山麓王国

2024年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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『昭和天皇物語』をお読みいただき、いろいろな興味深いお話をたくさん、ありがとうございます。

能條純一さん、ご存じだったんですね。
好みの絵柄とは言えませんが、人物の特徴がわかりやすいので、特に気になることはありませんでした。
女性の顔をふっくらとかわいらしく描いているのは、いいですね。

天皇の位置づけ、天皇に対する思想は、わずか10歳の差でまるっきり違うんですね。
歪んだ、と言っていいのかわかりませんが、思想教育を押しつけられた子どもは、大きくなったときにどんな考え方をしていったのか、気になります。

あの漫画では、満州国について、昭和天皇には事実が伝えられていなかったことが書いてあり、驚きました。
私の今までの認識では、戦争関連・満州国のことは、すべて天皇が知っていて、諸々の決断をしたと思っていたからです。
だからこそ、戦争責任を問われたのだと。

司馬さんと半藤さんの関係、知りませんでした。
教えていただき、ありがとうございます。

司馬さんの苦悩を知った上での半藤さんの昭和史は、単なる昭和の歴史を書くのとは違う、見えない重みがあると思います。


今回もいろいろと教えていただき、ありがとうございました。
あの漫画を読んでいると、軍の話あたりから、まったく聞いたことがない人物が続出しました。
いずれ、半藤さんの昭和史なども、読んでみます。

わたくしごとで恐縮ですが、やっとネット環境が復活しました。
ご心配をいただき、申し訳ありませんでした。

NTTから2台(前は1台)、ソフトバンクから1台送られてきたのですが、ルーターとモデムの接続方法が以前と大きく変わっていて、なかなか大変でした(笑)
そして無事開通後、新しいデスクトップの設定がまたけっこう厄介で(笑)

その後、セキュリティソフト、仕事関連のソフトなどのインストール、USBに入れておいたファイルなどの移し替えに、ずいぶん時間がかかってしまいました。

お母様のパソコンの買い替えに、もう1台必要というお話、とてもよくわかります!!
デスクトップが動かなくなったとき、Microsoftのサポートは電話がなくチャットなので、やっぱり他にパソコンがないとだめなんです。
遠隔サポートもないので、もうどうしようもありませんでした(笑)


今日は台風でかなり荒れる予報でしたが、さほどでもなく、もうじき通り過ぎそうでほっとしています。

ネットが使えなくなったこの一週間ほどは、非日常の連続で、普段と違うところで頭を酷使することがあったり、やらなければならないことができないのによけいな用事が増えたりと、精神的ストレスの多い日々でした。
様々なことが進化しているのにやることが簡素化されず、逆に煩雑になっているということを痛感しました。

まだまだ暑い日がありそうですが、睡眠不足になりませんように。
なんだか、すっかり暑さに慣れたような気がします(笑)
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今回はかなり長い記事になりました。
ちょうど終戦に近い時期ですが、とりとめのない話なので、適当に拾いやすい話題を拾っていただければとおもっています(笑)



『昭和天皇物語』、読ませていただいています。

むかし、作画の能條純一さんの将棋の漫画『月下の棋士』を読んだことがあります。

画力のある漫画家さんですが、やはり女性が積極的に読みたい絵柄ではないですよね(笑)



東郷平八郎の意には沿わない学者が「天皇の耳には入れたくない授業」をする話はたいへん興味深かったです。

しかしかれらはその道の学問を究めたからこそ、軍国イデオロギーに毒されずにいられたわけで、そのようなリベラルな教育は天皇にのみ施されていたんですよね。

いま現在のわれわれにとって常識のような学識は、大正当時には、天皇にのみ与えられるような特権的なものだったわけです。

国民に向けては、明治・大正・昭和とグラデーションがかかっていくように、徐々に国粋主義的な愛国教育が幅を利かせるようになりました。

とりわけ大東亜戦争に至ってからは国民への思想教育は苛烈を極めました。

ただ、この思想教育はかならずしも軍部だけが積極的におこなっていたというわけではありません。

教育勅語やマスコミの煽りを軸に、国民に火がついて、国民同士でお互いに思想教育をやりあい、「軍部を育てた(増長させた)」という一面が強かったのです。

以前この話をしたかもしれませんが、司馬遼太郎の随筆集『この国のかたち』に、こんな話がありました。

司馬さんは学徒動員で軍隊を経験しているんですが、かれが還暦を越えたあたりで、10歳ほどしか違わない下の世代たちと会う機会があったそうです。

そこで「ボクの青少年期には、天皇ということはあまりいわれませんでしたよ」と話しても、相手に理解してもらえなかったといいます。

なぜかというと、大正生まれで強制的に軍人になった人は、むしろ世間から隔離されていて、軍隊での上意下達さえ守っていれば、三食食えていたし、特に「天皇のために死ね」というような思想教育はほとんどなかったらしいのです。

しかし戦争末期に少年だった昭和生まれの世代は、多感なころに周囲から「天皇は絶対である」という思想教育の虐待を受けていたんですよね。

だから、司馬さんが軍隊で天皇についてうるさくいわれなかったということは、たった10歳ほど下の世代には、よく理解できなかったそうです。

司馬さんいわくこの昭和ひとケタの世代は、「精神の上で、最大の戦争の被害者」なのだそうな。

その虐待というのは、たとえば小学校でさえ軍隊的に組織され、校長が連隊長、学級長が小隊長といった具合で、生徒たちはこれら隊長の命令で、真冬でも裸足で登下校させられたといいます。

もちろんそういった命令は、各学級に飾られている天皇の肖像画のもとにおこなわれるわけです。

司馬さんはこの話を仙台で聞いたというのですが、当然東北の仙台ですから、冬の寒さはたいへんなものだったでしょう。

ぼくが子供のころにある教師から聞いた話だと、集団疎開先のお寺で、出された食事が合わず、廊下で戻してしまったところ、教師から「お国が危急存亡の中、申し訳ないとおもわんのか」とさんざんぶん殴られたあげく、吐いた吐しゃ物を飲まされたというのです。

その伝聞がほんとうかどうかはぼくにはわからないのですが、ぼくの心に強烈な印象を残している話です。

少なくとも、当時の国民同士が目の色を変えて、子供に異様な教育をしていたのは間違いないでしょう。



半藤さんの『日本のいちばん長い日』では、天皇や陸軍大将を含む政治中枢がポツダム宣言の受諾を決めた……つまり敗戦を受け入れるとなったときに、陸軍の青年将校たちがクーデターを起こそうとしたところを描いています。

上官が決めたこと、不可侵の神である天皇が決めたことであるにもかかわらず、青年将校という若手の立場にある連中が、軍国イデオロギーに染まり切って、「最後の最後まで戦い抜いて、国民も総玉砕せにゃならんだろう」といって、ポツダム宣言受諾を阻止しようとする。

大東亜戦争はもっと早く、原爆が落とされるより前に終わらせられなかったのか、という話もありますが、もはや軍の上層部も、天皇でさえ、国民の意志がああも盛り上がってしまっていては、中途半端なところでは止めるに止められない状況だったのだとおもいます。



話を天皇に戻しますが、たとえばヒトラーは典型的な西洋的な皇帝の性質をもっています。

ヒトラー自身が非常に頭のキレる人間で、大衆扇動や組織の統制もみずから行っていました。

西洋の皇帝の代表といえばナポレオンですが、かれもたいへんなキレ者で、この優秀さが独裁につながっていきます。

そういう意味では昭和天皇はやはり東洋的な皇帝でした。

昭和天皇も賢い人ではありましたが、西洋の独裁者のような一代限りのカリスマとは一線を画しています。

今回の大河ドラマの「光る君へ」もそうですが、日本では天皇は官僚の傀儡(あやつり人形)のようになってしまうんですよね。

中国の皇帝もそうなんですが、天皇自身が独裁的に社会を動かすという例は、ほとんどありません。

天皇は世襲制で、どんなに愚昧でも、どんなに幼少でも、官僚が支えていくんですよね。

そのかわり、たとえ優秀でキレ者の帝であっても、やはり天皇はシンボルにすぎず、官僚が実質的に国家を動かしていくわけです。

しかし昭和天皇は独裁者となった瞬間があります。

それはポツダム宣言受諾のときと、それから漫画の最初にも描かれていましたが、マッカーサーとの会談のときだったといえるでしょう。

昭和天皇は終戦に向けて動き出し、鈴木貫太郎を総理大臣に、阿南惟幾を陸軍大将に推します。

かれらは天皇の親衛隊ともいえる理解者でしたから、天皇はかれらを政治中枢に据えることで、終戦への道筋をつけたといえます。

そして戦後、マッカーサーに対して命乞いをせず、それどころか国民を救うように求めたこと。

このふたつの大問題において、若き天皇はだれにもおもねらないじぶんの采配によって国民の運命を決定づけたんですよね。

戦後日本人は昭和天皇に戦争責任を問いましたが、皮肉なことに、昭和天皇は大東亜戦争を終わらせ、終戦後に国民を守るときにだけ、明確に独裁者だったというのがぼくの解釈です。



ところで、半藤一利さんなんですが、あの人は司馬遼太郎が書けなかった昭和について書いたという点で、司馬さんの後継者のような存在なんですよね。

実際司馬さんの担当編集者だった時代があり、司馬史観をじゅうぶんに吸収した人でもありました。

司馬さんは敗戦を経験したときに、日本という国に絶望しました。

それでむかしの日本人はもうすこしマトモだったんじゃないか、古い日本人のよさを発掘していこう、と考えたところから、歴史作家のキャリアがスタートするんです。

結果、日本史を鮮やかに切り取ってヒーローを生み出す大作家になるわけですが、昭和史だけは書けませんでした。

司馬さんいわく、あの時代はまるで魔法使いがあらわれて、日本という輝ける国家を暗い森に変えてしまったようだ、というのです。

司馬さんはその魔法を解くカギを、よそから借りるのではなく、自前のカギで開けたいとおもい、そのカギはほとんどできかかっているのだけど、開けることができないといいました。

司馬さんは軍人でしたから、大東亜戦争の不条理を当事者として経験しているわけです。

その司馬さんが、当時の軍部中枢の人物とも対談し、煮え切らぬ官僚答弁のような逃げ口上を受けて、ほんとうに苦しいおもいもしている。

ぼくからすれば、そんな司馬さんが昭和史を書けないのは当然だとおもうし、実際司馬さんは昭和を書くと発狂するとまでその苦しみを吐露する中、半藤さんが昭和史を引き継ぐんですよね。

半藤さんは昭和5年生まれですから、司馬さんより10ほど年下の、まさに「精神の上で、最大の戦争の被害者」です。

しかしある意味では戦争の現場を直接経験したわけではありませんから、昭和史をもっとも上手に客観視できる世代でもあります。

その半藤さんの研究した昭和史は、まだしばらく日本の昭和を理解するためのスタンダードであり続けるのではないかとおもっています。



デスクトップのパソコン、気の毒でしたね。

キーボードやディスプレイはつかいまわしがききますし、部屋にデスクトップ専用のスペースがあって邪魔にならないなら、腰を据えて作業するのにデスクトップは便利だとおもいます。

ギズモさんはデスクトップは仕事用として、ノートパソコンと分けて活用なさっているようですし、本体を買い替えて2台目として活用するのもいいのではないでしょうか。

うちの母も最近パソコンが壊れたのですが、一台しか持っていないので、結局ぼくがネットショッピングで買い替えて、実家に届くように手配しました。

ぼくはというとノートパソコンを2台持っているので、もし片方が壊れても、もう一台で買い直しの手配ができます。

といっても一台はほとんどゲームにつかっているんですけどね(笑)

最近、やっぱりゲームを遊ぶならデスクトップがいいなあ、とおもっていて、そのうちお小遣いをためてゲーミングPCを買ってやろうと画策しています。



暑さの心配をいただいて、ありがたいです。

おかげさまで、ことしはスポーツドリンクをタイミングをみて飲むようにして、作業中にはいただいたネッククーラーを利用して乗り切っています。

ギズモさんも、先日集中豪雨があったとニュースで知りましたが、問題なかったでしょうか。

2024年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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変えることができない点をつないでいく。
とてもわかりやすい言い方を、ありがとうございます。

歴史の専門家は、実際に考えたことが突飛だったりすると、発表しにくいということもあるでしょうね。
本当の考えとは異なることを発表するということもありそうです。

その点小説家なら、どんな無茶なことを書いても、「小説だから」ですむわけです。

だから、最近のNHKの大河ドラマをはじめ、変わった視点の歴史物語が展開されても、そのつじつまの合わなさを追求することなく、気軽に楽しめるのかもしれません。

「生存説」のウィキペディアがあるんですね。
ありがとうございます。
どれもありそうで、おもしろいです。
これも、想像の世界ですね。
それこそ、点をつないでいったらいろいろな説ができあがりそうです。

昨日、イトーヨーカドーというスーパーで、いちまさの「うな次郎」を見つけました!
こちらでは売っていないものと思っていたので、びっくりです。
本当に、よくできていますね。
タレと山椒までついていて、本物と勘違いしそうなものでした。


先日偶然、おもしろい無料漫画を見つけました。

「スキマ」という電子書籍サイトの中の、『昭和天皇物語 』(全15巻 4巻分期間限定無料)。

https://www.sukima.me/book/title/BT00004...

絵面はともかく、原作は昭和史に詳しい半藤一利(追記=邪馬台国九州説の人なんですね)なので、ほぼ事実によるものかと思います。

皇太子時代のご進講で、「神話は歴史とは違う」と教える学者、「人間の祖先はサル」と断言する学者が描かれており、当時の天皇の在り方を考えると、爆弾発言だったと思います(笑)

とりあえず無料分だけ読んでみようと思っているのですが、昭和天皇が一般的に周知されているイメージと違うように感じ、なかなか興味深く、おもしろいです。

ところで、デスクトップパソコンが、とうとう・・・とうとう!!
作動しなくなりました( `ー´)ノ

NECのサポート、Microsoftのサポートも相談しましたが、8,1のまま使っていたのでedgeがまったく使えなり、初期化しても10を導入できるとは断言できず、初期化が成功してGoogle chromeを導入するとNECのサポート外になり、リスクも大きいということでした。

おかしくなった時点でデスクトップ画面にあったものはUSBに移したのですが、パソコンを新しくするとインストールできない音楽関係のソフトもあるので、けっこうなショックを受けています」(-_-;)

こんなに早く使用不可(書き間違いでした)になるなら(NECの人は、よく10年以上もったと思います、と、、、)、4月にノートパソコンを買わないで、もう二度とインストールできないものも潔くあきらめて、デスクトップを買っておけばよかった(T_T)

それにしても異常な暑さですが、大丈夫ですか?
冷たいものは普段から摂らないのですが、果物がゴロゴロ入ったゼリーにはまっています。
口当たりがいいせいでしょうか、生き返る気がします。

この暑さでは気をつけようもないでしょうが、夏バテしないよう、少しでも睡眠とお食事、そしておいしいお酒も(笑)しっかりとって、乗り切ってくださいね。
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ぼくはよその国の神話のことはよく知らないのですが、ちょっと真剣に取り組んでみようかとおもっています。

ギズモさんのおっしゃったように、神話と実際の歴史は地続きです。

なので、各国の神話を読む場合、その国の神話当時の古代から現代にまでつながる人々の精神性であるとか、文化的な側面、地理的な関係にまで踏み込んでいかないと理解できないので、大仕事になるんですよね。

そしてこれもギズモさんがおっしゃっていた通りで、歴史は想像していくものですよね。

ヘンなたとえですが、歴史について考えるのは、星座をつなぐのに似ているかもしれません。

考古学的に立証された物的証拠や、残された文物、実際に起こったできごとなどを点とします。

これらはもう固まった出来事なので、変えることができません。

しかしそれをどう線でつなぐのかというのは、個人の裁量でどうにでもなるところも多いんです。

だから、歴史小説でその作家が、歴史上の人物をどのように切り取って、歴史的事実の行間をどう想像したのかは、読み手として最大の楽しみです。

たとえば最近、『極楽征夷大将軍』を聞きました。

あれは足利尊氏・直義兄弟の人生を描く話なんですが、歴史的事実の点を見事な星座につないだような作品でした。



高木彬光さん、推理小説家なんですね。ずいぶんおもしろそうな作家で、興味があります。

『邪馬台国の秘密』もおもしろそうです。

ぼくは推理小説の分野にうとく、かろうじて山田風太郎さんは名前を知っていますが、その知己である高木彬光さんは知りませんでした。ギズモさんはよほど推理小説を読み込まれてるんですね。

チンギスハンと義経の同一人物説は根強くささやかれていますが、あれはいわゆる「ヒトラーは死んでいなかった」の類の伝説で、特に影響力のある権力者が非業の死を遂げた場合に起こりやすい現象だとおもいます。

Wikipediaには「生存説」という項目があって、死後の生存がささやかれた人物が列挙されていました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%...



ところで、ぼくの卑弥呼の話は、おそらく考えた人はいるのだとおもいます。

けれどこういう話は発表しづらいんじゃないかと推測しています。

なぜなら、初代天皇からの初期の系譜に、憶測で手を突っ込んでかき回すようなことをしたら、思想的にうるさい人がなにを騒ぎ立てるかわかりません(笑)

なにせ、証拠らしい証拠のない話ですから。

これこそ、森鴎外の『かのように』が伝えていたことで、わが国では初代神武天皇からの天皇は、たとえ疑わしいにせよ存在した「かのように」しておかねばならない、アンタッチャブルなところなので、そこを証拠もなしにまことしやかなことをいうと、それこそなにをされるかわかりません(笑)

しかし、大々的に発表せずとも、こういうことを内々に気づく、たのしむということが、歴史を愛好する人間にとって喜びなのはまちがいないですね。
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マッサージ機で刺激してしまったのでしょうか。大変な思いをなさいましたね。
でも、ベストな解決方法が見つかってよかったです。
うっかり整形外科に行くと、リハビリ(電気とかマッサージとか)に延々と通わされ、いつまでたっても効果がないということが多いです。

今回も、とてもおもしろく、新鮮な興味を持って読ませていただきました。

前回No,1490を書いたあと、ずっと考えていたことがあります。
それは、神様が実在したかしないかは関係なく、神話と歴史はたぶん密接なつながりがあるのではないか、ということ。
そして、歴史というのは、どんな些細な情報でも信憑性がないことでも、いろいろなことをつなぎ合わせたり切り落として、想像していくものではないか、ということでした。
想像するということは正確な歴史とは違いますが、様々なことがどんどん塗りかえられていく時代に、これが正解というものはないに等しいのかもしれません。
そこで、自分なりに想像し、構築していくことが、歴史との向き合い方のように思えたのですが、それは決して確証を得ることを前提にしたり、正確な結論を導き出すものでなくてもよい、とも思いました。

そんなわけで、今回の記事を読ませていただき、想像というところでシンクロしたように感じ、ちょっとびっくりしました(笑)

ずいぶん前に高木彬光の『成吉思汗の秘密』を読んだのですが、名探偵が入院して退屈な時に謎を解くベッド・ディテクティブの形をとっているので、いわゆる推理小説なのですが、チンギスカン(チンギスハン)と源義経が同一人物だという事を検証していくお話です。

歴史もののような堅苦しさがなくおもしろかったのですが、この作家が『邪馬台国の秘密』を書いていました。
昭和47年なので、まだ教科書では邪馬台国は九州にあったと書かれていた頃かもしれませんね。
まだ読んでいませんが、やはりベッド・ディテクティブ形式で、卑弥呼、邪馬台国の謎を解いていくお話のようです。
ネットで調べると、『魏志倭人伝』の内容は正確なものだと仮定(断定?)して、書いているようでした。

それにもう一冊、『古代天皇の秘密』というものもありました。
神武天皇は存在したのか、大和朝廷の謎、隼人族、熊襲族、天孫降臨、神話の解明など、古代史の実像に迫る、と書いてありました。
こちらも興味あります。

歴史について自分なりの考えを書きたかったのを、歴史小説とはせず、入院中の探偵が謎を解き明かしていくという推理小説の形をとったことに、この作家の拘りを感じます。


邪馬台国や卑弥呼にはあまり関心がなかったのに、農園主さんの記事から大変興味を持ってしまいました(笑)

農園主さんが書いていらっしゃることは、想像、フィクションであるのかもしれませんが、歴史的な一考察なので、どこか別の場で発表なさる機会があればいいなと思います。


いつも、いろいろな刺激をありがとうございます(人''▽`)
知りたいことが広がるというのは、本当にありがたいことです。
私にとっては、ネットであれこれ調べたりいろいろな本を読むよりも、農園主さんの記事の方が、わかりやすく興味深く読めるので、うれしいです。
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肩こり、運動で治ったのならなによりです。

ぼくは数か月前に、温泉でマッサージ機をつかったのをきっかけに、ひどい肩こり(四十肩)にみまわれて、肩の運動もしたのですがよけいに悪化の一途をたどりました。

なにせ夜も眠るのに苦労するくらいの痛みだったので途方に暮れて、鎮痛消炎効果のある湿布を貼ったところ楽にはなったのですが、どうもじわじわした痛みが残って、具合がわるいんです。

そこで、わらにもすがるおもいで、エレキバンがそのままネックレスになったマグネループというアイテムを買いました。

これが、ぼくにはよく効きました。

いまもつけてるんですが、肩の不調はウソのように治まっています。

そんなこともありましたから、もししつこい肩こりで、運動でも治らないようことがありましたら、磁気アイテムもご検討ください(笑)



鬼のお話、興味深かったので、そちらで広げようかともおもったのですが、今回は卑弥呼で広げてみようとおもいます。

帚木蓬生さんの作品にはいままで読んだことがないのですが、また機会のあるときに触れてみようとおもいます。

今回も長い話になるんですが、こういう視点で卑弥呼の話をした人を見かけたことがないので、ちょっと興味深いのではないかとおもっています。



卑弥呼については、詳細な記述は魏志の倭人伝に頼るほかないんですよね。

倭人伝は西暦でいうと200年代末に中国で書かれたもので、これは古事記や日本書紀より400年以上も前ということになります。

ですから、古事記を編纂する当時、日本にはすでに倭人伝の情報が渡来していた可能性があります。

あるいは渡来人が倭人伝のことを知っていた可能性もあります。

そう考えると、日本神話におけるアマテラスの物語は、倭人伝の卑弥呼の一節を参考にしている可能性があるのではないか。

きょうは倭人伝が日本に渡来していたと仮定して、古事記と卑弥呼の「フィクション」をお話したいとおもいます。



古事記編纂の当時、朝廷に卑弥呼が統治してきた時代のヤマトのことをはっきり知る者はいませんでした。

なにせ文字のない時代でしたから、じぶんの祖父母より向こうのご先祖がなにをしていたかなんて、よほどしっかりと口伝で残していないと、だれもそんなことを知らない時代です。

江戸時代ですら、中期にもなると人々は「天地開闢以来ずっと徳川が世をおさめていたのだ」と漠然とおもっていたといいます。

古代の人々が数世代以前の統治者をおぼえていなかったり、あいまいなのは当然といえるでしょう。

しかし大陸から渡ってきた書物の「倭人伝」には、卑弥呼なる巫女が、いかにもヤマトのごとき「邪馬台国」という国を統治していたという記述があります。

もうすでに数百年も前の出来事であり、朝廷にそのことが口伝されていない以上、そういったことが実際にあったかどうか、確かめるすべはありません。

もちろん日本より文明のすぐれた大陸から渡ってきた書物ですから、正確性はあるとおもいます。

でも国内に卑弥呼を知る者がおらず、過去のことを口伝でまとめるにあたっては、もう神武からは天皇で進めていこうと筋立てが決まってしまっていました。

そこで苦肉の策として、この出来事は天皇の御代よりも前、高天原の神代に起こったエピソードにしようではないか、ということになったのです。



そのように想像すると、日本神話におけるある矛盾に、一定の理由付けができるようにもおもえます。

それはなにかというと、アマテラスは高天原に存在したわけですよね。

そのあとで、ニニギノミコトが九州に降臨し、初代神武天皇が奈良に東征する。

なのに、奈良に墳墓があるといわれる卑弥呼がアマテラスと似てるなんて、時系列がおかしいじゃないかという問題です。

もしアマテラスと卑弥呼が同一人物なら、せめて卑弥呼は天孫降臨の地である九州にいたということでないと、つじつまが合いません。

それで、長い間歴史家は、卑弥呼の畿内説と九州説でもめていたわけです。

しかしいま説明したとおり、太安万侶らが古事記・日本書紀を編纂するにあたって、朝廷の中ではすでに卑弥呼のことは無視して、天皇が統治していたことにしようという筋立てがあったのではないでしょうか。

しかし倭人伝の卑弥呼のエピソードを無視するわけにはいかないから、あくまで神話時代の挿話として、アマテラスの天岩戸の物語として差し込んだ。

そうすれば、倭人伝もいちおうそれとなく日本の歴史に差し挟んだかっこうにはなるし、この歴史書の時系列の狂いに一定の理由付けができます。



ところで、奈良の箸墓古墳は卑弥呼の墓ではないかという説があります。

箸墓古墳には倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)がまつられているといいます。

第7代孝霊天皇の娘といわれるのですが、初期の時代の天皇は、実際に存在していたかどうかあいまいなんです。

あいまいなので、西暦何年にだれが日本を統治していたかもわかりません。

しかしある学者によると倭迹迹日百襲姫命こそが卑弥呼なのではないかというのです。

卑弥呼が西暦200年代末に存在したことを考えると、おおむね孝霊天皇の御代に卑弥呼が存在したというのも、納得できるところではあります。

ただ、そうすると倭人伝における卑弥呼が「女王」であり、男王を立てると世が乱れたという記述とは、食い違いが出てしまう。

なぜなら、古事記・日本書紀ではこの時代の天皇は男で固まっているからです。

この時代に女王統治されていたという記述は、古事記・日本書紀にはありません。



ぼくはどう考えるかというと、倭迹迹日百襲姫命に近い存在が卑弥呼として当時の日本を統治していたとはおもうのです。

しかし先ほども述べたように、古事記や日本書紀といった歴史書を編纂する時代には、初代からの天皇については、各豪族の口伝などで、おおむね筋立てが決まっていたとします。

もう、天皇が統治していたというストーリーで決まりでしょ、ということになってしまっているわけです。

なのに倭人伝には卑弥呼の記述がありますし、実際女王統治の時代はあったのでしょう。

なにせ倭人伝は、いつ卑弥呼が日本を統治していたかもはっきり書いているので、古事記・日本書紀を編纂する側としてはどうにも具合がわるいのです。



というのも、古事記や日本書紀の目的は、天皇家、そして日本という国家の正当性と、その権力のあらましを、文章という形で残すことでした。

ですから、歴史書としての正確性は二の次でした。

正確な記録を残すのが目的ではなくて、「日本は天皇が統治する国である」ということを示すことが目的だったのです。

なので極端なことをいえば、古事記や日本書紀が書かれるより以前の日本のありように関しては、べつにあいまいでも問題なかった。

もう少し突っ込んだことをいえば、朝廷の有力な豪族たちが、その歴史で文句を言わず、納得してくれるのであれば、ほんとうの歴史じゃなくてもなんの問題もなかったのです。

占いで統治していた女王の時代があって、男の王をたてると国が乱れたなんて話よりも、初代から男の天皇が代々統治していたとするほうが、朝廷の重臣たちからすると納得がいく。

なのに、時代まではっきりしている倭人伝に、卑弥呼という女王がいたと書かれてしまっているわけでしょう。

日本という国の歴史は、日本人が決めるべきもののはず。

たとえ大陸で書かれた正確性の高い歴史書であるにせよ、朝廷の重臣たちの顔を立てないわけにはいきません。

けれど倭人伝を完全に無視するというわけにもいかないしなあ……と思案した結果、あのあたりの時代のことはうやむやにして、倭人伝の卑弥呼の件はアマテラスの挿話にしてしまおう、ということになった、という物語です(笑)



じつは古事記・日本書紀研究においても、二代目から九代目までの天皇の時代は、「欠史八代」などといわれる、存在があいまいな時代なんですよね。

言い換えれば「この時代の天皇はほんとうに実在したのか」という議論があるのです。

古代史はあいまいなところが多い分、こういった想像を差し込むゆとりがあるのは、たのしいですね。

というわけで、この話はあくまでフィクションとして聞いていただきたいのですが、実際古代の朝廷の、記紀編纂の現場はこんな感じだったんじゃないかとおもっています。
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それは大変でしたね。
アプリの数が多いとずいぶんと厄介な作業だと思います。
お疲れ様でした(o_ _)o))

ネッククーラー、お役に立っているようでよかったです!
去年、リング型の物を買ったのですが、すぐに冷たさを感じなくなってしまうのと、着け心地がゴリゴリ感満載で、引き出しにしまい込んでしまいました。
外で使用すると、すぐぬるくなってしまいますよね。
年々夏の暑さがひどくなっているので、もうちょっといいものが改良されてくるといいのですが。

かぐや姫、神話のお話など、さらに詳しいご説明をありがとうございます。

アマテラス・卑弥呼・壱与の関係性のお話は、ちょっとした衝撃で、興味を覚えました。

このあたりを少しだけ調べていて、私の好きな作家、帚木蓬生が『日御子』を書いていたのを思い出しました。
(書き足し)帚木蓬生の作品は殆ど読んではいるのですが、日御子はこの作家にしては珍しいのと、卑弥呼にさほど興味がなかったので敬遠していました。
近いうち、読んでみようと思います。

卑弥呼は小学校の教科書にも登場する人物ですし、邪馬台国がどこにあったかも書き換えられてきています。
やはり、日本の歴史を語る上では、欠かすことができない、重要なものなのでしょうね。
私の捉え方としては、歴史というより、神話に近いもののような気がします。

鬼の伝説の話を読ませていただき、大江山の酒呑童子のことは知っていますが、他になにかあったかと調べてみました。
そこで、こんなサイトを見つけましたが、農園主さんは、ご存じのことばかりと思います。

https://www.uminokyoto.jp/feature/detail...

ここで「土蜘蛛」という言葉があり、それが記憶に引っかかっていたのですが、京都の六波羅蜜寺(空也上人で有名な)の節分だったと思いあたりました。

節分に合わせて2回お参りに行ったのですが、ただ豆を撒くだけでなく、鬼ではなく土蜘蛛を退治する儀式がありました。
土蜘蛛は鬼だということを、さきほどのサイトで知りました←2回観ても理解できていなかったという(笑)

さらに、「鬼は土蜘蛛と呼ばれ、天皇に従わなかった地方の豪族といわれています」と書いてありました。
農園主さんのご見解のとおりですね。
また新しく興味のあるお話ばかり、ありがとうございました。

余談です。
お声がけをいただいたので、4月からさらに一ヶ所仕事を増やしました。
どこも月に2~3回なのですが、2日続くとけっこうな疲労があり、疲れが取れない状態が続いています。
特に、首肩の凝りがひどく、それに伴い頭痛もありました。
マッサージに行きたいと思いながら、仕事のイベントも控えていて、準備に追われ時間もなく、しまいには歯まで浮いてきました。

そこで、騙されたと思って(自分に使うことばではないですね(笑))、本当に簡単な、肩周りをほぐす(らしい)運動を3分ほどやってみたところ、不調が明らかに改善されてきました。
まだ1週間もたちませんが、こんな些細なことでほぐれるなら、もっと早くやっておけばよかったと(^_^;)
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ここ数日、スマホのスピーカーが故障したことで、買い替えをしていました。

きのう届いて、まるまる一日かけて設定をしました。アプリの移動などいろいろラクにはなったとおもうんですが、ひとつひとつのアプリを以前とおなじ使い勝手にしようとおもうと手間がかかりますね。



それと、先日非常に暑い日がありました。

35度以上の猛暑で、さすがに農作業をするのもたいへんなんですが、いただいたネッククーラーを利用させていただきました。

生地の素材がやわらかく、冷却素材の幅が広いので、着け心地もよく、首の後ろ全体を冷却してくれて、たいへん助かりました。

これから夏に重宝します。ありがとうございました。



かぐや姫については、以前にもお話ししたとおもうんですが、もともとは神仏習合ですよね。

かぐや姫を迎えにきた存在が不老不死の薬を人間に与えるところから、ぼくはあれは薬師如来がモデルなのではないかといいました。

かぐや姫は本地垂迹(仏教の仏が渡来するまでの間、日本神話の神の姿を借りてあらわれたという伝説)にもとづいているのだとおもいます。

つまり、大陸からきた神仏が、日本の神々よりも優位だった時代の話ですね。

というのも、竹取物語におけるかぐや姫は異界の神仏の一族で、その一族の力には帝(神道)でもかなわない、という話でしょう。

もしこれが明治から終戦までのように、天皇を一神教のように崇める国家神道だったら、帝(天皇)が負けてしまう物語がつくられるはずはありません。

竹取物語の当時の日本では、大陸からやってきた仏教が隆盛を極めていて、神道の威光・信仰が薄れていました。

そこで、神道は仏教に取り込まれるカタチで生き残りをかけたんですよね。
それが神仏習合です。

大陸から渡来した文化は、それだけ当時は強大だととらえられていました。

だから、異界の一族に天皇も手出しできないという物語も、抵抗なく受け入れられたのでしょう。

前回は神話からアプローチしてかぐや姫を考えましたが、日本神話とかぐや姫を結び付けるのは近世以降のムーブメントであって、それ以前のかぐや姫は、神と仏の融合した「神仏」だったのだとおもいます。

富士山かぐや姫ミュージアムのお話は、竹取物語とはべつのカタチで、非常に仏教色の強いかぐや姫の物語ですよね。

近世以前にさかのぼると、かぐや姫の物語も「仏教説話」のような形で各地に伝わっていたのかもしれませんね。



日本神話がほんとうにあったかどうかというお話ですが、細かいディテールまで実際にあったと考えるよりは、大雑把にそういったことがあった、と考えるのが通例のようです。

たとえば登場人物はひとりではなく、集団をあらわすケースが多いですね。

ニニギノミコトの息子である山幸彦・海幸彦は、それぞれその当時九州で影響力を持っていた天孫族と隼人族をあらわすとされています。

神話では山幸彦・海幸彦という人物がいた、というのですが、実際は集団同士の争いがあったということを、縮図のように神の物語としたのでしょう。

鬼(あるいは元をたどれば「わに」か)が、大陸からの異人をさしていたというのも、そうですね。

〇〇という鬼がいたという伝説になってはいますが、鬼そのものが「国家の安寧をおびやかす異人の一群」という属性をあらわしているわけです。

日本の鬼の多くは、日本海側(あるいは日本海側に近い内陸)、そして瀬戸内海に近い場所にその伝承が多いです。

太平洋側ではあまり鬼の伝説を聞きませんが、それはやはり、鬼が大陸からわたってくるときのルートにかかわりがあるんですよね。

やはり日本海側からやってくるか、九州の福岡あたりを経由して、瀬戸内海の海を渡ってくるというルートになるわけで、実際日本の多くの鬼の分布もそうなっています。

そして大陸からわたってきた連中が朝廷の国家安寧をおびやかす存在になったときには、国家の威信をかけて討伐した。

それが神話や民間伝承において、かれらを「鬼」という悪のアイコンに仕立てたんですね。



ところでそのように、神話の登場人物をひとりの人間として考えない、というやり方でみていくと、アマテラスの伝説と卑弥呼の魏志倭人伝の伝説にもつながりが感じられます。

アマテラスが天岩戸に隠れると、世の中が真っ暗闇になり、おかしな神々がはびこるようになった。

そこで多くの神々がなんとかしてアマテラスを引っ張り出したという、アレです。

魏志倭人伝では、卑弥呼は邪馬台国(これはやはりヤマト国につながることでしょう)をおさめていて、彼女が死ぬと男の王が立ちます。

しかしその男の王を不服として国が乱れたといいます。

そこで卑弥呼の血縁にあったまだ13歳の壱与(台与)をあらためて女王としたところ、国の乱れがおさまったというのです。

つまり、アマテラスをひとりの人物と考えるのではなく、卑弥呼と壱与の「女王の時代」として考えるわけです。

天岩戸にかくれたというのは、卑弥呼が亡くなったこと。

その後天岩戸からまたあらわれたというのは、壱与が改めて女王となったということをあらわしている、と考えるとどうでしょう。

魏志倭人伝においては「卑弥呼には弟がいた」という記述がありますが、それが果たしてスサノオなのかどうかはわかりません。

卑弥呼の後に立った男王と、卑弥呼の弟のつながりについても魏志倭人伝にはなにも書かれていません。

しかしこの血縁についても、実際のきょうだいであるというよりは、国という単位でみて最終的に朝廷という形に集約されていくまでの、各地の王族などの集団を、あたかも血縁のように描いていると考えるほうが自然だとおもいます。

もちろんこれらの話は仮説のひとつなわけですが、日本神話の場合、やはり集団の権力争いや国同士の物語が下地になっている、と考えると、実際の出来事と接点が得られることも多いんですよね。
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私のつまらない妄想話から、思いもよらなかったことを、詳しく、そしてわかりやすくご説明いただき、ありがとうございます。

大雑把な神話の系図は知っていても、見落としている神様や、関係が理解できていなかったものが、かなりあったことに気がつきました。
私がお参りしたことがある神社で、オオヤマツミが主祭神のところは少ないのですが、先月行った秩父の宝登山神社では主祭神でした。
コノハナサクヤヒメの父親だったんですね。

香用比売ですが、読み方を誤って覚えていました。
そして、同じ読み方でも、違う神様もいたんですね、迦具夜比売。

讃岐垂根王の話、朝熊神社と浅間神社の話、すべてが、とても興味深いです。

しっかり気合を入れて読ませていただきました(笑)

神話や、神話から派生した話というのは、こうやって偶然の重なりを紐解いていく楽しさ、おもしろさがありますね。
農園主さんのご見解は、本当にうなってしまうことばかりです。

静岡県の『富士山かぐや姫ミュージアム』のHPには、かぐや姫は月に帰らず、富士山に帰ったと書かれています。
また、育てたおじいさん、おばあさんも、神様だったようです。
神話や民話を題材にして、その土地特有の話を作り上げたものでしょうが、一応そのページを貼っておきます。

https://museum.city.fuji.shizuoka.jp/pri...


日本に限らず、ギリシャ神話、ローマ神話など、世界各国でその国独自の神話がありますが、日本神話にしても、実際に神様に会って記録を取って書きとめてきたわけではなく、そもそも初めはいったい誰が言いだしたことなのか、それとも本当にいたのか、というところが気になります(笑)

ただ、どの国でも、そんなあやふやな信憑性に欠けるような神話をもとにして、たくさんの民話・おとぎ話を伝承し、さらには歌、童謡や詩、叙事文学などにして、語り継ぎ、歌い継がれてきたという、神話の底力のような魅力は本当にすごいものだと思います。

そういえば、星座もギリシャ神話に関連がありましたね。

星座といえば、明日は新暦のたなばたですが、七夕伝説も、もとは中国の神話だと言います。

コノハナサクヤヒメから、ずいぶんとたくさんのことを教えていただきましたが、恐らく農園主さんとしては、もっと多くのことを、さらに深堀りして、詳しくお書きになりたかったのではないでしょうか。
私の話からお時間を取らせてしまい、申し訳なかったですが、またいろいろと教えていただけたら大変うれしいです。
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かぐや姫のお話をうかがったので、きょうは返信でいただいた富士山や朝熊神社のお話をまじえて、こんな話はいかがでしょうか。

できるだけ混みあった話にはせず、わかりやすく伝えたいのですが、深掘りしているので、すこし気合を入れてお読みください(笑)



イザナギとイザナギの国生みの神話はご存知だとおもいます。

この際にたくさんの神が生まれました。

スサノオやアマテラスがそうですが、オオヤマツミもそのひとりです。

オオヤマツミは、コノハナサクヤやイワナガヒメの父親です。

つまり、コノハナサクヤやイワナガヒメからすると、スサノオは「おじさん」ということになります。

そのスサノオおじさんの子に大年神がいます。いわゆる年神様です。

コノハナサクヤたちからすると、いとこの関係ですね。

この大年神の妻が、香用比売(かぐよひめ)といいます。

つまり、コノハナサクヤたちからすれば、香用比売はいとこの大年神の奥さん、ということになりますね。



コノハナサクヤとの血縁はありませんが、非常に近いところに、かぐや姫に名前の似た、かぐよ姫がいるわけです。

この「かぐ」には、輝くとか、見目麗しいという意味があり、農耕祭祀の玉や農具にかかる光をあらわすともいわれます。

たとえば奈良県の香具山は、「輝く山」という意味になりますし、かぐよ姫もかぐや姫も「輝く姫」という意味になります。

光り輝く竹から生まれた美しいかぐや姫ですから、やはり言葉の意味は通っています。



しかしかぐや姫といちばん関連性が強いのは、古墳時代の天皇とされる11代垂仁天皇の妻、迦具夜比売(かぐよひめ)でしょう。

迦具夜比売の父親は大筒木垂根王(おおつつきたるねのみこ)といい、その弟に讃岐垂根王(さぬきたるねのみこ)がいます。

竹取物語の翁の名前は讃岐造(さぬきのみやつこ)ですから、迦具夜比売のおじさんが讃岐垂根王であることは、偶然とはおもえません。

さらに、富士山の浅間大社の由来は、過去の噴火で荒廃していた富士山に、垂仁天皇が浅間神をまつったのが始まりといわれています。

かぐや姫の物語の最後は、不老不死の薬を富士山で焼いてしまうというものですが、垂仁天皇と富士山の関係性も、かぐや姫の物語と無縁ではないでしょう。

これらの点をみると、かぐや姫のモデルが迦具夜比売という説は、かなり固いとおもいます。



では、コノハナサクヤに近しい大年神の妻の香用比売はどうでしょう。

お話いただいた朝熊神社も、御祭神は「大年神・苔虫命・朝熊水神」とされていますが、朝熊神社は古く桜の名所だったそうで、御祭神を「桜大刀自命(コノハナサクヤ)・苔虫命・朝熊水神」とする説もあるそうな。

大年神とコノハナサクヤ姉妹に接点がもたらされるような話で、さらに朝熊神社と浅間神社になにか接点があるのではないかといううわさもあります。

とはいえ、このように論拠のあやしいところから結び付けて考えるのは危なっかしいことですね。

香用比売とかぐや姫のラインは、いかにも接点がありそうでしたが、詰めていくと、単なる偶然ともいえるレベルで、線としてはかなり薄いといわざるをえません。

ただ、すくなくとも、かぐや姫を匂わせるかぐよ姫が、日本神話の物語の中にふたりいるわけです。

かぐや姫の富士山のエピソードと、香用比売や迦具夜比売の関係性については、なんとなくご理解いただけるのではないかとおもいます。

ところで、ギズモさんもおっしゃっていたように、富士山の御祭神がコノハナサクヤになったのは近世以降で、それまでは「浅間神」(ギズモさんのおっしゃる「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」)としてまつられていたといいます。

近世に国学の情報が流通するにしたがって、「不死の山」から長寿のイワナガヒメをあてるようになり、火中で子を生んだとされる姉妹のコノハナサクヤも連想され、御祭神にまつられるようになったのでしょう。

またかぐや姫伝説とコノハナサクヤがむすびついていくわけですが、コノハナサクヤと富士山の関係は近世以降のものですから、それ以前をたぐっていくと、「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」、やはりかぐや姫が御祭神のようにまつられていたのかな、とおもいます。
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ちちぶまゆ、お口に合ったようでよかったです!!
秩父産のカエデ糖から作ったメープルシロップだったんですね。びっくりです。

コロナに限らず、何かしらの風邪のようなものに罹っている人が最近多いですね。
電車でも道でもお店の中でも、咳をしている人がいたら、急いでササッと逃げています(笑)

冨士山小御嶽神社関連のお話、とても詳しく教えてくださり、ありがとうございます。
「大変」、を何回も書きたいくらい、大変興味深く読ませていただきました。

とりとめのない話ですが、関連する余談としてお読みください。

伊豆に大室山という山がありますが(ネットの写真を貼っておきます)、ここの浅間神社のご祭神はイワナガヒメです。
山といっても、標高580メートル、リフトで登ります←けっこう、というか、かなり怖いです(笑)

そこで聞いた話です(確かテープで回っていました)
晴れた時は富士山が向かい側に見えるが、富士山の神様は妹のコノハナサクヤヒメで、イワナガヒメは美しい妹をねたんでいたため、大室山では絶対に「富士山がきれい」と言ってはいけない。
姉と妹の山は、いつもにらみ合っている

その後古事記など読み返し、姉妹の確執の話とはちょっと違うように感じていましたが、農園主さんの記事を読ませていただき、美醜で人を判断する愚かさに対する戒めという、教義めいたものということだとわかりました。

姉妹両方まつってある神社、珍しいですね。

富士山信仰総本山で全国にある浅間神社の主祭神はコノハナサクヤヒメ。あるいはイワナガヒメ。
そして、富士山周辺の浅間神社はコノハナサクヤヒメが多いけれど、富士山から離れるとイワナガヒメが主流となるらしいです。

学生時代、伊勢にいらしたということですが、内宮の摂社『朝熊神社』『朝熊御前神社』、そこのご祭神の一柱が、苔虫命(苔虫神)だそうですね。
奈良時代まで朝熊神社の神体山であった朝熊山は「あさまやま」で、富士山が遥拝できることから、「浅間(あさま)」に通じているとのことらしいです。

と、ここまで書いて、農園主さんはご存じのことばかりだろうなぁ、と思い、消そうかどうしようか悩みます(笑)


桜大刀自命のお話、すごいところにお話が関連していたんですね~。
ここからは私の勝手な妄想です。

冨士山小御嶽神社の創建は、937年となっています。
竹取物語が書かれたのが平安時代の初めですから、その後の創建になります。

富士山のご祭神がコノハナサクヤヒメになったのは、1616年あたり、林羅山の神話解釈によるものが始まりだったようで、中世から江戸初期にかけて富士山の女神としてまつられていたのは「比奈赫夜姫(ヒナカグヤヒメ)」でした。
仏教の衰退とともに、どこかでコノハナサクヤヒメに入れ替わったという説がある一方で、コノハナサクヤヒメとかぐや姫が同一視される説もありますね。

結局、冨士山小御嶽神社の創建が937年だとすると、当時とご祭神が異なっていることも考えられます。
小御嶽は富士山よりも先に出現した山なので、その関係でご祭神が富士山とは違うということもありそうです。

竹取物語のラストでは「国で一番高い山の頂上で、帝が(実際は使いの者)かぐや姫からもらった不老不死の薬を燃やしたので、死なない山、不死山(ふじさん)となった」と書かれています。
その後、不二山などと漢字を変えていっているようですね。

そんな山ですので、高貴で長生きの女性(刀自)である「桜大刀自命」、そして年齢を重ねたイワナガヒメである苔虫命としての設定が必要だったのではないでしょうか。
さらに、美しくても醜くてもそんなことは関係なく、神様として姉妹が平等にまつられる必要もあったのかと思います。
またもっと単純に、なにかと対立する立ち位置での本名(笑)、コノハナサクヤヒメ・イワナガヒメの合祀は、富士山ではタブー視されているのかもしれない、とも思えます。

北口本宮冨士浅間神社にお参りした時、本殿でご祈祷が行われていたのですが、神職さんは若い女性でした。巫女さんではありません。
男性の神職をおかないのか、たまたま女性だったのか気にかかったのですが、聞けないで帰ってしまいました。

また、うちから近くて(それでも一時間)大きな浅間神社は、多摩川浅間神社なのですが、祭神はコノハナサクヤヒメで、ここには天狗の石碑(像ではなく)や、大天狗・小天狗天狗の祠があります。

今日は富士山の山開きですね。
小雨が降ったりやんだりの曇り空ですが、なぜか日中は、富士山が青くきれいに見えました(*^^)v

農園主さんの記事で思い出しましたが、6月初めまで、東京国立博物館で特別展「法然と極楽浄土」があり、国宝「綴織當麻曼陀羅」が、奈良県外では初めて公開されました。
行けなかったのが本当に残念です。
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2024年6月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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さっきの記事に追記をさせてください。



桜大刀自命の名前に、なにか記憶の引っかかりがあって、いまおもい出したんです。

折口信夫の『死者の書』という小説があります。これは難解な小説といわれるんですが、下地になっている物語を理解すると、取っ掛かりになります。

この物語は、當麻曼荼羅の中将姫伝説が下地になっています。

藤原鎌足の玄孫であるうつくしい中将姫は、継母にうとまれ、虐待を受けて家を追い出されます。

そして奈良の宇陀のお寺に身を寄せるのですが、非常にきびしい暮らしを強いられます。

そこへ父親が偶然通りかかり、姫に一緒に帰ろうというのですが、姫は「わたしはもう仏様に帰依して、ひたすら祈り続けたい」と言い、父はその願いを聞き入れ、娘を當麻寺に預けます。

しばらくすると姫の夢枕に仏が立ち、蓮の糸で曼荼羅を織るように託宣されました。

姫はお寺の者にそのことを伝え、各地から蓮の糸を集めて、一心に曼荼羅を織り上げました。その後姫は29歳で亡くなります。



『死者の書』では、まず最初に、半世紀以上前に非業の死をとげている大津皇子が目覚めるところから始まります。

死者である大津皇子は、目覚めたときに妃の耳面刀自(みみものとじ)のことを恋しくおもいました。

耳面刀自は藤原鎌足の娘です。



中将姫は藤原南家の娘、「藤原南家郎女」という名で登場します。

中将姫も藤原鎌足の血を引いていますが、大津皇子は郎女を耳面刀自と勘違いするんですね。

そして郎女が死者の霊をなぐさめるために曼荼羅を織る、という展開です。




ずいぶん長い前置きになりましたが、ここでようやく、耳面刀自が出てきました。

桜大刀自命にも、耳面刀自にも、おなじ「刀自」の名前がありますよね。

この刀自(とじ)というのは、年配の女性、それも宮中の女性への尊称、というような意味があります。

ポイントは、年配の高貴な女性への尊称ということです。



冨士山小御嶽神社の御祭神はイワナガヒメに加えて、桜大刀自命と苔虫命ですが、苔虫命は、年齢を重ねたイワナガヒメをあらわす、といいました。

で、桜大刀自命はコノハナサクヤの別名なんですが、おそらくこれは、おなじコノハナサクヤでも年配になった姿をさしているのではないかとおもうのです。

だから、桜という花に、大刀自(大がつくのは、身分の高さをあらわしています)という年配の女性をあらわす尊称をくっつけているでしょう。

そこで、なぜこの有名な姉妹の神が、年配のお姿でまつられているのか、ということが気になったのですが、そこはどうにもよくわかりませんでした。

以上、長くなりましたが、追記でした。
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コロナ、最近なんだかまた流行し始めていて、ラジオのパーソナリティが、非常にたちのわるい風邪が流行っている、という話をしていました。

周囲でもそういう話をちらほら聞くのですが、巷のうわさのようにして、「おかしな風邪が流行っている」という話を聞くのは、なんだか不気味です。

こちらは田舎なのであまり危機感がない状況ですが、そちらは影響はないでしょうか。



今回はせっかくお話をいただいたので、冨士山小御嶽神社の話をします。

御祭神のイワナガヒメなんですが、以下のようなエピソードがあります。

高天原から中つ国に降臨したニニギノミコト(天孫)が、コノハナサクヤとイワナガヒメをめとることになったんですが、イワナガヒメの容姿が気に入らないニニギノミコトが、イワナガヒメだけ実家に送り返してしまうんです。

イワナガヒメは長命をつかさどる神でしたから、彼女を送り返したことで天孫以降、人間は短命になったといいます。

日本神話には教義らしい教義はないんですが、このエピソードには教義めいたものがあります。

人を美醜で判断する愚かさに対する戒めが込められているんですが、だいたいのことにおおらかな日本神話で、こういう説教っぽい展開は、めずらしいんですよね。

で、それはそれとして、冨士山小御嶽神社ではイワナガヒメのほかに「桜大刀自命(さくらおおとじのみこと)、」と「苔虫命(こけむしのみこと)」がまつられているそうです。

そのうち桜大刀自命はコノハナサクヤの別名なのだそうで、姉妹そろってまつられているようですね。

それで、苔虫命について調べたんですが、どうもこれが、イワナガヒメをさすらしいんです(笑)

イワナガヒメは「岩」で、それだけに長命なわけですが、その岩に苔むす→苔虫、という流れで、苔虫命はすなわち、長く生きられたイワナガヒメをあらわすようです。



小御嶽神にまつられている天狗の名は小御嶽古太郎坊正真というそうですね。

天狗は山体の霊気によって神通力を得ています。

つまり、天狗と山は切っても切れない関係です。

以前お話ししましたが、秋葉山にも秋葉三尺坊(秋葉権現)という大天狗がいます。

ほかにも、有名どころだと鞍馬山の鞍馬天狗。

群馬県の妙義山の妙義神社での、武尊大権現も天狗信仰につながってきますね。

余談ですが、小御嶽神社にもヤマトタケルはまつられているので、やはり日本神話のヤマトタケルと修験道には接点があるのだとおもいます。

いずれにせよ、修験道につかわれる山では、なんらかの天狗が崇められています。

富士山ももちろん修験道に利用されていたわけですが、どうも5合目あたりが修験者のたまり場になっていたようですね。

それで修験者は山のエキスパートですから、道祖神(道開きの神)と結びついて、天狗・猿田彦・シオツチノオジなどとも融合していく……。



しかしこんな話を富士山に行く親にしたところで、なにひとつ理解してもらえないわけですから、親にはただよい体験と無事を祈るにとどめておきます(笑)



ところで、この場をお借りして。

ちちぶまゆを食べてみたんですが、外側のグラニュー糖がさくさく、きめのこまかいましゅまろがふわふわ、カエデ糖(これ秩父のカエデから収穫しているそうですね)がとろとろで、とてもおいしかったです。

素朴な味わいのマシュマロに、グラニュー糖、メープルシロップと、特別なことをしているわけではないのに、格別な味になっていますね。

たいへんよいものを、ありがとうございました。
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「サイン」というのは、とても大切なことだと思います。
ちょっとした身体の不調だけではなく、心の不調や、いわゆる第六感的なもの(なんとなくいつもと違う、みたいな)も含め、それに気づくことが大事なのかもしれません。

病気になると、「起きていないことを不安に思う」傾向が出がちで、どうしても前向きになれなくなってしまいますよね。

去年、気管支炎から3ヶ月ほどして、初めてコロナになりました←言いましたっけ?
その数日前、めまいで救急車を呼んだ日、救急隊、医師や看護師に咳をしている人が多く、そのあたりから移ったとしか思えないのですが、一度も感染していない人はあまりいないし、仕方ないですね。

40度の熱で二晩苦しみました。解熱剤も効かず、もう何もできない状況です。
いくらか下がってくると、今度は喉が白かったり赤かったり。
ただ咳がほとんど出なかったのは、本当にありがたかったです。
気管支に影響が出たら、私の場合はもうエクモだなぁと恐れていましたし。

平熱になったら、今度は嗅覚がなくなり、味覚もおかしくなりました←半月以上嗅覚がなく、味覚異常はもっと続きました。

寝ながらガラホでいろんな情報を見てしまうんですね、見なきゃいいのに(笑)

すると、「高熱が下がったと思うとまた出る」「味覚・嗅覚が失われて3年たつ」「数ケ月声がかれる」「咳がとれない」など、これでもか、というくらい、希望のない経験談が溢れているんですよね。
そうなると、ポジティブなことなどいっさい考えられず、精神面もかなりやられました。
まさに「起きていないことを不安に思う」状態です。

子どもの頃からけっこうな虚弱体質で、病気には慣れていますが、あの40度のつらさは別格でした(笑)
インフルエンザなら、1週間もすれば軽快するという安心感があるのですが(それでもなんらかの後遺症は残ることがあるようです)、コロナの場合は底なし沼ですね。

自分のことを延々と書いてしまいましたが、記事を読ませていただいて、病気に対するお父さまの前向きな心意気に深く感じ入り、私の意気地のなさに呆れてしまった次第です。


がんの症状も、個人差が大きいのかもしれませんね。
様々な治療方法があっても、それが合わないことも多いので、かなりよくなったことは本当に安心ですね。
ご家族のご心配も大変なものだと思えますし、お父さまへの関わり方も、すいぶんと神経を遣われたことでしょう。

結局はご本人の納得するようにするしかないのでしょうが、早く受診するよう勧めても動いてくれないと、やきもきしますよね。


来月の富士登山、いろいろとご心配なこともあるでしょうが、お父さまの意欲、お母さまの献身的な支えには感服します。
そういった姿勢、思いが、病気を克服していく過程でとっても必要なことと感じました。

余談ですが、富士山のふもとなどには多くの浅間神社などありますが、登りはじめるところ(五合目でしょうか?)には、『冨士山小御嶽神社』があります。
ご祭神はイワナガヒメですが、ここは天狗が「道開きの神」として祀られていて、天狗の行事もあるようです。
農園主さんがお詳しいと思いますが、天狗は道開きの神さま、猿田彦(佐田彦)に通じるように思います。

富士山のたくさんのパワーを吸収して、よい旅になることをお祈りしています(*^^)v


「うな次郎」、ぜんぜん知りませんでしたが、いちまさは有名ですよね。
かまぼこや練り物を、うなぎのタレでさっと煮つけたらおいしいかも、と思いつきました(笑)

では明日、お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたしますm(_ _"m)
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初期のがん、取り除けてほんとうによかったです。

憶測の域を出ませんが、がんができたときには、じつはがん以外でも体調不良が起こりやすい状況になっていたのではないでしょうか。

ひどい咳であったり下血といったことも、体全体でなにかサインを出していたのではないかという気がします。

というのも、うちの父も、じぶんでは不調に気づいていないようにふるまっていましたが、さまざまなサインは出ていて、母やぼくは、父の体がここ数年むくんでいたと気づいていたのです。

父はそれぞれ原発のちがう、ステージ2~3の喉のがんと、ステージ1の肺がんが同時にみつかりました。

喉のがんが見つかる前には、かなり声が出にくそうにしていましたが、それも父は、以前に白板症を取ってもらったからだと言い張っていました。

ぼくもその血をひいているからなんともいえませんが、父はなかなかの頑固者で、われわれが言ったから話を聞く、というタイプではありません。

その父が救急車で運ばれたときは胸の痛みが原因だったのですが、ステージ1の肺がんでも救急車を呼ぶほどなのかと驚いたものです。

余談ですが父は現在、かなり体調を取り戻し、来月には母と一緒に富士山の標高2000mほどのところから、500mほど登るルートに挑戦するとのことでした。

個人的には高山病のような症状で肺にわるい影響が出ないか心配だし、夜行の高速バス(シートのゆったりした高クラスのものというのですが)で行き来するというので、ちょっとがんばりすぎじゃないかと言ったのですが、結局当人がやる気だとどうしようもありませんね。

頑固者には、無事を祈るしかありません(笑)



えび風味のかまぼこの話ですが、いちまさという会社がかなりいろんなかまぼこづくりでがんばっておられるようです。

個人的にはいろんな会社で競争して、もっと手に入れやすい値段で提供してもらえればと期待しています。

しかしカニのような高級品を似せるからかにかまにも価値を感じますが、ほかの魚だと「たかがかまぼこ」とおもわれて足元をみられてしまうのかもしれませんね(笑)

いまどきタコもずいぶん高くなりましたから、安価にタコのかまぼこでタコ焼きとか、イカのかまぼこでお好み焼きが作れれば、大阪人としてはありがたいです。

そのいちまさがつくっている、「うな次郎」といううなぎに似せたかまぼこは、じつによくできていました。

うなぎは三重県あたりから静岡県にかけての店で食べると、こうも美味しいものかと感動したものですが、うな次郎はそういうのとはまたちがう、庶民的な納得感があって「ちょうどいい」とおもえたのです。
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メール、ありがとうございましたm(_ _"m)

紙のノートにちゃんと書きとめておきます。
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住所と電話番号なんですが、メールでお送りしましたので、またご確認ください。
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検査は受けない方がいい、というような本も出ていますね。
私は積極的に受けることはなく、なにかしらの病気になった時に、医師に言われ、受けるという程度です。

6年ほど前、ひどい、というよりひどすぎる咳が続き(熱や他の症状はなし)、あちこちの病院にかかりましたが、いっこうによくならず、本当に難儀したことがありました。
咳で肋骨が折れる、とはよく言いますが、そんな感じの激しい咳でした。

ようやく治まってきた頃、ちょっとした下血がありました←前にお話していたらごめんなさい&お食事中は読まないでください(^^;

何回か続いたのでいくらか心配になり受診したところ、念のため大腸内視鏡検査を即刻やりましょうと言われ受けました。

腸を空っぽにするため、腸管洗浄剤を2時間かけて2リットル飲みます。
何回もトイレに行くのですが、その間ずっと、便器が真っ赤になるほどの出血で、びっくりしました。

検査の結果、憩室と、ポリープが1個。
出血した場所が特定できればクリップで止めるのですが、どこから出血しているのか、まったく見つかりませんでした。

ポリープは見た目ではきれいなので良性だと思うけれど、一応組織検査に回しますとのことでした。

後日検査結果を聞きに行ったところ、思いもよらず、大腸がんの初期の初期、がん保険に入っていても保険がおりないクラスのものでした。

もしこの時ちょっとした下血を放置したら、数年かけて、或いはもっと早く、癌が進行していたところでした。

医師は、そんなことはないと断言しましたが、激しい咳のせいで腸のどこかの血管が破れたのだと、私は考えています。
そして、笑われるかもしれませんが思い込みで物を言えば、癌が進行して取り返しのつかなくなる前に、ひどい咳を起こし腸から出血させ、ポリープを見つけるように何かが動いたようにも思います。


七五調のお話、素晴らしい音楽トリビア♪です!!
なるほどね~と、読ませていただきました。

七七、という曲も昔は多かったですが、旧い時代の童謡でも七五調はずいぶんありました。
それが農園主さんのご見解のように、徐々にくずれて自由律になり、平成あたりからは、自由すぎる歌詞も多くなりましたよね。

でも、やっぱり七五調の歌詞は、荘厳な感じもあり、聞きやすく、覚えやすいということにつきるように思います。

渥美清の歌い方って、言葉を一音一音、はっきりしっかり発音していますよね。
日本語のよさが、誰よりも強調されている歌い方だと思います。


カニよりカニカマ、同感です!!
カニカマサラダのお寿司、大好きです(笑)

ホタテ風味のカマボコがあるのに、なぜ、エビカマがないんだろう、と思うことがありますが、知らないだけかもしれませんね。

アレルギーの比較的軽いものは、かゆみが出ることがありますよね。
私もお醤油でかゆくなったりするのですが、大豆はセーフでした。

ラジオ体操ですが、真剣にやるとかなり疲れます。
正しいやり方で行えば、ずいぶん健康にいいと思います。
明日から、やってみようかな(笑)

血液、体液を全身に巡らせること、停滞させないことが万病を防ぐと単純に考えています
これ、まったくその通りと思います。
血のめぐり、とっても大事だと再認識しました。ありがとうございます。

ちゃんとめぐっていれば冷えも無くなるし、いい事ばかりだと思います。
リンパを流すのも大事のようですね。

ところで、農園主さんのご住所を携帯に登録してあったのですが、今年、ガラホのあんしんバックアップサービスが終了した際、データの保存・復元に支障が起きたようで、画像や電話帳の一部が消えてしまいました。
大変申し訳ありませんが、山麓王国の個別鍵でもかまいませんし、メールでもけっこうですので、ご住所と電話番号を教えていただけますか?

急ぎませんので、よろしくお願いいたします(o_ _)o))
お名前はだいじょうぶです。
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1472
お気遣いありがとうございます。
雨はよく降りましたが、大丈夫でした。
今回よりも、数日先から長雨の予報で、こちらのほうが心配ですね。

土砂崩れなどは、台風でもない限り、一日二日の大雨ではめったに起こらないんですが、長雨の間に断続的に大雨が続いたりすると、地盤がゆるんだところにさらに水の重みが加わって、一気に崩れることがあるというのが、2018年の豪雨災害で学んだことです。

毎年この時期は怖いですね。できる限り気を付けたいとおもいます。
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取り急ぎ先に。

雨の降り方は、大丈夫ですか?

くれぐれも、万事気をつけてお過ごしくださいね。
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まずお体の件ですが、いろいろと調べてもらえて、健康状況の改善に取り組めるきっかけをもらったとおもうと、よい検査でしたね。

うちの自治体も安価に健康診断が受けられるといって、毎年A4の封筒に申請書を送ってきて、ぼくが無視していると、わざわざ電話までしてくれます。

ぼくには田舎に一人住まいで、守るべき家庭があるわけでもないので、じぶんの健康を維持しなければならない理由もありません。

そのむねを電話越しに伝えるのですが、理由をくどくどと説明するわけにもいかないので、「ひとり暮らしで健康診断を受ける理由がないので、また必要性が出たときにお願いします」といって断っています。



サルは隣の自治会の山に、数日間出ていたようです。

あれだけしつこく出ていたというのは、おそらくえんどう豆かトウモロコシあたりをつくっていたのではないかとおもいますが、うちは幸いズッキーニをすこしかじられた程度ですみました。



渥美清の歌ですが、ちょっとおもったことを書いていきます。

歌詞を数曲眺めながらおもったのが、七五調なんですね。

もちろん「泣いてたまるか」も、有名な「男はつらいよ」もそうです。

七五調のリズムは、メロディとして聞いているぶんには意識することはほとんどないとおもいます。

本来は和歌から始まった七五のリズムなんですが、かるたのときに和歌を詠むときの節は、完全に七五調を生かすためのものだとおもいます。

これが江戸時代の後期になって、都都逸の節回しあたりから音が独立して、七五調であることをあえて崩すような節回しになっていきますよね。

これが明治になって唱歌や歌謡になって、「歌詞を読む」ことと「歌を聞く」ことが完全に別になってきたという流れでしょうか。

メロディが自由律なのだから、歌詞も自由律であるほうが都合はよいはずで、歌詞が七五調であるというのは、いまどきそんなことをする必要はないわけです。

それなのにわざわざそうするというのは、どこか「頑固者」、「伝統を重んじる人」、「馬鹿正直」というイメージがつきまといます。

そのあたりのいかにも寅さん的なイメージを、歌手としての渥美清を売り出す側は強く意識していたのかな、とおもった次第です。

おなじ感じで、バンドのたまの「さよなら人類」などの楽曲も、七五調の歌詞が多いんです。

たまというバンドはかなり変わっていますが、その変わっているイメージ、馬鹿正直な感じと、七五調の歌詞が不思議なほど似合っているんですよね。



エビアレルギーなんですが、エビやカニを食べたときに口のまわりがかゆくなることが、子供のころにありました。

あれはどうも軽いアレルギーだったようで、子供のころは単に、おいしいのにかゆいから、結局食べるのがイヤになったものです。

いまはなんともないんですが、それでもエビカニの殻剥きに抵抗があるので、カニはカニカマのほうが好きです。

ギズモさんのようにちゃんと調べてもらって、主だった原因を特定されるのがいちばんですね。



歩くのは健康にとっていちばんよい運動だとおもっています。あとはラジオ体操程度の全身運動、あるいはストレッチでしょうか。

血液、体液を全身に巡らせること、停滞させないことが万病を防ぐと単純に考えています(笑)
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サル、その後大丈夫でしょうか?

教えてくださったハト・カラス対策にしても、痛い思いをすれば、それなりの学習をして来なくなる可能性は高そうですね。
ありがとうございます。

山がスポンジの例え、視点が独特で、理解しやすくおもしろく読ませていただきました。
このお話を読んだ時、渥美清の歌を思い出しました。

渥美清さんは、ご存知かもしれませんが、歌謡曲・唱歌なども、くせのない味わい深い声で歌っています。
ドラマ「泣いてたまるか」の主題歌も歌っているのですが、渥美清本人も出演していたようですね。

天(そら)が泣いたら雨になる 山が泣くときゃ水が出る 俺が泣いてもなんにも出ない 
意地が涙を 泣いて泣いて泣いてたまるかヨ 通せんぼ


この歌詞を見た時、「山が泣いて水になって、人間の飲み水になったりするんだ、ユニークな歌詞だな」と思ったのです。
つまり、単純に川になって流れてくる、くらいにしか認識していなかったわけです←小学校でなにを習っていたのか・・・。
キャンディーズの、「雪が溶けて川になって流れて行きます」くらいの理解ですね(^_^;)

ところが農園主さんの記事を読み、「土のスキマ、スポンジ」という例えから、いろいろなことがわかってきました。
また、谷のお話も再確認しました。

そして、山の管理→信仰のお話も、とても興味深いです。
確か、昔は山のふもとに鳥居だけある、という所もあったように思います。
その後、お社を作ったりすることもあったのでしょうね。

本の写真も、ありがとうございます!!
「赤んぼ大将」の挿絵の時計は、ディズニーの「美女と野獣」のコグスワースみたいでかわいらしいですね。
主人公はじめ、和風ファンタジーの味わいがある、印象深い絵だと思います。

こういうものは、おとなになるとなかなか読んだり見たりする機会が少なくなると思いますが、農園主さんのように身近で触れて、ロマンのある素敵な時を過ごしていらっしゃることに感銘を受けます。


直売所の説明、ありがとうございます。
そういうシステムなんですね。

その地域は八百屋、肉屋、お豆腐やなど、今時珍しく小売店が連なっています。
そこで生き残るのは大変そうですが、いつもそのお店は賑わっています。


ところで先日、最近できた「ふかや花園プレミアムアウトレット」に行ってきました。
その帰り、「道の駅はなぞの」に寄るのも楽しみにしていました。

群馬寄りの埼玉で、渋沢栄一の生家、記念館などが点在しているところです。

ふかやネギのふっかちゃんも有名で、「道の駅はなぞの」の2階には、ふっかちゃんミュージアムも設けられています←すごく狭いですが。

この道の駅も野菜が豊富でした。
殆どが深谷産なのですが、特にキュウリのコーナーは圧巻で、20軒ほどの農家さんのキュウリが、100袋以上置いてありました。

深谷産ではありませんでしたが「おかワカメ」というおもしろい野菜を初めて見ました(買ってはいません)
15秒ゆがくと、ヌメリがでてワカメのようになるとか。

ところでパート2(笑)
このところ、ちょっと慌ただしくしていました。
仕事&母の亡くなった後の事務処理の合間、かなり久し振りに血液検査をしました。
アレルギーだけの予定が、医師に、血を採ったついでに一般血液検査もしますか?と言われ、します、と言ってしまいました(笑)

その結果、アレルギーは、スギ・ヒノキがものすごく、その他、まさかのエビが(◎_◎;)
カニは大丈夫でした。
食べてアレルギー反応が出るものが陽性になるとは限らないので、心配の必要はないそうです←エビ、大好物(´艸`*)


そしてコレステロール値が高く、引っかかりました。
お酒飲まない、タバコ吸わない、太っていない、油ものなどは食べない、それなのに・・・←ケーキ食べてるんでは??(^_^;)

そこで、頸動脈エコーを受けた方が安心と言われ、これもしかたなく受けました。

その結果、ほんの少しだけプラークが見られるので、これがどこかの血管で詰まったら、という話になりました。
ただ、それを改善する薬は、けっこうな副作用があり、しかも一度飲んだら飲み続ける、というしろもの。

とりあえず薬は使わず、頑張ってコレステロールを下げます!!と宣言し、健全な食生活(なつもりなんだけどなぁ・・)と、運動を心がけるという事で、一生懸命歩きましょうということになりました。

両親ともコレステロールは高かったから遺伝性も考えられますが、ふたりとも薬は飲んでいないのに長生き、だから大丈夫・・・という前向きな(どこが?)考えで行きます。

コンビニジムも考えましたが、歩くことが一番のように思います。

頑張ります!! ← と公言しないと、頑張れない人(笑)

いよいよ暑くなってきて、作業も大変な時期になりますが、充分にお気をつけくださいね。
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きのう、ひさしぶりにサルが出ました。

山の奥まで鉄パイプを打ち鳴らしながら追いかけまわしましたが、どうも群れではなく、一匹でやってきたようです。

幸いなんの被害もなかった……と見回りをしたときにはおもったのですが、けさズッキーニの収穫をしようとしたら、たくさん食い荒らされていました(笑)

しかし不幸中の幸いだったのが、ズッキーニの株自体に被害がなかったことです。

ていねいにズッキーニをもぎとって、そして中途半端に食い荒らしているのです。

べつに甘いわけでもなく、栄養価が高いわけでもない、サルにとっておもしろくもない野菜だったとおもいます。

数年前まではこの時期はえんどう豆が収穫時のシーズンで、きっとそれを狙ってきたのでしょうが、ぼくはもうサル対策で豆をつくらないようにしています。

もちろんぼくは被害が出たので腹を立てていますが、サルからすればアテがはずれたあげく、こわい人間に追いかけまわされて、ろくな目にあわなかったといったところでしょう。



サルに限らず、人間以外の生き物は結局、生きるための用があって動いているわけで、人間のような気まぐれはほとんどないんですよね。

なので、ギズモさんのベランダの柵にまた鳥がきたときには、鳥よけのトゲトゲのマットをベランダ柵に一時的に設置して様子をみるのもいいかとおもいます。

鳥からすれば止まり木になるモノがなくなれば用がなくなるので、めったに来なくなることでしょう。



水系の話ですが、ぼくも地理にはうとかったのが、あるときからこのように考えるようになりました。

水は高いところから低いところに流れるわけですが、山というのはミニチュアでいえば、「山のカタチをしたスポンジ」のようになってるんですね。

なので、土のスキマなどに水が浸み込んで、岩山だったら水が磨かれてきれいな飲み水になるし、そうでない山でも、長い時間をかけて、扇状地などの谷をつくって、そこを山から沁みだした水が流れ、人間にとって生活水になります。

山はスポンジですから、雨がやんだあともよほど乾かないと、当面水を流し続けてくれます。



インドと中国をへだてるヒマラヤ山脈は8000m級の巨大な連峰なんですが、この山から下りてくる水はすさまじい大河を形成します。

そしてこの大河のほとりにいくつもの古代文明ができました。

古代文明ができたということは、たくさんの人が集まったということです。

山が大きいほど、含む水の量も多く、ふもとは巨大な川になるというわけで、そのようなところでは安定して人口を増やすことができたために、その当時の世界の中では突出した文明が興ったんですね。



ヒマラヤから日本に話を戻しますが、以前、人間は谷のあるところなら生きていける、という話をしました。1438

これはつまり、谷が形成されるには、それなりに高い山が必要で、山があれば木がある。
木があるということは、人間にとって木々を利用した道具や燃料があるということです。

それで、むかしの日本人もヒマラヤのような規模ではありませんが、川の近くに集まりました。

みんな、山と川の大事さがわかっていますから、山の岩などを神様に見立てて信仰し、地域一帯で縄張りにします。

つまり、生活をするのに大事な山を、地域一丸で管理したわけです。

この山を外部の人間がみだりに荒らすようなことをすれば、それは「神の名のもとに」成敗されました。

このように思考のとっかかりを得たことで、日本の山のありかたと川のあり方を知ることは、その土地で古くから生きていた人の足跡を知ることだとおもうようになりました。

ぼくの川や山への興味はそういうところから始まっています。



佐藤さとるさんは手塚治虫とおなじ生まれ年で、2017年に89歳で亡くなられました。

コロボックルシリーズ以外にもうちには佐藤さんの本がありました。

子供のころに読んで、心に残っていておもしろかったのは、『赤んぼ大将』という物語です。

まだ言葉の話せないやんちゃな赤ん坊が、じつはオモチャや動物、ショベルカーなどとは言葉を交わすことができて、冒険をするというもので、これも村上勉さんの挿絵がとてもよかったんですよね。

『星の王子さま』の挿絵は、作者自身で描いたというんですが、文章も挿絵も、どちらもが非常に心をつかむものであるという稀有な作品で、ぼくも大好きです。

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直売所の群馬県の野菜ですが、もしかしたら地域一帯の農家さんでまとまって、そのときに収穫した野菜をまとめて配送して、ガソリン代などを節約しているかもしれませんね。

店側は売れ残りの廃棄などを請け負って、手数料を引いた売り上げを農家さんに分配。

農協や地元の市場に卸す場合、ポピュラーな野菜を大量生産して一気に収穫して出荷するやり方でないと商売になりませんが、実際の田舎では小規模な畑でめずらしい野菜などもつくっています。

つまり、ぼくのような野菜作りのスタイルですね(笑)

ところが、そういうやり方の場合、直売所に卸すしかありませんから、販路が少ないのが悩みになります。

なので必然的に栽培される量が減ります。

特に都市部にはほとんど出回りません。

その直売所はそこに目を付けて、特定の地域の農家さんと契約して野菜を仕入れているのかな、と。

百姓目線のひいき目もありますが、きっと大儲けできるようなスタイルではなく、手間はかかるけど都市部の地域の人々の食卓を賑わせるためにやっているささやかなご商売でしょうから、ぜひ地元の人に愛されて長く続いてほしいものです。
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鳥害・獣害がないのは、本当になによりです。

2行抜けてました
農作物を育てるにおいて、鳥や獣、お天気には悩まされますね。
大雨の被害がない、穏やかな梅雨になってくれるといいのですが。


たいした害とは言えないのですが、以前は、ハトとカラスが、ベランダに頻繁に遊びに来てはフンをしていくので、本当に困っていました。
それが、足場をかけて外壁の修繕をしてからは、ほとんどこなくなりました。
ネットがかかっていたのでベランダの柵に止まれなくなり、他へ移動していったのでしょうね。

荒川水系って、秩父山地だったんですね。
本当に地理に疎いと言うか、恥ずかしい限りです(◎_◎;)

東京の水道水は、荒川・利根川水系と、多摩川水系があります。
そう言えば、多摩方面の遊園地とか公園の水道水は、おいしさというより、あの劇的な冷たさに感動します。


佐藤さとるさん、青い鳥文庫で有名ですね。
コロボックルのイラストは知っていても、読んだことがありません。

絵本や少年少女向けの文庫では、イラストの力は絶大と感じます。
特に子どもは、まず視覚から入ると思うので、イラスト次第と言えるところもあるように思います。

村上さんのイラスト、鈴木琢磨さんの挿絵のサイトなども、ご紹介ありがとうございます。

子どもはまず視覚からと言いましたが、おとなも同じかもしれませんね。
『星の王子さま』は、絵本とは違いますが、やっぱりあの挿絵は印象に残ります。
内容は忘れても、あの挿絵のインパクトはすごいです。


話は変わりますが、板橋区蓮根の駅前に、一見、直売所の雰囲気のお店があります。
何年かぶりに今日行ってきたのですが、店内放送で「農家の方が、自分で決めた価格で販売しています」と流れていました。

野菜中心で、お米や甘味、ジャムや調味料など、道の駅の縮小バージョンな感じのお店です。
全部見たわけではないのですが、群馬県の野菜が多かったです。
群馬というと、けっこうな距離です。
まさか、高速も使わず毎日運んでいるわけではないでしょうし、高速に乗ったらとんでもない運送費が発生します。
数日分置いていく、ということもあるかもしれませんね。

野菜は、どう見てもちょっと古い、というか、新鮮には見えませんが、とても安いです。
今日明日で使うなら、かなりお得な値段です。

ルバーブ、えごまの葉(群馬県伊勢崎市)など、あまりスーパーで売っていないものが多いです。

ルバーブのジャムを作ってみようかと思ったのですが、めんどうなので今日は見合わせました。
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去年は、モロヘイヤもつるむらさきもオクラも鳥害・獣害のオンパレードでしたが、ことしはいまのところおおむね良好に発芽して育ってくれています。

防獣ネットの下をくぐる小動物を防ぐために、ネットに直接竹杭を打って、獣がくぐれないようにしたのもよかったのかもしれません。

でも、毎年この時期にはカラスが繁殖期で異常な鳴き方をするんですが、そういうこともなく、獣が荒ぶるような様子もなく、不思議なくらいです。

もしかしたら、春に獣にとってじゅうぶんなエサがあったとか、獣にとっての気象条件がよかったなどの条件があったのかもしれません。

あとは天気がおだやかであってくれればよいのですが、こればかりは祈るほかありませんね。

そういえばこの2年ほどは、サルも現れなくなりました。

サルが好む豆などの野菜をつくらなくなって、集落一丸でしつこく追いかけまわしていたのがよかったのでしょう。
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1463
遅くなりましたが、前回の雨での被害はありませんでした。

毎年いまは野菜の繁忙期で忙しいのですが、このところは自治会の仕事も立て込んでおり、いよいよ返信がとどこおりがちになっています。

これくらいのペースにさせていただくことで助かっています。



ギズモさんのお住まい全体の修繕だったんですね。

賃貸だと原状回復の問題はつきものですが、ちょっとしたリフォームでもずいぶん言われるんですね。

ぼくが大学時代にアパートを借りていたころは、まだそこまで言われるような時代でもなかったんですが、あの時代がちょうど変わり目だったようにもおもえます。

共有部分の清掃を外部に任せられるのはありがたいですし、マンションだとゴミステーションにゴミを出すのもやりやすいことでしょう。

マンション自治などは、一生に一度回ってくるくらいの負担でしょうか。

うちは木造の古民家で、つくりが単純なので、ちょっとした修繕などはDIYでいくらでも遊べるのがいいところだとおもっていますが、すべてが自己責任です(笑)

ゴミは自治体が回収にきてくれますが、ゴミ置き場はうちから約300m離れていますから、軽トラに乗せて運んでいます。



写真、見せていただきました。

緑が多く、見晴らしのよいところですね。

秩父山地、2000mほどの山がそびえているようですが、やはり関東は標高の高い山が多いですね。

大阪には奈良との境界に生駒山地がありますが、600mほどです。

兵庫県の六甲山も900mほどです。

それでも生駒山地は大和川の水源で、六甲山はあの「六甲のおいしい水」ですから、2000m級の秩父山地がもたらす荒川水系の水量はどれほどなのか、一度見てみたいものです。

話がそれましたが、写真の景色をみせていただいて、富士山がみえるときがあるというのも納得がいきました。



あの世界童話全集には、以前お話した安野光雅さんのイラストの童話もあります。

あと、童話作家の佐藤さとるさんの作品群のイラストで有名な村上勉さんのイラストの童話も多いです。

20240601195253-nouennushi.jpg

ちなみに佐藤さとるさんの代表作は「コロボックル」シリーズで、村上さんのイラストが豊富なこんなサイトもありました。

https://kodanshabunko.com/colobockle.htm...

鈴木琢磨さん、ネットで調べていくうちに多くの童話の挿絵を描いておられることはわかりました。

https://www.kosho.or.jp/products/search_...

しかし、人物についてはまったく情報がないですね。どのような方だったのでしょう、気になります。

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ずいぶん降ったようですが、被害は出なかったでしょうか。
こちらも、夕方から断続的な大雨と、ベランダの戸がガタガタいうほどのものすごい風でしたが、今朝のテレビで「台風並みの大荒れ」と言っていました。

住まいの大規模修繕は、外壁の修繕・塗装、各戸ベランダの床防水工事・柵の塗装、各戸玄関ドアの塗装(内外)、各戸風呂とトイレの排水管の塗装(なぜ室内はそこだけ??)、階段や廊下など共有部分の補修や廊下床のシート張り替え等でした。
家に入っての塗装は気管支に影響が出るし、前に住んでいた人が退居した際にリフォームしてあったので、辞退しました。

真上の退居の際は、ここができた時から住んでいたため、石綿作業者による解体工事→リフォームでした。
大きな音が出る時は工事の責任者がご挨拶にいらっしゃるのですが、音よりホコリですね。
工事に携わる方は、ホコリやペンキの匂いなど、ものともしないんでしょうが、大変なお仕事だと思います。

退居後の原状回復については、とてもうるさいです。
入居時に、「どこの床のどの部分にこういう形状の傷がある」「ベランダの網戸が破れている箇所がある」等々、書面に書くんです。
つまり、退去時に「それは入居した時にあった傷なので責任はありません」という証拠であって、入居後つけた傷や破損などには費用の請求があります。

釘を打っていい壁面も限定されており、いちいち申告し、許可をもらいます。
神棚を壁に作る時も申告しました←急ぐので、許可が出る前に作ってしまいましたが(笑)

ここのいいところは、清掃会社(シルバーさんが中心)が入っているので、ゴミの整理や廊下など共有部分のおそうじはその方たちがやってくださいます(管理費か家賃に含まれてはいますが)
都営団地だと、すべて自分たちで持ち回りでやるようなので、高齢の方など大変だと思います。


富士山ですが、東京タワーからでも見える日と見えない日があると聞いたことがあります。
うちでも同じで、それは必ずしもお天気に関係しないんですよね。
晴れていても見えない日もあるし、曇りでもきれいに見える日もあるし、昼間見えなくても夕闇にくっきり浮かぶという時もあります。

だいたい、春先から9月真ん中あたりは、殆ど見えなくなります。
秋から冬は、いちばんよく見える季節です。

埼玉の秩父連峰らしいのですが、真正面に横に長く連なっていて、これはいつでも青く見えますが、その左端に富士山が見えます←地図的にどういうことなのかよくわかりません。

♪ 写真は、ガラホで少し望遠で撮りましたが、ぜんぜん鮮明じゃないですね(笑)

  一番上=うちから見える右端(まだ外壁修繕中の棟です)
  2番目=ほぼ正面から見える山
  3番目=一番左端あたりに富士山が見えるのですが、今日は見えません。

  写真は撮りませんでしたが、3番目の左端、普段富士山が見える場所よりまだ左にも、山が連なっています。


童話集、お買い戻しになって本当によかったですね。
写真を拝見すると、とてもきれいな状態で、愛着を持って手元に置いていらっしゃるのがわかります。

この絵の作家、鈴木琢磨さん、調べても出てこないですね。
同じ名前の彫刻家はいますが、別人のようです。

西洋風な絵という印象を受けますが、日本の幽霊のような三角のベール?をかぶっているところがおもしろいです。
この死神さんからも、あまり怖さは伝わってこないですね。
でもこの色合い、水色の濃淡からは、なんとなく冷たい重苦しいものも感じます。


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なかなかの大雨で、もう目が覚めてしまいました(笑)

お気遣いありがとうございます。ここ10日ほどカラカラに晴れていて、野菜にも干害が出始めていたので、雨はうれしいのですが、こんなドカ雨なのは困りますね。

かなり強い降り方ですが、おそらく1日でやんでくれるようで、大きな被害にはならないとおもっています。

それでもきょうは車の運転もありますし、まわりの状況に注意しながら過ごしますね。

そちらは当地ほどの大雨ではなさそうですが、よい恵みの雨になるのではないでしょうか。
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あ、すれ違い(笑)
農園主さんの記事を読む前に、1459を投稿していました。
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そちらの方は、台風の影響で、明日は大変なお天気かと思います。

気温も下がるようですので、充分にお気をつけくださいね。

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