山麓王国

2023年11月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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気持ちを汲んでいただいて、ありがとうございます。

理詰めにすると、謝るか、反発するか、どちらかしか選択肢がなくなってしまいます。
そのようなことを避けたかったのですが、結局、マウントをとるような形で謝らせてしまって、すみませんでした。

ぼくは今後も、ここでじぶんの好きなように、日常をつづっています。
いつでもお越しください。
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お返事をいただき、ありがとうございます。

私のメールではなく、投稿が原因だったのですね。
そこには全く思いがいきませんでした。
と言うのは、病院には近所に住んでいたから患者として行ったのであって、信者になるつもりもないし、そもそも統一教会を肯定する気持ちはありませんでした。
そのことは農園主さんがわかっている、という、私の勝手な思い込みがあったから、軽はずみな投稿をしてしまいました。
ご指摘をいただき、あの流れでの投稿は、農園主さんのお考えを否定し、意見の対立を示唆するものだと思われて当然と言うことがわかりました。
実際にそんな気持ちは微塵もなかったとは言え、あまりにも浅薄で愚かなことをしてしまいました。

形式的に謝っているのではありません。
そこに気づかなかった自分に、呆れています。
私がそこに気づかなかった、ということに、さらに返す言葉もなくなるだろうとは想像できます。
農園主さんのお心を煩わしてしまったということに、心から申し訳なかったと思っています。

こちらに気づいたの、開設してから少したった頃でした。
旧・山麓王国では、農園主さんの多岐にわたった記事に、感化され、様々なもの得ることができました。
また、読ませていただけたら、という気持ちでした。
読んでいますとは書きにくいので、そうは書けませんでした。

人間関係を断絶する理由、それは人それぞれですし、この件は充分に理解できます。
そこまで思わせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

農園主さんの記事やメールには、常に新鮮な刺激を与えられ、教えられ、いろいろなことを学ばせていただきました。
その間、農園主さんを否定・対立する考えを持ったことは、一度もありませんでした。
もしあれば、きちんと私も意見を述べていく姿勢でおりました。

返事はいらないとのことですが、誤解を解こうという気持ちからではなく、心からのお詫びをお伝えしたいのと、
それにはある程度の経緯が必要なので、書かせていただきました。

この場で当時のお気持ちをお聞かせいただいたことに、感謝いたします。
ありがとうございました。




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933
以前、ここで統一教会のことについて書きました。

あなたはほんとうは、ここを以前からご覧になっていたでしょう?

ぼくの記事を読んで、なぜ直接じぶんに言わずに、こんなところで書くのだろう、とおもいませんでしたか?

あれではまるで陰口をたたかれたみたいだし、そんなことをされたら、なにも言えなくなるではないか、と。

ぼくはあなたの心を読み取れるわけではないので、そうおもったかどうかはわかりません。
そうおもってほしい、というのでもありません。

ぼくはあのとき、そうおもった、という話です。



われわれがメールのやり取りをしているときに、統一教会の話になり、ぼくは情報を整理したうえで、この宗教団体はダメだと判断しました。

その返信を送ったあと、あなたはメールではなく、多くの読者がいるブログで統一教会系の〇〇病院はよかった、という記事を書かれた。

それで、ぼくは返す言葉がなくなりました。

あのとき、返信の内容を考えたのですが、言葉にすることができませんでした。

反対意見があることはかまわないし、それを直接ぶつけたらケンカになるから避けたかった、ということかもしれません。

もしあなたが、直接メールで、

「この件は以前も言いましたが、よい医療を受けることができたというべつの考えがあるので、いったんお互いに考えを保留しておきませんか」

と投げかけていれば、話はちがったとおもいます。

けれどあなたはべつの媒体でじぶんの考えを述べて、しかもぼくが読めるようになっていた。

それは、悪意のあるなしは別にして、陰口をネット上に公開しているようなものですし、考えの対立をよそで表明したようなものです。

ぼくはメールでなにを返信できたでしょうか。



先日いただいたメールに返信しなかったのは、ほんとうはここをお読みになっているのに、そんなことはない、という前提でお話されていることに、ぼくが付き合う気になれなかったからです。

それに、以前言葉にできなかったモヤモヤを説明できるとはおもえなかったからです。

それで、ここをお読みになっていることを知っていたから、あえて先日の統一教会の記事を書きました。

あの記事を、じぶんとは関係のないところで書かれて、あなたにもしモヤモヤがあったとすれば、それはぼくが去年感じたモヤモヤです。



これが、ぼくが返信をあきらめた理由です。

いま、なんとか言葉にできましたが、当時はこの理由を言葉にすることもできなかったのです。

ぼくはもうお互いのやりとりは望んでいませんので、返信はけっこうです。

こんなことが、人間関係を断絶するほどの理由になるのだろうか、とおもうかもしれませんが、すくなくともぼくが言葉を失う理由ではありました。
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こんばんは。
「山麓王国」を検索したら、こちらが見つかりました。
大阪のことが書いてあったので、そうかな、と。
人違いでしたら申し訳ございません。

何回かメールを差し上げたのですが、まったくお返事がないのでずっと心配しておりました。
もし、何らかの理由があるのでしたら、遠慮なくお教えいただければ幸いです。
差支えがありましたら、このコメントは削除なさってくださいね。



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じゃりン子チエのアニメをダラダラみてます。

まあ、おもしろい。小学生のころからなんべん見たかわかりませんが、まだおもしろい。

西成の、1960~70年代に生業としてやっていたホルモン屋というのが、なんとなくわかるんですよ。



というのも、ぼくの祖父母の家は生野区にあって、あのあたりでもチエちゃんの家のように木造のガラス戸で、うちの祖父は板金屋をしていました。

となりの家は、なんの仕事をしていたかわかりませんが、入ったところに冷凍庫があって、綿菓子をつくる機械もあった。

チューペットが30円で、綿菓子が10円。子供相手にひどく細々した生業をしていました。

大阪の生野区でも、1980年代あたりはまだどこも家に鍵をかけていないので、身内がジャンジャン出入りして、それが逆に用心になっていたようです。



あと、大阪のあのへんの生業をしてる家って、だいたいおんなじような間取りです。

チエちゃんの家は極めつけで、店のほうが広くて、奥に4畳半ほどの生活スペースがあるだけ。

便所はどこやろか、とおもうんですが、もしかしたら店のどこかにトイレがあって、それが家庭用でもあるのかもしれません。

店の奥の引き戸をあけると、右手に「水屋」がある。

水屋というのは食器棚のこと。

たぶんチエちゃんの家は、家の台所と店の調理場が兼用になっているんですよ。

だいたいむかしの、家庭内工業的な間取りは、生活と商売のスペースがごっちゃになっていたものです。



そういうスペースになっているのを、ぼくは介護の研修をしているときに、実習でみています。

生野区の舎利寺の、もともとは喫茶店だったところで、ヘルパーさんはカウンターの中で食事をつくって、カウンターにある冷蔵庫で作り置きをするんですね。

喫茶店の奥に居間があって、そこで老婦が生活をしている。

大阪の都市部には、こういうライフスタイルの店がたくさんありました。

いまでもあるとおもいます。

#与太話
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一時的ではありますが、ゲストIDを「admin」、パスワードも「admin」で、コメントを開放しています。
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ことしの大河ドラマの「どうする家康」。

ぼくはあんまりこのドラマが好きではないんですが、とりあえず見続けています。

どこがきらいか挙げていくと、片手で足りないくらいではあるんですが、いちばんイヤだったのは、厭離穢土欣求浄土の旗印の意味を改変していたことです。

これは本来「穢れたこの世を離れ、浄土を求めよ」という意味以上のものではありません。

旗印にこれを掲げるということは、戦いに赴くものに向かって、死を恐れるなというメッセージを込めています。

兵士が死を恐れてビビっていたら、戦争になりませんからね。

真田は六文銭を旗印にしましたが、これは三途の川の渡し賃と考えられていて、これもつまり、戦場で死んでも三途の川の渡し賃はここにある、だから死を恐れるなというわけです。

で、かのドラマでは厭離穢土欣求浄土は、そんな死を求めるようなメッセージではないという。

「この穢れた地をこそ、よりよい社会(浄土)に変えていこう」という意味なんだそうな。

んなわけあるかい。

そんなふうに歴史を都合よく解釈することを、歴史修正といいます。



ところで、家康はもちろん仏教徒ですが、どの宗派だったのか。

もしこれが日蓮宗であったなら、あるいは厭離穢土欣求浄土の意味合いが、ドラマがいうところのものであった、という主張も、無理筋ではありますが通らないこともありません。

日蓮はいまでいうところの現実主義者でした。

死後に救いを求めるよりも、いま生きているこの世を変えなければならないではないか、というのです。

みんなで南無妙法蓮華経を唱え、いま生きているこの世を変えようとすることが、すなわち救いではないか、と。

この考え方であれば、現世を浄土にしようではないか、という考えも成立します。



ところが家康はどうも浄土宗だったらしいのです。

曹洞宗か浄土宗でもめていたりするらしいんですが、少なくとも日蓮宗ではない。

浄土宗であれば、浄土には阿弥陀仏が統べるあの世という以外の意味はありません。

ちなみに厭離穢土という言葉は、万葉集にも出てきますが、これもやはり、この汚いこの世を離れて、清浄なあの世へ行きたいというものです。



しかしこのドラマは、なんで江戸時代が終わった現代になってなお、家康にゴマをするような歴史修正を行わねばならんのか。

こういう茶坊主的な脚本のありようが、どうにも腹に据えかねるわけです。

では、ぼくはなんでドラマをみてるのでしょう。

見なきゃいいだけなんですけど、見ないと批判もできないでしょう(笑)

ジレンマを抱えながら、視聴している次第なのです。

#与太話
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じぶんがさびしいとおもうとき、じぶんだけがさびしいのではないだろうともおもう。

ぼくが感じるさびしさは、あるときだれかと半分こにしたさびしさです。

このさびしさは、ねちゃねちゃとひっついて、どうしたって離れやしないのです。

ねちゃねちゃしたまま、すこし不便に暮らしていくほかありません。

あきらめて生活するうちに、ちょっとずつ粘度は落ちていくのかもしれませんが、元通りには戻らないでしょう。

うれしかったことや楽しかったことは、きちんとなにかに残しておかないと、さらさらと砂のようにこぼれていくのに、さびしさだけはねちゃねちゃとひっついてくるんですよね。

#与太話
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きのう、オクラをトラクターですきこみました。

去年までは、マルチを張りっぱなしにしていたので、いったん草刈り機で地際を刈って、オクラを畝間によけて、マルチを剥がして、そこからトラクターをかけていました。

ことしはオクラが膝くらいまで生長したところでマルチを剥がしてしまったので、刈り倒しの手間がなく、そのまま耕耘してすき込みしました。

手間がなくてたいへんよろしい。

オクラをなぎ倒すのにトラクターの前の部分がこすれたりしないかとおもいましたが、問題もなく、来年からはオクラがひざ丈くらいまで育ったところでマルチを剥がすやり方でいこうとおもいます。

#野菜
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きょう収穫したカブ。

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きょう袋詰めした春菊。

#野菜
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標高100mの盆地にあるうちのあたりは、霧がたまりやすい地形です。

ちょうどこの時期は、真っ白な霧に覆われるのですが、野菜を配達に行くと、ほんの2kmも離れるともう霧が晴れてくるのです。

で、うちに帰ってくるとまた霧で、フォグライトをつけないと前が見えないくらい。



この霧は、ようするに雨粒のようなものです。

うちのあたりは、この時期は雨が降らなくても、朝になると霧の水分で野菜はみずみずしいままです。

冬になると雪に閉ざされる不利な土地ですが、こういうメリットもあります。
というか、このメリットのおかげで、毎年この時期の葉野菜は上出来になります。

#野菜
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岸田さんの支持率が下がってるの、どうしてマスコミは、インボイスの影響だと言わないんでしょうね。

インボイス増税自体は岸田さんの責任じゃないけど、庶民からすりゃ当てどころがないのは腹が立つので、とりあえず総理大臣に怒りをぶつけようとなる。

そのへん、庶民のアホさがあるとおもうけど、個人的には岸田さんはいちおうよくやってるとおもう。

いまはともかくサンドバッグ状態で、そこからなにか展望が見いだせるかどうか、というところでしょうか。
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元大関の朝潮が亡くなったんですね。

大阪にいたころ……近鉄の弥刀駅から長瀬駅に行く途中に、コノミヤというスーパーがあって、このスーパーに朝潮の似顔絵の看板があったんですよ。

電車に乗ってると、朝潮の似顔絵と「コノミヤ 朝潮」とあるものだから記憶に残っていました。

ぼくが大人になってからも、朝潮の人柄は好きでした。

朝青龍の師匠でもあるわけですが、あの暴れん坊をあれだけ寛容に受け入れられた度量は相当なものだとおもいます。

コノミヤはいまもありますが、あの看板がいまもあるのかはわかりません。朝潮の奥さんの恵さんが、コノミヤの会長の娘なんだそうです。

#与太話
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スキムミルクと入力したら「隙無ミルク」と変換されてゲラゲラ笑ったので、きょうはもう完全勝利です。
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スーパーの野菜価格がきのうあたりから下がりだしたので、うちも野菜の価格をきょうからすこし下げようとおもいます。

チンゲンサイは200gで139円といいましたが、これを128円に下げます。

ベカナもおなじくらいにしようとおもっています。

カブの値段は当面180円のまま下げずにいようとおもっていますが、春菊はどうしようか、考え中。

とりあえず売れ残りが出るようになってから考えよう。

#野菜
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ことしはカメムシがほんとうにすごい。
毎日10匹ほど捕獲してますが、これは家の中だけの話。

野良仕事をしていたらすさまじい数のカメムシがいますが、もう相手をしません。
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『魔法少女まどか☆マギカ』をみました。

感想と考察です。



望みをかなえることと引き換えに魔法少女として契約すると、ソウルジェムという結晶に魂を移して、肉体はかりそめになる。

魔女はグリーフシードという結晶を持っています。

魔法少女は魔女を討伐し、グリーフシードを得てソウルジェムを浄化するのですが、浄化ができずにいると魔法少女は魔女になります。

なので、ソウルジェムの成れの果てが、グリーフシードということです。

そのため魔法少女は魔女の討伐に明け暮れなければならず、それでもいずれは魔女になってしまう。



ソウルジェムとグリーフシードの関係性でふとおもったのが、シェイクスピアの『マクベス』です。

権力闘争によって血で血を洗う悲劇となるこの戯曲では、冒頭に3人の魔女が出てきて、このような言葉を残します。

"Fair is foul, and foul is fair."

「きれいはきたない。きたないはきれい」

魔女たちにたぶらかされたマクベスとその夫人は権力欲におぼれて、殺人を繰り返しました。

しかし深層心理でその罪悪を浄めたかったのか、夫人は夢遊病となり、夢の中で落ちない血を落とそうと、必死に手をこすり続けるのです。

魔法少女の、汚れていくソウルジェムを延々とグリーフシードで浄化し続けなければならないというくだりは、野望と引き換えに、血の浄化を延々と繰り返して絶望するマクベス夫人のようです。



地球外生命体のキュゥべえは、宇宙のエントロピーの問題を解決するために魔法少女と魔女を利用している、ということなんですが、たとえると戦争における武器商人のような役割です。

武器商人は、戦争をする互いの国に武器を売りつけて、利益を得ます。
かれらは戦争によって儲けることだけを考えているので、戦争が悪であるという観念がありません。

おなじようにキュゥべえは、魔法少女を魔女にし、新たな魔法少女を勧誘することを繰り返して、エネルギー(利益)を得ることが目的で、人間的な善悪に興味がありません。



最後のまどかが魔法少女になるための願いは非常に宗教的です。

じぶんの足元のだれかを救うのではなく、神のようにすべてを救う犠牲と救済を望みます。

最終話に至る間際で、タイムリープによって最適解を得ようとする展開になりましたが、最終話でこれまでの謎解き的な物語から一気に、神話として作品が完成したのには感心しました。
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納豆一日に2パック。

ナットウキナーゼのサプリメントはどうも効いている気がしませんが、実物の納豆は食べてから3日で、胸の痛みが軽快しつつあります。

ねばねばさえなければ、習慣にしやすいんですけどね。


まだうずくときはありますが、痛みは遠ざかりました。

やっぱり血栓系の症状だったのだろうとおもいます。

かなり不穏な痛みでしたが、生き返りました。もう元気です。
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そういえば、1か月ほど前だったか、ご近所さんからポポーという果物をいただきました。

非常に不思議な果物で、大きさや形はアケビに似ています。

熟したものは手でカンタンに剥けました。

食感は熟柿で、桃のような繊維があります。味も柿にすこし似ていますが、パッションフルーツのような特徴的な味もあります。

ただ、いわゆる青味というのか、たぶんここが好き嫌いのわかれるところだろう、という風味もありました。
たとえると、アボカドのような感じ。

鳥害や獣害もほとんどないらしく、ずいぶん育てやすいそうですが、非常に足がはやく、熟して3日も経たない間に黒ずんで、ダメになってしまうといいます。

この果物をくださった方が言うには、家族総出で一生懸命食べてたんですが、一日に2個を毎日食べてるうちに、すっかりイヤになってしまったそうな。

ぼくは3ついただいたのですが、たしかに毎日たくさん食べてると、飽きそうな感じがあります。

でも食後のデザートに、半分ほどの剥き身がお皿にのって出てくる、というのであれば、喜んで食べられそうな気もしました。

日持ちしないのが難点のようですが、火を通してジャムやチャツネにしてしまうのがよいのかもしれません。

#野菜
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ここ数日は体調不良でした。

相変わらず左胸の痛みはありますが、ふつうに生活。

無理は控えています。

納豆を朝夕の2回。子持ちメカブが安かったので、これも食生活に。

血をキレイにする、血をサラサラにするというのは、ぼくのライフワークにせにゃならんなあ。

あと、ダイエットの必要も感じます。
でも、面倒くさいなあ。←チョコパイを食べながら



ここ最近の野菜の売り上げです。

あんまりセキララなことは書きたくないけど、じぶんへの備忘録として。



カブ、3000円~3500円ほど。

シュンギク 1500円~2000円ほど。

チンゲンサイ 1500円~2000円ほど。

サトイモ 2000円ほど。

あと数日でベカナが加わって、あと1000円ぶんくらい売り上げが増えそうです。



カブはおおむね400gほどで180円。

シュンギクは200gで180円。

チンゲンサイは200gで139円。

ベカナはいくらで売るかまだ考え中。

サトイモは350gで、サイズによって200円から300円。

すべて税抜きです。



昨今の値上がり傾向を踏まえて、野菜も去年より10~20%ほど値上げしていますが、ありがたいことに売れてます。

直売所基準だとこの値段だと高いかもしれませんが、市場基準でいまの時期にこの値段は割安かもしれません。

なのでえらそうなことは言えませんが、できるだけ世の中の相場に合わせるようにして、生産者同士で足の引っ張り合いにならないように気を付けています。



社会的にみると安い日当かもしれませんが、ぼくにとっては上出来です。

うちは持ち家ですが固定資産税がほとんどかからず、家賃がないに等しいので、収入が低くてもどうにかなるんですよね。

#野菜

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木村さんと、房之介さんの、「酒と泪と男と女」

近藤房之介さんは、日本のブルース界ですごい存在なんですが、一般的にはちびまる子ちゃんの主題歌のBBクイーンズ「おどるポンポコリン」の、インチキおじさんのほうで有名です(笑)

タッタタラリラ、の人ですね。

ブレイクダウンというバンドに参加していたことがあって、むかしは「東のブレイクダウン、西のウエストロード」というような、関東と関西でブルースバンドの競い合いのようなこともあったそうな。
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ぼくはまだ左胸が痛い。

と、そんなことより、BEGINがこの歌を歌うときの相性のよさ。

比嘉栄昇さんの歌声、好きやなあ。

ちなみにぼくは若いころ、ライブの休憩中にお酒を飲んでた木村さんと握手してもらって、さらに写真撮ってもらって、ちょっとだけ話したことがあります(笑)

#音楽
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AIが人間を追い越すことを、シンギュラリティというらしいんですが、これはアキレスと亀でしょう。

AIが人間に近づいて、知性の面では人間を追い越すとしても、人間にはなれない。



芥川龍之介の『侏儒の言葉』における『天才』という項目にはこうあります。

天才とは僅かに我我と一歩を隔てたもののことである。 ただこの一歩を理解する為には百里の半ばを九十九里とする超数学を知らなければならぬ。

ようするに、凡人と天才の違いはたった一歩だが、この一歩がどうしても追い付けぬのだ、と。



AIと人間もおなじで、AIがいくら人間に肉薄しても、このあと一歩にたどりつくことができません。

それは、絶対にできない。



われわれがAIを畏れるのは、たとえば機関車と駆けっこして勝てなくなるということを畏れるのに似ています。

機関車は人間の走る速度をはるかに超えているけれど、それで人間を追い越したということにはなりません。



AIもおなじようなものです。

人工知能がいくら進化して人間の知性を凌駕しても、AIは人間に追い付くことも、追い越すこともできない。

あと一歩のところまで肉薄しても、その次の一歩。

「この一歩を理解する為には百里の半ばを九十九里とする超数学を知らなければならぬ」のです。

#与太話
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NHKスペシャルの「"宗教2世"を生きる」をみました。

エホバや統一教会における教義を、ただ信者から生まれたというだけで押し付けられた2世の悩みや苦しみについて取り上げたものです。

この問題の本質は、宗教の教えが社会のありようと食い違っていて、教団側が教えにしたがうことを暗に求めていた場合、信者がどう行動すべきか、社会はどう働きかけるべきかということです。



たとえば、シビリアンコントロール(文民統制)という言葉があります。

文民とは、軍人以外の人間をさします。

つまり、軍人以外はみんな文民です。

で、この軍人を文民によって統制する、という制度がシビリアンコントロール。

これが守られないと、戦前の日本のように、軍人が文民よりも権力をもってのさばる社会になります。

暴力装置が市民を抑圧することになるわけですから、当然、そういう社会はろくなことがありません。



宗教の場合も、文民統制がおかしくなるようなことが、起こるわけです。

社会、コミュニティ、家庭よりも、宗教の教義のほうが重い、という逆転現象が起こってしまう。

そもそも、この社会でうまく生活していくために宗教があるのに、その宗教がじぶんの生活や社会より重い存在になってしまって、反社会であったり、家庭崩壊を招く。

信者がこの点を理解していないことも問題なんですが、社会や生活よりも教義のほうが大事なんだと教団側が仕向けているとすれば、それが最大の問題です。



日本社会は法治国家です。憲法、法律は、当然宗教の教義より重い。

それが日本国民にとっての「常識」です。

ところが特定の宗教の教義を、原理的に解釈すると、憲法や法律とかみ合わないことがある。

宗教の教義は、日本の憲法や法律が定められるより前から存在するものがたくさんありますから、そういうことも起こるでしょう。

けれど、やっぱりわれわれは教義と社会を天秤にかけたときには、社会を重んじなければならない。



宗教の教えが社会のありようにそぐわないとき、信者は迷わず社会のありように沿うべきです。

社会もそれを支持し、教団の問題を追及しなければなりません。

これまでの日本社会はこの点での追及が弱かった。

宗教はどのような教義であったとしても、その国の社会に従わねばならないという統制が、課題なのだろうとおもいます。

#時事
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これまでのパターンだと、もうさすがに防除しなくていい時期のはずなんですが、どうも11月になっても気温が高くて虫が活発に動きそうなので、きょう雨があがって野菜の葉が乾いたタイミングで防除しました。

すでにコナガやモンシロチョウは微妙に活動していて、軽く葉に食害もあったので、やっぱりまだ防除が必要なようです。



あと、4弾目のカブの種をまいたあとに、セキレイのつがいがうろうろしていて、こいつもしかしたら種を食ってるのか、とおもったんですが、かなり発芽がわるいんですよね。

忌避剤であるチウラム処理をした種なんですが、鳥がそれをついばむとなると……。

まさか雑食性のセキレイがたった2羽で地中のカブの種を選んでこんなに食害するというのも不思議です。

ほかの葉野菜には被害がないので、たまたまだったのか、ほかの原因があったのか。

……うーん。

まあ、ことしはもう、あんまり考えないようにしよう(笑)

#野菜
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ここ数日、左胸が痛みます。

ぼくは病気のデパートのような体をしていて、若いころ盲腸炎で手術した数年後に、腹膜炎を起こして大腸を1/3切り取りました。

盲腸炎をこじらせたのは高校生のころですが、そのとき入院していて、しばらく寝たきりになってました。

寝たきりになって数日後、足が痛いとおもったら、深部静脈血栓症になっていました。
左足の太い静脈が詰まってしまって、足が象のようにパンパンに腫れました。

この治療で血栓を溶かす薬を用いたんですが、この血栓は一度発症すると、血管の弁がダメになるらしくて、いまも慢性的に左足が腫れています。


どうもぼくは血が固まりやすい体質らしくて、10年ほど前には肺塞栓のような症状になりました。

静脈血栓が剥がれて血流に乗って肺に流れることで発症するようです。

あのときちょっと無理がたたって、また左足が強く腫れたんですよね。
その数日後に、胸が痛くなった。

徐々に肩が凝ったように腕にも痛みが広がって、咳が出るようになりました。

突然死を覚悟して、病院に行こうかとおもっていたときに、血栓を溶かすのに納豆がよいという情報を得ました。

べつに怪しい宣伝をするわけじゃないですよ。

ただ、半信半疑で納豆を食べた、というだけの話です。

ナットウキナーゼという酵素には、血液を固めるフィブリンというたんぱく質を溶かす作用があるとのこと。

できてしまった血栓まで溶かしてくれるというので、まあ病院に行く前に一度試してみようじゃないかと人体実験してみたら、その日のうちになんとなく症状が緩和されたような気がしました。

で、一週間ほどで症状が軽快。

ホンマかいな、とおもいましたが、どうやらナットウキナーゼの血栓を溶かす効果はホンマっぽいです。



それ以来、定期的に納豆は食べていたのですが、最近ちょっとご無沙汰で、そんな折にまた胸の痛み。

おそらく以前とおなじ箇所がまた詰まったんじゃないかとおもいます。
微妙に咳が出て、痰がからむのもそれっぽい。

以前よりは症状は軽いんですが、そういえば一週間ほど前までは、なんだか頭が痛かったんですよね(笑)

老眼鏡を変えてからどうも眼精疲労があったので、そのせいだとおもってたんですが、もしかしたらなにかあったのか、そのへんはよくわかりません。

とりあえず、また納豆で痛みがどうなるか人体実験。

ほっといたら死ぬ系の問題に慣れてしまうと、こういうふざけたことをするようになります。

まあ、ダメならダメで、しょうがない。



ぼくはたぶん、まともな医療がない時代だったら神様に愛されて、14歳くらいで盲腸炎から腹膜炎を起こしてあの世に行ってたとおもいます。

しかし、医療や情報の発達した時代に生まれたおかげでどうにかしぶとく生きてます。

夭折(早死に)する者は神様に愛されてる、といいますが、神様はぼくをなかなか連れて行ってくれません。

ぼくは信仰心が続かない、疑り深いタイプなので、そのへんがバレているのかもしれません(笑)

膵臓も弱いし、胆石もあるし、内臓系の疾患をたくさん抱えて、ことし45歳になりました。

相対的な年齢としてはまだ若いといわれるのかもしれませんが、ぼく自身の感覚としては、もうよく長生きしたとおもっています。



まあ、そんな面倒ごとの多い肉体ですから、じぶんの体調と相談しながらマイペースに働ける、ひとり親方の百姓は天職です。

#与太話
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あ、そうか、と。

きょうはたくさん気づきのある一日です。



ぼくはいま、20年以上前のソニーのオーディオシステム(といったって当時定価4万円のものです)で、当時道楽で100枚ほど買いためたCDから、好きなモノを選んで聴いています。

これが、もうパソコンで音楽を聴くのとは、次元がちがう。

ぼくは青年時に、いまよりよい耳で、このすばらしい音質で音を聴いていたのだ、と。

もう近くで飛んでいる蚊の羽音さえ聴き取れなくなったこのおんぼろの耳が、感動してる。

若い世代は、いまオーディオシステムなんて持ってないだろうし、CDやレコードで音楽を聴くこともないでしょう。

この体験をしていないんだ。

この体験がふつうのものだ、という時代を経験せずに、まったくべつの感動の中に生きているのだ。

そうか、と。



だからなんだということはありません。

いまの若者と比べて、じぶんが優位だともおもいません。

ただ、ぼくはじぶんの世代だけで共有する箱の中にいて、これからのぼくは、箱の中で生きるのだとおもう。

ぼくの言うことが理解できない世代の人々は、ぼくには理解できないじぶんの世代の箱の中で生きることでしょう。

現代は、その世代の断層がタイトになったというだけの話です。

#与太話
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ギタリストのリッチー・ブラックモアはハードロックのパイオニアですが、ほかの多くのハードロッカーと一線を画しているのは、クラシックの素養があったことです。

なので、単調になりがちなハードロックの音作りが、非常にメロディアスで特徴的なものになっていたというところで魅力で、特にヨーロッパでなじみやすかったんじゃないかとおもいます。

#音楽
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ゴダイゴって、突き抜けたセンスがあるんですが、実際は地に足がついてるんですよね。

生活の歌を歌う。

思想を情熱をもって歌う歌手はたくさんいますが、生活を情熱をもって歌える歌手は、ほんとうに少ないです。

その点でゴダイゴは稀有です。

この歌は、若者が自然と結びつく、いわば古式ゆかしい恋愛の、その幸福を祈る歌です。

ほかにも、名前の美しさを説いたり、信仰の歌を歌ったり、あと単なるリベラルなバンドではなくてメンバーに極端な保守がいたり、おもしろいです。

曲中の「in order to get happiness」が「祈り続けるハピネス」に聞こえるのは、ネットで調べても出てこないんですけど、意図したものじゃないのかなあ、と勝手におもっている次第。

#音楽

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2026年4月5日(日) 11時48分53秒〔5時間前〕