山麓王国

No.860

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ネットの情報は遮断したのだけど、どうも発信するということについては、やめられそうにありません。

個人的には受信することがやめられないのではないかとおもっていたのだけど、こちらはそう苦でもなかった。



言い訳のようにおもわれる時期も過ぎたのでいうけれど、ぼくは旧Twitterの政治活動家のアカウントを複数みていて、極右から極左まで、もちろんその間に属するいろんな政治アカウントの意見を吸収していました。

中には宗教学者もいたし、実際の各宗教の宗教者の意見もみていました。

そういう人たちは強い思想を持っていますから、ぼくがかれらの意見に感化されることも多いし、社会問題のほんとうのところや、社会が抱えている欺瞞にも気が付くようになります。

ところが、そういう欺瞞やほんとうのところがわかっても、家族であったり、あるいは近所の人とたまに政治の話題になると、ぼくが持ってる知識なんて、なんの意味もないんですよね。

だって、みんなじぶんの向きたい方角をみていて、じぶんの見えたものしか信じていない。

ぼく自身もじゃあ、いろんな立場の意見を聞いたからといって、その理解が「正しいのかどうか」、まったく自信がありません。



で、最近ふとこうおもった。

「政治活動家たちは、じぶんの思想によってああだこうだTwitterで発言しているけれど、実際の政治家ではないし、ほんとうの政治的思惑や、社会で実際に起こっていることは、結局当事者以外がそうカンタンに読み解けるものではないんじゃないか」

そういう意味合いのことを、ぼくは844の記事で書きましたが、つまり、いったんネットの情報を遮断して、世の中の速度を気にせず、本や地域の情報から理解すべきことがあるんじゃないか。



ある約束があったので、Twitterのアカウントを削除することには抵抗もありましたが、もう何か月もだれからの連絡も反応もない状態でしたし、農業系の情報さえ、ことしのじぶんの農業の成績を考えると気分が荒れるので見る気がしませんでしたから、もういいやとアカウントを削除して、ニュースも社説を読む程度にとどめ、生活に集中することにしました。

その試みは、うまくいったとおもいます。

むかしのTwitterはログインしなくてもアカウントの情報がみられたので、つい中毒的に閲覧していましたが、いまのTwitterは要塞と化していて、ログインしなければ情報がみられません。

いざ見られないとなれば、それはそれで納得してしまうものです。

現実に感覚を向けると、秋の虫の音がすこし落ち着いてきたことや、キンモクセイのいい匂いがするようになったことなど、季節の変化に気持ちが行き届くようにもなりました。

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2026年4月5日(日) 11時48分53秒〔6時間前〕