山麓王国

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後半です。

ここからはぼくの旅行の話も混じります。

自宅から大原へ向かったんですが、あと1時間足らずで大原に到着しそうだというあたりで、たいへんな峠に差し掛かってしまいました。

グーグルマップをカーナビがわりに案内してもらっているだけではわからないものですね。

そこは国道477号線、「百井別れ」といわれる、関西でも屈指の酷道だったんです。

昼間でも薄暗く、離合のむずかしい急坂(ガードレールなし)を30分ほど、延々とゆきました。

ハンドルミスひとつで、ほんとうに滑落しかねない道です。

帰ってからネットで調べたら、477号線を「死なな(477)いで」とかけていたのをみて、笑ってしまいました。

地元の人でもこの道は通らないといいます。

どうりで午前11時ごろだったにもかかわらず、対向車がほとんどありませんでした。

あのあたりはちょうど鞍馬のあたりで、うっそうとした険しい山道を緊張して走る中、これはたしかに天狗がいてもおかしくないとおもったものです。

道中、一瞬だけひらけたところに出たんですが、それがむしろ異界をおもわせる情緒でした。

民家の前で年老いた女性が大根を洗っていました。

車から降りて「この先どう行けばいいですか」と聞こうかとおもったんですが、高野聖みたいになるといけないとおもってやめました(笑)

あの酷道を走ることはもうないとおもいますが、ある意味で貴重な経験だったとおもいます。



峠を越えて、なんとか寂光院のふもとに着きました。

寂光院は平野部からすこしはずれて、なだらかな山坂をしばらくのぼったところにあります。

寂光院に向かう坂道の途中で、土地を持っている民家がそこここに駐車場をつくっています。

だいたいどこも時間設定なしで料金は乗用車が300円でした。

寂光院の拝観料はたしか700円ほどで、駐車場も拝観料も観光地にしては良心的だったとおもいます。

寂光院は尼寺なんですが、寺院のたたずまいに権勢を誇るようなところがなく、どこかひっそりとした落ち着きを感じさせて、やっぱり女性的なお寺だとおもいました。

全体的にひかえめで、奥ゆかしい印象です。

参道も商店があるんですが、派手な商売っ気もなく、落ち着いていました。



参道から境内まで端正なたたずまいでしたが、おそらく徳子がいた時代は、現代のように管理はできなかったことでしょう。

土地の保全に機械をつかうわけにもいかないし、山をおりて平野部に行かないと、食料生産もおぼつかなかったとおもいます。

ぼくも田舎に暮らしているだけに、いかにも暮らすのがたいへんな場所であることは察しがつきました。



帰り際、授与所で年配の女性の方(お寺の関係者)に声をかけていただきました。

他愛ない会話だったんですが、最後に「仏様のお導きがあったんだとおもいますよ。またお越しください」とおっしゃられました。

その言葉があったから、というわけでもないのですが、ここはおそらく再訪するだろうな、という気がしています。

訪れた者を拒まない、柔和な空気が漂っているようにおもえたからです。



さて、平家を追い込んで破滅させた後白河法皇は、徳子が寂光院にいると知って、文治2年(1186年)に大原に御幸(外出)しました。

もちろん嫌がらせで御幸したのではありません。

後白河法皇は平清盛を憎んでいましたし、徳子はその娘です。

政治的には、源頼朝から「日本第一の大天狗」といわれるほどの権謀術数を誇る野心家でもありました。

生き馬の目を抜くような伏魔殿の中でやってきた政治家です。

その法皇が大原に行くということだけ聞けば、落ちぶれた徳子の顔をみてやろうとでもおもったのだろうかと勘繰りたくなりますが、じつはそうではないのです。



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すこしややこしい家系の話になりますが、後白河法皇の女御(妻)は平滋子といいます。

滋子は平清盛の妻時子(二位尼)の姉でした。

そして後白河法皇と滋子の間にできたのが高倉天皇です。

平徳子は、清盛と時子の娘です。

後年、高倉天皇と平徳子が結びつくんですね。

つまり、徳子は伯母の子と結婚した……言い換えればいとこと結婚したというわけです。

後白河法皇にとって、徳子は義理の(追記:妹の)娘であり、姪っ子でした。

平家は後顧の憂いを断つためにも滅ぼさねばならぬ敵であると同時に、かけがえのない身内だったわけです。



当時の世の習いとして、戦になった以上、負けた武士は死ぬ必要がありましたが、女や子供は殺す必要がありませんでした。

頼朝は平家討伐にあたって、安徳天皇の無事と、平家が勝手に持ち出してしまった三種の神器を取り返すように命じています。

しかし平家の側で「生きて虜囚の辱めを受けず」のようなかたちで、女房も多くが壇ノ浦の海で自害してしまったんですね。

もちろん生き延びたものもいますが、武士のほとんどは処刑され、女房達もほとんどが放逐されて名もなき者となりました。



とまどう安徳天皇の手を引き「浪の下にも都があるのですよ」といって一緒に入水したのは、さきほど述べた清盛の妻、時子(二位尼)でした。

三種の神器のうち、草薙剣がこのとき海の底へ沈みました。

後白河法皇からすると二位尼は義理の妹であり、安徳天皇に至っては血を分けた孫です。

いくら敵対する関係だからといって、このような結末を心から望んでいたはずがありません。

甘いことをいえば、安徳天皇と三種の神器が朝廷に帰ってきて、平家が没落し、みずからの脅威とならなければそれでよいのですが、みずからの怒りを武士集団である源氏に預けた以上、血が流れずにはすまないことを法皇はわかっていました。

(追記:しかしまさか法皇も、平家が命乞いすることもなく天皇に至るまで自決して、あとになにも残らないほどの惨状になるとはおもっていなかったでしょう)

寂光院へ向かったときの後白河法皇の心境は、もはや恩讐を越えて、忸怩たるおもいや、むなしさに満ちていたのではないでしょうか。

そして、「どのツラ下げて」という話ではありますし、表立ってそんなことをいうはずがありませんが、徳子が生きて救われたと聞いたとき、法皇はきっとうれしいやら心配するやらで、会いに行かずにおられなかったのだとおもいます。



ちなみに後白河法皇が御幸したルートは、ぼくが通った百井別れの道ではなく、京都市内から北東へ向かうすなおな道でした。

大原女もこのすなおな通って都へ向かっています。

ぼくは大原からの帰りに、百井別れをもう一度通る気になれなかったので、京都市内に出て大回りして帰ったのですが、この道なら法皇も訪れやすかっただろう、とおもったものです。




法皇の突然の来訪に徳子は取り乱しました。こんなあわれな姿をみられたくないといって、激しく拒絶したともいいます。

しかししばらくすると気持ちを落ち着けて、互いに敬意をはらいながら、語り合うこととなりました。

平家物語のすごいところは、武家と皇室による血で血を洗うような因縁の物語が、巻末の「灌頂の巻」における法皇と徳子の語り合いによって、浄化されてしまうことです。



徳子は法皇を前に、じぶんが朝廷にいたとき、そして追われる身となったとき、壇ノ浦の悲劇を目の当たりにしたときのことを、地獄の六道にたとえて話しました。

法皇は徳子の長い身の上話をじっと聞き入ったあと、

「玄奘三蔵は悟りを開く前に六道をみたと申します。わが国の日蔵上人は蔵王権現のお力にて六道をみたと承っております。あなたのように生きながら目の当たりに六道をみるようなことは、ほんとうにあり得難いことでございました」

といって涙をぼろぼろ流しました。

徳子もはらはらと涙し、法皇のお付きの者も、徳子の女房たちも、みんな涙に暮れたといいます。

寂光院の鐘が鳴り、夕方が近づくと、法皇は名残を惜しみ、涙をこらえながら御所へ帰りました。

徳子はとめどなく涙をこぼしながら、長いあいだお見送りをし、寂光院に戻ると安徳天皇、平家一門に向けて祈りました。

徳子の死がいつであったかは諸説ありますが、平家物語では建久2年(1191年)、36歳の徳子は病を得て、女房たちが見守る中、五色の糸を手に御念仏を唱えながら亡くなったといいます。

平家物語のエピローグである灌頂の巻の「灌頂(かんじょう)」には、お墓に水を上げるという意味があります。

寂光院を訪れながら、ああ、徳子も後白河法皇も、この大原のなだらかな坂を上ったのだろうとか、平野部の景色は現代のものだけど、山々の景色はあのころとほとんど変わっていないのだろうな、とおもったものです。



というわけで、旅の話はおしまいです。

今回は勝手なことでしたが、前後半にわけて、大原の旅の記憶についてあれこれお話させていただきました。
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今回も長い話になりますので、2回にわけてお話させていただこうとおもいます。

まず、前回に引き続いて民主主義の話をしようかともおもったのですが、その矢先に韓国での戒厳令のニュースが飛び込みました。

あれはまさに「いざとなったら独裁権やそれに近い権限を持つ機関や人があれば、統制がとりやすくなる」というギズモさんのおっしゃった権限を、韓国の政権が利用したものでした。

いまの韓国は右派政権ですが、その政権の出した国家予算に対して、野党(左派)の反対があって決議することができず、国家運営が停滞してしまうという理由で、戒厳令を発したというのです。

戒厳令が実際に敷かれれば、国民の自由や人権は制限されることになります。

これに対して日本のネットでは、右派と左派がそれぞれの見方をいつものように批判し合っていました。

ぼくはそれをみて、ここでの民主主義の話はやめようとおもいました(笑)

ただひとつ、ギズモさんのおっしゃったように、どのような立場であれ、いい方向に世の中が変わっていくべきだとぼくもおもいます。

もしかしたら不完全燃焼におもわれるかもしれませんが、この件はこれでおしまいにさせていただきます。



モロヘイヤは、夏になると比較的食べやすい葉野菜のようで、よく売れます。

ぬめりはありますが、クセが少なくてアクもないでしょう。

夏の葉野菜って、ほとんどぬめりがあって、しかもアクが強いものが多いんです。

つるむらさきにせよ、空心菜にせよ、重曹などのアルカリ性の薬剤でアク抜きしないと口の中がギシギシするような野菜です。

おそらく地域性もあるとおもうんですが、モロヘイヤは下処理なしで料理につかえるので、うちのあたりの夏の直売所では人気があるようです。

人気があると知らず、これまであまりつくってこなかったのですが、意外とよく売れるので、来年は主力のひとつにしようとおもった次第です。



お風呂があたらしくなって、なによりでした。

個人的な話なんですが、ぼくはお風呂の配管の金属アレルギーなのか、薪で風呂をわかしたり、あんまり長く追い炊きをするとダメということがわかりました。

子供のころから、二日目のお風呂でじんましんが出る体質だったんですが、あたらめてこっちに住むようになってアレルギーの出どころがはっきりしました。

せっかく薪風呂が楽しめるお風呂なのに残念ですが、薪集めしなくてよくなったと前向きにとらえています(笑)

うちも風呂の窓があるんですが、窓を開けて外気を取り入れながらお風呂に入るの、気持ちいいですね。



さて、今回話が長引いたのは、大原寂光院に旅行した話を、平家物語と絡めて書こうとおもったからです。

5000文字ほどになったので、前後半にわけて投稿させていただきます。



寂光院に行ったのは、大原が京都市の中でも非常に山深い田舎だったからなんです。

どれくらい山深いかというと……NHKに2分に満たない大原の動画がありましたので、ぜひお暇なときにでもご覧ください(笑)

https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?...

この動画の冒頭で、大原を俯瞰した場面があるのですが、その画像を拝借して、寂光院の位置を示します。

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京都市内はいまや外国人観光客のルツボと化していて、休日はもちろん平日でも人が多く、駐車場を探すのにも苦労しますし、行く気になれませんでした。

ところが大原は京都市にもかかわらず、喧騒から離れた場所にあります。

特に私生活上のなにかがあったわけではありませんが、旅行に行けるのが平日だったので、日本の歴史上指折りの悲劇の舞台のひとつを、実際にみてみたいとおもった次第です。

ぼくは、當麻曼荼羅を編んだ中将姫もそうですが、日本史上の、悲劇のヒロインに興味があるのかもしれません。



大原は地理的には、京都市中心部(御苑)の北東にあたります。

御苑から寂光院までの距離は直線距離で10kmちょっとです。

実際に行こうとおもうとあと数km伸びるでしょう。

行こうとおもえば、徒歩で半日の距離です。



御苑は朝廷のあった場所で、平清盛ら平家の一族がいた場所でもありました。

安徳天皇の母、平徳子は29歳のときに山口県の壇ノ浦の悲劇から生還して、朝廷から北東に10kmしか離れていない大原に隠棲しました。

本人が望んでそこに決めたわけではないとはいえ、いじましい距離だとおもいます。

余談ですが、大原では古くから「大原女」といって、山でとれる柴(小枝)や薪、農産物を女性が頭に乗せて、京都市内まで売りに出ていたといいます。

徒歩しか交通手段のなかった時代には、山の恵みを都で売るにはちょうどよい距離だったんですね。

大原女は特徴的な格好をしているんですが、これは徳子の従者であった阿波内侍が作業着にしていた衣装が元になっているそうです。

さすがに戦後は大原女の風習も廃れましたが、いまでも観光文化としては残っています。

大原に行ってつくづく感じましたが、建礼門院徳子の伝説が土壌や空気に溶け込むようにして残ってるんです。




話を戻します。

徳子は天皇の母とはいえ、その天皇もうしなわれ、朝廷からすれば逆賊とさえいわれかねない立場になってしまいました。

つい数年前までは、朝廷で栄華の頂点を極めていたのです。

それがすべてを失い、29歳にして剃髪し、700m級の山々に四方を囲まれた大原の山麓で、世をはかなみ、平家の菩提を弔いながら生きることになってしまった。

出家した徳子(建礼門院)のこのような歌が残っています。

思ひきや 深山の奥に住まひして 雲井の月をよそに見んとは

深い山奥に住まうこととなり、かつて朝廷から見ていた月を、まさかこれまでの暮らしと縁のない、遠く離れた場所から眺めることになろうとはおもいもよらなかった、というような意味です。

「よそ」という言葉に、ここはじぶんの本来の居場所ではないという意味が込められているようにおもえます。

かつて暮らした朝廷の華やかさに焦がれ、汚名と孤独を背負いながら、過酷な山奥で生活するのは、死ぬよりもつらいことだったかもしれません。


(後半へ続く)
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記事を読ませていただいた時、ちょうど、とんかつ屋さんで「しば漬け」を食べていたところだったので、シンクロにびっくりしました(笑)
ご飯、キャベツ、しじみのお味噌汁がお代わり自由なのですが、しば漬けのお代わりはできないシステムでした(笑)

寂光院にいらしたんですね。京都は何回か行きましたが、大原方面は一度も行っていないんです。
平家物語の、安徳天皇の入水の場面は有名な話ですが、徳子のその後の話は知りませんでしたし、しば漬けのお話も初耳でした。

わざわざ寂光院にいらしたのは、何か思うところがあってでしょうか。

民主主義についてのご説明をありがとうございます。

昭和天皇の「いざとなれば手続きを省略できる独裁のほうがよいのではないか」という考えは、あくまでも「いざとなれば」という段階でのことなのでしょうね。
全体主義ではなく、自由、民主という方向性の中で、いざとなったら独裁権やそれに近い権限を持つ機関や人があれば、統制がとりやすくなるように思いますし、それが無理なら、手続きを順々と律義に形式的に踏むのではなく、できるところはできるだけ飛ばして、ということでいいのではないかと思います。

民主主義は、話せばわかる的な考え方だと思いますが、話をする前に暗殺したり襲撃するという暴力的な変え方は、いつの世にもどこの国でもあるのかもしれません。
でも、(追記)悪は悪だと認識したうえで、いい方向に世の中が変わっていくべきですね。

トランプは議会を襲撃したのに、再選されるというありえないことが起きましたが、兵庫県の知事も自殺者2名を出したに関わらず、華々しく再選され、驚きました。
もしSNSというものがない時代なら、あれほど応援する人が出てこないで落選したかと思うのですが、そもそもパワハラなどが本当にあったかどうか、その事実関係が不明瞭な段階で立候補が可能だったことに問題を感じます。
パワハラが事実であったとしても、再度知事になって言動には留意するでしょうし、市民によって選挙で選ばれたのですから、今後はしっかりと頑張ってくれたらと思います・・・・・が、なんだかすっきりしない再選でした(笑)


お父様のお話ですが、一気に起きて、ご家族もご心配でしたね。

立て続けに起きると、ご本人もご家族も、考えなくてもいいことまで考えてしまい、それがまた身体に影響して病気が長引いたりすることがあるかと思いますが、よく乗り越えてくださいましたよね。
ちょっとした風邪でも気が滅入ってしまうこともありますし、病気とたたかうには、精神力が大事だと思います。
同時に、周りの方々が体力、精神力を維持することも重要ですね。

娘婿の父親にがんが見つかった時の話です。
敷地内に氏神さまがまつってあり(昔からあったとか)、その祠に柿の枝が大きく張り出してきて、それを切らないと神様に失礼だと気になっていたようなのですが、(補足・娘婿の)父親が大殺界かなにか?にあたっており、そういう時期に氏神さまに触れてはいけない(木を切ってはいけない、だったかもしれません)という考えが(補足・娘婿の)父親にあって、結局そのままにしておいたそうです。
切った方がよかった、切れば快方に向かっていたかもしれない、などと家族で悩んだらしいのですが、そういう気持ちになるのはよくわかります。

先日の立て続けの指のけがの時でさえ、なにかの呪いではないかと思ったわけですから(笑)←あの後、また指の付け根に擦り傷を作りました(;^_^A

娘婿の実家は群馬県ですが、群馬はモロヘイヤ好きがとても多い県らしいですね。テレビでやっていました。
以前娘の家に行くと、冷蔵庫にモロヘイヤが入っていて、娘は食べないのになぜ?と思ったことがありましたが、娘婿が好きだということでした。
東京ではあまりポピュラーに売られていないし、食べたことがない人も多いかもしれません。
そちらではよく売れるとあったので、やはり土地土地の食文化というのは興味深いなと感じます。

お風呂が新しくなりました(^^♪
とは言え、かなり安いタイプのようで、浴槽は前と同じ型の、昭和的なスタイルのものでした(笑)
でも風呂釜が新しいせいか、沸かしなおしてもお湯がきれいで快適です。
液晶パネルの字も、まぶしいくらいピカピカ光っています(笑)
いつもは烏の行水なのですが(すぐのぼせるので)、気持ちがいいので、今月のコンサートで歌う曲の歌詞を数曲、壁に張り、覚えているところです。

浴室に小さな窓があり、開けると外気が入ってきて、冬場はちょっとした露天風呂の味わいです(笑)

京都と言えば、常用している東寺のお線香がなくなりそうなので、東寺に問い合わせをしました。
東寺は今どき珍しく、オンラインで授与品などを販売していません。
なにしろホームページにも、東寺内の授与所で何を売っているのかを掲載していないのです。

当面は行く予定がないので、購入方法を尋ねたところ、郵送してくれるとのことでした。
郵便局での払い込みしか方法がなく、この時代にネット振込ができないというのも不便なものですが、東寺だからそんなものか、と納得です(笑)
オンライン販売までやっていたら、手が回らなくなるということもあるかもしれませんね。

12月に入りましたが、例年ほど寒くはありません。
雪が降れば農閑期になりますが、それまでの準備や、農閑期にやりたいこと、役員会(訂正・自治会)など、忙しく過ごされるかと思います。
お返事のペースはゆっくりと、お差支えのないようにお願いします(*^_^*)

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民主主義を説明するにはひと言ではもちろん足りないんですが、それでもムリにひと言でいえば、民主主義とは「手続き」なんですね。

国民・市民による選挙という手続きによって政治家が選ばれ、憲法・法律という手続きによって国家の秩序をたもつ。

この「手続き」のシステムが民主主義の背骨になっています。

で、この手続きの面倒くささは、民主主義の長所でもあり、短所でもあるんです。



たとえば安倍晋三を殺した山上徹也は、そこにどんな正当性があろうと、国家からみればテロリストということになります。

なぜなら民主主義国家では、たとえ悪があるとわかっていても、それは法秩序の手続きによって正していかねばなりませんし、殺して解決してやろうというのは、手続きを踏んでおらずアウトだからです。



しかし、ここでひとつの疑問が生まれます。

「法が権力者を優遇することがあるような例外がある以上、国民が民主主義のシステムをおとなしく守っているだけではダメな局面もあるんじゃないか?」

この疑問は残念ながら、ただしいんです。

山上徹也が革命分子から「山上烈士」などともてはやされたのは、民主主義のシステムを暴力的に打ち砕いたときに、それでたしかに世の中が変わってしまったからです。

山上徹也の「家庭の事情」をマスメディアが大きく取り上げ、統一教会は弱体化し、政治的には安倍派の影響力も衰微しました。

革命側からみれば、以下のように言いたくなることでしょう。

「日本は民主主義だなどと言ってるが、手続きを無視して暴力でものごとを変えたら、世の中はちゃっかりそこに乗っかって、変革をおこなったじゃないか。

ほんとうにこの国が民主主義国家なら、安倍晋三殺害によって世の中を変えるなんてことはしてはいけなかったんじゃないのか。

統一教会の問題はそのままにしておかなきゃいけないし、マスメディアはこの問題を問題として取り上げちゃいけなかったはず。

民主主義にあるべき手続きを踏んでいないのだから、本来無効でなくちゃならないことを、変革の材料として認めてしまっているじゃないか。

テロリストが権力者を殺して世の中を変えたなんて、あってはならないのに、山上徹也は安倍晋三を殺して、世の中を変えてしまった。

民主主義国家なんてこんなもんなんだよ」



戦争のころの日本の民主主義がおかしかった理由は、この山上徹也的な手法が横行していたからです。

必要となれば民主主義的な手続きを完全に無視して事を運び、変革をおこなってしまい、あらためて民主主義的に事を運ぶ、というやり方です。

本来、こんなことは超例外でなければならないんですが、日本自体しっかりした民主主義的思想が共有できておらず、さらに二二六事件によって軍部が政治中枢に入り込んでから、収拾がつかなくなったんですね。



これはおそらく以前にも書いたことがあるとおもうんですが、昭和天皇も戦後なお「いざとなれば手続きを省略できる独裁のほうがよいのではないか」と考えていたようです。

個人の自由のないことは言語道断だけれども、
ものが着々進むのは事実上、統制の強い力で引っ張らねば上がらぬ。

自由 民主という方向でゆくと なかなかものは進まぬ
これはむつかしい。

スターリンでもヒトラーでもムッソリーニでも
全体主義で引っ張るのが仕事は進む

英米のような思想系統のものは
自由でしかも仕事がいくかもしれぬが
国によってはそれではなかなか
国運を急に引っ張るはむつかしい

これはむつかしい問題だね。




ほかならぬ昭和天皇が、民主主義の手続きのもどかしさをボヤいていたわけです。

日本は明治以降、曲がりなりにも選挙制度と立憲主義をとっていて、西洋的な国家運営を目指していました。

そこにはもちろん、民主主義的な方向性も含まれていました。

しかし昭和天皇でさえ、いざとなれば手続きなんかやってる場合じゃないだろうという認識だったわけです。

戦後GHQは、このように民主主義が恣意的に運用されることを認めませんでした。



「『民主主義国家』を謳う国が、国ごとに実際は異なる政治体制だとすると、もう『民主主義』という言い方をやめてもいいように思います」

というギズモさんの言葉はもっともです。

アメリカにしたって、トランプが4年前に議会を襲撃しましたが、あれは議会制民主主義を手続きを経ずに破壊しようとしたわけで、本来あってはならないことです。

アメリカが厳格に民主主義を標榜するのであれば、トランプは処刑されてしかるべきでした。

しかし当のアメリカが、それはそれとしてトランプを再選させてしまいました。

民主主義は厳格に運用されないと意味がないんですが、その運用のありようは国によってちがうし、その時代によって厳格に運用されたり、いい加減になったりする、維持管理がたいへんなシステムなんだとおもいます。



指をケガする出来事が続いたとのこと、たいへんだったとおもいますが、その後障りはないでしょうか。

もしぼくにおなじようなことが起こったら、やっぱりなにかのメッセージだとおもってしまうことでしょう。

なにかじぶんの心の方向性で改めるべき点がないか、振り返ります。

今後はより注意深く行動しよう、ともおもいます。

まあ、実際にはまたおなじようなことはやらかしちゃうわけですが(笑)

結局、ケガをじぶんの行動改善のきっかけにしてるんです。



家電の故障などもそうですが、ケガなども一度起きると続けざまにあれこれ起こることがありますね。

うちの父は、がんが発見された後、検査でそれがふたつだったとわかり、肺がんを胸腔鏡手術で治療するはずが、問題が発生して胸を横に20cmも切る開胸手術になってしまいました。

さらにその後の入院中にコロナに感染。

退院後に咽喉がんの放射線治療で苦しみ、その数か月後に帯状疱疹を発症。さらにその数か月後に脱腸がみつかり、これも手術で治しています。

これまでほとんど大きな病気のなかった父が、たった1年の間で立て続けにいくつもの病気治療に追われました。

まあ、全身のメンテナンスをして改善したのだとおもえば、いまとなってはよかったとおもいますが、ああいうことがほんとうに起こるから、不思議ですね。



平家物語なんですが、先日、直売所が改装工事で休業したんです。

それでできた貴重な休日を利用して、日帰りで大原の寂光院に行きました。

平清盛が死んだ後、あれよあれよと平家は没落します。

清盛に煮え湯を飲まされていた後白河法皇が源氏と手を組み、平家は頼朝が派遣した義経に追われ続けます。

京都から瀬戸内海沿いへと撤退しながら、最後壇ノ浦で一族郎党みな討ち死にします。

権勢を極めた清盛は、とうとう孫に天皇を持つにまで至ったのですが、清盛の娘であり、7歳の安徳天皇の母である平徳子は、目の前で我が子が清盛の妻である二位尼に手を取られ、舟から飛び込んで壇ノ浦の海に入水するさまをみます。

後を追って徳子も海に身を投げたのですが、彼女だけが源氏方に救われてしまうんですね。

子を失い、家族もみな失い、権力も失い、じぶんだけが生き永らえてしまった。

寂光院は平徳子(建礼門院)が、壇ノ浦の合戦ののちに隠棲していた尼寺で、平家の菩提を弔い、自身の運命に苦しみながら日々を過ごしたといいます。



没落し、断絶したとはいえ、天皇の母です。

丁重に扱われていましたが、なにせたいへんな田舎でした。

在所の人々が、夏野菜と赤ジソでつくったお漬物を持ってきたのだけど、これを建礼門院はしみじみと喜んで食べたといいます。

そのときにこの漬物を「しば漬け」と名付けたそうな。

大原にはこの時代のしば漬けを再現した、ほんとうにシンプルな製法のものが売られていて、このお漬物を買ってきて、食べたんですが、乳酸発酵の効果でものすごく酸っぱい(笑)

スーパーに売ってるしば漬けとはまったくちがう、まったく現代に迎合していない、それでいて洗練されたお漬物でした。

こんなに純朴で、風変わりで、大昔の味をつないだお漬物はめったにないとおもい、今度京都の贈りもののひとつにしようとおもったんです。

が、なにせお漬物は好き嫌いがありますから、これだけは事前に伺っておこうとおもった次第です(笑)
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司馬遼太郎の言葉から、幅広く深いお話をありがとうございます。
『街道をゆく』の中の言葉だったのですね。知りませんでした。

著名人の言葉というのは、どこかで書かれたものから切り取られている場合が多いので、そこだけを読んでも意味を的確に捉えられないことがあるかもしれませんね。
私はこれを読んだ時、最初に数年前のワクチン騒ぎを思い出しました。

強制ではなく任意接種とは言いながら、職域接種も行われ、接種済みの人は何かと優遇されていました。現在84%を超す人が接種しています。

そして、何らかの事情で打てない人は仕事を追われたり(特に医療従事者・介護関係の人たち)、職場で白い目で見られ仲間外れにされ、まさに同調圧力であったと思います。
主人も娘夫婦も私も、「打たない人(実際は打てない)」ということで、それぞれけっこうな脅迫感や疎外感を味わいました(笑)
大多数がやっていることが神聖であり、同時に脅迫、という見本みたいなものだと思ったわけです。

接種関連について話したいわけではないので、この話はここまでということで(笑)

国ごとの主義というのは、時代や国政などで変化することがあるのですね。
しかも、自分の国は民主主義なのに、西側諸国からみたらそれを認められないとなると、民主主義の統一性、整合性というものからして、わからなくなります。

北朝鮮が民主主義国家とは呼びたくない、と私も思うのですが、『民主主義国家』を謳う国が、国ごとに実際は異なる政治体制だとすると、もう『民主主義』という言い方をやめてもいいように思います(笑)
国の正式名称につく、つかないで違いがあるのかどうかわかりませんが、やっぱりわかりにくいです。

自由で国民が生きやすい均一性、長いものに巻かれる式ではないことが理想でしょうが、民主主義国家であっても本当の民主主義とは言えず、変わり続けるもの、諸行無常のようなものですね。

日本は戦後民主主義になったと思っていましたが、明治時代からだったのですね。
それからの推移のお話、とてもわかりやすかったです。

収容所の中の人間性のお話も、考えさせられました。
囚人だけでなく、管理する者の人間性も奪いとるというのは、人間の心理というものをよく考えているのかもしれませんが、普通は考えつかないことのようにも思います。

アウシュビッツだけでなく日本でもありましたが、医師が行った人体実験も、医師という本来人を救う立場の者から人間性を奪いとったということでしょう。

いろいろな国、いろいろな状況下での「均一性」があることを学ばせていただき、戦争や独裁、暴力的な抑圧などがない、ある程度自由な中での均一性は、生きやすさにつながるようにも思いました。

私も『街道をゆく』を読んでいないので、どんな場面で、どんな意図で書いたかはわかりませんが、日本人は「人と同じ」を無難と考えている民族だと思います。
学校でも、枠からはみ出ず、みんなと協調でき、「わたしがわたしが」と言わないのがおりこうさんの定義ですよね(笑)
枠から飛び出した子の方が将来大物になることが多いように思うのですが、みんなと同じが無難というのもわかります。

お風呂をはじめとする霊現象もどきの話を、笑わずに説明していただき、ありがとうございます。
「よくわからないのだけど、耳を傾ける」ということ、すごく納得しました。

イライラしているからぶつけた、と考えるのが普通なのかもしれませんが、気持ちを切り替えるための、みえない存在からのメッセージなのでしょうね。

私はこの10日ほどの間(農園主さんの No.1536の記事を読む前)で、指を3本、ケガしました。
最初は、スーパーの焼いた「とろ赤魚」(生より安かったので)を、買ってからエコバッグに詰める時、食品用ポリ袋(クルクル巻いて置いてあるもの)に入れようとしたら、右の小指に激痛が!!
赤魚の骨がものすごく太いのですが、もろにブスっとさしてしまい、流血しました←珍しい人でしょ?(笑)

数日後は、左の親指をどこかにぶつけた時、けっこう強くぶつけたようで、爪と肉の間が割れ、また流血(笑)←ものすごく痛いです(-_-;)
さらに数日後、今度は右手の親指の爪の間に紙が入り、また爪と肉の間を切り、またまた流血(笑)←これも、ものすごく痛いです(;^_^A

仕事でピアノを弾いている時、痛みが走って気が遠くなりました(笑)

で、考えたわけです。
立て続けに起きた指のケガ、これはどういうメッセージなんだろうと。
ネットで見ると、スピリチュアル的に書いてあるんですが、どれも納得できませんでした(笑)
小さなケガを数回与えてもらったことで、大きなケガをふせいでもらった、ということかもしれませんね。

農園主さんは、ぶつけたことから「気持ちを切り替える」ことができて、すごいな~と思います。
気持ちを切り替える努力はしても、なかなか難しく、いつまでも不満や不安を引きずってしまうので、見習います。


ネット周りのトラブルの件、ご心配ありがとうございます。
おかげさまで、今はかなり快適な環境です。
新しいパソコンと以前からあったプリンターを、有線でなくWi-Fiでつなぎましたが、有線にしていた時より通信速度が速く、実に快適です。

ご質問の件です。
平家物語ですが、全部通しては「もちろん」読んでいません(笑)
能や浄瑠璃、歌舞伎、琵琶法師、小説などから、なんとなくストーリーのほんの一部(エピソード)を知っている、程度です。
例えば巻一なら「祇園精舎」、巻五だと「勧進帳」のように。
歴史的に源平に疎いので、正直なところ、何も知らないです(笑)

お漬物は大好きですし、ナスとミョウガも大好きです(*^^)v

昨日は10度を下回り、雪でも降りそうな寒さでした←そんなことはないですが(笑)、本当に寒いです。
来週お風呂が新しくなるので、風呂釜を傷めるからと使えなかったバスソルトを盛大に入れて、温まっています。
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司馬遼太郎の「日本人は均一性を欲する。大多数がやっていることが神聖であり、同時に脅迫である。」という言葉は知りませんでした。

『街道をゆく』に書かれてあるというのですが、読んだことがないので、憶測で話します。

これは現代だと「長いものに巻かれる」とか「同調圧力」という言葉になりますね。

多数派について同調圧力をかける社会は日本に限ったことではないとおもうんですが、そこをあえて司馬さんが「日本人は」と言ったことには注意が必要な気がしました。

この司馬さんの言葉を受けて、今回は雑談をします。

できるだけカンタンに、とおもいつつも、結局ややこしい話になってしまいました。

どうぞゆっくりお読みください(笑)



古い封建主義(王が領主を利用して国を統治するやり方)や、現代でも社会主義国家は、司馬さんのいうところの「均一性」で国を統治しようとするんですね。

社会主義国家は個人主義や民主主義を認めていないので、どうしても全体主義的な、衆人環視による同調圧力で国を支配しようとします。

その点、日本は主義があいまいな国なんです。

鎌倉時代から江戸時代までの日本は、封建主義ですね。

封建主義とは、殿様(王様)がいて、領主がいて、領民がいるという関係です。

殿様は領主にその地を治める自由を与えますが、上納金を要求しますし、国の有事には命を差し出せと迫ります。

領主は領民から好きなだけ税をとることができますが、殿様には逆らえません。

この時代の領民は「均一」でした。

発言権もなにもなく、ただ決められた税をおさめ、必要になれば戦争に駆り出されるだけで、自我らしい自我も認められない、極めて均一な存在です。

先日、実存主義について書きましたが、この時代のほとんどの人は、社会に対してじぶんの実存の喜びを感じるような機会はとても少なかったとおもいます。



すこし話があっちこっちしますが、つい最近NHKで「アウシュビッツ証言者はなぜ自殺したか」という、30年ほど前の古い番組の再放送をみました。

プリーモ・レーヴィという有名なアウシュビッツ生還者が取り上げられているのですが、かれがこんなことを言っていました。

強制収容所の特徴は人間性を消し去ることにある。
囚人だけではない。
囚人を管理する者たちの人間性も奪いとるのだ。
立場はちがうが、結果は同じになる。
収容所の中で人間性を自覚し得た者はごくわずかだった。


国家社会主義をとっていたナチス政権は、収容所の人間の人間性を強制的に消し去って「均一」にしました。

国家から強要されて、じぶんの実存を抑圧されることがいかに不快なことか。

しかしそういったことは、近代以前では程度の差こそあれ、どの国でも当たり前に行われていたことでもありました。



話を戻します。

では、封建主義の江戸時代が終わり、明治時代からの日本はどうなったのか。

意外かもしれませんが、明治以降、いまに至るまで日本はずっと民主主義でした。

ただ、曲がりなりにもまともに運営できていた民主主義が、太平洋戦争が近づくにつれて、おかしなことになるんです。

軍部が政治中枢に入り込むようになり、どんどん人々の暮らしが統制されて、自由が奪われ、民主主義が恣意的に運用されるようになります。

国民は暴力的な抑圧を受けながら、同時に体制翼賛に熱狂します。

戦中の日本は、いわば「民主主義のバランスが著しく崩れた状態」でした。

ある瞬間には政府によって民主主義がないがしろにされ、ある瞬間には国民によって民主主義が暴走する、という状況だったんです。



戦争中の日本のありようは、「日本帝国主義」といわれます。

この言葉はおなじ悪の枢軸だったドイツやイタリアと比べると、どうにもあいまいです。

ドイツだったら、国家社会主義のナチズム。

イタリアは社会保守主義でファシズム。

どちらも「社会主義」という点が共通しています。

なのに日本は「日本帝国主義」で、方向性がよくわからないんですね。

なぜかというと、日本はたしかに一貫して民主主義だったからなんです。

でも西側諸国からみて、戦中の日本を民主主義と認められるかというと、まあムリですよね(笑)

実際当時の日本は、民主主義国家とはとてもいえない統制社会でした。

だから結局「日本帝国主義」というほかないんです。

ちなみに北朝鮮は「朝鮮民主主義人民共和国」ですよね。

あの国は民主主義国家を標榜しています。

だから、北朝鮮とはどういう国だといわれたら、いちおう「共和制をとる民主主義国家である」ということになります。

けれど、いまの北朝鮮が民主主義的な国であることを信じる人はほとんどいないし、民主主義国家とは呼びたくないでしょう。

北朝鮮のありようは、戦中の日本ととてもよく似ています。



司馬さんは若いころに「均一性を欲する」「大多数がやっていることが神聖」な、統制された日本を体験しています。

それだけに司馬さんにとっては、自由が与えられた戦後の日本のほうがよいとおもっていたことでしょう。

しかし同時に、そうカンタンに日本人が変わるはずがない、ともおもっていたとおもいます。

日本人は長いあいだ、統制されて均一に暮らしていました。

たとえ戦後、民主主義や個人主義を受け入れても、過去から続く民族性はなかなか捨てることができません。

現代日本にも司馬さんは、統制され続けてきた日本人のDNAを感じることがあったとおもいます。

均一性を欲する、大多数がやっていることを神聖なものとする性格に、「日本人は」という主語をくっつけた司馬さんがなにをおもっていたのか、前後の文脈が知りたいので、今度『街道をゆく』を読んでみようとおもいます。



東新町氷川神社ですが、御龍社のミツハノメノカミ、クラオカミノカミは、おっしゃるとおりそれぞれ水神ですね。

特にオカミノカミはヒカワヒメの親ですから、やはり氷川神社との浅からぬ縁を感じます。

御龍社の龍がヤマタノオロチをイメージしているのか、あるいは水神との関連で龍ということになっているのかはわかりませんが、やはり斐伊川の伝説のスサノオが結びついているという縁起はたしかなのだろうとおもいます。



お風呂の件、よかったですね。

世の中はかならず、なにか起こったときには明確な原因があります。

この原因の部分を霊現象のように片付けることはできませんよね。

けれど、人生に起こった出来事に、なんらかのメッセージを感じることはあるとおもうんです。

ぼくはこのメッセージについては、「よくわからないのだけど、耳を傾ける」ようにしています。

たとえばひとりのときに、日常で起きた不満について、相手への文句をぶつぶつ考えていたとします。

そういうときには、なぜか柱に足の小指をぶつけるとか、頭になにかぶつける、ということがよくあるんです(笑)

これは原因としては不注意としかいいようがないんですが、じぶんにはみえない存在からメッセージをもらったとおもうようにして「あ、こういう考え方だとダメだな」と気持ちを切り替えるようにしています。

どうしてもじぶんが間違えていないというときは、「アナタはそういうふうにぼくをたしなめますが、ぼくはどうしてもこういう理由で許せんのですよ」と言い訳を述べたりもします(笑)

ネット周りのトラブルのときはいろいろ物入りだったとおもいますが、その後快適になりましたでしょうか?



寒さがなかなか本格的になりませんが、例年よりずいぶん遅く、ようやくこたつを用意しました。

ところですこしお伺いしますが、ギズモさんは平家物語はご存知ですか?

あと、お漬物であるとか、ナスやミョウガが苦手ということはありませんか?
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ネットでたまたま見つけすご~~く納得したので、お返事に関係ありませんし、ご存じとはと思いますが書いておきます。

日本人は均一性を欲する。大多数がやっていることが神聖であり、同時に脅迫である。
     ―――司馬遼太郎

「虐待は反動の連鎖を生む」というお話、これは、嫁姑の関係でもありますね。
いい年をし、多くの経験を積んだ姑が、自分が過去にされたことをまた嫁にしてしまうというのは、嫁をいじめることで、満足感、征服感のようなものが生じるのかもしれません。

頭ではいけないとわかっているケースも多いと思いますが、それでも虐待してしまうこともあるでしょう。
いじめられたお嫁さんが、じぶんに与えられた抑圧を誰に与えてバランスをとるのかというと、子どもだったり、ママ友だったり、そういう連鎖もありますね。
ただ、嫁姑の場合、最近の若い女性はどんどん強くなってきているので、嫁いじめは昔より減ってきたかもしれません。

氷川神社のお話、非常に詳しく教えていただき、ありがとうございます。驚きました(いつもですが)。
ちょっとは調べたつもりでしたが、知らないことばかりでした。
農園主さんが書いてくださったことは、神社の神職さんたちもご存じでないかもしれない、と思います。

氷川神社でも茅の輪くぐりを行っているところといないところがあるのですが、農園主さんのお話から、そういう違いについても理解できました。
スサノオをまつっていない他の系列の神社でやっているところもよく見るのですが、現代では、行事としてより収益につながるイベントとして行っているところも多いですね。

東京都板橋区の東新町氷川神社は、祭神はスサノオですが、境内社として御龍社があり、素敵な切り絵御朱印(書き足し「龍の切り絵」)が辰の日にいただけます。

御龍社の祭神は、弥都波能売神( みつはのめのかみ)闇淤加美神 (くらおかみのかみ)の二柱です。
弥都波能売神は「水を司る神様」、闇淤加美神は「谷間を流れる水を司る神様」で、山を流れる水を司る高淤加美神(たかおかみのかみ)と、対の神であるとも同一の存在であるとも言われているそうですね。

農園主さんが、氷川大神が水神だとおもうとおっしゃったので、この氷川神社の御龍社のことを思い出しました。

信仰をつないできた人々のおもい、ということ、よくわかります。
以前読んだ話ですが、来てくれる人が多く、よくお掃除がされている神社の神様は、神格が上がる(神として進歩する)んだそうです。
誰も来ないし、手入れもされない神社は神様が離れていき、よくないものが棲みつくことになると。
人が神様に感謝することで神様を育て、神様も気持ちよく人を守ってくれる、相互関係が大事なのかもしれません。

農園主さんのお話をしっかりと頭に入れ、今後氷川神社にお参りしたいと思います。

話は変わりますが、この夏に娘婿の父親が亡くなった時、不思議な現象、お風呂のお湯が止まらなくなったり、お風呂のリモコンがつかなくなったり、ということを書きました。
あれ以来支障なく使用できていたのですが、数日前にエラーコードが出るようになり、追い炊きをすると白いポヨポヨしたものが出てきたりするようになったので、管理事務所に連絡をしました。

すぐに点検に来てくれましたが、以前の居住者の時に新しくしたままで、20年ほど経っているとのこと。
部品を交換して様子を見ても、すぐに故障する可能性が高いので、風呂釜と浴槽を新しいものと交換してくれることとなりました(*^。^*)

交換に来てくれるまで(11月末)、追い炊きと自動運転をしなければ、普通にカランからお湯を溜められるしシャワーは使えるそうですので、一安心でした。
つまり、霊現象ではなかったわけですね(笑)

ネットが使えなくなった(モデムとルーターの故障)のは雷が原因、パソコンが動かなくなったのはWindows8,1だったからという、現実的なことと解釈した方がよさそうですね。
時期的に重なると、霊現象や不思議な出来事として片づけてしまいがちですが、気をつけます(笑)

一気に寒くなり、慌てて衣類の入れ替え、冬用の布団の用意をしました←疲れました(笑)(書き足し)前回すでに書いてました(;^_^A
朝晩の気温差も大きいので、お風呂でよく温まって冷えないようになさってくださいね。
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先日のパワーテープ、しばらくつけてるんですが、日が経つにしたがってじんわりと効果を実感しています。

これはチタンが入っているということですが、そういえばうちの祖母が高齢になって骨折したときに、太ももにチタンを入れて補強したんです。

あれはもしかしたらものすごいこりほぐし効果があったのではないかと、どうでもいいことを考えていたんですが、磁石にせよチタンにせよ、おもいもよらないところでじぶんのカラダの役に立つんだなあと感心しています。



今回、かなり長い返信になりましたが、一回で投稿してしまいます。

ぜひゆっくりご覧ください(笑)



前々回の返信として考えていたのは、「虐待は反動の連鎖を生む」ということでした。

たとえば子供を虐待すると、その子供は虐待から逃れる方法を考えるのと同時に、じぶんに与えられた抑圧を他者(弱者)に与えてバランスをとろうとします。

親がやっているわるいことを子供もしたいとおもうように、じぶんが受けている虐待は不快で苦しいものだとわかっていながら、他人におなじことをしなければ気がすまない、という情動です。

子供は親の轍を踏むまいとはおもってるんです。

しかし親に対する反動の気分はあるものの、それがどういうカタチであらわれるかというと、たとえばグレるであるとか、家を出るであるとか、バイクで暴走行為をするとか、いわゆる非行に走るんですね。

その過程で、同級生をいじめるであるとか、じぶんがされていることを弱いものに対して行う、というような、おかしなことになってしまう。

最悪、じぶんの子供にまた虐待を加えてしまう、という場合もあるでしょう。

子供はまだ理性で行動を制御することができませんから、ほんとうは親の側が虐待をすれば子供がどうなるか、わかっていなければならないんですが、親も20代あたりだとまだなかなか気づけないことかもしれません。

結局、この連鎖を断ち切るには、じぶんは親から虐待を受けたけど、もうじぶんで終わりにしようという決意が必要だとおもいます。

じぶんはひどい虐待を受けたのに、だれにもやり返すことをせず、じぶんだけが損な役回りになる不平等を、理性で納得して、心の平和を求めていくのでないと、いつまでも修羅の道を行かねばならないんですね。

しかしそういう考えに至るにも非常に多くの経験値が必要ですから、いままさに虐待を受けている子供にそのような理屈を説いても、残念ながら上滑りするだけでしょう。



スサノオと氷川信仰について、あらためていろいろ調べてみました。

そこで以前と話が食い違ってしまって申し訳ないんですが、いままで理解しきれていなかったところが理解できたので、ここに書いてみます。

なにが食い違っていたかというと、スサノオとひと言でいっても、じつは「各神社がスサノオのどの神話を信じているかはちがう」という点が、以前の話ではごちゃ混ぜになってしまっていたということです。

つまり、牛頭天王とスサノオが結びつくタイプの神社と、ヤマタノオロチ伝説のスサノオが結びつくタイプの神社があるということです。

氷川神社は後者なんですね。



以前お話したことと重なる部分があるとおもいますが、まず、スサノオと牛頭天王は、本地垂迹(神仏習合)と深いかかわりがあります。

これは蘇民将来の伝説が根っこにあるんです。

備後国風土記という、奈良時代初期に書かれたという地誌がありました。
これは現在では失われており、どのようなことが書かれていたのかわかりません。

しかし鎌倉時代の「釈日本紀」で、この備後国風土記に書かれていたこととして、蘇民将来とスサノオの伝説が書かれているのです。

その伝説とは、このようなものです。



北の海におわした武塔の神が、南の海に住む女神に会いに行く途中で、日が暮れました。

その地にはふたりの蘇民将来が暮らしていました。

兄の蘇民将来はひどく貧しく、弟の蘇民将来はたいへん裕福でした。

武塔の神は一夜の宿を借りるため、まず弟の蘇民将来のところへ行ったのですが、弟は宿を貸すことを惜しんで、武塔の神を追い出してしまいました。

それで兄の蘇民将来のところへ行くと、貧しい中でも粟柄(粟の収穫を終えた茎)を座布団として、粟飯を炊いて武塔の神にたてまつり、一夜の宿を与えたのです。

翌朝、武塔神は南海に向けて旅立ちました。

しかし年を経て、武塔神が八柱の子を率いて戻ってきます。

武塔神は兄の蘇民将来のもとを訪れて、言いました。

「わたしはおまえの弟に報いを与えるために戻ってきた。汝の家に子はいるか」

「娘と妻がおります」

「それでは茅の輪をつくり、腰に付けさせよ」

兄の蘇民将来はそのとおりにしました。

その夜。

娘ひとりをおいて、武塔神はその地をことごとく打ち滅ぼしてしまいました。

(なぜ蘇民の娘ひとりだけを救ったのか、家族を救わなかったのか、原文には書かれていません)

武塔神が言いました。

「わたしは速須佐雄(はやすさのお)の神である。これより後、世に疫病が流行れば、蘇民将来の子孫であるといって、茅の輪を腰につけていれば災いを免れるだろう」

……これで話はおしまいです。



北の海にいた武塔の神を、大陸からきた神として、神仏習合の時代になって、祇園精舎の守護神であった牛頭天王とむすびつけたんですね。

そして「スサノオ = 牛頭天王」は疫病を退散させるチカラをもつ荒ぶる神として位置づけられます。

また、茅の輪で疫病を防ぐというくだりと、薬師如来がむすびついてくるんですね。

この「スサノオ = 牛頭天王」の流れを直接的につないでいる代表的な神社といえば八坂神社でしょう。

八坂神社は江戸時代以前には祇園社と呼ばれていました。

祭神は牛頭天王(スサノオ)と八柱の子です。

しかし「祇園社」という名前はまさに神仏習合で、これは明治時代の神仏分離によって、ダメだということになったんですね。

いま、八坂神社で祇園祭が行われていますが、祇園という名に、むかしの名残があります。

祇園祭は、荒ぶる神を鎮めるお祭りであるのと同時に、疫病を退散させるためのお祭りでもあります。

またスサノオを祭神とする神社以外でも、夏越の祓になると茅の輪くぐりをしているところがありますが、あれも蘇民将来の伝説からきている厄除けのイベントですね。

あと有名なところだと、岩手県の蘇民祭もこの伝説がもとになっているのですが、こちらは伝説がすこし脚色されており、弟の裕福なほうの蘇民将来は「巨丹将来」と呼ばれていたりします。

蘇民祭は複数の寺で行われていて、いちばん有名だったのが黒石寺の蘇民祭だったらしいのですが、ここでは武塔の神は薬師如来であったといわれています。



しかし、氷川信仰の場合は、蘇民将来の伝説で考えるよりは「水神である氷川大神と、出雲地方でヤマタノオロチを退治したときのスサノオ」で考えるのがスッキリします。

氷川神社では古くから主祭神はスサノオではあったんですが、途中でこれが「氷川の大明神」、「氷川大神」という総合的な存在に変化するんです。

そして江戸末期に神仏分離の気風が高まると、あらためて祭神はスサノオであると決められます(ほかにクシナダヒメ・オオナムチが並びます。オオナムチは若いころのオオクニヌシです)。

これは以前、ギズモさんが富士山の浅間神社に奉られていたのは浅間大神であったとお話いただいたことと似ています。

その土地と結びついた独自の祭神があって、それが後世に神道の神とむすびつくパターンですね。

浅間神社の場合はかぐや姫と浅間大神が同一視されていて、これがコノハナサクヤヒメとむすびつきました。

氷川大神の場合は、かなり複合的なんですが、まず氷川という語源をたどってみましょう。



氷川の語源は、島根県の奥出雲にある斐伊川だといいます。

出雲には因幡の白兎伝説などの出雲神話がありますが、スサノオがヤマタノオロチを退治した場所でもあります。

ヤマタノオロチについては、島根の山々で行われていた「たたら製鉄」の赤いあかりが夜に灯っている、その不気味な様子を大蛇にたとえたという説があります。

つまり、たたら製鉄利権を牛耳っているその地の連中をヤマタノオロチに見立てて、スサノオという朝廷側の荒神が、これをたたきつぶして支配した、という物語ですね。

またべつの説では、暴れ川である斐伊川を、多くの支流なども含めて大蛇に見立てて、これをスサノオが鎮めたという伝説です。

氷川信仰は、この後者の斐伊川の伝説がもとになっているようです。



およそ1500年前に氷川神社が創建されるまでの歴史については、島根県にいた出雲族が関東の荒川のあたりに入植し、根付いたことに始まるといわれています。

つまり出雲族がスサノオのヤマタノオロチ神話を荒川と結び付けて、氷川信仰を生み出したということのようです。



東京と埼玉にかけて約280社もあるという氷川神社は、荒川の流域に集中しています。

むかしの荒川はその名の通りの暴れ川で、農業に多大な恩恵をもたらすのと同時に、ときにひどい暴れ方をして人々の生活を破壊してしまいます。

流域に暮らす人々は、荒川のもたらす恩恵と破壊に、感謝と畏怖の念を抱いていたことでしょう。

出雲族の斐伊川に基づくヤマタノオロチ退治の伝説に、土着の自然信仰(アニミズム)が加わり、さらに神仏習合の影響があって、氷川大神にむすびつくんですね。

祭神は延喜式のころからスサノオだったようなのですが、神仏習合の影響を受けてあいまいになります。

江戸時代まで大宮氷川神社の参道には「氷川大明神」「本地聖観音」といった石碑が立っていたようです。

ちなみに「本地聖観音」とは、本地垂迹(神仏習合)による聖なる観音という意味です。

観音という、女性を匂わせる仏様であることは、あとでちょっとポイントになります。

ともあれ、江戸時代末期にスサノオをあらためて明確に祭神と決めるまでは、総じて氷川大神という、土着の神に近い存在が崇められていたようです。



そのように考えていくと、氷川信仰におけるスサノオの場合は、おなじスサノオでも蘇民将来の伝説とは関連性が薄いようです。

では氷川大神とはなんなのかというと、個人的には水神だとおもいます。しかも、男の神様でもあり、女の神様でもある感じです。

荒川の荒ぶる水神として、ヤマタノオロチを鎮めたスサノオがまずイメージされます。

そこに農耕神としてのクシナダヒメが女神として加わります。

大宮氷川神社は男体社といわれるそうですが、さいたま市緑区には氷川女体神社があるそうですね。

その主祭神はクシナダヒメで、男女を区分けしているのは、荒ぶる川と恵みの川をそれぞれ男女に見立てたということでしょう。

そして観音というすこし女性的な、両性を有するような仏になったのも、荒川を男と女に見立てる観念があったことと無縁でないようにおもえます。

さらにいえば、観音信仰は薬師如来とおなじく救済や現世利益をつかさどる仏様なんですよね。



最後に不思議な神様をひとり紹介します。

スサノオの孫と結婚した、その名も「日河比売(ヒカワヒメ)」という女神がいるんです。

この日河比売の神格は水神です。

系譜の面でもスサノオの孫と結びつくわけで、日河比売は氷川信仰となんらかのつながりがあるのではないかといわれています。

おそらくこういった出雲の神話、神仏が複合的に組み合わさって、氷川神社の信仰がつながれてきたのでしょう。



「氷川神社は最強では?」というギズモさんのお考えですが、荒川周辺の信仰のありようの強さという意味では、たしかに相当なものです。

というのも、地域一帯でこれほど単一的に崇められている神というのはめずらしいのではないでしょうか。

ぼくは常々、神社はその地にいた人々のおもいの歴史が重なっていることが大事だとおもっています。

歴史の縦軸において、水害が多く農業的な恵みも多かったであろうこの土地で、氷川大神への信仰をつないできた人々の願いやおもいは、おろそかにできません。

いわゆるパワースポットとは、「霊的ななにかを感じる場所」みたいなあやふやなものではないとおもっていて、その地をつないできた過去の人々(と現代のわれわれ)の気持ちの強さだとおもいます。

その点で氷川神社はとても大きなチカラのある神社だとおもいます。
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お忙しいところ、ありがとうございます。

少しでも効果があれば何よりです。たくさん寝るのもだいじですね。

腰をかがめる姿勢は、どうしても影響がでますね。

私はおととい、中腰でけっこうな時間、衣類の入れ替えと、冬の布団にカバーをつけていたら、立ち上がったとたん、いきなりギクっときました(笑)
ぎっくり腰の軽症というところなので、とりあえず冷たい湿布をしています(この寒いのに・・・)

お返しは、いつも農園主さんの記事から充分いただいているので、お気になさらずにお願いします(*^_^*)
まだ教えていただきたいこともいろいろありますので、農閑期を待ちます(笑)←農閑期は農園主さんのやりたいことがたくさんあってお忙しいはず(>_<)

お返事が必要なことではないので、お時間ある時に読み流していただきたいのですが。

今の住まいの氏神さまは、北野神社といって、祭神は菅原道真だということを以前お話したことがありました。

つい数日前、調べたわけではなく、たまたま「天神様はもともとは祟り神」という記事をネットで見ました。
内容は覚えていませんが牛頭天王の話になり、牛頭天王はスサノオであるという話でした。

「牛頭天王はスサノオ」ということは、農園主さんから教えていただいていました。

ところがここで、何かひっかかり、なんだろうなんだろう?と落ち着かなかったのですが、そこで、以前いただいたメールを探してみたらありました。

2022年3月のもの2件です。

ひとつめは、籠神社にいらした時のお話と、抜粋・要約すると『菅原道真を祭神にしている神社は、もしかしたら八坂神社の流れをくんでいないでしょうか。~~~略~~~八坂神社はもともと祇園社で、いまはスサノオノミコトがまつられていますが、長い間、本地垂迹した牛頭天王がまつられていました。』


2件目のメールを抜粋・要約すると『牛頭天王は、現世利益をもたらす薬師如来でもあるといわれている。つまり、スサノウは牛頭天王で、その牛頭天王は薬師如来である、という、ややこしいことになっていたようです。ちょっと前に、生きている以上は現世利益を求めてもいいだろうと、薬師如来をまつる寺社を探していた。薬師如来をまつっている寺社が少ないのは、もしかしたら明治の神仏分離で全国の牛頭天王が排除されたことと関係があるとおもっている。うちの地域は牛頭天王をまつっているので、期せずして、もっとも身近なところに薬師如来がおられた。その時、青い鳥の話を思い出した』という内容でした。

スサノウは牛頭天王であることは、農園主さんのメールで覚えていましたが、薬師如来でもあったことを、すっかり忘れていたんです。

何が言いたいのかというと。

関東に多い氷川神社の祭神はスサノオノミコトです。
この神さまが牛頭天王でもあり、加えて薬師如来でもあると、数日前いきなり理解できたわけでして(笑)

となると、もしかしたら氷川神社は最強では?と思ったんです。

薬師如来は、現世利益もですが、病気治癒や心の苦しみにも対応しているわけですし、スサノオ本人?も、病気や災いを祓う神ですね。

ここ数年、氷川神社にお参りし、お札をお祀りしているのは、薬師如来ともご縁があったということかもしれません。

つまらないことを失礼しました。

今日明日は雨のようですね。冷えないようお気をつけください(o_ _)o))
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いつもお気遣いいただいて、痛み入ります。パワーテープ、きのう届きました。

早速腰と肩に貼ってみたのですが、一日経って、たしかにこわばっていた筋肉がほぐれたのか、痛みがマシになりました。

こういったアイテムがあるんですね。
ありがたく利用させていただきます。

今後、腰に限らず膝であったり腕であったり、磁気ネックレスでカバーできないこわばりが出ることでしょうから、症状が出たときに利用するやり方で、常備させていただきます。

ここ最近はサトイモの収穫で、黄色いコンテナ箱に座りながら、畑でサトイモをほぐす作業をしているんですが、このとき固いコンテナに座って2時間も腰をかがめて仕事をしているのもよくなかったようです。

おとといから夜8時半に寝ついて、さらに昼寝もして、きのうはパワーテープにも頼らせていただいて、カラダが求めるまま一日に10時間以上寝てるんですが、ようやくすこしラクになってきました。

たいへん恐縮なことではありますが、助かりました。ありがとうございます。

またなにかの形でお返しさせていただきます(笑)

週明けから一気に寒さが厳しくなるといいます。
ギズモさんも喉のことなど、気がかりがおありだとはおもいますが、お互いカラダをいたわって乗り切りましょうね。

2024年10月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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大変な時に、ご丁寧にお知らせいただきありがとうございます。

自治会のお仕事、相当なご負担のようですね。
いろいろ重なって疲れがたまり、腰のあたりの不調が起きたのかもしれませんね。

ヘルストロンは、講座で行っている高齢者施設に置いてあるのですが、大人気のようです。
合う合わないもあるでしょうが、農園主さんの場合、効果があったようですね。
温泉で温まったのもよかったかもしれません。

お返事は、1週間でなくても、半月でも一ヶ月でも、もっと先でもまったく問題ないので、くれぐれも無理のないようになさってください。
急に寒いので、冷えも大敵です。

お持ちの磁気ネックレスがどこのものかわかりませんが、ファイテンという会社をご存じでしょうか。

チタンの磁気ネックレスが有名で、スポーツ選手も使っているのですが、以前、家の近所にありました。
娘が小学生の時、「30人31脚」というスポーツ??があり、テレビ朝日で放映されていたのですが、娘の学校は何度も東京大会で入賞し、全国大会も出場しました。

その時「ファイテン」が無料で、参加児童全員に、磁気ネックレスと、チタンのパワーテープを提供してくれました。
テープは、ファイテンの会社の人が、児童ひとりひとりに貼ってくれていました。
子どもたちは、軽く走れると言って喜んでいましたが、実際はわかりません(笑)

それを今思い出したのですが、スポーツをする時だけでなく、痛みにも効果があるということですので、試しにテープ(丸いシールみたいな)を少し送ります。
よろしかったら使ってみてください(ファイテンで買うよりずっと安いのでお気になさらないようお願いします)

さっき、ヨドバシで注文したら、明日そちらに届くようです。郵便受け投函のはずです←早い(笑)

かぶれとかあるかもしれないので、あくまでお試しです。合わないようでしたら遠慮なく中止してください。

(追伸) 自宅以外の送り先のため、依頼主として私の名前が記載されているかもしれませんが、仕事の名前でなく本名です(笑)
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すみません。
左の歳時記にすこし書いたんですが、ちょっといろいろと立て込んでいて、いつものペースでお返事ができそうにありません。
一週間ほどお時間をいただきたいとおもいます。

喉の件なんですが、知らず知らず積み重なっている肉体の疲労ということもあろうかとおもいます。

個人的な話なんですが、以前磁気ネックレスをして四十肩がマシになったという話をしたとおもうんです。

それで、最近おなかが痛いのか腰がいたいのかよくわからない愁訴を抱えていたんですが、温泉へ行って入浴後、100円で20分といういわゆるヘルストロン(電位治療器)の機械があって、試しにやってみたんです。

そしたら家に帰って、なんだかカラダがラクでしてね(笑)

毎日やりたいけど、機械はすごい高いし、毎日行くにも時間も余裕もありません。

もしかしたら、磁石のついた全身タイツでも着ていれば絶好調なんではないかとおもうくらいでしたが、これはたぶん、病院に行って原因が見つかるタイプの不調ではないなともおもいました。

そういうことが出てくる年になったんだな、とおもって、そういう話もさせていただければとおもったんですが、またすこし先にお願いします💦
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女の子の件は、勘ぐりではなく、仰る通りだと思います
新しい家庭で生きていくために、子どもなりにいろいろと考えることもあってなにかと落ち着かない時期だったでしょうし、相手の出方をみていたかもしれません。

本当の親であっても育ての親であっても、子どもにとって家庭は心が安らぐ場所でなければいけないし、親も試行錯誤しながら子どもを育てていくものだと思います。

幼稚園くらいのころ、何か悪いことをして(ウソをついたのかも)、母に手首にお灸をすえられ、部屋に鍵をかけて出られないようにされたことがありました。
熱い熱いと泣き叫んで、ドアを叩いていた記憶があります←振り落とせなかったはずはないと思うんですが???

祖母は止めるどころか楽しんでいるように見えたのですが、たぶんそのあたりは私の被害者意識からそう感じたのでしょうね(笑)
まぁ、文字通り、お灸をすえられたわけです、家族ぐるみでグルになって(笑)

私の友だちでも、お仕置きで真っ暗な蔵の中に入れられたとか、掃除をさせられたとか、正座させられたとか、しつけのための体罰はけっこうありました。
それが親の感情で日常的に行われたら、それはしつけではなく虐待ですね。

農園主さんがお書きになっていらっしゃるように、「平和とは、まず立場の強いものが立場の弱いものをおもんぱかり、立場の弱いものは多少の不満を飲み込んで、お互いがお互いのために努力している、双方の均衡状態」というのは、家庭でも言えることだなと思いました。
特に、子どもが大きくなってくると、そういう気持ちがお互いに必要ですね。

昨年のamazonのブラックフライデーの時、アイリスオーヤマの炊飯器を買いました。
炊飯メニューで、白米・玄米・炊き込み・かたさ・お米の銘柄等を選べるのですが、「お米の銘柄」メニューを使ったことはありませんでした。

数日前、ちゃんと見てみたら(1年たつのに今頃(笑))、「コシヒカリ・あきたこまち・つや姫・ゆめぴりか・ひとめぼれ」の他、「ヒノヒカリ」がありました!!
炊き方によってどれくらい味が変わるのかわかりませんが、それ以来「ヒノヒカリ」を選択して炊いています。
水気もつやもあって、かなりおいしいお米です。

「おかぼ」という言葉は聞いたことがありましたが、畑で作るお米なんですね。

お米は、本当にいきなりの高値なので、陸稲を試してみるのはいいことですね。
手間はかかりそうですが、うまく育っておいしく食べられますように(*^_^*)

9月は、去年と同じく、喉をやられました。
熱もなく元気なのですが、声がかすれて困りました。
普通の風邪だと言われましたが、どうしても弱いところにくるんですよね。
気管支過敏体質なので、ちょっとした気温差で咳が出たりして、本当に厄介です。

仕事を休むことはものすごくストレスですが、3日連続で(3ヶ所、別々のところ)休んでしまいました。
それ以来毎朝、起きたら声が出るか、歌えるかの不安に取りつかれ、それはもう神経崩壊しそうな日々です(笑)

今のところさほど問題なく歌えるのですが、今年は11月に1件、12月に2件のコンサートを入れてしまいました。

喉に支障が出ないよう、万全の対策と神仏頼みで乗り切ろうと思ってはいますが、去年、どんなにお願いしても、クリスマスコンサートどころか今年の3月まで歌えない状況だったことを思うと、お賽銭の額を増やすか、もっと真剣に拝むか、と、しょうもないことを真剣に思い悩んでいる今日この頃であります(笑)

お疲れがたまっているとのこと、大丈夫ですか?
このところの気温差で、調子をくずす人が多いようです。

よけいなことかもしれませんが、リポビタンなどのドリンクは、普段飲む習慣がない人には効き目があるそうです。

お風呂にゆっくり入ると疲れが取れるといいますが、これは私の場合逆効果で、よけい疲れます(笑)
冷え性なので、本当はよく温まるといいんですけどね。

私の個人的な感覚では、カレーや東南アジア系の料理は、辛さに関係なく、種類の豊富な香辛料のせいか、元気になれると感じます。
でも、喉に刺激を与えたくないので、去年9月からカレーもキムチもタイ料理も食べていません。
食べられないと思うと、よけい食べたくなるものです(笑)
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遊郭の女郎さんの話を読んでいて考えさせられたのですが、平和とは、まず立場の強いものが立場の弱いものをおもんぱかり、立場の弱いものは多少の不満を飲み込んで、お互いがお互いのために努力している、双方の均衡状態なんですね。

つまり、立場が上の人間が立場の弱い人間を虐げるようなことがあってはならないし、立場が下の人間が不満を噴出させて暴れるようなことがあると、これもやはり平和とはいえません。

心の平穏に関してもおなじだとおもいます。

遊女という非常に立場の弱い、いわば男を断れない立場で、どのようにじぶんの心を納得させるかというと、相手がまずじぶんに優しくしてくれる人なのだと信じることだったというのは、とても納得がいきます。

そのうえでさらにじぶんから積極的に他者に尽くそうとしていると、相手からも善意が返ってくるようになりますよね。

人間だれしも魚心あれば水心で、じぶんに優しく接してくれたり、いつもにこやかにしている人に対しては、じぶんからもなにかを与えたいとおもうものです。

そうやって、善意の循環ができて、じぶんの居場所が生まれる。

そのような「ホスピタリティ」が主体的にできるようになるのはやはり大人になってからですね。



ギズモさんの幼少期に出会った、虐待を受けていた女の子がウソをつくクセは、親にじぶんをアピールしたかったのと、もうひとつはきっとじぶんの責任を回避したかったんだとおもいます。

虐待というのは、じぶんがどういう選択をしようが逃れようのない、八方手詰まりの地獄です。

それであたらしい育ての親にせめてよくおもわれたいから、ギズモさんにお菓子を買ってあげたんだとアピールをしたんですよね。

で、今度はギズモさんがポテトチップ食べたいって言うから来たのだといって、じぶんの責任を回避する。

ギズモさんの文章を読んで、ぼくが勝手におもったことですが、その子はじぶんがわがままなこと(つまり主体的な言動)をすることで、虐待を受けた経験があったんじゃないかなあと。

だから、じぶんから主体的に行動することが、虐待につながるとおもって恐れていたのではないでしょうか。

じぶんが連れていきたいとおもったからギズモさんを工場に連れてきた、というと、そのせいでまた虐待を受けるかもしれません。

だから、ギズモさんが来たいと言ったから連れてきたんだとウソをついて責任を回避した。

子供なりに心を防衛してたのかもしれません。

天秤にかけたときに、友達(ギズモさん)にウソをついたとおもわれることよりも、これからの親にどう接するかということがよほど喫緊の問題だったんだとおもったのですが、もちろんこれはぼくの勝手な勘ぐりです(笑)



お米ですが、ヒノヒカリは西日本でよくつくられている品種で、ぼくも以前食べましたがふつうにおいしいです。

いま市場に出回っているお米は、よほど食通でなければ食味はみな極上です。

わたくし事ですが、ぼくはことしの米の高値にあきれて、来年から陸稲のうるちともち米を主食用につくろうかとおもっています。

陸稲というのは、畑でつくれるお米なんです。収量が少ない、食味が劣るなどの問題がありますが、水田ができない地域などでむかしはよくつくられていたといいます。

陸稲はもち米の食味はふつうなのですが、うるちはパサパサしてまずいのだそうです。

どれくらいまずいのかわからないのでとりあえずつくってみようとおもうんですが、まあ市場に出回ることのないお米で、陸稲のお米はおかきなどの加工用に回るみたいです。

食味でいえば水稲がおいしいのは間違いないんですが、陸稲は収穫した籾を翌年そのまま使えますし、主食をつくるコストは下がりそうです(笑)



ほんとうにことしはヘンな天気が続きますね。

やっと寒くなったとおもったら、またきょうは生ぬるいようなおかしな気温です。

朝と日中の気温差が激しくて、最近なんだか疲れがたまっています。

お互いに体調に留意しながら乗り切っていきましょうね。
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さらに詳しい解説をありがとうございます。

ものすご~~く腑に落ちるというか、なるほど!と思うことばかりです。

最後の、『過去のことや未来のことを心配しない、という考え方はもちろんただしいんですが、そのためには過去や未来に対する前向きな学びの姿勢が必要で、ここが欠けていると、なかなかいまを生きる不安は取り払うことができないんじゃないかとおもうのです』というのは、とても大切なことですね。

過去のいいことも悪いことも未来のことも、くよくよと気持ちが参ってしまうほどに思い詰めるのではなく、また、何も考えることなく過ごすのでもなく、前向きに反省し、そこから学ぶことが大事なのですよね。
ついつい、くよくよ思考になりがちなのですが、そこは改めなければいけません。

多重人格の人の例は、理解しやすかったです。
「そうせざるを得ない」境遇で、つらすぎる日々を送っていたら、どこかで気持ちの逃げ道を設けないと、精神も肉体も崩壊しますね。

以前、電子書籍の漫画で親から虐待を受けた子の実話集を読みましたが、壮絶としか言えません。
とても、かわいそう、なんて簡単に言える状況ではないですね。

私が小学生のころ、夏休みに叔父の家に泊まりに行っていました。
近所にポテトチップの湖池屋の工場があり、そのあたりの奥さんたちは、そこにパートに出ている人が多かったようです。

6年生の夏休み、隣の家に来た小学1年生の女の子を紹介されました。
最近引き取られてきた遠縁の子なので、一緒に遊んであげてねと。

奥様方の井戸端会議を盗み聞きした(笑)ところによると、親に虐待されていたとのこと。
見るとはなしに見れば、手や顔などにタバコの火を押しつけられたあとがたくさんあります。

ある時お菓子屋さんに一緒に行き、それぞれ自分のお金でお菓子を買ったのですが、あとからその子がおばさん(養女になったのか引き取られただけかは不明。その子が「おかあさん」と呼んでいたのかどうかも覚えていないので便宜上「おばさん」にしておきます)に、「ギズモちゃんがお菓子を買ってくれというので、買ってあげた」と言ったのです。
もちろんうそです。

他の日は、そのおばさんがパートに行っている工場に一緒に行こうと言われ行ったのですが、おばさんに「ギズモちゃんがポテトチップ食べたいって言うから来たの。あげて」と言い、またまたびっくりです(笑)

私とのこと以外にも、ひんぱんにうそをついていました。

その時私が思ったのは、つらい思いをして育ってきたから、うそをついて自分をアピールしたりする子になったんだ、だったらその子に「うそつかないで!」と言うのは追い詰めることになるのでよくない、ということでした。
普通に育っていないから悪い子になっちゃった、とは思えなかったわけです。

うそをつくことも多重人格のひとつの症例ですね。
その後、その子とは会っていませんが、引き取られたおうちで大事にされ、虐待された過去が心の重荷になっていなければいいなと思います。

つらいことにユーモアをもって向き合うというのはなかなか難しいことかもしれませんが、考え方を悪いほうに置かないというのなら、案外できそうですね。
変なたとえ話ですが、遊郭の女郎さんが、お客さんを自分が好きな人だと思って接することで、地獄のような苦しさつらさが減るように思える、というのを読んだことがあります。
発想の転換ですね。

ところが、そこをさらに通り越し、どんなことをしたら喜んでくれてまた来てくれるかとまで考えるようになれると、お客さんも増え、いいお客さんもつくようになると。
ホスピタリティですね。

その気持ちの切り替えがうまくできないと、どんどん追い詰められていくわけです。

ユーモアの引き出しをつくっておくということは、とても納得できます。
それを使う状況になった時、どうしてもうまくできなかったら、とりあえず無理に笑ってみる、ということはできそうですね。

顔で笑って心で泣いて、と言いますが、笑った顔を作ると、心もそれに同化して穏やかになるそうです。

『ファクトフルネス』のお話も重要なことだと思います。
事実とかけ離れた情報、報道が日常になっているように感じますが、テレビやネットのニュースをむやみに信じるのではなく、きちんと事実を調べて、安心できることが多いということを認識するのが大切ですね。

やたらと不安を煽る報道が多いのに加え、正しくないことをSNSなどで拡散する人が増えているので、気をつけないといけないと思っています。

あ、そうそう、お米の話ですが。
「今年は新米の時期になっても今までのようには流通しない」というネットのニセ情報に振り回され、9月初旬に農家直送の新米を予約してしまいました(笑)
ところが9月末あたりから、スーパーでもお米は普通に売られるようになりました。価格はだいぶ上がりましたが。

つい先日、静岡県の農家から届きましたが、ヒノヒカリという銘柄で、とてもおいしいです。
この銘柄は、今まで売られているのを見たことがありませんでしたが、他県産のヒノヒカリの口コミがよくなかったので心配していました。

暑い夏が過ぎ、急に寒すぎる日が来たと思うと、また半袖でもいいような暑い日。
なんだかおかしな気候ですが、気温差にはお気をつけくださいね。
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ロゴセラピーの自己距離化の実践は、カンタンなようで意外とむずかしいのではないか、「結局はこころの持ち方なのでしょうか。」というギズモさんの問いかけについてなんですが、半分その通りだとおもいます。

あとの半分はというと、「そうせざるを得ない」んだとおもいます。

この「そうせざるを得ない」状態は、多重人格の人をたとえにするとわかりやすいのではないかとおもいます。

心の中に複数の別人格をつくる、不思議な精神病理なんですが、たいていの多重人格患者は、子供のころにひどい虐待を受けているというのです。

苛烈な虐待でこころがもたなくなって、べつの人格をつくって、逃げ場にする。

これはロゴセラピーでいえば自己距離化ですね。

でも、多重人格の子供は、そうせざるを得ないから、そうしたわけです。

子供ですから、ユーモアで自己距離化をはかることはできません。

虐待で精神が追い込まれていくうちに、だれからなにを教わるわけでもないのに、じぶんの人格を複数にわけてしまうんですね。

いま親から殴られているのは、じぶんではなくてもうひとりの〇〇だ、という具合に。

それで、虐待を受けるときの苦しみをべつの人格に負担させるために、別人格のリアリティが形成されていきます。

つまり、いま殴られている〇〇の性格や気質を、本来のじぶんとはまったくべつのものにして、できるだけ細かいディテールまで構築しておけば、より上手に苦しみを逃がすことができる。

別人格のリアリティが増せば増すほど、じぶん本体の苦しみを、別人格に負担させたつもりになれる、というわけです。

しかし多重人格は、自己距離化ではあるけど、もはや精神が崩壊した状態ですよね。

じぶんで人格の統一をコントロールできない状態になっているからです。

ほんとうは、そうなる前に対処しなければならないんです。



おそらくヴィクトール・フランクルも、ホロコーストの極限状況で、そして戦後じぶんの家族がみな収容所で亡くなっていたという事実を知ったとき、精神が崩壊するほどの苦しみを味わったはずです。

そのときに紡いだユーモアは、半分はロゴセラピーを実践するために、こころの持ち方をコントロールしたのだとおもうのですが、あとの半分はそうしなければ精神が維持できなくて、そうせざるを得なかったのだとおもいます。

人間はだれしも、じぶんの精神が破綻するくらいの苦しみに見舞われる可能性がありますよね。

他人を頼るわけにもいかず、じぶんひとりで苦しみ抜かねばならないこともあります。

そういうときにじぶんを他人事のように扱うユーモアを醸成しておくというか、じぶんのこころを救う手段のひとつとして引き出しをつくっておく、という感覚でしょうか。

ユーモアの引き出しをもっておくことで、精神が破綻する手前の状況をギリギリで維持するようなイメージです。

そういう意味では、ロゴセラピーの自己距離化は、禅や解脱と似てはいるんですが、より現実的に差し迫った危機に対処する心理療法なのだとおもいます。



自己距離化にフォーカスを当ててもうすこし続けますが、宗教だと神様の存在も自己距離化なんだとおもいます。

じぶんに起こる不幸や苦しみを、「神様が思し召しなのだから」といって前向きに受け止めるのは、じぶんに起こった出来事を神様というクッションで緩和してるんですよね。

人生がいくら苦しくても、最後は阿弥陀如来が救ってくれる、というような考えも、そうです。

つまり、神様視点でじぶんをとらえるという、自己距離化をおこなっているわけです。

だから、ロゴセラピーはこれまで人類がやってきたことの、理論化なんですよね。

なにかあたらしいことを言ってるのではなくて、「これまで人類がやってきた苦しみから逃れる方法を、カンタンにまとめてみました」という感じです。

わざわざ教わらなくても、人間は極限の状態になれば人格を分裂させてでも自己距離化をおこなってしまいます。

そういう意味では、解脱の修行や只管打坐のように、精神状態が平常のときにわざわざ無理して自己距離化をはかるのは、「スパルタすぎる避難訓練」みたいなもので、あんまり意味がないのかもしれません(笑)



ギズモさんがおみくじをひいて、「神の教」に書かれていたことで救われるおもいになったのは、キリスト教でいうところの「同伴者イエス」を得たような感覚だったのではないでしょうか。

おみくじというかたちで、目にはみえないけれどじぶんのそばに、必要なときに大事なことを伝えてくれる存在がある、という感覚が、ギズモさんの支えになったのではないかとおもいます。

人間は肉体もこころも、ひとりで生きていけるものではなくて、なにか支えが必要なんですよね。



取り越し苦労をしない、過去のことや未来のことを心配しないというのも、すこし深く解釈していかないと、実践がむずかしいようにおもえます。

ほんとうにまったく過去のことも未来のことも考えないということになると、人間として落第してしまいますよね(笑)

5年ほど前にベストセラーになった『ファクトフルネス』という本がありました。

あれは、国連の出しているデータをもとに、世界の事実(ファクト)を知ることで、ウソ(フェイク)に惑わされないようにすれば、いまやるべきことに集中できるし、安心して日々を暮らすことができるという内容でした。

タイトルの「ファクトフルネス」は、マインドフルネス(禅)とファクト(事実)を掛け合わせた言葉なんですね。

事実を知ることで、禅の境地のように、客観的・俯瞰的にものごとをとらえて、生きることに安心することができる、というような意味合いです。

その本によると、世界には問題点もあるし、不安になることもあるけれど、ただしい事実を知れば、安心できることもたくさんあるし、じつは世界がよくなっていることもわかる、といいます。

たとえば、世界にはいまだに飢餓や貧困がはびこっている、といいますが、国連のデータをきちんと読んでいくと、戦後、世界の飢餓や貧困の割合は改善されてきているといいます。

もちろん問題は残っているのだけど、決して絶望なんかしなくてよいし、希望がもてる状態なんだ、安心していいんだ、と。



なにが言いたいのかというと、われわれはどんな状況であっても、過去からなにかただしいものを学び取って、未来をいいものにしていく覚悟が必要だということです。

そうすれば、過去を悔やんだり、未来を恐れたりせず、いまやるべきことに集中できるようになる、という理屈ですね。

過去のことや未来のことを心配しない、という考え方はもちろんただしいんですが、そのためには過去や未来に対する前向きな学びの姿勢が必要で、ここが欠けていると、なかなかいまを生きる不安は取り払うことができないんじゃないかとおもうのです。
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壮大なテーマであり、本来はかなり難解なお話であったはずなのに、3回に分けてわかりやすく書いてくださったので、都度理解しながら、またいろいろなことを考えさせられながら読むことができました。
ありがとうございました。
話の腰を折るなどということは全然ないので、気になさらないでくださいね。

ロゴセラピーのふたつの実践方法、わかりやすい説明をありがとうございます。
これは、シンプルで簡単にできるように思えますが、なかなか難しいとも言えますね。
結局はこころの持ち方なのでしょうか。ちょっと意識を変えてみることで生きる苦しみに対処できるというのは、信仰や宗教に対し不信感を持っている人や興味のない人にも実践でき、生きる希望につながると思います。

自分から距離を置くというのは、「何も考えない」という対処法より、変な表現ですが、積極的な方法に感じます。
何も考えないようにするのは、それもひとつの対処法ではあるけれど、なんとなくピンときません。
とは言え、座禅や阿字観のような、瞑想の時間を作ることも有益と思っていますが。

内省のように、自分の心を分析しながら折り合いをつけてうまく生きていくのではなく、ユーモアでものごとと対峙する。
ものの見方を変えること、気持ちの持ち方を変えることの大事さがわかるセラピーだと思います。

「今回話した思想は、じぶんが生きるステージによって変化していきます」というのは、とてもしっくりきました。
ずっと同じではなく、その時々変わっていいというのは、ひとつの信仰やひとつの思想、考えを持ち続け、貫き通すべきだという考え方より、柔軟で気が楽になるように思います。

座右の銘のひとつとして、パソコンのデスクトップに『起きていないことを不安にしない』と書いた付箋(紙ではなくアプリの付箋)を貼っていたのですが、パソコンを替えたため、すっかり忘れていました(笑)

このところ、その「起きていないこと」でずっと悩んでおり、どうも鬱々として心が晴れませんでした。
10月1日、お正月以来行っていなかった、埼玉県越谷の久伊豆神社(ご祭神=大国主命・言代主命)にお参りに行きました。
月末から主人が海外に行くので、お守りを受けるためでした。

参道を歩いていると、太鼓が鳴り始め、ご祈祷が始まりました。
そこそこ大きな神社で、混んでいる時はご祈祷を受ける人が多いのですが、本堂を見るとお宮参りの若いご夫婦一組だけでした。

ちょうどご祈祷が始まったところに行ったとか、チョウチョが飛んでいたとか、風がさ~~っと吹いたとかは、縁起のいいしるしと言います。
しばらくお賽銭箱の横でご祈祷を聞いていましたが(ただで(笑))、箱に入っているおみくじをひきました。書き足し・おみくじは100円を箱に入れ、勝手に箱から出す形式です。

ひく前に、住所・生年月日・名前、「今の私に必要なおみくじをお願いします」と言ってからひきました。

おみくじは、書いてあることがよくなくても大吉だったり、なかなかいいことが書いてあっても凶だったりと、バラバラのことが多いので、書かれている内容のほうが大事だと思っています。

そのおみくじは大吉だったので、まずそれはそれでうれしかったのですが、「願望」「待人」「旅行」「病気」などが書かれている裏面には「神の教」が書いてあります。

そこには、
「過ぎた繰り言とりこし苦労、神の授けし身を破る」
取り返しのつかぬ過去の事を、繰り返し思い悩んだり、定かでは無い将来の事を案じ煩うのは、唯心を痛め身を損なうだけの無益な事である。今日は唯今日の務めを、朗らかに一生懸命尽くし、明日は明日の務めに精を出す。日々神様の御心に寄り添い、明るく正しい心で暮らすことが肝要であり、禍も転じて幸いとなる唯一つの正道である。

と書かれていました。

これ、ロゴセラピーのふたつめ、ですよね。
おみくじをひいたのは10月1日で、農園主さんがロゴセラピーの記事をまとめていらっしゃる最中でしたでしょうか? これも不思議ですね(笑)

このおみくじを見た時、不覚にも涙が出てきました。
そうだ、起きていないことをくよくよしているなんてアホらしいじゃないか、自分が悩んでいて鬱々としているからと家族にも冷たくしていた、これは改めないといけない、とものすごい反省をし、このタイミングでこのおみくじをありがとう神様!!となったわけです(笑)

そこに、農園主さんの今回の記事を読ませていただき、このシンクロはなんだろう、と再度感激しました。

過去でもない未来でもない、今を明るくしっかりと生きる、これを肝に銘じます。

精神的に鬱々とすると免疫が落ちるそうですが、身体とこころがつながっている証拠ですね。

今回の記事は、生きる意味、そしてどうやってつらいことを乗り越えて、うまくこの世で生きていくかということについて、とても考えさせられましたし、その答えも納得することができました。
ありがとうございます。

最近、マイナスの感情、例えば怒りとか悲しみとか不安、取り越し苦労、悩み、そういったもので心が疲弊することくらいばかばかしいものはない、と思うようになりました。

人生、残った時間はさほど多いとはいえません←まだ高齢ではないけど(笑)

一日の3分の1は寝ていることだし、いずれ健康な高齢者になれればいいですが、介護が必要になれば思うように行動できなくなりますよね。

そう思うと、人生はいいことばかり、楽しいことばかりあるわけではないので、発想をうまく転換させて、書き足しと訂正 いやなこと、つらいこともユーモアをもってぶつかり、楽しく笑って過ごし、周りの人を不快にさせず楽しくさせて生きていくことが、とっても大事なことだと思うようになったのですいます。

そんなわけで、今回の農園主さんの記事シリーズは、今の私に最も必要な事ばかりだったのです(o_ _)o))
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今回のギズモさんへの返信は最後に書かせていただきます。

まずは前回の続きをどうぞ。



(前回の続き)

ロゴセラピーで伝えているふたつの実践方法が、般若心経と似ているという話でした。

ロゴセラピーが伝えていることのひとつは、じぶんが恐れることに、ユーモアをもってあえてぶつかってみること。

たとえば、人前でしゃべるのが恐い、言葉が出てこなくなる、顔が赤くなる、というような場合は、

「よし、きょうは盛大にどもって、赤鬼みたいに顔を真っ赤にして、みんなを大笑いさせてやろうじゃないか」

というような感じで、あえてじぶんがおそれることに突っ込んでいくのです。

このときに大事なのが、じぶんという人間からあえて距離をとることです。

ロゴセラピーでは「自己距離化」というようです。

じぶんの置かれている状況や、じぶんの肉体や精神から、距離を置くために、ユーモアを積極的に利用するんですね。



この自己距離化は、ヴィクトール・フランクルが師事していたフロイトも似たことを言っています。

ドイツ語でガルゲンフモール(Galgenhumor)というのですが、日本語にすると、「絞首台のユーモア」あるいは「曳かれ者の小唄」なんていわれたりもするようです。

Galgen が絞首台で、humorがユーモアですね。

ある月曜日、絞首台に曳かれていく罪人が、「ああ、今週もいいことがありそうだ」と言ったというのです。

今週にいいことがあろうとなかろうと、もうこの罪人はいま絞首台で首をくくられて死ぬわけですから、かれは冗談(ユーモア)を言ったのです。

もちろん強がりなんですが、これが大事なんだとフロイトはいいました。

ユーモアによってじぶんから距離を置くことで、恐怖から自我の崩壊を防ぐ効果があるというのです。

おもうようにならない現実が目の前にあるのだけど、その状況にじぶんが屈することなく、主体的に生きるためには、ユーモアが必要だというわけです。

ヴィクトール・フランクルも実際に収容所の中で、このユーモアによる自己距離化を実践していたといいます。

さすがに絞首台のユーモアやホロコーストは極端な例ですが、ロゴセラピーの場合、ユーモアをもって日常の困難に立ち向かうことで、生きる不安を解消していくことができるといいます。



もうひとつは、過ぎ去った過去や、まだきていない未来を意識せず、いまやるべきことに集中しようというものです。

人間はじぶんの行動をいちいち反省しすぎてしまうことがあるので、過去に起こったこと、未来に起こるであろうことと距離を置いて、いま現在やるべきことに集中する。

ロゴセラピーの実践的な部分だけを切り抜くと、このふたつだけなんですね。



般若心経がじぶんや煩悩を捨てて修行をしろというのと、生きる不安を解消するためにじぶんから距離を置こうとするロゴセラピーとは、共通点があるとおもいます。

じぶんに執着しすぎると、かえってよくない、という点です。

意識がすべてだという唯識の思想は正しくて、われわれは生きている限りじぶんの意識から逃れることができません。

われわれが見ている景色だって、われわれに起こる出来事だって、それはじぶんがあるからこそ感じるのであって、それはふだんは、とてもありがたいことです。

けれど、肉体が痛みに支配されたり、社会から迫害を受けたり、死が近づいて苦しみばかりの状況になったら、今度はこの意識が邪魔になってきます。

そうすると今度は、逆にじぶんから距離を置いて、じぶんの意識を切り離す努力をしないと、苦しみに耐えられなくなる、というわけです。



これまでの話をまとめてみます。

般若心経は人間の意識を切り離して、無と無限(宇宙)に同化することが大事だ、という思想に至りました。

しかし個々の人間がどう生きるべきかということまでは示しませんでした。

日本の仏教の場合、それを補完したのが日蓮宗です。

しかし日蓮宗の考え方も、人々が社会のために奉仕することで、社会の人々を救うのだとは言いましたが、個々人が幸せに生きる方法については教えてくれませんでした。



というのも、近代以前の社会では、みんな生きることに必死で、それ以上の幸せを考えている余裕はなかったし、いまよりもずっと、差し迫ったところに死があったんですよね。

だから当時の人々は、みんな死に方ばかりを考えました。武士は立派な死に方を求めたし、浄土宗はあの世に救いを求めました。

これは日本だけではなく、世界中そうだったとおもいますし、日蓮宗のような考え方のほうが、めずらしかったとおもいます。

みんなあまり、生きていること自体に意味を求めたりはしなかったんです。




それが近代西洋で産業革命が起こり、社会が大きくなり、爆発的な豊かさが得られるようになりました。

そこで合理主義が台頭すると同時に、ようやくひとりひとりの幸福を追求していく思想が生まれます。

実存主義では、人間には明確な価値があると主張して、社会の役に立つことでじぶんの価値を高めるべきだと主張しました。

ヴィクトール・フランクルはさらにそこから、人間の生きる苦しみに対処するための実践法をロゴセラピーというカタチで提示します。

たとえば現代では、たとえば手術をするときには麻酔をつかうし、がんで肉体に痛みが出て耐えられない場合も、モルヒネなどをもちいて緩和ケアをおこないますよね。

肉体と苦しみを切り離す技術が、科学的にも確立したわけですが、こういうことはやはり、豊かさという土台がなければ成り立たないことだとおもいます。

その点では、やはり実存主義は人々を救済しているとおもいます。



どうしても人間が生きる意味についてまで説明したかったために、ギズモさんとの対話の腰を折る格好になって申し訳ないです。

では最終的に、ぼくはこの一連の思想をどう理解したか、ということなんですが、こう考えるのがバランスがよいのではないかとおもいます。



ぼくは、元気でいる間は実存主義的にものを考えるのがよいとおもいます。

社会のためになるように努力をし、社会の中に居場所をみつけて、よりどころにする。

生きる意味は、向こうからやってくるのではなくて、じぶんから見つけていくものだ、という考え方ですね。

しかしじぶんがたとえ元気であっても、ホロコーストや、いわれなき差別のようなカタチで、じぶんが社会から迫害されて、仲間外れにされてしまうこともあるでしょう。

そうすると、いくら元気でも社会の役に立てず、じぶんの存在意義を見失うかもしれません。

そういうときは、ロゴセラピーを利用して、ユーモアと自己距離化によってじぶんの精神を維持しなくてはならないでしょう。



では、肉体が衰えて社会の役に立てなくなったり、あとは死を待つだけ、という状況になればどうするか。

もちろんそんな中でも、せめてじぶんにできることはないかという模索はするとおもいます。

しかし人間、肉体や精神がいうことをきかなければどうしようもありません。

そうなったときは、もはや実存主義に頼る段階は過ぎています。

そうなれば、神仏に救われることを祈ることになるでしょう。

死ねばみな救われる、という宗教はここにきて役に立ちます。

ぼくとしては特定の信心を持たないので、じぶんが死ねば宇宙のエレメントになるのだという考えを支持します。

いずれにせよ、死ねばこの肉体のとらわれから救われるのは間違いありません。

このようにして、今回話した思想は、じぶんが生きるステージによって変化していきます。

この地図があれば、われわれが生きて、そして死ぬことの見通しが立つのではないでしょうか。

というわけで、長かった話もこれでおしまいです(笑)

お付き合いいただいてありがとうございました。



(前回の投稿への返信)

宗教とは人が集まって支え合うシステムのようなものだとおもいますが、「本人の達成感、熱意、宗教への熱い思い」は、その根幹をなすとおもいます。

欲徳がらみでない熱意は、ほんとうに大事だとおもいます。

おそらくいまここでわれわれが話しているようなことも、宗教や信仰の集会に近いものだとおもいますし、かなり深いところまで理解を進めているとおもうんですが、なぜこれが成立するかというと、お互いに欲徳がからんでおらず、忖度のない関係だからだとおもいます。

けれど、もちろん宗教の集会のように「ある目的をもって人が集まる」中で、心のとらわれが解放されていくこともあるでしょう。

満たされないおもいがあったときに、べつの目標を達成しようとすることで、心を満たそうとする行動を、心理学的には、「代償行動」というのだそうです。

以前にも言ったとおもうのですが、ギズモさんにとって、たいへんな時期に信仰とその仲間が代償的に作用して、心の安定が得られたのであれば、それはなによりだったとおもいます。



じぶんが「生かされている」という感覚ですが、大事だとおもいます。

じぶんがいま主体的に……つまり実存主義的に生きていると、「生かされている」という感覚は薄れていきますよね。

けど、人間はずっと実存を保っていることはできません。つまり、衰えるし、死にます。

人間はじぶんの衰えや死を予測できる生き物なので、いつまでも主体的に社会の主人公でいられるわけではないことを知っています。

だからこそ、大いなるなにかに「生かされている」という敬虔な考えは、元気なときにこそしっかり意識しておく必要があるんですよね。
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時々不思議なシンクロが起きますね(笑)

今回もNO.1516について、考えたことを書かせていただきます←最初900字だったのが、どんどん長くなってしまい、また自分のことばかりでごめんなさい。

2018年に仙台に行った時、偶然立ち寄ったお寺が、千日回峰行を成した大阿闍梨、塩沼亮潤が開山した、福聚山慈眼寺でした。
このお寺のホームページを読んだこともあり、著書『歩くだけで不調が消える 歩行禅のすすめ』も読んでいましたが、そのお寺だとはまったく思わずにお参りしました。

本堂の脇に小屋のような小さなところがあり、中に入るとお札や著書などが置いてあります。
そこで、もしかしてあの大阿闍梨のお寺?と気づきました。

すると、さっきまで庭の掃き掃除をしていた男性が入ってきたのですが、お顔を見ると大阿闍梨ご本人だったので、ここでまた驚きました(笑)
とても柔和で感じの良い方で、あの苦行を成し遂げた方という雰囲気ではありませんでした。

持っているのと同じ本を購入し、何かひとことふたこと話した記憶があるのですが、覚えていません(笑)

千日回峰行はやらなくてもすむことなのかもしれませんが、壮絶な、解脱に近い難行苦行をすれば、ネームバリューも上がり、護摩祈祷に訪れる人が増え、収益にもつながるということもありますね。

でも、それよりも、本人の達成感、熱意、宗教への熱い思い(自己満足の部分もあるかも?)の問題が大きいように思えます。

金剛般若経の、「教義を説く側と、聞く側の資格が煩悩からの解脱」ですが、煩悩があったとしても、双方の純粋で欲得がらみでない熱意も資格なのでは、と思います。


『夜と霧』はずいぶん前に、単行本で読みました。

内容もですが、写真が壮絶で、衝撃を受けた記憶があります。
ロゴセラピーというのは知りませんでしたが、とても興味があります。


以前プロテスタントの教会に数年通っていたことはお話したと思います。

当時、母親のことで、決しておおげさではなく、自分が死ぬか母を殺すかと、誰にも言えずに日々悶々と悩んでいた時期でしたが、たまたまクリスマスのイベントで、その教団の聖歌隊が近くの商業施設に出演するというチラシを見て、観に行ったのがきっかけでした。

行ってみて数年、いろいろわかったことがありました。

何かを買えという勧誘はまったくありませんが、献金はあります(これについては以前書いたことがありました)。

洗礼を受けた後は「月定献金」というのがあり、目安として月収の1~3割とのことです。
私の場合、当時は自分の収入はなかったので、納めなくてもいいですよ、と言われました。

半期に一度か年に一度か忘れましたが、収支表が配られるので目を通すと、牧師とその妻(宣教師)の給与が合わせて50万もありました(30年も前です)。
毎月決まっているのか、その月の収入によって変動するのかはわかりません。

牧師夫妻の服装は質素で、牧師夫人はバザーで購入したスーツを着て礼拝に出ており、ぜいたくをしているようには見えませんでしたが、けっこうな収入ですよね。

他に、教会の運営費はもちろん、牧師館(牧師一家は2階の一部が住居)の修繕費や、諸経費、積み立て金も別に取ってあるので、ずいぶん余裕のある収入だと思います。

ただ、月定献金を納めてくれる信者が減れば生活も困窮するわけなので、貯金はしていたと思います。

壺を売ったりハンコを作らせたりと、詐欺まがいのことをしなくても、宗教で過分な(私の感覚です)収入を得るのはどうなんだろう?と、ずいぶん疑問を感じたものでした。

不登校に近い若者や、障がいのある人、いじめにあっている人、人間関係がうまくいかず継続して仕事に従事できない人など、様々な悩みを持った人が来ていました。
みなさん熱心に通ってくるのですが、今、冷静に考えてみると、信仰は二の次という人が多かったように思えます。

それではなぜそれほど熱心に礼拝に出たり、日曜日以外も来て、なにかしら手伝ったりしていくのか。

教会は、阻害されない、仲間外れにされない、どんな人も受け入れてもらえる、話はきちんと聞いてもらえる、という、実に居心地のいい空間だからだったのでしょう。

誰からも否定されず心が休まる場所があれば、なにかしらの生きる希望、意欲というのが起きてくると思いますが、そこが宗教の場ということになると、純粋で敬虔な信仰とはかけ離れたものにもなり得るかもしれません。

もちろん、そこから熱心な信者になることも多々ありますし、宗教と自分の居場所がどういうふうにつながるか、それは個々の問題ですね。

教会など宗教の場に行くきっかけが信仰ではなくても、その後も信仰心が希薄だったとしても、そこが生きる意味を見つけられる場である(あった)と思う人はいるように感じます。

私の気持ちとしては、ほどほどの信心をして生きている間救ってほしいし、信心したとしても死後にどんな目に合うのかわからないから死後も救ってほしいと思うのですが、両方とも望むのはどうなのでしょうか(笑)

もうひとつ。
私の場合、その教会に行き、熱心な信仰の時期→ちょっと冷めてきてほどほどの時期→教会の人間関係に疲れてそこから離れ、カトリック教会に1年ほど通った時期を経て、母に関する心の問題はだいぶ払拭されました。

信仰による心の安定(これを救いと言っていいのかわかりません)と、週に一回でも逃れられる居場所ができたということが、ちょうどその時私に必要なことだったのはないかと捉えており、その時、生きる意味(生かされる意味)について、ほんの少し考えた、というお話でした(笑)

実際のところ、今も、生きる意味はなんなのか?ということの明確な答えはわかっていませんが、キリスト教の言うところの「生かされている」という捉え方は、なんとなく納得しています。
書き足し・「生かされている」こと、これはキリスト教でなくても、仏教でも神道でも、結局は同じかと思います。
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ギズモさんの返信を読みながら、「あれ、日蓮宗や顕正会の話はしたっけな」とおもいました。

前回の投稿の続きとして、今回、日蓮の話をしていたからです。

不思議なことに、ギズモさんはぼくが話すより前に日蓮の話をなさっていたんです(笑)



勧誘の話を読みながらおもったのが、宗教って、末端の信者ほど信仰に対して純粋で、敬虔だということでした。

でもそれは、金儲けとしての宗教教団の、隠れ蓑として作用してしまいます。

教団は明確に金儲けの意図をもっているのだけど、そうおもっていない熱狂的な末端の信者がいて、教団側は外側に向けてかれらをみせることで、「ほらうちの宗教は金儲けなんて考えていない、こんなにも純粋な信仰なんですよ」と。



精神病棟の患者さんの話、興味深かったです。

おそらく、自他の境界があいまいな、いわゆる第六感が働く人はほんとうにいるのだろうとおもいます。

ただ、それで金儲けをしているような人は、ほぼすべてニセモノだとおもいますが。

さて、前回の続きです。



(前回の続き)

金剛般若経は、玄奘三蔵が翻訳した仏教の経典のひとつですが、煩悩から解脱しなければならない理由を、以下のように述べています。

「修行者が衆人に施しを与えるにあたって、あるいは衆人が修行者から施されるにあたって、じぶんの肉体や精神といった煩悩に囚われていてはならない」

この場合の施しというのはお金ではなくて、「教義を施す」という意味合いですね。

教義を説く、あるいは教義を教えてもらうためにも資格が必要で、その資格が煩悩からの解脱だというのです。

たしかに現代の日本でも千日回峰行を成した大阿闍梨などは、解脱に近い苦行を成し遂げたことで、「衆生に施しを与える資格を得た」ということになるわけですが、しかしこれは現代人にとっては非常に物足りない理由なのではないでしょうか。

ぼくが以前に書いた、死を目前にすると人間は生きている意味を見いだすから解脱を目指す、というのは、仏教の場合はまちがいだったようです。

仏教はぼくが言ったような、個人主義的な理由で解脱を目指そうとはしていません。

よくよく考えると、仏教ではそもそも「ひとりひとりが生きる意味」については語っていないんですね。

仏教は、国家鎮護にはじまって、次は魂の救済……つまり信心して死後に救ってもらおうというところに存在意義があります。

(訂正)日本に渡ってきた仏教は国家鎮護に利用され、次は衆生の魂の救済……つまり信心して死後に救ってもらおうというカタチで変化してきました。

仏教が個人の生きる意味のようなものを考えだすのは、鎌倉時代になって、日蓮が日蓮宗(法華宗)を立ち上げてからなんですね。



ぼくはどうしても今回の3回の話で、生きる意味についてまで話を広げたかったんですが、ちょっとアプローチを変えて、西洋の話をさせてください。

これまではずっと東洋の思想から人間を理解しようとしたんですが、近代西洋はどのように考えたのか。

ちょうどぼくはいま、テレビ番組の「こころの時代」で、ヴィクトール・フランクルのロゴセラピーが取り上げられているのをみていました。

ヴィクトール・フランクルはユダヤ人で、ジークムント・フロイトに師事する精神科医でもありました。

ホロコーストの経験を描いた『夜と霧』という作品でも知られています。

かれは戦時中、ナチスによって強制収容所に送られました。

極限の迫害、死の恐怖と苦しみを味わいながらも、生きて終戦を迎えることができました。

しかし親も兄弟も、さらには妻も、収容所でみんな亡くなっていたんですね。

失意と苦悩の中、かれはかねてからの仕事であったロゴセラピーの確立をめざしました。

そんなロゴセラピーは「実存主義」という思想を土台にしています。



実存主義は19世紀に登場しました。

どうしてこの思想が生まれたかというと、近代西洋で産業革命が起こってから、文明社会がどんどん巨大になったからなんです。

社会が巨大になると、人々をより合理的に動かす必要が出てきます。

それでまず合理主義が台頭し、合理性で社会を統制するようになりました。

ところが、あまりに人間を合理的に働かせすぎると、人間は生きる意味を見失ってしまうんですね。

これは現代でもそうだとおもいます。

ただ家賃や光熱費を支払い、食べて寝るだけで終わっていく生活を維持するために、一日中ロボットのような仕事をしていると、「じぶんはなんのために生きているんだろう」とむなしさにとらわれてしまいます。

もちろんぜいたくを言わなければ食っていくことができるわけで、日常で死の恐怖に苛まれることだってなく、きちんと社会の役にも立っている。

にもかかわらず、心が満たされなくて、生きているのがつらくなるのです。

この合理主義の弊害が、近代西洋の社会問題でした。

そこで生まれたのが、実存主義です。

社会を発展させるのが人間の目的だという点は、合理主義も実存主義も共通してるんです。

しかし人間を鋳型にはめて管理して社会を発展させる合理主義では、人間が社会のために消費されるだけになってしまいます。

だから人の個性や自我を認めて、じぶんの適性を追求していくやり方で社会を発展させていくべきじゃないか、というのが実存主義です。

つまり、社会が合理的になろうとすればするほど、同時にわれわれはじぶんの主体性を見つめ直して、生きがいや生きる意味を積極的にみつけていかねばならない、というわけです。



実存主義では、人間は鋳型からつくられた道具ではなく、かといって般若心経のいう空や無でもなく、まちがいなく実存しているという立場をとります。

さらにじぶんの実存にはきちんと意味があることを、じぶん自身で求めていかなければいけない、ともいいました。

そのためには、理性的で善良に暮らし、主体的にこの社会にかかわっていくことが必要だというのです。



さっき例にとった日蓮宗(法華宗)は、実存主義とすこし似ています。

ごく大雑把にいえば、日蓮はこんなことを言いました。

「よその宗派のように、死んでから阿弥陀如来に救ってもらおうというのではダメだ。いまこの世に生きているわれわれが努力して、この世に生きる人々を救うというのでなければ、意味がないだろう」

まあ、日蓮宗の排他性や分派といった是非は置いておくとして、日蓮の主張に共鳴する人は多かったようです。

時代を経て宮沢賢治も日蓮宗に帰依しましたし、霊友会、立正佼成会、創価学会、顕正会あたりも日蓮宗から派生した新興宗教です。



ちなみに、ぼくは日蓮宗にも実存主義にも、不信、というか不満を感じています。

なぜならこれらの思想は、社会でなんの役にも立てないといって苦しんでいる、事情のある人々には「生きる意味」を提示していないからです。

実存主義も日蓮宗も、社会の役に立てる人にフォーカスを当てた思想でしょう。

社会にうまくかかわることができない……たとえば重度の障がい者や、気力・体力の衰えた老人にとっては救いがないとおもうのです。

もちろん実存主義によってみんなが社会を成熟させることで、本来鬼子や姥捨てのように扱われて捨てられていた命も救われるようになれば、それはいいことだとはおもいます。

しかし、その鬼子や姥捨ての当事者たちの生きる意味については、実存主義も日蓮宗も教えてくれません。

この不平等について考えると、まだ死ねばみな救われると説く浄土信仰のほうが、思想の上では平等な気がするほどです。

社会にうまく関われない人の生きる意味については、現代社会でもまだ明確な答えを見いだせていないんですね。



それはともかく(笑)

実存主義から派生したロゴセラピーは、般若心経とも似ているところがあります。

ロゴセラピーの主張は、むずかしいものではありません。

基本的にはふたつのことを言ってます。

(続く)

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6000字もの記事を書いてくださり、ありがとうございます。
3回にわけての投稿、農園主さんの返信はなしとのこと、承知しました。

シリーズ終了後だと、どこから手をつけていいかわからなくなりそうなので、今日は No.1513に対し、思ったことを書かせてください←ごめんなさい、けっこう長くなってしまいました(;^_^A

海外でも、障がいを持って生まれた子を「gift(神様からの贈り物)」と言ったりしますよね。

知的障がいの子は、心が純粋で、汚れがないことも、特別な存在として大事に扱った理由のようにも思えます。
また、純粋であるために、見えないはずのなにかが見え、聞こえないはずのなにかが聞こえるということも、あり得るのかもしれないですね。

中山みきは、多重人格者であったんですね。
人格が時々変わるのを見れば、神のような何かが憑いているように見えるのかもしれません。
(書き足し)それも、教祖として崇められた一因になったような気もします。

般若心経ですが、よく唱えているのに、「空」「無」がこれほどきれいに分かれていることに気づきませんでした。
昨年でしたか、成田山新勝寺にお参りした時、般若心経の写経をして納めたのですが、「いやに無が多いな~」とは思いましたが(笑)

同じ文章、語句でも、「読む(唱える)」「書く」「聞く」では、それぞれ違うんですよね、不思議なことに。
それ以前に、いかに何も考えず、わかったふりをして般若心経を唱えていたか、そこが問題でした(笑)

司馬遼太郎の考えは、ずいぶん思い切った感じですが、その通りですね。
これを「キリスト教」に置き換えても、同じことが言えるのではないかと思いました。

古くから多くの人に浸透してきた宗教も、時代が変わっていけばそれなりに変わるのは仕方ないですが、そこに金銭が絡んでくると、なかなか厄介なものとなってしまいますね。

輪っかのお話は、やっぱり何度イメージしても、どうも理解できていないようです。
輪っかの外はなんなんだろうと、とりとめなく考えてしまい、余剰意識もいいところですね(笑)

以前は駅に立っていて、無言で新聞を渡そうとしていたのが、最近は戸別訪問をするようになってきた「冨士大石寺顕正会」のことは、以前お話したことがあったかと思います。
日蓮宗から破門され、独立したようですが、これも一種の新興宗教なのでしょうね。

最近ちょっと(かなり)びっくりしたことがあったので、聞いてください(笑)

仕事の帰り、チェーン店のカフェに入りました。
隣の席に若い女性がふたり、座っていました。
ひとりの女性が熱心に何か話して聞かせていたのですが、声が小さいので内容はところどころしか聞こえません。

雰囲気が尋常ではなく、気になったのでテーブルを見ると、あのよく見かける冨士大石寺顕正の新聞が置いてあります。

しまいには涙ぐんで「浅井先生は私たちのためにこれだけのことをしてくださって~~~」と話していました。

勧誘なのか、団体内部の勉強会なのかはわかりませんでしたが、こういうふうに宗教にのめりこむ人たちっているんだな~と思い、本当に驚きました。

ここで送信しようと思ったのですが、数年前に、一般の女性のブログで読んだことを思い出しました。

その女性の元旦那さんは、精神病院に勤務していました(医師なのかどうかは知りません)。

ある日ひとりの患者さんが亡くなりました。
その方のけんか友だちが、その頃、個室に入っていたそうです。
友だちができるということは、(書き直し)閉鎖病棟ではなく普通に交流のできる病棟でしょう。

亡くなったことを知るはずもないのですが、その人が騒いでいるので、旦那さんが行ってみたそうです。

「なんで、あいつはあんなとこにいるんだ 。 気に入らねーな 、あいつをこっちに降ろせ!!」
と、天井を見上げながら、訴えていたそうです。

おそらく、純粋に見えたままを言える人だからこそ、見えたことを訴えたのだろう、と書いてありました。

精神病(訂正・精神疾患)の患者さんが言ったことなのに、作り話とか病気だからと捉えず、心霊現象とも考えず、本当に「見えた」のだろうと理解しているわけですね。

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今回の件を書いてみたら、なんと現時点で6000文字を越えてきました(笑)

いくらなんでも一回で投稿すると読み疲れを起こすだろうとおもいましたので、これから4日おきくらいに、3回にわけて、時間をかけて加筆訂正しながら投稿していこうとおもいます。

その間にギズモさんが投稿していただいても問題ないですし、あるいは返信がなくてもまったく問題ないんですが、ぼくからはとりあえず返信はせず、いったん今回の内容を3回にわけて投稿しますので、あしからずご了承ください。



まず、お天気のご心配をいただいてありがとうございます。

ことしは夏から秋にかけてほんとうに雨が少なく、参っていますが、なんとか葉物は小出来ながらも育ってくれています。

例年のように安定した収穫にはならなそうですが、なんとかカタチになるように努力しています。



さて、ギズモさんの「免疫異常で境界線があいまいになる」として、人間がじぶん以外の世界にアクセスできるかもしれないというお話には、最初ファンタジー的なおもしろさを感じたあと、現実的にもそういうことがあることに気づきました。

たとえば天理教の教祖である中山みきは、いまでいうところのシャーマンであり、神がかりな気質をもっていたために、教祖としてあがめられることになったんですが、彼女を病理的にみると、多重人格や統合失調症だったともいわれています。

明治の世になって日本の社会は資本主義に舵をとったんですが、じつは宗教は資本主義とものすごく相性がいいんです。

それで中山みきのシャーマン的な言説を真に受ける人々と、これを「ビジネスにしよう」という動きがあいまって、一種の熱狂を生み、日本の新興宗教勢力の一角を担うまでに成長しました。

現代ではオウム事件や統一教会問題がきっかけになって、新興宗教不信が起こり、衰退しましたが、じつは「新興宗教= カルト」という見方はバブル期あたりに起こったもので、それ以前はみんなよくもわるくも純朴に新興宗教を受け入れてたんですよね。

ではなぜ中山みきが崇拝の対象になったのかというと、当時の人々に「障がい者にはわれわれには見えないものを見たり、感じたりする能力が備わっているのではないか」という観念があったからでした。

たとえば日本各地には、知的障がいだったり、身体が欠損して生まれてきた子供を、その地域に幸運をもたらす存在(神)がやってきてくれた、として大事にしたという伝承が残っています。



これは折口信夫の言い方を借りると「まれびと信仰」の一種ということになります。

折口信夫のいうまれびとは、「客人」とか「来訪者」というような意味なんですが、その客人は神の化身として扱われることが特徴です。

健常者ではない「異人」として生まれた子を、排除するのではなく、福をもたらす来訪者(神)として扱うんですね。

もちろん余裕のない家庭や集落では、そういった子を「鬼子」として捨てていたという話もあるんですが、一方で「免疫異常の人」を崇拝の対象にまで高めて大事にした社会もあったようです。



般若心経の輪っかの話なんですが、あらためて般若心経を読み直したんです。

あと玄奘三蔵の翻訳した金剛般若経も読んでみました。

するとかんちがいしていたところがあって、そのあたりを訂正しながらお話します。

まず、無限と無については、般若心経では「空」と「無」というカタチで使い分けてたんですね。

以下に般若心経をコピーしてみましたが、前半は「空」という文字がたくさん出てきて、後半には「無」がたくさん出てくることがわかるとおもいます。

空と無が出てくるところはきれいにわかれるので、行をわけてみました。



観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆 度一切苦厄
舎利子 色不異 不異色
色即是 即是色 受想行識亦復如是
舎利子 是諸法相 不生不滅
不垢不浄 不増不減 是故

色 受想行識 眼耳鼻舌身意 色声香味触法
眼界 乃至意識界 無明 亦無明尽
乃至老死 亦老死尽 苦集滅道 智亦
所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
罣礙 罣礙故 有恐怖 遠離一切顛到夢想
究境涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪
即説呪曰
羯 諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
般若心経



この空と無を意識しながらざっくり般若心経を説明すると、こうなります。

「われわれは空(無限)の一部である。かたちあるものはみな空から生じており、空は絶えず変化している。
われわれがあるとおもっている実体も、本来はかたちのない空から生まれていて、かたちのない空にかえる。

であれば、われわれがあるとおもっているものは、じつはないことがわかる。
身体も心も、感じることもすべて、ほんとうは、なにもかもが無である。
悟りを開いたといわれる菩薩も、じぶんが無であると理解し、無心を理解したところから涅槃の境地に至ったのだ」



これが輪っかの話ですね。

ひもの片方は無限の無(空)。片方はゼロの無。このふたつの無限と無をつないだところに、般若心経はフォーカスを当てている、と。

ほんとうは、ひもの輪っかが存在する以上、ぼくたちは存在しているはずなんですが、仏教はそれを「無い」というんです。

無いということを理解しないと、解脱はできないんだ、とまでいいます。



しかしそんな仏教に対して、司馬遼太郎はこのように指摘しました。

釈迦は煩悩を捨てろ、解脱せよとあまりに高いハードルを設けてしまったが、解脱ができるのは百万人にひとりの天才であり、実践はむずかしい。

釈迦の死後、煩悩を断てない人々は、神仏にすがって現世利益を求め、商売繁盛を祈るようになった。

「釈迦は商利の追求をむさぼりとしたが、かれの宗教がかれの死後二百年で力をうしない、変質もしくは他のものに変わらざるをえなかったのは、当然であったかもしれない。われわれは釈迦では救われない。それどころか釈迦はわれわれを委縮させるのみだ、と公言するダイヤモンド商人もいたであろう」



ではなぜ仏教はそこまでひもを無視して、空や無にこだわったのか、という理由が、金剛般若経に書かれていました。

(続く)
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般若心経のヒモのお話、何度もイメージしてみました。
わかりやすい例えではありますが、正しく理解できたのかどうかは、ちょっと不安です。

無と無限によってつながっているということですが、「無」「無限」も、無いのではなく『ある』んですよね。
そこにじぶんが存在しているかどうかをうまく考えられず、考えているうちに、「無」「無限」の外にいるような気がしてきました(笑)

免疫にまで広がった今回のお話で、また様々なことを知ることができ、考えることもたくさんありました。
野菜を例に挙げてくださったのは、とてもイメージしやすく、理解できました。

柿のことは初めて聞きました。
一番初めに試した人は、瓢箪から駒が出る的な偶然の産物だったのか、考えて試行してみたのかわかりませんが、すごいことですね。

そもそも1500年も前に、無や無限というものの概念があったというのもすごいですね。
そして、1500年以上の仏典や思想が受け継がれて、そこからいろいろなものが派生し、どんなに研究しても答えがひとつではない、ということは、まさに無であり無限であるように思います。

般若心経に限らず、いろいろな仏典や経典、聖書、他の宗教の書物や口伝からそれぞれの教派が分かれていったのは、研究という言い方もできますが、これも多くの人の余剰意識が生みだしたものと言えるかもしれないですね。


人類最初の差別は、人間が住んでいる狭い範囲の地域を区切ることから始まり、だんだん範囲が広がって国になっていった、という話を読んだことがあります。
利便性による「区別」でなく、人を「差別」することから始まったんだそうです。
その区別は置いておくとして。

そのようにして人間が作った国もそうですが、もっと範囲をどんどん大きくし、地球の他の星にも名前をつけていくわけです。

これはあくまで「地球に住む人間」がしたことであって、他の惑星などにいる宇宙人(のような何か)がいたら、地球人が金星と名付けた星は、たぶん金星ではないわけで。

このように考えると、やはり人間は自分と、自分が住む地球を「存在する主たるもの」として認識していることになるかと思います。
しかし、広い宇宙にいる(はずの)宇宙人などのなにものかにしてみれば、そうではない。
そうなると、自分も地球も、『確かなものではない』、無の一部、無限の一部、または無そのもの、無限そのものだと思えてきます。

中学の卒業アルバムに「ひとり一言」を書くページがあり、そこにトルストイの言葉を書きました。
『この自分とは何か、無限なものの一部である』←当時母が持っていた、岩波文庫のトルストイ名言集?という本から選びました。

その時は、「トルストイは、人にはみな無限の可能性がある、ということを言っている」と思い選んだのですが、農園主さんの記事を読ませていただき、もしかしたら私の中学生の時の解釈は間違っていたのかも、と思ったのです。

出典は覚えていなかったので、ネットで調べてみましたが、おそらく『懺悔』の中から引用したものかと思います。
宗教に対する思いを書いたものですが、ソクラテスやアリストテレスなど哲学者の言葉、仏陀のことも書かれており、トルストイも「無」「無限」などにいたく興味を持っていたように思えます。

もちろんこういうことは、多くの作家や哲学者、宗教家たちが書いているでしょうし、今回の農園主さんの言わんとしているところとは違っていると思いますが、ふとトルストイの言葉を思い出したので、余談として書きました。

人間にはこの世は見えても、あの世は見えません。少なくとも生きている間は。
しかし、なんらかの「免疫異常」が起こるケースもないとは言えず、そういう人間(境界があいまいな人)も少しはいて、神仏など、一応は見えないものとされているなにものかとコンタクトを取れたりすることもあるのかもしれません。
そうなると、この世とあの世どころか、地球と宇宙、ありとあらゆるもの、「すべて」と地続きであるし、つながりがあるもののように思います。

あるけれどない、ないけれどある、そんなあいまいな場所に、肉体とこころを持つオリジナルの魂が存在していることは、本当に不思議ですね。

農園主さんの記事からいろいろと考えてしまい、なんだか訳のわからないことを書いてしまった気がします(笑)

(追記)
お天気には、本当に悩まされますね。
こちらも、8月に凄まじいほどのゲリラ雷雨が多かったので、レインコートと雨靴を買ったのに、9月はほとんど降っていません。
作物がよく育ち、たくさん収穫できる秋になりますように。
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今回はいよいよ突っ込んだ内容になって、すこし読むのがたいへんかとおもうんですが、理解していただければきっと気づきがあるとおもうので、ぜひ気合を入れてお読みいただけるとうれしいです(笑)



あの世とこの世のへだたりということなんですが、以前、般若心経の話をしました。

玄奘三蔵によって書かれた般若心経(あとで唯識のお話もします)は無について説いているんですが、無の解釈の仕方が現代のわれわれとはちょっとちがう、という話でした。

般若心経では「われわれがあるとおもっている肉体、意識はじつは存在しない。一切は無である。そして、存在しないというカタチで存在しているのだ」と、非常にややこしいことをいいます。

この場合、般若心経における無はゼロという意味だけではなくて、「なにもかもすべて」という意味も含んでいます。

一本のヒモがあって、片方の端っこはなにもないゼロの無。
もう片方の端っこはなにもかもすべてを包括する、無限の無。

このヒモの両端をくっつけて輪っかをつくったとします。

この輪っかはつまり、われわれがあるとおもっている世界です。

しかし般若心経はこの両端の、無と無限がくっついた部分をフォーカスしてるんですね。

つまり、宇宙という広大無辺の無限の世界にただようじぶんと、それもじきになくなるという死の世界(ゼロの世界)を、輪っかにしてつなぐ。

われわれの世界は無と無限によってつながっていて、その間にいるじぶんが存在しているようにおもえても、じつはそのように意識がとらわれているだけなのだ、というわけです。

これは、蝶がじぶんの夢をみているのか、じぶんが蝶の夢をみているのか、という荘子の思想や、余剰意識の問題と通じているところだとおもいます。



しかしみんなそうだとおもうんですが、われわれはじぶんの肉体や感覚が「ない」と断言するところまで、じぶんの肉体や意識を否定することはできません。

では、結局じぶんとはなんなのか。

われわれはなぜ、じぶんが存在しているというおもいこみにとらわれてしまうのか。

クローンのぼくができたときに、それぞれの自我をへだてるものはなんなのか。

これを解き明かすキーワードは、医学的な言葉でいう「免疫」なのではないかとおもっています。



人間の体には免疫がそなわっていますから、たとえば皮膚を移植する場合、他人の皮膚をじぶんの体に移しても、拒絶反応が出てうまくくっつかないんですね。

免疫というと、いま言ったように他人の組織を拒絶したり、ウイルスと戦ったり、細菌の感染に抗うという機能面だけが強調されます。

医学的には肉体が外敵に抗うシステム面だけが大事なので、免疫という言葉でかまわないんですが、もうすこし哲学的に意味を広げてみると、これは「じぶんとじぶん以外を区別するシステム」ということになるかとおもいます。

クローンの場合、皮膚や組織は取り換えがききますが、じぶんとクローンにはそれぞれ独立した免疫があるから、それぞれちがった意識をもつことになる、といえます。

互いの免疫が独立しているから、クローンを傷つけても、ぼくが「痛い」とはならないわけです。

前回の話のトマトの場合、植物には人間のような免疫細胞はないのですが、異物を排除するための自然免疫が備わっているといいます。

やはり外側から侵略されないシステムは備わっているんですね。

だからトマトの枝を折って土に挿して繁殖した場合、それぞれの免疫が独立するから、べつのトマトとして生きることになる、というわけです。



植物の場合、人間とくらべて免疫のありようが単純なんです。

たとえば、カボチャの種が発芽して、芽が出ます。

同時に、キュウリの種もまいておいて、これも芽が出ます。

このカボチャとキュウリの幼苗をそれぞれ半分に切って、カボチャの根っこのある茎にキュウリの頭の部分をつないで、専用のクリップで留めておくんです。

そうすると、カボチャの根っことキュウリの頭がつながります。

カボチャの根はキュウリの自根と比べると頑強なので、病気や乾燥に強いキュウリを育てることができるメリットがあるんですね。

こうした接ぎ木苗はホームセンターなどでよく出回っています。



しかしこれは人間では絶対にありえない話です。

このカボチャとキュウリの接ぎ木の話は、人間でいえばぼくとマイケル・ジャクソンをそれぞれ胴体から半分に切って、マイケルジャクソンの足をぼくにつないだらダンスがうまくなった、というくらい荒唐無稽です。

人間には免疫細胞があるので、たとえおなじ人間でも、よほどの近親、それも相性がピッタリ合わない限り、直接他人の細胞を受け付けることはできません。

しかし植物の場合は免疫のありようが単純なので、ある程度可能なんですね。

もちろんキュウリとナスみたいに、科のまったくちがう植物同士がつながることはないんですが、キュウリとカボチャのようにおなじウリ科であれば、われわれシロウトがけっこういい加減にやってもくっついてしまう。

この有名な例が、甘柿です。

甘柿は、種をそのまま植えると、すべて渋柿になります。

そこで、渋柿の幹に甘柿の枝を接ぎ木するんです。

そうすると接ぎ木した枝は甘柿に育ってくれるんですね。

われわれが現在食べている甘柿はすべて接ぎ木です。

最初の甘柿は、突然変異によってたまたまできたようで、われわれの祖先が渋柿の苗に甘柿の枝を接ぎ木しながら広めていったというわけです。



この接ぎ木の話でなにが言いたいのかというと、免疫のありようが単純な生物では、じぶんと他の存在の境界があいまいだということです。

つまり、単純な生き物ほど、より宇宙に近いといえるかもしれません。

だから仕組みが単純な生き物だと、わたしがあなたになったり、あなたがわたしになったり、わたしの一部から分裂したりということが比較的容易に起こりえる。

複雑な免疫を持ち、脳と神経が発達した人間は、余剰意識もあって、じぶんというものをオンリーワンの特別な存在だと信じて疑いません。

しかしその免疫を取っ払っていくと、だんだんじぶんと他人の境界があいまいになり、そしてとうとう最後には境界そのものがなくなってしまう、というわけです。



免疫による肉体の独立性は、死ぬと失われます。

死ねば免疫細胞も活動を止めますから、じぶんがじぶんである必要性がなくなります。

もうすこし突っ込んだことをいうと、たとえば腕を失ったとき、脳や心臓という肉体の免疫と自律をつかさどるほうは、独立性を維持しますが、そうでないほうは死にますよね。

この死んだほうの腕になにか「生きていた意味」があるかというと、われわれはなかなか意味を見いだせないとおもうんです。

それはかつてじぶんの一部でしたが、もはや腐りゆく肉の塊でしかありません。

その延長線でいえば、肉体ぜんぶが死んで、じぶんの独立性・精神・魂がすべて失われた場合も、やはり意味らしい意味はないのではないか。

たとえばぼくはいまこの腕でタイピングをしていますから、この腕にはちゃんと生きている意味があるはずなんです。

なのに腕が切り離されたとたん、それは意味を失い、ただの腐りゆく肉塊となる。

しかしこの、肉体が意味を失った向こう側について、人類はずっと考えてきたんですよね。

腕はともかく、最後の最後、じぶんの魂まで失われたら、そのあとはどうなるのか。

それでいまぼくは、死んだ肉体や精神は、この世界(宇宙)のあらゆる要素に溶け込んで、一体化すると考えています。

精霊信仰……たとえば日本の古神道の言い方でいえば、肉塊になった腕は「腕の神様」になるわけです。

有機物、無機物、霊魂など、目に見えるもの・見えないものの概念にへだたりのない、ありとあらゆるものが精霊(神)であるという考え方ですね。

これは、ギズモさんのおっしゃる「この世とあの世に分けへだてがない」ということにつながるのではないでしょうか。



ギズモさんの記事の

”余剰意識とは、「こころ」と同義、またはこころの一部でしょうか?”

ということですが、ぼくもそうだとおもいます。

最初に「あとで唯識のお話もします」と述べましたが、玄奘三蔵は「すべてはこころが作り出す仮の世界」という唯識の思想を確立しました。

しかし般若心経ではその唯識すら虚構なんだといって、人間の意識を無と無限の中に放り込んでしまうんです。

そのように、本来死なねば得られない意識の融合を、生きながらにしてムリヤリ得ようとする試みを、仏教では「解脱」といいました。

つまり仏教では、死にアプローチしていく行為自体を、仏教徒の生きる意味にしてしまったんですね。

なぜそんなことをしたのかというと、われわれのこころは、いざ分解してみると、生き物の本能と、本能に肉付けする余剰意識くらいしかありません。

じつは意識を徹底的に分解して、唯識の中をいくら探しても、「生きる意味」は見いだせないことに玄奘三蔵は気づいていたのだとおもいます。
(あるいは仏陀の時代からそれはわかっていたのかもしれません)

しかし人間は、じぶんが死ぬとわかったとたん、生きることそのものに意味を見いだして……つまり、必死で生きるようになりますよね。

だから、わざと疑似的に死に片足を突っ込んだような状況をつくる(解脱に向かう)ことで、生きる意味を見いだそうとした、ということなんでしょう。

それがある時代では極端に解釈されて、補陀落渡海や即身仏という無茶苦茶なカタチで実践されたこともあります。

しかし唯識にしても般若心経にしても、意識を分解するとか、生きながら死ぬというようなこねくり回した考えは、やっぱり余剰意識によってやっていることで、荘子の言い方を借りれば、人為的で自然に即してはいません。(←すこし表現を変えました)

ほかの動物はこんなふうに生き死にについて思い悩んだりしませんし、動物には明確なこころを感じにくい。

その点でいえば、やはり余剰意識がこころ、あるいはこころの一部というのはただしいとおもいます。

というわけで、これだけ長く話しても、ではなぜぼくやギズモさんが、それぞれのオリジナルの魂をもって生きているのか、ということについては謎のまま……おそらくそこは現代では答えの出せることではないようにもおもうんですが、今回もワガママ勝手におもうところを述べさせていただきました(笑)
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まず、農園主さんのお考えが、トンデモとか眉唾とはみじんも思っていないことを宣言しておきます(*^_^*)

答えの出ないものをいろいろと考えていくのは、「余剰意識」によるものなんですね。
荘子が説いたのは、余剰意識の活用はあまり意味がなく自然に即して考えればいい、ということのようですが、答えが出ないようなこと、考えてもあまり意味がないことをあれこれ考えるのは、楽しいですね。
こういうことができるから、人間っておもしろいんだ、と思います。

生活に必要のない知識や情報は、生きるにおいてさほど重要ではなく、知らなくても差し支えないものかもしれません。
結局は、自己満足の世界、知識欲を満たすだけのものではないかと。
でも、こういったものがなかったら、「知りたい」という欲や好奇心がなかったら、人生は実につまらないものだろうな、と思います。

荘子の教えは、いっさいをあるがままに受け入れる、ということですね。それが自然であると。

これはビートルズの『Let it Be』、「あるがままに、身を委ねなさい」と同じような考え方かと思います。

キリスト教だと、例えば試験勉強を一生懸命やったら、あとは神様に委ねなさい、と教えられます。
委ねてしまい、あとはくよくよと思い悩むな、ということかもしれません。

思い、考え方イコール物の見方であって、それによってずいぶん生き方が変わるのではないか、と思えます。
余剰意識であれやこれやと考え、時には自然に即してあるがままに受け入れる、この二刀流ですね。


今回の記事もずいぶん考えることの多い内容でしたが、すべてが「なるほどなぁ~」と、ストーンと響きました。

私は子どものころから変わっていたのでしょう。今もですが(笑)
人が死んだあと、天国とか地獄に行くというシステムも理解はしていましたが、それを理解はしつつ(天国地獄があるかどうかは別にして)、「見えない・聞こえないだけで、そばにいる(ある)」ように思っていました。
それは本当になんの根拠もない「感覚」としてであり、霊感はないと断言できます(笑)

つまり、この世とあの世は地続きのようなもの、と感じていたわけですね。
分かれ目があるようであって、実はない。
肉体がなくなったあと、「なにか」になって、その辺や、空、宇宙や自然などに「いる。ある」といったらわかりやすいでしょうか。
そこをもっと言えば、転生、ということに関係してくるかもしれません。

(追記)「じぶんの意識とじぶん以外の世界(この場合は蝶の意識)には、じつは分けへだてがないのかもしれません」というのも、この世とあの世に分けへだてがないのかもしれない、ということと、似ている??ように感じます。

以前お話した諸星大二郎の漫画や、手塚治虫の「火の鳥」など、一例ですが、やはり「宇宙」は不可欠だと考えていますね。
農園主さんがおっしゃる「生まれ変わりは地球に限らないぞ」というのも、とっても納得できることです。

人間の身体は「借り物」で、地球や宇宙の歴史のほんの一部分、わずか100年足らずの間借りていて、それを繰り返したり、ほかの何かになったり、悠久の時を漂い続ける、ということかもしれません。


電飾と電球のお話は、例えとしてとても理解しやすいです。
昔読んだなにかに書いてあったことですが、漫画や小説の作り話ではなく、宗教の話でもなく、哲学などに関係する話だったように思います。

無限の宇宙のどこかには、すべてを管轄する絶対的な存在がある。
それを神と呼んでもいいし、高度な文明の宇宙人でもいいし、他の何かでもいい。
その何かが、人間それぞれの人生のシナリオをあらかじめ決定している。
例えば人間がいろいろなことを自分で決めたように思ったとしても、それは実は自分で考えたことではなく、結局はなにものかに生かされ、ゆだね(させられ?)、自然に受け入れていることになる。

これは、農園主さんが書いていらっしゃる「電球がじぶんで灯っているのではなく~」ということのように思えました。

「あらかじめ決められているなら、何も考えず成り行きにまかせよう」と考えるのも、案外難しいことですね。

余剰意識とは、「こころ」と同義、またはこころの一部でしょうか?
唯識論のように、すべてはこころが作り出す仮の世界、と考えると、なんとなくいろいろなことがつながってくるように思えます。


「ジャンケンマン」のお話、いい例をありがとうございます。
確かに理屈をわからない側からすると、マジックか予知ができる「特別なすごい人」ということになりますね(笑)
こういうことが、陰陽道や密教に存在したというのは、とっても興味深いお話です。


さて最後に「トンデモ」話です(笑)
母は、霊感があったわけではないと思うのですが、よく不思議な体験をする人でした。
その中でよく起きていた現象が、「誰かがスカートを引っ張る」というものでした。
私も経験があるのですが、裾のほうをクイっと引っ張られる感覚です。
もちろんそばには誰もいないので、私は「地続きの人だぁ」と自然に思っています。
(追記・霊)ではなく、動物や妖怪、神仏、未知のなにか、ということもあり得ますね。
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すこし追記なんですが、さっきの投稿で、ぼくたちは電飾の電球のひとつだといいました。

ぼくが投稿の序盤で「われわれは結局のところ、大きな自然世界からたまたまじぶんという夢をみているだけなのではないか」といった、自然世界とじぶんの関係と、電球と電飾の関係はおなじです。

電球はすなわち電飾であり、電飾は電球を余すことなくつないでいます。

ぼくという存在は、大きな自然世界がみている夢のように感じる、というのは、電球がじぶんで灯っているのではなく、電飾のつないでいる電線が電球を灯している関係とおなじです。

ここからさらに、もし地球で最初の生命体が、どこか宇宙からきた命のかけらだったとしたらと考えると、やっぱりもしかしたら、生まれ変わりは地球に限らないぞと、いよいよ(ぼくだけが)楽しくなります。

ややこしい追記で失礼しました。
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答えの出ない不思議な話をもうすこし続けさせてください。

けっこう重要なことを話しているつもりなんですが、今回はぼくの話すことにいよいよ偏りがあるというか、トンデモに片足を突っ込んでいるところがありますので、前回以上にあくまで眉唾物の話としてお読みいただけると幸いです(笑)



中国の思想家、荘子は紀元前300~200年ほどを生きたといわれ、思想書である「荘子」を著し、道教の始祖などといわれます。

ただほんとうに荘子という人物がいたのかどうかイマイチはっきりしないようです。それこそ仙人というか、謎の多い伝説的存在です。

この荘子の思想の中に「胡蝶の夢」という有名な話があります。

ある男が、蝶になった夢をみました。そして目を覚ましたときに、考えるのです。

わたしは蝶になった夢をみたのか。
あるいはいまのじぶんは、蝶がみている夢ではないのか、と。

荘子はこのたとえ話から以下のような思想を伝えます。

じぶんが蝶であるか、蝶がじぶんであるかと考えるようなことは、人為的に考えたことである。

じぶんが蝶の夢をみたのか、蝶がじぶんの夢をみているのかと、どちらかに正解を求めるようなことには意味がない。

じぶんが蝶の夢をみたこと、いまじぶんを生きていることはそれぞれ真実なのだから、その真実だけ受け止めて、あとは自然に預けてしまえばいいのだ、と。

ここにぼくの解釈を付け加えると、じぶんの意識とじぶん以外の世界(この場合は蝶の意識)には、じつは分けへだてがないのかもしれません。

胡蝶の夢の話を借りれば、われわれは結局のところ、大きな自然世界からたまたまじぶんという夢をみているだけなのではないか、ともおもえます。



たとえばトマトを育てていると、主枝からたくさんの側枝が出てきます。

そしてこの側枝を折り取って、土に差して水をやっておくと、側枝から根が生えてきて、またトマトとして生長して、花を咲かせて実をつけるんです。

ではこのとき、トマトの意志というものがあるなら、最初に植え付けたトマトと、側枝から根を張ったトマトは、べつのものでしょうか。

それとも、まったく意志の分別のない、おなじトマトであると言い切れるものでしょうか。

人間にたとえると、腕をちぎって培養液につけておいたら成長して、ぼくそっくりの存在になったとします。

この場合、本体のぼくと、培養液で腕から育ったぼくは、べつのものでしょうか、それともおなじぼくでしょうか。

実際、現在のクローン技術では、元の本体そっくりの生命を生み出すことが可能だといいます。

もし人間のクローンをつくった場合、「意識の所有者」はべつなのに、じぶんとまったくおなじ存在がいるということになります。

そうすると、ぼくの意識、ぼくの魂とは、いったいなんなのか。

「意識の所有者」なんてものは、ほんとうに存在するのだろうか。

そんなにポンポンとじぶんの分身ができてしまうようでは、じぶんの意識や魂なんて、ずいぶん頼りないものにおもえてきます。



それでふと、このように考えます。

もしかしたら、ぼくの意識も、ぼくの魂も、地球の生命の歴史に紐づいていて、見えない根っこでつながっているのではないか。

前回の投稿で、じぶんに生まれ変わりがあるとしたら、べつの星で生まれることもありえるか考えると、永遠に宇宙の迷子になる可能性が高そうだ、といいました。

そうやって考えていくと、地球に生まれたわれわれは、やっぱり地球の所有物なんじゃないかな、とおもえてきました。

そしてぼくたちの意識や魂はあたかもじぶんが独占しているようにおもえますが、じつは地球の生命の歴史から借りているだけではないか。

たとえると、クリスマスの電飾で照明が点滅するものがありますよね。

じぶんという存在はその電飾の電球のひとつのようなものではないかと。

手前の電球と電線はつまり、地球の生命の歴史です。

手前からどんどん電球が点滅していき、いまじぶんという電球が一瞬光って、消える。

ぼくはぼく自身で光っているようにおもっているけど、じつは手前から光っている電飾のシステムがあって、じぶんはたまたまこの一瞬を光っているだけ、というわけです。

電飾の場合は電線があって、電球同士のエネルギーがつながっているからわかりやすいけど、人間の場合は電線でつながっているわけでもないし、独立した意識が肥大しているので、なんだかじぶんの肉体はじぶんだけのもの、とおもいこんでしまいがちなのではないか。

そして地球上にあるじぶんとじぶん以外のあらゆる存在は、肉体があるからへだたっているようにおもえるけど、ほんとうはへだたりがない、と考えたほうが自然なようにもおもえるのです。




人間には脳があって、自律とはまたちがった「意識」をもっています。

植物には意識はないけれど、自律して生きていますよね。

人間も呼吸をしたり、髪の毛・爪が伸びるということは、意識しなくても勝手に自律しておこなっています。

だから、植物がそうであるように、生きることそのものには、じつは意識は必要がありません。

しかし動物は植物とちがって、じぶんからなにかを捕食しなければ生きていません。

植物のように生きるために必要なモノ(土・水・太陽光)が自動的に手に入る場合は意識はなくてもいいんですが、動物の場合は工夫しないと生きていけないので、そのために意識が必要になったわけです。

もちろん人間以外も動物には脳がありますから、意識はあります。

けれど、人間以外の動物は脳が小さかったり、神経の数が少なかったりして、意識のレベルが低いんですね。

では意識の基本的な役割はなにかというと、「食べること」「子孫を残すこと」「じぶんより強い外敵からうまく逃げること」くらいのものです。

このみっつであれば、ハエでもやってのけることができます。

しかし人間の場合は脳の容量が大きく、神経もかなりたくさん張っているので、基本的な意識以外にも、意識を利用することができるんですね。

この人類の余剰意識の活用の仕方は複雑多岐にわたります。

ぼくがここでいま書いているようなことも、余剰意識によるものです。

じぶんが蝶になった夢をみたのか、蝶がじぶんになった夢をみたのか、ということも、人間ならではの余剰意識の活用です。

その点で荘子は、あんまり人間が余剰意識をこねくり回してああだこうだと考えることには意味がないといい、もっと自然に即して考えればいいんだと説いたんですね。



ギズモさんが葬儀場に向かうまで飛んでいた二匹のアゲハチョウは、「義理の息子さんのお父さんがみている夢」(あるいは未知の次元を介した干渉)だったかもしれないし、そうではない単なる偶然かもしれません。

いずれにせよ、ギズモさんがなにかのメッセージのように感じたのであれば、それは実際の正解かどうかはともかく、自然にそう感じたこととして受け止めてよいのだとおもいました。



さて、日食・月食の原理を知っている人、の話なんですが、ものすごくくだらないたとえを話します。

ぼくが子供のころ、コインゲームで「ジャンケンマン」というものがありました。

コインを入れて、じゃんけんをするだけのゲームなんですが、ふつうにやってるとなかなか勝てません。

しかし、このゲームはたまに次になにを出せばいいのか、ヒントが出ることがあるんです。

それを知っていれば、負けている子の横にいて、ヒントが出たときに「かわって」といって、勝ち目を利用していれば、メダルがたまります。

しかしそういう他愛ない裏技でも、知らない子からすると、いったいどうしてそんなことができるのか、不思議でたまらないんですね(笑)

こういった裏技をだれにも教えずに、秘密にしておいてじぶんの仕事の評価を高めるというようなやり方が、むかしの陰陽道であったり、密教(真言)に存在したのでしょう。

それ以外でもむかしは大工や植木屋、鍛冶屋など、じぶんの持ってるすぐれた技術は門外不出のものとして、一子相伝にして技術屋としての仕事をつないでいくのが当たり前でしたね。



最後にインターステラーが難解だという話なんですが、これだけおさえておけばとてもわかりやすくなるポイントがあります。

まず、いまの人類のテクノロジーでは、宇宙船が太陽系外に飛び出したり、人間をコールドスリープさせる技術はありませんが、映画の世界ではそういう技術が確立しています。

次に、五次元空間では重力だけが干渉できるという点です。

なので、主人公は未来の五次元空間から重力波を利用して、主人公の娘の身の回りでポルターガイスト現象を起こしたわけです。

最後に、なぜ生身の人間が五次元空間へ行くことができたのかというと、人間にとって愛は観測可能なエネルギーで、愛が不可能を可能にした、というのです。

最後の点はいろいろ飛躍しすぎてます。

ただ人類がここまでテクノロジーを発展させて繁栄していることも愛のエネルギーだと考えたら、この愛(観測可能なエネルギー)はこれまでじつに多くの不可能を可能に変えてきたわけで、いまや五次元の取っ掛かりさえつかもうとしています。

その点で、荒唐無稽ではあるのですが、一笑に付すわけにもいかず、いちおう納得させられてしまうんですよね。

もし作品をご覧になったら、もっと解説したいポイントはありますが、それはまたいつか(笑)
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この世で起きるいろいろな「不思議な話」をすべてスピリチュアルで解決するのは簡単ですが、私が知りたいのはそうではなくて、まさに、農園主さんが様々な角度から書いてくださったようなことでした。

しかしながら、ここまで物理的かつ科学的なお話、農園主さんの広汎な知識やご見解には、改めて感服しました。

ダークマターの記事の引用、そして五次元のわかりやすいご説明をありがとうございます。
謎だったものが、だんだんと解明できてくるという、本当にすごい研究をしている人たちがいることに驚きます。

蝶の話は、よく聞きますね。
前回書こうと思ったのですが、スピリチュアルに偏った考えを持っていると思われたくなかったので(笑)、避けました。


群馬の家(義理の息子の実家)で身内だけのお通夜があり(私は行きませんでした)、翌日は、家から出棺しました。
少ししてから、葬儀場に向かおうと家を出て、車に乗り込む際、アゲハがふわふわ飛んでいました。

誰も何も言いませんでしたが、私は、あ!!と思いました。
田舎ですし、アゲハが飛んでいたからと言ってどうということのない、普通の光景かと思いますが、1匹だけゆったりと飛んでいました。

そして葬儀場に着き(車で5分ほど)、車を降りたら、同じ(はずはないですが)アゲハが飛んでいて、まるで道案内するかのように、葬儀場の入り口まで飛んでいなくなってしまいました。

話は変わり、母が小学校低学年の時、福島のお寺に学童疎開していました。
もう終戦間近のことですが、ある日、真っ黒の大きな蝶が飛んできて、母の周りだけをずっと飛び続けていたといいます。

ちょうどその頃東京の留守宅では、家にいた全員が、母の父親の「俺だ、今帰ったよ」という声を聞いたそうです。
そして翌日、戦死の公報が届きました。

興味深いのは、昔の人は、そういう不可解な出来事について、偶然とか嘘とはとらえず、実に自然に、当たり前のように受け止めていたということです。
うちの家系だけおかしい(笑)のではなく、どこにでも、そういう傾向があったように思います。

農園主さんが書いていらっしゃるように、『科学がなかったころから、われわれは感覚的に、なにか本質的なことを理解していたのかもしれない』というお話にも通じるかもしれません。

太古では、日食・月食の原理を知っている人が、「神様がお怒りなので、これから空が真っ暗になる」と言って、実際その通りになり、民から預言者と怖れられていた人がどこの国でもいましたが、あれは自然現象を知らない人にとっては、本当に神様が起こした現象、または一種のオカルト、心霊現象の類ですよね。
安倍晴明なども、天地の理に精通していたからこそ、できたことが多かったと思います。

強烈な心霊現象や微弱なメッセージ、そういう科学的・物理的に納得できない何かをすべて否定してしまう人もいれば、「そういうこともあるのでは?」と受け止める人もいるわけですよね。

今回の話は、ネット上にうっすらとはびこる「五次元意識」のようなスピリチュアル、チャネリングのようなものではないし、あくまで科学的な事実と可能性から、われわれがなにか感覚的に理解している不思議な話をつないで「楽しむ話」だとおもっていただけるとありがたいです
の部分を充分に理解したうえで、心底興味を持って読ませていただきました。
ありがとうございます。


「インターステラー」、とっても興味がありおもしろそうなので、すぐに観るつもりでしたが、なかなか時間が取れませんでした。
ネットで見ると、けっこう難解な内容のようですが、近いうちに必ず観ますね。

2024年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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高校の学生運動のお話からふとおもったんですが、むかしのインテリは、社会をダイナミックに変えていくことを、一種の使命のように感じていたんですよね。

学生運動もそういったインテリの社会意識のもとに起こっています。

なのでこれから大学へ行き、社会を背負う人間になろうとする高校生が、学生運動にいち早く参加しようとしたのも、わかる気がします。

けれど学生運動が敗北してから、日本での学歴エリートの権威も失墜して、たんなる勉強ができる賢い人、という以上の意味付けがなされなくなったのではないでしょうか。

本来、東京大学であったり京都大学に入学できるような人は、日本の社会の中核を担うべき人材です。

当人にもエリートであるという意識がなくてはならないし、社会全体でそのように意識付けする必要もあったとおもいます。

お笑い芸人や落語家になったり、クイズ同好会でテレビに出るというようなことは、本来の役割ではないんですが、そんなことが当たり前になったのは、学生運動の敗北と地続きなのではないかとおもっています。



義理の息子さんのお父さんのご不幸、たいへんでしたね。

そこでスピリチュアルに感じられる出来事があったとのこと。

ぼくの以前の話をおぼえていてくださったので、今回はそこから発展させていこうかとおもいます。

今回は5次元の話で、かなりスピリチュアルな話でもあるとおもいます。

ただ、最初に言っておくのですが(そしてあとでも述べますが)、この話は、巷にある「5次元意識」というような、チャネリングのような話とはまったく関係がありません。

あくまで物理学的なアプローチに、ファンタジーな領域が混じった話とおもっていただければとおもいます。



宇宙物理学では約94%の暗黒物質・暗黒エネルギーがあって、われわれが感知できる物質は約5%だといいます。

最近ではこの人間に感知できない物質とエネルギーを、「5次元に関連している」とする研究・仮説があるようです。

https://gigazine.net/news/20210215-dark-...

最近話題になった本で『三体』という中国の小説があるんですが、あれは宇宙物理学をもとにしたファンタジーでした。

宇宙人である三体星人は、われわれ人類が4次元までしか感知できないことに目をつけて、さらに高次元を利用する、という描写があります。

つまり、肉体を持ち、時間にとらわれざるを得ないわれわれは4次元までしか認知できないのですが、宇宙にはさらに高次元の世界がありうるというのです。



1次元は、直線です。

2次元は紙に書かれた絵のような、面ですね。

3次元はこの面に奥行きが加わった、われわれが暮らしているような空間です。

では4次元はというと「3次元 + 時間(過去・現在・未来)」になります。

この4次元がわれわれの暮らす次元です。

われわれは4次元に生きているので、流れていく時間の中で、現在を生きて、おなじ現在を生きるだれかと出会います。



では5次元とはなんなのかというと、4次元における「時間」の軸が無数に存在している……つまり、パラレルワールドが無数に展開されているというのです。

パラレルワールドとはなにかというと、たとえばぼくがいま右を向く、という選択をするか、あるいは左を向く、という選択をするかで、未来はほんの少し分岐しますよね。

その分岐したぶんの世界が存在する、というのです。

しかしぼくたちは「いま現在のじぶん」という四次元空間を生きていますから、肉体がある以上、五次元空間を感知することはできません。

肉体をもって、時間とともに生きているわれわれが、パラレルワールドを自由に行き来できる、というのはあくまでファンタジーです。

暗黒物質や暗黒エネルギーが五次元と関与しているということも、もしかしたら今後物理学の精緻な研究とデータの積み重ねで、立証される、あるいはその現実性に肉薄することがあるかもしれません。

しかし、われわれが実際に五次元を利用して、過去や未来を変えるということは、すくなくとも肉体をもって「いま現在のじぶん」を生きている限りは不可能でしょう。

かといって、じゃあ死んだらそういうことが可能なのかどうかというと、それもだれにもわからないことです。

そしてだれにもわからないということは、可能性を否定するわけにもいかない、ということでもあるわけです(笑)



以前にも話したかもしれないんですが、「インターステラー」という映画があります。

これは映画公開から3年後に、重力波の検出によってノーベル賞を受賞した、物理学者のキップ・ソーンがかかわった映画なんですが、5次元空間が出てきます。

さっきのギガジンの記事に「重力だけが5次元目以降の余剰次元に移動できる」という一文があるのですが、重力波と5次元につながりがあることが、この映画でも示唆されています。

映画序盤では、主人公の娘の部屋の本棚から本が落ちる不思議な現象が描かれます。

幽霊がいるという娘に、幽霊などいないという主人公。

ちなみにこの映画では地球がもうほとんど住めない状態になりつつあるんですね。

主人公はほどなく地球にかわる星を探すために宇宙へ旅立つのですが、星々を旅するうちに地球との時差が広がり、竜宮城にいる浦島太郎のような状態になってしまいます。

主人公の年とおなじになった子供たちが宇宙船にメッセージを届けるようになり、そのうち子供たちが主人公より年老いていく。

この描写はまるで、若くして死んだ親に子供の年齢が近づき、肩を並べ、父の年齢を追い越していくのに似ています。

そしてさっき言った本棚から本が落ちる現象は、じつは未来の主人公が5次元空間から重力波を利用して、過去の娘にメッセージを送っていたということが、映画終盤でわかるんです。

このインターステラーは、アマゾンプライムビデオで見られますから、すこし長い映画なんですが、ぜひ見ていただきたいです。

ギズモさんのおっしゃる、「偶然」が、ほんとうに偶然なのかどうか、考えるきっかけになるのではないかとおもいます。

個人的にあの5次元空間の描き方は、ギズモさんのおっしゃる不思議な現象を、科学的なアプローチから答えているようにおもえました。



そこからさらに飛躍して、いよいよファンタジーの領域に入りますが、われわれが死んで肉体を失ったとき、時間や空間の物理性はどうなるでしょうか。

肉体がなくなったとき、じぶんという精神性はどこへ行くのか。

この肉体は時間と空間にとらわれていますが、われわれの死後の精神、あるいは魂、あるいはこの宇宙のエレメントのようなものは、時間を感じることができるのでしょうか。

たとえば、ぼくが死んだら、何年過ぎたかなんてさっぱりわからないでしょう。

次に生まれ変わるときには、1億年が過ぎていたということだって、ないとは言い切れません。

もっといえば、ぼくが死んだとき、次に生まれ変わりがもしあるとすれば、それは果たして地球なのか、あるいは宇宙のべつの星もあり得るのか。

江戸時代に上田秋成が書いた『雨月物語』の「菊花の契り」というエピソードの中に「人一日に千里をゆくことあたはず。魂よく一日に千里をもゆく」という言葉があります。

人間は一日に千里をゆくことはかなわないが、魂であれば一日に千里でもゆくことができる、というのです。

江戸時代の人がこういう感覚をもっていたことに感心するのですが、しかし人間の魂が、物理学でいうところの光速を越えることはできるでしょうか。

結局人間の魂も物理的な法則に縛られているのだとしたら、宇宙にいくら恒星系の知的生命体のいる星があるとしても、ぼくは何光年、つぎの命にたどりつくまで旅をしなければならないでしょうか。

確率で考えれば、永遠に宇宙の迷子になる可能性のほうが高そうですね(笑)



けれど、われわれはもしかしたら、死後、五次元のような、いまわれわれがとらわれている次元とはまったくべつの次元から世界を俯瞰することだってできるかしれにし(ミスタイプでした→できるかもしれませんし)、ひょいと気まぐれになんらかの命を生きるということだって可能かもしれません。

それに、生前の魂の方向性というものがあるのなら、肉体から魂が解き放たれた瞬間、いま生きているだれかに、なにかわずかなメッセージを与えることも可能かもしれないとはおもいます。

しかしさっき言った物理学者のキップ・ソーンがいうには、重力波には、映画にあるような「本を落とす」ようなチカラはない、といいます。

だから、よくオカルトの話にあるような、強烈な心霊現象(ポルターガイスト)のような干渉は、できないのだろうとおもっています。

しかし、だとすれば、なにかもっと微弱なメッセージを、われわれはべつの次元から受け取っている「かもしれません」。

すくなくとも頭ごなしに否定するようなことではないとおもいます。

ミャンマーや、日本にも多少あるとおもうんですが、精霊信仰のある国では、亡くなった人がいまじぶんの目の前を飛んでいる蝶かもしれないなどというような話がありますよね。

科学がなかったころから、われわれは感覚的に、なにか本質的なことを理解していたのかもしれないぞ、という気もしています。

そのうえであらためて注意したいのですが、今回の話は、ネット上にうっすらとはびこる「五次元意識」のようなスピリチュアル、チャネリングのようなものではないし、あくまで科学的な事実と可能性から、われわれがなにか感覚的に理解している不思議な話をつないで「楽しむ話」だとおもっていただけるとありがたいです。
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私が疑問に思ったこと、何気なく書いたことについて、多角的に答えてくださり、ありがとうございます。

第一次ベビーブームの子どもが学生運動の中核になったというお話。
家庭と社会のありようがちぐはぐだという不満を変えようとして奮起したアクションが学生運動だった、というお考えは、とてもわかりやすいです。

外国の学生運動に感化されたのが、一番の原因かと思っていました。
ただ、結局何をしたかったのか、何を成し遂げたのかよくわからずにいたので、農園主さんの解説で納得できました。

また、大学紛争が下火になったころ、高校でも学生運動が起こりましたね。
東大を目指す進学校と言われるような都立高校などで起きたようで、親戚や近所の人にも何人かいて、退学になった人もいると聞いたことがあります。

高校でも社研部(社会研究部?)があって、部員は思想的な活動をしていたようですが、一時期のみ熱中して、その後普通の大学生になったケースがよくあったとも聞きました。

戦中・戦後すぐの生まれの人は、「責任」ということに重きをおいていたように思えます。
軍隊からの影響なのか、小中学校でも、ひとりが授業をまじめに聞いていなければ、連帯責任と称しクラス全員が正座させられたり、なんでもないことで殴られるのも日常茶飯だったりしたそうです。
そういう先生のもとで教育を受けると、家庭とのギャップに戸惑った人が多かったかもしれませんし、逆に自由な学校教育を受けた人が、家庭では軍国主義を引きずった親に育てられたということもあるのかもしれません。
いずれにしろ、戦争が与えた影響は多大ですね。

国家を疑うということについてですが。
現在の日本人は、コロナ禍においてのワクチン問題を含む対応、WHOの問題、マイナンバーカード、諸外国への資金のばらまきなど、様々な問題についてデモや署名を行ったりしており、今の日本を疑っている人は多いかと思います。

でも、署名やデモ活動が報道されることはなく、それに不満は言っても、そこから大きな運動にはつながらない。
それはもしかすると、YouTubeやSNSなどで拡散したり、そこで共感を得ることで、なんとなく解消してしまう、ということができる、現代的な時代の問題なのかも、と思いました。


また、わたくしごとで恐縮ですが、1週間ほど前、娘婿の父親が急に亡くなりました。50代後半です。
昨年10月に、喉頭がんのステージ4が見つかり、闘病中ではありましたが、家で元気にしていただけにショックでした。

スピリチュアルなことを書くつもりではないのですが、亡くなる10日ほど前、ご存じのように電話回線が使用できなくなり、パソコンが壊れました。
これは落雷の影響だと科学的に説明ができるのですが、その数日後、お風呂がいきなりおかしくなりました。
予約ボタンが押せない、お湯が止まらない、という事象です。

続いて私のガラホで画像(例えばアメーバブログやニュース等の写真など)がまったく読み込めなくなり、次にはガラホの充電ができなくなりました。

そして、亡くなった日あたりから、すべて元どおりに直ったんです。
電話、ルーター、モデムは交換したので関係ないですが。

偶然、、でしょうね(笑)
いえ、偶然、でしょうか。

農園主さんの以前のお話にあったように、「この世の中では、見えるものより見えないもののほうが多い」、ということを考えると、人間の認識以外になにかあったとしてもおかしくないように思います。
笑われるかもしれませんが、今回起こったことを霊現象とは思いませんが、全部が偶然というわけではなく、「何かの知らせ」くらいに理解しています。

霊現象、というより、なんらかのエネルギーが働いた、ということのように思えます。

覚えていらっしゃるかどうかわかりませんが、以前noteで、そのようなエネルギー関連のお話、「魂が身体を離れたときに・・」という記事を書いた時、それに関してとても興味深い記事を書いてくださったので、続編を書いた時引用させていただいたことがありましたね。
地獄のこととか、小野篁のこととか、だったように覚えています。

コメント欄には、消えてしまってはいますが(この世のことは)「物理学的に96%が不案内」と書いてくださったようです。
コピーして保存しておけばよかった・・・・。

まぁ、現実問題として、お風呂の交換は時間もかかって厄介なのと、この暑さに入れないのは困るので、ほっとしました(笑)

娘婿の実家は群馬なのですが、高速で2時間。そして知らない人ばかりの中での葬儀、心身ともに疲れました(;^_^

暑いながらも、風がだいぶさわやかになってきました。
台風が近づいているようですので、お気をつけください。
被害がありませんように。

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