山麓王国

全年全月6日の投稿26件]

2026年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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※最後に、質問を付け加えました。

こんにちは(^^♪

お返事が遅れていて、ごめんなさい。

雑用が重なったところに、恒例の新春吉方位旅に出かけ、なんだか落ち着く間がありませんでした。

とりあえず、という形になって、なんとも申し訳ないのですが、途中まで書きためていたものと、雑談です。



お守りに関してのお考え、まったく同感です。

神棚仏棚の木札・紙札は、年末から1月にかけ、受け直しますが、お守りは、1年を目途にはするものの、愛着も出るので、長年持っているものもあります。

ことに、今回農園主さんからいただいたものは、ずっとそばに置かせていただき、大事にして、長年守っていただくつもりです→図々しいかも(笑)

ここからは小声でいいますが、お札を1年で買い替えるというのは、寺社のお金儲けの一環で、毎年買い替えてもらわないと困るため、1年経つとご利益がなくなる云々と騒ぎ立てているように思います(小声終了)。

日光の東照宮・輪王寺などでは、お坊さんたちが、お守りや縁起物を買うよう、終始声高に勧めているので本当にうるさいのですが、「1年で買い替える必要はありません、ずっとお持ちいただけます」と言うので、1回売れればいいのか?と、なんだか不思議です(笑)



緊張の件では、生意気なことを、大変失礼しましたm(_ _"m)

農園主さんの「じぶんが楽しめているかどうかを考えて」、これ、とっても大事なことです。

私にはこれが欠けていて、緊張はあまりしないくせに、自分が楽しむ余裕がありません。

自分が楽しんでいないのに、喜んでいただけるものが提供できるわけがないです。

昨年末のコンサートからは、事前にお参りする時に、喉に支障なく、体調が絶好調で臨めますように、という決まり文句の他、「お客様に楽しんでいただけて、自分も楽しんでできますように」というのを、付け加えました(笑)

そのおかげなのかどうかわかりませんが、皆さまに楽しんでいただき、自分も楽しみながら行うことができました。



今回も、壮大なテーマのご考察、ありがとうございました。

前から感じていたのですが、日本の神様や古代の人物の名前は、本当にややこしいです。

例えば大国主の別名は、Wikipediaで見ると、10以上ありますよね(笑)

しかも、その「別名」の他に、「別称」として「大国主大神」とあります。

誰それと「同一視されている」、という場合もありますね。

書物によって違うことがあるのかもしれませんが、統一できないまでも、せめて覚えやすい程度の数であってほしいです(笑)

読み方がほぼ同じでも、全然違う漢字を当てはめているものも多いですね。

今回の記事でも、難しい名前が多く、欠史八代とその妻の名前を書くだけでも、大変な労力だったことと思います。



今回の記事では、まったく知らない名前が多かったので、自分の知識の無さに、ちょっとショックでした(笑)

「葉江」という人も知りませんでしたし、2代目で神武天皇の血筋が途絶えたことも知りませんでした。

複数の天皇に関わったというと、最後に書いてくださった、武内宿禰もそうなんですね。

葉江の場合は、娘をどんどん天皇に嫁がせられるだけの、権力やコネクションを持っていたのでしょうが、娘たちも、幸せであったのか、気になるところではあります。



丹後の元伊勢籠神社のご祭神は、彦火明命で、饒速日命と同一なのですね。

饒速日命は、Wikipediaの中で、

『先代旧事本紀』では、天火明命(アメノホアカリ)とニギハヤヒは同一神とされる。他方、『新撰姓氏録』においてはニギハヤヒは、天神(高天原出身、皇統ではない)、天火明命(アメノホアカリ)は天孫(天照大神の孫)とし両者を別とする
と書かれています。

『新撰姓氏録』では両者を別とするとは書かれていますが、饒速日命イコール天火明命なら、饒速日命と天火明命と彦火明命は、同じですよね??

こんな感じで、最初に書いたように、ひとりの神さまや人に別名や同一視が当たり前のようにあるので、頭がパニックです(笑)

うっかりすると、違う人物(神)なのに同じと思っていたり、同じ人物(神)なのに違う人物だと思い込んでいたりするので、間違って理解して間違ったことを書いていたら申し訳ありません。



節分から立春にかけて毎年行く、吉方位のお参り旅行ですが、今年は仕事の関係で1泊しかできないのと、直前のホテル予約となってしまい、ものすごくバタバタしてしまいました。

そのため、行き慣れた熱海にして、何回か訪れている来宮神社にお参りすることにしました。

ご祭神は、大己貴命・五十猛命・日本武尊の3柱です。

農園主さんの前回の記事に、事代主のお話があったので、事代主と大国主がご祭神の、熱海の今宮神社にしようと思って調べたのですが、ホームページを見たら、『宮司ご挨拶』というところに、キャピキャピ系のおね~さんの写真が(笑)

宮司、禰宜、権禰宜さんたちがみんな同じ名字なので、家族や親族なのでしょう。

名字が「泉明寺」というのですが、珍しいので「名字の由来net」で調べたら、静岡県にみられる名字で、全国人数は10人ほどだそうです。

神社で「寺」がつく名字はユニークですね。

結局、今宮神社は行かなかったのですが、機会があれば、行ってみようと思います。



ところで、「事代主」を祀った神社と、「事」の字がつく「事任八幡宮」などは、お願いをする際、なるべく短い言葉で言うという、暗黙のシステムがあるそうです。

「財運!!」 「健康!!」というように。

一言主神社(あまりありませんが)が、そういうお願いの仕方なのですが、一言主は、大国主の息子である(と言われている)事代主と同一視される場合が多いそうです。

「事」は、「言」でもあるみたいです。

くどくど言うな、一言で願わないと、お前たちの言いたいことがよくわからんではないか、というお考えの、短気で時短好きの神様なのでしょうか(笑)←これについて、数行下にも書きました。

書き足し:
 短く願いなさいということではなく、「一言の祈願でもおろそかにしない」という見方もあります。



ここで、頭がごちゃごちゃになってしまい、恐らくきちんと理解できていないことをひとつ挙げさせてください。


大国主の前にあらわれた、幸魂・奇魂が、「大物主」だったといわれる。


このあと、ニニギノミコト天孫降臨の話で、なぜなら、幸魂・奇魂(事代主)が三輪山に行く意味がないからです

これは日本書紀で幸魂・奇魂のエピソードと並べて書かれてあるのですが、あるいは大国主の幸魂・奇魂とは、事代主のことだったのかもしれません

と書いてあるので、「大物主」と「事代主」は同じ、と解釈していいのでしょうか?



そして、次の、

事代主は大国主の息子といわれますが、一説には大国主自身ともいわれたりします。

しかし大国主と大物主は性格からなにから、まったくちがうのです。

わたしは事代主は、大国主の息子ではなく、大国主と年がほとんど離れていない出雲の重臣だったのではないかと考えました。


このお考え、同感です。

「一言で願え」というのは、まさに農園主さんが書いていらっしゃるように、大物主の「合理的・ワンマンな気質・怜悧な優秀さ」がピタッと当てはまります。

私の考えは、ちょっと外れた視点からですが、神様の性格もそれぞれで、なんだかおもしろいです(笑)



2月11日は「建国記念の日」で、神武天皇の即位日(紀元節)ですね。

この時期に、古代の天皇や日本の神様のお話を伺うことができるのは、日本のことをちゃんと知りなさい、興味を持ちなさいという、神武天皇はじめ、古人の御業かもしれません。

いつも、ありがとうございます。



この数日は珍しい暖かさでしたが、明日明後日は雪予報です。

日曜日は選挙で一日仕事、ずっと座っているとだんだん冷えてきますので、お気をつけくださいね。

とりあえずのお返事になってしまい、申し訳ありませんでしたが、また続きを書かせていただきますね。



※追加: 

すみませんが、どうしても理解ができない点(農園主さんの記事についてではなく、一般的な話です)があるので、質問させてください。

「幸魂・奇魂」の、具体的な意味です。

ネットで調べられる範囲での意味は、なんだか抽象的で、わかったようなわからないような、で完結してしまいます(笑)

・ひとつの霊(神?)に対し、4つの魂がある。

・幸魂・奇魂はそのうちのふたつである。

・大国主は、自分の幸魂・奇魂を三輪山に鎮めた。


幸魂・奇魂は、大国主自身の魂である、と解釈するのは間違いで、「大国主の前にあらわれた、幸魂・奇魂が、大物主だったといわれる」「あるいは大国主の幸魂・奇魂とは、事代主のことだったのかもしれません」と書いていらっしゃるように、別の存在の魂ということなのか、或いは、大国主と大物主と事代主が同一視されていて、「同じ」とまとめてしまっていいのか・・・。

謎です(笑)

2024年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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先日のパワーテープ、しばらくつけてるんですが、日が経つにしたがってじんわりと効果を実感しています。

これはチタンが入っているということですが、そういえばうちの祖母が高齢になって骨折したときに、太ももにチタンを入れて補強したんです。

あれはもしかしたらものすごいこりほぐし効果があったのではないかと、どうでもいいことを考えていたんですが、磁石にせよチタンにせよ、おもいもよらないところでじぶんのカラダの役に立つんだなあと感心しています。



今回、かなり長い返信になりましたが、一回で投稿してしまいます。

ぜひゆっくりご覧ください(笑)



前々回の返信として考えていたのは、「虐待は反動の連鎖を生む」ということでした。

たとえば子供を虐待すると、その子供は虐待から逃れる方法を考えるのと同時に、じぶんに与えられた抑圧を他者(弱者)に与えてバランスをとろうとします。

親がやっているわるいことを子供もしたいとおもうように、じぶんが受けている虐待は不快で苦しいものだとわかっていながら、他人におなじことをしなければ気がすまない、という情動です。

子供は親の轍を踏むまいとはおもってるんです。

しかし親に対する反動の気分はあるものの、それがどういうカタチであらわれるかというと、たとえばグレるであるとか、家を出るであるとか、バイクで暴走行為をするとか、いわゆる非行に走るんですね。

その過程で、同級生をいじめるであるとか、じぶんがされていることを弱いものに対して行う、というような、おかしなことになってしまう。

最悪、じぶんの子供にまた虐待を加えてしまう、という場合もあるでしょう。

子供はまだ理性で行動を制御することができませんから、ほんとうは親の側が虐待をすれば子供がどうなるか、わかっていなければならないんですが、親も20代あたりだとまだなかなか気づけないことかもしれません。

結局、この連鎖を断ち切るには、じぶんは親から虐待を受けたけど、もうじぶんで終わりにしようという決意が必要だとおもいます。

じぶんはひどい虐待を受けたのに、だれにもやり返すことをせず、じぶんだけが損な役回りになる不平等を、理性で納得して、心の平和を求めていくのでないと、いつまでも修羅の道を行かねばならないんですね。

しかしそういう考えに至るにも非常に多くの経験値が必要ですから、いままさに虐待を受けている子供にそのような理屈を説いても、残念ながら上滑りするだけでしょう。



スサノオと氷川信仰について、あらためていろいろ調べてみました。

そこで以前と話が食い違ってしまって申し訳ないんですが、いままで理解しきれていなかったところが理解できたので、ここに書いてみます。

なにが食い違っていたかというと、スサノオとひと言でいっても、じつは「各神社がスサノオのどの神話を信じているかはちがう」という点が、以前の話ではごちゃ混ぜになってしまっていたということです。

つまり、牛頭天王とスサノオが結びつくタイプの神社と、ヤマタノオロチ伝説のスサノオが結びつくタイプの神社があるということです。

氷川神社は後者なんですね。



以前お話したことと重なる部分があるとおもいますが、まず、スサノオと牛頭天王は、本地垂迹(神仏習合)と深いかかわりがあります。

これは蘇民将来の伝説が根っこにあるんです。

備後国風土記という、奈良時代初期に書かれたという地誌がありました。
これは現在では失われており、どのようなことが書かれていたのかわかりません。

しかし鎌倉時代の「釈日本紀」で、この備後国風土記に書かれていたこととして、蘇民将来とスサノオの伝説が書かれているのです。

その伝説とは、このようなものです。



北の海におわした武塔の神が、南の海に住む女神に会いに行く途中で、日が暮れました。

その地にはふたりの蘇民将来が暮らしていました。

兄の蘇民将来はひどく貧しく、弟の蘇民将来はたいへん裕福でした。

武塔の神は一夜の宿を借りるため、まず弟の蘇民将来のところへ行ったのですが、弟は宿を貸すことを惜しんで、武塔の神を追い出してしまいました。

それで兄の蘇民将来のところへ行くと、貧しい中でも粟柄(粟の収穫を終えた茎)を座布団として、粟飯を炊いて武塔の神にたてまつり、一夜の宿を与えたのです。

翌朝、武塔神は南海に向けて旅立ちました。

しかし年を経て、武塔神が八柱の子を率いて戻ってきます。

武塔神は兄の蘇民将来のもとを訪れて、言いました。

「わたしはおまえの弟に報いを与えるために戻ってきた。汝の家に子はいるか」

「娘と妻がおります」

「それでは茅の輪をつくり、腰に付けさせよ」

兄の蘇民将来はそのとおりにしました。

その夜。

娘ひとりをおいて、武塔神はその地をことごとく打ち滅ぼしてしまいました。

(なぜ蘇民の娘ひとりだけを救ったのか、家族を救わなかったのか、原文には書かれていません)

武塔神が言いました。

「わたしは速須佐雄(はやすさのお)の神である。これより後、世に疫病が流行れば、蘇民将来の子孫であるといって、茅の輪を腰につけていれば災いを免れるだろう」

……これで話はおしまいです。



北の海にいた武塔の神を、大陸からきた神として、神仏習合の時代になって、祇園精舎の守護神であった牛頭天王とむすびつけたんですね。

そして「スサノオ = 牛頭天王」は疫病を退散させるチカラをもつ荒ぶる神として位置づけられます。

また、茅の輪で疫病を防ぐというくだりと、薬師如来がむすびついてくるんですね。

この「スサノオ = 牛頭天王」の流れを直接的につないでいる代表的な神社といえば八坂神社でしょう。

八坂神社は江戸時代以前には祇園社と呼ばれていました。

祭神は牛頭天王(スサノオ)と八柱の子です。

しかし「祇園社」という名前はまさに神仏習合で、これは明治時代の神仏分離によって、ダメだということになったんですね。

いま、八坂神社で祇園祭が行われていますが、祇園という名に、むかしの名残があります。

祇園祭は、荒ぶる神を鎮めるお祭りであるのと同時に、疫病を退散させるためのお祭りでもあります。

またスサノオを祭神とする神社以外でも、夏越の祓になると茅の輪くぐりをしているところがありますが、あれも蘇民将来の伝説からきている厄除けのイベントですね。

あと有名なところだと、岩手県の蘇民祭もこの伝説がもとになっているのですが、こちらは伝説がすこし脚色されており、弟の裕福なほうの蘇民将来は「巨丹将来」と呼ばれていたりします。

蘇民祭は複数の寺で行われていて、いちばん有名だったのが黒石寺の蘇民祭だったらしいのですが、ここでは武塔の神は薬師如来であったといわれています。



しかし、氷川信仰の場合は、蘇民将来の伝説で考えるよりは「水神である氷川大神と、出雲地方でヤマタノオロチを退治したときのスサノオ」で考えるのがスッキリします。

氷川神社では古くから主祭神はスサノオではあったんですが、途中でこれが「氷川の大明神」、「氷川大神」という総合的な存在に変化するんです。

そして江戸末期に神仏分離の気風が高まると、あらためて祭神はスサノオであると決められます(ほかにクシナダヒメ・オオナムチが並びます。オオナムチは若いころのオオクニヌシです)。

これは以前、ギズモさんが富士山の浅間神社に奉られていたのは浅間大神であったとお話いただいたことと似ています。

その土地と結びついた独自の祭神があって、それが後世に神道の神とむすびつくパターンですね。

浅間神社の場合はかぐや姫と浅間大神が同一視されていて、これがコノハナサクヤヒメとむすびつきました。

氷川大神の場合は、かなり複合的なんですが、まず氷川という語源をたどってみましょう。



氷川の語源は、島根県の奥出雲にある斐伊川だといいます。

出雲には因幡の白兎伝説などの出雲神話がありますが、スサノオがヤマタノオロチを退治した場所でもあります。

ヤマタノオロチについては、島根の山々で行われていた「たたら製鉄」の赤いあかりが夜に灯っている、その不気味な様子を大蛇にたとえたという説があります。

つまり、たたら製鉄利権を牛耳っているその地の連中をヤマタノオロチに見立てて、スサノオという朝廷側の荒神が、これをたたきつぶして支配した、という物語ですね。

またべつの説では、暴れ川である斐伊川を、多くの支流なども含めて大蛇に見立てて、これをスサノオが鎮めたという伝説です。

氷川信仰は、この後者の斐伊川の伝説がもとになっているようです。



およそ1500年前に氷川神社が創建されるまでの歴史については、島根県にいた出雲族が関東の荒川のあたりに入植し、根付いたことに始まるといわれています。

つまり出雲族がスサノオのヤマタノオロチ神話を荒川と結び付けて、氷川信仰を生み出したということのようです。



東京と埼玉にかけて約280社もあるという氷川神社は、荒川の流域に集中しています。

むかしの荒川はその名の通りの暴れ川で、農業に多大な恩恵をもたらすのと同時に、ときにひどい暴れ方をして人々の生活を破壊してしまいます。

流域に暮らす人々は、荒川のもたらす恩恵と破壊に、感謝と畏怖の念を抱いていたことでしょう。

出雲族の斐伊川に基づくヤマタノオロチ退治の伝説に、土着の自然信仰(アニミズム)が加わり、さらに神仏習合の影響があって、氷川大神にむすびつくんですね。

祭神は延喜式のころからスサノオだったようなのですが、神仏習合の影響を受けてあいまいになります。

江戸時代まで大宮氷川神社の参道には「氷川大明神」「本地聖観音」といった石碑が立っていたようです。

ちなみに「本地聖観音」とは、本地垂迹(神仏習合)による聖なる観音という意味です。

観音という、女性を匂わせる仏様であることは、あとでちょっとポイントになります。

ともあれ、江戸時代末期にスサノオをあらためて明確に祭神と決めるまでは、総じて氷川大神という、土着の神に近い存在が崇められていたようです。



そのように考えていくと、氷川信仰におけるスサノオの場合は、おなじスサノオでも蘇民将来の伝説とは関連性が薄いようです。

では氷川大神とはなんなのかというと、個人的には水神だとおもいます。しかも、男の神様でもあり、女の神様でもある感じです。

荒川の荒ぶる水神として、ヤマタノオロチを鎮めたスサノオがまずイメージされます。

そこに農耕神としてのクシナダヒメが女神として加わります。

大宮氷川神社は男体社といわれるそうですが、さいたま市緑区には氷川女体神社があるそうですね。

その主祭神はクシナダヒメで、男女を区分けしているのは、荒ぶる川と恵みの川をそれぞれ男女に見立てたということでしょう。

そして観音というすこし女性的な、両性を有するような仏になったのも、荒川を男と女に見立てる観念があったことと無縁でないようにおもえます。

さらにいえば、観音信仰は薬師如来とおなじく救済や現世利益をつかさどる仏様なんですよね。



最後に不思議な神様をひとり紹介します。

スサノオの孫と結婚した、その名も「日河比売(ヒカワヒメ)」という女神がいるんです。

この日河比売の神格は水神です。

系譜の面でもスサノオの孫と結びつくわけで、日河比売は氷川信仰となんらかのつながりがあるのではないかといわれています。

おそらくこういった出雲の神話、神仏が複合的に組み合わさって、氷川神社の信仰がつながれてきたのでしょう。



「氷川神社は最強では?」というギズモさんのお考えですが、荒川周辺の信仰のありようの強さという意味では、たしかに相当なものです。

というのも、地域一帯でこれほど単一的に崇められている神というのはめずらしいのではないでしょうか。

ぼくは常々、神社はその地にいた人々のおもいの歴史が重なっていることが大事だとおもっています。

歴史の縦軸において、水害が多く農業的な恵みも多かったであろうこの土地で、氷川大神への信仰をつないできた人々の願いやおもいは、おろそかにできません。

いわゆるパワースポットとは、「霊的ななにかを感じる場所」みたいなあやふやなものではないとおもっていて、その地をつないできた過去の人々(と現代のわれわれ)の気持ちの強さだとおもいます。

その点で氷川神社はとても大きなチカラのある神社だとおもいます。

2024年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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時々不思議なシンクロが起きますね(笑)

今回もNO.1516について、考えたことを書かせていただきます←最初900字だったのが、どんどん長くなってしまい、また自分のことばかりでごめんなさい。

2018年に仙台に行った時、偶然立ち寄ったお寺が、千日回峰行を成した大阿闍梨、塩沼亮潤が開山した、福聚山慈眼寺でした。
このお寺のホームページを読んだこともあり、著書『歩くだけで不調が消える 歩行禅のすすめ』も読んでいましたが、そのお寺だとはまったく思わずにお参りしました。

本堂の脇に小屋のような小さなところがあり、中に入るとお札や著書などが置いてあります。
そこで、もしかしてあの大阿闍梨のお寺?と気づきました。

すると、さっきまで庭の掃き掃除をしていた男性が入ってきたのですが、お顔を見ると大阿闍梨ご本人だったので、ここでまた驚きました(笑)
とても柔和で感じの良い方で、あの苦行を成し遂げた方という雰囲気ではありませんでした。

持っているのと同じ本を購入し、何かひとことふたこと話した記憶があるのですが、覚えていません(笑)

千日回峰行はやらなくてもすむことなのかもしれませんが、壮絶な、解脱に近い難行苦行をすれば、ネームバリューも上がり、護摩祈祷に訪れる人が増え、収益にもつながるということもありますね。

でも、それよりも、本人の達成感、熱意、宗教への熱い思い(自己満足の部分もあるかも?)の問題が大きいように思えます。

金剛般若経の、「教義を説く側と、聞く側の資格が煩悩からの解脱」ですが、煩悩があったとしても、双方の純粋で欲得がらみでない熱意も資格なのでは、と思います。


『夜と霧』はずいぶん前に、単行本で読みました。

内容もですが、写真が壮絶で、衝撃を受けた記憶があります。
ロゴセラピーというのは知りませんでしたが、とても興味があります。


以前プロテスタントの教会に数年通っていたことはお話したと思います。

当時、母親のことで、決しておおげさではなく、自分が死ぬか母を殺すかと、誰にも言えずに日々悶々と悩んでいた時期でしたが、たまたまクリスマスのイベントで、その教団の聖歌隊が近くの商業施設に出演するというチラシを見て、観に行ったのがきっかけでした。

行ってみて数年、いろいろわかったことがありました。

何かを買えという勧誘はまったくありませんが、献金はあります(これについては以前書いたことがありました)。

洗礼を受けた後は「月定献金」というのがあり、目安として月収の1~3割とのことです。
私の場合、当時は自分の収入はなかったので、納めなくてもいいですよ、と言われました。

半期に一度か年に一度か忘れましたが、収支表が配られるので目を通すと、牧師とその妻(宣教師)の給与が合わせて50万もありました(30年も前です)。
毎月決まっているのか、その月の収入によって変動するのかはわかりません。

牧師夫妻の服装は質素で、牧師夫人はバザーで購入したスーツを着て礼拝に出ており、ぜいたくをしているようには見えませんでしたが、けっこうな収入ですよね。

他に、教会の運営費はもちろん、牧師館(牧師一家は2階の一部が住居)の修繕費や、諸経費、積み立て金も別に取ってあるので、ずいぶん余裕のある収入だと思います。

ただ、月定献金を納めてくれる信者が減れば生活も困窮するわけなので、貯金はしていたと思います。

壺を売ったりハンコを作らせたりと、詐欺まがいのことをしなくても、宗教で過分な(私の感覚です)収入を得るのはどうなんだろう?と、ずいぶん疑問を感じたものでした。

不登校に近い若者や、障がいのある人、いじめにあっている人、人間関係がうまくいかず継続して仕事に従事できない人など、様々な悩みを持った人が来ていました。
みなさん熱心に通ってくるのですが、今、冷静に考えてみると、信仰は二の次という人が多かったように思えます。

それではなぜそれほど熱心に礼拝に出たり、日曜日以外も来て、なにかしら手伝ったりしていくのか。

教会は、阻害されない、仲間外れにされない、どんな人も受け入れてもらえる、話はきちんと聞いてもらえる、という、実に居心地のいい空間だからだったのでしょう。

誰からも否定されず心が休まる場所があれば、なにかしらの生きる希望、意欲というのが起きてくると思いますが、そこが宗教の場ということになると、純粋で敬虔な信仰とはかけ離れたものにもなり得るかもしれません。

もちろん、そこから熱心な信者になることも多々ありますし、宗教と自分の居場所がどういうふうにつながるか、それは個々の問題ですね。

教会など宗教の場に行くきっかけが信仰ではなくても、その後も信仰心が希薄だったとしても、そこが生きる意味を見つけられる場である(あった)と思う人はいるように感じます。

私の気持ちとしては、ほどほどの信心をして生きている間救ってほしいし、信心したとしても死後にどんな目に合うのかわからないから死後も救ってほしいと思うのですが、両方とも望むのはどうなのでしょうか(笑)

もうひとつ。
私の場合、その教会に行き、熱心な信仰の時期→ちょっと冷めてきてほどほどの時期→教会の人間関係に疲れてそこから離れ、カトリック教会に1年ほど通った時期を経て、母に関する心の問題はだいぶ払拭されました。

信仰による心の安定(これを救いと言っていいのかわかりません)と、週に一回でも逃れられる居場所ができたということが、ちょうどその時私に必要なことだったのはないかと捉えており、その時、生きる意味(生かされる意味)について、ほんの少し考えた、というお話でした(笑)

実際のところ、今も、生きる意味はなんなのか?ということの明確な答えはわかっていませんが、キリスト教の言うところの「生かされている」という捉え方は、なんとなく納得しています。
書き足し・「生かされている」こと、これはキリスト教でなくても、仏教でも神道でも、結局は同じかと思います。

2024年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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私のつまらない妄想話から、思いもよらなかったことを、詳しく、そしてわかりやすくご説明いただき、ありがとうございます。

大雑把な神話の系図は知っていても、見落としている神様や、関係が理解できていなかったものが、かなりあったことに気がつきました。
私がお参りしたことがある神社で、オオヤマツミが主祭神のところは少ないのですが、先月行った秩父の宝登山神社では主祭神でした。
コノハナサクヤヒメの父親だったんですね。

香用比売ですが、読み方を誤って覚えていました。
そして、同じ読み方でも、違う神様もいたんですね、迦具夜比売。

讃岐垂根王の話、朝熊神社と浅間神社の話、すべてが、とても興味深いです。

しっかり気合を入れて読ませていただきました(笑)

神話や、神話から派生した話というのは、こうやって偶然の重なりを紐解いていく楽しさ、おもしろさがありますね。
農園主さんのご見解は、本当にうなってしまうことばかりです。

静岡県の『富士山かぐや姫ミュージアム』のHPには、かぐや姫は月に帰らず、富士山に帰ったと書かれています。
また、育てたおじいさん、おばあさんも、神様だったようです。
神話や民話を題材にして、その土地特有の話を作り上げたものでしょうが、一応そのページを貼っておきます。

https://museum.city.fuji.shizuoka.jp/pri...


日本に限らず、ギリシャ神話、ローマ神話など、世界各国でその国独自の神話がありますが、日本神話にしても、実際に神様に会って記録を取って書きとめてきたわけではなく、そもそも初めはいったい誰が言いだしたことなのか、それとも本当にいたのか、というところが気になります(笑)

ただ、どの国でも、そんなあやふやな信憑性に欠けるような神話をもとにして、たくさんの民話・おとぎ話を伝承し、さらには歌、童謡や詩、叙事文学などにして、語り継ぎ、歌い継がれてきたという、神話の底力のような魅力は本当にすごいものだと思います。

そういえば、星座もギリシャ神話に関連がありましたね。

星座といえば、明日は新暦のたなばたですが、七夕伝説も、もとは中国の神話だと言います。

コノハナサクヤヒメから、ずいぶんとたくさんのことを教えていただきましたが、恐らく農園主さんとしては、もっと多くのことを、さらに深堀りして、詳しくお書きになりたかったのではないでしょうか。
私の話からお時間を取らせてしまい、申し訳なかったですが、またいろいろと教えていただけたら大変うれしいです。

2024年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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鳥害・獣害がないのは、本当になによりです。

2行抜けてました
農作物を育てるにおいて、鳥や獣、お天気には悩まされますね。
大雨の被害がない、穏やかな梅雨になってくれるといいのですが。


たいした害とは言えないのですが、以前は、ハトとカラスが、ベランダに頻繁に遊びに来てはフンをしていくので、本当に困っていました。
それが、足場をかけて外壁の修繕をしてからは、ほとんどこなくなりました。
ネットがかかっていたのでベランダの柵に止まれなくなり、他へ移動していったのでしょうね。

荒川水系って、秩父山地だったんですね。
本当に地理に疎いと言うか、恥ずかしい限りです(◎_◎;)

東京の水道水は、荒川・利根川水系と、多摩川水系があります。
そう言えば、多摩方面の遊園地とか公園の水道水は、おいしさというより、あの劇的な冷たさに感動します。


佐藤さとるさん、青い鳥文庫で有名ですね。
コロボックルのイラストは知っていても、読んだことがありません。

絵本や少年少女向けの文庫では、イラストの力は絶大と感じます。
特に子どもは、まず視覚から入ると思うので、イラスト次第と言えるところもあるように思います。

村上さんのイラスト、鈴木琢磨さんの挿絵のサイトなども、ご紹介ありがとうございます。

子どもはまず視覚からと言いましたが、おとなも同じかもしれませんね。
『星の王子さま』は、絵本とは違いますが、やっぱりあの挿絵は印象に残ります。
内容は忘れても、あの挿絵のインパクトはすごいです。


話は変わりますが、板橋区蓮根の駅前に、一見、直売所の雰囲気のお店があります。
何年かぶりに今日行ってきたのですが、店内放送で「農家の方が、自分で決めた価格で販売しています」と流れていました。

野菜中心で、お米や甘味、ジャムや調味料など、道の駅の縮小バージョンな感じのお店です。
全部見たわけではないのですが、群馬県の野菜が多かったです。
群馬というと、けっこうな距離です。
まさか、高速も使わず毎日運んでいるわけではないでしょうし、高速に乗ったらとんでもない運送費が発生します。
数日分置いていく、ということもあるかもしれませんね。

野菜は、どう見てもちょっと古い、というか、新鮮には見えませんが、とても安いです。
今日明日で使うなら、かなりお得な値段です。

ルバーブ、えごまの葉(群馬県伊勢崎市)など、あまりスーパーで売っていないものが多いです。

ルバーブのジャムを作ってみようかと思ったのですが、めんどうなので今日は見合わせました。

2024年5月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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お気遣いありがとうございます。おなかの調子はかなりよくなりました。
もともとおなかは弱いので、低空飛行か着水か、という繰り返しなんですけどね(笑)

東京は坂の町ですよね。

横溝正史の金田一耕助シリーズの中に『病院坂の首縊りの家』という作品がありますが、この坂は港区の高輪が下地になっているのだといいます。

いま庶民の住む町は全国的に「下町」といいますが、あれは東京(江戸)の高台(山の手)に武士が住み、町人が低地に住んだことが語源なんですよね。



シャコは海老に比べても皮をむくのがタイヘンですし、海老のようなプリプリした食感ではないですが、味は深いうまみがあっておいしいです。

大阪の回転寿司ではむかしよくシャコが出回ってました。

100円2貫の有名回転寿司チェーンで出回ってたんですが、20年前くらいはまだ地場に流通していたのでしょう。

いまはどうかわかりませんが、一時期前はイワシやサンマは缶詰を買ったほうが安上がりにおもえたくらいでした。

イワシに関してはシーズンを外れたらいまでも缶詰のほうがオトクかもしれませんね(笑)



以前、タブレットを買い替えたという話をうかがいましたが、パソコンも買い替えられたんですね。

おなじ時期に買い替えた場合、時期をおぼえておくと、次の買い替えのときに比較できるから、逆にいいかもしれません(笑)

Windows8.1からだと、新調して立ち上げや処理速度の速さも上がったのではないでしょうか。

ワードからパワーポイントに変換できるソフトがあるんですね。

かなりたいへんな道のりを経て、それでもちゃんと完成するところまでこぎつけているのはさすがです。



ぼくも……というわけではないんですが、きのうフードプロセッサーをつかおうとおもったら、モーター音はするものの刃が回らず。
軸になにか引っかかっているのか、まったく回らなくなっていました。

この部分はあんまりいじるのは怖いし、フードプロセッサーはもう必需品と化しているので、あたらしいのを買いました。

説明書の日本語があきらかにおかしい、中国製のものです(笑)
きょう届いたのでさっそく試運転しました。

これが意外とよくできていて、以前のものより使い勝手がよさそうです。

2リッターの大容量で、にんにくの皮むきができるアタッチメントがあるのが決め手でした。

なにせぼくはにんにくを栽培しているのに、皮むきが面倒くさすぎてわざわざスーパーの刻みにんにくを買うような状況でしたから。

もうすこししたらにんにくの収穫がはじまりますが、そのときに感動体験ができるか、楽しみです。

2024年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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童話は、子供のときに読んでもなんともおもわないのが、大人になると情緒が刺激されるように、この歌もある年齢を越えると胸にグッとくるように、時限爆弾がセッティングされてます。

命は短いのだから、恋すべき人に恋するのがただしい。

そして、生きるべき道筋にしたがって生きるのがただしい。
#音楽
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やっぱり、奥田民生は時代の寵児だったとおもう。

人間はもうラクをしていいんだ、という建前の中で、実際にはどんどん忙しく働かされて、思想はカラッポという時代。

かれはそんな潮流に入ってきた四半世紀前の時代を、もっとも上手にあらわしているアーティストだった。

高校時代にこの曲を聴いて以来、ずっと、「きみはぼくを忘れるから、そうすればもうすぐに、きみに会いにゆける」という歌詞が心に残っていた。

あなたがぼくを忘れれば、いつでも会いに行けるのではないかと望みながら、たとえそれがかなっても、結局かれは彼女に会いには行けないのだろう。

それは、ラクをしたくて、ラクを望んで、できない現代人とおなじようだ。

うまくできた歌詞だな、とこの年になっておもう。



#音楽
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ZZトップというロックバンドがあって、このベース&ボーカルのダスティ・ヒルは数年前に鬼籍に入りました。

かれらの稀有なところは、マディ・ウォータースのようなブルース一期生のえげつない連中にかわいがられながら、ブルースの素養を培って、商業的にはアメリカンハードロックで売り出したところです。

つまり、黒人ブルースからブルースロックではなくて、白人ハードロックに直結したバンドという点では、かなりめずらしい。

あとぼくに思い浮かぶ近いところだと、ジョニー・ウォーターくらいですが、かれもハードロックに近くはあるのだけど、ブルースロックですね。

そしてかれももう鬼籍です。



#音楽
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ジェフベックというギタリストは変な人で、硬派なようでいて、軟派なようでいて、ボーカルにはとびきりの女たらし(ロッド・スチュワート)やら、とびきりの変人(ジョニー・デップ)を選ぶ。

ソロでつくるギターインストは極上。

ギターを「歌うように弾く」という理想はよくいわれるけど、人間のあの柔軟な歌声に、エレキギターが匹敵したというのは、ジェフベックが唯一確立したところじゃないかとおもいます。

去年のはじめに訃報を聞いてから、なんだかかれの存在がずっと心に引っかかってるんですよ。



#音楽
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バディ・ガイ。

ブルースの巨人というか、狂犬というか。

だいたいが、ブルース黎明期からいえば2期くらいの立場にいる完璧ブルースの天才ながら、ネジが一本抜けて、初速からトップスピードにいくまでの感覚がおかしい化け物、というのがぼくの評価。

予測不能な音楽をするという点で、似ている人を探すとすれば、お笑いで言うところの、西川のりおでしょうか。

あの人の笑いの緩急は、バディガイによく似てる。

そしてぼくはバディガイも西川のりおも好き。

この曲はジミヘンドリクスのブードゥーチャイルに、エリッククラプトンがいたクリームの、サンシャインオブユアラブを組み合わせたジャムセッションのようなもの。

変態ギタープレイがこれでもかと聞けます。

#音楽
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きょうは酔っ払いで、音楽を楽しみます。



ジミヘンドリクスの曲には奇をてらったものが多いけど、これは中でも奇をてらってます。

最初にドンと音圧をかまして、「Anger(怒り)」という。

聴く側はビックリです。

そこから感情を色であらわす歌詞に、サイケデリックな、バラードのようなファンクのような、とりとめのない闇鍋のような曲調で、途中でいったん曲が終わったようにみせかけて、さらに畳みかけてくる。

ジミは音楽を通して、思想を前に出すようなことはしなかった技術者だったから、純粋な音楽性を楽しむことができます。

#音楽
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きょうは買い物に行って、ちょっと家のことをあれこれして、そのあときょうも山登りでひと汗かきました。

夕方には風呂をわかしながら広島風のお好み焼きづくり。

薪で風呂をわかすと1時間ちょっとかかるんですが、この間になにかひと仕事したくなるわけです。

白菜たくさんあるのに、キャベツの大きいのがひと玉100円しないものだからつい買っちゃって、バカでかいお好み焼きを4枚焼いてます。

ひとり暮らしでどうしてこんな大量に……とおもいながらも、やってるとたのしい。

広島風のは、最初はこれでひっくり返せるんだろうかというボリュームなのが、ひっくり返してるうちにまとまってきて、最終的にちゃんとお好み焼きになるのがおもしろいです。

まあ、野菜もたくさん食べられるし、当面お好み焼き定食でいいじゃないか、というわけでして。

2023年12月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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「ちっちゃな時から」は知らなかったので聴かせていただいたら、確かに和田アキ子のイメージが強く、調べたら「どしゃぶりの雨の中で」の作曲者と同じでした。
名前は使い分けているようですね。
「ちっちゃな時から」のイントロは、「必殺仕事人」のテーマにも使えそうな雰囲気で、かっこいいです。

春夏秋冬のインタビュー、知りませんでした。
ありがとうございます。
このエピソードたちは、すごいですね~。
なぎら健壱が言った、「同じ春夏秋冬でも、その時代で歌い方が変わっている。それは歌に込める感情も変わっているから」というのは、とても考えさせられます。

タクシー・ドライバーで、戦争を経験した人が社会に溶け込めないというのは、なんとなくわかります。
日本でも学生運動が起きていた頃、フランスでも五月革命がありましたよね。
ちょっと話が飛びますが、五月革命の時の、高校教師と教え子の男子生徒との激しく純粋な恋愛を描いた「愛のために死す」という、実話をもとにした映画があります。
その主題歌を、シャルル・アズナヴールが作ったのですが、日本ではちあきなおみが歌っています。
ただ、歌詞は訳詞ではなく、違う話になっていますが。
「世の中がよくならない閉塞感」のようなものを、この映画からも感じます。

あ~~、ベラのことで、よけいな気を遣わせてしまいましたね。
ごめんなさい。
「うかつ」だとは、ぜんぜん思いません。

私が言うところのベラは、ヘアスタイルがあんな感じで、麗子像にも共通点があり、美人・不美人ということでなく、おどろおどろしいというか、
ちょっと不気味な感じのイメージなんです。

「男として評価されるであろうことはことごとくダメ」だと、人を評価する立場にないんですか?
そんなことはないと思います。
「男として評価されるであろうことはことごとくダメ」というのも、自己評価ですよね。
それに、殆どの人は自分というものを知ることなく、他人を評価しているように思いますし、私もそうです。
自分の歌唱や演奏や、曲作り、そういったものを棚上げして、人をけなすことはよくあります。
と言っても、人前でけなすのではなく、あくまで心の中で評価しているのですが。

ビジュアルのコンプレックスは、多かれ少なかれ、誰にでもありますよね。
けっこうな美人でも整形している人も多いし、ちょうどいい体型でもダイエットに夢中とか、人の美意識はそれぞれです。

コンプレックスのない人よりある人の方が人間的に好感が持てますし、美人なのに話題が芸能界の事ばかりとか、イケメンなのに自分の意見というものがない人たちとは、
1分も一緒にいたくないです(笑)

・・・・ガラスに? 写ってました??

~~ただいま確認中~~

念のためお伺いしますが、その写ってる人、美人でした?(笑)
それは冗談として、これ、ぼんやりしていてはっきり限定できません。
私より年配の人にも見えます。
これを撮った時、七五三の人が多く、けっこう賑わっていたので、他の人の可能性も高いです←言い訳ではないです(笑)でも私かも、というのは否定できません。

雲海の写真、本当に素晴らしいですね。
月並みな表現ですが、幻想的で美しいです。

椿山荘というホテル&結婚式場が目白にあるのですが、国内最大級の霧の庭園の演出「東京雲海」、という人工的な雲海を見せる時間があります。
とてもきれいでしたが、農園主さんの写真を見たら、雲泥の差ではなく雲海の差です。
人工のものと本物を比べる意味もありませんが。
素敵な写真、ありがとうございましたヾ(@⌒ー⌒@)ノ
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朝日楼が持ち歌というのは、すごいです。

春夏秋冬はいかにも男くさいようなフォークソングですが、YouTubeにはなかったものの、森山良子もカバーして歌っておられるようですね。

いつか機会に恵まれればギズモさんが歌われるのを聞いてみたいものです。



春夏秋冬についてすこし調べて考えてたんですが、こんなインタビューがありました。

https://gendai.media/articles/-/97726

この中で、春夏秋冬が売れた理由について、こんな会話があります。

田家 当時は学生運動に挫折した人たちに代表される、世間に迎合したくない、あるいは出来ない若者も多くいた。そうした若者がシンパシーを持って受け入れたんでしょうねって、他人事みたいだけど(笑)。

泉谷 世の中を変えようとしたが、うまくいかずに挫折する。その気持ちがこの曲と合致したらしい。ただし、個人的に戦争には反対だが、その考えを歌にしようと思ったことは一度もない。




この会話で、ふとおもったのが、映画『タクシードライバー』のロバート・デ・ニーロでした。

この作品の主人公は、ベトナム戦争あがりでPTSDのような症状が出ていた男なんですが、そのあと社会にうまく迎合できません。

そして、うまくいかないのは、じぶんがおかしいからではなく、社会のほうがおかしいからではないかとおもうようになります。

実際、街は退廃しており、政治も腐敗。

そこで男は、社会を変えようと決意する……という作品です。

タクシードライバーは春夏秋冬の4年後に発表されているのですが、アメリカと日本と事情はちがえど、社会のありように不満を持ちながら、じぶんなりの理想を求めて行動しても、世の中がよくならない閉塞感が、1970年代を覆っていた空気なのではないか、という気がします。




ひとつ言い訳というか、ベラのイメージについて、おもしろおかしく話してしまいましたが、個人的にはわるいイメージがありません。

突っ張って、強く生きていながら、弱さも優しさもちゃんと備わっている、というイメージです。

すこし話がそれますが、ぼくはたとえば女性の見た目は、……ぼくはいちおう相対的に美人かどうか判断はつきますし、それがその人のアピールポイントであるのならもちろん合わせますが、人間として付き合うにあたって、ビジュアルは関係がありません。

こんなことは言ったが最後、底なし沼にはまるような話ですが、ぼくなんかはビジュアルも経済力も、一般的に男として評価されるであろうところはことごとくダメで、人を評価する立場にないわけです。

なので、人のビジュアルのコンプレックスを刺激するような土俵からは、できるだけ下りるようにとおもっていました。

特に女性相手に限ったことではなく、お互いにコンプレックスも包括して居場所になるような人間付き合いが望ましいんですが、だからといってじぶんからコンプレックスを捨て去るのはむずかしいですし、きのうのベラの話のようなことをポロっと言ってしまうあたり、まだまだぼくはうかつです(笑)



六所神社、クシナダヒメとスサノオが祭神なんですね。

源頼朝、北条時政などのつながりのある由緒をみて、これは去年の大河ドラマの『鎌倉殿の十三人』のときには観光でにぎわっただろうなとおもいました。

ほんとうに、出雲大社をおもわせる立派なしめ縄です。

しかしこれを稲でつくるというのは、あらためて考えると相当不思議なことですね。

写真をみてたんですが、ガラスに写り込んでるのはギズモさんでしょうか?


ところでうちのあたりは今朝、非常に霧が深かったので、配達のついでに雲海を見に行きました。

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朝7時前、ことしは周囲一面みごとな雲海がみられました。

2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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こんばんは。
「山麓王国」を検索したら、こちらが見つかりました。
大阪のことが書いてあったので、そうかな、と。
人違いでしたら申し訳ございません。

何回かメールを差し上げたのですが、まったくお返事がないのでずっと心配しておりました。
もし、何らかの理由があるのでしたら、遠慮なくお教えいただければ幸いです。
差支えがありましたら、このコメントは削除なさってくださいね。



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じゃりン子チエのアニメをダラダラみてます。

まあ、おもしろい。小学生のころからなんべん見たかわかりませんが、まだおもしろい。

西成の、1960~70年代に生業としてやっていたホルモン屋というのが、なんとなくわかるんですよ。



というのも、ぼくの祖父母の家は生野区にあって、あのあたりでもチエちゃんの家のように木造のガラス戸で、うちの祖父は板金屋をしていました。

となりの家は、なんの仕事をしていたかわかりませんが、入ったところに冷凍庫があって、綿菓子をつくる機械もあった。

チューペットが30円で、綿菓子が10円。子供相手にひどく細々した生業をしていました。

大阪の生野区でも、1980年代あたりはまだどこも家に鍵をかけていないので、身内がジャンジャン出入りして、それが逆に用心になっていたようです。



あと、大阪のあのへんの生業をしてる家って、だいたいおんなじような間取りです。

チエちゃんの家は極めつけで、店のほうが広くて、奥に4畳半ほどの生活スペースがあるだけ。

便所はどこやろか、とおもうんですが、もしかしたら店のどこかにトイレがあって、それが家庭用でもあるのかもしれません。

店の奥の引き戸をあけると、右手に「水屋」がある。

水屋というのは食器棚のこと。

たぶんチエちゃんの家は、家の台所と店の調理場が兼用になっているんですよ。

だいたいむかしの、家庭内工業的な間取りは、生活と商売のスペースがごっちゃになっていたものです。



そういうスペースになっているのを、ぼくは介護の研修をしているときに、実習でみています。

生野区の舎利寺の、もともとは喫茶店だったところで、ヘルパーさんはカウンターの中で食事をつくって、カウンターにある冷蔵庫で作り置きをするんですね。

喫茶店の奥に居間があって、そこで老婦が生活をしている。

大阪の都市部には、こういうライフスタイルの店がたくさんありました。

いまでもあるとおもいます。

#与太話
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一時的ではありますが、ゲストIDを「admin」、パスワードも「admin」で、コメントを開放しています。
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ことしの大河ドラマの「どうする家康」。

ぼくはあんまりこのドラマが好きではないんですが、とりあえず見続けています。

どこがきらいか挙げていくと、片手で足りないくらいではあるんですが、いちばんイヤだったのは、厭離穢土欣求浄土の旗印の意味を改変していたことです。

これは本来「穢れたこの世を離れ、浄土を求めよ」という意味以上のものではありません。

旗印にこれを掲げるということは、戦いに赴くものに向かって、死を恐れるなというメッセージを込めています。

兵士が死を恐れてビビっていたら、戦争になりませんからね。

真田は六文銭を旗印にしましたが、これは三途の川の渡し賃と考えられていて、これもつまり、戦場で死んでも三途の川の渡し賃はここにある、だから死を恐れるなというわけです。

で、かのドラマでは厭離穢土欣求浄土は、そんな死を求めるようなメッセージではないという。

「この穢れた地をこそ、よりよい社会(浄土)に変えていこう」という意味なんだそうな。

んなわけあるかい。

そんなふうに歴史を都合よく解釈することを、歴史修正といいます。



ところで、家康はもちろん仏教徒ですが、どの宗派だったのか。

もしこれが日蓮宗であったなら、あるいは厭離穢土欣求浄土の意味合いが、ドラマがいうところのものであった、という主張も、無理筋ではありますが通らないこともありません。

日蓮はいまでいうところの現実主義者でした。

死後に救いを求めるよりも、いま生きているこの世を変えなければならないではないか、というのです。

みんなで南無妙法蓮華経を唱え、いま生きているこの世を変えようとすることが、すなわち救いではないか、と。

この考え方であれば、現世を浄土にしようではないか、という考えも成立します。



ところが家康はどうも浄土宗だったらしいのです。

曹洞宗か浄土宗でもめていたりするらしいんですが、少なくとも日蓮宗ではない。

浄土宗であれば、浄土には阿弥陀仏が統べるあの世という以外の意味はありません。

ちなみに厭離穢土という言葉は、万葉集にも出てきますが、これもやはり、この汚いこの世を離れて、清浄なあの世へ行きたいというものです。



しかしこのドラマは、なんで江戸時代が終わった現代になってなお、家康にゴマをするような歴史修正を行わねばならんのか。

こういう茶坊主的な脚本のありようが、どうにも腹に据えかねるわけです。

では、ぼくはなんでドラマをみてるのでしょう。

見なきゃいいだけなんですけど、見ないと批判もできないでしょう(笑)

ジレンマを抱えながら、視聴している次第なのです。

#与太話
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じぶんがさびしいとおもうとき、じぶんだけがさびしいのではないだろうともおもう。

ぼくが感じるさびしさは、あるときだれかと半分こにしたさびしさです。

このさびしさは、ねちゃねちゃとひっついて、どうしたって離れやしないのです。

ねちゃねちゃしたまま、すこし不便に暮らしていくほかありません。

あきらめて生活するうちに、ちょっとずつ粘度は落ちていくのかもしれませんが、元通りには戻らないでしょう。

うれしかったことや楽しかったことは、きちんとなにかに残しておかないと、さらさらと砂のようにこぼれていくのに、さびしさだけはねちゃねちゃとひっついてくるんですよね。

#与太話

2023年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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きのううちのあたりは雨が降っていたのですが、きょうはよく晴れてくれて、これならいけるんじゃないかと畑を耕しました。

土を練る場所が出るのではないかとおもいましたが、おもっていたよりよいコンディションで耕せました。

次の雨の予報はあさって日曜日で、これは本降りになるような感じです。

この本降りを食らうと、種まきのチャンスがなくなります。

きょう種まきしてもよかったんですが、前回が25日。

播種の間隔は2週間がベストで、さらに雨が降る前日に播種できればベストなので、種まきはあしたに。

皮肉なことに、前回葉物を失敗した場所を耕さないと、畑に空きスペースがなくなっていました。

意外と、もう余計なことをしている余裕がないくらい、畑はフルにつかっているんだな、とおもった次第。

#野菜
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ぼくは百姓をしてるのに、いまどきのサツマイモなんてのはどの品種もおなじような味で、テキトーにつくってもそれなりにできるものだろうとおもっていたので、去年はじめて鳴門金時をつくって、これがあんまり甘くないのにびっくりしました。

あんまりサツマイモを食べる習慣がなかったから、知らなかったのです。

ことしはベニアズマと安納芋なので、けっこう甘い品種を育てています。

が、どこの畝にどっちのイモを育てたのかすっかり忘れてしまいました。

#野菜

2023年9月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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きょうは収穫を終えて、自走式草刈り機を出して運転……と、もうお読みいただくのもうんざりでしょうし、書く側もそれに輪をかけてうんざりしたわけですが、また故障しました(笑)

今度は走行もしなくなったので、走行チェーンか走行ベルトとオーガベルトあたりをにらんでますが、もうことしは修理しません。
いまからは秋野菜の準備で忙しくなるので、かまってられないのです。

結局、刈り払い機で草刈り。午前中に1時間、午後に1時間。

お彼岸くらいまでに時間をみながらすこしずつ、敷地をぜんぶ刈ったらことしの草刈りは終了です。

しかし、ぼくはここに来て以来ずっとループハンドルの草刈り機を利用してるんですが、これは刈り払い機の中でもオールラウンドプレーヤーというか、斜面でも平地でもそれなりにつかえるんですが、平地をしばらく刈ってると腰が痛くなります。

U型ハンドルの刈り払い機はほぼ平地専用といっていいんですが、平地作業の疲れが軽減します。
これをひとつ持っておけば、自走式草刈り機がなくてもそれなりにカラダの負荷の少ない作業ができるんじゃないかな、と考え中。

どうも自走式草刈り機は、修理とメンテナンスにコストがかかりすぎるデメリットが負担になってきました。

#野菜
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日本海側はあんまり降らなかったです。

天気予報は80mmほど降るといってたけど、体感10mmも降ってないような。

米作をしている人のことを考えると、ここからはもう、あんまり降らなくてよいですが、どうも天気予報に振り回されてる感じは継続中です(笑)

2023年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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きょうはインゲンとキュウリの支柱の撤去。

こう無茶苦茶な天気だと、秋野菜の準備に作業をあてるほうが得策です。

いま水やりして防除してる葉野菜も、状況がわるいようならすぐに畑を耕してしまって、次の作付けに利用してやろうとおもう次第。

ここからお盆くらいまでの間に、中耕除草して、秋ズッキーニの準備と、来年のニンニクの準備をします。

正直ニンニクはもう中国産がすごい安値で出回っているので、すこし栽培量を調整しなきゃなりませんが、それでも最低限の売り上げにはなるので、ことしも栽培します。

サトイモは長雨でよく育っていたのが、この炎天で茶色く萎れてしまって、いまにも枯れてしまいそうです。ことしはもう、なにもかもが冴えませんが、それはそれでなんとかカタチにしていく努力をし、観察をし、次につなげます。

まあ、しぶといオッサンになるほかありますまい(笑)

#野菜
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ドラクエ11。
勇者のレベルも99になり、ヨッチ族の物語も終了。
最後の敵も倒して、とうとうやるべきこともなくなりました。

ヨッチ族の物語の最後の敵は神様で、「勇者が最後の敵を倒せるか試すためにこんなことをした」というのだけど、歴代勇者の物語の最終盤では、最後の敵を倒してエンディングを見ないと先に進めないイベントがあるので、この点矛盾してるよなあと。

でもそれ以外がとてもよくできていたし、170時間も遊んだのだから、じゅうぶんです(笑)
#与太話

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