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文明というものを永続的に維持するために、やみくもではなく、ほどほどの発展でいったん立ち止まるということも大事だと思うのですが、近代の発展は恐ろしいほどに飛躍的でした。
現代の人から見たら不便な時代に生まれ育った年代の人たちが、目覚ましい発展にさほどとまどうことなく、それなりに順応して生きているのですから、高齢者の人はすごいと感心してしまいます。
電車やバスの中を見ても、70代、80代の方々が普通にスマホを使いこなしていますし、スーパーでのセルフレジを使う(使える)高齢者の方も増えてきています。
今の子たちは生まれた時からスマホがあるので、相手の顔を見て電話ができますし、動画も観られ、タッチするだけで乗り物にも乗れるし買い物もできるし、検索ができることも知っています。
家の中では、ちょっと話しかければ電気がついたり消えたり、お風呂のお湯が入ったりもします。
それを不思議とも思わず、生活しているわけです。
この文明がエネルギーや資源の枯渇などで失われた時、様々な便利さを享受して生きてきた世代の人は、不便な生活に順応して生きていくことができるのか、考えてしまいます。
なかったものがだんだんあるようになるということと(おかしな言い回しですが)、あったものが無くなるということは、比べものにならないくらい違うでしょうから。
水蒸気のお話は、感動と同時に、科学的な理論に基づいたお話とのことで、へ~~っと感心してしまいました。
よくそんなことを計算しようと考えたものですね。
というより、計算できた、ということが驚異です。
科学とロマンは、まったく別もののようでいて、案外、表裏一体なのかもしれません。
地球上のありとあらゆる原子などが、何年経っても何万年経っても、ずっとどこかで循環し続けているとしたら、これは本当に壮大なロマンです。
コレステロール値の表もありがとうございます。
これは、いろいろなことを調べ、納得のいく情報を得て、それを実行した(し続けている)という、努力のたまものですね。
本当によかったです!!
検査項目にないものに関しても多くの面で良好になってきているのでしょうが、やっぱり見えるところでよい結果が出ると、うれしいし、励みになりますね。
昨年の6月に、たまたま血液検査をしたら、コレステロール値が高かったというお話をしましたが、「中性脂肪」と「LDLコレステロール(悪玉コレステロール)」が、基準値よりかなり高かったため、薬物治療という話になりました。
その時期は外食が多かったために一時的に上がっているはずと思い、しばらくたってから再検査をし、その際結果がよくなければ考えたいと医師に話し、当面様子見ということになりました←様子見のまま、一年近く・・・。
一度検査で問題があると、必ず「生活習慣病 療養計画書」というものを作らなければならず、それに沿って治療・療養をしていくことになりますが、これによって再診料が毎月200円以上、上がります。
「座っただけで700円」ほど、取られることになります。
私の場合、その後、頸動脈エコーでプラークの検査をしただけで、再検査は受けておらず、普段はアレルギーの薬や気管支の薬をもらう程度なのに、です。
ちょうど昨年6月から、「生活習慣病管理料」というシステムができたので、タイミングの悪いことでした(笑)
あとで知ったのですが、拒否はできるそうです。それ、早く言ってよ、と思います(笑)
参考になるかどうかわかりませんが、計画書を2枚にわけた写真を添えました。
写っていませんが、主病の欄には「糖尿病・高血圧症・脂質異常症」と3つの項目があり、私の計画書には「脂質異常症」にチェックが入っています。
また、計画書にある項目について、厳密に問診があったわけではなく、とりあえずこういった方針で、という程度でした。
その先生が言うには、極端な(めちゃくちゃな)食事をしていない限り、食事では下がらないので(断言・・・)、まずは無理のない程度でかまわないので、運動が望ましいということでした。
計画書にチェックがついている項目は、特に難しい目標ではなく、ほとんど守れており、約1年経っているので、下がったはずだと思います。
「食事ではコレステロールはそうそう下がらない」という医師の話だったため、食事療法をしても、効果がでないと思い込んでいましたが、農園主さんのこの度のことを考えると、相当な効果がでることが確信できました。
なんでも継続するというのは、簡単なようで、案外厄介な面も多いです。
でも、農園主さんを見習い、コレステロール値のみならず、生涯健康でいるために、食事にはもっと気をつけていこうと思います。
とはいえ、以前からフライや天麩羅などの油ものはほとんど食べていないし、脂っこいものも食べておらず、けっこう健康的な食事をしているはずだったのですが、農園主さんのおかげで、改善すべき点が多いことに気がつきました。
ありがとうございます!!
農園主さんの記憶違いのお話ですが、パラレルワールドを思い浮かべてしまいました。
それはそれとして、記憶の置き換えというか、記憶が入り混じってなにが本当だったか悩むことはありますね。
私ならもうろくしたんじゃないの?と言われそうですが(笑)、農園主さんの場合はありえないし、単純な記憶違いかもしれませんね。
記憶というのは、結局は断片の組み合わせだと思うので、年月が経過するうちに、入れ替わったり忘れたり、ごちゃごちゃになったりするのではないかと。
でも、自分の記憶に間違いないという確信もあるので、そうなってくると、自分ではない自分が経験したことだったんだろうか?とか、不思議になることもあります。
確信していたはずの自分の記憶に間違いがあったとわかると、「でも間違いないんだけどなぁ」と疑いながらも、(訂正)新しい別の情報の方が正しいのかもしれないと思うことで、記憶の上書きというか、すり替えが起きるのかもしれません。
また、記憶を呼び起こす(思い出す)際に、本来の記憶とは異なる、その場所や出来事の情報が頭の中に介入してくることによって、実際起きたこととは違った記憶として、脳内に定着してしまったりもするように思えます。
もしかすると、記憶違いではなく、私が見つけたサイトや菅浩之氏の書いたものを読んだ人が、まったく別の記事を書いてネットにあげていたということもあるのではないでしょうか。
それをお読みになって覚えていたのかもしれませんし、椰子の実ジュースの一件は、失礼ですが、お母様の記憶違いも可能性としてはありえますよね。
記憶の書き換え、上書きですが、例えば事件などで、目撃した犯人の服装を詳しく教えてほしいと言われて、間違いないと思ったことを伝えます。
ところが、「本当に白いコートでしたか? 黒ではありませんか?」としつこく言われると、「あ、黒だったかもしれない」と思うようになったりしますよね。
こういうことって、けっこうありがちだと思います。
確信できている記憶でも、ぼんやりした記憶でも、やっぱり記憶って、能動的にも受動的にも、塗りかえられる可能性は多いのでは、と。
考えてみると、人間の記憶というのは実に興味深いものですね。
ヤシの実のジュースですが、ココナッツにストローをさしたものですか?
横浜の中華街や上野のアメ横に行くと見かけますが、缶のものしか飲んだことはありません。
缶も・・・・まずいです(笑)
イメージ的に、南の島で、木に登ってヤシの実を落っことして割り、急いで木から下りて飲む、そんな感じです(笑)
埼玉県坂戸市に、聖天宮(せいてんきゅう)という台湾系道教の宮があるのですが、台湾の宮大工が造ったもので、ロケやコスプレの聖地としても有名です。
中に台湾の飲料や台湾スイーツなどの自動販売機があり、ココナッツジュースの缶もあったので、久々に飲んでみましたが、やっぱりとてもまずかったです(笑)
ココナッツミルクのようなおいしさはまったくなくて、水でもなく、ジュースとも言えない、どっちつかずの、主張のない飲み物ですよね。
【No,1631の記事には、返信不要】とあったのに、いろいろ書いてしまいました。ごめんなさい。



現代の人から見たら不便な時代に生まれ育った年代の人たちが、目覚ましい発展にさほどとまどうことなく、それなりに順応して生きているのですから、高齢者の人はすごいと感心してしまいます。
電車やバスの中を見ても、70代、80代の方々が普通にスマホを使いこなしていますし、スーパーでのセルフレジを使う(使える)高齢者の方も増えてきています。
今の子たちは生まれた時からスマホがあるので、相手の顔を見て電話ができますし、動画も観られ、タッチするだけで乗り物にも乗れるし買い物もできるし、検索ができることも知っています。
家の中では、ちょっと話しかければ電気がついたり消えたり、お風呂のお湯が入ったりもします。
それを不思議とも思わず、生活しているわけです。
この文明がエネルギーや資源の枯渇などで失われた時、様々な便利さを享受して生きてきた世代の人は、不便な生活に順応して生きていくことができるのか、考えてしまいます。
なかったものがだんだんあるようになるということと(おかしな言い回しですが)、あったものが無くなるということは、比べものにならないくらい違うでしょうから。
水蒸気のお話は、感動と同時に、科学的な理論に基づいたお話とのことで、へ~~っと感心してしまいました。
よくそんなことを計算しようと考えたものですね。
というより、計算できた、ということが驚異です。
科学とロマンは、まったく別もののようでいて、案外、表裏一体なのかもしれません。
地球上のありとあらゆる原子などが、何年経っても何万年経っても、ずっとどこかで循環し続けているとしたら、これは本当に壮大なロマンです。
コレステロール値の表もありがとうございます。
これは、いろいろなことを調べ、納得のいく情報を得て、それを実行した(し続けている)という、努力のたまものですね。
本当によかったです!!
検査項目にないものに関しても多くの面で良好になってきているのでしょうが、やっぱり見えるところでよい結果が出ると、うれしいし、励みになりますね。
昨年の6月に、たまたま血液検査をしたら、コレステロール値が高かったというお話をしましたが、「中性脂肪」と「LDLコレステロール(悪玉コレステロール)」が、基準値よりかなり高かったため、薬物治療という話になりました。
その時期は外食が多かったために一時的に上がっているはずと思い、しばらくたってから再検査をし、その際結果がよくなければ考えたいと医師に話し、当面様子見ということになりました←様子見のまま、一年近く・・・。
一度検査で問題があると、必ず「生活習慣病 療養計画書」というものを作らなければならず、それに沿って治療・療養をしていくことになりますが、これによって再診料が毎月200円以上、上がります。
「座っただけで700円」ほど、取られることになります。
私の場合、その後、頸動脈エコーでプラークの検査をしただけで、再検査は受けておらず、普段はアレルギーの薬や気管支の薬をもらう程度なのに、です。
ちょうど昨年6月から、「生活習慣病管理料」というシステムができたので、タイミングの悪いことでした(笑)
あとで知ったのですが、拒否はできるそうです。それ、早く言ってよ、と思います(笑)
参考になるかどうかわかりませんが、計画書を2枚にわけた写真を添えました。
写っていませんが、主病の欄には「糖尿病・高血圧症・脂質異常症」と3つの項目があり、私の計画書には「脂質異常症」にチェックが入っています。
また、計画書にある項目について、厳密に問診があったわけではなく、とりあえずこういった方針で、という程度でした。
その先生が言うには、極端な(めちゃくちゃな)食事をしていない限り、食事では下がらないので(断言・・・)、まずは無理のない程度でかまわないので、運動が望ましいということでした。
計画書にチェックがついている項目は、特に難しい目標ではなく、ほとんど守れており、約1年経っているので、下がったはずだと思います。
「食事ではコレステロールはそうそう下がらない」という医師の話だったため、食事療法をしても、効果がでないと思い込んでいましたが、農園主さんのこの度のことを考えると、相当な効果がでることが確信できました。
なんでも継続するというのは、簡単なようで、案外厄介な面も多いです。
でも、農園主さんを見習い、コレステロール値のみならず、生涯健康でいるために、食事にはもっと気をつけていこうと思います。
とはいえ、以前からフライや天麩羅などの油ものはほとんど食べていないし、脂っこいものも食べておらず、けっこう健康的な食事をしているはずだったのですが、農園主さんのおかげで、改善すべき点が多いことに気がつきました。
ありがとうございます!!
農園主さんの記憶違いのお話ですが、パラレルワールドを思い浮かべてしまいました。
それはそれとして、記憶の置き換えというか、記憶が入り混じってなにが本当だったか悩むことはありますね。
私ならもうろくしたんじゃないの?と言われそうですが(笑)、農園主さんの場合はありえないし、単純な記憶違いかもしれませんね。
記憶というのは、結局は断片の組み合わせだと思うので、年月が経過するうちに、入れ替わったり忘れたり、ごちゃごちゃになったりするのではないかと。
でも、自分の記憶に間違いないという確信もあるので、そうなってくると、自分ではない自分が経験したことだったんだろうか?とか、不思議になることもあります。
確信していたはずの自分の記憶に間違いがあったとわかると、「でも間違いないんだけどなぁ」と疑いながらも、(訂正)
また、記憶を呼び起こす(思い出す)際に、本来の記憶とは異なる、その場所や出来事の情報が頭の中に介入してくることによって、実際起きたこととは違った記憶として、脳内に定着してしまったりもするように思えます。
もしかすると、記憶違いではなく、私が見つけたサイトや菅浩之氏の書いたものを読んだ人が、まったく別の記事を書いてネットにあげていたということもあるのではないでしょうか。
それをお読みになって覚えていたのかもしれませんし、椰子の実ジュースの一件は、失礼ですが、お母様の記憶違いも可能性としてはありえますよね。
記憶の書き換え、上書きですが、例えば事件などで、目撃した犯人の服装を詳しく教えてほしいと言われて、間違いないと思ったことを伝えます。
ところが、「本当に白いコートでしたか? 黒ではありませんか?」としつこく言われると、「あ、黒だったかもしれない」と思うようになったりしますよね。
こういうことって、けっこうありがちだと思います。
確信できている記憶でも、ぼんやりした記憶でも、やっぱり記憶って、能動的にも受動的にも、塗りかえられる可能性は多いのでは、と。
考えてみると、人間の記憶というのは実に興味深いものですね。
ヤシの実のジュースですが、ココナッツにストローをさしたものですか?
横浜の中華街や上野のアメ横に行くと見かけますが、缶のものしか飲んだことはありません。
缶も・・・・まずいです(笑)
イメージ的に、南の島で、木に登ってヤシの実を落っことして割り、急いで木から下りて飲む、そんな感じです(笑)
埼玉県坂戸市に、聖天宮(せいてんきゅう)という台湾系道教の宮があるのですが、台湾の宮大工が造ったもので、ロケやコスプレの聖地としても有名です。
中に台湾の飲料や台湾スイーツなどの自動販売機があり、ココナッツジュースの缶もあったので、久々に飲んでみましたが、やっぱり
ココナッツミルクのようなおいしさはまったくなくて、水でもなく、ジュースとも言えない、どっちつかずの、主張のない飲み物ですよね。
【No,1631の記事には、返信不要】とあったのに、いろいろ書いてしまいました。ごめんなさい。



【この記事には返信不要です】
ありがとうございます。
菅弘之さんの計算の部分、まさにそうです。
もしかしたら、ぼくが読んだのがこの記事だったかもしれません。
ブログがなかったころで、いわゆるテキストサイトの一記事であったという記憶と、こんなに軽妙な文章ではなく、もっと重苦しくロマンティックな書き方であったような記憶があるのですが、長い時間の中で記憶が大きく置き換わっていた可能性があります。
先日、親と電話をしたときに、大阪万博の話になりました。
ぼくは、そういえばむかし大阪で開かれた花博に連れて行ってもらったよな、と話をしました。
すると母は「花博には行ってない」と言います。
そんなわけがありません。
花博で売られていたヤシの実ジュースを飲んで、それが美味しくなくてガッカリしました。
親はそんなぼくの様子をみて、高いお金を出したのに美味しくないとはどういうことだ、となぜかぼくに怒りだしたのです。
ぼくの記憶にはその部分がしっかり残っていました。
だからたしかに花博に行ったはずだ、と主張したのですが、親はそんなはずはない、と平行線。
後日、また電話をしたときに、母が言いました。
「あんたは花博が終わった後で鶴見緑地に行ったんや。花博が終わった後の鶴見緑地に行ったことなら覚えてる。ヤシの実ジュースは花博が終わってからもしばらく売ってたんやとおもうで」
それで、アッと気付いたのです。
ヤシの実ジュースがまずかった記憶はしっかり残ってるのだけど、花博の入り口で並んだとか、パビリオンに訪れた記憶がまったくない。
そのくせ公園内の植物園の中の大温室で、奇妙な大きな花をみたという記憶は残っているのです。
母の記憶が正しくて、ぼくの記憶が間違えていたのか、と不思議な気分になりました。
特にここ数年ですが、じぶんの古い記憶に自信がありません。
記憶が断片的にちがったものに置き換わって、置き換わったことを含めて事実だったとおもいこむ、ということがほんとうによくあるのです。
なので、あの火葬の水蒸気の話も、時期的にも記憶とちがうし、じぶんの中ではもう少しロマンティックで陶酔感のある話だったようにおもえるのですが、まったく自信がありません。
それどころか、どんどんこの記事がぼくのあのとき読んだ記事だったという気がしてきています(笑)
と、言い訳がましい話をしましたが、長い間ぼんやりしていた記憶をはっきりさせていただいて、感謝しています。
あらためて、ありがとうございました。
ありがとうございます。
菅弘之さんの計算の部分、まさにそうです。
もしかしたら、ぼくが読んだのがこの記事だったかもしれません。
ブログがなかったころで、いわゆるテキストサイトの一記事であったという記憶と、こんなに軽妙な文章ではなく、もっと重苦しくロマンティックな書き方であったような記憶があるのですが、長い時間の中で記憶が大きく置き換わっていた可能性があります。
先日、親と電話をしたときに、大阪万博の話になりました。
ぼくは、そういえばむかし大阪で開かれた花博に連れて行ってもらったよな、と話をしました。
すると母は「花博には行ってない」と言います。
そんなわけがありません。
花博で売られていたヤシの実ジュースを飲んで、それが美味しくなくてガッカリしました。
親はそんなぼくの様子をみて、高いお金を出したのに美味しくないとはどういうことだ、となぜかぼくに怒りだしたのです。
ぼくの記憶にはその部分がしっかり残っていました。
だからたしかに花博に行ったはずだ、と主張したのですが、親はそんなはずはない、と平行線。
後日、また電話をしたときに、母が言いました。
「あんたは花博が終わった後で鶴見緑地に行ったんや。花博が終わった後の鶴見緑地に行ったことなら覚えてる。ヤシの実ジュースは花博が終わってからもしばらく売ってたんやとおもうで」
それで、アッと気付いたのです。
ヤシの実ジュースがまずかった記憶はしっかり残ってるのだけど、花博の入り口で並んだとか、パビリオンに訪れた記憶がまったくない。
そのくせ公園内の植物園の中の大温室で、奇妙な大きな花をみたという記憶は残っているのです。
母の記憶が正しくて、ぼくの記憶が間違えていたのか、と不思議な気分になりました。
特にここ数年ですが、じぶんの古い記憶に自信がありません。
記憶が断片的にちがったものに置き換わって、置き換わったことを含めて事実だったとおもいこむ、ということがほんとうによくあるのです。
なので、あの火葬の水蒸気の話も、時期的にも記憶とちがうし、じぶんの中ではもう少しロマンティックで陶酔感のある話だったようにおもえるのですが、まったく自信がありません。
それどころか、どんどんこの記事がぼくのあのとき読んだ記事だったという気がしてきています(笑)
と、言い訳がましい話をしましたが、長い間ぼんやりしていた記憶をはっきりさせていただいて、感謝しています。
あらためて、ありがとうございました。
お返事の前に。
たまたま検索で出てきたものです。
農園主さんがご覧になったものとは違うようですが、とりあえず。
ご存じでしたらごめんなさい。
https://ikeoka.net/blogs/000/?cat=14&pag...
たまたま検索で出てきたものです。
農園主さんがご覧になったものとは違うようですが、とりあえず。
ご存じでしたらごめんなさい。
https://ikeoka.net/blogs/000/?cat=14&pag...
7世代というと、15歳くらいから子供を生んでいたむかしのサイクルでいえばだいたい100~150年くらい先ですね。
人間の一生の向こう側ということになるでしょうか。
日本でもむかしは、じぶんが死んだ後もその地域に住まう子孫ために、山の木を植樹したといいます。
山の木々は主伐して収穫するときにはじめて「儲け」が出ます。
それまでの間は、込み合った木々を間引く間伐をしたり、材木としての質を高めるために枝打ちをしたりします。
そういった作業から出た木々は、日々の煮炊きや風呂の薪として利用されました。
木々を育てるということが、暮らしそのものに直結していたんですね。
しかし主伐をした後に植樹をしても、じぶんが生きている間には収穫できませんし、儲けどころか出費と手間がかかります。
いまだけよければよい、じぶんの人生の間だけよければよい、というのであれば、植樹をせずに山を丸裸にするだけで放っておけばいいんですが、先人たちはそうしませんでした。
むかしの人々は、じぶんの暮らしが何百年先も変わらないということを確信していたからです。
資本主義や自由主義はこの、植樹をせずに山を丸裸にするだけで放っておいてしまう、ということを平気でやってしまいます。
なにせ基準が「お金がじぶんのポケットに入ってくるかどうか」「いまじぶんが豊かでいられるかどうか」だけなので、当然7世代先のことなんてほとんど考えていません。
子孫が苦しむかどうかより、いまじぶんが豊かであること、じぶんのポケットにお金が入ってくることのほうがよほど大事だという考え方です。
当然そんな調子だと、いずれどこかで子孫が破滅的な苦しみに見舞われることでしょう。
こういった、いまだけよければいいという困った問題を、将来の人間が克服できるかどうか。
少なくとも資本主義、自由主義ではもう「克服できなかった」という答えが出てしまっています。
が、たとえばAIに助けてもらう形であったり、あたらしい秩序の下でなら、再生できるでしょうか。
この再生は、地球のエネルギーが完全に枯渇したり、温暖化でどうしようもなくなったり、核戦争、あるいはそれらが複合的に噛み合わさった結果、強制的に起こるイベントかもしれません。
あるいは人類みずから立ち上がって、永続的な文明維持のために自発的・協力的に行うイベントとなる可能性もあります。
願わくば後者であってほしいとおもうのですが、おそらくこの逼迫した状況は、ぼくが生きている間はまだ起こらないようにおもえます。
しかしその決断のときを生きる世代は、前者・後者どちらのイベントにせよ、いったん江戸時代に近いところまで生活レベルを落とすことになります。
じぶんの寿命を10年以上差し出して、さらにこれまで文明がもたらしてくれた自由をあらかた捨て去る覚悟が必要になることでしょう。
心霊写真ですが、もう20年も前のことで、携帯も手元にはないので、写真自体もないとおもいます。
心霊ということでふとおもいだしたのですが、まだブログがほとんどなかったようなころ、あるホームページにこんなことが書かれてありました。
以下、一度お話ししたような気もしますし、そのときと話が多少変わっているかもしれませんが、記憶違いがあったとしてもそのままお話しします。
愛する人と死に別れて、その人が火葬されて、その水蒸気が雲になりました。
その雲が雨となり、山を伝い、川を流れ、海へ流れ、また水蒸気となり、山を伝い、川を流れ、海へ流れ、また水蒸気となり……。
その人はその循環について考えているうちに、じぶんの手元にあるコップの水にも愛する人がいるような気がしてきました。
そこで、じぶんの飲み水の中にその人の水蒸気のかけらが、どれくらい入っているかを、計算したのです。
その計算のやり方がどういうものだったか、まったく覚えてないんですが、まさか人ひとりが死んだくらいの水蒸気がコップ一杯の水に混じることなんてないだろうとおもったら、数字のうえでは、ほんの少し混じるんだそうです。
それは、まったくないというわけにはいかないくらい、はっきりした数値として、コップの中に含まれている。
ぼくは若いときにその話を読んで、なにか得体のしれない感動を覚えたのですが、ブックマークするのを忘れていました。
そしてあれからいくら探しても検索できないまま、いまに至ります。
心霊という精神現象は、このコップの中に含まれた愛する人のような、ぼんやりとはかないものだろうとおもうのですが、そうするとあのときWさんの横にいた顔のようなはっきりした形のものは、なんだか露骨すぎるというか、主張が強すぎますね(笑)
和菓子の水無月は京都だと非常にポピュラーなんですが、あれは単純だからこそむずかしいようで、ういろうがボソボソ、小豆も塩梅がいい加減、といったようなものが多いですね。
元をたどればそれぞれの家でつくっていた素朴なお菓子ですから、上出来なものを期待しすぎると気の毒ではあるんですが(笑)
しかし小豆はまだともかく、ういろうは美味しいものだともっちりとして歯ごたえがあって、こんなにおいしいものがあるのかとおもえるものです。
あのもちもちと歯ごたえのバランスをとるのはむずかしいのでしょう。
スーパーのういろうを買っても、これといった感動がありません。
三重県のご当地品、もう伊勢で暮らしていたころから30年近く経っていますから、ぼくも知らないものが多かったです。
おかげ犬もはじめて知りました。
あおさは有名ですし、美味しいのですが、当時からまあまあいい値段でした。
伊勢では日常の贈り物にすると喜ばれるものといった印象です。
伊勢の局地的な珍味なんですが、「さめたれ」という、サメの肉をたれに浸けた加工品があります。
お酒のアテにちょうどよくて、なかなかおいしいのですが、伊勢から離れるととんとみかけません。
あとは、手こね寿司といって、薄切りにしてたれに浸けたカツオを乗せたちらし寿司があって、これもポピュラーでした。
これらは当時、スーパーでも当たり前に売っていました。
ところでわたくしごとですが、先日献血に行き、血液検査の結果が出ました。
脂質制限をしていますが、たしかにコレステロール値は下がっていました。
210あたりをうろうろしていたのが、180と目にみえる形で下がっており、それ以外の項目はいつもとおなじ。
総コレステロール値には血中の中性脂肪も含まれているので、この調子で脂質制限を続けて、低めのコレステロール値を維持していくつもりです。
人間の一生の向こう側ということになるでしょうか。
日本でもむかしは、じぶんが死んだ後もその地域に住まう子孫ために、山の木を植樹したといいます。
山の木々は主伐して収穫するときにはじめて「儲け」が出ます。
それまでの間は、込み合った木々を間引く間伐をしたり、材木としての質を高めるために枝打ちをしたりします。
そういった作業から出た木々は、日々の煮炊きや風呂の薪として利用されました。
木々を育てるということが、暮らしそのものに直結していたんですね。
しかし主伐をした後に植樹をしても、じぶんが生きている間には収穫できませんし、儲けどころか出費と手間がかかります。
いまだけよければよい、じぶんの人生の間だけよければよい、というのであれば、植樹をせずに山を丸裸にするだけで放っておけばいいんですが、先人たちはそうしませんでした。
むかしの人々は、じぶんの暮らしが何百年先も変わらないということを確信していたからです。
資本主義や自由主義はこの、植樹をせずに山を丸裸にするだけで放っておいてしまう、ということを平気でやってしまいます。
なにせ基準が「お金がじぶんのポケットに入ってくるかどうか」「いまじぶんが豊かでいられるかどうか」だけなので、当然7世代先のことなんてほとんど考えていません。
子孫が苦しむかどうかより、いまじぶんが豊かであること、じぶんのポケットにお金が入ってくることのほうがよほど大事だという考え方です。
当然そんな調子だと、いずれどこかで子孫が破滅的な苦しみに見舞われることでしょう。
こういった、いまだけよければいいという困った問題を、将来の人間が克服できるかどうか。
少なくとも資本主義、自由主義ではもう「克服できなかった」という答えが出てしまっています。
が、たとえばAIに助けてもらう形であったり、あたらしい秩序の下でなら、再生できるでしょうか。
この再生は、地球のエネルギーが完全に枯渇したり、温暖化でどうしようもなくなったり、核戦争、あるいはそれらが複合的に噛み合わさった結果、強制的に起こるイベントかもしれません。
あるいは人類みずから立ち上がって、永続的な文明維持のために自発的・協力的に行うイベントとなる可能性もあります。
願わくば後者であってほしいとおもうのですが、おそらくこの逼迫した状況は、ぼくが生きている間はまだ起こらないようにおもえます。
しかしその決断のときを生きる世代は、前者・後者どちらのイベントにせよ、いったん江戸時代に近いところまで生活レベルを落とすことになります。
じぶんの寿命を10年以上差し出して、さらにこれまで文明がもたらしてくれた自由をあらかた捨て去る覚悟が必要になることでしょう。
心霊写真ですが、もう20年も前のことで、携帯も手元にはないので、写真自体もないとおもいます。
心霊ということでふとおもいだしたのですが、まだブログがほとんどなかったようなころ、あるホームページにこんなことが書かれてありました。
以下、一度お話ししたような気もしますし、そのときと話が多少変わっているかもしれませんが、記憶違いがあったとしてもそのままお話しします。
愛する人と死に別れて、その人が火葬されて、その水蒸気が雲になりました。
その雲が雨となり、山を伝い、川を流れ、海へ流れ、また水蒸気となり、山を伝い、川を流れ、海へ流れ、また水蒸気となり……。
その人はその循環について考えているうちに、じぶんの手元にあるコップの水にも愛する人がいるような気がしてきました。
そこで、じぶんの飲み水の中にその人の水蒸気のかけらが、どれくらい入っているかを、計算したのです。
その計算のやり方がどういうものだったか、まったく覚えてないんですが、まさか人ひとりが死んだくらいの水蒸気がコップ一杯の水に混じることなんてないだろうとおもったら、数字のうえでは、ほんの少し混じるんだそうです。
それは、まったくないというわけにはいかないくらい、はっきりした数値として、コップの中に含まれている。
ぼくは若いときにその話を読んで、なにか得体のしれない感動を覚えたのですが、ブックマークするのを忘れていました。
そしてあれからいくら探しても検索できないまま、いまに至ります。
心霊という精神現象は、このコップの中に含まれた愛する人のような、ぼんやりとはかないものだろうとおもうのですが、そうするとあのときWさんの横にいた顔のようなはっきりした形のものは、なんだか露骨すぎるというか、主張が強すぎますね(笑)
和菓子の水無月は京都だと非常にポピュラーなんですが、あれは単純だからこそむずかしいようで、ういろうがボソボソ、小豆も塩梅がいい加減、といったようなものが多いですね。
元をたどればそれぞれの家でつくっていた素朴なお菓子ですから、上出来なものを期待しすぎると気の毒ではあるんですが(笑)
しかし小豆はまだともかく、ういろうは美味しいものだともっちりとして歯ごたえがあって、こんなにおいしいものがあるのかとおもえるものです。
あのもちもちと歯ごたえのバランスをとるのはむずかしいのでしょう。
スーパーのういろうを買っても、これといった感動がありません。
三重県のご当地品、もう伊勢で暮らしていたころから30年近く経っていますから、ぼくも知らないものが多かったです。
おかげ犬もはじめて知りました。
あおさは有名ですし、美味しいのですが、当時からまあまあいい値段でした。
伊勢では日常の贈り物にすると喜ばれるものといった印象です。
伊勢の局地的な珍味なんですが、「さめたれ」という、サメの肉をたれに浸けた加工品があります。
お酒のアテにちょうどよくて、なかなかおいしいのですが、伊勢から離れるととんとみかけません。
あとは、手こね寿司といって、薄切りにしてたれに浸けたカツオを乗せたちらし寿司があって、これもポピュラーでした。
これらは当時、スーパーでも当たり前に売っていました。
ところでわたくしごとですが、先日献血に行き、血液検査の結果が出ました。
脂質制限をしていますが、たしかにコレステロール値は下がっていました。
210あたりをうろうろしていたのが、180と目にみえる形で下がっており、それ以外の項目はいつもとおなじ。
総コレステロール値には血中の中性脂肪も含まれているので、この調子で脂質制限を続けて、低めのコレステロール値を維持していくつもりです。
ナウルのお話は知りませんでしたが、とても興味を持ちました。
アホウドリの糞が化石化してリン鉱石の島になったおかげで世界一裕福な国となり、それがわずか20年ほどで枯渇し、あっという間に貧しい国となってしまったという経緯には、驚くばかりです。
東京オリンピックの時、選手は2~3人、パリオリンピックではたったひとりでしたが、ナウルの国歌はとても日本人好みの素敵な曲(歌)だと思いました。
オーストラリア軍楽隊長(イギリス人)の作曲です。
ナウル語と日本語の母音の構成が似ているらしく、日本語で歌っている?と思わせますし、旋律も、日本に伝わってきた昔の唱歌のような趣があります。
ネイティブアメリカンの言い伝えなのか、サン・テグジュペリのオリジナルなのか、はっきりしないそうですが、
という言葉があると、最近知りました。
同じくネイティブアメリカンの言い伝えに、
というのもあるそうですね。
現代の地球に住む人間は、それらの格言をどう受け止めているのでしょう。
農園主さんが書いていらっしゃる、
「でもいつか科学技術の発展によって、環境破壊から環境再生優位となり、永続性のある人間社会が訪れることを、一縷の希望としています。」
永続性のある人間社会が、決して当たり前のことではなかったんだと気づかされました。ありがとうございます。
Wさんのお話ですが、さぞ驚かれたことと思います。
その部屋にいらした他の誰かの顔が、なんらかの反射で映り込んでいたとか、カラオケの画面がたまたま写っただけではないかとか、いろいろと科学的に考えてみて、やはり霊現象にしか思えないとのことなのでしょう。
写っていた霊の影響でWさんがうつになったのか、仕事などのストレスからうつになり、その弱くなった心につけ込んだ霊がついてしまったのか、どちらなのかはわかりませんが、前向きに???考えると、「たまたまその部屋にいたのが、たまたまWさんの横に写った」ということもありますね。
なんでも心霊現象と結びつける気はありませんが、やっぱり不思議なことはあるものです。
よけいなおせっかいですが、その写真、削除しましたか?
もう使っていらっしゃらない携帯ならいいのですが、もしSDカードなどで移行し、お手元にあるなら、削除なさってくださいね。
紙の写真なら、お塩を振って焼くのがベスト(焼き魚みたいですね(笑))なのですが、データは削除できるならしたほうがいいかと思いました。
うつというのは、当人が苦しんでいても周りからそう見られなかったり、理解されなかったり、また本人でさえよくわかっていないケースもあるように思います。
高齢者施設で(元気な人しか来館できない施設)、ずいぶん前から私の講座に熱心に出てくださる男性がいます。
恐らく70歳近いはずですが、昨年ぱったりと来なくなりました。
しばらくしていらした時、「ここが(と頭を指さして)ちょっと。入院していました」とおっしゃいました。
てっきり脳溢血や脳梗塞だと思っていたのですが、その後も、講座を申し込んでもすぐキャンセルすることが続いていました。
先日少しお話する時間があり、立ち話をしました。
「外へ出ないと家から出られなくなっちゃうんだよね、だから出るようにしてるんだけど」とおっしゃったので、「無理しないようになさってくださいね。講座は出られる時に出てくださればいいんですよ」という意味のことを話しました。
すると「そういわれるとプレッシャーがかかっちゃうんだよね」とおっしゃるので、「ごめんなさい、そんな意味で言ったのではないんです」と言ったのですが、「それはわかってるけど、裏の意味を考えちゃうんだよね」と。
その時、「ああ、もしかしたら、精神的な問題で入院していたのかもしれない」と思い当たりました。
本当のことはわかりませんが、もしそういったことだとすると、言葉を慎重に選ばないといけないと反省しました。
でも、私が「裏の意味」をまったく含んでいないのに、その方の受け止め方は違う(時がある)かもしれないと思うと、会話自体しないほうが無難という考えになってしまいそうで、それもなんだかなぁと。
難しいですね・・・・。
いつ頃からだったのか忘れましたが、「半夏生だからタコを食べましょう」というようなPOPが、スーパーの魚売り場で見られるようになりました。
そのあたりになると、タコは高くなりますが(笑)
この風習は関西からだったとは知りませんでした。
恵方巻も関西の風習だったそうですが、なぜか2000年にセブンイレブンが大々的に広め、こちらでも当たり前の行事となっています。
チェーン店のお寿司屋さんでは、通常の営業を縮小し、ひたすら恵方巻を作って売るという一日になっていて、それはもう上を下への大騒ぎの日となります(笑)
恵方巻の中身も年々進化し、実にバラエティーに富んでいますが、タコも恵方巻も、離れた地域で定着していくというのは、おもしろいです。
半夏生餅というのがあるんですね。
ご存じかもしれませんが「水無月」という和菓子があり、これは京都発祥で、6月30日の夏越の祓に食べる行事食なのだそうですが、こちらでは、デパートの和菓子屋さんで、6月30日の一日限りや、その前の1週間ほどしか販売しないという、困った和菓子です(笑)
昨年はうっかり買い損ね、しかたなく虎屋で買ったらまずいのなんの(笑)
俵屋吉富という京都のお店が、東京の西武百貨店に入っていて、驚くほどおいしかったのですが、お店によってまったく味が違うんですね。
因みに俵屋吉富は、なぜか東京の百貨店から撤退してしまいました。
旧約聖書の時代からはるかに時は経ちましたが、文明の進歩はしても、人間としては進歩しないものなのかもしれません。
また、愚かであるのが人間なんだとも言えるのでしょうね。
中学生の時だったと思いますが、浅草の映画館で『十戒』を観ました。
祖父母と浅草寺にお参りに行った(連れていかれた)帰りでしたが、もちろんリバイバルです(笑)
祖父母が観たかったので付き合わされたのでしょうが、興味もなかったため、タイトルすらすぐに忘れてしまいました。
しばらくして学校で国語の教師が、授業中に「十戒の映画を観た人いるか?」と聞きましたが、誰も手をあげませんでした。
なぜこの質問が出たのかすっかり忘れましたが、先生が観て感動したからかもしれません。
下校後、「あれ?この前観た映画、十戒っていわなかったっけ?」と思いましたが手遅れでしたね(笑)
ずいぶん経ってから、チャールトン・ヘストン、ユル・ブリンナーなど、豪華キャストのスペクタクル映画だったことを知りました。
海が割れるシーンとシナイ山のシーンは、印象に残っています。
あれ以来観ていないのですが、いずれ機会があれば amazon primeで観たいと思っています←今度はちゃんと観ます!!(笑)
それにしても、例えば木を切って生活に役立つ道具を作るとか、木や動物の骨から楽器を作るとか、古代から人間は発明家だったのだなと驚きますが、鉄鉱石や石灰山、リン鉱石の採掘など、その資源から何を作れるかと思いつくとは、奇跡的な知恵のように思えます。
昨日から近所のスーパーで、「三重県フェア」が始まったので、さっき行ってきました。
物産展は、北海道や京都、北陸、東北、九州などはよく開催されますが、三重県単独というのは珍しいです。
農園主さんがよくご存じの品物ばかりかと思います。
真珠、伊勢うどん、お酒、御福餅、じゃばら、九鬼の胡麻油(出展者の方に、九鬼の水軍の関連の会社ですか?と聞いたら、そうですと仰ってました)、あおさ、伊勢のひりょうず、珍しいのはマンボウのナゲット、etc.etc.、かなりの数のお店が出店していました。
おかげ犬というキャラクターもあるんですね。マスコットや手ぬぐいなど売っていました。
組子のコースター作りを体験できるコーナーもありました。
おかげ横丁あたりの、神具店が出店していたらと思いましたが、なかったので残念でした(笑)
アホウドリの糞が化石化してリン鉱石の島になったおかげで世界一裕福な国となり、それがわずか20年ほどで枯渇し、あっという間に貧しい国となってしまったという経緯には、驚くばかりです。
東京オリンピックの時、選手は2~3人、パリオリンピックではたったひとりでしたが、ナウルの国歌はとても日本人好みの素敵な曲(歌)だと思いました。
オーストラリア軍楽隊長(イギリス人)の作曲です。
ナウル語と日本語の母音の構成が似ているらしく、日本語で歌っている?と思わせますし、旋律も、日本に伝わってきた昔の唱歌のような趣があります。
ネイティブアメリカンの言い伝えなのか、サン・テグジュペリのオリジナルなのか、はっきりしないそうですが、
地球は先祖から受け継いでいるのではない、子どもたちから借りたものだ(You do not inherit the earth from your ancestors, you borrow it from your children.)
という言葉があると、最近知りました。
同じくネイティブアメリカンの言い伝えに、
どんなことでも7世代先(セブンス・ジェネレーション)のことを考えて決めなくてはならない
というのもあるそうですね。
現代の地球に住む人間は、それらの格言をどう受け止めているのでしょう。
農園主さんが書いていらっしゃる、
「でもいつか科学技術の発展によって、環境破壊から環境再生優位となり、永続性のある人間社会が訪れることを、一縷の希望としています。」
永続性のある人間社会が、決して当たり前のことではなかったんだと気づかされました。ありがとうございます。
Wさんのお話ですが、さぞ驚かれたことと思います。
その部屋にいらした他の誰かの顔が、なんらかの反射で映り込んでいたとか、カラオケの画面がたまたま写っただけではないかとか、いろいろと科学的に考えてみて、やはり霊現象にしか思えないとのことなのでしょう。
写っていた霊の影響でWさんがうつになったのか、仕事などのストレスからうつになり、その弱くなった心につけ込んだ霊がついてしまったのか、どちらなのかはわかりませんが、前向きに???考えると、「たまたまその部屋にいたのが、たまたまWさんの横に写った」ということもありますね。
なんでも心霊現象と結びつける気はありませんが、やっぱり不思議なことはあるものです。
よけいなおせっかいですが、その写真、削除しましたか?
もう使っていらっしゃらない携帯ならいいのですが、もしSDカードなどで移行し、お手元にあるなら、削除なさってくださいね。
紙の写真なら、お塩を振って焼くのがベスト(焼き魚みたいですね(笑))なのですが、データは削除できるならしたほうがいいかと思いました。
うつというのは、当人が苦しんでいても周りからそう見られなかったり、理解されなかったり、また本人でさえよくわかっていないケースもあるように思います。
高齢者施設で(元気な人しか来館できない施設)、ずいぶん前から私の講座に熱心に出てくださる男性がいます。
恐らく70歳近いはずですが、昨年ぱったりと来なくなりました。
しばらくしていらした時、「ここが(と頭を指さして)ちょっと。入院していました」とおっしゃいました。
てっきり脳溢血や脳梗塞だと思っていたのですが、その後も、講座を申し込んでもすぐキャンセルすることが続いていました。
先日少しお話する時間があり、立ち話をしました。
「外へ出ないと家から出られなくなっちゃうんだよね、だから出るようにしてるんだけど」とおっしゃったので、「無理しないようになさってくださいね。講座は出られる時に出てくださればいいんですよ」という意味のことを話しました。
すると「そういわれるとプレッシャーがかかっちゃうんだよね」とおっしゃるので、「ごめんなさい、そんな意味で言ったのではないんです」と言ったのですが、「それはわかってるけど、裏の意味を考えちゃうんだよね」と。
その時、「ああ、もしかしたら、精神的な問題で入院していたのかもしれない」と思い当たりました。
本当のことはわかりませんが、もしそういったことだとすると、言葉を慎重に選ばないといけないと反省しました。
でも、私が「裏の意味」をまったく含んでいないのに、その方の受け止め方は違う(時がある)かもしれないと思うと、会話自体しないほうが無難という考えになってしまいそうで、それもなんだかなぁと。
難しいですね・・・・。
いつ頃からだったのか忘れましたが、「半夏生だからタコを食べましょう」というようなPOPが、スーパーの魚売り場で見られるようになりました。
そのあたりになると、タコは高くなりますが(笑)
この風習は関西からだったとは知りませんでした。
恵方巻も関西の風習だったそうですが、なぜか2000年にセブンイレブンが大々的に広め、こちらでも当たり前の行事となっています。
チェーン店のお寿司屋さんでは、通常の営業を縮小し、ひたすら恵方巻を作って売るという一日になっていて、それはもう上を下への大騒ぎの日となります(笑)
恵方巻の中身も年々進化し、実にバラエティーに富んでいますが、タコも恵方巻も、離れた地域で定着していくというのは、おもしろいです。
半夏生餅というのがあるんですね。
ご存じかもしれませんが「水無月」という和菓子があり、これは京都発祥で、6月30日の夏越の祓に食べる行事食なのだそうですが、こちらでは、デパートの和菓子屋さんで、6月30日の一日限りや、その前の1週間ほどしか販売しないという、困った和菓子です(笑)
昨年はうっかり買い損ね、しかたなく虎屋で買ったらまずいのなんの(笑)
俵屋吉富という京都のお店が、東京の西武百貨店に入っていて、驚くほどおいしかったのですが、お店によってまったく味が違うんですね。
因みに俵屋吉富は、なぜか東京の百貨店から撤退してしまいました。
旧約聖書の時代からはるかに時は経ちましたが、文明の進歩はしても、人間としては進歩しないものなのかもしれません。
また、愚かであるのが人間なんだとも言えるのでしょうね。
中学生の時だったと思いますが、浅草の映画館で『十戒』を観ました。
祖父母と浅草寺にお参りに行った(連れていかれた)帰りでしたが、もちろんリバイバルです(笑)
祖父母が観たかったので付き合わされたのでしょうが、興味もなかったため、タイトルすらすぐに忘れてしまいました。
しばらくして学校で国語の教師が、授業中に「十戒の映画を観た人いるか?」と聞きましたが、誰も手をあげませんでした。
なぜこの質問が出たのかすっかり忘れましたが、先生が観て感動したからかもしれません。
下校後、「あれ?この前観た映画、十戒っていわなかったっけ?」と思いましたが手遅れでしたね(笑)
ずいぶん経ってから、チャールトン・ヘストン、ユル・ブリンナーなど、豪華キャストのスペクタクル映画だったことを知りました。
海が割れるシーンとシナイ山のシーンは、印象に残っています。
あれ以来観ていないのですが、いずれ機会があれば amazon primeで観たいと思っています←今度はちゃんと観ます!!(笑)
それにしても、例えば木を切って生活に役立つ道具を作るとか、木や動物の骨から楽器を作るとか、古代から人間は発明家だったのだなと驚きますが、鉄鉱石や石灰山、リン鉱石の採掘など、その資源から何を作れるかと思いつくとは、奇跡的な知恵のように思えます。
昨日から近所のスーパーで、「三重県フェア」が始まったので、さっき行ってきました。
物産展は、北海道や京都、北陸、東北、九州などはよく開催されますが、三重県単独というのは珍しいです。
農園主さんがよくご存じの品物ばかりかと思います。
真珠、伊勢うどん、お酒、御福餅、じゃばら、九鬼の胡麻油(出展者の方に、九鬼の水軍の関連の会社ですか?と聞いたら、そうですと仰ってました)、あおさ、伊勢のひりょうず、珍しいのはマンボウのナゲット、etc.etc.、かなりの数のお店が出店していました。
おかげ犬というキャラクターもあるんですね。マスコットや手ぬぐいなど売っていました。
組子のコースター作りを体験できるコーナーもありました。
おかげ横丁あたりの、神具店が出店していたらと思いましたが、なかったので残念でした(笑)
ぼくはむかし、求人広告の制作部門の深夜勤務で働いていたのですが、職場に、Wさんという方がいました。
当時のぼくよりひと回り上の先輩でした。
Wさんは深夜勤務をこなしたあと、じぶんの独立した仕事として営業と広告制作をしてフライヤーをつくり、ポスティングをこなすというダブルワークをしていたんです。
一日に3時間しか寝る時間がなかったそうですが、月収は50万程度あったといいます。
しかし以前に離婚されていたようで、養育費を振り込んでいたようです。
カラダはガリガリでしたが気力は充溢しており、明朗な人格だったこともあり、そのうち職場で深夜リーダーとなりました。
あるときWさんと、大阪梅田でサシで飲む機会があったのですが、じつはリーダーになったあたりから、会社の人間関係がうまくいかなくなったことでうつ病になっていたことを明かされました。
たしかにリーダーになってからのWさんはメンタルが安定せず、急にイライラしたかとおもうと、元気がなくなってしまったり、ふだんのユーモアも失われがちだとはおもっていました。
じつはぼくはWさんの後を継いでリーダーになったので、50人の制作チームの人事や進捗を管理し、嫌われ者になる心労はわかるつもりです。
やりがいもあるし、給料だってたくさんもらえて、いい立場ではあるんですが、同時に職場に渦巻く不満の捌け口になり、かれらの不満の矢面に立つ仕事でもありました。
もちろん会社全体でみればリーダーは課長補佐より下の役職です。
しかし深夜勤務の中ではリーダー職が事実上のトップになるので、そこより上の役職がいません。
職場の不満をぶつけられる相手はリーダーしかいないので、サンドバッグになるしかありません。
Wさんがうつ病だった時期、職場の仲間でカラオケに行く機会がありました。
で、Wさんが歌っているときにぼくが携帯で撮影した写真なんですが、完全に映っていたんですよね。
薄暗いカラオケボックスの部屋で、歌を歌ってるWさんの横にはっきりと人の顔がある。
むかしの画質のわるい携帯の写メでしたが、それでも後にも先にもあんな完璧な……いわゆる心霊写真は初めてで、同僚たちに見せると悲鳴をあげて「なにこれ!?」といいました。
同時にみんな、さすがに心霊写真のようなものを本気でとりあうわけにもいかず、まさかなあといった雰囲気。
でもはっきり写った顔に、これだという説明ができる人もいませんでした。
当のWさんは根っからそういったことを信じない人でしたから、ネタとして笑った以外に、深刻にとらえるようなことはありませんでした。
この話はこれで終わりです。
いわゆる怖い話にできるような後日談があるわけでもなし、物語的なカタルシスもありません。
結局その方はしばらくして会社をやめて、ぼくが後を引き継ぎましたが、ぼくもその後職場をやめました。
いまWさんもぼちぼち還暦を迎えるころでしょうが、どうされているかは知る由もありません。
個人的にはいまの時代、うつ病になるということは人間が社会活動をするうえでの通過儀礼のようなものだとおもっています。
社会にマジメに向き合っている人ほど、不条理にもまれ、じぶんのおもっていたようにいかない人生に打ちのめされ、憂鬱に飲まれてしまいます。
この社会で生きるために必死になって、別れた家族に養育費を払いながら、すこしでも豊かな暮らしを手に入れるために、寝る時間を削ってやせっぽちで頑張っておられたWさんを、心霊と関連付けるのは気の毒なことです。
ですがやっぱり、あの不気味な写真と、あのころのWさんの状況を、因縁づけて考えたくなる気持ちもあるにはあるのです。
ギズモさんが精神科医さんとのエピソードをおっしゃってくれたおかげで、ぼくの中にもそういう心のせめぎ合いがあったのだと気づかせていただきました。
この話は、たまたまギズモさんの話から似たような経験、古い思い出がよみがえってきたというだけのことです。
ギズモさんを責めているのではないことは、付け加えておきます。
薬とうつ病の関係について、いろいろな情報を教えていただきありがとうございます。
いわゆる酔い止めにもストレス軽減の効能とうつの副作用があるんですね。
幸い言葉が出にくくなる症状はかなり落ち着きましたが、半夏厚朴湯はちょうどぼくの症状に効きそうな気がします。
そういえば半夏厚朴湯という言葉に記憶のひっかかりを感じたので、調べてみました。
半夏はカラスビシャクというサトイモ科の多年生植物の古い名前なんだそうです。
酔い止めとおなじく吐き気(妊婦のつわり)に効いたり、精神安定の効能があるといいます。
本来食用にならない植物ですが、この根っこを加工して入念にアク抜きすると薬草になるということです。
7月に入ってすぐ、カラスビシャクが芽を出すころを「半夏生」と呼ぶそうで、ああそれで親しみがあったのかと納得がいきました。
というのも、近畿圏では半夏生はけっこう有名で、古くは大阪では半夏生にはタコを食べる習慣があったそうです。
いまどきタコを食べる習慣はほぼ廃れましたが、半夏生餅という季節の和菓子があって、こちらは関西のスーパーや和菓子屋でみかけます。
むかしは麦と米の二期作でしたから、田植えは麦の収穫が終わった後の6月に始めて、11月に刈り取って麦をまくというサイクルでした。
ですから半夏生は田植えが終わって7月の梅雨時期に入り、ホッとひと息ついた時期の、農村におけるささやかなお祭りだったのでしょう。
芝桜のきれいな写真、武甲山の写真をありがとうございます。
人類の文明は道具をつかうところから始まりますが、鉄鉱石鉱山から鉄鉱石を採掘するようになったのが、「山を切り崩してじぶんたちの道具を得る」暮らしのはじまりでしょう。
古墳時代には、島根県(出雲)のあたりで鉄穴流し(かんなながし)といって、山を削ってこの土砂を水に流し、土に含まれる砂鉄を採取するやり方で鉄を採集していました。
農具、武具、民具にと、当時の鉄の需要はすでに全国規模のものでしたが、出雲のたたら製鉄は鉄製品の需要を支える一大産業だったのです。
ちなみにたたら製鉄を行うには、莫大な薪を必要としました。
出雲地方は湿潤な気候に恵まれていたため、山をひとつ丸裸に伐採し、また木の苗を植樹しておけば、20年のサイクルでじゅうぶんな大きさの木に生長したといいます。
この木々が育ちやすい気候がなければ、当時の製鉄における莫大な燃料はまかなえませんでした。
すでに当時から、人間の道具をつくるために一定の環境破壊は行われていたということですね。
有史以来人類は自然環境を利用して文明を強力に推進してきたのですが、石灰山が大きく切り崩されるようになったのはコンクリート需要や農業肥料の需要が急増した近代からですね。
近代になって一気に採掘が進んだという極端な例としては、太平洋のナウル島のリン鉱石採掘が有名です。
この小さな島はもともとサンゴ礁が隆起してできたのですが、そこにアホウドリが集まるようになり、糞が堆積しました。
鳥のフンにはリンが多く含まれていますが、ナウルではアホウドリの糞が長い期間かけて化石化してリン鉱石の島となったのです。
リンの使い道は多く、特に農業肥料の分野では欠かせません。
ナウルでは19世紀後半からリン鉱石の採掘がはじまりました。
1968年にはナウル共和国として独立。一時は世界一裕福な国となりましたが、1990年代にはリン鉱石が枯渇。
独立から数えれば、ほんの四半世紀の栄華でした。
現在では経済が崩壊し、漁業権の販売や観光業の振興に努めているということですが、自給自足もむずかしい島ですから、先行きが明るいとはいえません。
ナウルの資源枯渇問題は、将来の人類全体がたどる問題でもあります。
原油もいずれは枯渇しますし、世界中の山々から鉱石を採掘することだって、いつまでもやっていけるわけではありません。
リサイクルをするにしたって、その機械をつくるのに原油や鉱石などの資源が必要であり、現代文明社会の永続性について、人類は非常に危うい綱渡りをしています。
衣食住足りて人間は理性を保てますが、いざ資源が枯渇すれば、みんなじぶんに利益を引っ張るために戦争でも人殺しでも略奪でも、なんだってやることでしょう。
みんな仲良く、世界人口を計画的に減らしながら、残された資源と文明をうまく利用して永続させていく、なんてお行儀のいいことは、おそらく人類にはできません……いま現在できていないのだから、将来もできるはずがありません。
ギズモさんが武甲山をご覧になって、モーセの十戒の祭壇を想起されたという話は、ぼくとは解釈がちがうとはおもうのですが、ほんとうにそうだと感じました。
モーゼがシナイ山で創造主ヤハウェから授かったという十戒の、最後の戒めは「隣人の家を欲しがってはならない」ですね。
「隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない」
この隣人という言い回しを地球規模にまで拡大解釈していくと、われわれは、地球の先輩たちが数十億年かけて残してきた「家」……つまり化石燃料や鉱石資源を、消費しつくすほどに貪って、戒めをないがしろにしています。
山体が変わるほど削られた山が、自然に元の山体に戻ることはありませんし、近い将来(といってもまだしばらくはもつでしょうが)、原油が枯れてしまえば、あらたに何十億年も動植物の死骸が積み重なって石油化しない限り、原油資源が復活することもありません。
モーセはシナイ山で神から石板を授かりました。
が、地上の人々はモーセがなかなか戻ってこないため、待ちきれずにあたらしい神の像(黄金の子牛)をつくってしまいます。
神はそのことを知って激怒しました。
モーセは急いで山を下り、黄金の子牛を焼き払うと、子牛を礼拝していた人々を皆殺しにします。
この黄金の子牛はモーセ(十戒)を待ちきれずに資本主義、拝金主義に走った人間の愚かさになぞらえているというのですが、当時から人間はこのような行き過ぎた貪りを繰り返していたから、戒めが必要だったのでしょう。
ギズモさんの武甲山の写真を拝見しながら、ぼくはついそんなことを考えていました。
ちなみにぼくは、いまの人類の文明では地球環境を破壊することから逃れることはできないとおもっています。
でもいつか科学技術の発展によって、環境破壊から環境再生優位となり、永続性のある人間社会が訪れることを、一縷の希望としています。
当時のぼくよりひと回り上の先輩でした。
Wさんは深夜勤務をこなしたあと、じぶんの独立した仕事として営業と広告制作をしてフライヤーをつくり、ポスティングをこなすというダブルワークをしていたんです。
一日に3時間しか寝る時間がなかったそうですが、月収は50万程度あったといいます。
しかし以前に離婚されていたようで、養育費を振り込んでいたようです。
カラダはガリガリでしたが気力は充溢しており、明朗な人格だったこともあり、そのうち職場で深夜リーダーとなりました。
あるときWさんと、大阪梅田でサシで飲む機会があったのですが、じつはリーダーになったあたりから、会社の人間関係がうまくいかなくなったことでうつ病になっていたことを明かされました。
たしかにリーダーになってからのWさんはメンタルが安定せず、急にイライラしたかとおもうと、元気がなくなってしまったり、ふだんのユーモアも失われがちだとはおもっていました。
じつはぼくはWさんの後を継いでリーダーになったので、50人の制作チームの人事や進捗を管理し、嫌われ者になる心労はわかるつもりです。
やりがいもあるし、給料だってたくさんもらえて、いい立場ではあるんですが、同時に職場に渦巻く不満の捌け口になり、かれらの不満の矢面に立つ仕事でもありました。
もちろん会社全体でみればリーダーは課長補佐より下の役職です。
しかし深夜勤務の中ではリーダー職が事実上のトップになるので、そこより上の役職がいません。
職場の不満をぶつけられる相手はリーダーしかいないので、サンドバッグになるしかありません。
Wさんがうつ病だった時期、職場の仲間でカラオケに行く機会がありました。
で、Wさんが歌っているときにぼくが携帯で撮影した写真なんですが、完全に映っていたんですよね。
薄暗いカラオケボックスの部屋で、歌を歌ってるWさんの横にはっきりと人の顔がある。
むかしの画質のわるい携帯の写メでしたが、それでも後にも先にもあんな完璧な……いわゆる心霊写真は初めてで、同僚たちに見せると悲鳴をあげて「なにこれ!?」といいました。
同時にみんな、さすがに心霊写真のようなものを本気でとりあうわけにもいかず、まさかなあといった雰囲気。
でもはっきり写った顔に、これだという説明ができる人もいませんでした。
当のWさんは根っからそういったことを信じない人でしたから、ネタとして笑った以外に、深刻にとらえるようなことはありませんでした。
この話はこれで終わりです。
いわゆる怖い話にできるような後日談があるわけでもなし、物語的なカタルシスもありません。
結局その方はしばらくして会社をやめて、ぼくが後を引き継ぎましたが、ぼくもその後職場をやめました。
いまWさんもぼちぼち還暦を迎えるころでしょうが、どうされているかは知る由もありません。
個人的にはいまの時代、うつ病になるということは人間が社会活動をするうえでの通過儀礼のようなものだとおもっています。
社会にマジメに向き合っている人ほど、不条理にもまれ、じぶんのおもっていたようにいかない人生に打ちのめされ、憂鬱に飲まれてしまいます。
この社会で生きるために必死になって、別れた家族に養育費を払いながら、すこしでも豊かな暮らしを手に入れるために、寝る時間を削ってやせっぽちで頑張っておられたWさんを、心霊と関連付けるのは気の毒なことです。
ですがやっぱり、あの不気味な写真と、あのころのWさんの状況を、因縁づけて考えたくなる気持ちもあるにはあるのです。
ギズモさんが精神科医さんとのエピソードをおっしゃってくれたおかげで、ぼくの中にもそういう心のせめぎ合いがあったのだと気づかせていただきました。
この話は、たまたまギズモさんの話から似たような経験、古い思い出がよみがえってきたというだけのことです。
ギズモさんを責めているのではないことは、付け加えておきます。
薬とうつ病の関係について、いろいろな情報を教えていただきありがとうございます。
いわゆる酔い止めにもストレス軽減の効能とうつの副作用があるんですね。
幸い言葉が出にくくなる症状はかなり落ち着きましたが、半夏厚朴湯はちょうどぼくの症状に効きそうな気がします。
そういえば半夏厚朴湯という言葉に記憶のひっかかりを感じたので、調べてみました。
半夏はカラスビシャクというサトイモ科の多年生植物の古い名前なんだそうです。
酔い止めとおなじく吐き気(妊婦のつわり)に効いたり、精神安定の効能があるといいます。
本来食用にならない植物ですが、この根っこを加工して入念にアク抜きすると薬草になるということです。
7月に入ってすぐ、カラスビシャクが芽を出すころを「半夏生」と呼ぶそうで、ああそれで親しみがあったのかと納得がいきました。
というのも、近畿圏では半夏生はけっこう有名で、古くは大阪では半夏生にはタコを食べる習慣があったそうです。
いまどきタコを食べる習慣はほぼ廃れましたが、半夏生餅という季節の和菓子があって、こちらは関西のスーパーや和菓子屋でみかけます。
むかしは麦と米の二期作でしたから、田植えは麦の収穫が終わった後の6月に始めて、11月に刈り取って麦をまくというサイクルでした。
ですから半夏生は田植えが終わって7月の梅雨時期に入り、ホッとひと息ついた時期の、農村におけるささやかなお祭りだったのでしょう。
芝桜のきれいな写真、武甲山の写真をありがとうございます。
人類の文明は道具をつかうところから始まりますが、鉄鉱石鉱山から鉄鉱石を採掘するようになったのが、「山を切り崩してじぶんたちの道具を得る」暮らしのはじまりでしょう。
古墳時代には、島根県(出雲)のあたりで鉄穴流し(かんなながし)といって、山を削ってこの土砂を水に流し、土に含まれる砂鉄を採取するやり方で鉄を採集していました。
農具、武具、民具にと、当時の鉄の需要はすでに全国規模のものでしたが、出雲のたたら製鉄は鉄製品の需要を支える一大産業だったのです。
ちなみにたたら製鉄を行うには、莫大な薪を必要としました。
出雲地方は湿潤な気候に恵まれていたため、山をひとつ丸裸に伐採し、また木の苗を植樹しておけば、20年のサイクルでじゅうぶんな大きさの木に生長したといいます。
この木々が育ちやすい気候がなければ、当時の製鉄における莫大な燃料はまかなえませんでした。
すでに当時から、人間の道具をつくるために一定の環境破壊は行われていたということですね。
有史以来人類は自然環境を利用して文明を強力に推進してきたのですが、石灰山が大きく切り崩されるようになったのはコンクリート需要や農業肥料の需要が急増した近代からですね。
近代になって一気に採掘が進んだという極端な例としては、太平洋のナウル島のリン鉱石採掘が有名です。
この小さな島はもともとサンゴ礁が隆起してできたのですが、そこにアホウドリが集まるようになり、糞が堆積しました。
鳥のフンにはリンが多く含まれていますが、ナウルではアホウドリの糞が長い期間かけて化石化してリン鉱石の島となったのです。
リンの使い道は多く、特に農業肥料の分野では欠かせません。
ナウルでは19世紀後半からリン鉱石の採掘がはじまりました。
1968年にはナウル共和国として独立。一時は世界一裕福な国となりましたが、1990年代にはリン鉱石が枯渇。
独立から数えれば、ほんの四半世紀の栄華でした。
現在では経済が崩壊し、漁業権の販売や観光業の振興に努めているということですが、自給自足もむずかしい島ですから、先行きが明るいとはいえません。
ナウルの資源枯渇問題は、将来の人類全体がたどる問題でもあります。
原油もいずれは枯渇しますし、世界中の山々から鉱石を採掘することだって、いつまでもやっていけるわけではありません。
リサイクルをするにしたって、その機械をつくるのに原油や鉱石などの資源が必要であり、現代文明社会の永続性について、人類は非常に危うい綱渡りをしています。
衣食住足りて人間は理性を保てますが、いざ資源が枯渇すれば、みんなじぶんに利益を引っ張るために戦争でも人殺しでも略奪でも、なんだってやることでしょう。
みんな仲良く、世界人口を計画的に減らしながら、残された資源と文明をうまく利用して永続させていく、なんてお行儀のいいことは、おそらく人類にはできません……いま現在できていないのだから、将来もできるはずがありません。
ギズモさんが武甲山をご覧になって、モーセの十戒の祭壇を想起されたという話は、ぼくとは解釈がちがうとはおもうのですが、ほんとうにそうだと感じました。
モーゼがシナイ山で創造主ヤハウェから授かったという十戒の、最後の戒めは「隣人の家を欲しがってはならない」ですね。
「隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない」
この隣人という言い回しを地球規模にまで拡大解釈していくと、われわれは、地球の先輩たちが数十億年かけて残してきた「家」……つまり化石燃料や鉱石資源を、消費しつくすほどに貪って、戒めをないがしろにしています。
山体が変わるほど削られた山が、自然に元の山体に戻ることはありませんし、近い将来(といってもまだしばらくはもつでしょうが)、原油が枯れてしまえば、あらたに何十億年も動植物の死骸が積み重なって石油化しない限り、原油資源が復活することもありません。
モーセはシナイ山で神から石板を授かりました。
が、地上の人々はモーセがなかなか戻ってこないため、待ちきれずにあたらしい神の像(黄金の子牛)をつくってしまいます。
神はそのことを知って激怒しました。
モーセは急いで山を下り、黄金の子牛を焼き払うと、子牛を礼拝していた人々を皆殺しにします。
この黄金の子牛はモーセ(十戒)を待ちきれずに資本主義、拝金主義に走った人間の愚かさになぞらえているというのですが、当時から人間はこのような行き過ぎた貪りを繰り返していたから、戒めが必要だったのでしょう。
ギズモさんの武甲山の写真を拝見しながら、ぼくはついそんなことを考えていました。
ちなみにぼくは、いまの人類の文明では地球環境を破壊することから逃れることはできないとおもっています。
でもいつか科学技術の発展によって、環境破壊から環境再生優位となり、永続性のある人間社会が訪れることを、一縷の希望としています。
目黒のさんまですが、一説には、家光が目黒不動参詣の帰りに寄った茶屋が舞台と言われていますね。
何度かお参りに行ったことがありますが、関東最古の不動霊場だそうで、808年開創のお寺です。
ご本尊の不動明王は秘仏で、酉年にしか開扉しないため、2029年には絶対お参りに行くつもりです←忘れないようにしないと。。。
目黒のさんまは、骨を抜いて蒸して・・・というお話だったと思いますが、最近、骨なしのお魚が、冷凍などで売られるようになりました。
さんまもありますが、尾と頭のないさんまというのも味気ないものです(笑)
お母様のお話ですが、お気持ちを推察するのは失礼ですし、わかるはずもないのですが、溜飲が下がったという心境ではないように思います。
同情から文句を言うのを辛抱しているのではないというご様子からも、そう感じます。
常々「一方的に不利益をこうむっている」と感じていても、そこはやっぱり家族なので、いざ大事が起きれば自然と愚痴は消え去り、よし!がんばるぞ~みたいな、ポジティブな心境にシフトしていったのではないでしょうか。
気持ちの切り替えをしたとしても、ムリムリではなく、自然な感情の流れであったのではないかと。
本当に溜飲が下がったと思っていらっしゃれば、愚痴を聞いてくれていた農園主さんに、気持ちをお話になるように思います。
それにしても、直接ご主人であるお父様に言えないからかもしれませんが、母親が息子に愚痴を言える関係って、いいですね~。
親子でも兄弟でも、異性間だとなかなか言いにくいように思っていました。
お母様から信頼されている証拠でしょうね。
お母様も、ちょっとした愚痴を言うことで、ご気分がスッキリなさったということもあったように思います。
お父様は、「言われないとなにもしない昭和の親父」とのことですが、昭和の親父は、言われても何もやらず、ちゃぶ台の前に座って、文句ばかり言っているイメージがあります(笑)
的外れかもしれない話を、失礼しました。
ギバー・テイカー・マッチャーのお話は、とても興味深いです。
この三種類の性格は、ビジネス面で顕著に現れるように思いました。
また、ギバーが結束して、テイカーやマッチャーに極力関わらないこと、これはとても重要だと思います。
この人は三種類のどれだろうと考えることにより、関わっていいものか距離を置くべきかがわかるので、ストレスはずいぶん減ることでしょう。
最近見かけませんが、だいぶ前テレビのCMで、「ストレスで喉がつかえる感じがする人に」に効く市販薬(たぶん半夏厚朴湯)の宣伝をしていました。
その時、そういう症状がある人は多いんだなと思ったことを覚えています。
ちょっと、おかしな話をします。
前回お話した精神科医の歌のレッスンは、カラオケ屋さんで一回1~2時間、やっていました。
他にも同じようにカラオケ屋さんでレッスンをする方は多かったのですが、彼女の時だけ、その1~2時間の間に2~3回、喉がつっかえる感じがして、声が出せなくなるんです。
急いでお水を飲んだりして、なんとかどうやら話せるようになるんですが、彼女の時だけ緊張したりストレスを感じるわけでもなく、まったく原因がわかりませんでした。
ストレスや身体的な問題でない。ではなぜ、そういうことが起きるのかと考えていくと、心霊的なことしか答えが出ませんでした。
まずは場所ですが、いつも同じではなかったのでこれは除外。
そうすると、彼女自身になにかあるとしか思えないのです。
もちろん断言はできないのですが、彼女のまとっている雰囲気からして、有り得ることだと思っています。
職業としてもいろいろ背負うものがあるのかもしれませんね。
憶測でものを言ってはならないと思いながらも、不思議なことだったので、書かせていただきました。
先日、芝桜を見に行ってきました。
埼玉県秩父にある、羊山公園・芝桜の丘です。
例によって写真が下手すぎるので、きれいに見えませんがご容赦ください(笑)
上の写真はその公園から見えた山なのですが、階段のようなものが見えますか?
これを見た時、旧約聖書のシナイ山、モーセの十戒の祭壇かと思いました(笑)
武甲山といい、北側斜面が石灰岩質で、石灰岩の採掘がおこなわれているそうですが、石灰山というものを初めて見ました。
江戸時代には漆喰、明治からはセメントの原料として、採掘のためどんどん削られ、30mほど低くなってしまったそうです。


α訂正:β遮断薬は、薬剤惹起性うつ病のリストに挙がってるんですね。
投薬するお医者さんや薬剤師が、そこまで説明してくれる人ばかりではないと思うので、何でも調べてから服用するということは大事ですね。
トラベルミンは病院でめまいの治療薬としても処方されますが、乗り物酔いの薬は、リラックス、鎮静作用があるので、緊張を緩和したい目的でも使用できるそうです。
トラベルミンRなど、眠気の出にくい酔い止めの市販薬はいろいろあるのですが、乗り物酔いの薬は、副作用としてうつ病も挙げられています。
ただ、連用、常用するものではないので、さほど心配はいらないように思います。
私は、2時間以上車に乗る時と、飛行機・船に乗る時に必ず飲みますが、頻度としては2~3ケ月に一回程度で、おとなの量ではなく、子どもの量で飲んでいます。
飲酒の可能性がある場合は、お酒に酔いやすくなったり、眠気が増強されてしまうので、避けた方がいいです。
普段飲まない方は、子どもの量でも充分かもしれません。
浅田飴からは乗り物酔いのドロップもでていますが、サイダー味もあるので、今度試してみようと思っています(笑)
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/...
何度かお参りに行ったことがありますが、関東最古の不動霊場だそうで、808年開創のお寺です。
ご本尊の不動明王は秘仏で、酉年にしか開扉しないため、2029年には絶対お参りに行くつもりです←忘れないようにしないと。。。
目黒のさんまは、骨を抜いて蒸して・・・というお話だったと思いますが、最近、骨なしのお魚が、冷凍などで売られるようになりました。
さんまもありますが、尾と頭のないさんまというのも味気ないものです(笑)
お母様のお話ですが、お気持ちを推察するのは失礼ですし、わかるはずもないのですが、溜飲が下がったという心境ではないように思います。
同情から文句を言うのを辛抱しているのではないというご様子からも、そう感じます。
常々「一方的に不利益をこうむっている」と感じていても、そこはやっぱり家族なので、いざ大事が起きれば自然と愚痴は消え去り、よし!がんばるぞ~みたいな、ポジティブな心境にシフトしていったのではないでしょうか。
気持ちの切り替えをしたとしても、ムリムリではなく、自然な感情の流れであったのではないかと。
本当に溜飲が下がったと思っていらっしゃれば、愚痴を聞いてくれていた農園主さんに、気持ちをお話になるように思います。
それにしても、直接ご主人であるお父様に言えないからかもしれませんが、母親が息子に愚痴を言える関係って、いいですね~。
親子でも兄弟でも、異性間だとなかなか言いにくいように思っていました。
お母様から信頼されている証拠でしょうね。
お母様も、ちょっとした愚痴を言うことで、ご気分がスッキリなさったということもあったように思います。
お父様は、「言われないとなにもしない昭和の親父」とのことですが、昭和の親父は、言われても何もやらず、ちゃぶ台の前に座って、文句ばかり言っているイメージがあります(笑)
的外れかもしれない話を、失礼しました。
ギバー・テイカー・マッチャーのお話は、とても興味深いです。
この三種類の性格は、ビジネス面で顕著に現れるように思いました。
また、ギバーが結束して、テイカーやマッチャーに極力関わらないこと、これはとても重要だと思います。
この人は三種類のどれだろうと考えることにより、関わっていいものか距離を置くべきかがわかるので、ストレスはずいぶん減ることでしょう。
最近見かけませんが、だいぶ前テレビのCMで、「ストレスで喉がつかえる感じがする人に」に効く市販薬(たぶん半夏厚朴湯)の宣伝をしていました。
その時、そういう症状がある人は多いんだなと思ったことを覚えています。
ちょっと、おかしな話をします。
前回お話した精神科医の歌のレッスンは、カラオケ屋さんで一回1~2時間、やっていました。
他にも同じようにカラオケ屋さんでレッスンをする方は多かったのですが、彼女の時だけ、その1~2時間の間に2~3回、喉がつっかえる感じがして、声が出せなくなるんです。
急いでお水を飲んだりして、なんとかどうやら話せるようになるんですが、彼女の時だけ緊張したりストレスを感じるわけでもなく、まったく原因がわかりませんでした。
ストレスや身体的な問題でない。ではなぜ、そういうことが起きるのかと考えていくと、心霊的なことしか答えが出ませんでした。
まずは場所ですが、いつも同じではなかったのでこれは除外。
そうすると、彼女自身になにかあるとしか思えないのです。
もちろん断言はできないのですが、彼女のまとっている雰囲気からして、有り得ることだと思っています。
職業としてもいろいろ背負うものがあるのかもしれませんね。
憶測でものを言ってはならないと思いながらも、不思議なことだったので、書かせていただきました。
先日、芝桜を見に行ってきました。
埼玉県秩父にある、羊山公園・芝桜の丘です。
例によって写真が下手すぎるので、きれいに見えませんがご容赦ください(笑)
上の写真はその公園から見えた山なのですが、階段のようなものが見えますか?
これを見た時、旧約聖書のシナイ山、モーセの十戒の祭壇かと思いました(笑)
武甲山といい、北側斜面が石灰岩質で、石灰岩の採掘がおこなわれているそうですが、石灰山というものを初めて見ました。
江戸時代には漆喰、明治からはセメントの原料として、採掘のためどんどん削られ、30mほど低くなってしまったそうです。


α訂正:β遮断薬は、薬剤惹起性うつ病のリストに挙がってるんですね。
投薬するお医者さんや薬剤師が、そこまで説明してくれる人ばかりではないと思うので、何でも調べてから服用するということは大事ですね。
トラベルミンは病院でめまいの治療薬としても処方されますが、乗り物酔いの薬は、リラックス、鎮静作用があるので、緊張を緩和したい目的でも使用できるそうです。
トラベルミンRなど、眠気の出にくい酔い止めの市販薬はいろいろあるのですが、乗り物酔いの薬は、副作用としてうつ病も挙げられています。
ただ、連用、常用するものではないので、さほど心配はいらないように思います。
私は、2時間以上車に乗る時と、飛行機・船に乗る時に必ず飲みますが、頻度としては2~3ケ月に一回程度で、おとなの量ではなく、子どもの量で飲んでいます。
飲酒の可能性がある場合は、お酒に酔いやすくなったり、眠気が増強されてしまうので、避けた方がいいです。
普段飲まない方は、子どもの量でも充分かもしれません。
浅田飴からは乗り物酔いのドロップもでていますが、サイダー味もあるので、今度試してみようと思っています(笑)
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/...
鶏皮、おいしいですよね。
ぼくはカリカリに焼いて油を飛ばして、それを湯で戻してさらに油切り。
千切りにしてたっぷりのネギを乗せて甘酢に浸してというレシピなら食べられそうです。
と、こんなレシピだともう完全に目黒のさんまですね(笑)
社会と公共の話の続きなんですが、「気力と体力が落ちている時は無理にがんばらない」という場合、その状況を周囲が支えるシステムが必要です。
社会や公共というのは、じぶんががんばれないときに、ほかの人が支えてくれるシステムです。
生活保護とか、バリアフリーとか、いまの社会が公共として築いてきたものは、弱者への配慮という視点を備えています。
言い換えれば、ふだん元気なときは、弱者を支えるためにじぶんも社会や公共の歯車として頑張る、ということになります。
家庭を社会として考えると、家族が公共ということになります。
ギズモさんがたおれたときは家族が支える。
家族がたおれたときはギズモさんも支える。
ふだん元気な時は、家族一丸となって、よりよい社会(家庭)を形成するための経済活動や、より広い範囲での公共活動にいそしむ必要があります。
しかし、たった数人の家族の社会でさえ、うまくいかない場合もあるでしょう。
一度話したような気もするんですが、心理学者のアダム・グラントが、人間には
ギバー
テイカー
マッチャー
という三種類の性格が備わっているといいました。
学術的な話のようですが、これはべつにたいそうな話ではありません。
ギブアンドテイクという言葉がありますが、このギブが「ギバー」、テイクが「テイカー」となります。
つまり、それぞれ直訳で「与えたがる人」「受け取りたがる人」「バランスを取りたがる人」ということです。
このうち最悪なのが、テイカー(受け取りたがる人)です。
じぶんが受け取ることばかり考えていて、ギバー(与えたがる人)から吸い上げようとします。
その次によくないのが、マッチャーです。
与えることと受け取ることを等量にしないと気がすまない。
外食をしたときに1円単位までの割り勘を求めてくるような人が、マッチャーといえるでしょう。
マッチャーはテイカーほど意地汚いわけではありません。
しかしケチには変わりありませんし、一緒にいるとなににつけても合理性を求めてくるので窮屈です。
もっともよいのが、ギバー同士で社会を形成していくことです。
ギバーが結束して、テイカーやマッチャーには極力関わらないこと。
お互いに与えあう関係性の中で社会が築ければ、ふだんの生活のストレスは激減します。
なにせテイカーが増えると社会はカンタンに壊れていきますし、公共は機能不全に陥ります。
あえて誤解を恐れずにいうと、社会全体の人が生活保護を求めてしまうと、当然社会は成り立たないでしょう。
生活保護は社会のセーフティネットですし必要な制度ですが、これを維持するために社会全体がギバーとして貢献しています。
生活保護を求める人の割合が増えてしまうと、いくらギバーがいても足りないということになってしまうし、ギバーにも不公平感や不満が渦巻いてしまうことでしょう。
たとえばギズモさんがいくらギバーとして家庭内でがんばっても、旦那さんがテイカーだったら、家庭は崩壊しますよね。
これがもしマッチャーだったら、家庭内を合理主義で染め上げて、与えることと受け取ることを等価にする……つまり合理的でないものを家庭に持ち込めなくなってしまい、窮屈な暮らしを強いられるようになります。
家庭に問題を抱えている人の多くは、ギバー同士で生活できていないというところに原因があります。
まだマッチャー同士であれば、夫婦間の合理性のつり合いがとれている間はうまくいくでしょう。
テイカー同士の場合は……『万引き家族』という映画がありました。
あの映画では、社会に居場所がなく、詐欺や万引きをしているような連中同士が共同体のようにして暮らしている人々を描写していました。
泥棒で生計をたてるというのは、人々がまっとうに労働している利益を奪い取って、じぶんのものにするという、典型的なテイカーです。
テイカーはよほど狡猾にやらないと居場所を失いがちですから、おなじような境遇にある者同士で共同体をつくっていくしかありません。
あるいは社会から見えないように、ひとりで生きていくしかありません。
では、このギブアンドテイクの不均衡を、せめてつり合いのとれたものにするにはどうするかというと、これはもうギズモさんがおっしゃっておられました。
せめてそのときテイカーになる人が「ありがとう」とひと言を投げかけられるかどうかですよね。
ギバーもマッチャーも、場合によってはテイカーになることがあります。
病気をして人のお世話にならねばならないとき、じぶんの不手際をカバーしてもらったとき、たまたま他より多くの利益を得たときなど、いろんな局面があるとおもいます。
その都度、じぶんの立場をわきまえて、他者のご苦労や気遣いに感謝とねぎらいの言葉を伝えられるのかということは、じぶんの暮らす社会を良好に保つために、極めて大事なことだとおもいます。
うちの父母の話をしますが、以前の母はなにかというと父の文句をぼくに言いました。
酒を隠れて飲んでいる、じぶんから掃除をしないなど、ひとつひとつの件は他愛ないことでした。
しかし母からすれば積み重ねで「じぶんだけが不利益をこうむっている」という気分だったのでしょう。
ちなみにうちの父はテイカーの気質が強い、いわゆる「言われないとなにもしない昭和の親父」です。
その父がおととし肺がんと咽喉がんを患いました。
胸部を横一文字に切り裂かれ、喉に放射線をあてられて咽喉が焼け野原になり、さらに療養中に帯状疱疹に見舞われたりと、半年間ガタガタになって苦しみました。
不思議なことにそれ以来、母の愚痴が減ったのです。
これはあくまで推測ですが、母は父がひどい目にあって、体力や気力が落ち込んだことで、溜飲が下がったのではないかと(笑)
母としては、これまでの不公平感に一種のつり合いがとれた状態になったんじゃないかとおもいます。
この憶測が実際のところどうなのか、母に確認するような野暮はしませんが、母の父への愚痴や文句が減ったのはたしかで、また父への同情で文句を言うのを辛抱しているという風でもないのもたしかです。
ギズモさんのうつ病についてのお話をうかがっていると、人間の肉体と精神のバランスは綱渡りのようなところがあるのでしょう。
以前りゅうちぇるという芸能人が自殺しましたが、女性ホルモンを投与して女性らしさを得ようとされていたそうです。
女性ホルモンだけでなく、細胞レベルで作用する薬を服用すると、その過程で精神が揺らぐのでしょう。
この揺らぎがうつというカタチであらわれる場合があるのだろうなとおもっています。
ガスターにしても、H2受容体という「細胞内の反応を誘導するタンパク質」に作用するんですよね。
ぼくは先日、自治会の集会で人前で30分話し続けたんですが、帰宅後はやはり血圧も上がりました。
それどころか数日間、声がうまく出なくなる(つっかえる)ような症状が出ました。
じぶんの頭ではうまく乗り切れたとおもっていたのに、精神面ではくたくたになっていたようです。
β遮断薬という心臓病の治療薬があります。
これは高血圧の治療薬なんですが、血圧を下げて緊張を和らげたり、本態性振戦という震えにも効果があるのだといいます。
心療内科で処方されることもあるのだとか。
ああ、こんな薬があるのなら、頓服で助けてもらうのもいいかもしれないなとおもいました。
しかし、調べてみるとやはりこれも受容体を遮断する薬で、薬剤惹起性うつ病のリストに挙がってるんですね。
やっぱり特殊な作用がある薬には、特殊な副作用もあるものだと感心(?)しました。
残念ですが緊張の緩和を目的にこの薬を飲むのはやめようとおもった次第です。
ぼくはカリカリに焼いて油を飛ばして、それを湯で戻してさらに油切り。
千切りにしてたっぷりのネギを乗せて甘酢に浸してというレシピなら食べられそうです。
と、こんなレシピだともう完全に目黒のさんまですね(笑)
社会と公共の話の続きなんですが、「気力と体力が落ちている時は無理にがんばらない」という場合、その状況を周囲が支えるシステムが必要です。
社会や公共というのは、じぶんががんばれないときに、ほかの人が支えてくれるシステムです。
生活保護とか、バリアフリーとか、いまの社会が公共として築いてきたものは、弱者への配慮という視点を備えています。
言い換えれば、ふだん元気なときは、弱者を支えるためにじぶんも社会や公共の歯車として頑張る、ということになります。
家庭を社会として考えると、家族が公共ということになります。
ギズモさんがたおれたときは家族が支える。
家族がたおれたときはギズモさんも支える。
ふだん元気な時は、家族一丸となって、よりよい社会(家庭)を形成するための経済活動や、より広い範囲での公共活動にいそしむ必要があります。
しかし、たった数人の家族の社会でさえ、うまくいかない場合もあるでしょう。
一度話したような気もするんですが、心理学者のアダム・グラントが、人間には
ギバー
テイカー
マッチャー
という三種類の性格が備わっているといいました。
学術的な話のようですが、これはべつにたいそうな話ではありません。
ギブアンドテイクという言葉がありますが、このギブが「ギバー」、テイクが「テイカー」となります。
つまり、それぞれ直訳で「与えたがる人」「受け取りたがる人」「バランスを取りたがる人」ということです。
このうち最悪なのが、テイカー(受け取りたがる人)です。
じぶんが受け取ることばかり考えていて、ギバー(与えたがる人)から吸い上げようとします。
その次によくないのが、マッチャーです。
与えることと受け取ることを等量にしないと気がすまない。
外食をしたときに1円単位までの割り勘を求めてくるような人が、マッチャーといえるでしょう。
マッチャーはテイカーほど意地汚いわけではありません。
しかしケチには変わりありませんし、一緒にいるとなににつけても合理性を求めてくるので窮屈です。
もっともよいのが、ギバー同士で社会を形成していくことです。
ギバーが結束して、テイカーやマッチャーには極力関わらないこと。
お互いに与えあう関係性の中で社会が築ければ、ふだんの生活のストレスは激減します。
なにせテイカーが増えると社会はカンタンに壊れていきますし、公共は機能不全に陥ります。
あえて誤解を恐れずにいうと、社会全体の人が生活保護を求めてしまうと、当然社会は成り立たないでしょう。
生活保護は社会のセーフティネットですし必要な制度ですが、これを維持するために社会全体がギバーとして貢献しています。
生活保護を求める人の割合が増えてしまうと、いくらギバーがいても足りないということになってしまうし、ギバーにも不公平感や不満が渦巻いてしまうことでしょう。
たとえばギズモさんがいくらギバーとして家庭内でがんばっても、旦那さんがテイカーだったら、家庭は崩壊しますよね。
これがもしマッチャーだったら、家庭内を合理主義で染め上げて、与えることと受け取ることを等価にする……つまり合理的でないものを家庭に持ち込めなくなってしまい、窮屈な暮らしを強いられるようになります。
家庭に問題を抱えている人の多くは、ギバー同士で生活できていないというところに原因があります。
まだマッチャー同士であれば、夫婦間の合理性のつり合いがとれている間はうまくいくでしょう。
テイカー同士の場合は……『万引き家族』という映画がありました。
あの映画では、社会に居場所がなく、詐欺や万引きをしているような連中同士が共同体のようにして暮らしている人々を描写していました。
泥棒で生計をたてるというのは、人々がまっとうに労働している利益を奪い取って、じぶんのものにするという、典型的なテイカーです。
テイカーはよほど狡猾にやらないと居場所を失いがちですから、おなじような境遇にある者同士で共同体をつくっていくしかありません。
あるいは社会から見えないように、ひとりで生きていくしかありません。
では、このギブアンドテイクの不均衡を、せめてつり合いのとれたものにするにはどうするかというと、これはもうギズモさんがおっしゃっておられました。
せめてそのときテイカーになる人が「ありがとう」とひと言を投げかけられるかどうかですよね。
ギバーもマッチャーも、場合によってはテイカーになることがあります。
病気をして人のお世話にならねばならないとき、じぶんの不手際をカバーしてもらったとき、たまたま他より多くの利益を得たときなど、いろんな局面があるとおもいます。
その都度、じぶんの立場をわきまえて、他者のご苦労や気遣いに感謝とねぎらいの言葉を伝えられるのかということは、じぶんの暮らす社会を良好に保つために、極めて大事なことだとおもいます。
うちの父母の話をしますが、以前の母はなにかというと父の文句をぼくに言いました。
酒を隠れて飲んでいる、じぶんから掃除をしないなど、ひとつひとつの件は他愛ないことでした。
しかし母からすれば積み重ねで「じぶんだけが不利益をこうむっている」という気分だったのでしょう。
ちなみにうちの父はテイカーの気質が強い、いわゆる「言われないとなにもしない昭和の親父」です。
その父がおととし肺がんと咽喉がんを患いました。
胸部を横一文字に切り裂かれ、喉に放射線をあてられて咽喉が焼け野原になり、さらに療養中に帯状疱疹に見舞われたりと、半年間ガタガタになって苦しみました。
不思議なことにそれ以来、母の愚痴が減ったのです。
これはあくまで推測ですが、母は父がひどい目にあって、体力や気力が落ち込んだことで、溜飲が下がったのではないかと(笑)
母としては、これまでの不公平感に一種のつり合いがとれた状態になったんじゃないかとおもいます。
この憶測が実際のところどうなのか、母に確認するような野暮はしませんが、母の父への愚痴や文句が減ったのはたしかで、また父への同情で文句を言うのを辛抱しているという風でもないのもたしかです。
ギズモさんのうつ病についてのお話をうかがっていると、人間の肉体と精神のバランスは綱渡りのようなところがあるのでしょう。
以前りゅうちぇるという芸能人が自殺しましたが、女性ホルモンを投与して女性らしさを得ようとされていたそうです。
女性ホルモンだけでなく、細胞レベルで作用する薬を服用すると、その過程で精神が揺らぐのでしょう。
この揺らぎがうつというカタチであらわれる場合があるのだろうなとおもっています。
ガスターにしても、H2受容体という「細胞内の反応を誘導するタンパク質」に作用するんですよね。
ぼくは先日、自治会の集会で人前で30分話し続けたんですが、帰宅後はやはり血圧も上がりました。
それどころか数日間、声がうまく出なくなる(つっかえる)ような症状が出ました。
じぶんの頭ではうまく乗り切れたとおもっていたのに、精神面ではくたくたになっていたようです。
β遮断薬という心臓病の治療薬があります。
これは高血圧の治療薬なんですが、血圧を下げて緊張を和らげたり、本態性振戦という震えにも効果があるのだといいます。
心療内科で処方されることもあるのだとか。
ああ、こんな薬があるのなら、頓服で助けてもらうのもいいかもしれないなとおもいました。
しかし、調べてみるとやはりこれも受容体を遮断する薬で、薬剤惹起性うつ病のリストに挙がってるんですね。
やっぱり特殊な作用がある薬には、特殊な副作用もあるものだと感心(?)しました。
残念ですが緊張の緩和を目的にこの薬を飲むのはやめようとおもった次第です。
2025年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
まず、独立した記事の件、承知しました。
「薬剤惹起性うつ病」の表に、解熱消炎鎮痛薬の イブプロフェン(ブルフェン)、ジクロフェナクNa(ボルタレン) も入っていました。
イブプロフェン製剤である市販薬のイブなどは、長年飲んでいた薬でした。
女性は頭痛持ちが多いので、常用している人は多いと思います。
病院でも、解熱鎮痛薬として一般的にブルフェンが処方されますが、最近はインフルエンザ・コロナを考慮して、別の薬になっているようです。
ボルタレンは、歯科や外科では普通に処方されます。
薬の副作用については、一般的なサイトを見ても、おおざっぱにしか書かれてないことが多いのですが、詳しいサイトは副作用がズラッと列記されており、これは見るだけで怖いものがあります(笑)
農園主さんの抗生剤による影響も、私の例も、副作用というより薬害ですね。
薬の効果も弊害も、本当に個人差があるので、患者の話をよく聞き、ちゃんと対応してくれるお医者さんにかかるに越したことはないのですが、けっこう難しい問題で、時々医者ジプシーになったりします(笑)
実は先日、アレルギーの薬をもらいに行くつもりでしたが、次回はコレステロール値がどうなったか血液検査をしましょう、と言われているクリニックに行くのが気が重く、初めての内科を受診してしまいました(;^_^A
コレステロール値は下がっているような気はしますが、もし思わしくなければ、プラスチックの薬を出されるわけですから、もう少々悪あがきをしたいと思います(笑)
腹膜も、前と後ろでまったく違ってくるんですね。
改めてお話を伺うと、本当に壮絶なご体験だったと思います。
長年腹痛や腸炎を繰り返すのは大変ですし、その都度抗生剤を飲まないといけないとなると、薬の副作用も心配のタネになりますね。
副作用の症例に書かれていなくても、さほど気にならないことでも、普段と違うことがあればまず副作用と思ったほうがいいかもしれません。
それにしても気道がふさがっていく感覚とは、想像しただけでもパニックになりそうです。
じんましんのかゆみも気が狂いそうになりますし、ずいぶんおつらかったことと思います。
娘のご心配をありがとうございます。
女性の場合、子宮が関係する場合もあるとのことで、入院中に検査をしました。
2~3センチのなにか(聞いたのですが、忘れました・・)があるけれど、これは心配なく、切除しなくてもいいと言われたそうです。
軽症で済んだようでひとまず安心しましたが、3ケ月後に内視鏡検査があり、その結果次第ですね。
最近、ピッコマという電子書籍サイトの毎日無料漫画で、「JIN―仁―」を少しずつ読んでいるところですが、ちょうど、ペニシリンをアオカビから作り、コロリの患者を救うというあたりです。
『火の鳥』のアオカビの話、覚えていませんが、どんぶりに山盛りのアオカビ・・・・、どこから集めたんでしょう(笑)
確かにどんぶり一杯分とは、即死しそうな感じもしますが(笑)、医学博士でもある手塚治虫のユーモアなのでしょうね。
鶏の皮、大好きなんですよね(笑)
脂がすごいので、油をひかず焼くか、茹でて鶏皮ポン酢にしたりしますが、皮の脂肪の大部分は飽和脂肪酸だそうですね。
皮串でビール、なんて身体に悪いものは、なんでおいしいんでしょうか(笑)
アイラップでの冷凍の仕方、とても参考になります。ありがとうございます。
あらかじめ切れ目を入れるんですね。
食事がワンパターンと書いていらっしゃいますが、カンタン酢、ポン酢、お醤油、ソースなど、かけるものでけっこう味が変わるし、サラダチキンはいいですね。
塩分制限だと、お醤油やソースも控えたほうがいいのかもしれませんが、ケチャップは糖分もあるし、お味噌も塩分がかなりありますし、よく考えると、調味料って案外身体によくないのかもしれません。
「誰かと暮らすことがストレス」という話ですが。
農園主さんが現在おひとりで暮らしていらっしゃるので、もしお気にさわったらとは思ったのですが、まったく他意はないし、なんらかの意図があるわけでもないので、気になっていらしたら申し訳ないです。
ただ、ひとりで生活したことがほとんどない私が、誰かと暮らすのはストレスだと言うのは、一種の傲慢ですし、心ない書き方だったと思います。
そもそも、一緒に住んでいても別に住んでいても、家族というのは助け合い、心配しあい、いたわりあうものであり、そこに利害や損得、自分優先とか、迷惑に思うとか、そんなものがないのが当たり前の姿ですよね。
自然と自分を後回しにし、家族のために動くことが当たり前で、恩を着せたり、見返りを期待するものでもありません。
特に、親子関係はそれが顕著かと思います。
子どものためならなんでもできるというのは、理想ではなく、本能のようなものかもしれません。
これが夫婦となると少々違うものがあり、ちょっとした損得勘定(金銭に限らない)のようなものも入ってきます。
親子だと、しょうがないなぁ、もう、ですむことが、なかなか難しいわけです。
これをどうクリアするかというと、愛情、もしくはあきらめ、でしょうね(笑)
あきらめというと言葉は悪いですが、結局はいいことも悪いこともお互い様なんですよね。
よく言うところの「自分の機嫌は自分でとり」、モヤモヤしたことがあっても、ぶつけない、恨まない(笑)、悩まない、でストレスにならないよう、気持ちを切り替えることが大事ですね。
「じぶんの生産活動を犠牲にする苦痛を感じながらも、旦那さんの看病に努められたことは、じつはほんとうに大事なことなんだとおもいます」と書いてくださっていますが、本来家族として当たり前のことなので、苦痛を感じてはいけないんですよね(笑)
それを感じてしまうようになったのは、最近自分の体調不良が多かったことだと思います。
決して愛情不足ではないです(笑)
ないですが、愛情もエネルギーなので、体力気力とともに、だんだん衰えてくるものかもしれません(笑)
そう言いながらも心配することは人一倍なんです(たぶん)。
先日、主人が人間ドックで要検査となったため、MRIを受けたのですが、結果を聞きに行った日、とっくに帰ってきていい時間に、なんの連絡もないんです。
結果が思わしくなくて、ショックで倒れていないかとか、ずっとハラハラして何も手につかずにいたのですが、床屋さんに行っていたらしく、帰宅後「連絡しようと思ったんだけど」の一言で終わりでした(笑)
今のところ異状なし、来年の人間ドックで経過観察とのことでほっとしましたが、連絡なしを怒ろうと思い、文句を言い始めたところに娘が入院の知らせが来て、うやむやになってしまいました(笑)
主人は、会社で一年に一度、人間ドックがありますが(義務付けられています)、ここ数年、毎年ひっかかっています。
大腸がんの疑いがあり要検査→ 内視鏡検査により異常なし。
肺に白く小さい点?があるので要検査→ 精密検査後、1年の経過観察から心配なし
膵管が腫れているので要検査 → 半年ごとのMRI2回~腫れているが心配なし
『健康診断を受けてはいけない』という本があったと思いますが、病気を見つけてもらうのは大切ですし、手遅れになったら大変なのもわかりますが、毎年のストレスはどうしてくれるんだ、という感じです(笑)
私が病気の時は、家事や買い物、看病はしてくれるので、熱などで苦しいながらも「ありがとう」は度々言います。
これは、親子でも夫婦でも大事なことだと思うし、共同生活をするうえで、もっとも基本的なことだと思います。
子どものころから自由とほど遠い生き方をしてきたので(ワンマンな母がいたので)、今はたぶん、いちばん自由な時期と言えるかもしれません。
親子でも夫婦でも、不満も感謝もきちんと伝えられる関係性があれば、たいがいのことはクリアできると思います。
気力と体力が落ちている時は無理にがんばらない、これも大事なことかもしれません。
農園主さんのお話、とても考えさせられました。
確かに現代の人たちが、社会や公共とあまりかかわらず、個人を優先しているという傾向はありますね。
1960年以降、核家族化が進み、3世代同居世帯が減少してきたことも、遠因となっているように思いますし、一軒家からマンションのような集合住宅に移り住む人が増えたため、近所付き合いがなくなり、表札を出さない人がほとんどなので、隣の人の顔も名前もわからないということも原因のひとつかもしれませんね。
薬とうつの話に戻ります。
知人の精神科医(たぶん47~8歳)から聞いた話です。彼女は私の歌の生徒さんでした。
いくつかの都内の大きな病院の精神科を掛け持ちしていたのですが、治療方針はどこでもその病院が決めることであり、勤務医はその指示に従うそうです。
精神の病気と言っても多種多様ですが、殆どの病院では、患者さんの話を聞く時間を極力短くし、薬を処方する「治療」をするように指示されるそうなんですね。
ところが、抗うつ薬を始め多くの薬はよけい症状を悪化させ、「治癒」することはあまりないとのことで(かなり軽症の場合は効果があることも)、彼女はその方針に嫌気がさし、週末は福島県の病院に泊まり勤務をしていました。
そこでは、診療は穏やかで決まりはなく、患者さんと向き合う時間もたっぷりあり、入院中の患者さんとも話すこともでき、喜んで勤務していたところに東日本大震災が起きます。
医師が足りないことで東京に帰ってこられなくなりましたが、勤務状況は悪化するばかりで、忙しさもあったのか、うつ症状が出現しました。
自分でうつと言ったわけではありませんが、その後仕事ができなくなり、東京に戻り、家にひきこもってしまったんです。
必要な買い物以外はずっと家にいて、外に出られないと聞きました。
その間、副作用の心配があまりない、漢方薬でのうつの治療法を研究していたようで、ネットを見ると、彼女の研究文献が上がっていました。
おととし連絡をとったのですが、やっと短時間での非常勤勤務を再開したようで、なんと10年以上ひきこもっていたんです。
ひきこもった、という言い方は彼女に対し失礼とは思いますが、わかりやすく表現しました。
詳しい話を聞いたわけではなく、彼女のうつ症状についてはおおざっぱなことしか知らないのですが、病院は福島の浜通り近辺にあり、震災後も2年ほど勤務していたようですので、もしかすると放射能の影響があったようにも思います。
うつを治すはずの薬で症状が悪化するという話は、とても印象に残っていたので、余計な話でしたが、書かせていただきました。
「薬剤惹起性うつ病」の表に、解熱消炎鎮痛薬の イブプロフェン(ブルフェン)、ジクロフェナクNa(ボルタレン) も入っていました。
イブプロフェン製剤である市販薬のイブなどは、長年飲んでいた薬でした。
女性は頭痛持ちが多いので、常用している人は多いと思います。
病院でも、解熱鎮痛薬として一般的にブルフェンが処方されますが、最近はインフルエンザ・コロナを考慮して、別の薬になっているようです。
ボルタレンは、歯科や外科では普通に処方されます。
薬の副作用については、一般的なサイトを見ても、おおざっぱにしか書かれてないことが多いのですが、詳しいサイトは副作用がズラッと列記されており、これは見るだけで怖いものがあります(笑)
農園主さんの抗生剤による影響も、私の例も、副作用というより薬害ですね。
薬の効果も弊害も、本当に個人差があるので、患者の話をよく聞き、ちゃんと対応してくれるお医者さんにかかるに越したことはないのですが、けっこう難しい問題で、時々医者ジプシーになったりします(笑)
実は先日、アレルギーの薬をもらいに行くつもりでしたが、次回はコレステロール値がどうなったか血液検査をしましょう、と言われているクリニックに行くのが気が重く、初めての内科を受診してしまいました(;^_^A
コレステロール値は下がっているような気はしますが、もし思わしくなければ、プラスチックの薬を出されるわけですから、もう少々悪あがきをしたいと思います(笑)
腹膜も、前と後ろでまったく違ってくるんですね。
改めてお話を伺うと、本当に壮絶なご体験だったと思います。
長年腹痛や腸炎を繰り返すのは大変ですし、その都度抗生剤を飲まないといけないとなると、薬の副作用も心配のタネになりますね。
副作用の症例に書かれていなくても、さほど気にならないことでも、普段と違うことがあればまず副作用と思ったほうがいいかもしれません。
それにしても気道がふさがっていく感覚とは、想像しただけでもパニックになりそうです。
じんましんのかゆみも気が狂いそうになりますし、ずいぶんおつらかったことと思います。
娘のご心配をありがとうございます。
女性の場合、子宮が関係する場合もあるとのことで、入院中に検査をしました。
2~3センチのなにか(聞いたのですが、忘れました・・)があるけれど、これは心配なく、切除しなくてもいいと言われたそうです。
軽症で済んだようでひとまず安心しましたが、3ケ月後に内視鏡検査があり、その結果次第ですね。
最近、ピッコマという電子書籍サイトの毎日無料漫画で、「JIN―仁―」を少しずつ読んでいるところですが、ちょうど、ペニシリンをアオカビから作り、コロリの患者を救うというあたりです。
『火の鳥』のアオカビの話、覚えていませんが、どんぶりに山盛りのアオカビ・・・・、どこから集めたんでしょう(笑)
確かにどんぶり一杯分とは、即死しそうな感じもしますが(笑)、医学博士でもある手塚治虫のユーモアなのでしょうね。
鶏の皮、大好きなんですよね(笑)
脂がすごいので、油をひかず焼くか、茹でて鶏皮ポン酢にしたりしますが、皮の脂肪の大部分は飽和脂肪酸だそうですね。
皮串でビール、なんて身体に悪いものは、なんでおいしいんでしょうか(笑)
アイラップでの冷凍の仕方、とても参考になります。ありがとうございます。
あらかじめ切れ目を入れるんですね。
食事がワンパターンと書いていらっしゃいますが、カンタン酢、ポン酢、お醤油、ソースなど、かけるものでけっこう味が変わるし、サラダチキンはいいですね。
塩分制限だと、お醤油やソースも控えたほうがいいのかもしれませんが、ケチャップは糖分もあるし、お味噌も塩分がかなりありますし、よく考えると、調味料って案外身体によくないのかもしれません。
「誰かと暮らすことがストレス」という話ですが。
農園主さんが現在おひとりで暮らしていらっしゃるので、もしお気にさわったらとは思ったのですが、まったく他意はないし、なんらかの意図があるわけでもないので、気になっていらしたら申し訳ないです。
ただ、ひとりで生活したことがほとんどない私が、誰かと暮らすのはストレスだと言うのは、一種の傲慢ですし、心ない書き方だったと思います。
そもそも、一緒に住んでいても別に住んでいても、家族というのは助け合い、心配しあい、いたわりあうものであり、そこに利害や損得、自分優先とか、迷惑に思うとか、そんなものがないのが当たり前の姿ですよね。
自然と自分を後回しにし、家族のために動くことが当たり前で、恩を着せたり、見返りを期待するものでもありません。
特に、親子関係はそれが顕著かと思います。
子どものためならなんでもできるというのは、理想ではなく、本能のようなものかもしれません。
これが夫婦となると少々違うものがあり、ちょっとした損得勘定(金銭に限らない)のようなものも入ってきます。
親子だと、しょうがないなぁ、もう、ですむことが、なかなか難しいわけです。
これをどうクリアするかというと、愛情、もしくはあきらめ、でしょうね(笑)
あきらめというと言葉は悪いですが、結局はいいことも悪いこともお互い様なんですよね。
よく言うところの「自分の機嫌は自分でとり」、モヤモヤしたことがあっても、ぶつけない、恨まない(笑)、悩まない、でストレスにならないよう、気持ちを切り替えることが大事ですね。
「じぶんの生産活動を犠牲にする苦痛を感じながらも、旦那さんの看病に努められたことは、じつはほんとうに大事なことなんだとおもいます」と書いてくださっていますが、本来家族として当たり前のことなので、苦痛を感じてはいけないんですよね(笑)
それを感じてしまうようになったのは、最近自分の体調不良が多かったことだと思います。
決して愛情不足ではないです(笑)
ないですが、愛情もエネルギーなので、体力気力とともに、だんだん衰えてくるものかもしれません(笑)
そう言いながらも心配することは人一倍なんです(たぶん)。
先日、主人が人間ドックで要検査となったため、MRIを受けたのですが、結果を聞きに行った日、とっくに帰ってきていい時間に、なんの連絡もないんです。
結果が思わしくなくて、ショックで倒れていないかとか、ずっとハラハラして何も手につかずにいたのですが、床屋さんに行っていたらしく、帰宅後「連絡しようと思ったんだけど」の一言で終わりでした(笑)
今のところ異状なし、来年の人間ドックで経過観察とのことでほっとしましたが、連絡なしを怒ろうと思い、文句を言い始めたところに娘が入院の知らせが来て、うやむやになってしまいました(笑)
主人は、会社で一年に一度、人間ドックがありますが(義務付けられています)、ここ数年、毎年ひっかかっています。
大腸がんの疑いがあり要検査→ 内視鏡検査により異常なし。
肺に白く小さい点?があるので要検査→ 精密検査後、1年の経過観察から心配なし
膵管が腫れているので要検査 → 半年ごとのMRI2回~腫れているが心配なし
『健康診断を受けてはいけない』という本があったと思いますが、病気を見つけてもらうのは大切ですし、手遅れになったら大変なのもわかりますが、毎年のストレスはどうしてくれるんだ、という感じです(笑)
私が病気の時は、家事や買い物、看病はしてくれるので、熱などで苦しいながらも「ありがとう」は度々言います。
これは、親子でも夫婦でも大事なことだと思うし、共同生活をするうえで、もっとも基本的なことだと思います。
子どものころから自由とほど遠い生き方をしてきたので(ワンマンな母がいたので)、今はたぶん、いちばん自由な時期と言えるかもしれません。
親子でも夫婦でも、不満も感謝もきちんと伝えられる関係性があれば、たいがいのことはクリアできると思います。
気力と体力が落ちている時は無理にがんばらない、これも大事なことかもしれません。
農園主さんのお話、とても考えさせられました。
確かに現代の人たちが、社会や公共とあまりかかわらず、個人を優先しているという傾向はありますね。
1960年以降、核家族化が進み、3世代同居世帯が減少してきたことも、遠因となっているように思いますし、一軒家からマンションのような集合住宅に移り住む人が増えたため、近所付き合いがなくなり、表札を出さない人がほとんどなので、隣の人の顔も名前もわからないということも原因のひとつかもしれませんね。
薬とうつの話に戻ります。
知人の精神科医(たぶん47~8歳)から聞いた話です。彼女は私の歌の生徒さんでした。
いくつかの都内の大きな病院の精神科を掛け持ちしていたのですが、治療方針はどこでもその病院が決めることであり、勤務医はその指示に従うそうです。
精神の病気と言っても多種多様ですが、殆どの病院では、患者さんの話を聞く時間を極力短くし、薬を処方する「治療」をするように指示されるそうなんですね。
ところが、抗うつ薬を始め多くの薬はよけい症状を悪化させ、「治癒」することはあまりないとのことで(かなり軽症の場合は効果があることも)、彼女はその方針に嫌気がさし、週末は福島県の病院に泊まり勤務をしていました。
そこでは、診療は穏やかで決まりはなく、患者さんと向き合う時間もたっぷりあり、入院中の患者さんとも話すこともでき、喜んで勤務していたところに東日本大震災が起きます。
医師が足りないことで東京に帰ってこられなくなりましたが、勤務状況は悪化するばかりで、忙しさもあったのか、うつ症状が出現しました。
自分でうつと言ったわけではありませんが、その後仕事ができなくなり、東京に戻り、家にひきこもってしまったんです。
必要な買い物以外はずっと家にいて、外に出られないと聞きました。
その間、副作用の心配があまりない、漢方薬でのうつの治療法を研究していたようで、ネットを見ると、彼女の研究文献が上がっていました。
おととし連絡をとったのですが、やっと短時間での非常勤勤務を再開したようで、なんと10年以上ひきこもっていたんです。
ひきこもった、という言い方は彼女に対し失礼とは思いますが、わかりやすく表現しました。
詳しい話を聞いたわけではなく、彼女のうつ症状についてはおおざっぱなことしか知らないのですが、病院は福島の浜通り近辺にあり、震災後も2年ほど勤務していたようですので、もしかすると放射能の影響があったようにも思います。
うつを治すはずの薬で症状が悪化するという話は、とても印象に残っていたので、余計な話でしたが、書かせていただきました。
今回の投稿は番外編というか、いつもの返信とはまったくちがう、独立した読みものです。
だれかに向けて書いたものではなく、健康についての、じぶんに向けての覚え書きです。
ただ、だれが読んでも興味深い話でもあろうかとおもいますので、いちおうひっそりと公開します。
今後、さらに書き足したり、削ったり、体裁を整えて、おなじような内容のものを、ブラッシュアップして投稿する予定です。この投稿には返信をなさいませんようご注意ください。
血管プラークを掃除するには、脂質断ちと並行して減量(貪食細胞の活性化)を行う必要があって、かなりストイックな食生活をしないと、基本的に血管プラークは溜まる一方なんだそうな。
歯垢・歯石が酸化物質として虫歯となり、細菌の温床となって歯槽膿漏の原因になるように、血管プラーク(石灰化した血管プラーク)が長年蓄積すれば血液疾患以外の不調も招きます。
そう考えていくと、脂質ががんの原因になるという医療分野の話も納得がいきます。
血管プラークはふつうの食事をしていて減ることはないので、標準体型で標準的な食事の人でも、脂質を欠かさず摂取していれば、年をとるごとに血管内が汚れ、脂質が原因の疾患のリスクが高まります。
ほんの数十年前まで医学的には血管プラークが改善することはない、と信じられていたようです。
なので血管は年齢とともに基本的にはどんどん汚れていくし詰まっていくというのが定説だったようですが、厳格な食事療法に取り組めば、血管の若返りは可能なようです。
ちなみに動脈硬化のメカニズムは以下のようなものです。
1.生活習慣(喫煙・飲酒)や生活習慣病(糖尿病)によって血管の内皮に小さな傷がつく
2.傷のついた血管内皮にコレステロールの粒子が入り込み、脂質のこぶ(プラーク)を形成する
3.免疫細胞がプラークを異物として攻撃するため、血管に炎症が起こる(肩こりなど)
4.これら血管の異変によって、血管そのものが繊維化して硬くなる
5.長年こびりついた血管プラークが石灰化することで、さらに動脈硬化が進行する
アルコールや糖尿病では、アルコールや糖が血管内に入り込むと、血管内皮に細かい傷がつくそうで、この傷にコレステロールが付着するといわれます。
そういえば、タバコの健康への悪影響も、ヤニ(タール)が肺から血中に流れ込み、血管内皮および全身に付着することで起こっています。
このヤニは漢字では「脂」と書きますが、実際の脂質ではありません。
しかし脂質と同様付着するとなかなか取れませんし、ヤニそのものに有害物質が含まれています。
タバコを吸っていた肺の汚れがとれるまでには、吸っていた期間とおなじくらいの年月が必要になるといいます。
たとえ禁煙し、体内が代謝を繰り返しても、それだけの長期間、タールと有害物質は体内に残り続けるそうな。
おそらく血管プラークについても食事療法を続ける期間は、不摂生をしたのとおなじ期間かかるのでしょうが、そうするとぼくの場合はもう人生を折り返していますから、一生続けるべきなのでしょう。
体内脂質はヤニのように有害物質を直接的には含んでいませんが、血管にこびりついて蓄積すると体内で酸化します。
酸化した油が有害物質に変化するのはよく知られた話ですが、体内の脂質が酸化して生まれる過酸化脂質は、細胞膜を損傷させ、炎症や動脈硬化を促進します。
この過酸化物質による炎症は、あるいはさっきの動脈硬化における、プラークが免疫細胞から攻撃されて炎症を起こす現象とおなじかもしれません。
この炎症はいろいろな悪作用をもたらしますが、細胞のガン化も引き起こします。
そこで過酸化脂質の酸化を解消するために、抗酸化物質を摂取しようという話になります。
抗酸化物質を食べて体内の酸化を防ごうというのですが、そもそも必要以上の脂質を毎日経口摂取していると、いたちごっこになるばかりですし、血管プラークが積み重なっていくなら、いずれは負け戦になります。
しかしたとえばトマトジュース(あるいはトマトベースの野菜ジュース)に陳皮パウダーをひと匙、というような抗酸化物質の塊のようなドリンクを毎日一杯飲むようなことは、もちろん長期的にみて全身の健康に寄与することでしょう。
血管プラークの積み上がりを減少させるには、EPAを中心とした多価不飽和脂肪酸の少量摂取のみで、あとは海藻(寒天)・きのこ、野菜、炭水化物を中心にした脂質制限の減量食が必要になります。
減量食といっても適度におなかが満足できるだけ食べていいのですが、脂質を徹底的に制限していると、勝手に痩せていきます。
脂質のない和菓子であれば(適度に)食べてもいいし、お肉も脂身がないものなら(適度に)食べてもかまいません。
この減量食は血管プラークを減らすだけでなく、膵機能の低下によって起こる糖尿病を予防し、体内老廃物を追い出してがんを予防する食事でもあるといいます。
後述しますが、腸内環境にもよい影響を及ぼします。
この腸内環境への影響はじぶんのおなかの調子をみても明らかで、この2か月近くのお通じに関していえば、いままでの人生でこんなに安定したことはありません。
糖質(炭水化物)は体内で中性脂肪に変わりますが、中性脂肪は飽和脂肪酸でも不飽和脂肪酸でもありません。
なので、不飽和脂肪酸のような機能性もないかわりに、飽和脂肪酸ほどのわるさもしません。
しかしいくら脂質を制限しても、糖質を体内に余るほど摂取すると、糖質由来の中性脂肪が体内に蓄積してしまいます。
この中性脂肪も余っているとやはり血管でプラークになります。そして体内で酸化して炎症を引き起こせばガン化するし、膵機能を低下させて糖尿病を招来します。
だから、脂質制限をしても糖質を際限なく摂りすぎてはいけない、というジレンマを抱えることになり、結局減量食にならざるをえません。
が、体内の脂質が極端に不足すると体温低下(エネルギー不足による免疫低下)や脂溶性ビタミンの吸収不足を招きますから、体内の脂質そのものは必要です。
じゃあ、やっぱり脂質も適度に経口摂取すればいいじゃないか、とおもうかもしれません。
が、たとえば健康によい不飽和脂肪酸が豊富ないわしでも、その脂質の1/3は健康にわるい飽和脂肪酸です。
おなじ減量食である糖質制限は、糖尿病予防にはよいかもしれません。
が、摂取する食事と食事量をよほど工夫しないと、体内に大量の飽和脂肪酸を取り入れるので、血管プラークを形成し、体内が酸化・炎症を起こし、結局ガンや血液疾患にむすびつきます。
よく言われるのが、糖質制限をするといくらカロリー摂取をしても痩せていくというもので、これは実際ぼくもやったことがありますが、たしかにそうでした。
でも、あれはやっぱりよくなかったと、いまはつくづくおもいます。
もし糖質制限で健康を保ちたい場合は、以下のような感じでしょうか。
オリーブ油やアマニ油は100g(920kcal)のうち、不飽和脂肪酸がほとんどで、飽和脂肪酸が10%程度と優秀な組成です。
なので、鶏ささみとキノコと海藻と野菜に、これらの不飽和脂肪酸でできた油をかけて食べ、一日の代謝の範囲を越えないカロリーに抑えるというような食生活なら、かろうじて健康を維持できるかもしれません。
しかしそれでも飽和脂肪酸を相応に摂取しますから、代謝の範囲を越えて摂取すると血管プラークはたまるし、体内で酸化脂質による炎症が起こるでしょう。
糖質による満腹感がないうえに、カロリー制限まで求められるのだから、健康効果まで期待した糖質制限はかなりの苦行になることでしょう。
それに糖質制限はイヌイットが暮らすような、よほど特殊な環境でなければ人類が永続的にやっていけるような食習慣ではなく、現代風にいえばコストがかかりすぎる食生活でもあります。
なので総合的な結論として、炭水化物を摂取して体内で中性脂肪に変換し、海藻やきのこや野菜で抗酸化する食生活がよい、ということになります。
もうひとつ重要な問題があります。
それは腸内細菌が産生する脂質です。
腸内細菌は非常に多様ですから、その代謝物の影響についてもやはり多様です。
しかし単純化すると、やっぱり脂質は腸内環境にもよくないことが浮かび上がってきます。
理化学研究所の研究(https://www.riken.jp/press/2023/20230118...)によると、
とありました。
つまり、高脂肪食を好む細菌があり、高脂肪食を摂取しているとこの腸内細菌が増えます。
そしてこの腸内細菌が脂質を分解すると、悪性の脂肪酸を産生し、生活習慣病を招く悪循環を生み出すようです。
また脂肪食は腸内フローラのバランスを悪化させます。
炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎など)の悪化の原因のひとつが高脂肪食であることは知られていますが、それはやはり腸内細菌による悪性の代謝脂質と、脂肪分による腸内フローラのバランス崩壊が関係しているのでしょう。
こういう理屈もぼくはずっと知らずにいましたが、いま非常におなかの調子がよいのは、脂質制限と無関係ではないとおもいます。
そういえばひと昔前に、健康な腸環境の人の大便を、炎症性腸疾患の患者の腸に注入すると、炎症が一時的に緩解したというニュースがありました。
当時、なんという気持ちのわるい治療だろうとおもいましたが、あれは理論的には腸内フローラのバランスを整えて、悪性の代謝物を減らすという点で意味があったのでしょう。
いっぽう、太陽化学のホームページ(https://www.taiyokagaku.com/lab/trend/13...)には、このような記述がありました。
つまり、水溶性食物繊維や一部の糖類が腸内細菌のエサになると、短鎖脂肪酸が産生されて体内の健康に寄与する。
経口的にヨーグルトや納豆を食べて菌を補給するよりも、大腸の菌に食物繊維や良質な糖質を補給するほうがよいのではないか、ということです。
ちなみに短鎖脂肪酸は「脂肪酸」とありますが、脂肪ではありません。ここがむずかしいところでした。
われわれが一般的に脂質と呼ぶ脂肪も脂肪族化合物の一種ですが、脂肪族化合物全体を脂肪と呼ぶわけではないようです。
なので、酢酸、プロピオン酸、酪酸といった短鎖脂肪酸は脂肪族化合物ではあるのですが、われわれが一般的にいう脂肪や脂質とはちがうようです。
われわれが一般的にいう脂肪は、中鎖脂肪酸と長鎖脂肪酸をさします。
発酵食品がカラダにわるい影響を及ぼすというのはちょっと常識外れな話ではありますが、真島クリニックの真島さんも、納豆やヨーグルトなどのタンパク質(脂質)性の発酵食品が血管プラークを悪化させると述べており、腸内細菌の代謝物の複雑さを考えると、巷の常識は実際の肉体の非常識にあたる可能性があるのかもしれません。
しかしそうなると結局、不飽和脂肪酸少量と脂質制限、海藻類・きのこ類・野菜類・脂質のないたんぱく質、炭水化物で食生活を構築するのが、腸内細菌の面でも健康によい食事療法になります。
それに対して、脂質(中鎖脂肪酸・長鎖脂肪酸)を経口で摂取すると、腸内細菌もまた別種の脂肪酸を産生し、これは種類によって人体に悪影響を及ぼす可能性があるということなのでしょう。
おなじ油でも多価不飽和脂肪酸(EPA・DHA)の場合は、腸内細菌も良質な脂肪酸を産生するようですが、飽和脂肪酸はやはりよくないようですね。
獣肉も魚肉も、その脂質の組成にはどうしても飽和脂肪酸が含まれていますから、ここに注意しなければいけないということになります。
じゃあせめてたんぱく質くらいはたくさん食べたいとおもっていたんですが、残念なことにたんぱく質も過剰摂取すると、腸内細菌がアンモニアや尿毒症物質を産生し、腎臓に負担をかけ、悪玉菌を増殖させて腸内フローラのバランスが崩れるとのこと。
だいたい、鶏むね肉やささみでいえば、一日に150gから200gまでが適正なんだそうな。
アルコールの場合は、ぼくなどはとても物足りない、いわゆる「適量」を越えると、血管内皮が傷つくだけでなく、アルコールによって腸内フローラが乱れ、さまざまな悪影響を及ぼすようです。
生命科学的な側面でみていくと、食で健康を実現するのは単純でありながら、なかなかシビアだということがわかります。
結論としては、
・血管内皮を傷つけない生活習慣
・血管プラークを減少させる食習慣
が大事、ということになりそうです。
ちなみにえらそうなことを書いていますが、これは現在のぼく自身がすべてをパーフェクトに実践する、あるいは実践できるという話ではありません。
お酒などは、なかなか一杯で終わらせることができません。
しかし将来的にぼくが老いていくにあたって、この食事の実践は、最終的に行きつかざるをえないところだとおもっています。
じぶんが老化していく中で、さらに病をひとつ得るたびに、よりシビアな形でこの食事療法に取り組むほかなくなるのだろうとおもいますし、そのための覚え書きです。
ぼくのように不摂生をしているわけではない方においても、この理屈を知っておくことは、転ばぬ先の杖になりうるだろうとおもいます。
だれかに向けて書いたものではなく、健康についての、じぶんに向けての覚え書きです。
ただ、だれが読んでも興味深い話でもあろうかとおもいますので、いちおうひっそりと公開します。
今後、さらに書き足したり、削ったり、体裁を整えて、おなじような内容のものを、ブラッシュアップして投稿する予定です。この投稿には返信をなさいませんようご注意ください。
血管プラークを掃除するには、脂質断ちと並行して減量(貪食細胞の活性化)を行う必要があって、かなりストイックな食生活をしないと、基本的に血管プラークは溜まる一方なんだそうな。
歯垢・歯石が酸化物質として虫歯となり、細菌の温床となって歯槽膿漏の原因になるように、血管プラーク(石灰化した血管プラーク)が長年蓄積すれば血液疾患以外の不調も招きます。
そう考えていくと、脂質ががんの原因になるという医療分野の話も納得がいきます。
血管プラークはふつうの食事をしていて減ることはないので、標準体型で標準的な食事の人でも、脂質を欠かさず摂取していれば、年をとるごとに血管内が汚れ、脂質が原因の疾患のリスクが高まります。
ほんの数十年前まで医学的には血管プラークが改善することはない、と信じられていたようです。
なので血管は年齢とともに基本的にはどんどん汚れていくし詰まっていくというのが定説だったようですが、厳格な食事療法に取り組めば、血管の若返りは可能なようです。
ちなみに動脈硬化のメカニズムは以下のようなものです。
1.生活習慣(喫煙・飲酒)や生活習慣病(糖尿病)によって血管の内皮に小さな傷がつく
2.傷のついた血管内皮にコレステロールの粒子が入り込み、脂質のこぶ(プラーク)を形成する
3.免疫細胞がプラークを異物として攻撃するため、血管に炎症が起こる(肩こりなど)
4.これら血管の異変によって、血管そのものが繊維化して硬くなる
5.長年こびりついた血管プラークが石灰化することで、さらに動脈硬化が進行する
アルコールや糖尿病では、アルコールや糖が血管内に入り込むと、血管内皮に細かい傷がつくそうで、この傷にコレステロールが付着するといわれます。
そういえば、タバコの健康への悪影響も、ヤニ(タール)が肺から血中に流れ込み、血管内皮および全身に付着することで起こっています。
このヤニは漢字では「脂」と書きますが、実際の脂質ではありません。
しかし脂質と同様付着するとなかなか取れませんし、ヤニそのものに有害物質が含まれています。
タバコを吸っていた肺の汚れがとれるまでには、吸っていた期間とおなじくらいの年月が必要になるといいます。
たとえ禁煙し、体内が代謝を繰り返しても、それだけの長期間、タールと有害物質は体内に残り続けるそうな。
おそらく血管プラークについても食事療法を続ける期間は、不摂生をしたのとおなじ期間かかるのでしょうが、そうするとぼくの場合はもう人生を折り返していますから、一生続けるべきなのでしょう。
体内脂質はヤニのように有害物質を直接的には含んでいませんが、血管にこびりついて蓄積すると体内で酸化します。
酸化した油が有害物質に変化するのはよく知られた話ですが、体内の脂質が酸化して生まれる過酸化脂質は、細胞膜を損傷させ、炎症や動脈硬化を促進します。
この過酸化物質による炎症は、あるいはさっきの動脈硬化における、プラークが免疫細胞から攻撃されて炎症を起こす現象とおなじかもしれません。
この炎症はいろいろな悪作用をもたらしますが、細胞のガン化も引き起こします。
そこで過酸化脂質の酸化を解消するために、抗酸化物質を摂取しようという話になります。
抗酸化物質を食べて体内の酸化を防ごうというのですが、そもそも必要以上の脂質を毎日経口摂取していると、いたちごっこになるばかりですし、血管プラークが積み重なっていくなら、いずれは負け戦になります。
しかしたとえばトマトジュース(あるいはトマトベースの野菜ジュース)に陳皮パウダーをひと匙、というような抗酸化物質の塊のようなドリンクを毎日一杯飲むようなことは、もちろん長期的にみて全身の健康に寄与することでしょう。
血管プラークの積み上がりを減少させるには、EPAを中心とした多価不飽和脂肪酸の少量摂取のみで、あとは海藻(寒天)・きのこ、野菜、炭水化物を中心にした脂質制限の減量食が必要になります。
減量食といっても適度におなかが満足できるだけ食べていいのですが、脂質を徹底的に制限していると、勝手に痩せていきます。
脂質のない和菓子であれば(適度に)食べてもいいし、お肉も脂身がないものなら(適度に)食べてもかまいません。
この減量食は血管プラークを減らすだけでなく、膵機能の低下によって起こる糖尿病を予防し、体内老廃物を追い出してがんを予防する食事でもあるといいます。
後述しますが、腸内環境にもよい影響を及ぼします。
この腸内環境への影響はじぶんのおなかの調子をみても明らかで、この2か月近くのお通じに関していえば、いままでの人生でこんなに安定したことはありません。
糖質(炭水化物)は体内で中性脂肪に変わりますが、中性脂肪は飽和脂肪酸でも不飽和脂肪酸でもありません。
なので、不飽和脂肪酸のような機能性もないかわりに、飽和脂肪酸ほどのわるさもしません。
しかしいくら脂質を制限しても、糖質を体内に余るほど摂取すると、糖質由来の中性脂肪が体内に蓄積してしまいます。
この中性脂肪も余っているとやはり血管でプラークになります。そして体内で酸化して炎症を引き起こせばガン化するし、膵機能を低下させて糖尿病を招来します。
だから、脂質制限をしても糖質を際限なく摂りすぎてはいけない、というジレンマを抱えることになり、結局減量食にならざるをえません。
が、体内の脂質が極端に不足すると体温低下(エネルギー不足による免疫低下)や脂溶性ビタミンの吸収不足を招きますから、体内の脂質そのものは必要です。
じゃあ、やっぱり脂質も適度に経口摂取すればいいじゃないか、とおもうかもしれません。
が、たとえば健康によい不飽和脂肪酸が豊富ないわしでも、その脂質の1/3は健康にわるい飽和脂肪酸です。
おなじ減量食である糖質制限は、糖尿病予防にはよいかもしれません。
が、摂取する食事と食事量をよほど工夫しないと、体内に大量の飽和脂肪酸を取り入れるので、血管プラークを形成し、体内が酸化・炎症を起こし、結局ガンや血液疾患にむすびつきます。
よく言われるのが、糖質制限をするといくらカロリー摂取をしても痩せていくというもので、これは実際ぼくもやったことがありますが、たしかにそうでした。
でも、あれはやっぱりよくなかったと、いまはつくづくおもいます。
もし糖質制限で健康を保ちたい場合は、以下のような感じでしょうか。
オリーブ油やアマニ油は100g(920kcal)のうち、不飽和脂肪酸がほとんどで、飽和脂肪酸が10%程度と優秀な組成です。
なので、鶏ささみとキノコと海藻と野菜に、これらの不飽和脂肪酸でできた油をかけて食べ、一日の代謝の範囲を越えないカロリーに抑えるというような食生活なら、かろうじて健康を維持できるかもしれません。
しかしそれでも飽和脂肪酸を相応に摂取しますから、代謝の範囲を越えて摂取すると血管プラークはたまるし、体内で酸化脂質による炎症が起こるでしょう。
糖質による満腹感がないうえに、カロリー制限まで求められるのだから、健康効果まで期待した糖質制限はかなりの苦行になることでしょう。
それに糖質制限はイヌイットが暮らすような、よほど特殊な環境でなければ人類が永続的にやっていけるような食習慣ではなく、現代風にいえばコストがかかりすぎる食生活でもあります。
なので総合的な結論として、炭水化物を摂取して体内で中性脂肪に変換し、海藻やきのこや野菜で抗酸化する食生活がよい、ということになります。
もうひとつ重要な問題があります。
それは腸内細菌が産生する脂質です。
腸内細菌は非常に多様ですから、その代謝物の影響についてもやはり多様です。
しかし単純化すると、やっぱり脂質は腸内環境にもよくないことが浮かび上がってきます。
理化学研究所の研究(https://www.riken.jp/press/2023/20230118...)によると、
今回、共同研究チームはFusimonas intestini[3]という細菌に着目し、同細菌が肥満・糖尿病の患者から多く検出されること、高脂肪食[4]摂食マウスに投与すると肥満が悪化すること、そして、トランス脂肪酸など肥満・高血糖を悪化させる代謝物を多く産生することを発見しました。
とありました。
つまり、高脂肪食を好む細菌があり、高脂肪食を摂取しているとこの腸内細菌が増えます。
そしてこの腸内細菌が脂質を分解すると、悪性の脂肪酸を産生し、生活習慣病を招く悪循環を生み出すようです。
また脂肪食は腸内フローラのバランスを悪化させます。
炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎など)の悪化の原因のひとつが高脂肪食であることは知られていますが、それはやはり腸内細菌による悪性の代謝脂質と、脂肪分による腸内フローラのバランス崩壊が関係しているのでしょう。
こういう理屈もぼくはずっと知らずにいましたが、いま非常におなかの調子がよいのは、脂質制限と無関係ではないとおもいます。
そういえばひと昔前に、健康な腸環境の人の大便を、炎症性腸疾患の患者の腸に注入すると、炎症が一時的に緩解したというニュースがありました。
当時、なんという気持ちのわるい治療だろうとおもいましたが、あれは理論的には腸内フローラのバランスを整えて、悪性の代謝物を減らすという点で意味があったのでしょう。
いっぽう、太陽化学のホームページ(https://www.taiyokagaku.com/lab/trend/13...)には、このような記述がありました。
有用菌は、エネルギー源となるエサを食べ、「短鎖脂肪酸」を産生します。短鎖脂肪酸は酪酸、プロピオン酸などを指します。この短鎖脂肪酸、腸内環境を整える働きがあることがわかっており、様々な研究結果があります。
(中略)
有用菌のエネルギー源であるエサが何かいうと、「水溶性食物繊維」や「オリゴ糖」などであることが分かっています。これらの物質を摂取し、それが腸内に届いて腸内細菌に代謝されて短鎖脂肪酸が産生され腸内に排出されます。腸内環境を改善するためには「短鎖脂肪酸を産生する菌を増やす」ことや「有用菌のエネルギー源を供給してあげる」ことが必要です。太陽化学としては、もとから100兆個以上いる腸内細菌に体外から菌を追加するより、もとからいる菌に良質のエサを供給する方が効率的なのでは?と考えています。
つまり、水溶性食物繊維や一部の糖類が腸内細菌のエサになると、短鎖脂肪酸が産生されて体内の健康に寄与する。
経口的にヨーグルトや納豆を食べて菌を補給するよりも、大腸の菌に食物繊維や良質な糖質を補給するほうがよいのではないか、ということです。
ちなみに短鎖脂肪酸は「脂肪酸」とありますが、脂肪ではありません。ここがむずかしいところでした。
われわれが一般的に脂質と呼ぶ脂肪も脂肪族化合物の一種ですが、脂肪族化合物全体を脂肪と呼ぶわけではないようです。
なので、酢酸、プロピオン酸、酪酸といった短鎖脂肪酸は脂肪族化合物ではあるのですが、われわれが一般的にいう脂肪や脂質とはちがうようです。
われわれが一般的にいう脂肪は、中鎖脂肪酸と長鎖脂肪酸をさします。
発酵食品がカラダにわるい影響を及ぼすというのはちょっと常識外れな話ではありますが、真島クリニックの真島さんも、納豆やヨーグルトなどのタンパク質(脂質)性の発酵食品が血管プラークを悪化させると述べており、腸内細菌の代謝物の複雑さを考えると、巷の常識は実際の肉体の非常識にあたる可能性があるのかもしれません。
しかしそうなると結局、不飽和脂肪酸少量と脂質制限、海藻類・きのこ類・野菜類・脂質のないたんぱく質、炭水化物で食生活を構築するのが、腸内細菌の面でも健康によい食事療法になります。
それに対して、脂質(中鎖脂肪酸・長鎖脂肪酸)を経口で摂取すると、腸内細菌もまた別種の脂肪酸を産生し、これは種類によって人体に悪影響を及ぼす可能性があるということなのでしょう。
おなじ油でも多価不飽和脂肪酸(EPA・DHA)の場合は、腸内細菌も良質な脂肪酸を産生するようですが、飽和脂肪酸はやはりよくないようですね。
獣肉も魚肉も、その脂質の組成にはどうしても飽和脂肪酸が含まれていますから、ここに注意しなければいけないということになります。
じゃあせめてたんぱく質くらいはたくさん食べたいとおもっていたんですが、残念なことにたんぱく質も過剰摂取すると、腸内細菌がアンモニアや尿毒症物質を産生し、腎臓に負担をかけ、悪玉菌を増殖させて腸内フローラのバランスが崩れるとのこと。
だいたい、鶏むね肉やささみでいえば、一日に150gから200gまでが適正なんだそうな。
アルコールの場合は、ぼくなどはとても物足りない、いわゆる「適量」を越えると、血管内皮が傷つくだけでなく、アルコールによって腸内フローラが乱れ、さまざまな悪影響を及ぼすようです。
生命科学的な側面でみていくと、食で健康を実現するのは単純でありながら、なかなかシビアだということがわかります。
結論としては、
・血管内皮を傷つけない生活習慣
・血管プラークを減少させる食習慣
が大事、ということになりそうです。
ちなみにえらそうなことを書いていますが、これは現在のぼく自身がすべてをパーフェクトに実践する、あるいは実践できるという話ではありません。
お酒などは、なかなか一杯で終わらせることができません。
しかし将来的にぼくが老いていくにあたって、この食事の実践は、最終的に行きつかざるをえないところだとおもっています。
じぶんが老化していく中で、さらに病をひとつ得るたびに、よりシビアな形でこの食事療法に取り組むほかなくなるのだろうとおもいますし、そのための覚え書きです。
ぼくのように不摂生をしているわけではない方においても、この理屈を知っておくことは、転ばぬ先の杖になりうるだろうとおもいます。
ギズモさんも服薬をやめると速やかに回復されたとおっしゃっていたので、薬剤惹起性うつ病と聞いてからを知ってからも、あくまで一過性のうつ症状だろうとおもっていたのですが、モノによっては自殺企図を及ぼすような強い作用のものもあるようですね。
気分の落ち込みは生活上の原因があると考えるのがふつうですから、今後ぼくも服薬とうつとの関係にはちょっと気を付けなければならないとおもいました。
以前話したかもしれませんが、抗生物質については、ぼくも一度ひどい蕁麻疹が出て、気道がふさがっていくような感覚があってあわてて病院に駆け込んだことがあります。
幸い病院内のベッドでしばらくじっとしているうちに軽快していきましたが、じんましんのかゆみよりも、喉がふさがって呼吸がしづらくなってくるおそろしさがなかなかのものでした。
いろいろ話が重なるのですが、ぼくは腹膜の後ろ側が炎症を起こして膿がたまる、後腹膜膿瘍という病気を患って、大腸を1/3切除しています。
大腸のポリープが破れて、その破れた位置が前だったら腹膜炎だったのですが、後ろ側だったので、後腹膜の膿瘍ということになりました。
最終的には入院中にひどい熱が出て、抗生物質でも下がらなくなったため、緊急手術となり、目が覚めたらおなかが20㎝ほど切られていました。
このとき腸を切ったのがいまだに後を引いて、よく腹痛を起こしますし、腸炎になって長引くこともよくあります。
その都度抗生物質を飲んでいましたが、それが祟ったんですね。
なので、抗生物質がギズモさんに悪影響を及ぼしたという話は、身をもって理解できます。
戦後、まだ出回ったばかりのペニシリンは、じゅうぶんな作用を期待するには山ほど注射を打たねばならず、副作用でひどい目にあったといいます。
いまでは抗生物質というと耐性菌が社会問題になるくらいで、あまり危険な薬というイメージがありませんが、実際にはやっぱり体内の菌をムリヤリ殺してしまうのだから、反作用も強いのは当然ですね。
そういえば手塚治虫の『火の鳥』のヤマト編は、舞台がだいたい日本の卑弥呼の時代なんですが、ある医師が、ある女性の感染症(破傷風)を助けるんです。
このとき、女性にどんぶりに山盛りのアオカビを飲ませるんですね。
これはアオカビに含まれる抗生物質の作用を期待したものなんですが、どんぶり一杯分も飲むとなると、どう考えてもアオカビに含まれる毒の作用のほうが強そうです(笑)
娘さん、腹膜炎を薬で散らすことができたんですね。
なかなか油断できない状態だとはおもいますが、、カラダを切らずにすむのならそれがいちばんだとおもいます。
ギズモさんの心労も相当なものだとおもいますが、ご無理のありませんように。
快癒をお祈りいたします。
ギズモさんのお話をうかがって、やっぱり、精神的な緊張は血圧を相当上げるのだとおもいました。
あるいは「精神の緊張」によって「肉体の血圧」が上がることで、さらに精神の緊張が高まっていくという、緊張のスパイラルを生んでいるようにもおもえます。
この緊張のスパイラルを緩和するのに深呼吸がひと役かっていると考えると、やっぱり背筋を伸ばしてゆっくりと呼吸するのは大事ですね。
脂質制限はいまのところ続けています。
けっこう体重が減っているので、いい減量食でもあるとおもいます。
鶏むね肉が大活躍で、皮を取り除いて、あらかじめ切れ目だけ入れておいてアイラップに入れてくくって冷凍。
必要な時にあらかじめ解凍して、アイラップごと熱湯に入れてサラダチキンにして食べています。
食事がワンパターンなのは仕方ないにしても、仕事柄、畑野菜の余り物を利用していると食費がかなり安く上がるので、ぼくは厳密なやり方を続けていくつもりです。
とはいえ、これまで以上にサプリメントにお金がかかるようになったので、結局は相殺されていますが(笑)
「誰かと暮らすこと自体、ストレスにつながる」というのは、とてもよくわかります。
ぼく自身が、ひとりで暮らしていてじつに気楽だからです。
他人の価値観に合わせながら生きていくのはほんとうにタイヘンで、ひとりでいれば個人ですが、ふたり以上になれば社会になります。
そこにあるそれぞれの個性や自我の自由は、社会を維持する目的のために抑圧されてしまいます。
旦那さんの病気の際に「自分の生活が犠牲になってしまう」と感じられたということですが、家庭という社会を維持するために、じぶんの本来の効率性・生産性を犠牲にしなければならないんですよね。
つくってもらった食事に対して「ありがとう」「おいしい」と言葉にするのも、家庭という社会を良好に維持するために必要なコスト……というとあまりにもドライな言い方かもしれませんが、そういったことは、ひとりで暮らしているぶんには必要がありません。
その点、ひとりは気楽です。
でも、ひとりで暮らしているからこそ強くおもうのですが、家庭はやはり必要なものだとおもいます。
なぜかというと、社会や公共というのものは、そもそもみんながなにかしらの犠牲やコストを払いながら維持しているもので、じぶんも社会の一員として常に犠牲とコストを払う必要があります。
この場合の犠牲とコストというのは、じぶんが生活をするために稼ぐ労働とはまた別の話なんです。
働いたら働いたぶん、決まったお金が入ってくる労働とは切り分けて考えなければいけません。
社会や公共に参加するというのは、言い換えれば、生活上の効率を犠牲にして、むしろ足を引っ張られるようなかたちで参加するということです。
たとえば町内会や自治会で活動するようなことも社会参加ですが、家庭をもって家族と助け合いながら生きていくということも社会を形成します。
そういった社会から逃れて、ただじぶんの利益活動、じぶんの自由だけに邁進できる個人という生き方は、じつはよほど事情がなければ許されていないんだ、ということをぼくは最近、身をもって痛感しています。
だって、いまぼくも子供がいませんが、少子化の世の中では今後、あらゆる公共サービスで人材が不足し、われわれの生活に欠かせないインフラですら、修繕が間に合わなくなってくるでしょう。
ぼくはことし自治会長をやっていますが、むかしはうちの自治会では、自治会長なんて20年に1回の仕事だったといわれていました。
それが、ぼくはどうも3年後にまた自治会長が回ってくるようです(笑)
こういったことはやはり、ぼくも含めて、ぼくたちの世代が社会や公共とかかわる面倒くささから逃げて、じぶん個人を優先して生きてきたからだろう、とおもわずにいられません。
ぼくに自治会長が回ってくるのは、ぼく自身が個人を生きてきたツケのようなものだ、という点で、「身をもって痛感している」というわけです。
そういうわけですから、ずいぶん大きな話になってしまったような気もするんですが、ギズモさんがじぶんの生産活動を犠牲にする苦痛を感じながらも、旦那さんの看病に努められたことは、じつはほんとうに大事なことなんだとおもいます。
とはいえ、もちろんそれは、ギズモさんが体調を崩されたときにも、旦那さんがおなじように看病に努める関係性でなければいけませんけどね(笑)
気分の落ち込みは生活上の原因があると考えるのがふつうですから、今後ぼくも服薬とうつとの関係にはちょっと気を付けなければならないとおもいました。
以前話したかもしれませんが、抗生物質については、ぼくも一度ひどい蕁麻疹が出て、気道がふさがっていくような感覚があってあわてて病院に駆け込んだことがあります。
幸い病院内のベッドでしばらくじっとしているうちに軽快していきましたが、じんましんのかゆみよりも、喉がふさがって呼吸がしづらくなってくるおそろしさがなかなかのものでした。
いろいろ話が重なるのですが、ぼくは腹膜の後ろ側が炎症を起こして膿がたまる、後腹膜膿瘍という病気を患って、大腸を1/3切除しています。
大腸のポリープが破れて、その破れた位置が前だったら腹膜炎だったのですが、後ろ側だったので、後腹膜の膿瘍ということになりました。
最終的には入院中にひどい熱が出て、抗生物質でも下がらなくなったため、緊急手術となり、目が覚めたらおなかが20㎝ほど切られていました。
このとき腸を切ったのがいまだに後を引いて、よく腹痛を起こしますし、腸炎になって長引くこともよくあります。
その都度抗生物質を飲んでいましたが、それが祟ったんですね。
なので、抗生物質がギズモさんに悪影響を及ぼしたという話は、身をもって理解できます。
戦後、まだ出回ったばかりのペニシリンは、じゅうぶんな作用を期待するには山ほど注射を打たねばならず、副作用でひどい目にあったといいます。
いまでは抗生物質というと耐性菌が社会問題になるくらいで、あまり危険な薬というイメージがありませんが、実際にはやっぱり体内の菌をムリヤリ殺してしまうのだから、反作用も強いのは当然ですね。
そういえば手塚治虫の『火の鳥』のヤマト編は、舞台がだいたい日本の卑弥呼の時代なんですが、ある医師が、ある女性の感染症(破傷風)を助けるんです。
このとき、女性にどんぶりに山盛りのアオカビを飲ませるんですね。
これはアオカビに含まれる抗生物質の作用を期待したものなんですが、どんぶり一杯分も飲むとなると、どう考えてもアオカビに含まれる毒の作用のほうが強そうです(笑)
娘さん、腹膜炎を薬で散らすことができたんですね。
なかなか油断できない状態だとはおもいますが、、カラダを切らずにすむのならそれがいちばんだとおもいます。
ギズモさんの心労も相当なものだとおもいますが、ご無理のありませんように。
快癒をお祈りいたします。
ギズモさんのお話をうかがって、やっぱり、精神的な緊張は血圧を相当上げるのだとおもいました。
あるいは「精神の緊張」によって「肉体の血圧」が上がることで、さらに精神の緊張が高まっていくという、緊張のスパイラルを生んでいるようにもおもえます。
この緊張のスパイラルを緩和するのに深呼吸がひと役かっていると考えると、やっぱり背筋を伸ばしてゆっくりと呼吸するのは大事ですね。
脂質制限はいまのところ続けています。
けっこう体重が減っているので、いい減量食でもあるとおもいます。
鶏むね肉が大活躍で、皮を取り除いて、あらかじめ切れ目だけ入れておいてアイラップに入れてくくって冷凍。
必要な時にあらかじめ解凍して、アイラップごと熱湯に入れてサラダチキンにして食べています。
食事がワンパターンなのは仕方ないにしても、仕事柄、畑野菜の余り物を利用していると食費がかなり安く上がるので、ぼくは厳密なやり方を続けていくつもりです。
とはいえ、これまで以上にサプリメントにお金がかかるようになったので、結局は相殺されていますが(笑)
「誰かと暮らすこと自体、ストレスにつながる」というのは、とてもよくわかります。
ぼく自身が、ひとりで暮らしていてじつに気楽だからです。
他人の価値観に合わせながら生きていくのはほんとうにタイヘンで、ひとりでいれば個人ですが、ふたり以上になれば社会になります。
そこにあるそれぞれの個性や自我の自由は、社会を維持する目的のために抑圧されてしまいます。
旦那さんの病気の際に「自分の生活が犠牲になってしまう」と感じられたということですが、家庭という社会を維持するために、じぶんの本来の効率性・生産性を犠牲にしなければならないんですよね。
つくってもらった食事に対して「ありがとう」「おいしい」と言葉にするのも、家庭という社会を良好に維持するために必要なコスト……というとあまりにもドライな言い方かもしれませんが、そういったことは、ひとりで暮らしているぶんには必要がありません。
その点、ひとりは気楽です。
でも、ひとりで暮らしているからこそ強くおもうのですが、家庭はやはり必要なものだとおもいます。
なぜかというと、社会や公共というのものは、そもそもみんながなにかしらの犠牲やコストを払いながら維持しているもので、じぶんも社会の一員として常に犠牲とコストを払う必要があります。
この場合の犠牲とコストというのは、じぶんが生活をするために稼ぐ労働とはまた別の話なんです。
働いたら働いたぶん、決まったお金が入ってくる労働とは切り分けて考えなければいけません。
社会や公共に参加するというのは、言い換えれば、生活上の効率を犠牲にして、むしろ足を引っ張られるようなかたちで参加するということです。
たとえば町内会や自治会で活動するようなことも社会参加ですが、家庭をもって家族と助け合いながら生きていくということも社会を形成します。
そういった社会から逃れて、ただじぶんの利益活動、じぶんの自由だけに邁進できる個人という生き方は、じつはよほど事情がなければ許されていないんだ、ということをぼくは最近、身をもって痛感しています。
だって、いまぼくも子供がいませんが、少子化の世の中では今後、あらゆる公共サービスで人材が不足し、われわれの生活に欠かせないインフラですら、修繕が間に合わなくなってくるでしょう。
ぼくはことし自治会長をやっていますが、むかしはうちの自治会では、自治会長なんて20年に1回の仕事だったといわれていました。
それが、ぼくはどうも3年後にまた自治会長が回ってくるようです(笑)
こういったことはやはり、ぼくも含めて、ぼくたちの世代が社会や公共とかかわる面倒くささから逃げて、じぶん個人を優先して生きてきたからだろう、とおもわずにいられません。
ぼくに自治会長が回ってくるのは、ぼく自身が個人を生きてきたツケのようなものだ、という点で、「身をもって痛感している」というわけです。
そういうわけですから、ずいぶん大きな話になってしまったような気もするんですが、ギズモさんがじぶんの生産活動を犠牲にする苦痛を感じながらも、旦那さんの看病に努められたことは、じつはほんとうに大事なことなんだとおもいます。
とはいえ、もちろんそれは、ギズモさんが体調を崩されたときにも、旦那さんがおなじように看病に努める関係性でなければいけませんけどね(笑)
合間に私がよけいな投稿をしてしまったため、連投のようになり申し訳ないのですが、No,1601から5日経つので、投稿しますね。
薬剤師さんがパンシロンを勧めてくれてよかったですね。
ガスターは胃潰瘍も修復するというくらい強力なので、副作用もすごいようです。
当時、H2ブロッカーを飲み始めてすぐにうつ症状がでましたが、気分が沈む・落ち込む・意欲が出ないというスケールのなまやさしいものではなく、奈落の底に沈んだような、周りが暗くよどんだような、生きている心地のしないという、なんとも言いがたいものでした。
薬の副作用には充分に気をつけていましたが、ネットで簡単に調べることもできない頃でしたし、まさか胃薬で精神的な副作用が起きているとは思わず、うかうかと一ヶ月飲んでしまいました。
一ヶ月後に服用をやめてからすぐに、うつ症状はウソのようになくなりました。
薬の副作用とは断言できなかったものの、明らかに精神的なストレスからくるものではありませんでした。
おととし、逆流性食道炎になった原因は、毎日炭酸(強炭酸水)を飲んでいたのと、食べすぎだと思います。
喉のイガイガも、逆流性食道炎が原因と耳鼻科で言われ、薬を処方されましたが、それがH2ブロッカーだったため、内科のクリニックに行き相談しました。
その結果治療薬として出されたのは、ランソプラゾールという薬でした。
H2ブロッカーではないということで安心してしまいましたが、これも一ヶ月飲むよう指示されます。
しばらくして、胃酸があがってくる症状は軽快したものの、まずめまいの症状がでました。
並行して、以前より程度は軽いですが、不快なうつ症状もでました。
この時も、やはり、薬をやめてすぐ、どちらも軽快してきました。
恐らくですが、H2ブロッカーに限らず、胃酸を抑える成分に問題があるように思います。
ランソプラゾールも、副作用のところにめまいやうつ症状がありますし、農園主さんが引用してくださった、薬剤惹起性うつ病の表にもPPI製剤として、ありました。
薬の話ばかりで申し訳ありませんが、抗菌剤としてよく使用される「ニューキノロン系」も飲めません。
もしかすると以前書いたかもしれませんが、重篤な副作用がでました。
もうずいぶん前の気管支炎の時、処方されましたが、頭痛、それも神経にさわるような変な痛み方・手がだるくしびれて上に上がらない・ひどい倦怠感・関節痛・皮膚のかゆみ・婦人科系統のトラブルなど、様々な症状が続きました。
まさか副作用とは思わず、何かの病気かもしれないと、気管支炎でかかった病院とは別の内科を受診しました。
血液検査の結果、肝臓、腎臓などの数値が、尋常ではないくらい高くなっていました。
診断は、恐らく膠原病だろうとのことで、大きな病院を紹介しますと言われました。
膠原病なら完治することはないので、母は泣き出すし、妹は目前に結婚する予定でしたが、取りやめて、私の娘(当時3歳)を育てると言い出す始末でした。
当の私は、私がそんな病気になるはずはないな、と(根拠のない自信・・・)案外楽観的でしたが、しばらくして薬の副作用かもしれないと気がつき、内科で話しました。
もし薬害なら1ヵ月ほどで血液の数値が下がってくるはずということで、様子をみたのですが、案の定、ひと月くらいで劇的に下がり、不快な症状も徐々に落ち着いてきました。
この薬は、母もおかしな頭痛が起きました。
そのため、娘には飲ませたことはなく、「飲めない薬」として、必ず病院では申し出るように言ってあります。
その娘が、数日前、緊急入院しました。
腹膜炎で絶対安静、点滴はニューキノロンが一般的なんだそうですが、娘が使えないと伝えたところ、弱い抗生剤の点滴にしてくれたそうです。
今日で3日目、やっと重湯から三分粥になりました。
腹膜炎の死亡率は案外高いので、娘が早く受診してくれて、ほっとしました。
新学期が始まったばかりで忙しすぎる時期の入院ですが、来週の退院後も抗生剤の服用を続け、落ち着いたら内視鏡検査があります。
退院後に仕事は行ってもいいそうですが、できるだけ安静を保つのと消化の良い食事といわれたそうで、しばらくは体育の授業は無理でしょうし、感染性胃腸炎の時と同じように(書き足し:娘は私から移ったのではありませんが、3月に感染しました)、給食は無理なのでおかゆ持参になると思います。(書き足し:前にお話したかどうか忘れましたが、娘夫婦は小学校の教員です)
内視鏡の検査次第ですので、まだ楽観はできないようです。
農園主さんの記事を読ませていただいていると、今までネットなどでかたよりなく調べたつもりの情報も、帯に短し襷に長しだったことがよくわかります。
本にしても、ある人は生野菜はよくないと書き、ある人は生野菜を食べなさいと書いていたりしますし、結局はどの情報を信じるかになりますね。
牛の屠殺の話は初めて知りましたが、「牛の苦痛をできるだけ減らす配慮」がなされているとは、びっくりです。
シビアに考えると、牛のためもありますが、ストレスを与えずに屠殺すれば、食肉としてよりおいしいとか、柔らかいとか、そのような影響もあるように思います。
こういうお話を知ると、肉、魚、野菜、あらゆる食べものに感謝して食べるということがいかに大事かと思い知らされます。
自治会のお仕事は、忙しいだけでも大変ですのに、気が休まらないということがよりストレスになりますよね。
男性が美人の看護師さんに血圧をはかってもらうと、通常より高く出る傾向があるそうです(笑)
そんな時は、深呼吸をすると落ち着くとか。
先日、講座を終えたあと、施設内に無料の血圧測定器があるので、やってみました。
なんと、上が180,下が90で、さらに血圧が上がりそうに驚きました。
深呼吸を何度も繰り返してからはかり直すと、130の65くらいになりました。
たった1時間の講座でも、ピアノを弾きっぱなしですし、話もするので、体力と気力を相当使うため、そのあとはこんなに上がっているのかとびっくりです。
真島クリニックのお話ですが、こういう研究をしていらっしゃることに驚きました。
やたらと薬を勧めるお医者さんが多い中で、食事でどれだけ改善されるかという研究は、とてもありがたいですね。
厳密な実行はなかなか難しいかもしれませんが、できる範囲で取り組むことで、必ず改善されていくと思えます。
西村賢太、『苦役列車』しか読んでおらず、食生活を日記にして本にしていたことは知りませんでした。
タクシーの中で意識を失ったそうですが、乗ったところは赤羽(東京都北区)で、私がよく買い物に行くところです。
最近は、コンビニでもスーパーでも手軽にお惣菜が買えるし、加工肉、加工食品を食べる機会も多いかと思いますが、西村賢太のように、毎日のように食べてはだめですね。
買うにしても、ちょっと気をつけることでずいぶん改善すると思いますが、食べたい飲みたいという欲求は、なかなかあらがえないものだというのもわかります。
夫源病のことですが(笑)
これは、大なり小なり誰でも起きることでしょうね。
また逆に、妻が死んでくれたら、と思うダンナさんも多いようです(笑)
夫婦は血のつながりがないので、どうしても血のつながった家族とは関係性が違ってきます。
ささいなことでも、相手が自分の思うとおりにならないと、それはストレスになると思います。
私の場合、好きとか嫌いとかいう以前に、どうも誰かと暮らすこと自体、ストレスにつながるんですよね←ということが最近わかりました。
何もない時はいいのですが、主人の病気など非日常的なことが起きると、精神的にも無用な心配をするし、自分の生活が犠牲になってしまうのがとてもイラっときます(笑)
かといって手を抜くのはいやなので、自分が体調悪くても、頑張って看病してしまうわけです。
いつもあることではないので大きなストレスではないのですが、時間を自分のために使えなくなるというのも、そこそこストレスにはなりますね。
年に2回ほど、主人が2週間くらい上海に行くのですが、その間は天国のようです(笑)
帰宅時間を気にしてご飯の用意をすることもないし、仕事のじゃまも入らないし、洗濯物も少ないし、いいことばかりです(笑)
「亭主元気で留守がいい」と言ったのは、ずいぶん昔のコマーシャルだそうですが、名言ですね(笑)
以前はあまりこういう考えはなかったのですが、おととし主人がコロナになった時、私も長く気管支炎が治らない状態だったので、食事の世話から薬の面倒と、連日苦しいのを無理して頑張りました。
その時、これは老老介護の予行演習かと思い、気持ちまで疲弊しました。
年を取れば取るほど、家族の世話というのは肉体的にも精神的にも負担がかかって当然ですので、そこをどう折り合いをつけて、自分が倒れないようほどほどに手を抜き(笑)、最低限のことをするか、案外難しいところではあります。
最低ラインとして、相手がしてくれたことに「ありがとう」がきちんと言えるかどうかが、これが大事なんですよね。
当たり前のようにされたら、やる気もなくなるし、イライラもします。
こちらから聞かないと、おいしいものをおいしいと言わない、これもダメです。
「言わなくてもわかっていると思う」は通用しませんし、積み重なるとほんものの夫源病に発展するかもしれません(笑)
この世に「当たり前」のことは存在しませんし、生きているうちに伝えるべきことは言わないと、大きな後悔につながると思います←これは、私にも言えることですが。
削りつつも、結局は長く、しかも自分のことばかりになり、申し訳ありませんm(_ _"m)
春先はお天気が変わりやすく、気温差もあったりするので、気をつけてお過ごしくださいね。
薬剤師さんがパンシロンを勧めてくれてよかったですね。
ガスターは胃潰瘍も修復するというくらい強力なので、副作用もすごいようです。
当時、H2ブロッカーを飲み始めてすぐにうつ症状がでましたが、気分が沈む・落ち込む・意欲が出ないというスケールのなまやさしいものではなく、奈落の底に沈んだような、周りが暗くよどんだような、生きている心地のしないという、なんとも言いがたいものでした。
薬の副作用には充分に気をつけていましたが、ネットで簡単に調べることもできない頃でしたし、まさか胃薬で精神的な副作用が起きているとは思わず、うかうかと一ヶ月飲んでしまいました。
一ヶ月後に服用をやめてからすぐに、うつ症状はウソのようになくなりました。
薬の副作用とは断言できなかったものの、明らかに精神的なストレスからくるものではありませんでした。
おととし、逆流性食道炎になった原因は、毎日炭酸(強炭酸水)を飲んでいたのと、食べすぎだと思います。
喉のイガイガも、逆流性食道炎が原因と耳鼻科で言われ、薬を処方されましたが、それがH2ブロッカーだったため、内科のクリニックに行き相談しました。
その結果治療薬として出されたのは、ランソプラゾールという薬でした。
H2ブロッカーではないということで安心してしまいましたが、これも一ヶ月飲むよう指示されます。
しばらくして、胃酸があがってくる症状は軽快したものの、まずめまいの症状がでました。
並行して、以前より程度は軽いですが、不快なうつ症状もでました。
この時も、やはり、薬をやめてすぐ、どちらも軽快してきました。
恐らくですが、H2ブロッカーに限らず、胃酸を抑える成分に問題があるように思います。
ランソプラゾールも、副作用のところにめまいやうつ症状がありますし、農園主さんが引用してくださった、薬剤惹起性うつ病の表にもPPI製剤として、ありました。
薬の話ばかりで申し訳ありませんが、抗菌剤としてよく使用される「ニューキノロン系」も飲めません。
もしかすると以前書いたかもしれませんが、重篤な副作用がでました。
もうずいぶん前の気管支炎の時、処方されましたが、頭痛、それも神経にさわるような変な痛み方・手がだるくしびれて上に上がらない・ひどい倦怠感・関節痛・皮膚のかゆみ・婦人科系統のトラブルなど、様々な症状が続きました。
まさか副作用とは思わず、何かの病気かもしれないと、気管支炎でかかった病院とは別の内科を受診しました。
血液検査の結果、肝臓、腎臓などの数値が、尋常ではないくらい高くなっていました。
診断は、恐らく膠原病だろうとのことで、大きな病院を紹介しますと言われました。
膠原病なら完治することはないので、母は泣き出すし、妹は目前に結婚する予定でしたが、取りやめて、私の娘(当時3歳)を育てると言い出す始末でした。
当の私は、私がそんな病気になるはずはないな、と(根拠のない自信・・・)案外楽観的でしたが、しばらくして薬の副作用かもしれないと気がつき、内科で話しました。
もし薬害なら1ヵ月ほどで血液の数値が下がってくるはずということで、様子をみたのですが、案の定、ひと月くらいで劇的に下がり、不快な症状も徐々に落ち着いてきました。
この薬は、母もおかしな頭痛が起きました。
そのため、娘には飲ませたことはなく、「飲めない薬」として、必ず病院では申し出るように言ってあります。
その娘が、数日前、緊急入院しました。
腹膜炎で絶対安静、点滴はニューキノロンが一般的なんだそうですが、娘が使えないと伝えたところ、弱い抗生剤の点滴にしてくれたそうです。
今日で3日目、やっと重湯から三分粥になりました。
腹膜炎の死亡率は案外高いので、娘が早く受診してくれて、ほっとしました。
新学期が始まったばかりで忙しすぎる時期の入院ですが、来週の退院後も抗生剤の服用を続け、落ち着いたら内視鏡検査があります。
退院後に仕事は行ってもいいそうですが、できるだけ安静を保つのと消化の良い食事といわれたそうで、しばらくは体育の授業は無理でしょうし、感染性胃腸炎の時と同じように(書き足し:娘は私から移ったのではありませんが、3月に感染しました)、給食は無理なのでおかゆ持参になると思います。(書き足し:前にお話したかどうか忘れましたが、娘夫婦は小学校の教員です)
内視鏡の検査次第ですので、まだ楽観はできないようです。
農園主さんの記事を読ませていただいていると、今までネットなどでかたよりなく調べたつもりの情報も、帯に短し襷に長しだったことがよくわかります。
本にしても、ある人は生野菜はよくないと書き、ある人は生野菜を食べなさいと書いていたりしますし、結局はどの情報を信じるかになりますね。
牛の屠殺の話は初めて知りましたが、「牛の苦痛をできるだけ減らす配慮」がなされているとは、びっくりです。
シビアに考えると、牛のためもありますが、ストレスを与えずに屠殺すれば、食肉としてよりおいしいとか、柔らかいとか、そのような影響もあるように思います。
こういうお話を知ると、肉、魚、野菜、あらゆる食べものに感謝して食べるということがいかに大事かと思い知らされます。
自治会のお仕事は、忙しいだけでも大変ですのに、気が休まらないということがよりストレスになりますよね。
男性が美人の看護師さんに血圧をはかってもらうと、通常より高く出る傾向があるそうです(笑)
そんな時は、深呼吸をすると落ち着くとか。
先日、講座を終えたあと、施設内に無料の血圧測定器があるので、やってみました。
なんと、上が180,下が90で、さらに血圧が上がりそうに驚きました。
深呼吸を何度も繰り返してからはかり直すと、130の65くらいになりました。
たった1時間の講座でも、ピアノを弾きっぱなしですし、話もするので、体力と気力を相当使うため、そのあとはこんなに上がっているのかとびっくりです。
真島クリニックのお話ですが、こういう研究をしていらっしゃることに驚きました。
やたらと薬を勧めるお医者さんが多い中で、食事でどれだけ改善されるかという研究は、とてもありがたいですね。
厳密な実行はなかなか難しいかもしれませんが、できる範囲で取り組むことで、必ず改善されていくと思えます。
西村賢太、『苦役列車』しか読んでおらず、食生活を日記にして本にしていたことは知りませんでした。
タクシーの中で意識を失ったそうですが、乗ったところは赤羽(東京都北区)で、私がよく買い物に行くところです。
最近は、コンビニでもスーパーでも手軽にお惣菜が買えるし、加工肉、加工食品を食べる機会も多いかと思いますが、西村賢太のように、毎日のように食べてはだめですね。
買うにしても、ちょっと気をつけることでずいぶん改善すると思いますが、食べたい飲みたいという欲求は、なかなかあらがえないものだというのもわかります。
夫源病のことですが(笑)
これは、大なり小なり誰でも起きることでしょうね。
また逆に、妻が死んでくれたら、と思うダンナさんも多いようです(笑)
夫婦は血のつながりがないので、どうしても血のつながった家族とは関係性が違ってきます。
ささいなことでも、相手が自分の思うとおりにならないと、それはストレスになると思います。
私の場合、好きとか嫌いとかいう以前に、どうも誰かと暮らすこと自体、ストレスにつながるんですよね←ということが最近わかりました。
何もない時はいいのですが、主人の病気など非日常的なことが起きると、精神的にも無用な心配をするし、自分の生活が犠牲になってしまうのがとてもイラっときます(笑)
かといって手を抜くのはいやなので、自分が体調悪くても、頑張って看病してしまうわけです。
いつもあることではないので大きなストレスではないのですが、時間を自分のために使えなくなるというのも、そこそこストレスにはなりますね。
年に2回ほど、主人が2週間くらい上海に行くのですが、その間は天国のようです(笑)
帰宅時間を気にしてご飯の用意をすることもないし、仕事のじゃまも入らないし、洗濯物も少ないし、いいことばかりです(笑)
「亭主元気で留守がいい」と言ったのは、ずいぶん昔のコマーシャルだそうですが、名言ですね(笑)
以前はあまりこういう考えはなかったのですが、おととし主人がコロナになった時、私も長く気管支炎が治らない状態だったので、食事の世話から薬の面倒と、連日苦しいのを無理して頑張りました。
その時、これは老老介護の予行演習かと思い、気持ちまで疲弊しました。
年を取れば取るほど、家族の世話というのは肉体的にも精神的にも負担がかかって当然ですので、そこをどう折り合いをつけて、自分が倒れないようほどほどに手を抜き(笑)、最低限のことをするか、案外難しいところではあります。
最低ラインとして、相手がしてくれたことに「ありがとう」がきちんと言えるかどうかが、これが大事なんですよね。
当たり前のようにされたら、やる気もなくなるし、イライラもします。
こちらから聞かないと、おいしいものをおいしいと言わない、これもダメです。
「言わなくてもわかっていると思う」は通用しませんし、積み重なるとほんものの夫源病に発展するかもしれません(笑)
この世に「当たり前」のことは存在しませんし、生きているうちに伝えるべきことは言わないと、大きな後悔につながると思います←これは、私にも言えることですが。
削りつつも、結局は長く、しかも自分のことばかりになり、申し訳ありませんm(_ _"m)
春先はお天気が変わりやすく、気温差もあったりするので、気をつけてお過ごしくださいね。
同じようなことをやってたんですね(笑)←笑ってごめんなさい。
私も、まさに今、No.1601のお返事が長くなっていたので、一生懸命削っていたところだったんです。
ところが、削ると意味がつながらなくなったりして、結局はなぜか増えていく一方で(笑)
今後は、5000文字でもそれ以上でも、差し支えなければ、2回にわけることなく、削らず、投稿してください。
「余計な労力」は、何にもありませんでしたので、ご心配なく(*^。^*)
適度に文字数を削ったら増やしたら、投稿しますね。
私も、まさに今、No.1601のお返事が長くなっていたので、一生懸命削っていたところだったんです。
ところが、削ると意味がつながらなくなったりして、結局はなぜか増えていく一方で(笑)
今後は、5000文字でもそれ以上でも、差し支えなければ、2回にわけることなく、削らず、投稿してください。
「余計な労力」は、何にもありませんでしたので、ご心配なく(*^。^*)
適度に文字数を
ここでのやりとりがストレスになることはないんですが、ぼくはここで返信をさせていただくとき、毎回書きすぎてしまって、そこから削る作業をするんです。
この削る作業をしておかないとわかりづらい文章になりがちなんですが、前回の投稿が先週土曜日でした。
じつはこの翌日の日曜日が自治会の予算会だったんです。
予算が決まると、月末の自治会の初集会に向けて当面バタバタするのがわかっていました。
もちろん畑仕事も待ったなしの時期です。
それで、まずおもいついたことを書いていたんですが、気が付いたら5000文字になってしまいました。
2回にわけるのもどうかなあという内容でしたし、たぶん時間があったら屠殺の描写はすべて削っていたとおもいますが、推敲すると投稿がずいぶん先になりそうだし……という、妥協の結果の投稿でした。
じぶんで妥協してるのがわかってるからやっぱり気になるんです(笑)
きのう、すこし余裕が出た段階で読み返してみたら、やっぱりダメですね。
訂正箇所が投稿の訂正ですむような性質のものでもなかったため、もうギズモさんがすでに返信を書かれているだろうとはおもったんですが、再投稿させていただきました。
その判断もギズモさんに余計な労力をわずらわせてしまったのではないか……と考えだすと、いまのぼくの状況ではドツボにはまるような話ですから、もうここで考えるのは切り上げます(笑)
それにしても、強い作用をもつ胃薬が強いうつを惹起するというのは、知らない人も多いのではないかとおもいます。
しかも、市販薬として売られてるんですもんね。
ぼくはガスター10が値段の割に錠数が少ないので、もったいないなとおもってパンシロンにしましたが、それまで胃薬はどれも副作用が少ないとおもいこんでいました。
ぼくもギズモさんの経験談を参考に、気を付けるようにします。
この削る作業をしておかないとわかりづらい文章になりがちなんですが、前回の投稿が先週土曜日でした。
じつはこの翌日の日曜日が自治会の予算会だったんです。
予算が決まると、月末の自治会の初集会に向けて当面バタバタするのがわかっていました。
もちろん畑仕事も待ったなしの時期です。
それで、まずおもいついたことを書いていたんですが、気が付いたら5000文字になってしまいました。
2回にわけるのもどうかなあという内容でしたし、たぶん時間があったら屠殺の描写はすべて削っていたとおもいますが、推敲すると投稿がずいぶん先になりそうだし……という、妥協の結果の投稿でした。
じぶんで妥協してるのがわかってるからやっぱり気になるんです(笑)
きのう、すこし余裕が出た段階で読み返してみたら、やっぱりダメですね。
訂正箇所が投稿の訂正ですむような性質のものでもなかったため、もうギズモさんがすでに返信を書かれているだろうとはおもったんですが、再投稿させていただきました。
その判断もギズモさんに余計な労力をわずらわせてしまったのではないか……と考えだすと、いまのぼくの状況ではドツボにはまるような話ですから、もうここで考えるのは切り上げます(笑)
それにしても、強い作用をもつ胃薬が強いうつを惹起するというのは、知らない人も多いのではないかとおもいます。
しかも、市販薬として売られてるんですもんね。
ぼくはガスター10が値段の割に錠数が少ないので、もったいないなとおもってパンシロンにしましたが、それまで胃薬はどれも副作用が少ないとおもいこんでいました。
ぼくもギズモさんの経験談を参考に、気を付けるようにします。
わざわざごていねいに、ありがとうございますm(_ _"m)
大変お気遣いをさせてしまい、本当に申し訳なく思います。
薬のせいでうつが起きたことは、No.1601のお返事の時に、書かせていただくつもりでした。
引用してくださった「薬剤惹起性うつ病」という名前は知らなかったので、とても参考になりました。
ありがとうございます!!
夫源病のことは、誤解はしませんのでだいじょうぶです。
まぁ、当たらずとも遠からず的な話ですので(笑)
長年のおつきあいですので、お気持ちはよくわかっているつもりです。
それより、ここでのやり取りで農園主さんがストレスを抱えてしまったら大変ですので、いっさいのお気遣いはなさらないよう、そして、いつもお返事は無理のないペースでお願いしたいです(^_^;)
ご体調と、現在のお仕事の忙しさもわかっていますので。
えっと、ざっくばらんに言わせていただけたら、「農園主さん、気を遣いすぎです」(笑)
胃が痛くなりますよ(^_^;)
追記 引用してくださった一覧に、H2ブロッカーではないと言われたので、昨年逆流性食道炎の時に飲んで、軽いうつとひどいめまいを起こした「ランソプラゾール」も書かれていました。
この薬の事は、お返事にも書くつもりで下書きに保存してありまし(訂正)たが、これもうつが起きることにちょっと驚きました。
大変お気遣いをさせてしまい、本当に申し訳なく思います。
薬のせいでうつが起きたことは、No.1601のお返事の時に、書かせていただくつもりでした。
引用してくださった「薬剤惹起性うつ病」という名前は知らなかったので、とても参考になりました。
ありがとうございます!!
夫源病のことは、誤解はしませんのでだいじょうぶです。
まぁ、当たらずとも遠からず的な話ですので(笑)
長年のおつきあいですので、お気持ちはよくわかっているつもりです。
それより、ここでのやり取りで農園主さんがストレスを抱えてしまったら大変ですので、いっさいのお気遣いはなさらないよう、そして、いつもお返事は無理のないペースでお願いしたいです(^_^;)
ご体調と、現在のお仕事の忙しさもわかっていますので。
えっと、ざっくばらんに言わせていただけたら、「農園主さん、気を遣いすぎです」(笑)
胃が痛くなりますよ(^_^;)
追記 引用してくださった一覧に、H2ブロッカーではないと言われたので、昨年逆流性食道炎の時に飲んで、軽いうつとひどいめまいを起こした「ランソプラゾール」も書かれていました。
この薬の事は、お返事にも書くつもりで下書きに保存してありまし(訂正)たが、これもうつが起きることにちょっと驚きました。
前回の記事で一部訂正とお詫びがあります。
ふと、胃薬とうつ病の関連性を調べていたら、薬剤惹起性うつ病という名前を目にしました。
https://www.takanohara-ch.or.jp/wordpres...
この記事の中にガスターも含まれていました。
いままで薬剤はうつ病を緩和するものばかりだとおもっていて、まさかうつ病を誘発することがあるとはおもっていませんでした。すみませんでした。
もうひとつ、夫源病について書いたのですが、ギズモさんのご家庭に関連させるような意図はない、ということをお伝えしておきます。
杞憂であればいいのですが、どうも誤解を呼びそうな書き方だったな、と反省しています。
ストレスという話題から無軌道に話が広がってしまったのですが、前回はじつはすこし余裕がなくて、書いたことをあまり推敲できずに投稿してしまいました。
いま読み返してみて、返信しづらい内容になってしまっているとおもいました。ほんとうに申し訳ないことです。
ふと、胃薬とうつ病の関連性を調べていたら、薬剤惹起性うつ病という名前を目にしました。
https://www.takanohara-ch.or.jp/wordpres...
この記事の中にガスターも含まれていました。
いままで薬剤はうつ病を緩和するものばかりだとおもっていて、まさかうつ病を誘発することがあるとはおもっていませんでした。すみませんでした。
もうひとつ、夫源病について書いたのですが、ギズモさんのご家庭に関連させるような意図はない、ということをお伝えしておきます。
杞憂であればいいのですが、どうも誤解を呼びそうな書き方だったな、と反省しています。
ストレスという話題から無軌道に話が広がってしまったのですが、前回はじつはすこし余裕がなくて、書いたことをあまり推敲できずに投稿してしまいました。
いま読み返してみて、返信しづらい内容になってしまっているとおもいました。ほんとうに申し訳ないことです。
お忙しいところ、早速お返事をいただき、ありがとうございます。
今回の食事制限のことはよく理解していますので、却って気を遣わせてしまい、ごめんなさい。
健康のためにと、最近積極的に摂っていた、納豆、オリーブオイルや亜麻仁油、魚などですが、脂質に気をつけないといけないことを教えていただき、ありがとうございます。
昨日、あれからゴマとクルミの脂質を調べて唖然としましたが、確かに油がとれるくらいですから、これは大問題ですね。
うっかり送らなくてよかったです。
私も、摂りすぎに気をつけるようにします。
私としては、いらないと思うものは、はっきりおっしゃっていただくほうが、ずっとうれしいです←勝手にみかんの皮の粉を押しつけたくせに、なにを言ってると反省中(笑)
特に、今回のような健康にかかわるものは、よけいにそう思います。
ですから、申し訳ないとは思わないでくださいね。
みかんの皮の粉を活用していただき、ありがとうございます。
いただいた、お漬物と紫蘇シロップは、昨日でおいしく食べ(飲み)終わりました。
普通の柴漬けも、酸味がある自然の味で、普段食べていた柴漬けとはまったく違う味わいですね。
今年はいつもより花粉の症状がひどいのですが、いただいたスパイスを摂ると、とてもスッキリするので、ありがたく使わせていただいております。
たくさんあるので、カレーやタンドリーチキンだけでなく、ブリ大根など和風の煮物にも入れて、おいしくいただいています。
今日は寒く雨模様ですが、こういう日は花粉の飛散が少ないので助かります。
気温差もあるので、風邪などひかないよう、お気をつけください。
ではまた数日後に(*^。^*)
今回の食事制限のことはよく理解していますので、却って気を遣わせてしまい、ごめんなさい。
健康のためにと、最近積極的に摂っていた、納豆、オリーブオイルや亜麻仁油、魚などですが、脂質に気をつけないといけないことを教えていただき、ありがとうございます。
昨日、あれからゴマとクルミの脂質を調べて唖然としましたが、確かに油がとれるくらいですから、これは大問題ですね。
うっかり送らなくてよかったです。
私も、摂りすぎに気をつけるようにします。
私としては、いらないと思うものは、はっきりおっしゃっていただくほうが、ずっとうれしいです←勝手にみかんの皮の粉を押しつけたくせに、なにを言ってると反省中(笑)
特に、今回のような健康にかかわるものは、よけいにそう思います。
ですから、申し訳ないとは思わないでくださいね。
みかんの皮の粉を活用していただき、ありがとうございます。
いただいた、お漬物と紫蘇シロップは、昨日でおいしく食べ(飲み)終わりました。
普通の柴漬けも、酸味がある自然の味で、普段食べていた柴漬けとはまったく違う味わいですね。
今年はいつもより花粉の症状がひどいのですが、いただいたスパイスを摂ると、とてもスッキリするので、ありがたく使わせていただいております。
たくさんあるので、カレーやタンドリーチキンだけでなく、ブリ大根など和風の煮物にも入れて、おいしくいただいています。
今日は寒く雨模様ですが、こういう日は花粉の飛散が少ないので助かります。
気温差もあるので、風邪などひかないよう、お気をつけください。
ではまた数日後に(*^。^*)
ご連絡ありがとうございます。
このようなご厚意に際して、食事制限をする身はほんとうにつらいです(笑)
クルミと黒ゴマ、どちらも大好物です。
健康によいのもわかりますし、きっととても美味しいのだろうとおもいます。
ただこの一か月余り、極端に食習慣が変わってしまったため、いま家にある脂質を含んだいろんな食材を持て余しているのが現状です。
釈迦もイエスも、じぶんに与えられた贈りものや厚意を断わることはなく、大きなものをいただいても「ありがとう」、小さいものをいただいても「ありがとう」と分け隔てなく喜んだといいます。
この年齢になって、信頼がおける方とであれば、貸しも借りも作りながら生きていくのが正しい、とおもうようになりました。
しかしそのようにありたいとおもいつつも、ぼくはやはり凡愚です(笑)
せっかくのご厚意をお断りしなければならないのがたいへん心苦しいのですが、今回は遠慮させていただこうとおもいます。
なにとぞご理解をいただければとおもいます。申し訳ないです。
そのかわりというわけではありませんが、いまぼくは皮なしの鶏むね肉をサラダチキンにして、それを薄切りにして野菜やキノコや海藻の上に乗せ、陳皮パウダーをたっぷりかけて、市販のかんたん酢を和えたものを、毎日のようにおいしくいただいています。
陳皮パウダー、ティースプーン一杯ぶんを毎回ぜいたくにつかっているのに、まだまだ使えそうです。
気に入ったので、今度からはじぶんで買って補給させていただきます。
ギズモさんからはもうこれまでも物心両面においてじゅうぶんに頂いておりますし、いつもあたたかいお心遣いに感謝しております。
このようなご厚意に際して、食事制限をする身はほんとうにつらいです(笑)
クルミと黒ゴマ、どちらも大好物です。
健康によいのもわかりますし、きっととても美味しいのだろうとおもいます。
ただこの一か月余り、極端に食習慣が変わってしまったため、いま家にある脂質を含んだいろんな食材を持て余しているのが現状です。
釈迦もイエスも、じぶんに与えられた贈りものや厚意を断わることはなく、大きなものをいただいても「ありがとう」、小さいものをいただいても「ありがとう」と分け隔てなく喜んだといいます。
この年齢になって、信頼がおける方とであれば、貸しも借りも作りながら生きていくのが正しい、とおもうようになりました。
しかしそのようにありたいとおもいつつも、ぼくはやはり凡愚です(笑)
せっかくのご厚意をお断りしなければならないのがたいへん心苦しいのですが、今回は遠慮させていただこうとおもいます。
なにとぞご理解をいただければとおもいます。申し訳ないです。
そのかわりというわけではありませんが、いまぼくは皮なしの鶏むね肉をサラダチキンにして、それを薄切りにして野菜やキノコや海藻の上に乗せ、陳皮パウダーをたっぷりかけて、市販のかんたん酢を和えたものを、毎日のようにおいしくいただいています。
陳皮パウダー、ティースプーン一杯ぶんを毎回ぜいたくにつかっているのに、まだまだ使えそうです。
気に入ったので、今度からはじぶんで買って補給させていただきます。
ギズモさんからはもうこれまでも物心両面においてじゅうぶんに頂いておりますし、いつもあたたかいお心遣いに感謝しております。
ざっと読ませていただきましたが、お返事の前に、少々お伺いしたいことがあります。
「医療用のEPA製剤以外の脂質は制限することになります」と書いていらっしゃいますが、黒ゴマやクルミも脂質が多いので、当面は摂らないということになりますか?
来週主人が上海に行くのですが、クルミと黒ゴマを50%ずつ混ぜて、すりごまのようにすったもの(調味料・添加物なし)を買ってくるので、後日お送りしようかと思っていたものですから。
この組み合わせは日本では見かけないもので、ヨーグルトに入れたり、胡麻和えにしたり、重宝しています。
ただ、海外の食品は不安かもしれませんので、伺ってからと考えていました。
私はあまり中国のものを信用していないのですが、これはちゃんとした食品会社の製品で、長年食べています。
もし、お入り用でしたら、後日お送りいたしますが、制限対象になるようでしたらまたの機会にしますので、どちらにしても遠慮なくお知らせください。
急ぎません(o_ _)o))
「医療用のEPA製剤以外の脂質は制限することになります」と書いていらっしゃいますが、黒ゴマやクルミも脂質が多いので、当面は摂らないということになりますか?
来週主人が上海に行くのですが、クルミと黒ゴマを50%ずつ混ぜて、すりごまのようにすったもの(調味料・添加物なし)を買ってくるので、後日お送りしようかと思っていたものですから。
この組み合わせは日本では見かけないもので、ヨーグルトに入れたり、胡麻和えにしたり、重宝しています。
ただ、海外の食品は不安かもしれませんので、伺ってからと考えていました。
私はあまり中国のものを信用していないのですが、これはちゃんとした食品会社の製品で、長年食べています。
もし、お入り用でしたら、後日お送りいたしますが、制限対象になるようでしたらまたの機会にしますので、どちらにしても遠慮なくお知らせください。
急ぎません(o_ _)o))
H2ブロッカーというと、市販薬でガスターがありますね。
あれは強力な胃薬だそうですね。
胃薬を買うときにガスター10を買うか悩みましたが、薬局の薬剤師いわく、あきらかに胃炎の症状が強くてつらいときならおススメするが、ふつうに胃酸があがってくるような感じであれば、パンシロンでよいとのことでした。
あまり長くつかうようなものでもないらしく、一か月続けたとなると、副作用もあったことでしょう。
しかし素人考えではありますが、あるいはストレスによる諸症状の中の、胃痛が解消されたことで、後ろ側に隠れていたうつ症状が前に出てきたということもあるかもしれません。
いま、そのストレスが解消されている状態なのでしたらなによりです。
前回に続いて最近つくづくおもうことですが、ストレスは万病の元ですね。
実力勝負で生き馬の目を抜くような芸能界で活躍する芸能人は、ストレスの多い職業のひとつだとおもいますが、ストイックにやっておられる方ほど、一般的に聞きなじみのないような病を得ることが多いようにおもえます。
個人的にああいう病気は、強いストレスを受けていることも原因ではないかとおもっています。
しかし政治家のように舌が何枚もあって肝の据わった種類の人は、ストレスに強い傾向にあるのではないかという気もします(笑)
ストレスはもちろんよくないといいますが、ストレス負荷の強さや、その長期的な影響と様々な病気との関係性を疫学的に追究したという論文はみつかりませんでした。
以前出てきた話題のようにおもえますが、夫源病というのがあって、ただ夫がそばにいるというだけで妻の心身に不調があらわれる病態があるらしいのです。
その不調のありようはさまざまですが、不定愁訴のような原因のわからないもの、アレルギー疾患から、胃腸の不調、強い更年期障害など。
しかし夫源病の場合、離婚したとたんに長年の宿病がウソのように軽快したという、にわかに信じがたいようなケースもあるようです。
ストレスを受けた際にはコルチゾールやアドレナリンといったホルモンが分泌され、交感神経が刺激されるといいますが、ストレスによるホルモンバランスの変化は、あまり長期間慢性的に受けてよいものではなさそうですね。
ちょっと残酷な話なんですが、牛の屠殺は、牛の苦痛をできるだけ減らすよう行程が完全にシステム化されています。
かといって、食肉にするわけですから麻酔をかけるわけにもいきません。
それで、まず牛の眉間にすさまじい衝撃(ノッキング)を与えるんです。
これで牛は即座に意識を失い、昏倒します。
するとべつの担当者が素早くナイフで頸動脈を切り、またべつの担当者は同時に牛の足をロープにくくります。
この作業は牛の昏倒から数秒でおこなわれます。
放血すると同時に牛は逆さづりになり、一分半で心臓が鼓動したまま体内の血液がすべて流れます。
牛はノッキングからおよそ2分足らずで、失血死することとなります。
これがいちおう苦しみを最大限減らした屠殺方法だというのですが、ノッキングの衝撃の後、牛が苦しみを感じているかというと、なにも感じていないのだそうです。
というのも、ノッキングによって気絶した牛が、ごくまれに放血中に意識を回復することがあります。
するとかわいそうに、意識を回復したとたん一気にストレスが高まり、血圧が上がります。
しかしもう放血しているわけですから、やはり一分半で心臓は止まって死に至ります。
このように意識を回復してしまった個体は、解体すると肉のあちこちに血の染み(血班)が出るそうです。
これはストレスホルモンであるコルチゾールやアドレナリンを大量に分泌したことで一気に血圧をあがり、死までのわずかな時間に毛細血管が切れたために、血班になるというのです。
逆にいえば、意識を失っている間はストレスホルモンも出ず、血圧も上がっていませんから、神経が作用しておらず、苦痛を感じていないというわけです。
強いストレスが、どれほど肉体に影響を与えるかということの一例として、お話させていただきました。
コルチゾールやアドレナリンも、足りないのはそれはそれで疾患の原因にもなるといいますから、ほどよいストレスは必要だと言います。
しかし強いストレスが慢性的にかかっている状態は、やはりよくないでしょうね。
おかげさまで体調は日に日によくなっているんですが、そういえば最近ぼくも、自治会長になったことであれこれ会議に参加する中で、具合がわるくなりました。
4月6日に、ほとんど土木工事のごとき集落の溝掃除のあと、自治会の決算会、そして決算の承認のあと、広域自治会の会議に参加、という日がありました。
一日気が休まらなかったんですが、夜血圧をはかると150-100とひどく高く出て、やはり体調がわるかったんです。
身体を酷使したからというより、精神的ストレスが回復途中の心臓によくなかったのだとおもいます。
そういえば、と教えていただいた深呼吸をおもいだしました。
調べてみると、ただしい深呼吸のやり方があるそうです。
鼻から5秒間息を吸います。
そして口から10秒間息を吐ききったあと、さらに5秒間肺の空気をぜんぶ出すイメージで息を吐きます。
この一連の動作を繰り返すうちに、交感神経優位から副交感神経優位にスイッチが切り替わっていくというのです。
10分ほど深呼吸を繰り返していくうちに、たしかに眠くなってくるような感覚があり、血圧をはかるとまだ高めではあるものの、130-90あたりまで下がっていました。
深呼吸はたしかに効果があるようです。教えていただいてありがとうございました。
梅干しに含まれる有機酸やクエン酸の胃腸の殺菌能力はすばらしいもので、ぼくはほんとうは毎日でも食べたいんですが、塩分を控えている手前、今後は裏山の梅は梅酒にするしかなさそうです。
市販の梅干しはいいお値段しますよね。
土用干しをする手間はありますが、そんなにむずかしいものではないので、ぜひ一度ご自分でおつくりになってみてはいかがでしょう。
こだわりの塩やこだわりの梅、赤しそを用いて、こだわりの塩分濃度でつくれれば、あとは毎年ルーティンですし、何年も日持ちします。
またその梅干しから出た梅酢を利用すれば、ゆかりふりかけや、紅ショウガをつくることもできます。
小泉武夫さんは発酵食で有名な人ですね。
お酒の飲み方、背筋を伸ばして飲むのがよいというのは非常におもしろいです。
そういえば、日本酒のCMをみていると、タレントはみんな背筋をピンと伸ばして杯を傾けているようにおもえます。
ぼくはパソコンを眺めて背筋を丸めながら飲んでいることが多いようにおもえます。気を付けないと(笑)
ちなみにぼくの極端な食生活は、こちらのサイトを参考にしています。
https://majimaclinic22.jp/kanzenyobou/
このクリニックの真島さんは、長年(追記:多くの患者の)全身のエコーで血管プラークの厚みを検査し、食事の改善によってどれだけ血管プラークが減るかを研究しておられます。
一般的な心臓病の食事と似ているようですが、かなり厳密な脂質制限が求められます。
というのも、多くの患者の食生活をたしかめながら血管プラークの変化を調べたところ、たとえば納豆やお豆腐(大豆の脂質)、カラダによいとされるオリーブオイルや亜麻仁油、魚の脂質なども、血管プラークになるという結論に至ったからです。
なので、医療用のEPA製剤以外の脂質は制限することになります。
医療用のEPA製剤は純度が高く、ほぼ全量がEPAなのだそうです。
サプリメントのEPA・DHAだと、たとえばひと粒2gの脂質のうち半分がEPA・DHAで、もう半分は精製しきれなかった魚油(飽和脂肪酸や中性脂肪)になります。
そのたった1~2gでさえ削ったほうがいいというのだから、相当ストイックな話です。
しかしうちのような田舎の医者に「心臓には特に異常がないとおっしゃいましたが、なんにもいわずにEPA製剤をください」と談判したところで、処方してくれるとはおもえません(笑)
なので、仕方なくEPAはサプリメントにして、そのぶんかなり厳密に脂質制限はやっているという次第です。
脂質を制限する以外は「おさかなすきやね」の標語に近い食生活をします。
肉は、脂質がなければ豚ヒレ、ささみ、皮なし鶏むね肉などは問題ありません。
このクリニックの指導食では、健康によいとされる魚も大豆も脂質が含まれている以上はダメ、というのが特徴的なところですね。
納豆毎日1パック(脂質約5g)でも血管プラークは蓄積され、悪影響が出るといいます。
納豆に救われたとおもっているぼくですが、最近は控えるようにしています。
あとは毎日、高濃度のところてんを300g食べろといいます。
これは寒天でもよいというので、ぼくは毎日粉寒天6gを水ゼリーにして食べています。
寒天やテングサは海藻ですから、これが血管プラークの減少にひと役買うというのは、以前お話したとおりで理解できるところです。
そういえば、一年ほど前に西村賢太という作家が54歳で亡くなりました。
非常に破天荒な作家で、破滅の無頼派などともいわれます。
ご存知かもしれませんが、かなり大きな体格をしていて、不摂生丸出しの食生活を日記にしたためて、出版もしていました。
その日記によると、晩年の西村は毎日のように加工肉、加工食品をアテに缶ビールを一本飲んでから焼酎をボトル一本空ける。
外食をしたときは、最初に生ビール、そこから酎ハイを7杯、酒の肴もじゅうぶん食べたあと、ラーメンとかつ丼を店をはしごして食べるというような具合。
で、『最後に、白飯代わりの納豆二パック』を食べていたといいます。
しかしタクシーの中で突然意識を失い、心疾患で帰らぬ人となりました。
どうやら納豆は心疾患や脳疾患を救う決め手にはならないようです。
その理由としては、納豆はたしかに血栓は溶かしてくれますが、心臓の冠状動脈にプラークが溜まりきって梗塞した場合には、どうしようもありません。
血栓どうこうではなくて、プラークそのもので血管が狭窄するところまでいけば、いくら納豆を食べてもムダ、というわけです。
冠状動脈は3本あるそうで、これが3本一気に詰まると、心臓が一気に止まって意識を失います。
その場合は即座にAEDをして措置をしないと、いわゆる瞬間死ということになります。
西村賢太はタクシーで倒れて、病院に着いたときには心臓が止まっていたといいますから、苦しんだあげくの瞬間死だったのでしょう。
ぼくの場合は、一本が詰まるか、あるいは心電図に異常がないということでしたから、これも詰まりきるところさえいかなかったのかもしれません。
それでももうあの痛みはゴメンだと、行動改善が起こるくらい、たいへん痛かったわけです(笑)
いずれにせよ、結局は脂質を制限して(もっといえば標準体重まで減量をして)血管プラークそのものを減らし、血管の中にじゅうぶんな隙間をつくってやらないと、根本的な解決にならないというんですね。
現状維持であれば、「おさかなすきやね」くらいの食生活が理想的なんですが、食事療法で血管プラークを減らす確かな方法は、いまのところ真島さんの方法以外にないようです。
いま血管に大きな問題がない方であれば2~3か月でじゅうぶん結果が出るといいます。
ぼくのような場合は最低でも2年間……といいますが実際には一生、この食事療法が必要なんだそうな。
血管プラークは配管にこびりついたへどろみたいなもので、ほっといて取れるものではないし、パイプ洗浄剤みたいな都合のよい薬もないそうです。
結局、脂質をとらないことでカラダに脂質を入れず、体内の脂質をEPAで置き換えて、海藻やキノコで免疫力を高めて、胆汁酸をコントロールしてコレステロール値を安定させる。
同時に食事制限することで飢餓細胞(貪食細胞)を活性化して、体内のよけいな物質(血管プラークを含む)を食べてもらう、という地道で長期的な食改善が必要なようです。
この一か月、調べていけばいくほど、逃げ場がなくなっていく話でした(笑)
まあそれでも、個人的に納得のいく説明でしたし、こうなった以上やらざるを得ないだろう、とおもって続けています。
いまのところ、あれだけ不穏な状態がよくなっているので、結果は出ているのだとおもいます。
あれは強力な胃薬だそうですね。
胃薬を買うときにガスター10を買うか悩みましたが、薬局の薬剤師いわく、あきらかに胃炎の症状が強くてつらいときならおススメするが、ふつうに胃酸があがってくるような感じであれば、パンシロンでよいとのことでした。
あまり長くつかうようなものでもないらしく、一か月続けたとなると、副作用もあったことでしょう。
しかし素人考えではありますが、あるいはストレスによる諸症状の中の、胃痛が解消されたことで、後ろ側に隠れていたうつ症状が前に出てきたということもあるかもしれません。
いま、そのストレスが解消されている状態なのでしたらなによりです。
前回に続いて最近つくづくおもうことですが、ストレスは万病の元ですね。
実力勝負で生き馬の目を抜くような芸能界で活躍する芸能人は、ストレスの多い職業のひとつだとおもいますが、ストイックにやっておられる方ほど、一般的に聞きなじみのないような病を得ることが多いようにおもえます。
個人的にああいう病気は、強いストレスを受けていることも原因ではないかとおもっています。
しかし政治家のように舌が何枚もあって肝の据わった種類の人は、ストレスに強い傾向にあるのではないかという気もします(笑)
ストレスはもちろんよくないといいますが、ストレス負荷の強さや、その長期的な影響と様々な病気との関係性を疫学的に追究したという論文はみつかりませんでした。
以前出てきた話題のようにおもえますが、夫源病というのがあって、ただ夫がそばにいるというだけで妻の心身に不調があらわれる病態があるらしいのです。
その不調のありようはさまざまですが、不定愁訴のような原因のわからないもの、アレルギー疾患から、胃腸の不調、強い更年期障害など。
しかし夫源病の場合、離婚したとたんに長年の宿病がウソのように軽快したという、にわかに信じがたいようなケースもあるようです。
ストレスを受けた際にはコルチゾールやアドレナリンといったホルモンが分泌され、交感神経が刺激されるといいますが、ストレスによるホルモンバランスの変化は、あまり長期間慢性的に受けてよいものではなさそうですね。
ちょっと残酷な話なんですが、牛の屠殺は、牛の苦痛をできるだけ減らすよう行程が完全にシステム化されています。
かといって、食肉にするわけですから麻酔をかけるわけにもいきません。
それで、まず牛の眉間にすさまじい衝撃(ノッキング)を与えるんです。
これで牛は即座に意識を失い、昏倒します。
するとべつの担当者が素早くナイフで頸動脈を切り、またべつの担当者は同時に牛の足をロープにくくります。
この作業は牛の昏倒から数秒でおこなわれます。
放血すると同時に牛は逆さづりになり、一分半で心臓が鼓動したまま体内の血液がすべて流れます。
牛はノッキングからおよそ2分足らずで、失血死することとなります。
これがいちおう苦しみを最大限減らした屠殺方法だというのですが、ノッキングの衝撃の後、牛が苦しみを感じているかというと、なにも感じていないのだそうです。
というのも、ノッキングによって気絶した牛が、ごくまれに放血中に意識を回復することがあります。
するとかわいそうに、意識を回復したとたん一気にストレスが高まり、血圧が上がります。
しかしもう放血しているわけですから、やはり一分半で心臓は止まって死に至ります。
このように意識を回復してしまった個体は、解体すると肉のあちこちに血の染み(血班)が出るそうです。
これはストレスホルモンであるコルチゾールやアドレナリンを大量に分泌したことで一気に血圧をあがり、死までのわずかな時間に毛細血管が切れたために、血班になるというのです。
逆にいえば、意識を失っている間はストレスホルモンも出ず、血圧も上がっていませんから、神経が作用しておらず、苦痛を感じていないというわけです。
強いストレスが、どれほど肉体に影響を与えるかということの一例として、お話させていただきました。
コルチゾールやアドレナリンも、足りないのはそれはそれで疾患の原因にもなるといいますから、ほどよいストレスは必要だと言います。
しかし強いストレスが慢性的にかかっている状態は、やはりよくないでしょうね。
おかげさまで体調は日に日によくなっているんですが、そういえば最近ぼくも、自治会長になったことであれこれ会議に参加する中で、具合がわるくなりました。
4月6日に、ほとんど土木工事のごとき集落の溝掃除のあと、自治会の決算会、そして決算の承認のあと、広域自治会の会議に参加、という日がありました。
一日気が休まらなかったんですが、夜血圧をはかると150-100とひどく高く出て、やはり体調がわるかったんです。
身体を酷使したからというより、精神的ストレスが回復途中の心臓によくなかったのだとおもいます。
そういえば、と教えていただいた深呼吸をおもいだしました。
調べてみると、ただしい深呼吸のやり方があるそうです。
鼻から5秒間息を吸います。
そして口から10秒間息を吐ききったあと、さらに5秒間肺の空気をぜんぶ出すイメージで息を吐きます。
この一連の動作を繰り返すうちに、交感神経優位から副交感神経優位にスイッチが切り替わっていくというのです。
10分ほど深呼吸を繰り返していくうちに、たしかに眠くなってくるような感覚があり、血圧をはかるとまだ高めではあるものの、130-90あたりまで下がっていました。
深呼吸はたしかに効果があるようです。教えていただいてありがとうございました。
梅干しに含まれる有機酸やクエン酸の胃腸の殺菌能力はすばらしいもので、ぼくはほんとうは毎日でも食べたいんですが、塩分を控えている手前、今後は裏山の梅は梅酒にするしかなさそうです。
市販の梅干しはいいお値段しますよね。
土用干しをする手間はありますが、そんなにむずかしいものではないので、ぜひ一度ご自分でおつくりになってみてはいかがでしょう。
こだわりの塩やこだわりの梅、赤しそを用いて、こだわりの塩分濃度でつくれれば、あとは毎年ルーティンですし、何年も日持ちします。
またその梅干しから出た梅酢を利用すれば、ゆかりふりかけや、紅ショウガをつくることもできます。
小泉武夫さんは発酵食で有名な人ですね。
お酒の飲み方、背筋を伸ばして飲むのがよいというのは非常におもしろいです。
そういえば、日本酒のCMをみていると、タレントはみんな背筋をピンと伸ばして杯を傾けているようにおもえます。
ぼくはパソコンを眺めて背筋を丸めながら飲んでいることが多いようにおもえます。気を付けないと(笑)
ちなみにぼくの極端な食生活は、こちらのサイトを参考にしています。
https://majimaclinic22.jp/kanzenyobou/
このクリニックの真島さんは、長年(追記:多くの患者の)全身のエコーで血管プラークの厚みを検査し、食事の改善によってどれだけ血管プラークが減るかを研究しておられます。
一般的な心臓病の食事と似ているようですが、かなり厳密な脂質制限が求められます。
というのも、多くの患者の食生活をたしかめながら血管プラークの変化を調べたところ、たとえば納豆やお豆腐(大豆の脂質)、カラダによいとされるオリーブオイルや亜麻仁油、魚の脂質なども、血管プラークになるという結論に至ったからです。
なので、医療用のEPA製剤以外の脂質は制限することになります。
医療用のEPA製剤は純度が高く、ほぼ全量がEPAなのだそうです。
サプリメントのEPA・DHAだと、たとえばひと粒2gの脂質のうち半分がEPA・DHAで、もう半分は精製しきれなかった魚油(飽和脂肪酸や中性脂肪)になります。
そのたった1~2gでさえ削ったほうがいいというのだから、相当ストイックな話です。
しかしうちのような田舎の医者に「心臓には特に異常がないとおっしゃいましたが、なんにもいわずにEPA製剤をください」と談判したところで、処方してくれるとはおもえません(笑)
なので、仕方なくEPAはサプリメントにして、そのぶんかなり厳密に脂質制限はやっているという次第です。
脂質を制限する以外は「おさかなすきやね」の標語に近い食生活をします。
肉は、脂質がなければ豚ヒレ、ささみ、皮なし鶏むね肉などは問題ありません。
このクリニックの指導食では、健康によいとされる魚も大豆も脂質が含まれている以上はダメ、というのが特徴的なところですね。
納豆毎日1パック(脂質約5g)でも血管プラークは蓄積され、悪影響が出るといいます。
納豆に救われたとおもっているぼくですが、最近は控えるようにしています。
あとは毎日、高濃度のところてんを300g食べろといいます。
これは寒天でもよいというので、ぼくは毎日粉寒天6gを水ゼリーにして食べています。
寒天やテングサは海藻ですから、これが血管プラークの減少にひと役買うというのは、以前お話したとおりで理解できるところです。
そういえば、一年ほど前に西村賢太という作家が54歳で亡くなりました。
非常に破天荒な作家で、破滅の無頼派などともいわれます。
ご存知かもしれませんが、かなり大きな体格をしていて、不摂生丸出しの食生活を日記にしたためて、出版もしていました。
その日記によると、晩年の西村は毎日のように加工肉、加工食品をアテに缶ビールを一本飲んでから焼酎をボトル一本空ける。
外食をしたときは、最初に生ビール、そこから酎ハイを7杯、酒の肴もじゅうぶん食べたあと、ラーメンとかつ丼を店をはしごして食べるというような具合。
で、『最後に、白飯代わりの納豆二パック』を食べていたといいます。
しかしタクシーの中で突然意識を失い、心疾患で帰らぬ人となりました。
どうやら納豆は心疾患や脳疾患を救う決め手にはならないようです。
その理由としては、納豆はたしかに血栓は溶かしてくれますが、心臓の冠状動脈にプラークが溜まりきって梗塞した場合には、どうしようもありません。
血栓どうこうではなくて、プラークそのもので血管が狭窄するところまでいけば、いくら納豆を食べてもムダ、というわけです。
冠状動脈は3本あるそうで、これが3本一気に詰まると、心臓が一気に止まって意識を失います。
その場合は即座にAEDをして措置をしないと、いわゆる瞬間死ということになります。
西村賢太はタクシーで倒れて、病院に着いたときには心臓が止まっていたといいますから、苦しんだあげくの瞬間死だったのでしょう。
ぼくの場合は、一本が詰まるか、あるいは心電図に異常がないということでしたから、これも詰まりきるところさえいかなかったのかもしれません。
それでももうあの痛みはゴメンだと、行動改善が起こるくらい、たいへん痛かったわけです(笑)
いずれにせよ、結局は脂質を制限して(もっといえば標準体重まで減量をして)血管プラークそのものを減らし、血管の中にじゅうぶんな隙間をつくってやらないと、根本的な解決にならないというんですね。
現状維持であれば、「おさかなすきやね」くらいの食生活が理想的なんですが、食事療法で血管プラークを減らす確かな方法は、いまのところ真島さんの方法以外にないようです。
いま血管に大きな問題がない方であれば2~3か月でじゅうぶん結果が出るといいます。
ぼくのような場合は最低でも2年間……といいますが実際には一生、この食事療法が必要なんだそうな。
血管プラークは配管にこびりついたへどろみたいなもので、ほっといて取れるものではないし、パイプ洗浄剤みたいな都合のよい薬もないそうです。
結局、脂質をとらないことでカラダに脂質を入れず、体内の脂質をEPAで置き換えて、海藻やキノコで免疫力を高めて、胆汁酸をコントロールしてコレステロール値を安定させる。
同時に食事制限することで飢餓細胞(貪食細胞)を活性化して、体内のよけいな物質(血管プラークを含む)を食べてもらう、という地道で長期的な食改善が必要なようです。
この一か月、調べていけばいくほど、逃げ場がなくなっていく話でした(笑)
まあそれでも、個人的に納得のいく説明でしたし、こうなった以上やらざるを得ないだろう、とおもって続けています。
いまのところ、あれだけ不穏な状態がよくなっているので、結果は出ているのだとおもいます。
病院に、それも自治会の書類をお預けになってから行かれたとのことですが、よくない結果を予期して、相当意を決して受診なさったことでしょう。
エコーまでして異状なしは安心ではありますが、その場でまだ違和感があったというのでは、逆に検査結果を疑うお気持ちになったかもしれません。
検査で異状が見つからなくても、身体が「気をつけなさい」というシグナルを発している状態なのでしょう。
ずいぶん前ですが、ずっと胃の具合が悪く、病院に行きました。
胃潰瘍かもしれないとのことで、H2ブロッカー薬を一ヶ月飲まされました。
けっこう大変な副作用が起きましたが、その中でどうにもつらかったのが、鬱でした。
薬は、体だけでなく、精神面にも作用するんですね。
一ヶ月後も胃の状態が軽快していないため、胃カメラの検査をしましたが、検査の間に医師が何度も「あれ?あれ?」と言うんです。
それを聞いて血の気が引き、たぶん顔面蒼白になっていたはずです(笑)
これはもう癌かと。
ところが結果は「異状なし」でした。
医師が言うには、潰瘍もなければ、薬で潰瘍が治ったあともなく、異状なしと。
実際、胃の不調は続いていたので、農園主さんのように、狐につままれた気分でした(笑)
こうなると、どんな医者でも診断はひとつ。
「ストレスですね」・・・・・・・・。
私が思うに、たまたま起きた胃の不具合が、薬によって助長されてしまったのだと。
確かしばらくして治った記憶はありますが、食べたものや生活状況、睡眠時間など、いろいろな原因(遠因)で、胃腸はすぐ影響がでますね。
食事で健康を保つのは、簡単なようでなかなか難しい面もありますが、いろいろと研究なさって取り組んでいらっしゃるのには、頭が下がります。
梅干しのお話、たった小梅ふたつでそんなに違うものなんですね。
夏の脱水症予防も、水分プラス塩分と言いますし、適度な塩分は必要ですね。
「人生の大事さは人生の後半になって徐々に理解できてくるのだなあと~」、これ、ものすごく同感します。
私の場合、徐々にではなく、いきなりでした。
一日を大切に生きることとか、健康が一番とか、わかったつもりになっていて、きちんと向き合うことをせず、その大切さにまったく気づいていませんでしたが、最近、突然悟りをひらいたように理解できたんですよね(笑)
ここからは引用した話になりますが、そのひとつめは、農園主さんの記事が投稿される数時間前に見つけた話です。
サッカー元日本代表、鈴木啓太氏(知りませんが(笑))の話の抜粋です。
この鈴木氏の話をもっと早く読んでいたら、先日の感染性胃腸炎を簡単に乗り越えられたかもしれないと、いたく後悔しました(笑)
「おさかなすきやね」は、ゆるゆるペースで続けていますが、梅干しもプラスし、「おさかなすきやね、うめ~~!!」で行きます(笑)
とは言え、庶民の味方のはずが、なんでこんなに高いんでしょうね~。
サプリより高いです(-_-;)
そして、塩分控えめとか、はちみつ入りとかで、梅干し本来のおいしさがなくなっていますね。
数日前、急に出先で二時間ほど時間をつぶさなくてはならなくなり、困りました。
しかたなくたまにお参りしている真言宗のお寺に行ってみたのですが、ちょうど桜が満開で、花まつり期間ということもあり、賑わっていました。
小さなお釈迦様に甘茶をかけたり、おみくじをひいたり、お不動さまにお参りしたりして、なんとか30分ほど過ごしました。
その後、本屋さんで本を買って、マックで読もうと思いましたが、さびれた本屋さんで、文庫の新刊も満足にありませんでした。
20分も迷った末(この時点で50分つぶせました(笑))、東京農業大学名誉教授の小泉武夫さんという方の『江戸の健康食』という文庫を買いました。
初版は2024年5月です。
マックの中でパラパラ、ほんの数ページ読んだだけですし、農園主さんには釈迦に説法ですが、ちょっと興味をひいたところを引用しますね。
まず、「まえがき」から(書き足し)抜粋した引用です。
このあと、
甘酒・納豆・味噌汁・漬物・糠みそ・豆腐・凍りもの・蕎麦・天麩羅・煮物・梅干し・粥・鯨・貝・刺身・干物・大根・干し野菜・芋・食花・葱etc.と、ひとつの食品について、健康効果や説明が3ページずつ書かれているのですが、「梅干し」のところでは、
最後の項目として、日本酒について書いてあるのですが、おもしろいところを抜粋します。
長唄も、要するに深く息を吸って静かに吐き出すので、体内に残った酒精が吐息とともに排出される、ということでした。
やはり姿勢は大事なんですね。
姿勢が悪いと体内に酸素を送る量が激減するので、呼吸器や内臓に悪影響がでて当然です。
上体のストレッチ、さっそくやっています。ありがとうございます。
ストレッチチューブ、持っていますが、8の字ではなくまっすぐで、30cmくらいのものです。
数年前買いましたが、見るだけになっています(笑)
伸ばすとずいぶんと気持ちがいいですね。
呼吸が楽になるだけでなく、肩こりや目にも効果があります。
頑張って(というほどのことでもないですが)、続けます!!
任意保険の値上がり、ひどすぎますね。
段階的に上がるのでも納得できないのに、いきなりその上がり方はおかしいです。
お仕事で不可欠なものなのに、情け容赦もない仕打ちです。
物価の高騰はある程度はしかたないとしても、あまりに理不尽な値上がりは、どこかで止まってくれないと、暮らしが立ち行かなくなる人がどんどん増えてくるように思います。
エコーまでして異状なしは安心ではありますが、その場でまだ違和感があったというのでは、逆に検査結果を疑うお気持ちになったかもしれません。
検査で異状が見つからなくても、身体が「気をつけなさい」というシグナルを発している状態なのでしょう。
ずいぶん前ですが、ずっと胃の具合が悪く、病院に行きました。
胃潰瘍かもしれないとのことで、H2ブロッカー薬を一ヶ月飲まされました。
けっこう大変な副作用が起きましたが、その中でどうにもつらかったのが、鬱でした。
薬は、体だけでなく、精神面にも作用するんですね。
一ヶ月後も胃の状態が軽快していないため、胃カメラの検査をしましたが、検査の間に医師が何度も「あれ?あれ?」と言うんです。
それを聞いて血の気が引き、たぶん顔面蒼白になっていたはずです(笑)
これはもう癌かと。
ところが結果は「異状なし」でした。
医師が言うには、潰瘍もなければ、薬で潰瘍が治ったあともなく、異状なしと。
実際、胃の不調は続いていたので、農園主さんのように、狐につままれた気分でした(笑)
こうなると、どんな医者でも診断はひとつ。
「ストレスですね」・・・・・・・・。
私が思うに、たまたま起きた胃の不具合が、薬によって助長されてしまったのだと。
確かしばらくして治った記憶はありますが、食べたものや生活状況、睡眠時間など、いろいろな原因(遠因)で、胃腸はすぐ影響がでますね。
食事で健康を保つのは、簡単なようでなかなか難しい面もありますが、いろいろと研究なさって取り組んでいらっしゃるのには、頭が下がります。
梅干しのお話、たった小梅ふたつでそんなに違うものなんですね。
夏の脱水症予防も、水分プラス塩分と言いますし、適度な塩分は必要ですね。
「人生の大事さは人生の後半になって徐々に理解できてくるのだなあと~」、これ、ものすごく同感します。
私の場合、徐々にではなく、いきなりでした。
一日を大切に生きることとか、健康が一番とか、わかったつもりになっていて、きちんと向き合うことをせず、その大切さにまったく気づいていませんでしたが、最近、突然悟りをひらいたように理解できたんですよね(笑)
ここからは引用した話になりますが、そのひとつめは、農園主さんの記事が投稿される数時間前に見つけた話です。
サッカー元日本代表、鈴木啓太氏(知りませんが(笑))の話の抜粋です。
「2004年アテネオリンピックのアジア最終予選の時、ドバイに到着して3日後くらいから、一人また一人と下痢に苦しむ選手が増えていき、最終的には代表メンバーの23人中18人が下痢になりました。
それも単なる下痢ではありません。猛烈にひどい水下痢です。しかも、もうすぐキックオフ。
試合開始の5分前にまでトイレに行列ができていたことなんて、サッカー日本代表の歴史上いまだかつてなかったと思います(笑)
冗談半分で「もうオムツつけてプレーするしかない!」とか言ってる奴がいて、笑うしかありませんでした(笑)
しかし僕は代表23人のメンバーのうちで、下痢をしなかった5人の一人でした。なぜ下痢をしなかったのか。僕はその理由をはっきりと言えます。
それは食後にはいつも温かい緑茶を飲み梅干しを食べていたからです。
静岡出身だからというわけでもないのですが、海外遠征にはいつも緑茶を持参します。
それと、祖母から代々続く手作りの梅干しも持っていきます。
この鈴木氏の話をもっと早く読んでいたら、先日の感染性胃腸炎を簡単に乗り越えられたかもしれないと、いたく後悔しました(笑)
「おさかなすきやね」は、ゆるゆるペースで続けていますが、梅干しもプラスし、「おさかなすきやね、うめ~~!!」で行きます(笑)
とは言え、庶民の味方のはずが、なんでこんなに高いんでしょうね~。
サプリより高いです(-_-;)
そして、塩分控えめとか、はちみつ入りとかで、梅干し本来のおいしさがなくなっていますね。
数日前、急に出先で二時間ほど時間をつぶさなくてはならなくなり、困りました。
小さなお釈迦様に甘茶をかけたり、おみくじをひいたり、お不動さまにお参りしたりして、なんとか30分ほど過ごしました。
その後、本屋さんで本を買って、マックで読もうと思いましたが、さびれた本屋さんで、文庫の新刊も満足にありませんでした。
20分も迷った末(この時点で50分つぶせました(笑))、東京農業大学名誉教授の小泉武夫さんという方の『江戸の健康食』という文庫を買いました。
初版は2024年5月です。
マックの中でパラパラ、ほんの数ページ読んだだけですし、農園主さんには釈迦に説法ですが、ちょっと興味をひいたところを引用しますね。
まず、「まえがき」から(書き足し)抜粋した引用です。
江戸期は学問、文芸、芸術などが一大発展し、今日の日本文化の礎となった時代であった。食文化ににおいても、日本人の「和食を中心とする食事形態」がこの時代に定着し、形づくられていった。
江戸時代には、「食べものは医者である」「食べものは薬である」という、「医食同源」「薬食同源」の考え方が、すでに料理にあまねく浸透していたということだ。
江戸時代全体を通して、飲食と健康にかかわる諺が多数出てくることも興味をそそられる。
これらの諺は、「食事が心と体を育むのに、いかに大切なことか」をひろく大衆に伝えることにつながっていた。
病院もなく、医者に診てもらえる人もわずか、そのうえ薬も簡単には手に入らない江戸の人たちへの教育手段のひとつだったのである。
「朝茶は七里帰っても飲め」「朝茶はその日の難のがれ」。朝のお茶は心を落ちつけ、心身を醒まし、胃の働きを活発にしてくれる。健康上はなはだよろしい。
このあと、
甘酒・納豆・味噌汁・漬物・糠みそ・豆腐・凍りもの・蕎麦・天麩羅・煮物・梅干し・粥・鯨・貝・刺身・干物・大根・干し野菜・芋・食花・葱etc.と、ひとつの食品について、健康効果や説明が3ページずつ書かれているのですが、「梅干し」のところでは、
梅干しの「整腸・食欲増進・殺菌作用」だけでなく、紫蘇の薬理効果「鎮咳・健胃・解毒・防腐」もあると書かれています。
最後の項目として、日本酒について書いてあるのですが、おもしろいところを抜粋します。
二日酔いのときは長唄の二曲も唄うべし。
文化二年のハウツー本『武家飲酒肝要記』の中の「余酔予防の法」、二日酔いにならない方法というのがあり、現代医学からみてもうまく説明がつくので感心させられる。
その極意のひとつに「背を丸めて飲むことは甚だ不可である。必ず背筋を伸ばし、正しい姿勢で嗜む可し」と説いている。
これは背を丸めて飲むと、体内に送り込まれる酸素の量が少なくなる。姿勢をピンを張って飲むと、酸素が多くなる。
呼吸のとき、呼気とともに体内の未消化の酒精分の一部が排出され、さらに体内に新鮮な酸素が供給されるので、酒精の体内酸化分解も促進され、酔った体に優しさが加わる。
長唄も、要するに深く息を吸って静かに吐き出すので、体内に残った酒精が吐息とともに排出される、ということでした。
やはり姿勢は大事なんですね。
姿勢が悪いと体内に酸素を送る量が激減するので、呼吸器や内臓に悪影響がでて当然です。
上体のストレッチ、さっそくやっています。ありがとうございます。
ストレッチチューブ、持っていますが、8の字ではなくまっすぐで、30cmくらいのものです。
数年前買いましたが、見るだけになっています(笑)
伸ばすとずいぶんと気持ちがいいですね。
呼吸が楽になるだけでなく、肩こりや目にも効果があります。
頑張って(というほどのことでもないですが)、続けます!!
任意保険の値上がり、ひどすぎますね。
段階的に上がるのでも納得できないのに、いきなりその上がり方はおかしいです。
お仕事で不可欠なものなのに、情け容赦もない仕打ちです。
物価の高騰はある程度はしかたないとしても、あまりに理不尽な値上がりは、どこかで止まってくれないと、暮らしが立ち行かなくなる人がどんどん増えてくるように思います。
延命のお話、興味深くうかがわせていただきました。
「なんの苦痛もなく、必ず死ねる薬(のようなもの)を支給され、いつでも自分の希望で自分にのみ使用していい」という制度があったら、たぶん若いときのぼくなら、もう使っちゃってこの世にいないでしょう(笑)
この年になってつくづくおもうのが、人生の大事さは人生の後半になって徐々に理解できてくるのだなあと。
若いうちはだれもがそうだとおもいますが、生きることに無鉄砲で無邪気です。
死に対しても無邪気に対峙してしまいます。
いまのわれわれからみれば、「まだまだ大丈夫」とおもうようなことでも、若いころのじぶんからすれば、もう退路がなくなるほど追い込まれて、死ぬしかないとおもい詰めることもあります。
このときの「死ぬしかない」は、実際にはあまりにも死に対して無邪気な態度だともおもいます。
しかしそれはおそらく、若いうちは死からの明確なアプローチ(苦痛や絶望)を繰り返し味わう経験が少ないからでしょう。
いまぼくの手に、その薬があったらどうするでしょう。
きっとつかわないとおもいます。むしろ、いつでもラクに死ねるのだからと、積極的に生きることを選択するかもしれません。
でも将来回復の見込みのない病を得たとき、ぼくがどのように考えるか……そこは、ぼくにはやはり生きる執着が強いと知ったいま、やっぱりまだ答えが出ないところです(笑)
ところで先日、意を決して病院に行ってみました。
前日にすこし強めの運動をしたせいか、胸の痛みが再発し、そのときの血圧が上150下100と、かなり高めに出たからです。
それでもその日の夜は、結局痛みをこらえてひと晩過ごしました(笑)
ひとり暮らしですから、もしかして入院になってはいけないから、数日分の衣服と、歯ブラシセット、タオルなどを準備して、翌朝、ご近所さんに自治会のしばらく先までの書類を預けました。
その際、ご近所さんがひどく心配してくださって、申し訳なかったです。
それで、病院で血圧を測ってもらい、レントゲン、心電図、エコー検査とやってもらって、出た結果が、「異状なし」でした。
……。
え?
血圧も下がっていて、ほかも異常らしい異常はないとのこと。
ただ、ぼくとしてはその瞬間も心臓に違和感があるので、これはいったいどうしたことかと狐につままれた気分です。
じぶんで勝手に治療まがいの対処をしていたから、数字にあらわれなかったのかもしれません。
ご近所さんに預けた書類は、帰宅後すぐにお詫びとともに引き取りました(笑)
いずれにせよ、医者が異常なしというのでは仕方がありません。
家に帰って血圧を測ると、胸の痛みはあるものの、前日の高血圧がウソのように、低めに出ました。
こうなると、もうあきらめたのと同時に、いままで取り組んだ食事療法でどうにかするしかないと、腹を決めました。
じつはいま、ぼくはちょっと極端な食生活をしています。
というのが、塩分をひかえて、無脂肪の食事です。
たんぱく質はささみ、鶏むね肉、タラなどから摂取して、海藻やきのこ、野菜を積極的にいただきます。
炭水化物は控えていませんが、これまで大好きだったインスタント麺は食べるのをやめました。
家にある、たくさんのインスタント麺や、マヨネーズなどの脂っけをどうするかが、目下の悩み事です(笑)
症状が出て以来、痛みのつよいときに絶食していたこともあってか、この一か月で5kgほど落ちました。
それでも肥満体形なのは変わりません。
おそらくこういう食生活を半年ほどで、ようやく標準体形になるでしょうけど、今回はなんだか自然と減量できそうな気がします。
血管がプラークで狭窄している場合、この詰まりを改善するには、口からEPA以外のよけいな脂質を摂取しないことと、空腹状態をつくって貪食細胞に体内の脂質を分解させるほかないそうです。
ちなみに塩分をひかえるのは、血圧が安定していて健康な人はやらなくていいようです。
というのも、塩分をひかえるとたしかに血圧は下がるのですが、重要なのは血管のプラーク(詰まり)を減らすことで、このためには脂質制限が必要になります。
血管の通りさえよければ血圧は自然と下がるとのこと。
ただぼくは降圧剤も飲んでいませんから、今回とおなじ症状を再発させないくらい減量して血圧が安定するまでは、当面塩分制限で降圧するのがよいという自己判断です。
塩分制限の食事はたしかに味気ないんですが、おそらく生き物としての人間の本来の食事はこんなものなんだとおもいます。
塩や脂は、ぼく自身がお手本ですが、人間の食欲を文字通り病的なまでに亢進するのかもしれません。
とはいえ、あまり塩分を制限しすぎると、血圧が急に下がりすぎるからか、頭がボーっとして困りました。
まさか塩分をとったらどうなるだろうと、小梅の梅干しを2つ食べたんですが、翌朝頭がはっきりして、こうも変わるものかとおどろきました。
なにごとも、あんまりストイックにやるのはよくないですね(笑)
症状が出て3週間ほどは手足の冷えがかなりつらかったんですが、血流が戻ってきたのか、気温が上がってきたからか、この一週間ほどはずいぶんラクになりました。
胃のせりあがってくるような不快感も、ここ一週間ほどで急に改善してきました。
すこし前までは、「パンシロン01+」という胃腸薬を、毎日3回欠かさず飲んでいました。
ここ数日は一日ひと袋飲むか飲まないかといったところです。
ギズモさんにアドバイスをいただいた深呼吸なんですが、意識してするようにしました。
胸の痛みが強いときは深呼吸もおそるおそるでしたが、最近はかなり痛みがマシになってきたので、ぐーっと吸って、息を止めて、ゆっくり吐くを繰り返しています。
負荷をかけて心拍を上げ続けるとまた違和感が出ることがわかったので、たとえば山にしいたけを取りに行くようなときは、すこし登ったら深呼吸して息をととのえて、できるだけ心拍を安定させながら作業するようにしています。
もしあれが心筋梗塞だった場合、そのうち心臓が壊死した心筋をカバーするように毛細血管が発達して、機能を取り戻していくようです。
しかし40代のうちにこのような病気を得たのは、幸運だったかもしれません。
というのも、仮に心筋梗塞だったとしても、突然死することなく、一か月ほどでかなり回復傾向にあり、相対的にみれば症状が軽かったこと。
それと、この一か月で血圧を下げるための食事療法を学びましたが、これはそのままガン予防の食事療法であり、糖尿病予防の食事療法だったからです。
あのままいままでとおなじ食生活をしていたら、近いうちに糖尿病になるのはまちがいなかったし、ガンにかかっていた可能性も高いとおもいます。
それでも決定的な痛みがなかったら、やめることはできなかったことでしょう。
バカボンパパじゃないけど、「これでいいのだ」という気がしています(笑)
すみません。また今回もじぶんのカラダの話になってしまいました(笑)
所得の話ですが、先日車の任意保険の更新の手紙がきました。
なんと去年から6000円以上も値上げです。
商用軽トラの27000円の保険が、33000円になっていました。
仕方なく、弁護士特約を削って、ほんとうにシンプルな対人対物無制限だけの保険にしたのですが、それでも30000円は切りませんでした。
お米の値段もそうですが、物価高の影響をみていると、なんだか庶民ばかりがいじめられているようで、悲しくなりますね。
でもそういう時代にこそ、一緒に苦労している人の暮らしをおもいやって、ぼく自身も生活のたのしい部分に目を向けて、生活を彩っていきたいとおもいます。
ギズモさんも、逆流性食道炎にお悩みなんですね。
姿勢や呼吸は無意識のものなので、なかなか矯正するといってもうまくいかないんですよね。
姿勢矯正のアイテムもいろいろありますが、個人的にはこういうので姿勢を治そうとすると、逆に慣れない姿勢でカラダに負担がかかることがありました。
その姿勢になっていること自体が、なにかの痛みを反らすためだったり、負荷を避けようとしてそうなっているからでしょう。
ぼくはいまは、椅子に座っているときは8の字になったストレッチチューブをそばに置いて、定期的に上半身を伸ばすようにしています。
なんということはない運動なんですが、意外と筋肉が伸びているようで、翌朝、車をバックさせるときに背中と首を曲げるのが、すこしラクになります(笑)
ストレッチチューブがなくても、手を上に伸ばして、上体を右へ左へとストレッチするだけでも、きっといい気分転換になりますから、身体が前傾になっていることに気づいたときにでも、ぜひ一度お試しください。
「なんの苦痛もなく、必ず死ねる薬(のようなもの)を支給され、いつでも自分の希望で自分にのみ使用していい」という制度があったら、たぶん若いときのぼくなら、もう使っちゃってこの世にいないでしょう(笑)
この年になってつくづくおもうのが、人生の大事さは人生の後半になって徐々に理解できてくるのだなあと。
若いうちはだれもがそうだとおもいますが、生きることに無鉄砲で無邪気です。
死に対しても無邪気に対峙してしまいます。
いまのわれわれからみれば、「まだまだ大丈夫」とおもうようなことでも、若いころのじぶんからすれば、もう退路がなくなるほど追い込まれて、死ぬしかないとおもい詰めることもあります。
このときの「死ぬしかない」は、実際にはあまりにも死に対して無邪気な態度だともおもいます。
しかしそれはおそらく、若いうちは死からの明確なアプローチ(苦痛や絶望)を繰り返し味わう経験が少ないからでしょう。
いまぼくの手に、その薬があったらどうするでしょう。
きっとつかわないとおもいます。むしろ、いつでもラクに死ねるのだからと、積極的に生きることを選択するかもしれません。
でも将来回復の見込みのない病を得たとき、ぼくがどのように考えるか……そこは、ぼくにはやはり生きる執着が強いと知ったいま、やっぱりまだ答えが出ないところです(笑)
ところで先日、意を決して病院に行ってみました。
前日にすこし強めの運動をしたせいか、胸の痛みが再発し、そのときの血圧が上150下100と、かなり高めに出たからです。
それでもその日の夜は、結局痛みをこらえてひと晩過ごしました(笑)
ひとり暮らしですから、もしかして入院になってはいけないから、数日分の衣服と、歯ブラシセット、タオルなどを準備して、翌朝、ご近所さんに自治会のしばらく先までの書類を預けました。
その際、ご近所さんがひどく心配してくださって、申し訳なかったです。
それで、病院で血圧を測ってもらい、レントゲン、心電図、エコー検査とやってもらって、出た結果が、「異状なし」でした。
……。
え?
血圧も下がっていて、ほかも異常らしい異常はないとのこと。
ただ、ぼくとしてはその瞬間も心臓に違和感があるので、これはいったいどうしたことかと狐につままれた気分です。
じぶんで勝手に治療まがいの対処をしていたから、数字にあらわれなかったのかもしれません。
ご近所さんに預けた書類は、帰宅後すぐにお詫びとともに引き取りました(笑)
いずれにせよ、医者が異常なしというのでは仕方がありません。
家に帰って血圧を測ると、胸の痛みはあるものの、前日の高血圧がウソのように、低めに出ました。
こうなると、もうあきらめたのと同時に、いままで取り組んだ食事療法でどうにかするしかないと、腹を決めました。
じつはいま、ぼくはちょっと極端な食生活をしています。
というのが、塩分をひかえて、無脂肪の食事です。
たんぱく質はささみ、鶏むね肉、タラなどから摂取して、海藻やきのこ、野菜を積極的にいただきます。
炭水化物は控えていませんが、これまで大好きだったインスタント麺は食べるのをやめました。
家にある、たくさんのインスタント麺や、マヨネーズなどの脂っけをどうするかが、目下の悩み事です(笑)
症状が出て以来、痛みのつよいときに絶食していたこともあってか、この一か月で5kgほど落ちました。
それでも肥満体形なのは変わりません。
おそらくこういう食生活を半年ほどで、ようやく標準体形になるでしょうけど、今回はなんだか自然と減量できそうな気がします。
血管がプラークで狭窄している場合、この詰まりを改善するには、口からEPA以外のよけいな脂質を摂取しないことと、空腹状態をつくって貪食細胞に体内の脂質を分解させるほかないそうです。
ちなみに塩分をひかえるのは、血圧が安定していて健康な人はやらなくていいようです。
というのも、塩分をひかえるとたしかに血圧は下がるのですが、重要なのは血管のプラーク(詰まり)を減らすことで、このためには脂質制限が必要になります。
血管の通りさえよければ血圧は自然と下がるとのこと。
ただぼくは降圧剤も飲んでいませんから、今回とおなじ症状を再発させないくらい減量して血圧が安定するまでは、当面塩分制限で降圧するのがよいという自己判断です。
塩分制限の食事はたしかに味気ないんですが、おそらく生き物としての人間の本来の食事はこんなものなんだとおもいます。
塩や脂は、ぼく自身がお手本ですが、人間の食欲を文字通り病的なまでに亢進するのかもしれません。
とはいえ、あまり塩分を制限しすぎると、血圧が急に下がりすぎるからか、頭がボーっとして困りました。
まさか塩分をとったらどうなるだろうと、小梅の梅干しを2つ食べたんですが、翌朝頭がはっきりして、こうも変わるものかとおどろきました。
なにごとも、あんまりストイックにやるのはよくないですね(笑)
症状が出て3週間ほどは手足の冷えがかなりつらかったんですが、血流が戻ってきたのか、気温が上がってきたからか、この一週間ほどはずいぶんラクになりました。
胃のせりあがってくるような不快感も、ここ一週間ほどで急に改善してきました。
すこし前までは、「パンシロン01+」という胃腸薬を、毎日3回欠かさず飲んでいました。
ここ数日は一日ひと袋飲むか飲まないかといったところです。
ギズモさんにアドバイスをいただいた深呼吸なんですが、意識してするようにしました。
胸の痛みが強いときは深呼吸もおそるおそるでしたが、最近はかなり痛みがマシになってきたので、ぐーっと吸って、息を止めて、ゆっくり吐くを繰り返しています。
負荷をかけて心拍を上げ続けるとまた違和感が出ることがわかったので、たとえば山にしいたけを取りに行くようなときは、すこし登ったら深呼吸して息をととのえて、できるだけ心拍を安定させながら作業するようにしています。
もしあれが心筋梗塞だった場合、そのうち心臓が壊死した心筋をカバーするように毛細血管が発達して、機能を取り戻していくようです。
しかし40代のうちにこのような病気を得たのは、幸運だったかもしれません。
というのも、仮に心筋梗塞だったとしても、突然死することなく、一か月ほどでかなり回復傾向にあり、相対的にみれば症状が軽かったこと。
それと、この一か月で血圧を下げるための食事療法を学びましたが、これはそのままガン予防の食事療法であり、糖尿病予防の食事療法だったからです。
あのままいままでとおなじ食生活をしていたら、近いうちに糖尿病になるのはまちがいなかったし、ガンにかかっていた可能性も高いとおもいます。
それでも決定的な痛みがなかったら、やめることはできなかったことでしょう。
バカボンパパじゃないけど、「これでいいのだ」という気がしています(笑)
すみません。また今回もじぶんのカラダの話になってしまいました(笑)
所得の話ですが、先日車の任意保険の更新の手紙がきました。
なんと去年から6000円以上も値上げです。
商用軽トラの27000円の保険が、33000円になっていました。
仕方なく、弁護士特約を削って、ほんとうにシンプルな対人対物無制限だけの保険にしたのですが、それでも30000円は切りませんでした。
お米の値段もそうですが、物価高の影響をみていると、なんだか庶民ばかりがいじめられているようで、悲しくなりますね。
でもそういう時代にこそ、一緒に苦労している人の暮らしをおもいやって、ぼく自身も生活のたのしい部分に目を向けて、生活を彩っていきたいとおもいます。
ギズモさんも、逆流性食道炎にお悩みなんですね。
姿勢や呼吸は無意識のものなので、なかなか矯正するといってもうまくいかないんですよね。
姿勢矯正のアイテムもいろいろありますが、個人的にはこういうので姿勢を治そうとすると、逆に慣れない姿勢でカラダに負担がかかることがありました。
その姿勢になっていること自体が、なにかの痛みを反らすためだったり、負荷を避けようとしてそうなっているからでしょう。
ぼくはいまは、椅子に座っているときは8の字になったストレッチチューブをそばに置いて、定期的に上半身を伸ばすようにしています。
なんということはない運動なんですが、意外と筋肉が伸びているようで、翌朝、車をバックさせるときに背中と首を曲げるのが、すこしラクになります(笑)
ストレッチチューブがなくても、手を上に伸ばして、上体を右へ左へとストレッチするだけでも、きっといい気分転換になりますから、身体が前傾になっていることに気づいたときにでも、ぜひ一度お試しください。
2025年3月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
病気の場合の延命と、高齢者の延命は意味合いが違うかもしれませんが、欧米の病院や施設には寝たきり老人がいないそうですね。
理由は、高齢者が終末期を迎えると食べられなくなるのは当たり前で、経管栄養や点滴で延命を図るのは非倫理的だと、本人も家族も認識しているためだそうです。
日本だと、有無を言わさず点滴で栄養を与えたり、早い時期から胃ろうを行ったりと、寝たきりで意識もほとんどない人を無理やり生かすこともあります。
長寿大国日本の意味がおかしいです。
私も延命は望んでいません。
家族が介護しないといけなかったり、本人の苦痛が延長されるだけだったり、高額な病院代を払ったりしてまで延命する意味って、なんなんだろうと思うんです。
でも、農園主さんのお考えのように、元気な時に「延命は望まない」という意思だったとしても、いざその場になったら、「もう少し頑張れる気がするので、ちょっと延命してほしい」と思う可能性は私にもありそうです。
延命に対する考え方は、個人個人というより、ケースバイケースなのかもしれません。
意思の疎通ができる状態なら、「考えは変わっていないので延命しないで」と言えますが、意識がなければ伝えられないし、また土壇場で自分の気持ちがコロコロと変わることもありそうですし、家族には判断のつらさを味わわせることになるわけで、みんなが納得するような最後の迎え方は、なかなか難しいかもしれません。
延命しないでと頼んでおいても、家族の立場からしたら、本人に意識がない場合、「本人が望んでいたので延命はしないでください」と言うのには、かなりの決断が必要と思います。
快方に向かうなら、延命は望ましいことだと思いますが、苦痛はある、余命をいたずらに引き延ばすだけということだったら、延命の意味がないと思います。
家族や身内の人にとれば、一日でも長く生きてほしいという気持ちはあるでしょうが、本人と周りの人との思いに乖離があることもあり、お互いに悔いを残さないというのは、けっこう難しい課題だと感じます。
ざっくりとした私なりの結論として、「延命しないでほしい」というところに、条件を付け加え、家族に伝えておくのがベターかな、と。
私に意識がない場合、延命して治る(軽快する)見込みがあるなら延命をしてほしいし、死ぬのを引き延ばすだけの状態なら延命措置をしないでほしい、というふうに。
極端な話をすれば、意識が戻る可能性がない植物人間状態になった時、これがいちばん悩むケースだと思います。
このあたり、どうするべきかは非常に難しいですね。
家族としては、1年後、5年後、意識が戻るかもしれないという希望を捨てたくないでしょうから。
おかしな話をします(笑)
最近ずっと考えていることですが、まったく現実的ではなく、空想に過ぎません。
まじめに延命について考えていらっしゃる農園主さんにとっては、大変軽率な空想なのですが、そのあたりはご容赦ください。
人がだいたい20歳くらいになった時「なんの苦痛もなく、必ず死ねる薬(のようなもの)を支給され、いつでも自分の希望で自分にのみ使用していい」という制度があったらな、と考えていました。
使えるのは一度だけ。
他人に使おうという人が出る可能性もあり、犯罪にもなりそうな話ですが、あくまで想像にすぎないので、自分で自分に使うのが前提です。
使わない選択も当然あります。
もし、ひどい痛みや苦しみを伴う病気になった時、治る見込みがないなら、その苦痛に耐えてまで生きる必要もなく、早く苦しみから解放されたいと思うかもしれません。
家族がそうなった時、少しでも長く生きていてほしいと思うかもしれませんが、本人の苦痛は壮絶なものでしょうし、家族の愛情、思いは理解しても、もう死んでもかまわないという気持ちが起きるかもしれません。
前にもお話したかもしれませんが、コロナにかかった時、経験したことのないような高熱のつらさで、「こんなつらいならもう死んでもいいかも」と思ったのですが、それでも治る可能性が充分にあると思えたからなんとか頑張れました。
でも、嗅覚・味覚が無くなった時は、「3年以上この症状が続いていている」というような経験談を読んでしまったため、もう絶望の境地でした。
どうやったら治るだろう、刺激を与えたらいいのかも、と日々いろいろ模索し、無意味かもしれないこともやってみました。
絶望しながらも、「味覚・嗅覚がなくても死ぬことはないだろう」という、開き直った心境になり、なんとか乗り越えることができました。
治らない、死を待つだけ、というお墨付き(笑)をもらった時、それでも苦痛を乗り越え頑張ろうと思えるかどうか。
そんな時、日本では安楽死(尊厳死)の制度がないので、想像したような薬があればいいな、と思った次第です。
でも、苦痛を伴わない状態で余命宣告をされた場合は、少しでも長く生きたいと、延命措置をお願いすると思います。
命を救うのは医師の義務かもしれませんが、心までは救うのは難しいです。
安楽死の問題を言いたいのではなく、あくまで「治ることがないのなら、苦痛はできるだけ短かくしてほしい、そして、家族につらい選択をさせることなく、自分の意志で終わりを迎えたい」という、安易なわがままからでた想像でした(笑)
コロナになったのがおととしの9月ですが、それ以降に、よく考えていたことでした。
自殺と同義と言われそうですが、気持ちの持ち方、死の迎え方はまったく違うと思います。
想像の話ですので、精神的な問題で生きるのがつらくなった場合に使っていいのかどうかは、視野に入れていません。
井戸の詳しいお話、ありがとうございます。
地盤沈下が起きたんですね。
井戸(揚水)を規制したのも知りませんでした。
てっきり、自然に枯れていったのだと思っていました。
防災井戸の新設にしても、そうそうあちこちにはできないのでしょうね。
高所得者の税率のお話も興味深いものでした。
今は、子どものいる家庭への児童手当や医療費助成も、所得に関係なく一律になってきているようですし、確かに高額所得者がどんどん優遇されてきている気がします。
石破総理が「楽しい日本を作る」という発言をし、物議を醸していますが、「楽しい=暮らしやすい」ならいいのですが、庶民の暮らしが逼迫し、様々な問題を抱えている中で、どうして楽しく過ごせるんでしょうか。
国民の暮らしをよりよくしたいという気持ちからなのでしょうが、一足飛びに「楽しい」という表現をするのは、ちょっと疑問です。
いつ乱世になってもおかしくないのが、今の日本だと思います。
「論語と算盤」の、道徳心がセットというのは、今の日本人が立ちかえらないといけない大事なことですね。
道徳心が欠けてしまえば、何事も成り立ちません。
ちょっと前なら当たり前にあった道徳心をどんどん忘れていって、見ず知らずの人をネットなどで非難するとか、人を騙す犯罪とか、そんなことを一生懸命やっている現代の日本人は、これからどうなっていくのでしょう。
そのエネルギーで、「次の世界のよりよいシステムを自前で用意できる」日本を作っていってほしいと思います。
夜、胸の痛みで眠れないという症状は、まだ続いていますか?
ずいぶんと、不安な事かと思います。
よけいなお世話ですが、かなり深くゆっくりな深呼吸を、リラックスした状態でしばらく繰り返すと、全身にうまく血液がめぐり、多少なりとも改善されるかもしれません。
私はついつい呼吸が浅くなる傾向があるのですが、パソコンに向かっている時間が多い時は姿勢も悪くなるために、よけい呼吸が浅くなり、ついには逆流性胃腸炎(訂正・逆流性食道炎)が起こります。
そうなると、喉がイガイガし、咳き込むこともあるし、胃なのか心臓なのかわからないキューっとした痛みも起きます。
そういう時は、お水を一口飲み、深呼吸をしてやり過ごすのですが、案外効果があります。
農園主さんの場合とは違うかもしれませんが、気休めでも効果はあると思い、おせっかいを失礼しました。
理由は、高齢者が終末期を迎えると食べられなくなるのは当たり前で、経管栄養や点滴で延命を図るのは非倫理的だと、本人も家族も認識しているためだそうです。
日本だと、有無を言わさず点滴で栄養を与えたり、早い時期から胃ろうを行ったりと、寝たきりで意識もほとんどない人を無理やり生かすこともあります。
長寿大国日本の意味がおかしいです。
私も延命は望んでいません。
家族が介護しないといけなかったり、本人の苦痛が延長されるだけだったり、高額な病院代を払ったりしてまで延命する意味って、なんなんだろうと思うんです。
でも、農園主さんのお考えのように、元気な時に「延命は望まない」という意思だったとしても、いざその場になったら、「もう少し頑張れる気がするので、ちょっと延命してほしい」と思う可能性は私にもありそうです。
延命に対する考え方は、個人個人というより、ケースバイケースなのかもしれません。
意思の疎通ができる状態なら、「考えは変わっていないので延命しないで」と言えますが、意識がなければ伝えられないし、また土壇場で自分の気持ちがコロコロと変わることもありそうですし、家族には判断のつらさを味わわせることになるわけで、みんなが納得するような最後の迎え方は、なかなか難しいかもしれません。
延命しないでと頼んでおいても、家族の立場からしたら、本人に意識がない場合、「本人が望んでいたので延命はしないでください」と言うのには、かなりの決断が必要と思います。
快方に向かうなら、延命は望ましいことだと思いますが、苦痛はある、余命をいたずらに引き延ばすだけということだったら、延命の意味がないと思います。
家族や身内の人にとれば、一日でも長く生きてほしいという気持ちはあるでしょうが、本人と周りの人との思いに乖離があることもあり、お互いに悔いを残さないというのは、けっこう難しい課題だと感じます。
ざっくりとした私なりの結論として、「延命しないでほしい」というところに、条件を付け加え、家族に伝えておくのがベターかな、と。
私に意識がない場合、延命して治る(軽快する)見込みがあるなら延命をしてほしいし、死ぬのを引き延ばすだけの状態なら延命措置をしないでほしい、というふうに。
極端な話をすれば、意識が戻る可能性がない植物人間状態になった時、これがいちばん悩むケースだと思います。
このあたり、どうするべきかは非常に難しいですね。
家族としては、1年後、5年後、意識が戻るかもしれないという希望を捨てたくないでしょうから。
おかしな話をします(笑)
最近ずっと考えていることですが、まったく現実的ではなく、空想に過ぎません。
まじめに延命について考えていらっしゃる農園主さんにとっては、大変軽率な空想なのですが、そのあたりはご容赦ください。
人がだいたい20歳くらいになった時「なんの苦痛もなく、必ず死ねる薬(のようなもの)を支給され、いつでも自分の希望で自分にのみ使用していい」という制度があったらな、と考えていました。
使えるのは一度だけ。
他人に使おうという人が出る可能性もあり、犯罪にもなりそうな話ですが、あくまで想像にすぎないので、自分で自分に使うのが前提です。
使わない選択も当然あります。
もし、ひどい痛みや苦しみを伴う病気になった時、治る見込みがないなら、その苦痛に耐えてまで生きる必要もなく、早く苦しみから解放されたいと思うかもしれません。
家族がそうなった時、少しでも長く生きていてほしいと思うかもしれませんが、本人の苦痛は壮絶なものでしょうし、家族の愛情、思いは理解しても、もう死んでもかまわないという気持ちが起きるかもしれません。
前にもお話したかもしれませんが、コロナにかかった時、経験したことのないような高熱のつらさで、「こんなつらいならもう死んでもいいかも」と思ったのですが、それでも治る可能性が充分にあると思えたからなんとか頑張れました。
でも、嗅覚・味覚が無くなった時は、「3年以上この症状が続いていている」というような経験談を読んでしまったため、もう絶望の境地でした。
どうやったら治るだろう、刺激を与えたらいいのかも、と日々いろいろ模索し、無意味かもしれないこともやってみました。
絶望しながらも、「味覚・嗅覚がなくても死ぬことはないだろう」という、開き直った心境になり、なんとか乗り越えることができました。
治らない、死を待つだけ、というお墨付き(笑)をもらった時、それでも苦痛を乗り越え頑張ろうと思えるかどうか。
そんな時、日本では安楽死(尊厳死)の制度がないので、想像したような薬があればいいな、と思った次第です。
でも、苦痛を伴わない状態で余命宣告をされた場合は、少しでも長く生きたいと、延命措置をお願いすると思います。
命を救うのは医師の義務かもしれませんが、心までは救うのは難しいです。
安楽死の問題を言いたいのではなく、あくまで「治ることがないのなら、苦痛はできるだけ短かくしてほしい、そして、家族につらい選択をさせることなく、自分の意志で終わりを迎えたい」という、安易なわがままからでた想像でした(笑)
コロナになったのがおととしの9月ですが、それ以降に、よく考えていたことでした。
自殺と同義と言われそうですが、気持ちの持ち方、死の迎え方はまったく違うと思います。
想像の話ですので、精神的な問題で生きるのがつらくなった場合に使っていいのかどうかは、視野に入れていません。
井戸の詳しいお話、ありがとうございます。
地盤沈下が起きたんですね。
井戸(揚水)を規制したのも知りませんでした。
てっきり、自然に枯れていったのだと思っていました。
防災井戸の新設にしても、そうそうあちこちにはできないのでしょうね。
高所得者の税率のお話も興味深いものでした。
今は、子どものいる家庭への児童手当や医療費助成も、所得に関係なく一律になってきているようですし、確かに高額所得者がどんどん優遇されてきている気がします。
石破総理が「楽しい日本を作る」という発言をし、物議を醸していますが、「楽しい=暮らしやすい」ならいいのですが、庶民の暮らしが逼迫し、様々な問題を抱えている中で、どうして楽しく過ごせるんでしょうか。
国民の暮らしをよりよくしたいという気持ちからなのでしょうが、一足飛びに「楽しい」という表現をするのは、ちょっと疑問です。
いつ乱世になってもおかしくないのが、今の日本だと思います。
「論語と算盤」の、道徳心がセットというのは、今の日本人が立ちかえらないといけない大事なことですね。
道徳心が欠けてしまえば、何事も成り立ちません。
ちょっと前なら当たり前にあった道徳心をどんどん忘れていって、見ず知らずの人をネットなどで非難するとか、人を騙す犯罪とか、そんなことを一生懸命やっている現代の日本人は、これからどうなっていくのでしょう。
そのエネルギーで、「次の世界のよりよいシステムを自前で用意できる」日本を作っていってほしいと思います。
夜、胸の痛みで眠れないという症状は、まだ続いていますか?
ずいぶんと、不安な事かと思います。
よけいなお世話ですが、かなり深くゆっくりな深呼吸を、リラックスした状態でしばらく繰り返すと、全身にうまく血液がめぐり、多少なりとも改善されるかもしれません。
私はついつい呼吸が浅くなる傾向があるのですが、パソコンに向かっている時間が多い時は姿勢も悪くなるために、よけい呼吸が浅くなり、ついには逆流性胃腸炎(訂正・逆流性食道炎)が起こります。
そうなると、喉がイガイガし、咳き込むこともあるし、胃なのか心臓なのかわからないキューっとした痛みも起きます。
そういう時は、お水を一口飲み、深呼吸をしてやり過ごすのですが、案外効果があります。
農園主さんの場合とは違うかもしれませんが、気休めでも効果はあると思い、おせっかいを失礼しました。
今回は、雑多な話になってしまいました。
まず、最近すこし考えていることがあるんです。
それは延命についてです。
ギズモさんが、病気とだましだまし付き合っていくのがよいのではないか。痛みやつらさは、治る大前提のものであってほしいとおっしゃったのは、その通りだとおもいました。
ぼくの場合は胸が痛くてなかなか眠れない夜に「これで突然死するなら仕方ないけど、もし治るなら、どうやったら自力で治せるだろうか」ということを考えていたんです。
まあ、実際なんとかなってるんですが、こうやって問題が起こったときに、じぶんの目先の延命を目指すというのは、案外たのしいものだな、と(笑)
これがもっともっと追い込まれて、死の絶望にさいなまれるような状態になっても、人間は結局そのときのじぶんの状態の中で、「もうすこし生き延びるにはどうすればいいか」ということを考えて、そこに一種のよろこびややりがいを感じるのではないでしょうか。
それはもしかしたら、ほとんど植物状態のようになって、意思の疎通ができなくなってさえ、当人の中ではあともうひと呼吸がんばってみようじゃないかと、望みをはせていたらどうしよう、とおもったのです。
ぼくは以前家族と、「もし延命しなければならないようなことになったらどうするか」ということを相談しています。
この答えはみんなおなじで、「延命はしない」。
けれど、それはもしかしたら、そのとき健康だからこそそう言えたのかもしれません。
ほんとうに死の間際になったら、「もうちょっと延命させてほしいなあ」と家族に心で訴えている、なんてことがあるのではないかとおもうと、どうにも考え込んでしまいました(笑)
やはり当人が意思の表明をできない状態で、第三者が重い判断をくだすのは、むずかしいことですね。
このことについては、まだ考えがまとまっていないので、時間をかけてもうすこし考えてみようとおもいます。
井戸の話なんですが、東京では戦後しばらく、各地で井戸水を生活用水に利用していた時期がありました。
ところが、戦後の爆発的な人口増加の中で、あの人口過密都市で深井戸から取水ですから、つかわれる水はとんでもない量になります。
それで地下水位が低下したことで、かなり深刻な地盤沈下が起こったというんです。
さすがに地面が一年に10㎝も下がっていくというのでは都市計画もままならないので、昭和30~40年代にかけて、法律や条例で井戸(揚水)を規制した、という経緯があります。
なので、もうつかわれなくなった古い枯れ井戸が残っているのでしょう。
工業用水として引っ張ったり、入浴施設で地下深くボーリングして温泉を引っ張るというようなことにもそれなりの規制があって、自治体に許可をもらわねばならないようです。
高額医療費制度や価格統制された光熱費のお話ですが、本来まっとうな国家は、高所得者から税金をとって、福祉(追記:福祉やインフラ機能)を充実させていくものです。
これも司馬さんのエッセイにありましたが、司馬さんの時代は、司馬さんくらいの高額所得者になると年収の8割を税金でもっていかれていたそうです(笑)
じぶんの好きなことをして高額所得を得ているのだから、税金がかかるのはいいのだけど、せめてちゃんとしたことにつかってもらわねば困る、というようなことをおっしゃってました。
ところが消費税ができた時代あたりから、なぜか高額所得者や大企業が、税制面で優遇される時代になるんです。
これは黒柳徹子さんの以下の記事に詳しく書かれてあります。
https://news.livedoor.com/article/detail...
黒柳徹子さんに至っては住民税も含めて収入の90%が税金だったそうで、これをあと10%ほどじぶんの収入として認めてもらいたいと税制調査会で発言したそうです。
その発言が功を奏したか、1987年の法改正で、所得税の最高税率が60%に下がったとあります。
この点に関しては、黒柳徹子さんはずいぶん罪深いことをなさったというのが率直なところです。
そしていま、行政は金持ちに媚びることを平気でするようになりました。
ガソリンにしたって直接的に税を下げることはせず、補助金というかたちで大企業にお金を渡して、わざと中抜きさせてます。
ガソリンの件なんて氷山の一角で、ありとあらゆるところでこのような、大企業、富裕層へのばらまきが行われ、そのツケを庶民が支払わされるという状態になっています。
これはすこしおおげさにいえば、民主主義政治、資本主義の腐敗です。
いつになるかはわかりませんが、現在のシステムもいずれは打倒されて滅びてしまうことでしょう。
日本の過去の例でいえば、いずれ大塩平八郎の乱のようなことが起こり、明治維新のような乱世が起こる。
前回の坂本龍馬の話でいえば、いまの日本は「いや、まだ資本主義・民主主義は腐りきってはいない。いずれぐずぐずに腐って腐り落ちるが、まだそのときではない」という状況だとおもいます。
江戸幕府が「100年で別の体制に変わっていたら、いったいどんな世の中になっていたでしょうか」
ということなんですが、西洋でフランス革命が起こるのは1790年ごろですから、赤穂事件(忠臣蔵)の起こった1700年ごろというと、まだ世界のどこにも民主主義的な価値観がなかった時代です。
アメリカが独立を果たしたのはフランス革命より少し前の1776年で、初代大統領のワシントンはフランス革命が勃発した1789年に就任しました。
それまでのアメリカはいわゆる西部開拓時代で、開拓を終えた州がそれぞれ国家のように作用していましたが、当然人権などの価値観はないに等しく、一攫千金を夢見る荒くれ者ばかりでした。
州の銀行が発行した紙幣が一か月後には信用を失って紙切れになっているということもザラにあったようです。
つまり、成熟した資本主義もまだまだ、といった段階です。
中世ヨーロッパや江戸時代の封建主義というのは、暴力によって上(体制)から下(領民)へ押さえつける国家統治のシステムですね。
民主主義はこれが逆転して、下(国民)から上(体制)へ突き上げていく国家統治のシステムです。
日本は明治維新のときに幕府を打倒してから、これらのあたらしい国家統治のシステムを西洋から学んだわけですが、自前で調達することはできませんでした。
明治維新の際、西洋諸国が大挙して日本で商売をしましたが、日本人は商売の信義則を守らず、ウソばかりつくといって呆れられたそうです。
そのため渋沢栄一は、『論語と算盤』という著作を残していますが、商売には道徳が必要なんだということを当時の日本人に向けて教えるんですね。
それくらい、明治期までの日本の資本主義は未発達なものでした。
もし江戸幕府が100年で崩壊するようなことになった場合は、日本にも民主主義や資本主義の前段階の、「民衆が自発的にじぶんたちの国をつくろうとする意志」を持つようになっていたかもしれません。
でも歴史の現実として、そうはならなかったんですよね(笑)
なので、いま考えるべきなのは、現代の日本人こそは、次の世界のよりよいシステムを自前で用意できるだろうかということだとおもいます。
しかし論語と算盤ではないけども、今後どのようなシステムが世界を席巻するにしても、人を大事にして、人のために生きるという道徳心がセットになっていなければ、立ち行かないとおもっています。
すくなくとも、いま世界中で起こっているような、わざと不道徳な言動をして炎上させて耳目を集めて、ものごとをじぶんの都合のいいように強引に変えてしまうような手法は、長く続けていられるようなシステムではありませんよね。
まず、最近すこし考えていることがあるんです。
それは延命についてです。
ギズモさんが、病気とだましだまし付き合っていくのがよいのではないか。痛みやつらさは、治る大前提のものであってほしいとおっしゃったのは、その通りだとおもいました。
ぼくの場合は胸が痛くてなかなか眠れない夜に「これで突然死するなら仕方ないけど、もし治るなら、どうやったら自力で治せるだろうか」ということを考えていたんです。
まあ、実際なんとかなってるんですが、こうやって問題が起こったときに、じぶんの目先の延命を目指すというのは、案外たのしいものだな、と(笑)
これがもっともっと追い込まれて、死の絶望にさいなまれるような状態になっても、人間は結局そのときのじぶんの状態の中で、「もうすこし生き延びるにはどうすればいいか」ということを考えて、そこに一種のよろこびややりがいを感じるのではないでしょうか。
それはもしかしたら、ほとんど植物状態のようになって、意思の疎通ができなくなってさえ、当人の中ではあともうひと呼吸がんばってみようじゃないかと、望みをはせていたらどうしよう、とおもったのです。
ぼくは以前家族と、「もし延命しなければならないようなことになったらどうするか」ということを相談しています。
この答えはみんなおなじで、「延命はしない」。
けれど、それはもしかしたら、そのとき健康だからこそそう言えたのかもしれません。
ほんとうに死の間際になったら、「もうちょっと延命させてほしいなあ」と家族に心で訴えている、なんてことがあるのではないかとおもうと、どうにも考え込んでしまいました(笑)
やはり当人が意思の表明をできない状態で、第三者が重い判断をくだすのは、むずかしいことですね。
このことについては、まだ考えがまとまっていないので、時間をかけてもうすこし考えてみようとおもいます。
井戸の話なんですが、東京では戦後しばらく、各地で井戸水を生活用水に利用していた時期がありました。
ところが、戦後の爆発的な人口増加の中で、あの人口過密都市で深井戸から取水ですから、つかわれる水はとんでもない量になります。
それで地下水位が低下したことで、かなり深刻な地盤沈下が起こったというんです。
さすがに地面が一年に10㎝も下がっていくというのでは都市計画もままならないので、昭和30~40年代にかけて、法律や条例で井戸(揚水)を規制した、という経緯があります。
なので、もうつかわれなくなった古い枯れ井戸が残っているのでしょう。
工業用水として引っ張ったり、入浴施設で地下深くボーリングして温泉を引っ張るというようなことにもそれなりの規制があって、自治体に許可をもらわねばならないようです。
高額医療費制度や価格統制された光熱費のお話ですが、本来まっとうな国家は、高所得者から税金をとって、福祉(追記:福祉やインフラ機能)を充実させていくものです。
これも司馬さんのエッセイにありましたが、司馬さんの時代は、司馬さんくらいの高額所得者になると年収の8割を税金でもっていかれていたそうです(笑)
じぶんの好きなことをして高額所得を得ているのだから、税金がかかるのはいいのだけど、せめてちゃんとしたことにつかってもらわねば困る、というようなことをおっしゃってました。
ところが消費税ができた時代あたりから、なぜか高額所得者や大企業が、税制面で優遇される時代になるんです。
これは黒柳徹子さんの以下の記事に詳しく書かれてあります。
https://news.livedoor.com/article/detail...
黒柳徹子さんに至っては住民税も含めて収入の90%が税金だったそうで、これをあと10%ほどじぶんの収入として認めてもらいたいと税制調査会で発言したそうです。
その発言が功を奏したか、1987年の法改正で、所得税の最高税率が60%に下がったとあります。
この点に関しては、黒柳徹子さんはずいぶん罪深いことをなさったというのが率直なところです。
そしていま、行政は金持ちに媚びることを平気でするようになりました。
ガソリンにしたって直接的に税を下げることはせず、補助金というかたちで大企業にお金を渡して、わざと中抜きさせてます。
ガソリンの件なんて氷山の一角で、ありとあらゆるところでこのような、大企業、富裕層へのばらまきが行われ、そのツケを庶民が支払わされるという状態になっています。
これはすこしおおげさにいえば、民主主義政治、資本主義の腐敗です。
いつになるかはわかりませんが、現在のシステムもいずれは打倒されて滅びてしまうことでしょう。
日本の過去の例でいえば、いずれ大塩平八郎の乱のようなことが起こり、明治維新のような乱世が起こる。
前回の坂本龍馬の話でいえば、いまの日本は「いや、まだ資本主義・民主主義は腐りきってはいない。いずれぐずぐずに腐って腐り落ちるが、まだそのときではない」という状況だとおもいます。
江戸幕府が「100年で別の体制に変わっていたら、いったいどんな世の中になっていたでしょうか」
ということなんですが、西洋でフランス革命が起こるのは1790年ごろですから、赤穂事件(忠臣蔵)の起こった1700年ごろというと、まだ世界のどこにも民主主義的な価値観がなかった時代です。
アメリカが独立を果たしたのはフランス革命より少し前の1776年で、初代大統領のワシントンはフランス革命が勃発した1789年に就任しました。
それまでのアメリカはいわゆる西部開拓時代で、開拓を終えた州がそれぞれ国家のように作用していましたが、当然人権などの価値観はないに等しく、一攫千金を夢見る荒くれ者ばかりでした。
州の銀行が発行した紙幣が一か月後には信用を失って紙切れになっているということもザラにあったようです。
つまり、成熟した資本主義もまだまだ、といった段階です。
中世ヨーロッパや江戸時代の封建主義というのは、暴力によって上(体制)から下(領民)へ押さえつける国家統治のシステムですね。
民主主義はこれが逆転して、下(国民)から上(体制)へ突き上げていく国家統治のシステムです。
日本は明治維新のときに幕府を打倒してから、これらのあたらしい国家統治のシステムを西洋から学んだわけですが、自前で調達することはできませんでした。
明治維新の際、西洋諸国が大挙して日本で商売をしましたが、日本人は商売の信義則を守らず、ウソばかりつくといって呆れられたそうです。
そのため渋沢栄一は、『論語と算盤』という著作を残していますが、商売には道徳が必要なんだということを当時の日本人に向けて教えるんですね。
それくらい、明治期までの日本の資本主義は未発達なものでした。
もし江戸幕府が100年で崩壊するようなことになった場合は、日本にも民主主義や資本主義の前段階の、「民衆が自発的にじぶんたちの国をつくろうとする意志」を持つようになっていたかもしれません。
でも歴史の現実として、そうはならなかったんですよね(笑)
なので、いま考えるべきなのは、現代の日本人こそは、次の世界のよりよいシステムを自前で用意できるだろうかということだとおもいます。
しかし論語と算盤ではないけども、今後どのようなシステムが世界を席巻するにしても、人を大事にして、人のために生きるという道徳心がセットになっていなければ、立ち行かないとおもっています。
すくなくとも、いま世界中で起こっているような、わざと不道徳な言動をして炎上させて耳目を集めて、ものごとをじぶんの都合のいいように強引に変えてしまうような手法は、長く続けていられるようなシステムではありませんよね。
心臓の違和感、徐々によくなってきたようで、よかったです。
自治会集会も無事に済んだとのことで、安心しました。
締めつけ感、キューっとなるような痛み、せりあがってくる痛みやもたれなど、心臓なのか胃なのか判明できない、まぎらわしい症状が出ることもありますね。
昨年末からのいろいろな不調が、食事や市販薬などで改善され、体調の不安がなくなるようにと思います。
せっかくの農閑期が体調不良で楽しめなかったかもしれませんが、農閑期のうちに原因に思い当たり、対処法を講じることができたのは、タイミング的にも何かにまもられているように思えます。
病気(「病気」と言えるものも言えないものも)は、気の持ちようも影響するので、あまり深く考えず、「騙し騙し」つきあっていくという向き合い方が必要かな、と思うようになりました。
私も、痛みをさんざん味わった末に死ぬのはいやです(笑)
痛みやつらさは、治る大前提のものであってほしいですね。
治ると思うから、つらくても我慢できるのだと思います。
浅井戸というのは初めて知りました。
稀に都内で井戸がある個人宅を見かけますが、枯れ井戸になっていて、使用不可のまま残してあるようでした。
最近知ったのですが、防災井戸というものを新しく設置している地域、集合住宅などがあるようですね。
災害時に使用する目的だそうですが、非飲用のようですので、浅井戸なのかもしれません。
飲めないのは困りますが、それでもこういう災害用の井戸は、増えてくれるといいですね。
昔は「湯水のように~~」という言葉がありましたが、最近の水道代は高すぎて、とてもとても気軽には使えません(笑)
電気・ガス・水道、これは生きていくうえで重要なものなので、26億円かけて都がやろうとしている、ランドマークの噴水事業は取りやめ、私立の高校の授業料無償化などという政策は見送って、高額医療費(訂正:高額医療費制度)は現状維持または引き下げとし、最低ラインの光熱費の負担を国、または自治体が行ってくれないものだろうかと思うのですが、そういうことは絶対してくれないんですよね(笑)
私立高校の授業料を無料にできる財源があるなら、奨学金制度の見直しをし、貸し付けではなく返済不要にすべきなのではと思います。
誰でも、ということはできないので、ある一定の成績以上の学生にということになるでしょうが。
実際、多額の奨学金を返済しなければいけないので、結婚できないという人も多いということですし、奨学金は借金として夫婦共有になってしまうので(訂正:夫婦共有になる可能性があるので)、なかなか難しい問題だと思います。
話がずいぶん逸れました(笑)
江戸幕府のお話、大変興味深く読ませていただきました。
考えてみたら、一つの体制が200年も続いたということは、不思議なことですね。
徳川家康以降、子孫がずっと政治を行ってきたというのは、不自然に思えてきました。
しかも、養子縁組をしてまで、代々徳川の体制を守ってきたというわけですから、ある意味、皇室と似たようなものだと思います。
徳川が続いていたら、大奥の制度も存続していたかもしれませんし、なんだかめちゃくちゃな世の中になっていたかもしれませんね(笑)
私なんかは、将軍に気に入られたために、大奥でさんざんいじめられて、つらい日々を過ごしていたかもしれません(笑)
司馬さんの考え方は、実におもしろいですね。
100年で別の体制に変わっていたら、いったいどんな世の中になっていたでしょうか。
反面、江戸幕府がずっと続いていたと想定した場合、いまだに鎖国ということはないでしょうから、仰るように、西洋の傀儡政権となり、宗教も今とは明らかに異なっていたかと思います。
武士が軍人、江戸幕府や藩は軍事政権というお話は、とても新鮮に感じました。
そういう捉え方をすると、私の中での武士というものが、変わったように思います。
幕府が100年で死に体というのは、司馬さんが、「べつの体制に転換しておけばよかった」と言った、その時期ですね。
「日本の奇跡は、あの時代に西洋に隷属せず、志士が幕府を打倒して、国家として独立する道を選べたこと」というお話を伺うと、改めて、本当に奇跡的な偉業だったのだな、と感じました。
「汽笛一声新橋を~」で始まる『鉄道唱歌』という唱歌をご存じと思います。
明治33年に、子どもたちに日本の地理を覚えさせようという目的で、『地理教育 鉄道唱歌』のタイトルで作られました。
中でも、新橋から神戸の「東海道編」が大ヒットしますが、その中に、頼朝、家康や藤吉郎の名もあります。
「大石良雄が山科の その隠家はあともなし 赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山」というのは45番の歌詞なのですが、大石良雄は大石内蔵助のことです。
2番では、
「右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ 雪は消えても 消え残る 名は千載ののちまでも」
明治33年の当時も、忠臣蔵の話は歌にするほどだったということがわかります。
歌にしたのは、江戸時代に作られた「忠臣蔵」ではなく、史実に基づいた赤穂浪士のことなのかもしれませんが、定かではありません。
お忙しくなる時期ですが、まだ本調子とは言えないでしょうから、体調と向き合いながらくれぐれも無理せずお過ごしください。
こちらは、雪がけっこう降ったと思ったら、昨日今日は20℃以上。
激しい気温差と花粉でヘロヘロです(笑)
自治会集会も無事に済んだとのことで、安心しました。
締めつけ感、キューっとなるような痛み、せりあがってくる痛みやもたれなど、心臓なのか胃なのか判明できない、まぎらわしい症状が出ることもありますね。
昨年末からのいろいろな不調が、食事や市販薬などで改善され、体調の不安がなくなるようにと思います。
せっかくの農閑期が体調不良で楽しめなかったかもしれませんが、農閑期のうちに原因に思い当たり、対処法を講じることができたのは、タイミング的にも何かにまもられているように思えます。
病気(「病気」と言えるものも言えないものも)は、気の持ちようも影響するので、あまり深く考えず、「騙し騙し」つきあっていくという向き合い方が必要かな、と思うようになりました。
私も、痛みをさんざん味わった末に死ぬのはいやです(笑)
痛みやつらさは、治る大前提のものであってほしいですね。
治ると思うから、つらくても我慢できるのだと思います。
浅井戸というのは初めて知りました。
稀に都内で井戸がある個人宅を見かけますが、枯れ井戸になっていて、使用不可のまま残してあるようでした。
最近知ったのですが、防災井戸というものを新しく設置している地域、集合住宅などがあるようですね。
災害時に使用する目的だそうですが、非飲用のようですので、浅井戸なのかもしれません。
飲めないのは困りますが、それでもこういう災害用の井戸は、増えてくれるといいですね。
昔は「湯水のように~~」という言葉がありましたが、最近の水道代は高すぎて、とてもとても気軽には使えません(笑)
電気・ガス・水道、これは生きていくうえで重要なものなので、26億円かけて都がやろうとしている、ランドマークの噴水事業は取りやめ、私立の高校の授業料無償化などという政策は見送って、高額医療費(訂正:高額医療費制度)は現状維持または引き下げとし、最低ラインの光熱費の負担を国、または自治体が行ってくれないものだろうかと思うのですが、そういうことは絶対してくれないんですよね(笑)
私立高校の授業料を無料にできる財源があるなら、奨学金制度の見直しをし、貸し付けではなく返済不要にすべきなのではと思います。
誰でも、ということはできないので、ある一定の成績以上の学生にということになるでしょうが。
実際、多額の奨学金を返済しなければいけないので、結婚できないという人も多いということですし、奨学金は借金として夫婦共有になってしまうので(訂正:夫婦共有になる可能性があるので)、なかなか難しい問題だと思います。
話がずいぶん逸れました(笑)
江戸幕府のお話、大変興味深く読ませていただきました。
考えてみたら、一つの体制が200年も続いたということは、不思議なことですね。
徳川家康以降、子孫がずっと政治を行ってきたというのは、不自然に思えてきました。
しかも、養子縁組をしてまで、代々徳川の体制を守ってきたというわけですから、ある意味、皇室と似たようなものだと思います。
徳川が続いていたら、大奥の制度も存続していたかもしれませんし、なんだかめちゃくちゃな世の中になっていたかもしれませんね(笑)
私なんかは、将軍に気に入られたために、大奥でさんざんいじめられて、つらい日々を過ごしていたかもしれません(笑)
司馬さんの考え方は、実におもしろいですね。
100年で別の体制に変わっていたら、いったいどんな世の中になっていたでしょうか。
反面、江戸幕府がずっと続いていたと想定した場合、いまだに鎖国ということはないでしょうから、仰るように、西洋の傀儡政権となり、宗教も今とは明らかに異なっていたかと思います。
武士が軍人、江戸幕府や藩は軍事政権というお話は、とても新鮮に感じました。
そういう捉え方をすると、私の中での武士というものが、変わったように思います。
幕府が100年で死に体というのは、司馬さんが、「べつの体制に転換しておけばよかった」と言った、その時期ですね。
「日本の奇跡は、あの時代に西洋に隷属せず、志士が幕府を打倒して、国家として独立する道を選べたこと」というお話を伺うと、改めて、本当に奇跡的な偉業だったのだな、と感じました。
「汽笛一声新橋を~」で始まる『鉄道唱歌』という唱歌をご存じと思います。
明治33年に、子どもたちに日本の地理を覚えさせようという目的で、『地理教育 鉄道唱歌』のタイトルで作られました。
中でも、新橋から神戸の「東海道編」が大ヒットしますが、その中に、頼朝、家康や藤吉郎の名もあります。
「大石良雄が山科の その隠家はあともなし 赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山」というのは45番の歌詞なのですが、大石良雄は大石内蔵助のことです。
2番では、
「右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ 雪は消えても 消え残る 名は千載ののちまでも」
明治33年の当時も、忠臣蔵の話は歌にするほどだったということがわかります。
歌にしたのは、江戸時代に作られた「忠臣蔵」ではなく、史実に基づいた赤穂浪士のことなのかもしれませんが、定かではありません。
お忙しくなる時期ですが、まだ本調子とは言えないでしょうから、体調と向き合いながらくれぐれも無理せずお過ごしください。
こちらは、雪がけっこう降ったと思ったら、昨日今日は20℃以上。
激しい気温差と花粉でヘロヘロです(笑)
心臓の違和感、おそらく心筋梗塞だったんだとおもいますが、2週間ほど経って、ともかく回復はしたとおもいます。
個人的には、痛くないなら死んでも構わなかったんですが、ざんねんながらなかなかの痛みと不快感でした(笑)
ある人は、歩いてる途中でいきなり心筋梗塞を発症。意識を失って、バタンと倒れ込んだというんです。
それで歯が数本折れたんですが、倒れている間は痛みもなにもなく、臨死体験をしたそうです。
そのとき、じぶんが生かされていると確信し、この確信と同時になぜか意識が戻り、自力で救急車を呼んだといいます。
発症する前に、胃もたれのような症状があったらしいんですが、その点はぼくもよく似ていました。
その人がいうには、先日風呂場で倒れて亡くなった中山美穂さんは、強い発作に見舞われたあとは、速やかに意識を失って長い苦しみはなかったのではないか、ということでした。
ぼくの場合、症状が出てから最初は息切れがすごかったんですが、日に日によくなってきて、いまは半日農作業ができています。
ほんとうは休んでいたいんですが、ぼちぼち農閑期も終わりなので、仕方ありません(笑)
おもしろいと言っていいのかわかりませんが、おもしろかったのが、血液がうまく体内を巡らないと、食事がうまく消化できなくなることでした。
消化不良の症状が強く出たんですが、最初はなぜこんな症状が出るのかわかりませんでした。
ご飯を食べると胃に血液が集まるといいますが、血液がうまく集まらないと日常生活のあらゆるところに支障が出るんですね。
市販の胃薬を飲むとほとんど即効的に効くのもおもしろい発見でした。
これも日が経つごとにすこしずつ回復していますし、おかげで自然にダイエットができています(笑)
感染性胃腸炎、大流行してると聞きました。
胃腸が炎症を起こしているときは、絶食するのが医療的にも正しいみたいですね。
ウイダーインゼリーやカロリーメイトのような液状の栄養補給だと腸管を刺激しないのでよいのかもしれませんが、ほんとうにしんどいときはそもそも口になにかを入れること自体がつらいことでしょう。
ぼくもここ数日、くだんの消化不良がたたって腸炎のような症状が出て、まあぼくの場合腸炎はよくあることなんですが、きのうはひさびさに絶食して、16時間くらい布団に入っていました。
もう、内臓全般がガタガタですね(笑)
いまこの記事を書いている3月17日は夜から広域自治会の集会があって、これもほんとうは休みたいのだけど、そういうわけにもいきませんから、なんとか体調を整えて出席します(笑)
(その後自治会集会はなにごともなく無事に終わりました)
水が合わないというお話なんですが、そういえば最近うちの浅井戸のポンプが壊れて、ポンプを買い替えて設置したんです。
浅井戸ですからサビの鉄分がよくあがってくるし、水質はよくないんですが、ここに移住してきたときに、ご近所さんが「むかしはそんな井戸の水でも歯磨きくらいはしてたとおもう」とおっしゃいました。
というのも、半世紀ちょっとさかのぼると、このあたりでは上水も山の上流に流れている水をそのまま簡易水道として各家に引いていたそうで、もちろん塩素消毒などもされておらず、衛生面での信頼がない水でした。
そういった水にも頼らなければならなかったのがほんの半世紀前の日本の中山間部の現実です。
その時代を生きてこられた80歳のご近所さんいわく、上水がくるようになってからのわれわれの水のつかい方は、「ケタが違う」のだそうです(笑)
うちのあたりは地域の溜池の水を浄化して山の頂上のタンクに電動で汲み上げて、そこから自然落水で各家庭に水を届けているといいます。
そういう根本的なところを考えていくと、いくら塩素消毒していても、「その土地の水」の特色はありますよね。
土地によって水質や、含まれている微量な要素がちがうのは当然で、そこに住まう人や、訪れた人のカラダにもなんらかの作用を及ぼすことでしょう。
さて、前回宿題にしていた話をさせていただきます。
「当時の国学者の研究がなければ、いまだに徳川のような政治体制が続いており、仏教が主流となり、天皇制にはならなかったということもあるのかもしれません。」
司馬さんは「江戸時代は終わるのが遅すぎた」とおもっていたようです。
江戸時代は100年ちょっとでべつの体制に転換しておけばよかった、というのです。
たとえば司馬さんの著作『竜馬がゆく』では、江戸幕府の崩壊に向かっているのに、竜馬はなかなか動き出さないんですね。
それに対してほかの志士が苦言を呈すると、「いや、まだ幕府は腐りきってはいない。いずれぐずぐずに腐って腐り落ちるが、まだそのときではない」というようなことを言って、幕府が崩壊するのを待つんです。
幕府はじつは、江戸中期あたりからは体を為していませんでした。
というのも、江戸時代の武士は仕官することで幕府や藩から給料をもらっていたでしょう。
武士とは、いわば軍人です。
軍人ですから国を守ることが仕事なんですが、鎖国をしていた当時の日本では、じつは軍人なんてそれほど必要ではなかったんです。
江戸幕府や藩というのは、ようするに軍事政権でした。
天皇の盾となってこの国を守ってやるぞ、ということを大義名分にして、実質的に日本の政治を牛耳っていたわけです。
しかし国内は封建主義のシステムでなんとかやっていけているし、外敵もない時代が長く続いています。
幕藩は武士の人数を維持するための儀式ばかり増えて、国を守るという実務がスカスカになるんですね。
いわゆる「忠臣蔵」がまさにそういう話なんです。
江戸城で朝廷の饗応役をおおせつかった中に浅野内匠頭がいて、その指示役として吉良上野介がいました。
饗応役なんて武士以外のだれかがやってもよさそうなものです。
しかし武士は余っていますから、饗応の専門職を設けたりはせず、全国の武士、それも殿様が集まって接待をするんですね。
そのお役目の最中にすったもんだあって、浅野内匠頭が吉良上野介に脇差で斬りかかり、周囲の者が「浅野殿が殿中で刀を抜いた。浅野殿、ご乱心か。殿中でござるぞ」と止めた。
こういう場合、武士のルールとしては「喧嘩両成敗」が基本なんですが、なぜか浅野内匠頭だけが即日切腹。
吉良上野介はおとがめなしだったんですね。
それでお家断絶となった赤穂藩の家臣たちが「武士の一分」を果たそうではないかと、吉良上野介を天誅するわけです。
この史実と、後年につくられた「忠臣蔵」という物語がなぜ日本中をとりこにしたのかというと、すでに武士という存在が形骸化していた時代に、赤穂藩の連中が武士のイズムを体現したからです。
それに比べて、この事件に対する幕府の裁定は終始じつにあいまいな、煮え切らないものでした。
軍事政権としての幕府は、たった100年ですでに死に体だったんです。
もし国学者がおらず、天皇回帰の思想がなかった場合、ギズモさんのおっしゃるとおり江戸幕府体制が続いていたかもしれません。
が、その場合はあの弱腰の幕府のことです。
西洋諸国の植民地にされて、幕府自体が西洋諸国の傀儡政権となっていた可能性が高いとおもいます。
最後の将軍慶喜が、維新勢力に向けては大政奉還したけど、海外に対しては毅然と立ち向かう……というようなことはなかなか想像できません(笑)
もし幕府が西洋の傀儡政権になった場合、国教としてキリスト教が広められていたか、ギズモさんのおっしゃったように仏教主体で、そこにキリスト教がまじりあう、いわばキリシタンの「マリア観音」のような習慣が生まれたかもしれません。
日本の奇跡は、あの時代に西洋に隷属せず、志士が幕府を打倒して、国家として独立する道を選べたことでした。
そのように考えていくと、日本人がいま日本人として生きていることは、数奇な運命のようにもおもえます。
個人的には、痛くないなら死んでも構わなかったんですが、ざんねんながらなかなかの痛みと不快感でした(笑)
ある人は、歩いてる途中でいきなり心筋梗塞を発症。意識を失って、バタンと倒れ込んだというんです。
それで歯が数本折れたんですが、倒れている間は痛みもなにもなく、臨死体験をしたそうです。
そのとき、じぶんが生かされていると確信し、この確信と同時になぜか意識が戻り、自力で救急車を呼んだといいます。
発症する前に、胃もたれのような症状があったらしいんですが、その点はぼくもよく似ていました。
その人がいうには、先日風呂場で倒れて亡くなった中山美穂さんは、強い発作に見舞われたあとは、速やかに意識を失って長い苦しみはなかったのではないか、ということでした。
ぼくの場合、症状が出てから最初は息切れがすごかったんですが、日に日によくなってきて、いまは半日農作業ができています。
ほんとうは休んでいたいんですが、ぼちぼち農閑期も終わりなので、仕方ありません(笑)
おもしろいと言っていいのかわかりませんが、おもしろかったのが、血液がうまく体内を巡らないと、食事がうまく消化できなくなることでした。
消化不良の症状が強く出たんですが、最初はなぜこんな症状が出るのかわかりませんでした。
ご飯を食べると胃に血液が集まるといいますが、血液がうまく集まらないと日常生活のあらゆるところに支障が出るんですね。
市販の胃薬を飲むとほとんど即効的に効くのもおもしろい発見でした。
これも日が経つごとにすこしずつ回復していますし、おかげで自然にダイエットができています(笑)
感染性胃腸炎、大流行してると聞きました。
胃腸が炎症を起こしているときは、絶食するのが医療的にも正しいみたいですね。
ウイダーインゼリーやカロリーメイトのような液状の栄養補給だと腸管を刺激しないのでよいのかもしれませんが、ほんとうにしんどいときはそもそも口になにかを入れること自体がつらいことでしょう。
ぼくもここ数日、くだんの消化不良がたたって腸炎のような症状が出て、まあぼくの場合腸炎はよくあることなんですが、きのうはひさびさに絶食して、16時間くらい布団に入っていました。
もう、内臓全般がガタガタですね(笑)
いまこの記事を書いている3月17日は夜から広域自治会の集会があって、これもほんとうは休みたいのだけど、そういうわけにもいきませんから、なんとか体調を整えて出席します(笑)
(その後自治会集会はなにごともなく無事に終わりました)
水が合わないというお話なんですが、そういえば最近うちの浅井戸のポンプが壊れて、ポンプを買い替えて設置したんです。
浅井戸ですからサビの鉄分がよくあがってくるし、水質はよくないんですが、ここに移住してきたときに、ご近所さんが「むかしはそんな井戸の水でも歯磨きくらいはしてたとおもう」とおっしゃいました。
というのも、半世紀ちょっとさかのぼると、このあたりでは上水も山の上流に流れている水をそのまま簡易水道として各家に引いていたそうで、もちろん塩素消毒などもされておらず、衛生面での信頼がない水でした。
そういった水にも頼らなければならなかったのがほんの半世紀前の日本の中山間部の現実です。
その時代を生きてこられた80歳のご近所さんいわく、上水がくるようになってからのわれわれの水のつかい方は、「ケタが違う」のだそうです(笑)
うちのあたりは地域の溜池の水を浄化して山の頂上のタンクに電動で汲み上げて、そこから自然落水で各家庭に水を届けているといいます。
そういう根本的なところを考えていくと、いくら塩素消毒していても、「その土地の水」の特色はありますよね。
土地によって水質や、含まれている微量な要素がちがうのは当然で、そこに住まう人や、訪れた人のカラダにもなんらかの作用を及ぼすことでしょう。
さて、前回宿題にしていた話をさせていただきます。
「当時の国学者の研究がなければ、いまだに徳川のような政治体制が続いており、仏教が主流となり、天皇制にはならなかったということもあるのかもしれません。」
司馬さんは「江戸時代は終わるのが遅すぎた」とおもっていたようです。
江戸時代は100年ちょっとでべつの体制に転換しておけばよかった、というのです。
たとえば司馬さんの著作『竜馬がゆく』では、江戸幕府の崩壊に向かっているのに、竜馬はなかなか動き出さないんですね。
それに対してほかの志士が苦言を呈すると、「いや、まだ幕府は腐りきってはいない。いずれぐずぐずに腐って腐り落ちるが、まだそのときではない」というようなことを言って、幕府が崩壊するのを待つんです。
幕府はじつは、江戸中期あたりからは体を為していませんでした。
というのも、江戸時代の武士は仕官することで幕府や藩から給料をもらっていたでしょう。
武士とは、いわば軍人です。
軍人ですから国を守ることが仕事なんですが、鎖国をしていた当時の日本では、じつは軍人なんてそれほど必要ではなかったんです。
江戸幕府や藩というのは、ようするに軍事政権でした。
天皇の盾となってこの国を守ってやるぞ、ということを大義名分にして、実質的に日本の政治を牛耳っていたわけです。
しかし国内は封建主義のシステムでなんとかやっていけているし、外敵もない時代が長く続いています。
幕藩は武士の人数を維持するための儀式ばかり増えて、国を守るという実務がスカスカになるんですね。
いわゆる「忠臣蔵」がまさにそういう話なんです。
江戸城で朝廷の饗応役をおおせつかった中に浅野内匠頭がいて、その指示役として吉良上野介がいました。
饗応役なんて武士以外のだれかがやってもよさそうなものです。
しかし武士は余っていますから、饗応の専門職を設けたりはせず、全国の武士、それも殿様が集まって接待をするんですね。
そのお役目の最中にすったもんだあって、浅野内匠頭が吉良上野介に脇差で斬りかかり、周囲の者が「浅野殿が殿中で刀を抜いた。浅野殿、ご乱心か。殿中でござるぞ」と止めた。
こういう場合、武士のルールとしては「喧嘩両成敗」が基本なんですが、なぜか浅野内匠頭だけが即日切腹。
吉良上野介はおとがめなしだったんですね。
それでお家断絶となった赤穂藩の家臣たちが「武士の一分」を果たそうではないかと、吉良上野介を天誅するわけです。
この史実と、後年につくられた「忠臣蔵」という物語がなぜ日本中をとりこにしたのかというと、すでに武士という存在が形骸化していた時代に、赤穂藩の連中が武士のイズムを体現したからです。
それに比べて、この事件に対する幕府の裁定は終始じつにあいまいな、煮え切らないものでした。
軍事政権としての幕府は、たった100年ですでに死に体だったんです。
もし国学者がおらず、天皇回帰の思想がなかった場合、ギズモさんのおっしゃるとおり江戸幕府体制が続いていたかもしれません。
が、その場合はあの弱腰の幕府のことです。
西洋諸国の植民地にされて、幕府自体が西洋諸国の傀儡政権となっていた可能性が高いとおもいます。
最後の将軍慶喜が、維新勢力に向けては大政奉還したけど、海外に対しては毅然と立ち向かう……というようなことはなかなか想像できません(笑)
もし幕府が西洋の傀儡政権になった場合、国教としてキリスト教が広められていたか、ギズモさんのおっしゃったように仏教主体で、そこにキリスト教がまじりあう、いわばキリシタンの「マリア観音」のような習慣が生まれたかもしれません。
日本の奇跡は、あの時代に西洋に隷属せず、志士が幕府を打倒して、国家として独立する道を選べたことでした。
そのように考えていくと、日本人がいま日本人として生きていることは、数奇な運命のようにもおもえます。
心臓の違和感には、さぞかし肝を冷やしたことと思います。
食べるものは薬ではないので、即効性はあまり期待できないかもしれませんが、徐々に改善されてくるのではないでしょうか。
身体の違和感や痛み、つらさがなくなってきたという実感の他、献血時の検査により数値でわかるというのは励みになりますね。
一週間の制限された食事で体調が戻ってきているということは、継続する意欲につながると思いますが、減量も食事制限もあまりストイックにならず、負担にならない程度で長く続けることが大事なのかもしれません。
絶食の事ですが。
今まで感染性の胃腸炎になったことが数回ありますが、ぜんぶ、上海から帰った時に限定されていました。
渡航していないのになったのは、今回が初めてです。
帰国直後、または帰国する最後の日から発症し、その都度病院へ行きましたが、一応検査はしても、結果が出るのはほぼ一週間後。
ビオフェルミンのような整腸剤しか処方されないので、治るまで神妙に待つしかありません(笑)
検査の結果は特に心配のあるものではなく、大腸菌によるもので、「渡航者感染症」と言われます。
どの医師も、「菌やウイルスを体外に出さないといけないので、下痢を止めてはだめ。水分は充分に摂り、絶食。食べたら治りが遅くなるし、症状がひどい時はお腹はすかない」と言います。
何度かそんなことを繰り返しているので、早く治したいなら絶食ということを、忠実に守りました(笑)
と言っても絶食のつらさはまったくなくて、医師の言うとおり、かなり良くなってこないとお腹はすきません。
今回、つらい真っ最中に、食べないとだめだよという人がいて、本当にイライラしました(笑)
説明するのもつらかったので、イライラマックスでした(笑)
その主人は、私から二日遅れて感染し、頭痛と嘔吐で、さすがに仕事は四日間行けませんでした。
半日ほどでいくらか落ち着いた時、何か食べると言い出しました。
食べないと仕事に行く体力がつかないという気持ちだったようです。
絶食しないと治らないと言ってるのに、どうしても食べるというので、しかたなく、おかゆにする?と聞いたところ、おかゆは食べたくないと、こともあろうにワンタンのカップ麺を作りだしました←年に一回くらい無性に食べたくなるので、一個だけストックしてある貴重品です(-_-;)
その結果、食べた直後、もののみごとにひどくなりました。
「だから、言ったとおりでしょ?」と鬼の首でもとったように言いましたが、懲りたのか、その後二日間絶食してました(笑)
上海に行った時は、当然水道の水は飲みませんし、生ものも食べず、気をつけているのですが、かなりの確率でお腹にきます。
一家全滅だった時もありました。
病院で言われたのは、その土地の常在菌みたいなもので、そこに住んでいる人は大丈夫なのに、外部の人にだけかかるという類いのものらしいです。
茨城県の鹿島神宮に行った時のことですが、池みたいなところでご神水を汲めます。
カラのペットボトルを売っている売店で、「私たちは子どものころから飲んでるからなんでもないけど、飲む時は煮沸してくださいね」と言われました。
ホームページにも、書かれています。
ご神水で胃腸炎になったら、神様に文句を言いたくなりますね(笑)
海外でのことも、この神水も、いわゆる水が合わない、水あたりということなのでしょうね。(追記:ご神水は、お風呂に入れました)
先日娘も胃腸炎になり、39度以上の発熱、娘婿も感染しました。
どこからの感染かは不明ですが(時期的に私ではありません)、感染性胃腸炎は本当に猛威を振るっています。
沖縄の人やイヌイットなど、どこでも昔からの伝統食から現代的な食生活に移行してしまう傾向があるんですね。
最初にコロナが流行った時、日本人は外国人に比べあまり重症化しない(死亡率が低い)のは、日本人の食生活のおかげだという説がありました。
日本のどこの家庭でも食べている、和食中心の生活がいいということですね。
マクドナルドやミスドの長蛇の列を見ると、現代人の食生活を心配してしまいます。
私も年に数回は食べますが(笑)
EPAなどのお話、ありがとうございます。
血管内のプラークの説明もとてもわかりやすく、EPAの重要性を認識できました。
以前、魚肉ソーセージが非常によいということを聞いたことがあります。
それを思い出し、さっそく買ってきました。
「おさかなすきやね」、私も実行開始です(笑)
今日は、昼に納豆を食べたので、夜はワカメ・ちくわ(一応さかな)・シイタケ・エノキ・マイタケ・長ネギを炒め、バターをちょっぴり入れて、ポン酢で味付けしたものを作ります。
魚肉ソーセージはおやつにしました(笑)
陳皮の粉ですが、ずっとヨーグルトに入れ、混ぜて食べていました。
週一くらいなので、これからは毎日摂ろうと思ったのですが、乳製品の摂りすぎはよくないといいますので、スープやお味噌汁にでも入れようかなと考えました。
ここで、農園主さんが、「みかんの甘い風味と同時に粉山椒のような風味があって~~~」と書いていらしたのを思い出しました。
お料理にかけると、粉っぽく、均等に混ざらないと思い避けていたのですが、たまたま牛肉の佃煮を作ったので、振りかけて食べてみました。
もう3年以上食べていますが、初めて陳皮の粉の「味」がわかりました。
あ、こんな味だったのか~~と(笑)
ということで、ヨーグルトや汁物でなく、おかずにかけたりして、継続していくことにします。
「ギリギリのタイミングでこういった情報にたどりついたのも、ご縁があってのことだとおもいます」と書いてくださっていますが、それは私も同じで、プラスチックの薬を一生飲まなくてすみそうな情報、貴重なお話をこのタイミングで書いてくださり、ご縁を心より感謝しています。
こちらこそ、ありがとうございます。
そろそろ農閑期も終わりでしょうか。
忙しくなることと思いますので、ペースはくれぐれもご無理のないようにお願いします(*^。^*)
食べるものは薬ではないので、即効性はあまり期待できないかもしれませんが、徐々に改善されてくるのではないでしょうか。
身体の違和感や痛み、つらさがなくなってきたという実感の他、献血時の検査により数値でわかるというのは励みになりますね。
一週間の制限された食事で体調が戻ってきているということは、継続する意欲につながると思いますが、減量も食事制限もあまりストイックにならず、負担にならない程度で長く続けることが大事なのかもしれません。
絶食の事ですが。
今まで感染性の胃腸炎になったことが数回ありますが、ぜんぶ、上海から帰った時に限定されていました。
渡航していないのになったのは、今回が初めてです。
帰国直後、または帰国する最後の日から発症し、その都度病院へ行きましたが、一応検査はしても、結果が出るのはほぼ一週間後。
ビオフェルミンのような整腸剤しか処方されないので、治るまで神妙に待つしかありません(笑)
検査の結果は特に心配のあるものではなく、大腸菌によるもので、「渡航者感染症」と言われます。
どの医師も、「菌やウイルスを体外に出さないといけないので、下痢を止めてはだめ。水分は充分に摂り、絶食。食べたら治りが遅くなるし、症状がひどい時はお腹はすかない」と言います。
何度かそんなことを繰り返しているので、早く治したいなら絶食ということを、忠実に守りました(笑)
と言っても絶食のつらさはまったくなくて、医師の言うとおり、かなり良くなってこないとお腹はすきません。
今回、つらい真っ最中に、食べないとだめだよという人がいて、本当にイライラしました(笑)
説明するのもつらかったので、イライラマックスでした(笑)
その主人は、私から二日遅れて感染し、頭痛と嘔吐で、さすがに仕事は四日間行けませんでした。
半日ほどでいくらか落ち着いた時、何か食べると言い出しました。
食べないと仕事に行く体力がつかないという気持ちだったようです。
絶食しないと治らないと言ってるのに、どうしても食べるというので、しかたなく、おかゆにする?と聞いたところ、おかゆは食べたくないと、こともあろうにワンタンのカップ麺を作りだしました←年に一回くらい無性に食べたくなるので、一個だけストックしてある貴重品です(-_-;)
その結果、食べた直後、もののみごとにひどくなりました。
「だから、言ったとおりでしょ?」と鬼の首でもとったように言いましたが、懲りたのか、その後二日間絶食してました(笑)
上海に行った時は、当然水道の水は飲みませんし、生ものも食べず、気をつけているのですが、かなりの確率でお腹にきます。
一家全滅だった時もありました。
病院で言われたのは、その土地の常在菌みたいなもので、そこに住んでいる人は大丈夫なのに、外部の人にだけかかるという類いのものらしいです。
茨城県の鹿島神宮に行った時のことですが、池みたいなところでご神水を汲めます。
カラのペットボトルを売っている売店で、「私たちは子どものころから飲んでるからなんでもないけど、飲む時は煮沸してくださいね」と言われました。
ホームページにも、書かれています。
鹿島神宮では御手洗池の取水口より清水をくむことができますが、山水ですので必ず煮沸をしてから口にしてください。
ご神水で胃腸炎になったら、神様に文句を言いたくなりますね(笑)
海外でのことも、この神水も、いわゆる水が合わない、水あたりということなのでしょうね。(追記:ご神水は、お風呂に入れました)
先日娘も胃腸炎になり、39度以上の発熱、娘婿も感染しました。
どこからの感染かは不明ですが(時期的に私ではありません)、感染性胃腸炎は本当に猛威を振るっています。
沖縄の人やイヌイットなど、どこでも昔からの伝統食から現代的な食生活に移行してしまう傾向があるんですね。
最初にコロナが流行った時、日本人は外国人に比べあまり重症化しない(死亡率が低い)のは、日本人の食生活のおかげだという説がありました。
日本のどこの家庭でも食べている、和食中心の生活がいいということですね。
マクドナルドやミスドの長蛇の列を見ると、現代人の食生活を心配してしまいます。
私も年に数回は食べますが(笑)
EPAなどのお話、ありがとうございます。
血管内のプラークの説明もとてもわかりやすく、EPAの重要性を認識できました。
以前、魚肉ソーセージが非常によいということを聞いたことがあります。
それを思い出し、さっそく買ってきました。
「おさかなすきやね」、私も実行開始です(笑)
今日は、昼に納豆を食べたので、夜はワカメ・ちくわ(一応さかな)・シイタケ・エノキ・マイタケ・長ネギを炒め、バターをちょっぴり入れて、ポン酢で味付けしたものを作ります。
魚肉ソーセージはおやつにしました(笑)
陳皮の粉ですが、ずっとヨーグルトに入れ、混ぜて食べていました。
週一くらいなので、これからは毎日摂ろうと思ったのですが、乳製品の摂りすぎはよくないといいますので、スープやお味噌汁にでも入れようかなと考えました。
ここで、農園主さんが、「みかんの甘い風味と同時に粉山椒のような風味があって~~~」と書いていらしたのを思い出しました。
お料理にかけると、粉っぽく、均等に混ざらないと思い避けていたのですが、たまたま牛肉の佃煮を作ったので、振りかけて食べてみました。
もう3年以上食べていますが、初めて陳皮の粉の「味」がわかりました。
あ、こんな味だったのか~~と(笑)
ということで、ヨーグルトや汁物でなく、おかずにかけたりして、継続していくことにします。
「ギリギリのタイミングでこういった情報にたどりついたのも、ご縁があってのことだとおもいます」と書いてくださっていますが、それは私も同じで、プラスチックの薬を一生飲まなくてすみそうな情報、貴重なお話をこのタイミングで書いてくださり、ご縁を心より感謝しています。
こちらこそ、ありがとうございます。
そろそろ農閑期も終わりでしょうか。
忙しくなることと思いますので、ペースはくれぐれもご無理のないようにお願いします(*^。^*)
ウイルス性胃腸炎、ほんとうに大変だったとおもいます。
ぼくもふだんから腸のトラブルを抱えているので、おなかが痛いときのつらさはわかるつもりですが、絶食4日間は病院の指示などでなく、ご自身の意志でなされたのでしょうか。
だとしたら、すごいことです。
ぼくの場合は、よほどでないと食い気が勝ってしまいますので(笑)
先日から海藻やきのこと、繊維質のつよい食べ物ばかり紹介しましたが、どちらも少量でじゅうぶん効果がある食材ですから、胃腸に負担がかからないように、すこしずつ長く続けてくださいね。
五島三菜、海藻と野菜で、しかも乾物なので日持ちも効いて、パーフェクトですね。
五島列島は椿油で練った乾うどんも有名ですが、決して大きいとはいえない散り散りになった島々の集合体の中で、これほど洗練された伝統食文化が生まれるのは、ちょっとめずらしいとおもいます。
五島三菜とキノコのお料理は、ほんとうにいうことなしの健康食です。
先日の情報で終わりだと言ったはずなのに、あれからさらに調べて、とうとう行きつくところまで行った最後の情報をひとつだけ追加させてください(笑)
血栓のもとになるのは血管プラークなんですが、このプラークが破裂しないように安定化させる、EPAという物質があります。
よくDHA・EPAというサプリメントで販売されているのでご存知だとはおもうんですが、青魚に特に多く含まれています。
EPAは医薬品にもなっていて、血栓症の治療などにもつかわれるそうです。
血管内のプラーク(脂肪の垢)が破裂すると、血液がこれを傷と勘違いして、血管内にかさぶたをつくってしまいます。
これが血栓なんですが、EPAには、このプラークが破裂しないように安定させてくれる作用があるそうな。
EPA自体は油なので、いわば「油をもって油を制す」みたいな感じでしょうか。
体内の脂質をEPAに置き換えることで、血管内のプラークを安定化。
しかも、血管内で盛り上がったプラークの壁を、なだらかにして血液を通りやすくしてくれるといいます。
納豆はできてしまった血栓を溶かしてくれる作用がありますが、EPAはそもそも血栓ができにくい状態をつくってくれる、という作用があるようです。
むかしはエスキモーと呼んでいましたが、北極圏の先住民であるイヌイットは、アザラシやセイウチなどの海獣を狩って食べていました。
農作物がとれる土地柄ではありませんから肉食でしたが、不思議なことにヨーロッパのデンマークと比較すると、心臓病など血液疾患による死亡率は非常に少なかったそうです。
そこで海獣の肉の組成を調べてみると、魚類を主食にしているため、肉に魚油(DHAやEPA)が豊富に含まれていました。
さらにイヌイットの血液を調べると、やはり非常にEPAが多かったらしいんです。
古くからイヌイットはケガをすると血が止まりにくかったともいいます。
つまり血がサラサラだったんですね。
EPAには血小板凝集を防ぐ作用(かさぶたをつくるのを防ぐ作用)もあるといいます。
しかしアザラシやセイウチは海獣ですから、いくら魚を食べているとはいえ、肉の組成には飽和脂肪酸もたっぷり含まれています。
この飽和脂肪酸による血栓症リスクを上書きしてくれるくらい、不飽和脂肪酸の血液疾患予防の効果が大きいということですね。
この研究は1970年ごろのもので、その後イヌイットも現代的な食生活をするようになったみたいですから、いまはふつうに心臓病のイヌイットもいることでしょう。
EPAはいわゆるオメガ3脂肪酸といわれる部類の油になるんですが、おなじオメガ3脂肪酸の仲間にはアマニ油やエゴマ油があります。
またくるみに含まれる脂肪分もオメガ3脂肪酸です。
これらも血液をサラサラにする作用があるといいますから、摂取する油を置き換えることで、コレステロールによる血液疾患のリスクを下げることができるようです。
ただ、オメガ3脂肪酸は酸化しやすく、酸化すると毒性を帯びるという特徴がありますから、新鮮なものを摂取するのがよいようですね。
ところで、血液疾患の予防食を促進するための「おさかなすきやね」という標語があるそうです(笑)
お……お茶
さ……さかな
か……海藻
な……納豆
す……酢
き……きのこ
や……やさい
ね……ねぎ類
このリストをみていると、日本の伝統食がいかに健康食だったかを考えさせられてしまいます。
と、ここまで書いたところで正直に言いますが、前回ぼくが返信してからなので一週間ほど前、心臓に違和感をおぼえました。
おそらく以前からの血栓症の波状攻撃が心臓にもやってきたようで、もはや進退窮まりました。
これからのぼくの食生活は、もう人生を通して「おさかなすきやね」になっていきそうです(笑)
この一週間、かなり制限した食事をしているんですが、体調はかなり戻ってきました。
これからは一年ほどかけて減量します。
痩せること自体が、血栓症予防と心臓への負担を減らすようですから。
かなり痩せにゃならんのですが、背水の陣ですから、なんとかなりそうな気がします。
なにせ、肉を食べるのが怖くなっています(笑)
しかしここしばらく、一連の血管の健康の話をギズモさんに向けてさせていただいていたおかげで、ぼく自身にも知識がついて、命が助かったとおもっています。
特にEPAの重要性、それからこれは極端なので言わなかったんですが、脂肪の摂りすぎはどんなに健康によいとわれるものでも血栓症になりうるという情報を得て、そこからいまはかなり徹底した脂肪制限をしています。
ギリギリのタイミングでこういった情報にたどりついたのも、ご縁あってのことだとおもいます。ありがとうございました。
というわけで、結局今回もカラダの話になってしまいました。
次回は先に予告しておきますが、以前のギズモさんの、
「当時の国学者の研究がなければ、いまだに徳川のような政治体制が続いており、仏教が主流となり、天皇制にはならなかったということもあるのかもしれません。」
というお話から、話を広げさせていただこうとおもっています。
ぼくもふだんから腸のトラブルを抱えているので、おなかが痛いときのつらさはわかるつもりですが、絶食4日間は病院の指示などでなく、ご自身の意志でなされたのでしょうか。
だとしたら、すごいことです。
ぼくの場合は、よほどでないと食い気が勝ってしまいますので(笑)
先日から海藻やきのこと、繊維質のつよい食べ物ばかり紹介しましたが、どちらも少量でじゅうぶん効果がある食材ですから、胃腸に負担がかからないように、すこしずつ長く続けてくださいね。
五島三菜、海藻と野菜で、しかも乾物なので日持ちも効いて、パーフェクトですね。
五島列島は椿油で練った乾うどんも有名ですが、決して大きいとはいえない散り散りになった島々の集合体の中で、これほど洗練された伝統食文化が生まれるのは、ちょっとめずらしいとおもいます。
五島三菜とキノコのお料理は、ほんとうにいうことなしの健康食です。
先日の情報で終わりだと言ったはずなのに、あれからさらに調べて、とうとう行きつくところまで行った最後の情報をひとつだけ追加させてください(笑)
血栓のもとになるのは血管プラークなんですが、このプラークが破裂しないように安定化させる、EPAという物質があります。
よくDHA・EPAというサプリメントで販売されているのでご存知だとはおもうんですが、青魚に特に多く含まれています。
EPAは医薬品にもなっていて、血栓症の治療などにもつかわれるそうです。
血管内のプラーク(脂肪の垢)が破裂すると、血液がこれを傷と勘違いして、血管内にかさぶたをつくってしまいます。
これが血栓なんですが、EPAには、このプラークが破裂しないように安定させてくれる作用があるそうな。
EPA自体は油なので、いわば「油をもって油を制す」みたいな感じでしょうか。
体内の脂質をEPAに置き換えることで、血管内のプラークを安定化。
しかも、血管内で盛り上がったプラークの壁を、なだらかにして血液を通りやすくしてくれるといいます。
納豆はできてしまった血栓を溶かしてくれる作用がありますが、EPAはそもそも血栓ができにくい状態をつくってくれる、という作用があるようです。
むかしはエスキモーと呼んでいましたが、北極圏の先住民であるイヌイットは、アザラシやセイウチなどの海獣を狩って食べていました。
農作物がとれる土地柄ではありませんから肉食でしたが、不思議なことにヨーロッパのデンマークと比較すると、心臓病など血液疾患による死亡率は非常に少なかったそうです。
そこで海獣の肉の組成を調べてみると、魚類を主食にしているため、肉に魚油(DHAやEPA)が豊富に含まれていました。
さらにイヌイットの血液を調べると、やはり非常にEPAが多かったらしいんです。
古くからイヌイットはケガをすると血が止まりにくかったともいいます。
つまり血がサラサラだったんですね。
EPAには血小板凝集を防ぐ作用(かさぶたをつくるのを防ぐ作用)もあるといいます。
しかしアザラシやセイウチは海獣ですから、いくら魚を食べているとはいえ、肉の組成には飽和脂肪酸もたっぷり含まれています。
この飽和脂肪酸による血栓症リスクを上書きしてくれるくらい、不飽和脂肪酸の血液疾患予防の効果が大きいということですね。
この研究は1970年ごろのもので、その後イヌイットも現代的な食生活をするようになったみたいですから、いまはふつうに心臓病のイヌイットもいることでしょう。
EPAはいわゆるオメガ3脂肪酸といわれる部類の油になるんですが、おなじオメガ3脂肪酸の仲間にはアマニ油やエゴマ油があります。
またくるみに含まれる脂肪分もオメガ3脂肪酸です。
これらも血液をサラサラにする作用があるといいますから、摂取する油を置き換えることで、コレステロールによる血液疾患のリスクを下げることができるようです。
ただ、オメガ3脂肪酸は酸化しやすく、酸化すると毒性を帯びるという特徴がありますから、新鮮なものを摂取するのがよいようですね。
ところで、血液疾患の予防食を促進するための「おさかなすきやね」という標語があるそうです(笑)
お……お茶
さ……さかな
か……海藻
な……納豆
す……酢
き……きのこ
や……やさい
ね……ねぎ類
このリストをみていると、日本の伝統食がいかに健康食だったかを考えさせられてしまいます。
と、ここまで書いたところで正直に言いますが、前回ぼくが返信してからなので一週間ほど前、心臓に違和感をおぼえました。
おそらく以前からの血栓症の波状攻撃が心臓にもやってきたようで、もはや進退窮まりました。
これからのぼくの食生活は、もう人生を通して「おさかなすきやね」になっていきそうです(笑)
この一週間、かなり制限した食事をしているんですが、体調はかなり戻ってきました。
これからは一年ほどかけて減量します。
痩せること自体が、血栓症予防と心臓への負担を減らすようですから。
かなり痩せにゃならんのですが、背水の陣ですから、なんとかなりそうな気がします。
なにせ、肉を食べるのが怖くなっています(笑)
しかしここしばらく、一連の血管の健康の話をギズモさんに向けてさせていただいていたおかげで、ぼく自身にも知識がついて、命が助かったとおもっています。
特にEPAの重要性、それからこれは極端なので言わなかったんですが、脂肪の摂りすぎはどんなに健康によいとわれるものでも血栓症になりうるという情報を得て、そこからいまはかなり徹底した脂肪制限をしています。
ギリギリのタイミングでこういった情報にたどりついたのも、ご縁あってのことだとおもいます。ありがとうございました。
というわけで、結局今回もカラダの話になってしまいました。
次回は先に予告しておきますが、以前のギズモさんの、
「当時の国学者の研究がなければ、いまだに徳川のような政治体制が続いており、仏教が主流となり、天皇制にはならなかったということもあるのかもしれません。」
というお話から、話を広げさせていただこうとおもっています。
出典のURLまで書いていただき、ありがとうございます。
出典を読んだだけでは読みにくくわかりにくい情報(気が遠くなりそうでした(笑))を、かなりかみ砕いて書いてくださったので、す~~っと理解することができ、おもしろく読ませていただきました。
おもしろく、という言い方は失礼にあたるかもしれませんが、それだけ興味を持ってひきこまれるように読めました。
あらためて、キノコと海藻を食べることの重要性を認識しました。
今まで、切り干し大根やヒジキを使い、油揚げやさつま揚げ、ちくわなどをプラスした煮物をたまに作っていましたが、最近おもしろい乾物を見つけました。
「五島三菜」は、大根・人参・ひじきの三種類を干したものですが、他にも、ひじきと訂正:干したごぼうのミックスなども売ってます。
これとキノコを煮て、常備菜にしようと、買いだめしました(笑)←売っているところが限られているので。
ワカメは、ポン酢で食べたり、お味噌汁もいいですね。
胆汁酸吸着レジンのお話、びっくりです。
コレステロール値が下がっていなければ、この「プラスチック」を一生飲めと言われたわけですね・・・。
以前調べたらかなり副作用が多い薬だったので、薬に弱い私は飲まないと決めていましたが、樹脂(プラスチック)と聞いて、ますます飲む気はありません。
海藻、キノコの他、ココア、納豆、大豆、こんにゃくだったら、継続して摂れますし、コレステロール値のみならず、身体にいいに間違いないでしょう。
沖縄の食べ物のお話も、ためになりました。
沖縄料理というと、ゴーヤチャンプルーは時々作りますが、クーブイリチー、クーブジューシーは知りませんでした。
時々、じゅーしー、という豚肉の混ぜご飯の素のようなものは見かけますが、昆布料理もあったんですね。
薩摩藩が中国への輸出品として北海道から昆布を取り寄せたというのも、実に興味をひくお話です。
豚バラ・ニンジン・刻み昆布・豆腐の炒め物、作ってみます。
刻み昆布は、塩昆布やワカメでも代用できそうですね。
お書きになっていらっしゃるように、野菜、きのことお肉を塩昆布で炒めたクーブイリチーに陳皮パウダーで不老長寿。
同感です(笑)
スパムは大好きで、ポーク卵はたまに作ります。
スパムと卵を焼くだけですが、とってもおいしいんですよね。
ハムやウインナ、スパムのような加工肉は身体に悪いといいますが、身体に悪いものほどおいしい、のかもしれません(笑)
今回の記事でいちばん驚いたのは、血液検査の結果から、多血症にたどりついたということでした。
これはすごい発見だったと思います。
血栓症予防にも、キノコや海藻、野菜、陳皮パウダー、納豆などに特効があるようですし、食生活で改善されれば何よりです。
民間療法の延長と書いていらっしゃいますが、とんでもない。
立派な根拠のある、役立つお話をありがとうございました。
きちんと実行して、よりよい健康体質を作るよう努めます。
実は2月18日に、ウィルス性胃腸炎にかかりました。
すごく流行っているとは聞いており、知人もなったりしていましたが、まさかの感染でした。
食中毒ではなく、風邪が胃腸にきたということのようですが、2日間、眠れないほど頻繁にお腹をこわし、胃の違和感もありました。
熱が出る人が多いようですが、頭痛はあったものの、熱はでませんでした。
4日間の絶食を経て、復活するまで一週間かかりました。
インフルエンザが下火になってからウイルス性胃腸炎が大流行し、誰かがどこかでウイルスを撒いているのでは、と疑いたくなります(笑)
土井善治(訂正:善晴)さんですが、民藝とも関りがあるようですね。
民藝と言えば、立春に宇都宮の「栃木県立美術館」に行った時のことです。
展示室のひとつに、柳宗悦の息子、柳宗理のデザインした椅子が一脚ありました。
それも、監視員の座る折りたたみ椅子の隣に置かれていたので、展示品とは思わず、うっかり座るところでした(笑)
あまりにヒマすぎて、監視員もいなかったもので、勘違いしてしまいました。
私、この「監視員」を、ずっと「学芸員」と思っていましたが、監視員なんですね。
京都の龍谷ミュージアムも人が少なく私だけだったのですが、バッグからシャーペンを出してメモしようとしたら、部屋の隅から飛んできて「鉛筆しか使えません」と、鉛筆を渡してくれました。
シャーペンなんですけど、と言い訳するのも面倒だったので、謝ってお借りしました。
数年前、金沢の「石川県立美術館」に行った時も私ひとりだったのですが、展示室が多いんです。
私が部屋を移動するたびに、監視員の女性がついてきて椅子に座るのですが(追記・監視員はおひとりだったので、私と一緒に移動していました)、なんだか申し訳なくてゆっくり鑑賞してしまいました(笑)
数日前、豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたものを作ってみました。
多めに作って冷凍しましたが、オムレツにのせてもよさそうですね。
胃腸もほぼ本調子に戻りましたので、張り切ってキノコや海藻を食べることにします(笑)
こちらはひな祭りの日にまさかの雪が降りました。
翌日もパラパラで、積もりませんが、とっても寒かったです。
まだしばらくは寒そうですが、風邪などひかないよう、お気をつけくださいね。
出典を読んだだけでは読みにくくわかりにくい情報(気が遠くなりそうでした(笑))を、かなりかみ砕いて書いてくださったので、す~~っと理解することができ、おもしろく読ませていただきました。
おもしろく、という言い方は失礼にあたるかもしれませんが、それだけ興味を持ってひきこまれるように読めました。
あらためて、キノコと海藻を食べることの重要性を認識しました。
今まで、切り干し大根やヒジキを使い、油揚げやさつま揚げ、ちくわなどをプラスした煮物をたまに作っていましたが、最近おもしろい乾物を見つけました。
「五島三菜」は、大根・人参・ひじきの三種類を干したものですが、他にも、ひじきと訂正:干したごぼうのミックスなども売ってます。
これとキノコを煮て、常備菜にしようと、買いだめしました(笑)←売っているところが限られているので。
ワカメは、ポン酢で食べたり、お味噌汁もいいですね。
胆汁酸吸着レジンのお話、びっくりです。
コレステロール値が下がっていなければ、この「プラスチック」を一生飲めと言われたわけですね・・・。
以前調べたらかなり副作用が多い薬だったので、薬に弱い私は飲まないと決めていましたが、樹脂(プラスチック)と聞いて、ますます飲む気はありません。
海藻、キノコの他、ココア、納豆、大豆、こんにゃくだったら、継続して摂れますし、コレステロール値のみならず、身体にいいに間違いないでしょう。
沖縄の食べ物のお話も、ためになりました。
沖縄料理というと、ゴーヤチャンプルーは時々作りますが、クーブイリチー、クーブジューシーは知りませんでした。
時々、じゅーしー、という豚肉の混ぜご飯の素のようなものは見かけますが、昆布料理もあったんですね。
薩摩藩が中国への輸出品として北海道から昆布を取り寄せたというのも、実に興味をひくお話です。
豚バラ・ニンジン・刻み昆布・豆腐の炒め物、作ってみます。
刻み昆布は、塩昆布やワカメでも代用できそうですね。
お書きになっていらっしゃるように、野菜、きのことお肉を塩昆布で炒めたクーブイリチーに陳皮パウダーで不老長寿。
同感です(笑)
スパムは大好きで、ポーク卵はたまに作ります。
スパムと卵を焼くだけですが、とってもおいしいんですよね。
ハムやウインナ、スパムのような加工肉は身体に悪いといいますが、身体に悪いものほどおいしい、のかもしれません(笑)
今回の記事でいちばん驚いたのは、血液検査の結果から、多血症にたどりついたということでした。
これはすごい発見だったと思います。
血栓症予防にも、キノコや海藻、野菜、陳皮パウダー、納豆などに特効があるようですし、食生活で改善されれば何よりです。
民間療法の延長と書いていらっしゃいますが、とんでもない。
立派な根拠のある、役立つお話をありがとうございました。
きちんと実行して、よりよい健康体質を作るよう努めます。
実は2月18日に、ウィルス性胃腸炎にかかりました。
すごく流行っているとは聞いており、知人もなったりしていましたが、まさかの感染でした。
食中毒ではなく、風邪が胃腸にきたということのようですが、2日間、眠れないほど頻繁にお腹をこわし、胃の違和感もありました。
熱が出る人が多いようですが、頭痛はあったものの、熱はでませんでした。
4日間の絶食を経て、復活するまで一週間かかりました。
インフルエンザが下火になってからウイルス性胃腸炎が大流行し、誰かがどこかでウイルスを撒いているのでは、と疑いたくなります(笑)
土井善治(訂正:善晴)さんですが、民藝とも関りがあるようですね。
民藝と言えば、立春に宇都宮の「栃木県立美術館」に行った時のことです。
展示室のひとつに、柳宗悦の息子、柳宗理のデザインした椅子が一脚ありました。
それも、監視員の座る折りたたみ椅子の隣に置かれていたので、展示品とは思わず、うっかり座るところでした(笑)
あまりにヒマすぎて、監視員もいなかったもので、勘違いしてしまいました。
私、この「監視員」を、ずっと「学芸員」と思っていましたが、監視員なんですね。
京都の龍谷ミュージアムも人が少なく私だけだったのですが、バッグからシャーペンを出してメモしようとしたら、部屋の隅から飛んできて「鉛筆しか使えません」と、鉛筆を渡してくれました。
シャーペンなんですけど、と言い訳するのも面倒だったので、謝ってお借りしました。
数年前、金沢の「石川県立美術館」に行った時も私ひとりだったのですが、展示室が多いんです。
私が部屋を移動するたびに、監視員の女性がついてきて椅子に座るのですが(追記・監視員はおひとりだったので、私と一緒に移動していました)、なんだか申し訳なくてゆっくり鑑賞してしまいました(笑)
数日前、豚ひき肉としいたけとタマネギのみじん切りを甘辛く炒めたものを作ってみました。
多めに作って冷凍しましたが、オムレツにのせてもよさそうですね。
胃腸もほぼ本調子に戻りましたので、張り切ってキノコや海藻を食べることにします(笑)
こちらはひな祭りの日にまさかの雪が降りました。
翌日もパラパラで、積もりませんが、とっても寒かったです。
まだしばらくは寒そうですが、風邪などひかないよう、お気をつけくださいね。
