山麓王国

2023年10月の投稿91件]3ページ目)

2023年10月11日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ボーカルの子は、いまはチリヌルヲワカとしてやってます。
ぼくはYouTubeで聴くばかりですが、長く見ています。

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GOGO7188という3ピースバンドが、妖怪人間ベムをカバーしています。

20年以上前に流行ったバンドですから、たぶん多くの人はこの曲を知らない。

ジェットにんぢん、好きだったな。

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きょう軽トラでひさしぶりにラジオを聞いてたら、「1000ccの曲を……」といって、ずいぶん昔気質なダンスっぽい曲がかかってて、こういうベースラインのしっかりした曲は好みだったので、家に帰っていろいろ調べてたんですが、1000ccなんてバンドはなくて、これはいったいどうしたことか、と。

で、ようやく見つけたんですが、バンドの名前が「Say She She」でした。

セイシーシーで、ぼくは1000ccと聞き間違えた、と。
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「葬送のフリーレン」と変換しようとすると、「曹操のフリー練」と変換されたのだけど、これではパリピ孔明の隣町で曹操が部活に励む転生モノではないか、とそんなことを言いたいのではありません。


この漫画のことは名前だけ知っていて、アニメを1話だけみたんですが、日本ではもうエルフやドワーフといった概念はほとんど説明不要の存在になっているようです。

これは北欧神話、ヨーロッパ中部から北部にかけての、民俗信仰における神話です。

日本で言えばアマテラスオオミカミが、とか、因幡の白兎とか、竜宮城のワタツミの神が、といったああいう伝説の類で、この北欧神話が日本ではゲームに利用されて、それでなじんだという格好です。

ゲームで神話がなじむようになったという点では、クトゥルフ神話もそうでしょうが、とりわけこの北欧神話が日本でこうもなじんだのはなぜなのか。

ただ、おそらくこの場合のなじむというのは、信仰としてなじむというよりは、広告戦略でアイドルが売れるように、なんらかの広告的効果があったからだとはおもいます。

でもそれを差し引いても、たとえばエルフが長命であるとか、ドワーフは力自慢で鍛冶に向いてるとか、どうしてこういう、北欧神話のごく部分的な理解が、われわれの世代で当たり前のように共有できてるのか、よくわからずにいます。
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蚊に足5か所も刺されて、もうどこがかゆいのかもわからない(笑)
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畑の見回り。

ことしは、春に春菊を栽培して、ある花が咲ききるまで放置してから、畑にすき込んだのだけど、その跡地でジャガイモ栽培してました。

イモ苗が出ているかどうか確認していたら、畝にぽつぽつと春菊が苗になっていました。

これ、こぼれ種から発芽したのかな。



……。



とすると、もしかしたら、こんな栽培法もあるのでしょうか。

春に春菊を栽培して、花から種をつけて、樹が枯れるまで育てたところで、刈り取り。

その樹を手で持って、周囲に種をまくように振って、古株は畝間の通路によけて、ほったらかして腐らせてしまう。
畝はそのまま不耕起で放置。

春菊の種は2か月ほど休眠期間があるので、9月くらいまでは発芽しません。

なので、9月くらいまでナイロンコードで草刈りだけして、9月に化成肥料を畝にまく。

そうすると、また秋にその場所で春菊が再収穫できるのではあるまいか。



まあ、もちろんこれは机上の空論ですし、不耕起の畑で質の良い春菊を歩留まりよく収穫するのはむずかしいとはおもいますけど、でも春菊は在来種だし、こぼれ種を利用して再収穫できるならおもしろいなとおもったんですよね。

#野菜

2023年10月10日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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カブと春菊を初収穫。
まだ小さいので、あと数日畑に寝かします。
カブはそこそこのがとれそうで、春菊はちょっと残念め。
このカブ一畝分で、葉物野菜失敗分は全部取り戻してプラスが出ます。
#野菜
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作家のなだいなださん(1929-2013)は、社会問題を「わかり急ぐな」といいました。

いま起こった出来事を、いまわかろうとしたがる。けれど、そんなことはできないんだ、と。

社会問題が起こって、結果がぼんやりわかるのが10年後、さらに10年したらもうすこしわかるかもしれない。

社会問題の全体像が見えてくるのはそれくらいのスパンであって、いま起こったものごとの顛末を、いま知ることは不可能なんだというのです。



けれど、いま起こっている社会問題にいろんな理由をこじつけて、未来に起こることさえ、あたかもわかったかのようにふるまうような人もいます。

こういうしぐさは、いまだったら陰謀論というんですが、なださんが「わかり急ぐな」といった1985年の当時には陰謀論という言葉がなかったのでしょう。

なださんは「黙示録的な解釈」といいました。

黙示録というのは新約聖書の一部です。

きたるべき世界の終末の際、キリスト教が勝利することを預言(神託)という形で表現しています。

だれも世界の終末なんてわかりやしないのに、わかったようなことをもっともらしく書いているわけですから、キリスト教にはわるいけど、「黙示録 ≒ 陰謀論」とつなぐことはできるでしょう。

黙示録は、キリスト教が迫害されている地域の人たちを応援する目的で書かれたようですが、現代のわれわれも、ショック状態の中でものごとをわかり急ぐと、黙示録的な解釈にすがりついてしまう。

つまり、じぶんたちに都合の良い解釈に頼って、安心を得ようとしてしまうのです。



ウクライナとロシアの戦争が起こってから、いまイスラエルとハマスが戦争状態にある。

こういうことを結び付けて、「ほれみろ、戦争は連鎖するんだ。もう世界大戦が起こるんだ」という人がいる。

「自陣営の勝利を疑わない」という人もいる。

日本だってもう戦前なんだという人もいる。

みんなものごとをわかり急いで、黙示録的に自陣の勝利によって事態が解決することを期待し、その勝利が一刻も早く確約されることを望んでいる。

ただじぶんたちが安心したいがために、みんな心の中で武器を取り始め、いつの間にかほんとうの武器になっている。

しかし多くの人々にとって、この異様な心理状況の、その異様さに気づくのは、戦争が終わった後なのではないか。

あるいは戦後、世界の均衡が曲がりなりにもとれていたのは、この異様さからの戦争を経験して、異様だったことに気づいた人たちが多く生きていたからではないかという気がします。
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3時間かな、4時間かな、それくらいは眠れたんだけど、そこから布団に入っててもなかなか眠れず、もうあきらめて、起きることにしました。

ふだん布団に入ってたら、ともかく途切れ途切れでも眠れるので、きょうみたいなのは、年に1回あるかないか。めずらしいです。

交感神経なのか副交感神経なのかわからないけど、バカになることがあって、ふだん3時間睡眠なんて耐えられない不快なのだけど、いまのところそうでもありません。

たぶん、あとでどんよりと効いてくるんだろうとおもいます。

こんな時間に、雨が降ってきました。

2023年10月9日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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地中海の舞踏、のアル・ディ・メオラですよ。

世界一速いギタリストで有名なんですが、本質的にはそういうくくりではおさまらない根っこのあるギタリストです。

スペイン音楽を探究する音楽家という一面がわかると、こういうビートルズカバーの、中近東とヨーロッパの混じり合う感じと、アメリカ的な近代的手法とが……とまあそんなことはよいのですよ。

せっかくだから、地中海の舞踏も聞いてくださいよ。



このすさまじい速弾きの音楽のパートナーは、パコ・デ・ルシアというギタリストでした。

このパコの最晩年の競演が、これです。



パコの顔色が悪いのもわかるし、微妙なところでついていけなくなってしまう。そこを技術的な部分でアル・ディ・メオラがうまく支えているんです。

でも、パコ・デ・ルシアの運指はやっぱりすさまじいんですよ。突如火を噴くように、ありえない速さになる。

でも、やっぱり崩れる。崩れるたびにアル・ディ・メオラが支える。

お互いがお互いを目で確かめ合う。

お互いに本気の本気でぶつかりあう。

ぼくは、この動画をみると、泣いちゃうんだな。

#音楽
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ジュディ・アンド・マリーのそばかすという曲を聞いたときに、なんてヤンチャなギターなんだろうとおもったんですよ。

ちゃんとペンタトニックのルールにしたがって、ちゃんと決めるべきポイントは決めて、なのに、もう曲中はほとんどアドリブで崩してしまうソロパートなんですよね。
#音楽
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そういえば、むかしのRPGは、だいたいレベル30くらいになると、ほとんど終盤だったんです。

レベルが50まであったドラクエ2から、ファイナルファンタジーもレベル制のものはそうでしたが、レベル100になっても、だいたいレベル30になると終盤。

とりあえずレベル40もあればRPGはまずクリアできる、というのが常識でした。

ところがここ15年くらいで、そういう風潮が打破されたようにおもえます。

いま二ノ国やってますが、レベル40になってもまだ作品の終わりが見えてきません。



ぼくなんか、もうマンネリでもなんでもいいから、パターンの中で生きていたいんです。

平和というのは、ルーティンとパターンで人生が固まることですよ。

人間というのは、ルーティンとパターンで、人生が安心できることが、平和なんです。

でもいまの経済のシステムはパターンとルーティンを打破することで新価値を創造するものだから、若いうちはそれでよかったのだけど、オッサンになるともうついていけない。

で、年を取るにつれて、この新価値が恐怖になりつつある。

いまのじいさんばあさんが、スマホ操作やキャッシュレスに恐怖を感じるように、ぼくがジジイ(もう半分以上ジジイなのだけど)になるころには、まったく別のシステム的な恐怖が待ち構えているはずです。

そのとき、せめて同世代で「ついていけねえや」と言い合える仲間がいればいいのだけど、なんだかいまの時代だと、そういう仲間すらできないかもしれないな、と、それが目下の最大の恐怖です。
#与太話
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いわゆるタイムリープという考え方の元祖は、ニーチェの「永劫回帰」ということになるとおもいます。

ニーチェは、死んだらあたらしくなにかに生まれ変わるのではなくて、おなじ人生を何度も何度も、永遠に繰り返すのだといいました。

そこまでは、タイムリープっぽい感じがありますが、ニーチェは実際にわれわれが永劫回帰していると主張していたのではありません。

生まれ変わりなんてだれも見たことがないのだから、永劫回帰だって可能性としてないわけではない。

とすれば、次に生きるじぶんのために、いまをもう少しよりよく生きようではないか、という思想です。

いまの人生を投げてしまったら、次の人生でもおなじように投げてしまうことになる。

そうならないように、いまを少しでもよいように生きていようではないか、とハッパをかけているにすぎません。



これが、現代では時間を都合よく巻き戻して、何度も何度もトゥルーエンディングにたどりつくまで、やり直すということをする。

ゲームだと、『ゼルダの伝説ムジュラの仮面』あたりは有名です。

小説だと、筒井康隆の『時をかける少女』がそうです。

漫画だと『東京リベンジャーズ』は典型的ですし、海外でも『ハッピー・デス・デイ』という映画はタイムリープを繰り返します。

ニーチェの場合は、一回こっきりの人生を合わせ鏡のようにして、だからこそこの一回を大事に生きよというのですが、タイムリープものの場合は、記憶を持ち越して何度もやり直してしまう。



なにが言いたいのかというと、いまどきのフィクションは、どれもチートなんだなあ、と。

特に現代では、作品の進行にしたがってチートキャラをすこしずつ小出しにするんじゃなくて、最初からどんどん出しちゃって、そういった作品を日常的にみているわれわれの脳みそは、ほとんど麻薬漬けのようになっている。

そうすると、『ワンパンマン』みたいな、最初から最強みたいなのも許されるし、『呪術廻戦』の五条悟のような最強キャラが最初から出てきてしまうわけです。

まあ、この手の最初から最強というようなシナリオは、古くはブルース・リーもそうなんですけどね。

ぼくとしては、そういうフィクションの麻薬から抜け出して、永劫回帰のような、地に足の着いた思想を目指す、というのが……まあ、ただしいとは言わないけど、でも、実際の人間生活は、そうなんだとおもうんですよね。

#与太話
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田舎というのは、稲の刈り取りシーズンに合わせて、行事が増えていきます。

夏場はせいぜい地蔵盆くらいですが、10月になると突然、こんな小さな自治会でも神社の秋祭りやら親睦会やら、〇〇フェスティバルなるものが毎週のように入ってきて、自治会長はそれにすべて参加しなきゃならないので大忙しです。

ぼくはことしは組長と文化体育という役員をしていますが、きょうは自治会長と一緒に親睦会の買い出しをしていました。



コロナが明けて、数年ぶりの開催になるんですが、自治会内で参加者を聞いて回ると、20人でした。

コロナ前は25~30人、あるいはそれ以上出ていたというので、ずいぶん減ったな、という感じです。

べつにコロナは関係ないんですけども、コロナ以降に自治会内で5人も亡くなったものだから、なんだか突然自治会がスッカラカンになってしまった感じがします。



当日のお弁当の予約に、お菓子やビール、ジュースの買い出しはまあ常識の範囲内でしたが、レクリエーションの景品で、100均に1万円もつかったのははじめてです(笑)

できるだけ、もらって困るようなものではない生活必需品で、1万円ぶん、約100点を選ぶというのは、けっこうタイヘンでした。

しかしだいたいやることの段取りがわかったので、来年以降はぼくひとりでもやれそうだな、と。

まあ、ことし一年の役ではあるんですが、この程度の仕事であれば、毎年引き受けてもいいかもとおもったんですよね。

2023年10月7日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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忌野清志郎の歌う、500マイル。ピアノは山下洋輔。

もともとはアメリカの民謡で、ピーター・ポール & マリーの曲が有名。

清志郎の訳詞において、デイドリームビリーバーと、この500マイルはもうほれぼれするくらい完璧で、もちろんこの歌も完璧。

亡くなったのが58歳で、生きてたら、72歳。

ぼくが31歳のときに亡くなったのか。ぼくはあれからあんまり成長してないし、72歳の清志郎なんて、想像できないな。

清志郎がもし生きててこの年になって、この激動の時代に、政治的な偶像になるようなことにならなくて、よかったともおもう。

まあ、たぶんかれの性格上、こんなバカな時代には、なにかを言うようなことはやめちゃうだろうとおもうけども。
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午前中はオクラなどの収穫と、葉物野菜の種まきをしていました。

大奥は、どうやらこのくらいの時期で花が咲きにくくなるようです。

ピークファイブは生り疲れを繰り返しながら11月ごろまで収穫できる。
大奥は10月までほぼ生り疲れしないけど、10月上旬で突然疲れだす。

さて、来年はどうしようかな。

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サツマイモとサトイモの収穫。
あした雨になるというのでひたすらイモ掘り。

サトイモは土が濡れていると作業がタイヘンなので、乾いているうちにある程度掘り返して、作業小屋に持っていきます。

サツマイモは、よく育ってくれていました。

カゴ1つと半分ほどの収穫。

が、苗を縦に差し込んだからか、イモが地中深くにもぐってしまい、掘るのがタイヘンで、たくさん折ってしまいました。

来年は極力苗を横に差し込むようにしなくちゃなあ。

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ここ数年、ぼくの料理はほとんど余熱調理で、インスタント麺や乾麺も余熱で調理するし、肉もそうですが、もやしもフライパンで余熱調理します。

フライパンにもやしをいれて、フタをして、フタが熱くなるくらいまで火を通したら、火を止めてほったらかすだけ。
中で蒸される格好になって、お気に入りです。

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左側のが2サイクルエンジンの添加剤。
右側のがディーゼルにもつかえる添加剤。
ただ、右側の添加剤の説明書きをみると、4サイクルの車以外には使用するなとあり、そうするとトラクターにつかうのはやっぱりダメなのかとおもってるんですが、レビューには耕運機に使用しているという話もあり、どうするか迷っています。

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シソの実は毎年醤油で煮詰めていましたが、ことしは梅酢に漬けました。
去年あたりから、梅酢の汎用性に気づいて、なにかと活用しています。
はじめてのチャレンジですが、ご飯のお供になるかなあ。

#野菜

2023年10月6日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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きのううちのあたりは雨が降っていたのですが、きょうはよく晴れてくれて、これならいけるんじゃないかと畑を耕しました。

土を練る場所が出るのではないかとおもいましたが、おもっていたよりよいコンディションで耕せました。

次の雨の予報はあさって日曜日で、これは本降りになるような感じです。

この本降りを食らうと、種まきのチャンスがなくなります。

きょう種まきしてもよかったんですが、前回が25日。

播種の間隔は2週間がベストで、さらに雨が降る前日に播種できればベストなので、種まきはあしたに。

皮肉なことに、前回葉物を失敗した場所を耕さないと、畑に空きスペースがなくなっていました。

意外と、もう余計なことをしている余裕がないくらい、畑はフルにつかっているんだな、とおもった次第。

#野菜
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ぼくは百姓をしてるのに、いまどきのサツマイモなんてのはどの品種もおなじような味で、テキトーにつくってもそれなりにできるものだろうとおもっていたので、去年はじめて鳴門金時をつくって、これがあんまり甘くないのにびっくりしました。

あんまりサツマイモを食べる習慣がなかったから、知らなかったのです。

ことしはベニアズマと安納芋なので、けっこう甘い品種を育てています。

が、どこの畝にどっちのイモを育てたのかすっかり忘れてしまいました。

#野菜

2023年10月5日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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https://spur.hpplus.jp/celebrity/celebri...

2か月ほど前のこの記事読みながら笑ってたのだけど、カニエ・ウエストの妻のビアンカ・センソリがほとんど裸のような衣服で外を歩いているというんです。

で、たしかにベージュでスケスケの服で、乳首も完全に透けてるんですよね。

しかし、ぼくが笑ったのはそこではありません。

この記事の1枚目の画像の、カニエウエストの股間ですよ。

「砲丸でも入ってるんか?」

この股間はなんならビアンカ・センソリよりヤバい感じがしたんですが、メディアがそこはまったく触れないのがおもしろくて。
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ポテチをつくるコツがつかめました。
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2023年10月4日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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この歌を歌う坂本サトルという人は、むかしジガーズサンというバンドで売れて、そのあと、「あの人は今」みたいな感じになったときに、完全なゼロから街頭でこの歌を歌って、またスマッシュヒットを出したんです。

いい曲だったんですよ。

元歌もYouTubeにあったんだけど、あえて2020年のものを。

この人は、資本主義的な、売れるとか売れないを超越したところで、心に刺さる曲を出す稀有なひとりだとおもっています
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さっきのゴダイゴのモンキーマジックは、ドラマも好きだったけど、この銀河鉄道999は、ぼくは松本零士の作品にはまったく興味がないのだけど、この歌はもう大好きなので、ぼくはそもそもゴダイゴが好きなのですよ。
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アメリカで生まれたブルースのリズムは、馬のひずめの音であったり、ショットバーの喧騒の雰囲気の音をあらわしていたのだといいます。

そういう原始的な音のリズムを、現代に流用したとき、この西遊記のテーマ曲のモンキーマジックのギターが、まるでニホンザルのキッキッという鳴き声を表しているようにおもえたとき、ぼくはすごく感動したんですよ。
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あっという間にあらわれて、あっという間に消えつつある「蛙化現象」という言葉ですが、これってむかしは「女心と秋の空」といってたもので、それがより極端で、男女の別がなくなったという感じでしょう。

「女心と秋の空」の場合は、女性って気まぐれだよね、くらいのニュアンスだったとおもいます。つまりスイッチでいえば、女性の気分を0から10まで、くるくる回して調節できるくらいの余裕のある言葉でした。

蛙化現象になると、もう完全にはしごを外すという意味です。

現代風に、男女どちらでも起こりうるという体にはしているけど、スイッチでいえばオンとオフしかない状態で、その間がない。

めちゃくちゃ好きだったのが、一瞬で大嫌いになるわけですから、すごい極端な言葉なんですよね。

右か左か、オンかオフか。
ほんとうはその間にグラデーションがあるはずなんですけど、みんなじっくりモノを考えることがなくなって、より短絡的に結果を求めるようになると、こういう極端な言葉が「消費」されるようになる。

蛙化現象というのは、そういう「時代の言葉」なんだとおもうのですよ。

#与太話
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きょうはちょっとネットで買い物をしてました。


車のガソリンタンクに、水抜き効果や、管の洗浄効果のある添加剤を入れることがあるんです。

年に2回ほど入れるんですが、呉工業(クレ556で有名なメーカー)の安いやつです。

15万km走った軽トラは、この添加剤を入れるとずいぶん調子がよくなるんですが、ちょうどこれが切れて、おなじような添加剤でも2サイクルのものがあるというので、これもネットで購入。

ホームセンターで買うよりだいぶ安いので助かります。

2サイクルの添加剤は草刈り機につかうとかなりいい効果があるようなので期待しています。

ただ、もう国内の主要メーカーは撤退してしまっていて、呉工業のものもなかったので、海外のメーカーのものを買いました。

つまり、もう2サイクルの草刈り機は斜陽で……あるいはエンジンがすでに斜陽なのかもしれませんが、こういう動きを見ていると、少なくとも2サイクルの草刈り機は今後10年でほとんど生産されなくなり、20年後にはほとんど電動に置き換わっているのだろうという気がします。

2023年10月3日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ここしばらくの菜園について、まとめて書いておきます。


7月くらいになるとぼちぼちニンニクの値段が落ちます。
あたらしいニンニクのときの値段では売れなくなるし、市場ではいつだって中国産のニンニクが爆安価格で大盤振る舞いです。

そこでぼくは値段の落ちる7月くらいから、球のにんにくをほぐして、バラで売るんですが、この際に大きなものは来年の種球に回します。

小さくて売り物にならないのは、来春に葉ニンニクとして売る用に回します。

つまり売り物にするのは中くらいの大きさのもの。

で、よけておいた大きな種球は先日植え終えて、きょうは葉物野菜がうまく育たなかった畝を片付けて、再度耕して、葉ニンニク用の小さな種球をばらまきました。



ダイコンとタマネギにかけていた不織布をはずすと、ダイコンはまあまあ。

タマネギはよくわかりません。雑草のほうがよく生えてます(笑)

どちらも自家用なのですが、白菜も大根も、自家用でいい加減につくったものはそれなりにできてます。



サトイモをきのうから収穫しています。まだ10月なのと、やっぱり夏に雨がもらえなかったこともあって、去年よりかなり小ぶりです。

しかしあれだけのひどい天気のわりには、まあまあ盛り返してくれました。

幸か不幸か、大風でバイオマルチが破れて、それによってことしは土寄せをしたんですが、やっぱり土寄せをすると子芋の頭が白くてきれいです。

そのぶん去年より歩留まりがよいので、ひとつひとつのイモは小さめでも、このままいけば最終的には去年と変わらないくらいの成績が狙える……かも。

#野菜

2023年10月2日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ぼくはいま、現実逃避をしています。

野菜はうまくできないし、なんだか鬱っぽくなっちゃって、でも自殺するというほどの絶望でもない。

それで、とりあえず生きている、という以上は、生きていることを肯定したい。

ぼくはもうこんなことを何度も繰り返しているから、この苦しみが生まれる原因はわかってるんです。

それは、なにかを比べる、ということです。

なにかと比べて、じぶんが劣っている、というときに、苦しむ。

人と比べて、という場合もそうですが、去年のじぶんはもっとうまく野菜がつくれたのに、ことしのじぶんはどうして、というようなこともそうです。

そのようにして、いまを生きているじぶんを否定するところに、ぶつけようのない劣等感と怒りが生まれて、つまり抑鬱になってしまう。

いいときに調子に乗って自慢するということもしないかわりに、わるいときに他人と比べて落ち込むということもない。
そういうのがいいな、とおもうのは、いまがわるいときだからかもしれないけれど。

で、こういうときは、べつのことを考えていたい。。


日々の農作業はきちんとやってます。

が、やっぱり心のどこかで敗戦処理のような甲斐のなさを感じているときに、まったく目先が変わるラヴクラフトの翻訳をやってみると、これはけっこう腹の立つたのしい作業でした。


それでふと、ぼくがほんとうにネット上でやりたいのは、こういうことかもしれないな、という気がしてきたんですよね。

ぼくは近代文学を専攻していましたが、日本の文学でも明治大正の小説は、まだ文語と口語が混じっていて、きわめて読みづらいものがたくさんあります。

泉鏡花の幻想小説などは、内容はものすごくおもしろいのだけど、原本がほとんど文語文なので、現代文に慣れたわれわれは、ほとんど古文書を解読するようにして読まねばなりません。

著作権の切れた、現代では読解がむずかしい作品を、現代人がわかりやすく読めるように改変して、ネット上で公開するというのは、ニッチな分野ではあるけれど、人の需要を満たすことにもなるし、年をとってもライフワークにできるかもしれません。


なんというか……まあ、ぼくという人間は、ひとり遊びをこじらせちゃってるんでしょうね(笑)

#与太話

2023年10月1日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ニャルラトホテプ 3



このとき、緑がかった月からなにかが降りてきた……ようにおもえた。

この光をみたときから、奇妙なことにわれわれはなにか目的でもあったかのように、吸い込まれるようにフラフラと列をなしていたのだ。

いつのまにか道路は崩れて草に埋もれており、錆びた線路の跡すらなくなっていた。

路面電車もあった。しかしこれも朽ちており、窓もなく、ほとんど横転しかかっていた。

地平線を見渡すと、川のそばにあったはずの3つめの塔はなくなっていた。

ふたつめの塔の影が見えたが、頂上が崩れているようだ。

別々の方向に引き寄せられるように、自然と隊列が別れた。

ひとつの列は、左側の路地に消えた……と同時に、ゾッとするようなうめき声だけが残された。

またべつの隊列は、狂ったように笑いながら雑草におおわれた地下鉄の入り口を降りて行った。

わたしの列は、ひらけた荒野に吸い寄せられた。

あれだけ暑かったのに、なぜかここでは寒さを感じる。

まわりを見渡すと、まがまがしい緑色の月光に照らされて、なんと雪が積もっていた。

この不可解な雪には足跡もなく、一方向にのみ吹き分けられており、それが輝く壁を形成して、黒く深い穴が横たわっている。

隊列は夢うつつで黒い穴に向かった。

雪の黒い裂け目が緑に照らされた様子は恐ろしく、怖気だったわたしは、隊列を残して立ちすくんだ。

仲間たちが穴へと消えていくと、弱々しい、泣き声のような不穏な残響が聞こえたようにおもえた。

しかし、わたしにももう、抗う力は残っていなかった。

先に進んだ仲間に手招きされているかのように、わたしは寒さと恐怖に震えながら、想像を絶する渦の中に飛び込んでいた。



わたしがたまらず叫んでいたのか、あるいは愚かしく押し黙っていたのか。それを知るのはもはや神のみである。

もう、終わりだ。

影が手(といってももはや手ではない)の中でのたうち回っている。

低く明滅する青白い星をかすめて亡者の世界から風が吹き、死者の世界にいたはずの腐った創造物は真夜中の街をむやみにうごめいていた。

不浄な寺院から、真空の宇宙に向けて、柱が伸びている。
地上にいる者にはその柱は半分しか見えないだろう。

われわれが緑色の月とおもっていた宇宙の下にたゆたう岩石、柱はそこにつながっている。

怪物のごとき亡霊どもはそこにいた。

そしてこの宇宙の墓場からの反乱を通じ、時を超越した真っ暗な部屋から、くぐもった狂気のドラムビート、そしてうっすらと冒涜的なフルートの音が聞こえる。

これらのいまわしいドラムと笛の音に加えて、巨大にして陰惨たる究極の神々による、ぎこちなく合理性を欠いたのろのろとした舞踏。

この、目も見えず、声も持たず、心の欠けたガーゴイルどもに魂が宿ったもの……これがすなわち、ニャルラトホテプだったのだ。

(終)


#ラヴクラフト #ニャルラトホテプ
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ラヴクラフト、最後の一段落、マジで許さん。

文章として体をなしてない。
ほかの文章も一貫してムチャクチャだけど、クライマックスでいよいよムチャクチャとか、あれはわざとやってて、フリークはそれを暗示的だといって喜んでたのか……。

ホンマに、意訳すら拒むレベルの無茶苦茶な言葉の羅列。
かれ自身、「重要なのはアクションではなく雰囲気」って言ってたけど、ほんとうに雰囲気しか伝わらん。

接続詞が接続してない。
そのくせ接続詞が必要なところには接続詞がない。

わけのわからん文章に、さらに関係代名詞が2つも3つも入るのは当たり前。

あとたった数行なのに、まったく進まないし、理解の取っ掛かりすらない。

青空の翻訳をみても、ほぼ投げてる(笑)
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こんな読みやすいニャルラトホテプがあるだろうか。(自画自賛)

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