山麓王国

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途中で断念してお帰りになったにしても、ずいぶんいろいろなところを回っていらしたんですね。

当時は余震もずいぶん続いていたし、不安なことも多かったかと思います。

ついこの間のような気がしますが、地震からもう14年も経つんですね。

しばらくの間は服を着たまま寝ていましたし、お風呂もささっとすませていました。

船に乗っているような、足元がぐるぐるする感覚も、けっこう長いこと取れませんでした。

地震が起きた時に近所の信用金庫にいたのですが、すぐに外を見てみました。

あの揺れで車が普通に走っているのがとても不思議でした。

地下鉄も電車も緊急停止していたかと思うのですが、車が急に止まったら、それも怖いですね。



仏教の移り変わり、とてもわかりやすく説明していただき、ありがとうございます。

源氏物語は親鸞の時代より前だと思いますが、病気は物の怪の仕業と考え、僧が加持祈祷をする場面がみられます。

密教なのでしょうが、この頃の仏教は、衆生を救うものではなかったのですね。

実際に大衆を救うことからかけ離れ、『金持ちは僧侶を集めてお祈りをして、それでじぶんは国や民を救う善人だとおもい込んで』いたというのは、いつの世でもお金持ちや特権階級にありがちな、意識のずれですね。

悪いことをしているわけではないですが(欲得にからんでいたとしても)、「いいことをしている」と思うこと自体、あまり感心できることではありません。

人のために何かをして「あげた」という考え方より、「お互いさま、おかげさまで」の心が、自分も周りも救うように思います。


一般庶民のための仏教に推移していったのは、庶民を救うという大義以前に、食いっぱぐれた仏教者を救済する手立てだったんですね。

大衆仏教を広めた宗派の開祖が、様々な圧力に負けず、一般庶民のための仏教を確立していってくれたことは、現代の日本人にとって、とてもありがたいことだったと思います。



『羅生門』の話ですが、人間は極限の状況におかれると、生きるためには悪を悪と思わなく(認めなく)なったり、善悪があいまいになったりと、善人も悪人も紙一重になっていきますが、戦争中も同じような状況、精神状態になった人が多かったかと思います。

食べものがなく、カエルを食べたり飢え死にしたりする人がいて、戦地で人を殺さざるを得ない人がいて、特攻などで死んでいく人がいる中で、軍部の上の組織の人間は、白米を食べお酒を飲み、様々な快楽に浸っていたわけですが(そうでない人もいたのでしょうが)、それもお国のため【書き足し:日本を戦争に勝たせ、国民を救うために、上に立つ人間としての役目があった】という大義名分があったわけで、これは親鸞以前の金持ちや僧侶の在り方と似ている気がしました。

『耐え難きを耐え、忍び難きを忍び』という言葉も、一部の階級の人たちには、通用していなかったのでしょう。

小学生の時に学童疎開をしていたという、親戚の人から聞いた話では、東京より農作物などがあるという話だったのに、結局疎開先でも食べ物がなく、みんな、ひもじい思いをしていたそうです。

親元から送られてくる薬(錠剤らしいですがなんの薬かはわかりません)をかじったり、親が作って送ってくれたお手玉の中に入っていた生の小豆を、友だちや先生に内緒で、こっそり食べたりしていたと聞きました。

そのように食糧事情の劣悪な時代に育った日本人ですが、けっこう長寿の人が多いのには驚きます。

むしろ、食べ物に困らない現代の人の方が、健康状態は悪いかもしれませんね。

朝起きて夜は寝る、そんな当たり前の生活をしない人が増えているのも、どんどん不健康になっていく原因でしょう。

やむを得ない場合は別として、食べ物に気をつけること、規則的な生活をすること。それを守るだけで、一定の健康は維持できるように思います。



現代は、信仰心のあるなしに関係なく、気軽に寺社仏閣にお参りすることができます。

絵馬をたまに見てみるのですが、「宝くじがあたりますように」、「病気が治りますように」、「○○大学に合格しますように」などという個人の願い事の他に、「世界が平和になりますように」などという、願い事も多くみられます。

仏教では(浄土宗では?)、自利と利他は切り離せないものとしており、両面を兼ね備えることを理想としていますね。

これをものすごくわかりやすく言えば、自分が幸せになると同時に、他人の幸せを願うこと。

これは、簡単なようですが、とても難しいかもしれないと思います。

誰かのためになにかしても、その相手が幸せだと感じてくれるとは限らないし、自分の幸せにしても、感じ方は変動するもののような気がします。

「自分が幸せでなければ人を幸せにすることはできない」と言いますが、とても奥の深い言葉だと思えます。

少し話がとびます。

外国の哲学者が言った言葉なのですが、誰の言葉だったのか思い出せません。

「生きている時に神を信じないで、死んだ時に神がいたとわかった。生きている時に一生懸命神を信じていたのに、死んでみたら神はいなかった。このどちらが幸せだろうか」という内容のものです。

親鸞の『現世利益和讃』では、「念仏を唱え、阿弥陀様を信じることが、人間の煩悩による迷いや不幸から解放され、信心を喜ぶという、この世で最も大きな利益である」と説いていますね。

反面、来世利益も、浄土宗では同時に説いています。

『現当二世の救い』というそうですが、さきほど例にした海外の哲学者の言葉は、言わんとするところは違うのかもしれませんが、人間であれば、現世と来世、双方の利益を望みたいところかと思います。

身も蓋もない考え方ですが、神仏がいるかいないかは、死んでみたところでわからないかもしれないですよね。

だったら、いないんだから信じても無駄と思って生きるより、いなくてもいいからちょっとだけでも信心して生きてみようかな、と思うのがベターなのかもと。

死んだ時に神仏がいなくてショックを受けても、それはその時のことで、信じて生きてきたことを後悔することはなさそうに思います。

確固とした信仰を指しているのではなく、『神仏はいるかもしれない』程度の意識でも、自分が幸せになり、人を幸せにすることに、大きな効果(この単語は適切ではないかもしれませんが)があるように思えるのです。

さて、支離滅裂になってきたので、この話題はこのへんで(笑)



そういえば、と、話がまたもとに戻ってしまいますが(笑)

畠中恵のしゃばけシリーズはずっと読んでいますが、最新刊で、「天照大神と大日如来は同じ」ということがサラっと書かれていました。

まわりくどい説明がないので、本地垂迹の話を知らない人は、創作の一部だと思うかもしれませんね。



古典落語でも、改変することはあるんですね。

農園主さんのように落語に詳しい方が聞くと、通常の噺と変わっているとか、ここを端折ったとか、それこそ枝雀さんのようにうっかり飛ばしてしまったとかがわかるのでしょうが、あまり詳しくない人が聞いたら、これが『崇徳院』という落語なんだな、と認識してしまうわけですが、それもおもしろいですよね。

本を読んで、ストーリーを知るだけでも楽しいものですが、いろいろな噺家さんの落語を聞いて比べてみるのは、落語の醍醐味だと思います。

落語では長屋がよく登場しますが、釘が隣に、という話は、長屋の造りを知らないと、わかりにくいかもしれませんね。



同じ演目を話していても、マクラが長年同じということもないでしょうが、毎回違うということも、あまりないのかもしれませんね。

でも、聞く方も話す方も、マクラが変わると新鮮ですね。

3代目桂米朝の『鹿政談』、NHKの配信が見当たらなかったので、ニコニコ動画で見てみました。



https://www.nicovideo.jp/watch/sm4514275...

農園主さんがごらんになったのは、同じものでしょうか。

枝雀さんよりはゆっくりですが、それなりに早口なのに、明瞭で聴き取りやすいですね。

上方落語に武士がでてこない理由を話していましたが、そのうち奉行や奈良の燈籠、鹿の話になったので、本題に入ったかと思いましたが、マクラでしたね(笑)

確かに15分ほどありました。



上方の落語家さんが、noteに『鹿政談』を興味深く解説したものを見つけました。

噺家さんによって、お奉行の名前が違うというのは、ユニークですね。

https://note.com/monshiro/n/n24f611fa1f4...





鶏ガラスープのレシピをありがとうございます。

野菜も入れるんですね。

圧力鍋がないので(安全とわかっていても怖いから( ̄▽ ̄;))、気長にじっくり作ってみます。

日本では、風邪を引いた時や胃腸の調子が悪い時は、おかゆやおじやで、あまり汁物を積極的に摂ったりしないですが、西洋だと鶏のスープが定番らしいです。

おかゆよりよほど栄養、滋養がありますね。

鶏でも豚でも牛でも、骨がついたものを煮込むとおいしいですよね。

骨には、驚くほどのうまみがあることがよくわかります。



いくらか、涼しくなってきました。

今年の夏は例年の暑さと違うせいか、ふだんは飲まないソフトドリンクや、ゼリーをちょっと摂りすぎました。

最初は気にせず飲んでいたのですが、人工甘味料を使った飲料・ゼリーが多いことに気づき、それからはよく見て買っています。

果糖ブドウ糖液糖という甘味料は、安心と思い込んでいましたが、これもよくないんですね。

飲料以外にも入っているので、シャットアウトは難しいですが、ほどほどにしたいと思います。

2025年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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お返事、ありがとうございました。

農作物は、いいも悪いも予想と違う結果になったりしがちなのでしょうが、小梅の豊作はなによりでした。

梅酒は様々な効能もあることですし、手間はかかるでしょうが、楽しみな梅仕事だったと思います。



昨年10月の不調のあと。大小合わせて5回ほどコンサートがありましたが、クリスマスコンサートは絶好調、その1週間後の年末コンサートでは少々声がかすれた時があり、ヒヤッとしました(笑)

空気清浄機がそばにあると、乾燥するので、とたんに声に支障が出ます。

今回は湿度があったので、大丈夫と思い、空気清浄機を切らなかったのですが、一曲目『サマータイム』のラストで裏声で終わらせようとしたら、声がみごとにピキっと切れてしまいました(笑)

もっと衝撃的だったのは、セッティングしておいたマイクスタンドのマイクホルダーが突然真っ二つに割れ(十戒??( ´∀` ))、開演5分前にマイクが落ちたことでした。

スタンドもホルダーも新品を持参したのに、なんということでしょうね(笑)

施設の方が、養生テープでぐるぐる巻きに固定してくれて、無事終了しましたが、アクシデントはつきものです(笑)



思いのほか、精神的にいっぱいいっぱいだったのか、終了後にホッとしてひとりで外食をしていた時(仕事の時は朝、バウムクーヘン一切れしか食べません)、不思議な感覚に陥りました。

数年前、日本酒をおちょこに1杯だけ飲んでからお風呂に入った時に、似たようなことを経験しているのですが、この時はお酒の酔いのせいだったのかもしれません。

シャンプーをしていた時と、出てから髪を乾かしていた時の2回なのですが、確かに起きているのに、数秒、あるいはもっと長かったのかもしれませんが、夢を見ていた、という表現しかできない映像を見ました。

(書き足し)シャンプーの時はわかりませんが、髪を乾かしていた時は目を開けていたはずです。

どこかの(日本なのか海外なのかもわかりません)地下鉄の構内に水が入ってきて、みんながパニックになっているのですが(私はそれを見ていました)、ふっとその場面が終わった時、それがニュースで見た記憶なのか、自分が体験したのか、とてもあやふやで、何ともわからない感覚になったのです。

一番納得がいくのは、単純に酔っていて(おちょこ一杯で酔えます(笑))、ふっと瞬間的に寝てしまって夢を見た、ということかもしれません。

予知夢とか、パラレルワールドということも、無理に考えればありえるかもしれません。


今回は違いました。

映像は見ていないし、お酒も飲んでいません(笑)

うまく説明ができないのですが。

考えごと「A」をしている最中に、いきなり他の思考「B」がふっと瞬間的に入り込んできて、その「B」についてなんだったのか思い出そうとするのですが、どうしても思い出せません。
 
確かに「A」について考えていたんだけど(そのAは思い出せます)、別の思考「B」がふっと出現し考えた、という感じです。

それが、何回か繰り返されました。

せん妄とも違うし、もうろくして思考が入り乱れてはっきりしない、ということとも違いました。

あやしい薬も飲んでいないし(笑)、なんだったんでしょう。

「思考B」というのは、単語が心に浮かんだのではなく、「なにかについて考えていた」、という感じのものでした。

今晩のおかずを考えている時に、ほぼ同時に、そういえば洗濯したっけ?と思うような、普通にありえることとは全然違いました。

無理無理こじつけるとすると、私はそこに確かにいて、食べていて、考えごとをしているんだけど、同じ意識を持った私が、ほんの数秒、ほぼ同時に、意識の表面に現れてきた、ということでしょうか。

脳波の検査が必要な病気の可能性もゼロとは言えませんね。

ブレインフォグとも言えないし、なんとも奇妙な体験でしたが、多重人格のどれかが突然現れたのかもしれません(笑)

自分で気づいていなかった緊張や疲れが、一過性の脳のバグとして出現した、というのが妥当なのでしょう←年のせいとか、病気ではなく、そう思いたいです(笑)



文学でも音楽でも絵画・彫刻などでも、過酷な状況の中で作られたものほど、繊細なように思えます。

恵まれた環境ではいいものが作れないとは言いませんが、追い込まれた環境で作られたものの方がよりいいものに仕上がる、そういった傾向があるように感じます。

演奏・歌唱もそうですね。

ある程度の苦労や人生経験がないと、演奏に味が出てこず、テクニックだけを誇示するものになりがちです。

宮沢賢治はご存じのように曲も作っていますが、あれは、都会に住んでいたのでは作り得ない、雄大な空や自然と、童話を書くような想像力と世界観、常識にとらわれない柔軟なロマンチシズムによってできたものだと思います。



農園主さんの花博の記憶、おばあちゃまの認知と現実の違い、私のこの度の摩訶不思議な話は、それぞれ異なるようでいて、やはり人間の深層心理や、意識・無意識の世界に関連するものなのかもしれません。

自分が確実に認識していることだけでこの世が構成されているわけではない、という言い方は適当ではないかもしれませんが、脳内で、小さなひずみのようなものが頻繁に起きていて、「間違いない」と固定しているものを、むざんにも切り崩していってしまうのかもしれない、と、頭がおかしくなったようなことを思ってしまいました(笑)


少し話は逸れますが、10年ほど前に亡くなった父の話です。

悪性リンパ腫で全身に転移がありましたが、それは亡くなる寸前にわかったことで、入院のきっかけは、背中の圧迫骨折で歩けなくなったからでした。

長期の入院になると思ったのか、病院から一度家に帰り、パソコンのデータを(仕事の)USBにすべて入れ、会社に届けさせ、それから入院しました。

その後の経緯は省きますが、数ヶ月後、病室の天井を指さし「あれはなに?」などと不可思議なことをたまに言い出すようになりました。

意識は明瞭で、特に問題はなかったのに、です。

悪性リンパ腫のことを伝えたのか伝えなかったのか、覚えていないのですが、恐らくもう家には帰れないという認識があったのだと思います。

入院費のことや、その後の金銭的なことを私と妹に託したり(母がとんでもない浪費家だったので・・・)、話も普通にできていました。

もしかすると急激に痴ほうに?とも思いましたが、どうも違います。

父も、自分がおかしなことを言っているという感覚がまったくありませんでしたが、どうしても天井のあたりが気になるようでした。

よく死期が近づいた人が、「亡くなった人が迎えに来た」と言う話を聞きますが、もしかすると霊ではなく、違う次元のものが見えるようになる、、、のかもしれません。

また、死期が近いなどという特定の条件に関わらず、誰でもいつでも、知らず知らずのうちに、通常なら見えないところとつながって、「お互いに」無意識のうちに行ったり来たりしているのではないか、とも思えます。

話を広げると大変なことになるので(笑)、ここで止めますが、夢もそういったことと関係するらしいですね。

夢を毎日記録している人が、突然異次元や幽界のようなところとつながってしまうという話もよく聞きます。

鎌倉時代の僧、明恵上人は、40年間夢日記を書きましたが、創作ではないのでしょうが、夢と現実が入り混じっているところが多く、明恵にとって、現実と夢との境目はとても曖昧だったということです。


現実と夢、そしてそこに違う次元の世界も加わって、曖昧、あやふやな出来事【青字部分・訂正】が起きたり、記憶があいまいになったり、置き替えられたりすることも、充分にありえる話ではないか、と思った次第です。

【書き足し】 記憶の置き替えというか、すり替えのことは、農園主さんの深層心理のお話を否定するものではありません。

今回、いろいろわかりにくいおかしなことばかりを書いてしまいましたが、オカルトやスピリチュアルに結びつけたいのではなく、人の目には見えないもの、聞こえないものを、見たり聞いたりすることは、認識していないだけで案外普通のことなのかもしれないと、なんだか素直に思えました。




コレステロールは控えすぎてもよくないことを、知りませんでした。

脂質や糖質にしても、単純に控えればいいということでもないようで、管理栄養士さんというのは大変な仕事なんだな、と気づきました。

農園主さんは、それにも勝る知識で食の改善に取り組み、実行していらっしゃるので、本当に頭が下がります。

夏場は、暑さと湿度で体力をかなり消耗するので、しっかり食べることは大事ですね。



お返事は、くれぐれもご無理のないように、ゆっくりペースでお願いします(*^▽^*)

2025年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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お忙しいところ、早速お返事をいただき、ありがとうございます。

今回の食事制限のことはよく理解していますので、却って気を遣わせてしまい、ごめんなさい。

健康のためにと、最近積極的に摂っていた、納豆、オリーブオイルや亜麻仁油、魚などですが、脂質に気をつけないといけないことを教えていただき、ありがとうございます。

昨日、あれからゴマとクルミの脂質を調べて唖然としましたが、確かに油がとれるくらいですから、これは大問題ですね。
うっかり送らなくてよかったです。

私も、摂りすぎに気をつけるようにします。

私としては、いらないと思うものは、はっきりおっしゃっていただくほうが、ずっとうれしいです←勝手にみかんの皮の粉を押しつけたくせに、なにを言ってると反省中(笑)
特に、今回のような健康にかかわるものは、よけいにそう思います。

ですから、申し訳ないとは思わないでくださいね。

みかんの皮の粉を活用していただき、ありがとうございます。

いただいた、お漬物と紫蘇シロップは、昨日でおいしく食べ(飲み)終わりました。

普通の柴漬けも、酸味がある自然の味で、普段食べていた柴漬けとはまったく違う味わいですね。

今年はいつもより花粉の症状がひどいのですが、いただいたスパイスを摂ると、とてもスッキリするので、ありがたく使わせていただいております。

たくさんあるので、カレーやタンドリーチキンだけでなく、ブリ大根など和風の煮物にも入れて、おいしくいただいています。

今日は寒く雨模様ですが、こういう日は花粉の飛散が少ないので助かります。

気温差もあるので、風邪などひかないよう、お気をつけください。

ではまた数日後に(*^。^*)
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ご連絡ありがとうございます。

このようなご厚意に際して、食事制限をする身はほんとうにつらいです(笑)

クルミと黒ゴマ、どちらも大好物です。

健康によいのもわかりますし、きっととても美味しいのだろうとおもいます。

ただこの一か月余り、極端に食習慣が変わってしまったため、いま家にある脂質を含んだいろんな食材を持て余しているのが現状です。



釈迦もイエスも、じぶんに与えられた贈りものや厚意を断わることはなく、大きなものをいただいても「ありがとう」、小さいものをいただいても「ありがとう」と分け隔てなく喜んだといいます。

この年齢になって、信頼がおける方とであれば、貸しも借りも作りながら生きていくのが正しい、とおもうようになりました。

しかしそのようにありたいとおもいつつも、ぼくはやはり凡愚です(笑)

せっかくのご厚意をお断りしなければならないのがたいへん心苦しいのですが、今回は遠慮させていただこうとおもいます。

なにとぞご理解をいただければとおもいます。申し訳ないです。

そのかわりというわけではありませんが、いまぼくは皮なしの鶏むね肉をサラダチキンにして、それを薄切りにして野菜やキノコや海藻の上に乗せ、陳皮パウダーをたっぷりかけて、市販のかんたん酢を和えたものを、毎日のようにおいしくいただいています。

陳皮パウダー、ティースプーン一杯ぶんを毎回ぜいたくにつかっているのに、まだまだ使えそうです。

気に入ったので、今度からはじぶんで買って補給させていただきます。

ギズモさんからはもうこれまでも物心両面においてじゅうぶんに頂いておりますし、いつもあたたかいお心遣いに感謝しております。

2025年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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みかんの皮パウダーなんですが、健康効果が高いですね。

ギズモさんはもうご存知だろうともおもったんですが、釈迦に説法だとはおもいつつ、すこし突っ込んで調べてみたことを書いてみます。



血管ケアに努めておよそ一か月。おかげさまで体調は日に日によくなっています。

血管によい食材はじつにたくさんあるのですが、なんとなくイメージで、韃靼そば茶のルチンが浮かびました。

食習慣に取り入れようかとおもいましたが、ぼくはお茶を習慣的に飲み続けるのが苦手なんです。

しかしルチンはビタミンPの一種なのですが、ヘスペリジンもビタミンPだったんですね。



ちなみにビタミンとは「糖質・脂質・タンパク質の代謝を円滑に進めて潤滑油のような働きをする栄養素」のことをさすそうです。

人間の肉体は酵素のカタマリで、この酵素が代謝をつかさどっています。

酵素がうまく作用しなくなると、糖質・脂質・タンパク質の代謝がうまく働かなくなり、肉体の不調としてあらわれるわけです。



酵素がうまく働いている状態は「代謝がよい」。

酵素がうまく働かない状態は「代謝がわるい」ということですね。



ビタミンは、体内に入ると酵素を補う「補酵素」として作用するようになります。

なので、生活の乱れなどで多少代謝のわるい状態でもビタミンを補給していると、働きのにぶった酵素を補うので、ある程度は底支えしてくれます。

ビタミンは体内では合成できないので、食品で摂取する必要があります。

ただビタミンPの場合、補酵素として作用するのですが、体内でも合成できるので、厳密にはビタミン様物質といわれているようです。



ご紹介いただいたギズモさんに向かっていよいよ釈迦に説法で恐縮なんですが、以下がビタミンPの作用ですね。

毛細血管を強くする
血流を改善する
悪玉コレステロール値を低下させる
抗アレルギー作用がある
免疫力をアップする
血圧の上昇抑制作用
活性酸素を除去する働きがある



ビタミンPは、ルチンやヘスペリジン、ケルセチンなどのフラボノイド(色素)の総称だといいます。

つまりビタミンPは、フラボノイドのうち健康効果が同様の数種類をまとめたものということのようです。

そばや柑橘の皮、赤タマネギの皮が代表的なんですが、ビタミンPに限らず、フラボノイド(色素)の多くには似たような健康効果があるようです。

たとえばナスのあの紫色の皮(ナスニン)、トマトの赤(リコピン)、ピーマンの緑色(ヘスペリジン)、ブドウやブルーベリーや赤ジソの紫色(アントシアニン)、ゴマ(セサミン)はすべてフラボノイドとして、血管を強くする健康効果も備えています。

またイチョウの葉のサプリメントがありますが、イチョウの葉にはフラボノイド類が多いのだそうです。

大豆にもフラボノイドが含まれていて、これはイソフラボンとよばれています。こちらは血流には作用しませんが、女性ホルモンに似た働きをするといいます。



しかし血管にいいとされるフラボノイド野菜、夏場はなんとかなりそうですが、冬野菜には不思議とラインナップがないんです。

最近の果物、そのまま買うのは高いですし(笑)

その点みかんの皮パウダーは冬に積極的に摂取するのがよさそうですね。

ほかのフラボノイド系の食材に比べるとコスパもよいですし、個人的には年がら年中加えたいくらいの薬味でした。

あとコスパがよいのは、ゴマでしょうか。

ゴマを5g弱で、サプリメント1回ぶんくらいのセサミンがとれるようです。



前回、ギズモさんの想定していた食べ方ではないかもしれないとおもって言えなかったんですが、おもいきって言います。

みかんの皮パウダー、麻婆豆腐にふりかけたり、先日は豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたものにたっぷりふりかけて、丼にしていただきました。

脂のつよい肉やこってりした中華系の料理と、風味の相性がいいと感じています。

今度は汁なし担々麺にたっぷりかけて食べたい(笑)

ふだんの食生活に取り入れて美味しくいただいています。

いままであまり意識してこなかったんですが、色の濃い野菜の健康効果が高いことに気づかせていただき、感謝しています。



さて、むかしの人々が伊勢のアマテラスを認識していたかどうかということなんですが、これが長い話になってしまいました(笑)

お伊勢参りが大流行した江戸時代の人々は、お伊勢さんの神がだれであるかについては、あまりこだわらなかったとおもいます。

現代でもそうだとおもうんですが、たとえば四国八十八箇所の霊場を巡るときに、お参りしたひとつひとつの寺院にまつられているご本尊を確認する人はあまりいませんよね。

みんなじぶんの我欲や煩悩と向き合うのが目的なのであって、対峙する相手(神仏)が具体的にだれなのかということは、あまり突き詰めません。

強いていえば、たいへん尊い神仏であることは承知しているが、名前もお姿も存じ上げず、ただおすがりしに行くのだ、というようなスタンスでしょうか。

お伊勢参りをする人々も、多くはおかげまいりの流行に乗るのが目的で、よほど国学を研究している人でもない限り、具体的な宗教意識をもって参拝した人は少数だったのではないかとおもいます。



しかし、江戸時代に突如流行したおかげまいりには、遠巻きにある思想が影響しているかもしれません。

というのも、伊勢神宮は古来から仏教の影響を受けませんでした。

というより、仏教が主で、神道が従であるという関係性をはね返してきたのです。

アマテラスが大日如来と習合したケースも各地にはあるんですが、伊勢の神宮は本地垂迹(神仏習合)を断固として認めませんでした。

これには理由があります。



鎌倉時代に外宮の神官だった度会氏(わたらいうじ)の一族を筆頭に、当時隆盛を極めていた本地垂迹に対して、強く反対したんです。

そして、アマテラスを絶対的な神格として、神が主で仏教こそが従であるという思想(伊勢神道)を唱えました。

これは仏が主で神が従であるとした本地垂迹(仏本神迹)に対して、「神本仏迹」ともいわれます。

このような主張ができたのは、伊勢の神宮がほかの神社に比べて特別な場所だったからでしょう。

戦後に社格制度はなくなりましたが、古くから伊勢神宮の社格は最高位であり、近代社格制度においても「全ての神社の上にあり、社格のない特別な存在」という位置づけだったんです。



多くの神社は、平安時代あたりにはどこも衰微しています。

庶民が神様より仏様を信じるようになっていたんですね。

ごく自然なかたちで「仏教 > 神道」という意識が生まれ、本地垂迹が起こります。

どこの神社も仏教に飲み込まれるようにして、神々が仏教由来の何者かへ変化していきました。

人々もまた、「あのよくわからん神さんもじつは仏さんやったんか。それなら一緒に拝もう」といった具合で、神仏習合を受け入れたんですね(笑)

あの出雲大社でさえ、鰐淵寺と結びついて神宮寺となり、江戸時代(1667年)に神仏分離が寺社奉行に認められるまでは、境内に仏堂や経典が並んでいたといいます。



伊勢神道を前回話した内容でたとえると、アブラハムの宗教における絶対神のような存在として、アマテラスを考えたようです。

多神教における最高神として、しかもあらゆる神仏と別格の存在としての絶対神という位置づけでした。

この思想が、江戸時代に研究された国学の基礎になります。

なにせ当時の日本には通史がなかったので、だれも徳川以前にだれが社会を統治していたかなんてわかっていませんでした。

国学はこの天下が、もとは天皇が統治していた神国だったことを突き止めました。

そしてこれが尊王論の論拠となって、徳川打倒の起爆剤になります。



江戸から明治の過渡期になると国内に仏教アレルギーが巻き起こり、過激な廃仏毀釈が行われました。

この仏教アレルギーは、半ば徳川体制への反動といってもいいでしょう。

そして近代日本は仏教を弱体化させ、天皇を絶対的な神として位置づけるようになりました。

明治に誕生した国家神道の根っこをたどっていくと、アマテラスを絶対的な神として、神本仏迹を主張した伊勢神道があります。



ギズモさんが、日本人はありとあらゆる神仏に祈れる民族で、森羅万象に感謝の念を抱き、拝むことができるとおっしゃいました。

ぼくもそこが日本の宗教のアイデンティティだとおもいます。

しかしそんな日本の風土の中でも、伊勢神道は多神教の融和性をあえて否定し、みずからを至高の存在だと主張ました。

その点で伊勢のアマテラスには、よくもわるくもカリスマがあったのでしょう。

そうやって考えていくと、江戸時代におかげまいりが間欠的に流行したのは、もしかしたら徳川家の仏教びいきとその腐敗に嫌気がさしていた庶民がそれとなく反抗して、アマテラスのカリスマに頼った側面があったのかもしれません(笑)



二荒山神社の賽銭箱のお話、遥拝所のようになっていたんですね。

この件もお話したいことがありましたが、長くなってきたので次回以降のタイミングのあるときにさせてください。

2025年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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お福分けの写真、ありがとうございます。

この写真を受けて、今回はもうすこし磯前神社について……そしてちょっとヘンな話をしようとおもいます。



岬の突端に鳥居をつくるというのは、やはり神社の名前が「磯前」だからでしょうね。

大洗磯前神社も、酒列磯前神社も、おそらく江戸時代に社殿が建つまでは、お社はほとんどおまけのようなものだったことでしょう。

因幡の白兎の物語の舞台が、岬の岩礁であることを考えても、このふたつの神社はもともと、荒々しい波濤をもたらす岩礁(岬)そのものがご神体だったのではないかとおもわれます。



大洗磯前神社ではオオナムチ(オオクニヌシ)を直接的に大黒天とみなしていたそうです。

しかし七福神信仰は室町以降におこったといいますから、平安時代にはなかった考えですね。

大黒天は「海の向こうからやってきた福の神」のひとりです。

大黒天は打ち出の小槌を持っていますから、一寸法師をスクナヒコナに見立てるつながりが出てくるんですね。

もちろん、たいへんめでたいシンボルです。



日本海側や瀬戸内海に面して鳥居をつくる場合、大陸からのよそものの侵略に対しての縄張りを主張するという、ものものしい側面が出てきます。

しかしこちらは太平洋側でしょう。

たとえば伊勢の、二見浦の夫婦岩の場合は、あれは猿田彦に由来していますが、太陽(アマテラス)をお迎えするためのご神体なんですよね。

非常に明るいものをお迎えするのであって、そこには侵略を警戒するようなものものしさはありません。



同様に茨城のふたつの磯前神社も、あの岩礁を包括するご神体を仲立ちにして、なにかとてもめでたく縁起の良い、現世利益にむすびつく存在を海の向こうからお迎えする、というイメージがあったはずです。

薬師菩薩にしても、海の向こうからあの鳥居に向かって、晴れ晴れしいなにかを伴いながら御来迎いただくというようなイメージだったことでしょう。

平和な太平洋側の海岸で、さらに日が昇ってくるという「陽」の感覚が、こういった印象をもたらしたのだとおもいます。



さて、ここから盛大に話がそれるんですが、人類は有史以来、資本主義が台頭するまでは、基本的に日が昇る東の方向へ向かっていったようです。

なんだかとんでもないことを言ってるようにおもわれるかもしれませんが、歴史を振り返ってみるとあらゆる面でそうとしか考えられないんです。

奈良朝廷が「日出処の天子、書を日没する処の天子に致す」と隋に国書を出したときも、日が昇る東をよいものとみなし、日の沈む西をよくないものとみなしてますよね。



ところ変わって、アメリカ大陸にいた原住民は、DNAをみるとモンゴロイドの系統だったといいます。

つまり、ユーラシア大陸にいた人々が太陽の上る方向へ、とほうもない旅路を経てアメリカ大陸に定着した。

ヨーロッパ側からも多少の流入はあったようですが、西へ向かって海を渡ってアメリカ大陸へ、という旅路はあまり流行らなかったようです。

人類は積極的には西に向けての冒険をしませんでした。

漠然と太陽の昇る東方に明るい「生」をイメージし、太陽の沈む西方に暗い「死」をイメージしたからでしょう。



ヨーロッパが本格的にアメリカ大陸を開拓し始めたのは、産業革命ごろでした。

その産業革命が起こる250年以上前の1492年。

コロンブスがスペインから船出して、偶然アメリカ大陸を発見します。

大航海時代ですね。

この時期、ヨーロッパは世界中の海を渡って、富や資源を持ち帰りました。

それによってヨーロッパで価格革命が起こります。

これが産業革命と近代資本主義の起爆剤となりました。



この時代のヨーロッパの人々の、お金や富に対する熱狂はたいへんなものです。

資本主義というあたらしい燃料がもたらした火力は、人類がそれまで抱いていた迷信をも焼き切ってしまいました。

人々は、死を連想する西方にも臆することなく立ち向かうようになります。



コロンブスがアメリカを発見してしばらく経った1517年、カトリックからプロテスタントが分離しました。

これは理由があるんです。

カトリックは金儲けや蓄財を罪としていましたが、プロテスタントはルターから始まり、カルヴァンに引き継がれる中で、段階的に金儲けも蓄財も肯定していくんですね。

おりしも大航海時代による価格革命の機運に乗じて、ヨーロッパで必然的に経済格差が生まれていました。

つまり、成金がわんさか生まれていたんです。

しかしカトリックは旧態依然の、「じぶんたちだけが免罪符などで儲けて、庶民には金儲けは罪として、質素倹約を押し付ける」という姿勢です。

そこで旧来のカトリックでは「時代に乗り遅れる」ので、プロテスタントが発生した……プロテスタントには、キリスト教を資本主義の新時代に合わせてブラッシュアップした側面がありました。

プロテスタントは禁欲的な戒律をもちましたが、それも近代資本主義の合理性を求める精神によくなじんだのです。

そんなかれらにとって西方のアメリカ大陸はまさに桃源郷でした。

なにせカトリックと対立する必要もなく、じぶんが努力して開拓した土地はそのままじぶんの土地となるのですから。

いまのアメリカがなぜあんなにも極端な資本主義国家なのか、という問題の、原理の部分はここにあります。

アメリカはまさに、一貫して金儲けのための国でした。

そんな特殊な事情がなければ、人間は本来、縁起のわるい日の沈む方角を積極的に開拓しようとはなかなかおもわなかったことでしょう。



日本が本格的に西方を侵略したのも、明治維新以降、脱亜入欧で本格的な資本主義社会になってからですよね。

それまでに一度、豊臣秀吉が東アジアの征服を企て、朝鮮半島へ攻め込んだことがありました。

まだ鎖国をしていない1580年ごろですから、日本の武将たちは西洋の思想を相応に理解しています。

秀吉は、世界中を開拓し迷信をおそれぬ西洋の思想を理解したうえで、「ならばわしも西方を支配しよう」と決意したのかもしれません。




仏教でいえば、西方浄土は死後の世界ですよね。

それに対して東方浄土(瑠璃光浄土)には、現世利益がある。

この東と西の方角による生と死のイメージの違いは明確でしょう。



飛躍しますが、『西遊記』も、西の方角へのわるいイメージを利用しています。

なにせ三蔵法師が天竺(西方)へ近づくほど、まがまがしい妖怪変化がわんさか出てくるわけです。

そのおそろしい西方の世界を越えると、ありがたい経典が得られます。

しかしその境地へは、生身では行くことができません。



西遊記の終盤の話です。

聖域にたどりついた三蔵一行は、激流の川に差し掛かりました。

孫悟空でさえわたることができなさそうな川の向こうから、底の抜けた舟に乗った宝幢光王仏があらわれます。

ありがたい宝幢光王仏のお迎えなのだからと三蔵法師が意を決して底なし舟に乗ると、そのまま肉体は川に飲み込まれました。

しかし不思議なことに、三蔵はなにごともなかったように舟に乗っています。

いったいこれはどうしたことかと一向(誤字:一行)いぶかしがるのですが、舟がしばらく進むと、三蔵の肉体が川から流れてくるではありませんか。

それをみて一行は、「川を流れていたのはお師匠様の現身で、いまそこにおられるお師匠様は凡胎を脱してまことの悟りに至ったのだ」と理解します。

つまり、この川で三蔵法師は死に、肉体から解脱したことで天竺にたどり着くことができたんですね。

そして天竺で経典を受け取ると、東土(長安)へ戻って経典を太宗皇帝に届け、そのまま一行は今度はあっという間に天竺へ戻り、それぞれが釈迦如来に認められてしかるべき仏様になる。

西遊記の最後は、こんな感じです。

やはり西の方角と「死」が結びついていました。



さて、ずいぶんおかしな方向に話がそれました。

ギズモさんから写真をみせていただいて、むかしの人々は太陽ののぼる東の海にとてもよいイメージを抱いていたのだろうな、ということを述べるために、ずいぶん遠回りをしました。

すみません(笑)

2024年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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平家物語と寂光院へのご旅行のお話をありがとうございました。

国道で、そんな危険な道路があるんですね。
ネットで実際に百井別れ(「分かれ」ではないんですね)のあたりを走っている写真を見つけましたが、こう書かれていました。
森に吸い込まれるような林道状態。・舗装が荒れています。・勾配が尋常ではありません。

帰りは別の道を通ったとのことで安心しましたが、同じ道を通らないと帰れないということだと、ぞっとします。

大根を洗っているおばあさんに道を尋ねたら、高野聖みたいに~というくだりは、農園主さんならではと、感服しました。
異界に引きずり込まれなくて本当によかったです(笑)

鞍馬寺には異界と通じている場所があると、以前noteで知り合った女性が言っていましたが、他でも、鞍馬のあたり一帯には天狗がいるという話もよく聞きます。
なんでも天狗はとてもいたずら好きで、気に入った人には有り得ないものを見せて喜ぶんだそうです。
例えば、山道ですれ違った人が一瞬でいなくなったとか、山中の神社でほんの1分ほど目をつぶってお参りしていたら、誰もいないのにさっきまでなかったお花が置いてあったとか。
そのおばあさんも、天狗のいたずらかもしれません(笑)

授与所の女性がおっしゃった、「仏様のお導き~」ということは、本当にあると、常々思っています。
寺社仏閣は、人と人とのつながりと同じで、ご縁だと感じます。
行きたいと思ったところは、「来なさい」と呼ばれているのかもしれません。
ここは行ってみたいな、とずっと思っていても、なぜか行くチャンスがないことも多いので、そこはたぶんご縁のないところなのかも、と思います。

摩訶不思議なことを言いますが(笑)、お寺や神社に行く時、なぜかあっさりと着かないことがとても多いです。かなりの確率でそうなります。
車の場合、ちゃんとナビを入れても、遠回りな道を指示されたり、だんだん細くなって車が通れなくなる道を当たり前のように案内され立ち往生したり、同じところをぐるぐる回ったり。
広い普通の道で行けるのに、くねくねカーブの多い山道を指示されることもずいぶんありました←ナビの「推奨」を選んでいるのに、ですよ( ̄▽ ̄;)
電車で徒歩の場合も、どこかで道に迷うんです(笑)
ネットなどの情報では、それは歓迎されている証拠。苦労して来なさい(かわいい子には旅をさせろ的な)、ということらしいですが、なかなかたどり着けないところほど、「ああ、ここ好き~」という神社やお寺なのもおもしろいです。

動画を拝見しましたが、建礼門院の大原西陵には鳥居があったので、不思議に思い調べたら、「出家していたため、鳥居の中に五輪塔という珍しい御陵」とありました。

寂光院は、徳子が望んで行ったわけではないのでしょうが、なぜそこ?という、場所ですね。
菩提を弔いながら生涯を過ごさなければならないのなら、もっと他のところでもよかったように思いますが、そこには誰かの思惑があったのでしょうか。
山々の景色は、現代とその頃とほとんど変わっていないであろうと考えると、徳子の思いのようなものが、今も残っているように感じました。

私は今まで、壇ノ浦の海で入水や自害をしたことについて、女や子供、一族郎党がみな後を追わねばならなかった、あるいは殺されるものだと思っていましたが、記事を拝読するとそうではなく、女子供は殺す必要がなかったのですね。

平家物語は、史実に基づいてはいてもフィクションが多いとのことですが、農園主さんが書いてくださった後白河法皇と徳子のくだりは、当時本当にあった会話のように思います。

武家と皇室の血で血を洗うような因縁の物語が「灌頂の巻」での二人の語り合いで浄化されてしまう、とお書きになっていらっしゃいますが、確かにこの語り合いがなく徳子がひっそりと亡くなっては、徳子の汚名と孤独を背負いながらの生活が、ひたすら悲しくつらいものになってしまったかと思えます。

徳子は後白河法皇の姪にあたるとのことですが、甥、姪というものは、我が子同様に、無条件でかわいいもののはずです。
しかも、徳子の夫は息子である高倉天皇。
安徳天皇への愛情も推して知るべしかと思います。

地獄の六道に例えた、というのも、徳子の経験したことの壮絶さを感じます。
それによって後白河法皇も、徳子の生き地獄のようなできごと、思いを、心から理解できたのではないでしょうか。
想像にすぎませんが、汚名もつらく悔しいことですが、目の前で我が子が沈んでいくのを見たという心の痛みは、一生消えなかったかと思います。

戦によって、男性はもちろん、多くの女子供が犠牲になってきたことをわかっていながら、何百年経っても争いを繰り返す人間の愚かさを痛感します。

平家物語について、実際に訪れた寂光院のお話と合わせて書いてくださり、ありがとうございました。
地図を添えてくださったことや、行く道のことまで書いてくださったことで、平家物語の時代、徳子の出家してからの暮らしぶりや様子に、思いを馳せることができました。

ご存じかとは思いますが、婦人病に悩む中将姫のために作られた秘薬の製法を、津村家(藤村家)が中将姫をかくまったお礼として教えられ、それをもとにツムラの創業者が中将湯を作ったそうですね。
私が子どものころ、おばさんたちはどこの家でも、中将湯か實母散を飲んでいました。
中将姫の時代の平均寿命は24歳だとか。
それを考えると、中将姫の婦人病というのは、恐らく更年期障害のようなものだったかと思います。

中将湯の成分で作られた薬湯(やくとう、でなく、くすりゆの方です)がバスクリンだそうです。
あのすごい緑色に薬効があるように思いますが、普通のバスクリンの成分に生薬は入っていないんです。
乾燥硫酸ナトリウム、炭酸水素Na  
その他の成分 L-グルタミン酸ナトリウム、ホホバ油、無水ケイ酸、デキストリン、アラビアゴム、ヒドロキシプロピルセルロース、香料、黄202(1)、青2、青1、粘度調整剤

一方、「バスクリンのくすり湯 バスハーブ」はほとんどが生薬です。
バスハーブ抽出液(トウキ、センキュウ、ハマボウフウ、チンピ、ハッカ、カミツレの生薬抽出エキス)

その他の成分
無水エタノール、BG、香料、クエン酸水和物、PVP、POE 硬化ヒマシ油、イソステアリン酸 POE 硬化ヒマシ油、シメン-5-オール、パラベン、黄202(1)

割高ですが、冬場の皮膚のかゆみに効果があるし温まるので、ここ数年、チビチビと、少なめに入れて使っています(笑)←宣伝ではありません(笑)

沸かし直しのお湯は金属的な原因があると思いますが、薪もアレルギーがあるんですね。
(書き足し:薪のアレルギーではなく、薪で沸かすことで起きるアレルギーということですね。失礼しました。
アレルギーというのは、本当に厄介なものです。
年齢や環境によっても変わりますし、体質改善と言ってもなかなかできるものでもありません。
私もいろいろなアレルギーがあり、苛立つことも多いですが、だましだましつき合っていくしかないのかもしれませんね。

2024年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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この時期、よく手をケガするんですけど、たぶん作業が立て込んでるからだとおもいます。

この時期は夏の種まきや畑の準備、草刈りが始まり、葉物野菜とニンニクやズッキーニの収穫が重なるなど、ヘロヘロになりがちです。

気を付けないと、先日も不織布を片付けるときに足がひっかかって畑で転んでしまいました(笑)

にんにくは、うちはどうしても販売に適さないような小さいものがたくさんとれるんですが、これは3つむいてようやく市販のにんにくひと粒くらいにしかならないので、皮むきするにしても手間ばっかりかかって得られるものが少ないんですよね。

これが機械化できたらこんなありがたいことはありません。



デスクトップとノートパソコンはそれぞれ一長一短あって、パソコンとしての使い勝手としてはデスクトップ一択だとおもいます。

ノートパソコンは画面も小さい、部品の取り換えもきかないんですが、持ち運びできるという一点が最強すぎて、デスクトップの利点をかなり犠牲にしてもやっぱり便利なんですよね。



全力坂、初めて知りました。

この前、東京の中華料理屋でお酒を飲むというコンセプトの番組をみたんですが、いまのテレビ番組の、特に東京の番組はずいぶんニッチなところを攻めるんだな、と感心しました。

もちろんこれは嫌味じゃなくて、東京をきちんと味わい尽くすというか、ていねいに利用している感じがして、坂道を走るのにしても、なんだか好感がもてます。

田舎でもいろいろとおもしろいコンセプトはあるはずなんですが、東京のようにはうまく紹介しつくせないですね(笑)

しかし東京で長崎のような坂があると、都市部という性質上ややこしいです。

というのも、都市部ではみんな効率性を最優先して生活しているでしょう。

田舎は資本主義的な効率性を犠牲にしていることをコミュニティ全体で理解しているわけですが、都市部ではそうはいきません。

ギズモさんのおっしゃったスロープがないとか、荷物の配送の問題は、ほんの半世紀も前なら不便であるというところですんでいたのが、現代では資本主義的な競争が激化して、生活の効率が下がる = 収入面で差が出てしまうところまできているとおもいます。

ところで、ついこの前、朗読で養老孟司の『死の壁』を聞きました。

もう20年も前の作品ではあるのですが、その冒頭に、都市部の団地などはその構造上、死ぬことを想定していないというんです。

つまり、人が死んで、その遺体が運ばれるということを想定していない。
だから、棺桶を団地から出すのに苦労する。

生きている人、元気な人のためだけに都市設計されているのはおかしい、というわけです。

これらのことを考えると、仕事の第一線から退いた高齢者が、効率性の面で不利な坂の土地に住まい、そのかわりに死を想定して設計された住宅で暮らすというのは、いまの東京なりの合理性なのかもしれないとおもいました。

2024年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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高島易断、初めて聞きました。

なんとなくああいう本はむかしみかけたような気もします。

高島易断ではありませんが、うちでは母がたまに年始に九星気学の本を買っていたのはおぼえています。

ぼくはカレンダーの六曜と九星気学以外に親しみがありませんでしたが、家庭でどんなカレンダーをつかっていたか、市販の手帳(マメ知識のついたもの)をつけるクセがあるか、暦に興味があったかといったところで、守り本尊などの知識のあるなしが決まるのかもしれませんね。




農閑期はもう終わりで、いつでもスタートしたいんですが、なにせ天気がわるくて動けません。

仕方ないのでこまごました作業をしているんですが、結局3月にしておきたい畑仕事が後回しになるだけなので、4月以降すごい忙しさになりそうで、いまから戦慄しています。

うちのあたりはいまちょうど梅の花がよく咲いていて、桜はそちらより1~2週間ほど遅れるとおもうんですが、やはり入学式にはもう散り気味なのではないかとおもいます。

でもことしは暖冬といいながら、晩冬が非常に寒くて、しかも雨が多いため、うちのあたりでは梅も桜も咲きどきを戸惑っているようにおもえます。



タブレット、8インチのNEC製、いいものを買われたんですね。

持ち運びにはやはり8インチくらいがいいとおもいます。

つかい方にもよるとおもうんですが、日常的な使用であれば、高い性能よりも取り回しのよさと頑丈さが重要なんですよね。

画面スクロールで酔うのは気の毒ですが、タブレットを利用してうまく生活に活用なさっているのはすごいことだとおもいます。

2024年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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きのうは配列を見ながらでも30点、ブラインドだと20点いかなかったのが、きょうは配列を見ずに30点台までいったので、まあまあ上達した感じです。
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いざカナ入力をやってみてわかりましたが、キーボードの配列はユニバーサルデザインで、本来は英語で打ちやすいように配列されてます。

カナは文字数が多く、キーボードの端から端まですべて使う上に、それでも足りない。

本来指が届きにくい1列目や、右端までフルに使います。

さらにシフトキーで「っ」や「を」を打ち、濁音や半濁音はいちいち右上の小指で加えなければならないなど、ひと言でいえば、難易度が高いです。

ようするに、カナはキーボード向きの言語ではないんですよね。

それでもローマ字入力のようにひとつの文字を母音と子音で2回押す手間がなく、その文字を一回押せばいいだけですから、熟練すればローマ字より早く入力できるというのはほんとうでしょう。



えらそうなことはいえませんが、一度身についた早打ちは、練習をやめても「昔取った杵柄」みたいな状態が長く残ってくれるので、練習がムダにならないとおもいます。

ぼくの場合は、もう15~20年近く前に勤めていた職場が求人広告の制作だったんですが、そこで鍛えられました。

仕事がヒマな時期とか、職場の仲間たちで集まって、ネットのタイピングゲームで記録を競い合って、そこの記録を職場で独占していたことがあります。

みんなタイピングの猛者で、ぼくはせいぜい中の上くらいの記録でした。

タイピング練習は、筋トレみたいに数日サボるとすぐダメになる、みたいなことはありません。

40を越えると打鍵速度も老化するんじゃないかとおもっていましたが、意外と大丈夫だし、練習すればちゃんと速度も上がるようです。

ぼくもカナ入力と並行してローマ字ももうちょっと訓練して、高みを目指そうとおもいます。

2024年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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今、鍵付きで投稿しようとしたところでした。

もしかして、有料記事を送ってくださる方がいるのだとすると、私がいつも図々しくコメントしているために、その方がコメントできずに遠慮していらっしゃるのでは、と思うので、そうだったら遠慮なく言ってくださいね、と書くつもりでしたが、実にタイムリーな投稿をありがとうございます(笑)
テレパシーで何か伝わったとしか思えません(^^;)

あ、既に読ませていただいていました。
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ちょっと言葉足らずでしたが、だれかがプレゼントしてくれるといっても、ぼくにプレゼントするのではなくて、拡散するために勝手に落っことしてくれているのです。

それを拾ったものだから、申し訳ないという意味でして。

というわけで、消しました(笑)
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人工知能は、地に足がついていないんだという考えはまさにそのとおりで、意識の真似事のようなことをしている、という感じです。

では意識とはなんなのか、ということが記事の中で語られていたわけですが、だんだんと宗教的な話になっていくんですよね。

科学がどんどん「人間」から剥離していって、たとえば医療がすべてデータで語られて、人間を見なくなっていくとき、それじゃあAIが医療をすればいいじゃないか、ということになる、という。

科学だけが突出して発達して、人間がどんどん置いてけぼりになっていくわけです。



そんなことを考えていると、近い将来、人間は結局、近代以前の信仰の生き物に回帰していくのではないかという気がします。

人間が科学を操っていこうという近現代だったから、宗教はなおざりにされていたわけですが、科学が人間を置いてけぼりにして、人間が追いつけなくなったとき、人間はまたなにかを拝むことで、心のよすがを求めずにいられなくなるようにおもえます。

病気が科学のチカラで治っても、生活が科学のチカラでどんどん便利になっていっても、なぜそうなっているのかということに理解がいかなくなった人類は、結局人知の及ばぬなにかを畏れることによって生きるしかないのではないか。

それはたとえば軽微なモノであれば、朝、テレビの星座占いをみて一日の行動指針を決めるというようなことから、重度のモノであればじぶんの稼ぎのほとんどを信仰に貢いで安心せねば気が済まぬといったところまで、いまと変わらぬような信仰のありようが、いよいよ深く根を張っていく。

科学の時代なんだからそんなことはもうしなくていいんだ、という時代から、やっぱりそうじゃないんだ、という反動の時代がくるのではないか。



なぜそんなことになるのかというと、宗教は人間の苦しみから生まれたものだからです。

AIは人間の意識の真似事はするけれど、苦しみを分かち合うことができません。

人間を生きるという苦しみがわからない存在が、いよいよ科学の分野で存在感を増していく。

そうすると(これまでも半ばそうだったのだけど)科学に必死になってついていく分野の人々もまた、人間的なあいまいさを排除して、データ至上主義のロボットのようになるほかありません。

AIが科学分野で突出し、人間がそこに追い付けなくなれば、多くの人は科学の土俵から下りて、人間にしかできないことに回帰していくことでしょう。

それは結局、理屈ではないなにかを共有することで人間同士が連帯していくということです。

そうすることで、AIの完全支配から逃れようとする……というと大げさかもしれませんが、ようするにいまのぼくの、自然とともに生きているようなことが……最後に結局手前味噌な話ではありますが、大地に足をつけて生きて、日々の資本主義活動に追われすぎず、ゆっくりと時間をかけてものごとを考えて、自然を畏れて生きるようなことが、どうしたって人間の行きつくところだとおもうのです(笑)

#与太話
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「スパルタ馬鹿舌頑固オヤジ」には笑ってしまいました(笑)

インスタント麺はほとんど食べないのですが、サッポロ一番は、塩が格別においしかったという記憶があります。
さっきスーパーで見てきたら、5袋入って600円くらいでした。
時々食べたくなるのはカップ焼きそばで、お湯を捨てたあと、付いているソース+少量のバターとお醤油で炒めるのが好きです。
もちろん面倒な時は、お湯を捨てたらすぐ食べます(笑)

ベースのおじさんは、以前居酒屋で飲んでいたら近くの席からバンドの話が聞こえてきて、「あ、こいつらバンドマンだ」と思い、声をかけたんだそうです。
それがきっかけで、ベーシストとしてバンドに入ったのですが、やはりそれも縁ですね。

私は決して腕があるわけではないのですが、あちらのプロフィール記事に書いているカードの仕事や宝塚のカラオケ作りにしても、どれもどなたかのお引立てによって得ることができた仕事で、思ってもみなかった仕事をいただけたりと、つくづくご縁の大切さを感じます。

パクチーですが。
昔1年ほど上海にいた時、外で食べる麺にも入っていました。

中国では「香菜(シャンツァイ)」と呼びますが、セロリは好きでもなかなかなじめませんでした。
「小紹興(Xiao Shao Xing)」、上海語で「ショウドシン」という、紹興酒で有名な紹興出身の人が魔都時代の上海に作ったお店があり、お粥や蒸し鶏が有名なんです。
八角などと一緒に蒸した鶏を、ゴマ油とお醤油の、ちょっと甘いタレをつけて食べるのですが、それがまた絶品で。
ただ、中国醤油は日本のものよりずっと濃いです。
そこに、必ずパクチーがついているわけです。
そのうち慣れ、いつのまにか大好きになりました。

日本で売っているパクチー(=香菜、コリアンダー)は、最近はなんだかいやに硬く、生だと口に残ります。
サッと湯がくか、炒めないととても食べにくいのが残念です。
ミツバと同じくらいの束で200円くらい、高いです。

五香牛肉という中国の料理があるのですが、牛肉のブロックとお酒、生姜、八角、五香粉を入れ、醤油味で煮こむだけ、うちはちょっと甘めに煮ます。
ゆで卵も一緒に煮こみ、仕上げに彩りとして香菜を散らしますが、最近は硬いので少し煮てしまいます。
案外、香辛料のせいで独特な香りも少なくなるので、常備菜になるかもしれません。

コツは、国産のいい肉を使わないことです。
脂っこくなってしまうからですが、かと言ってヒレではパサパサしてしまいます。
オーストラリアのすね肉あたりが、おいしくできるようです。

パクチーそのものはおかずになるというものでもないのでしょうが、脂っこい料理の付け合わせ用に、浅漬けみたいにするのもいいかもしれませんね。

今日は雪が降ったのですが、30分ほどで止みました。
なかなか積もりません(^^;)
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https://bunshun.jp/articles/-/68285

このニュース見てると、いまの某芸人の乱倫報道に対するニュースメディアのコメント欄なんかみてても、世論誘導のために企業に雇われたバイトがいるのだろうなとおもわずにいられません。

政治がバイトを雇って世論誘導をしていることがあきらかになっている以上、あの政治とのコネクションの強いお笑い企業がそれをしていないわけがないものなあ。

というのも、かの芸人の乱倫疑惑を擁護する意見が非常に不自然な形で湧いてたんですよね。

そして、その擁護の意見が報道後間もないのに、なぜか全体的に統制されている。

無理筋の擁護なのに、その論理に統制がとれているのって、おかしいんですよね。

どこかで、「こういうカタチで擁護してくださいね」という旗振りがいて、バイトがそこに従ってネット上で投稿をするような流れができていたんだとおもいます。

そうでもなければ、あの報道以降、キモチワルイくらい統制のとれた擁護意見が幅を利かせることなんてないはずです。
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わざわざ問い合わせまでしていただいたのですか。
絵馬を専門にしている工房があるとは知りませんでした。

池原昭治さんも絵馬を描いているようですが、地元の香川県を中心に活動なさっているようですね。

絵馬ひとつにしてもこだわりの職人さんがおられるということ、勉強になりました。
ありがとうございます。



バンドの話、たいへん興味深かったです。

人のご縁はほんとうに不思議なものですよね。

それだけのプロと出会えるというのは、ギズモさんに腕があったからでしょう。

しかしいま、若い世代で音楽をやっている人に、おなじような出会いがあるかというと、ちょっとむずかしいかもしれません。

ぼくはちょうど、人同士が積極的にかかわりあって、ぶつかりあいながら向上していく時代と、人同士が距離を保ちながらデジタルな情報によって向上していく時代との汽水域のような世代ですが、むかしのほうが貴重なご縁に巡り合う機会は多かったような気がします。



パクチーは、よほど慣れないと日本人には違和感が強い野菜だとおもいますが、最初から特に違和感がなかったのでしょうか。

あるいは、あの強烈な風味がクセになるきっかけのようなことがあったのでしょうか。

ぼくは20代で台湾に観光したときに、どこでなにを食べても高確率でパクチーがしっかり入っていて、アジアではパクチーからは逃げられないのだなと観念した記憶があります。

いまでは慣れてそこまで気になることもなくなりましたが、大好物とまではいかず、一度栽培したこともあるんですが、うまい活用法がみつかりませんでした。

常備菜にできるようなレシピがあれば、もう一度栽培して、壁を破ってみたい気がしないでもありません(笑)
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池原昭治さんを知らなかったので調べましたが、まんが日本昔ばなしの方だったんですね。
気になって六所神社に問い合わせたところ、「伊勢絵馬(名古屋)」という工房に依頼していて、そこに所属する方々の作品の中から選ぶんだそうです。
最近の絵馬は、干支の動物たちがユニークなものが多い中で、龍が龍らしく見えるのが好ましいです。

「バイミア~」で言えば、バンドだからできることであって、弾き語りではこのパフォーマンス(誰かのお財布を見てポイ)ができません。
と言いつつ、実はこの間から、なんとかできないものか、さんざん模索しているところでした(;一_一)

間合いの取り方が難しいということにお気づきになったのはさすがです。
観客の反応によって、臨機応変にしています。
バースでしゃべりを入れたり、客席に降りたり、その時の観客の反応しだいで進めていくので、リハーサルの時とはだいぶ違ったものになることが多いのですが、どんなに違うことをやっても、バンドの人たちはみごとに合わせてくれるので、やりたい放題です(笑)
八代亜紀さんのバースは原曲のバースを訳したものではないので、途中で原曲のバースに戻していきます。

10年ほど前、仕事関係の女性に、どうしても気になっているお店があるので一緒に行きましょうと言われ、アウトドアっぽい居酒屋さんに行きました。
驚くほどお料理がおいしかったので、しばらくしてひとりで焼き鳥を買いに行ったのですが、店長が気さくな方で、うちはひとりの人も多いので飲んで行ってと言われ、そこから足繁く通うようになったんです(もう何年も行っていませんが)

ライブやコンサートの日は、そのお店の近くの男性の美容師さんにヘアメイクをお願いしていたのですが、その美容師さんがそこの常連さんだったので、私の仕事が店長にもわかってしまいました。

ある日飲みに(食べに)行くと、店長がひとりの男性のお客さんを紹介してくれました。
「おやじです」と。

その時はその人がベースをやってるとしか聞かなかったのですが、後日、バンドの練習の時に来るように言われ、歌わされて、その結果メンバーに加えていただきました。
当時はバンマスのピアニストがいたのでボーカルで入りましたが、その後その人がやめたので、ピアノも担当するようになりました。

みんな、もうすでに音楽を生業とはしていなかったので、そこからの仕事というのはあまりなく、私の仕事に来てもらう形で何回かステージに出ていただきました。

本当に、ご縁というのはどこでつながるかわからないものです。

タイ料理を食べに行くと、辛さをお子さま向けに調整してもらっています(笑)
適度に辛くないとおいしくないのですが、喉に影響が出るので、控えめにしています。
市販のキムチはニンニクが入っていますが、この程度は大丈夫なようです←ニンニクのこと、よく覚えてくださってましたね。

パクチーは大好物で、ゴマ油+お醤油で食べたりします。

謎!!
謎多き女というと、なんだかとっても魅力的な気もしますが、家族さえも、私のやっていることはつかめていないのです(笑)←言わなければわかるわけがないという単純な話です(≧▽≦)
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ぼくはインスタント麺が好きなおじさんですが、サッポロ一番は20代までによく食べて、30代になってからはすっかり食べなくなりました。

理由は、高いから。

ふつうのインスタント麺の一段上をいく高価格で、安物好きのぼくにはとても手が出ない、というわけです。

ところが調べてみたら、サッポロ一番は売れ行きがものすごくよいのだそうです。

やはり消費者は保守的で、価格が多少高くても、あたらしい味に挑戦するよりも、決まりきったものをルーティンにすることで安心する傾向が強いようです。



これを野菜農家で当てはめて考えてみます。

いまはどんどんあたらしい品種ができていて、文字通りの日進月歩。

いままで「あたらしい品種」だとおもってつくっていたものが、いつの間にか「どこにでもある品種」になり、そのうち「古い品種」になる。

では直売所農家をしているぼくは、どこにでもある品種、古くなった品種は切り捨てて、どんどんあたらしい品種にチャレンジして、おいしさや合理性をアップデートしていけばいいのか、という話なんです。



サッポロ一番の例をみている限り、たぶん、ちがうんですよね。

たとえふるい品種であっても、それが直売所のなじみの購買層にとって安心できる味であれば、変えないほうがいい。

あるいは、安定感のあるふるい品種と、あたらしい品種を両方作って販売してみて、今後のスタンダードになる品種を選別していく、という形がよいでしょう。

社会は日進月歩であたらしい品種、あたらしい技術が開発されていますが、人間の味覚は保守的です。

世代がガラッと変わるほどの年月をかけて、ようやくあたらしい品種にあたらしい世代の味覚が追い付いていくといったところでしょう。



最近では聞かれなくなりましたが、むかしはよく「いまどきの野菜は甘すぎる。野菜はむかしながらの青臭いのがちょうどいいんだ!」という、スパルタ馬鹿舌頑固オヤジが幅を利かせていたものです。

ああいう世代が駆逐されて、現代ようやくあたらしい品種がスタンダードになりました。

だいたい1980年ごろに、旧来の野菜の品種の概念をくつがえすようなあたらしい品種が出回り、スパルタ馬鹿舌頑固オヤジの保守的なキャンペーンがはじまり、そういった声が2000年あたりには終息に向かっていったことを考えると、やはり20年、四半世紀といったところでしょうか。



われわれ直売所農家は、日進月歩でめまぐるしく変化する技術よりも、人の味覚が入れ替わる世代交代の20年を意識したほうがよさそうです。

#野菜

2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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私の雑談的な話が、問題提起になってしまいましたね。
教えていただくことばかりで申し訳ありませんが、とても興味深いです。

柳沢吉保が造営した大名屋敷というくらいしか知りませんでしたが、大和郷につながるとは、もう謎解きの世界のように思いました。
しかも、明日が討ち入りの日とは。
これは、偶然はなくすべてが必然と言う、ユングの共時性(同時性)かもしれませんね。

忠臣蔵のお話は、歌舞伎の演目にもありますが観たことはありません。
どうも筋が理解しにくいからなのですが、農園主さんのご説明で、すっと頭に入りました。

「金と女を使う」というのは、案外、正鵠を得た発言かと思います。
いい方にも悪い方にも、確かにお金と女は使いようです(笑)

大和郷は、駒込と巣鴨の両駅の内側部分となりますが、巣鴨駅正面には、徳川慶喜が駿府から戻った明治30年に住んだお屋敷がありました。
そこを選んだ理由はわかりませんが、すぐ前に山手線が開通すると聞き、4年住んだだけで引っ越してしまい、今は石碑しか残っていません。

仙台の塩竈神社は何回かお参りしておりますが、最近行けなかったので、今年はお清めの「切麻入り御塩」を送ってもらいました。
この神様が、愛知県岡崎の六所神社でまつられているのが気になりました。
以前、籠神社のお話では、塩竈神社のご祭神・鹽土老翁神も、籠に乗ってワダツミに行ったというお話もあったように思います。

相性のよい神仏のお話もぜひ伺いたく、楽しみにしております(*^^*)

前に、スサノウ→牛頭大王→薬師如来というお話を伺ったことを思い出しました。
巣鴨の真性寺の薬師如来は秘仏で、たまにお参りするんですが、そのたびになぜか地面がぐらぐらするんです。
階段を上ったところに本堂があるのですが、下は建物の1階になっているので、それは理由にならないはずです。
もしかすると、とてもパワーの強い薬師如来なのではと思います。
何が言いたかったかというと、牛頭天王はご縁が無くお参りしたことはありませんが、スサノオに導かれた(ように思う)時期と、この薬師如来を真剣にお参りするようになった時期がほぼ同じなんです。

農園主さんの「あしたが討ち入りの日というのは、なにかの偶然でしょうか」の一文に、私もスサノウと薬師如来が同時期に気にかかったことは、偶然ではなく必然だったように思ったわけです。
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……あしたが討ち入りの日というのは、なにかの偶然でしょうか。
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大和郷について、気になったので調べていました。
すこし長くなりますが、きっと参考になるとおもいます。


六義園は、「生類憐みの令」で有名な徳川綱吉につかえた柳沢吉保(1659~1714)が造営しました。

吉保は譜代大名です。

一般的な大名は、日本全国にいる藩の殿様ですが、譜代大名は徳川家の家臣で大名の立場になった者をさします。
つまり、江戸城でつかえながら、同時に大名というわけです。

柳沢吉保は能力が高く、将軍の雑務をする小納戸といわれる役人の立場から、最終的に江戸の大老にまで成り上がります。

もちろんそんな大出世の裏には、いろんな政治工作があったことでしょう。



柳沢吉保には悪役のイメージがつきまとうのですが、そのきっかけは、忠臣蔵の物語で有名な赤穂事件(1701~1703)でした。

以前にも話したかもしれませんが、赤穂事件についてざっと説明します。

いまの兵庫県の赤穂藩の殿様である浅野内匠頭が、江戸城で天皇家の饗応役をすることになったのですが、そこでおなじ饗応の責任者であった吉良上野介こと吉良義央に斬りかかります。

なぜこのときに浅野が吉良に斬りかかったのかは、文献がなく、はっきりしていません。

忠臣蔵が物語になってからは、吉良が饗応の手配をする間に浅野をいじめて、「フナじゃフナじゃ、フナ侍じゃ」の有名なセリフを言ったということになっていきますが、これはもちろんフィクションです。

いずれにせよ、浅野は刀を抜いて吉良に斬りかかり、周囲にいた者が「浅野殿、ここは殿中でござるぞ」といって浅野を止めました。

江戸城内(殿中)で刀を抜くことはご法度だったのです。

しかしこの時代、ケンカは両成敗が原則でした。

それがなぜか浅野だけが即日切腹となり、吉良はおとがめなしとなったのです。

さらに赤穂藩は取りつぶしとなります。

この理不尽に対して赤穂藩の家老である大石内蔵助を中心に、藩内がもめました。

ともかくここは辛抱して赤穂藩をたてなおすことを考えよう、という者もいれば、これで黙っていれば武士の名折れである、お家が断絶してでも吉良を討つべし、という声もある。

結局四十七士で吉良を討つことになるわけですが、うわさで江戸の世論が盛り上がってしまい、吉良邸への討ち入りのときには見物者が出るほどだったそうな。



で、浅野内匠頭を即日切腹にし、赤穂藩をとりつぶすという裁定に、柳沢吉保がかかわっていたんですよね。

そういう理不尽な裁定が江戸庶民の話題になったこともあって、世間では柳沢吉保は悪役というイメージがつくことになりました。

また出典がはっきりしないのですが、柳沢吉保には「泰平の世の中で、出世をするのは、金と女を使うに限る」と言ったという話が残っています(笑)

よほど世間からよくおもわれていないのだろうとおもいますが、少なくとも政治手腕はたしかでした。

いわゆる清濁併せ呑むタイプの大人物だったのだろうとおもいます。



1704年、吉保は江戸にいながらにして甲府藩主、15万石の大名となりました。

しかし1709年に綱吉が亡くなると、徳川家の体制が一新し、吉保は隠居に追いやられます。

隠居した吉保は、過去(1695年)に幕府から拝領していた土地を、本格的に庭園として造営しました。

これが六義園です。



吉保は1714年に亡くなりますが、その息子である柳沢吉里は、1724年に大和郡山に転封となりました。

享保の改革により、江戸幕府の天領(直轄地)を増やすこととなり、甲府は幕府が管理することになったのです。

吉里に落ち度があったわけではありませんし、転封先の郡山も15万石でしたが、……親父が成り上がりすぎたために、その死後、子孫が振り回されるハメになった側面はあるでしょう。

かくして柳沢家は藩の殿様となり、その後明治まで郡山藩の大名を務めました。

しかし柳沢氏が郡山に転封されてからも、六義園には柳沢の下屋敷(しもやしき・控えの屋敷)があったことから、大和村(大和郷)といわれたのだそうです。



以上、六所神社のことも気になったのですが、また機会のあるときにします。

あと、相性のよい神仏というお話から考えてみると、ぼくはどうも……ここに移住するにあたってこれまでにいた神様に偶然のご縁があって、これがまた最近あたらしく気づいたつながりがあったんですが、それもまたべつの機会にお話しします。

2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ありがとうございます!!
なんだか一挙にスッキリしました。

豊国主尊(トヨクニヌシ)の別名はこんなにあるんですね。
うっかりすると、7柱の神様と勘違いしてしまいそうです。
氷川神社と宗像大社の見解が違っても、神様ご本人は、ぜんぜん気にもしていないかもしれませんね。

今年のお正月、六本木にある出雲大社東京分祀にお参りしてきました。
ビルの中です。
まさか都内に分祀があるとは思わず、今まで知らなかったんです。
本殿に上がり、ご祈祷をしていただいたので、木のお札などをいただきました。
出雲大社のお札は、他の崇敬神社のお札と一緒にお祀りしたらよくないのではと思い、帰ってから、電話でお伺いしました。

年配の男性(神職さんなのか事務の方なのかわかりませんでした)がお出になって、
「普通はね、伊勢神宮の天照大神さんのお札が真ん中、右に氏神さんのお札、左に崇敬神社のお札を重ねるのが決まりみたいになってるけど、
どこにお祀りしても、神様はそんなことで怒りませんから。天照大神さんの右でも左でも、好きなところでいいんですよ」と仰いました。

それを聞いて、お~~~、出雲さん、最高~~!!と思いました(笑)
そんなわけで、崇敬神社のお札の中に、重ねてお祀りしています。
来年、お正月にお参りしなければ、お納めしようと思っています。


お寿司の容器、楽天で注文しました。
しゃもじでなく、小さいスプーンですね。
やってみます(^^♪
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無農薬に関しては、ひとつは農薬は適正利用していればまったく問題がないという国の見解があることと、もうひとつは、ほんとうは農薬をつかってても、無農薬と主張することはできるわけで、実態がつかめなくなるのが困る、というのが理由なのだとおもいます。

お寿司の容器ですが、酢飯の詰め方に少しコツがあって、しゃもじだと容器にうまく詰められず、小さいスプーンでやるとコントロールしやすくなりました。

もっといいやり方もあるかもしれませんが、参考までに。



宗像三女神については、これは古事記と日本書紀で言ってることがバラバラで、三女神と五柱の男神が、それぞれアマテラスかスサノオか、どちらの子供か、はっきりさせることができないんだとおもいます。

おなじエピソードにもかかわらず、原典である記紀で書いてあることがちがうのだから、なかなか見解を統一させるのはむずかしいでしょう。

というのも、古事記や日本書紀は、おなじ話をちがうパターンとして何度も話すところがあるんですよね。

神様の名前ひとつにしても、「〇〇、または〇〇、または〇〇」というような感じでどんどん増えていきます。

たとえば日本書紀のいちばん最初の部分の、三柱の神が生まれるところで、トヨクニヌシの名前を紹介するところは、こんな感じです。

「豊国主尊(トヨクニヌシ)。
別名を豊組野尊(トヨクムノ)。
またの別名を豊香節野尊(トヨカフシノ)。
またの別名を浮経野豊買尊(ウカフノノトヨカヒ)。
またの別名を豊国野尊(トヨクニノ)。
またの別名を葉木国野尊(ハコクニノ)。
またの別名を見野尊(ミノ)」

こんな感じで、物語の筋書きも、「または〇〇、または〇〇」とすこしずつ変えることも当たり前で、学者によって解釈も異なります。

神社によって「うちでは古事記のこの話を採用している」、「うちでは日本書紀のこの部分を採用している」ということも当然起こるでしょう。

なので、まあ納得はいきにくいかもしれないんですが、宗像大社と氷川神社は、三女神の祖神についてそれぞれちがうことを言っているようで、じつは原典をたどると間違ったことは言っていない、ということになります(笑)

ある意味、全国の神社でこういった見解のちがいを統一させようとせず棚上げにして、バラバラなままおおらかに受け止めているのは、平和といえば平和なのかもしれません。
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無農薬をアピールするのも禁止とは、厳しいルールですね。
その中で販売していくのは、なかなか大変なことだと思います。
スーパーでは、普通の野菜売り場の野菜は売れていても、無農薬・顔が見える農園のコーナーは、一般的な野菜でも案外売れていません。
いくらか高めだからなのかもしれませんが、値段の差はさほど大きくないです。

お寿司の容器、ありがとうございます。
早速買うことにしました。
くら寿司を始め、最近の回るお寿司屋さんは本当にいろいろなネタがありますね。
ハンバーグや甘辛に煮た牛肉、焼肉味のカルビ、確かグラタンみたいなものあります。
生ものが苦手な人や、小さい子にはうれしいネタです。

京都のお漬物屋さんがやっているお店で、握りのネタが全部お漬物というのがあり、テレビでも紹介されていました。
色とりどりのお漬物がのっていて、見た目も美しく、今度京都に行ったら食べたいと思っています。
ご飯のおかずに何種類かのお漬物があれば、それでいいようなものですが(笑)
寿司容器を教えていただいたので、おにぎりを作るより衛生的だし、お漬物バージョンもやってみます。
数が多い場合、半分はご飯にのせて提供し、あとは手巻き寿司のように具材を盛り付けておいて、好きなものをのせてもらっても楽しめそうです♪←ちょっとした手抜きかも。

昨日は本当にありがとうございました。
朝、NHKで「小さな旅」をやっていました。
台所仕事で手を放せなかったので、ほとんど聴いていただけなのですが、宗像大社の「みあれ祭」の話でした。
見たかった~~と思っていたところにNHKプラスのお話が書いてあり、まさに神様からの「見なさい」というお告げのように感じました。
配信が今日の朝までだったのですが、昨日の登録後、おかげさまですぐに見ることができました。
なぜ宗像大社に興味が?ということなのですが。

こういうお話は農園主さんがお詳しいので、間違ったことを書いていたらごめんなさい。
以前メールで、埼玉の大宮市にある、全国の氷川神社を束ねる「武蔵一宮氷川神社」のことを話題にしたことがありました。
そこのご祭神は

須佐之男命
稲田姫命
大己貴命
夫婦神と御子神

となっています。

境内社に宗像神社があります。
池の奥に祠があり、ご由緒板神額には宗像三女神の名前が書いてあります。
摂社なので、ご祭神とゆかりのある神様という意味でお祀りしているのだと思います。

宗像大社では、三女神の親神を、天照大神としています。
一方で、武蔵一宮氷川神社のHPでは、三女神を、須佐之男命の御子神としています。

氷川神社でスサノオを親神としているのはなぜなんだろう、という疑問を常々持っていました。
ご祭神がスサノオなので、敢えてそうしたということなのか、他になんらかの思惑があるのか、ということが気になって(笑)

「アマテラスはスサノオの剣から3柱の女神を産み、スサノオはアマテラスの玉飾りから5柱の男神を産み出した。
 玉飾りから産まれた男神は自分の子であると宣言したアマテラスに対し、スサノオは自分の心が清らかだったために女神が産まれたのだと主張して勝利を宣言」
これは、誓約について書かれたネットの記事からの引用ですが、実際に産んだのはアマテラスですよね。

スサノオの主張を採れば、スサノオを親神とするのは理解できます。
ただ、もともとの宗像大社が天照大神としているんだから、摂社であっても統一すべきなのでは?と思う訳です。

各神社によって、個々の考えは当然あると思いますし、異なっていていいとは思いますが、でも、混乱します(笑)
歴史的事実がわからない神話の世界のことは、統一されてなくて当然なのはわかるのですが、違っているゆえに、このようなつまらない疑問を持ってしまいます。

伊勢神社系の神社をお参りしても、なんとなくピンとこない、温かさをあまり感じない。
それに反し、氷川神社系統のスサノオをご祭神とする神社は、なんとなく好き、という傾向が最近わかってきたので、よけいに気になることではありました。
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カブには白だしのような上等なものはないのですが、昆布だしはすこし入れています。

おっしゃるとおりで、このすし飯の容器は、ことし実家に家族で集まるときに、寿司パーティでもできればとおもって買いました。

ぼくは貝印の寿司容器を買ったのですが、具合がよかったので、あたらしく今度は一度に10貫つくれるものを注文しています。

https://www.kai-group.com/store/products...



カリーノケール、栄養価が高そうですし、クセがないなら習慣にしやすいですね。

うちの直売所でもそれらしきものを売ってる方がいましたが、残念ながらバックヤードにたくさんの売れ残りがあったのでおぼえています。

たくさん出荷して、それなりに買われていたけれど売れ残ったのか、ほとんど売れなかったのかはわかりませんが、このあたりのお客さんの特徴からいえば、なじみのない野菜はなかなか売れないだろうという気がします。

その方は数年前にケールを販売するのはやめたようです。

ほんとうは直売所は、それこそ鎌倉野菜や、外国のマルシェのような、いろんなめずらしい野菜が並ぶにぎやかさがあるのが望ましいんですが、買ってくれるお客さんがいないと、作り手も甲斐がなく、結局はどこにでもある野菜が並ぶことになってしまいますね。

ベカナもいまはなかなか順調とはいえない売れ行きですが、青菜の中では味の良い野菜だとおもうので、長い目で見ています。

シーズンになるとみかける野菜として、たまたま気まぐれに買ってくれた人がリピーターになってくれれば、10年後にはそれなりに売れる野菜になっているのではないかとおもっています。

うちの直売所はけっこうルールが厳しくて、ポップや説明書きはできるだけやめてほしい、という意向のようです。

おなじような野菜を出している方と、野菜以外の部分での競争を避けるため、というのと、直売所が説明でうるさくなるのを避けるため、という意味があるようです。

ほかにも、無農薬であることをアピールするのも禁止です。

ほかの生産者さんもみんな行儀よくやっておられるので、ぼくもそれにならって、おとなしくやっています(笑)

2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ジャニーズの件のニュースをいろいろみていたのだけど、新社長の東山さんって、歴史でみれば、茶坊主(権力者のイエスマン)がにわかで権力者になったようなもので、いわば石田三成タイプなのだな、と。

こういうタイプは、世襲だったらなんとかならないでもない(御曹司を支えてきちんと苦言を呈する重役が存在する)のだけど、そうじゃない場合は、まあ長くないでしょう。
対外的には墓場のジャニーさんをけなしていたけど、行動面では組織をダメにする典型である、ジャニー一族とのネポティズム(縁故主義)と、クローニズム(仲の良い友人をえこひいきして重用する)が丸出しだしなあ。

#時事
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きょうは収穫作業以外は、午後にすこし草刈りをしただけで、早いうちに風呂に入って、夕方5時にはもう晩酌を始めました。

そして、いただいた缶酎ハイを飲んでます。

ひと言でいうなら、「こんなにおいしいのを飲んでしもたら、ふだん飲んでるお酒に戻られへん……」という感じです。

ちゃんと甘酸っぱくて、果実のピール感がしっかりあって、アルコールもしっかり。
ふだんビールを一本くらいの晩酌をしている方だったら、このひと缶のぜいたくな風味がベストな気がします。

ふだんぼくが飲んでる、アルコール度数の高いストロング酎ハイは、いちおう果実的酸味はあるんですが、あくまで酎ハイを飲みやすくするためのおまけといった感じです。

ぼくはこれを冷たい水で割って飲むわけですが……いや、慣れればふだん飲みにはこれで文句なしなんですよ、
コスパもよいですし。

ぼくにはこれでじゅうぶんなんだけど、いいものを飲むと「やっぱりぜいたくなのはおいしいなぁ」としみじみおもいます。


あときょうは「オリーブなあられ えび風味」もいただいてます。

あられといっても、おかきに近いしっかりとした大きさで、食べてみると、食感が軽くてとてもおいしい。

ひとつひとつの食材の主張が強いわけじゃないんですけど、それだけに後をひくバランスのよさで、ぼくでもいいおかきだとわかります。

なんとなく、お酒と一緒に食べましたけど、これはちょっと襟を正して、緑茶を入れておやつどきにいただきたいな、とおもったので、もうひとついただいた昆布入りのあられは、オッサンの優雅な午後のティータイムのお供にしたいとおもいます。
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二ノ国、20時間くらい遊んだんですが、おもしろいです。

現時点での良い点とわるい点。

【良い点】
・映像がとてもキレイ。
・現代的な王道RPG(個人的な好み)。
・ストーリーがおもしろい。
・序盤から広いマップで遊べて自由度が高い。それでも主要イベントの道筋は示されていて、迷うことがない。
・敵が強くて歯ごたえがある。戦闘にアクション要素がある。
・ひとつの場所で起こるイベントの長さがちょうどよい。

【わるい点】
・マップの移動がまだるっこしい。
・シンボルエンカウントなのだけど、レベルが低いと敵がじぶんに向かってくるためほとんど逃げられず、レベルが高いとすべての敵が逃げていくあたりにバランスのわるさを感じる。
・味方にできるイマージェンによって戦闘の難易度が著しく変わってしまうため、弱いイマージェンを無視しがち。
・ドートン森(大阪の道頓堀をイメージした島)は、個人的に冗談と悪ノリの境界線ギリギリだとおもう。一ノ国は現代の西洋風の世界観。そことファンタジーの二ノ国を行き来するのに、大阪という概念が混じるのは、雑音のように感じた。


わるい点をそれなりに挙げましたが、これらはゲームを遊ぶうえで個人的には些末な問題であって、総じておもしろいです。

FF13がしんどかったぶんを取り戻してる感じです(笑)

#ゲーム

2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ぼくがあしたやることを備忘録的に。

側溝の確認と掃除。
トラクターの雨よけのおんぼろトタン屋根をロープで補強。
風で飛びそうなものを小屋の中に避難させておくこと。
ローリータンクと屋根の温水器に水をためておくこと。
小屋の壁にたてかけてある竹が倒れないよう地面に並べること。

家の雨戸をしておくこと。
懐中電灯と電池を手元に。
カセットコンロとガスボンベの確認。
寝袋とカンタンな衣服だけまとめて玄関に準備。
浴槽に水道水をためておく。

いちおうこんなところかなあ。その間、ふつうに収穫作業などはします(笑)
ぼくもこんなことを書きつつ、野菜のことが頭から離れないのです。

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2026年4月5日(日) 11時48分53秒〔4時間前〕