山麓王国

全年全月18日の投稿49件]

2026年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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♪ 業務連絡です(笑)


1月は神仏棚のお札をお取り替えするので、順次、寺社をお参りしていますが、昨日、武蔵一宮氷川神社に行ってきました。

お参りしてから、神札や干支絵馬、干支の置物などを買うため、並びました。

1月末までは、授与所の窓口が10ヶ所くらいに増設されており、さほど混雑はありませんでした。

並ぶ列ごとに、エリアを仕切るロープがはられているのですが、小さな鈴が吊るしてありました。

普通なら目にとまらない場所だったのですが、参拝者が鳴らしながら通っていったので、気がつきました。

除災招福「八雲の鈴」と書かれていましたが、へ~~と思っただけで通り過ぎようとしたところ、「送りなさい」という言葉がひらめきました。

霊感は間違いなくありませんが、時々、声が聞こえるのではなく、瞬間的に頭に言葉が浮かぶことがあります。

以前、目が覚めた瞬間に言葉がひらめき(ひらがなのイメージ)、なんのことだかわからなかったのですが、検索したら、長年お参りしていなかった身内のお寺の名前だったことがありました。

この「送りなさい」は、瞬時に、農園主さんに送りなさい、ということだと理解しました。

拝殿に戻り、買ったもの全部をまとめて入れた袋の口を開いて、しばらくお賽銭箱の隅に置き、ご神気を投入していただいてあります。

ということで(笑)、八雲の鈴を、レターパックライト(非対面・郵便受け届け)でさきほど、お送りしました。

鈴だけで、手紙もなにもない、愛想のないもので、ごめんなさい。



この八雲の鈴、神紋(社紋)の八雲紋のデザインなのですが、一般の氷川神社は巴紋で、総本社である武蔵一宮氷川神社だけが、八雲紋だそうです。

それについて、武蔵一宮氷川神社が、noteに書いていますので、引用します。

https://note.com/ichinomiyahikawa/n/ne1d...


実は、八雲紋のことも、鈴のことも、長年お参りしているのに知りませんでした。

蛇の池といい、何をしに行ってたんだという(笑)

スサノウが朝鮮半島に行った話も、別の記事に書かれていましたので、参考までに。

https://note.com/ichinomiyahikawa/n/ne85...



スサノオのことなど、あまり周知されていないものも、把握しているのかもしれませんね。


余談ですが、熊手は、掻き集める・掻き込む動作をする。鈴などの音の出るものは振って音を鳴らす。

飾っておくのではなく、時々こういうことをすると開運につながるそうです。

水琴窟の音色だそうですので、ぜひ時々振ってみてください(自分のも買ったので、シャラシャラ鳴らしています♪)



さらに余談です。

神社の最寄り駅は「大宮」なのですが、構内の商業施設の中に、「YAKUMO」という洋菓子のお店ができていました。

武蔵一宮氷川神社の鳥居の形のパッケージに入ったクッキーや、フィナンシェなどの焼き菓子の販売で、武蔵一宮氷川神社とタイアップしていると思います。

令和10年(2028年)に創建2500年を迎えるにあたり、記念事業として本殿・拝殿などの銅板屋根の葺き替え工事や、一の鳥居の建立など、大規模な改修・整備が進められています。

昨年、境内にカフェを新しく作りましたが、これも駅構内のYAKUMOも、記念事業にかかる費用に充てるための戦略の一環ですね(笑)



以上、業務連絡でした(笑)

お返事はいりません(*^▽^*)


※書き足し: どう考えても、頭のおかしい、あやしい世界の人が書いたように見えますが、お気を悪くしないでくださいね<(_ _)>

2025年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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こちらこそ、わざわざありがとうございます。

では、あのまま残させていただきますね。

物部氏とスサノオの関係性のお話、楽しみにしています!!

くれぐれも、ゆったりペースでご無理のないように、お願いいたします(^^♪
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わたしの地域のお話について、お気遣いありがとうございます。

まったく問題ありませんので、そのままでけっこうです。

次回は物部氏とスサノオの関係性について、すこし踏み込んで書いてみようとおもいます。

2025年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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毎年似たようなものではあるのですが、ことしはいよいよ暑いわ、干ばつだわ、降り始めたら災害寸前の大雨になるわで、異常気象が当たり前になってきた感じがありますね。

自治会長をやっていて気づいたことですが、自治会内で用事があって人に会ったとき、最初に時候のあいさつをするとスムーズなんですよね。

「こんにちは。あついですね」からはじまって、二言三言会話をしたあとで、本題に入ると、お互いに心づもりができます。

いわば落語でいうところの「マクラ」であり、劇場の「前説」にあたるものですが、日常会話でもこういう前置きがないと本題からいきなり切り出すというわけにはいかないものですね。

今回のように無茶苦茶な暑さだと、みんな暑いという感覚を共有しているので、「暑いですね」がいいあいさつになりました(笑)

そういえば桂枝雀という上方の落語家がいたのですが、かれは天才肌であり合理主義者で、あるとき落語のマクラを省略して、いきなりネタを始めたのだそうです。

それをみて師匠の桂米朝が驚いたという話があるのですが、型破りな枝雀さんでもさすがにマクラがないとおさまりがわるいとわかったようで、しばらくするとまた元の伝統的なスタイルに戻ったそうな。



ところで、ビールは日本以外では常温で出すところも多いそうですね。

日本では明治時代あたりからビール文化が本格化しますが、やはりその当時はみな常温でビールを飲んでいたことでしょう。

しかし日本でビールを常温で飲む文化が定着しなかったのは、太平洋戦争でビール文化が断絶したからだとおもいます。

戦後しばらくして、ビール文化がまた機運を得て盛り上がっていくのですが、そのころには高度経済成長の中、氷式冷蔵庫など、冷蔵保存が一般家庭にも少しずつ浸透していきます。

ビールは冷やして飲むもの、というかたちでメーカーの刷り込みが行われて、酒造メーカーも冷やして飲むことを前提にしたビール販売戦略をとりました。

常温で飲むことを楽しむという文化が醸成しないまま断絶したので、冷やして飲むのが当たり前、という文化になったんだとおもいます。

そういえばうちの集落で冬に飲む機会があったとき、ある老爺が「ビールを燗にしてくれ」といったのを覚えています。

冷たいと体にこたえるからだとおもうんですが、ビールを温めて飲みたいというのは、あまりわれわれの価値観にはないところです。

でもドイツではホットビールが飲まれていて、ハーブや砂糖を足して薬用酒のようにして飲むでしょう。

日本では「たまご酒」がありますが、ビールをいろんな温度、アレンジで楽しむ文化が日本に根付かなかったのは、もしかしたらもったいないことだったかもしれません。

大阪にいたぼくでもなじみのない言葉ですが、大阪では「カチ割りビール」といって、ビールに氷を入れて飲む文化があるようです。

これは東南アジアでは比較的ポピュラーな飲み方みたいですね。



蛙の笛、いい歌ですね。

田舎にいると、カエルの大合唱は風物詩でしたが、最近はうちのまわりも田んぼをやる人が減って、むかしのようにやかましいほどの虫の音やカエルの鳴き声はなくなってきました。

カエルのコロコロという鳴き声はじつに牧歌的で、あいつらはあんな粘膜を剝き出しの皮膚で暮らしていて、どうしてあんなにのどかに生きられるのだろうと不思議な気がします。

しかしせっかくよい歌をご紹介いただいたのに、ここからどんどんおかしな方向に話がそれていきます。



数年前、足元でキューキューと悲しげな鳴き声が聞こえました。

なんとカエルがちょうどヘビに飲み込まれている真っ最中だったのです。

カエルとはまったく種のちがう人間でも「なんて切ない鳴き声なんだろう」とわかるくらい、悲しげな鳴き声でした。

あんなほとんど脳みそのない生き物にも、世をはかなむ感情はあるのだ、と妙なところで感心したのをおぼえています。



カエルからはすこし話がずれますが、むかし養鶏をしているご近所さんからいただいた2羽の老鶏をしめたときも、おなじようなことをおもいました。

鳥は記憶力がなく、ものごとを深く考えることができないというのですが、一羽を逆さづりにして首を切って放血していると、もう一羽が羽をくくられたまま逃げ出して、藪の中に首を突っ込んで座り込んでしまったのです。

これはわるいことをした、とおもいました。

鶏には現状を理解することができないだろうとおもっていたのですが、そんなことはなく、鶏はじぶんの仲間が殺されているのをみて、恐怖したようです。

おびえて首を突っ込んでいた鶏は、恐怖を長引かせるのが気の毒だったので、その場で首を切ってしめました。

あのような恐怖を与えてしまうのは本意ではありませんでした。

罪滅ぼしになるわけでもありませんが、その後、鶏はとさかから内臓から足の骨まで、ほぼ余すことなくおいしくいただきました。

ちょうど母親がうちにきていたのですが、こんなにうまい鶏ガラのスープは飲んだことがないと褒めていたのが、よけいに心にチクチク刺さったものです(笑)



しかし、漫画の演出とはいえ、カエルを生で食べるのはかなりリスキーですね。

中島らもの『アマニタ・パンセリナ』という本があります。

アマニタ・パンセリナとはテングタケという有名な毒キノコの学名なんですが、あえて一見わかりにくい学名のほうをタイトルに選んだのでしょう。

ドラッグや市販薬など、いろいろな危ない薬をらもさん独自の視点で紹介するという作品です。

そこに南米のヒキガエルのエピソードがありました。

中南米のある部族の話だったとおもうんですが、祭りでトリップする際に、ヒキガエルを口にくわえて踊るんだそうです。

ヒキガエルの分泌物がなんらかの作用をもたらすそうですが、文字通り、正気の沙汰ではありません。

もちろんギズモさんの漫画のお話はフィクションであるという分別はあるのですが、「戦争中で、食べ物がないから貴重な食料なの」といった女学生は、生きたカエルの分泌物の作用をわかっていて、ありがたがった可能性すら感じました(笑)



もう少しカエルの話をしますが、うちのお隣の長老が戦後間もない子供のころ、大きな切り傷を負ったそうです。

するとちかくにいた老婆が「クソガエル」といわれる……畑にいる小さなカエルなんですが、これを捕まえて、おもむろに皮をひん剥きました。

そしてその皮を長老少年の傷の上にぺたりと貼り付けたんだそうな(笑)

ずいぶん気持ちの悪い話ですが、不思議なことに傷口の出血はあっという間に止まったといいます。

感染症リスクを考えるとかなり野蛮な話ですが、カエルには妙な薬効があるものです。



そういえばあの救心の主成分もセンソといって、やはりカエルの分泌物なんだそうですね。

その救心のホームページに、ムツゴロウさんがカエルの分泌物を舐めて元気に徹夜したというエピソードがありました。

https://www.kyushin.co.jp/herb/herb05.ht...

ホンモノのガマの油はとんでもない苦さだったそうです。

すると南米でヒキガエルをくわえてトリップを決めていた部族は、薬理効果を得るためにずいぶん苦いおもいをしていたのかもしれません。

いわんやカエルを生で食べていた女学生をや、ですね(笑)



カエルの話はこのへんにしておいて、ぼくも以前、牛久大仏の中を見物したことがあります。

車で茨城を走りながら、大仏が見えてくると、子供のころにみた「超合金ロボ」のような大きさにギョッとしました。

ギズモさんのおっしゃるように、如来像の胎内は数フロアぐるりと位牌が並んでいて、あれは永代供養になっているわけでしょう。

ホームページをみると、大きいスペースが100万円、小さいほうで30万円なんだそうで、明朗会計はよいことなのかもしれませんが、どうにも営利のにおいがきつく、わるい意味で感心しました。

あの胎内での永代供養は相当数並んでいるので、それだけ死後の安寧を願う遺族からの申し込みがあるということですね。

もしギズモさんが気分がわるくなられたというのであれば、霊的なものというよりは、臆面もなく仏教を商売化して、テーマパーク化する破戒的な悪趣味と、そういうものに疑問を感じないご遺族側の無邪気な信仰に「あてられた」とでもいうべきものではないかとおもいます(笑)

すくなくともぼくが訪れたときは、そのような気味悪さをつよく感じたのをおぼえています。



牛久大仏は1983年に着工したということですから、高度経済成長期からバブルへと向かう空前の好景気の影響を強く受けていますね。

そういう意味では、いまはもう信仰による寄進が無尽蔵に集まる時代ではありませんし、あのようにテーマパーク化してお金を集めないと、苑や仏像の維持管理ができないのかもしれません。

これもやはりギズモさんのおっしゃったように、先々を考えると経営が苦しくなるかもしれませんね。

しかしバブル時代に行政が第三セクターでつくった大型のハコモノでさえあらかた生き残れなかったことを考えると、浄土真宗だけであれだけの建造物を管理しているのだから、うまくやっているほうなのでしょう。



返信が以前に比べてゆっくりになりましたが、個人的にこれくらいのペースが落ち着いて書くことのできるペースで、ありがたいです。

ことしはこれからも10月になると自治会事業で立て込みますし、返信が遅れがちになるのはお互い様、ということでどうかご容赦ください(笑)

盆も過ぎて暦は残暑といいますが、気を抜けない暑さが続きます。

なんとか健康を維持して乗り切りましょうね。

2025年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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心臓の違和感、おそらく心筋梗塞だったんだとおもいますが、2週間ほど経って、ともかく回復はしたとおもいます。

個人的には、痛くないなら死んでも構わなかったんですが、ざんねんながらなかなかの痛みと不快感でした(笑)

ある人は、歩いてる途中でいきなり心筋梗塞を発症。意識を失って、バタンと倒れ込んだというんです。

それで歯が数本折れたんですが、倒れている間は痛みもなにもなく、臨死体験をしたそうです。

そのとき、じぶんが生かされていると確信し、この確信と同時になぜか意識が戻り、自力で救急車を呼んだといいます。

発症する前に、胃もたれのような症状があったらしいんですが、その点はぼくもよく似ていました。

その人がいうには、先日風呂場で倒れて亡くなった中山美穂さんは、強い発作に見舞われたあとは、速やかに意識を失って長い苦しみはなかったのではないか、ということでした。




ぼくの場合、症状が出てから最初は息切れがすごかったんですが、日に日によくなってきて、いまは半日農作業ができています。

ほんとうは休んでいたいんですが、ぼちぼち農閑期も終わりなので、仕方ありません(笑)

おもしろいと言っていいのかわかりませんが、おもしろかったのが、血液がうまく体内を巡らないと、食事がうまく消化できなくなることでした。

消化不良の症状が強く出たんですが、最初はなぜこんな症状が出るのかわかりませんでした。

ご飯を食べると胃に血液が集まるといいますが、血液がうまく集まらないと日常生活のあらゆるところに支障が出るんですね。

市販の胃薬を飲むとほとんど即効的に効くのもおもしろい発見でした。

これも日が経つごとにすこしずつ回復していますし、おかげで自然にダイエットができています(笑)



感染性胃腸炎、大流行してると聞きました。

胃腸が炎症を起こしているときは、絶食するのが医療的にも正しいみたいですね。

ウイダーインゼリーやカロリーメイトのような液状の栄養補給だと腸管を刺激しないのでよいのかもしれませんが、ほんとうにしんどいときはそもそも口になにかを入れること自体がつらいことでしょう。

ぼくもここ数日、くだんの消化不良がたたって腸炎のような症状が出て、まあぼくの場合腸炎はよくあることなんですが、きのうはひさびさに絶食して、16時間くらい布団に入っていました。

もう、内臓全般がガタガタですね(笑)

いまこの記事を書いている3月17日は夜から広域自治会の集会があって、これもほんとうは休みたいのだけど、そういうわけにもいきませんから、なんとか体調を整えて出席します(笑)
(その後自治会集会はなにごともなく無事に終わりました)




水が合わないというお話なんですが、そういえば最近うちの浅井戸のポンプが壊れて、ポンプを買い替えて設置したんです。

浅井戸ですからサビの鉄分がよくあがってくるし、水質はよくないんですが、ここに移住してきたときに、ご近所さんが「むかしはそんな井戸の水でも歯磨きくらいはしてたとおもう」とおっしゃいました。

というのも、半世紀ちょっとさかのぼると、このあたりでは上水も山の上流に流れている水をそのまま簡易水道として各家に引いていたそうで、もちろん塩素消毒などもされておらず、衛生面での信頼がない水でした。

そういった水にも頼らなければならなかったのがほんの半世紀前の日本の中山間部の現実です。

その時代を生きてこられた80歳のご近所さんいわく、上水がくるようになってからのわれわれの水のつかい方は、「ケタが違う」のだそうです(笑)

うちのあたりは地域の溜池の水を浄化して山の頂上のタンクに電動で汲み上げて、そこから自然落水で各家庭に水を届けているといいます。

そういう根本的なところを考えていくと、いくら塩素消毒していても、「その土地の水」の特色はありますよね。

土地によって水質や、含まれている微量な要素がちがうのは当然で、そこに住まう人や、訪れた人のカラダにもなんらかの作用を及ぼすことでしょう。



さて、前回宿題にしていた話をさせていただきます。

「当時の国学者の研究がなければ、いまだに徳川のような政治体制が続いており、仏教が主流となり、天皇制にはならなかったということもあるのかもしれません。」



司馬さんは「江戸時代は終わるのが遅すぎた」とおもっていたようです。

江戸時代は100年ちょっとでべつの体制に転換しておけばよかった、というのです。

たとえば司馬さんの著作『竜馬がゆく』では、江戸幕府の崩壊に向かっているのに、竜馬はなかなか動き出さないんですね。

それに対してほかの志士が苦言を呈すると、「いや、まだ幕府は腐りきってはいない。いずれぐずぐずに腐って腐り落ちるが、まだそのときではない」というようなことを言って、幕府が崩壊するのを待つんです。



幕府はじつは、江戸中期あたりからは体を為していませんでした。

というのも、江戸時代の武士は仕官することで幕府や藩から給料をもらっていたでしょう。

武士とは、いわば軍人です。

軍人ですから国を守ることが仕事なんですが、鎖国をしていた当時の日本では、じつは軍人なんてそれほど必要ではなかったんです。



江戸幕府や藩というのは、ようするに軍事政権でした。

天皇の盾となってこの国を守ってやるぞ、ということを大義名分にして、実質的に日本の政治を牛耳っていたわけです。

しかし国内は封建主義のシステムでなんとかやっていけているし、外敵もない時代が長く続いています。

幕藩は武士の人数を維持するための儀式ばかり増えて、国を守るという実務がスカスカになるんですね。



いわゆる「忠臣蔵」がまさにそういう話なんです。

江戸城で朝廷の饗応役をおおせつかった中に浅野内匠頭がいて、その指示役として吉良上野介がいました。

饗応役なんて武士以外のだれかがやってもよさそうなものです。

しかし武士は余っていますから、饗応の専門職を設けたりはせず、全国の武士、それも殿様が集まって接待をするんですね。

そのお役目の最中にすったもんだあって、浅野内匠頭が吉良上野介に脇差で斬りかかり、周囲の者が「浅野殿が殿中で刀を抜いた。浅野殿、ご乱心か。殿中でござるぞ」と止めた。

こういう場合、武士のルールとしては「喧嘩両成敗」が基本なんですが、なぜか浅野内匠頭だけが即日切腹。

吉良上野介はおとがめなしだったんですね。



それでお家断絶となった赤穂藩の家臣たちが「武士の一分」を果たそうではないかと、吉良上野介を天誅するわけです。

この史実と、後年につくられた「忠臣蔵」という物語がなぜ日本中をとりこにしたのかというと、すでに武士という存在が形骸化していた時代に、赤穂藩の連中が武士のイズムを体現したからです。

それに比べて、この事件に対する幕府の裁定は終始じつにあいまいな、煮え切らないものでした。

軍事政権としての幕府は、たった100年ですでに死に体だったんです。



もし国学者がおらず、天皇回帰の思想がなかった場合、ギズモさんのおっしゃるとおり江戸幕府体制が続いていたかもしれません。

が、その場合はあの弱腰の幕府のことです。

西洋諸国の植民地にされて、幕府自体が西洋諸国の傀儡政権となっていた可能性が高いとおもいます。

最後の将軍慶喜が、維新勢力に向けては大政奉還したけど、海外に対しては毅然と立ち向かう……というようなことはなかなか想像できません(笑)

もし幕府が西洋の傀儡政権になった場合、国教としてキリスト教が広められていたか、ギズモさんのおっしゃったように仏教主体で、そこにキリスト教がまじりあう、いわばキリシタンの「マリア観音」のような習慣が生まれたかもしれません。

日本の奇跡は、あの時代に西洋に隷属せず、志士が幕府を打倒して、国家として独立する道を選べたことでした。

そのように考えていくと、日本人がいま日本人として生きていることは、数奇な運命のようにもおもえます。

2024年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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さらに詳しい解説をありがとうございます。

ものすご~~く腑に落ちるというか、なるほど!と思うことばかりです。

最後の、『過去のことや未来のことを心配しない、という考え方はもちろんただしいんですが、そのためには過去や未来に対する前向きな学びの姿勢が必要で、ここが欠けていると、なかなかいまを生きる不安は取り払うことができないんじゃないかとおもうのです』というのは、とても大切なことですね。

過去のいいことも悪いことも未来のことも、くよくよと気持ちが参ってしまうほどに思い詰めるのではなく、また、何も考えることなく過ごすのでもなく、前向きに反省し、そこから学ぶことが大事なのですよね。
ついつい、くよくよ思考になりがちなのですが、そこは改めなければいけません。

多重人格の人の例は、理解しやすかったです。
「そうせざるを得ない」境遇で、つらすぎる日々を送っていたら、どこかで気持ちの逃げ道を設けないと、精神も肉体も崩壊しますね。

以前、電子書籍の漫画で親から虐待を受けた子の実話集を読みましたが、壮絶としか言えません。
とても、かわいそう、なんて簡単に言える状況ではないですね。

私が小学生のころ、夏休みに叔父の家に泊まりに行っていました。
近所にポテトチップの湖池屋の工場があり、そのあたりの奥さんたちは、そこにパートに出ている人が多かったようです。

6年生の夏休み、隣の家に来た小学1年生の女の子を紹介されました。
最近引き取られてきた遠縁の子なので、一緒に遊んであげてねと。

奥様方の井戸端会議を盗み聞きした(笑)ところによると、親に虐待されていたとのこと。
見るとはなしに見れば、手や顔などにタバコの火を押しつけられたあとがたくさんあります。

ある時お菓子屋さんに一緒に行き、それぞれ自分のお金でお菓子を買ったのですが、あとからその子がおばさん(養女になったのか引き取られただけかは不明。その子が「おかあさん」と呼んでいたのかどうかも覚えていないので便宜上「おばさん」にしておきます)に、「ギズモちゃんがお菓子を買ってくれというので、買ってあげた」と言ったのです。
もちろんうそです。

他の日は、そのおばさんがパートに行っている工場に一緒に行こうと言われ行ったのですが、おばさんに「ギズモちゃんがポテトチップ食べたいって言うから来たの。あげて」と言い、またまたびっくりです(笑)

私とのこと以外にも、ひんぱんにうそをついていました。

その時私が思ったのは、つらい思いをして育ってきたから、うそをついて自分をアピールしたりする子になったんだ、だったらその子に「うそつかないで!」と言うのは追い詰めることになるのでよくない、ということでした。
普通に育っていないから悪い子になっちゃった、とは思えなかったわけです。

うそをつくことも多重人格のひとつの症例ですね。
その後、その子とは会っていませんが、引き取られたおうちで大事にされ、虐待された過去が心の重荷になっていなければいいなと思います。

つらいことにユーモアをもって向き合うというのはなかなか難しいことかもしれませんが、考え方を悪いほうに置かないというのなら、案外できそうですね。
変なたとえ話ですが、遊郭の女郎さんが、お客さんを自分が好きな人だと思って接することで、地獄のような苦しさつらさが減るように思える、というのを読んだことがあります。
発想の転換ですね。

ところが、そこをさらに通り越し、どんなことをしたら喜んでくれてまた来てくれるかとまで考えるようになれると、お客さんも増え、いいお客さんもつくようになると。
ホスピタリティですね。

その気持ちの切り替えがうまくできないと、どんどん追い詰められていくわけです。

ユーモアの引き出しをつくっておくということは、とても納得できます。
それを使う状況になった時、どうしてもうまくできなかったら、とりあえず無理に笑ってみる、ということはできそうですね。

顔で笑って心で泣いて、と言いますが、笑った顔を作ると、心もそれに同化して穏やかになるそうです。

『ファクトフルネス』のお話も重要なことだと思います。
事実とかけ離れた情報、報道が日常になっているように感じますが、テレビやネットのニュースをむやみに信じるのではなく、きちんと事実を調べて、安心できることが多いということを認識するのが大切ですね。

やたらと不安を煽る報道が多いのに加え、正しくないことをSNSなどで拡散する人が増えているので、気をつけないといけないと思っています。

あ、そうそう、お米の話ですが。
「今年は新米の時期になっても今までのようには流通しない」というネットのニセ情報に振り回され、9月初旬に農家直送の新米を予約してしまいました(笑)
ところが9月末あたりから、スーパーでもお米は普通に売られるようになりました。価格はだいぶ上がりましたが。

つい先日、静岡県の農家から届きましたが、ヒノヒカリという銘柄で、とてもおいしいです。
この銘柄は、今まで売られているのを見たことがありませんでしたが、他県産のヒノヒカリの口コミがよくなかったので心配していました。

暑い夏が過ぎ、急に寒すぎる日が来たと思うと、また半袖でもいいような暑い日。
なんだかおかしな気候ですが、気温差にはお気をつけくださいね。

2024年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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お気遣いありがとうございます。
雨はよく降りましたが、大丈夫でした。
今回よりも、数日先から長雨の予報で、こちらのほうが心配ですね。

土砂崩れなどは、台風でもない限り、一日二日の大雨ではめったに起こらないんですが、長雨の間に断続的に大雨が続いたりすると、地盤がゆるんだところにさらに水の重みが加わって、一気に崩れることがあるというのが、2018年の豪雨災害で学んだことです。

毎年この時期は怖いですね。できる限り気を付けたいとおもいます。
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取り急ぎ先に。

雨の降り方は、大丈夫ですか?

くれぐれも、万事気をつけてお過ごしくださいね。
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まずお体の件ですが、いろいろと調べてもらえて、健康状況の改善に取り組めるきっかけをもらったとおもうと、よい検査でしたね。

うちの自治体も安価に健康診断が受けられるといって、毎年A4の封筒に申請書を送ってきて、ぼくが無視していると、わざわざ電話までしてくれます。

ぼくには田舎に一人住まいで、守るべき家庭があるわけでもないので、じぶんの健康を維持しなければならない理由もありません。

そのむねを電話越しに伝えるのですが、理由をくどくどと説明するわけにもいかないので、「ひとり暮らしで健康診断を受ける理由がないので、また必要性が出たときにお願いします」といって断っています。



サルは隣の自治会の山に、数日間出ていたようです。

あれだけしつこく出ていたというのは、おそらくえんどう豆かトウモロコシあたりをつくっていたのではないかとおもいますが、うちは幸いズッキーニをすこしかじられた程度ですみました。



渥美清の歌ですが、ちょっとおもったことを書いていきます。

歌詞を数曲眺めながらおもったのが、七五調なんですね。

もちろん「泣いてたまるか」も、有名な「男はつらいよ」もそうです。

七五調のリズムは、メロディとして聞いているぶんには意識することはほとんどないとおもいます。

本来は和歌から始まった七五のリズムなんですが、かるたのときに和歌を詠むときの節は、完全に七五調を生かすためのものだとおもいます。

これが江戸時代の後期になって、都都逸の節回しあたりから音が独立して、七五調であることをあえて崩すような節回しになっていきますよね。

これが明治になって唱歌や歌謡になって、「歌詞を読む」ことと「歌を聞く」ことが完全に別になってきたという流れでしょうか。

メロディが自由律なのだから、歌詞も自由律であるほうが都合はよいはずで、歌詞が七五調であるというのは、いまどきそんなことをする必要はないわけです。

それなのにわざわざそうするというのは、どこか「頑固者」、「伝統を重んじる人」、「馬鹿正直」というイメージがつきまといます。

そのあたりのいかにも寅さん的なイメージを、歌手としての渥美清を売り出す側は強く意識していたのかな、とおもった次第です。

おなじ感じで、バンドのたまの「さよなら人類」などの楽曲も、七五調の歌詞が多いんです。

たまというバンドはかなり変わっていますが、その変わっているイメージ、馬鹿正直な感じと、七五調の歌詞が不思議なほど似合っているんですよね。



エビアレルギーなんですが、エビやカニを食べたときに口のまわりがかゆくなることが、子供のころにありました。

あれはどうも軽いアレルギーだったようで、子供のころは単に、おいしいのにかゆいから、結局食べるのがイヤになったものです。

いまはなんともないんですが、それでもエビカニの殻剥きに抵抗があるので、カニはカニカマのほうが好きです。

ギズモさんのようにちゃんと調べてもらって、主だった原因を特定されるのがいちばんですね。



歩くのは健康にとっていちばんよい運動だとおもっています。あとはラジオ体操程度の全身運動、あるいはストレッチでしょうか。

血液、体液を全身に巡らせること、停滞させないことが万病を防ぐと単純に考えています(笑)

2024年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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お忙しい中、わざわざ聞き直していただき、申し訳ありません。
1960年代でしたか。

葬儀の場に出会うというのは人生においてそうそう多くはないですし、自分が見聞きした範囲でものをいうのはよくなかったと思います。
気をつけます((+_+))

私の子どもの頃は、家でお通夜をする場合、農園主さんのおばあちゃまの時のように、お線香を絶やさず起きているという慣習でした。
「お通夜麻雀」という言葉があるくらいで、麻雀をしていれば寝ないだろうということなのかもしれません(笑)

「死を想定しない団地のエピソード」ですが、その一段階前の、「高齢になった時」すら想定していなかったように思えます。
団地に限らず、マンションでも一戸建てでもそうですが、少し前まではどこでも段差だらけの構造でしたよね。
それが最近になってようやくバリアフリー化されてきて、ずいぶん住みやすくなったと思います。


ところで、ネットで見ると、どうもその団地は高島平のようなのですが、明記されてはいないのでしょうね。
1972年に入居が始まったそうですが、賃貸棟と分譲棟があり、当時はものすごい人気で、倍率もかなりの高さだったようです。

養老さんがご遺体を引き取りに行った団地かどうかはわからないので、そうだと仮定して話をします。
確かに当時新婚さんが多く入居したようですが、そのまま住み続けているご夫婦が多く、現在は高齢者団地と化しています。
その頃生まれた子ども世代が、独立して団地を出て行くという形ですね。

空き部屋が多くなっているので、無印良品と提携した家具付きの部屋や初期費用ゼロといった設定にし、若い人も取り込む作戦ですが、近辺の民間マンションと同等の家賃、もしくは分譲価格設定なので、団地と民間、どちらがいいかは好みでしょう。

という話はどうでもいいのですが、うち、12階なんですよ(笑)
12階がある棟は限られているので(追記)12階以下の棟もあります、もしかしてそのお部屋だった可能性もあります。
あ、ドアは外開きです。。。

去年から今年にかけて大がかりなリフォームはありましたが、エレベーターは当時の構造のままかもしれません。

昨年、ひどいめまいの時救急車を呼びましたが、恥ずかしいので担架には乗らず、歩いてエレベーターで1階まで下りました。
あの時担架に乗っていれば、奥が開いたかどうかが確認できたのですが、つまらない見栄をはったために(笑)


エレベーター関連の余談です。

私が行っている高齢者施設のひとつ(坂の上の)は、1階ロビーでコンサートや発表会を行う時、2階から電子ピアノを降ろします。

私は2階の部屋でまったくかまわないのですが、オペラの講師(女性で、ピアノはヘタ苦手な人)が、ロビーでしかやらない主義の方なんです。

2階からエレベーターに乗せるのですが、そういう施設にしては狭くて、電子ピアノがそのまま乗らないんです。
そこで、仕方がないのでピアノを縦にして、台車に乗せて(追記)エレベーターで運びます←どこかで聞いたお話・・・。

平行移動でも影響があると言われているのに、年に3回も、です。
おかげさまで(笑)、サスティンペダルが完璧におかしくなってしまいました。
他の施設ではこんな荒技は絶対にしないんですけどね。
困ったものです。

2024年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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ごめんなさい。
後回しどころか、お疲れのところ、お返事をありがとうございます。

曲目リスト、削除します。ありがとうございます。

「伊勢佐木町ブルース」は、お客さまに「ため息」と「デュデュビ~~」のところをお願いしました。
「切ないため息」を要求したのですが、ターザンのような「あぁ~」になってました(笑)

従って、私はその「セクシーさ」は演出していません・・・。
あれは歌よりも難しいですよね。

ありがとうございます。
すでに次の曲目選びに熱中しています(笑)

農園主さんの今までの記事では、ずいぶんヒントをいただいています。
確か「500マイルも離れて」の日本語(忌野清志郎?)の記事もあったかと思いますが、日本語詞のものと、「ゴンドラの唄」も、レパートリーに入れたいと考えています。

では、ゆっくり寝てお疲れを癒してくださいね(^^♪
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曲目、消していただいてけっこうです。
ここは検索エンジンからの集客を消しているので、ほとんど見ている人はいないとおもうんですが、ぜひ万全をとってください。

ちょっときょうはバタバタしすぎて、うまく返信できそうにありません。

いろいろ後回しにして申し訳ないです。

シャンソンや歌謡ブルースの名曲の数々、いい選曲ですね。

伊勢佐木町ブルースのあの冒頭は、むずかしくないですか?

当時の商業的に乗せられるギリギリのセクシーさを、あの冒頭のインパクトで伝えている曲だとおもうんですが、どうコントロールして伝えるか、そのときの舞台の空気も含めて、演じ方のむずかしい曲だとおもいます。

曲目をみていると、ぼくが観客席にいても大いに盛り上がれそうですし、ギズモさんの観客を楽しませようというおもいが伝わりました。

ピアノの不調は、冷や汗ものだったことでしょう。

たいへんだったこととおもいますが、次につながるよいお疲れでありますように。

2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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こういうサイトがあるんですね。
ありがとうございます。
共依存の問題、これは夫婦だけでなく、親子にでもあるということですね。
性格にもよるものかと思っていましたが、風土病と聞くと、納得できるところは大きいです。

おでんの材料は、本当に高いです。
練り物は値段の差が大きく、高いものはおいしい、安いものはまずいの差が歴然としています。

普通おでんには入れないのかもしれませんが、鶏の手羽元(骨付き)を入れると、出汁がよくでて、おかずにもなります。
案外おいしいのは、ウインナですね。
和風ポトフみたいなものです。

そう言えば先日、大根以外の野菜を摂ろうと、めんどうなのでキャベツをちぎって放り込みました。
やっぱり和風ポトフです(笑)

近くに杉浦太陽&辻希美さんのおうちがあるのですが(どこかは知りませんが豪邸だそうです)、やっぱりどこかで会っていそうなのに、会ったことはありません。
たぶん、堀ちえみさんも他の芸能人も、いろいろ工夫して、ばれないような恰好で外出しているかもしれませんね。

Googleで自動的に出てくるニュースの中に、先日お書きになっていた、オーディブルの『木挽町のあだ討ち』の評判がとてもいいと書かれていました。
これも読んでみたいですが、ますます積読が(笑)

文庫新刊の時代物を読みつつ、電子書籍の漫画も読んでいるのですが、「信長のシェフ」がいよいよ最終章のようで、本能寺の変で、信長が死なず、とうとう歴史が変えられてしまいました。
この後、現代(平成)の人物などの伏線を、どう回収していくか楽しみです。
漫画とはいえ、相当歴史を調べた上で書かれているようで、ただの妄想と違い、なかなかおもしろいです。
あ、絵はゴツいので、好きではありません(笑)
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ギズモさんの九州男児に対する感覚は、偏見ではないとおもいます(笑)

九州の男尊女卑は相当なもののようで、以下のサイトでは各都道府県のジェンダーギャップが調べられますが、やはりひどい状態でした。

https://digital.kyodonews.jp/gender2023/

いわゆる「九州男児」の問題は風土病であり、共依存のように作用してるんだとおもいます。

共依存というのは、たとえばアルコール依存症の夫に必要とされることで妻が喜びを感じる、というような状態です。

結局夫はアルコールに依存し続け、妻はそんな夫に依存しながら、くるしい状況がいつまでも続いて、問題が解決しません。

つまり九州男児の問題は、男がそうあろうとしているだけでなく、家庭内や、地域のコミュニティでそのようなイメージを支持している共犯者(共依存者)がいる、と考えるのが自然だとおもいます。

だから、ピンポイントに九州男児を責めるだけではこの問題は解決しません。

おそらく、家庭そのものの構造を病理としてメスを入れていかないと、みんな問題を自覚すらしていないようにおもえます。



堀ちえみさんのお話、以前にうかがったのをおもいだしました。

東京だと、ふだん町を歩いていて芸能人に出会う確率は高いのではないでしょうか。

ちなみに大阪では難波あたりにいると芸人さんとはよくすれちがいます。



おでんは、こっちでは最後におうどんでシメにすることはありますが、ご飯のおかずにはしづらいですよね。

ぼくはおでんは高級料理だとおもってるんですが、練り物や牛すじ、卵などを入れるとなかなかのコストになります。

最近は特に練り物の値段が上がって、畑のダイコンを気軽におでんにもできなくて(笑)
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午前中、うっすらと積もった雪はほんの30分ほどのよわい日差しでもあっという間に溶けてしまいました。

幸い葉野菜にも影響がなく、午後からは収穫作業をし、サトイモをほぐして洗って、一日終了。

あと一週間ほどで帰省しますが、サトイモは年始にもすこしは出せるかな、どうかなといったところ。

1月に雪が積もらずにいてくれれば、カブも出せそうです。

#野菜
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雪でしたか。
寒い中、お疲れさまでした。

おでんは、地域によって味付けや具材が違うようですね。
一般的に、お醤油の色がしっかりついているのが関東風で、うどんもお雑煮もお醤油の色がはっきりついています。
東京は、地方から来た人もずいぶん多いので、家庭によって違いはあると思います。

おでんは、お酒には合いますが、ご飯のおかずにはなぜか不向きです。
クリームシチューがご飯に合わないのと同じかもしれません。

たまに 堀ちえみさんのブログを読むのですが、やっぱりクリームシチューの時は、いつもパンが写っています。
ファンではないし好きでもないのですが、買い物をする場所に共通点があるので、読むことが多く、今まできっとどこかですれ違っている気がします(笑)

偏見とは思いますが、九州の男性は、亭主関白で頑固で封建的、まず自分が一番、妻子は自分につかえる従属物と認識しているタイプが多いように思うんですよね←お身内に九州の方がいらしたらごめんなさい。
九州男児という言い方はかっこいいですが、単なるわがままではないかと(笑)
土地柄というのはあるでしょうが、今の若い世代の人は変わってきているのか、知りたいところです。

近所の人や仕事での知人など、九州出身の男性がもれなくそういうタイプだったので、例外がいることが予想しにくいです(笑)
奥さん、かわいそう~~と思ったことはたくさんありました。

こちらも昨日はずいぶん寒く、風も強かったのですが、雪はまだまだ先のようです。
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きのうはご近所さんとたんまり飲んで、餅をついて、おでんをいただいて、鍋をつくって……男3人で一升五合空いたので、まあよく飲んだとおもいます(笑)

結局風も強く、雪がちらつく寒い日だったんですが、いつも通り外での開催となりました。



田舎にいると、キャッシュレス社会は非常に便利です。

銀行に行くにしても距離がありますし、手元に現金がないときの危機感は都市部より強いので、10年ほど前の現金中心の暮らしよりは、ずいぶん手間がはぶけて、安心して暮らせるようになりました。

しかし、そういう暮らしに慣れてくると、口座の数字が増減するだけで、なんだかお金のやりとりをしている実感がないのは確かです。

最近では買い物をしても、スマホやカードを差し出すだけで終わりますよね。

クレジットカードで決済するような場合は、セルフレジのほうが安心だとおもうし、そうなるといよいよ人との交流が薄れて、アナログさが排除されていきますね。

ギズモさんのおっしゃるように、現金の持つありがたみや、蠱惑的な魔力のようなものは、いまの社会では感じる機会が減っているんじゃないでしょうか。



武田鉄矢さんは本はたくさん読んでおられるんですが、ちょっと山師のようなところがあって、ついていけなくなることがあるというか……思想のチカラが強いんでしょうね。

そのへんのアクが非常に強くて、ぼくもはたからみているぶんにはいいんですが、あんまり一緒にいたいとはおもいません(笑)

かれがあるときから保守的な言動をするようになったのは、結局家族に封建主義的なものをよしとするところが残っていたからではないかとおもいます。

父親が封建主義の権化のような人間で荒れ狂っていたから、その反動で戦後の自由主義を謳歌するようなふるまいをしていたけど、根っこの部分、血の部分では古めかしい性格を受け継いでいるということを、どこかで自覚するようになったのでしょう。

もし父親が荒れ狂うことなく、まっとうな保守性を維持していたら、かれは特に思想的に右往左往することもなく、ふつうの保守的なオッサンとして生きていたのではないかなあ、とおもっています。




こちらは昨夜から雪が降りました。

山が雪化粧をする程度に積もりましたが、道路は濡れているだけです。

午後には雪が解けて、野菜の収穫ができればと期待しているんですが、午前中はうっすらとした二日酔いをなだめながら過ごすことにします。

2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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歴史ものの説明は、面倒に思って飛ばし読みすると、結局戻って読み直しをすることになるので、最初からきちんと読んだ方が早道ですね。
司馬さんの本は幕末のものが多いので、それだけで敬遠してしまう作家なのですが、「最後の将軍」と、あと数冊読みました。
徳川慶喜は、他の人が書いているものも何冊か読んでいます。
積ん読の本が減ってきたら、司馬さんの本は、農園主さんが教えてくださった法則をつかみ、読んでみたいと思います。


さきほど買ったカリーノケールは、千葉産でした。
この棚は「まごころ農家○○○」と名前も書かれている、千葉や埼玉の農家さんたちの野菜が、とてもごちゃごちゃに置いてあります(東京のものは別の棚です)
山東菜もカリーノケールもフリルレタスも人参も、なぜこれほどごちゃごちゃに置けるの?と思うほど、
一緒くたに置いてあるのです。
もう少しきれいに並べたらいいのでは、と思うのですが、置くスペースが狭いのが原因かもしれません。

塩漬けのたけのこ。
いろいろ手間をかけていらっしゃいますね。

保存と言えば、不思議なのは最近の梅干しです。
梅干しは何年も保存できる常備食のはずが、最近は、賞味期限が半年とか、とても短いです。
減塩が多かったり、はちみつ入りも多いので、そのせいなのかと思いますが、塩分は多くても11パーセントくらいです。
それに、とても高いです。
先日、スーパーで福島県の物産展をやっていて、3年ほどもつ梅干しが安く出ていました。
食べたら、昔の梅干しのように、しょっぱい&酸っぱいで、とてもおいしかったんです。
1パックしか買わなかったので、次の日にもっと買おうと思って行ったら、物産展は終わっていました。
こういう小さい運の悪さが、ちょこちょこあります(>_<)
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ことし、冷凍庫が一杯になってしまうのを避けるために、春に穫れたたけのこを塩漬けにしました。
塩抜きが面倒でまだたくさん残ってるんですが、腐敗はしていないようです。

肉も、塩に漬けてしまえば保存できるんですが、旨味などの成分は塩に奪われてしまうので、塩抜きしたあとはただのたんぱく質などの栄養補給ということになりそうです(笑)

やっぱり時間をかけて生ハムであったりジャーキーにするというのは、旨味を逃さずに保存するという点で優秀ですね。



司馬さんの作品は、ある法則さえつかめれば、じつはこんなに読みやすい歴史小説はないというくらい読みやすいです。

その法則は「人間はみななんらかの思想をもっている」ということです。

司馬さんは小説の登場人物を思想の面から掘り下げていて、「この人はなにを考えていて、こういう行動をとったのか」というところから表現しています。

どういう土地に生まれ、だれに影響を受け、どんな思想を持っていたのか、というようなことが掘り下げられていくんですね。

なので、歴史の登場人物のもっていた思想に興味がないと、人物説明や土地の説明が多くて、なかなか本筋が進まないという感覚になるかもしれません。

あと、司馬さんは善悪をつくって物語を進めるというようなわかりやすいことはしないので、勧善懲悪的なおもしろさを求めると、肩透かしをくらってしまうことでしょう。

でも、いざ理屈がわかると、登場人物の行動原理が非常に理解しやすく、これまで教科書的な理解だった歴史が人間のドラマとして一気に広がるあたりが、熱狂的なファンが多い理由だろうとおもいます。



ベカナは山東菜を小さく品種改良したものらしいんですが、山東菜のように大きく育つもののほうが育てやすく、出回りやすいのかもしれませんね。

カリーノケールはうちのあたりでは直売所で一時期見かけたきりですが、品種によって色が違うのか、あるいは肥料の加減で色合いが変わるのか……。

カーリータイプのケールはすべてカリーノケールになるみたいですが、それほどいろんな品種が出回っているわけでもなさそうです。

東京だとこんなめずらしい野菜も、複数の生産者さんがつくっておられるんですね。
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古代からある干飯。干し肉や燻製、塩漬けなど、電気のない時代に保存食を考えた人たちはすごいですね。
サザエさんあたりの時代だと、買い物は買い物かごを下げて毎日行くのが習慣だったのが、冷蔵庫が普及すると数日おきになり、
ネットの時代になると、買いに行かなくても届けてくれるようになりました。
その冷蔵庫もどんどん大型化していき、冷凍庫の需要も増えてきていて、この先は毎日ご飯を作る人が減ってくるのではないかと思うことがあります。
それだけ忙しい人が増えているのでしょうね。

司馬遼太郎さんの番組は、ある程度司馬遼太郎の本を読んで、いろいろな知識を得ていないと、恐らく見ても理解しにくいように思います。
本を読んだり、ドラマ・映画になったものを多く観たとしても、農園主さんのような捉え方、考え方ができる人は、殆どいないのではないでしょうか。
前に絵画の事でお書きになっていらっしゃいましたが、

「芸術作品を掘り下げていこうとすると、芸術作品から離れた知識まで必要で、それは個人的な思想やその時代の背景、あるいは数値化できない熱情といったあいまいなものにまで及びます。

文学や評論でも同じですね。
司馬さんがどのような思いでいたかというのは想像もつきませんが、経験した人が客観的に論ずることができない、というのはわかるように思います。

さっきスーパーで、普通の野菜売り場でなく、農家さんの野菜が置いてあるところをのぞいてみました。
カリーノケール、農家さんによって色が違いました。
パセリのように濃い緑のものもあれば、もっとずっと薄い色のものもありました。
品名はどれも「カリーノケール」です。
山東菜もありましたが、ベカナはありませんでした。
キャベツ、白菜、ブロッコリー、トマト、値段はずいぶん下がってきました。
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司馬遼太郎の『雑談 昭和への道』の最終回を見ました。

明治期の日本の知識人は国際社会の中で相対的に自国を考えることができたのに、軍部が台頭していくにしたがって、日本を絶対的なものと考えるようになる。

昭和になって、他国との関係性の中の日本という相対的な見方ができなくなって、太平洋戦争に向かい、そして敗戦に至った。

そういう話でした。



司馬さんはこれだけ深く調べて、実際に取材もし、洞察していたにもかかわらず、初回ではあの時代のことがわからないとおっしゃいました。

昭和に入ってから敗戦に至るまでの20年は、まるで魔法使いが杖をポンと叩いて、日本を魔法の森にしてしまったような時代だったというのです。

それで司馬さんはこの魔法を解くカギを……それも自前でそのカギをつくりたいとおもったそうですが、うまくいかないそうな。

ぼくはこのテレビ番組を見始めたとき、そりゃああの戦争の当事者が、フラットな目線であの時代を読み解くなんてできるわけがないとおもったものです。

そういうことはたしか以前にも書いたはずで……ああ、やっぱり書いていました



でも最終回まで見ておもったのが、じつは司馬さんにはもうほとんどあの時代のことがわかっていたのではないか、ということでした。

魔法を解くカギもほぼできあがっていて、そのうえで、魔法を解く役割はあとの世代に任せた、といってるんですよね。

ぼくが言ったようなことは司馬さんはもうとっくに承知で、わざと最初に、魔法の森のカギの開け方がわからない、とおっしゃっていたようにおもえます。

あの時代を軍人として真正面から体験した司馬さんは当事者として、太平洋戦争を客観的な「物語」にすることができなかった。

あの時代のことを書くとなると発狂してしまうとまで言う、それほどの当事者ですから、魔法の森の魔法を解くカギをつくっても、司馬さんはそれで錠前を開けるところまでいけないわけです。

なので、司馬さんはこの番組において、ご自身の客観視そのもの……つまり司馬さんがつくったカギを、われわれに投げかけたということなのだろうな、と。

#与太話
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お風呂が壊れたときや、自然災害で水道やガスがつかえなくなったときに、銭湯が近くで営業してるかどうかは、生活そのものにかかわることですね。

家政婦の志麻さんを知らなかったんですが、ずいぶん優秀な家政婦さんらしいですね。

冷凍庫はうちにもありますが、便利です。

便利なんですが、定期的に霜をとる手間がかかるのと、それなりに電気代がかかるのがネックですね。

ギズモさんのおっしゃるとおりで、冷凍庫のストックが増えるほど、なにか災害が起こったときや、冷凍庫そのものが壊れたときにぜんぶダメになるので、最悪肉類だけでもぜんぶ塩漬けにしてしまえるように、今度は塩と漬物樽のストックが必要になってきます。

冗談のような話ですが、案外一生に一回、あるいは二回くらいはこういうこともあるかもしれないとおもっています。

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ジェフベックによる、「A Day in the Life」。

かれは、ギターのアームを駆使して、ピックを利用せずに指で弾く。

テレキャスターをつかっていた時期もあったけど、ストラトをつかうようになってから、異様な音の世界をつくるようになり、個人的にこの曲は最高峰のひとつだとおもう。

というか、ビートルズの原曲がよすぎる。

以前にも紹介したけど、この曲はウェス・モンゴメリもカバーしてて、それがこの曲。



元歌を超えるカバーが出るというのは、それだけ原曲がよいということ。



#音楽
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さっき、タバコを3か月隠せる箱があればよいといったのだけど、タイムロッキングコンテナというのがあって、これが5000円ほどする。

450円のタバコに、5000円払うのなら、捨ててしまってまた吸いたいときに買い直すほうがよかろうとおもう。
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ぼくは24時間テレビは見ないし、むしろ嫌いなのだけど、この曲だけは好き。

ほんとうに好き。

#音楽
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タバコ吸いたいなとおもって、コンビニに行って、ラッキーストライクがないかとおもったら、なんかもうぼくが吸ってたころのラッキーがなくて、しかも老眼で、レジあたりでしかめつらでタバコを眺めてたら、店員が話しかけてくれたんですよ。

「お探しですか」

「ラッキーストライク探してるんですけども」

「どんなのがいいですか」

「もう老眼でよく見えないんですよね。むかし吸ってたのもないしなあ」

「何mmとかあります?」

「ああ、これ8mmですか」

「ふつうの8mmでいいですか」

「はい。メンソールじゃないほうがいいです」

「じゃあ、これで」

じつに迷惑な客です。

なんだかおもってたより安かった(450円)し、むかしのような感動はなかったけど、ふつうにうまかった。


きのうときょうで2本吸ったんだけど、ここから吸い続けるともう中毒になるのでね。

できることなら、このタバコをどこかに隠して、また3か月後くらいに取り出せればいいのだけど。



3か月、開かない箱みたいなのがあればいちばんいいのだな。
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https://gigazine.net/news/20231018-peppe...

からい唐辛子を追及して、ひとりもだえ苦しんでる農家という、たぶん、農家の中でいちばんおもろいオッサンだとおもいます。

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2026年4月5日(日) 11時48分53秒〔3日前〕