山麓王国

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お誕生日、おめでとうございます!


トゲが刺さったのが昨日ということで、お誕生日からよい年に切り替わるための、厄落としだったかもしれませんね。

北海道大学で猛毒のある植物が見つかったそうですが、植物も怖いですよね。

微熱まで出るとはさぞかしご心配だったことと思いますが、植物のトゲでも、毒虫に刺されたと同じように強い反応がでるとは・・・。

早く完治しますように。


川崎大師は最近お参りにいったのですが、お守りやお札は勝手に差し上げてはいけないと言いますので、薬師殿に「ご自由にお持ちください」と置かれている、薬師如来のしおりにしました(無料です)

本当は、しおりはひとり1枚、しおり紐も1本という決まりが書いてあるのですが、こっそり5色、持ち帰ってきました(笑)

おっしゃるとおり、真言密教なので、五色ないと意味がないと思って、、、という言い訳(笑)

なんとなく後ろめたかったので、そのまま薬師殿を出るのがはばかられ、ひらまくんのクリアファイルを買いました。

ひらまくんと、せんとくん、両方とも同じ方が描いているので、似てますよね。



5月に、スーパーの「三重県フェア」に行ったという話を書いた時、農園主さんに、さめたれや手こね寿司のことを教えていただきました。

食事療法をしていらっしゃるので、食品は避けようと思ったのですが、調味料なら大丈夫かなと。

手こね寿司の素(訂正:たれ)は、ワンサイズで、大きなものがありませんでした。私も買ったので、近々作ってみますね。

おかげ犬、私は自分用に黄色の子を選びましたが、やはり末吉で、書かれていることがどれもこれも素直に納得でき、抽象的に書かれているおみくじより、ありがたみが伝わってくるものでした。

群馬のお醤油は、娘ムコが群馬に帰省した時買ってきてくれたものです。お試しください(^^♪


お返事のお気遣いはなさらないようお願いいたします。


お忙しいところ、ご丁寧にありがとうございました。


暑くなってきました。体力を落とさないよう、お気をつけくださいね。
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前回の返事はまた書いている途中ですが、取り急ぎ、プレゼントが届きましたこと、お礼を申し上げます。

いつもほんとうにありがとうございます。

毎年似たようなことを言っているかもしれないのですが、あまり人付き合いもないひとり暮らしですから、誕生日という意識自体が希薄です。

プレゼントをいただいて、ああ、ことしも誕生日を迎えたのだと実感しました(笑)



伊勢講の袋を首に下げて、伊勢参りの旗を掲げた白犬、これがあの「おかげ犬」でしょうか。

とてもかわいらしい姿ですね。お守り(おみくじ)とすごろく、大事にします。

ちなみにおみくじではたいへんありがたいご神託(末吉)をいただきました。

というのも、ことしは地元のおみくじでは大吉だったんです。

これまでにないような、いいことづくめの内容でした。

ところがいまのところ、心身共に例年にないくらい、しんどい局面が多かったんです。

じつはきのうも草刈りの最中になにかの草の小さなトゲが小指に刺さり、アレルギー反応だとおもうんですが指が腫れて、さらに手の甲が腫れて、夜微熱が出ました。

今朝、腫れはきのうよりましになったんですが、まだ微熱があったので、結局病院に行くことに。

心臓の違和感からたった3か月で、また病院に行くことになるとは(笑)

結局、破傷風や、アレルギーのあり方の変化に気をつけながら、強い症状が出たらすぐ緊急外来か救急車を呼ぶようにということで、様子見になりました。

ぼくは抗生物質にもアレルギーが出たことがあるので、いったん薬なしで様子をみることになりました。

そんな調子で、まあことしはなにごとも波乱続きでしたから、とても大吉とはおもえず、おかげ犬のおみくじに書かれてあることのほうがしっくりきました。

いろんなことが起こったあとで「じつは末吉でした」ということだったので、気分的にも受け止めやすかったです(笑)

謙虚に、足もとのことを無理のない範囲で地道に解決していくよう、気を引き締めていきたいとおもいます。



川崎大師の公式キャラクター「ひらまくん」、ほぼ奈良のせんとくんで驚いたのですが、平間兼乗という開基がおられて、川崎大師はほんとうは平間寺というのですね。

お大師さんは真言密教で、東方浄土の信仰ですね。

本のしおりに、五色の糸のしおり紐。意味がわかると、ありがたいです。

せっかくですので、浄土真宗(西方浄土)の赤色。

もうひとつは川崎大師、東方浄土の緑色をしおり紐に選ばせていただきました。



まさかのてこね寿司のたれにはびっくりして、おもわず笑ったあとで、まさか気を遣っていただいたのではないかと恐縮とで、いろんな感情が一緒にきました(笑)

大学を卒業して以来てこね寿司は食べた記憶がないので、今度かつおのお刺身を手に入れたら、てこね寿司をつくってむかしのおもいでに浸ろうとおもいます。

お醤油ですが、じつはしばらく前から、味音痴なおっさんにはこだわりの醤油など必要あるまいと割り切って、刺身でも煮つけでもスーパーの安い濃い口醤油ですますようになっていました。

しかしひさしぶりにぜいたくなお醤油でお料理が食べられるとおもうと、やっぱりうれしいですね(笑)



いわしのせんべいはもう、今夜からでも晩酌のお供に楽しみにしております(笑)

いつも気持ちの行き届いた贈り物をいただいて、感謝しております。

前回の返信、もうしばらくお待ちください。

書き始めてはいるのですが、たぶん今回の話は、いつも以上におかしなものになるとおもいます。
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その後、おかげんはいかがでしょうか。

昔から夏風邪は馬鹿がひくとか、馬鹿は風邪をひかないとか、いろいろ言いますが、私は学生時代、6月に肺炎になって1ヶ月入院しましたし、10年ほど前には7月にマイコプラズマ肺炎になりました。

一昨年の夏は気管支炎とコロナでしたし、昨年も喉の不調と、夏に呼吸器をやられる傾向があります。

夏の風邪は長引いて治りにくいとも言いますが、早めの対策で軽快したようで、本当によかったです。

ポピドンヨードでなく、アズノールでのうがいは適切ですね。

買い置きがないので、常備しておこうと思いました。

葛根湯と銀翹散の二刀流とはびっくりしましたが、病院に行って投薬してもらうより、よほど効果的なチョイスだったと思います。

コロナが流行り出したころ、ネットで、喉の痛みには銀翹散が特効薬だと騒がれました。

主人が、コロナでもインフルエンザでもないのに高熱が出て、水も飲めないくらい喉に激痛のある風邪をひいた時、銀翹散を買ってきたのですが、かなり効き目があったようでした。

その後、買い足そうとしたら品薄になってしまい、値段もずいぶん上がりました←現在は安定供給されています。

私はコロナの時に高熱が引いた後、ふと喉を見たら白い点々があり、慌てて銀翹散を毎日飲みましたが、効果があったのか、喉はまったく痛まずにすみました。



思考と錯覚のお話、とても興味深く読ませていただきました。

肉体内の細胞も錯覚を起こすというのは、ちょっとした衝撃です。

『ミクロの決死圏』とは違いますが、イメージ的に、体内で細胞や結晶など、常に目に見えない戦いや治療が行われている映像が浮かんでしまいました(笑)

「錯覚を起こす」ということは、肉体内の細胞も意志を持っているのでしょうか。なんだかおもしろいですね。

脳の意志と肉体のエラーの関係ですが、これだけ医学が進んでいるのですから、そのような錯覚や誤認識を正す医術が近未来に出てくるかもしれませんが、どんなに医学や科学が進歩しても、ある一定以上はどうにも踏み入ることのできないものでなければならない、とも思います。

肉体も脳も心も、常に錯覚をしているのがデフォルトであって、意識するしないに関わらず、必要に応じて修正したり削除したりして、うまくバランスをとっていくのが生きるということかもしれない、とおかしなことを考えてしまいました(笑)



理解できたら神じゃない、というお話、なるほどなぁ~~と考えさせられました。

本来「存在している」とは断言できないものについて、人間は長いこと研究し、それでも「正しいと思われる」答えが出ない。不思議と言えば不思議です。

解明できないはず??の問題を、長年追究してきたのは素晴らしいことではありますが、やはり農園主さんのおっしゃるとおり、答えを見いだすべきではないのでしょう。

まさに、畏れの念を感じつつ、「創造主のやることはようわからん」という向き合い方が、最適解なのだと思います。

「無知の知」ですが、昔から妹に、知ったかギズモと呼ばれています(笑)

なんでも知ったかぶりをする、らしいんですよね(笑)

とんでもない、実際は、知らないことばかりです。

その知らないことを一生懸命知ろうとしても、生きている間に、いったいどのくらいのことを知ることができるのか・・・・。

そう考えると呆然としてしまいますが、農園主さんのおかげで、多くのことを知ることができるのは、本当にありがたいことと思っています。




小さな子どもが、誰もいないところを指さしたり、見えない誰か(何か)に話しかけたりする話はよく聞きます。

見えない何かではありませんが、『メアリー・ポピンズ』では、赤ちゃんが、窓に遊びに来る鳥と会話ができるんですよね。

会話というより、意思の疎通です。

でも、少し大きくなると、いくら鳥が話しかけても、通じなくなってしまう。

もちろん小説ですから作り話なのですが、妙にわかる気がします(笑)

まだ話せないし、お座りもできない寝たきりの乳児の頃、真夜中の真っ暗な部屋の中で、娘が天井をじ~~~~っと見ている時が何度もありましたが、あれ、本当に怖いです(笑)



久し振りにぬか漬けを再開しました。

と言っても、ぬか床ができていて漬けるだけという、パックのものです。

昔は、どこの家でも大きな樽で漬けていて、一年中常温で大丈夫でしたが、最近は冷蔵厳守だそうですね。

そのため、大きな入れものは冷蔵庫に入らないので、市販の発酵ぬか床はとても便利です。

小さいので、キュウリ3本くらいしか漬けられませんが、やっぱりぬか漬けはおいしいですね。



【謎の業務連絡】

28日(土)午前中、クロネコが1匹迷い込んでいないか、ご確認ください(=^・^=)
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今回もお時間をいただきました。

いそがしくやってたんですが、あともう少しで自治会・畑とも仕事が落ち着くというタイミングで、油断して今週は風邪をひいてしまいました。

風邪の症状が出てからあわてて対策をしたのですが、ちゃんと対策するとはやく治るものですね。

喉の痛みが出始めていたのでアズノールでのうがい。

鼻の症状もあったので塩水での鼻うがいを徹底。

朝昼に銀翹散、夜は葛根湯、これを二日で、ほぼ軽快しました。

漢方とあなどるなかれ、ほんとうによく効きます。

喉と鼻の症状はうがいのおかげでほとんどなくなりました。
二日目に熱が上がりましたが、それも1日だけでした。

翌日には熱も下がり、喉と鼻の症状も軽快。

無対策だったらいまごろ風邪の症状がひどくなって倒れ込んでいたとおもいます。



ギズモさんもたいへんでしたね。

機材のトラブルもそうですが、やはり喉のケアはむずかしいですね。

喉が乾燥しないようにするといっても、なかなかふだんからケアを徹底するのはむずかしいです。

ミュージシャンはほんとうに喉を大事にしていますが、ここぞというときに酷使するためのメンテナンスという意味では、いくら気を付けても足りないくらいなのでしょう。



今回は以下、ずっと思考と錯覚の話で、なんだかとりとめのない話になってしまいました。

すみません。

ギズモさんのおっしゃった思考の話ですが、われわれの肉体は常になにかを錯覚しているんですよね。

たとえば人間の体は、神経の多く通る場所と、神経の少ない場所では、感覚の鋭さがまったく違うのだといいます。

手のように神経の多いところだと、二本の針で突っついたときに、二本の距離がかなり狭くても、二本だとわかるのだそうです。

ところが背中のように神経の少ないところだと、かなり広く二点をとらないと、二点を同時に突っつかれても一点で突っつかれたようにしか感じられないのだといいます。

こういう錯覚が、いろんなところで起こります。



がんは細胞のエラーですが、がんが増殖して痛みが発生しても、脳はじぶんの肉体が正常であるとおもっています。

脳の意志に反して、肉体側ではエラー細胞が増殖してしまうんですね。

脳はもっと生きていよう、がんよ治ってくれと考えるんですが、肉体はどんどんエラーが増えて、死に向かっていく。

肉体で起こっている実際を、脳がうまく認知できないというのも、錯覚のひとつでしょう。



ほかにも痛風は、針状の尿酸結晶が関節にとりつくんですが、尿酸結晶自体は本来わるさをするようなものではないそうです。

ところが関節にとりついた尿酸結晶を免疫細胞が敵と勘違いして、攻撃し始める。

この攻撃によって炎症が起こり、痛みが生じるのだそうです。

同様の病気に膠原病がありますが、肉体内の細胞も錯覚を起こすことがあるんですね。

いくら頭で病態を理解して、「尿酸結晶は敵じゃないから免疫細胞はおとなしくしてくれ」となだめたところで、肉体は脳から発する意志をきいてはくれません。

じぶんの肉体や細胞ですらこうなのですから、肉体を離れた外側を脳がどう認知するか、ということに関しては、誤解と錯覚であふれかえっている、といってもよさそうです。



ギズモさんの意識に紛れ込んできた思考Bについては、一般的には白昼夢といわれるものだとおもいます。

白昼夢はそれこそ意識による意識の錯覚のようなものですが、人類にはむかしから、明確な意識とはまた別個の意識が存在しました。

ただこれはふだんは隠れていて、表に出てくるのはめずらしいことです。

めずらしい現象だけど、人間を生きていると経験することがある。だから先人はわざわざ白昼夢という言葉をつくったのでしょう。



以前もお話ししましたが、多重人格という病態があります。

この場合は、ギズモさんのおっしゃる思考Bが、ギズモさんの主たる意識である思考Aを乗っ取って、独立してしまいます。

そして、思考Aと思考B、場合によっては思考CやDが現れて、交互に入れ替わる。

これは病的な白昼夢状態と言い換えられるかもしれません。



しかしこの複数の意識は、健全なかたちであれば、たとえば家族に対してはタメ口で、他人に対しては敬語でしゃべるというような、まっとうな分別としてあらわれるんです。

もうすこし突っ込んだことをいうと、人類……ホモサピエンスがあらゆる霊長類より上位の存在になり得たのは、ウソをつくことができたからだといいます。

ウソとは、複数の意識を巧妙に使い分けるということでしょう。



人間はこの世で唯一ウソをつける存在です。

人間同士でも、より上手にウソをつける個体が、上位の存在になります。

たとえば政治家はできるかどうかもわからない理想(ウソ)を自信たっぷりに、臆面もなく人前で拡声器をつかいながら話すでしょう。

ホンネがわからないのに、ウソを堂々とつき通すところに、聞いているわれわれはなぜか「たのもしさ」を感じてしまったりします。



世界にあまねく神話も、白昼夢の延長線のようなものですね。

現実と非現実が入り乱れて、歴史の中にフィクションが紛れ込み、それらが神話・教義という形で虚実入り乱れて融合していきます。

人間が現実社会を生きるための規範と、ウソの物語が交雑するのです。

そういう意味では、ウソの中に神々が潜んでいる、ともいえるかもしれません。

ギズモさんに起こった意識の割り込みが、予知夢やパラレルワールドといった、どこかスピリチュアルな、第六感めいたことのように感じられたのも、自然なことだとおもいます。

たとえばシャーマンは、こういった意識の割り込みを意図的におこなえる……すくなくともそういう建前でやっていたわけです。

古くは全世界的にシャーマンの風習があったわけですし、こういったことは科学で解明できるようなものでもありませんから、いろいろな予測が成り立ち得ますよね。



ところで、ここからだんだん話がおかしな方向へいくんですが、神とはわれわれが理解できない存在……というか、理解できたら神じゃないんだそうです。

だから、たとえば経典であるとか神の肖像画というのは、あたかも神を描いているようですが、理解できるようになっているということは、実際は人間がつくりあげたものであり、ほんとうの神ではありません。

人間が神の思し召しを理解しようと努力した結果、経典や宗教芸術が生まれたといえます。

本来の神とは、人智の向こう側にあります。

どんなに科学が進歩しても、人間がなにをどうしようとも、理解のしようがない、あきらめるしかないところに神があると考えるべきかもしれません。

この人智を越えた存在の片鱗に触れたときの人間の態度は、「畏怖」「畏敬」などと表現します。

ギズモさんの意識に割り込んできた思考Bに、人間が抱えているよくわからないものを感じて、ふと畏れのような感覚が起こったとしたら、それは人間としてただしい態度だとおもいます。



科学は絶対的正しさをよりどころとしていますが、それこそ不遜で畏れ知らずですから、思考Bを実験・分析的なアプローチで解き明かそうとします。

神学の場合は、教義に反することのないように問題を克服しようと試みますよね。

神学はその点でどうしても科学にはなりきれませんが、解明しきれない問題に畏れの念をもっていた時代の人々のほうが、現代人よりは「持続可能な暮らしをしていた」と感じるのはぼくだけでしょうか。



では神学者でもなく、科学者でもないわれわれ凡百の人間はどうすべきかというと、こういったことには答えを見いだすべきではないのかもしれません(笑)

思考Bがたまたまじぶんの意識にまぎれこんできても、どうにも人間には推しはかることのできない要素があるようにおもえる。これはじつに畏れ多いことだ。

……という態度で受け流すのが、じつはわれわれにできるもっとも知的な態度のような気がするのです。

つまり、ソクラテスの言ったところの「無知の知」ですね。



ギズモさんのお父さんが天井を指さしてたずねた件も、これを解き明かすのはほんとうにむずかしいことです。

幼児が部屋の片隅を指さして「あれ誰?」と問うことがあるといいますが、いつか科学がこの現象の原因を解き明かすかもしれません。

しかしそれまでは、どこかそういった現象に畏れの念を感じながら、創造主のやることはようわからん、と受け流そうとおもっています(笑)
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お返事、ありがとうございました。

農作物は、いいも悪いも予想と違う結果になったりしがちなのでしょうが、小梅の豊作はなによりでした。

梅酒は様々な効能もあることですし、手間はかかるでしょうが、楽しみな梅仕事だったと思います。



昨年10月の不調のあと。大小合わせて5回ほどコンサートがありましたが、クリスマスコンサートは絶好調、その1週間後の年末コンサートでは少々声がかすれた時があり、ヒヤッとしました(笑)

空気清浄機がそばにあると、乾燥するので、とたんに声に支障が出ます。

今回は湿度があったので、大丈夫と思い、空気清浄機を切らなかったのですが、一曲目『サマータイム』のラストで裏声で終わらせようとしたら、声がみごとにピキっと切れてしまいました(笑)

もっと衝撃的だったのは、セッティングしておいたマイクスタンドのマイクホルダーが突然真っ二つに割れ(十戒??( ´∀` ))、開演5分前にマイクが落ちたことでした。

スタンドもホルダーも新品を持参したのに、なんということでしょうね(笑)

施設の方が、養生テープでぐるぐる巻きに固定してくれて、無事終了しましたが、アクシデントはつきものです(笑)



思いのほか、精神的にいっぱいいっぱいだったのか、終了後にホッとしてひとりで外食をしていた時(仕事の時は朝、バウムクーヘン一切れしか食べません)、不思議な感覚に陥りました。

数年前、日本酒をおちょこに1杯だけ飲んでからお風呂に入った時に、似たようなことを経験しているのですが、この時はお酒の酔いのせいだったのかもしれません。

シャンプーをしていた時と、出てから髪を乾かしていた時の2回なのですが、確かに起きているのに、数秒、あるいはもっと長かったのかもしれませんが、夢を見ていた、という表現しかできない映像を見ました。

(書き足し)シャンプーの時はわかりませんが、髪を乾かしていた時は目を開けていたはずです。

どこかの(日本なのか海外なのかもわかりません)地下鉄の構内に水が入ってきて、みんながパニックになっているのですが(私はそれを見ていました)、ふっとその場面が終わった時、それがニュースで見た記憶なのか、自分が体験したのか、とてもあやふやで、何ともわからない感覚になったのです。

一番納得がいくのは、単純に酔っていて(おちょこ一杯で酔えます(笑))、ふっと瞬間的に寝てしまって夢を見た、ということかもしれません。

予知夢とか、パラレルワールドということも、無理に考えればありえるかもしれません。


今回は違いました。

映像は見ていないし、お酒も飲んでいません(笑)

うまく説明ができないのですが。

考えごと「A」をしている最中に、いきなり他の思考「B」がふっと瞬間的に入り込んできて、その「B」についてなんだったのか思い出そうとするのですが、どうしても思い出せません。
 
確かに「A」について考えていたんだけど(そのAは思い出せます)、別の思考「B」がふっと出現し考えた、という感じです。

それが、何回か繰り返されました。

せん妄とも違うし、もうろくして思考が入り乱れてはっきりしない、ということとも違いました。

あやしい薬も飲んでいないし(笑)、なんだったんでしょう。

「思考B」というのは、単語が心に浮かんだのではなく、「なにかについて考えていた」、という感じのものでした。

今晩のおかずを考えている時に、ほぼ同時に、そういえば洗濯したっけ?と思うような、普通にありえることとは全然違いました。

無理無理こじつけるとすると、私はそこに確かにいて、食べていて、考えごとをしているんだけど、同じ意識を持った私が、ほんの数秒、ほぼ同時に、意識の表面に現れてきた、ということでしょうか。

脳波の検査が必要な病気の可能性もゼロとは言えませんね。

ブレインフォグとも言えないし、なんとも奇妙な体験でしたが、多重人格のどれかが突然現れたのかもしれません(笑)

自分で気づいていなかった緊張や疲れが、一過性の脳のバグとして出現した、というのが妥当なのでしょう←年のせいとか、病気ではなく、そう思いたいです(笑)



文学でも音楽でも絵画・彫刻などでも、過酷な状況の中で作られたものほど、繊細なように思えます。

恵まれた環境ではいいものが作れないとは言いませんが、追い込まれた環境で作られたものの方がよりいいものに仕上がる、そういった傾向があるように感じます。

演奏・歌唱もそうですね。

ある程度の苦労や人生経験がないと、演奏に味が出てこず、テクニックだけを誇示するものになりがちです。

宮沢賢治はご存じのように曲も作っていますが、あれは、都会に住んでいたのでは作り得ない、雄大な空や自然と、童話を書くような想像力と世界観、常識にとらわれない柔軟なロマンチシズムによってできたものだと思います。



農園主さんの花博の記憶、おばあちゃまの認知と現実の違い、私のこの度の摩訶不思議な話は、それぞれ異なるようでいて、やはり人間の深層心理や、意識・無意識の世界に関連するものなのかもしれません。

自分が確実に認識していることだけでこの世が構成されているわけではない、という言い方は適当ではないかもしれませんが、脳内で、小さなひずみのようなものが頻繁に起きていて、「間違いない」と固定しているものを、むざんにも切り崩していってしまうのかもしれない、と、頭がおかしくなったようなことを思ってしまいました(笑)


少し話は逸れますが、10年ほど前に亡くなった父の話です。

悪性リンパ腫で全身に転移がありましたが、それは亡くなる寸前にわかったことで、入院のきっかけは、背中の圧迫骨折で歩けなくなったからでした。

長期の入院になると思ったのか、病院から一度家に帰り、パソコンのデータを(仕事の)USBにすべて入れ、会社に届けさせ、それから入院しました。

その後の経緯は省きますが、数ヶ月後、病室の天井を指さし「あれはなに?」などと不可思議なことをたまに言い出すようになりました。

意識は明瞭で、特に問題はなかったのに、です。

悪性リンパ腫のことを伝えたのか伝えなかったのか、覚えていないのですが、恐らくもう家には帰れないという認識があったのだと思います。

入院費のことや、その後の金銭的なことを私と妹に託したり(母がとんでもない浪費家だったので・・・)、話も普通にできていました。

もしかすると急激に痴ほうに?とも思いましたが、どうも違います。

父も、自分がおかしなことを言っているという感覚がまったくありませんでしたが、どうしても天井のあたりが気になるようでした。

よく死期が近づいた人が、「亡くなった人が迎えに来た」と言う話を聞きますが、もしかすると霊ではなく、違う次元のものが見えるようになる、、、のかもしれません。

また、死期が近いなどという特定の条件に関わらず、誰でもいつでも、知らず知らずのうちに、通常なら見えないところとつながって、「お互いに」無意識のうちに行ったり来たりしているのではないか、とも思えます。

話を広げると大変なことになるので(笑)、ここで止めますが、夢もそういったことと関係するらしいですね。

夢を毎日記録している人が、突然異次元や幽界のようなところとつながってしまうという話もよく聞きます。

鎌倉時代の僧、明恵上人は、40年間夢日記を書きましたが、創作ではないのでしょうが、夢と現実が入り混じっているところが多く、明恵にとって、現実と夢との境目はとても曖昧だったということです。


現実と夢、そしてそこに違う次元の世界も加わって、曖昧、あやふやな出来事【青字部分・訂正】が起きたり、記憶があいまいになったり、置き替えられたりすることも、充分にありえる話ではないか、と思った次第です。

【書き足し】 記憶の置き替えというか、すり替えのことは、農園主さんの深層心理のお話を否定するものではありません。

今回、いろいろわかりにくいおかしなことばかりを書いてしまいましたが、オカルトやスピリチュアルに結びつけたいのではなく、人の目には見えないもの、聞こえないものを、見たり聞いたりすることは、認識していないだけで案外普通のことなのかもしれないと、なんだか素直に思えました。




コレステロールは控えすぎてもよくないことを、知りませんでした。

脂質や糖質にしても、単純に控えればいいということでもないようで、管理栄養士さんというのは大変な仕事なんだな、と気づきました。

農園主さんは、それにも勝る知識で食の改善に取り組み、実行していらっしゃるので、本当に頭が下がります。

夏場は、暑さと湿度で体力をかなり消耗するので、しっかり食べることは大事ですね。



お返事は、くれぐれもご無理のないように、ゆっくりペースでお願いします(*^▽^*)
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コンサート、おつかれさまでした。

昨年の10月ごろに喉の不調があったとおもうのですが、いまは症状は落ち着かれましたでしょうか。



ほんとうに、梅雨の時期はカラダがうまく対応できなくて、疲れますね。

ぼくは仕事に加えて毎日なにかしらの自治会のイベント、問題や届け物があり、なにをどのように処理しているか、記憶が定かでないくらいです。

やはり低気圧も関係しているのでしょう。じめじめむしむししていると、生活の負荷が3割マシくらいに感じられますね。

さらに農家としては、最近春の葉野菜が非常に安いあおりを受けており、ガッカリです(笑)

しかしなんのイベントもない状態だったら、売り上げが低いことで鬱々していたかもしれませんから、忙殺されているくらいが気が紛れてよいのかもしれません。



個人的によかったことといえば、去年はまったくの不作だった小梅がことしは豊作でした。

1本の小梅の木から11kg穫れた小梅をすべて梅酒に漬けたのですが、ことしはどこも豊作だったのでしょう、

果実酒につかうホワイトリカーがどこも売り切れていて、入手するのに苦労しました。

が、なんとか梅仕事も終わり、半年後からは毎晩食前酒の梅酒が楽しめそうです(笑)



ギズモさんにはお返事のタイミングにもお気遣いいただいて、感謝しております。

お返事お待ちしております。
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日曜日にコンサートが終わったので、昨日今日あたりにお返事をしようと思っていたのですが、雑用が重なってしまいました。

少々お待ちいただけたら幸いです(o_ _)o))


いよいよ梅雨に入りましたが、お疲れが出ていないでしょうか?

梅雨どきは、低気圧による自律神経の乱れや、湿度による体温調節機能の低下などが出やすいそうですが、疲れが取れにくい時期でもありますね。

よく寝て、起きたら疲れが取れているのが理想なんでしょうが、なかなかそんなにうまくいかず、ダルダルモード全開でいます(笑)


お返事のお気遣いはなさいませんように。

数日後また(*^。^*)
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しばらく時間をいただいて、助かりました。

いまもひどい忙しさですが、すこしずつ文章を書き貯めました。

これからもしばらく返信が遅れがちになるとおもいますが、ご容赦ください。

宮沢賢治は農業者と教師を兼務していましたが、現代よりもはるかに厳しい肉体労働の中で、まして慢性的な病苦もあった中、どうやってあれだけの繊細な作品を書けたのか。

結果的にかれは激務(と結核)が祟って、体が衰弱した結果、肺炎で亡くなるのですが、それだけの肉体の無理を押した精神力に感心します。



「医は算術」という言葉があります。

もともとは「医は仁術」というのですが、実際の医者はおもいやりの仁の心よりも、合理性と金儲けばかり考えている、という皮肉ですね。

医者全員が算術で医療をしているとはおもわないんですが、ギズモさんのお話をうかがうと、「健康な人をムリヤリ病気のように見立てて儲ける医者」と、ぼくのように心臓がおかしいと主張してるのに精神の病にするような「真正のヤブ医者」が混在しているようにおもえます。

そうやって考えていくと、よほど信頼できるかかりつけに出会えたというのでなければ、医療とは基本的に運任せなのだと、患者の側であきらめるほかないのかもしれません。

いまどきの言い方をすれば、医者ガチャですね。



ヤシの実ジュースですが、おっしゃるとおりでココナッツにストローをさしたものでした。

記憶に残っているヤシの実ジュースの味は、ひどく青臭く、なまぬるく、甘みのない水でした。

熟していなかったのでしょう。

いわゆるココナッツの風味らしい風味もなく、南国に対するそこはかとないロマンのようなものも吹き飛んで、ひどくガッカリしたのをおぼえています。

無人島生活に対する見方が変わったというか、現実は文字通り甘くないんですね。

母もそのココナッツジュースを一口飲んで、まずいともうまいとも言わず、高いお金を出してまずいとはけしからん、といったことでぼくに怒り出し、「飲まへんのやったら捨てとき」と、いかにも不快げに言ったのでした。

そんなエピソードもいまとなっては家族内の笑い話になっているんですが、いまならぼくも、スイカ一個買えるような値段で生臭い水を買うとなったら、当時の母とおなじような態度になってしまうかもしれません。



コレステロールに関しては、糖質制限をしたときには総コレステロール値が230くらいまで上がったように記憶しています。

糖質制限では糖質のかわりに脂質でエネルギーを補うので、血中脂質が上がるのは当然です。

これが脂質制限をすると180に下がったわけですから、やはり脂質をひかえることと、脂質の質を変えていくことは、血液疾患やがんを予防するためには相当重要だとおもいます。



人間の体が一日に必要とする脂質は、必須脂肪酸でいえば大匙一杯にも満たないほどだそうです。

しかもそのほとんどは、ご飯や小麦に含まれる脂質でまかなえてしまいます。

そこに加えて、菜食主義者であれば、エゴマ油やアマニ油を小さじ一杯。

肉も食べるというのなら、エゴマやアマニに頼る必要はありません。

魚を少量(脂質にして10gほど)か、EPAのサプリメントを摂取するだけで、必須脂肪酸はじゅうぶんです。

必要量を越えると脂質は毒になるようで、ぼくはこういうことを知らずに脂質をじゃんじゃん摂取して心臓をやってしまいました。



独身男性は40~50くらいで突然死するパターンが多い、というのですが、その理由は身をもってわかります。

知識なしに好きなものだけ食べるとなると、やっぱり質のわるい脂質を摂取することが増えます。

食事をつくる手間が省けるファストフードやインスタントフード、加工食品はどれも、飽和脂肪酸がたっぷりですから。



しかしほんとうはギズモさんのように、揚げ物をひかえるという程度が、バランスがとれていていいのだろうとおもいます。

というのも、脂質を控えすぎると、今度は意識してコレステロールを摂取しなければならなくなりました。

(追記:コレステロールがあまりにも体から不足すると、頭痛が起こります。最悪血管が弱って、脳出血を起こすこともあるのだそうです)

イカや貝類、鶏の砂肝は脂質が少なく、コレステロールが豊富です。

鶏卵を1日1個食べるとじゅうぶんなコレステロールが摂取できますが、脂質が多いので、ぼくは2日に一個食べるか食べないかといったところです。

それ以外だとぼくはいま、寒天食(1日に粉寒天にして6g)を続けていて、これは胆汁酸を吸着し、腸内環境を整えるのにたいへん役立っています。

海藻類の機能性がじゅうぶんに含まれているのですが、海藻類で心配なヨウ素の過剰摂取の心配がないのもいいところです。



記憶のすり替えですが、深層心理に近いかもしれません。

深層心理は、じぶん自身でも気づかないのが特徴なんですが、この無意識こそがじぶんの行動や決定、感情を支配しているという考え方です。

表層心理はじぶんの意志でコントロールできますが、深層心理はじぶんでも気づいていない心理状態なので、じぶんの意志の力では制御できません。



ぼくはどこかで花博に行ったと勘違いをしたわけですが、なぜ勘違いしたのかということも深層心理による決定だったかもしれないし、ずっと勘違いしたことを疑わずにいたのも、深層心理によるのかもしれません。

それで、母の疑問がきっかけで、ぼくが勘違いに気づいたというのは、深層心理にあったものを表層へ引き揚げたような感覚です。

菅浩之さんの計算の件にしてもそうです。

ブログを読んだのは間違いないんですが、いつの間にか記憶が表層から深層へ移って、しかも書き換えが起こっていました。

それがあるときなにかのきっかけで、表層に引き揚げられてくる。

この引き揚げられたものをみる感覚は、単なる記憶違いの確認作業ではなくて、もっとヘンテコなものでした。

本来そこにあってはならないものというか……たとえば夢でみたナンセンスな出来事が、目が覚めたときにそのまま目の前で起こっているというような。



これもヘンなたとえですが、うちの母方の祖母は晩年認知症で、家族も含め、人の顔が覚えられなくなっていました。

それで介護施設で骨折して、病院に数週間入院することになります。

病院ではお手伝いさんを雇うというのでなければ、基本的に家族が食事介助などをしなければなりません。

お手伝いさんを雇うのは高額なので、母や、当時大阪にいたぼくが食事介助をしたのですが、間に合わないときは看護師が最低限のことはやってくれていたようです。

しかし祖母はたぶん病院でほかの看護師からイヤな目にあっていたのでしょう。

ぼくと食事をしたときに、いつもスプーンの出し方がわるいといってひどく怒り出したんです。

祖母はもしかしたら、職員からむりやりスプーンを口に突っ込まれるような目にあっていたのかもしれません。

「ばあちゃん、孫のおれがわからんか。いまばあちゃんは入院してて、食事介助が必要やから、おれが来たんやで。きょうはおれが食事を手伝うからな。あんまり怒らんといてや」

というと、祖母は顔をしかめたまま、状況がわかったような、わからないような、おかしなものをみるような目でぼくを見ました。

それで、もう文句はいわずに黙々と口に運ばれた食事を食べるのでした。

きっと祖母は、じぶんの認知しているものと、実際の現実に起こっていることがちがうので、不思議だったんだとおもいます。



ぼくが引き揚げられた記憶をみたときの感覚は、あのときの祖母の不思議なものをみるようないぶかしげな表情によく似ています。

記憶、心理、認知といったものは、いかにもじぶんのアタマの中で間違いないものとして固定化されますが、あんまりアテにしないほうがいいのかもしれませんね(笑)

2025年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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お忙しいところを、ご連絡いただきありがとうございます。

くれぐれも、お返事のことはお気になさらないようお願いいたします。

1反半というと、かなりの広さですね。

ご自分のお仕事のみならず、お手伝いや自治会と、ずいぶんとお疲れになることと思います。

体調のことも心配ですが、夜はできるだけしっかり睡眠をとって、体力を落とさないよう充分にお気をつけくださいね。
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すみません、ことしも繁忙期に入りました。

午前中に葉物の収穫作業。午後からはニンニクの収穫、オクラの草取り、畑の草刈りで一日が終わります。

さらに高齢のご近所さんが管理している1反半ほどの田んぼ(お米の収量としては700kgほど)が、去年は鹿にやられてしまい、自家用でさえまともに収穫できないほどでした。

ことしは防獣対策を講じるつもりだとおっしゃっていたのですが、春からご夫婦そろって体調不良が重なったりで、防獣対策どころか、まだ田んぼの準備がようやくできただけで、田植えもできていません。

それでぼくが見るに見かねて、数日前から電気柵の手配と設置などをして、できる限りのお手伝いをさせていただいています。

そのうえことしは自治会も予定もたてこんでおり、ちょっと落ち着いて文章を書く余裕がありません。

状況が落ち着くまでしばらく返信が遅れてしまいますが、何卒ご容赦ください。
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文明というものを永続的に維持するために、やみくもではなく、ほどほどの発展でいったん立ち止まるということも大事だと思うのですが、近代の発展は恐ろしいほどに飛躍的でした。

現代の人から見たら不便な時代に生まれ育った年代の人たちが、目覚ましい発展にさほどとまどうことなく、それなりに順応して生きているのですから、高齢者の人はすごいと感心してしまいます。

電車やバスの中を見ても、70代、80代の方々が普通にスマホを使いこなしていますし、スーパーでのセルフレジを使う(使える)高齢者の方も増えてきています。

今の子たちは生まれた時からスマホがあるので、相手の顔を見て電話ができますし、動画も観られ、タッチするだけで乗り物にも乗れるし買い物もできるし、検索ができることも知っています。

家の中では、ちょっと話しかければ電気がついたり消えたり、お風呂のお湯が入ったりもします。

それを不思議とも思わず、生活しているわけです。

この文明がエネルギーや資源の枯渇などで失われた時、様々な便利さを享受して生きてきた世代の人は、不便な生活に順応して生きていくことができるのか、考えてしまいます。

なかったものがだんだんあるようになるということと(おかしな言い回しですが)、あったものが無くなるということは、比べものにならないくらい違うでしょうから。



水蒸気のお話は、感動と同時に、科学的な理論に基づいたお話とのことで、へ~~っと感心してしまいました。

よくそんなことを計算しようと考えたものですね。

というより、計算できた、ということが驚異です。

科学とロマンは、まったく別もののようでいて、案外、表裏一体なのかもしれません。

地球上のありとあらゆる原子などが、何年経っても何万年経っても、ずっとどこかで循環し続けているとしたら、これは本当に壮大なロマンです。



コレステロール値の表もありがとうございます。

これは、いろいろなことを調べ、納得のいく情報を得て、それを実行した(し続けている)という、努力のたまものですね。

本当によかったです!!

検査項目にないものに関しても多くの面で良好になってきているのでしょうが、やっぱり見えるところでよい結果が出ると、うれしいし、励みになりますね。


昨年の6月に、たまたま血液検査をしたら、コレステロール値が高かったというお話をしましたが、「中性脂肪」と「LDLコレステロール(悪玉コレステロール)」が、基準値よりかなり高かったため、薬物治療という話になりました。

その時期は外食が多かったために一時的に上がっているはずと思い、しばらくたってから再検査をし、その際結果がよくなければ考えたいと医師に話し、当面様子見ということになりました←様子見のまま、一年近く・・・。

一度検査で問題があると、必ず「生活習慣病 療養計画書」というものを作らなければならず、それに沿って治療・療養をしていくことになりますが、これによって再診料が毎月200円以上、上がります。

「座っただけで700円」ほど、取られることになります。
私の場合、その後、頸動脈エコーでプラークの検査をしただけで、再検査は受けておらず、普段はアレルギーの薬や気管支の薬をもらう程度なのに、です。

ちょうど昨年6月から、「生活習慣病管理料」というシステムができたので、タイミングの悪いことでした(笑)

あとで知ったのですが、拒否はできるそうです。それ、早く言ってよ、と思います(笑)


参考になるかどうかわかりませんが、計画書を2枚にわけた写真を添えました。

写っていませんが、主病の欄には「糖尿病・高血圧症・脂質異常症」と3つの項目があり、私の計画書には「脂質異常症」にチェックが入っています。

また、計画書にある項目について、厳密に問診があったわけではなく、とりあえずこういった方針で、という程度でした。

その先生が言うには、極端な(めちゃくちゃな)食事をしていない限り、食事では下がらないので(断言・・・)、まずは無理のない程度でかまわないので、運動が望ましいということでした。

計画書にチェックがついている項目は、特に難しい目標ではなく、ほとんど守れており、約1年経っているので、下がったはずだと思います。

「食事ではコレステロールはそうそう下がらない」という医師の話だったため、食事療法をしても、効果がでないと思い込んでいましたが、農園主さんのこの度のことを考えると、相当な効果がでることが確信できました。

なんでも継続するというのは、簡単なようで、案外厄介な面も多いです。

でも、農園主さんを見習い、コレステロール値のみならず、生涯健康でいるために、食事にはもっと気をつけていこうと思います。

とはいえ、以前からフライや天麩羅などの油ものはほとんど食べていないし、脂っこいものも食べておらず、けっこう健康的な食事をしているはずだったのですが、農園主さんのおかげで、改善すべき点が多いことに気がつきました。
ありがとうございます!!




農園主さんの記憶違いのお話ですが、パラレルワールドを思い浮かべてしまいました。

それはそれとして、記憶の置き換えというか、記憶が入り混じってなにが本当だったか悩むことはありますね。

私ならもうろくしたんじゃないの?と言われそうですが(笑)、農園主さんの場合はありえないし、単純な記憶違いかもしれませんね。

記憶というのは、結局は断片の組み合わせだと思うので、年月が経過するうちに、入れ替わったり忘れたり、ごちゃごちゃになったりするのではないかと。

でも、自分の記憶に間違いないという確信もあるので、そうなってくると、自分ではない自分が経験したことだったんだろうか?とか、不思議になることもあります。

確信していたはずの自分の記憶に間違いがあったとわかると、「でも間違いないんだけどなぁ」と疑いながらも、(訂正)新しい別の情報の方が正しいのかもしれないと思うことで、記憶の上書きというか、すり替えが起きるのかもしれません。

また、記憶を呼び起こす(思い出す)際に、本来の記憶とは異なる、その場所や出来事の情報が頭の中に介入してくることによって、実際起きたこととは違った記憶として、脳内に定着してしまったりもするように思えます。

もしかすると、記憶違いではなく、私が見つけたサイトや菅浩之氏の書いたものを読んだ人が、まったく別の記事を書いてネットにあげていたということもあるのではないでしょうか。

それをお読みになって覚えていたのかもしれませんし、椰子の実ジュースの一件は、失礼ですが、お母様の記憶違いも可能性としてはありえますよね。



記憶の書き換え、上書きですが、例えば事件などで、目撃した犯人の服装を詳しく教えてほしいと言われて、間違いないと思ったことを伝えます。

ところが、「本当に白いコートでしたか? 黒ではありませんか?」としつこく言われると、「あ、黒だったかもしれない」と思うようになったりしますよね。

こういうことって、けっこうありがちだと思います。

確信できている記憶でも、ぼんやりした記憶でも、やっぱり記憶って、能動的にも受動的にも、塗りかえられる可能性は多いのでは、と。

考えてみると、人間の記憶というのは実に興味深いものですね。



ヤシの実のジュースですが、ココナッツにストローをさしたものですか? 

横浜の中華街や上野のアメ横に行くと見かけますが、缶のものしか飲んだことはありません。

缶も・・・・まずいです(笑)

イメージ的に、南の島で、木に登ってヤシの実を落っことして割り、急いで木から下りて飲む、そんな感じです(笑)

埼玉県坂戸市に、聖天宮(せいてんきゅう)という台湾系道教の宮があるのですが、台湾の宮大工が造ったもので、ロケやコスプレの聖地としても有名です。

中に台湾の飲料や台湾スイーツなどの自動販売機があり、ココナッツジュースの缶もあったので、久々に飲んでみましたが、やっぱりとてもまずかったです(笑)

ココナッツミルクのようなおいしさはまったくなくて、水でもなく、ジュースとも言えない、どっちつかずの、主張のない飲み物ですよね。



【No,1631の記事には、返信不要】とあったのに、いろいろ書いてしまいました。ごめんなさい。


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【この記事には返信不要です】
ありがとうございます。

菅弘之さんの計算の部分、まさにそうです。
もしかしたら、ぼくが読んだのがこの記事だったかもしれません。

ブログがなかったころで、いわゆるテキストサイトの一記事であったという記憶と、こんなに軽妙な文章ではなく、もっと重苦しくロマンティックな書き方であったような記憶があるのですが、長い時間の中で記憶が大きく置き換わっていた可能性があります。



先日、親と電話をしたときに、大阪万博の話になりました。

ぼくは、そういえばむかし大阪で開かれた花博に連れて行ってもらったよな、と話をしました。

すると母は「花博には行ってない」と言います。

そんなわけがありません。

花博で売られていたヤシの実ジュースを飲んで、それが美味しくなくてガッカリしました。

親はそんなぼくの様子をみて、高いお金を出したのに美味しくないとはどういうことだ、となぜかぼくに怒りだしたのです。

ぼくの記憶にはその部分がしっかり残っていました。

だからたしかに花博に行ったはずだ、と主張したのですが、親はそんなはずはない、と平行線。



後日、また電話をしたときに、母が言いました。

「あんたは花博が終わった後で鶴見緑地に行ったんや。花博が終わった後の鶴見緑地に行ったことなら覚えてる。ヤシの実ジュースは花博が終わってからもしばらく売ってたんやとおもうで」

それで、アッと気付いたのです。

ヤシの実ジュースがまずかった記憶はしっかり残ってるのだけど、花博の入り口で並んだとか、パビリオンに訪れた記憶がまったくない。

そのくせ公園内の植物園の中の大温室で、奇妙な大きな花をみたという記憶は残っているのです。

母の記憶が正しくて、ぼくの記憶が間違えていたのか、と不思議な気分になりました。



特にここ数年ですが、じぶんの古い記憶に自信がありません。

記憶が断片的にちがったものに置き換わって、置き換わったことを含めて事実だったとおもいこむ、ということがほんとうによくあるのです。

なので、あの火葬の水蒸気の話も、時期的にも記憶とちがうし、じぶんの中ではもう少しロマンティックで陶酔感のある話だったようにおもえるのですが、まったく自信がありません。

それどころか、どんどんこの記事がぼくのあのとき読んだ記事だったという気がしてきています(笑)



と、言い訳がましい話をしましたが、長い間ぼんやりしていた記憶をはっきりさせていただいて、感謝しています。
あらためて、ありがとうございました。
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お返事の前に。

たまたま検索で出てきたものです。

農園主さんがご覧になったものとは違うようですが、とりあえず。

ご存じでしたらごめんなさい。

https://ikeoka.net/blogs/000/?cat=14&pag...
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7世代というと、15歳くらいから子供を生んでいたむかしのサイクルでいえばだいたい100~150年くらい先ですね。

人間の一生の向こう側ということになるでしょうか。

日本でもむかしは、じぶんが死んだ後もその地域に住まう子孫ために、山の木を植樹したといいます。



山の木々は主伐して収穫するときにはじめて「儲け」が出ます。

それまでの間は、込み合った木々を間引く間伐をしたり、材木としての質を高めるために枝打ちをしたりします。

そういった作業から出た木々は、日々の煮炊きや風呂の薪として利用されました。

木々を育てるということが、暮らしそのものに直結していたんですね。

しかし主伐をした後に植樹をしても、じぶんが生きている間には収穫できませんし、儲けどころか出費と手間がかかります。

いまだけよければよい、じぶんの人生の間だけよければよい、というのであれば、植樹をせずに山を丸裸にするだけで放っておけばいいんですが、先人たちはそうしませんでした。

むかしの人々は、じぶんの暮らしが何百年先も変わらないということを確信していたからです。



資本主義や自由主義はこの、植樹をせずに山を丸裸にするだけで放っておいてしまう、ということを平気でやってしまいます。

なにせ基準が「お金がじぶんのポケットに入ってくるかどうか」「いまじぶんが豊かでいられるかどうか」だけなので、当然7世代先のことなんてほとんど考えていません。

子孫が苦しむかどうかより、いまじぶんが豊かであること、じぶんのポケットにお金が入ってくることのほうがよほど大事だという考え方です。

当然そんな調子だと、いずれどこかで子孫が破滅的な苦しみに見舞われることでしょう。



こういった、いまだけよければいいという困った問題を、将来の人間が克服できるかどうか。

少なくとも資本主義、自由主義ではもう「克服できなかった」という答えが出てしまっています。

が、たとえばAIに助けてもらう形であったり、あたらしい秩序の下でなら、再生できるでしょうか。



この再生は、地球のエネルギーが完全に枯渇したり、温暖化でどうしようもなくなったり、核戦争、あるいはそれらが複合的に噛み合わさった結果、強制的に起こるイベントかもしれません。

あるいは人類みずから立ち上がって、永続的な文明維持のために自発的・協力的に行うイベントとなる可能性もあります。

願わくば後者であってほしいとおもうのですが、おそらくこの逼迫した状況は、ぼくが生きている間はまだ起こらないようにおもえます。

しかしその決断のときを生きる世代は、前者・後者どちらのイベントにせよ、いったん江戸時代に近いところまで生活レベルを落とすことになります。

じぶんの寿命を10年以上差し出して、さらにこれまで文明がもたらしてくれた自由をあらかた捨て去る覚悟が必要になることでしょう。



心霊写真ですが、もう20年も前のことで、携帯も手元にはないので、写真自体もないとおもいます。

心霊ということでふとおもいだしたのですが、まだブログがほとんどなかったようなころ、あるホームページにこんなことが書かれてありました。

以下、一度お話ししたような気もしますし、そのときと話が多少変わっているかもしれませんが、記憶違いがあったとしてもそのままお話しします。



愛する人と死に別れて、その人が火葬されて、その水蒸気が雲になりました。

その雲が雨となり、山を伝い、川を流れ、海へ流れ、また水蒸気となり、山を伝い、川を流れ、海へ流れ、また水蒸気となり……。

その人はその循環について考えているうちに、じぶんの手元にあるコップの水にも愛する人がいるような気がしてきました。

そこで、じぶんの飲み水の中にその人の水蒸気のかけらが、どれくらい入っているかを、計算したのです。



その計算のやり方がどういうものだったか、まったく覚えてないんですが、まさか人ひとりが死んだくらいの水蒸気がコップ一杯の水に混じることなんてないだろうとおもったら、数字のうえでは、ほんの少し混じるんだそうです。

それは、まったくないというわけにはいかないくらい、はっきりした数値として、コップの中に含まれている。

ぼくは若いときにその話を読んで、なにか得体のしれない感動を覚えたのですが、ブックマークするのを忘れていました。

そしてあれからいくら探しても検索できないまま、いまに至ります。

心霊という精神現象は、このコップの中に含まれた愛する人のような、ぼんやりとはかないものだろうとおもうのですが、そうするとあのときWさんの横にいた顔のようなはっきりした形のものは、なんだか露骨すぎるというか、主張が強すぎますね(笑)



和菓子の水無月は京都だと非常にポピュラーなんですが、あれは単純だからこそむずかしいようで、ういろうがボソボソ、小豆も塩梅がいい加減、といったようなものが多いですね。

元をたどればそれぞれの家でつくっていた素朴なお菓子ですから、上出来なものを期待しすぎると気の毒ではあるんですが(笑)

しかし小豆はまだともかく、ういろうは美味しいものだともっちりとして歯ごたえがあって、こんなにおいしいものがあるのかとおもえるものです。

あのもちもちと歯ごたえのバランスをとるのはむずかしいのでしょう。
スーパーのういろうを買っても、これといった感動がありません。



三重県のご当地品、もう伊勢で暮らしていたころから30年近く経っていますから、ぼくも知らないものが多かったです。

おかげ犬もはじめて知りました。

あおさは有名ですし、美味しいのですが、当時からまあまあいい値段でした。

伊勢では日常の贈り物にすると喜ばれるものといった印象です。

伊勢の局地的な珍味なんですが、「さめたれ」という、サメの肉をたれに浸けた加工品があります。

お酒のアテにちょうどよくて、なかなかおいしいのですが、伊勢から離れるととんとみかけません。

あとは、手こね寿司といって、薄切りにしてたれに浸けたカツオを乗せたちらし寿司があって、これもポピュラーでした。

これらは当時、スーパーでも当たり前に売っていました。



ところでわたくしごとですが、先日献血に行き、血液検査の結果が出ました。

脂質制限をしていますが、たしかにコレステロール値は下がっていました。

210あたりをうろうろしていたのが、180と目にみえる形で下がっており、それ以外の項目はいつもとおなじ。

総コレステロール値には血中の中性脂肪も含まれているので、この調子で脂質制限を続けて、低めのコレステロール値を維持していくつもりです。
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ナウルのお話は知りませんでしたが、とても興味を持ちました。

アホウドリの糞が化石化してリン鉱石の島になったおかげで世界一裕福な国となり、それがわずか20年ほどで枯渇し、あっという間に貧しい国となってしまったという経緯には、驚くばかりです。

東京オリンピックの時、選手は2~3人、パリオリンピックではたったひとりでしたが、ナウルの国歌はとても日本人好みの素敵な曲(歌)だと思いました。

オーストラリア軍楽隊長(イギリス人)の作曲です。

ナウル語と日本語の母音の構成が似ているらしく、日本語で歌っている?と思わせますし、旋律も、日本に伝わってきた昔の唱歌のような趣があります。



ネイティブアメリカンの言い伝えなのか、サン・テグジュペリのオリジナルなのか、はっきりしないそうですが、

地球は先祖から受け継いでいるのではない、子どもたちから借りたものだ(You do not inherit the earth from your ancestors, you borrow it from your children.)

という言葉があると、最近知りました。

同じくネイティブアメリカンの言い伝えに、

どんなことでも7世代先(セブンス・ジェネレーション)のことを考えて決めなくてはならない

というのもあるそうですね。

現代の地球に住む人間は、それらの格言をどう受け止めているのでしょう。

農園主さんが書いていらっしゃる、
「でもいつか科学技術の発展によって、環境破壊から環境再生優位となり、永続性のある人間社会が訪れることを、一縷の希望としています。」

永続性のある人間社会が、決して当たり前のことではなかったんだと気づかされました。ありがとうございます。



Wさんのお話ですが、さぞ驚かれたことと思います。

その部屋にいらした他の誰かの顔が、なんらかの反射で映り込んでいたとか、カラオケの画面がたまたま写っただけではないかとか、いろいろと科学的に考えてみて、やはり霊現象にしか思えないとのことなのでしょう。

写っていた霊の影響でWさんがうつになったのか、仕事などのストレスからうつになり、その弱くなった心につけ込んだ霊がついてしまったのか、どちらなのかはわかりませんが、前向きに???考えると、「たまたまその部屋にいたのが、たまたまWさんの横に写った」ということもありますね。

なんでも心霊現象と結びつける気はありませんが、やっぱり不思議なことはあるものです。

よけいなおせっかいですが、その写真、削除しましたか?

もう使っていらっしゃらない携帯ならいいのですが、もしSDカードなどで移行し、お手元にあるなら、削除なさってくださいね。

紙の写真なら、お塩を振って焼くのがベスト(焼き魚みたいですね(笑))なのですが、データは削除できるならしたほうがいいかと思いました。



うつというのは、当人が苦しんでいても周りからそう見られなかったり、理解されなかったり、また本人でさえよくわかっていないケースもあるように思います。

高齢者施設で(元気な人しか来館できない施設)、ずいぶん前から私の講座に熱心に出てくださる男性がいます。

恐らく70歳近いはずですが、昨年ぱったりと来なくなりました。

しばらくしていらした時、「ここが(と頭を指さして)ちょっと。入院していました」とおっしゃいました。

てっきり脳溢血や脳梗塞だと思っていたのですが、その後も、講座を申し込んでもすぐキャンセルすることが続いていました。

先日少しお話する時間があり、立ち話をしました。

「外へ出ないと家から出られなくなっちゃうんだよね、だから出るようにしてるんだけど」とおっしゃったので、「無理しないようになさってくださいね。講座は出られる時に出てくださればいいんですよ」という意味のことを話しました。

すると「そういわれるとプレッシャーがかかっちゃうんだよね」とおっしゃるので、「ごめんなさい、そんな意味で言ったのではないんです」と言ったのですが、「それはわかってるけど、裏の意味を考えちゃうんだよね」と。

その時、「ああ、もしかしたら、精神的な問題で入院していたのかもしれない」と思い当たりました。

本当のことはわかりませんが、もしそういったことだとすると、言葉を慎重に選ばないといけないと反省しました。

でも、私が「裏の意味」をまったく含んでいないのに、その方の受け止め方は違う(時がある)かもしれないと思うと、会話自体しないほうが無難という考えになってしまいそうで、それもなんだかなぁと。

難しいですね・・・・。



いつ頃からだったのか忘れましたが、「半夏生だからタコを食べましょう」というようなPOPが、スーパーの魚売り場で見られるようになりました。

そのあたりになると、タコは高くなりますが(笑)

この風習は関西からだったとは知りませんでした。

恵方巻も関西の風習だったそうですが、なぜか2000年にセブンイレブンが大々的に広め、こちらでも当たり前の行事となっています。

チェーン店のお寿司屋さんでは、通常の営業を縮小し、ひたすら恵方巻を作って売るという一日になっていて、それはもう上を下への大騒ぎの日となります(笑)

恵方巻の中身も年々進化し、実にバラエティーに富んでいますが、タコも恵方巻も、離れた地域で定着していくというのは、おもしろいです。

半夏生餅というのがあるんですね。

ご存じかもしれませんが「水無月」という和菓子があり、これは京都発祥で、6月30日の夏越の祓に食べる行事食なのだそうですが、こちらでは、デパートの和菓子屋さんで、6月30日の一日限りや、その前の1週間ほどしか販売しないという、困った和菓子です(笑)

昨年はうっかり買い損ね、しかたなく虎屋で買ったらまずいのなんの(笑)

俵屋吉富という京都のお店が、東京の西武百貨店に入っていて、驚くほどおいしかったのですが、お店によってまったく味が違うんですね。

因みに俵屋吉富は、なぜか東京の百貨店から撤退してしまいました。



旧約聖書の時代からはるかに時は経ちましたが、文明の進歩はしても、人間としては進歩しないものなのかもしれません。

また、愚かであるのが人間なんだとも言えるのでしょうね。

中学生の時だったと思いますが、浅草の映画館で『十戒』を観ました。

祖父母と浅草寺にお参りに行った(連れていかれた)帰りでしたが、もちろんリバイバルです(笑)

祖父母が観たかったので付き合わされたのでしょうが、興味もなかったため、タイトルすらすぐに忘れてしまいました。

しばらくして学校で国語の教師が、授業中に「十戒の映画を観た人いるか?」と聞きましたが、誰も手をあげませんでした。

なぜこの質問が出たのかすっかり忘れましたが、先生が観て感動したからかもしれません。

下校後、「あれ?この前観た映画、十戒っていわなかったっけ?」と思いましたが手遅れでしたね(笑)

ずいぶん経ってから、チャールトン・ヘストン、ユル・ブリンナーなど、豪華キャストのスペクタクル映画だったことを知りました。

海が割れるシーンとシナイ山のシーンは、印象に残っています。

あれ以来観ていないのですが、いずれ機会があれば amazon primeで観たいと思っています←今度はちゃんと観ます!!(笑)



それにしても、例えば木を切って生活に役立つ道具を作るとか、木や動物の骨から楽器を作るとか、古代から人間は発明家だったのだなと驚きますが、鉄鉱石や石灰山、リン鉱石の採掘など、その資源から何を作れるかと思いつくとは、奇跡的な知恵のように思えます。



昨日から近所のスーパーで、「三重県フェア」が始まったので、さっき行ってきました。

物産展は、北海道や京都、北陸、東北、九州などはよく開催されますが、三重県単独というのは珍しいです。

農園主さんがよくご存じの品物ばかりかと思います。

真珠、伊勢うどん、お酒、御福餅、じゃばら、九鬼の胡麻油(出展者の方に、九鬼の水軍の関連の会社ですか?と聞いたら、そうですと仰ってました)、あおさ、伊勢のひりょうず、珍しいのはマンボウのナゲット、etc.etc.、かなりの数のお店が出店していました。

おかげ犬というキャラクターもあるんですね。マスコットや手ぬぐいなど売っていました。

組子のコースター作りを体験できるコーナーもありました。

おかげ横丁あたりの、神具店が出店していたらと思いましたが、なかったので残念でした(笑)
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ぼくはむかし、求人広告の制作部門の深夜勤務で働いていたのですが、職場に、Wさんという方がいました。

当時のぼくよりひと回り上の先輩でした。

Wさんは深夜勤務をこなしたあと、じぶんの独立した仕事として営業と広告制作をしてフライヤーをつくり、ポスティングをこなすというダブルワークをしていたんです。

一日に3時間しか寝る時間がなかったそうですが、月収は50万程度あったといいます。

しかし以前に離婚されていたようで、養育費を振り込んでいたようです。

カラダはガリガリでしたが気力は充溢しており、明朗な人格だったこともあり、そのうち職場で深夜リーダーとなりました。

あるときWさんと、大阪梅田でサシで飲む機会があったのですが、じつはリーダーになったあたりから、会社の人間関係がうまくいかなくなったことでうつ病になっていたことを明かされました。

たしかにリーダーになってからのWさんはメンタルが安定せず、急にイライラしたかとおもうと、元気がなくなってしまったり、ふだんのユーモアも失われがちだとはおもっていました。

じつはぼくはWさんの後を継いでリーダーになったので、50人の制作チームの人事や進捗を管理し、嫌われ者になる心労はわかるつもりです。

やりがいもあるし、給料だってたくさんもらえて、いい立場ではあるんですが、同時に職場に渦巻く不満の捌け口になり、かれらの不満の矢面に立つ仕事でもありました。

もちろん会社全体でみればリーダーは課長補佐より下の役職です。

しかし深夜勤務の中ではリーダー職が事実上のトップになるので、そこより上の役職がいません。

職場の不満をぶつけられる相手はリーダーしかいないので、サンドバッグになるしかありません。



Wさんがうつ病だった時期、職場の仲間でカラオケに行く機会がありました。

で、Wさんが歌っているときにぼくが携帯で撮影した写真なんですが、完全に映っていたんですよね。

薄暗いカラオケボックスの部屋で、歌を歌ってるWさんの横にはっきりと人の顔がある。

むかしの画質のわるい携帯の写メでしたが、それでも後にも先にもあんな完璧な……いわゆる心霊写真は初めてで、同僚たちに見せると悲鳴をあげて「なにこれ!?」といいました。

同時にみんな、さすがに心霊写真のようなものを本気でとりあうわけにもいかず、まさかなあといった雰囲気。

でもはっきり写った顔に、これだという説明ができる人もいませんでした。

当のWさんは根っからそういったことを信じない人でしたから、ネタとして笑った以外に、深刻にとらえるようなことはありませんでした。



この話はこれで終わりです。

いわゆる怖い話にできるような後日談があるわけでもなし、物語的なカタルシスもありません。

結局その方はしばらくして会社をやめて、ぼくが後を引き継ぎましたが、ぼくもその後職場をやめました。

いまWさんもぼちぼち還暦を迎えるころでしょうが、どうされているかは知る由もありません。



個人的にはいまの時代、うつ病になるということは人間が社会活動をするうえでの通過儀礼のようなものだとおもっています。

社会にマジメに向き合っている人ほど、不条理にもまれ、じぶんのおもっていたようにいかない人生に打ちのめされ、憂鬱に飲まれてしまいます。

この社会で生きるために必死になって、別れた家族に養育費を払いながら、すこしでも豊かな暮らしを手に入れるために、寝る時間を削ってやせっぽちで頑張っておられたWさんを、心霊と関連付けるのは気の毒なことです。

ですがやっぱり、あの不気味な写真と、あのころのWさんの状況を、因縁づけて考えたくなる気持ちもあるにはあるのです。

ギズモさんが精神科医さんとのエピソードをおっしゃってくれたおかげで、ぼくの中にもそういう心のせめぎ合いがあったのだと気づかせていただきました。

この話は、たまたまギズモさんの話から似たような経験、古い思い出がよみがえってきたというだけのことです。

ギズモさんを責めているのではないことは、付け加えておきます。



薬とうつ病の関係について、いろいろな情報を教えていただきありがとうございます。

いわゆる酔い止めにもストレス軽減の効能とうつの副作用があるんですね。

幸い言葉が出にくくなる症状はかなり落ち着きましたが、半夏厚朴湯はちょうどぼくの症状に効きそうな気がします。

そういえば半夏厚朴湯という言葉に記憶のひっかかりを感じたので、調べてみました。

半夏はカラスビシャクというサトイモ科の多年生植物の古い名前なんだそうです。

酔い止めとおなじく吐き気(妊婦のつわり)に効いたり、精神安定の効能があるといいます。

本来食用にならない植物ですが、この根っこを加工して入念にアク抜きすると薬草になるということです。

7月に入ってすぐ、カラスビシャクが芽を出すころを「半夏生」と呼ぶそうで、ああそれで親しみがあったのかと納得がいきました。

というのも、近畿圏では半夏生はけっこう有名で、古くは大阪では半夏生にはタコを食べる習慣があったそうです。

いまどきタコを食べる習慣はほぼ廃れましたが、半夏生餅という季節の和菓子があって、こちらは関西のスーパーや和菓子屋でみかけます。

むかしは麦と米の二期作でしたから、田植えは麦の収穫が終わった後の6月に始めて、11月に刈り取って麦をまくというサイクルでした。

ですから半夏生は田植えが終わって7月の梅雨時期に入り、ホッとひと息ついた時期の、農村におけるささやかなお祭りだったのでしょう。



芝桜のきれいな写真、武甲山の写真をありがとうございます。

人類の文明は道具をつかうところから始まりますが、鉄鉱石鉱山から鉄鉱石を採掘するようになったのが、「山を切り崩してじぶんたちの道具を得る」暮らしのはじまりでしょう。

古墳時代には、島根県(出雲)のあたりで鉄穴流し(かんなながし)といって、山を削ってこの土砂を水に流し、土に含まれる砂鉄を採取するやり方で鉄を採集していました。

農具、武具、民具にと、当時の鉄の需要はすでに全国規模のものでしたが、出雲のたたら製鉄は鉄製品の需要を支える一大産業だったのです。



ちなみにたたら製鉄を行うには、莫大な薪を必要としました。

出雲地方は湿潤な気候に恵まれていたため、山をひとつ丸裸に伐採し、また木の苗を植樹しておけば、20年のサイクルでじゅうぶんな大きさの木に生長したといいます。

この木々が育ちやすい気候がなければ、当時の製鉄における莫大な燃料はまかなえませんでした。

すでに当時から、人間の道具をつくるために一定の環境破壊は行われていたということですね。



有史以来人類は自然環境を利用して文明を強力に推進してきたのですが、石灰山が大きく切り崩されるようになったのはコンクリート需要や農業肥料の需要が急増した近代からですね。

近代になって一気に採掘が進んだという極端な例としては、太平洋のナウル島のリン鉱石採掘が有名です。

この小さな島はもともとサンゴ礁が隆起してできたのですが、そこにアホウドリが集まるようになり、糞が堆積しました。

鳥のフンにはリンが多く含まれていますが、ナウルではアホウドリの糞が長い期間かけて化石化してリン鉱石の島となったのです。

リンの使い道は多く、特に農業肥料の分野では欠かせません。

ナウルでは19世紀後半からリン鉱石の採掘がはじまりました。

1968年にはナウル共和国として独立。一時は世界一裕福な国となりましたが、1990年代にはリン鉱石が枯渇。

独立から数えれば、ほんの四半世紀の栄華でした。

現在では経済が崩壊し、漁業権の販売や観光業の振興に努めているということですが、自給自足もむずかしい島ですから、先行きが明るいとはいえません。



ナウルの資源枯渇問題は、将来の人類全体がたどる問題でもあります。

原油もいずれは枯渇しますし、世界中の山々から鉱石を採掘することだって、いつまでもやっていけるわけではありません。

リサイクルをするにしたって、その機械をつくるのに原油や鉱石などの資源が必要であり、現代文明社会の永続性について、人類は非常に危うい綱渡りをしています。

衣食住足りて人間は理性を保てますが、いざ資源が枯渇すれば、みんなじぶんに利益を引っ張るために戦争でも人殺しでも略奪でも、なんだってやることでしょう。

みんな仲良く、世界人口を計画的に減らしながら、残された資源と文明をうまく利用して永続させていく、なんてお行儀のいいことは、おそらく人類にはできません……いま現在できていないのだから、将来もできるはずがありません。



ギズモさんが武甲山をご覧になって、モーセの十戒の祭壇を想起されたという話は、ぼくとは解釈がちがうとはおもうのですが、ほんとうにそうだと感じました。

モーゼがシナイ山で創造主ヤハウェから授かったという十戒の、最後の戒めは「隣人の家を欲しがってはならない」ですね。



「隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない」



この隣人という言い回しを地球規模にまで拡大解釈していくと、われわれは、地球の先輩たちが数十億年かけて残してきた「家」……つまり化石燃料や鉱石資源を、消費しつくすほどに貪って、戒めをないがしろにしています。

山体が変わるほど削られた山が、自然に元の山体に戻ることはありませんし、近い将来(といってもまだしばらくはもつでしょうが)、原油が枯れてしまえば、あらたに何十億年も動植物の死骸が積み重なって石油化しない限り、原油資源が復活することもありません。



モーセはシナイ山で神から石板を授かりました。

が、地上の人々はモーセがなかなか戻ってこないため、待ちきれずにあたらしい神の像(黄金の子牛)をつくってしまいます。

神はそのことを知って激怒しました。

モーセは急いで山を下り、黄金の子牛を焼き払うと、子牛を礼拝していた人々を皆殺しにします。

この黄金の子牛はモーセ(十戒)を待ちきれずに資本主義、拝金主義に走った人間の愚かさになぞらえているというのですが、当時から人間はこのような行き過ぎた貪りを繰り返していたから、戒めが必要だったのでしょう。



ギズモさんの武甲山の写真を拝見しながら、ぼくはついそんなことを考えていました。

ちなみにぼくは、いまの人類の文明では地球環境を破壊することから逃れることはできないとおもっています。

でもいつか科学技術の発展によって、環境破壊から環境再生優位となり、永続性のある人間社会が訪れることを、一縷の希望としています。
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目黒のさんまですが、一説には、家光が目黒不動参詣の帰りに寄った茶屋が舞台と言われていますね。

何度かお参りに行ったことがありますが、関東最古の不動霊場だそうで、808年開創のお寺です。

ご本尊の不動明王は秘仏で、酉年にしか開扉しないため、2029年には絶対お参りに行くつもりです←忘れないようにしないと。。。

目黒のさんまは、骨を抜いて蒸して・・・というお話だったと思いますが、最近、骨なしのお魚が、冷凍などで売られるようになりました。

さんまもありますが、尾と頭のないさんまというのも味気ないものです(笑)



お母様のお話ですが、お気持ちを推察するのは失礼ですし、わかるはずもないのですが、溜飲が下がったという心境ではないように思います。

同情から文句を言うのを辛抱しているのではないというご様子からも、そう感じます。

常々「一方的に不利益をこうむっている」と感じていても、そこはやっぱり家族なので、いざ大事が起きれば自然と愚痴は消え去り、よし!がんばるぞ~みたいな、ポジティブな心境にシフトしていったのではないでしょうか。

気持ちの切り替えをしたとしても、ムリムリではなく、自然な感情の流れであったのではないかと。

本当に溜飲が下がったと思っていらっしゃれば、愚痴を聞いてくれていた農園主さんに、気持ちをお話になるように思います。

それにしても、直接ご主人であるお父様に言えないからかもしれませんが、母親が息子に愚痴を言える関係って、いいですね~。

親子でも兄弟でも、異性間だとなかなか言いにくいように思っていました。

お母様から信頼されている証拠でしょうね。

お母様も、ちょっとした愚痴を言うことで、ご気分がスッキリなさったということもあったように思います。

お父様は、「言われないとなにもしない昭和の親父」とのことですが、昭和の親父は、言われても何もやらず、ちゃぶ台の前に座って、文句ばかり言っているイメージがあります(笑)

的外れかもしれない話を、失礼しました。



ギバー・テイカー・マッチャーのお話は、とても興味深いです。

この三種類の性格は、ビジネス面で顕著に現れるように思いました。

また、ギバーが結束して、テイカーやマッチャーに極力関わらないこと、これはとても重要だと思います。

この人は三種類のどれだろうと考えることにより、関わっていいものか距離を置くべきかがわかるので、ストレスはずいぶん減ることでしょう。




最近見かけませんが、だいぶ前テレビのCMで、「ストレスで喉がつかえる感じがする人に」に効く市販薬(たぶん半夏厚朴湯)の宣伝をしていました。

その時、そういう症状がある人は多いんだなと思ったことを覚えています。

ちょっと、おかしな話をします。

前回お話した精神科医の歌のレッスンは、カラオケ屋さんで一回1~2時間、やっていました。

他にも同じようにカラオケ屋さんでレッスンをする方は多かったのですが、彼女の時だけ、その1~2時間の間に2~3回、喉がつっかえる感じがして、声が出せなくなるんです。

急いでお水を飲んだりして、なんとかどうやら話せるようになるんですが、彼女の時だけ緊張したりストレスを感じるわけでもなく、まったく原因がわかりませんでした。

ストレスや身体的な問題でない。ではなぜ、そういうことが起きるのかと考えていくと、心霊的なことしか答えが出ませんでした。

まずは場所ですが、いつも同じではなかったのでこれは除外。

そうすると、彼女自身になにかあるとしか思えないのです。

もちろん断言はできないのですが、彼女のまとっている雰囲気からして、有り得ることだと思っています。

職業としてもいろいろ背負うものがあるのかもしれませんね。

憶測でものを言ってはならないと思いながらも、不思議なことだったので、書かせていただきました。



先日、芝桜を見に行ってきました。

埼玉県秩父にある、羊山公園・芝桜の丘です。

例によって写真が下手すぎるので、きれいに見えませんがご容赦ください(笑)

上の写真はその公園から見えた山なのですが、階段のようなものが見えますか?

これを見た時、旧約聖書のシナイ山、モーセの十戒の祭壇かと思いました(笑)

武甲山といい、北側斜面が石灰岩質で、石灰岩の採掘がおこなわれているそうですが、石灰山というものを初めて見ました。

江戸時代には漆喰、明治からはセメントの原料として、採掘のためどんどん削られ、30mほど低くなってしまったそうです。


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α訂正:β遮断薬は、薬剤惹起性うつ病のリストに挙がってるんですね。

投薬するお医者さんや薬剤師が、そこまで説明してくれる人ばかりではないと思うので、何でも調べてから服用するということは大事ですね。

トラベルミンは病院でめまいの治療薬としても処方されますが、乗り物酔いの薬は、リラックス、鎮静作用があるので、緊張を緩和したい目的でも使用できるそうです。

トラベルミンRなど、眠気の出にくい酔い止めの市販薬はいろいろあるのですが、乗り物酔いの薬は、副作用としてうつ病も挙げられています。

ただ、連用、常用するものではないので、さほど心配はいらないように思います。

私は、2時間以上車に乗る時と、飛行機・船に乗る時に必ず飲みますが、頻度としては2~3ケ月に一回程度で、おとなの量ではなく、子どもの量で飲んでいます。

飲酒の可能性がある場合は、お酒に酔いやすくなったり、眠気が増強されてしまうので、避けた方がいいです。

普段飲まない方は、子どもの量でも充分かもしれません。

浅田飴からは乗り物酔いのドロップもでていますが、サイダー味もあるので、今度試してみようと思っています(笑)


https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/...
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鶏皮、おいしいですよね。

ぼくはカリカリに焼いて油を飛ばして、それを湯で戻してさらに油切り。

千切りにしてたっぷりのネギを乗せて甘酢に浸してというレシピなら食べられそうです。

と、こんなレシピだともう完全に目黒のさんまですね(笑)



社会と公共の話の続きなんですが、「気力と体力が落ちている時は無理にがんばらない」という場合、その状況を周囲が支えるシステムが必要です。

社会や公共というのは、じぶんががんばれないときに、ほかの人が支えてくれるシステムです。

生活保護とか、バリアフリーとか、いまの社会が公共として築いてきたものは、弱者への配慮という視点を備えています。

言い換えれば、ふだん元気なときは、弱者を支えるためにじぶんも社会や公共の歯車として頑張る、ということになります。



家庭を社会として考えると、家族が公共ということになります。

ギズモさんがたおれたときは家族が支える。

家族がたおれたときはギズモさんも支える。

ふだん元気な時は、家族一丸となって、よりよい社会(家庭)を形成するための経済活動や、より広い範囲での公共活動にいそしむ必要があります。



しかし、たった数人の家族の社会でさえ、うまくいかない場合もあるでしょう。

一度話したような気もするんですが、心理学者のアダム・グラントが、人間には

ギバー
テイカー
マッチャー

という三種類の性格が備わっているといいました。



学術的な話のようですが、これはべつにたいそうな話ではありません。

ギブアンドテイクという言葉がありますが、このギブが「ギバー」、テイクが「テイカー」となります。

つまり、それぞれ直訳で「与えたがる人」「受け取りたがる人」「バランスを取りたがる人」ということです。



このうち最悪なのが、テイカー(受け取りたがる人)です。

じぶんが受け取ることばかり考えていて、ギバー(与えたがる人)から吸い上げようとします。

その次によくないのが、マッチャーです。

与えることと受け取ることを等量にしないと気がすまない。

外食をしたときに1円単位までの割り勘を求めてくるような人が、マッチャーといえるでしょう。

マッチャーはテイカーほど意地汚いわけではありません。

しかしケチには変わりありませんし、一緒にいるとなににつけても合理性を求めてくるので窮屈です。



もっともよいのが、ギバー同士で社会を形成していくことです。

ギバーが結束して、テイカーやマッチャーには極力関わらないこと。

お互いに与えあう関係性の中で社会が築ければ、ふだんの生活のストレスは激減します。



なにせテイカーが増えると社会はカンタンに壊れていきますし、公共は機能不全に陥ります。

あえて誤解を恐れずにいうと、社会全体の人が生活保護を求めてしまうと、当然社会は成り立たないでしょう。

生活保護は社会のセーフティネットですし必要な制度ですが、これを維持するために社会全体がギバーとして貢献しています。

生活保護を求める人の割合が増えてしまうと、いくらギバーがいても足りないということになってしまうし、ギバーにも不公平感や不満が渦巻いてしまうことでしょう。



たとえばギズモさんがいくらギバーとして家庭内でがんばっても、旦那さんがテイカーだったら、家庭は崩壊しますよね。

これがもしマッチャーだったら、家庭内を合理主義で染め上げて、与えることと受け取ることを等価にする……つまり合理的でないものを家庭に持ち込めなくなってしまい、窮屈な暮らしを強いられるようになります。

家庭に問題を抱えている人の多くは、ギバー同士で生活できていないというところに原因があります。

まだマッチャー同士であれば、夫婦間の合理性のつり合いがとれている間はうまくいくでしょう。



テイカー同士の場合は……『万引き家族』という映画がありました。

あの映画では、社会に居場所がなく、詐欺や万引きをしているような連中同士が共同体のようにして暮らしている人々を描写していました。

泥棒で生計をたてるというのは、人々がまっとうに労働している利益を奪い取って、じぶんのものにするという、典型的なテイカーです。

テイカーはよほど狡猾にやらないと居場所を失いがちですから、おなじような境遇にある者同士で共同体をつくっていくしかありません。

あるいは社会から見えないように、ひとりで生きていくしかありません。



では、このギブアンドテイクの不均衡を、せめてつり合いのとれたものにするにはどうするかというと、これはもうギズモさんがおっしゃっておられました。

せめてそのときテイカーになる人が「ありがとう」とひと言を投げかけられるかどうかですよね。

ギバーもマッチャーも、場合によってはテイカーになることがあります。

病気をして人のお世話にならねばならないとき、じぶんの不手際をカバーしてもらったとき、たまたま他より多くの利益を得たときなど、いろんな局面があるとおもいます。

その都度、じぶんの立場をわきまえて、他者のご苦労や気遣いに感謝とねぎらいの言葉を伝えられるのかということは、じぶんの暮らす社会を良好に保つために、極めて大事なことだとおもいます。



うちの父母の話をしますが、以前の母はなにかというと父の文句をぼくに言いました。

酒を隠れて飲んでいる、じぶんから掃除をしないなど、ひとつひとつの件は他愛ないことでした。

しかし母からすれば積み重ねで「じぶんだけが不利益をこうむっている」という気分だったのでしょう。

ちなみにうちの父はテイカーの気質が強い、いわゆる「言われないとなにもしない昭和の親父」です。



その父がおととし肺がんと咽喉がんを患いました。

胸部を横一文字に切り裂かれ、喉に放射線をあてられて咽喉が焼け野原になり、さらに療養中に帯状疱疹に見舞われたりと、半年間ガタガタになって苦しみました。

不思議なことにそれ以来、母の愚痴が減ったのです。

これはあくまで推測ですが、母は父がひどい目にあって、体力や気力が落ち込んだことで、溜飲が下がったのではないかと(笑)

母としては、これまでの不公平感に一種のつり合いがとれた状態になったんじゃないかとおもいます。

この憶測が実際のところどうなのか、母に確認するような野暮はしませんが、母の父への愚痴や文句が減ったのはたしかで、また父への同情で文句を言うのを辛抱しているという風でもないのもたしかです。



ギズモさんのうつ病についてのお話をうかがっていると、人間の肉体と精神のバランスは綱渡りのようなところがあるのでしょう。

以前りゅうちぇるという芸能人が自殺しましたが、女性ホルモンを投与して女性らしさを得ようとされていたそうです。

女性ホルモンだけでなく、細胞レベルで作用する薬を服用すると、その過程で精神が揺らぐのでしょう。

この揺らぎがうつというカタチであらわれる場合があるのだろうなとおもっています。

ガスターにしても、H2受容体という「細胞内の反応を誘導するタンパク質」に作用するんですよね。



ぼくは先日、自治会の集会で人前で30分話し続けたんですが、帰宅後はやはり血圧も上がりました。

それどころか数日間、声がうまく出なくなる(つっかえる)ような症状が出ました。

じぶんの頭ではうまく乗り切れたとおもっていたのに、精神面ではくたくたになっていたようです。



β遮断薬という心臓病の治療薬があります。

これは高血圧の治療薬なんですが、血圧を下げて緊張を和らげたり、本態性振戦という震えにも効果があるのだといいます。

心療内科で処方されることもあるのだとか。

ああ、こんな薬があるのなら、頓服で助けてもらうのもいいかもしれないなとおもいました。

しかし、調べてみるとやはりこれも受容体を遮断する薬で、薬剤惹起性うつ病のリストに挙がってるんですね。

やっぱり特殊な作用がある薬には、特殊な副作用もあるものだと感心(?)しました。

残念ですが緊張の緩和を目的にこの薬を飲むのはやめようとおもった次第です。

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まず、独立した記事の件、承知しました。


「薬剤惹起性うつ病」の表に、解熱消炎鎮痛薬の イブプロフェン(ブルフェン)、ジクロフェナクNa(ボルタレン) も入っていました。

イブプロフェン製剤である市販薬のイブなどは、長年飲んでいた薬でした。

女性は頭痛持ちが多いので、常用している人は多いと思います。

病院でも、解熱鎮痛薬として一般的にブルフェンが処方されますが、最近はインフルエンザ・コロナを考慮して、別の薬になっているようです。

ボルタレンは、歯科や外科では普通に処方されます。

薬の副作用については、一般的なサイトを見ても、おおざっぱにしか書かれてないことが多いのですが、詳しいサイトは副作用がズラッと列記されており、これは見るだけで怖いものがあります(笑)


農園主さんの抗生剤による影響も、私の例も、副作用というより薬害ですね。

薬の効果も弊害も、本当に個人差があるので、患者の話をよく聞き、ちゃんと対応してくれるお医者さんにかかるに越したことはないのですが、けっこう難しい問題で、時々医者ジプシーになったりします(笑)

実は先日、アレルギーの薬をもらいに行くつもりでしたが、次回はコレステロール値がどうなったか血液検査をしましょう、と言われているクリニックに行くのが気が重く、初めての内科を受診してしまいました(;^_^A

コレステロール値は下がっているような気はしますが、もし思わしくなければ、プラスチックの薬を出されるわけですから、もう少々悪あがきをしたいと思います(笑)


腹膜も、前と後ろでまったく違ってくるんですね。

改めてお話を伺うと、本当に壮絶なご体験だったと思います。

長年腹痛や腸炎を繰り返すのは大変ですし、その都度抗生剤を飲まないといけないとなると、薬の副作用も心配のタネになりますね。

副作用の症例に書かれていなくても、さほど気にならないことでも、普段と違うことがあればまず副作用と思ったほうがいいかもしれません。

それにしても気道がふさがっていく感覚とは、想像しただけでもパニックになりそうです。

じんましんのかゆみも気が狂いそうになりますし、ずいぶんおつらかったことと思います。


娘のご心配をありがとうございます。

女性の場合、子宮が関係する場合もあるとのことで、入院中に検査をしました。

2~3センチのなにか(聞いたのですが、忘れました・・)があるけれど、これは心配なく、切除しなくてもいいと言われたそうです。

軽症で済んだようでひとまず安心しましたが、3ケ月後に内視鏡検査があり、その結果次第ですね。


最近、ピッコマという電子書籍サイトの毎日無料漫画で、「JIN―仁―」を少しずつ読んでいるところですが、ちょうど、ペニシリンをアオカビから作り、コロリの患者を救うというあたりです。

『火の鳥』のアオカビの話、覚えていませんが、どんぶりに山盛りのアオカビ・・・・、どこから集めたんでしょう(笑)

確かにどんぶり一杯分とは、即死しそうな感じもしますが(笑)、医学博士でもある手塚治虫のユーモアなのでしょうね。


鶏の皮、大好きなんですよね(笑)

脂がすごいので、油をひかず焼くか、茹でて鶏皮ポン酢にしたりしますが、皮の脂肪の大部分は飽和脂肪酸だそうですね。

皮串でビール、なんて身体に悪いものは、なんでおいしいんでしょうか(笑)

アイラップでの冷凍の仕方、とても参考になります。ありがとうございます。

あらかじめ切れ目を入れるんですね。

食事がワンパターンと書いていらっしゃいますが、カンタン酢、ポン酢、お醤油、ソースなど、かけるものでけっこう味が変わるし、サラダチキンはいいですね。

塩分制限だと、お醤油やソースも控えたほうがいいのかもしれませんが、ケチャップは糖分もあるし、お味噌も塩分がかなりありますし、よく考えると、調味料って案外身体によくないのかもしれません。


「誰かと暮らすことがストレス」という話ですが。

農園主さんが現在おひとりで暮らしていらっしゃるので、もしお気にさわったらとは思ったのですが、まったく他意はないし、なんらかの意図があるわけでもないので、気になっていらしたら申し訳ないです。

ただ、ひとりで生活したことがほとんどない私が、誰かと暮らすのはストレスだと言うのは、一種の傲慢ですし、心ない書き方だったと思います。

そもそも、一緒に住んでいても別に住んでいても、家族というのは助け合い、心配しあい、いたわりあうものであり、そこに利害や損得、自分優先とか、迷惑に思うとか、そんなものがないのが当たり前の姿ですよね。

自然と自分を後回しにし、家族のために動くことが当たり前で、恩を着せたり、見返りを期待するものでもありません。

特に、親子関係はそれが顕著かと思います。

子どものためならなんでもできるというのは、理想ではなく、本能のようなものかもしれません。

これが夫婦となると少々違うものがあり、ちょっとした損得勘定(金銭に限らない)のようなものも入ってきます。

親子だと、しょうがないなぁ、もう、ですむことが、なかなか難しいわけです。

これをどうクリアするかというと、愛情、もしくはあきらめ、でしょうね(笑)

あきらめというと言葉は悪いですが、結局はいいことも悪いこともお互い様なんですよね。

よく言うところの「自分の機嫌は自分でとり」、モヤモヤしたことがあっても、ぶつけない、恨まない(笑)、悩まない、でストレスにならないよう、気持ちを切り替えることが大事ですね。



「じぶんの生産活動を犠牲にする苦痛を感じながらも、旦那さんの看病に努められたことは、じつはほんとうに大事なことなんだとおもいます」と書いてくださっていますが、本来家族として当たり前のことなので、苦痛を感じてはいけないんですよね(笑)

それを感じてしまうようになったのは、最近自分の体調不良が多かったことだと思います。

決して愛情不足ではないです(笑)

ないですが、愛情もエネルギーなので、体力気力とともに、だんだん衰えてくるものかもしれません(笑)

そう言いながらも心配することは人一倍なんです(たぶん)。

先日、主人が人間ドックで要検査となったため、MRIを受けたのですが、結果を聞きに行った日、とっくに帰ってきていい時間に、なんの連絡もないんです。

結果が思わしくなくて、ショックで倒れていないかとか、ずっとハラハラして何も手につかずにいたのですが、床屋さんに行っていたらしく、帰宅後「連絡しようと思ったんだけど」の一言で終わりでした(笑)

今のところ異状なし、来年の人間ドックで経過観察とのことでほっとしましたが、連絡なしを怒ろうと思い、文句を言い始めたところに娘が入院の知らせが来て、うやむやになってしまいました(笑)


主人は、会社で一年に一度、人間ドックがありますが(義務付けられています)、ここ数年、毎年ひっかかっています。

大腸がんの疑いがあり要検査→ 内視鏡検査により異常なし。

肺に白く小さい点?があるので要検査→ 精密検査後、1年の経過観察から心配なし

膵管が腫れているので要検査 → 半年ごとのMRI2回~腫れているが心配なし


『健康診断を受けてはいけない』という本があったと思いますが、病気を見つけてもらうのは大切ですし、手遅れになったら大変なのもわかりますが、毎年のストレスはどうしてくれるんだ、という感じです(笑)


私が病気の時は、家事や買い物、看病はしてくれるので、熱などで苦しいながらも「ありがとう」は度々言います。

これは、親子でも夫婦でも大事なことだと思うし、共同生活をするうえで、もっとも基本的なことだと思います。

子どものころから自由とほど遠い生き方をしてきたので(ワンマンな母がいたので)、今はたぶん、いちばん自由な時期と言えるかもしれません。

親子でも夫婦でも、不満も感謝もきちんと伝えられる関係性があれば、たいがいのことはクリアできると思います。

気力と体力が落ちている時は無理にがんばらない、これも大事なことかもしれません。



農園主さんのお話、とても考えさせられました。

確かに現代の人たちが、社会や公共とあまりかかわらず、個人を優先しているという傾向はありますね。

1960年以降、核家族化が進み、3世代同居世帯が減少してきたことも、遠因となっているように思いますし、一軒家からマンションのような集合住宅に移り住む人が増えたため、近所付き合いがなくなり、表札を出さない人がほとんどなので、隣の人の顔も名前もわからないということも原因のひとつかもしれませんね。



薬とうつの話に戻ります。

知人の精神科医(たぶん47~8歳)から聞いた話です。彼女は私の歌の生徒さんでした。

いくつかの都内の大きな病院の精神科を掛け持ちしていたのですが、治療方針はどこでもその病院が決めることであり、勤務医はその指示に従うそうです。

精神の病気と言っても多種多様ですが、殆どの病院では、患者さんの話を聞く時間を極力短くし、薬を処方する「治療」をするように指示されるそうなんですね。

ところが、抗うつ薬を始め多くの薬はよけい症状を悪化させ、「治癒」することはあまりないとのことで(かなり軽症の場合は効果があることも)、彼女はその方針に嫌気がさし、週末は福島県の病院に泊まり勤務をしていました。

そこでは、診療は穏やかで決まりはなく、患者さんと向き合う時間もたっぷりあり、入院中の患者さんとも話すこともでき、喜んで勤務していたところに東日本大震災が起きます。

医師が足りないことで東京に帰ってこられなくなりましたが、勤務状況は悪化するばかりで、忙しさもあったのか、うつ症状が出現しました。

自分でうつと言ったわけではありませんが、その後仕事ができなくなり、東京に戻り、家にひきこもってしまったんです。

必要な買い物以外はずっと家にいて、外に出られないと聞きました。

その間、副作用の心配があまりない、漢方薬でのうつの治療法を研究していたようで、ネットを見ると、彼女の研究文献が上がっていました。

おととし連絡をとったのですが、やっと短時間での非常勤勤務を再開したようで、なんと10年以上ひきこもっていたんです。

ひきこもった、という言い方は彼女に対し失礼とは思いますが、わかりやすく表現しました。

詳しい話を聞いたわけではなく、彼女のうつ症状についてはおおざっぱなことしか知らないのですが、病院は福島の浜通り近辺にあり、震災後も2年ほど勤務していたようですので、もしかすると放射能の影響があったようにも思います。

うつを治すはずの薬で症状が悪化するという話は、とても印象に残っていたので、余計な話でしたが、書かせていただきました。
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今回の投稿は番外編というか、いつもの返信とはまったくちがう、独立した読みものです。

だれかに向けて書いたものではなく、健康についての、じぶんに向けての覚え書きです。

ただ、だれが読んでも興味深い話でもあろうかとおもいますので、いちおうひっそりと公開します。

今後、さらに書き足したり、削ったり、体裁を整えて、おなじような内容のものを、ブラッシュアップして投稿する予定です。この投稿には返信をなさいませんようご注意ください。



血管プラークを掃除するには、脂質断ちと並行して減量(貪食細胞の活性化)を行う必要があって、かなりストイックな食生活をしないと、基本的に血管プラークは溜まる一方なんだそうな。

歯垢・歯石が酸化物質として虫歯となり、細菌の温床となって歯槽膿漏の原因になるように、血管プラーク(石灰化した血管プラーク)が長年蓄積すれば血液疾患以外の不調も招きます。

そう考えていくと、脂質ががんの原因になるという医療分野の話も納得がいきます。



血管プラークはふつうの食事をしていて減ることはないので、標準体型で標準的な食事の人でも、脂質を欠かさず摂取していれば、年をとるごとに血管内が汚れ、脂質が原因の疾患のリスクが高まります。

ほんの数十年前まで医学的には血管プラークが改善することはない、と信じられていたようです。

なので血管は年齢とともに基本的にはどんどん汚れていくし詰まっていくというのが定説だったようですが、厳格な食事療法に取り組めば、血管の若返りは可能なようです。



ちなみに動脈硬化のメカニズムは以下のようなものです。

1.生活習慣(喫煙・飲酒)や生活習慣病(糖尿病)によって血管の内皮に小さな傷がつく
2.傷のついた血管内皮にコレステロールの粒子が入り込み、脂質のこぶ(プラーク)を形成する
3.免疫細胞がプラークを異物として攻撃するため、血管に炎症が起こる(肩こりなど)
4.これら血管の異変によって、血管そのものが繊維化して硬くなる
5.長年こびりついた血管プラークが石灰化することで、さらに動脈硬化が進行する



アルコールや糖尿病では、アルコールや糖が血管内に入り込むと、血管内皮に細かい傷がつくそうで、この傷にコレステロールが付着するといわれます。

そういえば、タバコの健康への悪影響も、ヤニ(タール)が肺から血中に流れ込み、血管内皮および全身に付着することで起こっています。

このヤニは漢字では「脂」と書きますが、実際の脂質ではありません。

しかし脂質と同様付着するとなかなか取れませんし、ヤニそのものに有害物質が含まれています。

タバコを吸っていた肺の汚れがとれるまでには、吸っていた期間とおなじくらいの年月が必要になるといいます。

たとえ禁煙し、体内が代謝を繰り返しても、それだけの長期間、タールと有害物質は体内に残り続けるそうな。

おそらく血管プラークについても食事療法を続ける期間は、不摂生をしたのとおなじ期間かかるのでしょうが、そうするとぼくの場合はもう人生を折り返していますから、一生続けるべきなのでしょう。



体内脂質はヤニのように有害物質を直接的には含んでいませんが、血管にこびりついて蓄積すると体内で酸化します。

酸化した油が有害物質に変化するのはよく知られた話ですが、体内の脂質が酸化して生まれる過酸化脂質は、細胞膜を損傷させ、炎症や動脈硬化を促進します。

この過酸化物質による炎症は、あるいはさっきの動脈硬化における、プラークが免疫細胞から攻撃されて炎症を起こす現象とおなじかもしれません。

この炎症はいろいろな悪作用をもたらしますが、細胞のガン化も引き起こします。

そこで過酸化脂質の酸化を解消するために、抗酸化物質を摂取しようという話になります。

抗酸化物質を食べて体内の酸化を防ごうというのですが、そもそも必要以上の脂質を毎日経口摂取していると、いたちごっこになるばかりですし、血管プラークが積み重なっていくなら、いずれは負け戦になります。

しかしたとえばトマトジュース(あるいはトマトベースの野菜ジュース)に陳皮パウダーをひと匙、というような抗酸化物質の塊のようなドリンクを毎日一杯飲むようなことは、もちろん長期的にみて全身の健康に寄与することでしょう。

血管プラークの積み上がりを減少させるには、EPAを中心とした多価不飽和脂肪酸の少量摂取のみで、あとは海藻(寒天)・きのこ、野菜、炭水化物を中心にした脂質制限の減量食が必要になります。

減量食といっても適度におなかが満足できるだけ食べていいのですが、脂質を徹底的に制限していると、勝手に痩せていきます。

脂質のない和菓子であれば(適度に)食べてもいいし、お肉も脂身がないものなら(適度に)食べてもかまいません。

この減量食は血管プラークを減らすだけでなく、膵機能の低下によって起こる糖尿病を予防し、体内老廃物を追い出してがんを予防する食事でもあるといいます。

後述しますが、腸内環境にもよい影響を及ぼします。

この腸内環境への影響はじぶんのおなかの調子をみても明らかで、この2か月近くのお通じに関していえば、いままでの人生でこんなに安定したことはありません。



糖質(炭水化物)は体内で中性脂肪に変わりますが、中性脂肪は飽和脂肪酸でも不飽和脂肪酸でもありません。

なので、不飽和脂肪酸のような機能性もないかわりに、飽和脂肪酸ほどのわるさもしません。

しかしいくら脂質を制限しても、糖質を体内に余るほど摂取すると、糖質由来の中性脂肪が体内に蓄積してしまいます。

この中性脂肪も余っているとやはり血管でプラークになります。そして体内で酸化して炎症を引き起こせばガン化するし、膵機能を低下させて糖尿病を招来します。

だから、脂質制限をしても糖質を際限なく摂りすぎてはいけない、というジレンマを抱えることになり、結局減量食にならざるをえません。

が、体内の脂質が極端に不足すると体温低下(エネルギー不足による免疫低下)や脂溶性ビタミンの吸収不足を招きますから、体内の脂質そのものは必要です。



じゃあ、やっぱり脂質も適度に経口摂取すればいいじゃないか、とおもうかもしれません。

が、たとえば健康によい不飽和脂肪酸が豊富ないわしでも、その脂質の1/3は健康にわるい飽和脂肪酸です。

おなじ減量食である糖質制限は、糖尿病予防にはよいかもしれません。

が、摂取する食事と食事量をよほど工夫しないと、体内に大量の飽和脂肪酸を取り入れるので、血管プラークを形成し、体内が酸化・炎症を起こし、結局ガンや血液疾患にむすびつきます。

よく言われるのが、糖質制限をするといくらカロリー摂取をしても痩せていくというもので、これは実際ぼくもやったことがありますが、たしかにそうでした。

でも、あれはやっぱりよくなかったと、いまはつくづくおもいます。

もし糖質制限で健康を保ちたい場合は、以下のような感じでしょうか。

オリーブ油やアマニ油は100g(920kcal)のうち、不飽和脂肪酸がほとんどで、飽和脂肪酸が10%程度と優秀な組成です。

なので、鶏ささみとキノコと海藻と野菜に、これらの不飽和脂肪酸でできた油をかけて食べ、一日の代謝の範囲を越えないカロリーに抑えるというような食生活なら、かろうじて健康を維持できるかもしれません。

しかしそれでも飽和脂肪酸を相応に摂取しますから、代謝の範囲を越えて摂取すると血管プラークはたまるし、体内で酸化脂質による炎症が起こるでしょう。

糖質による満腹感がないうえに、カロリー制限まで求められるのだから、健康効果まで期待した糖質制限はかなりの苦行になることでしょう。

それに糖質制限はイヌイットが暮らすような、よほど特殊な環境でなければ人類が永続的にやっていけるような食習慣ではなく、現代風にいえばコストがかかりすぎる食生活でもあります。

なので総合的な結論として、炭水化物を摂取して体内で中性脂肪に変換し、海藻やきのこや野菜で抗酸化する食生活がよい、ということになります。



もうひとつ重要な問題があります。

それは腸内細菌が産生する脂質です。

腸内細菌は非常に多様ですから、その代謝物の影響についてもやはり多様です。

しかし単純化すると、やっぱり脂質は腸内環境にもよくないことが浮かび上がってきます。



理化学研究所の研究(https://www.riken.jp/press/2023/20230118...)によると、

今回、共同研究チームはFusimonas intestini[3]という細菌に着目し、同細菌が肥満・糖尿病の患者から多く検出されること、高脂肪食[4]摂食マウスに投与すると肥満が悪化すること、そして、トランス脂肪酸など肥満・高血糖を悪化させる代謝物を多く産生することを発見しました。

とありました。

つまり、高脂肪食を好む細菌があり、高脂肪食を摂取しているとこの腸内細菌が増えます。

そしてこの腸内細菌が脂質を分解すると、悪性の脂肪酸を産生し、生活習慣病を招く悪循環を生み出すようです。

また脂肪食は腸内フローラのバランスを悪化させます。

炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎など)の悪化の原因のひとつが高脂肪食であることは知られていますが、それはやはり腸内細菌による悪性の代謝脂質と、脂肪分による腸内フローラのバランス崩壊が関係しているのでしょう。

こういう理屈もぼくはずっと知らずにいましたが、いま非常におなかの調子がよいのは、脂質制限と無関係ではないとおもいます。

そういえばひと昔前に、健康な腸環境の人の大便を、炎症性腸疾患の患者の腸に注入すると、炎症が一時的に緩解したというニュースがありました。

当時、なんという気持ちのわるい治療だろうとおもいましたが、あれは理論的には腸内フローラのバランスを整えて、悪性の代謝物を減らすという点で意味があったのでしょう。



いっぽう、太陽化学のホームページ(https://www.taiyokagaku.com/lab/trend/13...)には、このような記述がありました。

有用菌は、エネルギー源となるエサを食べ、「短鎖脂肪酸」を産生します。短鎖脂肪酸は酪酸、プロピオン酸などを指します。この短鎖脂肪酸、腸内環境を整える働きがあることがわかっており、様々な研究結果があります。

(中略)

有用菌のエネルギー源であるエサが何かいうと、「水溶性食物繊維」や「オリゴ糖」などであることが分かっています。これらの物質を摂取し、それが腸内に届いて腸内細菌に代謝されて短鎖脂肪酸が産生され腸内に排出されます。腸内環境を改善するためには「短鎖脂肪酸を産生する菌を増やす」ことや「有用菌のエネルギー源を供給してあげる」ことが必要です。太陽化学としては、もとから100兆個以上いる腸内細菌に体外から菌を追加するより、もとからいる菌に良質のエサを供給する方が効率的なのでは?と考えています。


つまり、水溶性食物繊維や一部の糖類が腸内細菌のエサになると、短鎖脂肪酸が産生されて体内の健康に寄与する。

経口的にヨーグルトや納豆を食べて菌を補給するよりも、大腸の菌に食物繊維や良質な糖質を補給するほうがよいのではないか、ということです。

ちなみに短鎖脂肪酸は「脂肪酸」とありますが、脂肪ではありません。ここがむずかしいところでした。

われわれが一般的に脂質と呼ぶ脂肪も脂肪族化合物の一種ですが、脂肪族化合物全体を脂肪と呼ぶわけではないようです。

なので、酢酸、プロピオン酸、酪酸といった短鎖脂肪酸は脂肪族化合物ではあるのですが、われわれが一般的にいう脂肪や脂質とはちがうようです。

われわれが一般的にいう脂肪は、中鎖脂肪酸と長鎖脂肪酸をさします。



発酵食品がカラダにわるい影響を及ぼすというのはちょっと常識外れな話ではありますが、真島クリニックの真島さんも、納豆やヨーグルトなどのタンパク質(脂質)性の発酵食品が血管プラークを悪化させると述べており、腸内細菌の代謝物の複雑さを考えると、巷の常識は実際の肉体の非常識にあたる可能性があるのかもしれません。

しかしそうなると結局、不飽和脂肪酸少量と脂質制限、海藻類・きのこ類・野菜類・脂質のないたんぱく質、炭水化物で食生活を構築するのが、腸内細菌の面でも健康によい食事療法になります。

それに対して、脂質(中鎖脂肪酸・長鎖脂肪酸)を経口で摂取すると、腸内細菌もまた別種の脂肪酸を産生し、これは種類によって人体に悪影響を及ぼす可能性があるということなのでしょう。

おなじ油でも多価不飽和脂肪酸(EPA・DHA)の場合は、腸内細菌も良質な脂肪酸を産生するようですが、飽和脂肪酸はやはりよくないようですね。

獣肉も魚肉も、その脂質の組成にはどうしても飽和脂肪酸が含まれていますから、ここに注意しなければいけないということになります。



じゃあせめてたんぱく質くらいはたくさん食べたいとおもっていたんですが、残念なことにたんぱく質も過剰摂取すると、腸内細菌がアンモニアや尿毒症物質を産生し、腎臓に負担をかけ、悪玉菌を増殖させて腸内フローラのバランスが崩れるとのこと。

だいたい、鶏むね肉やささみでいえば、一日に150gから200gまでが適正なんだそうな。

アルコールの場合は、ぼくなどはとても物足りない、いわゆる「適量」を越えると、血管内皮が傷つくだけでなく、アルコールによって腸内フローラが乱れ、さまざまな悪影響を及ぼすようです。

生命科学的な側面でみていくと、食で健康を実現するのは単純でありながら、なかなかシビアだということがわかります。



結論としては、
・血管内皮を傷つけない生活習慣
・血管プラークを減少させる食習慣
が大事、ということになりそうです。



ちなみにえらそうなことを書いていますが、これは現在のぼく自身がすべてをパーフェクトに実践する、あるいは実践できるという話ではありません。

お酒などは、なかなか一杯で終わらせることができません。

しかし将来的にぼくが老いていくにあたって、この食事の実践は、最終的に行きつかざるをえないところだとおもっています。

じぶんが老化していく中で、さらに病をひとつ得るたびに、よりシビアな形でこの食事療法に取り組むほかなくなるのだろうとおもいますし、そのための覚え書きです。

ぼくのように不摂生をしているわけではない方においても、この理屈を知っておくことは、転ばぬ先の杖になりうるだろうとおもいます。
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ギズモさんも服薬をやめると速やかに回復されたとおっしゃっていたので、薬剤惹起性うつ病と聞いてからを知ってからも、あくまで一過性のうつ症状だろうとおもっていたのですが、モノによっては自殺企図を及ぼすような強い作用のものもあるようですね。

気分の落ち込みは生活上の原因があると考えるのがふつうですから、今後ぼくも服薬とうつとの関係にはちょっと気を付けなければならないとおもいました。



以前話したかもしれませんが、抗生物質については、ぼくも一度ひどい蕁麻疹が出て、気道がふさがっていくような感覚があってあわてて病院に駆け込んだことがあります。

幸い病院内のベッドでしばらくじっとしているうちに軽快していきましたが、じんましんのかゆみよりも、喉がふさがって呼吸がしづらくなってくるおそろしさがなかなかのものでした。



いろいろ話が重なるのですが、ぼくは腹膜の後ろ側が炎症を起こして膿がたまる、後腹膜膿瘍という病気を患って、大腸を1/3切除しています。

大腸のポリープが破れて、その破れた位置が前だったら腹膜炎だったのですが、後ろ側だったので、後腹膜の膿瘍ということになりました。

最終的には入院中にひどい熱が出て、抗生物質でも下がらなくなったため、緊急手術となり、目が覚めたらおなかが20㎝ほど切られていました。

このとき腸を切ったのがいまだに後を引いて、よく腹痛を起こしますし、腸炎になって長引くこともよくあります。

その都度抗生物質を飲んでいましたが、それが祟ったんですね。

なので、抗生物質がギズモさんに悪影響を及ぼしたという話は、身をもって理解できます。



戦後、まだ出回ったばかりのペニシリンは、じゅうぶんな作用を期待するには山ほど注射を打たねばならず、副作用でひどい目にあったといいます。

いまでは抗生物質というと耐性菌が社会問題になるくらいで、あまり危険な薬というイメージがありませんが、実際にはやっぱり体内の菌をムリヤリ殺してしまうのだから、反作用も強いのは当然ですね。

そういえば手塚治虫の『火の鳥』のヤマト編は、舞台がだいたい日本の卑弥呼の時代なんですが、ある医師が、ある女性の感染症(破傷風)を助けるんです。

このとき、女性にどんぶりに山盛りのアオカビを飲ませるんですね。

これはアオカビに含まれる抗生物質の作用を期待したものなんですが、どんぶり一杯分も飲むとなると、どう考えてもアオカビに含まれる毒の作用のほうが強そうです(笑)



娘さん、腹膜炎を薬で散らすことができたんですね。

なかなか油断できない状態だとはおもいますが、、カラダを切らずにすむのならそれがいちばんだとおもいます。

ギズモさんの心労も相当なものだとおもいますが、ご無理のありませんように。

快癒をお祈りいたします。



ギズモさんのお話をうかがって、やっぱり、精神的な緊張は血圧を相当上げるのだとおもいました。

あるいは「精神の緊張」によって「肉体の血圧」が上がることで、さらに精神の緊張が高まっていくという、緊張のスパイラルを生んでいるようにもおもえます。

この緊張のスパイラルを緩和するのに深呼吸がひと役かっていると考えると、やっぱり背筋を伸ばしてゆっくりと呼吸するのは大事ですね。



脂質制限はいまのところ続けています。

けっこう体重が減っているので、いい減量食でもあるとおもいます。

鶏むね肉が大活躍で、皮を取り除いて、あらかじめ切れ目だけ入れておいてアイラップに入れてくくって冷凍。

必要な時にあらかじめ解凍して、アイラップごと熱湯に入れてサラダチキンにして食べています。

食事がワンパターンなのは仕方ないにしても、仕事柄、畑野菜の余り物を利用していると食費がかなり安く上がるので、ぼくは厳密なやり方を続けていくつもりです。

とはいえ、これまで以上にサプリメントにお金がかかるようになったので、結局は相殺されていますが(笑)



「誰かと暮らすこと自体、ストレスにつながる」というのは、とてもよくわかります。

ぼく自身が、ひとりで暮らしていてじつに気楽だからです。

他人の価値観に合わせながら生きていくのはほんとうにタイヘンで、ひとりでいれば個人ですが、ふたり以上になれば社会になります。

そこにあるそれぞれの個性や自我の自由は、社会を維持する目的のために抑圧されてしまいます。

旦那さんの病気の際に「自分の生活が犠牲になってしまう」と感じられたということですが、家庭という社会を維持するために、じぶんの本来の効率性・生産性を犠牲にしなければならないんですよね。

つくってもらった食事に対して「ありがとう」「おいしい」と言葉にするのも、家庭という社会を良好に維持するために必要なコスト……というとあまりにもドライな言い方かもしれませんが、そういったことは、ひとりで暮らしているぶんには必要がありません。

その点、ひとりは気楽です。



でも、ひとりで暮らしているからこそ強くおもうのですが、家庭はやはり必要なものだとおもいます。

なぜかというと、社会や公共というのものは、そもそもみんながなにかしらの犠牲やコストを払いながら維持しているもので、じぶんも社会の一員として常に犠牲とコストを払う必要があります。

この場合の犠牲とコストというのは、じぶんが生活をするために稼ぐ労働とはまた別の話なんです。

働いたら働いたぶん、決まったお金が入ってくる労働とは切り分けて考えなければいけません。

社会や公共に参加するというのは、言い換えれば、生活上の効率を犠牲にして、むしろ足を引っ張られるようなかたちで参加するということです。

たとえば町内会や自治会で活動するようなことも社会参加ですが、家庭をもって家族と助け合いながら生きていくということも社会を形成します。

そういった社会から逃れて、ただじぶんの利益活動、じぶんの自由だけに邁進できる個人という生き方は、じつはよほど事情がなければ許されていないんだ、ということをぼくは最近、身をもって痛感しています。



だって、いまぼくも子供がいませんが、少子化の世の中では今後、あらゆる公共サービスで人材が不足し、われわれの生活に欠かせないインフラですら、修繕が間に合わなくなってくるでしょう。

ぼくはことし自治会長をやっていますが、むかしはうちの自治会では、自治会長なんて20年に1回の仕事だったといわれていました。

それが、ぼくはどうも3年後にまた自治会長が回ってくるようです(笑)

こういったことはやはり、ぼくも含めて、ぼくたちの世代が社会や公共とかかわる面倒くささから逃げて、じぶん個人を優先して生きてきたからだろう、とおもわずにいられません。

ぼくに自治会長が回ってくるのは、ぼく自身が個人を生きてきたツケのようなものだ、という点で、「身をもって痛感している」というわけです。

そういうわけですから、ずいぶん大きな話になってしまったような気もするんですが、ギズモさんがじぶんの生産活動を犠牲にする苦痛を感じながらも、旦那さんの看病に努められたことは、じつはほんとうに大事なことなんだとおもいます。

とはいえ、もちろんそれは、ギズモさんが体調を崩されたときにも、旦那さんがおなじように看病に努める関係性でなければいけませんけどね(笑)
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合間に私がよけいな投稿をしてしまったため、連投のようになり申し訳ないのですが、No,1601から5日経つので、投稿しますね。

薬剤師さんがパンシロンを勧めてくれてよかったですね。
ガスターは胃潰瘍も修復するというくらい強力なので、副作用もすごいようです。

当時、H2ブロッカーを飲み始めてすぐにうつ症状がでましたが、気分が沈む・落ち込む・意欲が出ないというスケールのなまやさしいものではなく、奈落の底に沈んだような、周りが暗くよどんだような、生きている心地のしないという、なんとも言いがたいものでした。

薬の副作用には充分に気をつけていましたが、ネットで簡単に調べることもできない頃でしたし、まさか胃薬で精神的な副作用が起きているとは思わず、うかうかと一ヶ月飲んでしまいました。

一ヶ月後に服用をやめてからすぐに、うつ症状はウソのようになくなりました。

薬の副作用とは断言できなかったものの、明らかに精神的なストレスからくるものではありませんでした。


おととし、逆流性食道炎になった原因は、毎日炭酸(強炭酸水)を飲んでいたのと、食べすぎだと思います。

喉のイガイガも、逆流性食道炎が原因と耳鼻科で言われ、薬を処方されましたが、それがH2ブロッカーだったため、内科のクリニックに行き相談しました。

その結果治療薬として出されたのは、ランソプラゾールという薬でした。

H2ブロッカーではないということで安心してしまいましたが、これも一ヶ月飲むよう指示されます。

しばらくして、胃酸があがってくる症状は軽快したものの、まずめまいの症状がでました。
並行して、以前より程度は軽いですが、不快なうつ症状もでました。

この時も、やはり、薬をやめてすぐ、どちらも軽快してきました。

恐らくですが、H2ブロッカーに限らず、胃酸を抑える成分に問題があるように思います。
ランソプラゾールも、副作用のところにめまいやうつ症状がありますし、農園主さんが引用してくださった、薬剤惹起性うつ病の表にもPPI製剤として、ありました。

薬の話ばかりで申し訳ありませんが、抗菌剤としてよく使用される「ニューキノロン系」も飲めません。
もしかすると以前書いたかもしれませんが、重篤な副作用がでました。

もうずいぶん前の気管支炎の時、処方されましたが、頭痛、それも神経にさわるような変な痛み方・手がだるくしびれて上に上がらない・ひどい倦怠感・関節痛・皮膚のかゆみ・婦人科系統のトラブルなど、様々な症状が続きました。
まさか副作用とは思わず、何かの病気かもしれないと、気管支炎でかかった病院とは別の内科を受診しました。

血液検査の結果、肝臓、腎臓などの数値が、尋常ではないくらい高くなっていました。

診断は、恐らく膠原病だろうとのことで、大きな病院を紹介しますと言われました。

膠原病なら完治することはないので、母は泣き出すし、妹は目前に結婚する予定でしたが、取りやめて、私の娘(当時3歳)を育てると言い出す始末でした。

当の私は、私がそんな病気になるはずはないな、と(根拠のない自信・・・)案外楽観的でしたが、しばらくして薬の副作用かもしれないと気がつき、内科で話しました。

もし薬害なら1ヵ月ほどで血液の数値が下がってくるはずということで、様子をみたのですが、案の定、ひと月くらいで劇的に下がり、不快な症状も徐々に落ち着いてきました。

この薬は、母もおかしな頭痛が起きました。

そのため、娘には飲ませたことはなく、「飲めない薬」として、必ず病院では申し出るように言ってあります。

その娘が、数日前、緊急入院しました。

腹膜炎で絶対安静、点滴はニューキノロンが一般的なんだそうですが、娘が使えないと伝えたところ、弱い抗生剤の点滴にしてくれたそうです。

今日で3日目、やっと重湯から三分粥になりました。

腹膜炎の死亡率は案外高いので、娘が早く受診してくれて、ほっとしました。

新学期が始まったばかりで忙しすぎる時期の入院ですが、来週の退院後も抗生剤の服用を続け、落ち着いたら内視鏡検査があります。

退院後に仕事は行ってもいいそうですが、できるだけ安静を保つのと消化の良い食事といわれたそうで、しばらくは体育の授業は無理でしょうし、感染性胃腸炎の時と同じように(書き足し:娘は私から移ったのではありませんが、3月に感染しました)、給食は無理なのでおかゆ持参になると思います。(書き足し:前にお話したかどうか忘れましたが、娘夫婦は小学校の教員です)

内視鏡の検査次第ですので、まだ楽観はできないようです。


農園主さんの記事を読ませていただいていると、今までネットなどでかたよりなく調べたつもりの情報も、帯に短し襷に長しだったことがよくわかります。

本にしても、ある人は生野菜はよくないと書き、ある人は生野菜を食べなさいと書いていたりしますし、結局はどの情報を信じるかになりますね。

牛の屠殺の話は初めて知りましたが、「牛の苦痛をできるだけ減らす配慮」がなされているとは、びっくりです。
シビアに考えると、牛のためもありますが、ストレスを与えずに屠殺すれば、食肉としてよりおいしいとか、柔らかいとか、そのような影響もあるように思います。

こういうお話を知ると、肉、魚、野菜、あらゆる食べものに感謝して食べるということがいかに大事かと思い知らされます。


自治会のお仕事は、忙しいだけでも大変ですのに、気が休まらないということがよりストレスになりますよね。

男性が美人の看護師さんに血圧をはかってもらうと、通常より高く出る傾向があるそうです(笑)
そんな時は、深呼吸をすると落ち着くとか。

先日、講座を終えたあと、施設内に無料の血圧測定器があるので、やってみました。
なんと、上が180,下が90で、さらに血圧が上がりそうに驚きました。

深呼吸を何度も繰り返してからはかり直すと、130の65くらいになりました。
たった1時間の講座でも、ピアノを弾きっぱなしですし、話もするので、体力と気力を相当使うため、そのあとはこんなに上がっているのかとびっくりです。


真島クリニックのお話ですが、こういう研究をしていらっしゃることに驚きました。

やたらと薬を勧めるお医者さんが多い中で、食事でどれだけ改善されるかという研究は、とてもありがたいですね。

厳密な実行はなかなか難しいかもしれませんが、できる範囲で取り組むことで、必ず改善されていくと思えます。

西村賢太、『苦役列車』しか読んでおらず、食生活を日記にして本にしていたことは知りませんでした。
タクシーの中で意識を失ったそうですが、乗ったところは赤羽(東京都北区)で、私がよく買い物に行くところです。

最近は、コンビニでもスーパーでも手軽にお惣菜が買えるし、加工肉、加工食品を食べる機会も多いかと思いますが、西村賢太のように、毎日のように食べてはだめですね。

買うにしても、ちょっと気をつけることでずいぶん改善すると思いますが、食べたい飲みたいという欲求は、なかなかあらがえないものだというのもわかります。


夫源病のことですが(笑)
これは、大なり小なり誰でも起きることでしょうね。

また逆に、妻が死んでくれたら、と思うダンナさんも多いようです(笑)

夫婦は血のつながりがないので、どうしても血のつながった家族とは関係性が違ってきます。

ささいなことでも、相手が自分の思うとおりにならないと、それはストレスになると思います。

私の場合、好きとか嫌いとかいう以前に、どうも誰かと暮らすこと自体、ストレスにつながるんですよね←ということが最近わかりました。

何もない時はいいのですが、主人の病気など非日常的なことが起きると、精神的にも無用な心配をするし、自分の生活が犠牲になってしまうのがとてもイラっときます(笑)

かといって手を抜くのはいやなので、自分が体調悪くても、頑張って看病してしまうわけです。

いつもあることではないので大きなストレスではないのですが、時間を自分のために使えなくなるというのも、そこそこストレスにはなりますね。

年に2回ほど、主人が2週間くらい上海に行くのですが、その間は天国のようです(笑)

帰宅時間を気にしてご飯の用意をすることもないし、仕事のじゃまも入らないし、洗濯物も少ないし、いいことばかりです(笑)

「亭主元気で留守がいい」と言ったのは、ずいぶん昔のコマーシャルだそうですが、名言ですね(笑)

以前はあまりこういう考えはなかったのですが、おととし主人がコロナになった時、私も長く気管支炎が治らない状態だったので、食事の世話から薬の面倒と、連日苦しいのを無理して頑張りました。
その時、これは老老介護の予行演習かと思い、気持ちまで疲弊しました。

年を取れば取るほど、家族の世話というのは肉体的にも精神的にも負担がかかって当然ですので、そこをどう折り合いをつけて、自分が倒れないようほどほどに手を抜き(笑)、最低限のことをするか、案外難しいところではあります。

最低ラインとして、相手がしてくれたことに「ありがとう」がきちんと言えるかどうかが、これが大事なんですよね。

当たり前のようにされたら、やる気もなくなるし、イライラもします。

こちらから聞かないと、おいしいものをおいしいと言わない、これもダメです。

「言わなくてもわかっていると思う」は通用しませんし、積み重なるとほんものの夫源病に発展するかもしれません(笑)

この世に「当たり前」のことは存在しませんし、生きているうちに伝えるべきことは言わないと、大きな後悔につながると思います←これは、私にも言えることですが。


削りつつも、結局は長く、しかも自分のことばかりになり、申し訳ありませんm(_ _"m)

春先はお天気が変わりやすく、気温差もあったりするので、気をつけてお過ごしくださいね。
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同じようなことをやってたんですね(笑)←笑ってごめんなさい。

私も、まさに今、No.1601のお返事が長くなっていたので、一生懸命削っていたところだったんです。
ところが、削ると意味がつながらなくなったりして、結局はなぜか増えていく一方で(笑)

今後は、5000文字でもそれ以上でも、差し支えなければ、2回にわけることなく、削らず、投稿してください。

「余計な労力」は、何にもありませんでしたので、ご心配なく(*^。^*)

適度に文字数を削ったら増やしたら、投稿しますね。
Icon of nouennushi
ここでのやりとりがストレスになることはないんですが、ぼくはここで返信をさせていただくとき、毎回書きすぎてしまって、そこから削る作業をするんです。

この削る作業をしておかないとわかりづらい文章になりがちなんですが、前回の投稿が先週土曜日でした。

じつはこの翌日の日曜日が自治会の予算会だったんです。

予算が決まると、月末の自治会の初集会に向けて当面バタバタするのがわかっていました。

もちろん畑仕事も待ったなしの時期です。

それで、まずおもいついたことを書いていたんですが、気が付いたら5000文字になってしまいました。

2回にわけるのもどうかなあという内容でしたし、たぶん時間があったら屠殺の描写はすべて削っていたとおもいますが、推敲すると投稿がずいぶん先になりそうだし……という、妥協の結果の投稿でした。

じぶんで妥協してるのがわかってるからやっぱり気になるんです(笑)

きのう、すこし余裕が出た段階で読み返してみたら、やっぱりダメですね。

訂正箇所が投稿の訂正ですむような性質のものでもなかったため、もうギズモさんがすでに返信を書かれているだろうとはおもったんですが、再投稿させていただきました。

その判断もギズモさんに余計な労力をわずらわせてしまったのではないか……と考えだすと、いまのぼくの状況ではドツボにはまるような話ですから、もうここで考えるのは切り上げます(笑)



それにしても、強い作用をもつ胃薬が強いうつを惹起するというのは、知らない人も多いのではないかとおもいます。

しかも、市販薬として売られてるんですもんね。

ぼくはガスター10が値段の割に錠数が少ないので、もったいないなとおもってパンシロンにしましたが、それまで胃薬はどれも副作用が少ないとおもいこんでいました。

ぼくもギズモさんの経験談を参考に、気を付けるようにします。
Icon of gizumo
わざわざごていねいに、ありがとうございますm(_ _"m)

大変お気遣いをさせてしまい、本当に申し訳なく思います。

薬のせいでうつが起きたことは、No.1601のお返事の時に、書かせていただくつもりでした。

引用してくださった「薬剤惹起性うつ病」という名前は知らなかったので、とても参考になりました。
ありがとうございます!!

夫源病のことは、誤解はしませんのでだいじょうぶです。
まぁ、当たらずとも遠からず的な話ですので(笑)

長年のおつきあいですので、お気持ちはよくわかっているつもりです。

それより、ここでのやり取りで農園主さんがストレスを抱えてしまったら大変ですので、いっさいのお気遣いはなさらないよう、そして、いつもお返事は無理のないペースでお願いしたいです(^_^;)
ご体調と、現在のお仕事の忙しさもわかっていますので。

えっと、ざっくばらんに言わせていただけたら、「農園主さん、気を遣いすぎです」(笑)
胃が痛くなりますよ(^_^;)

追記 引用してくださった一覧に、H2ブロッカーではないと言われたので、昨年逆流性食道炎の時に飲んで、軽いうつとひどいめまいを起こした「ランソプラゾール」も書かれていました。
この薬の事は、お返事にも書くつもりで下書きに保存してありまし(訂正)たが、これもうつが起きることにちょっと驚きました。
Icon of nouennushi
前回の記事で一部訂正とお詫びがあります。

ふと、胃薬とうつ病の関連性を調べていたら、薬剤惹起性うつ病という名前を目にしました。

https://www.takanohara-ch.or.jp/wordpres...

この記事の中にガスターも含まれていました。

いままで薬剤はうつ病を緩和するものばかりだとおもっていて、まさかうつ病を誘発することがあるとはおもっていませんでした。すみませんでした。



もうひとつ、夫源病について書いたのですが、ギズモさんのご家庭に関連させるような意図はない、ということをお伝えしておきます。

杞憂であればいいのですが、どうも誤解を呼びそうな書き方だったな、と反省しています。

ストレスという話題から無軌道に話が広がってしまったのですが、前回はじつはすこし余裕がなくて、書いたことをあまり推敲できずに投稿してしまいました。

いま読み返してみて、返信しづらい内容になってしまっているとおもいました。ほんとうに申し訳ないことです。
Icon of gizumo
お忙しいところ、早速お返事をいただき、ありがとうございます。

今回の食事制限のことはよく理解していますので、却って気を遣わせてしまい、ごめんなさい。

健康のためにと、最近積極的に摂っていた、納豆、オリーブオイルや亜麻仁油、魚などですが、脂質に気をつけないといけないことを教えていただき、ありがとうございます。

昨日、あれからゴマとクルミの脂質を調べて唖然としましたが、確かに油がとれるくらいですから、これは大問題ですね。
うっかり送らなくてよかったです。

私も、摂りすぎに気をつけるようにします。

私としては、いらないと思うものは、はっきりおっしゃっていただくほうが、ずっとうれしいです←勝手にみかんの皮の粉を押しつけたくせに、なにを言ってると反省中(笑)
特に、今回のような健康にかかわるものは、よけいにそう思います。

ですから、申し訳ないとは思わないでくださいね。

みかんの皮の粉を活用していただき、ありがとうございます。

いただいた、お漬物と紫蘇シロップは、昨日でおいしく食べ(飲み)終わりました。

普通の柴漬けも、酸味がある自然の味で、普段食べていた柴漬けとはまったく違う味わいですね。

今年はいつもより花粉の症状がひどいのですが、いただいたスパイスを摂ると、とてもスッキリするので、ありがたく使わせていただいております。

たくさんあるので、カレーやタンドリーチキンだけでなく、ブリ大根など和風の煮物にも入れて、おいしくいただいています。

今日は寒く雨模様ですが、こういう日は花粉の飛散が少ないので助かります。

気温差もあるので、風邪などひかないよう、お気をつけください。

ではまた数日後に(*^。^*)
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ご連絡ありがとうございます。

このようなご厚意に際して、食事制限をする身はほんとうにつらいです(笑)

クルミと黒ゴマ、どちらも大好物です。

健康によいのもわかりますし、きっととても美味しいのだろうとおもいます。

ただこの一か月余り、極端に食習慣が変わってしまったため、いま家にある脂質を含んだいろんな食材を持て余しているのが現状です。



釈迦もイエスも、じぶんに与えられた贈りものや厚意を断わることはなく、大きなものをいただいても「ありがとう」、小さいものをいただいても「ありがとう」と分け隔てなく喜んだといいます。

この年齢になって、信頼がおける方とであれば、貸しも借りも作りながら生きていくのが正しい、とおもうようになりました。

しかしそのようにありたいとおもいつつも、ぼくはやはり凡愚です(笑)

せっかくのご厚意をお断りしなければならないのがたいへん心苦しいのですが、今回は遠慮させていただこうとおもいます。

なにとぞご理解をいただければとおもいます。申し訳ないです。

そのかわりというわけではありませんが、いまぼくは皮なしの鶏むね肉をサラダチキンにして、それを薄切りにして野菜やキノコや海藻の上に乗せ、陳皮パウダーをたっぷりかけて、市販のかんたん酢を和えたものを、毎日のようにおいしくいただいています。

陳皮パウダー、ティースプーン一杯ぶんを毎回ぜいたくにつかっているのに、まだまだ使えそうです。

気に入ったので、今度からはじぶんで買って補給させていただきます。

ギズモさんからはもうこれまでも物心両面においてじゅうぶんに頂いておりますし、いつもあたたかいお心遣いに感謝しております。
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ざっと読ませていただきましたが、お返事の前に、少々お伺いしたいことがあります。

「医療用のEPA製剤以外の脂質は制限することになります」と書いていらっしゃいますが、黒ゴマやクルミも脂質が多いので、当面は摂らないということになりますか?

来週主人が上海に行くのですが、クルミと黒ゴマを50%ずつ混ぜて、すりごまのようにすったもの(調味料・添加物なし)を買ってくるので、後日お送りしようかと思っていたものですから。

この組み合わせは日本では見かけないもので、ヨーグルトに入れたり、胡麻和えにしたり、重宝しています。
ただ、海外の食品は不安かもしれませんので、伺ってからと考えていました。

私はあまり中国のものを信用していないのですが、これはちゃんとした食品会社の製品で、長年食べています。

もし、お入り用でしたら、後日お送りいたしますが、制限対象になるようでしたらまたの機会にしますので、どちらにしても遠慮なくお知らせください。
急ぎません(o_ _)o))

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2026年4月5日(日) 11時48分53秒〔4時間前〕