2024年3月の投稿[33件]
2024年3月31日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
以前お話したかどうか忘れましたが、母とは正常な関係ではなく、ここ10年ほど、まったくの縁切り状態でした←私の方から連絡を絶ちました。
関係を修復できなかった(しなかった)のを後悔している部分もありますが、それはそれでよかったとも思えます。
どんなに小さくても小さいなりの、大きければ大きいなりのご苦労があることと思います。
農園主さんが副会長になれば、継続すべきことは継続し、見直すところは見直して、よりよい自治会になることでしょう。
人から頼られるというのは、厄介なところもありますが、やりがいがあると思います。
そう言えば、父が亡くなった時は3ヶ月以上毎日泣いていて(お風呂に入った時とかベッドに入った時とか突然涙が。。。)、外に出ても、街の景色に色がないような感覚でした。
今回はあまり涙も出ず、所用で外に出ると、道端のお花がきれいに咲いてるな、などと感じ、この差はいったいなんなんだろう、と考えているところです(◎_◎;)
今年はまだ花粉症がほとんど出ていません。
薬が効いているだけかもしれませんが。
これからますますお忙しくなると思いますが、農園主さんもご無理のないように、気温差には気をつけてくださいね。
返信が拾えず申し訳ないんですが、取り急ぎ。
ご母堂のお話はいままで何度かおうかがいしましたね。
急なことだったとのことですから、ギズモさんにはきっといろんなおもいが去来されているとおもうのですが、まずは目の前のたいへんなことが無事に解決することを祈っています。
まだこれからいろいろと手続き面でのご苦労があるかとおもいますが、季節も変わり目で体調を崩しやすいときですから、どうぞご無理のないようにしてくださいね。
急に春めいてきて、ぼくはぼくでことしは自治会の副会長(といっても田舎の小さな自治会です)をすることになって、ちょっとバタバタしています。
東京のほうはもう夏をおもわせる気候だったようですね。
こちらはきょうは晴れ予報が外れて曇り気味の一日で、過ごしやすい気温で、ズッキーニと、キュウリ、天狗ナスと万願寺唐辛子、かぼちゃを、苗箱に種まきしました。
ちょっと方向が違いますが、漱石の頃の識字率を調べてみました。
それを考えると、新聞や漱石たちが書いたものを読む(読める)人はそんなに多くはなく、読む人は、充分に議論を闘わせることのできる人々だったと推察します。
現代なら、よく道理をわかっていない人々も、安易に見当違いな意見を発信できるので、漱石が現代に来てそんな場面に遭遇したら、さぞかし面食らうことでしょう(笑)
いつの時代でも、世の中に自分の意見を発信するということは、大変なことだと思います。
浦島太郎が、玉手箱を開けたら鶴になったという話を知らない人は多いですね。
シニア向けの童謡・唱歌の講座の中で、「浦島太郎」「桃太郎」「一寸法師」「花咲かじじい」など、おとぎ話系の唱歌をみんなで歌うことがあり、題材にすることもあるのですが、全員が歌詞のとおりのお話だと思っています。
舞鶴のあたりに民話が集中しているというのは興味深いですね。
地形も関係しているのかな、と単純ですがそう思いました。
豊玉姫がワニの姿で出産するという話ですが、海神の娘だから海に関わる動物の化身だった、というように理解していました。
ワニの姿を見られたことで海に帰ってしまうようですが、民話に多い海や山というのは、外国の人が隠れ住んでいたところだった、という気もします。
見るなと言うのを見たからワニだとわかったわけですが、言いつけを正直に守って見なかったら、話が進展しなかったんですね(笑)
神話でもそんな話があるし、「鶴の恩返し」などの民話や、外国にもありますね。
見るな、と言われたら、見るつもりがなかったはずの人でも見たくなりますよね(笑)
むかし話や神話に登場する、動物や化け物の意味を考えたことはありませんでしたが、ワニのお話から、とても興味を持ちました。
わたくしごとで申し訳ありませんが、一週間ほど前に、母が亡くなりました。
急なことでしたが、年齢的には充分だと思います。
葬儀はまだこれからなのですが、法的なこともあり、頭が悪いといろいろと大変なことばかりだ~~と痛感している今日この頃です(笑)
父が亡くなった後、パソコンのロックを解除したり、通帳を調べるのに(隠してあったのがあるらしく)、大変な手間と時間がかかりました。
自分が亡きあとには、葬儀のことも含め、家族にそういう苦労がないよう、今からきちんとやっておこうと思いました。
桜、急に咲き始めました。
今日は予報では最高気温は27度です。
春の花も各種(パンジーの他は不明)色とりどりにきれいに咲いていて、本格的な春ですね~(^^♪
2024年3月29日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
漱石がくどくどと、個人主義の説明をした理由なんですが、右翼(保守)という属性の人にとって、個人主義や自由主義は受け入れがたい考え方のようです。
逆に左翼(リベラル)という属性の人にとっては、全体主義や権威主義は受け入れがたい考え方であるといえます。
いま、SNSで運動家たちが非難のやりあいをしているのは、結局はこの主義の対立なんですね。
で、漱石の時代には、社会全体で全体主義や権威主義がどんどんふくれあがってきて、「個人主義」という言葉を出すだけで社会が反応する、という時代でした。
だから漱石はくどくどと、ほんとうの個人主義とはどういうものか、という説明しなければならなかったというわけです。
舞鶴のあたりって、やっぱり浦島太郎の伝説が色濃い場所なんだとおもいます。
浦嶋神社はもちろん、舞鶴という地名にしても、浦島太郎が玉手箱をあけた後に鶴になる伝説を彷彿させます。
そう考えると、大江山の鬼、山椒大夫もそうですが、あのあたりは日本で有名な民話の集中地帯といえそうですね。
ところでこの話も以前にしたかもしれませんが、古事記にはワニが出てきます。
あのワニはサメなんじゃないか、などといいますが、たぶんあのワニって、外国人ですよね。
因幡の白兎の物語では、ワニをだましてからかった白兎がひどい目にあいます。
このワニを、大陸からきて因幡の海岸のあたりに勝手に住み着いていた外国人と置き換えるんです。
そうすると、外国人をからかっていた地元のいたずらっ子が、いたずらの度がすぎてひどい目にあって、さらに土地にのさばる権力者(神々)になぶられた、という話になります。
もうひとつは、山幸彦(神武天皇の祖父)の話です。
山幸彦が竜宮城に行って、豊玉姫と結ばれます。
そして豊玉姫が日本で出産するときに、ワニの姿になったというのですが、これもそもそもが外国人と置き換えて考えないと、天皇の血筋にワニがいることになってしまいます。
この場合、豊玉姫は朝鮮半島か、あるいは中国大陸のどこか、はたまた日本と大陸の間のどこかの島の、王族の娘、と考えると、腑に落ちるようにおもえます。
もちろん、天皇の血筋に外国人の血が混じっているわけがない、と考える人にとっては、ぼくがいま言ったようなことはたいへん都合のわるい解釈だとはおもうんですけどね(笑)
最近は、むかし話や神話における動物や化け物の意味について、あれこれ考えていたりします。
2024年3月27日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
農園主さんのご説明は、専門的で難解なお話でも、理解しやすくかみ砕いて書いてくださるので、とてもありがたいです。
「ただぼんやりした不安」というのは、芥川龍之介自身もよく説明できない、漠然とした心持ちだと思っており、そのような理由があったとは知りませんでした。
漱石の「個人主義」にしても、この言葉のイメージからすれば、現代にしてもあまりよいものではないと思うので、この時代だと「かなりセンシティブ」なことだったろうと、想像がつきます。
「国に逆らって好き勝手やるというような意味じゃないんだ、ということを何度もくどくどと説明している」のは、間違って理解されたくないという気持ちがあったのでしょうか。
作家(小説家)はその作品の中で、必ずしも自分の思想、考え方をありのままに表現するわけではないとは思いますが、わざとぼかしたりわかりにくくすることで、どこまで伝えられるかということに心を砕いていたのかもしれませんね。
作品は、その時代背景をきちんと理解した上で読み解くことが重要なのはわかりますが、農園主さんのように、ここまで深く理解してもらえたら、書いた作家も本望だと思います。
農園主さんの書いてくださったことをちゃんと理解したく、繰り返し読ませていただきましたが、見当違いのことを書いていましたら、ごめんなさい。
「岸壁の母」のお話も、グーグルマップまで張っていただき、ありがとうございます。
余談ですが、今まで「貼る」で統一していましたが、この度ちゃんと調べたら、コピーペーストは「貼る」だけれど、リンクの場合は「張る」が正しいと知りました(^_^;)
私も、てっきり東尋坊のイメージでいましたが、舞鶴はそういう場所なんですね。
調べたら、歌詞にはモデルがあって、その女性の取材をした上で歌詞を書いたようですが、実際に舞鶴に行ったという話は見つかりませんでしたので、イメージで作詞したのでしょうね。
不謹慎ですが「怒涛砕くる岸壁に立つ~」というと、サスペンスドラマのシーンを思い起こしてしまいます。
仰るとおり、山際の高台から見ていた、というのが、実際のところだと、私も思います。
「竜宮浜」という場所があるんですね。
ちょっと気になりました(笑)
いつも、私の話からいろいろと話題を広げて教えてくださり、ありがとうございます。
タワラマゼランという品名、おもしろいですね。
皮の色が変わっています。
うまく育ちますように(o_ _)o))
2024年3月26日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
よく大正デモクラシーといいますが、あれは民権運動が自然に高まったんじゃなくて、社会がどんどん統制的になり、イデオロギッシュになる中で、反動として起こったんですよね。
だから実際には大正デモクラシーという民権運動は、全体主義や軍国主義の暗い影が日本社会を覆っていく中での、ごく一時的な反発だったといえるでしょう。
たぶん以前にもお話ししたことがあるとはおもうんですが、前回にお話しした漱石と芥川龍之介の話を、この点にからめてもう少しお話しします。
夏目漱石は大正5年に49歳で亡くなるのですが、かれが亡くなる2年前の学習院大学での講演の写しとりが、『私の個人主義』というタイトルで出版されています。
大正2年のことで、この時代にはすでに「個人主義」という言葉はかなりセンシティブなものだったようです。
実際漱石は、じぶんの言う個人主義とは、国に逆らって好き勝手やるというような意味じゃないんだ、ということを何度もくどくどと説明しています。
そしてこの作品の中で、社会にすでに、極右的なものが台頭していることを匂わせています。
漱石が朝日新聞の文芸欄を担当していたときに、三宅雪嶺という右翼をほんの数行だけ批判したことがあったのですが、そのときに三宅ではなく、三宅の子分とでもいうべき、いわゆる「日本及び日本人」を自称するような連中が、漱石の文章を取り消せと、息巻いてきたのだそうな。
向こうは烏合の衆で、こちらは個人。漱石もずいぶん困ったというのです。
ちなみに漱石のいう個人主義というのは、ぼくには筋が通っているようにおもえます。
たとえば漱石は、個人の自由は国家の安危にしたがって、寒暖計のようにその範囲が広がったり狭まったりするといいました。
つまり自然の状態がそうなってくるのです。国家があやうくなれば個人の自由が狭められ、国家が泰平のときには個人の自由が膨脹してくる、それが当然の話です。いやしくも人格のある以上、それを踏み違えて、国家の亡びるか亡びないかという場合に、かんちがいをしてただむやみに個性の発展ばかりめがけている人はないはずです。
漱石のいう個人主義は、現代のSNSなどで悪目立ちしている左翼たちの、じぶんたちに都合よく、際限なく拡大解釈されていく個人主義運動とはずいぶんちがっています。
しかしそんな漱石のまっとうな思想でさえ、時代が進むにつれて言えない空気になっていきます。
そんな時代の圧迫感は、漱石山房(漱石を師事する知識人たちのサロン)の一員で、漱石より25歳年下の芥川龍之介はとても強く感じていたようです。
かれは自殺する前に、『或る阿呆の一生』という自伝的な作品を書いています。漱石の講演から13年後の、昭和2年です。
そこではかれはじぶんの死ぬ理由である「ただぼんやりとした不安」を詳しく分析して書いたというのですが、じぶんの人生に暗い影響を与えた、江戸時代の封建主義のことだけは書かなかったといいます。
なぜかというと、芥川の生きている時代も、多少は封建時代の影の中にあるからだというのです。
この封建主義というのは、芥川がわざとわかりにくく言ってるんです。
芥川のいう封建主義とは、さっき漱石が言った「三宅雪嶺の子分」みたいな人間が、芥川龍之介の作品を監視し、いつでも弾圧しようとしているということです。
江戸時代に強いものが弱いものをいじめた封建主義は、明治に入ってなくなったはずなのに、芥川の時代にはべつのカタチでずいぶん色濃いものになっていた。
国粋主義や軍国主義が、市民をいじめるようになったわけです。
社会には思想警察がうようよしていて、わかりやすいカタチで時代批判などしようものなら、「日本及び日本人」を自称するような思想警察たちがすっ飛んできて、すぐに弾圧されてしまいます。
だから芥川は、ぼかして書くしかなかったのです。
もし正直に「じぶんの死因はこの息苦しい社会のせいである」なんて書いてしまったら、かれの家族や友人にまで類が及ぶかもしれません。
封建主義というわかりづらい言葉を選んだのは、わかりやすく書いてしまうと社会からなにを言われるかわからないから、巧妙に言葉を置き換えて、読者(思想警察)がうまく理解できないようにごまかしてるんですよね。
そしてじぶんの死ぬ理由も「ただぼんやりとした不安」と、ぼかしました。
明治・大正・昭和にかけて加速度的に、正直にものが言えなくなっていく空気が、伝わるかとおもいます。
ずいぶん長くなってしまいました。
「岸壁の母」、聞かせていただきました。
戦地から帰ってくる息子を待ち続けるという、あの戦後すぐの時代を実際に体験した人にとってはほんとうに琴線に触れる曲だったことでしょう。
前に板東英二を不思議だと言いましたが、現代に二葉百合子さんが見事な歌声で歌いつないでおられるのも不思議な気がします。
ところで、せっかくの歌にちょっと水を差すようなことをいいますが、舞鶴港は湾になっていて、海岸に沿うように100~200mほどのなだらかな山がぼこぼこそびえているような地形なんです。
曲の最後に「怒涛砕くる岸壁に立つ母の姿を」とありますが、湾ですから、ふだんの波は穏やかです。
岸壁というと福井県の東尋坊のような岩場を想像しますが、実際には穏やかな舞鶴の湾に入ってくる引き揚げ船を、山際の高台から見ていたということではないかとおもいます。
以下のグーグルマップをみてもらうと、イメージしてもらいやすいかもしれません。
https://www.google.com/maps/@35.5095479,...
それでももちろん、帰らぬ子を待つ親の狂おしい心情をあらわすには、巌のような岸壁と荒れ狂う波濤が似合うとおもいます。
2024年3月24日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
そういう経緯があったのですね。
大正時代は、大正浪漫と言う、ハイカラでモダンで、一見自由な文化の反面、思想は自由に表現することができなかったのですね。
社歌は、曲調も独特ですが、メロディーにムリムリ歌詞をはめ込んでいる部分がとても気になります(笑)
イデオロギッシュでギラギラした、という表現は、その通りだと思いました。
板東英二は満州で生まれたんですね。
徳島弁で話すタレントさんというイメージが強く、野球選手ということは忘れがちでした。
他にも芸能人や著名人でけっこういたように思うので、ウィキペディアで「引揚者一覧」という項目を見たら、満洲以外からの引揚者も大勢いるのですが、こういう項目があることも初めて知り、なんだか不思議でした。
舞鶴の引き揚げも「岸壁の母」で歌われていますが、戦争についての歌詞が削除されたり、書き換えられる中で(唱歌や童謡が殆どだとは思いますが)、いまだに歌われているのも貴重なことだと思います。
二葉百合子のファンというわけではないのですが、去年末、テレビに出演して歌ったようで、92才というのに、あの声量と声の艶に唖然としました。
やはりもとが浪曲師というのは、一般的な歌手とは違い、まさに脅威の歌唱力です。もちろん若いころに比べたら、衰えは見られますが。
池袋西武百貨店に「狗不理」という、点心と中国料理のお店がありました。
「狗不理」の本店は、中国天津の静園のあたりなのですが、愛新覚羅溥儀ゆかりの地ということでなのか、西武百貨店の店内に「溥儀」(溥傑のほうだったかも?)の名前の入った書額がありました。
4~6文字くらいの漢字が書いてあったのですが、なんて書いてあったのか記憶にありません。
契約終了で閉店してしまったので、確かめることもできませんが、はたしてあれは直筆だったのか、コピーなのか、それはちょっと気になります(笑)
2024年3月23日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
満鉄社歌、確認されている日本最初の社歌なんですね。
イデオロギッシュでギラギラした歌だとおもいましたし、北朝鮮のような曲というのも、あの国威をむやみに掲揚する感じがたしかに似ているとおもいました。
しかしこの作詞をした山口慎一は、満鉄社歌が採用された4年後には左翼として検挙されて、満州から日本にいったん帰国したとあります。
大正当時の社会はすでに思想警察のはびこるきな臭い匂いで充満していたのでしょう。
そんな中で、文学でいえば芥川龍之介は漱石から受け継いだじぶんの自由主義的な思想を「上手に隠す」ようになりますし、谷崎潤一郎は対米戦争の足音を聞きながら、西洋文化のまばゆい明るさに背を向けるように『陰翳礼賛』を著したんですね。
愛新覚羅という苗字は、戦後すぐの日本でさぞかし生きづらかったことだろうとおもいます。
そういえば、タレントの板東英二は満州生まれですね。
満州で生まれて、日本への引き揚げの際に置き去りにされそうになったのを、間一髪で連れ帰ってもらったそうで、そこからはご存知とおもいますが、高校野球で大活躍し、プロ野球選手、タレントと、表舞台で活躍するようになりました。
ひとりの人間が、満州という歴史上の亡国に取り残されかけたところから華やかな戦後日本の寵児へと、シームレスにつながっているというのはどうも不思議な気分です。
おなじように、愛新覚羅という苗字をつないで生きている人が日本にいるというのも、やはり不思議です。
2024年3月22日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
当時の満州では、日本と同じように、流行歌や子どもの童謡などが流行ったようですが、中でもおもしろいのが、満鉄(南満州鉄道)の社歌です。
日本人の作詞作曲ですが、聴いてみると、どうも北朝鮮の歌のような雰囲気を感じてしまいます。
大正6~7年あたりにあのような曲調の歌は珍しいと思うのですが、満州の位置を考えると、北朝鮮あたりの影響を受けていてもおかしくないのかなと。
社歌というジャンルなので、重みを感じるものにしたのかもしれませんが、満州のようなところにずっといると、音楽でも小説でも、日本にいる時に作るものとは違ってくるのかなと思いました。
満州と言えば、東京都品川区に「愛新覚羅」という姓の、女医さんの眼科クリニックがあります。
まだ若い人ですが、以前テレビで放映したのを見ました。
溥儀の親戚の人かとよく言われるそうですが、直系ではなく、徳川家みたいに枝分かれしているようですね。
話がさらに逸れてしまいますが、私の親より少し前の世代の人で、満州から引き揚げてきた人は、ずいぶんいました。
子どもの頃、満州で中国人の女中さんにおんぶされて育った話や、集団でチフスにかかったけれど生き延びた話とか、本当に小説の中のような話を聞いたこともありました。
今回、満州の音楽の事をちょっとだけ調べてみたのですが、満州なんとか、という流行歌が数多いのは知っていましたが、童謡「ペチカ」「待ちぼうけ」が、満州から逆輸入されて日本に入ってきたのは、初めて知りました(今までも調べていたはずなのになぜ覚えていなかったのか????)
北原白秋と山田耕作が、実際に満州に行って作り、「満州唱歌」に入っていたそうです。
特に「待ちぼうけ」のあの荒れ野の描写は、やっぱり日本の風景ではなかったことで、なんとなくスッキリしました(笑)
2024年3月21日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
カントリーロードの歌詞に出てくる車は、大昔の武骨なマニュアル車をおもわせますね。
500マイルにせよカントリーロードにせよ、郷愁をおもわせる日本の曲って少ないです。
国土が狭くて交通網がそれなりにしっかりしてるからだとおもいますが、それ以上に、戦後の日本には西洋のような開拓の歴史がないので、安住の地から危険な未開拓の土地へ、という物語がないんですよね。
以前、海外の民族音楽を日本人がそれっぽく歌っても、文化的に根を張っていなければうまくいかない、という話をしましたが、あれに似ているとおもいます。
ヘンな話ですが、もし満州国というものが戦後も続いていて、日本人が日本から満州へ出稼ぎに、ということがあったら、500マイルやカントリーロードのような歌が日本の自前でできていたかもしれないな、とおもいました。
駒込の妙義神社は武勇の神社ですよね。
古い販売機だから故障しているということでしたが、いつごろからそういうおみくじのスタイルだったんでしょうね。
あまり大阪やうちのあたりの神社ではみかけません……いや、そういえば宝塚大劇場の近くにある清荒神という神仏習合の寺社では、境内から出た門前町の入り口に、そんな自販機があったようにおもえます。
それでもおみくじはたしか、100円か、あるいは200円で、10円ということはありませんでした(笑)
いずれにせよ、大吉のおみくじでよいお参りになったようでなによりです。
うちのあたりも天気が大きく崩れて、春の手前で一気に寒の戻りです。
けさは畑がうっすら白くなっていましたし、日中も粉雪がちらついていました。
寒暖差がすごいうえに花粉もシーズンですので、体調にはどうぞお気を付けくださいね。
2024年3月20日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
一輪車を押しながらの1万歩は、相当お疲れだったことと思います。
原木500キログラムというのは、想像もつかない量です。
500マイルは鉄道なんですね。
「耳をすませば」の中で、「カントリーロード」を日本語詞で歌っていましたが、もとはジョン・デンバーの歌でしたね。
あの曲も、ず~~っと延々と続く道のイメージですが、「カントリーロード」では、鉄道ではなく車のようです。
これも、おっしゃるように、蜘蛛の巣的な道だとイメージできない曲ですよね。
この曲は本名陽子のイメージが強く、それこそ中山千夏、倍賞千恵子のような、澄んだ歌い方がマッチしているように思います。
コンサートの次の日、朝起きてからふっと「今月の辰の日はいつだっけ?」と思い、調べたらその日でした。
以前詳しく教えていただいた駒込の妙義神社で辰の日限定のお守りが出るので、せっかく行くなら辰の日にと思い、行ってきました。
数十年ぶりでしたが、すっかりきれいになっていました。
限定のお守りは、黒い木の勝守でした。
その前に駒込の大黒神社にお参りしてきましたが、自動販売機のおみくじを引きました。
今時びっくりの10円です。
妙義神社にもそっくりの形の自動販売機おみくじがありましたが、こちらは100円でした。
この差はなんなんでしょうね(笑)
100円入れてもおみくじが出ません。
軽くゆすってみましたが、出ません。
授与所に言って話したら「あ~古いので」と言いながら、若い男性の神職さん?が、100円玉を下さって、これで引いてくださいと。
お礼を言ってもう一度試しましたが、、、、。
出ません・・・。
ちょっと笑いながら「やっぱり出ませんでした」と言ったら、おみくじが20体くらいのっている三宝を出して、「ここからひいてください」と。
お礼を言ってひかせていただきました。
今年は殆ど末吉なのですが、大吉でした。
末吉だろうが中吉だろうが、書いてある内容と比例していないので、落ち込むこともないのですが、やっぱり大吉はうれしいです。
自動販売機では凶が出る予定だったので、大吉をひかせるために、神様が販売機を故障させたのかもしれません←こういうところだけポジティブ(笑)
帰りがけ、授与所にウーバーイーツが届きました。
神社にウーバーイーツ・・・。
ちょっとした異文化のように感じ、こっそり笑ってしまいました。
なんだかすごいお天気です、今日は。
晴れてたと思ったら、いきなり曇り、また晴れたら雨、強風、そして雷。
雹が降ったところもあったようです。
寒さも戻るようで、桜はまだ先かもしれません。
2024年3月19日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
きょうもひどい忙しさで、朝からジャガイモの植え付けと春菊の種まきをすませて、午後はしいたけの原木の運搬に追われました。
原木500
伊勢佐木町ブルースのあのフレーズは、集団でやるものではないとおもいます(笑)
集団で本気でやればオットセイの鳴き声のようになるでしょうし、照れるとそれこそターザンのようになってしまうことでしょう。
清志郎の500マイル、いいですよね。
kmに直すと、500マイルはおよそ800kmになります。
大阪から下道で宮城県まで行ったとき、だいたい片道でそれくらいの距離でした。
でも日本のように蜘蛛の巣な交通網のあるところだとあの原曲はイメージしづらいとおもいます。
あれはむかしのアメリカあるいはイギリスのような土地における、延々と田舎道を走り続ける鉄道の800kmであり、「歩いて戻ってこられる距離ではない」「まして文無しは帰ることができない」というようなニュアンスが含まれているのでしょう。
それを清志郎は、日本的な郷愁を感じさせる歌詞に変えて、元歌のニュアンスは崩さないように、ものすごくうまいアレンジをしているんですよね。
ゴンドラの唄もいいですね。映画『生きる』をみてしまうと、聞くと涙腺がゆるむかもしれません(笑)
2024年3月18日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
後回しどころか、お疲れのところ、お返事をありがとうございます。
曲目リスト、削除します。ありがとうございます。
「伊勢佐木町ブルース」は、お客さまに「ため息」と「デュデュビ~~」のところをお願いしました。
「切ないため息」を要求したのですが、ターザンのような「あぁ~」になってました(笑)
従って、私はその「セクシーさ」は演出していません・・・。
あれは歌よりも難しいですよね。
ありがとうございます。
すでに次の曲目選びに熱中しています(笑)
農園主さんの今までの記事では、ずいぶんヒントをいただいています。
確か「500マイルも離れて」の日本語(忌野清志郎?)の記事もあったかと思いますが、日本語詞のものと、「ゴンドラの唄」も、レパートリーに入れたいと考えています。
では、ゆっくり寝てお疲れを癒してくださいね(^^♪
ここは検索エンジンからの集客を消しているので、ほとんど見ている人はいないとおもうんですが、ぜひ万全をとってください。
ちょっときょうはバタバタしすぎて、うまく返信できそうにありません。
いろいろ後回しにして申し訳ないです。
シャンソンや歌謡ブルースの名曲の数々、いい選曲ですね。
伊勢佐木町ブルースのあの冒頭は、むずかしくないですか?
当時の商業的に乗せられるギリギリのセクシーさを、あの冒頭のインパクトで伝えている曲だとおもうんですが、どうコントロールして伝えるか、そのときの舞台の空気も含めて、演じ方のむずかしい曲だとおもいます。
曲目をみていると、ぼくが観客席にいても大いに盛り上がれそうですし、ギズモさんの観客を楽しませようというおもいが伝わりました。
ピアノの不調は、冷や汗ものだったことでしょう。
たいへんだったこととおもいますが、次につながるよいお疲れでありますように。
2024年3月17日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
実績をつけないとあとがないのがなんともつらいところです。
今日はさすがに起きるのがつらいくらい疲れました。
その施設の近くに稲荷神社があります。
仕事の時はたまにお参りするのですが、コンサートの前日に行き、「ちゃんと声が出てちゃんと歌え、来てくださった方に喜んでいただけますように」とお願いしてきました。
あわれに思い、お願いを聞いてくださったのかもしれず、当日、終わってからお礼を言いに行きました。
気の持ちようでしょうが、護ってくれたのかも、と取ることにします(笑)
ただ、そこは電子ピアノなんですが、ずっとペダルの調子が悪く、案の定、サスティンペダル(ダンパーペダル)が不調で、コンサート中に電源の入れ直しをする事態になりました。
私の場合、コンサート、といういかにもきちんとしたものではなく、かなり
曲目は、、、ごめんなさい、忙しいのにたいして興味ないですよね(笑)
テーマは「世界の音楽」でした。
コーヒールンバは、2番で「お酒ルンバ、薬ルンバ」という替え歌を入れました。
古賀正男の弟子の、アントニオ古賀が歌ったものです。
そう言えば、知人の女性が、昨日から目がかゆくてかゆくて、開けていられない、と言っていました。
市販の目薬では全然効かないそうです。
ヒノキの花粉でもつらいですよね。
花粉ではないですが、ヒノキで作った桶やまな板などを売っているところがあるんですが、あの木の匂いで頭痛がします(笑)
今日もお疲れさまでした(o_ _)o))
いよいよ本格的に忙しくなりますね。
疲れをためないよう、気をつけてください。
雑談でもうれしいですが、それもご無理のないようにしてくださいね。
コンサート、よい結果が得られたようでなによりでした。
コロナ騒動も落ち着いて、またみんなにぎやかに集まろうとしているようですね。
きょうは花粉で目がかゆくなりましたが、いまのシーズンに症状が出るということは、ぼくはスギではなくヒノキの花粉症なのかもしれません。
きょうは昼から雨が降るということだったので、朝から急いで畑の乾いたところを耕して、葉物野菜の種まきをしました。
昼過ぎに作業が終わって、ヘロヘロの状態で次は原木しいたけ作業に。
で、降る予定だった雨が降らなさそうなので、あしたはジャガイモの植え付けと、もうすこし葉物野菜の種をまいてから、午後にしいたけ作業をする予定です。
もしこれから雨が降らない場合、作業が一気に立て込んでくるので、スピリチュアルと伝統宗教の話はだいぶ先になるかもしれません(笑)
その際は、雑談のやりとりでよろしくお願いします。
2024年3月16日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
ありがとうございます。
おかげさまで、なぜかセッティングはサクサク進み、声はちゃんと出て、予想外の大盛況でした。
みなさんに喜んでいただけて、本当にホッとしました。
ワンチャンス、その通りですね。
今日は初めてのところでしたので、失敗したら今後はありませんでした。
お天気もよく20度ほどあり、暑いくらいで、素敵な花粉日和でした(笑)
無理せず、身体に気をつけてくださいね。
ありがとうございます。
ワンチャンスのコンサートですから結果のよしあしはうかがいませんが、きっとどのような結果であれ、コンサートを終えてギズモさんの心の中に前向きなおもいがあることを祈っています。
ぼくはきょうは突然ご近所さんに巻き込まれるかっこうで、しいたけの原木栽培づくりで一日が終わりました。
原木50本以上の作業になりそうで、突然いろいろと仕事が入ってきたので、あしたから天気がもっている間、うちの野菜の種まきも含めて、しばらくバタバタになりそうです。
返信は数日後にまとめて、ということになるとおもいます。
お気になさらず、ゆっくりで<(_ _)>
本日は、ひっさびさのコンサートなのですが、声の調子も万全ではなく、どうなることか(笑)
しかも先方の施設にはろくに機材もないので、普通はマイクだけで済むものが、マイクスタンドや小さいアンプ持参で、セッティングを思うだけで気が遠くなりますが、行ってきます(*^^)v
スピリチュアルと伝統宗教について書いています。
2024年3月14日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
大々的に並ぶので、それなりに売れているようですね。
他に暦を出版しているところが少なく、ほとんど目につかないので、よけい売れるのかもしれません。
年始に寺社でご祈祷をしていただくと、神饌の他に、ぺらっぺらのうす~い暦をいただけます(販売もしていたように思います)。
編纂しているところが寺社で違うせいか、暦の解釈も多少違ったりします。
九星は生まれた年で9種類、十二支も生まれた年ですが12種類、西洋占星術だと年は関係なく12種類(最近13種類とする説もありますが)。
それぞれ興味はとてもありますが、同じ年生まれの人、または同じ星座の人が、同じような性格であったり、同じような人生を歩むとか、それはちょっとないのではないか、と思います。
例えば、2024年の山羊座生まれの赤ちゃん全てが、似たような性格で似たような生き方をする確率はどのくらいなんでしょうね。
確かに統計学として似通った傾向はあるのでしょうが、「信じる信じないはあなた次第」の世界かもしれません。
昔、高校の同級生の男子が、偶然にも同じ誕生日でした。
まじめなのはいいのですが、どうも好きになれないタイプでした←たぶん向こうもそう思っていたはずです(;一_一)
四柱推命や奇門遁甲は、生まれた場所や時間も必要とするので、より詳しくなるのは当然ですよね。
占いの話になってしまいましたが、こういうものは、心のよりどころ程度に思っておくのがいいんでしょうね。
お天気は本当に悩まされますね。
4月以降に急に忙しくなると、どうしても無理をしがちだと思いますが、今のうちにしっかりと体力を温存し、備えてください。
♪つくしの子が恥ずかしげに顔をだ~します♪という歌を思い出しました(笑)
ふきのとうはスーパーでも並びますが、つくしが売っているのは見たことがないような気がします。
2024年3月13日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
高島易断、初めて聞きました。
なんとなくああいう本はむかしみかけたような気もします。
高島易断ではありませんが、うちでは母がたまに年始に九星気学の本を買っていたのはおぼえています。
ぼくはカレンダーの六曜と九星気学以外に親しみがありませんでしたが、家庭でどんなカレンダーをつかっていたか、市販の手帳(マメ知識のついたもの)をつけるクセがあるか、暦に興味があったかといったところで、守り本尊などの知識のあるなしが決まるのかもしれませんね。
農閑期はもう終わりで、いつでもスタートしたいんですが、なにせ天気がわるくて動けません。
仕方ないのでこまごました作業をしているんですが、結局3月にしておきたい畑仕事が後回しになるだけなので、4月以降すごい忙しさになりそうで、いまから戦慄しています。
うちのあたりはいまちょうど梅の花がよく咲いていて、桜はそちらより1~2週間ほど遅れるとおもうんですが、やはり入学式にはもう散り気味なのではないかとおもいます。
でもことしは暖冬といいながら、晩冬が非常に寒くて、しかも雨が多いため、うちのあたりでは梅も桜も咲きどきを戸惑っているようにおもえます。
タブレット、8インチのNEC製、いいものを買われたんですね。
持ち運びにはやはり8インチくらいがいいとおもいます。
つかい方にもよるとおもうんですが、日常的な使用であれば、高い性能よりも取り回しのよさと頑丈さが重要なんですよね。
画面スクロールで酔うのは気の毒ですが、タブレットを利用してうまく生活に活用なさっているのはすごいことだとおもいます。
2024年3月11日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
今度行く機会があれば見てきたいと思います。
「鎌倉文士に浦和画家」というのも初耳でした。
浦和がそんな街だったことも知りませんでした。
最近の浦和は、ずいぶん近代的でおしゃれな街になりましたが、以前は浦和大根で有名な田舎でした。
干支の守り本尊ですが、高島易断の毎年の暦は、宗教に関係なくどこの家にもあったように思います。
引越しや婚礼などの吉日や黒日、大安とか仏滅をみるために、置いてあったのかもしれませんね。
巻末に、干支ごとの守り本尊のページがあるので(ペラペラの安い暦にはなかったかも)、親から聞いたか、自分で見たか、ということではないかと思います。
私もそれで知っていました。
そろそろ農閑期も終わりでしょうか?
タネもいろいろな種類があって、ネーミングも工夫がありますね。
ずらっと並ぶタネの袋、壮観です。
こちらでは、来週月曜日が桜の開花予想となっていますが、入学式の頃には影も形もない、ということになりそうです。
数日前、突然タブレット(NECの10,1インチのアンドロイド)の充電ができなくなりました。
ちょうど3年経つので、バッテリーの交換時期にきているのですが、バッテリーの問題ではないことも視野に入れないといけなくて、預ける時は、最初に1万円のなんとか金?を取られるそうです。
それは戻ってこないのと、もしバッテリー交換だったら、さらにバッテリー料金を取られます。
1ヶ月預けてそれでは損が大きいので、いろいろ考えて、新しく買うことにしました。
昔、オーディオでけっこう知名度があった、aiwaのものがあり、どうせまた3年ほどで買い替えるなら安い方がいいと思い買ったのですが、早速その日、充電はできない、電源ボタンが作動しないという不具合が起き、翌日持って行って返品しました。
交換しますと言われましたが、また不具合が起きたらという不信感もあり、結局またNECにしました。
NECといっても、今は中身はレノボなのですが、レノボより安かったです。
他の海外製品で多少安いのもあったのですが、メモリが3GB、ストレージが32GBだったりと、ほんの数千円のところでケチって後悔しそうで・・。
そして、ジャジャ~~ン!!(笑)
今回は、じっくり考えて、8インチにしました。
ご存じのとおり、携帯がガラホなので、外の買い物でアプリを使えないんです。
使う時は、10,1インチのアンドロイドを持っていっていたので、やっぱり相当不便でした。
レジでタブレットを出すと、一瞬びっくりされますし(笑)
昨日買ってきて、アプリを入れまくりました(笑)
これで、コンビニでもスーパーでも、いくらかでもポイントがたまりますし、クーポンも使えます。
ようやく、人並みな??生活手段を得ることができて、明日使うのが楽しみです(*^^)v
ガラホと8インチタブレットの両方を持って行くなら、スマホにした方が早いに決まっていますが、やはり画面のスクロールで酔います(*_*)
2024年3月10日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

ことし栽培するタネです。
毎年タネは楽天スーパーセールの間に買いだめします。
オクラはことしは複数の種類を育てるつもりです。
白オクラのヘルシエははじめてチャレンジします。
いわゆる機能性成分を多く含むおいしい品種ということなんですが、一般的に多肥を好むオクラの中で、こちらは肥料を抑え気味につくったほうがよいという、栽培方法のクセがあるようなので、そのあたりを見極めようとおもいます。
去年は大奥だけを育てました。
一般品種なら硬くなってしまう大きさでもやわらかく食べられるという品種で、初期からバテることなく、旺盛かつコンスタントに収穫できる強みがありましたが、終盤息切れする傾向を感じました。
10月ごろから収量が減り、11月にはもう仕舞い支度といった感じです。
そこでこれまで長く作ってきたピークファイブも一緒に育てることにしました。
この品種は栽培期間中の収量に波があるのですが、11月中旬くらいまで育ちます。
たぶん、この混合栽培が直売所にはよいのではないか、という実験です。
葉物は、この写真以外にもカブと春菊とベカナがありますが、ことしの春は新作をふたつ投入します。
沖縄で栽培されているカラシナの一品種である「シマナ」。
あと、台湾小白菜を育てます。これはクセになるほのかな苦みがあるということなんですが、見た目がベカナそっくりなのが気になるところです。
ズッキーニはブラックボー。これは草勢が強く、収量も多く、病気に強く、緑色が深いため市場性が高い、個人的に春作のズッキーニはこの品種がいちばんよいとおもっています。
秋作のズッキーニにはKZ-2という品種です。
カブでお世話になっている種苗会社ヴィルモランみかどのズッキーニで、つるありインゲンのビックリジャンボもそうなんですが、生産者側のかゆいところに手が届くつくりやすさと、食味が両立したよい種苗会社です。
シャオパオはミニチンゲンサイなんですが、小さいものをたくさん詰めて売ると、直売所ではよく売れるんですよね。
それに大きくなって、花芽がつきかかったものでも商品になるのが強みです。
市場のチンゲンサイとは見た目がちがっていて、密植に耐えて、作り手としてもメリットがあるので、うちはチンゲンサイはこの品種で決まりです。
赤ちりめんしそは、うちの利用しにくい農地にまいて雑草同然に育てます。
うまく収穫出来たら塩漬けにして、柴漬けや梅干しのシソとして利用したいとおもっています。
シソは日当たりのわるいところでもよく育つし、鹿の被害も比較的少ないようです。
そこで、山際の竹林そばの日当たりのわるい、水はけのわるいところにまいて、あとはこぼれ種から毎年自生させて収穫する魂胆でいます。
なにせシソは、一度育ててこぼれ種が落ちると、翌年からはなにもしなくてもほかの雑草を鎮圧して、優先的に育ってくれるので重宝します。
キュウリのなるなるZUTTOは、なるなるシリーズの最新作のようですが、うちは夏場の水やりがカンタンではなく、販売用はそこそこに、おそらく自家用としてキムチや漬物に回る予定です。
いちばん右に見切れてるのは「くりまさる南瓜」といって、去年ご近所さんに苗を差し上げたら、ものすごく甘くておいしいカボチャがとれたと喜んでもらいました。
ちなみにうちは去年の酷暑で全滅したんですけどね(笑)
#野菜
2024年3月9日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
鎌倉に南天を植えているご家庭が多いのを実際に調べたというのはすごいです。
鎌倉夫人という言葉をみたのはたぶん初めてだとおもうんですが、その名前の文学作品があるようですね。
柴又帝釈天の大客殿に、樹齢1500年の南天の床柱があるそうですが、一般的な樹齢1000年越えの巨木と比べると、幹の直径が30cmとかなり小ぶりです。
そう考えると庭木として世代を超えて何百年でも長く楽しめるわけですが、鎌倉の家々の南天がいつごろに植わったものなのか、気になるところです。
ぼくが知っているのは「鎌倉文士に浦和画家」という言葉ですが、鎌倉夫人にせよ鎌倉文士にせよ、いずれにしてもハイソな場所ですね。
神仏が守ってくれるという話なんですが、現代のような文明がなかったむかしの人は、守り本尊にじぶんの運命をあずけて……たとえば小さな木彫りの仏像であったり、あるいは石になにか刻んだようなものを懐に入れて、そういったものをじぶんの守り神として拝みながら暮らしていたのだろうとおもいます。
しかしギズモさんの高校時代のご友人は、どういうきっかけでその若さで守り本尊のことを知ったんでしょうね。
ぼくのように中年になるまでまったく知ることなく生きてきた人間としては、守り本尊を知っているかどうかの、世代別アンケート調査があったらみてみたいものです(笑)
2024年3月8日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
高校三年生の時つきあっていたBFが、受験の時に身につけていくようにと、十二支の守り本尊のネックレスをくれました。
はっきり覚えていませんが、偽物のヒスイみたいな仏像がついたネックレスでした。
そんなもの(仏様、ごめんなさい)つけて受験に行く女子はいませんよね。
でも、私は素直なので、つけていきました。
・・・落ちました(笑)
その仏様に恨みはありません。
今思えば、高3男子がそんなものをくれた不可解さ・・・。
宗教には関係ない一家だとは思うのですが、なんだったんでしょう(^_^;)
それが原因ではありませんが、その後、別れました(笑)
私は、ほぼすべての神仏が、それなりに守ってくれていると思うことにしています。
よく仏様のヒエラルキーのような図を見ますが、私も上座、下座は無いように思います。
役目が違うということはあるかもしれませんが、何かに特化している(恋愛にご利益があるとか、勝負にご利益があるとか)というのも、あとから人間が決めたことかもしれません。
男子の聖闘士星矢、女子のセーラームーン、ですね。
子どもは、時代に関係なく、アニメやコミックには影響されてしまいますよね。
本当に、関係のないことで巻き込まれるのは、迷惑以上に迷惑だったと思います。
南天というと、南天のど飴です(笑)
あれは、効きます。
化学薬品ではないので安心ですし、やっぱり昔から伝わる漢方の効能は、案外ばかにできません。
あと、南天は「難を転じる」ので魔除けと言いますね。
少し前に、たぶんネットの記事だと思うんですが、「鎌倉の住宅はみな庭に南天を植えている」というのを読みました。
鎌倉は時々行くので、そのあと、実踏に行って見ました(笑)
本当でした。
鎌倉はお屋敷町というか、「鎌倉夫人」という言葉があるように、お庭がある立派なお宅ばかりです。
通り道を見ただけなので、どのくらいの割合で南天の木があるかまで調べませんでしたが、かなりの家に南天がありました。
鎌倉時代に渡来したそうですが、東京の一軒家や他の県ではあまり見かけたことがないので、おもしろい現象です。
2024年3月7日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
むかしぼくが子供のころ、聖闘士星矢というアニメがあって、あれに十二星座の敵キャラがいたんです。
中でもかに座のデスマスクというのがほんとうにゲスな敵キャラだったそうな。(ぼくは聖闘士星矢はコミックもアニメもみていません)
で、ぼくがかに座だと知るや、同級生が寄ってたかってバカにしてきたのです。
こっちとしては、完全に巻き込まれたかっこうで、ものすごく迷惑でした。
それで、守り本尊に対しても地味だと言ってしまいましたが、なんとなくあの聖闘士星矢の一件がフラッシュバックするんですよね。
「知らない間に巻き込まれてる」という不快感があって、勢至菩薩に対しても、「なんで勝手に選ばれてるんだろう」とひがむ体質ができてしまった次第です(笑)
寒山拾得の考え方でいえば、仏さんの立場であっても上座と下座をもうけるような考え方には意味がないということですし、守り本尊というようなことも、心のお守りくらいに考えるのがいいのだろうとおもっています。
バラクーダの「日本全国酒飲み音頭」はバカバカしくて好きな曲ですが、あれは祭りの本質をついているような気がします。
みんなで酒でも飲みながら祭りをしましょうよ、というとアルコールハラスメントといわれる時代になって、日本の祭りはどんどん縮小傾向になっています。
酒が飲めない人はそもそも祭りにおもしろみを感じませんし、酒飲みもなんのご褒美もなく、実務だけの祭りをしろといわれたら、やる気がなくなります。
みんなそんな調子で、酒の一杯も出ない冠婚葬祭に魅力を感じなくなっているのだろうな、と。
その点、バレンタインやクリスマスなどの西洋のイベントは、実質的には買い物や商業的消費を楽しむイベントなので、現代で受け入れられる理由も(納得がいくかどうかは別として)わかります。
そういえば、柊はうちの裏山でもぼちぼち自生してます。
鹿山になってしまったところは、鹿があまり食べない木ばかりになっていくのだそうで、その中に柊も含まれます。
毎年節分に柊をもらってこようとおもうのですが、ちょうど雪が積もっていたり、めんどうくさかったりで、飾ったことがありません。
柊と南天を玄関先に飾っておけば、それっぽい感じになりそうなんですけどね。
2024年3月5日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
兼任(笑)もあるんですね~。
不動明王は大日如来の化身という考えもあるとすると、未・申・酉を守っているわけですね。
関東の三大師のひとつ、川崎大師の薬師殿の中には、大きな薬師如来がいます(いらっしゃる、と書くべきか・・・)。
その中に、十二支に合わせて、十二神将という像がまつられています。
これも十二支の守り本尊のようですが、天部で、奈良の新薬師寺で初めて知りました。
三國志に出てくるような、孫悟空のような、アニメのような、という雰囲気です←例えが変かもしれません。
勢至菩薩は確かに印象は薄いですが、単独で信仰される仏様ではないというのが一因だそうですね。
今回調べてみて初めて知ったことばかりでしたが、なんだかすごいパワーのある菩薩さまなんですね。
柊のセットは、毎年必ずスーパーで売られるんですが、玄関に飾ってあるのを殆ど見たことがありません。
あれだけ売っているんだからもっと見かけていいはずなんですが、どうやら私だけが売り上げに貢献しているようです(笑)
「日本全国酒飲み音頭」ではありませんが、古くから伝わる行事は毎月のようにあるのに、バレンタインやクリスマス、ハロウィンの方が有力ですね(笑)
いわしの水槽があった場所ですが、ネットで検索しても見つかりませんでした。
千葉県の九十九里の「海の駅」に(道の駅みたいなところです)、いわし資料館があり、そこにいわしの展示水槽があって、NPOからのクレームに館の関係者が困惑しているというニュースがネットにありました。
もしかすると、ショッピングモールと、このいわし資料館を勘違いしていたかもしれません。
突然思い出しましたが、美味しんぼで、あの食通の京極さんが、土佐のいわしの丸干しに大感激する話がありました。
丸干しと目刺しは違うんですよね。
急に食べたくなりました(笑)
菩薩や明王や天部には、有名なものと、あんまり有名でないものがありますよね。
ご存知かもしれませんが、生まれ年の「守り本尊」なるものがあるそうです。
以下、十二支による守り本尊の一覧です。
子年 千手観音菩薩
丑年 虚空蔵菩薩
寅年 虚空蔵菩薩
卯年 文殊菩薩
辰年 普賢菩薩
巳年 普賢菩薩
午年 勢至菩薩
未年 大日如来
申年 大日如来
酉年 不動明王
戌年 阿弥陀如来
亥年 阿弥陀如来
ぼくの場合は午年で「勢至(せいし)菩薩」が守り本尊になるのですが、最初に聞いたときは、そんな菩薩があることを知りませんでした。
勢至菩薩は阿弥陀如来の脇侍なのだそうで、おなじ脇侍に観音菩薩がいて、阿弥陀三尊というそうですが、どうも勢至菩薩の印象は薄い気がします。
おひなさまが大陸の王朝の影響を受けているというのは、もしかしたらほんとうにそういう面があったかもしれませんね。
江戸当時の人形職人は、おそらく実際の宮中をみたことはないはずですし、参考にできるものはなんでも参考にしたとおもいます。
その中には大陸の王朝の文物もあったかもしれません。
享保のころは豊かな時代で、ひな人形もバブルっぽい華美なものになっていたそうですが、ああいう演出はたしかに日本的なものではないですね。
柊イワシは、地域によってやるところとやらないところがあるそうですが、ぼくが物心ついて以来、一般家庭の玄関先で柊イワシをみたことはないかもしれません。
豆まきは子供のころにしましたし、いまでもやっているようですが、これも身近なものではなくなりました。
ことし、すこし気まぐれを起こして、煎り豆を裏山の奥のほうでまいてきました。
家のまわりにまくのはネズミを呼ぶようなものなのでやめましたが、むかしの人は、人間以外の生き物に対しても、それを福として呼び込むくらいの、牧歌的な心の余裕があったのかもしれませんね。
東京ではショッピングモールにいわしの巨大水槽があるのですか。
NPOのクレームも含めて、あまり田舎ではみられない光景のような気がしますが、飼育目的ではなく、生け簀として利用するというのだったらクレームもなかったかもしれない……いや、やっぱりクレームがついたでしょうね(笑)
2024年3月4日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
トイレの神様は、明王だったんですね。
名前は何となく知ってはいましたが、どこかに仏像がまつられているのを見たことがないような気がします。
天台宗の五大明王は金剛夜叉明王の代わりが烏枢沙摩明王だそうですので、東寺の立体曼荼羅の五大明王とは違うんですね。
調べてみたら、都内でもお札を売っているところは少なく、密教系のお寺などの5ヶ所くらいでした。
よくお参りする調布不動尊にも、三宝荒神と烏枢沙摩明王のお札が売っているのを、ネットで初めて知りました。
京都の飲食店では、神棚の他に、厨房やトイレに各種のお札がたくさんはってあって、さすが京都、と感じ入ったことがあります。
お雛様ですが、それはとても興味深い博物館ですね。
時代でずいぶん変わってきていることと思います。
享保びな、知らなかったので検索しましたが、たしかにシャンデリアのようなベッドメリーのような感じですね。
なんとなく、朝鮮や中国の王朝の影響があるような気もします。
はまぐりですが、昨日デパートでは大きい物が5個で2,000円でした。
1個ずつのばら売りをすれば買う人も増えると思うのですが、どこでも5個セットというのはなんなんでしょうね。
6人家族なら、ひとりは我慢ですね(笑)
いわしはとても健康にいいということで、一時、水煮などの缶詰の品切れが続いていました。
農園主さんのいわしのお料理、とてもいいですね。
骨まで食べられたら最高ですよね。
ウェイパーは本当においしく万能ですが、おうどんに使うことは想定外でした。
いいアイデアですね~。
節分の日、玄関のドアに、スーパーなどで売っている節分セットを買い、ヒイラギをはり付けます。
ヒイラギと、紙製の鬼のお面が入っていますが、お面は捨てるしかないです(笑)
ヒイラギの上に、イワシの頭の焼いたものを刺すのですが、この時期は目刺ししか見たことがありませんので、目刺しを焼きます。
まったく疑問に思っていませんでしたが、節分の頃は、見かけなくて当たり前なんですね。
焼いた目刺しを刺しておくと猫が来るかもしれないし、匂いもあり、近所迷惑かと思い、今年は省略しました。
もうすっかり場所を忘れましたが、水族館ではなく、ショッピングモールのような場所に去年行きました。
そこに、すごい数のいわしだけが泳いでいる、けっこう大きい水槽がありました(観賞目的の水槽です)
水槽は大きくても、いわしの数がものすごいので、いわしが密集している感じです。
その水槽の前に、「NPO(確か)から飼育環境が適切でないという事でクレームが来ているので、近々撤去するか改善するかの措置を行う」旨の張り紙がありました。
その後どうなったのかはわかりませんが、確かに水族館でゆうゆうと泳いでいるいわしとは違うので、クレームの対象になってもしかたがないのかもしれません。