者になると年収の8割を税金でもっていかれていたそうです(笑)

じぶんの好きなことをして高額所得を得ているのだから、税金がかかるのはいいのだけど、せめてちゃんとしたことにつかってもらわねば困る、というようなことをおっしゃってました。



ところが消費税ができた時代あたりから、なぜか高額所得者や大企業が、税制面で優遇される時代になるんです。

これは黒柳徹子さんの以下の記事に詳しく書かれてあります。

https://news.livedoor.com/article/detail...

黒柳徹子さんに至っては住民税も含めて収入の90%が税金だったそうで、これをあと10%ほどじぶんの収入として認めてもらいたいと税制調査会で発言したそうです。

その発言が功を奏したか、1987年の法改正で、所得税の最高税率が60%に下がったとあります。

この点に関しては、黒柳徹子さんはずいぶん罪深いことをなさったというのが率直なところです。



そしていま、行政は金持ちに媚びることを平気でするようになりました。

ガソリンにしたって直接的に税を下げることはせず、補助金というかたちで大企業にお金を渡して、わざと中抜きさせてます。

ガソリンの件なんて氷山の一角で、ありとあらゆるところでこのような、大企業、富裕層へのばらまきが行われ、そのツケを庶民が支払わされるという状態になっています。



これはすこしおおげさにいえば、民主主義政治、資本主義の腐敗です。

いつになるかはわかりませんが、現在のシステムもいずれは打倒されて滅びてしまうことでしょう。

日本の過去の例でいえば、いずれ大塩平八郎の乱のようなことが起こり、明治維新のような乱世が起こる。

前回の坂本龍馬の話でいえば、いまの日本は「いや、まだ資本主義・民主主義は腐りきってはいない。いずれぐずぐずに腐って腐り落ちるが、まだそのときではない」という状況だとおもいます。



江戸幕府が「100年で別の体制に変わっていたら、いったいどんな世の中になっていたでしょうか」

ということなんですが、西洋でフランス革命が起こるのは1790年ごろですから、赤穂事件(忠臣蔵)の起こった1700年ごろというと、まだ世界のどこにも民主主義的な価値観がなかった時代です。

アメリカが独立を果たしたのはフランス革命より少し前の1776年で、初代大統領のワシントンはフランス革命が勃発した1789年に就任しました。

それまでのアメリカはいわゆる西部開拓時代で、開拓を終えた州がそれぞれ国家のように作用していましたが、当然人権などの価値観はないに等しく、一攫千金を夢見る荒くれ者ばかりでした。

州の銀行が発行した紙幣が一か月後には信用を失って紙切れになっているということもザラにあったようです。

つまり、成熟した資本主義もまだまだ、といった段階です。



中世ヨーロッパや江戸時代の封建主義というのは、暴力によって上(体制)から下(領民)へ押さえつける国家統治のシステムですね。

民主主義はこれが逆転して、下(国民)から上(体制)へ突き上げていく国家統治のシステムです。

日本は明治維新のときに幕府を打倒してから、これらのあたらしい国家統治のシステムを西洋から学んだわけですが、自前で調達することはできませんでした。



明治維新の際、西洋諸国が大挙して日本で商売をしましたが、日本人は商売の信義則を守らず、ウソばかりつくといって呆れられたそうです。

そのため渋沢栄一は、『論語と算盤』という著作を残していますが、商売には道徳が必要なんだということを当時の日本人に向けて教えるんですね。

それくらい、明治期までの日本の資本主義は未発達なものでした。



もし江戸幕府が100年で崩壊するようなことになった場合は、日本にも民主主義や資本主義の前段階の、「民衆が自発的にじぶんたちの国をつくろうとする意志」を持つようになっていたかもしれません。

でも歴史の現実として、そうはならなかったんですよね(笑)

なので、いま考えるべきなのは、現代の日本人こそは、次の世界のよりよいシステムを自前で用意できるだろうかということだとおもいます。



しかし論語と算盤ではないけども、今後どのようなシステムが世界を席巻するにしても、人を大事にして、人のために生きるという道徳心がセットになっていなければ、立ち行かないとおもっています。

すくなくとも、いま世界中で起こっているような、わざと不道徳な言動をして炎上させて耳目を集めて、ものごとをじぶんの都合のいいように強引に変えてしまうような手法は、長く続けていられるようなシステムではありませんよね。
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心臓の違和感、徐々によくなってきたようで、よかったです。
自治会集会も無事に済んだとのことで、安心しました。

締めつけ感、キューっとなるような痛み、せりあがってくる痛みやもたれなど、心臓なのか胃なのか判明できない、まぎらわしい症状が出ることもありますね。

昨年末からのいろいろな不調が、食事や市販薬などで改善され、体調の不安がなくなるようにと思います。

せっかくの農閑期が体調不良で楽しめなかったかもしれませんが、農閑期のうちに原因に思い当たり、対処法を講じることができたのは、タイミング的にも何かにまもられているように思えます。


病気(「病気」と言えるものも言えないものも)は、気の持ちようも影響するので、あまり深く考えず、「騙し騙し」つきあっていくという向き合い方が必要かな、と思うようになりました。

私も、痛みをさんざん味わった末に死ぬのはいやです(笑)
痛みやつらさは、治る大前提のものであってほしいですね。
治ると思うから、つらくても我慢できるのだと思います。

浅井戸というのは初めて知りました。

稀に都内で井戸がある個人宅を見かけますが、枯れ井戸になっていて、使用不可のまま残してあるようでした。

最近知ったのですが、防災井戸というものを新しく設置している地域、集合住宅などがあるようですね。
災害時に使用する目的だそうですが、非飲用のようですので、浅井戸なのかもしれません。

飲めないのは困りますが、それでもこういう災害用の井戸は、増えてくれるといいですね。

昔は「湯水のように~~」という言葉がありましたが、最近の水道代は高すぎて、とてもとても気軽には使えません(笑)

電気・ガス・水道、これは生きていくうえで重要なものなので、26億円かけて都がやろうとしている、ランドマークの噴水事業は取りやめ、私立の高校の授業料無償化などという政策は見送って、高額医療費(訂正:高額医療費制度)は現状維持または引き下げとし、最低ラインの光熱費の負担を国、または自治体が行ってくれないものだろうかと思うのですが、そういうことは絶対してくれないんですよね(笑)

私立高校の授業料を無料にできる財源があるなら、奨学金制度の見直しをし、貸し付けではなく返済不要にすべきなのではと思います。

誰でも、ということはできないので、ある一定の成績以上の学生にということになるでしょうが。

実際、多額の奨学金を返済しなければいけないので、結婚できないという人も多いということですし、奨学金は借金として夫婦共有になってしまうので(訂正:夫婦共有になる可能性があるので)、なかなか難しい問題だと思います。

話がずいぶん逸れました(笑)


江戸幕府のお話、大変興味深く読ませていただきました。
考えてみたら、一つの体制が200年も続いたということは、不思議なことですね。

徳川家康以降、子孫がずっと政治を行ってきたというのは、不自然に思えてきました。
しかも、養子縁組をしてまで、代々徳川の体制を守ってきたというわけですから、ある意味、皇室と似たようなものだと思います。

徳川が続いていたら、大奥の制度も存続していたかもしれませんし、なんだかめちゃくちゃな世の中になっていたかもしれませんね(笑)
私なんかは、将軍に気に入られたために、大奥でさんざんいじめられて、つらい日々を過ごしていたかもしれません(笑)

司馬さんの考え方は、実におもしろいですね。
100年で別の体制に変わっていたら、いったいどんな世の中になっていたでしょうか。

反面、江戸幕府がずっと続いていたと想定した場合、いまだに鎖国ということはないでしょうから、仰るように、西洋の傀儡政権となり、宗教も今とは明らかに異なっていたかと思います。

武士が軍人、江戸幕府や藩は軍事政権というお話は、とても新鮮に感じました。
そういう捉え方をすると、私の中での武士というものが、変わったように思います。

幕府が100年で死に体というのは、司馬さんが、「べつの体制に転換しておけばよかった」と言った、その時期ですね。


「日本の奇跡は、あの時代に西洋に隷属せず、志士が幕府を打倒して、国家として独立する道を選べたこと」というお話を伺うと、改めて、本当に奇跡的な偉業だったのだな、と感じました。


「汽笛一声新橋を~」で始まる『鉄道唱歌』という唱歌をご存じと思います。

明治33年に、子どもたちに日本の地理を覚えさせようという目的で、『地理教育 鉄道唱歌』のタイトルで作られました。
中でも、新橋から神戸の「東海道編」が大ヒットしますが、その中に、頼朝、家康や藤吉郎の名もあります。

「大石良雄が山科の その隠家はあともなし 赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山」というのは45番の歌詞なのですが、大石良雄は大石内蔵助のことです。

2番では、
「右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ 雪は消えても 消え残る 名は千載ののちまでも」

明治33年の当時も、忠臣蔵の話は歌にするほどだったということがわかります。
歌にしたのは、江戸時代に作られた「忠臣蔵」ではなく、史実に基づいた赤穂浪士のことなのかもしれませんが、定かではありません。


お忙しくなる時期ですが、まだ本調子とは言えないでしょうから、体調と向き合いながらくれぐれも無理せずお過ごしください。

こちらは、雪がけっこう降ったと思ったら、昨日今日は20℃以上。
激しい気温差と花粉でヘロヘロです(笑)
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心臓の違和感、おそらく心筋梗塞だったんだとおもいますが、2週間ほど経って、ともかく回復はしたとおもいます。

個人的には、痛くないなら死んでも構わなかったんですが、ざんねんながらなかなかの痛みと不快感でした(笑)

ある人は、歩いてる途中でいきなり心筋梗塞を発症。意識を失って、バタンと倒れ込んだというんです。

それで歯が数本折れたんですが、倒れている間は痛みもなにもなく、臨死体験をしたそうです。

そのとき、じぶんが生かされていると確信し、この確信と同時になぜか意識が戻り、自力で救急車を呼んだといいます。

発症する前に、胃もたれのような症状があったらしいんですが、その点はぼくもよく似ていました。

その人がいうには、先日風呂場で倒れて亡くなった中山美穂さんは、強い発作に見舞われたあとは、速やかに意識を失って長い苦しみはなかったのではないか、ということでした。




ぼくの場合、症状が出てから最初は息切れがすごかったんですが、日に日によくなってきて、いまは半日農作業ができています。

ほんとうは休んでいたいんですが、ぼちぼち農閑期も終わりなので、仕方ありません(笑)

おもしろいと言っていいのかわかりませんが、おもしろかったのが、血液がうまく体内を巡らないと、食事がうまく消化できなくなることでした。

消化不良の症状が強く出たんですが、最初はなぜこんな症状が出るのかわかりませんでした。

ご飯を食べると胃に血液が集まるといいますが、血液がうまく集まらないと日常生活のあらゆるところに支障が出るんですね。

市販の胃薬を飲むとほとんど即効的に効くのもおもしろい発見でした。

これも日が経つごとにすこしずつ回復していますし、おかげで自然にダイエットができています(笑)



感染性胃腸炎、大流行してると聞きました。

胃腸が炎症を起こしているときは、絶食するのが医療的にも正しいみたいですね。

ウイダーインゼリーやカロリーメイトのような液状の栄養補給だと腸管を刺激しないのでよいのかもしれませんが、ほんとうにしんどいときはそもそも口になにかを入れること自体がつらいことでしょう。

ぼくもここ数日、くだんの消化不良がたたって腸炎のような症状が出て、まあぼくの場合腸炎はよくあることなんですが、きのうはひさびさに絶食して、16時間くらい布団に入っていました。

もう、内臓全般がガタガタですね(笑)

いまこの記事を書いている3月17日は夜から広域自治会の集会があって、これもほんとうは休みたいのだけど、そういうわけにもいきませんから、なんとか体調を整えて出席します(笑)
(その後自治会集会はなにごともなく無事に終わりました)




水が合わないというお話なんですが、そういえば最近うちの浅井戸のポンプが壊れて、ポンプを買い替えて設置したんです。

浅井戸ですからサビの鉄分がよくあがってくるし、水質はよくないんですが、ここに移住してきたときに、ご近所さんが「むかしはそんな井戸の水でも歯磨きくらいはしてたとおもう」とおっしゃいました。

というのも、半世紀ちょっとさかのぼると、このあたりでは上水も山の上流に流れている水をそのまま簡易水道として各家に引いていたそうで、もちろん塩素消毒などもされておらず、衛生面での信頼がない水でした。

そういった水にも頼らなければならなかったのがほんの半世紀前の日本の中山間部の現実です。

その時代を生きてこられた80歳のご近所さんいわく、上水がくるようになってからのわれわれの水のつかい方は、「ケタが違う」のだそうです(笑)

うちのあたりは地域の溜池の水を浄化して山の頂上のタンクに電動で汲み上げて、そこから自然落水で各家庭に水を届けているといいます。

そういう根本的なところを考えていくと、いくら塩素消毒していても、「その土地の水」の特色はありますよね。

土地によって水質や、含まれている微量な要素がちがうのは当然で、そこに住まう人や、訪れた人のカラダにもなんらかの作用を及ぼすことでしょう。



さて、前回宿題にしていた話をさせていただきます。

「当時の国学者の研究がなければ、いまだに徳川のような政治体制が続いており、仏教が主流となり、天皇制にはならなかったということもあるのかもしれません。」



司馬さんは「江戸時代は終わるのが遅すぎた」とおもっていたようです。

江戸時代は100年ちょっとでべつの体制に転換しておけばよかった、というのです。

たとえば司馬さんの著作『竜馬がゆく』では、江戸幕府の崩壊に向かっているのに、竜馬はなかなか動き出さないんですね。

それに対してほかの志士が苦言を呈すると、「いや、まだ幕府は腐りきってはいない。いずれぐずぐずに腐って腐り落ちるが、まだそのときではない」というようなことを言って、幕府が崩壊するのを待つんです。



幕府はじつは、江戸中期あたりからは体を為していませんでした。

というのも、江戸時代の武士は仕官することで幕府や藩から給料をもらっていたでしょう。

武士とは、いわば軍人です。

軍人ですから国を守ることが仕事なんですが、鎖国をしていた当時の日本では、じつは軍人なんてそれほど必要ではなかったんです。



江戸幕府や藩というのは、ようするに軍事政権でした。

天皇の盾となってこの国を守ってやるぞ、ということを大義名分にして、実質的に日本の政治を牛耳っていたわけです。

しかし国内は封建主義のシステムでなんとかやっていけているし、外敵もない時代が長く続いています。

幕藩は武士の人数を維持するための儀式ばかり増えて、国を守るという実務がスカスカになるんですね。



いわゆる「忠臣蔵」がまさにそういう話なんです。

江戸城で朝廷の饗応役をおおせつかった中に浅野内匠頭がいて、その指示役として吉良上野介がいました。

饗応役なんて武士以外のだれかがやってもよさそうなものです。

しかし武士は余っていますから、饗応の専門職を設けたりはせず、全国の武士、それも殿様が集まって接待をするんですね。

そのお役目の最中にすったもんだあって、浅野内匠頭が吉良上野介に脇差で斬りかかり、周囲の者が「浅野殿が殿中で刀を抜いた。浅野殿、ご乱心か。殿中でござるぞ」と止めた。

こういう場合、武士のルールとしては「喧嘩両成敗」が基本なんですが、なぜか浅野内匠頭だけが即日切腹。

吉良上野介はおとがめなしだったんですね。



それでお家断絶となった赤穂藩の家臣たちが「武士の一分」を果たそうではないかと、吉良上野介を天誅するわけです。

この史実と、後年につくられた「忠臣蔵」という物語がなぜ日本中をとりこにしたのかというと、すでに武士という存在が形骸化していた時代に、赤穂藩の連中が武士のイズムを体現したからです。

それに比べて、この事件に対する幕府の裁定は終始じつにあいまいな、煮え切らないものでした。

軍事政権としての幕府は、たった100年ですでに死に体だったんです。



もし国学者がおらず、天皇回帰の思想がなかった場合、ギズモさんのおっしゃるとおり江戸幕府体制が続いていたかもしれません。

が、その場合はあの弱腰の幕府のことです。

西洋諸国の植民地にされて、幕府自体が西洋諸国の傀儡政権となっていた可能性が高いとおもいます。

最後の将軍慶喜が、維新勢力に向けては大政奉還したけど、海外に対しては毅然と立ち向かう……というようなことはなかなか想像できません(笑)

もし幕府が西洋の傀儡政権になった場合、国教としてキリスト教が広められていたか、ギズモさんのおっしゃったように仏教主体で、そこにキリスト教がまじりあう、いわばキリシタンの「マリア観音」のような習慣が生まれたかもしれません。

日本の奇跡は、あの時代に西洋に隷属せず、志士が幕府を打倒して、国家として独立する道を選べたことでした。

そのように考えていくと、日本人がいま日本人として生きていることは、数奇な運命のようにもおもえます。
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心臓の違和感には、さぞかし肝を冷やしたことと思います。
食べるものは薬ではないので、即効性はあまり期待できないかもしれませんが、徐々に改善されてくるのではないでしょうか。
身体の違和感や痛み、つらさがなくなってきたという実感の他、献血時の検査により数値でわかるというのは励みになりますね。

一週間の制限された食事で体調が戻ってきているということは、継続する意欲につながると思いますが、減量も食事制限もあまりストイックにならず、負担にならない程度で長く続けることが大事なのかもしれません。

絶食の事ですが。
今まで感染性の胃腸炎になったことが数回ありますが、ぜんぶ、上海から帰った時に限定されていました。
渡航していないのになったのは、今回が初めてです。

帰国直後、または帰国する最後の日から発症し、その都度病院へ行きましたが、一応検査はしても、結果が出るのはほぼ一週間後。
ビオフェルミンのような整腸剤しか処方されないので、治るまで神妙に待つしかありません(笑)

検査の結果は特に心配のあるものではなく、大腸菌によるもので、「渡航者感染症」と言われます。

どの医師も、「菌やウイルスを体外に出さないといけないので、下痢を止めてはだめ。水分は充分に摂り、絶食。食べたら治りが遅くなるし、症状がひどい時はお腹はすかない」と言います。
何度かそんなことを繰り返しているので、早く治したいなら絶食ということを、忠実に守りました(笑)

と言っても絶食のつらさはまったくなくて、医師の言うとおり、かなり良くなってこないとお腹はすきません。

今回、つらい真っ最中に、食べないとだめだよという人がいて、本当にイライラしました(笑)
説明するのもつらかったので、イライラマックスでした(笑)

その主人は、私から二日遅れて感染し、頭痛と嘔吐で、さすがに仕事は四日間行けませんでした。

半日ほどでいくらか落ち着いた時、何か食べると言い出しました。
食べないと仕事に行く体力がつかないという気持ちだったようです。

絶食しないと治らないと言ってるのに、どうしても食べるというので、しかたなく、おかゆにする?と聞いたところ、おかゆは食べたくないと、こともあろうにワンタンのカップ麺を作りだしました←年に一回くらい無性に食べたくなるので、一個だけストックしてある貴重品です(-_-;)

その結果、食べた直後、もののみごとにひどくなりました。
「だから、言ったとおりでしょ?」と鬼の首でもとったように言いましたが、懲りたのか、その後二日間絶食してました(笑)

上海に行った時は、当然水道の水は飲みませんし、生ものも食べず、気をつけているのですが、かなりの確率でお腹にきます。
一家全滅だった時もありました。

病院で言われたのは、その土地の常在菌みたいなもので、そこに住んでいる人は大丈夫なのに、外部の人にだけかかるという類いのものらしいです。

茨城県の鹿島神宮に行った時のことですが、池みたいなところでご神水を汲めます。
カラのペットボトルを売っている売店で、「私たちは子どものころから飲んでるからなんでもないけど、飲む時は煮沸してくださいね」と言われました。

ホームページにも、書かれています。

鹿島神宮では御手洗池の取水口より清水をくむことができますが、山水ですので必ず煮沸をしてから口にしてください。

ご神水で胃腸炎になったら、神様に文句を言いたくなりますね(笑)

海外でのことも、この神水も、いわゆる水が合わない、水あたりということなのでしょうね。(追記:ご神水は、お風呂に入れました)

先日娘も胃腸炎になり、39度以上の発熱、娘婿も感染しました。
どこからの感染かは不明ですが(時期的に私ではありません)、感染性胃腸炎は本当に猛威を振るっています。

沖縄の人やイヌイットなど、どこでも昔からの伝統食から現代的な食生活に移行してしまう傾向があるんですね。

最初にコロナが流行った時、日本人は外国人に比べあまり重症化しない(死亡率が低い)のは、日本人の食生活のおかげだという説がありました。
日本のどこの家庭でも食べている、和食中心の生活がいいということですね。

マクドナルドやミスドの長蛇の列を見ると、現代人の食生活を心配してしまいます。
私も年に数回は食べますが(笑)

EPAなどのお話、ありがとうございます。

血管内のプラークの説明もとてもわかりやすく、EPAの重要性を認識できました。

以前、魚肉ソーセージが非常によいということを聞いたことがあります。

それを思い出し、さっそく買ってきました。

「おさかなすきやね」、私も実行開始です(笑)

今日は、昼に納豆を食べたので、夜はワカメ・ちくわ(一応さかな)・シイタケ・エノキ・マイタケ・長ネギを炒め、バターをちょっぴり入れて、ポン酢で味付けしたものを作ります。
魚肉ソーセージはおやつにしました(笑)

陳皮の粉ですが、ずっとヨーグルトに入れ、混ぜて食べていました。
週一くらいなので、これからは毎日摂ろうと思ったのですが、乳製品の摂りすぎはよくないといいますので、スープやお味噌汁にでも入れようかなと考えました。

ここで、農園主さんが、「みかんの甘い風味と同時に粉山椒のような風味があって~~~」と書いていらしたのを思い出しました。

お料理にかけると、粉っぽく、均等に混ざらないと思い避けていたのですが、たまたま牛肉の佃煮を作ったので、振りかけて食べてみました。

もう3年以上食べていますが、初めて陳皮の粉の「味」がわかりました。
あ、こんな味だったのか~~と(笑)

ということで、ヨーグルトや汁物でなく、おかずにかけたりして、継続していくことにします。

「ギリギリのタイミングでこういった情報にたどりついたのも、ご縁があってのことだとおもいます」と書いてくださっていますが、それは私も同じで、プラスチックの薬を一生飲まなくてすみそうな情報、貴重なお話をこのタイミングで書いてくださり、ご縁を心より感謝しています。
こちらこそ、ありがとうございます。

そろそろ農閑期も終わりでしょうか。
忙しくなることと思いますので、ペースはくれぐれもご無理のないようにお願いします(*^。^*)
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ウイルス性胃腸炎、ほんとうに大変だったとおもいます。

ぼくもふだんから腸のトラブルを抱えているので、おなかが痛いときのつらさはわかるつもりですが、絶食4日間は病院の指示などでなく、ご自身の意志でなされたのでしょうか。

だとしたら、すごいことです。

ぼくの場合は、よほどでないと食い気が勝ってしまいますので(笑)

先日から海藻やきのこと、繊維質のつよい食べ物ばかり紹介しましたが、どちらも少量でじゅうぶん効果がある食材ですから、胃腸に負担がかからないように、すこしずつ長く続けてくださいね。



五島三菜、海藻と野菜で、しかも乾物なので日持ちも効いて、パーフェクトですね。

五島列島は椿油で練った乾うどんも有名ですが、決して大きいとはいえない散り散りになった島々の集合体の中で、これほど洗練された伝統食文化が生まれるのは、ちょっとめずらしいとおもいます。

五島三菜とキノコのお料理は、ほんとうにいうことなしの健康食です。



先日の情報で終わりだと言ったはずなのに、あれからさらに調べて、とうとう行きつくところまで行った最後の情報をひとつだけ追加させてください(笑)

血栓のもとになるのは血管プラークなんですが、このプラークが破裂しないように安定化させる、EPAという物質があります。

よくDHA・EPAというサプリメントで販売されているのでご存知だとはおもうんですが、青魚に特に多く含まれています。

EPAは医薬品にもなっていて、血栓症の治療などにもつかわれるそうです。



血管内のプラーク(脂肪の垢)が破裂すると、血液がこれを傷と勘違いして、血管内にかさぶたをつくってしまいます。

これが血栓なんですが、EPAには、このプラークが破裂しないように安定させてくれる作用があるそうな。

EPA自体は油なので、いわば「油をもって油を制す」みたいな感じでしょうか。

体内の脂質をEPAに置き換えることで、血管内のプラークを安定化。

しかも、血管内で盛り上がったプラークの壁を、なだらかにして血液を通りやすくしてくれるといいます。

納豆はできてしまった血栓を溶かしてくれる作用がありますが、EPAはそもそも血栓ができにくい状態をつくってくれる、という作用があるようです。



むかしはエスキモーと呼んでいましたが、北極圏の先住民であるイヌイットは、アザラシやセイウチなどの海獣を狩って食べていました。

農作物がとれる土地柄ではありませんから肉食でしたが、不思議なことにヨーロッパのデンマークと比較すると、心臓病など血液疾患による死亡率は非常に少なかったそうです。

そこで海獣の肉の組成を調べてみると、魚類を主食にしているため、肉に魚油(DHAやEPA)が豊富に含まれていました。

さらにイヌイットの血液を調べると、やはり非常にEPAが多かったらしいんです。

古くからイヌイットはケガをすると血が止まりにくかったともいいます。

つまり血がサラサラだったんですね。

EPAには血小板凝集を防ぐ作用(かさぶたをつくるのを防ぐ作用)もあるといいます。

しかしアザラシやセイウチは海獣ですから、いくら魚を食べているとはいえ、肉の組成には飽和脂肪酸もたっぷり含まれています。

この飽和脂肪酸による血栓症リスクを上書きしてくれるくらい、不飽和脂肪酸の血液疾患予防の効果が大きいということですね。

この研究は1970年ごろのもので、その後イヌイットも現代的な食生活をするようになったみたいですから、いまはふつうに心臓病のイヌイットもいることでしょう。



EPAはいわゆるオメガ3脂肪酸といわれる部類の油になるんですが、おなじオメガ3脂肪酸の仲間にはアマニ油やエゴマ油があります。

またくるみに含まれる脂肪分もオメガ3脂肪酸です。

これらも血液をサラサラにする作用があるといいますから、摂取する油を置き換えることで、コレステロールによる血液疾患のリスクを下げることができるようです。

ただ、オメガ3脂肪酸は酸化しやすく、酸化すると毒性を帯びるという特徴がありますから、新鮮なものを摂取するのがよいようですね。



ところで、血液疾患の予防食を促進するための「おさかなすきやね」という標語があるそうです(笑)

お……お茶
さ……さかな
か……海藻
な……納豆
す……酢
き……きのこ
や……やさい
ね……ねぎ類

このリストをみていると、日本の伝統食がいかに健康食だったかを考えさせられてしまいます。



と、ここまで書いたところで正直に言いますが、前回ぼくが返信してからなので一週間ほど前、心臓に違和感をおぼえました。

おそらく以前からの血栓症の波状攻撃が心臓にもやってきたようで、もはや進退窮まりました。

これからのぼくの食生活は、もう人生を通して「おさかなすきやね」になっていきそうです(笑)

この一週間、かなり制限した食事をしているんですが、体調はかなり戻ってきました。

これからは一年ほどかけて減量します。
痩せること自体が、血栓症予防と心臓への負担を減らすようですから。

かなり痩せにゃならんのですが、背水の陣ですから、なんとかなりそうな気がします。

なにせ、肉を食べるのが怖くなっています(笑)

しかしここしばらく、一連の血管の健康の話をギズモさんに向けてさせていただいていたおかげで、ぼく自身にも知識がついて、命が助かったとおもっています。

特にEPAの重要性、それからこれは極端なので言わなかったんですが、脂肪の摂りすぎはどんなに健康によいとわれるものでも血栓症になりうるという情報を得て、そこからいまはかなり徹底した脂肪制限をしています。

ギリギリのタイミングでこういった情報にたどりついたのも、ご縁あってのことだとおもいます。ありがとうございました。



というわけで、結局今回もカラダの話になってしまいました。

次回は先に予告しておきますが、以前のギズモさんの、

「当時の国学者の研究がなければ、いまだに徳川のような政治体制が続いており、仏教が主流となり、天皇制にはならなかったということもあるのかもしれません。」

というお話から、話を広げさせていただこうとおもっています。
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出典のURLまで書いていただき、ありがとうございます。

出典を読んだだけでは読みにくくわかりにくい情報(気が遠くなりそうでした(笑))を、かなりかみ砕いて書いてくださったので、す~~っと理解することができ、おもしろく読ませていただきました。
おもしろく、という言い方は失礼にあたるかもしれませんが、それだけ興味を持ってひきこまれるように読めました。

あらためて、キノコと海藻を食べることの重要性を認識しました。

今まで、切り干し大根やヒジキを使い、油揚げやさつま揚げ、ちくわなどをプラスした煮物をたまに作っていましたが、最近おもしろい乾物を見つけました。

「五島三菜」は、大根・人参・ひじきの三種類を干したものですが、他にも、ひじきと訂正:干したごぼうのミックスなども売ってます。
これとキノコを煮て、常備菜にしようと、買いだめしました(笑)←売っているところが限られているので。

ワカメは、ポン酢で食べたり、お味噌汁もいいですね。

胆汁酸吸着レジンのお話、びっくりです。
コレステロール値が下がっていなければ、この「プラスチック」を一生飲めと言われたわけですね・・・。

以前調べたらかなり副作用が多い薬だったので、薬に弱い私は飲まないと決めていましたが、樹脂(プラスチック)と聞いて、ますます飲む気はありません。

海藻、キノコの他、ココア、納豆、大豆、こんにゃくだったら、継続して摂れますし、コレステロール値のみならず、身体にいいに間違いないでしょう。

沖縄の食べ物のお話も、ためになりました。
沖縄料理というと、ゴーヤチャンプルーは時々作りますが、クーブイリチー、クーブジューシーは知りませんでした。
時々、じゅーしー、という豚肉の混ぜご飯の素のようなものは見かけますが、昆布料理もあったんですね。

薩摩藩が中国への輸出品として北海道から昆布を取り寄せたというのも、実に興味をひくお話です。

豚バラ・ニンジン・刻み昆布・豆腐の炒め物、作ってみます。
刻み昆布は、塩昆布やワカメでも代用できそうですね。

お書きになっていらっしゃるように、野菜、きのことお肉を塩昆布で炒めたクーブイリチーに陳皮パウダーで不老長寿。
同感です(笑)

スパムは大好きで、ポーク卵はたまに作ります。
スパムと卵を焼くだけですが、とってもおいしいんですよね。

ハムやウインナ、スパムのような加工肉は身体に悪いといいますが、身体に悪いものほどおいしい、のかもしれません(笑)

今回の記事でいちばん驚いたのは、血液検査の結果から、多血症にたどりついたということでした。
これはすごい発見だったと思います。

血栓症予防にも、キノコや海藻、野菜、陳皮パウダー、納豆などに特効があるようですし、食生活で改善されれば何よりです。

民間療法の延長と書いていらっしゃいますが、とんでもない。
立派な根拠のある、役立つお話をありがとうございました。

きちんと実行して、よりよい健康体質を作るよう努めます。

実は2月18日に、ウィルス性胃腸炎にかかりました。
すごく流行っているとは聞いており、知人もなったりしていましたが、まさかの感染でした。

食中毒ではなく、風邪が胃腸にきたということのようですが、2日間、眠れないほど頻繁にお腹をこわし、胃の違和感もありました。
熱が出る人が多いようですが、頭痛はあったものの、熱はでませんでした。
4日間の絶食を経て、復活するまで一週間かかりました。

インフルエンザが下火になってからウイルス性胃腸炎が大流行し、誰かがどこかでウイルスを撒いているのでは、と疑いたくなります(笑)

土井善治(訂正:善晴)さんですが、民藝とも関りがあるようですね。

民藝と言えば、立春に宇都宮の「栃木県立美術館」に行った時のことです。

展示室のひとつに、柳宗悦の息子、柳宗理のデザインした椅子が一脚ありました。
それも、監視員の座る折りたたみ椅子の隣に置かれていたので、展示品とは思わず、うっかり座るところでした(笑)

あまりにヒマすぎて、監視員もいなかったもので、勘違いしてしまいました。

私、この「監視員」を、ずっと「学芸員」と思っていましたが、監視員なんですね。

京都の龍谷ミュージアムも人が少なく私だけだったのですが、バッグからシャーペンを出してメモしようとしたら、部屋の隅から飛んできて「鉛筆しか使えません」と、鉛筆を渡してくれました。
シャーペンなんですけど、と言い訳するのも面倒だったので、謝ってお借りしました。

数年前、金沢の「石川県立美術館」に行った時も私ひとりだったのですが、展示室が多いんです。
私が部屋を移動するたびに、監視員の女性がついてきて椅子に座るのですが(追記・監視員はおひとりだったので、私と一緒に移動していました)、なんだか申し訳なくてゆっくり鑑賞してしまいました(笑)


数日前、豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたものを作ってみました。
多めに作って冷凍しましたが、オムレツにのせてもよさそうですね。

胃腸もほぼ本調子に戻りましたので、張り切ってキノコや海藻を食べることにします(笑)

こちらはひな祭りの日にまさかの雪が降りました。
翌日もパラパラで、積もりませんが、とっても寒かったです。

まだしばらくは寒そうですが、風邪などひかないよう、お気をつけくださいね。
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コレステロールという話から、調子に乗って先走ってしまいました。

そして今回もずいぶん調子に乗ってしまいました(笑)

が、医療的な知識はない人間ですから、あくまで民間療法の延長の、眉唾物の情報だとおもってお読みくださいね。



相変わらずコレステロールについて調べていました。

海藻、キノコ、これらふたつの複合多糖類の機能性がすごい、ということは以前述べたとおりです。

血中脂質を排出し、一部の複合多糖類は有意な抗がん作用を示し、抗アレルギー作用もあり、血糖値を下げる。

海藻もキノコも、一部の薬に匹敵するレベルで作用する、天然の薬効を備えているようです。



体の中の脂肪にはいろんな種類があって、これは重要な働きをするんですが、中にはわるさをするのもあります。

中でも血管を詰まらせてしまうのが悪玉コレステロールで、LDLコレステロール(軽比重コレステロール)といわれています。

血管に対してわるさをしない善玉コレステロールはHDLコレステロール(高比重コレステロール)ですね。

コレステロールは3割ほどが食事から摂取され、7割は肝臓で合成されるそうです。



ところで、肝臓はコレステロールを利用して胆汁酸をつくります。

われわれがコレステロールと呼んでいるのは、脂肪のかたちをしたホルモンです。

脂肪ですから、コレステロールのカロリーは油とおなじ1グラム9kcalです。

これはかならずしも悪者ではなくて、食べものとして入ってきた脂肪を乳化させて吸収しやすいカタチに変える作用があります。

なので、コレステロールが極端に不足していると、食べた脂質をうまく消化できなくなってしまいます。

胆嚢を切除する手術をすると脂が消化できなくなるのはこのためですね。

しかし、どうやらこの胆汁酸がコレステロール低減のキーワードにもなるようです。



胆汁酸は腸で90%以上再吸収されて、肝臓に戻って再利用されます。

「腸肝循環」というんですが、こうやって再利用されてしまうと、あたらしくコレステロールから胆汁酸をつくる必要がなくなってしまいます。

そこで医療分野では胆汁酸吸着レジンという、胆汁酸を吸着してそのまま排泄してしまう薬を出しているそうです。

これを飲めば、胆汁酸が吸着されて排泄されるので、肝臓はあたらしくコレステロールを利用して胆汁酸をつくるようになります。

胆汁酸吸着レジンの成分は、陰イオン交換樹脂という、つまり樹脂(プラスチック)です(笑)

これを飲んでると、結果的に体内のコレステロール値は下がるそうです。



では薬に頼らずに胆汁酸を吸着する食材というと、ここで海藻やキノコが出てくるんですね。

ほかにも、
ココアに含まれるリグニン、
納豆など大豆食品、
杜仲茶、
こんにゃく、
と、胆汁酸を排泄してくれる食材はたくさんありました。

ちなみに大麦(押し麦やオートミール)の場合は、β-グルカン(複合多糖類)が豊富なので胆汁酸を吸着する作用もあるんですが、同時に胆汁酸を吸収しやすくする機能もあるようで、こういうのは調べているとおもしろいですね。



では、われわれはいったいどれくらいのコレステロールを体に含んでいるんでしょうか。

調べてみると、健康な成人ではおよそ140gなんだそうです。

たった140g。

体重60kg、体脂肪が20%の人の場合、体内には12kgの脂肪を蓄えているわけですから、その中の140gというと、とても少ない印象です。

前から不思議だったんですが、たとえばたらこや鶏肝は脂質が少ない食材なんですが、コレステロールは高いといわれます。

どうして脂質が少ないのにコレステロールが高いんだろうとおもっていたんですが、飽和脂肪酸が多い食材はコレステロールの合成をうながすのだそうで、結果的に体内のコレステロールが過剰になるのだそうです。

このコレステロール、毎日140gのうち1%が代謝されるのだといいます。

毎日1.4gは、生きているだけで自動的につかわれているということですね。

そうすると、口から摂取する飽和脂肪酸を避けて、海藻やきのこを毎日すこしずつ食べて胆汁酸を排出すれば、コレステロール値は下がっていくはずです。

まあ、数値が伴わなくても、海藻やキノコや純ココア、こんにゃくや納豆を食べて、健康的な生活でないはずがありません(笑)



ところでギズモさんは、土井善晴さんをあげておられました。

あの方は京都弁ではっきりしたことを言う料理研究家ですよね(笑)

ぼくもよくテレビでおみかけしますが、料理はシンプルながらも勘どころを心得ていて、腹の中は頑固者。

伝統食を大事にされているという印象です。



伝統食というと、沖縄はむかしは圧倒的な長寿を誇っていました。

これは伝統食が寄与していたのではないかとおもいます。

沖縄は昭和の間は全国でもトップクラスの長寿県でした。

しかし平成の中盤くらいからはどんどん順位を落として、いまは下から数えるほうが早いくらいです。

もちろん、昭和のころから平均寿命は全国的にどんどん伸びています。

これは医療の発達が背景にあるんですが、沖縄の場合は、食習慣の欧米化のあおりを強く受けており、伝統食を食べる機会が減っているようです。



沖縄では古くから、海藻料理がよく用いられてきました。

昆布料理だと、クーブイリチー、クーブジューシーが思い浮かびます。

クーブイリチー(昆布の炒め物)は、刻み昆布に豚バラにニンジンや豆腐などを炒め物にしたものです。

クーブジューシー(昆布ご飯)も、刻み昆布に豚バラとニンジンなどで炊き込みご飯にします。

脂のつよい豚肉と昆布を合わせることで、脂質を摂取しながらコレステロールは排出する、合理的な食事だとおもいます。

昆布は沖縄ではとれないのですが、薩摩藩が中国への輸出品として昆布を北海道から取り寄せました。

それが琉球王朝に持ち込まれて検品され、一部は王朝へ渡り、そこで落第した品質のものが庶民に分け与えられたらしいんです。

そのため沖縄の昆布料理は刻み昆布が多いといいます。




また沖縄では「アーサ」(ヒトエグサ)という海藻が常食されていたそうです。

アーサ、つまりアオサですね(笑)

島豆腐とアーサの味噌汁をアーサ汁といい、アーサごはん、アーサうどん、アーサそばなど、ともかく日常料理に利用されていたようです。



しかし現在の沖縄では、昆布の消費量は激減しています。

平成に入ってから昆布が食べられなくなってきたそうです。

米軍基地があることから、欧米食、それも加工肉の食文化が一般に普及しました。

ハンバーガー、スパム、そしてステーキハウスが乱立し、県民も経済的に豊かになったことで、こういった食事に偏るようになっているようです。

これらの要因と平均寿命の伸び悩みの時期が一致するということは、やはり相関関係があるようにおもえます。



では日本の本土の伝統健康食はというと、ギズモさんがおっしゃるとおりで、やっぱり味噌汁なんだとおもいます。

わかめのお味噌汁をベースに、豆腐、野菜。

しかし日本人の場合、沖縄のように豚肉を食べる文化が江戸時代以前にはありませんでした。

肉を食べないうえに、江戸市中ではみんな白米を食べるものだから、肉やぬかに含まれるビタミンBが不足して、脚気で死ぬ者が多くいました。

魚くらい食べればよいのに、肉食そのものを戒めていた人も多くいましたし、毎日食べるとなるとやっぱり食費がかさむので、なかなか手が出ない家も多かったのでしょう。

田舎ではみんな玄米を食べていたのですが、白米を食べている江戸市中に多い病だったことから、江戸患いといわれていたそうですね。

明治に入ってからもまだ脚気がビタミンB不足が原因だとわかっておらず、日清・日露戦争では3万人以上が死んだといいます。

しかしそれはひっくり返していえば、当時の日本人が脂質の少ない(少なすぎるくらいの)伝統食を食べていたということでもあります。



塩昆布で花粉症が軽かった、というのは、いま改めてうかがうと、非常に参考になります。

野菜、きのことお肉を塩昆布で炒めたクーブイリチーに、最後に陳皮パウダーをひと振りすれば、不老長寿になれるような気さえします(笑)



と、ここまで書いたところで、ちょっとぼくのカラダについてわかったことがあります。

というのも、2/16に献血をして、2/25に血液検査の通知がきたんです。

それで、「次の献血は5月なんですが、海藻やキノコ、陳皮パウダーを積極的に摂取して、コレステロール値がどのように変化したか、お知らせできるとおもいます。」

と書いて話をしめくくろうとおもっていました。



ところが、どうも血液検査の結果をみても、ぼくのコレステロール値は高めではあるものの、ふつうなんです。

ただ、赤血球数やヘモグロビン濃度、ヘマトクリット値が、男性で上限ギリギリ、女性だったらオーバーしてる値でした。

どうしていままで気が付かなかったのか不思議なんですが、これがなにを意味してるかというと、多血症です。



多血症は血液中の赤血球が異常に増加する病気で、ぼくの数値だと異常の手前ギリギリといったところです。

赤血球を減らす医学的な治療はあまりないそうで、瀉血をするか、一般的な血栓症予防に努めるとあります。

血液が常に濃い状態だと、血流障害が起きやすく、脳梗塞や心筋梗塞のリスクが高まるんだそうです。



つまり。

いっしょうけんめい調べたんですが、ぼくの血栓はコレステロールが原因じゃなかったようです(笑)

もともと血が濃いから、若いころ(あのときは痩せていました)にも深部静脈血栓症を患い、いまもやたらと血栓に悩まされていたのか、と納得。

とりあえず、鉄分の摂取をひかえたり、年3回の献血に参加したりで、様子をみてみようとおもいます。



しかしせっかく調べたわけですから、今後も海藻やキノコ、うちでとれた野菜、ギズモさんにいただいた陳皮パウダーを利用しながら、揚げ物をやめて健康維持を図ってみようとおもいます。

あんみつの寒天。いいですよね。あんみつなら永遠に食べられます。

なんだかぼく個人の話で右往左往してしまいましたが、お付き合いいただいてありがとうございました。

出雲大社のお福分けの写真をいただいたのに、お礼も言わずすみませんでした。

次回は、神様の話をあらためて続けさせていただこうとおもいます(笑)



【今回参考にしたURL】

海藻の抗アレルギー成分に季節変動があり、夏から秋に多いことを発見
http://www.fra.affrc.go.jp/pressrelease/...

海藻由来の水溶性食物繊維の化学構造と薬理学的機能
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjd...

脂質と脂肪酸のはなし
https://www.caa.go.jp/policies/policy/fo...

海藻アカモクの特徴と食品利用
https://libwww.cc.it-hiroshima.ac.jp/lib...

機能性素材としてのアルギン酸カルシウム
https://www.kimica.jp/pdf/catalog/functi...

きのこの多機能性を科学する
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jwp...

ヒトにおけるわかめ摂取が食後脂質代謝に与える影響
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsn...

2025年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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コレステロール値を下げるお話を、一番最初に書いてくださったんですね。
ありがとうございます。

キノコと海藻なら、他の食べ物よりも継続して食べやすいですね。
シイタケは高いですが、干しシイタケを活用してもよさそうです。

鶏むね肉とキノコ、とってもおいしそうです。

いつも頭が下がるのは、身体にいい食材をなんでもいいから食べるという姿勢ではなく、組み合わせや味付けを工夫してレシピを考えていらっしゃることです。

以前は、マイタケがインフルエンザ予防になるとか言われていたので、マイタケやキノコと海藻、ちくわを炒めたものをよく食べていましたが、最近そんなメニューは忘却の彼方でした(笑)
また復活させます!

海藻の効果は本当にびっくりするほどすごいんですね。
昔はどこの家庭でも、お味噌汁の具として、ワカメは毎日のようによく食べていたはずですよね。

最近は、大きなスーパーでも、生ワカメ(塩わかめはたまにあります)や生昆布(切り昆布)を見つけるのが難しいんです。
普段は乾燥ワカメを使いますが、おいしさが生のものとは全然違いますね。

アカモクも、乳酸菌入りの小袋パックになっているのは見たことがありますが、一般に売られていません。

お味噌汁と言えば、土井善晴という大阪の料理家をご存じですか?
「一汁一菜でいいという提案」という文庫本を読みましたが、いわゆるレシピ本や、食に関する解説本ではありません。

おかずの数が少ないと手抜きしたように思うことが多いけれど、一汁一菜とは、ご飯と具だくさんのお味噌汁、それで立派なご馳走であって手抜きとは違い、健康にもいいというようなことでした。

キノコと海藻も、忙しい時、おかずを作れない時があれば、お味噌汁に入れれば継続しやすいと思いました。

以前、花粉の時期に塩昆布を毎日食べていたらその年は花粉(訂正:花粉症)が軽かったというお話をしたように思うのですが、農園主さんの記事を読ませていただき、納得しました。
私は、お塩の効果かなと思っていましたが、海藻の効果だったんですね。

寒天は、なんといってもあんみつです(笑)
黒蜜をかけて食べたくなりました。

生クリームや油の多い洋菓子より、水羊羹など、寒天のデザートがよさそうですね。

知らないこと、すぐに役立つことばかりでした。
ありがとうございました。

次回も楽しみにしています(*^。^*)
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今回は短文です。

前回に引き続いて健康関連の話をさせていただこうとおもいます。

話をまとめているうちに、芋づる式にいろんなことがわかってきてちょっと衝撃を受けてるんですが、これがちょっと書きまとめるのに時間がかかりそうなんです。

次回、もう少し詳しく書きまとめさせてください(笑)

それで取り急ぎ、コレステロールを下げるという話題について、箇条書きにしました。



・食用の海藻類はおおむねすべて、コレステロール値を下げる作用が強い。ただしカラギーナンだけは毒性が懸念されており、摂取しないほうがよいです。

・海藻類の中でも昆布やアカモクのぬめり成分であり、水溶性複合多糖類(食物繊維の一種)の一種であるフコイダンには、一部の抗がん剤に匹敵するがん細胞の抑制作用があります。

・水溶性複合多糖類がコレステロール排出作用と、がん抑制作用をもたらしているようです。水溶性複合多糖類には海藻以外にキノコ類も含まれます。

・水溶性複合多糖類には、アレルギーを抑制する作用もあります。

・海藻類にはヨードが多く含まれていることから、医療的な情報をみると控えたほうがいいと書かれてありますが、仮に長期間摂りすぎて甲状腺機能障害が起こっても、摂取をやめれば速やかに回復するとのことです。

・寒天にはヨードが含まれていませんので、ヨードが気になる場合は、海藻をひかえ目にして、キノコと寒天の組み合わせがいいかもしれません。

・キノコ類と海藻類にはたくさんの種類がありますが、それぞれ水溶性複合多糖類の種類と成分もちがっており、それぞれに作用のあり方がちがいます。しかしどれも効果の大小はあっても、「コレステロール値を下げる(血圧を下げる)」、「血糖値を下げる」、「がん抑制作用がある」「抗アレルギー作用がある」という点は共通しています。

・難消化性デキストリンという、水溶性食物繊維の抽出物が売られています。よく飲み物に入っていて特定健康食品みたいになっていたりしますが、これは水溶性多糖類に似ていますが、デンプンから抽出したものです。がん抑制作用はフコイダンの4分の1。これで上記のすべての健康作用を補うことはできなさそうです。



以上の点をまとめると、こうなります。

「いろんな種類の海藻、いろんな種類のキノコ、つまりいろんな種類の水溶性複合多糖類をまんべんなく、すこしずつ毎日摂取することが、将来の血液疾患予防、がん予防、免疫向上(アレルギー抑制)に非常に効果的である」

そこに加えて、脂肪の摂取をひかえ目にする(平均摂取量の半分以下といいますから、1日の脂質量を20~30gに抑える)と、血管プラークの減少も期待できるようです。

ごはんは控える必要がなく、パンもあんまり脂肪の多いものは控える程度でOK。

お肉は赤身を中心に、そのとき摂取したコレステロールは海藻ときのこで速やかに排出、というイメージです。



どこのスーパーでも手に入るような食材とはいえ、物価の高い時節柄、あんまり無理なことは言えませんが、ちょっと健康効果の高さに衝撃を受けて、取り急ぎ書いてみた次第です。

ぼくはこれを知って、キノコと鶏むね肉を甘酢と醤油でサッパリ煮にしたものに、陳皮パウダーをたっぷりかけていただきました。

(追記)今の時期生のアカモクが出回っていて、下処理して湯がいたアカモクのポン酢和えも食べています。

なんとなく健康になった気がします。←

前回、脂っこい料理に陳皮パウダーが合うと書いてしまいましたが、あれはやっぱりぼくの症状からいえば、アウトのようです(笑)

もうご存知だったら勇み足でほんとうに申し訳ないんですが、次回、参考資料なども含めて、どうしてそうなのか、という点をできるだけわかりやすくまとめたいとおもいます。
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とっさに思い出したみかんの皮の粉ですが、お役に立って何よりです。
釈迦に説法どころか、知っていた以上のことを詳しく教えていただき、本当にありがとうございます。

人間の肉体は酵素のカタマリということは、まったく知りませんでしたし、代謝の良し悪しに関係していたということも知りませんでした。

あれ以来、私も週一度でなく、毎日摂るようになりました←ちょっとえらいかも(笑)

先日、アレルギーの薬をもらいに内科に行きましたが、「前回の検査から1年経つので、次回はコレステロール値の検査をしましょうね」と言われてしまいました。

「悪玉コレステロール値を低下させる」と書いてくださっていたので、1~2ヶ月、毎日みかんの粉を摂っていれば、絶対コレステロール値は下がっているはずと信じ、続けるつもりでいます。

みかんの皮パウダーの使い方ですが、いろいろ活用イメージを膨らませていらして、すごいなぁと感心します。
私もぜひ参考にさせていただきたいと思います。
食生活に取り入れておいしく摂取できたらそれが一番ですので、お試しになったことがありましたら、また教えてください。

私も、毎日小さじ1杯摂ることで、コレステロール値だけでなく、花粉症や皮膚のかゆみなどのアレルギー症状、免疫アップにも効果があればいいなと思います。

『豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたもの』は、とってもおいしそうですね~。
常備菜として、作ってみたくなりました。

伊勢のアマテラスのお話、ありがとうございます。
おかげまいりの流行は、本当にすごかったようですね。
確か、『東海道中膝栗毛』も伊勢に行くお話だったと思いますが、その他、時代物の小説にたまに出てきます。

伊勢神宮が、仏教の影響を受けなかったというお話、とても興味深く読ませていただきました。

伊勢神道・神本仏迹という言葉、出雲大社の境内に仏堂や経典が並んでいたということも、初めて知りました。

江戸から明治の過渡期に過激な廃仏毀釈が行われ、徳川打倒とともに天皇を神とした時代が始まるわけですね。


「伊勢神宮のアマテラスが絶対神」という考え方が今も継続しているために、神棚は、「天照皇大神宮=神宮大麻」のお札を真ん中に祀り、氏神さまのお札は右、左に崇敬神社のお札という決まりになっているんですね。

ここで、ちょっと気になって調べてみたのですが、伊勢神宮のホームページに、
[神宮のお神札は「神宮大麻」と呼ばれ、大麻とは「おおぬさ」とも読み、お祓いに用いる祭具を意味します。古くは伊勢の御師によって御祓大麻として配布されてきましたが、明治天皇の思召により、国民が朝夕皇大神宮を敬拝するために神宮から全国各地にお頒ちすることになりました。]と書かれていました。


ということは、伊勢にお参りに行った人は、その「御祓大麻」なるものを受けていたかもしれませんが、家庭で天照大神のお札に手を合わせたり、神棚にお祀りするようになったのは、明治の時代からということになりますね。

伊勢神宮は皇室の氏神である天照大御神を祀るため、歴史的に皇室・朝廷の権威との結びつきが強い

ウィキペディアの「伊勢神宮」には、このように書かれていました。
天皇の思召が関係したのもわかりますが、伊勢神宮のお札を売りたいための陰謀、策略ともいえるかもしれません(笑)

数年前、出雲大社の東京分祀に初めてお参りに行きました。
繁華な六本木の裏道の、ビルの中にあります。

たまたま誕生日だったので、記念にご祈祷を受けたところ、お酒や絵馬、おしゃもじの他、神棚にお祀りするお札もいただきました(下に写真をアップしました)。

出雲大社のお札は、他の神社のお札とは別格ではないかと思い、お祀りする場所を尋ねたところ、「伊勢神宮が真ん中でも出雲大社が真ん中でも、並べても重ねても、そんなことで神様は怒りません」と言われました。
その時、同じ質問を伊勢神宮で聞いたら、どのような答えが返ってくるのか、気になりました(笑)

また、「江戸時代には通史がなくて、徳川以前にだれが社会を統治していたかわかっていなかった」というのは、ちょっとした驚きでした。
改めて国学についてざっと調べてみましたが、主だった国学者の名前は知っていても、教科書で習った程度のことしかわかっていませんでした。

当時の国学者の研究がなければ、いまだに徳川のような政治体制が続いており、仏教が主流となり、天皇制にはならなかったということもあるのかもしれません。
そんなことを考えると、日本の宗教というのはおもしろい過程を経ていますね。

毎年1月末までには終えている、神棚・仏棚のお札の入れ替えですが、巣鴨のお地蔵様のお札だけがまだでした。

いつもは元旦祈祷をお願いし、1月5日以降に木札を取りに行くのですが、ほぼ毎日おこなっている20分の特別祈祷の際も申し込めると聞き、昨日行ってきました←この特別祈祷は、東日本の震災後に始まったもので、無料で誰でも本堂に上がってご祈祷を受ける(見聞きできる?)ことができますが、お札を申し込むと料金がかかります。

元旦祈祷の十把一絡げと違い、ちゃんと名前も呼んでいただき(4人しかいなかったので)、大変ありがたく受けることができました。

ご祈祷の時、ひっきりなしに、お参りしている人の声などが聞こえてきます。
お寺なのに柏手訂正:手を叩いている人はずいぶんいて、「お寺と神社の区別も知らないで来てるのかしら?」と、気にはなりますが、それだけ日本の宗教は、規律が厳しくなく、誰もが気軽にお参りでき、親しみがあるということなんですね。

どこのお寺でも、「ここは神社ではないので手は叩くべからず」という張り紙をしたり注意することもないし、神社で二礼二拍手をしなくても咎められることもなく、要は、お参りする人の心、なんでしょうね。

信心に大切なのは、規律やきまりではなく、自由なのかもしれないと思えます。

さらに余談ですが、氷川神社に行った時、後ろに並んでいた30代くらいのカップルの会話が聞こえてきました。
「ちゃんとみんな二礼二拍手してるね~。御朱印も並んでまでもらってるけど、ちょっと前まではこんなじゃなかったよね? いつから日本はこうなったんだろう」と女性の方が男性に話していましたが、同感です(笑)


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みかんの皮パウダーなんですが、健康効果が高いですね。

ギズモさんはもうご存知だろうともおもったんですが、釈迦に説法だとはおもいつつ、すこし突っ込んで調べてみたことを書いてみます。



血管ケアに努めておよそ一か月。おかげさまで体調は日に日によくなっています。

血管によい食材はじつにたくさんあるのですが、なんとなくイメージで、韃靼そば茶のルチンが浮かびました。

食習慣に取り入れようかとおもいましたが、ぼくはお茶を習慣的に飲み続けるのが苦手なんです。

しかしルチンはビタミンPの一種なのですが、ヘスペリジンもビタミンPだったんですね。



ちなみにビタミンとは「糖質・脂質・タンパク質の代謝を円滑に進めて潤滑油のような働きをする栄養素」のことをさすそうです。

人間の肉体は酵素のカタマリで、この酵素が代謝をつかさどっています。

酵素がうまく作用しなくなると、糖質・脂質・タンパク質の代謝がうまく働かなくなり、肉体の不調としてあらわれるわけです。



酵素がうまく働いている状態は「代謝がよい」。

酵素がうまく働かない状態は「代謝がわるい」ということですね。



ビタミンは、体内に入ると酵素を補う「補酵素」として作用するようになります。

なので、生活の乱れなどで多少代謝のわるい状態でもビタミンを補給していると、働きのにぶった酵素を補うので、ある程度は底支えしてくれます。

ビタミンは体内では合成できないので、食品で摂取する必要があります。

ただビタミンPの場合、補酵素として作用するのですが、体内でも合成できるので、厳密にはビタミン様物質といわれているようです。



ご紹介いただいたギズモさんに向かっていよいよ釈迦に説法で恐縮なんですが、以下がビタミンPの作用ですね。

毛細血管を強くする
血流を改善する
悪玉コレステロール値を低下させる
抗アレルギー作用がある
免疫力をアップする
血圧の上昇抑制作用
活性酸素を除去する働きがある



ビタミンPは、ルチンやヘスペリジン、ケルセチンなどのフラボノイド(色素)の総称だといいます。

つまりビタミンPは、フラボノイドのうち健康効果が同様の数種類をまとめたものということのようです。

そばや柑橘の皮、赤タマネギの皮が代表的なんですが、ビタミンPに限らず、フラボノイド(色素)の多くには似たような健康効果があるようです。

たとえばナスのあの紫色の皮(ナスニン)、トマトの赤(リコピン)、ピーマンの緑色(ヘスペリジン)、ブドウやブルーベリーや赤ジソの紫色(アントシアニン)、ゴマ(セサミン)はすべてフラボノイドとして、血管を強くする健康効果も備えています。

またイチョウの葉のサプリメントがありますが、イチョウの葉にはフラボノイド類が多いのだそうです。

大豆にもフラボノイドが含まれていて、これはイソフラボンとよばれています。こちらは血流には作用しませんが、女性ホルモンに似た働きをするといいます。



しかし血管にいいとされるフラボノイド野菜、夏場はなんとかなりそうですが、冬野菜には不思議とラインナップがないんです。

最近の果物、そのまま買うのは高いですし(笑)

その点みかんの皮パウダーは冬に積極的に摂取するのがよさそうですね。

ほかのフラボノイド系の食材に比べるとコスパもよいですし、個人的には年がら年中加えたいくらいの薬味でした。

あとコスパがよいのは、ゴマでしょうか。

ゴマを5g弱で、サプリメント1回ぶんくらいのセサミンがとれるようです。



前回、ギズモさんの想定していた食べ方ではないかもしれないとおもって言えなかったんですが、おもいきって言います。

みかんの皮パウダー、麻婆豆腐にふりかけたり、先日は豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたものにたっぷりふりかけて、丼にしていただきました。

脂のつよい肉やこってりした中華系の料理と、風味の相性がいいと感じています。

今度は汁なし担々麺にたっぷりかけて食べたい(笑)

ふだんの食生活に取り入れて美味しくいただいています。

いままであまり意識してこなかったんですが、色の濃い野菜の健康効果が高いことに気づかせていただき、感謝しています。



さて、むかしの人々が伊勢のアマテラスを認識していたかどうかということなんですが、これが長い話になってしまいました(笑)

お伊勢参りが大流行した江戸時代の人々は、お伊勢さんの神がだれであるかについては、あまりこだわらなかったとおもいます。

現代でもそうだとおもうんですが、たとえば四国八十八箇所の霊場を巡るときに、お参りしたひとつひとつの寺院にまつられているご本尊を確認する人はあまりいませんよね。

みんなじぶんの我欲や煩悩と向き合うのが目的なのであって、対峙する相手(神仏)が具体的にだれなのかということは、あまり突き詰めません。

強いていえば、たいへん尊い神仏であることは承知しているが、名前もお姿も存じ上げず、ただおすがりしに行くのだ、というようなスタンスでしょうか。

お伊勢参りをする人々も、多くはおかげまいりの流行に乗るのが目的で、よほど国学を研究している人でもない限り、具体的な宗教意識をもって参拝した人は少数だったのではないかとおもいます。



しかし、江戸時代に突如流行したおかげまいりには、遠巻きにある思想が影響しているかもしれません。

というのも、伊勢神宮は古来から仏教の影響を受けませんでした。

というより、仏教が主で、神道が従であるという関係性をはね返してきたのです。

アマテラスが大日如来と習合したケースも各地にはあるんですが、伊勢の神宮は本地垂迹(神仏習合)を断固として認めませんでした。

これには理由があります。



鎌倉時代に外宮の神官だった度会氏(わたらいうじ)の一族を筆頭に、当時隆盛を極めていた本地垂迹に対して、強く反対したんです。

そして、アマテラスを絶対的な神格として、神が主で仏教こそが従であるという思想(伊勢神道)を唱えました。

これは仏が主で神が従であるとした本地垂迹(仏本神迹)に対して、「神本仏迹」ともいわれます。

このような主張ができたのは、伊勢の神宮がほかの神社に比べて特別な場所だったからでしょう。

戦後に社格制度はなくなりましたが、古くから伊勢神宮の社格は最高位であり、近代社格制度においても「全ての神社の上にあり、社格のない特別な存在」という位置づけだったんです。



多くの神社は、平安時代あたりにはどこも衰微しています。

庶民が神様より仏様を信じるようになっていたんですね。

ごく自然なかたちで「仏教 > 神道」という意識が生まれ、本地垂迹が起こります。

どこの神社も仏教に飲み込まれるようにして、神々が仏教由来の何者かへ変化していきました。

人々もまた、「あのよくわからん神さんもじつは仏さんやったんか。それなら一緒に拝もう」といった具合で、神仏習合を受け入れたんですね(笑)

あの出雲大社でさえ、鰐淵寺と結びついて神宮寺となり、江戸時代(1667年)に神仏分離が寺社奉行に認められるまでは、境内に仏堂や経典が並んでいたといいます。



伊勢神道を前回話した内容でたとえると、アブラハムの宗教における絶対神のような存在として、アマテラスを考えたようです。

多神教における最高神として、しかもあらゆる神仏と別格の存在としての絶対神という位置づけでした。

この思想が、江戸時代に研究された国学の基礎になります。

なにせ当時の日本には通史がなかったので、だれも徳川以前にだれが社会を統治していたかなんてわかっていませんでした。

国学はこの天下が、もとは天皇が統治していた神国だったことを突き止めました。

そしてこれが尊王論の論拠となって、徳川打倒の起爆剤になります。



江戸から明治の過渡期になると国内に仏教アレルギーが巻き起こり、過激な廃仏毀釈が行われました。

この仏教アレルギーは、半ば徳川体制への反動といってもいいでしょう。

そして近代日本は仏教を弱体化させ、天皇を絶対的な神として位置づけるようになりました。

明治に誕生した国家神道の根っこをたどっていくと、アマテラスを絶対的な神として、神本仏迹を主張した伊勢神道があります。



ギズモさんが、日本人はありとあらゆる神仏に祈れる民族で、森羅万象に感謝の念を抱き、拝むことができるとおっしゃいました。

ぼくもそこが日本の宗教のアイデンティティだとおもいます。

しかしそんな日本の風土の中でも、伊勢神道は多神教の融和性をあえて否定し、みずからを至高の存在だと主張ました。

その点で伊勢のアマテラスには、よくもわるくもカリスマがあったのでしょう。

そうやって考えていくと、江戸時代におかげまいりが間欠的に流行したのは、もしかしたら徳川家の仏教びいきとその腐敗に嫌気がさしていた庶民がそれとなく反抗して、アマテラスのカリスマに頼った側面があったのかもしれません(笑)



二荒山神社の賽銭箱のお話、遥拝所のようになっていたんですね。

この件もお話したいことがありましたが、長くなってきたので次回以降のタイミングのあるときにさせてください。
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詳しいご病状を知らないのに、食事で軽快すると思うなどと、軽々しいことを書いてしまい申し訳なかったです。

納豆のように簡単に食べられるものでも、食べ続けるのはなかなか厄介なことですよね。
精神的な負担になっては却ってよくないし、ほどほどでいいのかもしれません。

今回の記事を読ませていただき、一神教の国と違い、日本人というのは本当にありとあらゆる神仏に祈れる民族なんだな、と改めて感じます。
神様仏様だけでなく、道端の石ころや太陽、月、木々、葉や花、川に海など、森羅万象に感謝の念を抱き、拝むことができるのは、日本人だけかもしれません。

ありがとう、おかげさまで、の心にもつながっているように思います。

寺社仏閣は祀ってある神仏がそれぞれ違うのに、こだわらずに参拝する人は多いですよね。
ここはオオクニヌシだからやめようとか、観音様だからやめようとか、そんな人はあまりいないと思います。
これは、八百万の神、仏様など、祈る対象がたくさんあることや、「宗教」「信仰」という、あらたまった向き合い方をしない、日本人独特の宗教感だと思えます。

「おかげまいり」のことからふと思ったのですが、ご祭神の天照大神を理解してはるばる行ったのか、とてもありがたい神様がいらっしゃる神社だから行こうと思ったのか、そのあたりはどうなんだろうと。

そんなことを突き詰めるつもりはないのですが、現代にしても、「伊勢神宮」だから行こう、という認識なんだろうと思えます。


一神教やエジプト、ギリシャ神話などの、わかりやすく詳しいお話をありがとうございます。

『当時の中東やヨーロッパで覇権が移り変わる中で、信じられていた神が政治権力に組み込まれて、徐々に融合していくのはおもしろい現象です』
これは本当に興味深いことですね。
日本だと、仏教が入ってきた時も、それを政治に利用してきたし、神道にしてもそういったことがあったかと思います。

日本は雑多な宗教が入り混じっていますが、一神教の国であれば、また日本とは違う経緯があったのでしょう。

どの国でも、政治と宗教は切り離せないところがあるわけですね。

そういえばトルコは、イスラム圏でありながら、政治と宗教を分断した歴史がありましたね。
東洋と西洋の文化が入り混じる、不思議な国です。

神仏は、一般的には見えないし、声も聞こえません。
それは、どんなに熱心な信者であっても、神仏を信じない人であっても、同じことでしょう。

結局は、唯物論のように、自分の心が作り出しているということになってしまうのでしょうが、見えないものを信じ、すがり、支えにして生きていくことができるのは、人間の特権かもしれませんね。

『洋の東西、宗教の違いにかかわらず、われわれはじぶんの生き死にを、目に見えない大きな存在にゆだねて安心していた』
人間として生まれてきた以上、このように生きていきたいと思います。


今年は節分・立春が一日ばかり早かったですね。
恒例の(笑)、吉方位へのプチ旅行に、2泊で行ってきました。

北が吉方位のひとつだったので、近場ですが、宇都宮の「二荒山神社」にお参りしてきました。
ここは、日光東照宮のそばの二荒山神社(ふたらさん)と同じ字を書きますが、「ふたあらやま」というそうです←ややこしい・・・。

本殿に行く階段が95段ということでしたので、楽して脇の女坂から行こうとしましたが、初めてのお参りでしかも立春。
心と体に鞭打って、階段から上がりました。

30代くらいの人たちもふうふう言ってましたので、私だけじゃないです(笑)

この時神様に、「私、一生懸命上ってますよ」的なことを心の中でお話していたのですが、上がりきったとたん、曇っていたのに、サーっと陽が差してきたのは、とてもありがたい気持ちでした。
神様が「よしよし、がんばって上ったからご褒美じゃ」と言った、、かも(笑)


初めてだったのですが、なんとなくいい気を感じたので、ご祈祷を申し込みました。
30分に一度あるのですが、私の回は、私一人で、ラッキーでした。

今どきは畳の上でも椅子が置かれていますが、こちらの神社の本殿では畳に正座ということで、しびれたらどうしようと悩んでいるうち、あっという間に終わりました(笑)

次の日は栃木県立美術館に行きました。
県立美術館は、どこでも、その県出身の作家がメインですので、あまり知らない人ばかりでしたが、著名な画家や外国人の絵もあり、けっこう楽しめました。
とってもひまな静かな美術館で、私の他、ふたりしか見かけませんでした。

帰ろうとして、ふと外を見たら、なんと雪が降っていました!!
1時間ほどでやみましたが、東京ではこの冬降りそうもないので、ラッキーでした。

写真をご覧いただくとわかると思いますが、鳥居を入ってすぐのところに赤いお賽銭箱が置いてあります。
宇都宮の慣習かと思っていましたが、今、投稿するにあたり、理解できました。
階段はもちろん、女坂から上っても、本殿まで参拝に行くのはおっくうなこともあるので、上まで行かなくてもいいから、とりあえずここでお参りしてお賽銭を入れていきなさい、という意味なのでしょうね(笑)

毎日通る近所の方々には、とても合理的なシステムだと思いました(毎日通っても毎日お賽銭は入れないでしょうが)。


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ほんとうに医食同源とはよく言ったもので、カラダに起こる多くの問題は食生活の改善で避けられるんでしょうね。

そうはいってもなかなかじぶんの食欲と肉体と折り合いをつけるのはむずかしいことなんですが(笑)



「見えないなにかが守っていた」というお話で、以前も似た話をしたかもしれませんが、もう少し突っ込んで雑談してみようとおもいます。

アブラハムの宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)は一神教で、絶対神がいますよね。

ユダヤ教やキリスト教ではヤハウェとかエホバ、イスラム教ではアラーと呼ばれています。

そのような絶対神のいる宗教では、たとえば病気にかかる、死ぬというようなときも、神の思し召しによってそうなったのだと、すなおに受け入れてしまうんですね。



もちろんそうはいっても、実際にはそんなカンタンには割り切れなかったとおもいます。

生きる執着はわれわれの生命の根本ですから、生の執着を前にすれば宗教なんて方便にすぎません。

いくら頭では「主にお任せします」と繰り返しても、肉体の痛みを前にすれば、勘弁してくれ、なんとかしてくれ、と叫ぶほかないときもあるでしょう。

しかし、それでもやっぱり、われわれはじぶんの意志で生まれてきたのではないし、訪れる死もじぶんの意志ではどうしようもありません。

この理不尽にかりそめにでも納得するには、じぶんの生死にはじぶんの意志ではどうにもならないチカラが働いているとおもうほかないんですよね。

そしてその大きなチカラは、人間よりも優れた叡智をもっていて、われわれを導くために生まれさせ給い、そして死なせ給うのだと。

そう考えないと、人間は生きるにせよ死ぬにせよ、その孤独に耐えきれません。



余談ですが、ユダヤ教よりさかのぼって紀元前3000年ごろ、エジプト神話では太陽神ラーが最高神に位置付けられていました。

しかし15代エジプト王朝あたりから覇権がナイル川中流の都市テーベに移ります。

するとラーはその地で崇められていた軍神アメンと融合し、「アメン=ラー」となりました。

アメン信者がエジプト王朝の政権中枢に食い込んできたというわけです。



ちなみにファラオ(古代エジプトの王)はラー、もしくはアメンの化身とされました。

紀元前2500年ごろ、エジプト第5王朝あたりから、ファラオの即位名の最後に「ラー」の名前がつくようになります。

これは、ファラオはラーの化身であるという意味を持っていました。

歴代で200人以上いるファラオの中でもっとも有名なのはツタンカーメンでしょう。

この第18王朝のファラオの正確な名前は「トゥト・アンク・アメン」です。
日本ではこれを省略して「ツタンカーメン」と呼んでるんですね。

「アメン神によく似た御姿」というような意味なんだそうです。



エジプト王朝からさらに時を経てギリシャ神話が生まれます。

さらにギリシャ神話を模倣するかたちでローマ神話が生まれました。

ギリシャ神話の最高神はゼウス。

ローマ神話の最高神はユピテル。

このふたりはおなじ神だといわれます。

そしてゼウスもユピテルも、ゼウス=アモン、ユピテル=アモンという呼び方で、エジプトのアメン神と融合するんです。

当時の中東やヨーロッパで覇権が移り変わる中で、信じられていた神が政治権力に組み込まれて、徐々に融合していくのはおもしろい現象です

日本の神仏習合とも似ていますね。



日本の場合、かつて伊勢に「おかげ参り」の風習がありました。

伊勢神宮の門前町は「おかげ横丁」といいますが、これは江戸時代に伊勢参りのことを「おかげ参り」と呼んだことに由来しています。

なぜおかげ参りというようになったかというと諸説あります。

アマテラスのおかげさまでお参りできる、という意味。

また伊勢参りは一種の修行でしたから、道中人々に物心両面で助けを受けながら参拝の旅をします。

この、道中の人々の情けのおかげでお参りができるという意味。



個人的にはまず仏教用語として根付いていた「お蔭様」という言葉があったとおもいます。

そこに太陽神であるアマテラスの光の「影」の意味合いを重ねることで、おかげ参りとしたのではないかとおもっています。

アマテラスの光を求めて旅する「おかげ参り」というわけです。

いずれにせよ、われわれはじぶんのチカラだけでは決して生きてゆかれないのだ、という敬虔な感情がおかげ参りを支えていたのは間違いありません。

洋の東西、宗教の違いにかかわらず、われわれはじぶんの生き死にを、見えない大きな存在にゆだねて安心していたんですね。



ヘスペリジンの情報とともにお気遣いをいただき、感謝と恐縮の気持ちでいっぱいです。

気弱になりがちなタイミングでしたから、よけいにご厚意が身に沁みました。

七味につかわれる陳皮だけがこんな細かい粉末になったものがあるんですね。

みかんの甘い風味と同時に粉山椒のような風味があって、レシピを調べてみたらいろんな料理につかえそうです。

個人的に好みの味でした。

陳皮には血流をよくする働きとともに胃腸の働きをととのえる効果があるといいますし、免疫向上も期待できそうです。

大事に、かつ積極的に利用させていただきます。ありがとうございました。

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まだ本復とは言えないかもしれませんが、かなり軽快してきたご様子で、ほっとしました。

原因に思い当たり、納豆で対処なさったこと、本当によかったです。
以前のご経験というものは、必ず役に立ちますね。

それにしても、首のリンパのしこりがほとんど消えたというのは、すごいですね。
納豆の血栓を溶かす効果が理解できました。

なにより、全身に起きた様々な症状が、原因はひとつだったであろうということ、そして、納豆を毎日食べることにより、そのどれもが着々と改善されていったという納豆効果、このふたつに、本当に驚かされました。

原因に思い当たったこと、これは、ちゃんと見えないなにかが守っていた、ということではないかと思えます←すぐそういうことと結びつけてと言われそうですが(笑)

なぜ最初すぐでなく、ひどい症状が積み重なり、どうにもならなくなってきた時点で気づかせたか。
普段きちんとできることをやっておかないとこうなりますよ、ということを知らせたかったように感じます。

私は気管支関連で同じようなことがあったのですが(できることをサボっていたため、一気にひどくなった)、致命的になる前に、何か見えないものに気づかせてもらったと思っています。

ところで、またよけいなことをしてご負担になってはいけないと思いますし、健康法のようなものは個人差があるので、どれだけ効果があるかわかりませんが、楽天から「みかんの粉」を、とりあえずお試し用に一袋お送りしました。
数日中に、メール便で届くかと思います。

値段がわかってしまうので大変失礼なのですが、その商品説明をお読みいただきたいと思い、貼っておきます。

https://item.rakuten.co.jp/tarunoaji/mik...

↑に書かれている「ヘスペリジン」という、みかんの皮の白いところも含めた成分(ポリフェノールの一種)が、血流をよくし、血栓予防にもつながるそうです。
この商品説明にはそこまで書かれてはいませんが、以前コロナが発生した時、どこかの大学で、ヘスペリジンの効能について発表がありました。
身近には、血糖値が下がった人もいます。

私の場合、免疫をあげ、風邪やコロナなどにかかっても重症化しないというデータがあったので、3年以上欠かさず(とはいっても、さぼっているので1週間に一度くらいの頻度)、ヨーグルトに入れて食べたりしています。

和歌山県・三重県のみかんの皮を洗浄し高温乾燥させており、農薬残留量が極度に少ないという、安心できる食品です。
いわゆる陳皮ですが、細かい粉末になっているので、摂りやすいです。

おせっかいではありますが、とにかく一度お試しください。一日、ティースプーン一杯で充分だそうです。
スープやお味噌汁、飲み物に入れたり、納豆にかけてもいいかと思います。

死の予感というのは、本当に恐ろしいものです。
おととしのコロナの時、このまま死ぬんだろうなと思い、気持ちを明るく持つことも、かといって悲観的になることもできず、ひたすら神仏に(困った時のなんとか)祈ることしかできませんでした。
毎日いつもの3倍量のみかんの粉を無理やり飲み込んだので重症化しなかったと、今も思っています。

前に書いたかもしれませんが、なぜかコレステロール値が高く、去年の頸動脈エコー検査で、首に小さいプラーク(脂肪やコレステロールの塊)があったのですが、その後どうなったのか不明です。

医師から薬を飲むように言われているのですが、けっこうな副作用もあるようなので、拒否しています(笑)

知人が、アマニ油を毎日小さじ一杯飲んで、血液がサラサラになったということを、昨日思い出して買ってきました。
普通は高価なのですが、スーパーのPB商品として日清がだしているので、割安でした。
アマニ油を試してみようと思いますが、納豆にかけたら最強かもしれませんので、やってみます。


「生きる喜びを損なわない程度の節制」、これは、とっても大切な考え方だと思います。
ストイックな生活も必要ですが、そこに楽しみ、喜びが伴わなければ、生きる意味が変わってしまいます。

身近に、タバコをやめてまで長生きしたくない、と言った人もいましたし、血はつながっていませんが、母方の祖父はウワバミのような大酒飲みで(まったく乱れず、飲んでいるのかいないのかわからない人でした)、肝硬変で入院しても、病室で飲酒していたという猛者でした(笑)

かと思えば、身体にいいということを片っ端からやっていた人が、次から次へと癌になったり。

極端な節制でなく、できることをほどほどに、という向き合い方がベストなのかもしれませんね。

他人事だからと言われそうですし、安易に言ってはいけないとは思うのですが、農園主さんの場合、お話を伺っていると、納豆などの食事療法を継続することにより、致命的な事態にはならないような気がします。
親御さんにしてみたら、早く受診をというお気持ちかと思いますが(もしかして話してないのかもしれませんが)、受診がベストとも言えないこともありますよね。
薬漬けになってその副反応でよけい身体に影響がでることもあるでしょうし、今は、自力で軽快できることなら、まず食事という方法で乗り切れるのではと思えます。

病院に行く必要があるものなら、その時そのようにうまく導かれます←またスピリチュアル的な(-_-;)


みかんの粉のことがあるので、早いお返事をしてしまいましたが、くれぐれも、今後も農園主さんのご無理のないペースでお願いします。
着いたことをご連絡いただかなくて大丈夫です(*^^)v

あ~~長くなってしまいましたね。ごめんなさいm(_ _"m)
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お気遣いに甘えさせていただき、ゆっくり休ませていただいています。

おかげさまですこしずつ回復してきました。

前回はご心配をおかけするばかりになるとおもい、じぶんのカラダに起こっていることを書く気になれなかったのですが、今回は回復の兆しがみえてきたので、じぶんのカラダに起こっていたことを書いてみます。



以前、ギズモさんにパワーテープを送っていただきました。

おかげさまであれは磁気ネックレス以上によく効きました。

しかし最近は手持ちの磁気ネックレスとパワーテープを併用して痛みを押さえつけても、痛みが勝つようになっていました。

寝ているときに、風邪でもないのに軽い空咳が出るようにもなりました。

年末くらいから右のまぶたが不随意にプルプル震えることがあり、眼精疲労かとおもっていたんです。



年が明けて、左肩から首にかけて寝違えのような強い痛みが発生しました。

それで寝違えに効くストレッチをしたり、いろいろやってみたんですが、これも効いたようにおもえても、結局一進一退でした。

一週間以上痛みが引きません。(いまもまだ多少痛みが残っています)

ほかにもいくつかの不調が年末から年始にかけて起こり、ガマンできないほどではない全身の不快な症状にさいなまれるようになりました。



これだけいろいろな不調が重なると、死の予感がするものです(笑)

死は個人的なものなので、どんどん気持ちがじぶんの内面にこもっていくんですね。

こういうときにも気持ちが外に向かっていく人もいますが、ぼくはそう勇敢にはなれませんでした。

しかしぼちぼち人生終わりかなとおもいつつも、いざ肉体に不快な症状が出ればどうにかしたくなるものです(笑)

ふと気づきました。

これ、また血管が詰まってるんじゃないかと。



というのも、ぼくは以前から左足に深部静脈血栓症があり、血栓が飛んで肺や肩が苦しくなったことがあります。

あのときたまたま納豆が血栓にいいとわかって、実際にぼくの不調が回復しました。

以来、納豆を常食していたんですが、最近はサボり気味でした。

ここ2年ほどは、一週間にひとパック食べるような感じでごまかしてたんですが、これが余計に災いしたようです。



前回はあきらかに胸が苦しくて空咳が出て肩も痛いという、明らかな症状があったのですぐ対応できました。

が、今回は四十肩に擬態して磁気でラクになるし、軽い頭痛はあったもののすぐに治り、目がプルプルするくらいだったり、なんとなく外堀を埋めるように不快が増していったんですよね。

中途半端に納豆で血栓を溶かしては放置、溶かしては放置、を繰り返していたのがよくなかったんだとおもいます。



いつくらいから症状が出ていたかたどると、ひどい肩こりが症状として現れた昨年の5月くらいからなんだとおもいます。

それでいま、納豆におろししょうがをかけて朝晩2パックずつ食べています。

前回症状が出たときは、一週間食べ続けるとかなり回復しました。

今回も不快な症状からかなり回復しつつあります。

単なる肩こりじゃなかったんですね。

寝違えだけでなく、肩こりまで解消してきました。



この一週間でこんな変化がありました。

首のリンパに大豆くらいのしこりがあったのですが、これがほとんど消えていました。

腹部の下部にも血管が浮き出た箇所があり、静脈血栓症のなにかだろうと放置していたのですが、これも目立たなくなっています。

あれがぜんぶ血栓だったのかとおもうと、全身にずいぶん爆弾を抱えていたんですね。

まだ完全回復という感じではありませんが、ひとまず死の予感は遠のいたようにおもえます。



あの全身の症状をあとどれくらい放置していたら致命的なことになっていたのかはわかりませんが、心臓、肺、脳のフルコースで血栓症の前兆があったような気がします。

客観的に考えれば病院に行け、という話なんですが、よほどその場の痛みが強いなどじゃないと、病院には行く気がしません(笑)

ただ、今回は難逃れしましたが、このままの生活をしていたら、そのうち血管が裂けるとか、突然死が起こりそうな気がしています。

生きる喜びを損なわない程度に節制して、体質改善をしたいんですが、ひとりで生きているとなかなか生活態度をあらためるのはむずかしくて、どうしたものかと思案しています。
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そうでしたか。
ご体調が思わしくないところ、お返事をありがとうございます。

病名がつかないような病気も多々ありますし、不定愁訴をおろそかにしては絶対にいけません。
本人にしかわからないつらさがありますし、ましてそれらが積み重なれば、かなりおつらい状況だということがわかります。

お仕事でも普段のことでも、農園主さんは無理してでも、というところがあるかと思いますので、少なくともこの場は、心身ともに好調な時になさってくださいね。

ご体調のことは、ここに書いたことで、お気持ちだけでもいくらかすっきりすることがあるかもしれません。
そんな時は、どうぞ遠慮なく、なんでも書いてくださいね。

案外そんなことで、ちょっぴりでも気持ちが楽になるかもしれませんので。

このところ、新年のお札を受けるために何社かお参りしたのですが、埼玉県や神奈川県と遠く、たくさん歩いて負担がかかったせいか、ウィークポイントである気管支がかなり不調です。
咳が出たりはせず、ただ胸のあたりがもやもやして苦しいだけなので、はたから見れば元気そうに見えるでしょうが、元気ではありません(笑)

そうなってくると、もう気持ちが沈んでどうにもならなくなってくるんですね。
なので、「不安より自信を」とおみくじに書かれていても、ああ、そのとおりだなぁ、と思う反面、「そんなこと言われても・・・」となってしまいます。

極力マイナーな気持ちを打ち消して、笑ったり気持ちを明るく持つように努めているんですが、なかなか難しいですね(笑)

と、自分のことばかり書いてしまいました(笑)

気力って、ほんとうに大事です。
気力がないと身体が動かないし、かといって気力が充実しているからとバンバン動くと身体がついていかない。
心身ともに、って、大切なことですね。

今は、心身ともにゆったりと。無理は禁物です( ^^) _U~~
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16000歩はたいへんでしたね。テーマパークを一日歩き回るのとおなじくらいの歩数ですし、足がくたびれたことでしょう。

おみくじもよい結果でよかったです。

体調に「不安ではなく自信を持て」というメッセージが、心に響きました。



というのも、じつは昨年の暮れごろから段階的に体調を崩していて、書くことに対しても気分的な余裕がなくなっています。

申し訳ないのですが、今回は書いては消し、を繰り返しているうちに、書くことを見失ってしまいました。

あまり体調不良のことを具体的に申し上げることはしません(言い出すとキリがないのです)が、昨年の暮れあたりから全身のあちこちが悲鳴をあげています。

それぞれの不調は不定愁訴のようなものばかりですが、積み重なって大きな不調になっている、という感じです。

いまもこの瞬間もそうなんですが、じぶんのカラダに不調があると、じぶんのことばかり話してしまいますね(笑)

ぼちぼち本格的な節制に取り組む時期にきたのかもしれませんし、すでに遅いのかもしれませんが、当面じぶんの健康不安が解消するまで、発信をひかえて生活に集中させていただこうかとおもっています。



もちろんここでのやり取りをやめるつもりはありません。

しかし、じぶんでも気力のない状況がもどかしく、しばらくの間はご返信をいただいても、これまでの熱量・ペースでお返しすることができないかもしれません。

できるだけ早く回復させますので、なにとぞご理解いただいたうえで、当面のお返事は簡素なものでご容赦いただければとおもいます。
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海に面した鳥居が、大陸からの侵略に対しての威嚇や畏怖の念を抱かせるというようなお話を以前伺ったので、大洗磯前神社の鳥居もそうだと思ってしまいましたが、太平洋側はまったく意味が違うんですね。
めでたく縁起のいいものを海の向こうからお迎えするというイメージは、行ってみると、なんとなくですが、感じました。

この鳥居のある岩礁は、禁足地だということでした。
ということは、お書きになっていらっしゃるとおり、岩礁そのものがご神体なのかもしれませんね。

ホームページに書かれていたものを抜粋します。

多くのサイトで当社の神磯の鳥居をご紹介いただいており、大変ありがたいことですが、”太陽”が写っている写真はすべて「朝日」です。

夕焼けに見えるものもありますが、朝焼けですのでお間違いのないようにお願いいたします。

最近、勘違いされてお越しになる方がいらっしゃいます。ご注意ください。

茨城は「ひたち」の国、日が立ち昇る国です。


これは、農園主さんのお考えのように、東が明るい生をイメージしていることに他ならないと思います。

東と西についてのご考察、さすがに着眼点が卓越していらっしゃいますね。
仏教的なものはなんとなくわかっていましたが、産業革命や近代資本主義、キリスト教などにつながるとは思わず、興味深く読ませていただきました。

カトリックとプロテスタントの違いは、宗教上の考え方や戒律の差だけではなく、お金に関することにまで関係していることにも、驚きでした。
そういった考えは、戦争の時もずいぶん影響したように思います。

方角という概念ができたのは国によって異なるのでしょうが、北・南はともかく、太陽が昇る方角、沈む方角は、どの国でもとても重要なことだったと思います。

西に向けては「冒険」、本当にそういうイメージですね。
特に、西遊記は西への冒険そのものかと思います。

西遊記は何回か読みましたが、最後の、三蔵法師が肉体から解脱したことで天竺にたどり着けたというくだりは、すっかり忘れていました。
大変な苦労をして経典を届けたら、今度は天竺までひとっとび、というのはなんだかなぁ、とは常々思っていました(笑)

今回も、大変有意義で、他では知り得ないお話をありがとうございました。

また神社の話で恐縮ですが、武蔵一之宮(訂正:武蔵一宮)氷川神社と、鎌倉の宇賀福神社(通称=銭洗い弁天)にお参りして来ました。
神棚のお札を取り替えるので、この時期はいろいろと行っています。

氷川神社は、電車でも何回か行っているので、道はわかっているはずが、盛大に迷いました(笑)
駅から20分も歩けば着くはずが、途中3人に道を尋ねたにも関わらず、迷い続け、50分ほどかかり到着。
この日は16,000歩も歩きました←恐ろしい(>_<)

鎌倉は迷うことなく行けましたが、心臓破りの坂を上るので、息も絶え絶えです(笑)
ここでおみくじを引きましたが、以前「凶」が出て引き直し、また「凶」、三度目でやっと吉がでたということもあり、行きの坂のごとく、心臓に悪いです(笑)

そんなこともあるので、ドキドキしましたが、大吉でした。
もちろんおみくじは予言ではないので、気休め程度ですね。

他にも、龍神の水鉢におみくじを浸すと字が浮き出てくる「水みくじ」があります。
龍神さまのところに手を合わせただけで、水みくじはやらないで帰ろうとしたら、「おいおい、やらないのか?」と。
声が聞こえたわけではなく、瞬間的に「ひらめいた」という感じです。
なので「はいはい、やりますね」と、急いで水みくじを買いに行きました。
「まぜてあるので上からお取りください」と書かれていますが、左側の、上から4枚目を取り、お金を納めて水に浸したら、「大吉」でした。

凶だと落ち込んでしまい、そのマイナーな気持ちが継続するので、それをわかっている神様に、「大吉をひかせるから、シャンとせい!」と言われた気がします←都合のいい解釈(笑)

「体調」というところに「不安でなく自信を持て」と書いてあったので、妙に納得しました。
体調のことでなくても、不安や不満を持っていていいことがくるはずもなく、「大吉」よりも、これを見せたかったのかもしれません。

カレースパイスですが、ポークソテーの下拵えの際、まぶして焼いたら、スパイス感満載の、とっても香りのいいポークソテーができました。
少しずつ、だいじに使わせていただきます。


武蔵一之宮(訂正:武蔵一宮)氷川神社の写真2枚ですが、なんとカフェ(プレオープン)ができていました! 
そういう時代なんですね~。
抹茶と、あんバターどら焼きです。
このどら焼き、見た目はいいのですが、一般的などら焼きと皮がまったく違い、生焼けのようでボソボソでコナコナしていて、しっとり感皆無、もう二度と食べないと思いました(;^_^A

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お福分けの写真、ありがとうございます。

この写真を受けて、今回はもうすこし磯前神社について……そしてちょっとヘンな話をしようとおもいます。



岬の突端に鳥居をつくるというのは、やはり神社の名前が「磯前」だからでしょうね。

大洗磯前神社も、酒列磯前神社も、おそらく江戸時代に社殿が建つまでは、お社はほとんどおまけのようなものだったことでしょう。

因幡の白兎の物語の舞台が、岬の岩礁であることを考えても、このふたつの神社はもともと、荒々しい波濤をもたらす岩礁(岬)そのものがご神体だったのではないかとおもわれます。



大洗磯前神社ではオオナムチ(オオクニヌシ)を直接的に大黒天とみなしていたそうです。

しかし七福神信仰は室町以降におこったといいますから、平安時代にはなかった考えですね。

大黒天は「海の向こうからやってきた福の神」のひとりです。

大黒天は打ち出の小槌を持っていますから、一寸法師をスクナヒコナに見立てるつながりが出てくるんですね。

もちろん、たいへんめでたいシンボルです。



日本海側や瀬戸内海に面して鳥居をつくる場合、大陸からのよそものの侵略に対しての縄張りを主張するという、ものものしい側面が出てきます。

しかしこちらは太平洋側でしょう。

たとえば伊勢の、二見浦の夫婦岩の場合は、あれは猿田彦に由来していますが、太陽(アマテラス)をお迎えするためのご神体なんですよね。

非常に明るいものをお迎えするのであって、そこには侵略を警戒するようなものものしさはありません。



同様に茨城のふたつの磯前神社も、あの岩礁を包括するご神体を仲立ちにして、なにかとてもめでたく縁起の良い、現世利益にむすびつく存在を海の向こうからお迎えする、というイメージがあったはずです。

薬師菩薩にしても、海の向こうからあの鳥居に向かって、晴れ晴れしいなにかを伴いながら御来迎いただくというようなイメージだったことでしょう。

平和な太平洋側の海岸で、さらに日が昇ってくるという「陽」の感覚が、こういった印象をもたらしたのだとおもいます。



さて、ここから盛大に話がそれるんですが、人類は有史以来、資本主義が台頭するまでは、基本的に日が昇る東の方向へ向かっていったようです。

なんだかとんでもないことを言ってるようにおもわれるかもしれませんが、歴史を振り返ってみるとあらゆる面でそうとしか考えられないんです。

奈良朝廷が「日出処の天子、書を日没する処の天子に致す」と隋に国書を出したときも、日が昇る東をよいものとみなし、日の沈む西をよくないものとみなしてますよね。



ところ変わって、アメリカ大陸にいた原住民は、DNAをみるとモンゴロイドの系統だったといいます。

つまり、ユーラシア大陸にいた人々が太陽の上る方向へ、とほうもない旅路を経てアメリカ大陸に定着した。

ヨーロッパ側からも多少の流入はあったようですが、西へ向かって海を渡ってアメリカ大陸へ、という旅路はあまり流行らなかったようです。

人類は積極的には西に向けての冒険をしませんでした。

漠然と太陽の昇る東方に明るい「生」をイメージし、太陽の沈む西方に暗い「死」をイメージしたからでしょう。



ヨーロッパが本格的にアメリカ大陸を開拓し始めたのは、産業革命ごろでした。

その産業革命が起こる250年以上前の1492年。

コロンブスがスペインから船出して、偶然アメリカ大陸を発見します。

大航海時代ですね。

この時期、ヨーロッパは世界中の海を渡って、富や資源を持ち帰りました。

それによってヨーロッパで価格革命が起こります。

これが産業革命と近代資本主義の起爆剤となりました。



この時代のヨーロッパの人々の、お金や富に対する熱狂はたいへんなものです。

資本主義というあたらしい燃料がもたらした火力は、人類がそれまで抱いていた迷信をも焼き切ってしまいました。

人々は、死を連想する西方にも臆することなく立ち向かうようになります。



コロンブスがアメリカを発見してしばらく経った1517年、カトリックからプロテスタントが分離しました。

これは理由があるんです。

カトリックは金儲けや蓄財を罪としていましたが、プロテスタントはルターから始まり、カルヴァンに引き継がれる中で、段階的に金儲けも蓄財も肯定していくんですね。

おりしも大航海時代による価格革命の機運に乗じて、ヨーロッパで必然的に経済格差が生まれていました。

つまり、成金がわんさか生まれていたんです。

しかしカトリックは旧態依然の、「じぶんたちだけが免罪符などで儲けて、庶民には金儲けは罪として、質素倹約を押し付ける」という姿勢です。

そこで旧来のカトリックでは「時代に乗り遅れる」ので、プロテスタントが発生した……プロテスタントには、キリスト教を資本主義の新時代に合わせてブラッシュアップした側面がありました。

プロテスタントは禁欲的な戒律をもちましたが、それも近代資本主義の合理性を求める精神によくなじんだのです。

そんなかれらにとって西方のアメリカ大陸はまさに桃源郷でした。

なにせカトリックと対立する必要もなく、じぶんが努力して開拓した土地はそのままじぶんの土地となるのですから。

いまのアメリカがなぜあんなにも極端な資本主義国家なのか、という問題の、原理の部分はここにあります。

アメリカはまさに、一貫して金儲けのための国でした。

そんな特殊な事情がなければ、人間は本来、縁起のわるい日の沈む方角を積極的に開拓しようとはなかなかおもわなかったことでしょう。



日本が本格的に西方を侵略したのも、明治維新以降、脱亜入欧で本格的な資本主義社会になってからですよね。

それまでに一度、豊臣秀吉が東アジアの征服を企て、朝鮮半島へ攻め込んだことがありました。

まだ鎖国をしていない1580年ごろですから、日本の武将たちは西洋の思想を相応に理解しています。

秀吉は、世界中を開拓し迷信をおそれぬ西洋の思想を理解したうえで、「ならばわしも西方を支配しよう」と決意したのかもしれません。




仏教でいえば、西方浄土は死後の世界ですよね。

それに対して東方浄土(瑠璃光浄土)には、現世利益がある。

この東と西の方角による生と死のイメージの違いは明確でしょう。



飛躍しますが、『西遊記』も、西の方角へのわるいイメージを利用しています。

なにせ三蔵法師が天竺(西方)へ近づくほど、まがまがしい妖怪変化がわんさか出てくるわけです。

そのおそろしい西方の世界を越えると、ありがたい経典が得られます。

しかしその境地へは、生身では行くことができません。



西遊記の終盤の話です。

聖域にたどりついた三蔵一行は、激流の川に差し掛かりました。

孫悟空でさえわたることができなさそうな川の向こうから、底の抜けた舟に乗った宝幢光王仏があらわれます。

ありがたい宝幢光王仏のお迎えなのだからと三蔵法師が意を決して底なし舟に乗ると、そのまま肉体は川に飲み込まれました。

しかし不思議なことに、三蔵はなにごともなかったように舟に乗っています。

いったいこれはどうしたことかと一向(誤字:一行)いぶかしがるのですが、舟がしばらく進むと、三蔵の肉体が川から流れてくるではありませんか。

それをみて一行は、「川を流れていたのはお師匠様の現身で、いまそこにおられるお師匠様は凡胎を脱してまことの悟りに至ったのだ」と理解します。

つまり、この川で三蔵法師は死に、肉体から解脱したことで天竺にたどり着くことができたんですね。

そして天竺で経典を受け取ると、東土(長安)へ戻って経典を太宗皇帝に届け、そのまま一行は今度はあっという間に天竺へ戻り、それぞれが釈迦如来に認められてしかるべき仏様になる。

西遊記の最後は、こんな感じです。

やはり西の方角と「死」が結びついていました。



さて、ずいぶんおかしな方向に話がそれました。

ギズモさんから写真をみせていただいて、むかしの人々は太陽ののぼる東の海にとてもよいイメージを抱いていたのだろうな、ということを述べるために、ずいぶん遠回りをしました。

すみません(笑)
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何事も早め早めに対処するのはいいことなので、せっかちなのも決して悪いことではないと思います。
農園主さんの性分というのは、ちゃんと理解できます。

私の場合、せっかちとのんびりが、適さないところで出現するので、どうにかならないかぁと思うことがしばしばです。
例えば、タイマーをセットしてブロッコリーなどを茹でる場合、お鍋の前でじっと待つことはできず、その間何か他の事をしているのですが、結局そちらに夢中になってタイマーが鳴ってもそのまま放置し、茹ですぎになることがしょっちゅうです(笑)←書き足し:タイマーが聞こえないのではなく、茹でているのを忘れているわけでもないです

農園主さんは、お仕事をしながらオーディブルをお聞きになったりと、時間を有効活用していらっしゃいますよね。
性分の話とは違うかもしれませんが、時間をうまく活かすことができるのは、本当に尊敬します。

何にしても、自分のペース、タイミングでできたら、気持ちがとても楽になると思いますが、私はペースもタイミングもいい加減ですね(笑)

宮城の方までいらしたのは伺っていましたが、大洗のお話はたぶん初めてのように思います。

大洗磯前神社と酒列磯前神社は、4年前も行ったのですが、今月7日に行った時、妙に海が気になりました。
岩礁が多く波濤がとても印象的なので、岩礁に打ちつける波を、じっと見入ってしまいました。
農園主さんがお感じになったように荒々しい風情なのですが、なんとなく目を離せない、惹き込まれるような不思議なものを感じました。

サザンの歌で有名な湘南や、熱海の海とはまったく違う風情です。

ところどころで、車を止めて見ている人もけっこういました。

農園主さんの記事で、本当に因幡の白兎の伝説にぴったりマッチする情景だと思い、農園主さんの感性に驚きました。
あれは、湘南の海ではだめです(笑)

「薬師菩薩明神」のこと、知りませんでした。
薬師如来と観音菩薩のダブルのご利益がありそうですね。

大洗磯前神社の、海に浮かぶ鳥居の写真と、大洗磯前神社の本殿の写真を添付しておきます。
一番上は4年前の2月、あとの2枚は今月7日のものです。

海岸には行けないのか、みんな上の歩道から写真を撮っていました。
3枚目の写真の手前に写っているのはブロック塀で、鳥居は下にあります。

くだらないことなので書こうかどうか迷いましたが、今回ここに行ったのには訳がありました。

時々ブログを読んでいる人が(桜井識子と言い、有名ではありませんが、神社関連の本を出版していて、アクの強さがないゆる系のスピリチュアルの人です。神仏と話ができるそうなのですが、そのあたりは「へ~」程度で、ほどほどに済ませています)、大洗磯前神社の龍が(眷属とは違うようです)去年交代したと書いていたので、気になって行ってみました。

もちろん行ったからわかるものでもないのですが(笑)

紫蘇シロップですが、今日は発酵レモン酢とミックスしていただきました。
そろそろスギ花粉が飛ぶので、今からできる対策として、紫蘇は本当にありがたいです。

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↓ これも4年前の写真ですが、酒列磯前神社にいる亀で、金運アップのご利益がすごいそうですので、お福分けです。

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気遣いというより、ぼくの性分なんです(笑)



上方落語に「いらちの愛宕参り」という演目があります。

いらちというのは、関西弁で「せっかち」という意味です。

いらちの辰という男が登場人物なんですが、常から気忙しく、おっちょこちょいで、始終焦ってるんですね。

そんな性格だから、もうちょっと落ち着けと周囲からたしなめられます。

そうすると辰が、こう言いました。

「そういわれても、わたい晩飯を晩が来るまで待ってられしまへんねんで。晩飯も昼前に食うてしまいまんねん」

もはや病的ないらちぶりです。



この落語を聞きながら、ぼくはあんまりこの辰を笑っちゃいけないな、とおもいました。

性格がちょっと似てるからなんです。

何事もとっととすませてしまいたい。

しかるべきタイミングをうまく待つのが苦手。

カップ麺にお湯を入れても、3分待つ間に洗い物をするとか、なにか気を紛らわす仕事で埋めるといいんですが、ただじっと待っているとなると、そわそわしてくる。

そんな性格だから、日程や時間の決まったイベントごとに、ふつうの人が感じないような焦りや心配を感じたりします。

そういうわけにはなかなかいきませんが、じぶんの間合いですませられるのなら、なにごとも早めにひとりで勝手にすませてしまうほうが気がラクだという性分なんです。

それこそ、ぼくひとりだったら、「初詣は混みあうから、12月中にお参りをすませておこうではないか」ということを本気で考えるタイプです。



それだとずいぶん生きにくいだろう、とおもわれるかもしれません。

実際、ずいぶん生きにくいんです(笑)

けれど性分なので、さすがに40代後半ともなると、治そうとして治るものでもないことはわかります。

おそらくぼくのこういった性分を詰めていくと、なにか精神医学の分野での「〇〇症」みたいなものは見つかるとおもいます。

なので、長い前置きでしたが、謝っていただくとかえって困るんです(笑)

むしろこちらが謝るべきことなんですが、それもやはりかえっておかしなことになるでしょうから、ここまでにしておきましょう。



ところで偶然ですが、ぼくも以前大洗に行ったことがあります。

残念ながら大洗磯前神社には参拝しませんでしたが。

以前お話ししたかもしれませんが、東日本大震災から数年後に、軽自動車で下道を利用して、宮城のあたりまで行きました。

そのとき大洗のあたりで数時間滞在しました。

海を眺めて、太平洋側はどこもこんなに荒々しい風情なんだろうか、と感心したのをおぼえています。

実際にはそんなことはなくて、大洗のあたりは岩礁の影響なのか、波濤がすごいんですね。



HPによると、大洗磯前神社はオオナムチとスクナヒコナがまつられているとのことですが、オオナムチというと因幡の白兎の伝説ですね。

ワニにひどい目にあわされた白兎と、白兎に蒲の穂の治療を指南した若きオオクニヌシ(オオナムチ)の情景は、あの荒々しい大洗の海とよく似合うなあとおもいました。

スクナヒコナもオオナムチとおなじで、医療を象徴する神ですね。



神仏習合の時代になると「大洗磯前薬師菩薩明神」がまつられるようになったとありました。

薬師菩薩という名前は初めてみましたが、おそらく薬師如来と、おなじ現世利益の仏である観音菩薩が融合したのでしょう。

薬師如来も観音菩薩も、病気を治してくれる仏さんですね。

そこへ「その土地独自に信仰されている大神」という意味を含む「明神」という称号が加わった。

つまり大洗磯前神社も、氷川大神や浅間大神とおなじように、その地で特有の信仰を培っていたのでしょう。

病気平癒のつよい願いが重なった場所ですから、きっとよいご利益に恵まれることとおもいます。
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あ~~なんだかすごく気を遣わせてしまったようで、本当にごめんなさい。

本名と年齢以外は、書いていただいてまったく差し支えありませんので、以後はお気遣いなくお願いします←年齢はお教えしていませんが(笑)

クセが強い、とは感じませんでした。おいしいです(*^-^*)

カレー粉の辛さのお気遣いもありがとうございます。
唐辛子は入っていないです。
カレーの他、お肉や目玉焼きに振ったり、おでんのおつゆに足したり、いろいろ使わせていただきます。

スパイスは健康にもいいし、大好きなんです。

ありがとうございました<m(__)m>
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ああ、よかったです(笑)

お誕生日控えているのを意識して……こういうことは意識し始めると、いわゆるイップスのような症状になってしまって。

ここは検索NGに設定はしていますが、それでもオープンな場で伝えてよいものか、とか、もしなにかお話するとしたらまったく触れないのもヘンだし、かといって事前に話すのもどうか……など気になるともう沈黙がいちばんのような気がして、黙っていました。



ちなみにカレー粉は「辛くないカレー粉」を選んだんですが、唐辛子などが入っていないか、原材料をご確認くださいね。

以前、気管支を気づかって辛いものを避けているとうかがいましたので、こういう機会ですから一度試していただこうとおもいまして。

味付けはないスパイスですので、カレー風味にしたい料理にご活用いただけるかとおもいます。



生しば漬けは、平徳子の物語がないと、なにがなにやら戸惑う味だったこととおもいます。
あるいは、平徳子の物語があっても戸惑うかもしれません。

朝廷でおいしいものを食べていた平徳子が、寂光院で地元の人々がつくってきてくれたあのお漬物をいただいたとき、素朴な味わいに、おそらくは感謝と気遣いも込めて、ねぎらいの言葉をかけた。

ただそれだけのことが、ずっと伝説になって続いてるんですね。

平安時代の物語の味がそのまま商品になっているのはめずらしいとおもったんですが、なにせクセのつよい味ですから、先月から強引に平家物語の解説をして、ご理解をたまわろうとした次第です(笑)



指、そんなに深く切れてたんですね。

病院に行かれたとのことですから化膿はないとおもいますが、指ですからなかなか使わずに温存というわけにもいかないとおもいます。

どうかご無理のないように、すこしでも早く治りますように。
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今日は、思いがけず、お心を尽くしたお品物をいただき、誠にありがとうございました。

今朝何気なく外を見たら、遠くに金色に輝く丸いものが見えたので、太陽かと思いました。
時刻を確認したらぴったり日の出の時間だったので、今年は初日の出を見ていないため超ラッキーと思ったのですが、よく考えたら西から陽が昇るわけがありません(笑)

太陽でなくても、朝からお天気がよく、金色の何か(おそらく高速道路で光っていたランプでしょう)を見て、なんだかいい日だなと思ったところに、メールをいただき、さらにいい日になりました。

今年は喪中のため、松飾り・鏡餅・おせち料理、三が日の初詣を控えましたが、先ほど、近所の氏神様にお参りして来ました。

昨日は、茨城県の大洗磯崎神社(訂正:大洗磯前神社)と、兄弟社である酒列磯崎神社(訂正:酒列磯前神社)に行ったのですが、何度か晴れているのに雨が降るという、不思議な日でした。

早速ひとつ、いただきました。
生の方です。
あ~~こういう味なんだ~と感激しました。
建礼門院の頃は、こういう素朴で、素材の味が際立つ味わいだったのでしょうね。

この味のものは初めて食べました。
説明にあるように、お醤油をかけるとまた味わいが違うのでしょうが、このままがおいしいですね。
刻んであるので、マヨネーズと混ぜて、シバタルタルソースも作ってみたいと思います。

シロップもとってもうれしかったです。
ずいぶん前にお話したように思いますが、アレルギー体質に効果がありそうだったので、一時大分の紫蘇ジュースを飲んでいたのですが、飲んでいる時は軽快していた気がします。
けっこう高価なので、やめてしまって1年以上しますが、これを機にまた飲んでみようかなと思います。

と打っている間に、開けさせていただきました。
とても飲みやすく、甘くておいしく、紫蘇の味が優しいですね。
お砂糖がてんさい糖というのもうれしいです。
だいじに飲ませていただきます。

インデラカレー、あの有名なナイルで出しているんですね。知りませんでした。
こういうスパイス、大好きです!!
これでカレーを作っていらっしゃるのでしょうか?
タンドリーチキンにも使えますね。

お心づくしの品々、本当にありがとうございました(人''▽`)
どれも、少しずつ大事にいただきます。

平氏や安徳天皇、徳子、ガラシャ夫人など、史料が少なかったり信憑性があやふやだからこそ、いろいろ想像できるのは魅力的ですね。
なにが正確な出来事なのかを知ることより大切な、歴史の捉え方かと思います。

観てもらった昨年の運勢ですが、気落ちしたり健康を害することもあるけれど、何か新しいことを学ぶとよい、ということだったんです。
農園主さんのブログで多くの事を学ばせていただいているので、大難が小難ですんだように思っています。
ありがとうございました。

指のケガの直り(訂正:治り)がはかばかしくなく、いつまでたっても傷が開いているように見えるため、おととい違う皮膚科で受診したところ、角層なのであと一ヶ月はかかります、と言われました(笑)
包丁も持てないので、困ります←手抜きできてうれしいですが(笑)

そちらはずいぶん寒くなってきているのではないでしょうか。
お身体に気をつけて、充実した農閑期をお過ごしください。

今日は、ハレの日でなく、普段どおり過ごす予定でしたが、思いがけずよい日になりました(私のご飯はスーパーで買った焼きそばです(*^-^*))

本当に、ありがとうございましたm(_ _"m)
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おはようございます。
不躾ですがメールを送らせていただきました。
Icon of gizumo
あけましておめでとうございます。

お帰りなさい。
ゆっくりできてよかったです(*^^)

例年より暖かいとはいえ、1月に入ってからは空気がキーンと冷えています。

本年もよろしくお願いいたします。

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